自主企画で募集させていただいたアイドルグループのお話です。
【Firmamentとは】
練習生700人の中から選ばれた6人組男性アイドルグループ、Firmament。略称はファメ、fme。韓国人2人、日本人3人で構成される。
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目次
episode1【sideセナ】
生まれつき体が弱かった弟は、いつもテレビに釘付けだった。見ているのは、決まって男性アイドルのライブ映像だけ。ステージの上で輝く彼らを見ているときは、弟はすごく幸せそうな顔をしていた。
ある雪の日、弟が俺に言った。
『あのね、僕、アイドルになりたいんだ。世界中の人を笑顔にさせて、皆を幸せにしたいの!』
目を細めて笑うその顔は、憧れに満ちていた。その顔が、俺は好きだった。
『そっか。応援してる』
『えへへ、ありがとう!…でも、こんな身体じゃ踊れないから、はやく治さないと』
弟の表情が曇る。細くて小さな手に、自分の手を重ねた。
『大丈夫、きっとよくなるよ。優姫なら大丈夫だ』
『…うん!そうだよね!』
ありがとう、と笑う弟を、守りたいと思った。夢を叶えさせてあげたいと、強く思った。
―…それなのに、どうして。
どうして、俺は。
______________________________________
「―…ナ、セーナ。ねぇ、起きて!セナ!」
「ん…」
ゆっくりと目を開けると、イユニ兄さんの顔が視界に映った。日の光が差し込み、ベージュの髪が明るくと光る。
「あと5分…」
「だーめ!今日はデビューする日でしょ⁉もう時間ないの!」
「えー…」
そういえば、今日はデビューステージのために7時に宿舎を出るとか言われていた気がする。ぼんやりした目で時計を見ると、針は6時50分を指していた。
「ほら、あと10分しかないんだよ!カオルはもうミンジュ(マネージャー)と打ち合わせしてるから、セナも急いで準備して!」
「わかったよ…」
のそのそと起き上がり伸びをする。下に降りると、シウ兄さんが姿見の前で着替えているところだった。
「あ、おはようねぼすけ!お前髪長いんだから早く起きろよなぁ」
「別にいいでしょ。セットは向こうでやるんだし…」
洗面所に向かって顔を洗い、適当な黒のパーカーに着替える。車に乗り込むと、既に俺以外の全員が揃っていた。
「おはようセナくん。よく眠れたみたいだね」
助手席からカオル兄さんが顔を出した。「おはよ」とシートベルトを締めながら返す。
「はい、これ今日のスケジュール!読み込んどけよ」
隣に座るジアン兄さんから紙の束を渡される。車が発進する。紙は全部で5枚程あり、大雑把なスケジュールとその詳細が書かれていた。
「このスケジュール、すごい無理矢理感あるんだけど」
紙をめくりながら呟くと、ミンジュさんが笑った。
「仕方ないさ。君らは大型新人なんだから、いろんな番組や会社からオファーが来てるんだよ」
「まぁあんだけ大きなオーディションだったんだから、そりゃそうだよな」
ロウン兄さんが腕を組んで言う。
俺達は700人の中から選ばれた6人で、しかも所属は韓国三大事務所の中の一つ、デビュー曲のMVは1週間で1000万再生を突破し、驚異的な記録を叩き出したグループだ。それだけ注目されても可笑しくない。喜ばしいことだけど、それと同時に大変になることがアイドルというものだった。
「…」
弟の…優姫の、希望に満ちた笑顔が脳裏に過る。アイドルを志していた優姫は、俺が6歳の頃に死んだ。だから俺が、最後に託された願いを絶対に叶えてやる。
「…やっとここまで来たよ、優姫」
誰にも聞こえない声で、空に向かって呟いた。
「今日からセナ君とカオル君のヘアメイクを担当させていただきます、キム・ヨンジェと言います。よろしくお願いしますね」
控室につくと、爽やかな男性が出迎えてくれた。他のメンバー2人ずつにも担当がついていて、それぞれ挨拶を交わす。部屋の中には沢山のスタッフがいて、忙しなく動いている。
「…」
「ああ、初めて見たときは驚きますよね。大丈夫ですよ、少しずつ環境に慣れていけばいいですから」
「…ありがとう、ございます」
とても親切な対応に少し戸惑う。8年間ロクに話してなかったからか、メンバー以外との会話が覚束なかった。
指定された鏡の前に座り、よくわからないことを色々としてもらう。隣のイユニ兄さんを見ると、目の前に並べられた化粧品を見てヘアメイクさんと何やら話し合っていた。そういう知識が全くない自分が申し訳なくなる。
「そういえば、セナ君って16歳なんですよね。グループの中でも一番若いとか」
「あ、はい。そう、ですけど…」
「実はね、僕は昔役者だったんですけど、セナ君と同じ16歳で芸能界に入ったんです」
「え…」
「16歳って大人とも子供とも取れない年齢だから、周りからいろんな目で見られてしまって。特にアイドルなんかは、若いとすごく期待されちゃうんですよね」
「…」
「でも決して期待に応えようとはせずに、自分のペースで、やりたいようにやっていけばいいんです。アイドルだって一人の人間なんですから、辛くなったらいつでも話してくださいね」
なんなら一緒に逃げてもいいですよ、と悪戯っぽく笑うヨンジェさんに、どこか安心するような、まるで親のような感覚を覚える。空っぽだった心が、少しだけ塞がった気がした。
衣装に着替え、ステージ裏で待機する。ステージでは、MCのトークが終わりつつあるころだった。
「うわー、めっちゃ緊張する!あ、そうだ、酢昆布食べて落ち着こっと…」
「なんで酢昆布持ち込んでんの⁉」
「あー、あー…ねぇカオル兄、今日僕の喉どう?」
「うん、いい声出てると思うよ。ばっちり」
それぞれが初ステージに向けて準備する中、俺はただ離れた場所で皆を見つめているだけだった。そんな俺に気づき、イユニ兄さんが駆け寄ってくる。
「どうしたのセナ。緊張してないの?」
「緊張はしてるよ。ただ…」
すごく、怖い。
そう呟くと、イユニ兄さんは少し驚いたみたいだった。視線が自然と足元に向く。
「…失敗したらどうしよう、っていう不安が消えないんだ。もし、ここで失敗したら」
「大丈夫だよ」
くしゃっと頭に手が乗る。顔を上げると、イユニ兄さんが笑っていた。
「セナなら大丈夫。あれだけ練習したんだし、何より俺たちもついてる。安心してパフォーマンスしな」
「兄さん…」
イユニ兄さんの包容力にはいつも敵わない。漠然とした不安は薄れていて、目の前が明るくなったような気がした。
「…うん、そうだね。ありがと、イユニ兄さん」
ステージに上がると、皆で考えたデザインのペンライトで客席が埋まっていた。豪華なステージセットと歓声に包まれながら、目の前のファンに手を振る。
皆、幸せそうな顔をしてる。俺達を見て、幸せになってくれている。
「―この景色が見たかったんだね、優姫」
ぽつりと呟くと、自然に笑顔が零れた。
「せーの、初めまして!僕たちは、」
「「「Firmamentです!」」」
「イユニでーす!」
「カオルです!」
「ジアンです!」
「ロウンでーっす!」
「シウでーす!」
「セナです」
歓声が上がる。カオル兄さんが一歩前に出た。
「まずは、僕たちのデビューステージに来てくれてありがとうございます!すごく緊張していますが、オーディションの時より成長した姿をみせられるよう頑張ります!沢山愛してください!」
先程より大きな歓声が上がり、拍手も聞こえてくる。MCの方達のトークに切り替わると、準備の合図があった。全員が中心に集まり、配置に付く。
会場が暗くなり、イントロが流れ出す。初めてファン達の掛け声が入る音楽は、驚くほどに踊りやすかった。
オーディションの時とは違うカメラワークに何とかついていきつつ、ロウン兄さんから教わったファンサも忘れず踊る。客席はいつ見ても、明るいペンライトと笑顔で溢れていた。
(凄い…)
言葉にできないような感情に駆られ、目の前がきらきらする。俺はここにいていいんだと、安心する。
『僕の分まで…皆を、しあわせにできるアイドルに、なってね』
―…空にいる優姫へ。
兄ちゃん、アイドルになれたよ。
______________________________________
「ありがとうございましたー!」
歓声に見送られながらステージ裏へと退場する。スタッフに挨拶をしながら、6人で楽屋に戻った。
ドアを閉めると、先頭を歩いていたイユニ兄さんの足がぴたりと止まった。ジアン兄さんが「どーしたの?」と声をかけると、イユニ兄さんが突然こっちに走って来て、全員をがばっと抱きしめた。
「うわっ!」
「最っ高‼もう皆ほんと最高だった‼俺たちすごい‼最強‼大好き‼」
「ええ、急に何⁉」
ぎゅうぎゅうにされながらも、皆で互いを抱きしめ合う。ロウン兄さんが笑った。
「あっはは、そーだな!俺達すごかった!みんなすごかった!さいきょー‼」
「もう、ロウンまで…!」
「いいじゃんか!大成功だったんだし、俺すっげぇ嬉しい‼」
ロウン兄さんの明るいオーラで、カオル兄さんも「…そうだね」と笑う。ジアン兄さんも、シウ兄さんも笑っていた。
「セナぁ、お前が楽しそうで、お兄ちゃん感動したよぉ~」
「えっ、ちょ、泣いてるの兄さん…」
「だってぇ~」
泣きついてくるイユニ兄さんを受け止めながら、ふっと笑みがこぼれる。
(「楽しそう」…あの時、俺は楽しかったのか)
久しぶりの感情だったから、忘れていたのかもしれない。いつまでも泣き止まない最年長を引きずりながら、皆で笑い合った。
「疲れた…」
宿舎に帰り、ソファに身を投げる。他のメンバー達も流石に疲れたようで、それぞれが息をついた。
あの後も別のスタジオに移動し、ラジオへの出演、雑誌の表紙撮影とインタビュー映像の撮影、企業とのタイアップへ向けた打ち合わせをして今(午後8時)に至る。
「みんなお疲れ様。よく頑張ったね」
ミンジュさんがリビングに散らばる俺達を見て笑う。机に突っ伏していたシウ兄さんが顔を上げた。
「ミンジュさん、明日もこーゆースケジュールなんすか…?俺もうむり…」
「ああ、ほんとは明日も今日みたいな感じだったんだけどね。なんとか調整してもらって、明日のスケジュールは午前中で終わるようにしたから」
「神様…」
イユニ兄さんが呟く。他のメンバーも感謝の意を込めて一斉に頷いた。
「あはは。で、どうだった?初めてのステージは」
ミンジュさんに聞かれ、全員が顔を上げる。ロウン兄さんが答えた。
「なんか、すげー楽しかった。俺達アイドルなんだなって、改めて思った」
それに賛同するように、カオル兄さんが頷いた。
「僕もだよ。ファンのみんなの笑顔って、こんなに嬉しいものなんだって」
それを聞いていたミンジュさんは「そっか」と微笑み、持っていた荷物を下ろして言った。
「じゃあ今日はデビュー記念として、僕が皆の為に料理を作っちゃおうかな」
「え、まじで⁉」
「いいの⁉」
ロウン兄さんとジアン兄さんが真っ先に反応する。ミンジュさんは特別な日にだけ料理を作ってくれるが、実家が料理店とかでとても美味しいのだ。
「いいよ。何が食べたい?」
「スムージー!」
「酢昆布‼」
「スイートポテト!」
「パン!」
「君らねぇ…」
どう考えても的外れな回答をするメンバー(最年長も含む)にカオル兄さんが苦笑いする。ミンジュさんは軽く笑い、「今日だけね」とオッケーを出した。
「「「「やったー!」」」」
「えぇ…」
「セナとカオルは?」
ミンジュさんが俺達の方を向く。俺達は顔を見合わせ、同時に言った。
「「じゃあゼリーで」」
「一番だめだわ!」
シウ兄さんがツッコんで、皆で笑う。「シウも似たようなもんでしょ」とカオル兄さんが反論して、また笑う。そんな普通の日常も、俺にとっては特別なものだった。
アイドルはデビューしてからが一番辛いと、先輩グループの人が言っていた。でも、俺はやってみせる。託された夢を叶える為に。
―弟への、贖罪の為に。
―裏話―
カオルとセナのヘアメイク担当のヨンジェさんは、イユニが事務所に頼んで直接指名してもらいました。
不安定な二人にとって、包容力のあるヨンジェさんを傍に置いておくことで少しでも安心してくれたらいいなというイユニの気遣いです。
prologue.
【Firmament】
総勢700名の練習生の中から選ばれた、6人全員が20歳以下の男性アイドルグループ。
その実力は確かであり、未来の音楽業界を率いて行く集団だと期待が集まっている。
リーダー:カオル(翡翠 薫)
メインダンサー:セナ(琴宮 瀬那)
メインボーカル:ジアン(メ ジアン)
メインラッパー:ロウン(クォク ロウン)
リードダンサー:イユニ(イ ユニ)
リードボーカル:シウ(水瀬 愁)
episode2【sideカオル】
『薫、新しい服買っておいたからね』
『薫はこれが好きでしょう?これにしなさい』
『友達?どんな子なの?…そんな子はやめておきなさい。○○君の方が薫に相応しいわ』
『おかえり薫。ああそうだ、ダンス教室に申し込んでおいたから、準備しておきなさいね』
『薫、このオーディションに応募しておいたからね。…え、理由?だって、薫ならできるでしょう?』
『薫、全部お母さんが決めてあげるからね』
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「……」
夜風がカーテンを揺らす。今の部屋には、昼間は気にならない時計の針の音だけが響いていた。
(嫌な夢だ…)
以前のように飛び起きることはなくなったが、目覚めたときの不快感は未だ消えない。溜息をついて時計を見ると、午前3時を指していた。
もう一度寝ようと目を閉じても、睡魔はやってこない。諦めてベッドから降り、カーテンを開けて月明りを浴びる。
「…あれ?」
会社の練習室に、明かりがついていた。誰かがいるのだろうか。しかし、こんな時間に練習室を使う人は思い当たらない。このまま部屋にいてもすることが無いので、見に行ってみることにした。
______________________________________
※宿舎と会社は向かい合わせになっています※
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「あれ、セナ君?」
練習室の扉を開けると、そこに一人セナ君がいた。セナ君も驚いたようで、「カオル兄さん」と目を見張った。
「どうしたの、こんな時間に。もう3時だよ?」
「あー…。ちょっと眠れなくて」
そう言って笑うセナ君は汗をかいていて、響いている音楽は次のカムバックの曲だった。どうやら練習していたらしい。
「そういう兄さんは、どうしてここに来たの?」
「僕も同じような理由だよ。練習室に電気がついてたから来てみたんだ」
そっか、と笑うセナ君の目の下には、薄らと隈ができていた。
(まさか、いつもこんな時間に練習を…?)
「…頑張るのもいいけど、程々にしときなね。またイユニ兄さんに怒られちゃうよ?」
冗談めかして注意しても、セナ君は「うん」と頷くだけで練習をやめる気配はない。このまま部屋に戻ってもやることはないし、何よりセナ君が心配になる。ちょっとだけ考えた末、練習室に足を踏み入れた。
「え」
「僕も練習するよ。セナ君を放っておいて、倒れられたら困るしね」
「…む」
「あ、不満げだ」
セナ君は、不満な時に「…む」と言う癖がある。感情を表しにくい彼の為に叔父さんが考えてくれたらしい。
「そんなこと言ったら、カオル兄さんだって」
「僕は自分の体調管理はできるからね」
「…」
納得いかないと言った顔をしながらも、セナ君は渋々頷いた。一応シューズを持ってきておいて良かったと思いながら靴を履き替え、鏡の前でストレッチする。
「どの辺練習してるの?」
「とりあえず全部覚えたから、細かいところを確認してる」
「おぉ…」
流石メインダンサー、とぼやくと、セナ君は照れたのか「…このくらい当たり前だし」と下を向いた。
「兄さんは?」
「僕はまあまあかな。大体はできるけど、完全ってわけじゃない感じ」
「…じゃあ一回全部通そう。その方ができてないところ分かりやすい」
「そうだね」
セナ君は、ダンスの時だけすごく頼りがいがある。何がそんなに彼を駆り立てているのかは知らないけれど、人一倍この職業に対して思い入れがあることは間違いなかった。
スピーカーから流れる曲に合わせてステップを踏む。テンポの速い音楽と靴が床を滑る音だけが響いている練習室の鏡には、いつになく真剣な顔をしたセナ君が映っていた。
「疲れたぁ…」
結局2,3回通して踊った後、二人で床にへたり込む。大体のディテールはできたものの、完璧には及ばない。もう一度練習しようとするセナ君を無言で引き止め、壁に寄りかかって息をついた。
「セナ君は、いつもこんな時間に練習してるの?」
「…眠れないときは、たまに」
‟眠れないとき”ということは、僕のようなことがセナ君にもあるのだろうか。少し気になったけれど、うまく丸め込まれるような気がしてやめておく。その代わりに浮かんだ疑問を聞いてみた。
「―セナ君は、どうしてそんなに一生懸命なの?」
彼の身体が一瞬強張り、持っていた水筒をゆっくり床に置く。彼の目は、どこか遠くを見ているような瞳をしていた。
「…セナ君?」
不思議に思い、顔を覗き込む。セナ君ははっとしたような素振りを見せ、少し俯いて言った。
「……約束、したから。絶対アイドルになるって」
表情は見えないけれど、どこか寂し気なトーンだった。
(…もしかしたら、何かあった…?)
表情の隠し方や、妙に抑えた声に既視感を抱く。
―…僕自身に、似ている。
「そっか」
気付かないふりをして相槌を打つ。セナ君は水筒を一口だけ飲み、髪を結び直して立ち上がった。
「…兄さんは、今、楽しい?」
「え…」
突然の質問に驚く。
(なんで…)
「楽しいけど、どうしたの?」
何度も練習した笑顔で、当たり前のように答える。彼は何かを感じ取ったのか取っていないのか分からない表情で、「…そう」と言った。心臓の鼓動が静かに早くなる。
そんな僕の動揺がなかったかのように、「もっかい練習しよ」と独り言ちて鏡の前まで歩いて行った。
(…分からないな)
セナ君は、どこか自分の事を語ろうとしない。家族のことについても、前は韓国にいる叔父さんと暮らしていたということしか知らない。親のことも兄弟のことも、うまくはぐらかされてばかりだ。
「…まぁ、僕もなんだけど」
「え?何か言った?」
僕の独り言にセナ君が振り返る。「なんでもないよ」と軽くあしらって、セナ君の隣へと歩いた。
―いつか、過去の事を話せる人が現れるとすれば、それはセナ君なのかもしれない。
このあとちゃんとイユニにばれて、怒られた二人でしたとさ。
Shortstory 【朝】
ファメ達のちょっとした日常のワンシーンを切り抜いたお話です。番外編みたいな感じで捉えて頂けたら嬉しいです。
爽やかな朝に木霊す、小鳥の囀り。木の葉の揺れる音。子供達の笑い声。
―そして、喧騒。
「おいジアン!俺のスマホ返せ!!」
「やーだ!!あと兄さんつけろ弟!!」
ジアンがシウのスマホを奪い、どたばたと廊下を駆け回る。下に居たカオルが階段から顔を出した。
「ちょっと二人共、まだ朝なんだから静かに…」
「おはよーカオル!これ貰ってっていい?」
「あっ、ちょっとジアン!」
カオルの持っていた本をジアンが取り上げる。驚いたカオルは、シウの隣に並んでジアンを追いかけ始めた。
「僕の本返して!」
「やーだ!」
「俺のスマホ返せ!」
「もっとやだ!」
「なんでだよ!」
更に騒がしくなった廊下の、端のドアがゆっくりと開く。3人が立ち止まる。
ゆらりと出てきたのは、まさに鬼の形相という言葉がぴったりな顔をしたイユニだった。
「お前ら……うるせぇええええ!!!」
episode3
ファメ公式YouTubeのコンテンツ[F MEmorial]で海に行くことになったメンバー達のお話
真っ青な空と、光を浴びて輝く海。セナ達は初の外ロケで、済州島に来ていた。
「うわぁ、海だぁ!!」
「俺が一番に入る!」
「なっ、俺が一番に決まってるだろ!待てロウン!」
3人がはしゃいで海へと駆けていく。一方で残りの3人は、ゆっくりと砂浜を歩いていた。
「あはは、若い子は元気だねぇ。俺ももう歳かなぁ」
「兄さんまだ19歳でしょ。酒も飲めないのに何言ってんの」
「そうだよ。全大人に謝れ、お年寄りに謝れ」
「スミマセンデシタ」
海岸に波が打ち付ける音が響く。セナが目を細めた。
「…海来たのって初めてかも。すごく綺麗…」
「でしょ~。俺の故郷の海も綺麗だから、今度おいでよ」
「えっずるい!俺も行く!」
いつの間にか近くに来ていたジアンがイユニに飛びつく。イユニは「わっ」とよろけながらも抱き留めた。
「あはは、いいよ。いつか皆で行こう…って、ジアンびしょびしょじゃん!マイクは⁉」
「えっ?―…あ」
はっとしたジアンが襟元についているマイクを確認する。しかし当然、水没していた。一瞬時間が停止した後、ジアンがぺろっと舌を出してあざとい笑みを浮かべて言った。
「えへ、壊れちゃった☆」
「ジアン……」
「おーい皆、何やってんのー?」
「あれ、カオル兄さんどしたの?忘れ物?」
カオルが額に手を当てて空を仰ぐ。そこにやってきたずぶ濡れの男×2のマイクも、当然の如く水没していた。
この件から3人が“マイク水没組”と呼ばれるようになったのは、また別のお話。
短い!!!!!無理矢理感すごい!!!!!すみません!!!!!
episode4
エンディング妖精のお話
活動にも慣れてきた、ある日の音楽番組。
待機室で各々準備をしていると、ミンジュから「ちょっといいかな」と招集がかかった。部屋の隅に全員で集まる。
「みんなに伝え忘れてたことがあったんだ。それを話しておこうと思って」
「伝え忘れてたこと?」
ジアンが首を傾げる。ミンジュが「そう」と頷いた。
「エンディング妖精ってあるでしょ。今までやってこなかったけど、今回のステージからそれをやってもうことになったんだ」
「エンディング妖精?」
今度はセナが首を傾げた。その頭をシウがぺしっとはたく。
「はじめの方に習ったろばか。ステージの後に一人一人抜かれるやつだよ」
「あー、なんか聞いたことあるような…?」
「君、ほんとに何も聞いてなかったんだね…」
カオルが苦笑いを浮かべる。
「そのことについてなんだけど、一回につきカメラに抜かれるのは2人まで。なんだけど、今回は時間の都合上一人しか入れられなくてね。その一人を、君らで決めてほしいんだ」
「え、俺達に?」
ロウンが自分を指さす。
「そう。大人が介入するより、君たち自身で君たちの色々なことを決めてほしいんだ」
「へぇ、面白そう」
イユニが顎に手を当てて笑みを浮かべる。「それじゃ、本番までに決めといてね」とミンジュが出て行った部屋で、メンバー達が輪になって顔を突き合わせた。
「で、記念すべき一回目の妖精は誰にするよ」
「じゃあ最年長の俺で…」
「「やだ」」
「なんでだよ」
「そこはリーダーじゃない?」
「いや、僕は…」
「はいはい、俺やりたい!決めポーズしたい!」
「は?俺がやるし!お前は次でいいだろ!」
「なんでお前なんだよ!背ぇ低い癖に!」
「今それとこれとは関係ねーだろ!」
「じゃあ僕がやるー!」
「「なんでそうなる」」
「協調性皆無だね君ら」
ぎゃいぎゃいと言い合う3人を尻目に、イユニが乾いた笑いを零す。それに賛同するようにカオルが頷いた。
「セナ君は?やらなくていいの?」
「…俺はべつに。やりたい人がやればいいじゃん」
「え~。君はもうちょっと積極的にならなきゃ」
「兄さんだけには言われたくないんだけど」
「スミマセン」
カオルがダメージを受けたように小さくなる。時計を見れば本番まで残り15分。まだ準備もやり切っていないのに、一方は争う3人、もう一方は小さくなったリーダーと無関心なマンネ。一人ぽつんと立ちすくんでいる最年長。まさに混沌と化していた。
「ああもう、どうしたら…」
イユニが頭を抱え込む。このままでは本番が来てしまう。しかもただでさえ時間がないのに、ここで遅れてしまっては番組側にもスタッフにも迷惑をかけてしまう。だが一向に決まる気配はなく、いつもまとめてくれるリーダーも機能しそうにない。ぐるぐると廻る思考でなんとか考えを押し出していると、ふいに一つの解決策が頭に浮かんだ。
「…まぁ、これしかないかなぁ」
結局、全員がなんとかカメラに収まろうとぎゅうぎゅうになる様子が放送され話題になり、多くの人を虜にしたのだとか。
本番直前に、イユニが「もう皆で映ろう!映れなかった人1週間掃除当番ね!」と宣言したため、皆が映ろうと必死にくっついていました。(ちなみにジアンがロウンを蹴落とそうとする様子も確認されています。いつかアニメに描き起こしたい…)
合唱祭が重なってしまい無理矢理すぎる終わり方をしてしまってすみません…!なんでこんな忙しいの私の人生…
episode5
ある日曜の朝。
「おっはよー!」
「おは…って、お前朝から酢昆布食べんな!」
「だって好きなんだもん。酢昆布ウメ~ェ!」
「でた、ロウンの酢昆布うまいコール笑」
「もうコイツの主食酢昆布で良くない?」
「賛成」
普段通りの賑やかな朝に、それは突然やってきた。
朝食を食べ終わり、リビングで各々の時間を過ごしている時、どたばたと廊下を走ってくる音が聞こえた。
「おはよう皆!全員揃ってる!?」
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、マネージャーのミンジュだった。全員が驚いて振り返る。
「ミンジュさん?どうしたの、そんなに慌てて」
「ごめんごめん、朝から会社に呼び出されてさ。それより、皆にビッグニュースがあるんだ!」
「ビッグニュース?」
揃って首を傾げる。ミンジュが一息ついて、そして言った。
「なんとこの度、始めてのワールドツアーが決まりました‼」
「え、ワールドツアー!?」
「俺達が!?」
「そう!でも驚くのはそこじゃない。なんと今回のツアーには、あの東京ドーム公演も含まれてるんだ!」
「東京ドーム!?」
日本人3人が声を揃える。ミンジュが効果音がしそうなほどの速さで頷いた。
「歴代最速だよ!凄いことだ!僕めちゃめちゃ嬉しい!」
「いやマネージャーが一番喜んでどうするんだよ」
シウがツッコむ。イユニがスマホをスクロールしながら呟いた。
「歴代の最速記録が2年弱…俺達は今大体半年くらい……え、ちょっとまって早すぎない??」
「そうなの、君らすっごく早いの。もう運営も世界もびっくりしちゃう」
「やばい、ミンジュが感動のあまりオネエになってる」
「なあなあ、東京ドームってことはさ、3人とも初めて帰国できるってことだよな?」
ロウンの声で、4人が3人の方を振り返る。シウが頷いた。
「1年ぶりくらいだな。カオル兄さんは?」
「え…えと、6年ぶりくらい、かなぁ」
「…」
セナがカオルの方を見て黙る。「…セナ?」とイユニが聞くと、セナはふいと顔をそらして「べつに」と素っ気なく呟いた。
【セナside】
―まずいことになったと、俺は自室に戻りながら思った。
いずれ来ることだろうと覚悟はしていたが、いざ目前まで迫ってみるとその覚悟も虚しく、不安ばかりが胸を埋めた。いつもより少し乱雑にドアを閉め、ベッドに身を投げる。
「ばれちゃう、かな」
日本に帰ったら、きっと家族の事や家の事を深掘りされるだろう。けれどそれを隠し通せる自信が俺には微塵もない。特にイユニ兄さんが厄介だ。他人のどんなに些細な変化でも見逃さないあの人から隠すなんて到底できたことじゃないだろう。深いため息が漏れ出す。
(カオル兄さんのあの顔も、絶対何かあるっぽいし…)
薄々気づいていたが、カオル兄さんにも何かがあるらしい。風呂に他人を絶対入れなかったり、一人だけ衣装の露出が少なかったりと、思い当たる節がいくつかあった。今ここで俺の事を打ち明けたら、カオル兄さんが切り出しにくくなるに決まっている。そうなっては兄さんの負担を増やすだけになってしまう。そんなことを考えていたら思考がキャパオーバーしたのか、何も考えられなくなってしまった。この状態になるとしばらくは何にも手がつかなくなるので、とりあえずスマホを手に取り、誠人さんにメッセージを打ち込む。
誠人さんは母の弟、つまり叔父にあたる人で、身寄りの無くなった俺を引き取ってくれた人だ。韓国を拠点とする大企業の社長であるが故に小さな頃は会うこともなかったが、韓国に来てデビューするまでは色々とお世話になっていた。まるで俺を本当の子のように思ってくれていて、初めて会った瞬間に抱きしめられたことは今でも頭に残っている。
『色々あって日本に帰ることになったんだけど、家の事どうしよう。メンバーの中に敏感な人がいて隠し通せそうにないんだ』
簡潔に打ち込み、画面を閉じて天井を見上げる。打ち明けたいけど、打ち明けられない。もどかしさを胸の内に閉じ込めて、そのまま真っ暗な眠りに沈んだ。
―このまま二度と目覚めなければいいのに、なんて思いながら。
【誠人さんについて】
30歳。電子機器メーカーの社長で、瀬那の母親・ユキの弟。温厚で人当たりがよく、社員にも好かれている。瀬那が韓国に来るまでは保護施設と連携して支援を行っていたが、来韓してからは自分の家に置いて面倒を見ている。他にも貧困国への支援活動や多額の寄付などを定期的に行っていて、とにかく優しい。ハイスぺイケメン。独身。(結婚するつもりはないとのこと)
episode6
※重い話注意
目の前に広がる赤い液体と、鼓膜に響く心臓の音。自分に覆いかぶさっている、返り血を浴びた女。
『…お前なんか、産まなきゃよかった』
酷く冷たい声と、恨むような瞳が降りかかる。声を発する間もなく、包丁が振り下ろされ―
「——っ!!!」
声にならない悲鳴を上げて飛び起きる。どくどくと煩い鼓動が鼓膜に響く。視界の端に映った時計は、午前2時半を指していた。
『産まなきゃよかった』
夢の中の声に、胸がぐっと詰まる。息ができない。立ち上がろうとした途端、ガタンと大きな音を立てて倒れこんでしまった。
「っはぁ、ひゅ、ッ」
床の冷たい感触が、孤独感を更に膨張させる。苦しいという言葉だけが思考を埋め尽くしていく。どうしようもない感情の波が押し寄せてくる感覚が不快で堪らなかった。
(やば、い)
意識が遠くなっていく。諦めて目を閉じようとした、その時だった。
「…セナ?大丈夫か?」
ドアがノックされる音と、ドア越しのくぐもったロウンの声が聞こえた。はっとして返事をしようと息を吸った途端、反射的に激しく咳込んでしまう。そんなセナの異変に気付いたのか、返事を待たずにドアが開く音がした。
「セナ!」
部屋に入ってきたロウンが、倒れているセナに駆け寄る。「なんで、」と苦しそうな呼吸の中で聞くセナを起こし、ぎゅっと抱きしめた。
「んなこといーから、まず落ち着こうぜ。大丈夫だから」
大丈夫、と繰り返しながらセナの頭を撫でる。段々と落ち着いてきた呼吸を確認して、ロウンが言った。
「こんな夜中にでかい音したから、気になって来てみたんだよ。まじ来てよかったぁ~」
「っ…、ん」
ありがとう、というようにセナが小さく頷く。瞳から零れ落ちる雫がようやく止まった頃、背中に回されていた腕をほどいた。正面から向き合う形になったロウンが、普段とは違う真剣な眼差しでセナを見つめる。
「…なぁ、もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
「……」
ロウンの問い掛けに、セナは俯いたまま答えない。静寂が二人を包む。ロウンが次の言葉を言いかけた時、遮るように「まだ」とセナが言った。
「…まだ、話せない」
灰色の瞳に、悲痛に満ちた影が落ちる。強い覚悟のような、拒絶するような、真っ暗な影。
ロウンは数秒黙ったあと、腕を伸ばしてわしゃわしゃっとセナの頭を撫でた。驚いたセナが顔を上げると、いつものように明るく、太陽のような笑顔がセナに笑いかけていた。
「だいじょーぶ!お前が話したくなった時に話してくれれば、それでよし!なっ!」
「…兄さん…」
ようやく止まった筈の涙が、再びセナの瞳から溢れだす。ロウンは「お前って、意外と子供っぽいとこあるよなぁ」と困ったように笑って、真っ白な髪を撫で続けた。
―その時が来るまで、今は、まだ。