未来は永遠に繋がっているんだよ。ニュースで流れた不穏な事件から時折美弥子の運命の歯車は別の方向へ回り出す。
続きを読む
読み方
1話ずつ表示します。
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
一 小さな幸せ①
幸せとはなに?
それは目に見えないもの
幸せとはなに?
それは感じるられるもの
どうしたら私は幸せになれる?
感じたらいいんだよ、それだけだよ
私、時折美弥子はそう思う。
一 小さな幸せ②
春眠が心地良い季節となった四月の終わり。中学三年生になり、クラスが替わった。私が住んでいる町には小学校、中学校ともに一つしかなく、一学年に八十人ほどしかいない。一年生の時に同じクラスだった人もいるけど、久しぶりに一緒になった人や初めてなった人もいて見慣れない顔ぶれにやっぱり緊張してしまう。
でも一ヶ月も経てば慣れてきて自分の居場所を見つける。私もその一人。
柊 奏。私の唯一の友達で、かなちゃんと呼んでいる。彼女は私がクラスに馴染めず、一人で静かに本を読んでいたときに話しかけてきた、ちょっと面白くてかわいい女の子。
「ああっ!地図と読む 新撰組顛末記だ。メガネちゃん新撰組好きなの?」
その言葉を聞いた時の驚きを私は忘れない。私は確かに眼鏡をつけているがメガネちゃんと呼ばれたことがなかったから。驚きを隠すように私はなるべく普通に答えた。
「そうです。最近新撰組に興味を持ってよく調べてるんです。」
傷付ける返答ではなかったと思う。私は彼女を見て返事を待つ。
「しんぱっつぁんが書いたんだよね、これ。結構言葉難しくない?」
彼女の言葉を聞いたときの私の目は一等星のように輝いていたと思う。
「えっ、しんぱっつぁん・・・永倉新八さんの呼び方私と同じです。仲良くなれますよ私たち、絶対。」
私達はそれから新撰組について語り合い、地図と読む 新撰組顛末記のお陰で私は彼女と仲良くなれた。今考えると二人とも腹を抱えて笑ってしまうだろうけど。
「ーーってことがあったんです」
そう言って私はティーカップに注がれたダージリンティーを飲む。
あつい。舌がヒリヒリしている。これは火傷したかもしれないなぁと思っているとスッ・・・とはちみつが出される。
「みやちゃん、また火傷したやろ。ほら、舐めとき。」
そう言って少量の蜂蜜を私にくれたのは奈良坂さん。放課後の今、私が来ているカフェのオーナーで二十五歳の男性だ。関西からこの町へやってきたらしい。
奈良坂さんが「また、」と言ったのは私が紅茶を頼む度に冷まさずに飲むので、火傷を何回もしてきたからだ。
「ありがとうございます。頂きます」
ちなみに火傷したときに蜂蜜を舐めるのは、甘いものを舐めると「エンドルフィン」という鎮痛作用のあるホルモンが分泌されて痛みを和らげてくれるから、って言うのも彼に教えて貰った。
「みやちゃん猫舌なんやから冷ませばええのに」
「それはそうなんですが、忘れてしまうんですよね」
美味しそうな紅茶を冷やしてから飲むなんて、エサを前に待てと言われ、よだれを垂らしながら待つときの犬と同じような気持ちと同じだと思う。
私は少し冷やした紅茶をもう一度すすった。私はダージリンティーならではの甘く爽やかな香りと上品な渋みがとても好きである。半分程飲み、ティーカップをソーサーへ置く。そして今から此処で勉強を教えてもらうのがいつもの流れ。ファスナーに少し前に流行ったアニメキャラクターのキーホルダーをつけた黒いリュックから勉強道具を取り出す。
「今日は数学教えてもらえますか」
「もちろん。国立大学首席卒業に任せてや」
今では私はこの小さなカフェの常連の一人だ。シングルファーザーの父は夜遅くに帰ってきて、朝は私が起きる前に仕事へ行く。私は一人でいるのが苦手なタイプなので、放課後はほぼ毎日奈良坂さんのカフェにお邪魔している。また、奈良坂さんが父からの頼みで私の家に来てくれることもある。元々私の母と離婚する前は奈良坂さんの「リトル・カロメノス」に良く通っていたそうだ。カロメノス、はギリシャ語で幸せといい、小さな幸せをこのカフェで味わって、という願いがあるらしい。奈良坂さんは一人っ子の私にとって、少し年の離れた兄のような存在だ。本当の兄だったら良いのに、と言ったことがある。そしたら彼は「そりゃ難しい話やなぁ」と少し困った顔をしていたな、と思い出す。でも、それぐらい彼は私にとって大きな存在なのだ。
「みやちゃん三平方の定理は覚えとる?」
「一対二対ルート三、ですよね」
昨日教科書で覚えたばかりのところを思い出し、答える。
「ん、さすがやな。習うの三学期やろ?すごいなぁ。」
「先取りで学習してるんです。受験勉強のために。過去問解くのには勉強しておいたほうがいいかな、って思って。」
「えらいなぁ。」そう言って正面にいた奈良坂さんがいつの間にか横に来ていて私の頭をそっと撫でた。
「ちょーっと誰か来そうやな。みやちゃんちょっとここの問題解いててな。」
そう言って彼は入り口のほうへ行ってしまう。そして私は彼から言われた問題を解きはじめる。昨日覚えたばかりの公式を使ってゆっくりと。なれるまでは少し時間がかかりそうだとやってて思う。何問か解いたところで奈良坂さんの方を見てみると彼は近くの八百屋のおばあさんから野菜をたくさんもらっていた。彼は近所の方にとても人気がある。奈良坂さんが怪我をしたおじいさんを応急手当し、救急車とおじいさんの奥さんを呼んで、色々と対応していたのを私は知っている。そして極めつけはその容姿だ。高身長、スラッとした体型、キリッとした目。世間で言うイケメン。奥様方に人気なのがとてもわかる。ぼーっと奈良坂さんを見ていると目があった。といててな、口パクでそう言ってきたのでハッとしてまた問題に取り掛かる。
「みやちゃんお待たせ~」
奈良坂さんは両手に沢山の野菜と果物を抱えていた。
「奈良坂さん、物凄い量もらってきましたね。」
でもそれは彼の人柄故なのだろう。
「いつも沢山貰って申し訳ないって思うんやけどなぁ、いいの!貰っとき!って言われたら断れんくてなぁ」
最終的には断らないところが彼の良いところだと私は思う。奈良坂さんは少し考えてから私にこう言った。
「みやちゃん、今日の夜、野菜炒めつくったるわ。とびっきりおいしいの」
「ありがとうございます」
今日は奈良坂さんが家に来てくれる日だ。彼が作る料理はいつもおいしい。その中でも私は野菜炒めがお気に入りだ。
「じゃあ勉強はよ終わらせて一緒に帰ろうか。ほら続き解いてみな」
今日の夜が楽しみだ。
数年前から火曜日と木曜日は閉店時間が早い。私に合わせてくれるから。私はその二日だけいつも店の戸締まりなどを手伝っている。奈良坂さんは「俺がやるからみやちゃん待っててええよ?」と言ったけど私が「いいえ、私のためにしてくれているのに何もしないのは気がすみません。」と拒否したのでやっている。手伝うのは好きだから。
戸締まりも終わったので奈良坂さんと一緒に店の外へ出る。辺りは薔薇色を含んだ紫陽花色の夕空が町の上に広がっていた。何も話さず、ゆっくりと私の家へ帰る。何も話さない空白の時間、横を通りすぎる車や自然の多いこの場所を私は気に入っている。ふと横の奈良坂さんを見ると「どうしたんー?」と言うやわらかい声が返ってくる。
「ううん、なんでもない」
カフェ以外では敬語を抜いている。兄妹みたいで、嬉しい。歩道橋を一段ずつ、登り始める。この町の中では交通量の多い道路の上を、ゆく。
「みやちゃん、コンビニ寄ってもええ?」
断る理由もないので「うん」と答える。
「なに、買うの?」
「シュークリーム。春限定らしいんやけど食べたいんよなぁ」
「そうなんだ、シュークリーム好きだよね。でもあそこのコンビニよりもカフェから近いところに行かないの、?」
歩道橋を下りながら少し先に見えるコンビニを目指す。
「なさそうな気がするんよなぁ。だから、こっち。」
奈良坂さんのこういう勘は良く当たる。出会ったときからそうだった。だから「そっか。」と私は言う。
コンビニにつくと奈良坂さんが彼と同い年ぐらいの男子が数人いて、その中の一人が奈良坂さんを呼び止めた。ソーダのアイスを持ってこちらに近づいてくる。
「奈良坂~なにしてんの?」
「シュークリーム買いに来たんやわ」
それを聞いた彼はへぇ、と相槌を打ったと思ったら隣にいる私を見て、「奈良坂、妹いたっけ?」と言う。
「妹、ではないけど妹みたいなもんやなぁ。俺の店の常連で家族で仲がいいんよ。」
奈良坂さんが言うとアイスを持った彼は「ほう、かわいがっとんねぇ」と言い、じゃあまたなーと軽く手を振り、別れ、男性の集団に戻っていった。
「今の大学の友達やねん。」
「そうなんだ、あの人達全員?」
「いや、話しかけてきたやつだけ。後は知らんなぁ。」
「そうなんだ」
そうなんだ、しか言ってない気がするけど本当にそうなんだ、しか出てこない。
「なんか、あの人モテそうだね。顔かっこよかったきがした。」
「きがした、ってなんやねん。でも山崎か、まぁ大学時代モテとったなぁ。」
あの人は山崎さん、と言うらしい。……ていっても、私は全くタイプではないんだけどね。私は奈良坂さんの方が全部好きだ。
「奈良坂さんもモテてたでしょ、絶対。」
「んや、全部あいつに持っていかれてた気がするなぁ。」
……そんなことなさそうなのにな。
「よし、じゃあ俺買ってくるから此処で待っておいてな」
そう言って奈良坂さんはコンビニに入っていく。私は店の前で山の端に夕陽が消え行きそうになる空を眺めていた。
「みやちゃんお待たせ、」
奈良坂さんは袋いっぱいにシュークリームを買ってきていた。いくつ入っているんだろう・・・私が袋をあまりにも凝視しすぎたものだから、彼はゆっくり口を開く。
「みやちゃん」
「なあに、」
「一つあげる。」
そう言って袋の中からシュークリームを一つ取り出してから反対の手で私の手をとり、私の手に乗せた。シュークリームはイチゴ味で私の好きなものだった。
「ありがとう、おにいちゃん」
「本当のお兄ちゃんやないけどなぁ、」
そして私達はシュークリームを食べながらまた私の家へ向かって歩き出す。奈良坂さんが食べているのは宇治抹茶味のシュークリーム。宇治抹茶もおいしそうだなぁ、と考えてると、「一口食べる?」横から声が聞こえる。
「私、そんなわかりやすい顔してた?」
「うん、してた。みやちゃんわかりやすすぎや」
ふにゃりと笑う。私もつられて笑った。奈良坂さんはシュークリームを一口サイズにちぎって「はいどーぞ。」と立ち止まったので受け取って頂く。
「うん、おいしい、」
「そっかぁ、良かった」
そこからは互いに無言で歩く。もう、山の端に夕陽は消えていた。
家についた頃には真っ暗だった。
「だいぶ遅くなったなあ。台所借りるで。先に風呂入ってきな。」
「わかった、おかあさん」
「俺はお兄ちゃんやないんか、おかあさんはやめてや。なんかはずかしい」
「わかったおかあさん」
「反省する気ないやろ」
うん、全くない。
「風呂入ってくる」
「はいはい、はいってらっしゃい」
下着と部屋着を持って脱衣所に向かう。服を脱いで、風呂場に入り、頭と体を洗う。そして最後に洗顔して泡を流した後に髪をタオルで巻いて風呂に浸かる。風呂はちょうどよい温度で入った途端、一日の疲れが抜けていく感じがした。
肩まで浸かり、過去を思い出す。母親がいない私にとって奈良坂さんはお兄ちゃんで、おかあさんだ。本当のおかあさんがいたらもっと幸せだったのかな、と考えることがある。でも私は今の生活に十分満足しているからそんな高望みはしてはいけない、と自分に言い聞かせる。
「みやちゃんそろそろ上がり~」
その声で気付く。風呂場にある時計を見ると既に三十分が経っていた。
「いま、でるー」
急いで体を拭いて、急いで着替える。身体があつい、もう少しで逆上せるところだったかもしれないな。奈良坂さんが呼んでくれて良かった。奈良坂さんはいつも私が逆上せる一歩手前、で呼んでくれる。彼はいつも、何に関してもタイミングがよいのだ。何か才能があるんじゃないか、いや、ただ運がいいだけではないかと最近よく考える。
「あがったよ」
「うん、ご飯準備出来てるから食べようか」
手を合わせて、「頂きます。」と言って食べ始める。ご飯に今日貰っていた野菜を使った野菜炒め。そして団子汁。シンプルだけど、これがおいしい。なんとなくテレビをつけると、ニュース番組があっていた。飲酒運転、交通事故、いつもとあまり変わらないニュースが放送されている。変わったもの、と言えば有名な芸能人が横断歩道を渡っていたところ跳ねられて、亡くなった、ぐらいだった。有名な芸能人と書いてあるけれど、私はこのニュースで初めて顔と名前を知った。
✴
続いてのニュース、速報です。
山形県○○町で謎の病が広がっているようです。政府は○○町を封鎖し、医師をおくって対応しています。
その病は人に魂が抜けたように、ただ生きているだけの機械のようになっているようです。
✴
そしてその病にかかった人達が映像に写される。彼らには感情がないように見えた。恐ろしくて箸を落としてしまう。
「なにこれ……人じゃない……」
「前頭葉を失ったか溶けた人間みたいになっとるやんか。やばすぎやろ。これ広まったら多分、世界は終わるで」
奈良坂さんの顔が厳しくなる。
「でも、医師や政府が何とかしてくるよね」
「そうやなぁ……期待せなあかんわなぁ」
その日はご飯を食べ終わったあと、歯みがきみして奈良坂さんを見送り、すぐに布団に入った。布団に入ってから暫くはあのニュースの恐ろしさが頭から離れなかった。怖くて、でも私にはなにもできなくて、人に任せるしかない。私はいつもそうだ。何もできない。勉強だけでも一番をとろう、って頑張ってもとれない……明日も学校はあるのに、その日はあまり眠ることができなかった。
一 小さな幸せ③
淋しさや幸福は鳴り、やがて気体のように消えていく。時の流れには逆らえないように、それを止めることは誰にも出来ない。