短めのものをいくつか投げる場所。気分更新。
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目次
なまぬるいじごく
少し前に書いたお話を投げる。
彼女の地獄は、ほんの少しの気持ち悪さと温度と、そして小さな自業自得で出来ていました。
ですが彼女の地獄は生ぬるく、誰かに同情されるほどのものではありません。
だから平然とした顔で、周りは彼女を下に見ます。
そんな幻影を見ます。信頼とは関係ない幻影を見ます。
「自分のほうが苦しんでいる」と。
彼女が小さな不幸で苦しむたびに、彼女の周りは声高に叫び続けます。
不幸の押し付けで原型がなくなる彼女の地獄に、彼女はいつまでいればいいのでしょう。
永遠に続く地獄の中。誰でもない私のためだけに生きる私。
今日も目覚まし時計がなって、昨日の願いが無に帰ります。
薬はただの点鼻薬です。
カッターではなくただのペンです。
鬱も躁も、きっと何も正しくないです。
ひけらかされた灼熱と薬と、病気と不自由と。
嫌になりました。
私が必死に死のうとしたことすら馬鹿みたいで、心から嫌になりました。
ちっぽけなことでした。
だって小さな世界だったのです。
彼女より不幸な人がたくさんいる世界で、彼女だけが幸運でした。
彼女だけが幸福でした。
だから貴方だけが不幸だったのでしょう。
「私から見た貴方はここまでです」
もう熱のないエンディング。
「私が知っているのは、彼女が願いとともに消去法で空を飛んだことくらい」
慟哭が地獄を冷やして、だから彼女が死んだ。
「貴方にとっては、指先の熱が死んだだけでしょう?」
虚無を抱いたのは貴方なのに、どうして今更「こんなこと」を聞くのですか?
遺言書
人は思い描く人になれない。
それは少女の持論であり、今正しく痛感していることであった。
少女は作家だ。作家、と言ってもインターネット上にぽいと2000文字程度を投げる、何処にでもいるようなネット小説家だ。
たまに頑張って10000文字に膨らませたりもするが、大抵収集がつかなくなって終わる。
何処にでもいるような作家だ。
はて、少女は書くのと同じくらい、もしくはそれ以上に読むのが好きだった。
恋愛小説、学園小説、ミステリー、ホラー、ノンフィクションに短編集。
本のジャンルなんて上げ始めたらキリがない全てを、少女は楽しんで読んでいた。
少女は今まで、合わない話というものに出会ったことがなかった。
文章そのものが拙いお話にはブラウザバックをしたりもしたが、ちゃんとお話ができているもので、合わないジャンルが一切なかった。
それが『特別合うジャンルがない』ということとイコールだったのを知るのは、世間一般で『つまらない』と評された物語を100読み終わったときであった。
どれであってもそれ相応に楽しめたし、作者の意図はだいたい汲み取れたと思う。
だがそれは、少女がその本に対して浅い楽しみ方をしているということなのだろうか。
私がリビングに置いておいた本を勝手に読んだ母が『本当に面白くなかった』と評したあたり、もしかしたら正しいのかもしれない。
2000文字の小説と、★1評価の小説を楽しめた私。
語りきれない物語、語りすぎた物語。
世間に殺されるというのか、知見が深まるというのか。
だがその『私』を私が望んでいないあたり、この浅い思考はどうも私には向かないようだ。
人は思い描く人になれない。
幾ら考えても、何故あの物語が『つまらない』に該当するのか、少女にはわからなかった。
黒板消し
放課後。茜色の夕日が、押しのけられたカーテンの隙間から降る頃。
もう誰も居ない教室で、少女は日誌を書いていた。
学級日誌。無駄にカラフルな表紙に書かれた四文字。平仮名で書いたら八文字。
先生は確か、よくある綺麗事を並べて、この日誌の説明をしていた。
部活終わりにそれを書いていなかったことに気づいたときは、絶望的な気分だったけど。
全ての項目を埋め終わり、少女は腰を上げる。
ヘッドフォンから響く音楽を押しのけて、耳に入った一言。
「ねぇねぇ」
「…?」
誰も居ない教室、という言葉が過去形になった。
学級日誌を提出しようとしていた私に、あんまり聞いたことのない声。
ヘッドフォンを下ろす。顔を上げる。知らないと同義、みたいな顔。
神奈さん。確か苗字はそれで、名前は知らない。憶えていない。
「明日の日直、誰だったっけ」
日直の位置に書かれた、私と神奈さんの苗字。
そういえば、そこを変えていなかったっけ。
「……鈴木さんと、森内さん」
ぺらぺらと日誌をめくって、名前も憶えていないクラスメイトの苗字を二つ、答える。
「ありがと」
簡素な返事と共に、日直の下の名前が変わる。
黒板消しが、私と彼女の名前を粉塵にして。
ヘッドフォンの音が、遠い。
「神奈さんは、昨日自殺しました」
そう言われた時は、驚いた。
だって昨日の今日だったから。
だけど、それだけ。
自殺したのは、深夜だったから。
幽霊でもなんでもない。
でも、死ぬ前にやることが日直の名前の書き換えなのは虚しい、と勝手に思った後。
好きで虚しくなったわけじゃないよな、ってはたまた勝手に思って、ヘッドフォンを上げた。
明瞭な明日
「知らない」。
こちらを刺すような、寒い寒い冬の朝。
けたたましく鳴る目覚まし時計を、恨みを込めた勢いで手を叩きつけ黙らせる。
布団から出たくもないし、自分の部屋も出たくない。
そんな意思と反するみたいに、私は規則正しく布団から出てパジャマを脱ぎ、学生服に着替える。
「おはよう」
「おはよう」
それ以上の会話はない。
ただパンを食べて、目玉焼きを食べて、サラダを食べて、スープを飲む。それだけ。
そこに感慨も感想もない。定例のメニューだからいつもの味が通り抜けるだけ。
何年経ってもこうなんだろうな、とふと思った。
パンは端っこが焦げてるし、目玉焼きは完熟だけどほんとは半熟のほうが好きだし、スープは全部コーンポタージュ。
パンはふわふわの方がいいし、サラダにマヨネーズはかけないし、オニオンスープを飲みたい。
でもそれを一度も口に出したことはないから、私は「ごちそうさま」って言える。
いつも通りの通学路。見慣れた時間に見慣れた人が家を出て、見慣れた車が前を横切る。
知っている人たちと校門をくぐって、クラスについて。
嗚呼、なんてつまらない毎日だろうか。
目新しいものなんて授業の内容くらい。
でも私は学ぶことに嬉しいと言える人じゃないから、だからこれもつまらないの箱に押し寄る。
だからと言って、何かを求めていると言える人じゃない。
だから私は今日も知っているようなお弁当を食べて、知っている時間に知っている人とすれ違って、知っている玄関を開ける。
知っている間違いをして、知っている時間まで宿題をして、知っているご飯を食べて。
知ってる、知ってる、知ってる、知ってる。
でも、このつまらないは私の心のなかにしまっておかなくちゃいけない。
寂れたおもちゃ箱に、場違いなくらい重たいそれを、平気で放って。
おもちゃ箱のおもちゃはぐちゃぐちゃになったけど、これでいいと思った。
だって私は知らないから。
だって私は見てないから。
二階の、一番奥の部屋。
あの場所の扉に、よくわからない赤い液体がついていても、それ以上は知らない。
だから私は、知っている毎日を享受出来る。
それだけでいい。それだけでなくちゃいけない。
知らないけど、知ってることがあるから、なら全部知ってる毎日でいいと思った。
そんな知らないは、いらない。
だから、嗚呼、あしたが怖い。
何もかもわかりきった、あしたがこわい。