「「んぐぐぐぐぐ……」」 音楽室の中央で、二人の少女が睨み合う。 短い銀色のポニーテールに、強気そうな金の目の少女はトランペット。その『音量』は周りの楽器たちから飛び抜けていて、誰もが認める部内のスターの一人である。 そのトランペットに対峙するのは、木管楽器のヒロイン的ポジション(偏見)、クラリネット。 茶色のおさげ髪を垂らしたおとなしそうな栗色の目の少女。しかし今は、その目から優しさは感じられない。 誤解を招かないため言うと、彼女達は基本は仲良しだ。では、なぜこんなに殺伐とした空気が音楽室にあるのか？ それは、二人が一つしかないプリンをどちらが取るかで争っているからだ。 「はんぶんこ」の五文字など互いの頭にはない。ただひたすら、己がプリンを手にするためにどうすればいいか考えていた。 静まり返り、緊張した空気の漂う教室内に、ふと、ぱんぱん、と乾いた音が響く。 睨み合う二人がそちらに目をやると、 「……スネア……！」「……スネアちゃん……！」 椅子に座る小柄なショートヘアの少女がいた。 彼女はスネアドラム。個性が強すぎる楽器たちを中和させるため日々奮闘するペースメーカーだ。 そんな彼女は、トランペットとクラリネットの仲裁役として他の楽器たちに選ばれた。 ちなみに、他の楽器たちは別室に退避済みである。トランペットやクラリネットが『戦い』でもしたら、大変な事になるから。それに、面倒だから。 まあとにかく、スネアドラムは苦労人だった(ド偏見)。 そんな彼女は、二人が話し合いでどうこうという雰囲気ではないのを悟り、仕方なく提案する。 「はあ……決まらなそうだし、『デュエット』できめようか。審判は私ね。」 『デュエット』という単語を聞きクラリネットは少し顔を曇らせる。「デュエットね……」と、乗り気でなさそうな彼女とは対照的に、トランペットはわかりやすく顔を綻ばせる。 --- ここで、吹奏楽楽器ガールズ達の特徴と、『戦い』について解説しておこう。 彼女たちは楽器であるため、『音量』『音程』『音色』の三つの要素をそれぞれ持つ。 そして、音量×音程×音色が、彼女達のチカラ……例えるならば、『魔法』となる。 また、それぞれの楽器に合った特性の『必殺技』を各自幾つかずつ持つ。 では、『戦い』とは。 それは楽器ガールズ内で意見が割れた時などに行われる、力を使った勝負だ。勝った方の要望が通り、負けた方は通らない。また、『デュエット』とは、二人で行う『戦い』の事で、時には何人もの楽器が戦う乱戦、『合奏』になることもある。 クラリネットのように、性格上『戦い』を好まない楽器もいるが、音量音程音色に偏りはあれど、皆ポテンシャルは同じ。 よって、戦略次第で勝敗はいくらでも変わり得る。 それが、｜彼女《がっき》らのやり方だった。 --- 結局『デュエット』で決着をつけることが決まり、スネアドラムの元『デュエット』が始まる事となった。 「腕と楽器がなるね！」 楽しそうに笑うトランペットに対して、クラリネットは口数が減っていく。しかし、その顔に恐怖や諦めはない。どうやってトランペットに勝つか、彼女は戦略を熟考していた。 「じゃあ、私が5、6、の掛け声をするから、2拍したら『スタート』ね。」 そうスネアドラムが告げる。 「5、6！」 --- そして、『デュエット』が始まる。 ---

--- デュエット、開始。 --- 二人が、楽器を構える。 --- クラリネットは気持ちを落ち着けた。 (トランペットちゃんの攻撃は、私が食らっちゃうと絶対にまずい……) トランペットは楽器内でも屈指の音量を誇るパワータイプ。その一撃一撃が重いため、木管楽器はすぐに消耗してしまうだろう。 しかし、トランペットは短期決戦型で、あまり長い勝負には向かない。ずっと大きい音を出すと疲弊してしまうからだ。 (だから、私の得意な長期戦になんとか持ち込む……) クラリネットはトランペットの攻撃をまず避ける事に専念した。 一方トランペットはというと、大口を叩いたはいいがクラリネットの実力は十分理解していたし、ある程度長期戦に持ち込まれる事は予想していた。 (序盤で攻撃を当てるしかないかな) パワー頼りの作戦を立てる。 --- 楽器たちの攻撃は、基本的に『音』だ。 それが音量、音色によって例えば剣だったり、銃弾だったり、様々な形態に変化し、彼女らはその変化した『音』で戦う。 音が当たる事で楽器は体力を奪われたり、一時的に動けなくなる場合もある。ただし外傷ができたり、後遺症が残るようなことはなく、直ぐに行動再開可能となる。よって、デュエットのように、互いを攻撃し合ったとしても、問題はない。 故に、話し合いがめんどくさくなった時なんかに、『戦い』が勃発してしまう。 --- 「“トランペットマシンガン”……！」 クラリネットは銃弾型の『音』に追われていた。とんでもない速度で迫る攻撃のいくつかは避けきれず、自分の体力が奪われていくのを感じる。 トランペットの得意とするこの技は、圧倒的な音量を誇っている。しかもマシンガンの如く連射に次ぐ連射なので、避け切る事は難しい。 クラリネットは『連符』____任意の形状を取る小さな『音』で盾を作り、それでなんとか凌いでいる現状だった。 段々と『連符』を維持するのがキツくなってくる頃、トランペットにも疲労が現れる。 トランペットの大技、“トランペットマシンガン”には重大な欠点があり、撃つ度に自分にも僅かにダメージが入ってしまうのだ。 そのため、クラリネットに当てたはいいが、自分にも幾らかのダメージがあり、さらにクラリネットが防戦の姿勢に入った事でその消耗は加速する。 つまり、お互いに消耗ばかりを繰り返している。 このまま勝負は泥沼化するか、と思われた所で、クラリネットが『リードミス』をする。 クラリネット特有のデバフのようなもので、『連符』が一時的に乱れてしまうものだ。 その隙をトランペットは見逃さず、音の銃弾がクラリネットに当たる。 トランペットは確信する。これは痛手だろう、と。 そのままクラリネットまで一気に距離を詰めようと駆け出し、まさにクラリネットにとどめを刺す、そんな時。 「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい！！！」 防犯ブザーのような大きな音を立ててトランペットに『レーザー』が迫り、致命傷を負わせた。 クラリネットの攻撃、“マウスピーススクリーム”。 普段のクラリネットからは想像もつかないようなこの爆音は、クラリネット本体ではなく、マウスピースから出ている。強力な技だけれど滅多にクラリネットは使わない。なぜなら…… (うう……思わず使ってしまった……使ってしまったあ…… めっちゃ恥ずかしい、「ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」とか本当恥ずかしい……) 発動するためには、楽器を吹くのではなく、クラリネット本人が叫ばないといけないから、である。 クラリネット本人が叫ぶ事で楽器のマウスピースが光線銃に変化し、先程のレーザーが打てるのだ。 クラリネットの性格上、叫ぶのが恥ずかしくて使用は本当に避けたい事であったが、トランペットが迫ってくるのをみて、思わず使ってしまったのだった。 クラリネットが悶えていると、審判のスネアドラムから静止が入った。 「はい！『デュエット』は終了！勝者は…… 結構クラリネットをいいとこまで削ったトランペットもいいけど、クラリネットの耳元マウスピース攻撃で行動不能となったため〜、クラリネットの勝利！！」 「「どんどんぱふぱふー」」 高らかに勝利を告げる声と共に、効果音のつもりなのか、いつのまにか来ていたティンパニとホルンが音を鳴らす。 クラリネットは勝った事に喜びつつも、二人増えている事に違和感を覚え、 「ちなみに二人はいつからいたの？」 「「実はデュエット始まった瞬間から」」 「うわああああああマウスピーススクリーム見られたあああああ」 プリンを手に入れたはいいが、プライドに傷をつけられたクラリネットであった。 --- トランペットが復活してから。 「ふふん、勝ち取ったプリンが美味しすぎます！」 珍しくはしゃぐクラリネットを前に、トランペットは悔しがるも、ある事を思い出す。 「そういえばクラリネット、珍しくぴーっていって」 「あああああああああああああああ！？」 クラリネットの絶叫が、また響く。