グラムの夢小説短編集です。気ままに更新します。
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目次
遥かな君の悪夢を見た
グラムの001の夢小説です。
※本小説はミルグラム公式YouTubeチャンネルに投稿された「アンダーカバー」の囚人カバー動画から着想を得て執筆されております。読者の方には、本小説を見る前に、カバーを聞いてみる事をおすすめいたします。
※夢主ちゃんは囚人で、001君とは恋人設定です。Not看守である事についてもお気を付けください。
「……はぁっ、はぁ……!」
深夜、私は冷や汗や悪寒と共に目が覚めた。頬や首筋に伝っている汗が、どうしようもなく不快感を呼び覚ます。
「……どうしよ」
とりあえずこの大量の汗を拭いたいので、ベッドから体を出そうと、私はもぞもぞ動きはじめる。隣ですやすやと寝ている、青い髪の彼を起こさないように、ゆっくり慎重に。彼と寝る時、私はいつも壁側に追いやられているので、出るのも少し手間だ。でもこの定位置を変更する程でもないかな、とは思う。そして、慎重にベッドから出る。下手に彼を起こすのも忍びない気持ちになるので、本当に慎重に。
「ふぅ……」
そうやって、ベッドから無事に出れたはいいものの、汗のせいもあって、私の先程まで毛布に守られていた体は急激に冷えだした。このままじゃ明日の朝には風邪を引いてしまいそうだ。早くこの汗達を拭わないと、そう思いながら暗い部屋の中をよたよたと歩いた。真っ暗闇でほぼ何も見えないが、とりあえず、汗を拭える程度の布でも探せられれば良い。確かこんな所に置いていたような、と記憶を頼りに部屋のぐるぐる回る。
「どこだっけ……」
手を静かに振りかざして感覚で確かめてみるが、ちょっとやそっとでは見つからない。探している間にも体は冷え冷えとし始めていて、このまま行くと十分後にはくしゃみが出そうだ。早く寝てしまいたい、そう思った。
「…………あれ、あれ。#名前#ちゃん……? いる……?」
だがその時、後ろから聞き馴染みのある、何より大好きな声が聞こえた。この声の持ち主は、さっきまで私の隣ですやすやと眠っていた青髪の彼で、声が若干狼狽えていた。
「あ、遥君……。起こしちゃってごめんね。いるよ」
かろうじて居場所が分かる彼の方を見ながら、私は小声でそう答える。流石に深夜なので、他の囚人の人達が起きないためにも、小声でひそひそと声に出す。
「あ、#名前#ちゃんいた……。よかったぁ」
私の言葉が耳に入った途端、青髪の彼こと遥君はほっとした様子だった。起きたら私が隣に居ないっていうのが不安だったのかな、と思うと、なんだか遥君の事がとても可愛らしく思えてしょうがない。
「あ、えっとじゃあ、#名前#ちゃんどうしたの……? 早くこっち来て寝よ……?」
遥君は、そう言いながらほら、と言わんばかりに両手を広げている。純粋な表情に連続でキュンとしつつも、私はちょっと待ってと彼を止める。
「実は今汗かいちゃってて……。汗拭くから、待ってね」
「そ、そうだったんだ……。分かった」
「うん」
遥君と小声でお話していると、手に柔らかく望んでいた感触があった。ようやくハンカチを見つけた。これで一旦拭いてから、早く遥君の隣で寝てしまおう。
「ふぅ……」
「……あ、あのさ。#名前#ちゃん、なんで今汗かいちゃったの……? 僕、暑苦しかった、かな……?」
「ん?」
額から綺麗にしていると、突然に遥君がそんな事を言い始めた。その顔は、純粋に私を心配しているようで、なんだか子犬みたいとくすぐったい気持ちになりながらも、私は静かに声を出す。
「遥君の体温のせいじゃないよ。ただね……ちょっと、悪い夢見ちゃっただけ」
「悪い夢……?」
遥君がこてんと首を傾げる。
「えっと、どんな夢、だったの……?」
続けて遥君は言う。この質問、別に答えてあげてもいいのだが、個人的には、少しばかり悩ましい気持ちもある。少し逸らして、それでも話題に持ち出してきたら言ってあげようかな、と思って、私は一旦迷うフリをしてみた。
「……んー、それはね……。言おうかな、どうしようかな?」
「えぇ……?」
「ふふっ、聞きたい?」
「う、うん」
きっと遥君は、興味とか好奇心でこう聞いている訳じゃないんだろう。ただ単に、私が心配なんだろう。それは薄暗い中でもぼんやりと見える表情、そして若干上ずったような声色から伝わってくる。
「……じゃあね、教えるね」
私は、もうとっくに用済みのハンカチをそこら辺に置いて、ベッドで座っている遥君に近づく。そしてこそっと、耳打ちするような距離感と声量で言った。
「……遥君が……ここから居なくなっちゃう夢。こんなの、悪夢でしょ……?」
「え……?」
そう、私がさっきまで見ていた悪夢。それは遥君が、このミルグラムからきっかり居なくなる夢だった。存在が消滅していたのか、遥君がそれ以外のなんらかの形で居なくなっていたのか、それは夢なので、詳細には分からなかった。けれど、櫻井遥が居ない、そんな内容だったのは、くっきりと記憶にこびりついている。嫌になってしまう程に。
「あ、えっと、僕が……?」
「そう。おかしいよね、恋人が居なくなっちゃう夢を見るなんて……。ごめんね、こんなんだから言いたくなかったの」
遥君は、私のこんな話を聞いて隣でわたわたしはじめた。そんな所も可愛いが、私からしたら、そんな彼をしっかりと見る事さえ、今はどうしてか叶わない。ただじっと、俯いて自分の脚と両手を眺めていた。
「……あの、なんか……聞いちゃってごめん……」
でもそんな私に対しても、遥君はいつもと変わらず、優しく接してくれる。すごく焦っていて子供っぽいけど、まぁ実際に遥君は十七歳で、まだ子供だ。私はそんな彼が、すごく健気で大好きだ。
「ううん、いいの……。ねぇ、遥君」
「は、はい」
遥君をじっと見つめる。私の目線に遥君は驚くような素振りを見せているが、それもお構い無し。私は続ける。
「もし、遥君が居なくなっちゃっても――私は遥君の事、大好きだよ」
本当に居なくなった時の事なんて、考えたくはない。だからその気を紛らわすために、私は愛の言葉を伝える。
「え……。あ、はい……」
それに照れて頬を赤に染める遥君。なんだかそっけないなと思う。けど次の瞬間には、遥君も口を開いていた。
「ぼ、僕も#名前#ちゃんの事…………大好き……」
はにかみながら笑顔でそう言ってくれる遥君。私はそれに照れる素振りをわざと見せた。
「……嬉しいなぁ、ありがとう」
---
それから数分後。遥君は私の隣ですやすやと眠っている。寝顔が少年みたいで、この子は本当に何から何まで子供みたいで可愛いな、と感じる。
「……」
遥君が、ミルグラムから居なくなる夢。あの夢には、果たしてどんな意味があるのだろうか。夢占い的には、確か恋人が死ぬ夢は、恋人との関係が変わるという意味を持っていたはず。
その言葉通りに考えれば、あの夢は、私と遥君の関係性がこれから何かしら変化していく、という事の暗示なのだろう。監獄だから結婚とかはないとして、破局とかそういう感じだろうか。それはそれでネガティブで嫌になってしまうが。
私達が、もし外の世界で付き合っていれば、死に対してこんなに怯える必要も無かったのだろうか。関係性が変わるって事は、結婚するって事なのかなとか、平和的に考えられただろうか。
ミルグラムは、常に死と隣り合わせであり、死というものに対して、ミルグラムに居る全員が深い価値観を持っている。それは私も同様だ。人殺しである囚人と、それを裁く使命を持つ看守。死という概念は、この監獄において重要なものである。
だからこそ、怖い。周りには人殺しが居る。その中には、ミコトの裏人格やコトコなど、とりあえずで誰かを殺しかねない奴も居るのだ。
最悪の可能性が、頭をよぎり続けて上手く眠れない。もし誰かに遥君が殺されたら、そう考えてしまうのだ。
「……遥君」
「ん……」
遥君の名前を呼んでも、目を覚まさない。今は眠っているだけだと頭では分かっているのに、心はこの状況に対して、謎の不安と恐怖を覚えて、とめどなくドロドロとした感情が溢れた。
「はぁ……」
汗もかいてないし、早く眠りたい。今一度毛布を自分と遥君の体にしっかりかけて、私は半ば強引に目をつむって寝る事にした。遥君の事は、また今度考えてしまおう。今は睡眠優先だ。
悪夢の続きを見ませんように、あの悪夢が正夢じゃありませんように。私はそう考えながら、段々と眠りに落ちた。
---
その後、次に目覚めた時には、遥君は既に死んでいた。私が寝ている間に自殺したらしい。私はそれを、被害者面をしているムウから聞いた。
ハルカ君とムウちゃんの関係は本編と変わりません。なので夢主ちゃんはハルカ君を間接的に殺したムウちゃんを嫌っています。
新アンダーカバーに遥君がおらず、死亡説が囁かれた事に激重感情を抱いたので書きました。多分……多分死因はムウちゃんが赦されなかった事による自殺ですよね……?ボイスドラマの宣言通りって訳ですよね……?すごく、すごく辛いです。
かぞくごっこ
グラムの001の夢小説です。
※Not看守です。
ミルグラムに来て良かったと、彼は笑う。
「えへへ……僕、ここに来れて良かったです!」
その笑顔は優しく歪んでいて、青緑色の目は不気味に輝いていた。
この目が段々と黒く濁っていったのは、一体いつからだったか。思えば、原因は私のせいだっただろうか。私が彼を、愛しすぎたから。
「私も、遥君に会えて良かった」
でも、そんな事もうどうでもいいや、そう感じて、私は自分自身の中にあったはずの、一端の理性を捨て去った。
私達の関係は、まるで終わりの始まりが永遠に続いているようだ。でもそれでいい。それがいい。
「そ、そうですか? 僕も、嬉しいです」
「うん、お互い様だね」
心地悪いはずの関係に、私達はずっと、ずっと身を委ね続けてしまっている。
---
私は、自分の父親に会った事がない。母親が一人で私を育ててくれた。一言にまとめると、母子家庭というやつだ。
「ねぇママ、パパには会えないの?」
「うん、会えないよ」
幼い頃に、こんな会話をした覚えがある。会えないと言う母の顔は、秋の夕暮れのように寂しそうで、それにつられてこちらも、メランコリックな感情を抱いていた。
そして母はそれ以降の生活において、父に関して何も口にしなかった。こちらが質問をしても、のらくらりと上手い事交わして、何も答えてくれない。そんな母の様子に、私はずっと懐疑的な心を抱いていた。ちょっとぐらい言ってくれてもいいじゃない、そんな事を、母の前で軽く口走った事もある。それでも母は、私のその言葉を無視して、何も言う事はなかった。
だけど、今となっては母の気持ちも分かる。なぜ母は父の事を隠していたのか、父は何をしたのか。
父は犯罪者だ。重罪を犯して、無期懲役の刑に処されている。これは祖母から内緒と言われて聞いた事だ。
初めて聞いた時は、ショックを感じた。私の血縁、しかも父親という存在が、犯罪者だという事実を、ただただ悲観した。今となっては、悲観できる立場に私は居ないのだが。あの頃の私は、まだ殺人というものを詳しく知らない一般人だったのだ。
「私のお父さん……お父さんは……」
その時に受けたマイナスの感情は、決して軽いものでは無かった。すごく苦しくて、胸が内側から弾けてしまいそうになった。何度もだ。悲しくて、大好きなはずのお菓子すら喉を通らない日さえあった。とても、苦しかった。
---
両親という存在は、子供の成長にとって非常に大事である。私は自分の人生を通して、つくづくそう感じる。
だからかもしれない。母親から愛情を貰えていないという、彼に肩入れしてしまったのは。そしてそんな彼を、受け入れて愛してしまったのは。
「あ、あの、#名前#さん」
「どうしたの? 遥君」
櫻井遥。ミルグラムという異様な監獄の中でも、彼は私の世界の中で一際目立つ存在だった。
「あ、えっとですね。実は#名前#さんに、つ……伝えたい事があって……」
整った顔立ち、おどおどとした言動、従順な犬のような性格。そんな遥を見ていると、私の中で母性本能がくすぐられる。私が何かしてあげれば、花火のようにニコッと明るく笑う遥。彼に惹かれて恋に落ちるのは、もはや運命だったのかもしれない。やっと巡り合った二人なのかもしれなかった。
「伝えたい事? なぁに?」
遥をゆっくりと見つめる。彼は少し周りを見た後に、重たいであろう口を開いてこう言った。
「その……#名前#さんは僕の事、好きですか?」
突然の言葉だった。内申ではその言葉にドキドキと鼓動を高鳴らせつつ、なんとか遥の前では、余裕の表情を取り繕ってみる。
「ん?」
どういう事かな、というニュアンスで遥を見つめると、遥は分かりやすく戸惑い始めた。
「あ、あのえっと……変な質問、でしたよね! ごめんなさい、困らせちゃって……その……」
次の言葉に彼は迷う。その隙に、と私は彼を落ち着かせる修正を入れる。
「あ、違うの。困ってるわけじゃなくてね、好きってなんだろうーって、自分で考えてたの。ほら、好きの中にも色々あって……」
そこまで説明すると、遥はさっきとは違う、まるでとぼけたような表情をした。
「え? 好きって、自分に優しいから好き、だけじゃないんですか?」
そう言いながら、彼はきょとんとしている。私はそれを見て、なんだか妙に納得するような、そんな心地を覚えた。
複雑な事を理解できない遥。そうか、彼はそういう思考回路なのか。彼にとって好きとは、そういう意味なのか。思わずうんうん、と頷く。
「そっか、遥君が答えてほしい好きは、その好きなんだね」
「は、はい……?」
それなら、から始めて、私は言葉を紡ぐ。
「それなら、私は遥君の事大好きだよ。優しいし、私の優しいも、受け取ってくれるし」
にこやかな笑顔を作りながら、私は遥にこう告げた。言葉はほぼ事実だ。実際、私は遥が好きだ。もっとも、遥が求めている好きなのかは、自分でも分からないのだが。
まぁしかし、本人は嬉しそうだ。
「ほ、本当ですか……!」
遥は私の言葉を聞いて、明るく笑みを浮かべていた。その顔は世界一かもと思うくらいに可愛くて、やっぱり遥は顔立ちは悪くないなと感じる。性格のオーラに引っ張られているだけで、元は良いのかもしれない。そう思うくらい、私の目には櫻井遥という男が、とても素敵に映った。
「本当だよ」
「…………あ、それじゃあ」
一旦落ち着いた笑顔で、遥ははにかむ素振りを始める。どうしたの、と私ができる限り優しく投げかけると、遥はこちらを真っ直ぐ見つめた後、その口を開いた。
「#名前#さんは、僕の事好きなら……。#名前#さんは、僕のお母さんになってくれますか?」
---
異性の親から、愛情を貰えなかった私達。私達はいつの間にか、自分を愛してくれる異性である、互いを求めていたのかもしれない。
「お母さん? 遥君のお母さん。……うん、いいよ!」
求めて、求めて、求めて。愛をくださいと、互いに真正面からぶつけあって。
「でもその代わりに、私からもお願い」
もしここがミルグラムじゃなかったのなら。私達がミルグラムの外で出会っていたら、私達は一体、どんな関係になっていただろう。
「私がお母さんする代わりに……遥君は、私のお父さんになってくれる?」
きっと、狂った共犯者だ。
「お父さん……。ぼ、僕にできるか分からないけど、#名前#さんのためなら……!」
「なってくれるの?」
「う、うん!」
父と母、息子と娘。私達は代わりばんこで、一生この家族ごっこを続けていれば良いのだ――。
「えへへ……僕、ここに来れて良かったです!」
ハルカ君の夢小説ばっかり書いてる私。次は男性陣ならフータ君かミコトさん、女性陣ならユノちゃん、ムウちゃん、コトコさん、あと特別枠でエスくんちゃんあたりを書きたい所存でございます。
あと、ミルグラム夢のシリーズ作りました。これからはミルグラムの夢書いたらここに投げます。勝手にやる感じですが、よろしくお願いします。
あの日に消えた彼
グラムの003の夢小説です。監獄内での話ではない、いわゆるシャバパロとなっております。
いつも、通学の時に出会う彼。毎日スマホをいじっていて、同じ大学の生徒なのは分かる。そんな彼。
「誰なんだろ……」
彼について、私は何も知らない。けれど、毎日ずっと同じ道を歩いていると、なんだかそこには、淡い感情が芽生えてくる。誰なのか知りたいけど、声をかける程でもない。そんな、風船のように軽い関係性。
だけど、そんな軽い風船だって、いつかは空気が抜けるか破れてしまうんだ。
---
都内の大学に通っている私には、気になる人が居る。恋愛的な意味ではなく、文字通りに気になる人だ。
その人とは、大学の通学路でいつも会う。通学途中の信号から鉢合わせる彼は、気の強そうなツリ目の男の子で、黒い布マスクと常に触っているスマホが特徴だ。
私達は、日にちと時間が合えば、いつも同じ道を歩く事になる。無言で、互いに互いの人生を演じながら、同じ道を進む。
相手の何を知っている訳でも無いけど、相手の人生に入り込んでいる訳でも無いけど、いつからか無意識的に、私は彼の事が、ほんのちょっぴり気になるようになっていた。
「うーん……。誰なんだろうなぁ……」
大学内では、学部だったり学年だったりが違うのか、彼と全く会った事がない。彼の事が、なんにも分からないのだ。
しかし、だからと言って通学途中の彼に話しかける程、私には勇気が無かった。彼はなんだか雰囲気が怖いし、いつもスマホを触っていて、話しかけやすそうな人ではない。話しかけるのは怖かった。
毎日、毎日、夏も冬も出会うのに、私は彼の何についても知らなかった。知ろうと頑張る事もしなかった。
今となっては、少し手遅れだ。
---
ある日を境にして、彼は居なくなってしまった。どれだけあの日と同じ道を歩いても、彼が来る事は無くなってしまったのだ。
「どうしてだろう……?」
病気にでもなってしまったか、大学をやめてしまったか、はたまた、別の理由で来れなくなってしまったのだろうか。最後まで他人である事を貫いてしまった私には、何も分からない。
女子学生がネットの誹謗中傷により自殺したというニュースが世間で報道される中で、私はただ、他人だった彼の事を気にして、自分の心を揺るがせていた。
「どうして、居ないんだろう……」
せめて名前だけでも、聞いておけば良かったと思う。過去を思い出せば、聞ける機会なんていくらでもあったはずなのに。後の祭りも甚だしい後悔は、風船のように空へと浮かんでいった。
最後に居なくなった理由は、フータがミルグラムに収監されたからです。
ちゃんとした物を書く予定だったのですが、なんだかんだでいつもよりクオリティ低めかもです。
知らないばかり
グラムの000、011の夢小説です。夢主はNOT看守です。
ミルグラム、と呼ばれるここは、とても変な場所だ。なぜか私達は囚人だし、看守は十五歳の子と角の生えた兎だし、私の罪を看守さんは知らないし、なんなら看守さんは記憶喪失だし。そうそう、そこから私達の罪を知るらしいんだけど、知る方法は、私達の心象風景を歌にする、だそうだ。これも変わってる。
そもそも、ここにで収監されている囚人は全員が日本人だけど、この監獄が日本にあるのか分からない。まぁハーフの子も居るけど、その子は普通に日本育ちらしいから、やっぱり意味が分からない。
分からないし、ちょっぴり辛い。だけど、それでも、なんだかこのミルグラムという監獄での生活を、楽しんでいる自分も存在している。囚人の人達は生活していて楽しい人達ばっかりだし、何より、看守さんがなんだかんだで楽しい人。というか、個人的に気になる人だ。そもそも、人なのかも不明だけど。人間によく似たロボットの可能性とかも、捨てきれる話じゃないと思う。
何はともあれ、なんだかんだで、私はこの監獄での生活が好きだと思う。囚人が好き、何より、看守さんが好きだから。
---
ある日の事。意味もなく、私はミルグラムの中をほっつき歩いていた。凄く暇で仕方がなかったのが、唯一の理由だ。他の囚人さんと話すのも、別に悪くはなかったけど、ミルグラムの囚人の中で、自分が話したいと思える人は、あんまり居なかった。
囚人達の中でも、自然とグループというか、そんなものがある。私はどこのグループにも入っていなかった。ただブラブラと、そこかしこのグループを回っていくだけ。ミルグラム内での定位置的なものは、あんまり無かった。悪く言えば、私だけ一人ぼっちだった。
「はぁー……。暇だなぁ」
支給品で一人遊びに使える物でも申請しようかな、と考えながら、ミルグラムを歩き回っていた。
「……ん、#下の名前(カタカナ)#か?」
その時、後ろから聞き覚えのある声がした。ふと振り返ると、そこにはいつもの看守さん。
「あ、看守さん」
「こんな所で何をしている?」
尋問の時みたいな冷たい声ではなく、ただ疑問で尋ねてるような、年相応の問いかけが聞こえる。
「えーっと、暇だったから、ここ歩き回ってます」
「……そうか」
何を言ってるんだろう、の表情を薄く見せて、看守さんは私を見た。まぁ、そんな顔をする理由は分かる。私だって、他人に同じ質問をしてこんな回答をされたら、変な人だなと感じるだろう。それは別に良い。ただ、その表情があまりにもわかりやすかったので、私はちょっとだけショックを受けた。看守さん、まさか感情が顔に出やすいタイプなのかもしれない。
「他の囚人と話したりは? 無いのか?」
なんかいつも尋問っぽい質問がされた。答えても良いし答えるけど、その質問は前の尋問の時にされた気がした。
「他の人達は……、特に?」
「そうなのか。お前はよく話す方だと思っていたんだが……」
興味深そうに目を丸くさせて、看守さんがそう口を開く。確かに、雰囲気だけ見れば、そう映るのも無理はないのかもしれない。実際、確かに私は必要があれば喋る事もできるし、人と話すのは苦手でも嫌いでもない。
何かしら理由を説明したいなと思って、私は看守さんと距離をちょっとずつ縮めながら答えた。
「いいや、その、なんて言えばいいんだろ……。囚人さん達の中でも、固まるメンバーってのがほぼ固定されてる状態でして、私はどこのメンバーでも無い、って言いますか……。うん、まぁ必要が無いとあんまり話す機会って無いかもです」
「そうか……。固まるメンバー、非常に興味深いな。今は尋問の時間ではないが、僕も今やる仕事は無いから、少し話を聞かせてくれないか」
看守さんが、数歩私に近付いた。さっきまでは他人事みたいな離れ具合だったのが、一気にぐっと短縮された。
「……はい、大丈夫です」
「それは良かった」
看守さんが、なんとも言えない雰囲気で口角を上げた。あえて無理やり言葉にするなら、少し無機質な雰囲気を纏ってたかもしれない。いや、こんな感じの表現では無い気がする。
とにかく、笑った看守さんの顔が、美しいと私は感じ取った。近くで見ると、この子は綺麗な顔立ちをしている。六月の青空みたいな瞳の色に、ぱっちりとした二重。いつも冷たいオーラを出してるから、あんまり顔を直視する機会はないけど、看守さんは綺麗だった。
「それじゃあ……。いつも固まっているというのは、具体的に誰と誰とか、あるのか?」
数秒ほど、私が頭の中で考える時間があった。少しだけ、うーんだとかあーだとか言う時以外、二人共が黙りこくっている時間が過ぎた。そして、私は一気に質問に対して回答していく。
「そうですね。基本的には、ハルカ君はムウちゃんと二人。ユノちゃん、マヒルさんは基本的に二人ですが、たまにアマネちゃんとミコトさんが入りますね。あー、でもミコトさんは、いつもはシドウさんとカズイさんの所かも。というか大体、ハルカ君以外の男性は大体固まってますね……。女性陣もそうかも。コトコちゃんも、たまに入るんですよ」
私がここまで言い切ると、看守さんが顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。さっきよりも少し角度が変わった顔が、また美しく見えてくる。
「……そうか。誰が誰と関わっているのかによって、新たに見えてくる罪があるかもしれないな……。ありがとう、#下の名前(カタカナ)#。これからは、ミルグラム内での人間関係についても、よく観察しようと思うよ」
さっきと同じ笑顔で、看守さんはそう言った。これからは人と話している所を観察されるなんて、囚人の人達は困るだろうな、と思う。まぁ、私はこの通り誰とも何も会話なんてしないし、別に気にしなくても良いのだが。看守さんの好きにしてくれれば良い。
「……じゃあ、何よりです」
看守さんに対して、ぺこっとお辞儀をした。
「ああ、話を聞かせてくれてありがとう。それじゃあな」
「はい」
ミルグラムの中を、看守さんがただ無機質に歩く音が、私の耳の中に入り込んでいた。ゆらゆら、ふわふわと翻るマントが、左右へとメトロノームのように揺れる金属の耳飾りが、看守さん自身の身体の無機質さを、ただ強調しているようだった。
「……」
看守さんは、果たして本当に生きているのだろうか。人間なのだろうか。もしもちゃんと人間だったとして、どうして記憶喪失なのだろうか。どうして、ミルグラムの看守をしているのだろうか。
「……エス、さん……」
多分、偽名なんだろうと予想がつく、看守さんのかろうじての名前が口から漏れ出た。
看守さんが人間だったとして、記憶喪失になる前は、人間として生活を送っていたとしての、もしもの話。あの人は、何をしていたんだろう。どんなものが好きで、どんなものが嫌いで、どんな人だったんだろう。今となっては、看守さん自身がそれを知らないから、私には知る由もない。
絶対に知る事は不可能なのに、気になってしょうがない。だって私は、看守さんの事が、気になっているから。
「うーん……。どんな人、だったんだろ……?」
いや、人なのかも分かんないか。そんな言葉が、ふっと浮かんできた。
勢い任せで全部書きました。
苦しさも、笑む
グラムの009の夢小説です。ジョンは居ません。
※本作は、以前公開していた小説の再投稿となっております。前にこの小説が検索エンジンに引っかかって表示されてしまったので、やり直しました。よろしくお願いいたします。
いつも笑ってる彼が好き。
「あ、#あだ名#おはよー!」
「お……おはようございます」
毎朝、私が食堂に行くと、彼はいつも私に対して、優しく挨拶してくれる。その瞬間から、私の一日は始まると言っても過言ではない。
彼の、元気で優しい所が好き。
「あはは、#あだ名#はいっつもクールだねー」
彼はそう言うけど、実際はちょっと違う。クールとかでは無く、緊張して上手く言葉が出ないだけなのだ。本当だったら、挨拶からスマートに世間話でもしてみたいけど、喉の奥に言葉がつっかかってしまって、上手く話せないのだ。かろうじてできるのが、一言だけの挨拶を返すだけなのだ。
そんな無愛想な私でも、優しくしてくれる彼が好き。大好きだ。
榧野尊。彼に出会えただけで、私がこのミルグラムに収監された意味は、既に成されている。それくらい、彼が大好きだ。きっと尊さんに出会えたのは、神様が哀れな私に味方をしてくれたおかげだろう。間違いない。
そう、間違っていないんだ。
---
最初は、この監獄がどうしようもなく怖かった。審判で赦されなかったらどうなる、看守が怖い、周りの人達に馴染めるだろうか。そんな不安と緊張がとめどなく溢れてきて、終いには吐き気がしていた。
でも、そんな時に声をかけてくれたのが、他でもない。尊さんだった。
「あー、君大丈夫……? 体調とか悪いの?」
「えっ……?」
最初の尊さんへの第一印象は、疑問だった。なんで私に話しかけてきたんだろう、という意味での疑問。この人にだって、おそらく生活があって、ほとんどの場合はそれを心配するはずなのに。周りの人達に、構ってる暇なんて無いはずなのに、ましてや、こんな惨めな女にだ。訳が分からなかった。
けれど、私に手を差し伸べてくれる彼の目は、見た事も無いくらいに屈託無く輝いていて、凄く素敵な物だった。私や、私の周りに居た人達とは比べ物にならない、綺麗な瞳。その瞳の中に、私が現れた瞬間から、私は何かを感じ取ってしまった。
「あ……だ、大丈夫です。心配なさらなくても……」
ドキドキで、上手く会話ができない。この人に、もっと自分の事とか、質問とか、話したい事があるのに。
「あぁ、そう? なら良いけど……無理しないでね。ほら、いきなりこんな所連れて来られてさ、怖いよね。大丈夫、僕も同じだから!」
あはは、と笑う彼の笑顔が、私の世界ではとても魅力的に映った。それと当時に、言葉に安心感も覚える。同時に相反するような感情を覚えてしまうなんて、とも考えた。そして、こうも思った。
ああ、私はこの人が好きだな。私はこの人に、今ここで恋に落ちた。まさに青天の霹靂、今までに感じた事の無い気持ちだけが、ただあの瞬間だけは、濁流のように私の脳へと流れ込んできた。好きだと気付いたのだ。
「そ、そうですか……!」
おそらく、この感情と経緯を単語にまとめるとしたら、一目惚れだと思う。彼とは初対面のはずなのに、完全に惚れたのだ。
「……あ、あの。お名前は?」
さりげなく、名前を聞いた。肌とか赤くなってないよな、不審な雰囲気は出てないよなと、人殺しが気にする事じゃないような、そんな箇所を気にしながら。すると彼は、私の心を絆すように、優しく微笑みながら答えた。
「僕? あぁ、僕は榧野尊。よろしくね」
---
それからは、尊さんの事しか考えられない監獄生活が続いた。食堂でご飯を食べている時も、尋問を受けている時も、自分の部屋で寝る時も、全ての時間において、考える事は尊さんの事ばっかり。それくらい好きで、好きでしょうがなかった。
「はぁ……尊さん……」
毎日三回、皆が集まるミルグラムの食堂。そこで私がいつも見つめるのは、彼だけだった。彼以外の誰にも、興味は無かった。
しかし、日々が経つにつれて、そんな世界も崩壊しはじめる。
「あっ、尊さーん! 何してんの?」
「……んっ……」
ミルグラムの中には、もちろん私以外にも女性が居る。そしてその女性達は、ほぼ全員、私みたいな内向的なタイプじゃない。尊さんにも、いっぱい話しかけてて、私が知らない尊さんの事情だって、きっといっぱい理解している。
まとめれば、嫉妬をしていた。私は尊さんに近寄るミルグラムの女性達に、いつの間にか嫉妬していたのだ。
もちろん、あの人達が良い子だっていう事は、凄く分かっている。優乃ちゃんも、夢羽ちゃんも、真昼さんも、遍ちゃんも、琴子さんも、皆優しい。それに、私と話す時と尊さんと話す時、彼女らは同じテンションでコミュニケーションを取る。
だからきっと、これは私が勝手に傷付いているだけだと思う。私が恋に盲目すぎて、尊さんに近寄る人の事を全員、敵視してしまっているだけなんだ。絶対、そうに違いない。
「……でもさぁ……」
それでも、私はどうしてもわがままを覚えてしまう。尊さんが笑顔で女の子と話していると、胸の底から感情が溢れてきて、最後は泣きそうになる。
一体、この感情の落とし前は、どこにつければ良いのだろうか。愛や恋は、どうやって相手に届ければ良いのだろうか。
これらが分からなくなる前に、手遅れになる前に、尊さんに出会えていたらと、何回も思う。あんな風に優しい大人が、周りに一人でも居てくれたならば。
「……あっ、#あだ名#もこっち来て話そうよ!」
「えっ、私は…………遠慮、します」
こんな風に、空回りして好きな相手を避ける事も、無かったかもしれない。
手遅れになる前に、出会って教えてほしかった。どんな辛い事も、笑ってやり過ごしてしまう、あなたみたいな立派な人に。
苦しさも笑む、そんなあなたに。
なんか、夢主ちゃんが人殺しになった理由が文章から透けますね。絶対愛とか恋とかでばっちりやらかしてるよ、この子。
しかも、尊さんと付き合ってない、そんなに多く会話もしていない状態でこれなんですよ。もう、ヤバいですね。絶対身近に知り合いとして居たら恐怖ですね。
淡い恋なんてしない
グラムの002ちゃんの夢小説です。夢主は女の子です、そしてシャバパロです。
恋愛要素ほぼ無し、名前変換はありません。
「優乃ー、今度の日曜遊び行かない?」
「ん、行くー! その日は予定ない!」
「ほんと? 分かったー、ありがと! じゃあ他の子も誘っておくね!」
「うん、決まったら教えてー!」
高校の教室、日常という風景の一コマ。適度に崩した制服を着こなすクラスメイト達と、本を読むフリをしながら、そんな子達の会話を聞いている私。聞いたから何かあるわけでも無いのに、毎日の盗み聞きが止められない。
そんな行動に走っている理由は、ただ一つ。私はクラスメイトの優乃ちゃんが、恋愛的な意味で好きだから。
いつも女子グループの中心に居る優乃ちゃん。あの子の会話を聞くために、私は今日も静かに耳を立てる。話しかけるなんておこがましい事はできないから、今日もこんなちっぽけな行動だけ。でも、今のところはそれで満足している。優乃ちゃんの優しく明るい声を聞くのは、本当に楽しいから。
あの声を、隣で聞けたらとも時々思うけど、でも別に良い。私みたいな陰キャ女子がそんな高望み、していいわけが無いから。だから、じっとこらえる。本心のわがままを押し殺して、じっと。
優乃ちゃんの笑顔と声が、明日も味わえるなら、距離は大した問題では無いのだ。
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毎日、優乃ちゃんの会話を盗み聞きするのが、ほぼ学校でのルーティン化した頃。私は休日に、普段しない外出をしていた。親に買い物を頼まれたのと、そのついでに書店で本を買うためだった。
「うわぁ……、やっぱ人多いわ……。人口密度えげつね……」
外の人混みは、窮屈でうんざりする。ただでさえこんなにキツイのに、平日の満員電車とかは、ここよりももっと密度が高くて、サラリーマンとかは毎日そんな地獄に送り込まれているらしい。変な想像をして、変な絶望と恐怖感に包まれてしまう。私だったら、絶対そんな朝を過ごしたくない。人混みは嫌いだ。
「はぁ……」
とっとと買い物を済ませて、早く帰ろうとした。しかし、その時だった。
「あははっ、そうですよねー!」
「……え? あれって」
見覚えのある可愛い顔立ち。心なしか、少し高めに設定されている声色。いつもよりも念入りにセットアップしたであろう、髪型と服装。全部が学校で見る時より若干違っていたが、私は一瞬で、その子に気付いた。
「あ……。優乃ちゃん……!」
そこには、私の大好きな優乃ちゃんが居た。学校でもあんなに可愛いのに、プライベートでは髪型も服装も、より一層可愛くなっていた。思わず、その立ち姿に見惚れてしまう。
優乃ちゃんが、すごく可愛い。
「ほんと、可愛いなぁ……。ん、隣に居る人、誰だ?」
私が優乃ちゃんに対して、うっとりしていたのも束の間。私の目には、優乃ちゃんの隣に居る誰かの姿が見えた。まだはっきりとは分からないが、とりあえず優乃ちゃんの会話から察するに、仲が良い人なんだろう。でも、あの優乃ちゃんが敬語だ。年上の人なんだろうか。
「誰なんだろ……」
バレない程度に、混雑をかき分けながら、優乃ちゃん達の方へと近付く。段々と、声がはっきりと聞こえるのが分かっていった。
「え? 優乃ちゃん、優乃ちゃん?」
しかし、この時に人混みに敗北してしまえば、良かったのかもしれない。あんな事、知らなければ良かった。
彼女の隣に居たのは、見覚えの無い男だった。しかも、凄くチャラそうな雰囲気だ。こんな状況を見るだけでも、私の脳は理解を拒み、誰にも聞こえない断末魔を上げていた。
それなのに、情報はさらに畳み掛けてくる。
「そうだ、次はどこに行く? 《《ゆうこ》》ちゃんが好きな所、行こうか」
聞き覚えのない名前を、男は言い出す。もちろん私は、言い間違いを疑った。だってあの子の名前は樫木優乃だ。ゆうこじゃない。そんなの知らない名前だった。
「うーん、次はあそこ行きたいかも!」
しかし、優乃ちゃんはそれを指摘もしない。ゆうこと呼ばれるのが当たり前みたいに、いつも教室で振り撒く時と、同じ笑顔で会話を続けている。
「え?」
私はとにかく混乱した。もう何がなんだか分からなくて、都会を歩く優乃ちゃんと男を、ただ見つめていた。絶望しきった、周りから見たら濁っていたであろう、そんな目で。
「優乃、ちゃん」
ショックで、足が動かない。どうすれば良いのか分からない。周りの人達は、自由自在に動いているのに、私だけが、一人で勝手に悲観して、その場に立ちすくんでいた。
その間にも、二人は進んでいく。ずっと目で追いかけていても、距離という物には限界がある。気付けば二人は、私の視界から消えていった。どこか遠くまで、歩いていった。
「あ……」
ずっと、大好きだった。急に話しかけるとかはできなくて、ずっと見ていた。
いつかの時、落とした本を拾ってくれた時に、すごく嬉しかったのも覚えている。去年の文化祭の時も一緒にお化け屋敷をやって、その時に優乃ちゃんが優しくしてくれたのも、覚えている。
可愛くて、優しくて、明るくて、いっつも笑顔な優乃ちゃん。大好きだった。さっきの優乃ちゃんも、それらの要素自体は、失っていないはずなのに。なんなら、いつもの制服よりもずっとお洒落な服装と髪型で、本当ならもっと彼女の事を、好きになれるはずなのに。
胸が苦しくて、疑問がいっぱい浮かんできた。ゆうこって誰、あの男も誰、どうして行く場所を決める時にブランド店を指差したの。そんな所に行けるの。いっぱい浮いて、いっぱい消える。
優乃ちゃん、大好きな優乃ちゃん。大好きだったはずの、優乃ちゃん。今日から変わっちゃった、優乃ちゃん。
「うっ……!」
私の足は、その瞬間から動き出した。優乃ちゃん達とは真反対な方向に、ただ走った。粒の涙を流しながら、人混みを進む。さっきまでうざったいと感じていた人々の声は、もう耳に入ってくる事は無かった。
泣きながら、こう思う。あんな遠くて淡い恋なんて、もうしない。淡い恋なんて聞こえが良いだけで、実際はただの報われない感情だ。そんなものを抱えていたって、どうにもならない。やっと分かった。この私は、綺麗で儚い物語の主人公じゃないのだ。だから、淡い恋なんてもう、二度としない。悪夢を見てしまうだけなのだから。
「……変なとこ来た」
人混みを越えて、少し開けた場所に来た。私が行きたかった書店とは反対方向だが、何も考えられない今となっては、そんなのどうでもいい。ただ、どこかでこの絶望を取っ払いたいだけだ。
「ほんと、馬鹿みたいな事しちゃったよ。今更、気付いた」
大好きだった、優乃ちゃん。あの子への恋に、期待なんてしていないはずだった。だけど、いつの間にかちょっとだけ、チャンスがあるんじゃないかと、勘違いしていたみたいだ。掴めないチャンスなんて、ただの幻でしか無いのに。
「馬鹿みたい、だよ……」
恋心が、割れる音が鳴り響いた。大好きだった優乃ちゃんの記憶が、順番に消えていくような感覚がした。
もうこんな、淡い恋なんてしないよ。優乃ちゃん、教えてくれてありがとう。
相手と関わりが無いけど夢主の方から片思いしてて、アプローチができない故に、最後に残酷な結果が出てきて絶望するっていう、私の中で定番の流れです。少し油断するとなぜか毎回こんなストーリーになっちゃう。なんなんでしょうね、これが私の癖なんですかね。
純愛を書きたい気持ちもあるので、今度から改めようと思います。夢主が絶望してるだけの小説、個人的には好きなんですがね……。なんというか、主人公のわがままな独りよがり感が大きすぎて、書いてても読んでてもちょっと辛い。これから改善しようと思います。頑張ります。