ある日、妖の血を引く一人ぼっちの少女と、幽体離脱したまま戻れなくなってしまった一人ぼっちの少年が出会いましたとさ──。
自らの責任、意識、自分自身の気持ちに葛藤しながら逃げ続けた二人は、冥界から盗み出された奇妙な宝玉を探す旅に出る。
これは、二人ぼっちのおまじないを信じるしか無かった少年少女の、寂しさを埋める戦いの物語。
続きを読む
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
序章 妖少女ノ我儘
暗く冷たい冥界の奥底で、片目に包帯を巻いたその少女は大きな牙とは対照的に小さな口をキュッと結んだ。
そのまま鋭く赤い爪を一瞥すると、彼女の片目は正面を刺すように見つめる。
目線の先には、手のひらサイズの小さな火の玉が浮いていた。
ぼぅっと光るそれは、冷たい。だが、冥界の底ではひどく暖かく見えた。
火の玉は妖艶な女性のようにそれはそれは美しく光り、くるりと回って少女に会釈した。
「|玉藻《タマモ》か、変化を」
『えぇ、今…』
美しい火の玉に似合う女性の声色でそれは言葉を放つと、火の玉の周りを囲う数々の火を解き放つ。
ぶぉっ、と音を立てて煙の中で形を変えていくそれは、一瞬にして聡明な玉藻という女性の姿に変わった。
傾国の美女、とでも言ったところであろうか。
艶やかで長く、手入れの行き届いた黒髪。蜂蜜のように甘い色合いのその目は琥珀のように凛としており、長いまつ毛がその宝石のような瞳を縁取っている。
美貌と聡明さを兼ね備えた容姿にたじろぐことなく、包帯の少女は玉藻と同じ蜂蜜色の瞳をしっかり彼女へ向けた。
「すまないな、任務中に呼び出すことになってしまって」
「いえ、つい先ほどその任務を完遂したので、心配ありませんわ」
「そうか」
無愛想に少女は答えると「お前に折り入って頼みがある」と続けた。
「私は、従えた妖を連れ|現世《ウツシヨ》へ向かう」
「……それは…」
「お前に、私の座を一時任せようと思う」
「…私の一存でお受けすることはできません。お父上の許可が必要です」
包帯の少女は静かに笑い、片目の包帯をゆっくり外した。
そして、椅子の肘掛けに腕をつき、顎を支える。顔を傾けたまま、玉藻の目を離さない。
「父上が認めてくださるはずはなかろう。父上と同じ血統を示す真紅の目をわざわざ隠すことの意味も、お前は理解しているだろうに」
「…申し訳ありません」
「それでは、ここを頼んだ」
玉藻は少女をその強い瞳で見つめ、彼女の前に跪いた。
そして、凛とした声で驚く少女を射止める。
「私、玉藻は…主人である|燐火《リンカ》様にこの命尽きても仕える所存です。燐火様に何かあっては、お父上にも燐火様御本人にも顔見せできません」
「……希望を、もうしてみよ」
「護衛…いえ、召使として私を連れて行ってくださいまし。燐火様。」
燐火と呼ばれた少女は、蜂蜜色の右目と真紅の左目を細めて微笑んだ。
「…そうだな。召使か……ふふ、悪くない」
冷たく深い冥界の底に、その妖しい笑い声が響いていた。
初めましての方は初めまして!
短編チューバーとして活動している藍染澄衣です。
このアカウントでも小説を投稿しようと思い、ネタを練りに練り溜めていたところ疲れてしまったので息抜きがてらこの小説を投稿します。
もしよければファンレター、感想等いただけると嬉しいです!
第一話 進マナイ俺ハ
「……暇だ」
目が覚めるような快晴の中、|小笠 綾人《おがさ あやと》は草の上に寝転がっていた。
視界いっぱいに広がるどこまでも続く青空、鼻を掠める草の青臭い匂い、周りをチラチラと飛んでいるのは黄色や白の小さな蝶──暑さでクタクタになっているが──で、その周りというのはいつもの裏山。
ほぼ毎日見ているこの光景に、綾人は飽き飽きしていた。
綾人は今年で高校一年生になった。だが、着ているのは目指していた高校のブレザーではなく中学校の学ランだ。夏用なので今の気候にピッタリだが、今の綾人には気温など関係ない。
留年したわけでもなく、時空が戻ったわけでもない。ただ、彼が《《進んでいない》》だけなのだ。
綾人はポケットに手を突っ込むと、石のかけらを一つ取り出した。
エメラルドのような輝きを放つ、不思議な石。それを空へ透かすと、ルビーのような赤色に変わるのだ。
「……なんだろうな、これ…」
ぼそっと口をついて出た言葉だが、誰もその言葉を聞くことはない。耳には届かない。
この石は、数日前に綾人が拾ったものだ。
割られたようなあとがあちこちにあり、元々の石にくっついていたであろう面は鋭利な刃物のように尖っている。
一度触った時に痛みを感じ、血が出て驚いたことを思い出す。
その石を綾人はポケットにもう一度しまうと、うんと伸びをして大の字になった。
そして、気付かぬ間に意識を手放していた。
---
「ん……」
暗いままだった意識が少しずつはっきりしてくる。
だるい体を少しずつ動かし、瞼を上げる。
体を起こし目を擦っていると、どこからか『ふあぁ…』と間抜けな音が聞こえた。
その音が自分の口から発せられたということを理解することに、時間は掛からなかった。
空を見ると、あれだけ青かった空はピンク色に染まっており、真っ白だった雲は夜の気配を吸い込んで紫色になっている。
この景色を見るのも、もう何回目になるだろう。彼はそう思った。
綾人は憂鬱になりながらもそれを眺めていると、頭上を何かが通り過ぎていった。
鳥かと思ったが、それは空中で弧を描き綾人の座っている位置より少し離れた木に着地した。
「…下駄?なんで?」
降ってきたものを下駄と認識すると同時に、綾人はどこから飛んできたのかを推測する作業に入った。
「遠くから、それも上から降ってきた感じだよな…そう、後ろから……」
下駄がちょうど着地した木を睨みつけながらうんうん唸っていると、その木から何かがふわりと浮いた。先ほどの下駄だ。
綾人は驚きのあまり固まり、それを凝視する。
下駄がふわりとうき、木に引っかかっていた向きのままするすると戻ってくる。
それを目で追っていくと、綾人の後ろにある山の頂上の少女の元へ向かっているということがわかった。
綾人と同い年か年下くらいだろうか。彼女の右足は裸足だ。もう片方には木に引っかかった下駄と同じデザインの下駄を履いている。
スカートと着物が合わさったような服を着ていて、左目には包帯。右目は蜂蜜のような色をしていた。
何より驚いたのは、その髪の色だ。綺麗なオレンジ色で、染めたものではないことは一眼でわかる。
彼女は下駄を自分の手で受け取り履くと、もう一度遠くを見ていた。
綾人は同い年くらいの友達でも恋人でもない女子を凝視することはないが、彼女だけは目が離せなかった。もちろん、好奇の目でしか見ていないが。
不意に彼女が何を思ったのかこちらへ目を向けると、見事に目が合ってしまった。
綾人が気まずそうに目を逸らすと、少女がふわりと体を浮かせこちらへ飛んできた。
「…は?」
もう驚くことにも疲れてしまった綾人は、もう一度彼女を凝視することしかできなかった。
第二話 御前ハ何者ダ
ドヒュンと音がしそうなほどのスピードで、少女は綾人の方へ向かってくる。
面食らった綾人は辟易しながらも、走ってくるのならまだよかった、と思った。
その少女はどう目を凝らしても飛んできているのだ。
そして綾人の前に着地し、下駄をカランと鳴らす。少女は、綾人の肩を潰れんばかりの勢いで掴むとこう叫んだ。
「お前、私が見えるのか!?」
「はぁ!? 何言ってっ──」
初対面の、それも対面と呼べるかどうかも怪しい少女にいきなり肩を掴まれるという珍事件に対し、綾人は逃げるという選択肢をとった。小柄な少女程度であれば彼の力でなんとかなるだろう。
だが、どれだけ暴れても彼女は彼を離すことはなく、彼にとって非現実的で意味不明なことを口走っていた。
「どういうことだお前!」
「しらねーよ!」
暴れに暴れ、叫びに叫んだ挙句、彼女は綾人に馬乗りになっていた。久しぶりに大声を出した綾人は、声が枯れかけている。
「お前は何故……」
不意に、彼女の手がぴたりと止まった。そして、拘束の手が緩む。
「どりゃっ!」
綾人はその隙に少女を突き飛ばすと、謎の違和感を胸に山の麓まで逃走することにした。
ダッシュで彼女から逃げようとすると、何か言ったような気がする。気にすることなく走ろうとすると、草むらにアルトの威圧感のある声が響いた。
「待て」
振り向くと、その声の主は先ほどの少女だった。綾人は華奢な体からは想像もできない威圧感と圧迫感に囲まれ、足が固まったように動かなくなる。
そのまま振り向いて彼女の正面を向くと、彼女は勢いよく彼へ頭を下げた。
「先ほどの件、本当に申し訳なかった。私としたことが、少し驚いてしまってな……本当に、申し訳ない」
「え…あ…はぁ…?」
先ほどの奇行をした人物とは思えないほど素直できちんとしている、と綾人は思った。
少女は頭を上げると、蜂蜜色の目を少し細め指に持っている何かを綾人へ見せた。
「不快であれば答えなくても構わない。この|宝玉《ホウギョク》のかけらは、どこで見つけ……見つけましたか?」
『見つけた?』と言おうとしたのを誤魔化し、彼女は敬語で綾人に尋ねた。敬語に慣れていないのか、少々不自然だ。
「……裏山……いや、ここで寝てたら落ちてきて。……あげねーよ?」
「そうか。残念だ」
どんな相手であろうと聞かれた質問には真剣に答えてしまう、それが綾人である。
彼は、その瞬間に肩を掴まれた際に感じた違和感を一気に思い出し、全身が逆立つような感覚を覚えた。
「……俺に、触った?」
「どうした。触れたことに何か問題があったのか?……いや、その節は本当に申し訳──」
綾人に少女の謝罪は聞こえていなかった。彼は、少女から今一度距離を取る。
「あんた、なんで俺に触れるんだ?俺は、ここ1年間──誰にも触れられなかった。誰かに触れることも気づかれることもなかった……」
綾人はもう一度息を吸い、こう言い放った。
「あんた、何者なんだ?」
少女は動揺する素振りすら見せずに、綾人がした独り言のような質問に口を開いた。
シリーズのタグ『澄衣は結構多彩』に関してファンレターを送ってくださった方がいますが、これはわざとです!ご指摘ありがとうございました!