地獄労働ショッピング
編集者:ABC探偵
俺は今日、とあるスーパーへアルバイトに来たのだが......そのスーパーでの(自主規制)消費者はサービスに飢え、(自主規制)マネージャーは金の事しか考えていない(自主規制)野郎と言う始末。
そして何より、その(自主規制)消費者が常人ではない、能力持ちのチート野郎と言う事である。俺は凡人先輩と共に超次元の(自主規制)消費者との接客・仕事に挑む。
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目次
〖ようこそ、アットホームな職場へ〗
自主企画は開催中ですが、雰囲気だけでもと思いまして。
---
〖労働〗
それは、人間が自然に働きかけて、生活手段や生産手段などをつくり出す活動のこと。
つまり、寿命、体力、気力の無駄消費をして金という報酬を得る行動のこと。
そんな地獄のようなことをサービス業という形で行っている我々は...
#労働に対する暴言#である。
---
「|Stupid! Garbage! Shit! Oh, God, no!《バカ!ゴミ!クソ!もう、やだ!》」
「やかましい!」
時刻は午前3時。本店の開店から約六時間前、三人の店員が小さなテーブルを囲う形で立っている。
その中の黒髪に赤い瞳の18歳くらいの男性は|橘一護《たちばないちご》。本作の|主人公《被害者》である。
そこから右の白髪に染めた凛々しい顔の男性は先程、英語で文句を言った人物で、|空知翔《そらちしょう》。
更に右の黒い長髪の男性は「やかましい!」と制したバイトリーダー兼、店長の|柳田善《やなぎだぜん》。
その三人が囲むテーブルに置かれた柳田の携帯にはある人物の名前がある。
|上原慶一《うえはらけいいち》。バイトやパートから言わせれば、金の亡者のマネージャー。
〖お客様第一、お客様は神様〗といった古臭い考えをしている(一護曰く、頭クソ硬ジジイマネージャーと述べている)。
その人物との会話には、『今日から全商品50%引きセールですね!補充をしっかり入れて、お客様に満足いただけるようサービスを頑張りましょう!』と記載されていた。
「...あの、バイトリーダー......」
「言わないで、一護君。言いたいこと、分かるよ」
「|Do you really know?《本当に分かるんですか?》」
「|Naturalmente!《もちろん!》」
英語をイタリア語で返す柳田。あ~、これはダメだ、今日は何が何でも休もう...と考えた空知を見透かしたかのように柳田が空知を睨む。貴重な戦力を失うわけにはいかないのだ。
「...さて、仕事しようか?」
「僕、アルバイトォ......」
「アルバイトでも働いてもらうんで...」
「僕、アルバイトォ......」
「だから、アルバイトでも働いてもらうんだってば」
「バイトリーダー、多分空知先輩、溶けかかってます」
「なら、冷蔵庫にでもぶち込んで冷やして。固形のままでも働けるでしょ」
そもそも人間そのものが個体かつ物体です...後、比喩表現です...、なんてツッコミを呑み込んで「そうですね」と答える一護。
そんな頼りない主人公を横目に柳田は説明をしていく。空知は放置で。
「じゃ、一護君。復習しよう。この店の目的は?」
「えっ...客を殴る?」
「よくできました!...じゃないんだよ。僕もそうしたいけどさぁ...。
正解はとにかくサービスをする!これだよ。お客様はサービスに飢えてるわけ。挨拶だったりご飯だったり...その過程で、|接客《バトル》をする。分かるね?」
「分かりました!つまり、客を殴るってことですね!」
「ねぇ、君どんだけ殴りたいの?そもそも殴れないと思うよ?」
「そうなんですか?」
「うん。例えば、消費者...お客様は能力を持ってるんだよ。様々な物体を爆発させたり、瞬時に傷を癒したり...とにかくチート!」
「ヤバい?」
「もう激ヤバ」
どこかの若者のような会話をしながら、説明は続く。
「だから、接客って言ってるけど、ただの迷惑クレーマーとかカスハラの奴の成り果てみたいな人外チート能力盛り盛り丼☆みたいな|お客様《化け物》の駆除みたいなもん。それで、お金は行政からガッポガッポ貰える。そりゃあ、守銭奴がマネージャーになるよね」
「...要は、サービス業施設の通常業務をしながら、化け物と闘えば良いと?」
「そういうこと。でも気をつけてね、そのバイト時の支給服。
高性能だし、どんな衝撃も吸収して安全だとは言え、たまに服を溶かすとかそんなのがいるらしいから...戦場で油断はするなよ、ってこと」
「はぁ、なるほど。それで防御面は安全だとして、攻撃はどうするんですか?」
「う~ん...それが、人によるんだよね。銃器だの剣だの...まぁ、正直これは重要じゃなくて、戦闘時には機転が大事。消費者の能力を分析して、弱点を探る。その探った弱点に合わせた攻撃を仕掛ける...常に冷静に物事を捉えろってことね」
「なるほど、なるほど...倒した後の消費者はどうなるんです?」
「その能力を解析して、データを取ったら普通の一般人として世に放つか...」
「世に放つか?」
「...従業員として、働いてもらうだろうね」
「安全なんですか?」
「ちょっとやそっとじゃ崩れない建物だし、店員も身体能力が良いのばっかだし大丈夫だと思う。
それに、従業員化した消費者はその能力を保持した状態で働くことになるから案外便利だよ」
「了解です。開店するまでは通常業務ですか?」
「だねぇ...このまま、消費者が来なけりゃ楽なんだけど」
柳田がそう苦笑いをして、一護の手を引っ張る。
「じゃあ、業務内容を教えながらやるから、今日一日中、着いてきてよ」
「分かりました!じゃあ、」
元気よく話す二人。柳田が扉のノブに手をかけ、一護を促して部屋を出ていった。
もちろん、空知は放置で。
「無視しないで下さる???」
なんだ、起きてたのか。
「起きてますよ、ええ、起きてますとも」
そして、空知が起き上がる。
「ヤバい?激ヤバの会話から起きてたんですけどね」
じゃあ、起きろよ。
「説明の邪魔しちゃ悪いかなって...」
うわ~、顔が良くて気遣いできるけど弄られるタイプの残念なイケメンだ~。
「煽らないでくださいます?...主人公君、行っちゃったよ、どうするの?」
お前も起きて部屋から出てくか、そのまま寝させてるで終わるつもりだったんだよ。
「えぇ?雑!」
文句を言うな。起きたなら部屋から出て仕事しろ。
「えぇ~...だる~い」
今からでも遅くないから醜男って設定でも...。
「あ~!仕事します、仕事します、今すぐ取り掛からせていただきます」
空知は、急ぐようにして部屋から出ていく。その途中、テーブルの角に小指をぶつけたが、脅迫に勝る痛みはなかった。
そして、
従業員専用とかかれた部屋の扉を再度、開けて言った。
「ねぇ、シゴデキって設定も追加しといてよ!」
〖頭の悪い人には見えないあとがき〗
お読みいただき、有り難うございました。
次回ほどから自主企画のキャラクターの能力を反映できたらなと思います。
...あとがきの全文、見えましたよね?
〖不可視の襲撃〗
こちらの至らぬ点がありまして、次回から出す参加者様のものを後回しという形にさせていただきました。大変申し訳ありません。
タイトルの者は本来、粗方出した後にオリジナルとして出す予定だったものです。
以上のことを踏まえて、お読み下さい。
初手からふざけていますが、ちゃんと反省しています。信じて下さい。
また、初期から本作のみ書き方を変える感じにしています。
語り手:橘一護
太平洋などに囲まれ、ほとんどが温暖湿潤気候に属する島国、日本列島。
その温暖湿潤気候の県におそらく、いや、きっと存在し、施設マニアックな人しか知らないところに木々に囲まれ、山に位置する大きな商業施設(アルバイト、募集中)があるだろう。
そこには、様々な異能力を持ちサービスに飢えた消費者を相手にする従業員がいる。
金にがめついマネージャー、理不尽な消費者、少ない給料...従業員は今日も行く。
...多分。
●橘一護
18歳、男性。大学生。彼女はいない。彼氏もいない。明日も明後日もいない。
いるのは、労働。あるのは、労働。それだけだ。
---
バイトリーダーの柳田善と共に食品の期限切れを調べる橘一護の姿。
牛乳、パン、チーズ...乳製品は腐りやすいですから。しょうがない。
「あ、これ5月9日までですよ」
「え?あ、ホントだ。ありがと~」
柳田が一護の指定した商品を廃棄箱と印された箱へ入れていく。
次々と入っていく商品は様々でその商品のパッケージに反射して映る妙な格好をした空知翔のことなど、気にもしない。
「ねぇ、ちょっと...店長!バイトリーダー!柳田さん!善さん!!」
吠える空知翔のことも気にしない。しかし、柳田だけが振り替えって言葉を返した。少し、吹き出した。
「...なぁ、なぁに~?」
「僕の格好!言うことはっ?」
そこで一護も振り替える。そして、吹き出した。
「っは、はは、ははははっ!!」
「うぉい、笑うな!」
空知翔。従業員専用の扉を開けて、任されたのは子供の接客だった。
かと言って、その凛々し...醜...
「あんだって?」
その凛々しい顔では少々怖がられるだろうとのことで、着ぐるみを着用してでの対応になった。
その着ぐるみは、アヒルの着ぐるみ。白くふわふわとしたボディに丸く黒い瞳、尖った黄色の嘴と二本の脚。
そんな可愛らしい着ぐるみの中に成人男性が入っているなんて考えたら、笑わずにはいられないのである。
「だって、空知先輩!こんなの笑うなって言う方が難しいじゃないですか!」
「やかましい!お前、今度お前の番になったら盛大に笑ってやるからな!」
そう文句を垂れているが、実際は可愛いアヒルがぷりぷりと怒っている状況。全く怖くない。むしろ可愛い。中身は成人男性だけど。
「あ~...うん、っふ、は、かわ、可愛いんじゃ、ない?」
「笑うのを堪えろよ」
男性らしい低音の声。着ぐるみに合わないそれが更に笑いを引き立て、この場にいる全員が笑いの渦に包まれる。やがて、それが収まった辺りで一人の女性がやってきた。
「すみません、店長。惣菜担当の日村さんが手を包丁でちょっとやっちゃったみたいで...」
「マジ?今行く、怪我は浅い?」
「はい、指を軽く切っただけなので」
「了解~...救急箱持ってく」
柳田がそう言って女性についていく。女性の外見?そうですね、じゃ黒髪の密編みの眼鏡っ子ってことにしましょう。可愛いですね、そこのアヒルよりは。
そして、残された二人は...いえ、一人は隣の着ぐるみに笑いを堪えながら黙々と作業をしていった。
『開店時間です!』
そうアナウンスが鳴った。
「開店時間ですって、アヒル2号君」
「そうですね、アヒル1号先輩」
お前ら実は仲良しだろ。
---
開店時間になって、多種多様な人種の一般市民が続々と入ってくる。
レジに立ちながら少しの間、暇をしている一護と柳田の話も続く。
「あれ、普通の方もいるんですね」
「そりゃあね。行政の金で補っているとは言え、収入低いから」
「へぇ~...国家様々ですね」
しかし、今の日本は...おっと、この話は別の機会にしましょう。
アヒルの着ぐるみを着た空知は見立て通り、子供に人気で抱っこをせがむ子供、後ろのジッパーを開けようとする子供、着ぐるみそのものを引っ張る子供...厄介な子供ばかり。
「...ちょっと、あの業務だけはやりたくない気がしてきました」
「分かるよ。人様の子供の面倒なんて、金貰わないかぎりやりたくないよね」
性格が出ています。ちなみにこの時点で1692文字です。あっ、1700文字を越えました。
「...メタいなぁ...」
大抵、1000文字越えの作品しか書いてないんで。
やがて商品を手に取った消費者がレジに並び、「遅い」だの「もっと上手くやれ」だのと新人にもきつい言葉を浴びせる。しかし、
「中学ん時の剣道部の頑固顧問爺よりはマシだな」
一護は慣れていました。悲しいですね。
その業務が昼頃になった頃。
ジリリリリと警報が鳴り響いて、一般市民が外へ出ていく。従業員は惣菜や清掃、精算担当なども同様に出ていった。
残ったのは、橘一護、柳田善、見知らぬ女性...そして、アヒル...失礼、空知翔。
一護の見知らぬ女性は救護・情報担当の山田さんという方です。つまり、戦えるのは|男性《野郎》三人です。
「華がない!」
アヒルが叫びました。クワッとは鳴きませんでした。
山田さんは残りましたが、三人とは別のところで万が一、怪我をした時の処置の準備をしています。
「あの、山田さんって...?」
「|山田純子《やまだじゅんこ》さんだね。覚えなくていいよ」
と言われたので、一護はメモりませんでした。
「了解です、それで消費者の方は?」
「それが、ねぇ...いるんだけど、いないらしい」
「...どういうことですか?」
「そのままの意味。山田さんから訊いたんだけど、いる反応はあるけど姿を確認できていない。
つまり_」
その言葉の続きを言おうとした瞬間、何かが風を切る感覚がした。
店内の商品棚が豪快に倒れている。そこにいた。
また、商品棚が倒れてる。姿は見えないが、確かにそこにいる。
「...ああ、なるほど」
柳田が納得するような声を出して、アヒル...あ、もう良いですか、そうですか。空知に指示を出した。
「翔。君さ、銃ある?」
「あるよ、撃とうか?」
「撃てば良いよ」
「了解」
空知がアヒルの着ぐるみのどこから出したのかそこそこ大きめの銃器(FN P90のような形状のサブマシンガン)を両手でしっかり持って、乱射していく。
色々な物に当たって、例えば、某馬鈴薯スナックの袋が蜂の巣になりました。中身はきっと粉々でしょう。
物凄い轟音を響かせながら、やがて悲鳴が挙がりました。動く細長い何かがお店の商品を複数持って赤い液体を垂らしながら逃げていきました。
「...あれ、ですかね?」
「おそらく。多分、能力のメインは...」
--- 〖透明〗 ---
でも、体液は透明にならないんですね。あくまで自分の身体だけのようです。
「能力が分かったのは良いとして、どうするんですか?」
「う~ん...万引きの透明能力の消費者っぽいよね」
「店長。他にも能力があるかもしれないよ。例えば、範囲型とか」
「いやぁ、流石にないんじゃない?個人での透明っぽいし。だから、多分...早めに終わるかもね」
物凄い早さで傷が完治していく人型の透明人。
銃だけにじゅぅと傷が治り、部屋の周りの段ボールを倒して壁を作っていく。
そして、中央にてふんぞりかえると先程の野郎三人を今か今かと待ち続ける。
その部屋の扉看板には、〖倉庫室〗とかかれていた。
〖芸術は爆発である〗
早めに片付けなければならないので...()
参加者様がどちらの方から反映するかは適当にルーレットでも回そうと思います。
(楽な描写のだといいなぁ...)
語り手:黒髪の密編みの眼鏡っ子ちゃん(そして、抜かされた空知翔)
どどごーんと音がして、我等が突撃部隊の銃撃が聞こえる!
(※空知翔:えっ、今回僕...)
からんと落ちる空薬莢の音!けたたましい消費者の咆哮!店内の潰される商品!
(※空知:あの、食品ロスが...)
負けるな、店長!橘君!あと、アヒルちゃん!
(※空知:アヒル呼ばわりやめてくんない?え、無視?マジ?)
●空知翔
23歳、男性。突撃部隊(対消費者突撃部隊)担当。
他と比べ凛々しい顔をしているが、残念なイケメンに属する人間。
最近の趣味はクルー射撃。彼氏はいない。彼女はもっといない。
●黒髪の密編みの眼鏡っ子ちゃん
可愛い。名前はまだ、ない。
撫でたいくらい、可愛いね。
---
二手に別れて消費者を探す二人とアヒル。
早めに事が済むだろうとたかをくくって橘一護、柳田善の一つが店内、アヒル(空知翔)の一つが従業員専用通路を探していました。
場面は一護へ移ります。
「...いませんね」
「だねぇ...なにしろ、透明だからしょうがないんだろうけど...」
やや呆れたように蜂の巣になった棚や商品を見ながら柳田が一言。
「派手にやったよねぇ、許可出したのはこっちだから別に良いけど...ここまでとはねぇ」
もう使い物にならなくなった品々を見ていく中、どうやら奥へ展示されたものが無事だったのは確認できるようで、特に図工コーナーのものが残っていた。
「あ、まだ残ってるものもありますよ」
「んー...いいよ、どうせ皆廃棄することになるから、置いておいて」
「了解で...」
言葉が途切れる。それを妙に思ったのか、柳田がすぐに訊いた。
「なに、どうしたの?大丈夫?」
一護は応えない。ただ、ある物を見ている。そして、考えがまとまったのか口を開いた。
「透明でも、さっきみたいに目印になるものがあれば封じ込めますかね?」
一護の瞳には大量の絵の具やペンキ、遠くに予約客用の温水プールが映っていた。
---
一方、空知翔...アヒル...もう良いですか、ならやめます。
でも、彼が脱ぐまでアヒルの着ぐるみを着ていることは忘れてはいけません。
良いですね?
「しつこい」
そうですか。生意気なアヒルめ。
アヒルが従業員専用通路をよたよた歩いていく。
道中、椅子を見つけて、これ幸いとアヒルの着ぐるみを脱いだ。
むわぁと蒸気が微かに洩れ、首筋に汗が伝う男性の顔と白いジャージ姿が露になった。
臭そう。
そして、置かれた銃器を取って通路の横にあった倉庫室のノブがひしゃげたぶ厚い扉に耳を当てた。
何か、ごそごそとした音が微かに聞こえてくる。当たりのようである。
ノブがひしゃげていようと関係はない。手には銃器。銃器はFN P90のような形状のサブマシンガンです。つまり、ただ、撃って、ぶち壊せば良いのです。
そこからは速かった。一瞬にしてぶ厚い扉が蜂の巣になり、跡形もなくなり、大量の空薬莢だけが残されました。
その空薬莢を踏まないように中へ入ると、目の前には段ボールの巨大な壁が広がっていました。
ええ、もうお気づきでしょう。彼には、空知翔の目の前にそれは何も意味を成しません。
ロープのように繋がった弾を入れ、両手でしっかりと持ち、引き金をひけば...。
そこからはもう、オート連射なので心配ナッシング。
長い、長い、長い、長い銃撃音が木霊しました。
そして、熱を持った銃器を下げると、そこには粉々になった段ボールの破片と何か人型で目に見えない重いものがのしかかって潰れた段ボールだけが残されていました。
やがて、その重みで潰れた段ボールの方向からすたすたと足音がして、しっかりとこちらへ走る音が聞こえてきました。
そのまま空知は撃とうとして...気づきました。リロードをしていないことに。
慌てて銃器を掴んで、走ってくる奴をグリップで殴ろうとした瞬間に間に合わず、腹を逆に殴られました。そのままの要領で身体が流れて、壁に強く打つけられました。
「慈悲は、な...!!!...っぐ...」
何か言いかけていますが、どの口案件です。サブマシンガンをぶっ放した誰かさんが言うことではありません。
そのまま壁と一体化するわけにも行かないので、すぐに起き上がって脚を動かす空知さん。
そのまま空知を追いかける透明な消費者さん。
ここだけの話、背景を海辺にすれば誰得のカップルごっこができますね。
書きませんけど。
従業員専用通路を走って、そろそろ息が乱れて来た頃、裏口の扉が見えました。
その先は、予約制の温水プールと大きな庭や駐車場が広がっています。
その温水プールの扉の近くに柳田と一護がいました。
---
向こうから必死に走る空知の姿が見える。その姿を確認して、温水プールの扉を開ける柳田を見つつ、叫んだ。
「空知先輩!こっちです!」
---
そう呼ばれて、前を見る。何か、策があるのか。もしや、温水プールに閉じ込めるのか...?
急いで開かれた温水プールへ入る。水はない。ただ、プールのタイルと同じ色の白色の大地が広がっている。
打開策がない。今は後ろの奴を撒かなければと思い、元々水があった場所がコンクリートか何かで床になったところへ足を入れ、そのまま奴と共に柔らかい床へ落ちた。
---
バシャンとした水音が耳に入る。目をやればプールの水へ落ちた空知と消費者がいる。
双方、真っ白に染まり飛び出た突起物になっている為、非常に狙いやすかった。
その後は、人型のもう透明でなくなった消費者の脳天に一発、弾を贈る仕事だった。
---
「それで?この絵の具どうやったら落ちるの?服とか落とせなさそうなんだけど?」
同じように白く染まった消費者の身体を抱えながら、愚痴を溢す空知。
消費者と空知に水をかけると皮膚や髪についた“絵の具”だけはなんとか洗い落とせた。
消費者は青髪に白く染まった上下の服のズボンのポケットにたくさんのスナック菓子を詰め込んで、頭に損傷はなく眠っている。
そして、ようやく空知の問いに一護が応えた。
「服についた絵の具は...クリーニングしかないですね。というか、消費者を撃ったけど亡くなりはしないんですね」
「物騒だなぁ、流石に殺さないよ。そもそも、殺せないし...僕らが使ってる武器や弾は暴走化した消費者にしか効かないし、一般市民に撃っても少し痛いな、ぐらいだよ」
「なるほど」
応えるついでに言った疑問を柳田に教えられ、うんうんと頷く一護。
そんな彼を横目に空知がまた、投げかけた。
「んで、絵の具で服に色ついたのはなんで?普通の絵の具だったら、水で洗い流されちゃうでしょ」
「ああ...“アクリル絵の具”なんですよ。ほら、水彩画とかで先に塗った後から重ね塗りしたいって時、普通の絵の具は色混ざるじゃないですか。でも、アクリル絵の具は普通に乾いたら何重ねもできるんです」
「へぇ、でもアクリル絵の具が水に飛び込んで服についた理由は?」
「“マーブリング”っていう美術の...えっと、一般的にアクリル絵の具を水に垂らして、服とか紙に水に浮かんだ模様を写し取る手法なんです。それが理由ですね」
「なるほど、なるほど...じゃあ、一護君」
「...?...はい」
「僕の服のクリーニング代、払ってくれる?」
そう言った空知先輩の顔が今日の出来事より、末恐ろしく思えた。
〖夏の救世主〗
ユーザーページの方に全シリーズのキャラクター外見集を貼っておきました。
〖地獄労働ショッピング〗のキャラクターのネタバレ等を含みます。
癖のまま、書いた通りのものを再現したつもりですが、わりとイメージと違う!があるかもしれません。その時は、ご愛敬ということで。
ルーレットにて出す順位を軽く決めましたが、すぐにお出しすると面白くないのでタイトルから推測できるような感じにしています。
語り手:柳田善
午前3時に電話が鳴り、聞こえるのはマネージャーの罵声。
そして、吠えるマネージャー、吠える消費者、吠える従業員。
慣れてしまえば日常茶飯事。社畜になる日は近い...のかもしれない。
●柳田善
26歳、男性。バイトリーダー兼店長。
店の請求書等は全て彼に責任が来る。
お金は払うことはないが、その代わりマネージャーの叱咤が彼を待っている。
彼女はいない。彼氏はいない。労基も来ない。
---
「柳田君さぁ...なに、この紙?」
夕陽の射し込むオフィスの中、上原慶一が椅子に腰を下ろし足を組む姿が目の前にありました。
「...今日の、請求書です...」
柳田が恐る恐るそう言うと、上原慶一はため息をつき頬に手を当て、口を開きます。
「今日、ねぇ...君さ、多額の請求書、払ったことないよね」
「えっ、ええ、まぁ...」
「...一回、払ってみる?」
「.........」
「これ多分、空知君だよね?報告書に蜂の巣状になったら棚とか、倉庫の段ボールとか...。
そこらで4、50万はするんだよね。酷い話だよねぇ、自分で壊したのに責任問われないんだから。
...で、責任はぜ~んぶ、柳田君になるわけだけど...」
「...............」
「どうする?払ってあげようか?」
「......そう、ですね」
「...何が?」
あ~あ、こいつマジで嫌いだ。
柳田が上原から少し目をそらして、低い声を絞り出しお願いをしました。
「...今回、も払っていただけると、助かります...」
「うん、そうだね。《《今回も》》だ」
...マネージャー変わったりしないかなぁ...。
そんなこと思っても、変わりませんよ。柳田善さん。
---
「暑ーーーーーいっ!!!!!!!」
クーラーの効かない従業員専用通路で空知が叫ぶ。アヒルの着ぐるみは、当然着ていません。
え?崩壊した建物はどうなったかって?さぁ、治ったんじゃないですか?
はたまた、数日前経って治った的な...え、なんですか、コメディ小説ですよ?
その叫びに文句を言うように一護が応答します。
「うるっさ...んなこと言わないで下さいよ、皆暑いんですから」
「はぁ!?なに、一護君!暑くないの!」
「《《皆》》暑いって言いましたけど?」
「あらやだ、言ってたの?」
「言ってました!」
大声で抗議する一護を無視して、空知は従業員共有の冷蔵庫を探る。
そして、何かを見つけたのか、
「お...良い物、発見~!...一護君、一護君、これな~んだ?」
「は?...アイス、ですね。それ従業員分あるんですか?」
「あるよ。善さ...柳田さんが買ってきてくれた」
そう言って、赤いパッケージに黄金色の高級っぽいフォントのアイス(あれですね、パ◯ムです)を手渡す。そして、次々に休憩時間中の従業員がアイスに釣られて、わらわらと集まってきます。決して、空知がモテているわけではありません。皆、空知ではなくアイスを求めているのです。
一護はひとまず、そこを離れ比較的涼しいところへ足を進め、腰を下ろしました。
そして、全員に配り終わったのか空知も傍へ。
「...なんです、わざわざ...」
「良いじゃん?仲が良いってのは幸だよ」
「そうかもしれませんけど、あんまり近いと余計暑くないですか?」
「あ~...確かに、そうかもしれないね。ま、たまには良いでしょ」
「......そうですかね」
アイスをもう食べ終わったのか、棒を口から抜き空知が口を開く。
「大人数でさ、海...行きたくない?」
「業務放棄して?」
「いや、休みだって」
「嫌です」
「えぇ...?」
「だって、貴重な休日を平日みたいな人らと集まって過ごすんですよ?」
「あぁ...なるほどね」
アイスの棒を口で咥えて手を後ろで組むように寝転ぶ空知。一護も食べ終えたのか、いつの間にか傍で座っていた。それを確認して、瞳を閉じた。
開かれた窓から心地の良い風が通る。木々は葉を青々と染め、風に踊らされるようにして大きく揺れる。勤務中じゃなければ最高だった。そんなことを思っていると、不意に声がかけられた。
「なにしてるの?君ら、休憩中とはいえ勤務中でもあるんだよ?」
瞼を開けば、そこに柳田の顔があった。一護はどうなのかと横を見れば、ほんの数分で小さく寝息を立てたようだった。
「どうも、柳田さん。どうでした?上原マネージャーの話」
空知がそう聞いて、体を起こし柳田に腰を下ろすよう促す。
柳田はそれに応えるようにそのまま腰を下ろしました。
「散々だよ。翔が壊した棚とか色々な備品の請求について、しつこいぐらい責任に問われたよ」
「へぇ、大変ですねぇ......」
「君のせいでも、あるんだけどね?」
「やだなぁ、柳田さんもパワハラですか?困っちゃうなぁ」
「あのマネージャーよりは良いでしょ」
その言葉に「そうかも」と言葉を洩らして一護の肩に手をやり、優しく起こそうとする空知を見ながら柳田は遠くを見た。
何故か、銀髪の腰までの長髪をハーフアップにし、長年の間、紫外線を浴びていないのかと思うほど白い肌をした白のロングドレスを着こなしビーチサンダルを履いた女性が店内へ入るのが見えた。
この時の柳田は、ただ何の能力もない消費者の一人が来店しただけだと思ったことを、後に後悔する。
---
時刻は正午ぴったり。お腹が空いてくる頃ですね。私は正午と聞くと焼酎が思い浮かびます。
理屈が分からないですか、そうですか。私にも分かりません。
さて、場面は移り変わります。まるで春から夏に変わるように。
人がせわしなく動く店内に例の女性がひたひたと歩く。足跡には水が滴り、口から、腹から、膝から、足先から伝って床へついたことが口元から分かります。
おもむろにその女性は“日村”とネーム札の華奢でどこかの令嬢を彷彿とされる惣菜担当を睨むと、その女性へ話しかけた。
「ねぇ、あなた」
その声かけに女性が顔をあげる。そして、声をかけられた女性の横を水が掠めた。
「.........」
双方、静寂が流れる。先に静寂を破ったのは水を飛ばした女性のようで、次に
「なんで避けたのよ!避けて良い気にならないで!!」
それなりに、理不尽な文句を垂れた。
そして、深く息を吸い込み、口から洪水とも言える量の水を放出した。
---
ジリリリリと警報音が鳴る。反射的に、
「うるせぇ!緊急だってのは分かってんだよ!」
「空知先輩!手を動かして下さい!」
警報音に空知と一護の会話が被る。ある一室にいる二人の膝下は水があり、それが部屋全体に満たされていました。
その水を必死で掻き出すように掃除用道具入れにあったバケツで人が通れない小さな窓へ水を捨てる二人のみのリレーをしますが、もちろん密室では意味がありません。扉の隙間から水が入ってきています。
ちなみにですが、水が扉から入って来ると言うことは、水で施設全域が満たされているので扉は水の圧力によって開きません。詰みです。
「詰みです、じゃないわ!お前、今ここで僕らを殺す気か!」
空知翔 2xxx-2xxx 没。それなりに良い人でした。
「勝手に殺すな!ピンピンしてるわ!」
そう空知が叫んでいると、急に扉から斧の刃がにょっきりと生えてきました。いえ、正確には刺さっていました。そして、その刃が抜かれた時、柳田の顔がひょっこりはんしました。
某ホラー映画のワンシーンみたいに。分からない人に説明すると、シャ◯ニングです。シャイ◯ング。
「店長の登場~!」
「遊ばないで、そのまま斧で壊して下さい」
一護君はシャイニ◯グが分かるのでしょうか。有名な「ジョニーの登場」の台詞です。その台詞は男優のアドリブだった、なんて話があります。まぁ、それは良いとして、斧を大きく振りかぶって、ばこんと嫌な音がしたと思うと、扉の中に大きく人が通れるくらいの穴が開かれました。
これは柳田の株があがりますね、株があがったところで何もないですが。
危うく溺死するところだった二人が部屋の中の水と一緒に出ていく。そして、水に満たされた床に足をつけた。
「なんですか、これ?洪水ですか?」
「いや、警報が鳴ったから消費者だろうね。一面水浸しなんて、厄介だね」
「呑気ですね...商品は無事なんですか?」
「無事だと思う?」
「...いえ」
ご想像の通り、店内は水浸しですから全て水に浸っています。なんなら、銃器などの火器の武器はあんまり使えません。火薬が水に濡れて、上手く着火しなかったり、飛距離が縮んだりします。しかし、現代のリボルバー式は使えるようですね。作中のは昔ながらのリボルバーのものが多いので不可能ですけれど。
「それで、バイトリーダー。今回のは?」
「さぁ?」
「...さぁ?さぁってなんですか?」
「え?分かんないってこと。解析の人にもどっかの水道管が破裂したか、消費者だろうって」
「でも、さっき消費者だろうねって...」
「あくまで憶測だよ。広い店内が水浸しになる水なんて、水道管が一個や二個、破裂しただけでなると思う?」
「ない、ですね...そう考えると水関連の能力なんでしょうか」
「んー...答え合わせは片付けながらでも良いんじゃない?ほら、こんなに暑い夏だから...」
「海に行かずとも、水遊びができる!!」
それまで黙っていた空知が目を輝かせて、キラキラと発光しました。横にいた柳田がすぐさま、サングラスを取り出して装着します。
「...空知先輩、さっき死にかけたのを忘れたんですか?」
「あれはあれ!これはこれ!つまり...」
「働きながら、楽しもうってことだね」
「呑気ですね...」
和気あいあいとする先輩二人を横目に廊下の先を一護は見た。
びしょ濡れになった銀髪と金色の女性を見た。
そして、水面に揺れる全員の姿を見た。
〖吸いも吐くも実力次第〗
ものすごく先の話ですが、実は全シリーズがリンクしていまして、あるキャラクターの過去をシリーズとして出そうかなと考えています。
メインが複数で既に出ていますが、その他脇役を考えるのが面倒くさいんですね。
つまり、その時はよろしくお願いします。
ひとまずはこちらの参加者様を全て出し終わってからの話ですが...。
どれだけシリーズ出すのかって?良いじゃないですか、息抜きみたいなもんですよ。
そういえば余談ですが、本作の舞台は〖福井県〗を想定しています。
山中なので何を隠しても見つからなさそうですよね。
語り手:上原慶一
店を開けば金が入る。店を壊せば金が入る。ここは私の|理想郷《ズートピア》。
オフィスで事務をしながら見る監視カメラの従業員の右往左往。
人が汗水垂らして稼いだ金を譲渡せずに、経営資金にするのは三度の飯より美味い。
さぁ、働け!さぁ、倒せ!さぁ、稼げ!
●上原慶一
29歳、男性。本施設の|経営者《マネージャー》。
低賃金、悪環境、命の保証を一切しない(保険手当てなし)商業施設を経営している。
顔の左にある火傷は|過去の栄光《やらかしたこと》らしい。
彼女はいない。彼氏はいない。妻子はいる(永遠に未登場)。
●|日村遥《ひむらはるか》
ややクリーム色に近い金髪に緑の瞳をした美人さん。
振る舞いは優雅でどこかのご令嬢かと思わせる。
惣菜担当で、〖不可視の襲撃〗にて指を怪我したのは彼女。
彼女はいない。彼氏はいない。行方知らずの兄はいる。
---
「|遥《はるか》、さん...?」
その女性二人の内、一人を見て柳田が呟いた。
「遥さん?日村さんのこと?」
それに翔が応えるように聞き返した。そしてまた、柳田も返す。
「ああ、あの日村さんだよ」
どこの日村さんだよ?という話は放っておいて、睨み合う女性たちに移りましょう。
銀髪の腰までの長髪をハーフアップにして、驚く程白い肌をした白いロングドレスを着たビーチサンダルの女性と、ややクリーム色の髪の女性。光に反射されて金髪にも見えます。
それらの髪が睨み合う本体が戦う激しい動き合わせて揺れ続け、水の滴りが水面を作り出した。
例の女性の口から水が出る度、日村遥がそれを避ける度、膝元の水がかさ増しされていく。
それに一早く気づいたのは、
「これ...不味くないですか?」
一護でした。それに柳田が一応聞き返します。
「ん?...何が?」
「いえ、この施設って排水機能ないですよね?消費者出てる間は窓も扉も開けないかぎり自動的に閉まりますし...」
「あ~...」
まるでテストの模範解答のような答えに柳田は納得するような声を出して、遅れて結論を出した。
「うん、不味いね。
と言うか、君らがさっき死にかけてた時点で気にするべきだったかも」
責任者としてあるまじき発言でした。
「じ、じゃあ...どうするんですか?」
「窓...開けるしかないかな。行こうか」
幸い、まだ腰くらいです。
三人が別れて窓を探そうとした瞬間、日村遥と呼ばれた女性が足がもつれたのか倒れかけて、それを一護がキャッチしました。遠くにいる二人は無事なのを確認して窓を探しに行きました。
そのまま、抱えて消費者から距離を取ると、例の女性が口を開きました。
「何するの?!逃げるつもり?!」
別に逃げるわけではないのですが、誰だって今まで対戦していた相手を担がれたら何かと思います。
これは理不尽な話ではなく正論でしょう、多分。
一般論ならここで離れれば距離を取れ、有利に戦況を進めることができるでしょう。
しかし、主人公の定番というものを忘れてはいけません。
「逃げないッ!!!!!!!!」
知能遅れですね、深刻な知能遅れです。
この主人公君は中々に正直で、芯の強い人物のようです。
「五月蝿い!!」
銀髪が..................。
「五月蝿いって言ってるでしょ!!!」
.....................................................................。
「黙るなよ、仕事しろ」
銀髪の女性の一言に少し間があき、一護が突っ込みをいれました。
こればかりは有難いですね、まさかこちらにも理不尽っぷりが飛んでくるとは思いませんでした。
さて、場面は流しそうめんのそうめんのように流れます。
銀髪の女性は今も水を流し込んでいて、胸元までに水が来ました。
男性は女性より背が高いのが一般的ですから、一護は日村さんを自分の頭ぐらいの位置まで持っていくことになります。両手は使えませんが、日村さんの両手は使えますね。
さて、どうするのでしょうか。
「っ......日村、さん。何か、何かありますか...?」
何も考えていなかったようです。
あれでしょうか。考えるより先に体が動いたの悪い典型例でしょうか。
これには日村遥さんも吃驚。
抱えられている身でありながら、少し考えて、初めて口を開きました。
「防水テープとかで、口を塞げませんか?」
とても透き通る優しい声色でした。
それを聞いて、一護が銀髪の彼女に背を向け、防水テープを探しに行きます。
後ろから、
「やっぱり逃げるんじゃない!」
女性の叫びが聞こえました。これは正しいです。
---
「窓、窓、窓...柳田さん!これホントに大丈夫?!」
胸元まで水に浸かった空知が同様の様子で窓を開ける柳田に向かって叫んだ。
「いける、はずだけど...いけないなら排水溝を...」
「そんなのでいけるわけないじゃん!!」
「だったら、どうやって...!」
「泳ぐ!?ねぇ、もう泳ごう!?」
「翔!君、泳げるの?!」
「.........根っからのカナヅチで...」
「ダメじゃん!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ野郎の猿共の頭上、濡れないように高く積まれたガーデニングコーナーの棚に庭石の詰め合わせ袋があった。
そして、柳田の携帯がメールを受信した音が鳴りました。
---
バシャバシャと水音が響き続ける廊下で、女性を抱えた男性の背後に何度か水がぶつかり、その背中を濡らす。
だんだんと腕の痛みと身体の寒さを感じてきた頃、DIYコーナーに防水テープがあるのを見つけました。
「橘さん!」
腕の中で自分を叫ぶ声がして、それが合図のように防水テープを手に取る。
手の中で勢いに任せてちぎり、後ろにいた銀髪の女性の口元に貼りつけた。
やがて、その口元のテープがガムのように膨らみを増して、角から水が出てくる。
それがだんだんと多くなって、防水テープが破けるようにして剥がれた。
「っお...マジかよ...」
「橘さん、走れますか?!」
「いや......申し訳ないんですが、日村さん...痛いし寒いしで、何か眠くて...」
「寒中で遭難した人みたいなこと言わないで下さい!」
「でも、日村さん...動けますか?」
「.........」
「体制、崩された時に脚の方に違和感があったんです。だから、多分...捻挫か何かをしてらっしゃいますよね」
「そう、ですけど...どうするんですか?」
「......何がですか?」
一護の頭上に息を大きく吸い込んで、今にも水を吐かんとする銀髪の女性の姿。
それが出ようとした時、その女性が唐突に体勢を崩して床に水を吐きました。
「えっ?」
べしゃんと音がして、下に見る女性の姿。
「|出水鈴《いずみすず》...能力は|水没飛瀑《すいぼつひばく》...。要は水が出せる能力ってとこかな」
柳田がその女性の下に立ちました。手には石を持っています。投げたようです。
ちなみにですが、瀑の読みは〖ばく〗ではなく正しくは〖たき〗と読みます。
意味は水しぶきやにわか雨ですが、なんだか特殊で粋な読み方をしますね。
「へぇ、名付けた奴はセンスがいいね」
石が大量に入った袋を持ちながら、空知が言いました。
袋は〖|珪藻土《けいそうど》〗とネームがされた商品のようです。珪藻土は化石化した植物性プランクトンで、主にバスマット等に使われているのが有名ですね。
つまり、高い吸水性とすぐに乾く速効性がある物質です。
「いいよね、これ...庭に撒いてもいい...けど...」
柳田が口を閉ざしました。
そうです、庭に撒いても乾きますが〖アスベスト〗という静かなる爆弾と異名をもつ有害物質が含まれています。
少々、いや結構危険なのでガーデニングコーナーで誰も購入できないよう、高い棚の上に置いて「私、売り物じゃないですよ」的なアピールをしていたんですね。
「まあ、別に...消費者ならいいかな...」
柳田が言葉の続きを言って、空知が出水鈴の口元に例の珪藻土が大量に入った袋の口をぴったりとつけました。
「なんなの...むぐっ」
物凄いスピードで口元が乾いて、水が引いていきます。しかし、端から見れば窒息しかかっているわけですから数秒間の内にすぐに袋と口を離して、柳田が持っていた珪藻土の塊で大きく振りかぶり、彼女の頭を強く殴りつけました。
鈍く重い音が響きました。
---
「...お、終わったんですか?」
遥を下ろして、暖をとるために日村に背中を擦られている一護が伸びた出水鈴を見て、言いました。
それに柳田が応えます。
「多分...一護君は一回水からあがろうか。低体温症になってるかもしれないし」
「ど、どうやって?」
胸元まで水に浸かって...いえ、珪藻土のおかげで膝辺りに戻っているようです。
「そんなら、僕おぶっていくよ。翔は遥さんを」
「了解」
ということで、柳田が一護を、空知が日村、出水を抱えて無駄に残った浸水した廊下を歩いていきます。両手?に花ですね、羨ましくなんかないです。羨ましくなんてないです。
これが黒髪の女の子なら、あるいは白髪の女の子なら...どうでもいいですね。
「この水、どうします?」
不意に柳田に担がれた一護が将来を綴りました。
「もっかい、珪藻土使っとく?このままだとマネージャーに散々言われそうだし」
ダメです。
この場にいる全員がいずれ早死にすることになります。
「...無難に、ポンプ使おうか」
そう柳田が適切な最適案を提示して、この話は終わりました。
夕陽が映る水面に息をついて、ゆっくりと確かに歩みを進めました。
柳田の携帯が鳴る音がしました。
〖いるの?いないの?〗
語り手:日村遥
鳥の声だけが聞こえる森の中に施設の警報音が木霊する。
そして、直後に壁や棚が崩壊する音が響くのだ。
その音の主がが消費者なのか、従業員なのかは戦場に立たないものが知る由はない。
●橘一護
18歳、男性。大学生。今年で19歳になるらしい。
(職場の人間は柳田は26歳、空知は23歳、上原は29歳、日村は23歳)
最近の趣味は神社巡り。変なもの連れてそうですね。
最近の悩みは皆が一護君呼びするので苗字を覚えられていないのではないかと思っていること。
---
「なんで石なんて口にやったのよ!!!」
店を開いて開口一番に出水鈴が苦情を入れる姿があった。
また、それに対応する柳田の姿もそこにある。
「いえ...その、大丈夫だと、思いまして...」
「どこがよ!?あなた、あたしが消費者だって分かってるの!?」
「ええ、まぁ...でも暴走状態でしたし...」
「暴走状態だろうと人に石を喰わせたのは事実でしょ!?」
「喰わせたというか、口に入れ...」
「喰わせたのよ!」
「そうですね!」
柳田が討論で負けました。弱いですね。
「あなたも同罪よ!」
知りませんね。
「まぁ...結局は書いてる奴が一番罪あるしなぁ...」
同じ敵できたら一斉に袋叩きにすんのやめない?
さて、話はそのままで柳田が出水に頭を下げ、一つお願いをします。
「その件に関しては、大変申し訳ございません。もしご都合がよろしければ、貴方の卓越した能力は非常に有用であるとの認識があり、お時間がある際にお力をお貸しいただけますと幸いなのですが...」
教科書に載っていそうなとても硬い敬語を喋りました。
「...あなたの喋ってること、硬いし長いのよ!」
理不尽ですね。理不尽でもないか...?理不尽か。判断に苦しみますね。
「えぇ...?そ、それでお話の方は...」
言い終わらない内に柳田の顔が濡れ、ポタポタと水が滴ります。
「なん...何するんですか?!」
「力は貸す。それだけ」
「はぁ...それは有り難うございます」
何も分からずに出水が去る姿を見送って、服の袖で顔を拭い後ろを振り返るとそこには泣きそうな顔をした一護君の姿が。
「え、なに...なんで...?なんでそんなに悲しそうなの...?」
「バイトリーダー...本が...」
「本が?」
「本が...乾きません...」
本が乾きません。そりゃそうです。あれだけ水没すれば本は中々乾きません。
乾いても頁と頁がくっついてパリパリになります。読書が趣味ならば、この辛さ分かるでしょう。
さぁ、本(アナログ)を水に浸して暫く乾かしてみて下さい。完全に乾かずにどこかの頁は必ずくっつきます。マジで。本当に。畜生め(※個人的な恨みぐらいは抑えて下さい)
「あ~...参るよね、それ。水分をしっかり取って、冷凍したら上手く剥がれるらしいから今度やっておくよ」
「本当ですか!?」
「うん。ところで何の本?」
「雑誌コーナーの...えっと...あー...その...」
「...あっち系の写真集?」
「まぁ、そうですね...見事に全部でして...あの時、他の雑誌が少なくてあっち系ばかりだったみたいで...」
「ああ...うん......男全員でやろうか...女の子には流石に酷だろうし...」
「...興味が...?」
「う~ん...それが濡れる前に一回見たけど、そんな好みじゃなかったから別にないね」
「見たんですか」
「うん、見た。プライベートで買わないタイプだからさ」
「意外です。わりと買ってそうなイメージだったので...」
「酷いなぁ...8日間勤務なのに買う暇があるわけないじゃん」
「それもそうですね...」
ところで、どんな女の子が載ってるの?
「そろそろこの話を切ろうって気はないのか」
ヌードはいらないけど、ほら、健康的な女の子って同性でも魅力的じゃない?
「「煩悩!」」
---
薄暗い部屋の中でアロマの蝋燭が匂いを立ちこませながら、数名の男女が座禅を組んで座っている。
その中で黒髪の密編みの眼鏡っ子ちゃんが語るように話している。
「それでね、Aさんは後ろを振り返って_」
ごくり。他の男女が生唾を呑み込みました。
「見ちゃったの!長い黒髪をだらりと前に垂らす例の亡くなった女性の霊を!」
その瞬間、女性陣と一部の男性の悲鳴が響き渡りました。
「いや~...怖いね、それ」
一部の男性陣の中で、白髪に染めた凛々しい顔をした男性だけが語り手に感想を述べました。
「あれ?空知さんは苦手じゃなかったんですか?」
「苦手だよ。苦手だけど、マネージャーの叱咤よりは怖くないから慣れちゃったよ」
「そうですか?じゃあ、何が苦手なんですか?」
「う~ん...海とマネージャーと、マネキンとかの人形と...まぁ、色々?」
「多いですねぇ...」
「そうかもね。しかし、話すの上手いね、皆引き込まれちゃったよ」
その言葉を皮切りに叫んだ男女が口々に感想を言い合う。
やがて、廊下から歩く音がして止まったかと思うと、薄暗い部屋の中に蝋燭以外の光が射し込んだ。
「どこで油売ってんの~?」
例の本は持っていませんが、柳田が顔を覗かせてサボっているのを探しにきていました。
「お...柳田さん。怪談ですよ、怪談。暑くなってきたし早めに涼しくなろうかと」
「古風だね...でもダメ。業務に戻ってね。とりあえず_」
ジリリリリと警報音が鳴った。
生暖かい嫌な風が通った。
「...なんだ?」
全員が静まりかえり、奇妙な静寂があった時、不意に空知が口を開いていた。
「......とりあえず、警報鳴ったから対処しようか」
「...そうですね」
---
「なんだ、なんだ?」
「何も来てないじゃない」
「.........」
「警報が鳴りすぎて壊れちまったのか?」
駐車場へ集まった消費者が口々に文句を垂れます。
その中で消費者を誘導していた一護と柳田が話していました。
「...あの、柳田さん。俺も何もいなかったように見えたんですけど...」
「奇遇だね、僕もだよ。でも...何かを感知したんだ。そうじゃなきゃ鳴らないよ」
「だとしたら...一体何を?また、透明なんですかね?」
「いや...そんなはずは...」
生暖かい嫌な風が通る。
その場の全員が開けていた口を開き、施設の扉を見た。
何もいなかった。
何もいなかった。
何もいなかった。
何もいなかった。
何も、いなかった。
---
何かがいるような気配がする。
はっきりと姿が見えるわけではないし、断言することはできないけれど目の前に何かがいる。
「見えてるわけやないん?」
やっぱり、何かがいる!
「...誰だ?」
何もいない虚空へ言葉を投げ掛ける。返事はない。
気味の悪さと解けない警戒心だけが空知の心に残った。
---
薄暗い部屋の中で目視できない何かが蠢く。
それがだんだんと数を増し、騒がしくなっていく。
虚空の中で若い女性の声で争う声や小さな子供達がはしゃぐ声がする。
しかし、何もいない。
何も`いない`のだ。
〖奇怪な跡のような〗
語り手:橘一護
福井県のとある山中にて、従業員が汗水垂らしながら、接客に追われながら、マネージャーに怨みを募らせながら、今日も労働時間は8時間オーバー。
8日勤務制は未だに変わらず一刻一刻と無情に一年を刻んでいく。
終わりは...いつか、あるかもしれない。
●空知翔
23歳、男性。地毛は黒髪。黒髪を白で染めている。
実際にいたらお爺様みたいだね。
寺生まれ寺育ちの友人Tさんがいるとかいないとか...多分いない(断言)
霊感はないが、勘は鋭い方の残念なイケメンらしい。
---
嫌な汗が首筋を伝う。何とも気味が悪く、この場から逃げ出したくなるような焦燥感に駈られる。
腰にぶら下げたグロック17のような形状をした銃器を取ろうとして、それが触れる前に宙に舞った。
正確には取ろうと手を伸ばした瞬間、触れてもいないのに宙を舞い、床に落ちたといった方が分かりやすいだろう。
「...なんだ?」
落ちた銃器を拾おうと屈んだ時、後ろから蹴り飛ばされるような感覚で前に倒れた。
「痛...なんなんだよ...」
立ち上がろうとして、今度は後ろから踏みつけられるような感覚に陥る。
そこで確信する。確かにそこに何かがいる。それも以前のように姿の見えない何かだった。
それに対応しようと落ちた銃器に手を伸ばし、そのまま構えて引き金を引いた。
銃撃音は鳴った。けれど、手応えはなかった。
何かに当たるわけでもなく銃弾はすり抜けるような感じだった。
---
「...柳田さん...突撃部隊は何をしているんだ?」
施設の外で消費者が倒されるのを待つ清掃部担当の男性が呟いた。
それに続けて、惣菜担当の女性も愚痴を溢す。
「遅くても二時間で終わらせているのに...もう三時間よ?」
「ひょっとして、警報音の故障だったんじゃないか?」
「そんなはずないわよ、前に空知さんが水で故障してるかもしれないからって点検してたのを見たわ」
「じゃあ、一体...なんだって言うんだ?」
「ぼ...僕、変なのを見たんです!」
そう言ったのは従業員の中でも一際幼い青年だった。
「変なの?どんなのを見たんだ?」
「かっ、髪の毛の長い...顔の潰れた_」
その言葉を言った途端、青年が白目を向き泡を吹いて倒れた。
そして、気味の悪い笑い声が響いた。その笑い声の主は青年で、悪魔のような笑い声と裏腹に共に先程まで話していた全員の顔から血の気が引いた。
柳田や一護、空知は帰ってこなかった。
---
「...やっぱり、何もいないですよね?」
「ああ...でも何か...気持ち悪い雰囲気じゃない?何か、暗いというか重いというか...」
「それは...そうですね...こうして歩くと、小学生の時に友達と夜に廃墟に言ったのを思い出します」
「へぇ?結構やんちゃしてたんだ。一護君、そんな風に見えないからさ」
「そうですか?八代...友達とかは、悪ガキグループだって言われましたよ」
「そんな時代もあったんだねぇ」
気ままに話す彼等の傍で
「あのさ」
はい?
「いつものにしない?これ、コメディなんだよね?」
えぇ?えぇ...えぇ?
「このままだと、完全ホラーで討伐なんて出来そうにないし...何より、消費者が強く、怖く見えるからそろそろ...」
あらやだ、怖いの嫌い?
「嫌いではないけど...このまま行くと...ちょっと...」
なるほど、なるほど...では...。
✄---------キ リ ト リ ---------✄
「...やっぱり、何もいないですよね?」
「ああ...でも何か...気持ち悪い雰囲気じゃない?何か、暗いというか重いというか...」
「それは...そうですね...こうして歩くと、小学生の時に友達と夜に廃墟に言ったのを思い出します」
「へぇ?結構やんちゃしてたんだ。一護君、そんな風に見えないからさ」
「そうですか?八代...友達とかは、悪ガキグループだって言われましたよ」
「そんな時代もあったんだねぇ」
気ままに話す彼等の傍で何やら物音が鳴った。
ゴトっとした物音に一護が目をやる。見れば、うつ向いた誰かがそこにいた。
「...誰ですか?」
「あんたも、誰なん?」
おうむ返しで話にならないようだった。それが何回も繰り返される。
「縺ゅs縺溘b縲∬ェー縺ェ繧難シ」
「.........」
やがて、それが奇妙な言葉になった。
「繧ヲ繝√?諞台セ晞怺豁鯉シ」
その言葉を聞いて柳田が携帯を弄って...
「|憑依霊歌《つかれいか》...能力は|霊格操作《ゴーストオペレーション》だそうだよ」
「え?早くないですか?」
「それが、解析部隊の方も突然機材が砂嵐になったり電源がつかなくなったりしているみたいで...色々と解析したらこの消費者が原因らしい」
「縺ゥ縺?@縺ヲ繧ヲ繝√?縺薙→縺悟?縺九k繧難シ」
「そうなんですね...どんな能力なんですか?」
「それが...」
唐突に憑依霊歌が拳を強く握って力を込めると何か複数の人がいるような気配が強くなった。
「...霊を創ったり操ったり、従わせたりするそうだ...」
「それは、また...非科学的ですね...?」
その場が雰囲気がとても重く、沈みこむほど落ち込んでいた。
---
縺翫>縺ァ縲√♀縺?〒縲√♀縺?〒
「っ...クソが...」
あれが人間ではないのがはっきりと分かる。
目に見えるわけではなく、目を掠めて黒い霧のような嫌なものが微かに分かる程度だった。
きっと銃撃も斬撃も効かないのだろう。拳なんてもってのほかだ。
物理は効かない。これが厄介なものだと改めて思い知らされる。
「怪談とか、幽霊とか...怖くなんてないけど...ちょっと、苦手なものに加わりそうかも...」
縺翫>縺ァ縲√♀縺?〒縲√♀縺?〒
よく分からない言葉を言っているのか流しているのか分からない。
何か、打開策はないのか。物理的ではなく、呪術的な...。
廊下、従業員専用部屋、温室プール、食肉コーナー、図工コーナー...神棚のある、怪談で使ったあの部屋。
あの部屋なら...あの部屋には`神棚`があるはずだ。近くにはキッチンもある。やるなら、これしかない。
その黒い霧のようなものから離れて、キッチンへ急ぐ。
キッチン棚に塩とライターがあるのを確認し、急いで取って神棚のある部屋へ転がるように駆け込むと神棚に塩をやり、灯明をした。
そして、柄にもなくただ祈る。神力というのは...非常に融通が効かないと常に思わざるを得ない。
今も尚、何かは近づいてきているというのに何も出来ず、神職とは無縁なことにつくづく悪態をつかざるを得なかった。
---
なんとなく、重い雰囲気がうっすらと晴れたような感覚がある。
「...菴輔r縺励◆?」
それでも、複数人がいるような気配はなくならない。
その気配が強いところに向かって近くに手を振ってみても風を切る音がするだけだった。
「柳田さん、やっぱり物理は効きません...」
「...グラビア雑誌とか...効いたりしない?」
「いくらなんでも、無理でしょう」
そういえば、あっち系は幽霊に効くって話どこから出たんでしょうね?
「...反応しないよ」
「ところで、これ、どうします?」
「ああ...お札とか持ってたりしない?」
「持ってるわけないじゃないですか!」
---
何かが変わった。そんな気がした。
近くの何かが消え、目の前の塩にどこか安心感がある。
ただの塩。ただの塩に過ぎないが、もしかしたら...効果があるかもしれない。
塩を持って、複数人が暴れているような音を頼りに歩みを進めた。
---
奇妙な感覚が後ろからしていた。どこか安心感があった。
後ろから白い粉のようなものが投げられて、それが憑依にかかった瞬間に肉が焼けるような音と匂いがして全てがすっきりしたような雰囲気に包まれた。
「...何ですか...?」
「...多分、終わったんだよ」
一護の言葉に空知が応えた。どこか憑き物が落ちたような顔をして、憑依の身体を抱き抱えて歩こうとした。
三人が廊下を歩きながら話していた。その中で不意に柳田が訊いた。
「...翔、この人はどこか異質な気がするんだけど...何をしたの?」
「別に。神頼みな覚悟で塩投げたら上手くいかないかと思っただけ」
「へぇ...その割には切羽詰まった顔してたように見えたけどね」
「そう見えました?」
「うん。まるで何かから逃げたみたいだったよ」
「......それは.....」
「また、怪談でもする?」
「勘弁して下さい」
後ろからついてくる一護が二人の会話を聞きながら呟く。
「商品の被害はなかったですけど、精神的にキツかったですね...」
「...それもそうだね。ここを出たら...」
柳田の言葉を遮るように空知が言葉を被せた。
「皆の対応に追われるね」
抱えた憑依を支えながら空知が誇らしげに笑う。
全員が扉から出た時、出迎えた他の部隊や消費者の安堵したような顔があった。
その後ろで一護は長い黒髪の女性を見た。
髪は垂らさず、艶やかな黒髪が風になびいていた。
言葉は口にしなかったが、ただ今日の本当の終わりと安寧を強く感じたと共に今日に限って暑く雲一つない青空がとても心地好かった。
〖桜花爛漫〗
語り手:(今度は抜かされなかった)空知翔
警報音が鳴り、次に響き渡る銃撃音。
消費者だろうと神だろうと撃って撃って撃ち抜いてしまえ。
ついでに商品や備品も撃っちゃったりして。
●柳田善
26歳、男性。バイトリーダー兼店長。
最近は分析後の消費者の従業員引き入れ手続きに忙しいらしい。
趣味は最近出来ていない。
---
花の香りが踊る。窓辺にかざられた花からは踊るような香りが漂っていた。
「踊るような香りってなんだよ?」
知らねぇよ。
「比喩表現?」
多分。深夜に書いた一文なんで知らないよ。
「なるほど、なるほど...」
その香りが鼻付近に漂いふんわりと良い香りに包まれる。
ふと窓を見れば新緑に色づいた木々と季節の衣替えのように夏の花々が咲いていた。
「随分と詩的だな、この後すぐにやべーの来るってのは確定事項なのに」
そうネチネチネチネチネチネチネチネチと言いやがるのは一護君でした。
「...何か嫌な予感してきたかも...」
ネチネチネチネチネチネチネチネチと言いやがる一護君は嫌な予感を感じとったのか窓の外を見ました。
「...何もないぞ?」
窓の外を見ました。
「だから何も...」
窓の外を見ました。
その瞬間、強い風が吹いて何かが通り...葉っぱや花が散ったかと思うと切り刻まれた施設の看板の破片が葉っぱや花のように残されていた。
「...言わんこっちゃねぇ...」
請求書書いておいてね、それ。
---
「...あのさ...幽霊みたいな現象の人間をはい、そうですかって雇う人間じゃないの、分かってる?」
「それは、存じ上げております」
またオフィスにて上原慶一が柳田善を問い詰めていた。
ただ一つ違うのはそれが請求書ではないことだった。
従業員募集の用紙に書かれた名前は憑依霊歌、臨時として出水鈴の名前もあった。
「困るんだよ、急にコイツは使えるからうちの部署に引き入れたいって...分析直後に連絡してくれる?それができる人間が君だよね?何してんの?」
「お言葉ですが、上原さん...僕は鎮圧後にすぐに連絡を_」
「言い訳をしない。とにかく、まずどんな能力か分かって利用できると思ったらすぐに連絡すること。いいね?」
あんた、鎮圧後に連絡入れても電話に出なかったことはいいのかよ。
上の者ってのは自分の行いをすぐ棚に上げるのだなと柳田が考えて黙っていると上原が急に手を伸ばして柳田の額を小指で小突いた。
「...分かったよね?」
嫌な雰囲気を肌で感じた。手を出されるとまではいかないのだろうが、なんとなく危険な気がして、素直に「分かりました」と答えざるを得なかった。
---
上に立つ人間はつくづく大変だと常に思う。上原とか言うマネージャーは分からないが、柳田はよくやってる方だと思う。多分。
「多分ってなに?」
他人事のように心情を語っていたらナチュラルに入り込んでくる柳田。これが店長兼バイトリーダー...!
「そんな大層なものではないし、普通に翔に焦点が当たってるから地の文として見えてるだけだよ」
「あ、そんな設定あったの?」
なるほど、君らがたまに突っ込んでくるのはそういうことだったのか。
「お前は分かってろよ」
コメディやぞ。
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「そろそろ、三人で回すのもきつくないですか?」
何らかの会場の花を模した飾りを作りながら、手を止めずに一護が尋ねた。
それに一護同様の動きをしたまま柳田が答えます。
「あ~...それね、分かるよ。遥さんは惣菜担当だから巻き込むわけにもいかないけど、三人だけが突撃部隊ってのも人手の足りなさが目立つよね。
だから、今まで解析した消費者で良さそうな人材確保をと思ったんだけど上からの返答がまだ、ね」
そう応えて、作業効率をあげようとする柳田。隣で空知が不器用な故に悪戦苦闘していますが、作業の方が大事です。
しかし、パイプ椅子に座った男三人がふわふわとした紙質の折り紙で花を作っているのは精神的な意味で華がありません。これは何回も言っている気がします。
「嫌なら女性入れればいいのに...」
空知が手を止めて何か呟いたような気がしますが、気のせいです。
やがて、一通り作業が終わった柳田が問いを投げ掛けました。
「昼に温室プール付近の庭見たら、あの有名な企業...なんだっけ、畠...株式会社?...の看板の破片が大量にあったんだけど銃撃で壊したりした?」
「.........」
片付けなかったんですね。
「一護君」
「...はい」
「あれ最初壊れてなかったよね、何かあった?」
強い風が吹いたら、一瞬のうちに破片になったなんて言えません。言えるわけがありません。
「......その、俺も何が何だか分からないんですが...知らない内に看板がバラバラで...花とかも色々凄くて...」
「つまり、やったのは一護君じゃないんだよね?」
「まぁ...そうですね」
「ん、有り難う。請求書を書いとくよ」
上司は良い人で良かったですね。
二人が会話をしていた頃、空知はようやく花を一つ完成させていました。
しばらくして、警報音が鳴り響きました。水で故障だの空知がまともに点検してなかっただのボロクソ言われていた報知機もしっかりと機能していました。
今日は色々な問題で客がほとんどいませんので避難はスムーズでしたが...。
従業員の愚痴は止まりませんでした。
「ああ...もうすぐ終わる半額シールの張り替えが...」
半額シールを貼る作業でもしていたのでしょう。
「ああ...もうすぐ終わるトイレの掃除が...」
トイレの掃除でもしていたのでしょう。
「ああ...そろそろ仕事に戻ろうとサボっていたのが...」
そろそろ仕事に戻ろう、戻ろうと思いつつサボりが長引いてしまったのでしょう。
「ああ...夏のコミケに出す予定の新人君と店長モチーフの同人誌が...」
夏のコミケに向けて、勝手に人をモチーフに同人誌を描いていたのでしょう。
「ああ...夏のコミケに出される本が...まだ申し込み予約も先だけど...」
好きな作者の同人誌が出る予定の続報を追っていたのでしょう。
「ああ...もうすぐ花の二つ目ができそうだったのに...」
誰かが折り紙の花を作っていたようです。そうです、空知です。
敢えて先程聞こえた男性からしたら悪寒のする呟き(個人差有り)はスルーして花の製作について嘆いていました。
「空知先輩、行きますよ」
嘆く空知を気にも止めずに一護が移動を促します。素直に空知がついていきました。
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電話をしている柳田をよそに室内の確認をします。
特に何も見当たらない室内の中で何かを刻むような音がして、その方向に桜の花びらを舞わせながら商品や備品を紙同然に切り刻む何かがそこにいました。
「...回転式自動ハサミ?」
んなわけねぇだろ。
ボケ老人のような台詞を吐いた空知を無視して舞台は一応主人公に向きます。
近くにあった段ボールを手に取って、その花の渦巻きに投げつけると粉々になった段ボールが花びら同様に散っていきます。
ついでに腰に吊ったナイフも投げてみましたが、刃すら切り刻まれました。
では、銃弾はどうなるのかと撃ってみましたが、おそらく本体にたどり着いく前に弾が切り刻まれているような気がします。
打つ手が現状無くなり、悩みが進行形である状況で一護が空知を見ると自分と同じように悩んでいました。
使えないと考えて柳田を見るとまだ電話をしています。
非常に難しい状況の中でゆっくりとそれが近づいているような気がして、ただ呆然とその場に立っていることしか出来ませんでした。
わりと簡単で、単純な解決法を思いつくまでは。
〖揺らめく炎〗
※本作品には喫煙の描写が含まれます。
語り手:柳田善
わりとやりたい放題な従業員を見ながら、マネージャーの電話を取る日々。
人が叱咤されている中、笑わせようとする従業員には流石に注意するが、怪談だのゲームだの...サボり過ぎじゃなかろうか?
●(登場人物紹介で抜かされた)空知翔
23歳、男性。彼が凛々しい顔に髪を白く染めていることは忘れていないだろうか?
だからと言って、彼に彼氏・彼女ができるわけではない。
最近の趣味はクレー射撃。アヒル嫌い。
(※空知翔:抜かされたの二回目なんだけど...?)
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桜の嵐、とでも言うべきか。目の前で紙同然に斬られていく商品や備品、斬られていく最中に舞う桜の花びらを見ながら、なんとなく夏の暑さが緩和されていくような感覚に陥る。
ただ、銃弾や刃物が効かないのは些かどうだろうか。
「...これ...水とかってぶつけたらどうなるのかな?」
不意に空知が口を開きました。その瞳はキラキラと輝いて子供らしさがあります。大人なのに。
「...蒸発...とか?...するんじゃないですか...?」
一応、台風は暖かい空気を含んだ水蒸気ですから、蒸発するか飛ばされるでしょうね。
「一護君、大学でどこ取ってたの?」
電話を終えた柳田が考えていた一護に問いかける。
うっすらと苦悶の表情を浮かべながら一護は口を開いた。
「...物理と、生物を......化学は苦手で...」
「え、物理はできたの?」
「はい、まぁ...変ですよね」
「変というか、凄いというか...経済系だったよね?」
「いえ、美術系です。経済は従兄のですね」
「あ~…なるほど...」
納得するような声を出して前を向き、「それ強風で例えたら導きやすいかもね」とだけ答えた。
目を輝かせて返答を待っていた空知はいつの間にか、近くのコーナーから複数の土嚢袋を取り出して壁のようなものを作っている。
「...空知先輩、それって意味あります?」
「多少の防止にはなるんじゃない?」
「さっき投げたもの、見てなかったんで__す___」
言い終わる前に土嚢袋の壁が壊された。空知の顔に土が飛んでくるのと同時に一護の真面に桜の嵐があった。あまりに唐突のことにただ、呆然と立ち尽くした。
その中でしっかりと嵐の目が確認できた。淡い桃色の瞳に桃色のメッシュの入った白髪の人物が手に持った細い刀身の刀を振り回す姿が明確に見えた。
その姿を瞳に映しているのが誰かの手によって遮られた。
誰かの手は顔から腰に回され、バランスを崩したのか一護が下になるように倒れる。
直後、先程まで立っていた所の床に大きな斬撃が入った。
「...ひぇ......」
「わ~ぉ、暴力的~...」
土の触れていない手を一護に差し出して、掴んでから一気に引いて走る。
柳田はそのまま置き去りですが、多分逃げれるでしょう。
「君さぁ!危ないって分かってんなら、逃げなよ!!!」
「動かなかったんです!!」
謎の疾走感を醸し出しながら空知と一護が懸命に走り、その後を花の嵐が豪快に物を斬りながら追っていきます。
「やっぱり回転式自動ハサミじゃないか!」
ハサミじゃないので違います。
「そんなこと、どうでもいいんですよ!追われてるじゃないですか!」
「斬り刻まれて肉塊の破片になるよりはいいだろ!」
「グロい!」
ならないので大丈夫です。刀が骨を通るのは相当切れ味がないと通りませんから。
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疾走感のある走りを見せた二人を追う花の嵐を見ながら柳田は落ちた桜の花びらを一枚拾う。
特にこれと言って特徴のない平凡な淡い桃色に白い桜の花びら。しっとりとしていて、多少濡れていたことが分かる。
その花びらを見る先にお菓子コーナーが瞳に映りました。
「......毎日、森を焼こうぜ...的な?」
一人で何言ってんの?
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キッズコーナーを速いスピードで距離を詰める花の嵐。桜の花びらが顔を掠めるように舞っていきます。走り抜ける廊下の先に終の先が見えました。
大きく方向転換をして、キッズコーナーに設置されたボールプールに飛び込み左右に別れた二人で花の嵐を挟んでボールを投げ続けました。
ボールを投げようと斬られるのは当たり前で、花びらと共に刻まれたボールの破片が舞っていきます。
しかし、下手でも数打ちゃ当たるとでも言うのか一つのボールが嵐の目の人物の手に当たって刀が手から離れました。
すかさず空知が刀を掴もうとして、ゆっくりと嵐が消え去り先程の淡い桃色の瞳に桃色のメッシュの入った白髪の人物が見えました。
ただ、刀を取り上げるには至らず速い斬りつけと風を切る威力がまた嵐と化しました。
「刀振り回してるだけあって力強...!」
剣道やってる方だと手にたこが出来ていたりしますから、相当強く握ってるんでしょうね。
急いでボールプールから出ようとしますが、足がとられて思ったより早めに動けません。
ボールに桜の花びらがゆっくりと積もっていきました。
斬撃を目で見て避けながら、後退しつつまたボールを投げようとした瞬間、やけに激しく燃える小さな何かが花の嵐の中へ入りました。
それが舞い散る桜の花びらに引火して二酸化炭素を発生させ、ゆっくりとボールプールのボールを焦がしながら灰にして元々、ボールプールだった場所に一人の人物が一酸化中毒か何かでうつ伏せで倒れていました。小さな燃焼物を投げた方向を一護は見ました。
「|立花心寧《たちばなここね》...能力は|桜花連斬《さくらからんざん》...」
煙草を吸いながらライターを持った柳田がそこにいました。
「バイトリーダー!」
一護が声をかけると柳田が口に咥えた煙草から出る煙を払って、咥えた煙草の火を手で潰しました。
そんなことをしても副流煙は残るんですけどね。
「さっきの投げたのはなんですか?」
煙草は気にせず一護が問いかけました。
「スナック菓子」
煙草の後始末をしながら柳田が答えました。
空知はちょうど倒れた消費者を調べていますが、大丈夫でしょう。
「スナック菓子...ってライターで火を着けたんですか?」
「うん。油があるスナック菓子は結構燃えやすいから着火材になるんだよ。ライターを投げても良かっけど、桜の花びらが完全に燃える可能性は少し怖いでしょ」
「そういうもんですか?」
「そういうもんだよ...というか、キャンプとかが趣味な人なら分かるんじゃないかな」
柳田が掌にあるライターをじっと見つめて彩り鮮やかなキッズコーナーを見ました。
そして、少し経った頃に立花を介抱する空知が身体を担いで先に歩いていきました。
それに続いて一護と柳田も足を進めます。
柳田のかなり年季の入った金色の高級感があり、猫のマークの入ったライターのオイルは残り少なくなっていました。
〖毒を喰らわば皿までと〗
語り手:上原慶一
誓約書や履歴書を確認しながら一本の電話を取れば、苦情がオフィスに木霊する。
もう必要のない灰皿の底を見ながら適当に対応に当たっていく。
この時ばかりは、事務仕事が憎いと思わざるをえないのだ。
●上原慶一
29歳、男性。既婚、妻子持ち。(異譚集楽:26歳)
元新聞社勤務。最近の趣味は履歴書の確認(要は仕事)
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「おはようございまーす!」
一護が従業員専用の休憩室の扉を勢い良く開くと、金髪を後ろに一くくりにし、青い瞳に火傷のような跡のある男性が柳田の頭に顎をのせて作業をしていました。
1カメ。
一護の後ろ姿と柳田と二人機織りをするような形の上原慶一。
2カメ。
一護の驚いた顔と柳田と上原の後ろ姿。
3カメ。
柳田の頭に顎をのせた上原が金色の猫のマークの入った年季のあるライターにオイルを入れる姿。
4カメ。
驚いた顔から真顔になる一護。
5カメ。
一護のずっと後ろから空知が見覚えのある複数の人物と談笑する姿。
そして、6カメはいつもの風景に戻ります。
「えっと...う、上原さん...?」
二人機織りの状態で柳田だけが一護に応えました。
「おー...早いね、翔は?」
「ああ、それなら廊下で新人?の方と話して...いや、その絵面はなんですか?」
「上原さんにライターのオイル入れて貰ってるよ。簡単らしいんだけど、よくオイル溢しちゃうから...」
「はぁ...わりと器用なイメージがあったんですが...」
「ん~...結構不器用だとは思うけどね...?」
軽めに笑う柳田とは裏腹に少し難しい顔をした上原がオイルを入れ終えたのか、柳田から離れる。
オイルの匂いがする手で一護に手を差し出そうとしたところで、後ろから空知が挨拶した。
「おはようございま...うわ...」
挨拶というより、嫌悪を表しました。秒で上原が反応します。当たり前です。
「うわ、ってなんだよ」
「いや...いると思わなくて...大抵、オフィスの方で事務仕事じゃないですか...」
「誰の為に事務仕事してると思ってんだか...それで?話はついたのか?」
「ええ、まぁ...」
というわけで、
「何がというわけで、だ。とっとと出せ」
はい。
空知の後ろから、憑依霊歌、立花心寧、遅れて出水鈴が顔を出しました。
「?...出水さんは臨時じゃないのか」
上原の文句には柳田が「状況によっては必要になるかと思いまして」と理由を述べました。
「と、すると...改めて挨拶だな」
おっさん感あるなぁ。
「茶化すな」
でもね、上原さん。ここの店員になる人、もう少しいるんですよ。
「人手が多いのは良いことでは?」
さいですか。
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「私は憑依霊歌です」
「私、立花心寧...よろしく」
「出水鈴...」
何かを言いかけて、止まりました。
「油臭っ!」
上原さん、手を洗ってないから...。
「俺のせいか?」
あら違うの?まぁ、どうでも良いですね。
各々が挨拶をする中、心寧だけが柳田、空知、一護のいつもの三人を睨みつけて嫌悪感を示しました。
「...翔、何かやった?」
柳田が小声で空知に訊ねた。
「いや...何も...初手で話し始めた時から、当たり強くて...同期と後輩っぽいのには優しそうだから、そういう人なんだと、思う...けど」
苦悶の表情を浮かべる柳田と苦笑する空知。一護に至っては不思議そうな顔をしています。
上原さんは知らぬ存ぜぬとばかりに事務仕事を始めました。
こういう時に上の人間が見ている中で仕事をするのって、キツいですよね。
「あ...俺、橘一護です、よろし_」
「......うるさい」
ただの挨拶に五月蝿いとレッテルを貼られる一護君。困りましたね。
見かねた柳田が空知に会話方法を聞き出します。
「翔、心寧さんとどうやって話したの?」
「話すも何も...ずっとネガティブなこと言われましたよ、そこそこ楽しかったです」
それ、会話してるって言うんですかね?
ただしかし、心寧は霊歌と鈴とは楽しく談笑しているようです。それもハツラツとした可愛らしい声で。
「...ひ、ひとまずは大丈夫そうかな...?」
柳田が苦笑しつつ、グッドサインを出しました。
いけます?本当に?
「アイツがいけるって言ったらいけるだろ」
謎の信頼感を醸し出す上原。なんだお前。
「...どうでも良いんですけど、上原さん...今日はずっといるんですか...?」
空知が恐る恐る、作業をする上原に訊ねます。
若干、不服そうな顔をしつつ、上原が「念のためにいるんだよ」と口を開きました。
空知の顔がひきつりました。
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「それで、そのチョコレートを綺麗に並べてね」
柳田が霊歌、心寧を一護の時のように指導をしていました。
「アヒル...アヒル...?...アヒル...???」
空知が後ろでうわ言のようにアヒルと呟いていますが、無視で良いでしょう。
「...アイツはアヒルと何があったんだ?」
事務仕事の休憩でしょうか。上原が一護の近くにきて、本音をこぼしました。それに一護だけが答えます。
「さぁ...よっぽど、嫌いなんじゃないですか?」
そう言った時の一護の顔は少し笑っていました。
その笑い顔がすぐに驚いた顔になり、顔の横をチョコレートの箱が掠めました。
目をやるとチョコレートの箱が浮いています。こう、ふわふわと。綿菓子みたいに。
空知の瞳に黒い靄のようなものたちがチョコレートの箱を持っているのを映しました。
「へぇ...こりゃ凄いな、人を従えでもするのか?」
上原が呟いた台詞に一斉に黒い靄が振り向いて、何も言いませんでした。
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ジリ...リリリ、ジリリリリリと警報音が少し柔になって響き渡る。
「おい、何にもないじゃないか!これ、壊れてるぞ!!」
「昨日までは普通だったのに...」
「上原マネージャーが来たからじゃ?」
「いや、新人...なわけないか」
口々に惣菜部門で働いている従業員が一応、避難の為に荷物をまとめながら話します。
そんな中で遥だけが瞳を細めて、窓の外を見ました。
青と緑。青空の下に広がる青々とした芝生の中に点々と毒々しい液体が垂れて、焦げていくような溶けていくような音がしていました。
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瞳が映る。
水が怒る。
霧が笑う。
花が踊る。
毒が泣く。
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警報音には誰もが気づいていました。
臨時だからと帰宅準備をしていた出水鈴ですら、霊歌と心寧に教えていた柳田ですら、アヒルを嫌悪しつつある空知ですら、会話する一護と上原ですら、気づいていました。
でも、毒が近づいていることには気づいていませんでした。
毒のようで毒じゃないものを皿を溶かすように喰らって、喉の奥に通し続けました。