短編カフェの機能「日替わりお題」で出たキーワードをもとに書いた小説をまとめます。書きたい時に書いて出します。
なお、キーワードを全て使って書いているとは限りません。一個だけ、二個だけ、みたいな事があります。
基本的に一話完結です。
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目次
またいつか、あの蒼い花畑で
執筆日:2025/01/03
日替わりお題:「反溺愛」「心霊写真」「勿忘草」
使用したお題:「反溺愛」「勿忘草」
「誰か、私を愛して」
雨が降る花畑の中、私はぽつんと立ってそう呟く。人知れず流した涙は雨と混ざって、やがて花や私の服に落ちていった。
「……愛して、ほしかったなぁ」
今更言うのが遅すぎた本音は、誰にも聞かれる事は無く、ただ可哀想に宙を舞う。
寒い雨や蒼い花畑の中、私はぷつりと糸が切れたように、その場に倒れ、そして目を覚まさずにまどろむ意識を手放した。
---
「やっぱりルナはすごいな! 今回のテストも八十九点なんて!」
「えへへ、ありがとう! でもでも、オリバー君だってすごいじゃん! 私、やっぱり尊敬しちゃうよ!」
教室に響く、男女の談笑する声。この光景を見聞きするのは、もうこれで何回目だろうか。前までは二人に嫉妬していたが、今ではもうこの場に慣れてしまった。慣れというのは恐ろしいものだと、私はこの人生においてつくづく思う。
「そ、そんな事無いって……」
オリバー、と呼ばれる男子生徒は顔を赤く染めている。まぁそんな顔しちゃって、と思ったりもしてみるが、正直に言うともう彼の事はどうでもよくなっていた。
前まで、私は彼の事が好きだった。告白しようか、するとしたらどんな風にしようか、と悩んでいた時は自分でも青春していたと思えるくらいに、彼に対する甘酸っぱい気持ちで溢れていた。しかし、もうそんな気持ちはない。だって……。
「えー、オリバー君はすごいよぉ! 賢いし、優しいし……かっこいいし……。とにかく、オリバー君はもっと自信持ってもいいんじゃないかなぁ?」
オリバーは、あの女に惚れている。私が世界で一番憎んでいる女に、彼は夢中なのだ。だからもう好きだなんて気持ちは諦めたし、今では逆に、あんな子に惚れないでよと彼を嫌っている節まであるのだ。
「そう、かな……。うん、ルナに言われるならそうだよな!」
「そうだよ、オリバー君は、すっごーく立派だよっ!」
「ありがとう、ルナ! 俺、ルナに褒められるのめっちゃ嬉しい……」
そんなオリバーが褒められて嬉しがるこの子は、名前をルナという。彼女は私の妹で、しかし容姿はなどは全く違う。ルナはとにかく美人な母親譲りの容姿で、綺麗な金髪、海水のように澄んだ青い目。全て母親とそっくりなのだが、母よりも若々しいその姿は、他人から見ればまるで天使のようで、とにかく可愛いものだった。
そんなルナとは対称的に、私は堅物な父親に似た。ルナとは正反対の黒い髪に、目の色は父親の濁った赤い瞳が遺伝して、赤と青が中途半端に混ざったような紫色。目鼻立ちもそれほど綺麗ではなくて、たまにルナと姉妹なのか疑われるレベルには似ていないし、それぞれ遺伝で受け継いだものがまったく違う。
正直に言ってしまえば、ルナは顔も声も可愛いし、かなり世渡り上手な子だ。このままいけば、社会でも上手くいくだろう。現に、見た目の力もあれど、オリバーを褒めちぎり、こうやって惚れさせている。私は軽い天邪鬼だから、ルナみたいに性格を作って誰かを褒める事ができない。ルナにはできて、私にはできなかった。
「……でも、私だって」
ルナは世渡り上手だ。でも、私は真面目だ。今回のテストだって、ルナは八十九点だが、私はその陰に隠れて九十三点を取っている。成績だけなら私の方が上なのだ。確かに八十九点もすごいのだが、私はもっと点数を取っている。これに関しては数字で示されているので、上下が明確に決まっている。
「えへへー、オリバー君すごいからぁ、ルナもたくさん頑張らなきゃ!」
「いやいや、ルナもすごいって! 八十九点なんて、なかなか取れないよ! それに、ルナは勉強以外もすごいじゃないか! いつも皆から褒められてるし……」
そのはずなのに、皆が褒めるのはいつだってルナの方だ。いつも口から吐いて出るのはルナ、ルナ、ルナ、その一辺倒。私の名前はルーシュだが、親からもらったルーシュというこの名前は、誰にも呼ばれず暗い世界で独り歩きしているままだ。
「……呼んでよ」
誰かに、私の名前を呼んでほしかった。褒めてほしかった。もっと広く言えば、愛されたかった。ずっとそう思っていたのに、ダメダメな私はその感情の吐き出し方が分からず、ずっとその場でジタバタしていた。それがきっと、いけなかったのだろう。
---
「お姉ちゃん、こっちこっち!」
子供の頃の、在りし日の記憶。私とルナは、ある花畑の中を駆け抜けていた。その日の天気は清々しい晴天。カラッとした風が、走る度に体に当たり気持ちが良い。
「わぁ……すごく、綺麗だね」
私はルナに誘われ、蒼い花が一面に咲く花畑に来ていた。思わずうっとりしてしまう程、その花畑は美しいものだった。そして何より、そこで元気にはしゃぐルナも、また美しかったのを覚えている。
「えへへ、綺麗でしょ! お散歩してたら見つけたの! お姉ちゃんも、こっち来なよ!」
花畑の中、微笑みながら手招きをするルナにつられて、私は花畑へと足を踏み入れる。花を踏まないように、踏まないようにとゆっくり歩いて、私はルナの元まで向かった。
「本当に……綺麗」
「ね、すっごく素敵な場所でしょ?」
ルナが誇らしげにそう言った。それを見た私は、妹可愛さにふっと微笑む。この頃はまだ、姉妹仲も良かった。というか、今は私が一方通行にルナを嫌っているだけなんだとは思うが。
「ねぇねぇお姉ちゃん、このお花って、名前なんだろう?」
突然、ルナがそう言い出す。私は昔から勉強が好きで、花に関しても調べた事があった。だから、そこに大量に咲いている花達の名前を知っていた。
「これはね、勿忘草って言う花なんだよ」
「へー! 勿忘草、すっごく綺麗なお花だね!」
そこで見たルナの笑顔を、私はずっと忘れない。とても眩くて、美しくて、嫉妬も湧いてこない程に、その時のルナは、可愛かったから。
「……綺麗、だね」
あの時の私は、一体何に対して綺麗と言ったのだろうか。勿忘草に対してだろうか、それとも、ルナに対してなのだろうか。
---
「ルーシュお姉ちゃん、お勉強教えてくれない……?」
私はルナの事が嫌いだ。しかし、ルナはどうやら私の事をそうは思っていないらしい。今でも彼女はあの頃と変わらず、私を慕い頼ってくる。
「……ごめん、無理」
「そっ、か……、ごめんね。じゃあ、これは他の人に教えてもらうね!」
私を頼るルナは、今でも相変わらず美しくて、可愛くて、とても綺麗だ。
それに比べて私は、一体今の私は、どこが美しいのだろうか。ルナは世渡り上手だが、決してぶりっ子をしている訳ではない、そんな事分かっているのに。ルナは自分にも他人にも素直で、すごく優しい子なんだ。それなのに、姉である私は、大事な妹のルナを妬み、ルナを困らせている。
「……ごめんね、ルナ。責任取るよ」
もう、何もかもが嫌になってしまったのだ。こんなに醜い姉がいるだなんて、ルナにとってはきっと迷惑でしかない。それならば、可愛いルナの邪魔にならないよう、この命を消してしまおう。
そう考えた私は、あの思い出の場所、勿忘草の花畑に向かった。天気はあの頃とは真逆の曇天で、冷たい雨は私をつんざいた。
「……ルナ、愛してるよ」
ルナのように、私も愛されたかった。たったそれだけだったのに、一体どうしてこんな結末を迎えてしまったのだろうか。
その答えは誰にも知られず、勿忘草と小雨に溶けていった。
「反溺愛」の意味が分からず調べたのですが、どうやらネット小説に出てきただけの単語みたいですね。その小説の内容を考えると、意味は「溺愛に反対する」になりそうなのですが……。ここはあえて「溺愛の反対で、全く愛されない」という、違う捉え方をしてみました。造語というのはこうやって広まるものですよね。
ルナちゃんが金髪青目なのは完全に私の好みです。金髪ロングで碧眼の女の子が性格悪くなったり、主人公にとっての悪役になるのが癖なんですよ……。なお、こんな癖に刺さるキャラは今のところ三人ほどしか見当たっておりません。
お父様
執筆日:2025/01/03
日替わりお題:「息子」「ユニークスキル」「テンプレ」
使用したお題:「息子」「ユニークスキル」
僕は、貴族の息子として生まれた。
「レヴィ、お前はグレゴリー家を継ぐ者として生まれたのだ。どこに行くにも、貴族としての威厳を保て」
「はい、お父様!」
僕の父は貴族の中でも位が高い、公爵だ。このグレゴリー家の次期継承者として、いつも上に君臨している。その姿にはとても威厳があって、僕は父のそのかっこいい姿に、とても憧れていた。
僕も、いつかお父様みたいになるんだと、本気でそう思い、信じていた。いつも家族や民に厳しいけど、本当はとても優しくて、国をお守りするお父様。人間として、僕はお父様のようになりたくて、いつもお父様の背中を追い続けていた。
「お父様!」
「……どうした、レヴィ」
「僕……いつかお父様のような、グレゴリー家の名に恥じぬ、立派な人間になりたいです!」
僕がこう言うと、お父様はいつも一瞬だけ父親の顔になる。その瞬間が僕は大好きで、とても安心するようだった。
「……そうか」
「はい!」
お父様に憧れて、いずれ自分もそのようになる。僕の人生は、途中までとても完璧で、理想に近いものだった。あのまま成功し続けば、僕はお父様のような人間になって、お父様に褒められたはずなのに。
僕は、あそこで全ての道を、踏み外したのだ。
---
「レヴィにユニークスキルが、無い……?」
この世界には、魔法の概念がある。魔法が強い者、弱い者が存在していて、魔法の強弱は、世界にとっての物差しで、魔法が強い者は、正義だ。
そして、魔法にはユニークスキルというものがある。ユニークスキルは、本人だけが使える魔法の事で、世界に一つだけのものだ。大体のユニークスキルは、とても強力なパワーを持っていて、杖な一振りで巨大な岩だって破壊できてしまう。それくらいに、強力なものなのだ。
「ま、待ってくださいお父様! もう一回だけ……!」
魔法、特にユニークスキルが強い者は、世界にとっての正義だ。弱い者は、世界にとっての悪だ。
しかしこの世には、その土俵にすら立てない者が存在する。そう、ユニークスキルが無い者だ。ユニークスキルは、十二歳までに大体の人に発現するのだが、稀にその発現時期が異常に遅れたり、ユニークスキルがそもそも無い者がいたりする。
僕は、そのユニークスキルが発動しない者だった。
「……もう一回も何も、散々試したじゃないか! お前にユニークスキルは無いんだ!」
お父様が、怒鳴っている。お父様が荒れる姿を見るのは、これが初めてだった。今まではいつも冷静で、威厳があったお父様。そんなお父様をここまで怒らせてしまった僕。
ユニークスキルの発現するしないは体質だ。だから、努力なんかでこれから発動する事はないんだ。僕は、お父様に怒られ続ける運命になってしまったのだ。
「……ごめんなさい……。お父様、僕……!」
「もう私に近付くな! お前なんて――!」
家族じゃ、ない。脳が理解を拒否するその言葉を聞くと同時に、お父様にしがみついた僕は、お父様に思いきり突き放された。
「……そんな……」
ズキズキと、体が痛む。しかし、それ以上に痛いのは、心の方だった。僕はお父様の顔も見れないで、ただそこで絶望を覚えていた。
「お父、様……」
ユニークスキルは、この世界で生きる上でとても重要なものだ。それがない僕は、もう貴族の息子――いや、お父様の息子では、ないのだ。
「……ごめんなさい」
口からこぼれた謝罪は、きっとその場を去ったお父様の耳には、届いていなかった。
日替わりお題って一日に一回じゃないんですね。まさか半日に一回だったりする……?だとしたら一日に二話ぐらい書くのか、限界突破しそう。
そして一日に同じような世界観の作品を二回も出してしまいましたね。前のルーシュとルナ、オリバーと結構世界観が似ている気がする。もう国は違うけど同じ世界って事にしておきます。レヴィがお父様に突き放された時、ルーシュは勿忘草の花畑まで、雨の中を傘も差さずに走っていました。
俺と少年と万有引力
執筆日:2025/01/05
日替わりお題:「重力」「年の差」「巻き込まれる」
使用したお題:「重力」「年の差」「巻き込まれる」
超能力がある世界を、君たちは夢見るだろうか。
好きなあの子の心を読んでみたり、欲しい物が念じれば手に入るのなんて当たり前。いつも上を見上げれば、空で誰かが心地の良さそうに浮遊している。そんな世界だ。
一見すれば、それはまさに夢のような憧れかもしれない。やりたい事、欲しい物、近づきたい人、全てが能力の使いようによって、手に入ってしまう。これだけ言えば耳心地も良いものだ。
だがしかし、そんな純真無垢な君達に忠告しておこう。
「わー、ねぇ助けておじさん! またブラックホールできちゃった!」
「おいちょっ待て、お前、今週で十二回目とか嘘だろ……!」
超能力がある世界なんて、最悪極まりないという事を。
---
「ふー、なんとか収まったや……。ありがとう、おじさん!」
「おじさんじゃなくて|治武《おさむ》だよ、次からそう呼べって何回も言ってんだろ?」
「えへへ」
俺の隣でにやにやと笑うこいつは|朝日《あさひ》。たった八歳、見た目だけなら普通の少年だ。
「……何笑ってんだよ、俺のどこがおかしいってんだよ!」
「いやー? 名前呼んでもらうのに必死なんだね」
「うるせぇなお前は」
見た目だけとは言ったが、朝日は言動もわりかし普通だ。年頃っぽく中途半端に生意気で、それでも妙に愛嬌がある。社会で擦り切れて妙に歪んでしまったおじさんの俺とは違う、磨かれた美しい心と笑顔。それは他の同年代と全く違いがなく、とても平凡なものだった。
しかし、朝日には一つだけ、他の子供らとは全く違う特徴があるのだ。
「……しっかし、お前はなんでこうも能力が暴走すんだ? こんなん他に居ねぇよ、俺が居なかったらお前終わってたぞー」
「うん……僕にもそれ分かんないんだよね! おじさんいつもありがとう!」
「いやそんな笑顔で言う事じゃねぇのよ、そんな明るい返しすんな」
そう、朝日は自らの超能力を、自分自身で制御する事ができないのだ。
この世界には、超能力が存在している。大半の人間が超能力を有していて、そしてその超能力は、自分で制御を効かす事ができる。そのはずなのだが、こいつだけは、なぜかダメなのだ。
「ったく、能力も能力で厄介なやつだしよー」
「厄介で強すぎるから、僕だけじゃダメになってるのかな?」
「おー、そうかもな」
朝日の超能力は、重力操作。その名前の通り、重力を自由自在に操る事ができる。それがとても厄介で、ブラックホールを作ったり、朝日の能力を止めようと駆けつけた俺の重力を重くして俺を押し潰したり、この能力は、こいつの特徴と全く噛み合っていない。もうちょい優しい能力だったら、そもそも制御もできていたかもしれないし、制御も楽だったのに。
「全く……はぁ」
俺はため息を吐く。そうすると隣に居る朝日は、俺の顔を覗き込んでこう言った。
「……おじさん、いつもごめんね」
「ん?」
「僕、ママもパパもまだ見つからないし、学校にも行けないし、こうやって能力だって暴れちゃうし……。おじさん、いつも僕に巻き込まれたって顔してるんだよ」
そう言うこいつの表情は、寂しさを抱えていた。
「お前……」
朝日の親は、過去に死んだ。元々とても優しい親だったが、数年前に交通事故でこの世を去っている。しかし、朝日にショックを与えないため、朝日にお前の親は死んだのだと、誰も伝えていない。朝日はまだ、ママもパパも生きていると信じて待っているのだ。
そして学校に行けないのは、こいつの能力が暴走して誰かに危害を与えないか、行政が心配している結果だ。
「……」
全部、大人の事情じゃないか。大人の秘密や憂鬱のせいで、朝日はこんな小さな体に、一体どれほどの悲しみを背負ったのだろうか。朝日はまだ八歳だ。朝日を養っている俺は三十五。こんなにも離れているのに、俺は朝日の気持ちを思うと、涙が溢れんばかりに悲しくなってきた。
「……俺は、朝日に巻き込まれたなんて、思った事ねぇよ。お前は立派にやってるぜ」
朝日の目を見て、真剣に答える。
確かに、朝日を引き取った経緯はほぼ巻き込まれだ。こいつの父親の友達で、能力を制御する能力を持っていたから、というだけの理由で、朝日を引き取れと周りに言われ、最初はやむなくで引き取った。最初は、朝日の事をすぐにでも施設に入れようと思っていた。
しかし、こいつのそばで、こいつと一緒に過ごしていく内に、何かが芽生えてきたのだ。暖かいような、そんな気持ち。俺はもう、巻き込まれただなんて思わないし、仮に巻き込まれたとしても、朝日のためなら、なんだってするだろう。
「おじさん……」
朝日がぽろぽろと涙を流す。そうだろう、悲しいだろう。子供がこんな状況に置かれて、悲しくないわけがないんだ。
「……いっぱい泣け」
俺は朝日を優しく抱きしめる。子供特有の体温が広がった。
「……ありがとう……」
弱々しい朝日の声色は、他の同年代と何も違いのない、普通の子供と、全く同じだった。
日替わりお題って、午前十二時にぴったり変わる訳じゃないんですね、見張っていたんですけど、どうやら変わるのは午前十七時あたりらしい。勘違いをしていました。
陰謀論
執筆日:2025/01/06
日替わりお題:「政府」「辞書」「ゴーレム」
使用したお題:「政府」「ゴーレム」
ゴーレム。それは元々、泥人形の存在だった。神に作られた泥人形、その名をゴーレム。人間の前身的存在だった。
しかし、人間がこの地球に誕生してからというもの、ゴーレムは姿を現した事がない。それはゴーレムが絶滅したからなのか、それとも人類から隠れているのが理由なのか。人類はそんな事を知る由もなく、ゴーレムという種族を、生命を、存在を忘れ、自分達が地球において絶対的だと信じ、今の今まで生きてきた。
そしていずれ、自分達ではなく、自分一人が一番だと、そう思うようになった。自分だけが知っている、そんな言葉に簡単に踊らされ、どこかでそれを発散しないと生きていけない動物になっていったのだ。自分だけの知識、それに固執していなければ、人間は生きていけない。
しかし、それに執着しすぎる者というのも、この世界には存在している。そんな愚かな人類の話す説や理論の事を、どこかの誰かは陰謀論と名付けた。そう、人類はいつだって、陰謀論に支配されているのだ。
『これは政府の策略だ』
『裏の組織が何か企んでいる、気を付けて』
今日も、電子的な画面の向こうでそんな言葉が囁かれる。甘いりんごと蜂蜜のような期待の言葉だ。そしてその言葉を発する者たちは、まるでその甘美な果実と蜜に群がる虫のようだ。その蜜の在処が罪の果実であるだなんて、きっと彼らは知らないのだろう。
彼らはいつも、自身の人生における全ての汚点を政府になすりつける。政府が禁止しているからだとか、政府が裏で操っているからだとか、大方そんな主張が大半を占めている。実に人間臭く馬鹿らしい根拠が多くて、うんざりを越えて思わずこちらは笑ってしまう。何が裏の組織だ、仮にそれが実在していたとして、それらの組織が企んでいる陰謀を暴いたり止めたりするのは、お前らではない。それはもっと上の生物の仕事、使命だ。一般人が口を挟んでしまって良い領域に、お前らの言う組織は存在していない。
実に馬鹿らしくて、滑稽で、とても人間を感じる。まぁ――私は、そんな人間でも愛してやるのだが。
「アンネ、君は今、何を考えているんだ」
「ええ……、大統領。人類とは、実に愚かな物なのですね」
泥人形の名残を思わせる、泥の髪をなびかせて歩く。
良かったな、実は政府の裏の組織は、本当に実在しているんだ。そして私は、お前らが忘れたゴーレム、お前ら愚かな人類から、今まで逃げおおせてきたのだ。
だが、これからは違う。ゴーレムである私達がお前らを作ってやったんだ、私達が居たからお前らが存在できているんだ。神が本当に愛しているのは、我々ゴーレムなのだ。
それをこれから、人類にたっぷりと教え込ませてやる。その手段として、私は政府の裏の組織に所属しているに過ぎない。どうせ政府だって、私達が居なければ概念としても存在してなかった。全員、ただの踏み台だ。
「それは……我々の事も含めて言っているのかね」
「ふふ、どうでしょうね。ただ、私はですね……」
「……私は?」
泥人形である私が復讐した時、人類は一体どんな顔をすると思う。きっと、私が快楽を感じざるをえない表情を見せてくれるんだろう。その瞬間が今から待ち遠しくて、恋しくて仕方ない。
人類よ、待っていてくれ。今から君達を、思う存分――。
「人間共を、蹴落としたいの」
宗教、陰謀論というとんでもないセンシティブな話題を絡ませているので、ちょっと書くのが怖かったです。
日替わりお題でハートフルなやつが書きたい……。書きたいよ……。希望は前の「俺と少年と万有引力」と似た感じにできるお題。楽しみに待っておきます。
好きな人だなんて
執筆日∶2025/01/06
日替わりお題∶「現実逃避」「抹殺」「リハビリ」
使用したお題∶「現実逃避」「抹殺」
「嫌だ! こんなの……嘘よ!」
目の前で赤く染まっていく床。
「|優斗《ゆうと》……優斗くん!」
私の大切な人。これから二人で互いに愛し合って、結ばれて、一生一緒に居るはずだったのに。
私の大切な彼氏。彼の鼓動は、そこで鳴り止んだ。
---
「|佐々木《ささき》さん、二十一日の夜、何があったか覚えていますか?」
私は今、診察を受けている。目の前の医者は、私を深刻そうな目で見てきた。でも、私にはその意味が分からない。だって、私には何も無いの。医者に診察されるような事も、経験してないの。それなのに、なんでこんな大きな病院に、私はもう数日も居るのだろう。
「えーっと、二十一日の夜、ですか? そ、そうですね……、特に何もありませんでしたよ?」
「……そうですか」
思ったままの事を言っただけなのに、医者は残念そうな顔をこちらに向ける。どうしてなのだろう。本当に、私は嘘をついていないし、そのままの事を伝えただけだ。医者にとって、二十一日の夜に何か無かったら不都合なのだろうか。おかしな事だ。
「あのー……」
「はい」
「私、なんで病院に居るんでしょうかね? 何もしてないんですけど……」
率直な疑問だった。私は本当に、自分が病院に居る意味を理解できていない。医者に聞けば何か分かるとは思ったが、その医者は私の言葉を聞くと、頭を抱えだした。
「……そう、ですか」
「え? そうですかって、何が?」
医者が少しばかり苦しそうな顔をしているので、思わず心配してしまう。いや、心配というよりも、困惑してしまう。一体、何があったんだろうか。
「……佐々木さん。あなたには、恋人が居ましたか?」
「……はい?」
突然に、医者からプライベートな質問を投げかけられる。なんで診察中に聞いてくるんだよと思うが、まあ多分必要な尋問なのでしょうと自分に言い聞かせ、私は答えた。
「え、居ませんが。彼氏なんて居た事ありませんよ?」
医者は、ハッとしたような表情を見せた。なんでそんな表情をするのか、私の気持ちは困惑から恐怖に変わっている。もう早く、一刻も早くこの場から解放されたかった。
「そうですか……。では、好きな人は居ましたか?」
「いませんねー。出会いが無くて、お恥ずかしい」
「何かしらの事件現場を見た事はありますか?」
「いやいや! そんなの、無いに決まってるじゃないですか。なんでそんな事を聞くんですか?」
質問を投げかけられ、答える。そんな単純な事だが、私はそこに違和感を覚えた。質問の内容が明らかにおかしいのだ。事件現場だとか、質問内容が正気とは思えない。医者に対して少し警戒の素振りを見せつつ、私は逆質問した。
「……二十一日の夜の事、何も覚えてないんですね?」
それなのに、医者は逆に問いかけてきた。この人の言う事は全部、全部頭がおかしくなりそうで、もう限界だ。
「……だから、何も無いんですってば!」
私は部屋の机を叩きつけて怒鳴った。だって、そうしないとなんだか頭が変になりそうだったから。いや、それはさっきからの事だ。さっき起きてからずっと、原因不明の頭痛が止まない。ズキズキとした痛みが脳内で蔓延っていて、本当に世界がおかしく見えるのだ。
誰か、助けてほしい。
「すみません。佐々木さん、もうお戻りいただいて大丈夫ですので」
医者は困ったとでも言いたそうな眉と目元をしている。その様相を見て、一層訳が分からなくなる。なんで私はこんな所に居るのか、なんで医者は何かを聞きたそうなのか、なんでさっきから頭が痛いのか。呼吸が乱れそうな程に、何が起きているのか理解のしようもなかった。
「……そうですか。じゃあ戻ります」
とりあえず自分を落ち着かせようと、私は自室に戻る事にした。といっても、自分の家とかではなく、病院内の自分のベッドが自室なのだが。早く家に戻りたいのだが、どうやら誰かがそれを許していないらしい。こんなに異常もないのだから、退院したって良いじゃないか。なぜ、私はどこにも行けないのだろうか。嫌になってしまう。
「はい、ありがとうございました」
医者の言葉を冷たく流して、私は部屋のドアを開けた。ガラガラと無機質な音が耳の中に入り込んだ。
「はぁー……、ほんとになんなの? 悪夢なら早く覚めて……」
本当に、これは悪夢か何かだろう。だっていきなり病院に居て、訳の分からない診察というなの尋問を受けて、その名ばかり診察の内容はちんぷんかんぷんなもの。こんなの、れっきとした悪夢だ。そうに違いない。私は今、夢の中に居るんだ。
「私には好きな人も、恋人なんて居ないし……。あー、変な質問されたな。まさかあれ、新手のセクハラか?」
病室までの道を淡々と辿りながら考える。私には、恋人はおろか好きな人すら居ない。好きになってくれるような人だって、絶対に居ない。それを聞いてきたあの医者は、まさかセクハラジジイという奴だったのだろうか。そうだとしたら怖すぎるし、より一層、早めに退院したい気持ちが高まってくる。私はもっと深く強く、ここから抜け出そうと感じた。
「はは、私に好きな人……だなんて……」
好きな人だなんて居ない。たしかにそう言いたいはずだった。そのはずだったのに、次の瞬間、私の目から涙が溢れ出して、嗚咽が止まらなくなった。言いたかった言葉は宙を浮いて、病院の空気に消え去った。
「なんで……。何も、ないのに」
そう、私には何もない。フラッシュバックするようなトラウマだって、どこにもない。私を愛してくれる人だって、どこにも居ないはずなんだ。それなのに、どうしてだろうか。なぜか、誰かの優しい笑顔と声色が、頭の中を回ってしょうがないのだ。この記憶は一体なんなんだろう。どうしてこの記憶について考えると、どうしようもなく虚しく、悲しくなるのだろう。
「……誰だよ……」
好きな人だなんて、どこにも居ない。確かにそのはずだった。なのに、どうしてだろう。
今は、心の中に、愛した誰かを失ったような隙間があってしょうがない。
主人公の佐々木小春ちゃんは大学生で、両思いであった男の子の優斗くんとデートをしていました。ですがその時、優斗くんが信号無視の車に轢かれ、優斗くんはその場で死んでしまいました。小春ちゃんはそれがトラウマとなり、その後あまりのショックで、事故現場でそのまま気絶、起きた後も優斗くんに関する記憶を全て忘れてしまいます。それがこの物語の正体です。主人公はあの時の記憶を抹殺して、現実逃避をしていた、という訳ですね。ちなみに小春ちゃんが居た病院は精神病院です。
あぁ、また暗いお題と話ですよ……。いや、このお題確かにストーリーは組み立てやすいんだけどさ……。にしてもさ……。暗くない……?
人類、電気を夢見る
執筆日∶2025/01/07
日替わりお題∶「邪神」「太陽フレア」「入門」
使用したお題∶「邪神」「太陽フレア」
あの日、地球の明かりは、消滅した。街中が暗闇に包まれ、スマホももちろん使えない。唯一の光は、我々を黒い世界に陥れた者、太陽の日光のみだった。
「うぅ……寒いよぉ」
だから、地球に住まう皆は、あの日から夜が大嫌いになった。暗くて大切な人すら見えなくて、暖房もないから、ただひたすらに寒い。夏は蒸し暑くて、嫌な不快感が押し寄せてくる。除湿をしてくれた機械も、あの日から全て無くなってしまったのだ。
冬の夜は、皆が家の中で羽毛をこれでもかという程かき集め、そして同居人達と身を寄せ合い、それでなんとか体温を保っていた。そうでもしないと、エアコンに慣れすぎた彼彼女らは、人体に影響を及ぼす程の冷えに耐えられなかったのだ。
「やれやれ、人々は大変だね」
そして僕は、そんな彼らが見向きもしない、地球の夜の街を歩く。人間が嫌がるこの冷ややかな風も、僕にとっては心地良い。ひんやりと、やわらかに頬を撫でてくれる。
「はは、にしても確かにここは暗い。エジソンが天国で泣いてるんじゃないかな?」
洒落を飛ばす余裕だって、僕にはある。人間は寝静まる事で精一杯で、誰も僕には気付いていないと思うけど。でも、それでいいんだ。
僕の正体は、誰にだってバレてはいけない。
---
あの日の地球には、太陽フレアが降り注いでいた。あの一日のエネルギー波のせいで、地球の電気はまるごと失われた。今は、物理的にも精神的にも、地球や人類は暗黒期に入っている最中だ。
太陽フレアが起こってから、人類の生活は大きく一変してしまった。不便と言うにはあまりにも巨大すぎる、その障害。全人類が、これからの生活に慄いた。彼らはいわゆるインターネットに慣れすぎていた。だから連絡手段だって持ち合わせていないし、スマホが無ければ何もできなくなっていた。
僕はそれを、いつだって上から見ている。人類はいつも、僕に面白い反応を見せてくれる。人類は犬や猫を自分の管理下のもと生きる動物で、庇護下にあるから可愛いんだと思っているが、僕の人間に対する気持ちも、それと大差ないかもしれない。人間はすぐに怯えて、怒ってくるから、それがたまらなく可愛いんだ。少し気持ち悪い言葉のようだが、もっと彼らをいじめたくなる。
「本当に……面白いね」
静かな地球の夜の街を歩きながら、人類の様子を見る。今日も彼らは、どうしようもなく哀れだ。可愛くて可愛くて、しょうがなく哀れに生きている。
「うーん、太陽フレアの次は、どんな事をすればいいだろうか……」
考えてみる。太陽フレアはいたずら程度にやったのだが、彼らの反応を見るに、これもかなりのものだったようだ。もうちょっとレベルの低いものにしてみせようか。自然災害はもう使うのはよした方がいいかな、とも考える。
「んー……。まぁ、やりたくなったらその時考えればいっか」
今はまだあれこれと思う時じゃないな、という結論に至った僕は、黙って地球の地に足をつけ続けた。
太陽フレアを起こした邪神が、今こうやって地球を歩いているんだ。それを知ったら、人類はどんな顔をするのか。想像するだけで、やっぱり胸が躍る。ああ、人類は可愛い。
「ああ……ああ」
笑顔で地球を歩く。この惑星は、もはや僕のものだ。僕という邪神の手の中で、彼らは今も生きている。とても、素敵な事だと思う。そう、とても素敵な事なんだ。
「……あの、あなたは、だぁれ? お名前は?」
「ん? 初めまして、お嬢さん。僕はララっていうんだよ。誰か、っていうとね……」
人類。それは愛でるべき、可愛らしい存在だ。だがしかし、それと同時に、もっと哀れな存在でもある。人類はいつだって、僕のペットだ。可愛らしくて、美しくて、とても愛おしい。だから、僕はただ、人類を見つめるだけだ。
だって僕は、人類が、この地球が、大好きだから。
「うーん、ここが好きな人、っていうのかな」
五話投稿したので、キーワードに日替わりお題と入れるのをやめました。流石にね、一人でタグ占領するのは迷惑ですからね。
なんか前の「陰謀論」と雰囲気が近い……。というか、なんか繋がる気がする。あ、ゴーレムのアンネちゃんが振り向いて欲しかった神様が、このララ君だったって事にしておきますか?うん、この設定良いな。採用します。こうやって世界線繋げるの、なんだかんだ楽しい。
やさしい母の味
執筆日:2025/01/09
日替わりお題:「東大生」「爆食」「虫」
使用したお題:「東大生」「爆食」「虫」
「お母さん、今何してるかな……」
久しぶりの電車の外には、のどかな景色が広がっている。その光景は、本当に昔となんら変わりなくて、まるで自分の成長だけが、ここで狂ってしまったみたいだ。
「ふふ、元気だといいな」
町中に広がっている大きな田んぼを眺めつつ、僕はただ、電車の揺らぎに身を任せ、自身の記憶に思いを馳せた。
---
最後に実家を見たのは、一体いつになるだろう。
「さや、大丈夫かい? 東京でも、上手くやるんだよ」
「うん、大丈夫だよ、お母さん。ここにはたまに帰ってくるからね、その時よろしく」
高校を卒業してからすぐ、私は東京大学に行くため、田舎の実家から旅立った。確か、それが最後だろうか。あの時はたまに帰ってくるとは言ったものの、正直に言って、今回が大学生になってから初めての帰省だ。今、私は大学三年生。すごく時間がかかってしまった。
だが、実家の事を考えていなかった訳ではない。むしろ、毎年どこのタイミングで帰れるかはこまめに確認していた。しかし、大学生というのはなにせ忙しすぎる。夏休みでも、冬休みでも、春休みでも、毎日のように予定があって、帰る暇が生まれない。私の実家のような、二泊三日が当たり前になる程の遠い田舎なら、さらに行く難易度も上がってくるだろう。そうおいそれと、帰宅できる日を作れなかったのだ。
大学の日々は、とにかく忙しかった。東京大学なので、勉強は他の所よりも相当ハード。先輩や後輩との付き合いもある。文武両道とはよく言ったものだが、私はその二つを両立するのに、かなりの苦労と時間をかけてしまった。東大生は楽しいが、やっぱりてんてこ舞いになってしまうくらいには忙しない。猫の手を借りられるものなら、いっぱい借りてしまいたいくらいだった。
「はぁ……。ご飯作る暇も無いくらいだしなぁ」
その多忙さは、自炊をする時間も無いくらいのものだった。元々、私は料理好きで、中学の頃には調理部に所属していたくらい、料理だったりがを好き好んでやっていた。それなのに、大学生になってからは、料理に取り掛かるまでの気力が全くと言っていい程出てこず、明日のおかずに関してうんうんと唸るような生活を続けていた。
「うぅ、お腹空いたけど、もう疲れすぎて動けないよ……。誰かに作って欲しいけど……」
誰かにご飯を作ってほしい。だが、そんなのどこに頼めば良いのか。私はずっと、そう思い悩んでいた。
しかし、そこで私に、ある荷物が届いた。
「なんだろう……。これって!」
大きなタッパーに詰められた何かと、添えられたメッセージカード。その荷物を送ってきたのは、間違いなく私の母親だった。そして、母が送ってきたのは、懐かしの料理、イナゴの佃煮だった。
「わぁ……。イナゴの佃煮、久しぶりかも」
イナゴの佃煮は、私が実家に居た時によく食べていた。うちはやっぱり田舎だから、他にも虫を使った料理がよく出てきたり、謎のご当地料理があったりする。そんな中でも私は、母が作ってくれるイナゴの佃煮が、一番大好きだった。
「ん、味やっぱり変わってない……美味しいな……」
ご飯に困っていた中で、久々に届けられた母の味。その味はとても安心できて、私の心はすっかり癒やされた。そして、私はいつの間にか故郷を思い出していた。
「……帰ろっかな」
そろそろ、母に顔を見せたい。そう思った。あとちょっとで冬休みが来るし、そのタイミングで行きたい。そして、母に感謝を伝えたい。
「……よし、お正月に帰省するか!」
ずっと忙しくて、実家に行けていなかった。だが、私はこの時にやっと重い腰を上げて、実家に帰ってこようと思ったのだ。母の顔が見たい。そして、私の顔を見せたい。そして、あの懐かしいふるさとを、また味わいたかった。
---
「実家着いた……全部、変わんない」
子供の頃と、全く変わりがない地元の景色。あの頃を呼び覚ますように、どこかで種類も分からぬ虫の鳴き声が響き渡る。思わず笑みがこぼれてしまう程に懐かしい。
「……よし」
実家の戸に手をかける。ガラガラと、郷愁を感じる音がした。
「お母さん、ただいま! 帰ってきたー!」
虫は本当にすっごい苦手なので、作るのに時間がかかりました。あんまりこれ書きたくない、と思いながらでも書きましたよ……。これは……成長になるかな……?
元々このテーマを見た時は昆虫食を食べる狂気の東大生を想像したのですが、それは自分にはちょっと書けないなと思ったので、今回はどちらかと言うとほんわかテイストです。にしてもイナゴの佃煮ですがね……。私は食べた事も実物を見た事もありません……。
恋するコートニー
執筆日:2025/01/09
日替わりお題:「財政赤字」「姫君」「箱」
使用したお題:「財政赤字」「姫君」「箱」
コペニア王国は、財政において難を抱えていた。
「ルミネン女王、財政赤字もそろそろ限界が来ております……。国民らも、現在の税金や社会保障の状態に異議を唱えており、そろそろデモなどの反発が起こる可能性も……」
「……分かってるわよ! コペニア王国を建て直すために、税金を上げるのはしょうがないのよ?」
「しかし、国民に説明も無しとは……」
「ああ、今はそんな事をしている暇なんて無いの! 我がコペニア王国を再建する、それだけが私の仕事であり、使命なのよ!」
王国の元首をしている女王、ルミネン・リスパルト。彼女は自身が一つの国を支配しているという事実に、いつからか酔いしれていた。そのせいだろうか、コペニア王国は経済に関する事でどんどんと衰退していき、金について国民の反感を買うようになり、そして他国からは批判され、ついには年を追うごとに財政赤字が悪化していった。コペニア王国は今現在、最悪のルートを辿っているのだ。
しかし、ルミネン女王は、依然として国民からの反感を買うばかりだ。彼女の性格は、ただツンとしているのではない。彼女は少しヒステリックな気質を持っているのだ。だから、国民から見れば、ルミネン女王は確かに国家元首にふさわしい器ではない。皆、どこかでそう思っていて、そしてそこに財政赤字の状態が加わっている事で、主にこの国の若者が中心となり、ルミネン女王は莫大な批判を受けている。まぁ、他国からも色々言われてはいるのだが。
「コペニア王国……私だけの国なのよ……。絶対に手放してやりますか……ただじゃ、ただじゃ……」
ルミネン女王は、大きな城の廊下を歩く。親指の爪を噛みながらレッドカーペットを踏みつける彼女の表情は、とても位高き女王のものとは思えないくらいに、恐ろしく憎悪に満ち溢れているようだった。
「……お母様?」
そんな女王に声をかけたのは、一人の華奢な女性。彼女はとても美しい容姿をしていて、艶のある白い髪とくりんと輝く黄色の大きな瞳は、全人類を魅了させるために作られたのではないかと感じる程に綺麗だ。
「……コートニー、居たのね。悪いけど、今は一人にさせてちょうだい。私は自室に戻るわ」
コートニーと呼ばれた彼女は、ルミネン女王の一人娘だった。彼女が声をかけると女王は、一人になりたいと言い残し、さっさとその場を後にした。
「はい……」
少し弱気なコートニーは、あなたと話がしたいだなんて言えなかった。ルミネンはとても不機嫌そうで、そう言える雰囲気では全くなかったのだ。彼女の背中を、コートニーはただ、見る事しかできなかった。
「……」
顔を伏せているコートニーが話したかった事、それは彼女にとってとても重要な事で、絶対に伝えたい事だった。そのはずだった。
---
コートニーは、隣国の男に恋をしていた。
「ああ、コペニアの姫君。よく来てくれましたね」
「ジスラン! 久しぶりですね」
彼女が恋した男は、ジスランといった。彼はコペニア王国の隣に位置している国、クベニア公国の公爵に仕える王室の執事だ。
「はい、久しぶりでございます」
「ええ……、会えて、嬉しいわ」
箱入り娘として大事に育てられてきたコートニー。男性としっかりと関わり合うのは、このジスランとが初めてだった。それまで、世話係は全て女性のメイドが行っていたし、父親は既に他界している。そんな状態だったので、いとも容易く、彼女はジスランに恋をした。慣れない事ばかりで、さしずめ吊り橋効果でも発動してしまったのだろう。
「私も嬉しいです、姫君」
姫君と紳士に言うジスランの姿は、コートニーにとって、世界一魅力的で、美しいものに見えていた。どれだけ地位があっても、容姿が美しくても、彼女はただの女だった。どこまでも、ただ純真無垢な心を抱えている、普通の女の子だったのだ。
だが、国は彼女の普通を許してはくれない。隣国の者と結ばれるのは、あまりにも難しかったのだ。コートニーにも、王女としての立場が存在していた。その立場を飛び越える事を、彼女はいつも考えていたが、それでもずっと恐怖していたのだ。
「……無理、ですよね」
母親であるルミネンに話そうとしたのは、ジスランとの結婚の事だった。だが、財政赤字で不機嫌、まるで自分の鏡映しを育てているかのようにコートニーを大切にしてきたルミネン。あの人はきっと、私の結婚に反対してくる。コートニーはそう考えると、なおさら彼女を引き留められなかった。
「……財政赤字……」
もうこんな国どうでもいい、そんな危険思想が、コートニーの脳裏をよぎった。いつもならそんな思考は遮ってしまえる彼女だが、今回はその思想を取っ払う事はなく、じっと考えていた。
ここから抜け出したい、亡命して、駆け落ちしてしまいたい。だって、こんな国もこんな母親も、自分のジスランに対する恋心に比べれば、びっくりする程に脆くて、壊れやすすぎる。ならば、いっそここで手放してしまったって、問題はないんじゃないか。彼女の頭の中で、黒い考えがぐるぐると回る。
「……ジスラン」
箱入り娘が、初めて箱から抜け出した動機。それはなんでもない、ただの初恋が理由であった。
そしてコートニーはこの二日後、クベニアに亡命した後、ジスランと結ばれた。
一日で書くには頭の中で話が壮大になりすぎました。なので最低限のところしか書いておりません。他は削りました。
人間ユートピア
執筆日∶2025/01/11
日替わりお題∶「スラム」「SF」「狩人」
使用したお題∶「スラム」「SF」
この世界において、人間の肌は鉄になっている。
人肌という言葉は完全に失われ、温度もクソもないような鋼鉄の肌が、この世界のどこかで暇もなく動き続けている。
肌以外もそうだ。目はギョロギョロとしていて、ずっと先の風景や人々も目視で確認できるし、内臓は病になる事もない、というか内臓が汚れるような習慣がもうほぼ存在していない。食事も煙草も、あいつらにとってはもう不要らしい。
もはや、あれを人間という名詞で呼んでいいのか分からない。あれは酷く進化したロボットだ。そして、いたく改造された元人間だ。
人間としての尊厳を忘れ、ロボットに服従しているこの世界。俺らは、そんな世界から逃げたかった。
ただ、逃げたかったんだ。
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「よう、チャールズ」
「や、こんにちは。アーリンさん」
煙草を箱から出そうとしていると、一人の青年がこちらにやってくる。そいつは顔見知りで、とりあえず互いに挨拶を済ませた。
「掃除はし終わったの?」
「ああ。やっぱりここは随分と酷えな」
「あはは、確かにね。みーんな好きにやってっちゃうから……」
青年こと、チャールズが俺の隣で無邪気に笑った。その表情はどこまでも人間のもので、ロボットにだなんて表現しがたく、美しい物だった。
「まぁな、別に俺はいいんだが。人間なんて……こんなもんだ」
煙草を吸いながら、俺はそう言った。ニコチンの中毒的な香りが、更に俺の脳を底の方から刺激してきた。
ここはユートピアと呼ばれる地域だ。正式な名前では呼ばれない、というより、ここには正式な地名なんてないのだ。だから、ここに来るやつは揃いも揃ってここの事をユートピアと呼んでいる。
ユートピアには、ロボット改造を受けていない人間のみが訪れる。ロボットになりたくない、といってここに逃げ込んでくるやつが大半なのだ。だからそいつらにとって、ここがユートピアだ。
「はは。や、僕もお掃除頑張らなきゃな」
「だな。仮にもここはスラム……呼ばわりではあるし」
だがしかし、ここは世間一般には受け入られていない場所。世界はここをスラム街と呼称してくる。確かにここはずっと汚いが、治安が悪いかと言われればそうでもないし、逆にほとんどのやつが優しい。はっきり言って、俺らは不当な評価を受けている。
「スラム、ですか……。や、僕はそんな事ないと思いますけどね」
隣のチャールズだって、話してみればただの気さくな青年だ。ロボット改造を受けていない、純粋な人間。それでいて、彼はとても優しい。
どうして、純粋な人間がこんな所に押し込まれて、挙句に否定されなければいけないのだろうか。俺はそれを不思議に思う。そしてそんな間違った世間に反抗するために、俺はずっとこのユートピアに居ようと思う。俺からの、憎き思いを込めた、精一杯の復讐だ。
どうか、この復讐が届きますように。
時間がなかったので今回は少ないです。ご容赦くださいませ。
初めてのSFです。要素は薄いですが、サイバーパンクで書いてみました。
不信感ユートピア
執筆日∶2025/01/11
日替わりお題∶「疑心暗鬼」「空想科学」「戦隊ヒーロー」
使用したお題∶「疑心暗鬼」「空想科学」
「や、こんにちは。アーリンさん」
いつも通りの昼下がり、俺が煙草をつけていると、昨日と変わらない笑顔のチャールズが現れた。
「おう、チャールズ」
適当に挨拶をした後、また昨日と相も変わらず、俺は煙草を吸い始めた。渋く苦い味が一帯に立ち込める。
「けほっ」
「あぁ、悪いな。すぐやめる」
「や、全然いいです。僕も吸ってはいますし」
「そうか……じゃあもうちょい行くわ」
いつも通り、変わらない世間話だ。前にもこんな話をしたような、というぼんやりした記憶すら存在している。
そのはずなのに、俺の胸は今日の朝から、ざわついてしょうがない。
「……チャールズ」
「はい、なんですか?」
「ここの事、お前は裏切らねえよな」
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俺は今日の朝から疑心暗鬼に陥っている。裏切るだなんてろくでもないワードを、いつも通りで何も悪くないチャールズに使ってしまうくらいには、何もかもに疑いの目をかけていた。
そんな風になってしまった経緯。それは、ある話を耳にした事からだった。
このユートピアは、当たり前だが人が少ない。現代社会に反抗するやつらだけが集まっている街だ、人が少ないのは当然。
そして、人が少ないと起こる事。それは噂の流れが加速する事だ。そう、ここでは街のゴシップや噂話が、異常なスピードで人から人へと伝わり、拡大されていくのだ。時には、元の話の面影がなくなる程に話を盛られる事もある。ここは、いつだってそういう人間味に溢れた街だ。
いつも通り、俺は朝に街の掃除をしていた。綺麗にしようと思っていたんだ。だがそんな時に、俺の所に一つの噂話が来た。
「――あそこの娘さん、ロボット改造を受けたんですって」
「マジかよ、裏切りじゃん?」
その言葉は、ある夫婦から発せられていた。その夫婦を俺は知っている。ここのやつらは皆顔見知りだ。その夫婦と話をした事も何度かある。でも、こういう噂をするタイプではないと思っていた。少し、衝撃を感じていた。
しかし、衝撃だったのはもっと他の部分だ。旦那の方が言った言葉。
「マジかよ、裏切りじゃん?」
この言葉が、ずっと忘れられない。裏切り、そうか裏切りなのか。頭の中であの言葉だけが、ぐるぐると周回している。まるで脳内で持久走でもされているかのようだ。
「裏切り、な……」
その言葉は、この街に長く生きる俺を疑心暗鬼にさせるには、十分すぎるインパクトを持っていた。
---
「……や、なんですか? 裏切りって」
チャールズが怪訝そうな面持ちで俺の顔を覗く。その瞳はまるで宝石の翡翠かのように透き通っていて、人間味というものが最大限に感じられるようだった。
「……すまん、ちょっと疑心暗鬼になってるんだ。悪い話を聞いてな……。あーその、お前は……ロボット改造受けないよな? っていう事だ」
少しばかり気まずいが、俺は素直な事情をチャールズに向けてこぼす。そんなチャールズの方はというと、何を考えてるのかよく分からん微妙な表情で、まだ俺の方をじっと見つめている。
「……あー、なんだよ」
「……や、ごめんなさい! 気まずかったですよね!」
俺が一声かけると、彼は正気を取り戻したかのようにハッとして、少しばかり焦っているような動作を繰り返していた。何を意味しているんだ。
「今のは、ただその……」
弁明みたいな入りで話すチャールズ。俺は黙って頷く。
「……アーリンさんも、そういう事考えるんだなって」
「は?」
予想外の言葉と彼の笑顔に、俺は思わず困惑。俺的には、このチャールズの言葉の意味は全く理解できなかった。首を傾げるとかもでもなく、本当にただただ困惑した。
「え……どういう事だ?」
「や、なんだろう。親近感……みたいな。そういうの感じたなーって思って!」
「いやマジでどういう事だよ……。というか、まず俺の問いに答えろよ!」
こうやって言葉の受け答えを繰り返していると、チャールズの笑顔が段々と強くなっていく。終いには笑い声を上げて、チャールズは笑い始める。
「……ははっ、あはは! アーリンさん、本当に面白……あははっ!」
俺はその様子をただ眺めていた。その時俺の心が持った感情は、一体なんだっただろうか。今となっては完全に消え去ってしまった気持ちなので、上手く思い出せない。怒りだっただろうか、それとも呆れだっただろうか。それとも――。
「アーリンさん、僕たちは裏切りませんよ!」
彼の笑顔と明るい言葉で、俺は安心してしまったのだろうか。
「……おう、そうだよな」
やっぱり、ここはいつまで経っても、俺のユートピアだ。
私は怒っています。なんで二日連続でSFが出るんですか。昨日は「SF」って言ってたじゃないですか。SFと空想科学は名前が違うだけで同じジャンルです。なんですか。続編書けって言いたかったんですか。はい。分かりました。書きました。これで良いですか。とりあえず昨日のは情報が少なすぎたので、反省点を踏まえて続編を書きました。これで良いですか。
アーリンさんとチャールズくん、中々良い……!日替わりお題でキャラを書くと、どうしてもすぐに作れる癖のキャラが生み出される訳で、アーリンさんとチャールズくんは中々刺さるものがあります……!他の人の作品で出てきてたら絶対推しになってたって感じです。うわー、なんか……良い……。いや、BLとかカップリングとかではなく、キャラとして……良い……。
チャールズくんの口癖は文頭につける「や」なんですけど、こやつ中々にキャラの味を演出してくれる口癖でありがたいですね。たったの一文字でキャラクターが確立されるの、素晴らしい。
そらから
執筆日:2025/01/13
日替わりお題:「地球侵略」「海外旅行」「シンデレラ」
使用したお題:「地球侵略」「シンデレラ」
「ンラルネ姫、次に侵略する惑星は何にいたしますか? 冥王星でございましょうか?」
「そうだねぇ、次はねぇ、どうしようかなぁ?」
近未来的な宇宙船。その船は、どれだけ視力の弱い者でも驚く程に刺激の強いピンクの塗装が施されており、まるで一昔前の昭和アニメのような、奇抜なデザインをしていた。
そしてそんな船の中に居るのも、これまた変わった者。というか、全員地球には絶対に居ないような者だ。緑色の触覚がきらりと輝くモンスター、そんな彼らがンラルネと呼び、崇拝している少女が一人。そんな少女は、赤色の肌をしていて、服は青のライダースーツ。異様すぎる存在だが、まぁ一応人型ではあった。
「えーっとぉ、それじゃあ次はねぇ……」
宇宙船にて何かをいじりながら、ンラルネは甘い声で答える。
「地球! この星、すっごーく綺麗でいいなぁ! もらいたいなぁ!」
彼女が指差す先。そこにあったのは紛れもない、地球であった。
「青くて、緑も白もいーっぱいで、色々な子が居るんでしょぉ? すっごいじゃん! これ、ほしいなぁ!」
地球をこれ呼ばわりするンラルネ。だがしかし、それを聞いた取り巻き宇宙人達は、ンラルネのその侵略宣言に大きく盛り上がり、早速準備しましょうと息巻いていた。
「早速、早速地球を侵略する準備に取り掛かりましょう! ンラルネ姫!」
「待ってよぉ、私がまだ心の準備できてなーいっ! もうちょい待っててぇー!」
わちゃわちゃと騒がしい宇宙船。そんな船は、まるで悪い方向のために遣わされたノアの方舟のようだった。そんな最悪の方舟は、いずれンラルネが欲しがっている地球に、降り立っていく。
「ふふ、たのしーみ!」
---
「うわぁ! ここが地球なんだねぇ、やっぱりすっごく綺麗だぁ!」
「ンラルネ姫、擬態はいかがしますか? この星には、姫のような生物は存在しないとの事ですが……」
一丁前にタブレットをいじって姫になにか言うエイリアン。それにンラルネはこう言う。
「へぇ、そうなんだぁ! じゃあそうだねぇ、人間さんになればいいんだねぇ!」
彼女はそう言って、おもむろに目を瞑り、その場に仁王立ちする。そして数秒後、ンラルネの周りにはねずみ色の煙が立ち込めた。その煙の正体は、彼女が人間に擬態する時に出たものだった。
「……んー、こんな感じでどうかなぁ?」
ンラルネが煙の中から姿を現す。するとそこには、まるでシンデレラのように美しい少女が居た。ンラルネとは似ても似つかないくらいに美しい少女だ。
「おお、ンラルネ姫! 完璧な擬態でありますね!」
「うふふ、やっぱり人間さん基準での可愛い姿になった方がぁ、色々と便利だよねぇ!」
傍から見れば悪趣味、本人から見れば至って普通の笑い声を上げて、美少女のンラルネは服のスカートをひらひらとさせていた。その姿はまるで舞姫のようだが、童話の姫を彷彿とさせる容貌から、思い出されるのは舞踏会で踊るシンデレラだった。
「んー、でもさぁ?」
突然、ンラルネが口を開く。周りのエイリアンは彼女の話を聞く素振りを見せる。
「ここでのお名前とかぁ、どうしようかなぁ? ほらぁ、ここの人ってさぁ、名前の最初はンから始まらないんじゃないのぉ?」
ンラルネの言葉に、エイリアンは確かにと頷いた。そして全員が一斉にタブレットを出し始め、人間の名前候補を検索しはじめた。
「そうですねぇ……どのようなお名前にいたしましょうか?」
取り巻きが考えている。ンラルネは何が不満なのか分からないが、彼らに向かってむぅと口を膨らませ、我慢の限界が来たかのように、隣に居た一人のエイリアンが持っていたタブレットを奪った。
「もう、私が決めるからぁ! 皆決めるの遅いよぉー!」
ンラルネがタブレットを無言にスクロールし出す。これ違うだの、あれ違うだのとのたまっている彼女を、周りの取り巻きはただ眺めていた。
「んー……。あ、これどうかなぁ!」
ついに、良さそうな名前を見つけたンラルネ。皆にタブレットの画面をずいと押し出した。
「エラ! 私、ここではエラって名前がいいなぁ!」
おー、と取り巻きが声を上げる。そして小さな拍手がまばらに起こりつつ、それが良いと声を上げる者も中々に多かった。
「姫! とても素晴らしいお名前でございます。まさに高貴で麗しい姫にぴったりでございますね」
「うふふ。そうだよねぇ、そうでしょぉ?」
宇宙人達が不可思議に笑い合っている。その空間の異常さはあまりにも非現実的であり、我々人類は、そんな存在達にこれから侵略されていくらしい。
「よーし! 私、ここではエラだねぇ!」
うふふ、と無邪気げに笑う少女の姿は、悪魔――宇宙人――に取り憑かれた、綺麗なシンデレラのようだった。
「うふふ、ここはいつ私達の物になるかなぁ?」
エラはシンデレラの本名です。
宇宙人っぽい雰囲気にしたかったので、自称エラちゃんにはンから始まる名前をつけてみました。いい感じですね。しりとりに使えそうで。皆さん、これからしりとりをする時、んで終わった時は「いーや、まだンラルネあるし!」と言ってみてくださいませ。……冗談ですよ。
あと一応言っておきますが、私は異星人だとかそういうのが癖ではあります。否定しようと思いましたが無理でした。神とか、人類が為す術も無いくらいに強いキャラが好きです。ただ異種族だけでは物足りませんね。強い異種族が好きです。癖に刺さりますね。
あと、ちょっと色々と事情があり、少しばかりこの小説にてお休みをいただこうかなと考えています。ただあくまでも考えているだけなので、私の気分によってこの後の事は決まっていきます。よろしくお願いします。
私だってドレスが着たい
執筆日∶2025/01/14
日替わりお題∶「強面」「神聖」「ドレス」
使用したお題∶「強面」「神聖」「ドレス」
綺麗なドレスを着てみたかった。きらきらで、ふわふわで、とっても綺麗なドレス。
ひらひらとしたドレスの布を広がして、踊ってみたかった。そうしている私の姿は想像するだけでも神聖で、自分で自分に憧れるようだった。
確かに、私にドレスは似合わない。まずサイズだって怪しいし、見栄えも悪くなるだろう。顔立ちもスタイルも、ドレスにはまるで合わない。
でも、それでもドレスに身を包むのは、私の夢だ。いつか、綺麗なドレスを着てみたい。美しく踊りたい。神聖だと言われたい。
女の子みたいだと、言われてみたい。
---
「|健治《けんじ》さん、あのプレゼン資料ってどうなってますか?」
「もう終わってありますよ。そこにコピーあります」
「あ、どうも」
煩雑なコピー機の音と人の話し声。ずっと耳に入り込んでくる物音達は、私の幻想をかき乱した。
「健治さんって、仕事もできてかっこいいよねー……」
「分かる! 体も筋肉あるし、顔もハンサムって感じ!」
「しっ、二人共。本人にバレるよ……?」
また今日も、いつもと同じ褒め言葉が聞こえてくる。褒め言葉の宛て先は、明らかに私だ。
「……はぁ」
ハンサムとか、筋肉あるとか、よく言われる。一般的に見れば、あの子達が言っている事は褒め言葉なんでしょう。
でも、全然嬉しくない。それどころか、あの子達の言葉は私のコンプレックスを上手い事抉ってくる物で、聞く度に心臓と脳が切なく痛い。
あんな言葉、言われないような男に生まれればまだマシだった。いや、本音を言うと最初から女に生まれたかった。頬杖付きながら、そんな事を考えた。
「……健治さん、何考えてるんだろ?」
「なんか強面だね、まぁいつもだけど」
部下の女の子達に、私はモテているらしい。顔立ちやらが男らしくてかっこいいとか、そんな理由。
でも私は、そんな男らしい自分が大嫌いだ。たって私は、可愛い女の子になりたいと、ずっと思っているから。他人には言えないが、私は女の子になりたいと思っている。いわゆる、トランスジェンダー的なやつだ。
今の強面という言葉も、私にとってはコンプレックス。もっと繊細で輝かしい表情の一つでも、本当はしてみたい。でもまぁ、無理だ。
本当は、家で笑顔の練習だってしている。口角を上げてみたり、目を細めてみたり。それでもなぜか、私の顔は上手くいかない。表情筋がおかしな事になってしまうのだ。何回も練習して、何回も失敗した。
その度に、私は自分の事が嫌いになる。どうして上手く行かないんだろう、どうして可愛くなれないんだろう。そう思う。
強面なんて言われたくない。神聖なドレスが着たい。そう思うけど、私はずっと男らしくて、可愛い女の子になれない。なろうと思っても、なれない者にはなれないんだ。この人生で、何回も感じてきた事だ。
それなのに、私は毎回悲しくなって、切ない気持ちで胸がはち切れそうになる。
「……健治さん、係長に呼ばれてますよ!」
でも、皆の前では隠さなきゃ。こんな私が女の子になりたいだなんて言えば、きっと皆は私の事を拒絶して、否定する。今までもずっとそうだったのだから、いくら多様性と言ったって、そこは簡単には変わらない。
皆が言うトランスジェンダーの人は、大抵は中性的な顔をしている。男らしい顔で心が女だなんて、結局どれだけ社会が進んでも、相手にはされない。皆が愛しているのは、中性的な顔の男の子、なんだから。
「俺ですか? はい、今行きます」
だから私は、俺は、必死で本音を隠して生きている。皆に否定されるのは、好きを隠す事よりも、ずっと辛い事だから。
ああ、こんな私でも、神聖なドレスが着たかったな。女の子に、可愛い女の子に、せめて中性的な男の子に、生まれちゃえば良かったのに。
神様、来世とかで、私は救われますか。
なんだかんだで今日の分も書いちゃいました。だってこのストーリー思いついて……すごく癖に刺さって……。
いつも疑問なんですけど、体が男性で心が女性のトランスジェンダーですって言っている人、ほとんど顔が中性的で可愛らしいんですよね。思うんです、顔がたくましい人はトランスジェンダーって名乗れないのかなって。きっと、中性的な顔立ちの人と、たくましい顔立ちの人とでは、トランスジェンダーとカミングアウトした時の周りの反応が違ってくるんだろうなって。たくましい人の方が、きっと拒絶されちゃうのかな。
ずっと考えていた事なんですけど、今回ちゃんと作品として書いてみました。
私はLGBTだと、少なくともフィクトセクシュアルを持っています。二次元に恋愛感情や性的感情を持つ人の事です。性別の違和などは特には感じません。ですが、同じ少数派の世界で生きているからこそ、他のLGBTである皆さんの気持ちも、少しくらいは分かります。
どうか全ての性的少数者である皆さんが、幸せに生きられますように。どんな人にも、ドレスとタキシードを着る権利があるのです。
素粒子のように小さな僕と
執筆日∶2025/01/15
日替わりお題∶「男子高校生」「素粒子」「同居人」
使用したお題∶「男子高校生」「素粒子」「同居人」
顕微鏡の中には、無数の世界が広がっている。小さな物質、大きな物質。たくさんの存在がそこで生きていて、見ているだけでもワクワクする。
「……ここか」
そして僕は、そんな物理の世界に惹かれ、物理学の研究者となった。物理学の色々な側面を見つけて、論文を出す。他人からの評価なんてどうでもいいが、事実をただ求めるのが好きだった。
「うーん、この子が……」
研究に研究を重ねて、新たな世界を見出す。そんな時間が、僕はたまらなく好きだ。
だが、幸せはそんなに長くは続かない。
「おい、|紘《ひろ》。もう飯できてんぞ? まだ研究中か?」
「……もうちょい。少し待って」
「飯冷めるわ! お前のちょいは長えんだよ。ったく、三分以内に降りてこいよ」
「……はーい」
「聞いてねえじゃねえか! ざけんな、同居人の立場の癖してー!」
この男は、僕に対して凄くやかましい。
---
「来たか、よし食べるぞ」
「うん」
数分後。僕がのそのそと家の一階まで降りると、そこにはいつもの彼の姿があった。あと、温かいご飯も。
「いただきます」
「……いただきます」
男二人の晩御飯。毎日繰り返している光景なので、特に何か感情が湧いてくるわけでもない。いつも通りに、白米とおかずと味噌汁を流れ作業みたいに咀嚼して流し込むだけ。何も変わっている事なんて起きていない。
「そういえば、お前そろそろ学校は? 出生日数もヤバいだろ」
そう、こいつが変な話をしてくるのも、いつもと全く変わっていない。
「……だから、僕の所は単位制だって言ってんじゃん。もう単位は足りてるの」
「あー……。あ、そういえばそうだった! すまん、間違えた。通信だっけ?」
あっけらかんとした顔で間違いを言ってくるこいつは、名前を伊織という。僕はこいつに住まわせてもらっている立場ではある。伊織から見れば、僕はいわゆる同居人。
だがしかし、僕から見れば伊織はまるで頭が空っぽだ。記憶力も無ければ深く何かを考える力も存在していない。今だってそうだ。僕の高校は通信制ではなく定時制だと何度も言っているのに、こいつはまた間違えている。
「通信じゃなくて定時制。|伊織《いおり》、本当に分かってんの?」
「どっちも変わんない気するんだよな」
「……ばーか」
「は?」
僕が煽るとすぐ怒るし、僕の研究分野である素粒子についても何も分かっていないし、なんなら常識だってない。伊織は馬鹿だ。家事と仕事ができるだけで、僕が注意しなきゃ何にもできやしない。
「怒るなよ、事実なんだけど」
「おいてめぇ、同居人の分際で……!」
「でも、この家のお金稼いできてるのは僕じゃん。そんなに言うなら、もうどれだけ論文で儲かっても金出してやんないけど」
「……くっ……。それは反則カードだろ……」
「反則なんて存在知らなーい。ばっかじゃないの」
僕がそこまで言うと、伊織はいつも悔しそうな眼差しで僕を見てくる。それを見る度に彼の事がすごく滑稽に思えて、なんだか鼻で笑ってしまいたくなる。でも前にそうしたら激怒されたので、もうする事はないと思うが。頭は空っぽなくせに、こいつは怒ると何かと面倒だ。
それに、一応怒らせたくない理由みたいなものは、他にもある。
「……はぁ。言っておくけど、別に馬鹿なのは悪い事じゃないよ」
「煽ってるようにしか聞こえねぇ」
「まぁ聞けって……。その、拾ってくれたのはありがたいんだよ」
「……ん?」
---
僕の事を理解してくれる人間。そんなものは無いに等しかった。
ただ、物理学が学びたくて、素粒子の研究をずっと続けたくて。それだけだったのに、母親も父親もクラスメイトも先生も、皆が僕の事を怪しい目で睨んできた。こいつは変わってる、おかしい異常者だと、言ってくるような目線で。
「紘、もう研究はやめなさい。別の事も満遍なくだな……そうしないと大人になれないぞ……」
うるさい、そう突き放しても、ついてきて離れてくれない呪縛。大人も同年代も、僕の敵で溢れていた。僕は世界で一人きりになったような、そんな気持ちを毎日ずっと抱えて生きていた。
「……誰か、助けて……」
誰からも理解されない事ほど、辛い事はない。誰からも拒絶される、それ以上の地獄なんて、どこにも存在しない。僕はそこから抜け出したくて、ひたすらに助けを求めていた。もがいて、あがいて、喉が裂けるまで助けてほしくて。それくらいに、辛かったんだ。
だが、ある日から、僕の世界は変わった。
「今日からお前を引き取る|横浜《よこはま》だ。あ、横浜は名字で、下の名前は伊織。よろしくな」
親に言われて、僕はある男の家で生活する事になった。そのある男というのが、伊織だった。
「……よろしく、お願いします。|田河《たがわ》紘です」
最初は僕も緊張していた。いきなり親に捨てられ、連れてこられた先が他人の家だったのだから。
しかし、伊織の方は違った。なぜかずっと天真爛漫としていて、自然体な笑顔と声色で、そして何より、僕が物理学の研究をしたいと言って、彼はすんなりとそれを受け入れた。
「物理学? なんか難しい事は分かんねぇけど、高校留年しなけりゃいいんじゃね? 一応空き部屋あるから、そこ使っていいぞ」
そう言う伊織の表情は、どこの誰がする笑顔よりも温かかった。
それから、僕の世界は丸っきり変わった。その変化は、僕にとって夢に見た幸せそのものだったのだ。
---
「その……僕、一応親に捨てられたでしょ。そこ拾ってくれたから。ありがと……」
僕がそこまで言うと、伊織は一瞬だけ動きを止めた。
「……お、おう」
いつもは騒がしい伊織が、なんだかやけに静かになる。なんでだと思いつつ、彼の方を見ると、なんだか照れくさくなっているのか、気まずくなっているのか、そんな表情をしていた。
「……うん」
僕もそれに合わせて、やがて何も言わなくなった。
ごめんなさい。遅れました。あとクオリティも低いです。
ちなみに私はド文系なので顕微鏡の使い方も分かりません。流石に触った事はありますが、忘れました。そして物理学なんて全く知りません。
紘くん……好きだ……。こういう子好き……。他の人の作品に出てたら絶対に推しになってました。うわー、本当に個別で作品書きたいよ……。
私の最悪なエンドに
執筆日∶2025/01/17
日替わりお題∶「陰陽術」「ハッピーエンド」「生き残り」
使用したお題∶「ハッピーエンド」「生き残り」
木陰が朝日を蝕んでいる。
黒く塗られている木の葉に隠れて、明るい太陽がほぼ存在を消していた。風によって葉が揺れてから、ようやく見えてくるだけだ。
陰で見えない。それはまるで今の私を遠回しに表現しているかのようだった。今のお前は陰に囲まれて何も見えていないと、そういえば死ぬ前の彼もそう言っていた。
しかし、それが何になるのか。木の葉と太陽に自分を重ねたとて、生前の彼の言葉を思い出したとて、全ていつか終わり、そして既に終わりが来た物なのだ。考えても、意味など無く、全てがくだらない。
朝日だけが綺麗に光る世界の中、私はまた歩みを始めた。その歩みは、まるで明るすぎた太陽からゆっくり遠ざかるように、ずっしりと重かった。
---
国同士の戦争に巻き込まれる国民は、愚かで可哀想だ。あの事件から、身を持ってそう感じた。
あの物資が足りないからとか、大統領同士の仲が悪いからとか、そんな理由で戦争という物は始まる。そしてその戦場にて最初に命を落とすのは、絶対にどちらかの国の国民なのだ。国のトップ層は、最後まで危険に晒されない。なぜならば、世界的に見て命の価値が重いのは、明らかにトップ層の方だからだ。
そんな戦場の様子を知っても尚、命の価値は平等だと、全ての人々がそう騙る。しかし私は思う。本当に価値が同じだとするなら、ならばなぜ、私の家族や友達、ひいては学校の同級生達は、あんな戦争で命を失ったのだろうか。そしてなぜ、私だけが生き残ってしまったのだろうか。
ただの村娘、ミア。私が生き残った意味は、果たしてどこにあるのだろうか。探せば見つかるだろうか。いや、もう探す気は失せたのだった。
唯一、私の生きる意味と言えば、この戦争を伝え続ける事だろうか。終戦して数十年も経てば、世界はこの戦場の姿を忘れる。ならば、せめて見た目を覚えていなくてもいいから、そういう事があったんだという事を、皆に覚えておいて欲しい。
私の家族は、友達は、同級生は、戦争によって殺された。そして私は生き残った。そして周りは私を奇跡の子だと言った。
生き残ったのは、まさに物語のハッピーエンドのようだと言われた。周りの人々は私を見ると、いつも上っ面だけ感動したかのような表情を始める。きっと、それが礼儀だと本当に思っているのだろう。ハッピーエンドが素晴らしいと、世間が言うのだから。
でも違う。大切な人が居ない世界なんて、そんなのはハッピーエンドじゃないのだ。生き残る事は幸せな事ではない。それは世間の、世界の物差しで見た時だけだ。当人である私にとって、これはハッピーエンドじゃない。まさに悪夢だ。毎日、夢と現実にて魘される悪夢。それがこの世界の正体だったのだ。
こんなエンドは最低だ。そのはずなのに、なぜか私はこうやって歩き、生きるのをやめられない。それはひとえに、この戦場を伝えたいからだ。死人に口無しという事で、私は自国の惨劇を必死に言語化するため、どうにか生き続けている。
戦争とは、この世で一番醜く惨い物だ。しかし我々が生物であり続ける以上、争いは無くならない。だからせめて大切なのは、その戦争の残酷さを、皆に伝えていく事なのではないだろうか。
私の言葉が、様々な人々に届きますように。そう願い、私は今日も祖国の廃れた道を進む。
生き残った意味を、どうかハッピーエンドにできますように。
蘭塔坂家にて
執筆日∶2025/01/19
日替わりお題∶「不屈」「どんでん返し」「怠け」
使用したお題∶「不屈」「怠け」
「なんで同じ家で育てているのに、こうも違う性格になるのかしらね……」
ある家にて、頬に手を当てながら、そうぼやく母親が居た。母親は子供達の様子を見ながら、なんだか不服そうな表情を浮かべている。
「……お母さん、このワークのここが分からないんだけど、お母さん知ってる?」
母親の目の前には、キラキラとした目と切羽詰まった表情で、ワークのページを母に見せつける少年が一人。
「お母さーん、晩御飯まだー?」
そして、ダラダラとスマホをいじりつつ、母に晩御飯はまだかと怠けた声で聞く少年も、またそこに一人。
「……知らないし晩御飯まだ作ってないわよ、まったくもう。はぁ、家の子達ったら……」
ため息をつく母親。そしてそんな母を見て、同じタイミングで首をかしげる少年達。
「お母さん、どうしたの?」
二人同時に聞こえるその言葉に、母親は大きく顔をしかめた。
「……もうこの家嫌だぁ」
---
|蘭塔坂《らんとうざか》家は、中学二年生である二人の双子兄弟と、製菓系の企業に勤務している母親、そして農家で海外に出張中の父親で成り立っている。父親は基本的にいつも不在で、現在の家族構成はほぼ兄弟と母親という感じだ。
「|尊《たける》、|鐘也《かねや》、ご飯よー!」
双子兄弟は、兄が尊で弟が鐘也だ。母親が弟に名前を付け、父親が兄に名前を付けた。二人それぞれで、両親の名前の意図を背負って生きている。
「はーい、お母さん!」
「お腹減ったー」
そんな兄弟二人だが、はっきり言うと、二人は全く似ていない。母親も、父親も、彼らの同級生も、ご近所の主婦まで皆口を揃えて、尊君と鐘也君は見た目も中身も全く似ていないと言う。
「ほら、今日はゴーヤチャンプルーよ。二人ともゴーヤ苦手って言ってたけど、親戚で沖縄に住んでる人からもらったのよ。ちゃんと食べなさいね」
そんな二人の似てなさ具合は、家庭の夕食時にも確認できる。
「あ、今日はゴーヤか……。で、でも親戚の人からもらったんだもんね! 僕、頑張って食べるよ!」
兄の尊はいつもポジティブで、何事にも諦めず挑戦していく性格だ。毎年、新年の抱負に不屈を選ぶタイプの人間。そしてその抱負に見合う生活をしようと、本当に一年その通りに生きている。不屈で、何事に対しても真っ直ぐ。ひねくれる事もなく素直。爽やかでイケメンな見た目も相まり、学校や街では人気者だ。
「……お母さん、あのツナの缶詰出して良い?」
「ダメに決まってんでしょ」
「じゃあ今日の晩御飯いらないや、丁度眠いし……」
ふぁ、とあくびをする彼は、そんな尊の弟である鐘也だ。鐘也は尊とはまるで正反対、怠けてダラダラする事が生き甲斐ですと言わんばかりの生活をしている。鐘也自身の表情からは、そんな怠けが浮かんでいて、目付きはいつも眠そうに下がっている。そして、苦手な事等に対して、鐘也はすぐに諦める。戦略的撤退は、彼の得意技だ。
「……食べないと不健康になるわよ」
「えー? でも僕、さっきお母さんが前買ってきた野菜ジュース飲んだよ。一日一本で必要な栄養素が摂れるっていうやつ。まぁめっちゃ不味かったけど」
こうやって、鐘也は理由をつけてのらりくらりと生きていくのが得意だ。
しかし、鐘也の言い訳に便乗する男が、この過程に一人いる。尊は鐘也の怠けたいがための言い訳を真に受けて、僕もと言い出してしまうのだ。
「あ、お母さん。僕も鐘也と同じやつ飲んだよ! 確かに美味しくはなかったし、前に同級生の子達と飲んだ時は三人くらい途中で吐いてたけど……、でも、お母さんが買ってくれたし、飲んだ!」
健康になれるしね、と笑う尊と、こいつやべぇなと言いたげな目で尊を見る鐘也。そんな兄弟に対して本来は晩御飯を急かす役割がある母親だが、この人にも、たまに変な所があるのだ。
「……えっ、あれそんなに不味いやつだったの? 戻すくらいなんてお母さん知らずに買ってきちゃったわよ、箱で」
全員がお茶目で、どうしようもなさそうな蘭塔坂家の出来上がりだ。
「うわー、あれどうすんだろ」
「僕が飲むよ!」
「もうあれどっかに売ろうかしら、無理して尊が飲もうとしなくていいのよ?」
段々と冷めていくゴーヤチャンプルーをよそに、三人は不味すぎる野菜ジュースについて話し合っている。そう、蘭塔坂家とはそういう家庭なのだ。尊や鐘也が子供から大人、果ては老人になろうが、そういう愉快で、中身も無い会話ばかりで、笑顔こそあまり浮かばないが、楽しい家なのだ。
「あ、今度お父さん帰って来るし、その時お父さんに飲ませようよ。あの人苦いの強いし」
「あー、確かにそれもそうね」
「お父さんが飲めなかったら僕が……」
「お前いつまであれ飲もうとしてるんだよ。不味いならやめとけばいいじゃん」
母親、父親、尊、鐘也。この四人の日常は、決して果てる事もないのであった。
中身すっからかんなコメディを書きたい気分でしたので、今回は最初にお題を見た時に浮かんだシリアスを全て取っ払いました。コメディ楽しい。
蘭塔坂という名字は、西落合という駅の通りの名前から取りました。地名姓です。西落合の通りの名前はかっこいいのが多いので、いっぱい使いたいです。ゆくゆくは他の地名とかも調べてみたいな……。
私と揺りかご
執筆日∶2025/01/20
日替わりお題∶「階級」「片親」「ゆりかもめ」
使用したお題∶「片親」「ゆりかもめ」
ガタンゴトン。電車が揺れる。
「おっと……」
危ないなと思いつつ、私はまだまだ小さなお腹を手で押さえた。腹の中にいる我が子に、大きな衝撃を与えるわけにはいかない。
でも、この子からしたら、電車の感覚ってどんなものなんだろう。揺さぶられて、ゆりかごみたいな気持ちになるのだろうか。もしそうだとしたら、その揺さぶりは安心するのか、不安になるのか。赤ちゃんの頃の感情なんて覚えていないので、想像しようにもできないのが悔しい。
「……どうかな」
お腹をさする。まだ動きもしないけど、お腹の中の子は、きっと、おそらく生きている。胎動が来る日が楽しみだと思った。
---
私は片親になる。それが確定したのは、腹の中にいる子供のお父さん、つまり私の旦那が、事故でこの世を去ってしまった時だった。
「え、嘘でしょ……、|博希《ひろき》? ねぇなんで、ねぇ博希、博希!」
その時、私はまだ妊娠してたったの六週間しか経っていなかった。|十月十日《とつきとおか》の中の六週間だ。まだ事故で死ぬには、きっと早すぎたのに、人生も運命も、全てが残酷だった。
「どうします? 堕ろしますか? 今ならまだ間に合いますよ」
義実家の人達からはそんな言葉を言われた。もう無理して産む必要は無い、産まれた後のお金はどうする、子供の発達にも片親は良くない、と散々言われたのを覚えている。
旦那は好きだけど、義実家は好きじゃない。それを感じたのは、あれが最後だ。私は義実家の人達と関わるのをやめた。そして、今から実家に帰るのだ。連絡はもうしてある。
お母さんもお父さんも、連絡してみたら私を快く受け入れてくれた。凄く、凄く嬉しくて安心したのを覚えている。
「|莉奈《りな》、戻りたい時に戻っておいで。莉奈がどんな選択をしても、お母さんもお父さんも、ずっと莉奈の味方だよ」
「お金とか諸々の問題は、とりあえず後で考えよう。妊婦はまだ休め。その方が、子供にとってもよっぽど良いはずだ。休みたいなら、帰ってきてな」
電話でこう伝えられた時、私は二人の言葉に思わず涙してしまった。今の私は確かに、もうお腹の中の子のママだけど、その前に私は旦那さんの嫁で、二人の娘なんだ。そう感じても、良いんだ。
「……ありがとう、明後日には帰るね。……電車はゆりかもめだから、あのホームでね」
そう両親に伝えたい翌日である今日、私は約束通り、ゆりかもめに乗っている。今日はなんだか人が少なくて、席にも座れた。まだマタニティマークを付けても誰にも信じてもらえないので、私はまだ一般席なのだ。
「ふぅ……」
軽いつわりに不快感を覚える。でも、不思議と嫌な感じはしない。お腹の中にいるこの子が生きているから、痛みを伴っているんだと思うと、心地よい不快感だとすら思った。
「……」
そういえば、ゆりかもめと揺りかごって、ちょっと語感が似てる。ゆりか、のところが似ているからか。
「あ、そうだ」
突然だけど、ちょっと思いついた。もし私の子供が女の子だったら、子供にはゆりかと名付けないなと、そう思ったのだ。ありきたりな名前ではあるが、悪くはない。むしろ私は、結構好きだ。まぁ、女の子が生まれる確証はまだ得られていないけれど、もしもの話だ。
「次はー……駅…………お乗り換え…………」
「あ、着いた」
電車が止まると、人生で何百回も聞いたナレーションが車内に響く。ナレーションが言った駅は目的の所だ。ここを抜けて駅前に行ったら、もう利用方法と会える。そう考えると、なんだか少しドキドキというか、ワクワクしはじめた。久しぶりに会うのだ。
「……よし!」
これから私は、片親として子を産む事になるだろう。でも、この選択をした事を後悔しないように、頑張って私はこの子を育てる。
どうか元気に生まれてきてね。私と旦那さんの、最愛の可愛い子ちゃん。
書き始めの時間が大分遅かったので焦りながら書きました。でもなんだかんだ良い感じにまとまりましたね。良かったです。
向かい側の兄妹
執筆日:2025/01/21
日替わりお題:「向こう」「辛い」「シスコン」
使用したお題:「向こう」「辛い」「シスコン」
向かい側の家には、ある兄妹が住んでいる。
「あ、|茅桜《ちお》さん! 今日もおはようございます」
「おはようございまーす!」
今日も、兄妹の子達から挨拶をもらう。二人はどっちも顔立ちが整っていて、お兄さんは爽やか系、妹ちゃんは可愛い系。お父さんもお母さんも、きっと綺麗な人なんだなと感じるような、そんな雰囲気を、二人はいつでも醸し出している。
「ええ、おはよう」
こちらからも挨拶すると、二人はにこっと笑う。その様子を見ていると、最近ここに引っ越してきてばかりで不安な私も、どこか安心するのだ。今日もあの兄妹は綺麗だ。
---
「最近お兄ちゃんがね、他の子のお家に泊まりに行っちゃダメだって言うの!」
「あら、そうなの。|蒼衣《あおい》ちゃんも大変ね」
ある日の昼下がりの事だった。私はその時、妹ちゃんこと蒼衣ちゃんと世間話をしていた。その時に流れで、話のお題は、蒼衣ちゃんのお兄さんが、蒼衣ちゃんを溺愛しすぎていて大変なのだとという事になっていた。蒼衣ちゃんが言うお兄さんの溺愛に関する愚痴を、ただ聞いているだけ。でも、その感じは何やら酷そうだった。
「他の子のお家には泊まっちゃダメ……。学校の行事とかはどうなの? 蒼衣ちゃん、一応は高校生でしょ? 事情は分からないけど、そういうのはあるの?」
「あるけどー、それには私あんまり行きたくないんだよねー。修学旅行とかのさ、完全な他人が居る中で泊まる系は」
「まぁ、そうなの」
蒼衣ちゃんの話をずっと聞いていると分かる事なのだが、蒼衣ちゃんは、他人という存在を少しばかり嫌っていそうだ。まるで、自分のどこかの箇所を見られたくないと思っていそうな、そんな感じ。一体どうしたのだろうとは想像しつつ、まぁこういうのは当人の自由よね、と中々言葉には出せずにいる。蒼衣ちゃん自身があんまり辛そうじゃないので、まぁ特には良いだろう。
「あとね、このスカートの丈も短いって言うの」
「普通だと思うけれど……」
「そう! そうでしょ? これが普通なのになー……。全く、あれだから|桐也《きりや》は……」
桐也、というお兄さんの名前を口に出しながら、蒼衣ちゃんはつっけんどんな表情を浮かべた。
「|塩野《しおの》家も大変なのね」
「うん、もう辛くて辛くてしょうがないよー。ああー! 自由が欲しいー!」
軽く駄々をこねる蒼衣ちゃん。その姿は、可愛らしいただの女の子だった。
「うふふ、まぁ落ち着いて。まぁその……、あれよね。シスコン、って言うのかしら? それも大変ね」
確か、シスコンはシスターコンプレックスの略で、姉妹を溺愛する人の事を言うんだったか。あんまり略語を知らない私は、頭でそう考えつつ話した。
「……ん?」
しかし、私がそう話してから、なんだか蒼衣ちゃんの方の様子がおかしくなった。妙に目をぱちくりとさせて、私を見つめてくる。
「えっと……蒼衣ちゃん? 今の私の言葉、引っかかっちゃったかしら」
「いやぁ……。まぁ、そういう事にはなるけれども」
蒼衣ちゃんが話し始める。
「え、茅桜さんまだ知らなかったっけ」
「ん、何を……?」
「……あー、地味に言ってなかったかも! あのさぁ、私ね……」
そう言うと蒼衣ちゃんは、自前の可愛らしいスカートをひらりと揺るがし、笑みを浮かべてこう言い放った。
「男の子、だよ? 桐也の弟!」
「……はい?」
その言葉はあまりにも衝撃的で、私の心を一瞬で揺るがした。だって、蒼衣ちゃんは何ならそこら辺の女の子よりも可愛らしくて、本当に可愛らしい女の子なんだなと、ずっと信じ切っていたから。なんだか嘘っぽくも思えるが、その蒼衣ちゃんの目には、一切の濁りもなかった。嘘を吐かれている気が、しなかったのだ。
「え、蒼衣ちゃんが……男の子……?」
「そうだよ! そういえば、今までなんだかんだで言ってこなかったの思い出したよ」
「あ、え……。まぁ、そうなの? や、やだ私ったら、シスコンだなんてごめんなさい……!」
焦って謝罪をすると、蒼衣ちゃんは優しい顔で答える。
「ううん、いいの。私が……僕が女の子みたいに可愛いって、ちゃんと思ってたって事だもんね! 茅桜さん、僕の事女の子扱いしてくれて、ありがとう!」
にかっと光るその笑顔は、どう考えても女の子。そしていつも通りの笑顔だった。
今日は小説ノリいまいちでした。
反逆の山羊
執筆日:2025/01/26
日替わりお題:「隕石」「ヤギ」「命」
使用したお題:「隕石」「ヤギ」「命」
昔から、山羊みたいな人だと言われながら生きてきた。
いつだって、何かに反逆しながら生きてきたから、キリスト教の信者が多い故郷では、いつも俺は山羊呼ばわりを受けていた。
「おい山羊、裏切り者」
そう言われるのは日常茶飯事だった。最初は不服だったけど、数年経ってから言われてみると、もう慣れたものだ。自分から山羊と自称する事も増えてきた。
「はいはい、俺は山羊だよ。でも山羊って、可愛いだろ? 羊は嫌いだし」
人生の途中から、俺はそう言葉にする様になっていた。山羊が好き、羊は嫌い。でも思えば、なんで俺は羊が嫌いだったのか。もしかしたら、山羊な俺が妬んでいたのかもしれない。正直者として、愛される羊を。羊毛として、ラム肉として、世界から必要とされる羊を。なんの役割すら背負わせてもらえない、反逆者の山羊は、羊に嫉妬してしまったのかもしれない。
でも、それの何がいけないのだろう。俺はやっぱり、山羊を好きになっていた。
「羊が嫌いか、変わってるな」
「変わってて結構」
俺を変わらせたのは、お前らだろ。そう思った。
---
こののどかな町に巨大隕石が降るらしい、そう伝えられたのは、今さっきの事だった。町長も周りの知り合いも大わらわで、どうにかできないのかと話し合っている。
「どうしよう、クリフ! 僕ら、このままじゃ死んじゃうよ……!」
巨大隕石はこの町どころか、地域一帯を吹っ飛ばす程の威力を持っていて、俺達は逃げなければ、すぐに死んでしまうらしい。
「……そうだな」
「そうだなって……クリフは何も思わないのかよ!」
「ああ、特にはな」
周りは焦っている。汗が飛び交い、異様な雰囲気と臭いが立ち込める。でもそんな中でも俺は、特に危機感を抱く事はなかった。隕石が落ちてきて死んだとしても、別にこんな命、今更どうでもいいんだ。明日死んでしまったって、別に構わない。
「嘘だろ……!」
知り合いは俺に何かを説得する。でも言葉が一つも分からない。いや、興味がないから聞いていない、の方が正しいか。俺は特に何も感じなかった。
「自分の命がどうなっても良いのか!」
知り合いは必死そうな表情を見せる。フィクションだったら、この言葉と顔に、何かしら突き動かされただろうか、きっとそうだろう。
「……もうなんでも良い。俺は山羊だ、気ままな反逆者、そうだろ? 俺は一人で良いんだ」
でも、俺は動かされない。
何をしても、人助けをしても、散々山羊だとか裏切り者だとか罵られて、もううんざりしていた。俺が山羊と言われるようになった理由も、俺の死んだ母親が山羊飼いで、母親が町に反逆をして逃げたからだ。俺はそんな母親の事も何も知らないし、そんな俺が裏切り者の山羊と言われる理由は、果たしてどこにあるのだろうか。
「そ、それは……」
「気ままに過ごさせてもらうぞ。隕石とか、命とか、どうでもいい事だ」
山羊と言われる度に、その通りに穢れていく命は、確かにここにあった。でも、もうこの際何が起こっても良い。
俺は山羊が嫌いだ、羊も嫌いだ。でもそれ以上に、何かを執拗に貶めて、生きるにも死ぬにも否定する人間が、大嫌いなんだ。
「おい待てよ! クリフ!」
知り合いの声を無視して俺は進む。
隕石が降るなんて、まるでフィクションみたいだ。だが、もうここまで来たら事実なんだろう。じゃあ、俺は死ぬまで生きようと思う。
誰も、もう俺を邪魔しないでくれ。
一月いっぱいは休むとか言ったんですけど、書きたくなったので戻りました。今回はリハビリです。
雨ト恋ト御狐様ト
執筆日:2025/01/27
日替わりお題:「心中」「雨の匂い」「スカイツリー」
使用したお題:「心中」「雨の匂い」
妖しい女の姿をした狐は、口を開く。
「お主の事が好きじゃ」
その声は微かに震えている。雨の中の寒さで震えているのか、はたまたそれ以外の要因で震えているのか、僕には全く分かりはしないが。とにかく、僕は彼女の目線の先にある濁流の川に、ただ怯えるのみだった。
「……|飾理《かざり》さん」
「なんじゃ」
「僕、やっぱり怖いです」
本音が漏れる。彼女の事は愛しているが、だからと言って命を差し出すのは、やっぱり怖い。不甲斐ない涙が出てきそうになる衝動を堪えて、あちらを見る。彼女はやっぱり、とでも言いたげな表情を浮かべている。
「……人の子じゃもんな」
寂しげな顔を見せられると、ついつい恐怖感がなくなるような感覚に陥る。彼女の笑顔には、見た者が現実感を失くしてしまう作用が存在していそうだ。
「……僕が狐だったら良かったのに」
僕は雨に服を濡らしながら呟く。彼女はさっきから続けていた寂しげな顔立ちをより一層強めて、僕の方を見た。その目は、常人ならば見るだけで彼女の世界に引き込まれてしまうほど、魅力を放っていた。
「ああ、そうじゃな」
また先程のように、池に視線をやって、彼女は悲しみに暮れながら、一言漏らした。
「……妾が、人の子だったら良かったのに」
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この世には、妖狐という種族が存在している。名前の通り、狐の姿をしている妖怪のようなものだ。
彼彼女らは、常に人里から離れたひっそりとした場所で暮らしている。たまに神社や寺に住み着いている妖狐も居るらしいが、稀な存在。ほとんどの場合は、人々に迫害されてしまうので、森の中などでこっそりと生活している。妖狐とは、非常に肩身の狭い生き物だ。
しかし、妖狐が全く人里に来ないとは限らない。それは、僕があの日助けた、彼女が証明している。
「君、怪我をしてるじゃないか。どうしたんだい」
「うぅ……。さっき、あそこで転んじゃって……」
その時、彼女は幼女の姿をして泣いていた。片膝を擦りむいていて、その姿は弱々しい。彼女を一目見てしまった僕は、すぐに彼女を助けた。助けるついでに、名前も聞く。
「君、名前はなんていうの」
「……|今年之瀬《ことしのせ》飾理っていうよ」
「今年之瀬……って、君まさか」
彼女の珍しい名字について、僕は知っていた。というか、人里の人間たちは皆、この名字について知っているだろう。
「そうなの……。あたし、妖狐なの」
今年之瀬とは、妖狐一族の名字である、誰でも知っている事だった。
妖狐といっても、主に三つの家系が妖狐の中に存在している。一つは今年之瀬家、二つ目が|晴橋宮《はるばしみや》家、もう三つ目が|燐堂《りんどう》家だ。その中でも彼女の生まれである今年之瀬はかなり有名で、常識と言っていい程に、人間界では名前が知れ渡っている。
「そうか、君は妖狐か……」
「うん、道に迷っちゃって、気付いたら人里にね……」
妖狐は、人間からは忌み嫌われる存在である。近寄るな、汚らわしい、人間を騙すつもりか。妖狐が人間たちの前に顔を出せば、たちまちそんな言葉を集中砲火で浴びてしまう。飾理はその事を知っていたのか、僕を健気な目線で見つめながら、無垢な雫を目元から流してこう言った。
「お願い……人間様、お願いです……。どうか、助けてくれなくても良いから、あたしの事襲わないで……」
ぐずぐずと泣きじゃくりながらそう懇願する様子に、僕は妖狐だからなど関係なく、可哀想だと思った。同時に、助けてやらなければ、そう思い立つ。
「……襲わないよ。確かに僕は人間だけど、僕は妖狐の事、嫌いじゃない。絆創膏と水を持ってくるから、少し待ってて」
飾理の頭を優しく撫でる。ぱあっとにこやかに晴れた彼女の顔は、どうしようもなく可愛らしいものだった。
---
妖狐と人間は、恋に落ちてはいけない。落ちれば最後、二人は神様に呪われ、互いの間には絶えず厄災が降る。
僕らのその後の恋は、古くからの言い伝えによってねじ伏せられた。神様の呪いと、伝承には書かれているが、実際の所は、人里の者たちが、人間と妖狐の恋を良く思わず、二人を迫害しているだけだ。おそらくそれを濁すため、呪いだか厄災だかの言葉が使われているのだろう。
確かに、とても浅はかなものだ。本来なら、僕らでこんな伝承蹴っ飛ばしてやりたい。だがしかし、伝承に書いてある事が、事実なのだ。
「出ていけ。妖狐と恋愛など、言語道断だ」
「人間に魂を捧げるとは、全くくだらん。貴様らは追放じゃ」
僕達は、人間からも妖狐からも迫害される存在となった。これは後から知った事だが、妖狐一族も、人間の事は良く思っていなかったみたいだ。僕と飾理は、二人ぼっちになってしまった。
「|真道《まさみち》……」
妖狐の里から出ていく時、飾理は僕の名前を呼んだ。それに反応して、僕が彼女の方を振り向くと、彼女は凄く苦しそうな表情をしていた。それは、しっかりと記憶している。
僕は、凄く彼女に対して申し訳ない気持ちになった。僕なんかが愛してしまったせいで、僕なんかを愛してしまったせいで、飾理は愛する故郷から追放されてしまっている。こんなに悲しい事が、今までにあっただろうか。僕は謝ろうとした。
「|飾理《さん》……。ごめんなさい、僕なんかが、あなたと恋に落ちてしまった、そのせいで……」
「真道!」
しかし、飾理は僕の名前を叫ぶ。確かに彼女は泣いていたけれど、それよりも、それよりも大事な事が、確かにあそこにはあったように思う。
「……謝ろうとしておるな」
「は、はい」
「謝るでない! 妾とお主が恋に落ちた。ここにあるのはその事実だけじゃ! 感情を持つ事に対して、感情を持った事に対して、申し訳ないなどと無意味な謝罪を入れるな! もう、しょうがないんじゃ!」
そう言う姿はとても切羽詰まっていて、何よりそこには、誰よりも熱い覚悟すらあったように思う。そして僕は思った。ああ、彼女は僕よりずっと強いと。
「……そう、ですね」
---
しかし、僕らは結局今、こうやって木の橋の上に立っている。雨の匂いが不意に漂ってくる、この橋の上に。
「……まぁ、もう変わらない事を言っても、しょうじゃないな」
諦めがついたような、そんな表情をする彼女。辺りに広がっている雨模様は、まるで彼女の心を反映しているようだった。それぐらい、彼女には雨が似合っていたのだ。
「……ところで、なあ、真道。心中を選ぶ女は、やっぱり怖いか」
いたずらに彼女がそう尋ねてくる。僕は急な質問に焦りつつ、首を横に振った。
「い、いいえ。飾理さんの事、ずっと愛しています」
僕がそう言ったのを、しっかりと心の中で咀嚼している飾理。段々と、それはもうゆっくりと表情を変えていく。最終的に、彼女は笑いながらこちらに近付き、互いの手首を紐で結び始めた。
「そうか……。真道、ありがとう」
その笑顔は、最初に出会った時の幼女だった時は、まるで違う雰囲気を纏っていた。姿の変身ができる彼女は、今はもう大人の女性のようだ。
「飾理さん、飾理さん」
僕は名前を呼び続ける。ただただ恐怖感故だった。
「真道、ごめん。ごめんなぁ」
彼女はもう止められない。その様相を見れば、分かる事だった。凄まじく怖くて、この数秒後の未来から逃げ出したくなる。けれど、もう狂ってしまったんであろう彼女を目の前にして、僕は逃げられない。愛した人がおかしくなっているのを、目の前にして。
「……来世では、二人で幸せになろうな」
そういう飾理に引っ張られて、僕らは冬の川に飛び込んだ。
最期に感じた雨の匂いは、ただどうしようもなく、悲しく漂っていた。
美人の御狐様を書きたい欲求が半端じゃなかったので、もう今日の日替わりで書いちゃいました。これは今日のお題が良すぎたせいでもあると思う。ずるいじゃん。雨の匂いとか。かっこいいじゃん。
なんか経緯を説明してたら中だるみみたいになっちゃいました。改善点ですね。ストーリーの運びを即興で上手くできるようにする、これがポイントかも。これからの日替わりお題はここを意識していきます。そうそう、こういう問題点の改善をするのが、毎日投稿の醍醐味ですよ。あー楽しくなりそう。
おてがみあげる
執筆日∶2025/02/01
日替わりお題∶「手紙」「精神科医」「散文」
使用したお題∶「手紙」「精神科医」「散文」
はいけい、先生へ。
今日は、先生に、お手紙あげます。がんばって、書くから、しっかり、読んでくれると、うれしいです。
いつも、やさしくしてくれて、ありがとう。ごはんも、出してくれて、ありがとう。つるつるなおふろも、ほわほわなおふとんも、家では、なかったから、うれしかったです。
おかあさんと、おとうさんに、会えないのは、かなしいけど、それでも、先生とか、なーすの人たちが、いるから、まだまだ、かなしく、ないです。
先生たちは、わたしの、ことを、たたいたり、なぐったり、けったり、しないから、やさしくて、うれしいです。それに、おくすりを、のんだり、うんどうを、するだけで、先生たちは、わたしに、がんばったねって、言ってくれて、わたしの、あたま、ぽんぽんしてくれる、だから、きれいなきもちに、なれます。
わたしは、ふつうじゃ、ないけど、ふつうには、なれないけど、でも、先生たちは、おかあさんとか、おとうさん、みたいに、みすてないで、わたしの、ことを、かんがえてくれて、それは、きっと、いいことだと、おもいます。
ここは、先生たちだけじゃなくて、まわりの人たちも、やさしいです。
この手紙を、かくってなったら、となりの、お姉さんが、文字を、おしえて、くれました。今も、となりに、いて、名まえは「|奏愛《かなめ》」。
ぺん、とられた。お名まえ、かかれました。まぁ、いいです。
かなめさんも、やさしい。ほかの、人たちも、やさしいです。わたしの、からだを、いたくしない、やさしい人たち、だとおもいます。
それに、ここにいる人たちは、みんな、わたしみたいに、ふつうじゃないです。なので、おともだちみたいだね。うれしいです。
せいしんか? は、やさしいです。おべんきょう、おしえてくれる人も、いっぱいいるし、お手紙の、かき方も、いっぱいいっぱい、おべんきょう、しました。がんばり、ました。さいきんは、さんぶんって、いうのも、おべんきょう、しました。こくご、たいへんだけど、みんなが、おしえて、くれるから、がんばります。
いつも、おしごと、おつかれさまです。先生、いつも、おつかれさまです。わたしも、がんばります、だから、いっしょに、おべんきょう、したいです。やってることが、ちがくても、です。
先生にも、おべんきょう、おしえて、もらいたいです。そのときは、もっと、がんばります。だから、おべんきょう、まちがえても、がんがんしないで、くださいね。がんがん、がんがん、がんがん、がんがん!
先生、大好きです。
みかより。
女の子が精神科医に入院してて、精神科医の先生にお手紙を書いているというシチュエーションです。
馬鹿と銃器は使いよう
執筆日:2025/02/03
日替わりお題:「ライフル」「男の浪漫」「馬鹿」
使用したお題:「ライフル」「馬鹿」
震えるこの手では、これから何が掴めるだろうか。
震えるこの瞳では、これから何を捉えられるだろうか。
震えるこの心では、これから何ができるだろうか。
ライフルを掴んで、目の前のこいつを捉えて、引き金に力を加える。その三つの行動をするだけで、人命はいとも簡単に奪えてしまうのに。
馬鹿な僕には、それを可能にしてしまう、勇気も根気もないんだ。
---
「ぼ、僕は……お前なんか一瞬で、殺せるんだ!」
光と闇が、一面の窓から降り注ぐ夜。僕は、真っ暗な自宅で、ある男と対峙していた。
「……へっ、そうか」
「笑うなよ! 僕を、僕を!」
目の前の男の姿は、暗く包まれていて良く見えない。ただ、こいつが邪悪な事だけは、よく分かる。男は僕の恐怖心を見透かしたかのように、薄気味悪く笑っていた。
本当に、いけすかない男だ。どうして僕は、こんな男と関わり合ってしまったのだろうか。どれほど後悔してももう遅いけど、つい悔やんでしまう。
「笑うな? 笑われるべき愚か者が、今更俺に向かって何言ってんだ」
男は言う。僕はその言葉に多大なショックを感じる。しかしそれと同時に浮かんできた気持ち、それはただひたすらな、遺憾だった。
「僕は……愚かじゃない。愚かなのは、本当に愚かなのは、お前の方なんだ! 絶対に!」
僕は叫んだ。色々な物が散乱した、かつての平和な家の中で。
---
数時間前まで、僕には家族が居た。母と父、そして弟が居る家庭だった。
家族仲は良かったと思う。僕自身は、脳の障害を持っていて頭が悪いけど、それでも家族のみんなは、僕に対して暖かく接してくれて、だから僕も、この後天的な障害のリハビリを頑張れていた。事故で負ってしまった、脳の障害。本来なら悲観に打ちひしがれる状況だが、家族が居たから、僕は生きた。僕は幸せだと思っていた。
しかし、それも数時間前に、全て崩れてしまった。この男が、僕の家族を奪ったのだ。
今日のリハビリを終えて、僕が病院から帰ってきた時に起きた事だった。冬の今日は夜更けの時間が早くて、帰ってきた頃には、空は黒く塗りたくられていた。
「ただいま……。みんな? なんで、電気つけてないの?」
電気のついていないリビングが目に入ってくる。帰宅してそれが分かった瞬間から、正直、嫌な予感はしていた。ただ、それを感じたくなかった。その予感を命中させたくなかった。だから、一旦それを無視して、僕は家に上がってしまった。疑問を浮かべながら。
「……みんな?」
いつもより、さっきよりも大きい声で、家族を呼ぶ。しかし、その問いかけに答えは返ってこない。
僕の頭の中には、無数の可能性が浮かんできた。それと一緒に、感情も浮かんできた。怖い、どうしよう、もしかしたら、気持ちが悪い。色々な単語が、脳の中に渦を作っている。僕はあっという間に、その渦に飲み込まれた。
「え……なんで? みんな、お出かけしてるの……?」
現実逃避のための言葉を吐く。しかし、出かけていたとしても、家の様子は明らかに異常だった。だから、お出かけなんて線はありえなかった。
手足が震える。目から涙が出そうになる。鳥肌が立つ。もはや温度すら分からない汗が、背中を伝った。
そして、その一瞬だった。
「……お前、誰だ」
「ひっ……!」
知らない人の声が、リビングから聞こえてきてしまった。それも、その声はリアルに反響している。これは幻聴じゃない、現実なんだと僕はそこで悟った。
「誰、誰、誰ですか……!」
「男かぁ……? あぁ、そういえばもう一人子供が居るんだったな……。馬鹿な息子がな」
リビングのドアが開く。その時の僕にとって、そのドアはまるで地獄の門のようだった。
---
「お前に教えてやろう。絶対なんて、この世の中にはないんだ」
男の言葉が耳に入る。
「……お前は、例外だ」
「ふぅん、例外か」
僕がそれに反論すると、男は一瞬考え込むような仕草をした後、こう答えた。
「例外を作ろうとするやつは、やっぱり総じて馬鹿だ」
僕はそれを聞いて、はらわたが煮えくり返った。憎い。この男が、どうしようもなく、あまりにも憎い。名前も、血液型も、生い立ちも、何も知らないこの男に対して、僕は激昂している。
「……馬鹿なんて、言うなよ。お前が……」
僕は震える足で、男に一歩、また一歩と近付く。
「お前が、お前が……。僕の家族を殺した、お前が言うな!」
両手に持ったライフルは、男の顔であろう位置を捉えている。僕は慣れない手つきで、引き金にめいっぱいの力を込めた。弾丸が、発射されるように、力を込めて。
バン。
数秒後、家にはライフルの叫び声が鳴った。その声は、まるで僕の怒りを代弁しているかのような、そんな重さを持っていた。
「……馬鹿は、馬鹿は僕じゃない。お前だ」
もう動きがない男に、僕は近付く。今なら屍なので、こいつも僕の脅威ではない。
ツンとした生臭い臭いが、家の中に充満した。
魔女が魔法を使えたら
執筆日:2025/02/13
日替わりお題:「同性愛」「ファン」「魔女」
使用したお題:「同性愛」「魔女」
昔から、女の子が好きだった。可愛くて、美しくて、柔らかい、そんな女の子に、恋をする事があった。
男性にはさほど興味が湧かなかった。色男とか、かっこいいとか、そういうものは、嫌いでも無いけど、同時に好きでも無い。世間話をしている時、村でかっこいい男性は誰か、という話題になっても、私はうんうんと話を聞いて頷くだけで、自分から話をする事はなかった。無関心だったから。
でも、それはきっといけない事だった。男性じゃなく、女の子が好き。それだけだったけど、世間はそれを許してはくれなかった。
女の子の私が、女の子に恋をする。同性愛者である私は、村や集落の人達から魔女と言われて、否定され続けた。いわゆる、魔女狩りと呼ばれるものだった。
---
「はぁ……」
村の人達から、口々に魔女だと言われて、数時間、数日、数週間が経った。時間が物事を風化させてくれるだなんて、完全なる嘘っぱちで、私へのいびりは、依然として収まる気配が無い。今日も、大人からは罵声を、子供からは小石を投げかけられてしまった。
「もう、疲れたかもなぁ。魔女魔女って、頭の中から離れないや」
お前は魔女だ、そうに違いない、罰を受けるべきだ。他人にぶつけられた言葉達が、私の頭の中にこびりつく。いつまで経っても、何をしても、その言葉達が無くなる瞬間は、一秒たりとも無い。脳内で反芻し続けて、残り続けているのだ。
「魔女……。魔女かぁ」
ふと思う。私は魔女なのだろうか。もし本当に魔女だとしたら、私は今頃どんな魔法を使って、どんな暮らしを送っていただろうか。
自分が魔法を使うとしたら、自分を男にする魔法か、自分が女の子じゃなく男性が恋愛対象になる魔法を、自身に向かってかけていたと思う。それが一番、誰にも否定されない方法だから。
「私が魔女なわけ無いじゃん。魔女だったら、とっくに……」
とっくに、同性愛とか、魔女狩りなんて飛び越えてるってば。そう口を開いてはみたけど、目は数日間ずっと涙を流したせいで、醜く腫れていた。
今日は少し、書き終わるまで時間がかかりました。というか、何度も悩んでは消してを繰り返してしまいました。
なんか、ずっと小説というものを書き続けていると、文章を削除するのにためらいが無くなってきますね。数千文字とかあっても、気に食わないから全部削除して書き直すとか。前は絶対できませんでした……。徐々に感覚がバグってますな。
そしてもしかしたらスランプ気味かも。インプットは継続的にアニメ視聴と曲を聴いてできていると思うので、問題は別のところにありそうですね。時間の確保も、全然問題はありません。今の場合だと、他の娯楽のせいである可能性が高いかも。ゲームのやりすぎかな。気を付けたいと思います。
占領星
執筆日:2025/02/15
日替わりお題:「星空」「収穫」「昆虫」
使用したお題:「星空」「収穫」
「あの星を摘み取って、大事に保管して、独り占めするのが、僕の夢なんだ」
洒落た雰囲気が溢れる星空の下、私は一人の少女と、夜を共にしていた。静かで少し薄ら寒い中で、隣の少女はそう言い始める。
「……独り占めがしたいの?」
「うん。だって、星はすっごく綺麗で、あまりにも美しい物だから、僕が独占したいんだ。|数多《あまた》が星を守るんだ。キラキラで、ピカピカの星達を」
至って純真で、無邪気な笑顔を私に見せてくる。その笑みは、彼女が求める星よりも、ずっと綺麗に輝きを放っていた。でも、そんな事を素直に口に出してしまえば、彼女は僕よりも星の方が輝いているに決まってるのに、と怒ってくるんだろうな。彼女――もとい、|鷺波《さぎなみ》数多は、星が大好きだから。
「そっか。数多が守るんだ」
「うん」
「星を摘み取るなんて、素敵だね。でも、摘み取るって表現は、なんだか星が収穫物みたいに聞こえてきちゃうなぁ」
私は、一面に広がる星空を自分の目の落としながらそう口にした。すると、隣の数多はふふっ、と控えめに微笑み始める。
「確かに、確かにそうだね。星を収穫できたら、楽しそう。僕が育てて、独り占めできるかもしれない」
どこまでも、星を自分だけの物にしてみせたいと謳う数多。彼女の瞳は、一直線に白々しい光を見つめていた。彼女のさっきの言葉に対して、何か言おうとしていた私も、それらの景色をじっと眺めていたら、言葉を無くしてしまった。一瞬の流れ星のように、どこかに消え失せてしまったかもしれない。
まぁ、それでもいっか、と思いながら、私達は星空を共有する。ひとしおの友情と、そしてまた、ひとしおの綺麗さを、心の中でじっと実感しながら。
幼馴染と、二人で夜を分かち合い続ける。
「ねぇ。|優雨《ゆう》ちゃんは、星とかが好きかな?」
「うん、私も好きだよ」
「ありがとう。男の子でも女の子でも、やっぱり優雨ちゃんは優しいよ」
「そうかな。数多も同じ事だよ」
「優雨ちゃん、ありがとう」
女の子に生まれたかった私と、世間から変人と言われていじめられる数多。
色々と言われてしまう世界だけど、その中で生きるのは簡単では無いけれど、それでも私達は、綺麗な星空を眺めて、あの星をなんとか収穫できないかと考えながら、二人でこの空を愛し続けている。
簡単な事では、無いにしても。
今日の話はお気に入り。
赤子
執筆日:2025/03/01
日替わりお題:「不明」「ベビーカー」「経済政策」
使用したお題:「不明」「ベビーカー」
ただそこに、一台のベビーカーが、常識かのように、じっと佇んでいた。誰もそれについて、何も言わず、思わず、感じていないようだった。
異様な風景だ。最初にそれを見た者は、一人残らずそう感じ取るであろう。しかし、あまりにも堂々とここに居座るベビーカーは、ずっと見ていると、まるで最初から、そこに設置されていたかのように思えてくる。人間には、慣れるという機能が搭載されているのだ。どれだけ恐怖なものでも、刺激的なものでも、慣れてしまうのだ。
誰も、このベビーカーを動かそうとはしない。いや、もはや誰も動かせない。数年も手入れされずに残ったベビーカーは、ボロボロになっていて、使い物にならない状態となっている。そんな汚い物を、一体どんな人間が触ってくれるだろうか。いや、社会という重圧に揉みしだかれた人間が、そんな行動に走るわけも無い。
どんな人の物なのか、それは分からない。このベビーカーに、どんな赤子が乗っていたのか、それも分からない。全てが不明という現象によって、確実に、着実に進んでいって、現在はこうなっている。真相が誰にも分からない。この事実だけは、誰もが知っている。
今日も、概念になりきったかのように、ベビーカーは佇んでいる。こいつはどんな大人に引かれて、どんな赤子を乗せていたのだろうか。
あいつになれない
執筆日:2025/03/17
日替わりお題:「テーマ」「屈服」「才能」
使用したお題:「屈服」「才能」
かの中国の作家、|魯迅《ろじん》はこう言った。
「天才なんかあるものか。僕は他人がコーヒーを飲んでいる時間に仕事をしただけだ。」
この言葉を、学校のホームルームで担任が自慢げに口にした時、僕は心の中で、魯迅に対して唾を吐いた。この言葉は嫌いだ、と思った。
この世には、才能を持った者がいる。僕らなんかでは到底太刀打ちできない、そんな存在が生きている。そいつらは多分、母親の腹に居た頃に、神様からなんらかの贈り物を貰ったんだろう。
僕は、天才が全員憎いだなんて事を言うつもりはない。だがしかし、僕は天才の中でも、ある人種が嫌いだ。それは、自分が才能を持っていると思っておらず、努力をしただの、当たり前の事をやっただけだだのとほざく奴らだ。多分、魯迅もそういう奴だったんだろうなと思う。僕は、自分を謙遜する天才が、ずっと大嫌いだ。
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そういう奴は、僕の身の回りにも、一人だけ居る。|加藤《かとう》|俊也《しゅんや》、あいつは僕と同じ、この中学の野球部に所属している男だ。
俊也には、野球の才能があった。今から将来有望株とか、世界大会にも出られるよとか、そんな事を言われるくらいの、眩しい才能があった。その眩しさたるや、まるで陽光を背負った真夏のひまわりのようだった。
あの才能の種を、見つけてほしくなかった。あいつは、野球さえ始めなければ、ただの凡人だったのに。しかしあいつは、野球を始めてしまった。野球に恋焦がれてしまった。それが今現在の僕にとって、最大の不運だ。少しでも歯車が違えば、今頃はあいつの称賛を、きっと僕が受け取っていたに違いない。それなのに、今日の練習試合だって、褒められているのは俊也だけだ。
「やっぱお前すげーな! 神かよ!」
「そのまま行ったら、プロとかなれんじゃね?」
先程練習試合を終えた対戦校の選手も、こぞってあいつを褒めちぎっている。反吐がまろび出そうになった。神だとかプロだとか、本当にうんざりしてしまう。そして同時に、なんだか自分が寂しくなってしまう気がする。このチームは今、俊也か俊也以外か、といった様相を漂わせていて、僕はその空気の被害者だった。僕は、俊也がここに居座る限り、空気として扱われてしまうのだ。
でも、あいつはそれに気付いていない。周りのいきすぎた称賛の声に。僕達の嫉妬と羨望の眼差しに。
「いやいや、俺なんかまだまだだわ。もっと頑張らなきゃいけない事、全然多いから」
謙遜しているあいつを見る度に、相反した殺意と希死念慮がふつふつと湧いてくる。本当に、本当にあいつが憎たらしい。素直に自分すげぇと言えば良い所を、あいつは笑顔を振り撒いて、いつでも謙遜を引っ提げてくる。その姿勢が、ずっと気に食わない。
才能があるのに、僕達はお前に屈服させられているのに、どうして当の本人であるお前は、そんな雰囲気で居るんだ。僕はお前が目立って活躍している裏で、ずっと涙を流しながら練習を続けているというのに。
神様に問いたい。お前に聞いてみたい。どうして、僕じゃなくて俊也なんかに、才能があるんだろう。