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目次
鬼灯町の百物語 第一話:赤い下駄の音
昭和11年、雨のしとしと降る夜。鬼灯町の「灯籠会館」に、数人の住人が集まっていた。百夜怪談の初日——町に古くから伝わる風習であり、一夜に一話ずつ怪談を語ることで、悪霊を鎮め、平穏を願う。
語り部の一人、古道具屋の店主・佐野弥一が語り出す。
「昔な、夜の路地に赤い下駄の音が聞こえたら、ついて行っちゃならんて言われとったんじゃ…」
昭和初期、町の外れにあった遊郭の話。そこで働いていた娘・お梅は、ある客に恋をしたが、その男は他所に家庭を持っていた。報われぬ恋が心を壊し、ある嵐の夜、お梅は赤い下駄を履いたまま井戸に身を投げたという。
それからというもの、雨の夜に限って「カラ…コロ…」と赤い下駄の音が路地に響くようになった。誰かが音の方へ歩いて行くと、翌朝には姿を消している…。
佐野の話が終わると、部屋に沈黙が流れる。外ではまだ雨の音が続いていた。
その夜の深夜、町の若い郵便配達員・大澤が行方不明となった。彼は雨の中、配達の帰り道、灯籠会館近くの路地を通ったはずだった。
机に置かれた赤い下駄の片方だけが、翌朝発見される。
新しいシリーズを始めました
10話の予定ですので読んでくださると嬉しいです
第二話:帳場の影女
二夜目の怪談は、町の古旅館「霧ノ宿(きりのやど)」を営む女将・和泉千代が語り部となった。
「帳場にね、夜中にぼんやりと立ってる女がいるんです。髪は濡れてて、顔は見えない。うちの祖母の代から、ずっと現れるんですよ…」
霧ノ宿では、ある決まりがある。「夜中に帳場で名前を呼ばれても返事をしてはいけない」。応じると、その人は翌朝、鍵のかかった客室で倒れているのだという。
千代の話によると、数十年前、宿に泊まっていた若い芸者が失踪した。その日も、深夜に帳場から誰かが彼女の名を呼ぶ声がしたという。芸者は名を呼ばれ、部屋の外に出てから戻らなかった。
語り終えた千代は一瞬黙り込み、皆に向かってこう言った。
「昨晩、久しぶりに声が聞こえたんです。呼ばれていたのは、“大澤”という名でした。」
その名は、第1話で行方不明になった郵便配達員と同じだった。
住人たちの間に、静かな不安が広がる。その夜、霧ノ宿の帳場に千代は一人で立っていた。時計が深夜二時を回ったころ——
「大澤くん…いますか…?」
帳場に響いたその声に、女将は震えながらも口を閉ざした。
翌朝、宿の帳場の前に雨で濡れた足跡が残っていた。しかし宿泊者は一人もいないはずだった。
毎日投稿頑張ります
第三話:黒板に書かれた名前
三夜目の怪談は、町の駄菓子屋を営む老人・平川源蔵が語り部となった。語られるのは、今は廃校となっている「鬼灯小学校」にまつわる話。
「わしらが通っとった頃な、卒業間近になると、“名前を黒板に書かれた者は連れて行かれる”って噂があったもんじゃ」
昭和30年代、学校の理科準備室で一人の生徒が失踪した事件をきっかけに、その噂が広まった。誰かが夜の校舎に忍び込むと、翌朝黒板にその名前が書かれており、本人は姿を消す——そんな不気味な話が子どもたちの間で囁かれていた。
源蔵は続ける。
「数日前な、町の若者が肝試しにあそこへ行ったんじゃ。翌朝、その子の名前、“大澤陽一”ってのが、黒板に書かれてたって、今朝聞いたんじゃ」
またしても大澤の名が語られる。住人たちは偶然なのか、それとも何かに関連しているのか、ざわつき始める。
その夜、旧校舎に風鈴の音が響いたという。誰も風鈴など掛けていないはずなのに。
毎日投稿3日目頑張るぞ〜
第四話:破れた和傘
呉服店「真壁屋」の店主・真壁文雄は、静かに語り始めた。
「店の奥に、誰にも売らんと決めた傘が一本ある。色は藍、柄はぼたん。ところがな、雨の日になると、傘が店の裏口から消えてることがあっての…」
その傘には奇妙な言い伝えがある。ある女性が買ってすぐ失踪し、傘だけが戻ってきた。その後、雨の日に店の裏に濡れた足跡が残るようになった。返されるたび、傘には破れが一つずつ増えているという。
文雄は続ける。
「この間、傘の柄のタグが変化しとった。にじんだ文字が浮き出て、“大澤陽一”——わしには見覚えのある名じゃ」
その夜、灯籠会館に集まった町民の間に不穏な空気が漂った。翌朝、呉服店の裏口には濡れた傘と、靴跡がひとつ……店の誰も見たことのないサイズだった。
短くてすいません
第五話:郵便受けの古い手紙
旧郵便局長・園田誠一は、今も昔の郵便受けを自宅に残している。その受けに、ある朝奇妙な手紙が差し込まれていた。
「消印は昭和二十年。差出人もわからん。宛名は“大澤陽一様”。そんな名前、最近よく耳にしますな…」
手紙には「待ってる」の一言と、灯籠会館が描かれた鉛筆画。絵の中には、現在の語り部である町民たちの姿が並んでいた。不気味なのは、その中の数人の顔が歪み、目元が黒く塗り潰されていたことだ。
「いたずらだろう」と笑い飛ばす者もいたが、園田はそれ以降、夜になると玄関の郵便受けにカタ…カタ…という音を聞くようになった。
翌朝、受けには投函された形跡はなかったが、戦前の切手が数枚、濡れて貼り付いていた。文字のにじみをなぞると、そこにも“大澤”の文字が浮かび上がった。
これからだんだん短くなってくるかも…
第六夜:盆灯籠の音
町の神社「灯明社」の娘・朝比奈遥は、盆に飾る灯籠について語った。
「今年の灯籠から、夜になると“カン…カン…”って金属の音がするんです。誰も触ってないはずなのに」
祖父である宮司の話では、その音は“霊が道に迷っている”印なのだという。灯籠は霊を導く迎え火と送り火の役割を果たすが、道を間違えると音が鳴り、霊が彷徨うのだと。
遥は灯籠をひとつひとつ確認したが、異常はなかった。ところが、その夜、境内の灯籠の一つが突然燃え上がり、その場には濡れた封筒が落ちていた。
封筒の宛名は「大澤陽一」。しかも、その墨の濃さは今まで見た中でも異様に滲みが強く、まるで中から溢れ出てくるようだった。
遥は一瞬、燃える灯籠の中に、人影のような揺らめきを見たという——それが誰かは、言えなかった。
第七夜:記憶を拾う井戸
語り部は町の酒屋を営む女主人・野村登世。彼女はかつて灯籠会館のすぐ裏にあった“六つ井戸”について語る。
「井戸に落ちると、忘れたはずの記憶を拾ってしまうって話、知ってる?」
その井戸は、戦前に埋められたが、ある雨の日、登世の幼馴染がそこに落ちたという。その後彼は、誰も教えていないはずの過去の出来事を語りはじめ、奇妙な言葉遣いと表情をするようになった。ついには、自分の名前を「陽一」と名乗るようになった。
登世は十年前、その井戸に赤い下駄が落ちているのを見たと語った。その夜の大雨で、裏庭の地面が崩れ、一部がまた井戸の形に凹んでいた。
翌朝、灯籠会館の中庭に、何者かが泥まみれのメモを残していた。
そこには「俺は思い出した。帰れない」と記されていた。
第八夜:影を背負った写真
語り部は理容店を営む中年男・神田誠。店の裏手には、戦前の写真館の廃屋が残っている。誠は、そこから偶然見つけた一枚の集合写真について語る。
「写ってる人の中に、見覚えのない男がいてな。顔はぼやけてるのに、妙に“見られてる”気がするんだ」
写真には、昭和初期の灯籠会館で怪談を語る住民たちの姿。中央に立つ黒い影のような人物だけが他と違い、どこか不自然に浮かび上がって見える。
誠は数日前、店の鏡にその男の姿が一瞬だけ映ったと告げる。さらにその夜、自宅の鏡の奥に“灯籠会館”の文字が揺れていたという。
翌朝、写真に写っていた他の人物と一致する住民の一人が、体調不良を訴えた。その胸元には、黒インクのような染みが現れていた。
第九夜「声の主」
語り部は町の図書館司書・白石澪。彼女は、古い資料室で見つけた一冊の日記について語り始めた。
「日記には、“灯籠会館に集まる者たちが、同じ名を呼び続ける”って書かれていたんです。昭和十一年の日付でした」
その日記の筆者は、かつて町に住んでいた青年・大澤陽一。彼は百物語の語り部の一人だったが、九十九話目の夜、突如姿を消したという。日記には、語られた怪談が“語り部自身の記憶を侵食する”と記されていた。
澪は続ける。
「最後のページには、“僕は語られた。僕は語られ続ける。僕は、語り部の中にいる”とありました」
その夜、灯籠会館の壁に、誰も書いていないはずの文字が浮かび上がった。
「陽一、語って」
その文字は、翌朝には消えていた。
第十夜「百の灯が消える時」
最終夜の語り部は、町の住職・蓮見宗道。彼は静かに語り始める。
「百物語とは、百の怪異を語り終えた時、何かが“現れる”という言い伝えがある。だが、鬼灯町では百話目が語られたことは一度もない」
昭和十一年、灯籠会館で語られた九十九話目の夜、大澤陽一は最後の語り部だった。彼は語り終えた瞬間、誰にも告げずに姿を消した。以降、町では彼の名が怪異に紛れて現れ続けてきた。
蓮見は言う。
「陽一は語られた者であり、語る者でもある。百話目を語ることで、彼は“解かれる”のだ」
その夜、灯籠会館の灯りが一つずつ消えていった。最後の灯が消えた瞬間、会館の中央に、濡れた赤い下駄と一冊の日記が置かれていた。
日記の最後の一文には、こう記されていた。
「ありがとう。やっと、終わる」
その瞬間、町に長く続いた雨が止んだ
シリーズ完結です‼️
見てくださりありがとうございました!