単発2
編集者:むらさきざくら
一話完結。
単発シリーズ↓
https://tanpen.net/novel/series/40e82877-9438-42d8-ba0d-d632d8db7129/
全部読んでみると、最後の話がより楽しめる…かもね?
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目次
帰宅部
あたしは|日下稔《くさかみのり》、帰宅部の中1だ。
「稔、今日はどうする?一緒に帰る?」
帰りのホームルームが始まる前、同じく帰宅部の同級生・|森下沙綾《もりしたさあや》が話しかけてきた。
「いや、今日は別々で。ほら、《《あれ》》もあるし?」
「あ、そうだね」
着席して、先生の話を聞く。その後、「さようなら」の声で、静かだった教室が一気に声で溢れる。その後、みんな散り散りになっていく。
「稔、行きます!!」
今日は補習もなく、放課後残っていく用事は何らない。なら、《《練習》》しなきゃね!
そう言って、わたしは廊下を校則ギリギリラインで早歩きした。
---
校舎を出たら、猛ダッシュ…とはいかない。寧ろダッシュすると、一番はじめにある信号に捕まって、余計体力が削られる。早歩き程度だと、きっちりストレスなく歩くことができる。その後は駅に行く。切符は買ってあるし、信号のことも計算して、一度も立ち止まらずに電車に乗ることができる。
いかに早く帰宅をすることができるか。それが、あたしがやっている『帰宅部』だ。なんにも部活をしていない『帰宅部』ではない。
もちろん、家からの距離などもあるので、いろいろと計算しなきゃでもある。大体は『距離÷時間』。単にタイムを競うだけでなく、披露加減等も考慮する。運動部の一面も持ち合わせながら、計算力と思考力が試される。
来月にある『全国帰宅部大会』に出場するべく、あたしたちは最善の帰宅ルートを考える。沙綾も、あたしと同じ帰宅部の仲間だ。
「よしっ、今日は…」
昨日より、1分早くなっている。手にしたストップウォッチを、あたしは思いっきり握り締めた。
---
『全国帰宅部大会予選通過』と書かれた紙が、学校掲示板に貼り出された。
「えーと。日下と森下……あ、あったっ!」
よしっ、予選通過。かなり順位もいい。
「やったね、稔っ!」
「うんうん、嬉しい!」
次はどのルートでいったら、1位をとれるのか。また、いろいろ計算しなくちゃな。
寝る前に思いついて書きました
とにかくおかしな中学校
わたし・|森由紀《もりゆき》は今日、|東ヶ丘《ひがしがおか》中学校に入学する。かなーり成績はいいらしいが、《《とある問題》》があるらしい。
今日は始業式、クラスを確認して教室へ入る。ワイワイ賑わっている。
「うひゃぁ…」
これぞ、リア充。非リアなんかそっちのけで、自分らばっか…(※個人の意見です!!)ひぃぃ、非リアは黙ってろ、ってわけですかぁ…
だが、そういうことが問題ではない。
ガラガラガラっとドアを開け__
「は〜い、静かに静かに〜っ☆」
っと、底抜けに明るい声。ネームプレートには、『1年2組担任 理科担当 |水科理香《みずしなりか》』と書かれている。
「わたしは、水科理香、み・ず・し・な・り・か!といいま〜すっ☆理科の先生で、好きなものは実験と実験!みんな、よろしくお願いしますっ☆」
問題児__いや、問題…教師?__第1号?は、この水科先生だ。
理科が大好きすぎるあまり、とにかく頭は実験でいっぱい。生徒らを実験台にしようとは思わないものの、古くからの付き合いの先生を実験台にするのがちょくちょくなんだとか。一言で言ったら、『実験狂』。
「|42《静》!」
そう言って入ってきたのは、隣のクラスの先生。|三津七花《みづななは》先生だ。数学の先生で、正確自体は冷静沈着、常識人なのだが__
三津先生は、自分を指さして言った。
「|7、3278。4649《名、三津七花。よろしく》」
…っと、この具合だ。つまり、語呂合わせでしか喋ろうとしない。そこを除けば、間違いなく常識人だ。
「ちょっと、なんなんですか…。私、まだ1000字しかいってないんですが…」
隣からやつれ顔で出てきたのは、国語担当の|与語国葉《よごくには》先生。暇さえあれば、お金のために小説を書く先生だ。
「与語先生、疲れすぎじゃありませんっ!?」
と、廊下を走りまくった足音の後出てきたのは、社会担当の|歴社会花《れきしゃあいか》先生だ。「自分が東ヶ丘中…いや世界の歴史に残る人物になる!!」と、暴走気味かつ変人(…といったらアレかな?)の先生だ。
「ダイジョーブです?」
顔を出したのは、4組の|英川話子《えいかわわこ》先生だ。れっきとした日本人で、外国へ行ったことも外国人の友達がいたこともないのに、常にカタコト日本語&部分的英語で話す。
「…先が思いやられるなぁ…」
そうつぶやきながら、わたしは消しゴムのカスをこね始めた。
これが平常運転。ったく、とんでもない学校に入学してしまった。
深夜テンションって怖いね☆
線香花火
ボチャっという水がこぼれる音とともに、|誠真《せいま》は来た。
「んで、あった?」
「うん、古いけど」
どぎまぎした会話を交わし、わたしはカラフルな線香花火のパッケージを開ける。粘着がなかなかだった。
「ハサミ持ってくるから、破っちゃえば?」
「えー…」
幼稚園の頃の、線香花火の思い出がフラッシュバックする。そういえば、あの時も誠真は隣にいた。
「ライターは?」
「あ、ライター。持って来る」
誠真は自分の家に乗り込み、「ライターあるー?」と言った。数分して戻ってきた誠真の手には、確かにライターが握られていた。
「やるか」
ぶっきらぼうにそう言って、誠真は線香花火を一本取り出す。すこしねじって、火薬の詰まっている方に火をつけたライターを近づけ、火をうつした。
パチパチッ、という音を立てながら、線香花火の先っぽは輝いた。暗い夜を照らす明かりのように、赤と橙と黄色に輝く。その光が誠真を照らして、わたしを照らした。背中のほうから、ヒューッという音が聞こえた。その後、数秒経って、ドンッという音が、わたしの背中を震わせる。
水色の浴衣は、闇にのまれてあまり見えなかった。燃えないように、裾のところを折る。
「…綺麗だね」
「うん」
やがて、線香花火は勢いを失い、光を失った。あたりが暗くなる。背中のほうから、また音とともに、光がはじけて、消える。
「ほら、綺麗だね、誠真?」
誠真は乱雑に、線香花火をバケツの方に放り込んだ。なんの音も立てず、線香花火は冷えていく。
「…こんなことして良かったの?」
「何が」
「ほら…あの件」
「別にいいよ」
そう言って、誠真はわたしに線香花火をもたせた。そして、ライターを近づけて、また火を灯す。
パッと視界が明るくなった。暖色で彩られた目の前は、綺麗だった。焦げ臭い香りもする。熱気を感じた。
「あ、もうおさまった」
そう言って、誠真は線香花火を取って、バケツに放り込む。さっきのが、最後の線香花火だった。
中学3年生の夏。最後の思い出に、という線香花火は、わたしの恋とともに消えていった。
落ちない線香花火が脳内を圧迫してくる〜〜
リクエストありがとうございました。
鏡
鏡は不思議だ。
|自分《オリジナル》と同じに見えるのに、すこしずつ違う。
左右反対だから、だ。
それに、わたしは鏡の子と冷やかされている。
なぜ鏡かって?
左右反対、コピーだから。
---
鏡をじっと覗き込むと、あの子みたいに見える。
わたしは、鏡を割りたくなる衝動を抑え、冷静さを保ちながら家を出た。水たまりに映るわたし、車のサイドミラーに映るわたし、ガラス窓に映るわたし、わたし、わたし___
全部同じなのに、左右が違う。それが気持ち悪くて、視界を塞いでやりたかった。足を止めることもできず、そのまま、ベルトコンベヤーに乗せられたかのように、学校に着いた。
挨拶もろくにせず、そのまま入る。4年生だからって、この空気感はきつい。わたし以外は全員楽しそうに喋っている。あの子も。
そのまま健康観察の時間になって、「|相崎優香《あいざきゆうか》」と呼ばれた。ぼそぼそと言い、そのまま次に流れていく。
「先生、ハンコお願いします」
愛想よく先生のもとへ行ったのは、|和田理衣《わだりい》。右のほうでヘアピンをとめていて、右側に三つ編みを垂らしている。
左側に視線を落とす。理衣の髪は艶がある。わたしの髪は、ガサガサだった。ぼさついていて、ぐしゃっと潰れている。三つ編み一つで、世知辛い世の中を思い知らされる。もうおしゃれという意味もなさなくなってきたヘアピンを、わたしは外す。三つ編みをほどいて、ヘアゴムを机の中にしまう。そのままお茶を飲み干す。
これで、もう鏡の子なんて言われないんだろうか。
あの子が、本当の|鏡の子《コピー》なのに。
人気者に真似された結果、自分が真似したと言われてしまった子の物語。
5分前、
『世界5分前仮説』というものを、貴方はご存知だろうか?イギリスの哲学者である、バートランド・ラッセルが考え出した、哲学の仮説だ。
『10分前』、貴方はお茶を飲んだとする。そして、お茶が入っていたコップは空っぽ。そして、スマホかタブレットかを開き、この小説を読んでいるだろう。
果たして、この『お茶を飲んだ』という動作は、本当にしたのだろうか?というものだ。
普通に考えると、
「ちゃんと飲みました」
と思うだろう。
でも、本当にお茶を飲んだのだろうか?
「コップは空っぽだし、喉は乾いていません。それに、飲んだ記憶もあります」
と思うはず。
でも、世界が『5分前』に作られたとしたら?
空っぽのままコップが生まれ、乾いていない喉を持った貴方が生まれ、飲んだ記憶が刷り込まれていたとしたら?
記憶が『5分前』に作られたとしたら、『世界5分前仮説』を反論することも、証明することもできない。本当に世界は『5分以上前』から存在していたのか、『5分前』に作られたのか、わからない。
話の本質はそこではなく、
「私たちが『過去に起こったこと』と信じていることは、本当に起こったと断言できるのか?」
という、哲学的なものだ。
「わたしたちが信じている『過去』や『真実』は本当なのだろうか?」
「『正しい』『事実だ』と思われているものは、本当にそうなのだろうか?」
そんな問いをわかりやすくしたのが、『世界5分前仮説』。
絶対に違う?本当にそう思います?
この物語、『5分前』に____
むっっっっっっっっっず
オリキャラ
#よるそら と検索欄に打ち込み、虫眼鏡アイコンをタップ。ざっと出てきたのを眺め、ふうっと息を吐く。息はタブレットに引っかかって消えた。
よるそら、というのは、わたしのオリキャラのグループ名だ。|月野《つきの》ルナ、|星川《ほしかわ》スター、|夜色《よるいろ》ネロ、|空木《そらき》スカイ、|座村《ざむら》サイン、|天ノ川《あまのがわ》ミルキの6人。それぞれ夜空に関連するモチーフで、わたしが作り上げた可愛いオリキャラだ。
元々、オリキャラ投稿サイトにアップしたものだ。最初は『安直』『ありきたり』などの辛辣コメントが飛び交っていた。でも、超有名なファンアート専門絵師さんが『愛を感じる6人組描きました〜』と投稿すると、一気に人気になった。辛辣コメントは削除され、褒めるコメントが書き込まれている。
それから、『#よるそら とつけていただければ、二次創作は常識の範囲内でOKです!』と投稿してみると、あっという間に二次創作が増えた。
エゴサじゃないが、そういうものをして、時折二次創作を眺めている。文才も画力もあんまりないので、『素敵な二次創作をありがとうございます!』としかコメントはできない。でも、『ご本人様巡回済み』というコメントがつく。あまりにエロ・グロがすぎるものは運営に報告して、わたしは関与していないようにする。
ただ、時折ものすごい気持ちに襲われる。
あの絵師さんが描いてくれなければ、#よるそら は今頃、情報の海に溺れ、飲み込まれていたはずだった。上品なルナ、明るいスター、控えめなネロ、元気なスカイ、親しみやすいサイン、きらびやかなミルキ。あの子たちは、わたしの力だけでは、死んでいたも同然だった。
あの絵師さんは、もう今はいない。どの活動サイトのアカウントもすべて削除済みで、彼女が描き残したファンアートだけが、いつまでも残っている。
微笑む6人を眺める。生き生きとしたタッチ、綺麗な塗り。ただアイコンメーカーを使い、プロフィール欄を埋めただけのわたしとは違う。
これがオリジナルな気がしてきた。#よるそら は、この絵師さんが作ったオリキャラで、わたしは単に#よるそら のプロフィールをまとめただけ。有名になったのは、絵師さんが作ったオリキャラだから。
そう思えて仕方がなかった。今更『削除してください』とは言えない。大切なファンアートだし、100を超えるコメントがついているし、これで有名になったし、今お願いしたら炎上も免れない。
光る画面に、雫が落ちた。視界が滲む。微笑む彼女らを、どういう気持ちでみればいいのかわからない。
#よるそら は実在しないからね、うちのオリキャラは いろはな だからね
雨の日の出来事
7月だというのに、梅雨が開けていないような雨が続くとある日に、それは起こった。
窓ガラスに点々と雫がつき、その雫が電球の光を反射していた。休み時間、3階にある教室から見ると、すでに部活終わりで帰っている人がぽつぽついた。色とりどりの鮮やかな傘の花が、濡れた地面を華やかにしていた。
「うわー、雨か」
隣でそう言ったのは、|杉森七海《すぎもりななみ》。僕の腐れ縁兼幼馴染的な存在だ。小5までは馬鹿やるぐらいの間柄だったが、今では想いを寄せるような間柄になっている。一方的なのだが。
「雨だね、傘ある?」
「折りたたみあるんだけど、ちっさいからなー。ま、しゃーない、突っ走ればなんとかなるっ!」
活発で元気なところだろうか。どこに惹かれたのか、明確にはわからない。
七海は恋愛に疎い。だから、僕と抵抗なく一緒に帰ろうとしてくる。変な勘違いも起こりそうだ。
「いやー、マジできっついわ。濡れるし、最悪」
「ね…じゃあ、ね」
交差点で、僕と七海は別れる。15分ぐらい歩いてきた。僕の家までは、あと10分だ。バイバイ、と別れる彼女の顔が、すこし傘で隠れる。控えめに手をふるぐらいしか、僕には出来なかった。
---
帰ってテレビをつけると、ローカルニュースだった。小さくてつまらないものしかない。さっさと切り替えよう。動画サイトでも漁るか。そうチャンネルを変えようとした時、あの交差点がでかでかと映った。
『【速報】交差点にて女子中学生1人車にはねられ死亡』
「…っざけんな…」
こんな暴言が出た自分を初めて感じた。外は雨が強まっている。
---
翌朝学校に来ると、七海のことで色々とあった。七海はいわゆる2軍で、それほど注目されるわけでもない。七海の席はぽかんと空いていた。いつもなら、そこにポニーテールに髪を結った七海がいる。
その後、担任から詳しいことを聞かされた。七海を轢いた奴は、もう逮捕されたこと。七海の葬式は、今週中に身内で行われること___
七海の席を見る。
あの時、雨だった。雨の香りがした。みんな傘をさしていた。七海は折りたたみ傘を広げていた。すこし制服が濡れていた。濡れているのを言ったら、陽気に笑っていた。太陽みたいな感じで、雨なんて飛ばすような感じだった。
なんにも言えなかった。七海に想いを伝えられなかった。ただただ過ごしていただけだった。ただ、幼馴染として喋る日々に満足していただけだった。
ぶわっと後悔が押し寄せてくる。昨日が遠い日のように思えてくる。今日は雨だ。一緒に帰る人も、一緒に喋る人もいない。ただ、1人で帰る。
今日も雨だ。
恋愛叶わなかった系の話というリクエストでした。重めの話になっちゃってごめんなさい。
駄作
【「究極の小説家」ヒット作生み出せず駄作】
その新聞の見出しを見た時、ただただ絶句するしかなかった。
|美空夢羅《みそらゆら》。最初は「変わったペンネームだな」と思い、彼女の書いた「煌めいた光」を興味本位で手にとってみただけだった。でも、そこからどんどん引き込まれていった。
彼女は『究極の小説家』と言われていた。本屋大賞を何度も掴み取り、その繊細な表現と丁寧な描写、綺麗なストーリーで読者を魅了していった。わたしも、そのひとりだった。
毎年1冊、彼女は作品を生み出していく。毎年100版を超えていたのだが、最近は落ち気味であった。ついに、今年は87版になった。
十分すごいのに___
美空夢羅にしか書けないストーリー。美空夢羅だけの表現。美空夢羅ならではの描写。彼女は今まで8冊書いてきたが、どれも美空夢羅らしい作品だった。
ヒット作だけが、美空夢羅を構成する要素じゃない。ヒット作かなんてどうでもいい。誰かのヒット作なら、世間の駄作でも___
---
「ダメだよ、こんなありきたりな。美空夢羅?こんな馬鹿げたペンネーム、誰も使ってないよ」
パンッパンと、原稿用紙を机に叩きつけた編集長は、また深い溜息をついた。
美空夢羅は、自分の境遇とまったく同じだった。自分は売れない小説家で、ヒット作は生み出したことがない。でも、苦しいのは美空夢羅と同じだった。
「いい?ここもそうだけど、世間に認められるかどうか、が全てなのよ。それが嫌なら、ネットで公開するなり、自費出版するなりしなさい。わかった、咲良まり?」
「…すみません、書き直してきます」
美空夢羅ってペンネーム、ちょっとお気に入りだったのに。
編集長は、もうわたしのことを『咲良まり先生』と呼んでくれなくなった。別に、そんな呼び名のことはどうでもよかった。
「…もうやめよう、かな」
誰か1人の心に残ってくれればいいのに。何がいけないのか、もうちょっと教えてほしかった。何が?全てが、よ。そんなことを言われそうだ。
見上げた夜空に、光が煌めく。
すらんぷです
匿名ゲーム
光る画面を凝視する。多分、その表情に苦しみは浮かんでない。興奮と笑みが浮かんでいる。
私は、『アマノベル』というサイトで活動している。『三日月リオナ』というユーザーネームだ。本名は大倉美佐、だが。ユーザーネームの由来は何らなく、見つけた夜の月が三日月だったのと、その時に流し見ていたバラエティ番組で、リオナという主人公がいたのが由来だ。適当な割には、気に入っている。
『アマノベル』。匿名でファンレターを送ることができ、落ち着く場所だ。変に目立つこともなく、変に劣等感を抱くこともない。ただ好きに小説を投稿できる、素敵な場所だ。9本ぐらい投稿した。
そんな場所で、私はかつてないほど興奮していた。
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こんにちは、三日月リオナさん。貴方は選ばれました。
ミステリーがお好きだと聞いて。
11月3日の7時半に、東京駅にて会いましょう。最高の記憶を提供します。丸一日時間を開けておいてくださいね。
もしも参加したいのであれば、駅のタッチパネルの書き込み欄に『アンネーム』と入力してください。そうすると、公共交通機関が使い放題になります。
Have a nice day!
アンネーム
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1番下に添付されていたリンクは、アンネームのダイレクトメッセージリンクだった。ユーザーページは非公開で、小説も日記もなさそうだ。
勿論参加の意図を示した。
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はじめまして、アンネームさん。
勿論、私はミステリーが好きです。絶対に参加したいと思っています。楽しみにしております。
三日月リオナ
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私は東京から離れたところに住んでいる施設育ちだ。中学2年生が遠出するとき、親は心配するだろう。でも、私は心配する親がいない。公共交通機関が使い放題なら、少し歩いたところに島原駅がある。島原駅は寂れているが、確かタッチパネルはある。アンネーム、と入力することも可能なはずだ。
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11月3日、私は島原駅に来ていた。人は殆どおらず、冷たい風が頬を撫でる。タッチパネルの『書き込み欄』の文字をタップして、フリック入力で『アンネーム』と入力する。
アンネーム、はどこかの国の言葉で、匿名を意味する。こういう細かいネタも、物書きには伝わってくる。
入力すると、『スマホをかざしてください』のメッセージが表示された。スマホをかざすと、機械音が乾いた駅に響く。スマホの画面を見ると、黒いアプリがあった。『アンネームアプリ』という安直なアプリ名をタップすると、説明欄が現れる。『ICを使う場合、このアプリを表示したままかざすと、支払い済みになります。アンネームが払ったことになります』
『アンネーム』、割と親切なんだ。そう思いながら、私は試しに島原駅で使ってみた。改札が閉じることなく、さっと会計が終わる。『島原駅→東京駅 支払い完了』の画面が現れ、数秒してから消えて、もとの真っ黒な画面に戻った。
時間があるので駅のコンビニで買い物をした。持ってきた灰色のリュックサックは、『アマノベル』での活動用のタブレットと無線キーボード、財布、ゴミ袋が入っている。施設育ちなんて、こんなものだ。タブレットとキーボードは、まだ親がいた頃に買ってくれたものだ。親がいない理由は、単なる浮気だ。
無人のコンビニの品揃えは乏しく、取り敢えずサンドイッチの詰め合わせセットとおにぎりの鮭、ペットボトルのお茶を買っておく。駅弁なんて洒落たものはないので、添加物が含まれているこれらしかないのだ。
新幹線に乗り込み、『アマノベル』の小説を書く。日記機能で、非公開状態で今の状況も書いておく。
段々と人が増えていく。隣は空席だ。取り敢えず、買っておいたものとリュックサックをおいておく。サンドイッチはなかなかで、小ぶりのものが5個入りだった。たまごサンド、ハムサンドがあった。
終点の東京駅に着くと、雪崩のように私は押し出された。『アンネームアプリ』を開くと、『青髪のが私だよ』というメッセージが現れた。
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東京駅は人混みでごった返していた。すると、背が高い青髪のボブヘアが目に留まる。前髪は長い。地毛だと思われる青い髪をなびかせ、悠々と歩いている。
謝罪を繰り返しながら行くと、黒いパーカーを着ている女性がいた。高校生ぐらいだ。
「すみません、『アンネーム』さんですか?」
「ああ。アプリはある?」
「はい」
『アンネームアプリ』を見せると、微笑んで、「じゃあ行こう」と言った。
「何処へ?」
「このバスで」
返答になっていない。バス停にバスが来ていた。落ち着いた海色。それに乗り込むと、私はふっと眠っていた。
---
「起きろ。時間だ」
夢と現の境界線を迷いながら目覚めると、『アンネーム』がいた。彼女は私が起きたのを確認すると、また別の人のところに行った。
ほこりっぽい匂いがする。湿った匂い。嫌な匂いが、鼻をつんとつく。
壁にもたれかかって寝ていたようだった。立ち上がって、よく見てみる。コンクリートで作られたような密室。鉄製のドア。そこに、4人の同級生と思わしき女子。『アンネーム』と私を含めると6人。
「うわ、あ…よく寝た」
最後に起こされたくせ毛の彼女は、目を呑気にこする。
「よし、よく来てくれた。自分の誘いに応えてくれて嬉しい。自分は『アンネーム』。荷物は君らが背負っているし、何も取っていない。スマホもタブレットも、何も見ていない。君らについては、『アマノベル』程度の知識しかない。本名は明かさず、ユーザーネームでいいから、各々自己紹介してくれ。じゃあ、自分の隣の君から」
『アンネーム』に指さされた三つ編みの彼女は、ビクッと身震いしてから弱々しく言った。
「私は…『|髙梨純麗《たかなしすみれ》』といいます。恋愛小説をよく書いている中学2年生です。よ、よろしくお願いします。そんなに両親には心配されませんでした。『アンネーム』さんの誘いに参加した理由は、いじめを受けていて不登校だからです。よ、よろしくお願いします」
「いじめ、か。物騒な世の中になったな。次は君」
時計回りなんだろう。指さされた彼女は、はつらつとした声で言った。
「あたしは『アスカ』。よくバトル系の小説を書く中2だ。参加理由は面白そうだったから。両親はしばらく帰ってきてない。よろしく」
「君の小説から、大体の性格は推測できたよ。次は君」
私が指さされる。
「私は『三日月リオナ』。よくミステリー小説を書いています。参加理由は、最高の記憶をもらいたかったからです。両親の浮気で、今は施設で育っています。ここで最高の記憶を手に入れたいし、別に死んでもいいかな、ぐらいです。寧ろ死ねるのは本望」
「君は結構論理的なんだろうな。では、君」
よくわからないコメントを返された。さっきのくせ毛が言う。
「私は『むえあ』。よく二次創作を書いてるよ。#よるそら とかの小説だよ。参加理由は、暇だったから。両親は事故でいなくて、おばあちゃんちにいるんだ。おばあちゃんちはお金があるけど無関心だったから、遠出してみよって思ったんだ。よろしくね」
「知らない二次創作だな。最後、君」
彼女の小説は、読んだことがない。というのも、私が全然、よるそら とやらを知らないからだ。
「あ、はーい。私は『さくらん』。よく学園ものの小説を書いてまーす。参加理由は特にないでーす。暇だったから、かな。両親は無関心で、いつも私を邪魔そうに見るから、遠出するからお金頂戴って言ったら喜んで渡してくれましたー」
「わかった、これで自己紹介を終わろう」
『さくらん』については何も言及しなかった。
「では、ゲームの説明をしよう」
そう言って、『アンネーム』は四角い長方形の白い紙と黒いサインペンを配った。白い紙には、真ん中に小さく、両面テープが貼られている。剥離紙がついたままだ。
「そこにユーザーネームを書いて、胸元に貼ってくれ」
「ちょっと待って。あたしらだけじゃなく、『アンネーム』の自己紹介もしてよ」
「それもそうだな」
私はさっと『三日月リオナ』と書き、剥離紙を剥がしてポケットに突っ込む。
「自分は『アンネーム』。適当に呼んでくれ。呼び捨てでも構わない。高校2年生だ。どこの高校かはさすがに個人情報だが、一応関西出身だ。女子、誕生日は6月13日。このゲームを何故実施したか等は、君らがクリアした時に言おうと思う。どうだ、満足か?サインペンは返してくれ」
やや上から目線な態度に苛つきながらも、私はサインペンを返す。彼女はサインペン4本をパーカーの中にしまい込んだ。
「さて、君らにやってほしいことは1つ。ここから脱出してくれ。だが、自分は協力しない。欲しいものがあれば、アプリから注文してくれ。そこのドアから、物資が提供される。トイレに行くときは言ってくれ。専用の個室へ案内する。だが、ドアから物資が提供された瞬間や、トイレに行くときなどに脱出するという卑怯な手は禁止だ。ものに対してならいいが、自分や他のメンバーに暴力などをふるうことは許されない。そのようなことが3回続いた場合、強制退場、失格となる。ただ、故意にやったとみなされない場合はカウントしない。その判定は自分がおこなう。制限は設けない。外では時間が進まないから、安心しろ。5億年までなら許すが、5億年経ったら強制終了、失格となる。失格の場合は、存在自体が抹消される」
ざっと言われた説明を理解する。5億年までなら許す、は5億年ボタンを連想させる。
「ただ、それだと君らは脱出する術がないだろう。ヒント程度に、遠回りな謎を出しておく」
『アンネーム』が壁を押すと、黒いモニターテレビが現れた。そこに表示された謎は、
【🍮→②○○ 🍎→①○③○○ ①②③を使え】
という、実に簡単なものだった。
まあ、少しは付き合ってやるか。
そう思いながら、「まあ、私はわかりました」ともったいぶってみる。案の定、みんなは考え込んでいた。そんな絵面を楽しむように、嗜むように、『アンネーム』は微かに笑う。
「あ、わかったかも。意外と簡単ですね」
声を上げたのは『髙梨純麗』だった。黒いミディアムヘア。青いデニム生地の、膝より少し下まであるジャンパースカートと、白いブラウス。黒いスニーカーは、よくいる中学2年生だった。
「解説しちゃっていいですか?」
「どうぞ」
「1個目は『プリン』で、当てはめると②がプ、になります」
「そこまではわかるよー」
「2個目は『アカリンゴ』で、当てはめると①がア、③がリ、になります。つなげて読むと、ア・プ・リ。アプリ、つまり『アンネームアプリ』を使えってことになる…ますよね?」
「はい、同じです」
2、3分で理解した『髙梨純麗』は、なかなか頭の切れる人物なのだろう。恋愛もいいが、たまには恋愛ミステリーでも書いてみたらどうなんだろう。
アプリを開く。真っ黒の画面ではなく、簡易的なものだった。青い長方形が4つ。灰色の背景に、赤、青、黄、緑。
【物資提供】
【状況整理(AI)】
【小説執筆】
【次の謎】
「あ、言っておくけど、電話やメールはいけないから。助けを呼ばれたら、意味がないだろう?」
要らない説明を聞き流す。
「じゃ、【次の謎】をタップすりゃいいってこと?」
「そういうことだよ」
にしても、何故このような機能の中、【小説執筆】があるのだろう。インターネットが使えるなら、好きなだけ『アマノベル』で書ける。Wi-Fiは繋がっているようだし。
密室をまた観察する。天井には埋め込まれたライトが1つ。コンクリートの灰色の壁は、何もついていない。床は木製。木目はあるが、血痕など、小説に出てきそうな怪しいものはない。
それだけ確認してから、【次の謎】をタップする。
【このゲームには、次の事件が関係している。 於美末无之与无左川之无之計无】
「万葉仮名、かー…」
『さくらん』が諦めたように言う。万葉仮名は、漢字の読みのみをとって表す書き方だ。日本史の教科書のコラム欄についていたような気もしなくない。謎、というには簡単すぎる。
「確か、この无は、ん を表すはずだよ」
「そうですね、『むえあ』。私も同感です。美しいはみ、左はさ、与はよのはず。末はま」
となると、○みまん〇よんさ○○ん○〇ん。計はけだろうから、○みまん〇よんさ○○ん○けん。し、は1番使うらしいから、1番多い「之」にでも当てはめてみるか。
○みまんしよんさ○しんしけん。試験?まんしよん…はマンション、だろうか?
さ〇しんしけん。さあ、さい、さう…さつ?殺人事件?
そういえば、於はお、だった気がする。
おみまんしょんさつしんしけん。
麻績マンション殺人事件、なのか?
その事件は、全国的に有名になった事件だ。麻績マンションで、幼児が酷い姿で殺されていたのだ。未解決のまま、忘れ去られたのだ。
「麻績マンション殺人事件」
そう呟くと、みんなの目が見開いた。
謎の下にある回答入力欄に、【麻績マンション殺人事件】と入力すると、【Clear】という文字が現れる。またホーム画面に戻る。
【次の謎】を迷うことなくタップする。
「…『三日月リオナ』さん、貴方は一体」
「ただのしがないミステリーアマチュア小説家です。典型的な方法を用いただけです。それより、今は私でなく、『アンネーム』に聞くべきではありません?何故『麻績マンション殺人事件』が関係しているのか」
私は『アンネーム』のほうを見た。へらへらと笑う彼女は、「自分の道を進め」と呟く。【状況整理】をタップし、AIへ【麻績マンション殺人事件について教えて】とプロンプトを入力する。
すると、AIはどこかのニュースサイトから引用した文章を出力した。隣りに住んでいた3つ年上の少女の嘆き悲しむ声、殺人犯の予測、麻績マンション周囲の情報。殺害されたのは|板倉綾香《いたくらあやか》という5歳の女児。両親が少しコンビニへ外出している間、2時頃に殺害されていたようだった。
「『アンネーム』、貴方は一体何者なんですか」
『アンネーム』はふっと笑い、スマホを取り出した。深い青のスマホカバー。何かを打ち込んだ。
「あっ…『三日月リオナ』さん、ホーム画面を見てください」
『髙梨純麗』に言われ、私はホーム画面に戻る。【メールが届きました】と上部にかかれていた。タップすると、『omi−manshonn-5 amanoberu6』という文字列があった。差出人は書かれていないが、先程の『アンネーム』の行動的に、『アンネーム』からだろう。
「麻績マンション、5、アマノベル、6…共通項なんてなさそう」
ポニーテールに髪を結っている『アスカ』が言った。
「麻績マンションでは5歳の女児が殺されたんだよね?アマノベルを使っている6人。私・『髙梨純麗』さん、『三日月リオナ』さん、『アスカ』さん、『さくらん』、『アンネーム』ってこと?」
『むえあ』が言った。
「うーん、何にもなさそうだよねー」
『さくらん』が呑気に呟く。
「そもそも、こんな数字とアルファベットがごちゃ混ぜの文字列2つに意味があるとは思えない」
「そうですよね、『アスカ』さん…『三日月リオナ』さんはどう思います」
「こういうタイプのは、大体IDとパスワードな気はしますが」
IDとパスワードなら、こんな文字列が2つあっても説明はつく。パスワードから推測するに、『アマノベル』のIDとパスワードだろう。
インターネットを開き、『アマノベル』のサイトを開く。1度『三日月リオナ』のマイページをログアウトして、ログイン欄に先程の文字列を打ち込む。
エラー404、という表示。
「エラー…」
このIDとパスワードは、『アマノベル』のもののはず。そもそもこのメンバーは、接点が『アマノベル』ぐらいしかないのだ。
『アンネームアプリ』に戻る。そういえば、【小説執筆】がある。タップすると、IDとパスワードが求められた。先程のIDとパスワードを打ち込むと、『omi』というユーザーネームのマイページが現れる。
「この文字列を【小説執筆】のログインフォームに打ち込むと、『omi』というアカウントに入ることができます」
そう言うと、みんなが入ってきた。
執筆した小説一覧を見ると、【最後の謎】というものがあった。非公開状態だ。
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謎を解明できた、ということで合っているかな?
君等の推測通り、これには『麻績マンション殺人事件』が関係している。自分は御存知の通り『アンネーム』だ。
最後の謎だ。謎ではないかもしれない。
自分は綾香の隣に住んでいた。綾香の3つ年上で、殺害された時はやるせなさしかなかった。次第に忘れ去られていった。
お願いだ。どんな人にでも記憶に焼き付けることができる、6つの物語を書いてほしい。最高の記憶を、読者に提供してほしい。
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「書こう、得意ジャンルで」
そう言い、私はタブレットを起動させた。私はミステリー担当だろう。『髙梨純麗』は恋愛、『アスカ』はバトル、『むえあ』は二次創作ではなく、友情もの、『さくらん』は学園もの担当だと推測できる。
あと1つ。何がある?…ホラーか。ホラーものがない。だが、このメンバーの中にホラーを得意とするユーザーはいない。
「わかりました」
各々、『麻績マンション殺人事件』を題材に書きすすめた。
『髙梨純麗』は、殺人行為に踏み入った殺人犯の動機の恋愛を。
『アスカ』は、殺人のためにやった行動の計画のバトルを。
『むえあ』は、生前の綾香との友情物語を。
『さくらん』は、犯人の黒い周りの学園物語を。
『三日月リオナ』は、犯人の殺人ミステリーを。
そして、『アンネーム』は、それを全てを繋ぐホラーを。
「『アンネーム』、貴方のやりたいことはわかった。協力しますよね?」
『アンネーム』はふっと笑った。
「自分がしたいことを自分もやるのは、当然のことでしょう?」
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「書いた…」
10000文字の大作。他のメンバーも、完成したようだった。各々の文才が今まで以上に発揮されていた。
固いコンクリートを撫でる。もう乾いていて、冷たい。この感触を感じるのも、あとどれぐらいだろうか。
「投稿、するよね?」
みんなで自分の書いた小説の【投稿】ボタンをタップする。【投稿が完了しました】というのが現れた。
「『アンネーム』、真相を話して」
『アスカ』が言った。
「わかったから、落ち着いて。まずは、協力ありがとう」
そう言って、『アンネーム』はゆっくりと話し始めた。
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自分は麻績マンションに住んでいた。綾香とは仲良しで、いつも遊んでいた。8歳だから、10年前のことだった。いつものように遊ぼうと思っていたら、何故かパトカーが停まっていた。何事かと思い両親に聞くと慌てていて、綾香の親に電話していた。その後、
「あやちゃんはもういないんだって。悪い人にやられちゃったの。ほら、あそこの雲のかげに、あやちゃんがいるよ」
と、わざとらしく幼児にさとすような声で言った。8歳だからその文脈で、綾香は殺されたとわかった。子供扱いされたことより、綾香が殺されたことにショックを受けた。
その後、何度もニュースを見た。犯人、早く捕まれよ、と思っていたが、そんな願い虚しく犯人は捕まらず、ニュースは次第になくなっていた。
7年ぐらい経って、段々と忘れていった。そんな中、小説執筆の趣味を見出し、『アマノベル』を見つけた。気ままに投稿していた。それが3年続いた。ふとニュースサイトを立ち上げると、『麻績マンション殺人事件10年』という見出しが現れた。
綾香の顔が脳裏にふっと浮かんだ。その後、感情の津波が押し寄せてきた。犯人なんて捕まらなくていい。ただ、綾香のことを、あの酷い事件のことを忘れないでほしい。
そんな中募集をかけたのが、君たちだった。
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「じゃあなんで…8歳で10年前なら、今は18歳じゃないですか」
『髙梨純麗』が言った。
「別にどっちでも良かったんだけど。でも、年下のほうが親近感が湧くかと思って。ほら、自分、童顔だろう」
確かに、高校2年生にしては少し大人っぽい感じはする。
「見つけやすくするために、最近青く染めたんだ。見つけやすかっただろう」
どうでもいい情報を出される。
「…これで、もう大丈夫ってことですか」
「そうさ。もう解散、帰りたい人から順番に言ってくれ」
「その前に、やりたいことがあるんだ」
『むえあ』がいい出した。
「LINE、交換しない?メールアドレスでもいいから。なんか、特別な感じがするし」
そう言われ、私は反射的にLINEアプリを開いていた。
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コンクリートの密室から解き放たれた。少しねむったら、東京駅にいたのだ。『アンネームアプリ』をかざして、島原駅へと向かう。『アンネームアプリは最寄り駅したらアンインストールしといてね』と『アンネーム』こと『如月』から来ていたので、島原駅で長押ししてからアンインストールしようと思う。
あの出来事が、本当に夢のようだった。『アマノベル』には、『omi』の投稿が6件あった。
『omi』でログインすると、本当にログインできた。何故かは知らないが、『如月』の技術力なのだろう。
島原駅で降りる。ちゃんとアンインストールしてから、空を見た。前までは、灰色のコンクリートに白いライトが埋め込まれただけだった。でも今は、広くて青い空が広がっている。周りを見ると、田舎っぽい、だだっ広い町並みが広がっている。
麻績マンション殺人事件。綾香さんを想いながら両手を合わせる。酷い事件を子孫に伝えていこう。私も、その一員になろう。
白い雲が視界から外れた。青い空に、自由に飛んでいけと言わんばかりに。
※本作に出てくるものは、実在するものと一切関係がありません。
8858文字
行方不明
親友の|板倉真帆《いたくらまほ》が明日行方不明になることは、わたしだけが知っている。
身体が縮こまるような寒い夜、わたしは通知の音を聞いた。スマホを手に取ると、また手が震えた。真帆からのメッセージが届いていた。mahoというユーザー名の上に、真帆が好きなキャラクターの公式イラストがあった。
【明日、私は行方不明になる】
【絶対探さないで。絶対言わないで】
狂気としか思えないそのメッセージに、わたしは愕然とした。
なんなんだ、この『行方不明宣言』。行方不明って、計画的にやるものじゃない。意図せずにやるから、行方不明になるのだ。
またスマホを持つ手が震えた。この震えはスマホだけじゃない気がする。
【なんにも言わないで。これは自分で決めたことだから】
【親から10万円盗む。中2だから、割と施設に入れてもらえそうだし。スマホとお金とコートとかをリュックに詰めて行く】
【私は明日から、飯田桐華として生きる】
飯田桐華。イイダキリカだろうが、確証は得られない。
【なんでその名前なの?】
と、聞かなくてもいいことを聞いてしまった。フリック入力する指が震えて、たくさん誤字をしてしまう。ごめん、間違った!といえるような状況じゃないので、慎重に入力してから、メッセージを送った。
【名前メーカーで適当に作った】
【何か意味はあるの?】
【いや。名前メーカーで1番最初に出てきたのがこれだったから】
そう言って、真帆は名前メーカーのリンクを送ってきた。べつにわたしは行方不明になる気はないし、名付けに困っているわけでもない。
真帆っていう名前は柔らかくて、言いやすい。いつも微笑んでにこにこしている彼女に似合う名前だ。桐華なんてキツそうな名前だし、言いにくい。
何を言ってるんだ、こいつは。何を計画的な逃亡を考えているのだ。
【この名前も言わないで】
【もうすぐこのメッセージも消すつもりだから、やりたいならスクショすれば】
そう言って、わたしは反射的にスクショをした。ちゃんと写真のフォルダにメッセージがあって、ほっとした。
数分後、予告どおりちゃんとメッセージは消えていた。わたしの【何か意味はあるの?】だけが残っていた。不自然なので、わたしもメッセージを消した。
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翌日学校に行くと、ちゃんときちんと制服に身をおさめた真帆がいた。いつも通りの笑顔で友達としゃべり、笑っていた。わたしが真帆をしばし見つめていた時も、ちゃんと気づいて挨拶してくれた。ちゃんと真面目に授業を受けて、しっかりご飯を食べて、部活をしていた。
特に変わったところもなかった。ただ、目の下に黒い何かがある。それだけだった。
帰宅部のわたしは電車に揺られる。すると、肩にかけていたカバンが震えた。震える要因を取り出すと、mahoという文字が目に入った。
え、もう部活…いや、休み時間なんだろう。
【わたしは、きりなとだけメッセージをやり取りするから】
【みんな着拒にした】
それだけ残して、またメッセージは消えた。
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自分がなくなった気がしたのは、いつからなんだろう。少なくとも、彼女と出会った時からのはずだ。
彼女はしっかりもので、少しだけおっちょこちょいで、優しくて、賢くて、運動もすこしできて、友達もいて、フットワークも軽くて、性格がよくてみんなに接していてそれからそれからそれから___
そんな|今田霧奈《いまだきりな》は、私の誇りだった。彼女と親友なだけで、自分もすごいように思えた。
でもそんなことなんてなかった。霧奈は霧奈であって、私は私。私が何にもしなかったら、霧奈といたって何かがすごくなるわけじゃなかった。
もう一度、過去を洗い流す。
霧奈みたいになる。
そう思って、私は飯田桐華として生きることにした。転生するつもりだった。
`あわよくば、桐華に転生したかった。`
なんか、こういう1個だけの名詞のタイトルってすでにありそうなんだよね
操り人形
趣味…趣味か、趣味。僕には趣味ってあっただろうか。
4月17日、6年生が始まった。宿題は『自己紹介カードを書いてくる』というもので、陽キャが喜びそうなものだ。僕みたいな陰キャは、そんなに喜ぶこともない。勉強のほうが、やるべきこと、書くべきことがはっきりと決まっていてやりやすい。
名前、誕生日、趣味、好きなもの、一言。名前と誕生日は決まりきっている。|櫻田優也《さくらだゆうや》、5月11日生まれ。改めて名前を見ると、お人好しな感じがする。それに、春に生まれたという感じも。
ふと時計に目をやると、もう20分ほど経っていた。『ない』と書くと変人扱いされそうだ。前までは手芸が好きで、よく小物を作ったり人形を作ったりしていた。まあ、友人の|武藤冬馬《むとうとうま》に色々言われてからはきっぱりやめたのだが。それでも、僕は家庭科の授業で少々活躍していたりはする。
そういえば、友人と友達なら、友達のほうが親しい気がする。「友人の冬馬だよ」と言うが、友人と呼ぶのは冬馬のことがやや苦手だからなんだろうか。
シャープペンシルの先端をコツコツとやる。シャー芯はのびるばかりで、ちっとも削られない。指で戻すと、黒い粉がついた。払おうとすると、指先が黒くなる。
「うわっ」
その時、だった。
いきなり脳が思考を拒み、停止した。かわりに身体はどんどん動き、止まらない。目的が定まらない手でドアを開け、おぼつかない足取りで階段を降り、そのまま外へ。ドアを開けっぱにするとダメなんだと、ようやく脳が思考を再開した。
なんだこれ、操り人形みたいじゃないか。ホラーでよくある、マリオネットのようになるやつだ。
「ちょっとやめろっ」
町中をふらふら歩く。変人扱いされないよう、小声で叫ぶ。
すると僕の足は橋にかかり、ぐらんと視界が揺れる。
「うわ、ちょっとやめろ、馬鹿!」
そのまま一気に、水の中へダイブする。
じゃぼん、という音を、最後に耳がキャッチする。最期、なのかもしれなかった。
頭がキンとして、水が入った目が痛くなる。ゴボゴボとそんなに綺麗じゃない水を飲み込んでしまい、呼吸もままならない。服が水を吸ってどんどん重くなる。水泳なんて習っておらず、学校の授業もほどほどにやっていたせいで、全然何も出来ない。パニック状態になって、これができる人なんていない。
そのまま僕の脳と身体は、ずぶずぶと沈んでいった。海を汚すゴミとして、死んでいくんだろう。己の身体を食物連鎖の一部に組み込ませて、誰かの役に立つこともない。ただ、誰かを困らすゴミとして、沈んでいく。
---
「…あ、意識がある」
ここは天国か、地獄か。深海のような深い青。さっきの川じゃない。綺麗だ。
そして可怪しいのは、呼吸ができて、喋ることができること。
「あぁ、やっと来てくれた。…いえ、ちょっとおかしいわね」
胡散臭い喋り方だった。小説とかによくあるが、リアルでこんな喋り方を日常的にする人は、そうそういない。
黒い髪に、白いワンピース。丸い黒目。
「誰」
「私はミトアンリ」
ミトアンリ。どんな字だろう。ミトは多分水戸だろうが、アンリは色々ありすぎる。
「どんな字を書くんだ」
「水に、戸棚の戸で水戸。木の下に口、洋ナシの梨で杏梨」
水戸杏梨。外人風で、ちょっとだけ離れている。
「僕は…」
「櫻田優也、でしょ?」
木偏に貝2つに女、田んぼの田、優しいに他の右部分。
僕がいつも言っている紹介の仕方で、彼女は僕の名前を当ててみせた。
こいつは誰なんだ。さっきの操り人形も、こいつのせいなのか。
「私はお人形さんなの。貴方が作ったお人形で、私は貴方に恋をした」
は?
なんで人形が自我を持つんだ。なんでこいつは、僕に恋したんだ。
平均点で平々凡々な僕に…というよりも、そもそも恋をするのか、というところだった。
「私は貴方の捨てた人形の付喪神。捨てられたものに宿るモノよ。人形は不思議なパワーが込められることがあるの。でも、私は先代から宿命になったから」
付喪神…んなオカルトな。
第一、僕が作った人形は普通だ。はぎれをブランケットステッチでぬいあわせ、裏返して綿をつめて、黒いビーズの目を縫い付ける。バックステッチで口を描いて、白いワンピースを着せる。それだけだ。
「なんで捨てたの?」
なんで捨てたか。
冬馬に揶揄われたから___
「そうよね。私は悪くないから。私と同じ目に遭わせる」
ちょっと待って、急展開すぎる___
---
気づくと、正面に笑顔の少女がいた。ちょっと可愛い。僕の頭を柔らかく撫でた。
ひとめで惚れた僕は、必死に何か言おうとした。でも、言葉が出ない。いや、《《出すことが出来ない》》。
「見て、人形作ったんだ!」
ああそうか。僕は人形になったんだ。
不当な理由で人形を捨てた罰当たり。彼女が僕を不当な理由で捨て、僕が付喪神となって、彼女が思い出した時、僕は蘇ることができる。
そう信じるしかないのだ。
僕は瞬きもできない目で、泣きたかった。縫われた首から声を出したい。出るのは綿だけなんだろうが。
断捨離
家に帰ると、大きなゴミ袋がとっ散らかっていた。
「おかえり」
母がドアの前に立ち、「何食べる?」と言ってきた。おやつよりも存在感のあるゴミ袋。何を詰めるつもりなんだろう。漫画やゲームは言語道断の家庭で。
「…何捨てるの?」
「要らないもの」
いや、要らないものっていうのはわかっている。
ランドセルを背負った背中が蒸れ、わたしはランドセルをおろした。途端、ぞわっと不吉で嫌なものが背筋を駆け抜けていった。
何かたいせつなものを捨てられる。
そんな気がした。今までの思い出が捨てられる。わたしを作って、動かしている歯車の、小さくて大切な部分がえぐられる気がする。
「何捨てるのっ」
「要らないものとか、色々」
今は12月の大晦日でもない。断捨離をするには早すぎる。
「要らないものって何」
「お母さんの服とか、色々」
「色々って何。具体的にもっと言ってよ」
「|望愛《みあ》の小さくなった服とか」
「とかって何。もっとないの。本当にそれだけ?」
質問攻めすると、母は「とにかくおやつ食べてきたら?」と無理やり話をそらした。絶対何か隠している。何か大切なものを捨てる。こんなの嘘だ。
「嫌だっ。何捨てんのっ」
「いいから食べてきなさい!しつこい」
「五月蝿い!どうせグッズとか捨てるんでしょ!?」
好きな二次元グループのグッズを、許可をもらって、自腹を切って買ってきた。大体5万円ぐらいつぎ込んだはず。生きる糧だった歯車が、今、錆び付いたとかのつまらない目的で捨てられようとしている。
わたしは強引にゴミ袋の結び目をほどいた。グッズを救出しなくちゃ。汚いゴミ袋で、こんな窮屈だと息が詰まるはず。
わざとらしく丁寧に畳まれた服をひとつずつめくって確認した。懐かしい服もあった。服のほころびを見るだけで、あの時こんなだった、ということが自然と蘇る。それは自然の摂理で、必然的なことだった。
「捨てないから。見たでしょ?」
「…もう行く」
自室に向かうと、確かにグッズはあった。アクスタにアクキー、ファイルやランダムチェキもちゃんとある。数を確認するとちゃんとあって、二桁は余裕だった。
「…良かった」
手にとって、また眺める。未だ傷つくことが怖くて剥がせないフィルムを、勇気をもって剥がしてみる。ツヤツヤとした表面。イラストが可愛いし、綺麗だ。フィルムを剥がすと、最高に綺麗。こんなイラストを描きたかったけど、絵心はぜんぜんないから無理だ。
その途端、母が階段を上がる音がした。ゴミ袋のカサッとした音とともに、足音が鳴り響く。ノックもしないで、母はドアを開けた。
「わっ」
ドアのほうを振り向くと、包丁を持った母がいた。表情は読み取れない。ゴミ袋はからだ。何を詰めるつもりなんだろうか。ゴミ袋が今にも包丁で切れそうだ。いつも料理で使っている包丁は、綺麗に研がれていて、自分の部屋とグッズとわたしが鏡のようにうつっていた。
`「邪魔なの、望愛。そんなにお金使って、誰のだと思ってんの?そんなのに使うんだったら、早く勉強して」`
「嫌……」
助けてという声もままならず、そのまま母は包丁をわたしのほうに振りかざす。ああ、グッズがわたしの血で汚れちゃう。そんなことも考えられずに、思考も行動も停止した。
布団
布団は柔らかくて暖かくて、どんなわたしでも包みこんでくれる。そんな気がした。
中学校1年生の春。13歳にもなって、こんなに駄々をこねるようなこと、する未来なんて見えなかった。ただ楽しく学校へ行って、部活をして、勉強をして、友達と遊ぶ。そんな未来しか見えなかったんだ。
「いくの?」
「…まだ、無理…」
迷っていた。
いったら、いかなかったら___
もし、あっちだったら。学校生活を味わわないまま、そのまま。
もし、あっちだったら。学校生活を苦しむか楽しむか、それだけ。
「まだいけない…」
そう言って、わたしは布団に潜り込んだ。ふわふわとした布団に、柔らかいパジャマがわたしを安心させてくれる。
いきたい、という気持ちはもうない。それだけは事実だったけど、でも__
語尾を濁して、自分の気持ちに嘘をついているみたいだった。ただただ、どっちでもない不安定な日々をグラグラと平均台を渡るみたいに過ごすだけ。学校の、社会のゴミと化しているわたしがどうなろうと、学校も社会も何も言わない。だから、わたしは今こうしている。
ふと窓の外に目をやると、割と暖かい日光が差していた。わたし以外の人にとって、布団よりも日光のほうが好きなんだろうか。そう思うと、また仲間外れのような感じがして堪らなかった。
こんなはずじゃなかったんだ。いきたくない、とか思うような人生、好きで歩んでいるんじゃないんだ。
「いきたくない…」
「ああそう」
母はそう言って、会社に向かっていった。昔なら心配してくれたのに。
壁にかかっているセーラー服を見ると、余計に吐き気がした。ビリビリに破りたくなる衝動にかられ、思わず布団を叩きつけた。
わたしは悪くないのに。
そして、わたしはスマホを手に取った。通学のために、とくれたスマホ。もう今はその目的を全うすることなく、わたしのか細い生命線となっている。
一通りネットサーフィンを終えた後、母に『やっぱいく』とメッセージを送った。
その後、裸足で階段を降りた。
引っ越してきた時の梱包用の白いヒモを探して出した。もうだいぶ解かれていて、ひとつのまとまりではなかった。
そして、
`わたしは首をつった。`
`「逝きたい」「生きたくない」という叫びは、誰のもとにも届かなかったから。`
AIに感想を聞いたらめっちゃ心配されました やさしいね
トイレの何か
イラスト
https://firealpaca.com/get/d0ACx7Rw
「はーなこさん、あーそびーましょー」
今日も聞こえる声。あの噂を一番最初に、全国に広めた奴は誰なんだろうか。
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気づけば私はトイレにいた。西の3階のトイレ。縦に14個並んだうちの3番目が私だった。
無機物に心は宿らない。それが理のはずなのに、私には感情が、心が宿っていた。子供たちが話すことだけを頼りに情報収集をして、それなりに楽しんでいた。
「リフォームして綺麗になったね!」「これで臭いもマシだ」
この学校は|夢の香《ゆめのか》小学校。全くメルヘンな名前だなと心の中で苦笑した。なのにこの学校は中々昔に建てられたもので、ガタが来ていたのをリフォームしたらしい。リフォームして来たメンバーの1人が私だった。一応女子トイレに来ていたので、性別は女子だと勝手に決めつけた。タイルに性別もへったくれもないだろうが。
そして、色々と知った。
夢の香小学校の由来は、地名ではない。ここの地名はもっと普通の名前だ。第1代校長が夢を見たとき、仄かに、微かに甘い香りを嗅いだらしい。そういう安直な理由で『夢の香』だそうだ。本当に適当なネーミングセンス。
だがその後が厄介で、その香りは後に霊が宿る香りだ、という噂が広まった。霊が宿る。霊がいる。そんな噂でもちきりになり、次第に言霊と呼ばれるモノがどんどん周りの霊を引き寄せていった。言霊とは、言葉がもつ侮れない力のことだ。引き寄せられた霊は数しれず。たくさんの霊が住み着き、こうして七不思議が絶えないところとなっている。
___なら、私に心が宿ったのもコトダマ、とやらのせいだろ。
そう思いつつ、私は今日も子供たちを見守った。
___そんな噂、今も信じる人がいるわけないのに。
「はーなこさん、あーそびーましょー」
___は?
そうぼんやりと考えていたとき、子供たちの声が聞こえてきた。
ちょっとお喋りをするぐらいじゃない、まとまった声。ちょっと喋りかけるぐらいじゃない、大きな声。
花子さん。
確か、西の3階のトイレの、端から3番目のトイレに住み着いている…幽霊?妖怪?だったっけ。そこらへんは曖昧だ。
第一、今になって花子さんを信じる人もいるのか。しかも、おそらく5年生で。こっくりさん?もそうだろうが。
〝はーあーい?〟
声を出せるんだったら、「ひっ」とか、「うわっ」とか言っていたと思う。ただでさえ冷房も暖房も効かないこの場所が、一気に冷えた気がした。そこにいる女子3人は驚きのあまり目をつむっていた。私は目をつむることはできず、このときだけ人間を羨ましく思った。
明らかに、人間の声じゃない。形容し難い。この3人の声じゃない。聞いたことがない。
その途端、トイレのどこからか、何か半透明の灰色っぽい何かが飛び出した。ぎゅいん、と真ん中にいるおさげの女子に向かって突き進み、そのまま女子の体に潜り込む。それにつられて、女子の体から、白い何かがぎゅるん、と奇妙に出て、ふわん、ふわん、と迷ったように動き、トイレに潜んだ。
___なんなんだよ、あれ。
みんなが怯えている間、おさげの子は
「もう大丈夫だと思う」
と言った。確かに、普通の声だった。だけど、ちょっとだけ、アイツの声が混じっている。気のせいだとは思った。
三つ編みの子と、ロングの子は、びくびくしながら目を恐る恐る開けた。良かったね、良かった良かった、と和気あいあいしていた。
あの子はどうなっちゃったんだろ。あの白い何か。白い何かはどうなったのか、それだけ知りたかった。
花子さんなのか、それとも別の何か?
また、花子さんを呼んでくれないだろうか。
声も出せない、身動きも取れない、何も伝えられないタイルの私に代わって。
作品のテーマ:トイレの花子さんという噂
作品の拘り :今までにない感じの目線で書いてみました。
要望 :ファンレターくれませんか?
お任せ欄 :よろしくお願いします。
(イラスト)
作品のURL :まえがき
作品のテーマ:冬+読書
作品の名前 :冬の読書
要望 :上記と同じです
お任せ欄 :よろしくお願いします。
こんなはずじゃなかったんだ。
トイレに行こうとランドセルをおろすと、トイレの前で数人群がっていた。知っている子も、同じ委員会の子も、同じく中学受験をする子も。クラスは違えど、たいせつな友達だ。
「ねぇ、」
とかける声は、「それで、ルミナルがさぁ〜」という声にもみくちゃにされた。
ルミナル?小耳に挟んでみると、たぶんアニメのキャラではなく活動者らしい。YouTubeをやっているのか、ティックトックなのか、インスタグラムなのか、見当がつかない。
1番手前の個室に入る。15分ぐらいかけたら、あの子らはいなくなるだろうか。音姫のボタンをいつもより少し強めに押す。排泄音も、この感情も悟られたくない。ジャー、という音はトイレの中のものしか流さず、わたしの感情は流さない。
いつもなら友達と帰るが、最近は風邪が流行っている。わたしはひとりで帰っていた。
ルミナル、か…
あんなに距離がちかくて、あんなに共通点が多かったと思っていた友達。知らない話題で盛り上がられるのは辛い。わたしも見てみようか。
ルミナル。ゲーム実況者だろうか。コスメを紹介するタイプのとか?料理系かもしれないし、アニメチャンネルかもしれない。
ため息をつきたくてもつけず、そのまま信号のない横断歩道を渡る。左から車が迫ってきた。「うわっ」とか「ひっ」とかいう悲鳴も出せず、そのまま頭を下げながら急ぎ足で渡る。
ここでもし死んだら、みんな悲しんでくれるのだろうか。中学受験のことしか頭にない両親も、いつも殴ってくる弟も。
このことを言わずに、そのまま家に帰る。1回ぐらい、友達の家に寄って遊んで帰ってみたかった。友達の家は遠い。距離も、そのぶん遠い気がする。
もう嫌だ、とこぼしたい愚痴は母に聞かれるから、ごくんと唾と一緒に飲み込む。むせ返りそうになる。
スマホを開いて、『ルミナル』と打ち込む。イラストを描くタイプのYouTubeチャンネルだ。インスタグラムもやっているらしい。『インスタやってます!』という文言とともにリンクが貼られていた。インスタ。そうだ、誰も正式名称でなんて呼ばない。インスタ、と呼ぶのだ。また距離感を感じた。
ちょうど動画が1時間前にアップされていた。確かにイラストはうまい。わたしは中身のないおだてるだけのコメントを投稿した。あっという間に他のコメントに100も200も高評価がついて、返信がついて、そのままわたしのコメントは海に沈んでいった。
カフェ
時計が16時を回ったのを、ちらっと見る。ああ、まだ5分しか経っていないんだ。
「これって見た?」
原作が小説の、新作映画。
「ああ、」
|麻耶《まや》の顔色をうかがうまでもなく、わたしは相槌を打った。
「小説は8回ぐらい見た」
「そうなんだ、じゃあ面白いんだ!今度見てみよっかな〜」
ことり、とカフェオレが入ったマグカップを置く。学級文庫にいいのがなくて、必然的にそれを読んだだけなのだが。そう付け加えるのも面倒くさく、わたしはマスク越しに口をつぐんだ。
麻耶はガトーショコラにフォークを入れた。オレンジの照明。白い粉糖が、キラキラとオレンジっぽく光った。口に運び、「うん、美味しいっ」とわざとらしく演技する。
マスクから口を開放して、酸素を吸う。甘い感じの空気が届く。わたしはレアチーズケーキにフォークを入れて、口へと運ぶ。チーズが濃厚で甘い。しゃべらずに、じっくり味わいたかった。
中学の同級生である麻耶は、相変わらずおしゃべりで、面倒くさい。
そもそもこのカフェは自習OKで、自習するために来た。現に、端にやられた漢字テキストがある。今はすっかりおやつタイムとなっている。
「うわっ、出てる!」
どうやら麻耶の推しが出ているらしい。スマホをポチポチと弄る麻耶を横目に、わたしはフォークではなくシャープペンシルを握った。
新出漢字は、小学校の頃にくらべて遥かに多い。目眩にももう慣れたが。
「今日ってどこやる?」
「まあ、残り全部?」
そう言って、なぞり書きを始めた。少し太め、灰色の文字。今更何やってるんだろうと思う。
「あたし、なぞり嫌いなんだよね。なんか無理」
へえ、という相槌も出ない。
「なんか、枠からはみ出すなって嫌な感じがするじゃん?なんか社会もそうだよなって」
「…って、これ名言?」
少し良さげだったのに、最後の一言ですべて台無しだった。そのせいで、少しズレてしまう。
「ねえ、どう思うって?」
「どうも思わないよ」
「相変わらずドライだね」
比較すればそうなるでしょうが。
その言葉を喉の奥に押しやり、飲み込む。テキストじゃなく、レアチーズケーキに目を合わせたい。シャープペンシルじゃなく、フォークを握りたい。
『なんか、枠からはみ出すなって嫌な感じがするじゃん?なんか社会もそうだよなって』
さっきの麻耶の言葉を思い出し、わたしはふっと息を吐いた。
なぞりきらーい自由に書きたーい
たぶんわたし、ラノベの主人公になりそうです。
…どうやら、後をつけられているようだ。変態か?ストーカーか?嫌な方向に考えがよぎる。防犯ブザーをぎゅっと手にして、ちょっとだけはやめに歩く。
あ、失礼しました。わたしは|本野佳代《ほんのかよ》、小説家志望のごくごく一般的な小学6年生でございます。運動は大の苦手ですが、勉強は上らへんです。
わたしが通る通学路は、人がいないに等しい。それに、細い通路。常にお墓と隣り合わせで、なんだかちょっとねぇ…というのも感じているが、まあ今は祟りの影響は皆無。
足音と気配。あー、祟り?いやそんなことなかろう。お前誰やねん!と言ってやりたい。小説家志望で勉強ができても、イコール陰キャという方程式は成り立たない。近畿辺りに住む、明るい会長候補系の関西弁女子。そんなところだ。
「ねぇ!」
「お前誰や!防犯ブザー鳴らすぞボケェ!!」
時刻は17時、逢魔が刻ヒェッ…ではなく、普通に15時。失礼、ちょっと暴言。
「ついてきよってさァ!ストーカーかお前?逮捕されたいんか?あ゙ぁ゙!?」
「いや、ごめんって。俺だってこんな無理やりやりたかったんじゃ…」
「理由がどうあろうと、人がそう感じたなら重罪やねん!覚えときぃや!!」
わたしは走りまくる。だが、ものの1分足らずでギブアップ。普通に男子に追いつかれた。
男子を見てみると、一人称の割にはおとなしそうで、黒髪がよく似合う。青いパーカーに黒い長ズボン。怪しい…
「なんや?これ、鳴らされたいんか?」
わたしは防犯ブザーをつっつき、チャラチャラと見せてやった。
「いや、そういうわけじゃないんだって!」
「じゃあなんなんや!やましいことないんやろ?早う言うてみ!!」
静かな墓地に、2人。うち1人はおとなしそうで、うち1人はゴリゴリの方言でまくしたてる。うん、もう知らねぇ。
「あの、本野佳代さんですよね?」
「なんや、そうや。やからどないしたんやって聞いとんのや!このストーカー野郎!!」
「ちょっと待ってくださいよっ。俺はマツキハヤト、松に木材の木に、ハヤトは片仮名で松木ハヤトです」
「青春ストーリーちゃうんやから、片仮名なわけないやろ、白状してみぃ!!」
「ひぃっ…本当ですから!パートナーさぁん…」
まずい、と思ったのか、ハヤトというストーカー野郎は口を抑えた。
「パートナー?なんのことや?お前みたいな奴とは結婚とかせぇへんで?」
「いや、違うんです…あの、貴方、文才をお持ちなんですよね?しかも、神様から授けられたような」
確かに、わたしの趣味は小説執筆。自慢の文才と語彙力で、恋愛系覗く社会風刺ものから青春ストーリーまで、見事に書き上げる。
「助けてほしいんです、どうか!じつは俺、異世界から…」
「転生はせぇへんからな!!トラックに轢かれるのもごめんや!」
そう言って、わたしは防犯ブザーを握りしめながら帰路につく。ああもうウンザリだ。異世界転生だか異世界転移だが知らないが、一切興味がない。
ただ。
…顔はちょっと良かったかも?
---
あの顔だけストーカークソ野郎から逃れた翌日。友達の|桜野美代《さくらのみよ》が言ってきた。
「あ、佳代ちゃん、あのハヤトって知らない?片仮名で」
ぎくり、とした。ガチだ。片仮名のハヤト?ひとりしかしらない。あのストーカー変態クソ野郎のことだ。同い年ぐらいだが、童顔でとかは全然あり得る。
「それがどうしたん?」
「いや、転校してくるんやって」
「は!?」
嘘だろ嘘だろ、こういうのは大体テンプレがある。
①おざなりな出会いをする。
②転校してくる。
③色々する(ここが小説の本編)
④結ばれる(!?)
おいちょっと待て、ふざけんな?聞いてねぇぞ、あんな顔だけストーカー変態クソ野郎と結ばれるとか。それだったらまだクラスの男子と結ばれるぞ?
イスに座り、ため息をつく。わざとっぽく。独り言?言うわけ有るまい、小説みたいに。そんなのしたらたちまち噂される。
「松木ハヤトです」
うん、知ってた。昨日とまるっきり同じ。
そして、終わりを迎える。なんとなんとなんと、隣の席は空席だったのだ!佳代、人生終了のお知らせ通知。
あーもうテンプレ通りだ、ちっとも面白くない。ここで文才パワー!!とかでハヤトを投げ飛ばせれば、なんといいことだろう。
ハヤトのほうも、うっとしていた。気づいたのだろう。あんな関西弁暴言女子の隣なのだ。どちらも速やかに席替えを望む。顔だけはいいから、たぶん女子に質問攻め。これもテンプレ。テンプレどおりの人生?ふざけんなっ!!
休み時間、わたしはそそくさと美代のほうへ向かう。
「どうしたん?」
「いや…」
もごもごと口ごもる。ハヤトと知り合いなんて、面倒くさくなる予感しかしない。フラグ。それ以下でもそれ以上でもなんでもない。
そう言って、5分前になって仕方なく着席した。
「あのぅ…」
「なんやねん」
苛立ちを交えながら言う。
「文才があるって聞いて。ほら、コンテスト」
うちの学校には、小説コンテストもどきがある。回覧板に載せられるが、小説を投稿するのはごく一部。わたしは勿論投稿したが、他には誰もいなかった。
「国語教えてくれないですか?僕、国語の成績壊滅的で」
「…はぁ?」
パラパラと期待が崩れていったのを感じた。
「なんで片仮名でハヤトやねん」
「あ、それですか?それなのに親はなんか漢字に凝りまくってて、僕にも書けないしフォントもあんま対応してない漢字使ってハヤトなんです。だからもう面倒くさくって」
「なんや…」
てっきり、なんかラノベの主人公になったかとも思った。すべて杞憂らしい。
次はホラー・ミステリー・サスペンスと三拍子揃った小説の主人公になってみたいものだ。
すみません、忘れてました!
ユーザー名:むらさきざくら
作品名:たぶんわたし、ラノベの主人公になりそうです。
こだわり:けっこう小説とか読んできたんですけど、個人的にこんな展開見たいなっていうのを詰め込んでみました。
要望:名前のリクエストしてほしいです。
流行り廃り
再生数を見て、『#恋恋物語』でエゴサしてみる。昨日の1.5倍、具体的に言うと87件のショート動画。
18歳にして、音楽・イラスト・喋りの才能を兼ね備えた、まさに『天はいくつも与えすぎ』な活動者・レオン。彼女はもうすぐ、活動1周年となる。1年しか活動していないが、インターネットに残した功績は数しれず。1曲目の『中毒になっちゃった』で文字通り中毒になる、癖になるイラストと音楽で魅了した。その後も、流行りのイラストを描いたり、新たなイラスト文化を生み出したり。イラストの綺麗さ・可愛さとは裏腹に、皮肉と社会風刺を込めたキャッチーな歌詞。
そんな絶賛されるのが、レオン。そして、レオンはわたしのことだ。最近は『レオンページ』という、ファンサイトのようなものまで出来ているらしい。無論、見に行く理由はない。
『#恋恋物語』は11曲目だ。15歳の男女が恋をする物語。その中には、お互いを気づかう『愛』はなく、一方的な『恋』しか目にない。巷の小説投稿サイトでも二次創作で小説にされたり、イラスト投稿サイトでもイラストが投稿されたり、歌ってみただって投稿された。
「世紀の天才現るwwwww」「鬼才すぎんだろ」「考えても1人の所業じゃないが、1人だと信じざるを得ない」
コメント欄では、各々考察がなされていた。思惑通り、「この人らは『愛』しあってるんじゃなくて、『恋』しあってる。だから、お互い一方的な責め合いしかしてなくて、最終的に破綻する」というコメントが上に来ていた。「神考察」「天才wwww」などのコメントが寄せられていた。
だが、思惑通りじゃない考察もある。「空耳では殺しに聞こえる」「この男女って、もしかして浮気してる?」などといったもの。
そんなの、お前らの空耳だろ。意図してねぇんだよ。
なんやかんやと考察をねじり出した感じ。そこまで考えていないのが現状だ。
それに、テーマもマンネリに陥りつつある。綺麗な言葉だと批難される。社会を刺して、隠すと予想もしない悪いコメントが集まる。そういうものなのだ。
ああ、もうウンザリだ。大体、《《前世》》ではこんなのじゃなかったじゃないか。なんでだよ。なんでこんないい加減に活動しているのに、一生懸命活動してきた《《前世》》よりも人気なんだよ。
青い秋
「はじめまして。|佐伯瑠衣《さえきるい》です」
ぺこりとお辞儀する。みんなの視線が、一斉にわたしを貫く。刺す。残念そうな視線。転校生と聞いたら、ミステリアスな子か美男美女なんだろう。
まあ、当たっている。
わたしは呪いがかかっている。11月19日までしか生きられない呪いだ。なぜかは知らない。先祖代々ということでもない。ただ、神様がわたしを生きるための生贄に選んだ。全国の中で、ただ普通に。わたしたちのことなど知らず、ランダムに。それがわたしだったというわけで、決して特別な理由なんてないんだろう。
「よろしくお願いします」
普遍的な見た目。わたしはそのまま、すました顔で席についた。
ここに引っ越してきたのだ。そこでなら、なんとかなるかもしれないから。
みんな、わあわあと喋り始めた。ああそっか、休み時間か。わたしを生贄なんて知らず、ただ普通の子ども、同級生だという感じで。
--- * ---
青春、というものがある。アオハルともいうらしい。
人生における、キラキラと輝かしくて光る時代。
人生における、とんでもなく懐かしくて、あとから恥ずかしくなる時代。
いろんな意見があるだろう。
青に、春。春は出会いと別れの季節。だから、多くの青春ストーリーは春から始まり、春で終わる。
だが、わたしは秋に生まれた。そして、秋に死ぬ。なんと美しく、儚い物語なのだろう。
--- * ---
呪いのことは無闇に口外してはならないらしく、わたしは寿命とあえぎながら生きる。打ち明けることもままならず、わたしは心の中で、静かに苦しむ。
青い秋。それがあれば、どんなにいいのだろうか。青秋。せいしゅん、じゃなくて、せいしゅう。それがあっても、別にいいじゃないか。運動会、修学旅行、社会見学、文化祭。ほらみろ、秋にもイベントはいっぱいある。なら、秋で青秋してもいいじゃないか。
そんなことを思う。思うしかないのだ。だって、喋りかける人は誰もいない。喋りかけようと思っても、喋ることなんてできない。
これだから嫌なんだ。
わたしは、呪いをかけられている。ああ、やっぱりここでも、秋までしか生きられない。青い秋を、青秋を過ごすことができないままで。
呪いが解けない。解けるはずなのに、解けないのだ。呪いという名のいじめは、わたしをずっと縛り付ける。
原稿
地元でも比較的有名で、あちこちの学校を転々としているらしいというモンスターペアレントの対応に追われ、気づけば授業は終わっていた。ペコペコと何度も謝っているうちに、何もかもが馬鹿馬鹿しくなっていた。
わたし・|藍村理沙《あいむらりさ》は、今年23歳になる中学教師だ。2年3組を受け持ち、文学部の顧問をしている。
全20ページで構成される雑誌を、1か月ごとに出す。内容は問わず、イラストでも小説でも漫画でもエッセイでも構わない。文学部は比較的静かで、放っておいて作業もできるのは有難い。
文学部の部室へ行くと、すでに何名かいた。青春とは縁がなさそうだな、と勝手に思う。
「あ…藍村先生、これ」
おずおずと差し出してきたのは、2年3組の|佐々木玲奈《ささきれな》だった。
玲奈は、文才が全くと言っていいほどない。画力もない、アイディアも下の下だ。なのに文芸部にいる理由は不明だが、たぶん他の部が運動部だからだと踏んでいる。玲奈の運動神経は絶望的で、この学校は部活に入るのが義務付けられている。だから、仕方なく文芸部に入っているはずだ。
酷くやつれている。目の下には、くっきりとしたクマ。ああ、あんなモンスターペアレントを親にしたら、流石にこうなるだろう。モンスターペアレントの娘も楽じゃないはずだ。当然、悪ノリが趣味の男子らからは色々言われ、女子からヒソヒソ囁かれる。
「わかりました、印刷しておきますね」
不自然なほどに微笑み、わたしは玲奈の原稿を預かった。
---
玲奈が死んだ、という一報を聞いた。学校から帰り、目的もなくローカルテレビを点けたときだった。
「は?」
玲奈は元気だった。元気ではなかったかもしれない。だが、友達と会話を楽しんでいた。苦ではなさそうだった。
玲奈の母親である、|佐々木玲美《ささきれみ》は、わざとらしくハンカチを当てていた。こういう奴じゃないはずだ、玲美は。
「中学2年生である佐々木玲奈さんは、今日の17時頃死亡していたと推測されています。絞殺とみられているので、他殺の疑いがあります____」
絞殺、か。
---
普段忙しいのに、えらく忙しくなった。
玲奈が死んだということをクラスメートに伝え、警察からの捜査を受けた。いじめはあったか、親はどうだったか、普段どんな様子だったか。
犯人でもないので、わたしは正直に答えた。親は正直に、モンスターペアレントだったと答えた。その言葉を嗅ぎつけたのか、警察は玲美へと焦点を当てた。
「そんなことしませんっ…」
こんな歳になって、悲劇のヒロインを演じるなんてイタすぎる。涙なんて出ていないのに、ハンカチを当てる。彼女がモンスターペアレントなのは、玲奈を大切にしていたからではない。この辺りでも有名なモンスターペアレント。育児は嫌いだったらしく、父親は出ていったきりだそうだ。育児のイライラを、教師にぶつけることしか、自分のストレスを発散させることができなかったらしい。
やがて、玲美の部屋から、絞殺したとみられる紐が発見された。その後、玲美は逮捕された。
---
そういえば、と玲奈の原稿をめくってみた。玲美が逮捕されてから、玲美の対応に追われることはなく、なんとなく胸がすっとしていたのは事実だった。
「は?」
最後のページの隅。衝撃的なことが、小さく書き込まれていた。
『私は死にます。自殺ですが、絞殺に見せかけます。その後、母の部屋に証拠を集めます。これで、地域全員母の影響を受けなくていいはずです。どうせ私は生きてても、何の才能もないから。先生、この原稿は先生が取っておいてください。釈放された後、冤罪として世にしらしめてください。私は母が嫌いだった』
うーん、なんかミステリーを書きたかったけど、不自然極まりないな
やっぱミステリー作家ってすごい
断り
うっときた。クラスメートは全員で21人。
「2人組、ペアを作りましょう」
確実に1人余り、その余り物がどこかへねじ込まれるシステム。このシステムを作ったやつを、1週間分、いや1ヶ月分のパワーを込めて殴りたいほど、残酷。
結局わたしは、色々あって幼馴染の|桃花《ももか》と組むことになった。正直、ぐいぐい来る桃花は好きと嫌いの間にある。嫌いでもなく、かといって特別好きでもない。そんな微妙なラインに、彼女は立っている。
人権学習で、ペアになって発表する。人権について考え、2人の意見をまとめ、発表する。桃花は、「アイディアは出すから、まとめるのと発表するの、お願い!」と遠慮なく頼んできた。
ここで、わたしの1番嫌いで消えてほしいスキル発動。その名も、「全然大丈夫だよ」。効果は、どんなに無理でも必ず頼み事を引き受ける。イコール、断れない。本当に大丈夫な時があっただろうか。いや、ない。反語が使えるほど、わたしはこのスキルが大嫌いだった。
「うん、大丈夫だよ」
自然に出来た言葉を、デジタルのように取り消したい。
「本当!?ありがとー!」
面倒くさい。喋るのはどちらかというと嫌いで、みんな聞いてないと思うと途端に面倒くさくなる。どうせろくなアイディアも出せないくせに、と内心毒づく。やるせない気持ち。
「えへへ、|美弥《みや》ちゃんありがと!」
別に好きでやっているわけではない。こういう子を見ると、世渡りが上手だと本当に感じる。日本人は、嫌だと思った時、嫌だとはっきり言えない。そういう弱点を上手に、見事について、自分の思い通りにする。こういう子でありたかった。えっと戸惑って躊躇しても、持ち前の軽やかで明るい笑顔で、愛想を振りまき、途端にその気にさせる。こんな平々凡々な枠におさまりたくない、とは少し違うかもしれなかった。
その後、淡々とわたしはまとめていった。普通なアイディアが出た。またしても、桃花は言う。
あ、メモ取らなきゃ。
そう思った。メモは必然的に必要だ。あー、面倒くさい。また桃花に頼られるのは鬱陶しい。
今回扱っているのは、『頼る関係』。桃花ばっか頼って、わたしは受け身。受動的。
「あの」
頼られるのが断れないのがダメなんじゃない。
「え?」
「メモ、取ってくれない、かな」
頼ることが出来ないのがダメだ。
きっと、自然に頼ることが出来るようになるのなら。
きっと、自然に断ることが出来るはずだ。
あれれ〜めちゃくちゃキラキラハピエンじゃ〜ん
冬の応募
冬期講習の休み時間、ちまちまとシャープペンシルを走らせる。あと22日で試験なのに、こんな夢物語を書いている暇はないだろう。でも、書きたいから仕方がない。
わたしの夢は小説家だ。中学3年生になって、まだそんな夢を見ているのか?そう言われると、口をつぐんでしまう。
「ああ…」
休み時間を積み重ねているとはいえ、流石に書き切ることはできない。このままじゃ、4度目の新人応募にもきっと駄目な気がする。
まあ、別にいい。マリー・アントワネットが死後再度評価されるように、埋もれていたとしても、いつか評価されるのが夢だ。生きている間でも死んだあとでもいい。
塾はあっけらかんと終わり、街に出る。マフラーを巻いているのに、息はマフラーをすり抜けて、白く現れる。
「年末大感謝祭やっています!」
メガホンで呼び込みをしていた。家電量販店。家電なんて、そんな頻繁に買わないのに、生計なんて立てていけているのだろうか。
将来は不安定な仕事に就きたくない。そう思いつつも、小説家は本当に不安定だ。漫画家もだけれど、才能が目覚めるまで待つ必要がある。日の目が見られるまで、ずっと待たなければいけない。それに、売れたら売れたで多忙だと聞いた。短命になる可能性もあるのだ。
「あ〜あ…」
大感謝祭、か。何に感謝しているんだろう。数少ないお客様?売れなくてもいていいと言う商店街?ものを作ってくれる技術者?
よく考えたら、世の中の殆どのことは曖昧だと思った。よくボロネーゼとかのパスタを食べて、あんまりだと思った時、どこがあんまりか言えない時。高い金額だと思っても、相手からしたらそうでもない金額だった時、どこがどう痛いのか説明する時。天動説と地動説だって、昔は食い違っていた。矛盾していた。世の中の全てが曖昧で、抽象的。
本屋大賞受賞作でも、どこかで誰かは駄作認定している。つまり、そういうことだ。
いや、取り敢えず応募しよう。面倒くさい。こんな小難しいこと、別に考えなくても幸せだ。将来のこと?別にいい、今は。少なくとも今は。とにかく今は、やりたいことをやる。
そう決める。
大草原
今月23日に開放された草原に、足を踏み入れる。数々の草が、そこに生い茂っていた。
ここの地主である彼女は、わたしの推しだ。ひっそりと推すのがたまらなく、わたしはいつも通っている。
多少の荒らしは来るが、きちんと誰かが整備してくれる。地主である彼女が褒め称えなくても、きちんと整備して帰ってゆく。そういう人に、わたしは彼女の2番目に憧れる。
時折、森や林、アマゾンが広がる。そういう時はちょっとだけすごいな、と思う。なんというか、形容詞がたいもの。
わたしは毎日地主のもと、草原に通っている。いつもだ。もう何年になるだろうか。2年だろうか。存在は知っていたけれど、本格的に通い始めたのは1年前ぐらいだろう。ここに出会えて本当に嬉しい。
柔らかい雰囲気と空気に包まれ、わたしは微笑む。酸素がどうとかじゃなくて、二酸化炭素が多くても、居心地のいいところとはあるものだ。
みんな、せっせと草を植えていた。自分でどう植えるかを考え、それをうまく表現している。わたしも、あんなふうになりたい。あんなふうに、植えた草を評価されたい。いや、1番評価されるべきは、地主である推しなのだが。
わたしは、ちゃんと植え方を考え、草を植えた。
『>ぷんり☘️ つまんなすぎて草』
短っ
白色
人間って、色みたいだ。
赤や青や黄。色の三原色は、強くて独自性を持つ。だが自我が強すぎると、黒く淀んでしまう。
緑や橙や紫。三原色を混ぜた色は、どこか誰かと似ている。
わたしは、誰かに何かをされると一瞬でそのことに染まってしまう、弱い白だ。
--- * ---
その出来事は、当時のわたしにとって、あまりにも残酷で早すぎた。
母は画家だった。鮮やかな色使いで人々を魅了していた。地元でちょっとした個展を開いていた。一大人気というわけでなくても、一部の人だけにでも認めてもらえるような絵を描いていた。
「みんなに受けるなんてできないから、一部の人にとっても認めてもらえたらいいの」
それが母の口癖だった。いつもにこやかな表情で絵を描いていた。生き生きとした自然の絵、太陽の光が溢れる絵、暗くて儚い深海の絵。わたしは母のそんな絵が大好きだった。
母は絵の具をたくさん持っているわけではなかった。赤、青、黄。母はそれだけしか持っておらず、その3色を白いパレットにたっぷりと出していた。他の色を入れるスペースにも、構わず赤や青や黄を入れていた。
「だって、決まった感じじゃ面白くないでしょ」
「その時々の偶然を大切にしたいの」
「人との出会いと別れだって、決まりきったものじゃないでしょ」
本当にそうだった。
別れは決まりきったものじゃない。
母はいつの間にか消えていた。
最後のキャンバスには、綺麗で鮮やかな、白い花が描かれていた。
そばには、白い便箋に黒い字で書かれていた。
『これはトルコキキョウです』
間違いなく母の字だった。それが遺言代わりだった。
---
母が失踪してから10年だった。
当時のわたしは3歳で、難しいことは理解し難い年齢だった。それでも母の絵は、メッセージ性がわからなくても、綺麗だと思っていた。
父は胃癌で亡くなった。それは2年前、11歳のときだった。小学6年生のときだった。
わたしは叔母のところで暮らしていた。基本的には放任主義。わたしは自分の部屋をもらって、学校から帰ったら絵を描いていた。美術部所属だ。
3歳のときとはいえ、あの絵は鮮やかだった。色使いが綺麗だった。ところどころのむらが綺麗だった。母と同じように、わたしも赤と青と黄の絵の具しか買わなかった。それでも、パレットは鮮やかな色合いで埋まっていた。
「|板野《いたの》さんは絵がうまいなぁ」
「ああ、はい」
臙脂色のリボンを着けた彼女は、美術部の先輩だ。|近藤由舞《こんどうゆま》さんだ。4月に出会ったばかりで、あまり良く知らない。出会って数日の部類だ。
「尊敬するな」
「いえ…」
「やっぱり、お母さん?」
「はい…」
ああ、またなのかな。
母に絵の才能があると、わたしが絵がうまいのも、才能のせいになる。別にそれでいいなぁ、とは思ってしまう。
「そんなことないでしょ」
「え?」
「板野さんには才能じゃなくて、努力があるから。才能も確かにあるけど、才能だけでこんなうまくはいかないよ」
「…そうですか」
「お母さん、絵が本当に好きだったんだろうな。イロエって名前も本当にいいと思う」
イロエ。彩絵。わたしの名前だ。
「ありがとうございます」
くるくると、赤色のリボンを弄った。
この人は、向日葵色だ。
わたしは昔から、人に色をつけていた。なぜかは知らなかった。身近にいつも色があったからかもしれない。
向日葵の花言葉は、まっすぐ。鮮やかな黄色を持つ。才能とかにとらわれず、ただまっすぐにわたしを褒めてくれる。近藤さんにぴったりだ。
「本当すごいなぁ」
わたしの拙い絵を、近藤さんは見惚れていた。妬み嫉妬でもなんでもなく、ただ認めていた。
---
「本当さぁ、有り得ないわ」
そう言っていたのは、友人の|最上恵里菜《もがみえりな》だ。
「聞いてくれない?」
恵里菜の彼氏である|佐伯悠斗《さえきゆうと》は、いかにもな奥手な男子だ。恵里菜は大人しくて、大人っぽくて惚れたと言っていた。
「悠斗が」
悠斗が、あたしに全然来てくれないの。
彼女の色はチェリーピンク。いつもどこかに恋煩いを抱えている。
悠斗の色は暗緑色。どこまでも暗くて、くすんでいる。
正直、恵里菜と悠斗は合っていないと思う。わたしが直感でつけたチェリーピンクと暗緑色。大雑把にいうとピンクと緑。その2つは反対色で、混ざるとたちまち濁る。
「そうなんだぁ」
でも、悠斗は確かに素敵かもしれない、とぐらりと傾く。
わたしの色は白。いつも誰かに染まってしまい、おまけにその誰かの個性を薄めてしまう。誰にでも馴染めてしまう代わりに、だ。絶対に暗くもならない、くすみもしない。でも、薄くなる。
---
放課後、わたしは部室で絵を描いていた。
「また会ったね」
「あ…」
近藤さんがいた。
「え?」
パレットを覗き込まれる。
「赤と青と黄…色の三原色だけ?」
「はい」
「もっと使ったら?」
「いや…」
え、と声を漏らす。
「珍しい、拘りだ」
「実は、母はこうやって描いていたんです。赤と青と黄だけを使って、その時その時でめぐり合わせを考える。その時々の偶然を大切に、決まりきった関係じゃないようにする。むらがあってもそれだよね、と考える。別々になったらもう二度と同じようにはできない。それが色なんだって」
しどろもどろな説明。
「だから、わたしもそう考えるようにしていたんです。人にはそれぞれ色がある。その色どうしで、反応がある…って」
「へぇ、すごいなぁ」
近藤さんが言った。
今描いているのは、夏の日差しを受けた向日葵。青空と入道雲をバックに、若々しい茎を描く。
「たとえば、なんですが」
「たとえば」
近藤さんが復唱した。名前を出していいのかわからなかった。
「わたしの友人に…名前ってどうなんだろう。まあいいや、最上恵里菜っていう子がいます。彼女、恋愛が大好きなんです。そんな恵里菜につけた色は、チェリーピンク。いつも恋煩いを抱えていて、チェリーってさくらんぼじゃないですか。さくらんぼは、恋についての花言葉が多い。だから、チェリーピンク」
そう言って、ちょんちょんと黄色と赤を混ぜたパレットのスペースに筆先をつけた。
「そして、佐伯悠斗って人がいます。はじめて中学で席が近かった男子なんですね。その人につけた色は、暗緑色。なんとなく緑っぽく広大そうで、でも根暗。暗い」
そう言って、筆先をキャンバスにつけた。じんわりと色がにじんでいった。
「最近、恵里菜と悠斗が付き合った。恵里菜曰く、大人っぽい悠斗に惚れたらしいんです。でも、恵里菜は文句ばっかり言う。わかってたんです、わたし。チェリーピンクと暗緑色って、大体ピンクと緑で反対色。つまり混色すると色が濁って、黒に近づく。実際に混ぜてみるとわかると思います」
そう言いながら、わたしは筆をパレットへ帰した。
「人間関係って、そういうものなんだと思います」
「すごいな、本当に。感受性が豊かというか。色に対する思いとかが尋常じゃない。絵がうまいのも納得」
そう言いながら、近藤さんはまじまじと絵を見た。
「きっと6年生でもこんなことわからないよ」
わたしの通う学校は中高一貫で受験をしなきゃいけない。わたしはなんとか滑り込んだ。6年生は、高校3年生だ。
「ちなみに、わたしの色って何色?何色でもいいから言ってよ。なかったらないで」
「近藤さん?」
「うん」
ちょっとだけ迷ったが、言った。
「近藤さんは、向日葵色。わたしは昔から、親の遺伝とかなんとかで、才能があるから絵がうまいって言われていた。でも近藤さんは、努力してやったんでしょう、才能はちょっとあるけど、関係ないぐらいだって言っていた。向日葵の花言葉であるまっすぐな感じとか、鮮やかな黄色とか」
「へぇ」
ちょうど、今描いているのは向日葵だ。
「ちなみに、板野さんは?」
「わたしは」
喉が詰まった。
「し、ろ」
2文字だけだ。
「白、そう白です」
「そうなんだ。いいよね、白。純白って感じで」
「はい…でもわたしの場合違くて。何色にもなれない、依存して染められる。一緒にいれば、相手の個性が薄まる。そんな自分が嫌で、白にしたんです」
「そうなんだ」
近藤さんはさらりと言っていた。
「でも好きだな、白。なんか、どんなことをしても白色になれないって感じ」
「…そうですか、ね」
さっきみたいなネガティブなことを言っても、近藤さんは自分の白のイメージを貫く。まっすぐ、きっぱり。
やっぱり向日葵色だ。
---
「帰ってきたの」
「うん、ただいま」
叔母との会話はぎこちない。一応名前はある。|能勢綾子《のせあやこ》。母より年を取っていて、年齢の重みが感じられる。
叔母は、わたしの母っぽくなろうとしている。親近感を感じさせようとしている。でも、違う。ちょっと違う。
くすんでいる感じとか、似させている感じが、似紫。昔に高価だった紫じゃなくて、それっぽい紫。
わたしの母、|板野美香《いたのみか》の色は、オペラモーヴ。オペラのようなジャンルは違えど、伝えたいことを全力で伝える。柔らかいピンク色。
わたしの父、|板野有生《いたのゆうせい》の色は、桔梗色。真面目で誠実に、わたしを育ててくれた。桔梗の花言葉は誠実、深い青が混じった紫。
「おかえり」
やっぱりちょっと違う。
---
自室にこもって、スマホを弄る。ブラウザ保存している色一覧ページを眺める。いろんな色がずらりと並んでいた。
鮮やかな色、くすんだ色。濃い色、薄い色。明るい色、暗い色。いろんな色が並ぶところ。全部絶妙に違っている。いつかはこんな色の面々に巡り会えるとしったら、途端に嬉しくなる。
他にも色々色をつけてみようか。暇だしな。
今、悠斗のほうじゃない隣の席にいる|髙橋友奈《たかはしともな》は、ライムイエロー。落ち着いた、柔らかで薄めの黄色だ。ライムには、あなたを見守る、という意味もある。優しくていつも見守ってくれている感じの友奈にぴったりだ。
後ろの席の|水村玲音《みずむられおん》は、スチールグレー。鉄みたいに無機質で冷たい。個性はすこしあるのだろうけど、まず冷たくてクールな印象が目につく。すこしだけ紫がかった、灰色。
前の席の|雨宮花蓮《あまみやかれん》は、縹色。しっかり信念を持っている。強い青色。青の理由は、雨という字がついているからかもしれない。
白いわたしには、誰でも別にいいかな、となってしまう。そこが嫌だった。せめて、玲音のように灰色でもいいから個性を持ってみたかった。花蓮のように、名前だけから連想でもよかった。板野彩絵。色要素はないにしろ、絵の要素は感じられる。でも、何色と明確にはわからない。
でもこうしてみると、いろんな色があるんだな、と改めて感じた。
---
その日も美術部の部室に行くと、見慣れない子がいた。ゴールデウィーク前最後の部活。
「あ、はじめまして…」
意外と高い声だった。
「わたし、|前林小枝《まえばやしさえ》っていいます」
強い黄色は、梔子色だろうか。そんな色のリボンをつけた彼女は、なんとなく控えめな印象だった。三つ編みにメガネといった出で立ちじゃなくても、なんとなくそんな雰囲気が漂っていた。
「あ、前林さん」
前林さんのリボンは、3年生であることを意味するものだ。近藤さんも知っているらしい。
「は、はじめまして」
口ごもりながら言った。
「えーと」
「板野彩絵、板野さん。1年生」
「そうなんだ。はじめまして、板野さん。わたし、3年生なんだけど、始めて入部したんだ」
「え、はじめて」
「今まで帰宅部だったんだけど、暇で」
控えめで落ち着いた感じの彼女。彼女は、そうだ、鶯色。すこしくすんでいる緑ではあるけれど、春の訪れを告げる鶯みたいなきれいな声。
「前林さんとは知り合いなんですか?」
向日葵の手を止めた。
「うん。なんでかとは言わないけど、けっこう図書館にいたんだ」
「え、図書館」
「前まで文芸部だったからね」
「なんで美術部に?」
「絵、描きたくなって。イラストレーターとかでも、自分の気持ち、表現できるかと思ってさ」
向日葵のバックの青空を書くために、青い絵の具をとった。
「でも全然無理だわ、板野さん、やっぱすごい」
「そんな…」
「それ、板野さんの絵?」
「はい」
「すごい。上手」
はにかんだように見せた前林さんは、あっと言った。
「そういえば、板野さんって、もしかして板野美香さんの娘?」
「あ、そうです」
また言われるだろうか。 そっか、遺伝で絵がうまいんだね。納得。
「すごい…すごいな。母の描き方を受け継いでいるんだ」
「え」
「わたしの母、美香さんのファンだったんだ。失踪…っていう言い方はわからないけれど、したんでしょう?母も、作品ちょっとは持ってる」
「そうなんだ」
「うん。言っていたよ、彼女のこと。赤青黄だけであんな色使いで表現できるなんて、本物だ。田舎だからあんまり世界的に有名ではないけれど、都会へ行ったらきっと有名になる。そう言っていた。美術部でこんな子と出会えるなんて、本当に嬉しい」
「…あ、ありがとうございます」
「お母さんはどうなの?」
「3歳のときにいなくなったっきりです。あとを追うように、とは長すぎるけれど、でも父は2年前に胃癌で。今は叔母と暮らしてます」
「そうなんだ。いなくなっても、母はずっと言ってたや。本当にファンだったんだ」
「たぶん、母も喜びます」
そう言いながら、絵の具をキャンバスにのせた。
「そういえば、どんなふうに失踪したの?」
あ、と一瞬だけ息が詰まった。
「確かに、わたしも知らない」
向日葵色の彼女が言う。
「母は」
絵の具をまたつけた。
「母は、3歳の頃いなくなりました。いつの間にか。学校帰りだったと思います。わたし、鍵を持ってたので、おかしいなと思いながら帰りました。もうそのときにはいませんでした。キャンバスには白い花の絵が描かれていて、『これはトルコキキョウです』 そんな便箋が置いてあった、はずです」
「その絵は?」
「その絵も含めて、売っていない母の絵はすべて家に保管してあります。もし画家デビューするとなったら、きっと母の絵もおまけ程度に個展で出されるんでしょうね」
自嘲気味に言う。
トルコキキョウ。花言葉はどうだっただろう。色の名前である花は網羅してあるのに、トルコキキョウは調べていなかった。母がとりわけトルコもキキョウもトルコキキョウにも思い入れがあったとは思えなかった。そういえば、父の色は桔梗色だった。偶然だ。
「そうなんだ。わたし、見たいな。個展。そんなに前林さんの親が絶賛するなら」
自虐ネタにも屈しず、近藤さんは言っていた。
「でも、わたしはトルコキキョウがとりわけ好きでも嫌いでもないです」
「なんで?」
「今まで知らなかった。トルコで育てたキキョウかな、程度だったからです。なんで母がトルコキキョウを選んだのか、今でもわかりません。でも、さいごに選んだのだから、それなりの思い入れとか、そういうのはあるはずなんです」
でも、分かっていないんです。その意味も、母が失踪した意味も。
でも、知らなくていいかもしれない。知ってもいいかもしれないけれど、母のもとへいくときまでには知りたいけれど、なんとなく知りたくないような。そんな気がする。
「…何色?」
「え」
「前林さんは何色だと思う?板野さんの偏見でいいから」
近藤さんが聴いてきた。
「…鶯色」
「うぐいす」
前林さんが復唱した。
「すこしくすんでいる緑なんです。でも、春の訪れを告げる鶯みたいなきれいな声。だから鶯色」
「…鶯色か。声、嬉しいな」
その声も綺麗だった。
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翌日の昼休み、担任の|安野瑛菜《あんのえいな》がたずねてきた。
「|大今《おおいま》中学校の絵コンテストってあるんでしょう」
「あ…はい」
そう言ってみせたけれど、実際はよくわからない。もしも、本当はないのにそんなことを言っていたとしても、頷くはずだ。こういうのが詐欺に騙されやすい。わたしの悪い白だ。
彼女は若緑。薄い緑色だ。どこか一歩引いている。瑛菜の菜という時に引っ張られているのかもしれない。
「あれに応募してみない?」
「…何月なんですか」
「ええと、夏休み前」
4月にそんなことを、もう言うのだろうか。
「夏休み前1週間が締め切りで、発表が9月の上旬。テーマはなんでもいいみたい」
はい、と紙を渡された。『大今中学校絵コンテスト!』という、流行りとかチラシの広告とかに無知な感じの人が作ったみたいな紙。文字をくねらせたり、影をつけたり、虹色にしたり。
「詳しいことはそれに書いてあるから。もしそれにわからないことがあったら、言って」
「…はい」
帰り際に言われた。すこしだけ気持ちが混色された。
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『大今中学校絵コンテスト!』
改めて眺める。わたしの学校、高校も併設されているのにな。でも対象は1年生から3年生、年齢の差とかで不利になるのを防ぐためらしい。
最優秀賞、優秀賞、秀作、佳作、学校長賞。参加は任意で、毎年十数名が参加するらしい。景品は絵の具。有名で、すこしいいメーカー。
絵の具24色セットをもらっても、わたしはその中の8分の1しか使えない。近藤さんや前林さんとかにあげればいいんだろうけれど、黄土色とか使いづらい色を渡すのはしのびない。
「能勢さん」
能勢さんでよかったかな。叔母さん?綾子さん?2年暮らしているのに、よくわからない。
「このコンテスト」
「絵コンテスト?」
チラシを渡す。
「絵」
「…美香」
ああそうか。叔母は母の姉だ。
「どうしたの」
タメ口で良かったのだろうか。
「…どんな絵を描いてるの」
「今は、向日葵の絵」
「向日葵?トルコキキョウのほうが良かったんじゃない」
そう言われると、良かった気がする。思い入れのあるトルコキキョウが良かったかもしれない。
「もう決まってるから…」
「そっか」
呆れられたのか、見捨てられたのか。
「晩御飯は肉とサツマイモを炒めたやつだから」
「うん」
そう言って、叔母のもとをあとにした。
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美術部のメンバーは4人だ。わたしと、近藤さんと、前林さんと、もうひとり。
|森井佳恵《もりいかえ》は、1人で黙々と描くタイプの子だ。わたしと同じ赤いリボンを胸にしている。色使いは知らないが、すでに線がうまい。ラフの時点で、うまいとわかる。デジタルとかやらせたらすごいだろうな、と思う。
でもわたしは、きっとデジタルは無理だ。決まりきった色。母も絶対やっていなかっただろう。
すごいといいにくい。近寄り難い。
ちなみに、佳恵はドーンピンクだ。灰色がかった、明るめの紫がかった赤。ドーンの意味は夜明け。これから夜が明けるように、彼女の才能も明けていく。珍しく名前の森に左右されない。
「森井さん」
「何ですか」
隣のクラスなのに、同級生なのに、本当にぎこちない。
「あの絵のコンテストってどうします?」
「絵?ああ、応募します。家の絵です。えっと」
「板野です」
「ああ、そう。すみません。板野さんは何を」
「向日葵です」
「向日葵。夏らしくていいですね」
それきり、会話は途絶えた。
美術部のみんなをイメージした絵を、順番に描いていっていいかもしれない。向日葵を褒めてもらえた。向日葵は偶然、近藤さんの色だ。次は前林さんの鶯、次は森井さんの夜明け。
わたしは。
「近藤さん」
「何?」
「今、向日葵を描いているんです。近藤さんの色を」
そう言って、ふっと息を吐く。大体の色はのせたが、陰影や茎を塗らなきゃ。
「ああ、そうだった」
「次は鶯を描こうと思います」
「前林さんの?」
「はい」
そう言って、筆を置いた。今日はここらで休もう。中途半端だとあとが困る。
「次は夜明けを描こうと思います。森井さん、ドーンピンクだと思ったんです。夜明けを意味するピンク」
「美術部のみんなを描く?いいな」
「でも、わたしってどうしたらいいんだろう」
「白?」
「はい」
みんなは、モチーフがある。でも、わたしにはない。
「白…タブラ・ラサ?それとも、200色?」
「200色って…」
「まあ、めぐり合わせっぽくしたらいいかもね。グラデーションみたいに。黄色、緑、ピンクに染まっていくさま」
それもいいかもしれない。
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休み時間、恵里菜がこちらへ来た。
「聞いてよ!悠斗がさぁ」
悠斗が一緒に帰らないかって言ってきたの、意外でしょ?
ああそうだね。嬉しそうだ。恵里菜と悠斗、案外お似合いなのかもしれない。
「へぇ、すごいなぁ…もうお付き合い」
「あ、確かに。まだ4月だもんね」
友奈の言う事も最もだ。
4月の下旬。もう桜はすっかり散っている。
「まぁ、あの子とあの子、わたしはお似合いだとは思うよ」
前の席の花蓮が振り向く。
後ろの席の玲音は、怪訝そうな感じを醸し出していた。女子どうしのつまらない恋バナをうるさいと思っているのかもしれないし、自分が場違いだと思っているのかもしれない。
「それに」
それに、悠斗、勉強も教えてくれるんだよ。だからあたしはコーデとか教えよっかなぁ。
ああ、そうですね、お似合いです。
そういえば、反対色じゃなくて、補色という言い方もできる、と今思いだす。お互い足りない赤青黄の要素を補い合う。チェリーピンクと暗緑色。補色とも言える。そう思うと途端、すごくお似合いに見える。ピンクの桜が終わったあとは、緑色の葉桜が木々を彩る。
赤はエネルギッシュで情熱的。青はクールで冷静。黄は優しくて明るい。そんな偏見まみれの色の決めつけでも、意外と辻褄があってたりする。
「ね」
どうしよう。桜も葉桜がいいかもな。でも、今は向日葵を描こう。近藤さんのために。
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「ただいま」
「おかえり」
叔母に言う。
「能勢さん、」
やっぱり向日葵を描きたいんだけど。トルコキキョウのほうがいい?
その言葉を言うだけ。それだけなのに、息が詰まる。器官に蓋をしたような、そんな感覚。
「わたし、やっぱり向日葵を描こうかなって」
「…そう。いいじゃない、向日葵。ポジティブな感じで、明るくて」
「でも、トルコキキョウのほうがいいかな」
「大丈夫だよ。美香、トルコキキョウにとりわけ思い入れがあったわけでもないし」
叔母が言うならそうなのだろうか。
「なんでトルコキキョウを描いたか、わかるの?」
「…わからない。でも、トルコキキョウの花言葉は」
優美、すがすがしい美しさ、希望、永遠の愛、感謝、良い語らい。
その時、美香は極度のスランプだった。個展に足を運ぶ人も少なくなっていて、育児と衰えで限界だった。個展を開こうにも赤字。働くことも苦手だった、人に指図されるのが無理だった。
絵を描くのは上手なのに、視野は狭かった。どうしようもなくなって、自分のものを殆ど売り払って家を出た。それ以来、わたしも知らない。
叔母の口からは、信じられないことばかりが出てきた。
「彼女は絶対に絵に関係するものを売らなかった」
それでも、その言葉は納得がいった。
「きっと、それは画家としてのプライドだった。そして、娘にそれを引き継いでほしいという思いからだと思う。彼女がいま、どこにいるかわからない」
それでも、
「それでも、彼女はきっと、彩絵のことを愛していた。『永遠の愛』それを伝えるために、トルコキキョウを選んだ」
まあ、後半はわたしの妄想だけど、と一言付け加えて終わった。
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「トルコキキョウの花言葉は、永遠の愛、だそうです」
母が大ファンであるという、前林さんに言った。前林さんは呆然と立ち尽くしていた。
「…そうなんだ」
「全然生臭い理由ですよね。人間臭い。ドラマチックじゃない」
「でも、そういうものだと思うよ。…母に言っても」
「大丈夫です。本当に最後までのファンに、本当を知ってほしいと思いますから」
ゴールデウィークでしばらく言えなかった。口の中の栓がすぽっと取れたような。
「…向日葵、綺麗。トルコキキョウじゃなくてよかったの?」
「大丈夫です」
白いトルコキキョウじゃなくてもいい。
目の前には、もう完成しそうな黄色い向日葵。
「絵のコンテスト、これにしようかな。次は鶯を描くつもりです」
「わたしの?」
「はい。次は森井さんのドーンピンク、夜明け。白は、グラデーションでもしようかな」
奥では、森井さんが描いている。
「白」
「はい、白色」
「白って、白骨化した頭蓋骨の形とも聞いたことがあります」
え、という声を引っ込める。
「気を悪くされたらごめんなさい。…でも、お母様はそれを覚悟していたのじゃないかな。自分が死んでも、って。でも、はっきり、明るいに由来しているのかも。始まり、という意味もあります」
「だから、白が悪いというわけではないと思います。わたしの妄想ですけど」
そう言っていた。
「でも」
いつの間にか、向日葵の声。
「白色って、れっきとした色だよ。色じゃないのは、透明」
「透明…」
透明。
その発想はなかった。
「透明な人は、本当に自分の考えがなくて、透明。でも、板野さんはあるでしょう?それに、白色は色の三原色では、絶対に作れない。でも、光をすべて重ねると、白になる。だから、お母さんはいろんな個性の光を浴びてほしかった。だから、白いトルコキキョウを選んだんじゃないかな」
近藤さんがそういった。
白い部室に、彩りが溢れていた。