「ダンガンロンパ/ペルソナ0」の前日譚。
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目次
1.ペルソナとの出会い
希望ヶ峰学園に入学する前のこと。
罪木蜜柑にとって、家は安らげる場所ではなかった。
いつも自分は誰かの顔色を窺い、びくびくしながら過ごす日々。
そんな中で、唯一、罪木の心を落ち着かせてくれる時間があった。
それは、母親がテレビゲームをしているのを見ているときだった。
ある日、母親がプレイしていたのは、鮮やかな赤と黒を基調とした、ゲーム。
『ペルソナ5』――それが、罪木が初めて『ペルソナ』と出会った瞬間だった。
画面の中のキャラクターたちは、個性的で、自分の意志をはっきりと持っていた。
活躍する彼らは、現実の自分とはあまりにもかけ離れていて、眩しかった。
街を駆け回り、悪に向かう姿は、罪木の心に『憧れ』という感情を芽生えさせた。
自分も、あんなふうに、自分らしくいられたら……。
そして罪木は、母親がプレイする『ペルソナ』シリーズを追いかけるようになった。
動画で過去作を調べたり、登場人物の解説を読み込んだり。
『ペルソナ』は罪木にとって、現実から逃避できる大切な場所になっていた。
そんなある日、『ペルソナ3 リロード』というリメイクが発売されると知った。
母親もそのゲームを楽しみにしているようだった。
発売日。
母親が買ってきたゲームを前に、罪木は、勇気を振り絞って頼み込んだ。
「あ、あのぅ…わ、私にも…やらせてくれませんか…?」
母親は少し困った顔をして言った。
「ごめんね、蜜柑。このゲーム、セーブデータがひとつしかないのよ。
だから、ママのデータが上書きされちゃうかもしれないから、ダメなの。」
「す、すみません…!生意気なこと言って、ごめんなさい…!」
結局、『ペルソナ3 リロード』をプレイすることはできなかった。
でも、母親が買ってくれていたSwitchには、『ペルソナ3 ポータブル』が。
自分がやりたかった『リロード』とは少し違う、リメイク前の作品だった。
それでも罪木は、そのゲームに夢中になった。
夜、自分の部屋で、薄暗い画面に映る主人公と仲間たち。
不気味なタルタロスを探索し、シャドウと戦う日々。
仲間との絆を深め、自分の中の『ペルソナ』を覚醒させていく物語。
主人公は、罪木がずっと求めていた『居場所』を与えてくれるような気がした。
彼女たちのように、自分の意志で誰かのために戦えるようになるだろうか。
自分の心を、誰かに見せられるようになるだろうか。
『ペルソナ』は、罪木の心に秘められた、もうひとつの『私』だった。
希望ヶ峰学園に入学し、『超高校級の保健委員』と呼ばれるようになる罪木。
しかし、彼女の心の中には、怪盗として活躍する『ペルソナ』の姿が、
そして、夜の闇を歩むもうひとりの『私』が、確かに存在し続けていた。
2.ゴールデン
学園に入学してからも、『ペルソナ』の日々は続いていた。
学園の寮は個室だったため、人目を気にせず自分の時間を過ごすことができた。
母親から借りたSwitchを取り出し、『ペルソナ3 ポータブル』を起動する。
一度クリアしたはずの物語なのに、不思議と新しい発見があった。
「コミュニティ」や、選択肢ひとつひとつが、罪木に温かさをもたらしてくれる。
二周目に入ったのは、単純にゲームを隅々まで楽しみたいという気持ちもあったが、それ以上に、この物語の世界に少しでも長く浸っていたいという、切実な願いがあったからかもしれない。
そんなある日、久しぶりに実家に帰ると、母親が笑顔で言った。
「蜜柑。もう、ママはあまりやらないと思うから、これ、やってみたら?」
差し出されたのは、キラキラと輝く鮮やかな黄色が印象的なパッケージ…
『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』だった。
「えっ、!?いいんですか…?本当に…?あの…わ、私なんかが!」
罪木は驚きと感動で、いつものようにどもりながらも、受け取った。
初めてプレイする、憧れの『ペルソナ4』。
彼女は迷うことなく、主人公の名前を「|罪木《つみき》 |音《おと》」と入力した。
『音』という名前には、自分の声がもっと遠くまで届くように、そして、誰かに耳を傾けてもらえるように、そんなささやかな願いが込められていた。
ゲームを進める前に、罪木はさらに大胆な行動に出る。
「お、お母さん…!よかったら、この本…貸してもらえませんか…?」
それは、分厚い『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』の完璧攻略ガイドブックだった。
少し誇らしげな笑顔で、その攻略本を罪木に手渡してくれた。
それからの罪木は、まるで別人のようにゲームに没頭した。
攻略本を片手に、どの選択肢を選べば「コミュニティ」が効率よく進むのか、どのスキルを継承させれば最強の『ペルソナ』が作れるのか、隅から隅まで研究した。
まるで、自分の人生を懸命に攻略しているかのように。
「誰の教育なんだか…」
ある日、母親がそう呟いたとき、罪木は少しだけ胸が温かくなった。
それは、どこか微笑ましく、愛おしい響きを持っていたからだ。
「えへへ…お母さんの教育、ですか?」
罪木が恐る恐るそう尋ねると、母親は困ったように笑いながら、
「あなたをこんな立派なオタクに育てたのは、ママのせいかもしれないわね」
と答えた。
罪木は初めて、自分の好きなもの誰かに受け入れてもらえたような気がした。
『ペルソナ』の世界は、もうひとりの自分を育んでくれた。
3.推しの存在
『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』のネタバレを含みます。
特に黒幕(キャベツ)
罪木は攻略本を片手に『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』をプレイしていた。
分厚い攻略本には、あらゆる情報が網羅されている。
罪木は、ゲーム内の時間を無駄にしないよう、ゲームを進めていった。
「攻略本通りに進めれば、完璧な攻略、できますから…!」
それから、彼女の心をとらえて離さない、ある一人の推しがいた。
それは、いつも飄々としていて、頼りない雰囲気を持つ刑事、足立透。
彼は、他のキャラクターとは一線を画していた。
一ただのお調子者で、少しだけ空気が読めない、そんな普通の大人。
しかし、罪木はインターネットでネタバレを漁り、彼のもう一つの顔を知っていた。
表向きの仮面の下に隠された、邪悪で、狡猾で、全てを見下すような「ゲスさ」。
罪木は、そんな彼の二面性に、とてつもなく惹かれた。
「みんな、優しい人だと思ってますよね…全部、うそ…!」
普段、人から嫌われないように、顔色を窺いながら生きている罪木にとって、
足立透という存在は、ある種の憧れであり、心の拠り所だった。
誰にも理解されない、自分の内側に秘めた暗い感情。
それを彼だけは、堂々と、悪びれることもなく晒しているように見えた。
もちろん、彼が犯した罪は許されるものではない。
それでも、罪木の心は彼に強く惹かれた。
「ううっ、私が…!私が足立さんのことを、わ、分かってあげますから…!」
足立が発する一言を、まるで自分へのメッセージのように受け取った。
コミュニティ前には周りをぐるぐる回り、にやける。
足立のイベント、コミュニティを進めるたびに、心臓が大きく脈打った。
罪木は、彼の「人間らしい」ゲスさを、誰よりも理解しているつもりだった。
現実では誰も自分のことなど見てくれない、理解してくれないと思っていた罪木にとって、足立透というキャラクターは、ただのゲームの登場人物ではなく、自分と同じ孤独を抱えた、特別な存在だったのだ。
寮の自室で一人、罪木は『ペルソナ』の世界に浸りながら、
自分の心をかのような足立の姿を、ただひたすらに見つめ続けていた。
4.プレイリスト
寮の自室は、唯一心を解放できる場所だった。
机に向かって課題に取り組むとき、いつもイヤホンをつけていた。
イヤホンから流れてくるのは、動画サイトのプレイリスト。
それは、罪木が作った、『ペルソナ』の手書き動画集だった。
ファンが愛を込めて作ったアニメーション動画。
それらをまとめた、彼女だけの秘密のマイリスト。
画面には、踊ったり、一枚絵だったり…
動画に込められた、愛と熱意が、心をじんわりと温めてくれる。
『女神異聞録』や『罪と罰』、『Q』や『5』をプレイはしていない。
それでも、動画を見ることで、彼女はシリーズを隅々まで知ることができた。
「ううっ…!みんな、こんなに…こんなに『ペルソナ』を愛してるんですね…っ!わ、私も、負けてなんかいられませんから…!」
罪木は、動画を流しながら課題のレポートを書き進めた。
時折、懐かしい『ペルソナ3』の楽曲が流れてくると、彼女は思わず目をつむり、
あの薄暗いタルタロスを仲間たちと歩いた記憶を呼び起こす。
そして、大好きな足立透の動画が流れてくると、笑みをこぼした。
罪木にとって、この手書き動画を流しながらの作業は、単なるBGMではなかった。
まるで、自分の部屋に仲間たちが集まってきてくれたような気持ちになる。
動画の中で軽やかに動き回るキャラクターたちの姿は、罪木の心の中で、
まるで本当の『ペルソナ』のように、孤独と戦うための力を与えてくれていた。
「えへへ…!なんだか、私…今、ペルソナを召喚しているみたいです…!」
誰もいない部屋で、罪木は小さな声で呟いた。
それは、現実では決してできない、けれど心の中ではいつも望んでいる、
もうひとりの自分を呼び出すための呪文だった。
5.勇気
罪木蜜柑はいつもと同じように、学園の校門をくぐった。
しかし、いつもより少しだけ胸を張って歩いているような気がした。
そう、彼女はまっすぐ前を見据えていた。
…そう、イヤホンから流れてくる、『ペルソナ4』のゲーム実況だった。
実況者の声はなく、流れるのはゲーム内の音声だけ。
まるで自分が、主人公の『罪木 音』としてその場に立っているような臨場感。
特に、今は足立透とのコミュニティイベントのシーンが流れていた。
彼のどこか軽薄で、しかし時折、鋭い本質を突くようなセリフ。
そして、その裏に隠された孤独と葛藤。
イヤホンを通して、彼の声が直接、罪木の心に響く。
「な、なんだか…私が、直接足立さんと話しているみたい…!」
罪足立のセリフを、まるで自分だけに向けられた言葉のように感じていた。
それは、現実世界では決して得られない、特別なつながりだった。
「だ、大丈夫ですよ…!私、足立さんのこと…ちゃんと分かってますから…!」
周りの生徒たちに聞こえてしまったら、変な目で見られるだろう。
そう考えると、いつもなら身がすくんでしまう。
しかし、彼の声に励まされているような気がして、罪木は平気だった。
足立との会話は、学園の空気も、視線も、全てが遠いものに感じられた。
まるで、自分が『ペルソナ』を召喚し、心の影と戦っているかのように。
登校中のほんの短い時間だったけれど、彼女は確かに感じた。
『ペルソナ』の世界を通して、自分の弱さと向き合う強さを手に入れていた。
今日という一日を乗り切るための、ほんの少しの勇気。
それは、ゲームが与えてくれた、かけがえのない贈り物だった。
罪木は、耳元で響く足立のセリフを噛み締めながら、今日も一日、
希望ヶ峰学園という名のタルタロスへと足を踏み入れた。
6.自分のノート
授業中、罪木蜜柑はいつも真面目にノートを取っていた。
教師の言葉、黒板の文字、問題文…必死にペンを走らせる。
そんな仮面の下には、誰にも見せない世界が広がっていた。
時折、先生の話が一段落したり、問題を解き終えた時の僅かな隙間。
そんな時間を利用して、ノートの下に隠したノートに、ペンを走らせる。
そのノートには、生み出したオリジナルペルソナが描かれていた。
「ひ、ヒュポクリシア…!私の、ペルソナ…!」
そのペルソナは、ヒュポクリシアという名前だった。
ギリシャ語で「偽善」を意味するその名前は、罪木自身が抱える、
他人の顔色を窺う自分、そして本当の自分を隠すという二面性を象徴していた。
ボロボロの包帯を全身に巻きつけ、顔もほとんど見えない。
右腕には、禍々しいほど大きな注射器を携えていた。
「いつか…この子と一緒に、シャドウと戦って…!」
使えるであろうスキル名や、その特性などもびっしりと書き込まれている。
回復スキルはもちろんのこと、相手を状態異常にするスキルも持っていた。
こっそり描く時間は、現実の自分から解放される、瞬間だった。
勉強のノートを熱心に取っているかのように見える彼女の内側では、
自分だけの特別な『ペルソナ』が、静かに覚醒しようとしていた。
7.コンビニ
チャイムが鳴ると、罪木は慌ただしく自分の荷物をまとめた。
部活動などがあるが、罪木には向かうべき場所があった。
それは、アルバイト先のコンビニエンスストアだ。
なぜなら、彼女にはどうしても成し遂げたい、切実な目的があったからだ。
「わ、私…!ペルソナのために…バイト、頑張りますから…!」
罪木がアルバイトをする理由は、ただ一つ。
ペルソナシリーズのゲームソフトやPS4を購入するためだ。
レジ打ち、品出し、清掃…。
慣れない接客に、最初は何度も失敗してしまった。
お客さんの顔色を窺い、心臓はバクバクと鳴り響く。
それでも、ゲームを思い浮かべると、不思議と力が湧いてきた。
『ペルソナ』のためなら、これくらい、どうってことない。
「あ、あの…お、お釣りです…!はい、どうぞ…!」
ぎこちない笑顔で接客をこなし、一日分の給料を受け取る。
そのたびに、罪木の心は少しだけ温かくなった。
このお金が、いつか自分の『ペルソナ』になる…
どんな苦労も報われる気がした。
アルバイトで得たお金は、罪木にとって、単なる金銭ではなかった。
それは、彼女が『ペルソナ』の世界で手に入れることができた、
ほんの少しの自信と、自立の証だった。
罪木は、ペルソナを召喚するために、バイトへと向かう。
コンビニのレジは、タルタロスで、シャドウと戦うための戦場だった。
そして、罪木は現実の世界で、確かに自分の『ペルソナ』を覚醒させていた。
8.自分だけの
アルバイトを始めて数ヶ月が経っていた。
最初は怯えていたものの、今ではすっかり仕事に慣れていた。
レジの操作もスムーズにこなし、品出しや清掃もこなせるようになった。
そして何より、彼女は「営業スマイル」を身につけていた。
「いらっしゃいませ!」
にこやかな笑顔と、はっきりとした声で客を迎える。
その表情は、いつも怯えたような罪木のそれとは全く違うものだった。
それは、まるでペルソナを覚醒させたかのように…
もちろん、最初から笑顔が作れたわけではない。何度も練習した。
鏡の前で、ぎこちない笑顔を 何度も作った。
そして、頭の中で『ペルソナ』の仲間たちの顔を思い浮かべた。
千枝の明るい笑顔、りせの無邪気な笑顔、陽介の親しみやすい笑顔。
そうすることで、不思議と自然な笑顔が浮かぶようになった。
「ありがとうございます、またのお越しをお待ちしております!」
レジを打った後、顔を上げて笑顔で挨拶をする。
その笑顔は、アルバイトを通して手に入れた、新しい「スキル」。
お金を稼ぎ、『ペルソナ』を買うという目的が、彼女を強くした。
そして、客との間に生まれる交流が、閉ざされた心を開いていった。
アルバイトは、罪木にとって現実のタルタロスだった。
しかし、自信と営業スマイルという「スキル」を武器に、戦い続けている。
このままいけば、きっと『ペルソナ5』を買うお金も貯まるだろう。
そしていつか、心を盗む怪盗として、世界を壊せる日が来るかもしれない。
今日もまた、お客さんに満面の営業スマイルを向けるのだった。
9.念願
ついに、その日がやってきた。
コツコツと貯めてきた、汗と努力の結晶。
それこそが、彼女が『ペルソナ』世界へのチケットなのだ。
向かった先は、中古ゲーム店。
新品よりも安く、状態の良いものが見つかるかもしれない。
そんな期待を胸に、罪木は店内へと足を踏み入れた。
『ペルソナ』コーナーは、彼女にとって聖地だった。
ズラリと並んだパッケージの数々に、罪木の目は輝く。
そして、ついに目当てのプレイステーション4を中古で購入した。
「えへへ…!わ、私の…私のプレステ、です…!」
重みのある箱を抱え、罪木の心は喜びで満たされていた。
しかし、喜びもつかの間、次なる悩みが彼女を襲う。
『ペルソナ5』か、
『ペルソナ4 ジ・アルティマックス』か、
あるいは『ペルソナ3 リロード』か……。
どれもこれも、彼女が長年憧れてきたゲームたちだ。
「うぅ…ペルソナ5の、あのスタイリッシュな世界も捨てがたいし…!
でも、足立さんの、その後の物語も、すっごく気になりますし…!
ううっ、リロードも…!り、リロードもやりたかったんです…!」
罪木の心の中は、まるで『ペルソナ』のコミュを上げる際の選択肢のように。
どのゲームを選んでも、きっと後悔はないだろう。
しかし、どのゲームも、今の彼女にとっては特別な意味を持っていた。
『ペルソナ5』は、彼女を『ペルソナ』へと誘った、始まりのゲーム。
『P4U2』は、大好きな足立透の物語の続き。
『ペルソナ3 リロード』は、自分だけの『ペルソナ3』。
罪木は、ゲームソフトが並ぶ棚の前で、迷いに迷った。
その姿は、まるで現実世界で、自分の進むべき道を必死に探しているかのようだった。
「わ、私は…どのペルソナを買えばいいんでしょうか…?」
10.決断
迷いに迷った末、最終的に一つの決断を下した。
『ペルソナ』はどれも魅力的だ。
どれか一つを選ぶなんて、今の自分にはできなかった。
どれを選んでも、きっと残りのゲームへの未練が残ってしまう。
「わ、私は…!全部まとめて、手に入れるんです…!」
一度は手に取ろうとした『ペルソナ』の棚を去り、別のゲームへ。
それは、3DSのソフト『ぷよぷよクロニクル』だった。
なぜ『ぷよぷよ』なのか。
それは、寮に持ち込んだ古い3DSでも遊べる、手軽なゲームだからだ。
このゲームで楽しんで、アルバイトでお金を貯めて、
最終的に『ペルソナ』を全部買ってしまおう、と計画を立てていた。
「えへへ…!ちょっとした…暇つぶしにはなりますから…!」
高性能なゲーム機本体と、少し古めの、携帯ゲーム機のソフト。
あまりにもアンバランスな組み合わせだった。
まるで、高価なスーツに、色あせたTシャツを合わせているかのよう。
しかし、罪木にとってはこの組み合わせこそが、今の彼女の心を表していた。
『ペルソナ』という、夢と希望に満ちた目標を胸に抱きながら、
手近な『ぷよぷよ』で心を落ち着かせる。
いつか必ず、全てを手に入れてみせる。
その確固たる決意が、彼女を前に進ませていた。
罪木は寮へと戻る。
部屋に戻ると、早速3DSの電源を入れ、『ぷよぷよ』を始めた。
連鎖を組む度に、ポップな効果音が鳴り響く。
シンプルだけれど、奥深いゲーム性。
そして、いつか手に入れるであろう『ペルソナ』の世界を夢見ていた。
11.ぷよぷよ
寮の自室で、罪木蜜柑は3DSを握りしめていた。
画面には、カラフルな「ぷよ」が次々と降ってくる。
彼女の目標は、壮大な連鎖を組むこと。
『ぷよぷよ』も、今ではすっかり上達していた。
テトリスのようにぷよを積み上げては、連鎖を発動させる。
「えへへ、全消し…!見せてあげますから…!」
そして、狙い通りにぷよが連鎖していく。
消えるぷよの軽快な音と、キャラクターのボイス…。
しかし、ゲームはいつも順調に進むわけではない。
時折、積み方をミスしてしまい、連鎖が途切れてしまうことがある。
そんな時、罪木はベッドの上で叫んだ。
「せ…SEGAったーっ!!!!!」
『ぷよぷよ』の販売元であるSEGA。
その名前を、失敗の代名詞のように叫ぶ。
それは、普段は決して口にしない、感情を爆発させた罪木の一面だった。
そして、対戦相手に敗北すると、彼女は深い絶望に打ちひしがれる。
「うう…SEGAのせいだ…!」
決してゲームや自分のせいではない。
責任転嫁することで、罪木は悔しさをどうにか消化しようとする。
だが、一度でも勝利を掴むと、彼女の態度は一変する。
「や、やった…!アトラスのおかげですっ!」
『ペルソナ』シリーズの制作会社であるアトラス。
『ぷよぷよ』で勝利したにもかかわらず、感謝の言葉を捧げるのだ。
『ぷよぷよ』というゲームをプレイしているはずなのに、
彼女の感情はいつも『ペルソナ』の制作会社であるアトラスと、
販売元であるSEGAの間で揺れ動く。
罪木は、今日も『ぷよぷよ』をプレイする。
勝利の時はアトラスに感謝を捧げ、敗北の時はSEGAのせいにする。
その姿は、ただの学生だった。
12.同士
気づけば、寮の部屋はすっかり薄暗くなっていた。
「う、うわぁっ…!もう…夜の8時じゃないですか…!」
罪木蜜柑は、時計を見て、悲鳴にも似た声を上げた。
夕食の時間をすっかり忘れてしまっていたのだ。
食堂が閉まるのは9時。
急いで行かなければ、今日の夕食は抜きになってしまう。
罪木は慌てて3DSを放り投げて、部屋を飛び出した。
廊下をバタバタと駆け抜け、食堂へと向かう。
食堂の入り口が見えてきた頃、もう一人の人物と鉢合わせした。
「あれ、罪木さん。君もこんな時間まで、何かしていたのかな?」
そこにいたのは、狛枝凪斗だった。
彼もまた、慌てたような様子で、食堂へと急いでいるようだった。
「こ、狛枝さん…!す、すみません、邪魔しちゃって…!」
罪木がいつものように謝ると、狛枝はいつになく、穏やかな笑みを浮かべた。
「もしかして君も、何かに夢中になっていたんじゃないかな?」
狛枝の言葉に、罪木はドキリとした。
彼が言う「希望」とは何だろうか。
しかし、今回は純粋な好奇心しか感じられなかった。
「え、えっと…わ、私…『ぷよぷよ』を…」
罪木が小さな声で告げると、狛枝は目を丸くした。
「『ぷよぷよ』!!へぇ…あ、僕は
『妖怪ウォッチ3 スキヤキ』をやってたんだ。これも、3DSのソフトなんだけど」
その言葉を聞いて、罪木は思わず笑顔になった。
「えへへ…!こ、狛枝さんも…3DS、なんですね…!」
「ふふ、そうなんだ。でも、きっと『希望』のためにゲームをしてたんだね。」
狛枝の言葉に、罪木は少し戸惑った。彼の言う「希望」の意味は分からない。
誰にも見せない時間をゲームに捧げていたこと、そして、同じ3DSという共通点。
それだけで、二人の間に、ほんの少しの温かい空気が生まれた。
「う、うう…でも、狛枝さんと同じ…3DSで、なんだか嬉しいです…!」
二人は、食堂の入り口で、他愛のないゲームの話をしながら、小さく笑い合った。
時間ギリギリの食堂に滑り込み、温かい食事を口にする。
それぞれの心の中には、それぞれの「希望」があった。
罪木の心には『ペルソナ』が、狛枝の心には『希望』が。
特別な時間と共通の趣味が、一瞬だけ、二人の間に特別な絆を生んだのだった。
13.コミュ
急いで夕食をかき込み、2人は寮の共有スペースへと向かった。
そこは、普段はあまり使うことのない、ひっそりとした場所だった。
「ふぅ…危なかったね、もう少しで夕食抜きになるところだったよ」
狛枝が安堵したように息をつき、罪木も小さく笑った。
「それで、罪木さん。君はどうして3DSのゲームを?」
狛枝の問いかけに、罪木は少し戸惑いながらも、正直に話し始めた。
「あ、あの…どうしても『ペルソナ』っていうゲームを買いたくて…!
それで、まず本体だけ買って、またお金を貯めようと思って…
それで、つ、つなぎに『ぷよぷよ』を…」
罪木がどもりながらも話を終えると、狛枝は一瞬、きょとんとした表情になった。
そして、次の瞬間、彼は静かに、しかし、心の底から嬉しそうな笑顔を見せた。
「ふふ、まさか。君と僕が、全く同じ境遇だったなんてね」
「え…?」
「僕もだよ。プレステ4は買ったんだけど、どのソフトにするか迷ってしまってね。
だから、僕はつなぎに『妖怪ウォッチ』をやってたってわけさ」
罪木は驚きと感動で、目を丸くした。
同じような状況で、同じようにゲームに没頭していたのだ。
しかも、大好きな『ペルソナ』が共通点だなんて、こんな偶然があるだろうか。
「狛枝さんも…『ペルソナ』、お好きなんですか…?」
「あの、絶望的な状況を乗り越える『希望』の物語、たまらないよね!
僕たち、頑張ってお金を稼いで、いつか一緒に『ペルソナ』の話をしよう」
狛枝は、そう言って右手を差し出した。
罪木は少し緊張しながらも、その手を取って強く握手をする。
「あ…これ、コミュ発生しませんでしたか?」
罪木が、思わず『ペルソナ』のゲーム用語で呟くと、狛枝は嬉しそうに笑った。
「確かに!これはコミュ発生だね!君は…そうだね、
正義のコミュかな? いつも他人のために頑張ってるから」
「えへへ…!わ、私は…狛枝さんを見習って、正義の心、磨いていきたいです!」
罪木は、少し照れながら答える。
そして、ふと、彼のコミュニティを思い浮かべて、少しだけ意地悪な質問をした。
「じゃあ…狛枝さんは…死神とか、ですかね…?」
「ふふ、どうだろうね。僕の内面は、もっと複雑怪奇かもしれないよ?」
二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑い合った。
14.満足
そして、2人はあの後別れた。
つなぎのぷよぷよは放ったまま、自分のペルソナノートに目を向けた。
「こ、コミュニティ…考えてみましょう…!」
西園寺にはぜひ魔術師コミュ、それから皆を当てはめていく。
この時間だけは、罪木蜜柑は1人になれた気がした。
そして…ふと、時計を見た。
3:00
「う、うわああああああああっ!!」
罪木は悲鳴を上げた。
夜の3時。
すでに深夜を通り越している。
明日は授業があるというのに、とんでもない時間になってしまっていた。
『ペルソナ』のノートに夢中になりすぎて、時間を忘れてしまっていたのだ。
それは、ゲームに熱中していた時と同じ。
ただ、今回は自分の頭の中にある世界に夢中になっていたのだ。
「ま、まずいです…!先生に…先生に怒られちゃいます…!」
罪木は慌てて、ノートとペンを机の引き出しにしまい込んだ。
ベッドに潜り込み、布団を頭までかぶる。
「ううっ…!でも…でも、なんだか、すごく…楽しかった、です…!」
明日の朝は、きっと眠くて頭がぼーっとしているだろう。
先生に怒られて、クラスメイトに変な目で見られるかもしれない。
それでも、罪木は後悔していなかった。
誰にも言えない秘密のコミュニティ。
誰にも見せない特別なノート。
それは、彼女が現実の苦しみを乗り越えるための、大切な『ペルソナ』だった。
そして、その『ペルソナ』は、孤独な夜の闇の中で、彼女の心を確かに守り続けた。
罪木は、少しだけ重くなったまぶたを閉じ、夢の世界へと旅立っていく。
きって、彼女の作ったコミュニティの仲間たちが、優しく微笑みかけていることだ。
15.イゴール
目を閉じた罪木蜜柑は、深い眠りへと落ちていった。
夢の中は、漆黒の闇に包まれていた。
まるで、『ペルソナ3』のタルタロスのようだ。
その闇の空間に、突然、眩い光が灯る。
光の中心には、一人の老人が椅子に座っていた。
「ま、まさか…イゴールさん…?」
『ペルソナ』シリーズに登場する、ベルベットルームの主。
なにやら優しそうな顔をしていた。
「ふむ、ペルソナへの愛、見届けさせてもらいました…愛は、まさしく真実…」
にこやかに微笑むと、手のひらから一つのカードを取り出した。
それは、『愚者』のアルカナが描かれたタロットカードだった。
「この希望ヶ峰学園という名のタルタロスで、孤独な戦いを続けてきた。
そして、自らの力でコミュニティを築き、ペルソナを召喚しようとさえした。
その健気な心に、私は力を貸そう」
老人の言葉に、罪木は戸惑った。
「え、えっと…一体、どういうこと、でしょうか…?」
「君の愛する『ペルソナ』の世界で、この学園をやり直すチャンスを授けます。
今日、八月の夜から、すべてが始まる四月に。
君は『ペルソナ』使いとして、この学園を救う、もう一人の主人公となるのです。」
光が罪木の体を包み込み、視界が真っ白に染まっていく。
その瞬間、老人の声が聞こえた。
「ただし、忘れてはならない。
君と同じ『ペルソナ』への愛を持つ、もう一人の人物、狛枝凪斗…
彼の記憶は、そのままにしておいた。彼を頼り、そして、共に歩むのだ」
意識が遠のき、罪木は再び深い眠りに落ちていった。
_________続く。
最終回です!
薄っぺらい前日譚でしたね…
ここからは完全オリジナル設定のダンジョン、コミュニティ。
たくさんのものが出てきますよ、お楽しみに!