英国出身の迷ヰ兎(2)
編集者:天泣
このシリーズは「英国出身の迷ヰ犬」という前のアカウントで書いていた文スト二次創作で張っていた伏線などを頑張って回収しながら書きたかった最終回を目指していく話の続きです((長いわ
注意⚠︎
・文スト二次創作
・小説ネタバレあり
・オリキャラ多数
・オリジナルストーリーのみ
・伏線を全部回収できるわけがない((
・英国出身の迷ヰ犬と少し設定違うかも
───
収録章
間章「迷ヰ兎ノ軌跡」
五章「fight or game」
六章「幾つにも枝分かれした未来で」
エピローグ
プロローグ〜四章「全世界放送」はこちら↓
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目次
番外編「前回までの英国出身の迷ヰ兎」
どうも、天泣です。
本編再開と云いながら、いきなり番外編スタートというね。
初めましての人は「シリーズ」→「英国出身の迷ヰ兎」へどうぞ。
いつも通りの茶番と迷った結果、こうなりました。
色々とツッコミどころはあると思いますが、是非最後までお付き合いください。
---
--- プロローグ ---
---
ロリーナ「ルイスはどう死にたい?」
ルイス「……ねぇ、ロリーナ」
ロリーナ「なに?」
ルイス「“暇だからなんか話して”って云ったよね、僕」
大戦末期。
本作の主人公である*ルイス・キャロル*は、*ロリーナ・リデル*とそんな話をしていた。
齢12と14の子供たちが“死について”考えるなど、平和な現在では中々ないのではないだろうか。
否、これは私の偏見か。
今もどこかで誰かが生まれ、別の誰かは死んでいるのだから。
---
--- 第一章「望まぬ再会」 ---
---
時は戻り、現代。
福沢諭吉と将棋を指していると探偵社にある依頼が舞い込んできた。
簡単にまとめるなら見回り強化だが━━。
与謝野「……これは英国軍、しかも異能部隊の隊服だねぇ」
ヨコハマの街を徘徊しているという、ルイスが見慣れた人物。
過去、大戦中に殉職している筈の先輩だった。
暫く気持ちの整理がつかなかったが、取り敢えず見回りには参加しなければならない。
中島敦、泉鏡花と共に行動していると、何者かの視線を感じた。
表立って行動を起こすわけにもいかないので彼らは裏路地へと誘い込んだ。
ルイス「君、一体誰に用があるのかな」
グラム「もちろんアンタだよ、“戦神”ルイス・キャロル」
そこにいたのは、大切な人の仇の一人である*グラム*。
歳はとっているものの、一瞬で理解した。
グラムの目的はルイス・キャロルを殺すという、ただそれだけ。
邪魔になるからと仲間は重傷を負わされ、ルイスはいつもと違い、本物の剣を手に取った。
戦いが始まるかと思えば、増援の登場にグラムは一度退く。
グラム「時間切れだな。悪いがアンタの死に場所は此処じゃない。三日後、この街の戦場で会おう」
そんな言葉を残して。
ルイス「それじゃ、彼処に行ってくることにするよ。そっちのことは任せたからね」
乱歩「“生きて”戻ってこい。僕はもうそれ以上は云わないから」
ルイス「……判ったよ」
グラムとの戦いのため、一人で準備を進めるルイス。
死なないように言われたが、ルイスは笑うだけだった。
生と死。
それは生命活動だけではない。
人として喜怒哀楽をはじめとした感情があり、またみんなで笑うこと。
覚悟を決めたルイスは誓いを捨て、過去に決着をつける。
一応のため、マフィアにも協力を要請した。
ルイス「協力の対価は何が良いですか? 多少無理は聞きますよ、此方も大切な部下達を預かるので」
森「マフィア加入」
ルイス「……。」
森「が、良いけれど対価は必要ないよ」
ルイス「……え?」
全員が、ルイスとまた再会できることを望んでいる。
街の平和が取り戻された何気ない日常でまた、と。
ルイス「……どこにいるかな」
グラムとの対話から三日。
例の日にルイスは森の奥深くにある洋館へ来ていた。
規制線を超えて中に入り、一番広い舞踏室でその者達は待っていた。
短期決戦を望んでいたものの、そう上手くはいかない。
かつての戦友の手により刃は止められ、死者軍が姿を表す。
それらが道を開けたかと思えば彼女が姿を現した。
レイラ「久しぶりね、ルイス・キャロル。私のことを覚えているかしら?」
ルイス「出来ることなら忘れたかったね」
レイラ「酷いわねぇ……」
*レイラ*。
大切な人物の、もう一人の仇。
彼女を前にして、動けなくなってしまったルイスはもう一つの人格である*アリス*と入れ変わる。
アリスはその戦闘能力で使者軍の数を減らしていく。
刃がレイラに届くかと思ったが、予想を遥かに超えた強さに怪我を負う。
撤退しようとしたアリスだったが、移動手段である鏡が割れて床に散らばった。
このようなこと、今まで経験したことがない。
アリスが理由を考えるより先に、ルイスが入れ替わって怒りをあらわにした。
ロリーナ「──ルイスッ!」
ルイス「いや、これは“決められた未来”だから仕方ない。だから謝らないで」
決められた未来。
それはロリーナ・リデルの異能が関係していた。
現実改変系の異能は自分が有利な方へ戦況を変えてしまう。
手も足も出ないルイス。
ボロボロになっていく身体。
もう声も出せず、反応が無くなっていってレイラは飽きていた。
そして計画を早めることに。
レイラ「アリスと話せないなら、もう用はない。このまま放っておいても死ぬだろうから、早くヨコハマを壊す」
大切で、愛している街に被害が出る。
そのことを知ったルイスは最後の力を振り絞り、レイラへ立ち向かう。
ルイスの理想の死は「大切なものを守って死ぬ」という至ってシンプルなもの。
単純が故に、その想いは今際に予想以上の力を出す。
レイラも驚いており、どうにかここで消そうと尽力するが、爆発音が彼らの戦闘を中断させた。
帽子屋「|さぁ、狂ったショーを始めよう《Now the crazy show begins》」
戦闘前にアリスが頼んでいた助っ人が現れ、撤退するのはレイラ達の方になった。
無理をしようとするルイスを止め、帽子屋一行は*マッドハッター*と*三月ウサギ*の故郷である`英国`へ━━。
---
--- 第二章「殺すか、殺されるか」 ---
---
かつての仲間である*コナン・ドイル*の治療を受けたルイス。
ちょうど目覚めた日は、アリスが組織の代表を集めて会議をしようとしている時だった。
三月ウサギ「強力な助っ人登場!」
ルイス「いや……」
集まっていたのは「武装探偵社」「ポートマフィア」「内務省異能特務課」「帽子屋」「英国軍」という強力すぎる面子。
安吾「大前提として、英国は手を貸していただけるのでしょうか」
グリム「無理だな」
まず本国の戦力が減るのが望ましくないことから、異能者をそう簡単に日本へ送ることができない。
また、レイラの死者軍は殺すことができない。
そして最後に、手を貸すことは日本を滅ぼすことと同意になる。
英国軍大将である*ヴィルヘルム・グリム*の言葉に焦る安吾だったが、太宰の言葉で会議の流れは大きく変わることに。
代表で来ているのは三名。
ヴィルヘルムにコナン、そして*シャルル・ペロー*。
彼らが個人的に手を貸すためにこの会議に参加していた。
グリム「……私は元部下の後始末はするべきだと思っただけだ。それ以上でも、それ以下でもない」
レイラをどう倒すか。
大戦中、ルイスが殺したのにも関わらず生きている。
それは戦場や先の戦闘で見た“死者蘇生”だけではなく、何か別の異能が働いているから、
その異能が何か考えている時に口を開いたのは━━。
ルイス「──不老不死」
何故か、ルイスだった。
知らない筈なのにその言葉が思い浮かび、その言葉を呟いてしまった。
そして知らない記憶に動揺が隠せない。
汗が滝のように溢れ出し、彼の世界は歪む。
全員が闇に飲み込まれるかと思ったが、コナンの異能により最悪の事態は免れる。
シャルル「少しでも隙を作るためには……」
議題は少し変わり、レイラからグラムを倒す方法を模索していた。
ヴィルヘルム「一つ良いか」
紅葉「どうしたのかぇ?」
ヴィルヘルム「今回の戦いで“殺さないと終わらない”とは云ったが……一応、“殺さない”方法はある」
ルイス「……は?」
彼らが会議をしている「ワンダーランド」。
この空間は異能で作られており普通じゃない。
出入りできる人も限られており、ルイスが死ぬ時に同時に消える牢獄ともなる。
全て逃げ場のない箱庭に閉じ込めればルイスの誓いが破られずに済む。
三月ウサギ「でもぉ、それじゃいつまで経っても操られてる皆は━━ッ」
ヴィルヘルム「何処にも行くことが出来ず、あるかは判らないが魂は現世に縛られる。ルイスが死ぬまでな」
話は少し部下のことへ変わり、結局どうするか決断は下せなかった。
コナン「ルイスの決断に俺も文句を云う心算つもりはないが、最終的には──」
三月ウサギ「──殺すか、殺されるか。結局過去もぉ、現在もぉ、私達にはそれしかないんだねぇ……」
議題が犠牲者を減らすことへ変わると、まずレイラ達の動く日が分からないことにはどうしようもないという結論に至った。
帽子屋の三人は身内で少し話してみるが、現実味があまりない。
マッドハッター「……エマ」
三月ウサギ「んー?」
マッドハッター「僕達でレイラの動く日を調整しよう」
二人は天空カジノに向かい、あるツテを使ってどうにか調整しようとする。
残ったもの達は特訓することに。
とはいっても、場所もなければ何をするのか。
ワンダーランドは平面すぎるし、英国に横浜の人達が行くのも現実味がない。
逆に英国軍が横浜に来るか。
チェシャ猫「し、死者軍を全員送るのは難しいんですけど……人数が確定しているなら良い場所があります……」
---
--- 第三章「二つの虚像」 ---
---
会議から一日が経過。
ルイス達は二つのグループに別れて活動していた。
一つ目は乱歩を中心としたレイラを確実に倒す為の作戦を立てるチーム。
少しでも情報を増やすために日中は特務課が、夜中はマフィアが街を駆け回ったりしていた。
ルイス「おーい、生きてる?」
二つ目は戦力増強を目的とした模擬戦を重ねるチーム。
場所は、遠い過去に滅んだ島国“ヴァイスヘルツ”。
無人島として、本来なら英国が管理すべき場所。
しかし報酬を望まなかったアーサー・ラッカムとエマ・マッキーンの二人が先日手に入れた。
何にも縛られないこの地は、ルイス・キャロルの繋いだ異能者達が特訓するにはうってつけだった。
太宰「シャルルさんは中距離型にも関わらず、芥川君との大きな違いは体術ができるところだ。それが中也の云っていた“戦闘スタイルの違い”になっている」
中也「大将って方は射撃の精度が物凄く高い。あの距離から太宰の左胸にペイント弾を当てたからな。そして何より異能を使われていない」
探偵社にマフィア、そして猟犬。
彼らを相手するのはシャルルとヴィルヘルムの二名。
コナン「一つ良いか、双黒」
太宰「どうかしましたか?」
コナン「ルイスが云ってないだけかもしれないが、グリム大将は異能力者じゃないぞ」
衝撃の事実に驚く人達。
非異能力者だが、真っ向から相手していない為か双黒に傷一つ付けられていない。
それからも、日本の異能者達は挑み続けたが、完全勝利は難しかった。
ルイス「……僕は、何をしていたんだろうね」
ふと、ルイスが思い出すのは過去のこと。
英国軍に入るまでの記憶を、ルイスは持っていない。
眠れずに山を登っていた彼を出迎えたのは意外な人物だった。
森「ある人物から、君の出生について少し教えてもらったのだよ」
ルイス「ある人物?」
森が伝えた名に、ルイスは疑問を覚えるばかりだった。
何故、その名が今。
戸惑うルイスに追い打ちをかけるように、彼女が姿を現す。
ルイスの人格として存在しているはずの“アリス”。
現実には同時に存在できないはずの二人が、宿泊所の入口で出会った。
ルイス「僕は、何だ?」
アリス「……ルイス・キャロル」
ルイス「そうじゃない。“彼”が関わっているのだとすれば、僕は人間と胸を張って云えない」
朝食を取ったルイスは問いかける。
しかし、彼の正体は想像の遥か上を行った。
別世界のアリス。
ルイス・キャロルは、この世界に存在しない人間。
アリス「━━そこからは貴方も知っての通り、私はずっと異能空間で過ごしてたわ」
アリスの過去を知ったルイスは、同時に無くしたパズルのピースを見つけた気分だった。
二人とも、本物の人間ではない。
しかし、そんなことはもう、どうでも良かった。
ルイス・キャロル。アリス。
二人とも、確かに存在しているのだから。
アリス「……ねぇ、ルイス」
ルイス「何?」
アリス「私にレイラは殺せない。どうしても仲直りしたいと思うのよ」
ルイス「……僕も殺せない」
だから、二人はもう一つの選択肢を選ぶ。
和解。
それがどれだけ難しいのかは、戦争を経験していれば判る。
話し合いでどうにかなれば、戦争など起こらない。
一度は別れ、アリスは一人になる。
その時、想像していなかったことが起こった。
アリス「上等よ。私が消えるより前に、終わらせてみせるわ」
自身の頬に空く穴。
アリスの身体は限界を迎えようとしていた。
しかし、それは誰にも知られることはなく──。
---
--- 四章「全世界放送」 ---
---
特訓の日々は続き、進展は何もなかった。
迷ヰ兎たちは、迷ヰ犬と話すことで何か心境に変化が生まれたり、悩まされることになったようだ。
ルイス「僕達は人間か、否か」
過去を知ったルイスは胸を張って自身が“人間”とは云えなくなった。
そう簡単に誰かに大切なことを話せるわけもなく、同じ悩みを持っていた中也に彼は聞いた。
中也「別世界の住人だろうと、戦神と呼ばれようと。ルイスさんは人間に決まってるじゃないですか」
ルイス「……よく断言できるね」
中也「ルイスさんが断言しない理由の方が判りませんよ」
ルイス「さっきも云ったけど僕は━━」
中也「どんな状況でも想いを諦めずに抗い、自分の手で運命を掴み取る。俺や太宰は……他の奴らも、ルイスさんのことを尊敬してるし信頼してます。表や裏、国を越えた全員が最後まで支えるつもりだ」
人間じゃないわけがない。
その言葉に、ルイスはどれだけ救われたことだろうか。
ルイス「君はレイラに死んでほしくない?」
アリス「━━答えはYESでありNOね」
敵を殺せない二人の答え。
それは、覚悟を決めるということ。
死ぬまで貫き通すと思っていた“不殺”をルイスが自らの意思で破る。
しかしレイラと話す時間は作る。
ルイス「〜♫」
久しぶりにちゃんとした睡眠も取ることができ、逆に夜を暇する事になった。
自身がこの世界に初めて降り立った場所である“ヴァイスヘルツ”。
研究所までは入れないものの、ルイスが散歩してみた。
ある追跡者を、見て見ぬふりをしながら。
ルイス「何か用かな、福地さん」
福地「用という用はない。ただ、こんな夜中に何処に行くのか気になってな」
ルイス「ただの散歩だよ」
二名はワンダーランドへと場所を映し出し、“世界平和について”の話をする。
辿り着いた答えは同じだが、対立せざるを得ない。
その思想は、現実にするには莫迦すぎる。
福地「まだ三十も生きていない若人に何が判る」
ルイス「未来」
福地「それは儂もだ」
ルイス「幾つも経由して得た未来じゃない。純粋な未来を鏡は教えてくれる」
そう云ったルイスが鏡を通じてみたのは、レイラが異能無差別攻撃をする姿。
焦りと不安に呑まれそうなルイスを止めたのは、福地だった。
ワンダーランドで戦うよりも、やるべきことがある。
一時休戦となったが、また刃が交わることは二人とも判りきっていた。
ただ、今は目の前の敵を。
乱歩『整理するよ?』
ルイス「あぁ」
乱歩『一つ目。“鏡の国のアリスAlice in mirror world”で見た未来でレイラが無差別異能攻撃を行っていた。数ヶ国へ同時に死者軍が現れて世界滅亡みたいな感じ』
ルイス「断片的に見えただけでも日本、英国、米国があったね」
乱歩『ニつ目。自分達で決着をつけることが、レイラを殺す覚悟ができたから此方で考えていた作戦を全て白紙にした』
ルイス「う、うん」
乱歩『三つ目。僕の睡眠を邪魔した』
ルイス「申し訳ありませんでした」
乱歩へ連絡を取ったルイスは、一度日本へ。
また同じ映像が見れるか分からないが、異能を使おうとすると着信音が鳴り響く。
レイラ『ご機嫌よう、莫迦で無能な一般人の皆様』
ほとんど誰も知らないルイスにアリス、レイラの過去。
そして、異能部隊初期メンバーの秘密。
このタイミングの全世界放送は、ルイスにとって最悪でしかなかった。
自身で話せなかったことが問題ではない。
ルイスとアリスにだけ向けられていた“復讐”の槍が、大切な人達へ向いたのだ。
ルイス「……僕は、何度間違えればいいのかな」
とりあえず、と乱歩の判断でワンダーランドにて、会議をすることになった。
多くの無関係な人間を巻き込むことに、どう対処するか悩んでいたが、それは帽子屋の二人がどうにかしてくれた。
まずは、自分の街を。
その考えで、探偵社とマフィアの面々は一度横浜へ戻ることに。
英国軍も、拠点へ戻ることになった。
福沢「……どうなるのだろうな、この戦いは」
エリス「ルイスは大戦を生き抜いて、万事屋として活動を続けて。今はユキチのところ━━探偵社にいるじゃない? どうやって過去の因縁にケリをつけるか。そして、この先どう生きていくか」
種田「とりあえず儂らは情報がメインになる。各国との連絡を取りながら、犠牲者をなるべく出さないようにしようか」
太宰「……安吾はどう思う━━」
「「織田作(さん)が死者軍にいるか」」
安吾「━━ですよね」
アーサー「殺したからと云って、復讐は完了しない。失ったものは戻らないから」
コナン「今は“それ”を読みながら異能について考えてるところですよ」
ヴィルヘルム「……“チャールズの日記”?」
シャルル「ヴァイスヘルツで異能実験を行っていた者の日記なんか出してどうしたんだ」
コナン「ちょっと気になることがあって。異能を植え付ける方法があるなら、その逆もあるんじゃないかって」
ルイス「僕はレイラのいる場所に行くよ。彼女の相手が僕の役割だ」
アリス「絶対に死なせない」
それぞれが想いを胸に、その時が来るのをジッと待っていた。
てことで1週間ぐらいはとりあえず毎日投稿予定!
五章では間章である「迷ヰ兎ノ軌跡」から判るように、天泣ではまだ登場してないキャラが出てきます。
最後まで、どうぞお付き合いください。
5-1「嵐の前の静けさ」
ルイスside
この物語は、僕が思っていたよりもずっと昔から続いているらしい。
それこそ100年単位。
僕は26歳の筈だけれど、実際はもっと長く生きている。
ルイス「人生、何があるか本当に分からないな」
本当に、その言葉しか思い浮かばない。
アリス「準備はどうなの?」
ルイス「……アリス」
アリス「そんな黄昏だって、何も未来は変わらないわよ」
それはそうなんだけど、と僕は相も変わらずぬいぐるみの山に埋もれていた。
やっぱりここが一番落ち着く。
ルイス「その服どうしたの?」
アリス「買った」
ルイス「……可愛いね」
アリス「あら、貴方も着る?」
ルイス「遠慮しておきまーす」
残念、とアリスは笑っていた。
僕も小さく笑う。
こんな会話も今日で終わりかもしれない。
アリス「もう行くのでしょう?」
ルイス「正午にレイラがいるのは確定だろうからね。早いけど、街の様子も見て回ろうかと。その後、世界各国はどんな感じなの?」
アリス「アーサーとエマのお陰で軍の準備はできてるわね。どうやら襲撃場所の目安がついたみたいよ」
ルイス「流石。魔人君が教えてくれるとは思わなかったけど、これで上手く兵を配置できるかな」
ふぅ、とため息をつく。
英国の時間で残り半日ほど。
もう少ししたら乱歩達がワンダーランドに来る筈。
作戦は頭に入れてある。
とはいえ、心配なことは変わりない。
福沢さんとかにとっては、犠牲者を出さないことが第一。
エマとかに宿っている復讐心が消えることはない。
僕の目的である、アリスとレイラの仲直りがうまく行くとも限らない。
アリス「……大丈夫よ」
こてん、とアリスが僕の肩に寄りかかる。
アリス「何かあったら私がすぐに助けに行くわ。乱歩の言葉を無視してでもね」
ルイス「それは辞めた方がいいんじゃないかな」
アリス「あら、それぐらい貴方を思ってるということよ」
ありがとう、と僕が呟くのと被せるように携帯電話が鳴り響いた。
電話の相手は━━。
5-2「行方知らず」
ルイスside
ルイス「乱歩?」
乱歩『レイラが──!』
その先の言葉を聞いて、僕は急いで横浜の街へ向かった。
英国に、仏蘭西に、亜米利加。
幾度見たか分からない軍服達が勢揃いしていた。
乱歩『各国配置についていたからすぐに対応を始められた。けど、横浜の兵数がどこの国よりも多い』
ルイス「……あれは並行世界で、未来を知ったことでレイラの行動が変わった」
乱歩『それが一番可能性が高い━━』
ガサッ、と一度通信が乱れる。
ルイス「乱歩?」
アリス『心配しなくても、此方に呼ぶ予定の人を全員集めただけよ』
ルイス「レイラは転移の異能者を手に入れている。だから今も横浜にいる可能性は低いかな」
乱歩『そうだね。とりあえず|此方側《ワンダーランド》で探した方が効率がいい。街なら社長達がどうにかしてくれる』
ルイス「……少ししたら戻るよ」
乱歩『ルイス?』
電話を切り、僕は鏡を使いながら地上へ降りる。
死なない兵士たちに戸惑いながらも、どうにか指示を通して被害を抑えている感じか。
でも、人数が多いのがこの国で良かった。
ルイス「背中がガラ空きじゃないかい?」
福地「心配せずとも、年はとったが死者にやられるほど衰えてはいない」
この国には、本物の戦神がいる。
福地「予想より早いな」
ルイス「魔人が何かやったかも」
福地「……レイラの姿は確認できていないのか」
ルイス「まぁ、鏡に映らないようにしているだろうからね。……何かあったら連絡を入れて。すぐに向かう」
僕はそう告げ、ワンダーランドへ戻ろうとする。
その背中に声が掛けられた。
福地「道を違えた友を、彼女は本当に救えると思うか?」
ルイス「━━どんな結末だろうと、世界が終わることにならないよ」
福地「……そうか」
では、と福地さんは音の大きい方へ向かった。
世界で認められている彼が、この街を愛している人がいる。
だから横浜は強い。
問題があるとすれば━━。
アリス「おかえりなさい」
ルイス「……状況は?」
乱歩「レイラの姿が見当たらないね。鏡に映らない場所にいるのは確定かな」
ルイス「英国は?」
ヴィルヘルム「進展なしだな。とりあえず死者軍の相手は異能部隊がしている」
レイラの目撃情報は相変わらず無し。
どうしたものかな。
5-3「戦闘開始」
ルイスside
ヴィルヘルム「一度英国の方に行ってこい」
ルイス「……グリムさん」
ヴィルヘルム「貴様がいるだけで軍の士気が上がる。それに、時計台にいたのなら自分の足で探してみろ」
乱歩「うん、それがいいね。レイラは横浜か倫敦のどちらかに必ずいる」
分かった、と僕は準備を始める。
といっても武器の最終確認をしただけだ。
アリス「いってらっしゃい」
ルイス「……行ってきます」
戦場をあまり広げないように戦っているのか、倫敦市街に全く煙は上がっていない。
数の差があるからか、横浜の方が被害が出ているように感じる。
道中の死者に対応していると見慣れた妖精が目の前を通り過ぎた。
ルイス「コナンさん!」
コナン「彼奴がレイラを見つけた。すぐに向かうぞ」
フードを深く被っているコナンさんの視線の先には猛スピードで飛んでいく、さっきの妖精。
ちょうど連絡と入れ違いになったのか。
コナン「緊張してるか?」
ルイス「……まぁ」
コナン「大丈夫だ。きっと上手くいく」
ポン、と優しく肩を叩かれる。
妖精が止まったのは、やはり時計台の前。
ルイス「……っ、レイラ」
レイラ「あら、いらっしゃい。|ルイス《あなた》が来ると思って、二人仲良く待ってたのよ」
ねぇ、とレイラは笑う。
隣にいるのはグラムじゃなかった。
コナンさんと僕はまだ動かない。
レイラ「良いわねぇ、貴方の街が燃える姿は。アリスが出てきたらすぐに辞めてあげるわよ」
ルイス「そんなつもり無い癖に」
レイラ「ふふっ、貴方が変わらないのが悪いのよ?」
次の瞬間、目の前にはレイラとロリーナがいた。
伸びてくる刃を受けようとするも、衝撃がこない。
コナン「──お前はお前のやるべきことをやれ」
ルイス「コナンさん……!?」
コナンさんが二つの攻撃を受けたかと思えば、ロリーナを蹴り飛ばした。
多分、レイラは僕とロリーナをぶつけるつもりだった。
コナンさんの言葉の意味を、今の状況を理解するのに時間がかかる。
それはレイラも同じよう。
レイラ「……っ、そんな男なんてさっさと倒しなさい!」
どうにかその言葉を絞り出したかと思えば、レイラは逃亡していた。
コナン「行け、ルイス!」
ルイス「━━はい!」
逃げるレイラを追いながら、僕は考える。
彼女と話をする状態にまでもっていくのには一筋縄ではいかない。
それはアリスが廃墟であそこまで追い詰められていたから。
グラムが側にいない理由も気になるけど、とにかく追わないと。
5-4「或る軍医の考え」
コナンside
コナン「よぉ、元気そうだな」
ロリーナ「……。」
コナン「お前の相手は俺だよ、ロリーナ」
ロリーナは凄く驚いているようだった。
まぁ、俺が相手するなんて思ってなかったんだろうな。
(━━彼奴も、そうだったし)
『コナンさんが……!?』
『おう。本当は包帯君とかがいいんだろうけど、俺が彼奴の相手をする』
『判っているとは思うけれど、ロリーナの異能力は現実改変よ。ここは私達や太宰君に━━』
『会議でも話したが、レイラは俺や与謝野さんを真っ先に潰したいはずだ。そこに|最高戦力《ロリーナ》を放つのは容易に想像できる』
『……それは』
『ロリーナを倒してからレイラの元へ行くのと、ロリーナを俺が抑えている間にレイラを倒す。どっちが良いかは、頭のいいお前らなら判るだろ』
『でもコナンさんが死んでしまったら私は━━ルイスは……っ!』
『アリス。俺が戦場に立つことにしたのは、すぐ回復に入れるからだけじゃない。他の奴らと同じように命を懸けるためだ』
『……っ』
『死ぬ気は一ミリもない。それに、胸を貸すのは先輩の役目だろ』
あれだけアリスに云ったんだ。
俺が此奴に瞬殺されるわけにはいかない。
ロリーナ「先輩、逃げてください!」
コナン「おいおい。云ったばっかりだろうが、相手は俺だって」
ロリーナ「でも━━!」
コナン「なぁ、ロリーナ。お前は俺の過去を知っている数少ない人物だから、そう云うんだろう」
でも、と異能力を発動させて微笑む。
コナン「俺だけ命を懸けないわけにはいかないからな」
ロリーナ「……わ、たしは、レイラの命令でコナンさんを殺すまで此処から離れられない」
コナン「それは好都合じゃねぇか。彼奴らが決着をつけるまで俺と踊ろうぜ」
そう笑っていると、近くの建物の硝子が割れた。
降ってくる破片を避けながら近寄ってくるロリーナの攻撃を俺は流す。
コナン「なんて、上手くいかないよなぁ」
正直、戦闘は久しぶりだ。
ロリーナに勝てるとは思ってない。
流せてはいるが、確実にダメージは入っている。
キツいなぁ、本当に。
ロリーナ「……逃げてッ」
工事現場にいつの間にか誘い込まれていた俺に向かって、鉄柱が落ちてくる。
コナン「……。」
俺の異能は「|妖精の到来《The Coming of the Fairies》」。
妖精の粉は、羽根は、身体は毒にも薬にもなる。
貴重な治癒異能者と呼ばれているが、有能ではない。
与謝野さんみたいに瀕死までいったら治せないだけじゃなくて、治せる上限が決まってる。
いつも食事を一緒にしている妖精達。
彼らは毎年一人ずつ消えていく。
残りの人数が、俺の余命。
妖精を一人呼び出し、頭を撫でる。
この使い方をするのは何年ぶりだろうか。
鉄骨が当たる直前に俺は妖精を《《呑み込んだ》》。
コナン「逃げねぇよ、俺は」
ロリーナ「……っ」
コナン「本気でこい」
名探偵、彼奴らを任せた。
5-5「或る観測者たちの会話」
乱歩side
乱歩「……。」
ジッ、と僕は沢山ある鏡の中の一つを見つめていた。
妖精使ヰ━━コナン・ドイル。
彼は現在、今回一番厄介と云っても過言ではない死者であるロリーナ・リデルと戦っている。
彼の手の内は、作戦会議のあとに全て教えてもらった。
それを元に時間を一番稼げる方法も推理して、しっかりと教えた。
本当は全ての対策を教えたかったけど、そんな余裕はない。
乱歩「現実改変の異能が何処までの力を持つのか……。それを僕達は知らないからね」
戦闘開始から5分。
まだ今の時点では優勢か劣勢かは判らない。
ただ、ルイスは一歩ずつ確実にレイラの元へ歩を進めていた。
今のところ予想外なことが起こったのは一つだけ。
レイラが見ているのはルイス━━否、アリスだけで一般人に興味がない。
邪魔だったら消そうとはするけど、人質を取ったりしようとしていないように見える。
乱歩「……──頑張れ」
僕は、一般人だ。
“超推理”なんて異能力は持っていないし、戦闘が出来るわけじゃない。
こうやって、安全地帯から指示を出すことしか出来ない。
ヴィルヘルム「|探偵の子供《detective kid》」
乱歩「……なに?」
ヴィルヘルム「君達は強いな。全員がそれぞれ逆境を乗り越えてきたのだろう?」
戦って判る、とヴィルヘルムさんは僕の隣へと座った。
ヴィルヘルム「その席は辛いか?」
乱歩「いや?」
ヴィルヘルム「今回は鏡越しで全て伝わってくるぞ」
乱歩「逆に指示が出しやすいね」
ヴィルヘルム「……そうか」
暫く、沈黙が続いた。
彼が何かを云いたいのは判っていたけど、わざわざ聞く必要はない。
ヴィルヘルム「━━Charles Dodgson」
乱歩「……?」
ヴィルヘルム「“ヴァイスヘルツ”でアリスやレイラの異能実験をしていた研究者の名だ。そいつが死者軍にいれば、何か戦況が変わるかもしれない」
それだけ云うと、ヴィルヘルムさんは何処かへ行ってしまった。
乱歩「━━そういうことか」
言葉足らずなのか、僕の力を信頼してるのか。
それとも二人きりの時にしか話せない部分があるのか。
物凄く簡潔に伝えられたけれど、僕はやるべきことを理解した。
5-6「リベンジマッチ」
ルイスside
レイラを追って数分。
見失うことはないものの、距離は詰められずにいた。
途中向けられた死者軍は良い具合に流していく。
見慣れた軍服がやはり多いが、一般人であろう人もいる。
やはり放送で云っていた数はハッタリなんかじゃない。
レイラ「〜っ、ロリーナ・リデルはまだなの!?」
コナンさんがまだ戦っているのだろう。
ロリーナが来ないお陰で追跡に集中できるのは助かる。
グラム「此処からは通さねぇよ」
ルイス「……グラム!」
急に現れた大剣に一歩下がる。
レイラ「グラム! 足止めをお願い!」
グラム「云われなくても解ってるよ、お嬢」
ルイス「いいや、通らせてもらう」
僕がそう云うと同時に現れたのはアーサーとエマの二人。
当初の予定通り、グラムにはこの二人をぶつける。
アーサー「さぁ、リベンジマッチといこうか」
グラム「こんなところにいて良いのかよ!」
エマ「貴方の大剣を止められるのは私ぐらいだからねぇ!」
後ろからエマの笑い声が聞こえる。
上手く組み合わせは出来てるし、どうにかレイラと話す機会を作れたら━━。
レイラ「さようなら、ルイス・キャロル」
ルイス「……!」
一瞬建物の影に入ったかと思えば、姿が消えていた。
例の正体不明の“転移系”の異能者だな。
グラムと僕が戦わないことがわかったから逃げた、のだろうか。
ルイス「乱歩!」
乱歩『|ワンダーランド《こちらがわ》にいる全員で鏡をチェックしてる。見つけ次第教えるから、とりあえずコナンさんの方に━━!』
ルイス「悪いけどそれは難しそうだ」
アーサーとエマの邪魔をしないように倫敦市街へ戻ると、戦況は最悪のようだった。
あちこちで上がる煙。
人を直接攻撃する、というよりは街を崩壊させて混乱状態を起こそうとしている。
それだけじゃない。
英国軍が何名か重傷を負っている。
僕の想いが、この状況を見逃せない。
乱歩『……コナンさんに余裕はある。与謝野さんも準備できてるよ』
ルイス「ありがとう、乱歩」
屋根から飛び降りた僕は乱歩と通信を取りながら救助へ回る。
一般人は軍施設を避難所に開放してそこへ向かわせた。
ヴィルヘルムさんの咄嗟の判断に、本当に救われる。
市民「戦神が助けに来てくれた……!」
市民「私達の街を守って!」
ルイス「━━必ず」
5-7「顔を隠す」
ルイスside
期待が、とても重い。
僕はこの国で英雄と呼ばれ、あの福地さんと同じぐらいの戦闘能力があると思われている。
握りしめた“ヴォーパルソード”は重いし、死者を斬る度に背中に嫌な空気がまとわりつくような。
足に重い枷がはめられたような、そんな感覚がする。
シャルル「ルイス!」
ルイス「……シャルルさんも、ですよね」
声をかけてきたのは、シャルルさんだった。
正直、フードを被っており、一瞬誰か判らなかった。
コナンさんは妖精が近くにいたからまだ気付けたけど━━。
シャルル「そう落ち込むな。名指された私やコナンは顔が世に知れ渡っているだろうから、混乱を招かないように被っているだけだ」
ルイス「……もうすぐ被害が多い地域と周辺の住民の避難は完了します」
シャルル「助かる。負傷者の手当もしてくれているのだろう?」
ルイス「重傷者だけです。他は軍事施設の方に向かわせてます」
シャルル「充分だ。相変わらずレイラは見つかっていないようだな」
乱歩から連絡がないと云うことは、そういうことだ。
もう英国は大丈夫だろうか。
シャルル「戦えているか」
ルイス「……えぇ、まぁ」
僕は顔を反らしていた。
ルイス「一度ワンダーランドに戻ります。何かあったら──」
シャルル「直ぐに連絡を入れる。まぁ、先に鏡で見られていそうだが」
ルイス「行ってきます」
鏡を出して入ると、与謝野さんが治療にあたっていた。
よく見ると様々な軍服を着ている。
英国以外も被害が出ているか。
乱歩「……アリス、もし話したくないなら構わない。ただ──」
アリス「茶髪に紅い瞳よ」
乱歩「──そうか」
アリス「ほら、ルイスが帰ってきてるわよ」
ルイス「……何かあった?」
乱歩「レイラの異能は“異能者”を使役するというもの。だから、“ヴァイスヘルツ”にいた異能者たちが死者軍にいるかもしれない」
ルイス「それは……!」
アリスにとっての家族が、いるかもしれない。
もしかしたら、アリスが“チャールズ”と呼んでいた男も。
乱歩「……とりあえずお疲れ様。一回休んでなよ」
ルイス「う、うん」
アリスの横顔が、とても寂しそうに見えた。
アリス「もし、もし会えたなら……聞きたいことが色々あるのよ、チャールズ」
5-8「軍人として死にたかった者たち」
ルイスside
『“ヴォーパルソード”ってルイスさん以外使えないんですか?』
『……唐突だね』
『気になったもので』
『一応|英国《うち》の国宝だからね』
『え、国宝振り回してるんですかルイスさん』
『その言い方やめい』
『実際そうじゃないですか』
『……で、結局何を企んでるの?』
『もしも──』
そこで僕はサンドイッチを食べる手を止めた。
昨日から食欲がなく放置していた栄養補給。
時間がありそうな今、とりあえず口に放り込んでいた。
乱歩からは特に云われていないけど、太宰君が云うなら気に留めておいた方が良い。
死者を殺す方法は“白虎の爪”か、“ヴォーパルソード”。
太宰君の“異能無効化”は効かなかったらしい。
まぁ、そう簡単にはいかないか。
レイラに触れられたら死者軍は消えるかな。
ルイス「……|無理だな《むいやな》」
そもそもレイラを掴んでおけるとは思えない。
太宰君が殺されてしまうリスクもある。
ルイス「もう出ていい?」
乱歩「駄目に決まってるだろ」
ルイス「えぇ……」
今も、誰かが戦っている。
僕だけこうしてサンドイッチを食べている間にも、ね。
ルイス「……レイラは?」
乱歩「いない。特務課にも頼んでるけど無理だね」
ルイス「まぁ、鏡には映らないようにしてるだろうし……どうしたものかな」
???「仏蘭西に向かってください」
ルイス「……安吾君」
安吾「ミミックが──」
最後まで聞かずに僕は仏蘭西へ飛んだ。
ルイス「地獄絵図だな」
こういう未来もあったのかもしれない、と思ってしまった。
味方本部の計略で裏切り者にされた彼らが祖国に刃を向ける。
おかしくはないシナリオだ。
ルイス「……どうか安らかに眠ってくれ」
すぐに“ヴォーパルソード”を構えるも、何人かには避けられる。
そのうちの一人は、まぁ納得だ。
ルイス「何故、今なのかな」
ジイド「俺たちに分かると思うか?」
ルイス「判らないだろうね」
数日前、僕は彼らを斬り損ねた。
ルイス「君以外は、確実に殺すよ」
ジイド「……頼む」
5-9「或る社長の心中」
福沢side
福沢「速い。だが、避けられなくはない」
異能者の為、そう簡単には戦闘不能にすることはできない。
そもそも私には死者を止めるすべがないが。
森「戦況はいかがですかな、福沢殿」
福沢「……森医師」
森「人数を生かした避難誘導と、五大幹部をはじめとした戦闘能力でこちらは問題ありません」
福沢「唯一の問題は“双黒”の仲だろう」
一息つきながら視線を向けると、遠くで相変わらず太宰が煽っている。
福沢「一つ誤算があるとすれば、『人間失格』が効かないところだな」
森「それは、中島君が忙しくなりそうですね」
福沢「……他の者も再生は遅らせられるだろう」
エリス「……。」
森「静かすぎるけど、どうかしたのかい?」
エリス「……フランスに“ミミック”が来たって」
森「これまた懐かしい──」
そこで森医師の言葉は途切れた。
否、正確には私が黙らせたのだった、
福沢「……何者だ」
わざと殺気を向けてから銃で撃ってきた。
今までにそんな死者はいない。
だから、戦いにくかった部分は少なからずある。
『レイラの使役している死者は2つに分けられるわ』
『……と、いうと?』
『レイラの指示通り動くところは変わらないけれど、自我が残っているかどうか。……当時の研究資料に残っていたのよ──』
──心残りのある者の方が自我がある、か。
森「……彼は」
福沢「知り合いか?」
森「まぁ、そんなところですね。福沢殿は太宰君を呼んできてください」
ここは私達が、と森医師がエリスの手を取る。
森「“天衣無縫”と云えば伝わりますよ。あぁ、坂口君にも声を掛けなければ」
とりあえず私は一度下がることにした。
森医師なら数分は持つだろう。
太宰と特務課に連絡を入れる理由は未だ理解できなかったが。
5-10「未来は彼らの手中に」
アリスside
鏡に映る、さまざまな戦場。
私はその中でも二つに絞って観測していた。
アリス「……。」
一方はルイスがいる仏蘭西。
過去、共に戦った“ミミック”との戦闘は予想より遥かに精神が削られていそうね。
予想はしていたけれど、一番苦労するのは“アンドレ・ジイド”。
未来を視ることができる彼に、普通の攻撃は届かない。
安吾「━━アリスさん!」
アリス「織田作さんでしょう?」
安吾「流石、ですね」
もう一方は横浜。
或る建物の屋上で赤毛が揺れる。
アリス「罠に嵌める、というのもなかなか大変よね。太宰君が触れても異能生命体のままだし」
安吾「ルイスさんの方は?」
アリス「もちろん進展なしよ。ジイドさんに勝てるわけないじゃない」
安吾「織田作さんの“天衣無縫”は5秒以上6秒未満の未来を予知することができます。でも、それが《《止まった時間の中で機能するか》》判りません」
アリス「流石にリスクが高すぎるわ」
安吾「いえ、|そちらの方法《ワンダーランドに呼ぶ》ではありません。疑似的に時間停止を行える━━」
アリス「━━“歩みを止めた時計”……!」
でも、それでもリスクは高すぎる。
今、エマを一人きりにするわけにはいかない。
アリス「あのエマに合わせられるのはアーサーだけよ。ルイスとバトンタッチするにも━━」
安吾「数分、|特務課《こちら》で請け負います」
アリス「……相手はあのグラムよ」
安吾「僕は戦闘に向いていませんが、全員が椅子に座っているだけじゃないんですよ」
携帯を取り出した安吾君は笑っていた。
安吾「お二人に連絡を入れておいてください。まず、ジイドからどうにかしましょう。織田作さんは太宰君がどうにかしてくれます」
もしも上手くいかなかったら。
そんな考えが頭をよぎるも、動かなければ何も変わらない。
アリス「……引き際は考えるように伝えておいてちょうだい」
5-11「或る大剣使いの焦り」
グラムside
踏み込めねぇ。
あと一歩のところで大剣が消される。
どうしろっつーんだよ。
俺だってお嬢の力になりたいのに。
アーサー「エマ──」
エマ「……ヤダァ」
アーサー「いや、『ヤダァ』じゃないからね?」
グラム「っ、何処行くんだ!」
追い掛けようとすると銃声が聞こえた。
俺の頬に少しだけ痛みが走る。
アーサー「じゃあね、グラム」
エマ「……行ってきまーす」
クソッ、と彼奴らの足元に開いた穴には入れなかった。
どうする。
追うにも場所が分からない。
一旦お嬢と合流した方がいいか。
???「私のことを放置しないで貰えますか?」
グラム「……!」
誰だ、と声のした方へ視線を向けると一人の女がいた。
???「内務省異能特務課エージェント──」
グラム「特務課……!?」
辻村「──辻村深月です。先輩に“あくまで時間稼ぎ”と云われてますが本気でいきますので、よろしくお願いします」
銃を構えたかと思えば、即座に撃ってきた。
躊躇いってものがねぇのか、コイツは。
辻村「……っ」
しかも大剣避けられるし。
グラム「仕方ねぇ」
あまり多く操りたくないが、早くお嬢のところへ行かないと。
流石にこれを避けられる自信はないのか、汗をかいているのが見える。
グラム「アンタの本気は“捕まえる為”だろ? 悪いが此方は“殺し合い”をしてるんだ」
辻村「──英国軍以外を殺すのですか」
グラム「……!」
辻村「貴方が狙っているのはルイス・キャロルをはじめとした、当時レイラ死亡に関わった人達。だから|探偵社のお二方《中島敦と泉鏡花》を本気で殺そうとはしてなかった」
グラム「何を、云って……!」
振りかぶった大剣が女を襲う。
確実に避けられない。
それなのに彼奴は笑っていた。
何故かは、すぐに理解した。
異能特務課のエージェント。
それはつまり“異能を持っている”と云うこと。
女の影から現れた黒い生命体は、大きな鎌を構えていた。
普通の剣じゃ流せるはずもない俺の剣が斬られる。
何だ、アレは。
辻村「……“きのうの影踏み”」
グラム「お前は━━ッ」
辻村「お互い殺意のない戦闘ですが、有意義な時間にしましょう」
5-12「引導を渡す」
ルイスside
作戦は聞いた。
けど、どうなるかは分からない。
上手くいかなければ、相変わらずジイドさんと織田作さんに手を回さざるを得ないわけで。
ジイド「何か案は思い浮かんだか?」
ルイス「まぁ、ね」
自我があるからか、致命傷まではいかずとも傷が増えてきた。
僕の動きが鈍くなっていく。
ジイド「……!」
未来を見たのか、ジイドさんは直前で天空へ銃口を変えた。
直後に現れた穴から出てきたのはエマ。
アーサーは━━。
アーサー「異能力“歩みを止めた時計”」
ピタッ、とジイドさんの動きが止まる。
僕はそこそこ血を流していたからか、それとも安心してしまったのか。
その場に座り込み、深呼吸を繰り返していた。
エマ「作戦成功、かな」
アーサー「ジイドさんは動けてないし、大丈夫だろうね。あとはルイスが持ってるヴォーパルソードを使えば━━」
ルイス「━━すぐ行く」
剣を支えにして立ち上がる。
そして僕は大きく振りかぶって━━
ジイド「━━感謝する」
ふらついたかと思えば、ワンダーランドに来ていた。
戦闘時間自体はそう長くはない。
しかし未来予知を持つジイドさん相手に戦うには結構大変だった。
与謝野「一旦失礼するよ」
ルイス「……うん、よろしく」
与謝野「異能力“君死給勿”」
蝶が舞い、傷が癒える。
これでまた僕は戦場へ向かえる。
すぐに横浜に向かって太宰君のサポート。
そしたらレイラを探しながら死者軍の相手をする。
ヴォーパルソードで斬って、解放してをずっと繰り返す。
斬って、また斬って。
斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬ッて、斬って、斬って、斬っテ、斬って、斬って、斬っテ、斬ッて、斬って、斬って、斬ッテ、斬って、斬って、斬ッテ、斬っte、斬って、キッテ
ルイス「━━おぇっ」
与謝野「ルイスさん!」
ルイス「ゲホッ、ゲホッ、……ゔぅ゛……ごめっ……」
心が、限界を、迎えてる。
ルイス「い゛って……先に……」
アーサー「っ、そんなこと出来るわけ━━!」
アリス「アレは貴方にしか出来ないこと。……ルイスは任せて」
エマ「アーサー……」
アーサー「━━ッ」
5-13「バトンタッチ」
アリスside
行くぞ、と少し強めの口調でチェシャ猫の方を見たアーサー。
異能で道は創られ、三人の姿が消える。
与謝野「アリスさん……」
アリス「毒とかではないわ。他の怪我人を頼んだわ」
与謝野「わ、分かったよ」
二人きりになって少しすれば、ルイスは落ち着いているようだった。
アリス「最初から無理をしすぎだったのよ、ルイス。あんなに頑張らなくてよかったじゃない」
ルイス「身体が、動いちゃうんだよ。それに、ジイドさんは、僕じゃなかったらどうなってたか……」
アリス「まぁ、貴方がいると分かっていたからこそ自我を保っていたでしょうね。心残りもあったと思うけれど」
しばらく沈黙が続く。
アリス「……私、行くわ」
ルイス「っ、それは━━!」
アリス「貴方にだけ背負わせるわけにはいかないもの。じゃあ、行ってくるわね」
待って。
子供のような、私を止めようとする声。
でも、止まることはない。
鏡を抜ければ横浜へ辿り着いていた。
アリス「……どこかしら」
しばらく鏡を見ていなかったからか、戦場が変わっている。
でもまぁ、異能を使うまでもなかった。
どうにか突起を見つけて地上へ降りていく。
アリス「──もう終わってるわよね」
アーサーが時を流れを遅くして、ヴォーパルソード待ちってところかしら。
此方を見つけるなり、太宰君は見たことない表情をしていた。
二度目だものね、彼と別れることになるのは。
しかも今度は現在の仲間の手で殺される。
アリス「太宰君」
太宰「……お願いします」
アリス「もう話し終わったのかしら?」
太宰「あの時にすべて伝えたって、織田作が」
アリス「……そう」
5-14「最後に伝えたかったこと」
太宰side
じゃあ、とアリスさんはヴォーパルソードを構える。
織田作は目を閉じていた。
ちょうど瞬きの時だったのか、この未来が視えたのか。
私には分からない。
『私、人を救う側になったよ』
『あぁ』
『仲間にも恵まれて、今こうやって君と戦わせてもらえてる』
『……あぁ』
『ねぇ、織田作━━!』
『あの時にすべて伝えた』
『……っ』
『安吾と仲良くな』
ヴォーパルソードが織田作を貫く。
二度目の死を、君はどう思ってるのだろうか。
織田作「……だ、ざい━━!」
“歩みを止めた時計”が解除され、織田作が私の名前を呼ぶ。
その視線は、別れを惜しんでいるようには見えない。
(どうしてそんなに悔しそうな顔をしている?)
考えろ。
織田作は何を伝えようとしているのか。
私なら分かる筈。
織田作「━━緑の男を……!」
次の瞬間、背後から叫び声が聞こえた。
女性だ。
でも、織田作を斬ったアリスさんのものじゃない。
なら誰が━━
アーサー「……ぇ……?」
エマ「──っ、アーサー! 嫌だっ、死なないで!!」
アーサーさんの脇腹がなくなっている。
誰がやった。
何処からの攻撃なんだ。
辺りを見渡すも、攻撃した者の姿は見えない。
アーサー「エマ……」
エマ「っ、」
アーサー「ア、イツだ……」
ゆっくりと上げた指先にはグラムの姿。
先程まで彼処には誰もいなかった。
アリス「“鏡の国の──!」
パリン、と鏡が割れる。
アリスさんは鏡を通さなければワンダーランドへ送れない。
アリス「……何で──」
グラム「わざわざ特務課の時間稼ぎに付き合う必要はねぇんだよ」
アリス「違う。さっきまでと確実に異能が変わっているじゃない……!」
グラム「……大剣以外も創れる。ただそれだけだ」
気がつけばアリスさんの目の前にグラムはいた。
向けられた刃は誰も反応できず、止まることはなく──
5-15「影と虚像」
アリスside
今はルイスの身体。
だから、傷つけるわけにはいかない。
転移は間に合わない。
入れ替わっても異能の発動までラグが生まれる。
鏡を出せない。
異能で創るには時間が足りなさすぎる。
--- どうしたら…! ---
カキン、と金属音が響き渡った。
痛みもない。
ただ、目の前で起こったことを理解するのに時間を要した。
アリス「これは──」
黒い何かが鎌を持っていた。
私とグラムの剣の間に入り込み、そのまま押し返す。
グラム「特務課の……でも彼奴はまだ英国に──」
チェシャ猫「て、転移はルイスさんとアリスさんだけのものじゃないんですよ……!」
グラム「っ、死に損ないの臆病者が!」
辻村「下がっていてください、チェシャ猫さん。ここは私が──って!?」
チェシャ猫の元へ飛んでいった剣は簡単に落とされる。
エマが異能を使ったのだ。
辻村「あの、三月ウサギさ──」
エマ「早くアーサーを」
チェシャ猫「は、はい……!」
“|不思議の国の入口《Welcome to the wonderland》”でアーサーの姿が消える。
私は“影の仔”に運ばれていた。
グラム「……クソッ」
どうやらこの人数を相手にするつもりはないらしいわね。
路地裏へグラムが逃げるけれど、中々の力で逃げることができない。
真っ先に太宰君が動く。
しかし、直ぐにこちらへ戻ってきた。
太宰「……アリスさん」
アリス「やっぱり敵の転移能力者を見つけないといけないわね」
太宰「すみません、ギリギリ触れられませんでした」
大丈夫よ、と私はやっと“影の仔”から解放された。
???『No.1126さん?』
アリス「……。」
???『これでも死んだことにされているから動くつもりは暫くなかったのだけれど……ふふっ、“影の仔”がいない時に娘を助けてもらったから』
アリス「……同じ名前をつけるのはどうかと思うけれど。似てるし」
???『彼によろしくね、No.1126さん』
はぁ、と私は溜め息を吐く。
アリス「私はアリスよ。それにルイスよりも娘を大切にしなさないよ、深月」
深月『あの子には“影の仔”と綾辻君がいるから大丈夫よ』
アリス「子供にとって親というのは大切だと思うけれど」
深月『親がいない貴女に云われるなんてね』
アリス「……助かったわ、深月」
深月『最後まで頑張ることね、アリス』
全く、最後の最後であの人は。
5-33「或る兄弟の過去」
いつもの七倍ぐらいの文章量です
No side
20年以上前。
〇〇に或る兄弟がいた。
兄は年齢からは想像できないほど身体能力が高く、弟は年齢からは想像できないほど頭脳明晰だった。
その街では知らない者はいないほど裕福な家庭に生まれ、兄弟は両親と四人で平和に過ごしていた。
???「あ・に・さ・ま!」
???「うわっ、と!?」
庭で剣士ごっこをしようとしていた兄の背中に飛び乗った弟。
全く予想していなかった背後からの飛び付きに兄は驚いたが、弟が怪我をしないように綺麗な受け身を取った。
???「ヴィル! 急に飛びついたら危ないだろ!?」
ヴィル「えへへっ、ヤーコプ兄様なら大丈夫なの分かってますから!」
ヤーコプ「……全く」
可愛い奴め、とヤーコプはヴィルの頭をワシャワシャと撫でる。
嫌がっているが本気ではなく、二人は楽しそうに庭に寝転ぶ。
ヴィル「ねぇ、ヤーコプ兄様」
ヤーコプ「何だー?」
ヴィル「兄様は、大人たちの言う通りに国の代表として世界へ旅立つんですか?」
ヤーコプ「……誰だよ、そんなこと言ったやつ」
ヴィル「大人たちです」
よっ、とヤーコプは起き上がる。
ヤーコプ「確かに俺は身体能力が高いし、大人たちの言う通り世界で活躍できるスポーツ選手になれるだろうな」
ヴィル「……。」
ヤーコプ「でも俺はならない!」
ヴィル「……へ?」
ヤーコプ「スポーツ選手ってサッカーとかバスケとか、1種目しか出来ないだろ? トライアスロンとかも興味はあるが……。うん、別に俺はスポーツ選手になりたいわけじゃない!」
ヴィル「え、えぇ……!?」
ヤーコプ「俺は父さんの仕事を継ぐ。長男だからな。お前の方が頭はいいが、家に縛られる必要はない」
ヴィル「……なんかもうツッコミ疲れちゃったよ」
ヴィルも立ち上がり、ガーデンチェアへ腰掛ける。
ヤーコプも向かいに座った。
ヴィル「別に僕の自由とか考えなくていいんだけど」
ヤーコプ「いいや、俺は考えるぞ。お前は綺麗なお嫁さんと結婚して、この街を出ていってもいいんだ。会社のことを背負うのは長男である俺だけで十分」
ヴィル「だーかーら! 僕にも背負わせてって云ってるの分からないかなぁ!? 兄様は莫迦だもんね!?」
ヤーコプ「はぁ!? 俺が莫迦なこと全く関係なかっただろ今!?」
ヴィル「ばーかばーか! 兄様のばーか!」
ヤーコプ「はぁ!? うるせぇよバーカ!」
そんな言い争いをしている二人の背後に忍び寄る影。
彼女はゴツン、と二人の頭へ拳を落とした。
「「いったぁ!?」」
ヤーコプとヴィルの声が重なる。
二人が同時に振り向くと、そこには彼らの母親がいた。
両手を腰に当て、光のない笑みを浮かべている。
「「あ、ごめんなさい」」
思わず二人は声を揃えて謝罪した。
まだ齢10ほどの子供たちが将来について語り、最終的には喧嘩になる。
ヤーコプがどれほど自身のことを想っているのか、ヴィルは理解している。
そしてヴィルがどれほど優しいのかを、ヤーコプは知っている。
それでも喧嘩になってしまうので、いつも仲裁を務めるのは兄弟の母の役割だった。
幼い子供達が将来について語り合う姿は素敵だが、母としては言い争いはあまりして欲しくはないのだろう。
たった2人の兄弟。
仲の良い方がいいに決まっている。
母親「パイが焼けましたよ。2人とも焼きたてが好きでしょう?」
大好きっ、と二人はガーデンチェアから立ち上がって家の中へ入る。
扉を開いた瞬間、パイのいい匂いが二人を包み込む。
「「アップルパイだ!」」
ヴィルは急いでテーブルを拭いて、冷蔵庫から兄弟2人が好きなジュースを取り出す。
ヤーコプは食器棚へ向かい、近くに置いてある紅いブランケットを手に取った。
そして棚扉を開き、三人分のお皿とコップを用意する。
紅いブランケットが食器を持ち、テーブルまで運んだ頃には母親がパイと共にナイフを準備していた。
「「早く♪早く♪」」
ニコニコ笑顔の兄弟を見て、母親も笑みを浮かべる。
パイを切り分け、ヴィルはジュースを注ぐ。
ヤーコプは用意しておいた紅茶をティーカップに入れて母親のパイの隣へ置く。
母親「それじゃあ食べましょうか」
ヴィル「いただきます」
ヤーコプ「母さん、スカーレットにもあげていい?」
母親「勿論いいわよ」
やった、とヤーコプはまた紅いブランケットを手に取る。
ブランケットは形を変え、獣のような姿になった。
そしてパイを一切れ、口元へ持っていくとモグモグと美味しそうに食べている。
母親「どうかしら、スカーレット」
ヤーコプ「母さんのパイが美味しくないわけないだろ!」
ヴィル「そうだそうだ!」
母親「あらあら……全く、この子達ったら……」
少し照れながらも、母親は嬉しそうに笑った。
🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺
20年以上前。
〇〇に或る兄弟がいた。
弟は年齢からは想像できないほど頭脳明晰だった。
兄は高い身体能力と《《不思議な力》》を持っていた。
それは、ずっと共に過ごしてきた赤色のブランケットを変化させる力。
高いところにあるものを取ったり、ハンモックの代わりにしたりと実に子供らしい使い方。
両親も初めてこの力を見た時は驚いたが、怖がりはしなかった。
しかし、隠すようには云う。
息子が差別の対象にされないよう、そして研究者に目をつけられないよう──。
🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻
時は数年経ち、ヴィルが大学を卒業して父親の会社で働き始めた。
先に働き始めていたヤーコプは世代交代の為か、最近は父親に付きっきりで働き詰め。
家族四人が揃うことは、徐々に減っていった。
そんな或る日のこと。
父親の会社は倒産した。
原因は不明だが多額の借金を背負うことに。
しかし返済はすぐに終わった。
ヤーコプ「……ただいま」
父親とは一度別行動することになり、久しぶりに帰宅した。
出迎える声はなく、異常なまでに静かな家。
何かあったのか、と心配になったヤーコプは家を見て回ることに。
そしてリビングのテーブルに置かれた何かを見つけた。
まさか母親が出て行ってしまったのではないかと、冷や汗が流れる。
しかし、それは杞憂に終わる。
別に母親の書き置きではなかったのだ。
だが、それ以上の衝撃を受けることになる。
ヤーコプ「何だよ、これ……ッ」
人工異能の研究資料。
そして、母親と弟が実験台として人身売買されたことを記す資料。
ヤーコプ「嘘、だよな……?」
父親「嘘ではない」
ヒュッ、とヤーコプの喉から音が漏れる。
父親「私達のために母さんとヴィルは、文字通り身体を売って金にしてくれたのだ」
ヤーコプ「な、に云って……」
父親「おかげで借金は消え、余分な金とこの家を売ればまた会社を始められる」
早く荷物をまとめろ。
そう告げた父親の瞳は異常なまでに冷徹だった。
ヤーコプ「……__つき__」
社会では子供の頃のように純粋なままではいられない。
騙し、騙され。
そんな世の中ということをヤーコプは父親の隣で見ていた。
「私達のために母さんとヴィルは、文字通り身体を売って金にしてくれたのだ」
嘘が見える。
社会に出たヤーコプが身につけた中でも一番の力。
ヤーコプ「父さんの嘘つき! 母さんたちがこんな生死が安定していない実験に自分を売るわけがない!」
父親「何を云っているんだ。母さんとヴィルは自分達の意思で──」
ヤーコプ「文字が紅く《嘘をついて》見えるんだよ……! 父さん、俺に嘘が通用しないのは分かってんだろ!!」
平然と嘘を付く父親に、
平然と家族を売るこの男に、
平然と人の命を切り捨てる最低野郎に、ヤーコプはキレた。
父親「──は?」
同時に父親の右腕も飛んだ。
父親「ヤーコプ……! 父親に向かって何をして──!」
ヤーコプ「お前みたいな最低野郎、俺は知らない」
🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺
ある裕福な家庭が住んでいた一軒家。
そこから異臭がすると近所の住人から通報が入り、警察が捜査に。
玄関は空いており、容易に侵入できた警官たちは臭いの強い方へ足を進めた。
辿り着いた先はリビング。
壁も床も天井も真っ赤に染まったリビングだった。
異臭の正体は骨ごと切断された人間だったものであり、鑑定の結果からこの家の主人であり元〇〇会社代表取締役社長であると後に判明した。
──或る調査報告書より
🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻
雨の中、ヤーコプは走っていた。
兎に角ただただひたすらに走り続けた。
赤いブランケットを持ち、スーツのまま傘も差さずに走り続けた。
向かう場所は決まっている。
リビングに置かれていた資料にあった人工異能の研究施設。
そこに母親とヴィルがいる筈だ。
ヤーコプ「ハァ……ハァ……」
父親を斬って、斬って、斬り刻んだというのに罪悪感はない。
そもそも、ヤーコプはあの悪魔のような男をもう“父親”とは認識していなかった。
最低野郎。
死んで当然。
生きていてはいけない。
本人が思っているよりも罪は重いが、全くその意識はなかった。
ヤーコプ「着いた……ッ」
表向きには医薬製品を取り扱っている会社だ。
この地下に人工異能の研究施設はある。
ヤーコプ「待っていてくれ……母さん、ヴィル……」
ジャケットは脱ぎ捨て、赤いブランケットを宙に浮かせる。
まるでドリルのように回転し、研究施設への扉をこじ開けた。
サイレンが鳴り響くも関係ない。
ヤーコプの目的は母と弟。
実験台が必要ということは犠牲者が出ている。
しかも実験に何度も使用され、生きていないことだろう。
その状態になっていないことを願いながら、ヤーコプは全て斬り捨てながらたった2人の家族を探した。
🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺
母親と共に売られ、どれだけの日時が経ったのかヴィルは分からなかった。
ただ、この真っ白な部屋に閉じ込められてから60時間以上は経過している。
その天才的な頭脳で1秒ずつ数えていき、1時間ごとに爪で腕に傷をつけていったのだ。
因みに同室内に母親の姿はある。
現在は眠っているが、目覚めてもブツブツと何かを呟いているだけ。
父親に裏切られたショックからなのか、まともな会話は出来なかった。
ヴィル「──3.2.1.」
カウントダウンをすると、母親の色が消えた。
正確にはモノクロになり、呼吸をしなくなるのだ。
《《コレ》》が自身に与えられた異能と気づくまで、そう時間は掛からなかった。
もしも母親が同室にいなければ気づくことは不可能だった。
“1日に1度、1時間だけ時を止められる能力”。
もしも使用しなければ24時になった瞬間、異能が自動で発動してしまう。
この効果のおかげでヴィルは現在時刻が把握できていた。
時は流れ、22:30になる数秒前。
まだ異能は使用していないので、1時間半すれば時が止まるはず。
ヴィル「……!?」
グラッ、と揺れたかと思えば警告音が鳴り響く。
部屋が紅白に点滅し、少々目が痛い。
ヴィル「兄さんが助けに来た──わけ、ないよな」
無駄な期待はしない。
そうして時を数えながらヴィルは目を閉じた。
???「ヴィル!」
何かが切り刻まれる音と、自身の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ヴィルはゆっくりと目を開き、紅白に点滅する部屋の中で瞳がその姿を捉えた。
ヴィル「に、ぃさん……?」
ぶわっ、と涙腺が熱くなるを感じた。
溢れそうになる涙をこらえ、立ち上がろうとするもふらついて床へ倒れ込む。
そんなヴィルを支えたのはヤーコプだった。
ヤーコプ「母さんは……」
ヴィル「其処に──」
母親の場所をヴィルが指差そうとした瞬間、紅い布に視界が遮られた。
布を挟んだ反対側には黒い獣の姿。
???「ガ..エ"ジ.デ....!!」
ノイズが混ざっているような声だったが兄弟は理解した。
これは母の声だ。
咄嗟にヤーコプは守備体制を取ったが、この黒い獣は母なのだ。
母親「ヴィル"ヘルム"....ダケ"..デモ.マモ"ラ"ナ"....イ"ト...!」
ヴィル「母さん! 兄さんが助けに来てくれたんだよ!」
母親「アンダナン...ガ..ニ.ヴィ...ルベルム....バ......ワダザナ..ィ.....!!」
ヤーコプ「……。」
ヴィル「何云ってるんだ母さん!」
ヤーコプ「──いや、もう駄目だ」
気がついてしまったヤーコプは、赤いブランケットで母親を包み込んだ。
母には自身が父に見えている。
容姿が似ているのは、血が繋がっているのたから仕方がない。
放送『自爆装置ガ起動シマシタ。自爆装置ガ起動シマシタ。後10分デ当施設ハ完全ニ破壊サレマス』
そんなアナウンスと共に警告音はさらに騒がしくなった。
ヤーコプは出会った全員を殺してきた。
ここに研究員はもういない。
残っているのはヤーコプにヴィルに、母親のみ。
死ぬつもりはないが、この状態の母親を連れての脱出は困難極まりない。
ヴィル「僕が異能で兄さんも母さんも外に運ぶ。だから──!」
ヤーコプ「……よく見ろ、ヴィル」
ヴィル「見るって何…を……!」
ヴィルは気がついていなかった。
母親に繋がっている無数の管。
普通に考えて外していいわけがない。
ヴィル「そ、んな……」
ヤーコプ「ヴィル、恨んでくれ。俺はお前だけでも助けたいんだ」
🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺
政府もこの人工異能研究所には関わっていたらしく、研究自体は揉み消された。
たくさん上がった死体は全てヤーコプ・グリムの被害者とされ、彼の名は大量殺人犯として世界に名を轟かせることになった。
異能力者であることが伏せられたせいか、ナイフ一本で骨まで綺麗に切断したり研究所にロケランをぶっ込んだなど根拠もない噂ばかりが大きくなっていく。
実験台の中でもヴィルヘルム・グリムの死体だけは上がっておらず、行方不明者として国で扱われることになった。
──或る調査報告書より
🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺
囚人1「知ってるか? この国、戦争で英国に降参したらしいぜ」
囚人2「マジかよぉ。英国とかミスを一つでもしたら死刑執行してきそうじゃね?」
囚人1「それな。こんなことなら万引きなんてしなけりゃ良かった」
囚人2「俺も痴漢なんてしなきゃ良かった」
囚人1「お前とか死刑判決でてるし、英国がこの国を取り込んだ瞬間に死刑執行されそうだよな」
???「そうかもしれないな」
囚人2「お前冷静だなぁ」
???「泣き喚いたほうがよかったか?」
囚人2「いや、お前らしいからそのままでいてくれ」
囚人1「逆に泣き喚いたりしたほうが反応に困るっつーの」
???「そうか」
囚人2「そういやずっと気になってたんだけどさ、お前って本当に大量殺人犯なのか?」
???「……唐突だな」
囚人2「死刑を受け入れてるし、弁護士とかつけなかったんだろ? 大量殺人する奴にも見えねぇし」
囚人1「お前の方が人殺しみてぇな顔してるよな」
囚人2「お? 喧嘩か?」
囚人1「キャーコワーイ」
囚人2「たくっ……手前の女子のマネとか下手すぎんだよ!」
囚人1「テヘペロ」
囚人2「キッツ……」
囚人1「あ゛?」
囚人2「いや、中年男性が『テヘペロ』なんてやるもんじゃねぇよ。なぁ、ヤーコプ」
ヤーコプ「……あぁ、そうだな」
🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻
???「──ということでこの戦争は異能力が大切になってくると思います」
老人「しかし囚人を牢から出すのは……」
???「今必要なのは異能者です。欧州各国で超越者と呼ばれている異能者も出てきています。英国が、欧州が勝つためには使えるものは全て使うべきです」
老人「……最年少でこの地位まで上がってきた頭脳明晰な君がそこまで云うなら、どうにか話を通してみよう」
???「っ、ありがとうございます!」
老人「あぁ、そうだ。先日〇〇という国が降参して英国になることになったのだが──」
???「私情を挟んでいないと云えば、嘘になります。ですが私は貴方に拾って頂いた恩を仇で返すつもりはありません」
老人「……君のそういう所が私は好きなんだ。これからも頑張り給え、ヴィルヘルム君」
ヴィルヘルム「──はい」
🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻🔺🔻
研究所爆破から数分後。
遠くからサイレンの音が近づいてくる。
ヴィル「……ッ…」
爆発に少し巻き込まれたものの、ヴィルは軽傷で済んでいた。
対してヤーコプは弟を守ることを優先したからか、身体のあちこちから血が流れている。
すぐに死にはしないが、駆けつけた警察が救急を呼んだりと対応してくれなければ中々厳しい状態だ。
ヴィル「っ、兄さん!」
ヤーコプ「頭に響くから大声を出さないでくれ……」
ふぅ、とヤーコプは深く息を吐いた。
ヤーコプ「人工異能が成功した例は、まだない。お前の存在がバレればこの国はまた秘密裏に同じような研究所を作って、異能者だらけになる」
だから、と震える手で優しくヤーコプは抱きしめた。
唐突なことにヴィルは反応できない。
ヤーコプ「ヴィル……いや、ヴィルヘルム。俺とお前はここでお別れだ。生きて、必死に生きて、年寄りになってから天国に行け」
ヴィルヘルム「ヤーコプ兄さん、嫌だよ、僕、貴方を置いてなんか、っ」
ヤーコプ「お前は頭が良いから大丈夫だ。英国にでも逃げて、軍人に拾われて上手くやれ。お前は見た目がガキだから、戦争孤児として誤魔化せる」
その時、ヴィルヘルムは思いついた。
英国でヤーコプの言う通りに軍人になる。
そして上手くではなく、上を目指して戦果を上げていく。
そのままこの国を英国にできれば──。
ヴィルヘルム「……死んだら許さないから」
ヤーコプ「……。」
ヴィルヘルム「またね、ヤーコプ兄さん」
雨のせいか、体温が下がるのが早い。
ヴィルヘルムは異能を使い、走った。
1時間で何処まで行けるかなんて分からない。
ただ、自分が思いついた普通なら夢物語で終わるこの考えを現実にするため、彼は走り続けた。
国境を越え、
数多もの戦場を越え、
屍の山を越え、
辿り着いたのは今も座っている英国軍上層部の席。
自らの意思で異能を使うことは英国に辿り着いたその日から一度もなかった。
あの日を思い出してしまうから──。
5-16「転移能力者の探し方」
アリスside
アリス「太宰君」
太宰「何ですか?」
アリス「転移異能者って、どうやって探せばいいのかしら」
死者軍の行進が収まってきたのを見て、一度私はヨコハマの街を走り回っていた。
何か手がかりが、とか思っていたけれど無理じゃないかしらコレ。
太宰「そもそも私達は転移異能者の姿自体見てませんからね。上手く隠れているのか──いや、この可能性の方が高い」
アリス「どういうこと?」
太宰「レイラが転移したとき、何か音はしませんでしたか?」
アリス「……音?」
---
(1-18)
それじゃあ、とレイラが指を鳴らしたかと思えば軍服の男が現れた。
次の瞬間にはレイラもグラムも、ロリーナも消えた。
(5-6)
一瞬建物の影に入ったかと思えば、姿が消えていた。
例の正体不明の“転移系”の異能者だな。
---
アリス「いえ、二回ほどルイスを通してみていたけれど特には……」
太宰「では二回の違いはありますか?」
アリス「……一度目は転移能力者であろう男を呼んでいたけれど、二度目は男の影を見えてないわ」
見逃しの可能性もあるけれど、違いなんてこれぐらいしか思い浮かばないわね。
太宰「……多分、転移異能でも詳細が違います」
アリス「と、云うと?」
太宰「アリスさんやチェシャ猫は出入り口を用意するタイプ。敵の異能者は、ルイスさんがワンダーランド内で自由に移動できるのに近い」
アリス「何となく理解したわ。じゃあ私達は仕掛けてくるのを待つしかないのかしら」
太宰「アリスさんほどの人物になれば、背後からの攻撃とか対応出来そうですけど」
アリス「過大評価ね。ルイスならまだしも私は……」
そこで私は言葉を止める。
今、ルイスは動けない。
来る時に備えて休んでもらわないと。
この手は、私一人じゃ届かない。
一緒に、とルイスと約束したのだから。
太宰「一度社長たちと合流して横浜の把握をしてきます。アリスさんはどうされますか?」
アリス「……もう少し手掛かりを探すわ。立ち止まっているのは終わりにすると決めたの」
太宰「では、ご武運を」
5-17「何度でも止める」
ルイスside
時は、少し遡る。
グラムの刃がアーサーの身体を貫き、チェシャ猫の異能で与謝野さんのいるワンダーランドへ運ばれてきた。
アーサー「スゥ……スゥ……」
重傷も瀕死も、そう変わらない。
与謝野さんの異能ですぐ治療され、今は呼吸も安定しているようだった。
ルイス「……。」
こういう時に僕は、“たられば”を考えてしまう。
何にも良いことはないのに自分を責めてしまう。
悪い癖だ。
直そうと思ったことはあるものの、直らない。
これが“ルイス・キャロル”なのだから仕方がない。
最近はそう、割り切るようにしてきた。
エマ「ルイス」
ルイス「……っ、エマ──」
エマ「グラムは何処?」
冷たい目。
光なんて宿っていない、そんな桃色の瞳。
エマ「もう良いよ。┃アーサーがいなくても《ストッパーがなくても》やっていけるよ? 今なら何でも出来る気がする。モノだけじゃない。全て変えられる」
ルイス「……なら僕で試してみなよ」
伸ばしてきた手を僕は叩き、腕を掴んで動きを封じる。
この状態から腕を折ることは容易い。
エマは驚いているようだった。
ルイス「グラムは君がアーサーと二人がかりで抑えられていた相手だ。それに、その異能は手で触れないと効果がない」
接触型。
もしも人の大きさを変えられるとしても──。
ルイス「彼奴の方がリーチが長く、アーサーが倒れている今は動くべきじゃない。君に合わせられるのは彼しかいない」
エマ「──っ、じゃあどうしたらいいの!!」
ルイス「……!」
エマは自ら腕を折られ、動揺した僕から逃げた。
目に浮かぶ涙は痛みのせいじゃない。
一番近くにいたのに守れなかった悔しさ。
その気持ちはよく分かる。
僕もロリーナをあの時、守れなかったから。
エマ「何も考えなければ楽なの! 感情がなければ苦しまなくて、悩まなくて済む! ……私はッ、アーサーのせいで──!」
???「僕のせいで、何だって……?」
エマ「……っ、アーサー……?」
アーサー「僕は生意気で、無邪気に笑ってる君も好きなんだ……狂ったって良いこと、は……っ」
ルイス「動くな莫迦!」
いつから起きていたのだろうか。
ただ、そんなすぐに動くべきじゃない。
アーサー「大切なものを……! 君の優しさがこれ以上は傷つかないよう、僕は何度でも止めてみせる! だから狂わず、本気で殴れ……ッ」
トスッ、とエマの肩へ拳を当てたアーサーはそのまま寄りかかった。
まだ起きて動くには無理をしていたのだろう。
エマはアーサーの重さに耐えられずか、そのまま床に座り込んだ。
エマ「……グスッ」
うわぁん、と。
まるで子供のように声を上げて、エマは泣いていた。
折れた腕を上げ、アーサーの背中へ回している。
エマ「そうやってアーサーはまたぁ……! うわぁぁぁぁん!」
とりあえず、と僕がエリアを出ると与謝野さんと入れ替わることになった。
5-18「戦況は如何」
ルイスside
ルイス「貴方が呼んだんですか?」
???「……。」
ルイス「無視はどうかと思いますけど」
エリアを出た先。
与謝野さんの後ろをゆっくりと歩いてきた彼はそこで足を止めた。
ルイス「僕はどうしたら正解何ですか、ヴィルヘルムさん」
ヴィルヘルム「……私に聞くな。そういうのはシャルルの役割だろう」
ルイス「そう、ですけど──」
ありがとうございました、と僕は呟く。
ルイス「エマに苦しんでもらいたいわけではないので」
ヴィルヘルム「そうか」
ルイス「……戦況はどうですか?」
ヴィルヘルム「おおかた、探偵社の子供の予想通りと云ったところだな。ただ横浜と倫敦に、死者軍が偏ってきている」
ルイス「アリスは?」
ヴィルヘルム「……自分の眼で確かめたらいいだろう」
冷たいなぁ、と思いながらも僕は乱歩の元へ向かった。
正解も、不正解も、人生にはない。
なら、僕はただ自分の信じる道を進むだけだ。
それは正解ではないが、軌跡となる。
乱歩「お疲れ様」
ルイス「君の方が疲れてるでしょ」
乱歩「それはどうだろうね。僕は戦場に立っていないし、君みたいに精神的な疲労もない」
アハハ、と苦笑いしかでない。
乱歩「君がジイドを、アリスが織田くんを斬った。で、君達は今バトンタッチしてる状態。アリスはグラムの手掛かりを追ってるよ」
ルイス「……グラム?」
乱歩「例の転移能力者のせいで倫敦から横浜に来て、マッドハッターくんがあの怪我を負った。だからグラムとは云いながら、転移異能の持ち主の手掛かり探しだね」
ルイス「横浜と倫敦に死者軍が偏ってきてるって聞いたけど……」
乱歩「とりあえず紐育は大丈夫だね。完璧に進軍停止だって」
ルイス「それは何より。これで特務課とハーマンの“お話”の終わりが近づいたかな」
5-19「覚悟を決めても尚」
ルイスside
乱歩「……ルイスって本当によく分からないよね」
ルイス「唐突だね」
乱歩が何が言いたいのか、いまいち読めない。
まぁ、僕には魔人君みたいな読心術とかないからしょうがないけど。
乱歩「軍を抜けた理由は?」
ルイス「……昔話した気がするけど」
乱歩「万事屋をやって、組織は嫌いなのに“組合”や“ポートマフィア”で手伝ってたでしょ?」
だからハーマンとも知り合い、と乱歩は呟く。
乱歩「君は、この戦いが終わったらどうするつもり? 探偵社もいつかはなくなるよ」
ルイス「……僕に継がせようとかは思わないんだね」
乱歩「太宰と一緒でそういう器じゃない、って断るでしょ?」
ルイス「まぁ、その通りだけど」
ただでさえ組織の長になるのは、戦争で嫌になった。
これは我儘でしかないが、部下を自分の行動で失いたくない。
仲間もそうだ。
何か責任がなくとも、僕は仲間のためなら命を懸けられる。
ルイス「……流石に気づいちゃうよね、乱歩なら」
乱歩「宇宙一の名探偵だからね」
ルイス「でも、僕だって死ぬときは死ぬ。ただレイラに殺されるつもりは全くないよ。僕は死なない」
乱歩「どちらの意味で?」
---
(1-8より)
ルイス「心配しなくても、僕はそう簡単に死なないよ」
乱歩「……それは人としてだろ」
ルイス「皆がよく云う“死ぬな”っていうのは、そういう意味でしょ」
乱歩「一回太宰辺りに殴られて目を覚ました方がいい」
ルイス「僕がまともじゃないみたいに云うね」
ルイスは多分死ぬ。
僕が云ったみたいな“生物的”ではなく、“心”か死んでしまう。
これ以上犠牲者を出さないために、一人だけ傷つく方法を選ぼうとしている。
---
ルイス「──とりあえず“生物的”な意味では、だよ」
乱歩「覚悟を決めても、か……」
ルイス「まぁね。実際に手を汚さないことには、どうなるのか僕には予想がつかないから」
乱歩「ルイス」
ルイス「何?」
--- 君は誰よりも“人間”らしいよ ---
5-20「“天は二物を与えず”なのか」
ルイスside
乱歩はヴァイスヘルツにいなかった。
だから、中也君との会話は知らないはずだ。
これだから“江戸川乱歩”という人間は恐ろしい。
そして、何故だろうか。
言葉を発することが出来ない。
声にならず息だけが漏れて、諦めることにした。
云わずとも、乱歩なら僕の気持ちを理解しているだろうから。
乱歩「死なないでね!」
ベシッ、と背中を叩かれる。
そこそこ痛い。
こんな力あったのか、という驚きと同時に勇気をもらった気がした。
戦場に立てない彼の勇気を。
ルイス「でも痛い!!」
乱歩「あははっ! 名探偵は別に病弱なわけじゃないからね!」
ルイス「うぅ……」
福沢さんは、乱歩に武器を持たせたくなかったのかもしれない。
本人が鍛錬とか嫌だったのかもしれないけど。
この頭脳に戦闘能力もあれば──。
アリス『乱歩、聞こえるかしら』
乱歩「聞こえてるよ〜」
アリス『色々考えてたんだけど、普通に忘れてたことがあって──』
鏡の奥で、アリスは苦笑いを浮かべていた。
アリス『安吾くんは空いてるかしら?』
乱歩「思ったより遅かったね。てっきり太宰が教えているものかと」
アリス『頑張れ、としか云われてないわよ。アーサーの様子はどう?』
ヴィルヘルム「問題ないが、色々あって今は三月ウサギが治療を受けている」
アリス『……はぁ?』
“色々”の部分をヴィルヘルムさんが説明している間に、安吾くんを呼びに行った。
彼を借りたい、ということは異能力が必要なのだろう。
確か“堕落論”はモノに宿った記憶を視ることが出来たはず。
転移の時に何が起こったのか。
彼ならその異能力で知ることが可能だ。
ルイス「──てことだから、ちょっと力を貸してくれない?」
安吾「勿論です。……今回、僕も役立てるとは思ってませんでした」
ルイス「役に立つでしょ、その異能は。それに君がいなかったらハーマンを出せなかったし」
安吾「種田長官が許可を出してくださらなければ、僕がいても意味がありませんよ」
ルイス「……本当にそうかな」
チェシャ猫を探すのは面倒だったので、僕が異能で外へ出してやった。
アリスのいる場所に送ったし、戦闘とかは大丈夫でしょ。
Layla「アリスを殺し損ねて、3日が経った。」
アニメ勢は《確実》にネタバレ注意。
単行本は25巻…かな、多分。
兎に角、アニメでは放送していない内容を含みます。
この話は最悪見なくても今後のストーリーに影響はないと思うけど…正直分かりません。
見切り発車の適当小説なもので。
あ、此処でUターンする人もしない人も。
明日から本編再開します。
これからも応援よろしくお願いします。
こんな雑な注意書きですが、ちゃんと読んでくれていることを願います。
では、本編スタートです。
レイラside
アリスを殺し損ねて、3日が経った。
帽子屋の登場で一度引いたけれど、これだけ待てば完全回復してるわよね。
今、何処にいるのかしら。
レイラ「探偵社? マフィア? それとも──」
英国軍、と呟いてみた。
でも、ありえないと頭を振って馬鹿げた予想をかき消す。
グラム「お嬢」
レイラ「……おかえりなさい、グラム。そんな暗い声をしてどうしたの──」
その訪問者は、全くもって予想していなかった。
グラムが買い出し中に声をかけられ、人が人だから拠点まで案内したみたい。
とりあえず隙間風が冷たい客間で会話を試みる。
レイラ「生憎といきなりやってきた人物を信じるほど莫迦じゃないの」
此方が一方的に知っているだけ、かと思えば彼も調べてきているらしい。
私とアリスの関係も、何もかも。
全く、どこで情報を手に入れてきてるのかしら。
レイラ「貴方は私に何を求めるのかしら?」
ねぇ、と私は微笑む。
???「僕も仲間に入れてもらいたいだけですよ」
レイラ「私の目的を知っているのかしら」
???「もちろんです。僕の目的とも近い気がしまして」
レイラ「……というと?」
???「罪の──異能力のない、そんな世界を創ることです」
彼は微笑む。
対してグラムはあまり信用できないようだった。
まぁ、相手はあの《《魔人》》だもの。
レイラ「──良いわ」
グラム「お嬢!?」
レイラ「貴方を受け入れましょう。けれど、フョードル・ドストエフスキー。今後一切、外部と連絡を取ることを禁じるわ」
フョードル「それは、中々難しい条件ですね」
彼は少々悩んでいるようだった。
これで退くなら、それはそれで構わないわ。
ルイスと繋がっていた時のことを考えて、ここで消すだけ。
フョードル「僕の仲間は、連絡を取れないと心配する人達ばかりなもので」
レイラ「なら、この話は無かったことに──」
フョードル「此方が通信機です」
あら。
フョードル「まだ疑われるなら、服も全て脱ぎましょうか? 病弱体質ですので、出来ることならもう少し部屋の温度を上げていただきたいですが」
グラム「どうするんだ?」
レイラ「まぁ、別に通信機があってもなくても正直なところどうでもいいのよ。結局のところは使えるかどうか、なのだから」
フョードル「……風邪を引く心配はなさそうですね」
ほっ、と彼は肩を下ろす。
先程まで纏っていた妖しげな雰囲気は、微塵もない。
レイラ「最後にひとつ良いかしら」
フョードル「……何でしょう」
レイラ「異能力は何かしら?」
確か、露西亜の異能者名簿には残っていなかった。
異能力者ではない可能性も、無くはないけれど──。
フョードル「“罪と罰”。自分を殺した人間が僕になる、そんな異能力です」
グラム「……はぁ?」
フョードル「まぁ、嘘ですが」
何なんだ此奴、とグラムは頭を抱えている。
レイラ「……。」
フョードル「どうかされましたか?」
レイラ「……何でもないわ」
嘘か、否か。
思考が読みにくい。
こんな人間、今まであったことがない。
レイラ「……いた、か」
アリスの考えていることだけは、いつも分からなかった。
ただ、私は頼ってもらえなかった。
レイラ「部屋は適当に使ってちょうだい」
グラム「あ、ちょっと待てよ!」
ああいうタイプは真実を云う可能性も、嘘の可能性もある。
殺して操ろうかと思ったけれど、もし異能力が本当だったなら──。
レイラ「──私の方が殺される」
どうしたらいい。
裏切りの可能性がある時点で殺す予定が崩れた。
《《まだ》》死にたくない。
私はアリスを殺さないといけない。
グラム「おい、待てって!」
殺すのは私じゃなくても問題はない。
でも、もしグラムまで失うことになってしまったら──。
グラム「お嬢!」
どうしたらいい。
魔人という手札を捨てるにも、捨てられない。
でも彼がいれば目的達成にまた一歩近づく。
グラム「レイラ!」
レイラ「……グラム」
グラム「いつものアンタらしくねぇ。一体どうしたんだよ」
レイラ「別に何もないわよ。心配かけて悪かったわね」
グラム「──っ、」
何か云いたそうだったけれど、自室へ向かう私を止めなかった。
まぁ、そうよね。
貴方にとって私はただの命令してくる生意気な小娘だもの。
ただの主従関係しか、ない。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
グラム「全世界放送ォ?」
あれから、“魔人”改め“フョードル・ドストエフスキー”は適当な私とグラムにちゃんとした作戦を考えてくれた。
いや、私達が何も考えていないわけではないのよ?
ただ此方には“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》”のように索敵に特化した異能力がない。
転移異能を使った適当な見つけ方は良くない、って知ってるわよそんなこと。
レイラ「別に準備を進めるのは良いけれど──」
本当にこんなで上手くいくのかしら。
正直不安でしかない。
“全世界放送”、しかも生で。
確かにルイスとアリスだけではなく、英国軍にダメージは入ると思う。
けれど、不安なものは不安よ。
フョードル「例の資料は役に立ちましたか?」
レイラ「……えぇ、助かってるわ。お陰で死者軍が増えたもの」
台本通り、5つの国に100人ずつの異能者を当てられそう。
こんなに死んでる異能力者の情報、どうやって集めたのか聞いてみたけれど──
『鼠は何処にでもいますから』
──の一言で返されてしまう。
まぁ、何だって良いのだけれど。
グラム「お嬢〜疲れた〜」
レイラ「だったら休んだら良いじゃない。貴方は私と違って“普通の人間”なんだから」
グラム「……それが命令なら休むが、違うなら手伝い続ける」
レイラ「当日に倒れられた方が困るのだけれど?」
フョードル「この数日思っていましたが、やはりお二人の関係は不思議ですね」
唐突に会話へ入ってきたわね。
フョードル「グラムさんは何故、レイラさんと共に?」
グラム「話す義理はない」
フョードル「やはり軍人時代に何かあったのでしょうか? 貴方ほどの優秀な異能力者を使役しない理由も僕には──」
グラム「それ以上何か云ってみろ。優れた頭脳と病弱な身体が永遠に分かれるぞ」
レイラ「止めなさい、グラム」
グラム「──チッ」
グラムは聞き分けが良い。
このまま自室へ向かい、多分休息を取るでしょうね。
フョードル「怒らせるつもりはなかったのですが……」
レイラ「言い訳しなくて良いわよ」
フョードル「──グラムさんを守ったということは、僕の異能を信じてくれたのですか?」
レイラ「無駄な会話は嫌いよ」
フョードル「では、作業に集中することにしましょう」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
全世界放送は終わり、ネットは意外と荒れていた。
まぁ、殺害予告に5つの場所で不死者が暴れることを云ったもの。
フョードル「お疲れ様でした」
レイラ「えぇ」
フョードル「僕は戦闘に向いていないので、明日は此処で待っていますね」
レイラ「……えぇ」
フョードル「おっと」
気がつけば、私はフョードルに抱えられていた。
あぁ、倒れそうになったのね。
フョードル「疲労ですか?」
レイラ「気が抜けただけよ。これは一度死んだほうが良いかもしれないわね」
フョードル「では部屋まで送りましょうか──」
レイラ「別に良いわよ」
フョードル「そうですか」
配信に使った部屋を出ようと扉へ手を伸ばすと、フョードルは話しかけてくる。
フョードル「では全て終わったら、また会いましょう」
自室に戻った私は、一度死んだ。
痛覚は失っていないから普通に痛かったわね。
やっぱり喉を掻き切るのは回復が早いけど、もっといい方法ないのかしら。
レイラ「……ねぇ」
血だらけの服から着替え、私は窓際に立っている少年へ話しかける。
レイラ「私達、どうしてこうなっちゃったのかしらね」
死ぬと冷静になり、計画を怪しんでしまう。
フョードルの掌で踊らされていないか。
レイラ「貴方の声が聞きたいわ、|シャムス《私の太陽》」
グラム「──お嬢」
レイラ「……あぁ、貴方ね」
彼の姿は見えなかったかしら。
まぁ、特に困ることはないけれど。
ただ私が会わせたくないだけ。
グラム「紅茶要りません?」
レイラ「貰うわ」
やっぱり、と笑ったグラムはテーブルにティーセットを置いた。
グラム「お嬢」
レイラ「何かしら」
グラム「さっきの──いや、やっぱり何でもありません」
レイラ「シャムスのこと?」
グラム「……!」
レイラ「そろそろ話した方が良いとは思っていたのだけれど、悪いわね。彼についてだけは、まだ話せない」
グラム「……別に構いませんよ。俺はアンタについていくって、あの時に決めたんですから」
夜は更け、私達も最終決戦へ向かう。
どちらが勝つかなんて、どうでもいい。
最終的に私がアリスと──
──仲直り、出来たのならば。
五章「君と貴方の行く末」
5-21「蘇る過去」
アリスside
どうかしら、と私は問い掛ける。
安吾君が床に触れてから数分。
未だ、結果は教えてもらえていない。
けれど異能を使っている感じはあるから、多分取り込んだ記憶を整理中なのかしら。
安吾「……転移能力者の見た目は分かりました。その、“彼”の対処はなかなか難しい気が──」
アリス「どういうこと?」
安吾君の話を聞いて、驚く。
すぐに結果を教えてもらえなかった理由が分かった。
安吾「一応、特務課の方で詳細は出してきます」
アリス「……助かるわ」
安吾「アリスさん。一つお聞きしたいことがあるのですが──」
アリス「そんな改まって何かしら?」
安吾「黒髪に蒼い瞳の少年に、覚えはありますか?」
アリス「──!」
青年ではなく、少年。
いや、それ以前に容姿で真っ先にグラムが思い浮かんだけれど──。
安吾「異能的には“彼”なのですが、その場にいたのは少年でした」
アリス「まさか、ね……」
でも、レイラは“死者を異能生命体にする”能力の持ち主。
確かにあの時、彼は生き返った。
撃たれたはずなのに、何事もなかったかのように話していた。
安吾「……すみません。僕の見た光景を見せられないので、アリスさんの思い浮かんだ人物と一緒か──」
アリス「直接確かめるわ。にしても、昔のことを知ってるのね」
安吾「昔、種田長官が聞いたものを又聞きですが」
アリス「……別に英国の闇ではないものね。ヴィルヘルムなら話しそうだわ」
あの時、青年に見えたけれど誤魔化したのかしら。
私がもっと絶望するように、と。
本当、昔より何倍も性格が悪くなってないかしら。
アリス「兎に角、助かったわ。とりあえず私も戻ろうかしら?」
安吾「ついでに送っていただけると嬉しいです」
アリス「特務課で良いわね?」
安吾「はい」
アリス「それじゃあ、私も一回休憩しないと……」
安吾「では後程」
鏡を抜けて、私は一息つく。
アリス「……疲れたわねぇ」
ルイスは大丈夫かしら。
安吾君から軽く聞いた感じ、問題はなさそうだったけれど。
乱歩「おかえり」
ルイス「ただいま」
あら、と私はエリアを越えるのを躊躇う。
乱歩とルイスしか居ないのかしら。
ルイス「……君はどう見てる?」
乱歩「アリスが表にいる今、いつレイラが現れてもおかしくないよ」
ルイス「やっぱりそうだよねぇ……」
乱歩「ただ、君が見た未来通りにはならないだろうね」
5-22「見落としているもの」
ルイスside
未来通りにならない、か。
ルイス「──と云うと?」
乱歩「横浜がお昼ということは倫敦は明け方……いや、三時じゃ明けてもないか。この調子だと正午にレイラが時計台にいるより前に決着がつく」
ルイス「レイラが逃げる可能性は?」
乱歩「わざわざ先延ばしにする理由がないね。死者軍も結構削ってるし、アリスに向けれている殺意はその程度のもの?」
ルイス「どう、だろうね」
正直、僕にはよく分からなかった。
アリスを殺したい。
それは本心なのだろうか。
二人の関係は先日聞いたばかりだ。
家族であり、親友であり、最も大切だった人。
レイラは殺意を向けているけれど、本当は仲直りしたいんじゃないだろうか。
僕達がそう思っているように。
ルイス「精神を削るより、直接戦ったほうが早い。なにせ、レイラは死ぬことが出来ないんだから」
乱歩「……一理あるね」
ルイス「何か、見落としがある気がする──……」
レイラの目的はアリスじゃない。
僕らの殺害は通過点にしか過ぎず、その先が見えているから魔人君は協力してくれた。
そう考えた方が、何だかスッキリする。
ただ、この程度なら乱歩も気づいているだろうから話題にするほどではない。
乱歩「……君自身の調子はどうなの?」
ルイス「そんなに心配しなくても、何も問題ないよ。どちらかと云えば、君の方が気になるけどね」
乱歩「僕は何も傷ついてないよ」
ルイス「宇宙一の名探偵も、予測が外れる時がある。そして今、君は安全圏にいるじゃあないか。何かしらは思うことがあるでしょ」
強いて言うならだよ、と乱歩は視線を落とす。
乱歩「こうしている間にも誰かが命を懸けて戦っている。探偵社の皆はいい。僕を信頼してくれている。でも、英国軍やマフィアはどうだろうね」
ルイス「……。」
乱歩「僕は、君が言う上層部と何も変わらないよ。ただ安全な場所から指示を出す、戦場を知らない平和な人生を送ってきた子供」
ルイス「戦場以外が平和とは限らないだろう」
乱歩「“戦況が随時判るのはいい”だなんて、ヴィルヘルムさんには云ったよ。ルイスと似たようなことを聞いてきたからね」
ルイス「……そう」
乱歩「だから強いて言うなら、僕は自分の無力さを呪うよ」
てか、と乱歩は此方を向いて圧を掛けてくる。
乱歩「“子供”ってところを否定してほしかったんだけど! 僕と近い思考回路してるならフォローちゃんと入れてよね!?」
ルイス「え、っと……ごめんね?」
乱歩「──僕にもおじさんやルイスみたいに、世界に通じるほどの力と実績があればなぁ」
そう呟いた乱歩の表情は、子供っぽかった。
Mafia Lewis-1「今日の天気は全国的に晴れ!」
ニュースキャスター『今日の天気は全国的に晴れ! 最高の洗濯日和です!』
朝のニュース番組で流れる天気予報。
へー、と少年は興味がなさそうに、窓の外に広がる青空を見ていた。
なぜ興味がないのか。
正解は仕事は主に夜で、外に出る用事も何もなかったから。
ルイス「……。」
そして、終戦日を思い出すから。
あの日もこれぐらいの快晴で、表彰式を無理やり笑顔を作って立っていた。
軍を抜けたのは、その次の日だ。
実際には無期限の休暇になっているが。
太宰「ルイスさん」
ルイス「どうした?」
太宰「上手く死ねないんで手伝ってください」
ルイスと呼ばれた少年は窓の外から、手元の小説へ視線を戻した。
どこまで読んだか忘れた為、頁の一番はじめへ視線を移す。
太宰「ルイスさーん」
ルイス「どうした?」
太宰「無視しないでくださーい」
ため息をつき、窓とは反対側に視線を向ける。
ルイス「君はいつも首を吊る。で、今日はなんで失敗してるわけ?」
太宰「中也に罠を仕掛けようと思ったら間違えて自分が引っ掛かりました」
ルイス「馬鹿だね」
太宰「足に引っ掛かるやつだから頭に血が上ってきた。助けて。死にそう」
ルイス「そのまま死んだら良いじゃないか」
そう云いながらもルイスはナイフを投げて縄を切った。
痛ッ、という少年の声と床に落ちる音が重なる。
ついでに扉の開く音も。
中也「失礼します」
ルイス「やぁ、中也君。いらっしゃい」
中也「……何で手前が此処にいるんだ」
太宰「あーあ、蛞蝓が来ちゃった」
中也「あ"?」
ルイス「中也君が来るのに、太宰君は罠を仕掛けようとして自分で引っ掛かってたよ」
中也「馬鹿だな」
太宰「君にだけは云われたくない」
そーかよ、と中也はルイスの元へ足を進める。
手には封筒が握られていた。
ルイス「また僕が出ないといけないの?」
中也「いや、なんか届けてほしいって姐さんが」
ルイス「紅葉が?」
何かなぁ、とルイスが開封する。
どうやら数日前から対立している海外組織の捕虜が喋った内容のようだ。
太宰「……ふぅん」
何故か横から覗き込んでいた太宰がそんなことを云った。
中を見ていないのか、中也は首を傾げている。
暫く考えて、ため息を吐き、ルイスは丁寧に封筒へ書類をしまった。
ルイス「これ、僕が出ろって云ってるようなものじゃん」
太宰「ま、ルイスさんが出た方が良いですよね。それで本当に解決するなら、だけど」
中也「ん? どういうことだよ」
太宰「中身見てないんだね、君」
中也「姐さんが『ルイスが教えてくれるかも』って」
ルイス「巻き込むかは僕次第、か。紅葉も中々酷い選択をさせるね」
それじゃあ、とルイスは静かに立ち上がった。
ルイス「ちょっと首領のところに行こうか」
太宰「げ、ルイスさん。僕を巻き込まないでくれる?」
ルイス「此処にいたのも何かの縁だよ」
???「そうだね。君も行ってくると良いよ、太宰君」
中也「……、首領!」
いつの間にか部屋の扉は空いており、ポートマフィア首領の森鴎外が立っている。
中也が頭を下げるのに対し、太宰は溜め息を吐いていた。
ジー、と嫌そうに森を見つめている。
森「そんな顔をしないで、ルイス君を手伝ってあげなさい。紅葉君から資料はもらったみたいだね」
ルイス「わざわざ中也君に運ばせて、ね」
森「ルイス君に太宰君、中也君か。じゃあいい感じになりそうだね」
太宰「だーかーら! 僕は嫌なんだけど!?」
中也「……何の話をしてるのか、いまいち判らねぇんだが」
ルイス「例の海外組織は僕達三人でどうにかするよ、中也君」
暫く黙り、中也君も苦虫を噛み潰したような顔をした。
ルイス「二人は本当に表情豊かだね」
「「ルイスさんが変わらなさすぎなだけじゃ?」」
「「……あ"?/……何?」」
太宰「ちょっと真似しないでくれる?」
中也「手前が真似してんだろうが糞鯖!」
ルイス「……僕ってそんなに変わらない?」
森「いつでも冷静じゃあないか、君は」
ルイス「感情的になれないだけなのにね」
はぁ、と何度目か判らない溜め息を吐く。
ルイスは背伸びをして、深呼吸をして、いつも通り言い争いをしている二人の首を掴んだ。
ルイス「じゃあ、行ってきます」
森「行ってらっしゃい」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
太宰「ルイスさァん」
ルイス「どうかした?」
太宰「大したことじゃあないんですけど」
ルイス「うん」
太宰「いつまで首掴まれてるのかなー、と思いまして」
あー、とルイスは両手を開いた。
マフィアビルを出るまで引き摺られていた少年二人。
奇異の目で見られていたが、ルイスは声をかけられるまで気付かなかった。
ルイス「そもそも君達が喧嘩してるのが悪いんじゃ?」
中也「それはそうですけど」
埃を払いながら立ち上がる二名。
ルイスは辺りを見渡し、空を見上げた。
太宰「どうかしたんですか?」
ルイス「……正午か」
中也「え、なんで分かるんです?」
ルイス「これぐらい出来ないと軍じゃやっていけないよ」
「「えぇ……」」
マフィアにいる手前、軍でやっていくつもりはない。
太宰と中也は顔を見合わせて、大人しくルイスについていくことにした。
足取りに迷いはない。
中也「にしても、資料にはなんて書いてあったんだ?」
太宰「お子ちゃまの中也にも判るように説明すると『ルイス・キャロルを返せ』かな」
中也「誰がガキ……って、『ルイスさんを返せ』だぁ?」
返すも何も、ルイスは自分の意思でポートマフィアにいる。
否、正確には依頼だが。
ルイス「どうやら僕を取り戻す為だけにマフィアへ喧嘩を売ったみたいだね。それに、捕虜になったのもそれを伝える為」
中也「……にしても、何でルイスさんが狙われてるんだ?」
太宰「無期限休職が気に入らないんだろうね。それか、どうしても戻ってきてほしい理由があるか」
ルイス「理由、ね……」
そんなの戦場に立つ以外ないだろうに。
ルイス「僕は今の生き方を暫くは続けるつもりだから、戻るつもりはないけどね。そもそも『返せ』という表現が気に食わない」
太宰「それは僕も同感です」
中也「俺もだ」
ルイスがマフィアを離れさえすれば、敵対するつもりはないらしい。
しかし、そう簡単に許せばマフィアの面子が保てない。
どうすれば良いか考える太宰の横で、中也は足を止めていた。
中也「二、三……五か?」
太宰「中也? 置いてくよ?」
中也「良いから黙ってろ、糞鯖」
ルイス「……何だ、もう動き始めたのか」
確実にいるな、とルイスは溜め息を吐く。
とりあえずこんな昼間から人通りのある此処で始めるわけにはいかない。
太宰の記憶を頼りに裏路地へ誘いだし、良い感じに倒すことが出来た。
中也「良いんですか? この人達を殺さなくて」
太宰「彼らは駄目だよ、中也」
中也「……?」
♟♜♞♝♚♛♝♞♜♟
紅葉「それで、わざと捕まった理由は何じゃ?」
異国の者よ、と尾崎紅葉は微笑む。
身のこなし方から、ただの裏社会の人間ではないことは判っていた。
しかし、わざと捕まった理由までは不明。
英国人「Our salvation is here」
紅葉「……英語は判らないのじゃが」
英国人「ワタシタチ、ノ、スクイガ、ココ、ニ、」
日本語話せるんだ、と紅葉の後ろに控えていた黒服は思った。
紅葉「“救い”とな?」
英国人「Lewis…Carol…」
紅葉「……!」
英国人「カレ、ニ、ツタエテ、」
暫く考えた後、紅葉は紙とペンを用意させた。
黒服が英語を少しだけ出来た為、彼に英語で構わないから書くように伝える。
手錠が外され、捕虜は急いで文字を書く。
そして最後に自分の写真を必ず添えるように伝えた。
時は経ち、紅葉は自身の執務室でどうにか翻訳を進めていた。
ルイスが内通者というのも、ありえない話ではない。
内容によってはルイスが地下牢に入れられる可能性もある。
紅葉「──なるほど」
やっと翻訳ができた紅葉は椅子に座ったまま目元を抑え、宙を仰いた。
扉がそっと開くと、そこには黒服の姿が。
お盆には緑茶と和菓子が乗っている。
黒服「お疲れ様です」
紅葉「今日は玉露かのぉ。すまないな」
黒服「いえ。……あの、やはり僕が翻訳すれば良かったのでは──」
紅葉「この年になって勉強するというのも面白いものじゃ」
ふふっ、と紅葉は幼子のような可愛らしい笑みを浮かべた。
紅葉「直哉や」
直哉「……何でしょうか」
紅葉「中也を呼んでおくれ。あの子がいたらルイスもやりやすいじゃろう」
直哉と呼ばれた黒服の青年は、紅葉の指示に従い中也を呼びに行った。
Mafia Lewis-2「簡単に説明するなら、英国軍で内乱が起こってる」
ルイス「簡単に説明するなら、英国軍で内乱が起こってる」
中也「内乱……?」
ルイス「お偉いさんの半分ぐらいが『異能者は化け物』とか云っていてね──
--- 同じ考えを持ってたり逆らえない一般兵 ---
--- VS ---
--- 異能部隊と一部の一般兵 ---
──と、まぁ、そんなところで。僕と一緒に戦ったことがある人とかになってる。それを例の捕虜は僕に伝えてくれた」
中也「なるほど……」
それで、とルイスは倒れた敵の中の一人の前へしゃがみ込む。
ルイス「久しぶりだねぇ、ニアさん。元気そうで何よりだよ」
???「……君の連れに仲間がボコボコにされたんだけど?」
ルイス「彼らはマフィアだから仕方ないよ。君が知り合いと云う暇もなかった」
太宰と中也を見比べて、溜め息を吐く。
ヴァージニア「ヴァージニア・ウルフだ」
灰色の短髪に、茜色の瞳。
中性的な声だったが、振る舞いが先程までの戦闘と違い女性らしい。
太宰「太宰治です。で、こっちが僕の狗の中也」
中也「中原中也。決してコイツの狗ではない」
ルイス「そして皆ご存知のルイス・キャロルでーす」
ヴァージニア「……ルイス、まさか私と接触するためだけに子供を連れてきたわけじゃないだろう?」
ルイス「まぁ、ね。彼らはマフィアの将来を担う……かもしれない優秀な人材だ。使えるのは僕が保証する」
太宰「中也、『かもしれない』って言われてるよ」
中也「手前もだろ」
太宰「ルイスさーん、僕はマフィアの将来を担いたくなんてありませーん」
ヴァージニア「……本当に大丈夫か?」
ルイス「欧州諜報員を二人で倒してるからね。彼らも連れていけるかい?」
ヴァージニア「君が信用しているなら良いが……異国とはいえ、マフィアの手を借りることになるとはな」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
一度マフィアに戻り、二人の分の偽造パスポートを用意する。
ヴァージニアとは明日に空港で合流することになった。
森「本当に英国軍で内乱が起きているんだね」
ルイス「僕も信じられないですよ」
首領執務室。
そこに集まっていたのはルイスと紅葉。
二人へ珈琲を出した森はニコニコと、何を考えてるか分からない。
部屋の隅でエリスがお絵描きをしている。
ルイス「にしても、依頼を受けている側なのにこんな自由に動いていいんですか?」
森「まぁ、最近のマフィアは先代派とかそういうのが無くなって安定してきてるからね。君の役割は私が何かあったときに太宰君の補助だ」
ルイス「……彼へ繋げる気しかありませんね」
森「この席には暫く座っているつもりだよ」
もしも太宰が首領になったら、とルイスは考える。
森のように冷静──否、冷静すぎる死にたがりの彼が作るマフィアとはどんなものだろうか。
紅葉「今頃じゃが、彼らは信用できるのかえ?」
ルイス「本当に今頃だね」
紅葉「|私《わっち》はルイスを信用していても、その仲間までは信用しておらん。捕虜となった青年も大人しくはしておるが、何かあればすぐに刎ねてしまうぞ」
ルイス「その時は連帯責任として僕のも刎ねてもらって構わないよ。その後は煮るなり焼くなりして、なるべく欧州に伝わるのを遅らせた方がいい」
じゃないとこの街消えるよ、とルイスは云った。
内容に対して満面の笑みを浮かべているところは、少し|裏社会《此方側》に染まってきたのではないだろうか。
そんな事を考えながら、森は珈琲を一口飲んだ。
紅葉「流石にお主は殺さないぞ」
ルイス「それじゃあマフィアの面子は保てない」
森「まぁ、ありえない話はそこまでにしておこうじゃあないか」
ルイス「……|首領《ボス》、僕のこと信用してるんですか?」
森「しているよ、勿論。書面的にも君は裏切らないことを契約しているし、約束は守るだろう?」
はぁ、と少し首を傾げながらルイスは珈琲のカップを手に取る。
森「一つ良いかな?」
ルイス「……何ですか」
森「英国に行くと云うことは──異能部隊に会うということは、君にとって望まぬ未来じゃないかな?」
ルイス「そうだとしても、隊長達が死ぬ未来の方が望んでいないので」
森「──そうかい」
何か言いかけながらも、森はそんなことを呟いた。
相変わらずの晴天。
横浜の街を見下ろせるその場所で三人の大人達。
珈琲に映る自身の姿を眺めて、過去を掻き消すようにコップの中を空にした。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ルイス「と、いうことで!」
「「どういうことで?」」
ルイス「やってきました我が故郷“英国”へ!」
中也「声色の割に表情くらいですけど大丈夫ですか?」
大丈夫さ、と“多分”という文字を付け加えてルイスはヒースロー空港へ降り立った。
ここまで来るのに約十九時間。
時差は九時間ほどで、初めての海外である太宰と中也は多少影響を受けているようだった。
太宰「にしても、ルイスさん何でそんな不審者みたいな格好してるんですか?」
金髪はフードで、翡翠の瞳はサングラス。
また、マスクで顔が分からないように隠されている。
ルイス「これでも僕、英国では意外と有名だからね。簡単に云うなら“生ける伝説”福地桜痴とそう変わらない」
中也「…ルイスさんってそんな凄い人だったんですね」
さて、とルイスは辺りを見渡す。
ヒースロー空港から英国軍拠点まではそこそこ時間が掛かる。
ルイスは普通にパスポートを使っており、帰国は珍しいことではない。
しかし、軍は迎えを用意するほどの余裕はないのだ。
ルイス「とりあえず向かおうか。何にせよ、表からは入る事ができない」
ヴァージニアはまだしも、太宰と中也は異国の子供だ。
そう簡単に軍事施設に入れるわけにはいかない。
あの周辺は観光客が近寄ることすらも許されていないし。
ルイス「……ま、それは僕の異能で解決するけど」
ヴァージニア「君の異能は凄いからね」
ルイス「戦時中に変化して、人も運べるようになったの知ってたの?」
ふわぁ、とルイスが欠伸をする。
同時にヴァージニアは臨戦態勢を取っていた。
辺りに満ちる冷たい空気。
太宰「そういえばウルフさんはルイスさんと何処で出会ったんですか?」
ヴァージニア「戦場だよ」
太宰「じゃあもう一つ良いですか?」
ヴァージニア「……何かな」
太宰「貴女は異能者ですか。それともルイスさんに、異能部隊に手を貸す一般兵か──」
ヴァージニア「一般兵《《だった》》よ」
太宰と中也は勿論、ルイスも驚きの表情を浮かべる。
ヴァージニア「戦後に異能者と判明した、という一般兵は何人かいる。マフィアの捕虜となった彼も、私もそうだ。頭脳担当の君は僕が本当に仲間か気になっていたみたいだけど、私は此方側じゃないと殺されてしまうからね」
太宰「……すいません、疑って」
ヴァージニア「いいや、構わないよ。ルイスが言う通り将来が楽しみだね」
もしかしたら戦うことになるかもしれないけど。
そんなことを呟きながら、ヴァージニアはルイスと共に先導した。
先程までの冷たい空気はなくなっており、周りからはただの観光客に見えることだろう。
数歩、距離を置いている太宰は中也に話し掛ける。
太宰「ねぇ」
中也「何だよ」
太宰「今回は僕がいるけどあまり《《暴れないで》》くれ給え」
中也「……わーってるよ」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヴァージニア「ある意味、拠点は戦場になっている」
ルイス「……と、いうと?」
四人は車に乗り込み、ヴァージニアが運転をする。
始めは大通りを走っていたが、徐々に車通りが少なくなっていく。
ヴァージニア「街を少し離れていることを良いことにやりたい放題、ってことだよ。戦争を思い出して、あまりいい気分ではないね」
中也「流石に銃声とかアウトじゃないのか?」
ヴァージニア「英国軍の拠点から一番近い村でも1kmは離れている。日本と同じで“警官”が動くことはあっても、僕達みたいな“軍人”が動くのは中々ないからね」
太宰「それこそ戦争ぐらい、ですか。今この瞬間に開戦したらどうするつもりなんでしょうね、英国の上層部は」
太宰は見慣れない異国の風景を眺めながら呟く。
ヴァージニア「掌返しで真っ先に異能部隊を出すだろう。ルイスも出動命令が出され、マフィアになんかいる暇などない」
ルイス「……She must be on the battlefield too.」
ヴァージニア「赤ノ女王のことか。そういえば今、彼女はどうしているんだ?」
ルイス「いない」
ヴァージニア「……そうか」
中也「赤ノ女王って誰だ?」
太宰「ルイスさんと同じぐらい有名な異能者。僕も詳しいことは知らないけど、英国軍の異能部隊にいた筈だよ」
中也「ふーん……」
この会話を最後に、車内は静かになる。
暫くすると、或る建物が見えてきた。
中也「デカッ……!」
思わず中也はそんな声を洩らした。
英国軍の本拠地。
塀は高く、そこそこの広さがある。
珍しく太宰も驚いていた。
さて、とルイスは二人にワンダーランドへ入るように伝える。
先も話した通り、異国の子供がそうやすやすと入れる場所ではない。
大人しくしてるよう念を入れ、ルイスは指を鳴らす。
ルイス「……そもそも、今の状況で僕は入れるのか?」
ヴァージニア「さぁ?」
ルイス「さぁ、って君──」
次の瞬間のことだった。
ちょうどのヴァージニアの視線の先。
まるで前を見えなくするように銃弾が止まり、フロントガラスにヒビが広がっていく。
ルイス「──僕も君も、異能者はお呼びじゃないみたいだね」
ヴァージニア「防弾ガラスにしておいてよかった」
ルイス「ねぇ、ニアさん」
ヴァージニア「何だ」
ルイス「ロケラン構えてるけど……どうする?」
塀の上。
一般兵がロケットランチャーの準備をしていた。
いつの間にか手元にあった双眼鏡で見ていたルイスは、そんなことを云う。
ヴァージニア「ルイス」
ルイス「何?」
ヴァージニア「ワンダーランドに一度入れ、門へ向かって放つことは可能か?」
ルイス「……正面突破ってことね」
放たれたロケラン弾が車に当たる直前で消える。
塀の上で一般兵たちは驚いていた。
対してルイスは車の屋根へ登っている。
ルイス「ここらへんでいいか」
指を鳴らすとロケラン弾が現れ、門へ向かって飛んでいく。
誰も殺すつもりがないルイスは目に見えた場所にいる一般兵を逃がした。
ヴァージニア「丸くなったな」
ルイス「そう?」
車内へ入ることが面倒くさくなり、ルイスは屋根から中をのぞき込む。
ルイス「門は壊したけど、これからどうする?」
ヴァージニア「異能部隊の宿舎へ向かう。主な戦場は中央訓練所だが、一度子供たちのことを伝えたほうが良いだろう」
ルイス「なるほど」
じゃあ、とルイスは屋根で此方へ銃を向けてきた軍人たちの対応をしていた。
地雷がある場所は地面ごとワンダーランドへ送り、大きな板で橋を作る。
乱戦の中を走り抜け、車は或る建物の前で停止した。
Mafia Lewis-3「……よく来たな、ルイス」
???「……よく来たな、ルイス」
ルイス「お久しぶりです」
戦況は、とルイスは視線を合わせることなく聞いた。
少し寂しげな表情を浮かべたが、シャルルは即座に切り替える。
シャルル「負傷者は多く出ているものの、重傷者はいない。主な戦場は中央訓練所──というのは聞いていそうだな」
ルイス「ニアさんから。この際、全員で軍を抜けたらどうですか? 少なくとも“時計塔の従騎士”なら、悪魔だの化け物だの云われないと思いますけど」
シャルル「ヴァージニアのような一般人なら、それでも良いかもしれないな」
少し考えて、ルイスは溜め息を吐いた。
ルイス「一度中に入らせてください。紹介したい人がいます」
宿舎に入ると、負傷者で溢れていた。
軍服は一般のもの。
この場にいる全員が異能者ではない。
異能部隊に助けられ、上に抗っている勇敢な者たちが治療を受けていた。
一応残されていたルイスの部屋に入り、扉が閉められた瞬間に指を鳴らす。
すると、現れたのは二人の少年。
太宰と中也だ。
ルイス「面倒だから簡単に。こっちが英国軍の時に隊長をしていたシャルルさん。……|彼らは現在日本で協力しているマフィアの若いメンバーです。《They are young members of the mafia that we are currently working with in Japan.》」
太宰「太宰治です」
中也「中原中也です」
ルイス「はい、自己紹介終わり」
ヴァージニア「雑だな」
ルイス「これぐらいじゃないと本題に入るのが遅くなるから、ニアさん」
さて、と現在の状態を説明しようとしたルイス。
しかし太宰が手を挙げて話は遮られる。
太宰「何か“鏡”が現れて全部見てたんで説明は大丈夫です」
中也「俺達は何をしたら良いですか?」
少し考えて、ルイスは溜め息を吐いた。
鏡といったら彼女が関わっているに決まっている。
何をしたいのか判らないが、説明を省けた部分に少し感謝はしておいた。
シャルル「|彼らは何と云っている?《what do they say?》」
ルイス「あ、シャルルさんだけ日本語通じないじゃん。えっと……|彼らは鏡を通してすべて見ていた《they were looking through the mirror》」
ヴァージニア「……」
ルイス「早速だけど太宰君、なんかいい方法ない?」
太宰「丸投げですか」
ルイス「君のことだから、ワンダーランドで考えておいてくれてるだろう?」
太宰「まぁ、軽く100ぐらいは」
翻訳はヴァージニアに任せ、ルイスと太宰は作戦を考える。
一番大切なのはどうやって内乱を終わらせるか。
死者は今のところ出ていないが、この先も出したくない。
太宰「なら、共通の敵を作れば良いんですよ」
ルイス「……あぁ、なるほど。でも僕は異能部隊の一員だし──」
太宰「僕、というか中也を中心にした話を考えます」
とりあえず、とルイスは戦場へ向かうことにした。
窓から宿舎の屋根へ登り、中央訓練所の方へ視線を向ける。
銃撃戦が繰り広げられているのか、土煙が上がっていた。
ルイス「……行くかぁ」
トンッ、と跳ねたかと思えば別の建物の屋根に乗っている。
地上を走るよりも早く、楽に着いた。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
中也「|おい太宰、《OiDazai,》|結局どうするんだ?《kekkyokudousurunda?》」
太宰「|もうちょっと待って《Moutyottomatte》」
シャルル「……翻訳機とか無いのか、ヴァージニア」
ヴァージニア「残念ながら。軍の方が置いていそうですけど、無いんですか?」
無いな、とシャルルは椅子から立ち上がった。
このまま翻訳を続けてもらうのも大変だと頭を悩ませていると、太宰が窓枠から部屋へ視線を向けた。
太宰「とりあえず顔の割れてない異能者とかいません?」
シャルル「……! 英語が話せるのか?」
太宰「少しだけですけど。とりあえず共通の敵には僕達がなるから、隊長なら良い感じにまとめあげてくれない?」
中也「|手前、《Temee,》|英語話せたのか!?《eigohanasetanoka!?》
|そして俺にも説明しろよな!?《Sositeorenimosetumeisiroyona!?》」
太宰「|チビはとりあえず適当に暴れてくれたら良いから《Tibihatoriaezutekitouniabaretekuretaraiikara》」
中也「……|そーかよ《Soukayo》」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
一旦戦況は落ち着き、静かな夜を迎えた。
ルイスの参戦に、相手は一度撤退を決めたようだ。
中也「ルイスさんって凄い人だったんだなぁ……」
ルイス「スゴイヒトダヨー」
太宰「相手の動きは流石に判りませんか?」
ルイス「……判らなくはないけど」
ごめんね、と太宰に謝るルイス。
特に気にする様子はなく、太宰は拠点の地図を眺めていた。
太宰「隠密活動するなら今動くべきだけど──」
ヴァージニア「防犯カメラに普通に映るからオススメしないね」
シャルル「|休憩を取ったらどうだ?《How about taking a break?》」
太宰「……|シャルルさん《Mr.Charles》、|偉い人がいる場所はここで合ってますか?《Is this a place where there are great people?》」
シャルル「|その通りだが《As you said》……」
よし、と太宰は立ち上がった。
そして中也が手を伸ばしていた夜食のサンドイッチを横取る。
中也「手前──!」
太宰「出番だよ、中也。防犯カメラは僕がどうにかするから此処に乗り込んで」
ルイス「……いきなり行くんだね」
太宰「それが一番面白いかなって」
ヴァージニア「上を潰したところでこの争いは終わらないぞ」
太宰「それは知ってますよ、ウルフさん」
ヴァージニア「じゃあ、何故乗り込む?」
太宰「……|身を隠すなら闇の中。敵を欺きたければ、まず味方から。《If you want to hide, do it in the dark. If you want to deceive your enemies, start with your allies.》」
シャルル「……|味方から欺くのか?《Are you deceiving your allies?》」
ふふっ、と太宰は笑みを浮かべる。
太宰「あ、ちゃんと通信機もってね」
中也「へいへい」
トンッ、と中也は窓枠に足を掛ける。
いつの間にか用意されていたパソコンを開く太宰。
太宰「メーデーメーデー。此方、世界一の頭脳を持った牧羊犬の飼い主である|津島修治《ツシマシュウジ》改め、自他共に認める死にたがりの連続自殺失敗人間の太宰治でーす。どーぞー」
中也『此方、クソ野郎とペアを組まされまくってテンション爆下げな中原中也だ。それに津島修治って名前何だよ。どーぞ』
太宰「僕じゃなくて森さんが考えたんだからダサくて当然でしょ」
相変わらずの喧嘩にルイスは溜め息を吐こうともしなかった。
心配そうなシャルルとヴァージニアに、太宰は微笑む。
太宰「あれでも戦闘面じゃ英国軍の一隊には匹敵するので大丈夫ですよ」
ルイス「……君が素直に褒めるなんて珍しいね」
太宰「あくまでシャルルさんとヴァージニアさんを安心させる為に云ったことなので。あー物凄く寒気がする」
ルイス「……雪でも降るんじゃないかな」
太宰「そういう冗談、ルイスさんでも云うんですね」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
中也「──邪魔する、ぜ……?」
目の前に広がっていた光景に、中也は驚くことしか出来なかった。
太宰『どうしたの、中也』
中也「……__んでやがる__」
太宰『何? 聞こえないんだけど──』
中也「全員死んでやがる」
ヴァージニア『──!』
ルイス『……随分と面倒なことになったね』
太宰『中也』
中也「手前みたいに死後硬直とか詳しい訳じゃねぇが、血はまだ乾いてねぇ。近くに犯人がいるはずだ」
窓枠から動かず、中也は部屋の中を見渡す。
自身は頭が良いわけではない。
よくて中の上程度。
なら、物凄く不満でしかないが目に映る全ての情報を太宰に伝えて考えさせた方がいい。
中也「……。」
ふわふわと、室内を荒らさぬように浮かびながら中也は探索した。
新しい血痕。
死んでいる上層部の顔をはじめとした特徴。
そして予測できる死因。
中也「壁とか床に飛び散ってるのは銃とか刃で攻撃されたからだな。ただ、全員同じ特徴がある」
太宰『同じ特徴?』
中也「胸に三発。そして顎が割られてる」
そう、と太宰は興味がなさそうに反応する。
静かな室内で聞こえる、外からの足音。
中也はとりあえず窓から出て、近くで待機することにした。
英語で何を云っているかは分からないが、焦りと動揺が伝わってくる。
集音機能を上げていた為、太宰にも聞こえていただろう。
足音が増えてきてどうするか考えていると、太宰から帰還命令が出される。
中也「誰が手前の狗だ」
太宰『良いから戻ってきて。これは面倒なことになったかもしれない』
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
太宰「元々巻き込まれた時点で面倒なことになるのは確定していたのだけれど」
そんな前置きをおいて、太宰は説明を始めた。
太宰「中也の云っていた“胸に三発”と“顎の破壊”はマフィアの報復方法の一つ。僕の知る限りでは|ポートマフィア《うちの組織》以外にやっているところはない」
ヴァージニア「私の記憶にもないな。こっちの裏社会では鮫の餌にするか、傘下組織の火葬場に生きたまま放り込む」
ルイス「見せしめるという考え方じゃないからね、英国は」
太宰と中也による闇討ち作戦実行中に用意した翻訳ソフトでシャルルも同時に理解をする。
その為、簡単に問い掛けることが出来た。
シャルル「つまり、上層部殺しの犯人は君達のせいにしたかったと?」
太宰「僕か中也……そしてルイスさんでしょうね」
ルイス「万事屋とはいえ、異国のマフィアに手を貸すのは黒よりのグレーだからね。でも僕達が英国にいることを知っているのはマフィア内でも数えられるほどしかいない」
中也「どういうことですか?」
ルイス「異国のマフィアについて調べるのは簡単だ。それも報復方法なんて特に見せしめに使われているものなら、ね」
ヴァージニア「……裏切り者がいるのは確定か」
ルイス「そういうことです、ニアさん。まぁ僕もその中に入っちゃうんですけど」
シャルル「……今の君には、遠く離れた建物にいる上層部を殺すことは不可能だろう」
ルイス「さぁ、分かりませんよ?」
わかりやすく溜め息を吐いたシャルル。
シャルル「何故君はそうやって自ら疑われにいくんだ、ルイス」
ルイス「それが犯人の狙いだと思ったので」
殺されたのは上層部の中でもトップに近い権力者たち。
発見した他の者がどう判断するかによってこの英国軍内戦は大きく変わるだろう。
とにかく今は、とシャルルは人数的に足りない寝具を取りに行った。
夜はまだ長い。
時差の影響を受けている二人をしっかりと休ませるためにも、ルイスは睡眠を勧めた。
ヴァージニア「すまない」
ルイス「……どうしたんですか、ニアさん」
宿舎の屋根。
二人は夜風に当たってゆっくり過ごしていた。
ルイス「別に僕、謝って貰うことなんて何もしてないと思うんですけど」
ヴァージニア「まだ幼い君を戦場に戻した。それだけじゃなく、もしも先ほど話していた考察が合っていれば君が疑われる。下手したら死刑だ」
ルイス「死刑は困りますね。生憎とまだ人助けをしたいので」
ヴァージニア「……それがマフィアでも、か?」
ふむ、とルイスは顎に手を添える。
ルイス「別に善人だろうと悪人だろうと、助けを求めてるならそれに答えたいんですよ。それに世間が決めた善悪なんて僕には関係ありませんし」
ヴァージニア「成長したな、ルイス」
ルイス「まぁ、18歳になりますし」
ヴァージニア「立派な大人だな。身長は全くみたいだが」
ルイス「……これから伸びますよ」
ヴァージニア「それは戦時中も聞いた」
ルイス「きっと次会う頃には同じぐらいなってますから!」
ヴァージニア「今の年齢で162cmから20cmも伸びるのはなかなか大変だぞ?」
ルイス「べ、別に良いじゃないですか!?」
二人の笑い声が、静かな夜に小さく響いていた。
Mafia Lewis-4「やはり今すぐにでも異能部隊の宿舎へ乗り込むべきだ!」
ヒゲ「やはり今すぐにでも異能部隊の宿舎へ乗り込むべきだ!」
夜が明け、ルイスは欠伸をしていた。
英国軍上層部専用会議室。
そこには死んだ五名と、たった一人の男を除いた四名が会議をしていた。
ハゲ「ルイス・キャロル以外にありえないだろう! 上層部殺害など死刑でも足りないぐらいだ……っ」
????「完全に裏社会に染まったじゃねぇか、戦神も」
ヒゲ「過去を消し去ることが目的なら、今も俺達を殺す為に身を潜めているかもしれない!」
実際、ルイスは会議室の天井裏にいた。
?????「……いや、身を潜める必要などない。彼奴には“鏡の国のアリス”がある」
ハゲ「わ、私はシェルターに帰らせてもらう!」
????「そのシェルターも戦神には意味がないだろう」
ハゲ「〜〜ッ!」
?????「どちらにせよ、ルイス・キャロルに話を聞かなければならないのは事実だ。一度武器を置き、話し合いの場を作ろう」
????「話し合いだぁ? んなの、化け物は無理だろ。常に武器を持ってるようなもんだ」
?????「……私に任せてくれたまえ、ロバート」
ロバート「俺はなぁ、毎回毎回“自信あります”って顔をしてる手前が気に入らねぇんだ! 『任せてくれたまえ』じゃなくて根拠をだなぁ──!」
“手前”と呼ばれていた冷静な男へ、ロバートが銃が向ける。
ざわつく室内。
だが、次の瞬間には別の驚きが勝る。
静寂が部屋を包みこんだ。
?????「──異能力」
天井裏にいたルイスも驚かずにはいられなかった。
異能力者は全て異能部隊へ移動することが決まっている。
この場に異能者がいるわけがない。
ロバート「……手前ェ、いったい何をしやがった」
?????「“自信があります”という顔をしているのは実際そうだからだ」
冷たい空気が広がっていく。
?????「……私に任せろ。これ以上は何も云わない」
ルイスは少し考え、まだ動かないことにした。
冷静な男が放っている圧は、会議室内にいる誰にも向けられていない。
天井。それも気配を極限まで消しているルイスへ真っ直ぐ刺さる。
いつから気づいていたんだか、とルイスは微笑するしかない。
?????「……さて、それじゃあ向かおうか」
???「何処に行くか教えてもらおうか、アーネスト・ヘミングウェイ」
会議室の入口へ視線が集まる。
死んではいないが、会議室にいなかったヴィルヘルムの姿がそこにはあった。
ロバート「おいヴィルヘルム手前! 最年少のくせに会議終わりに来るとは何事だぁ?」
ヘミングウェイ「君も年齢はそう変わらないだろう、ロバートくん。それに彼のほうが経験あれば頭脳明晰だ」
ロバート「喧嘩なら買うぞ、手前」
ヴィルヘルム「ロバート・キャパ。会議終わりに来たことは謝罪しよう。しかし残念ながら、私はこの会議のことを教えてもらっていなかったからな」
ははっ、とヴィルヘルムは扉に背を預けながら笑う。
ヴィルヘルム「異能部隊設立者はお呼びじゃないと云いたいのだろう? 昨夜、表立った反対派は全員死んだ。中立を名乗る奴らしか残っていないと筈だというのに、私だけ呼ばないのはどうかと思うが──」
ロバート「マ?」
ロバートのそんな声で、ヴィルヘルムはもう会話を諦めた。
弁明も何もかもが面倒くさい。
ロバート「手前のことは気に入らねぇが、上層部として会議には参加すべきだと思ってる。夜中だが伝えに行こうとして、確か『代わりに行く』と止めたのは──」
老人「わ、私はちゃんと伝えました!」
ロバート「本当に聞いてないのか、ヴィルヘルム」
ヴィルヘルム「聞いていないな」
若者「ロバート! お前はそんな化物の味方を──!」
ヘミングウェイ「じゃあ一つ聞いても良いだろうか」
ニコニコと笑うヘミングウェイ。
ヘミングウェイ「君は何故ここに来た? 会議のことを聞いていない事が本当なら、いつも通り執務室から離れないだろう?」
ロバート「確かに……!」
誰もがヘミングウェイの発言に共感した。
ヴィルヘルム・グリム。
最年少で上層部に登りつめ、異能部隊設立に尽力した一般の家系出身の男。
普段は執務室で書類仕事をこなすのみ。
戦場に立つことも、訓練をつけることもない。
「「……。」」
暫く沈黙が続く。
ルイスも何となく天井裏を移動していたらこの会議を見つけただけであり、ヴィルヘルムに伝えてはいない。
ははっ、とヴィルヘルムは笑って耳元を二回つつく。
ヴィルヘルム「……妖精が教えてくれた」
♟♜♞♝♚♛♝♞♜♟
???「よぉ、ルイス」
ガバッ、と肩を組んできた男にルイスは反射的に肘打ちを入れてひるませた。
そして腕を掴んで床へ叩きつけようとする。
シャルル「止まれ」
???「そうだぜ。俺のこと忘れたのか?」
ルイス「いえ、急に肩を組んできたことにイラつきまして」
???「えー……」
どうにか着地していたコナンは腕を離してもらい、背伸びをする。
コナン「変なところ痛めそうだ」
ルイス「自業自得です」
コナン「……ルイスが冷たい」
シャルル「そうだろうか。私の知っているルイスと何も変わっていない」
ルイス「で、何か用ですか。負傷者の対応した方が良いんじゃ──」
コナン「可愛い後輩の顔を見に来たんだよ」
ルイス「……。」
コナン「お前が来たおかげか、あちらの行軍が止まった。あんま異能に頼った治療も良くねぇからな。ある程度まで治したら自分の力でどうにかしろって形にしてる」
戦争は終わったからな、とコナンは窓の外の星を眺める。
空気が澄んでいるのか星はとても綺麗だった。
コナン「……あんま無理すんじゃねぇぞ」
ルイス「分かってますよ」
それから数時間後。
コナン「隊長〜」
シャルル「どうした、コナン」
コナン「いや、巡回させてた妖精が気になることを教えてくれて」
気になること、とシャルルは繰り返す。
そもそも巡回させていたことを知らなかったが、報告するということは重要なことなのだろう。
コナン「上層部が集まって会議をしてる。例の死んだ数人について、今回の件を静観している奴らもいたらしい。ただ、アンタの弟だけ居ないってよ」
シャルル「──ヴィルヘルムが……」
コナン「ルイスは朝から姿が見えねぇし、とりあえずアンタの指示を貰おうかと」
シャルル「妖精をヴィルヘルムの執務室へ向かわせることは可能か?」
コナン「勿論」
シャルル「それならば会議のことを伝えてもらいたい。彼奴が動かないにしろ、一人だけ呼ばれていないのは流石に問題だからな」
♟♜♞♝♚♛♝♞♜♟
ルイス「──てことで、これから上層部が来るんだけど何をしたら良いかな」
太宰「ルイスさんのことを完全に疑ってますね。とりあえず僕達は、ワンダーランドにいた方がいい」
ルイスの部屋。
そこで太宰と中也、ルイスは話していた。
太宰「殺したという証拠がないのに“戦神”と呼ばれた英雄を死罪にするほど、英国軍は莫迦じゃないでしょ?」
ルイス「……そうだと良いんだけどね」
中也「何か気になることでもあるんですか?」
いや、とルイスが何か云おうとした瞬間に開かれた扉。
ヘミングウェイ「誰と話していたのかな?」
部屋に入ってきたのはヘミングウェイをはじめとした上層部。
奥にはシャルルの姿も見えた。
ルイス「……別に誰とも」
ヘミングウェイ「嘘は良くない。それに敵意なき者へ武器を向けることもどうかと思う」
ルイスは瞬時に判断して二人をワンダーランドへ送った。
同時にゴム弾が装填されている銃を手元に持ってくる。
しかし、握られていたのは“水鉄砲”だった。
ルイス「……(取り出し間違えか?)」
否、それは不正解だった。
ヘミングウェイ「“|武器よさらば《A Farewell to Arms》”は戦闘を禁じる異能だ。武器は玩具へ代わり、攻撃しようものなら動けなくなる」
ルイス「……つまり?」
ヘミングウェイ「君も聞いていたように、私は話し合いに来ただけだ」
本心の読めない笑みに、ルイスは水鉄砲をしまって両手を上げた。
精神操作系の異能が近いだろうか。
取り押さえられようが反撃できない。
逃走は可能かもしれないが、国際犯罪者にされかねない。
ロバート「おい。『聞いていたように』ってどういうことだ?」
ヘミングウェイ「そのままの意味だよ、ロバート君。彼は天井裏で私達の会議を見ていたからね」
ロバート「はぁ!?」
ルイス「……此方に敵意はない。話し合いをするなら早くしてくれないかな」
ビクッ、と何名かが肩を揺らした。
珍しくルイスは焦っていたのだ。
このままでは本当に濡れ衣を着せられて死刑にされる。
焦りが故に、圧を掛けていた。
真犯人の目星は全くついていない。
時間を稼がなければ故郷で首が飛ぶ。
ヘミングウェイ「じゃあ単刀直入に聞こう。これは君かな?」
出されたパソコンに映し出されたのはある映像だった。
♟♜♞♝♚♛♝♞♜♟
昨日、日暮れから数時間後。
ある部屋でその防犯カメラは仕事をしていた。
といっても、別に面白いことではない。
一定の場所で、この映写機が撮ることが出来る映像を記録するだけ。
上層部「真逆、ルイス・キャロルが戻ってくるとは……」
上層部「あの化け物にも情というものはあったと云うことだろう」
壁掛け時計は、中也が訪れる数分前の時刻を表している。
防犯カメラに備わっている時計機能とも差異はない。
上層部「やはりシャルル・ペローの頚を討ち取り、見せしめるべきだ」
上層部「じゃが、あの化け物には何人兵士が束になったところで勝てはせぬ」
上層部「ならばどうしろと云うのだ!」
異能者を悪魔や化け物と呼ぶ上層部の一部。
そんな彼らが今後の方針について話し合っていた。
次の瞬間、防犯カメラの映像は真っ暗になった。
老人が慌てふためく声が映像に入っている。
フード男「……。」
映写機はサーモグラフィ機能に変更し、室内のようすを映す。
一つ、人影が多い。
先程までいなかったおよそ160cmの人間が暗闇の中、上層部に紛れ込んでいる。
上層部「グッ……」
その人間は銃と刃を持っていた。
何も見えず慌てふためく老人たちを躊躇いなく斬っていく。
上層部「俺達が何をしたというんだ!」
上層部「ルイス・キャロルなのか! 何か答えろ!」
上層部「~~っ、やはり悪魔だ! 貴様ら異能者は化け物──!」
そこで老人の言葉は途切れた。
三発の銃声。
侵入者はそのまま近くにあった机を噛ませ、振り上げた足を後頭部へ下ろした。
同時、また別の上層部の人間を銃で撃つ。
顎を蹴りあげ、銃でその胸を撃ち抜く。
数回繰り返していれば、侵入者以外の息はもうなくなっていた。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
映像は防犯カメラが銃で撃ち抜かれたことで強制的に終了する。
ヘミングウェイ「何か云うことはあるかい?」
ルイス「手練れだね、この人」
ロバート「ふざけてんのか?」
ルイス「いや? 僕は至って真面目で冷静な感想を告げたつもりだよ」
ヘミングウェイ「……背格好が君と一致している」
ルイス「僕は殺しをしない」
ヘミングウェイ「戦争で多くの命を奪った戦神が何を云っている?」
ルイス「そうだ。僕は人殺しだからこれ以上奪うことはせず、救うと決めた」
ヘミングウェイ「“暗殺王事件”で何か欧州へ報告していないことがある。そう、私は考察しているのだけれど──」
どうかな、とヘミングウェイは微笑む。
ルイスは相変わらず冷静に対応していた。
ルイス「隠し事なんてしたら、僕の首が飛ぶじゃないか」
ヘミングウェイ「今はマフィアにいるんだろう?」
ルイス「依頼でね」
ヘミングウェイ「そのまま異国のマフィアで生きていくなら、君の過去を知る私達は邪魔なわけだ。ちょうど起きた反乱に合わせて皆殺し──否、反乱が起きるように君なら仕組みそうだ」
ルイス「僕はそこまで頭が回らないよ。それに、本気でやるならこんなヘマはしない。全員殺すなら抜ける時点でしてるし、現実とワンダーランドの隙間に入れた方が早い。いや、やっぱり全員鏡に半分入れた状態で叩き割る」
ロバート「え、こわぁ……」
ヴィルヘルム「貴様は何で退いてるんだ」
ロバート「いや、普通に想像したら怖くて」
アレは置いといて、とヘミングウェイはパソコンを閉じる。
ヘミングウェイ「とりあえず同行願えるかな? 映像通り老人達は全員死んだ。君の登場で反対派の士気も下がっているから、このまま内乱が再開することはないだろうね」
ルイス「……。」
老人「何を黙っている!」
ヘミングウェイ「……今ここで言いたいことがあるなら聞くが?」
壮年「そんな時間いらねぇだろ!」
ルイス「廊下から見守っているシャルルさん達も不思議なんじゃないかな」
突然、ルイスは口を開く。
腕を掴んで立たせようとしていた壮年の男は、思わず手を離した。
ルイス「……いつから上層部は莫迦の集まりになったんだか」
ヘミングウェイ「何が云いたいんだい?」
ルイス「いやぁ、大したことじゃないんですよ?」
ニコッ、と圧を含んだ笑み。
ルイス「死んだ老人どもは全員が“反対派”で、君達は表向きには“中立”を名乗っている。なのに、異能力者である貴方はその異能で内乱を止めようとはしなかった」
ヘミングウェイ「……異能は“悪”と云われていて──」
ルイス「“中立”というのはただ反対派と異能部隊が争うのを、赤子のように指をしゃぶりながら見守ることか? 否、早くこの内乱を終わらせる為に動くべきだ」
壮年「だが、異能部隊側につく者はいなかったから迫害されることを防ぐ為──」
ルイス「“英国軍の将来”と“自分の安全”を比べた結果、自分を取るのは上層部失格だと云っているんですよ。上に立つべきじゃない」
老人「私達に意見するというのか! お主の首など簡単に──」
ルイス「刎ねられるならどうぞ。反対派の上層部を五人殺した罪で斬首とか、面白いですね」
アハハと笑うルイスに、引き気味の上層部四名。
ヴィルヘルムは見守っているつもりだったが、溜め息をつく。
ヴィルヘルム「その癖を止めろ、と何度云えば分かる?」
ルイス「……ヴィルヘルム・グリム大将」
ヴィルヘルム「わざわざ遠回りな言い方をするな、ルイス・キャロル」
では、とルイスは圧を掛けるのを止めた。
何処にでもいる無邪気な子供のような笑み。
そんな普通な顔で問い掛ける。
ルイス「貴方、誰ですか?」
Mafia Lewis-5「英国軍で内乱──!?」
ヴァージニア「英国軍で内乱──!?」
数日前、ヨコハマの何処かにて。
届いた暗号文には英国軍の状況が事細かに記されていた。
ヨコハマに流れ着いた武装集団として、暗殺王事件に深く関わりがあるポートマフィアについて調べていた五人組。
彼らは英国軍異能部隊の精鋭たちだった。
仲間「異能部隊が圧されてるって……そりゃあそうだろ!? 人数差がありすぎる!」
仲間「どうしよう、ウルフ。早く戻って皆を助けないと──」
ヴァージニア「……ポートマフィアに戦を仕掛けよう」
仲間「はぁ!? こんな時にかよ!?」
暗号文には、内乱のことだけではない。
或る人物からの指令も書かれていたのだ。
ヴァージニア「このままじゃ異能部隊は、共に戦ってくれている兵士達が全滅してしまう。コナンさんの異能も無限ではない」
仲間「だから俺達が──!」
ヴァージニア「あの子なら助けてくれる。ルイスが希望──私達の救いになると、グリム大将からの伝言だ」
仲間「……グリム大将?」
ヴァージニア達に任務を与えたのは別の人物。
しかし、何故かヴィルヘルムからそんな伝言が送られてきた。
現在の英国軍では解決不可な問題。
ルイスに助けを乞うのは、そういうことだ。
仲間「なら、パーッとやろうぜ!」
仲間「あ、俺ポートマフィアの捕虜になってみたい!」
仲間「一番危ない役を何でそんな楽しそうにやりたがるんだよ……」
仲間「昔と今では、随分とポートマフィアは変わった。きっと即ゲームオーバーにはならない」
ヴァージニア「作戦はわざわざ考えるまでもないな」
その日から、英国軍五名による本格的なポートマフィアへの攻撃は始まった。
そして予定通り一人が捕虜となり、現在へ──。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
内乱を止めようとしない“中立”の上層部が一人──アーネスト・ヘミングウェイ。
ヴィルヘルムは、彼に何か違和感を覚えていた。
戦後にロバート・キャパが入ったのを最後に、10名から変化していない。
自身より先に上層部にいた筈のヘミングウェイを信用できないのは何故だろうか。
その違和感を拭うため、彼はちょうどヨコハマにいた異能部隊を利用した。
ヴィルヘルム「……(だが、真逆こんな結果になるとは)」
ヴィルヘルムの違和感は、間違っていなかった。
ルイス「本当に面白いぐらい全く、一ミリも、欠片も覚えがないんですよね。名前を聞いてもピンとこない」
扉越しの廊下にいたシャルルとヴァージニアは、驚きを隠せなかった。
ヘミングウェイと云えば、戦時中も上層部にいた存在。
内戦を止められる異能であるのに使わなかった部分も疑問だったが、それ以上の疑問が生まれてしまった。
ルイス「普通に考えて内乱程度で僕が呼び戻されるわけないんだよ。グリム大将ですか? ニアさん達にあんなこと頼んだの」
ヴィルヘルム「……こういう時の“違和感”は排除したくてな」
ルイス「それで僕の知らない上層部さん。貴方は……いや、お前は誰だ?」
ヘミングウェイ「……ははっ」
アハハハハという笑い声が響く。
ヘミングウェイ「いやぁ、ルイス・キャロルがいないうちに英国軍を崩壊させる予定だったのに! 作戦通りに進まないものだねぇ……」
ルイス「──ッ」
ヘミングウェイ「もう忘れたのか? 私の異能は戦闘を封じる。おもちゃのナイフで脅すのは無理だ」
老人「お、おい……! どういうことだ……!」
ヘミングウェイ「年を取ると言葉の意味が理解できなくなるんだ……。また一つ勉強になったよ、ありがとう」
ルイス「……英国軍を崩壊させる目的は何だ」
ヘミングウェイ「悪いけど、先程の言い方は語弊があった。異能部隊を消せれば後は興味がないんだよ」
ロバート「どういう、ことだ……」
ヘミングウェイ「ルイス・キャロルの拠り所を壊す! 全てだ! それが“彼”の目的であり、私の復讐にもなる!」
ロバート「──手前ェは、」
ヘミングウェイ「うん?」
ロバート「手前ェはいけ好かない野郎だと思ってたが、見てきたよりずっとクズ野郎だった見てぇだなァ!」
ヘミングウェイ「云っただろう? 私に攻撃は通らないし、今も戦闘は禁止しているから君は動けない」
ロバート「……っ、クソが──ッ」
ヴィルヘルム「復讐とはどういうことだ」
ヘミングウェイ「女王を殺した罪人には罰を。ただ、それだけだ」
女王殺し。
罪人。
ルイスにヴィルヘルム、廊下のシャルルも思い浮かぶのは一人の異能者。
ヘミングウェイ「絞首刑が実行されて、この物語は幕を閉じる! 拍手喝采の誰もいないカーテンコールが私を待って──!」
次の瞬間、世界は黒くなった。
正確にはその部屋だけが闇に覆われて、何も見えなくなったのだ。
そう、まるで“反対派が殺された時”のように。
ヘミングウェイ「君の死刑執行は今、この瞬間に行われるべきじゃない。どうやら私は喋りすぎたようだね。では、また会おう」
気がつけば闇は消え、ヘミングウェイを除いた全員いた。
ルイス「……クソッ」
ドンッ、と壁を殴ったルイスは下を向く。
未だに戦争に囚われた者はいるが、一番面倒くさいタイプだ。
何故ならヘミングウェイは“死者軍の女王”と呼ばれた異能者の狂信者だから。
あれではもう“女王”ではなく“神”扱いだろう。
ヴィルヘルム「やはり仲間は一人ではない、か……」
ルイス「ヘミングウェイの異能はアレだけで、少なくとも後二人はいますね」
ヴィルヘルム「“闇”と“記憶操作”だな。此方で調べておこう」
ロバート「……俺も手伝う」
ヴィルヘルム「どういう心境の変化だ、ロバート・キャパ。戦いのこと以外は興味なかっただろう?」
ロバート「莫迦な上層部のままでいたくねぇんだよ、クソがっ……!」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
太宰「一区切りはついた、という所ですかね」
ルイス「そうだね」
時は少し経ち、太宰と中也は現実に戻ってきていた。
相変わらず鏡で状況の把握は出来ている。
中也「ルイスさん、報告が一つあるんですけど……」
ルイス「何?」
中也「元々地下牢にいた捕虜、そしてウルフさんと違い気絶させちまったから|うち《マフィア》で保護してた奴らが──」
その先の言葉を聞いたルイスは勢いよく立ち上がった。
太宰「僕達が日本を出た時にはもう《《殺されてた》》って。マフィア内には例の二つに当てはまる異能力を持った人間はいないから、隠してたんだろうね」
中也「……何で隠してたって断言できるんだよ」
太宰「残念ながらうちの廊下には防犯カメラがないけれど、彼らがいた部屋や地下牢には設置してある。そして、殺害方法は銃だけど闇の中で行われてる」
ルイス「流石にサーモグラフィーまでは設置していないもんね」
太宰「これは森さんに文句を言わないと」
ルイスは窓枠から空を見上げた。
涙が流れたりはしない。
自分より泣く者がいるのを、彼は分かっていた。
太宰「裏切り者は僕達についてきてる。だから、此方でどうにかして良いみたいですけど」
ルイス「先に見つけたら一度捕らえて本人の意志を聞こう。生まれ育った場所で死にたいなら、君達に預ける」
中也「先に見つけたらってことは──」
ルイス「被害者は英国軍人で、現場はポートマフィア本部内。此方の人が裁くにはもってこいの条件だから……うん、とりあえず話してくるよ」
伝えるべきか、正直悩むところではある。
こういう時はとりあえず上司に話すものだ。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
シャルル「そうか、あの四人が──……」
その先の言葉は紡げなかったようだ。
ルイスとシャルル、二人が行うのは黙祷。
シャルル「ヴァージニアには私から伝えておこう」
???「いや、その必要はない」
ルイス「……っ、ニアさん──!」
ヴァージニア「ヘミングウェイ大将──いや、今は呼び捨てのほうが良いか。犯人は彼の仲間だろう?」
シャルル「そうなるだろうな」
次の瞬間、ゴンッと鈍い音が響いた。
ルイスが壁へ叩きつけられている。
女性にしては大きい手で、首を絞められていた。
呼吸は浅くなり、ルイスの顔色が悪くなっていく。
ヴァージニア「ヘミングウェイの言う通り、君がマフィアへ入るのに過去を清算したんじゃないのか!」
シャルル「ヴァージニア──!」
ヴァージニア「あの子供達が殺してない証拠はない! 君だけが英国に来なかった時点で疑うべきだった!」
目に涙を浮かべるヴァージニアに、抵抗する力を失っていくルイス。
手遅れになる前に、とシャルルは異能を使用した。
咳き込むルイスを見下ろすヴァージニア。
何を考えているのかは、聞くまでもなかった。
その瞳には、たった一つの感情だけが宿っている。
シャルル「待て!」
走り去ったヴァージニアを追うか、シャルルの判断が一瞬躊躇った。
ルイスの状態があまり良くない。
けれど、彼女の向かう場所は“ルイスの部屋”。
つまりは太宰と中也のいる場所だ。
ルイス「い、ってくださ……」
シャルル「──っ、ルイス」
ルイス「今のニアさんは、二人を殺しかねない……このままだと|首領《ボス》と紅葉に顔向けできな──……」
シャルル「こんな時まで他人の心配か」
言いたいことは山程ありそうだったが、シャルルは部屋を飛び出した。
同時に異能力で創った紅い獣を或る者の所へ向かわせる。
シャルル「ルイスの連れならそう簡単にやられる心配はいらないだろうが……私も止められなければ隊長失格だな」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
中也「なぁ太宰」
太宰「何?」
中也「とりあえずで一発入れたけど死んでねぇよな?」
太宰「僕に聞かないでよ、筋肉ゴリラ」
筋肉ゴリラ、と小さく繰り返す中也。
その足元では謎の人物が横たわっていた。
赤色の髪に黄色の瞳。
白衣を着ている彼の名はコナン・ドイル。
まだ顔を合わせていなかった二人は、扉を勢いよく開いた不審人物を即座に倒してしまった。
発言通り、一発で。
太宰「白衣着てるし、ここの専属医かもね」
中也「はぁ!? ヤベェじゃねぇかよ!?」
太宰「僕は無関係でーす」
中也「おい巫山戯んなよ手前」
太宰「それより、もう一仕事頑張ってよ」
中也「あ"?」
太宰「僕は戦闘要員じゃないから」
その言葉の直後、中也も気づいたようだった。
異常な殺気が、近づいてきていることに。
ヴァージニア「──!」
中也「流石の英国軍の異能力者といえども、そんな殺気丸出しじゃ奇襲なんて意味ねぇだろ」
ヴァージニア「君達はコナンさんも……っ!」
太宰「“も”?」
中也「──っ、太宰避けろ!」
拳銃を構えていたヴァージニア。
愛読書を深く腰掛けて読んでいた太宰が避けるのは難しい。
引き金を引くほうが遥かに早いのだ。
太宰「……あのぉ」
銃声が響き渡り、弾も太宰を目掛けて放たれる。
しかし、当たることはなかった。
太宰「全部説明してもらっても良いですか? 大体の予想はついてますけど」
シャルル「そうだな」
紅い布が太宰の目の前で空間を喰らい、銃弾を停止させた。
同時に、ヴァージニアも捕縛されている。
中也も異能を使うことを止めて、床に足をつく。
シャルル「……コナンにルイスを診てもらう予定だったのだが、この調子では無理だな」
太宰「やっぱりこの人は軍医ですか。すいません、急に入ってきたんで中也が一発でKOしました」
中也「手前も止めなかっただろうが」
シャルル「まぁ、彼の突撃癖は仕方ない。とりあえずヴァージニアは一度連れて行く」
中也「……てか、ルイスさん何処だよ」
シャルル「君達で保護してもらっていた四名の話を聞かれてしまってな。ヴァージニアに意識を落とされてしまった」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヘミングウェイ「此処は気分まで暗くなってしまいそうだ」
???「文句を言うなら敵陣の真ん中に放り出しますよ」
それは困る、ヘミングウェイは溜め息をつく。
???「にしても、俺が居なかったらどうするつもりだったんですか?」
ヘミングウェイ「直行──だったかな?」
???「……っ、!」
ヘミングウェイ「交渉決裂で君の兄の命が終わるだけだろう。どちらにせよ、私が死ぬことはない」
???「……最低野郎が」
ヘミングウェイ「それは君の方がよく似合う言葉じゃあないかな? 長い時間をかけてマフィアを欺き、兄の為と理由をつけて何人殺してきた?」
???「黙れ」
ヘミングウェイ「人殺しの兄、というのは一体どんな気分だろうな」
???「うるさい」
ヘミングウェイ「マフィアでどれだけ手を染めたかは知らないが、英国軍の四名。そして上層部五名と、少なくとも九人は殺している。罪の意識に襲われているか? それとも快楽を覚えるか?」
真っ黒な空間。
自分の身体も互いの顔も、全く見えない空間でヘミングウェイは笑う。
ヘミングウェイ「どちらにせよ、君の居場所はもう此処しかない。これからも補助をよろしく頼むよ」
an ordinary day「……ルイスさん」
太宰「……ルイスさん」
ルイス「何かな」
社の中でも優れた頭脳を持つ太宰に、元英国軍であるルイス。
そんな二人が担当するには簡単すぎる依頼だ。
その為か即座に終わってしまい、想像より早く帰路についていた。
太宰が話し掛けるまでは会話はなく、たまに街並みへ視線がズレるぐらい。
太宰「私、実は未来が分かるんですよ」
ふと思い出すのは、“未来を知る男”。
ルイス「……どうしたの、唐突に」
太宰「此処も数ある“平行世界”の一つに過ぎない。それは、ルイスさんも分かってますよね?」
ルイス「いつも通り、君が何を云いたいのかは分からないね」
太宰「私は織田作の生きている──そんな、“IFの世界”に行きたい」
ルイス「……一つ、面白いことを教えてあげよう」
太宰「何でしょうか」
ルイス「“平行世界”は交わることのない、名前の通り平行的に存在してる世界。そして“可能世界”が俗に云う“IFの世界”。選択一つで枝分かれする無限の世界だ」
太宰「私が観測しているのは“平行世界”、ということですか」
ルイス「その通り。そして僕達は“可能世界”へ自らの意思で飛ぶことは出来ない。今のところは、ね」
太宰「その言い方だと、目星はついていそうですね」
ルイス「“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》”が映し出すのは“可能世界”だ。いつかは行けるかもしれないだろう?」
太宰「……“平行世界”というのは行けないのですか?」
ルイス「行けるさ、勿論。それは二人の“ジョン・テニエル”が証明になると、君なら気づいていそうなものだけれど」
ふと、ルイスは足を止めて精肉店へ向かう。
メンチカツを二つ買うと、一つを太宰へと手渡した。
ルイス「ただ、あれはイレギュラーすぎる。“創造主”が別の“創造主”とやり取り──簡単に云うなら合作だからね」
太宰「つまり私達は基本的にこの“物語”から出られないと」
ルイス「君の云う未来が分かるというのは、本来の“太宰治”の記憶を“人間失格”の影響で知っただけ……で、合ってるよね?」
太宰「そうですね。ただ大まかな流れは同じでもルイスさんが何処にもいません」
ルイス「僕は偽物だからね」
太宰「……この世界の人じゃない、と云うことじゃなさそうですね」
ルイス「君の見た本来の世界には“ルイス・キャロル”という人物は居ないから。まぁ、これから登場するかもしれないけど」
太宰「知ってるんですね」
まぁね、とルイスはメンチカツを食べ切る。
ルイス「君なら理解できると思うけど、この物語は本来の太宰治がいる物語と“創造主”が違う。そこが平行世界と可能世界の違いだね」
太宰「……ふむ」
ルイス「結局君が何を云いたいのか判らず終いだったけれど、何だったんだい?」
太宰も最後の一口を放り込み、まだ考えている様子だった。
日は沈み、もうそろそろマフィアの時間がやってくる。
太宰「私が見たのは平行世界が殆どですが、ルイスさんがいる世界も見たんですよ」
ルイス「……!」
太宰「ただ、そこら辺のラインが曖昧なので“創造主”に近いルイスさんから話を聞きたかった。それだけの話ですよ」
一足先に太宰は社へ向かい始めた。
太宰「私は可能世界を見た。しかも、何処かで枝分かれした世界ではなくて“未来”であろう映像を」
ルイス「可能性として考えられるのは“ループ”だね。誰かの異能で何かがやり直されたのかもしれない。そして君は“存在しない記憶”を異能で見つけてしまった」
太宰「……聞きたいですか?」
ルイス「何を?」
太宰「私が見た未来ですよ。でも、その感じじゃ興味はあまりなさそうですね」
ルイス「正直、全く興味がないわけではない。君が教えようとするぐらい結構重要な内容なのだろう?」
太宰「えぇ、まぁ」
ルイス「無理やりにでも聞いてもらいたいなら、始めからそうすれば良い。こんな前説なんて用意せずにね」
太宰「……中々判断が難しいんですよ。これが“未来”なのか“一度起きた事象”なのか。だから私は話す選択ができない」
ルイス「君にもそういうことってあるんだね」
太宰「人を何だと思ってるんですか」
ルイス「死にたがりの包帯無駄遣い装置」
太宰「……嘘ですよね?」
勿論、とルイスは太宰の隣へ並ぶ。
驚いた太宰は目を丸くして、ルイスを見下ろした。
ルイス「頭脳明晰で、素敵な優しさを持っている“人を救う側”の……太宰治は、そんな人間だよ」
気づけばもう、探偵社のビルの一階に入っている喫茶店前だった。
二人は昇降機に乗り込み、四階で降りる。
武装探偵社と書かれた扉を抜ければ彼らの仲間が待っていた。
先程の会話をもう続けるつもりが無いのか、ルイスは足早に自身の席へ向かう。
敦「太宰さん」
太宰「……。」
敦「あの、どうかしたんですか? あんまり顔色が良くないような──」
太宰「いや、良い自殺方法を思い付いてね。今日は星も綺麗に輝いているし、今から実行してくる!」
国木田「貴様!? 今日の報告書をさっさと提出しろ!?」
ルイス「まぁまぁ落ち着いてよ、国木田君。僕がやるから」
国木田「ですがルイスさん──」
バタン、と扉が閉じる音と同時に国木田の声は聞こえなくなった。
太宰は昇降機ではなく、階段を使って屋上へ出ることに。
全てが何となく、難しく考えずに行動していた。
太宰「やはり、今日は星が綺麗だね」
太宰が視たルイスのいる世界での光景。
結局云わない選択になったものの、心の中で本当にそれで良いのか不安になっていた。
昔の彼からは、全く想像できない状況だ。
本人も柵へ寄り掛かって溜め息を吐いている。
太宰「伝えるつもりはあったけど、実際に云えてたのかな…私……」
目を閉じて思い出す、その光景は何か大きな戦いの後なのだろう。
ワンダーランドであろう場所に、怪我人が大勢集まっていた。
探偵社の女医である与謝野と、マフィア首領の森。
そして懐かしい赤髪の白衣の男が、治療に取りかかっていた。
重傷者は与謝野の異能で助けるのと同時進行で、森と赤髪の男が軽傷者の手当てをしていく。
よく役割分担されているな、と始めは感心していた。
しかし、その後の光景に太宰は何も言葉が出なかった。
太宰「──あの人が死ぬなんて、本当に夢だとしても信じられないですよ」
織田作なら、と太宰は呟く。
彼が見えるのは五秒未満だと云うのに、助けられる可能性に関係なく身体が動く。
太宰「“人を救う側になれ”、だったよね……」
まぁ良い、と身体が冷えてきたので建物の中へ向かう。
太宰「こんなの柄じゃないけど、私が出来ることを全力でやろうじゃあないか。君も手伝ってくれるかい?」
???「……何で僕が」
太宰「誰が死ぬか、君なら判るだろう? 私がこれだけ悩む人物なんて限られてる」
???「ま、僕だって死にたくはないから手伝うけどさ」
期待はするなよ、と黒髪に蒼いメッシュが入った青年は階段を降りていく。
太宰もその後ろをついていった。
???「彼奴、たまに肌を隠すんだよ」
太宰「……割れてしまっているから?」
???「だろうな。問い詰めようとは思わなかったけど、お前が特異点になって《《そういう》》未来を見たなら話は別だ」
太宰「君が今まで手に入れた異能でどうにかならないの?」
???「……なるんだったら、お前が視た結末は向かえねぇよ」
太宰「ま、そうだよね……」
ため息をつく太宰に対し、青年はトンッと一段とばしで階段を下りた。
???「その大きな戦いとやらに僕が出るかは知らないけど、まぁ頑張れ」
太宰「無理矢理にでも手伝わされると思うよ、ユイハ」
ユイハ「……うるせ」
Maria Lewis-6「本当にすいませんでした……!」
中也「本当にすいませんでした……!」
コナン「いやいや、俺も悪かったから気にすんなって!」
ペコペコと頭を下げる中也に、肩を叩くコナン。
その様子を見て「何やってんだ」とでも云いたそうな表情を太宰は浮かべていた。
太宰「ウルフさんは?」
シャルル「地下牢で様子を見ている。彼女の異能なら脱走もないだろうからな」
太宰「……そういえば僕達、全くお互いのこと知りませんよね」
特に異能、と太宰はどうでもよさそうに告げた。
シャルル「知りたいか?」
太宰「別に」
シャルル「……君は変なところで興味を失うな」
太宰「そうですかね。でも一つだけ知っておきたいことがあります」
シャルル「何だ?」
太宰「“女王”とは何ですか?」
少し悩み、シャルルは溜め息をついた。
そして少し待つように伝える。
数分して戻ってきた彼の手には資料が。
シャルル「“死者軍の女王”に心当たりは?」
太宰「何処かの国の異能者、ということぐらいは」
シャルル「若いのに凄いな」
シャルルが広げた資料の一つに或る少女の姿がある。
シャルル「ルイスが殺した敵の一人で、名前はレイラ。復讐というのは、そういうことだ」
太宰「ふぅん……」
シャルル「だが“彼”については私も分からない。何故英国軍を壊滅させることで“目的”に近づくのかも──」
太宰「多分だけど、ヘミングウェイと“彼”は最終的な目的が違う。ルイスさんを狙ってるところは同じだと思うけど」
コナン「拠り所を無くすってのも気になるよな」
太宰「絶望して無力化してるところを殺す。その方が“戦神”を相手にするより何倍も簡単だから」
中也「そのうちマフィアにも何か来るか?」
太宰「さぁ? でも、ルイスさんにとって僕達がどれだけ影響を与えるかなんて、たかが知れている」
シャルル「……内乱も終着した今、ヘミングウェイの行方を追うのを優先したい」
太宰「それでいいと思いますよ」
僕達もやっと帰れるか、と太宰は天井を見上げる。
内乱を止めることが仕事で、わざわざ英国まで来た理由だ。
もう解決したのなら帰りたい。
それが太宰が心から思っていることだった。
中也「そういえばルイスさんは?」
シャルル「……コナン」
コナン「あ、すぐ様子見てきまーす……」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヴィルヘルム「……何か用か」
???「内乱が終わって帰ることになるでしょうから、ちょっと挨拶に」
ヴィルヘルムの執務室。
資料とにらめっこを続ける彼の目の前に、その人物は立っていた。
ヴィルヘルム「今回のこと、貴様はどう考えている?」
???「どうもこうも、ヘミングウェイがペラペラと喋ってくれたから考察なんて必要ないでしょうに」
ヴィルヘルム「では、上層部の爺さんたちを殺したのは誰か……貴様なら分かっているだろう?」
???「貴方もカメラの映像を見たなら分かるよう、アレは暗闇で行われた。光も一切受け付けない闇の中よ? 私が視れるわけないじゃない」
そうか、とヴィルヘルムは資料を机へ置く。
ヴィルヘルム「ではヘミングウェイの居場所は?」
???「それも分からないわ」
ヴィルヘルム「役立たないな」
あら、と頬を膨らませる人物。
ヴィルヘルムは次の資料へと手を伸ばしていた。
ヴィルヘルム「精神操作の異能者は割り出した。露西亜人のようだ」
???「……露西亜、ね」
ヴィルヘルム「何か心当たりでも?」
???「無い、と云えば嘘になるわ。でも確信はないわね」
ソファーへと腰を下ろし、女性は考え込む。
???「ヘミングウェイの最終目的はルイスの殺害で間違いない。けど、“彼”というのが気になる所よ」
ヴィルヘルム「確信が持てないのと関係があるのか?」
ある、と女性は断言した。
???「貴方はルイス・キャロルという人間をよく知っているはずよ。“希少性”というか、“価値”をね」
ヴィルヘルム「……何処からか情報が漏れ、“彼”とやらは狙っているのか」
???「その可能性が高いわね。ヘミングウェイの復讐は“彼”の掌で踊らされているに過ぎない。自身が有利になるように、良いように操ってるだけ」
ヴィルヘルム「道中が同じだから協力している、ようなものか」
???「その考えで良いわ」
ヴィルヘルム「……やはり貴様は分かっているんじゃないのか? ヘミングウェイを裏で操っている者の正体を──」
???「憶測でしかないの。さっきから言っているように確信がない」
ヴィルヘルム「軍警の悪いところだな。証拠が揃っていないと動けないと云うのは」
???「あら、確証を得る為に頑張る所が良いんじゃない」
ヴィルヘルム「……そう云えば話の途中だったな。その異能力者は一定範囲の記憶を操作するらしい。今回の場合は“数年前からヘミングウェイが上層部にいた”というようにな」
???「今は分かるんじゃないかしら、誰が消されたのか」
ヴィルヘルム「あぁ、分かる。俺が忘れてはいけない人物だった」
目を閉じているヴィルヘルムの瞼の裏に浮かぶは、長い間世話になった師の姿。
ヴィルヘルム「異能部隊結成に尽力してくれた人だ」
???「……そう」
ある程度資料の整理が終わったのか、ヴィルヘルムは立ち上がり窓を開く。
冷たい風が室内へ入ってきた。
ヴィルヘルム「暫くは戻ってこないな」
???「大戦が起きたら来るわよ、多分」
ヴィルヘルム「そう大戦が簡単に起きて良いものか」
???「逆に起きなければ私はもう戻ってこない。貴方の望みも叶わないわ」
ヴィルヘルム「……年上気取りか」
???「実際、貴方より何倍も生きてるもの」
ふふん、と少女は机に座りながら微笑んだ。
???「電話がなるんじゃないかしら」
ヴィルヘルム「……相変わらずの未来予知か」
???「過去の経験から予測しただけにすぎないわ」
その直後、着信音が響き渡った。
机上の固定電話だ。
ヴィルヘルム「……ヴィルヘルム・グリムだ」
シャルル『グリム大将、ルイスを見ませんでしたか?』
ヴィルヘルム「ルイス・キャロルは見ていないな。ただ小娘の小言が煩い。早く迎えに来い」
???「あら失礼しちゃうわ──」
そこで少女の言葉は途切れた。
ヴィルヘルムの背後に突如として現れた敵意を持った人物。
攻撃を完璧に防ぐことは難しく、電話線が切れて強制的に通話は終了した。
ヴィルヘルム「な、何事だ……!?」
???「そう驚かなくとも、ただの侵入者よ」
?????「……おや、まさか貴女様がいらっしゃるとは」
ヴィルヘルム「その声、ヘミングウェイだな」
ヘミングウェイ「お初にお目にかかります、赤ノ女王。お会いできて光栄です」
赤ノ女王「光栄だなんて、一ミリも思っていないお世辞は結構よ」
次の瞬間、少女の蹴りはヘミングウェイへ《《通った》》。
異能で攻撃を封じているわけではないらしい。
赤ノ女王「……弁償は勘弁してよね、っ!」
窓の外。
ロケットランチャーを構えている姿が見えた赤ノ女王は、机を破壊してヴィルヘルムの腕を引いた。
そして鏡を全方向に出して弾に耐える。
囲まれていた二人達を除き、部屋は半壊まで追い込まれた。
流石の騒ぎに、一般兵異能兵関係なしに人が集まってきているようだ。
ヴィルヘルム「一体どうなっている……!」
赤ノ女王「例の“彼”からの指示で、とりあえず貴方から消しに来たんじゃない?」
ヘミングウェイ「御名答! やはり、我らが女王のご友人なだけある!」
赤ノ女王「一つ聞いても?」
ヘミングウェイ「貴女様のご質問ならば、何でもお答えしましょう」
赤ノ女王「貴方の異能は簡単に云うなら“一定範囲の攻撃封じ”。ロケットランチャーがちゃんと部屋を壊したということは、貴方は異能を使っていない」
何故無事なのかしら、と赤ノ女王が問い掛ける暇は貰えなかった。
影から現れたフードの人物がヴィルヘルムの喉元目掛けてナイフを振るっていたのだ。
ヘミングウェイ「お答えしましょう、赤ノ女王様。今見てもらった通り“彼”の異能ですよ。辺りを暗闇にして視界を塞いだり、影を移動する──そんな“暗夜行路”のね」
赤ノ女王「……それは──」
ヘミングウェイ「お話は此処までにしましょうか。私は少々喋りすぎてしまう癖が──」
???「いや、まだ話してもらうぜ」
ガッ、と顔面にめり込む《《蹴り》》。
そのまま半壊した部屋から外へ飛ばされたが、ヘミングウェイはうまい具合に着地した。
ヘミングウェイ「……流石は暗殺王の弟ですね。奥歯が取れました」
中也「彼奴の名前を出すんじゃねぇよ。血は繋がってねぇし──」
ヘミングウェイ「少なくともアトヅケという点で考えると兄弟と変わらない存在だと思いますよ」
中也「手前……っ!」
ヘミングウェイ「ただ、兄の方が冷静ですね」
グッ、と中也は踏み込もうとしたが動けなくなる。
緑色の文字列がヘミングウェイの周りに現れていた。
それは、戦闘不可を意味する。
ヘミングウェイ「大人しくしていてくれないだろうか。今はポートマフィアを相手するつもりはない」
???「つまり、後で潰しに来ると?」
ヘミングウェイ「……君、何故動ける」
???「貴方に敵意がないからじゃないですか? 基本的にはどうでもいいですし、マフィアが滅ぼうが何だろうが」
心底どうでもいい、と包帯の少年は手を伸ばせばヘミングウェイに触れられるところまで近づいた。
しかし、ヘミングウェイは影へと姿を消す。
中也「逃げられてんじゃねぇかよ、太宰」
太宰「これで分かったよ。ヘミングウェイは中也のことしか知らない。仲間が彼を影に逃がしたね」
中也「……やっぱり例の暗闇野郎がマフィアの裏切者なのか?」
太宰「だろうね。じゃなかったら僕が触ろうとしても反応しないはずだもの」
太宰の異能は、マフィア以外には殆ど知られていない。
日本の異能特務課なら把握しているかもしれないが、欧州にも彼と同じ異能を持った人物はいないのだ。
太宰「とりあえず、いない敵に殺気を向けるほど莫迦じゃないでしょ? 動けるなら備えてくれない?」
全く僕の狗は役に立たない、と太宰は溜め息をついた。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
赤ノ女王「影を移動する、なんて面白い異能もあったものね」
フード「……。」
赤ノ女王「顔は見えないけれど、貴方の正体は大体わかった。本当にお喋りで助かるわ」
フード「……俺は本気で殺してやりたいが」
赤ノ女王「今からでも戻ったら良いじゃない、貴方のいた場所へ。それかヴィルヘルムもいることだし、英国軍へ入ったら?」
フード「寝言は寝て云ってもらってもいいか。俺はこうするしか道がないんだ」
赤ノ女王「人質でも取られているの?」
フード「……っ!」
赤ノ女王「なら、助けに行ったらどうかしら。あのままだと包帯の彼がヘミングウェイに触れそうよ」
静寂に包まれた、半壊したヴィルヘルムの執務室。
過去、戦場に立ってはいたがそれも数年前の話。
ヴィルヘルムは邪魔をしないように、と見守っていたが敵を逃がすところを見て溜め息をついた。
ヴィルヘルム「何故逃がした」
赤ノ女王「別に逃がしたつもりはないわよ?」
ヴィルヘルム「……?」
赤ノ女王「あのまま最終決戦は始まるもの」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヘミングウェイ「異能無効化……。まさか、そんな能力を持った存在がいるとは」
太宰「……聞いたんですね、僕のこと」
ヘミングウェイ「流石に裏切者の存在には気付いているか」
ははっ、と笑うヘミングウェイに対し、太宰は笑みを浮かべるばかり。
中也「……! おい太宰!」
太宰「隣にいるから騒がないでくれる?」
ふと、闇が辺りを包んだ。
中也の視界には黒が映るばかりで、隣りにいると云う太宰の姿も見えない。
太宰「これは予想外だね。僕も全く見えないや」
中也「はぁ!?」
ヘミングウェイ「それは良いことを聞いたね。では面倒くさい君から死んでもらおう」
太宰「マフィアはしつこいよ」
ヘミングウェイ「心配しないでいい。すぐに全員同じ場所へ辿り着く」
中也「逃げろ太宰!」
直後、肉を貫く鈍い音が聞こえた。
口から溢れた血が、地面へと滴る音も中也の耳に入ってくる。
太宰「……っ、捕まえた」
先程までの暗闇は何処へやら。
いつの間にか開いていた視界に中也とヘミングウェイは驚きを隠せない。
急いで太宰の方を見ると、ナイフの刃の部分を太宰は握っていた。
持ち手の部分は、フードの人物が持っている。
太宰「君は確か、姐さんのところ所属の黒服だったかな……? 捨て身覚悟でわざと刺されるのは、中也から聞いてた僕の人物像と随分と違うんじゃないかな」
中也から、男の顔は見えない。
今すぐにでもフードを外そうとしたが、また動けなくなる。
ヘミングウェイ「その殺意では、指一本動かせないだろうな」
中也「クソが……!」
太宰「ねぇ、中也。人生は挑戦の連続だと僕は思うんだよ」
中也「手前が人生を語んじゃねぇよ」
太宰「この程度の傷なら、すぐ死にはしない。英国に着いた時は《《ああ》》云ったけど全力で暴れてみないかい?」
中也「……殺したら殺すからな」
太宰「あぁ、いつも通り莫迦な発言だね」
こればかりは、フード男も想像できなかった。
異国の地。
しかも英国軍の中心で使うだなんて、予想できるわけがなかった。
中也「汝、陰鬱なる汚濁の許容よ──」
太宰「“暴れてもカバーはするわ”、でしたよね」
太宰は半壊したヴィルヘルムの執務室へ視線を向ける。
太宰「その言葉、本当に信じてますからね」
中也「──更めて我を救い給え」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヴィルヘルム「一体なんだ、アレは──」
赤ノ女王「あら、報告書などは目を通さないんだったかしら?」
ヴィルヘルム「全て通している。そしてアレの正体も知っているつもりだ」
だが、とヴィルヘルムは冷や汗を流す。
ヴィルヘルム「実際見るのでは、違いすぎるだろう……!」
赤ノ女王「あ、そろそろ見ない方がいいわよ。あまり意識すれば此方へ向かってくるでしょうから」
ヴィルヘルム「何故先に言わない!?」
赤ノ女王「……にしても、賢明な判断ね。貴方はその選択をしないと思ったのだけれど」
ヴィルヘルム「二つに見えて最初から一つしかないだろ!」
赤ノ女王「ある程度は守るけれど、心配しなくてもすぐに決着は着くわ」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヘミングウェイ「異能力“|武器よさらば《A Farewell to Arms》
”!」
太宰「無駄だよ。今の中也には殺意も何もないから」
ヘミングウェイ「なっ……!?」
宙に浮かぶ中也は、重力球を作って投げてくる。
そして、ヘミングウェイにとってそれは生死を分ける判断だった。
地面を抉り取る球に当たらないようにはしていたが、移動先が読めたのか行く手を防がれる。
吸い込まれる腕を切り落とし、どうにか反対側へ飛び出した。
太宰「……お互い、此処までかな」
地上へ丁度降りてきていた中也へ、太宰は平手打ちを決める。
と云っても、怪我で力の入らない今、ただ触れただけにしかならなかったが。
汚濁が解かれると同時に、中也は眠るように地面へ倒れる。
太宰はそんなの放っておいヘミングウェイの元へ近づく。
ヘミングウェイ「うぐ……っ、何も達成できず、私は、こんな所で死ぬわけには……!」
太宰「うん、もちろん簡単には死なせないよ。マフィアへ宣戦布告したも同然、というのもあるけど貴方への判決は英国軍が下す筈だから」
ヘミングウェイ「……っ、何なのだ貴様は! 否、貴様たちは……!」
太宰「貴方の知っている齢16の子供二人。それ以上でも、それ以下でもありませんよ」
太宰が振り返ると、そこにはフード男が立っていた。
太宰「ヘミングウェイは気絶したよ。君もマフィアで死ぬより苦しいことを経験するか、此方の法律で裁かれるか選んだら?」
フード男「……中原に殺されることは不可能か?」
太宰「今すぐは無理だろうね。とりあえず僕もこの傷じゃ、もう、意識が──」
ドサッ、と太宰は後ろへ倒れ込む。
しかし赤ノ女王がいたことで余計な怪我は増えずに済んだ。
太宰「これ、本当にカバーできるんですか……?」
ヴィルヘルム「……随分と信用されていないな」
赤ノ女王と共に地上へ降りてきていたヴィルヘルムは問いかける。
それはそうよ、と赤ノ女王は小さく微笑んだ。
赤ノ女王「夢から覚めれば、全て元通り。ゆっくり眠りなさい、包帯さん。あぁ、それと──」
Mafia Lewis-7「で、本当に俺はこの場所を穴だらけにしたのかよ」
中也「で、本当に俺はこの場所を穴だらけにしたのかよ」
あれから数時間。
中也やヘミングウェイは、コナン・ドイルの異能によって即座に治療された。
しかし、太宰はそうもいかない。
大掛かりな手術でどうにか一命を取り留め、松葉杖をつきながら中也の隣に立っていた。
太宰「その筈なんだけど……。本当、誰の異能が使われたんだか」
中也「異能兵の中に居ないのか!?」
太宰「傷に響くから黙ってくんないかな」
中也「……悪ィ」
うわぁ、という顔を浮かべる太宰。
太宰「君にそうやって素直に謝られるの気持ち悪いんだけど」
中也「んなこと云ったら、手前が俺を褒めた方が気持ち悪ぃわ!?」
太宰「ちょっ、それ誰に聞いたの!?」
中也「ルイスさんとシャルルさん」
太宰「うわ最悪すぎて吐きそう……」
中也「此処で吐くなよ」
いつも通りの下らない話をしながらも、太宰はやはり不思議だった。
重力球で抉れた筈の地面が、直前の草原のまま。
何かの異能が作用としてるとしか思えないが、生憎と英国軍異能部隊と情報の共有はしていない。
土地を操れる異能者がいる、と考えてはみた。
しかし、太宰は納得がいかない。
太宰「──red queen?」
一番ありえそう、だと思ってしまった。
あの場にいた《《異能が不明な異能力者》》は赤ノ女王だけ。
鏡を操ると聞いていたけれど、もしも可能世界や過去を映し出したのなら──。
ルイス「二人とも調子はどうだい?」
中也「あ、ルイスさん」
太宰「何処ぞの馬鹿のせいで吐きそうです」
中也「おい手前!」
ルイス「相変わらず仲が良さそうで何より。あまり一般兵が来ないとは云え、君達の姿を見られると少々面倒くさい」
太宰「あの、ルイスさん」
ルイス「ん?」
太宰「いや、この話は──。うん。そうだよね」
中也「何云ってんだ、手前」
太宰「何でもないよ。ルイスさん、後でヴィルヘルム・グリム大将と話すことは可能ですか?」
ルイス「別に無理矢理押し掛ければ──いや、ちゃんと手配しておくよ」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヴィルヘルム「一体何のようだ、遠い島国のマフィア」
太宰「僕は太宰です。だーざーいーおーさーむ」
|遠い島国のマフィア《そんな長く変な名前》ではない。
そう、一息ついてから太宰は問い掛ける。
太宰「何故“赤ノ女王”はいなかったことにしなくちゃいけないんですか?」
赤ノ女王。
その言葉を云った瞬間、太宰は何か違和感を覚えた。
しかし半壊した部屋の入り口に立っているのだ。
すきま風などが気になっただけ、と自身の中で結論は出した。
ヴィルヘルム「貴様も見たなら判るだろう」
太宰「顔立ちや背丈、雰囲気が似ていることがですか?」
ヴィルヘルム「……やはり私は君みたいな頭脳明晰な人物──子供は嫌いだ」
太宰「まぁ、別に好かれたいわけではないですし」
気に食わない、と云いたげな表情のヴィルヘルム。
太宰「で、僕の質問には答えてくれないと?」
ヴィルヘルム「顔立ちや背丈、雰囲気が似ていると判っているのなら気付いているだろう」
太宰「ルイスさんと兄弟か、双子か……。ま、少なくとも赤の他人ではないですよね」
ヴィルヘルム「赤の他人ではない、というのは間違っていないな」
太宰「で、結局何者なんですか?」
太宰は少し腹部に触れながら問い掛ける。
ヴィルヘルム「──私から全てを話すことは出来ない」
太宰「じゃあルイスさんから聞けと?」
ヴィルヘルム「“全て”と云っただろう。……赤ノ女王はルイスの裏人格だ。“裏”と聞くと悪いイメージを抱くかもしれないが、そういうわけではない」
太宰「まぁ実際、悪い人には見えませんでしたね」
ヴィルヘルム「ルイス・キャロルが戦争での行動を“罪”と感じるのに対し、彼奴は特に気にしていない。言い方は悪いがな」
太宰「……それが赤ノ女王が表に出てこない理由に何か関係が?」
ヴィルヘルム「考え方の違う自分──殺人を正当化している自身のことが許せないんだ、あの男は」
その為、普段はワンダーランドに幽閉されている。
ただ、ルイスが気絶した時にだけは表に出ることができる。
だからあの時�、赤ノ女王はヴィルヘルムといた。
ヴィルヘルム「……再度忠告するが、ルイス・キャロルには赤ノ女王がいたことを伝えるなよ」
太宰「殺されるから�、ですか?」
ヴィルヘルム「その年で消されたくはないだろう」
太宰「いえ、逆に死にたいですね。きっと苦しくないんでしょう、気付いた時には死んでそうですし」
ヴィルヘルム「……異常者が」
太宰「ただの自殺嗜好者ですよ」
はぁ、とヴィルヘルムはため息をつく。
ヴィルヘルム「他に聞きたいことはあるか?」
太宰「……何故、異能部隊の肩を持つのですか」
ヴィルヘルム「下らない質問だな」
太宰「貴方は異能者じゃない──というか、異能力者は強制的に異能部隊に行くという話を聞いたので」
ヴィルヘルム「異能部隊の隊長はシャルル・ペローだが、軍の中での指揮権は私が持っている。最終手段が潰されるのは貴様も嫌だろう」
森さん直属部隊が消えるようなものか、と太宰は納得する。
その様子を見て、ヴィルヘルムも資料を片付け始めた�。
ヴィルヘルム「医務室まで送ろう」
太宰「……異能部隊の宿舎じゃないんですね」
ヴィルヘルム「傷が開いてきてるな? 思考を読ませないのは得意のようだが、痛みから流れる汗までは我慢できないのだろう」
太宰「バレてました?」
ヴィルヘルム「異国のマフィアとはいえ、ヘミングウェイを倒した功労者だ。こんなところで死なせるわけにはいかない」
太宰「……倒したのは中也だけど、ね」
ヴィルヘルム「にしても、“異能無効化”というのは厄介だな�。コナン・ドイルの治療が受けられたのなら、今も痛みを感じずに済むだろう」
太宰「逆に僕は治癒異能に頼りすぎない方がいいと思いますよ」
そうか、と云うと同時にヴィルヘルムは太宰の肩を叩いた。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
中也「結局フード野郎はどうなったんだ、太宰」
太宰「……開いた傷を手当てしてもらって寝ようとしてるのに聞く?」
中也「俺は忘れてねぇからな」
中也が思い出していたのは、或る太宰の発言。
『君は確か、姐さんのところ所属の黒服だったかな……? 捨て身覚悟でわざと刺されるのは、中也から聞いてた僕の人物像と随分と違うんじゃないかな』
それは、マフィアに裏切り者がいたことを表す。
しかも太宰が“姐さん”と呼ぶのは紅葉だけ。
中也と近い人物に《《彼》》はいる。
中也「答えろ、太宰」
太宰「断る」
中也「手前──!」
太宰「まぁ、云ってもいいんだけどね」
中也「どっちだよ!?」
太宰「君が気絶したあとに云っていたんだよ──『……中原に殺されることは不可能か?』──ってね」
中也「……!」
太宰「あと僕、興味が無さすぎて名前を覚えてないから見た目しか伝えられないよ」
中也「はぁ!?」
コナン「おいおい、また腹の傷が開くからそこまでにしておけ」
ひょい、と中也はコナンに持ち上げられる。
その様子を見て小さく笑いながら、太宰は呟く。
太宰「彼は今、自分の異能で何処かに潜んでるんじゃないかな。ああいう異能は影に潜んでいる間、会話を聞けることが多い」
それじゃ、と太宰は布団に潜るとすぐに寝息が聞こえてきた。
太宰がそうすぐに眠らないことを判っている中也だったが、無理に叩き起こすのは止めておいた。
数年、相棒をしていれば気付いてしまう。
本当に太宰は眠りについて、休息を取っていることに。
そして首根っこを捕まれている今、逃げ出すと面倒なことになる気がする。
ルイス「外まで言い争いが聞こえていたよ」
中也「あ、ルイスさん」
コナン「太宰の傷口がまた開きそうだから後は頼んだ」
医務室から放り投げられた中也は、咄嗟に異能を発動して宙に浮かんでから着地した。
ルイス「お見事」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ヘミングウェイ「……っ、」
ヘミングウェイが気がつくと、其処は地下牢だった。
光の入ってくる方を見れば、青空と雲が格子で途切れている。
ヘミングウェイ「腕一本で済んだのか…あの怪物相手に……」
思い出せば思い出すほど、嫌な汗が止まらない�。
ふと、気がつけば牢の中に鼠がいた。
そして通路の方から影が此方側へ伸びている。
英国軍の隊服だ。
立ち止まったばかりなのか、少しだけ外套が揺れている。
ヘミングウェイ「お前は……!」
???「まさかの乱入者で失敗してしまいましたね」
ヘミングウェイ「何故、ここにいる……」
???「貴方のように周りの認識を変えて──など、面倒くさいことはしていません。あの人は殺しましたし」
ヘミングウェイ「は……?」
???「折角この僕が作戦を立てたのに、何故失敗するのでしょうか……」
はぁ、と男はため息をつく。
???「また練り直さないとですね」
ヘミングウェイ「助けてくれ!」
???「何故?」
ヘミングウェイ「私達は女王の復讐を誓った仲間だろう!?」
???「あぁ、それなんですけど……僕は別に“戦神に復讐をしたい”など、微塵も思っていませんよ」
ヘミングウェイ「……は、ぁ?」
???「逆に僕はただ“戦神”を──ルイスさんを手に入れたいだけなので。別世界から呼ばれた成長しない人間……面白いじゃないですか、彼って本当に」
ヘミングウェイ「何を云って……!」
???「お喋りもこの辺にしましょうか。今日は別の人に用があるので」
ヘミングウェイ「おい待っ──」
そこでヘミングウェイの言葉は途切れた。
額にあるのは銃痕。
男の外套の隙間から銃口がヘミングウェイへ向けられていた。
しかし、何事もなかったかのように男は別の牢へ向かった�。
牢の仲にいるのは、一人の女性。
隅の方で下を向いており、男の存在に気付いていたが見向きもしない。
???「初めまして、ヴァージニア・ウルフさん」
ヴァージニア「……。」
???「おや、放心状態……やはり仲間の死が効いているみたいですね」
男の手元が光る。
通路の明かりで輝いたのは、先程ヘミングウェイを撃った銃ではなく牢屋の鍵。
???「仲間に会いたくはないですか?」
ヴァージニア「……殺して、くれるのか」
???「そんな勿体無い。貴女が死ぬことで悲しむ人はいますよ」
ヴァージニア「一般兵だった頃から仲の良かった彼らは、マフィアで死んだ…家族のいない私には、悲しむ人など……」
???「死者を操る異能者をご存知ですか?」
ヴァージニア「……レイラなら、とっくの昔に…いや、もう会話の必要はない……殺してくれ、早く。彼奴らのいる場所へ……」
???「レイラは死んでなどいませんよ。今、ゆっくりと再生しているところです」
ヴァージニア「……ぇ……?」
???「貴女の異能なら、きっと見つけられることでしょう。この鍵で逃がしてもいいですが……謝罪して、異能部隊として信頼を得ながらレイラを探してみては?」
男は鍵をしまい、来た道を戻っていく。
ヴァージニア「何者なんだ、お前は」
やっと、ヴァージニアは顔を上げる。
ヴァージニア「何故レイラの復活を知っている…そして、私の異能も……!」
???「鼠は、何でも知っているんですよ」
英国軍の帽子を外したかと思えば、振り返ると同時に黒髪が揺れた。
地下牢の薄暗い灯りでも、その紫水晶のような瞳は輝いて見えた。
ふっ、と浮かべた無邪気な笑み。
そこでヴァージニアは男の正体に気が付き──。
ヴァージニア「──あ、れ…?」
シャルル「随分と深く眠っていたようだな」
隊長、とヴァージニアは身体を起こす。
相変わらず自身は牢の中で、シャルルは通路に立っていた。
ヴァージニア「……私、ルイスに謝らないといけません。それからポートマフィアの二人にも」
シャルル「君が戦場に来たのは終戦が近い時で、仲間を失ったことが初めて──それも同期で親しい者だったことは私もルイスも理解している。気が動転するのはおかしくない」
ヴァージニア「……。」
シャルル「眠りから覚めて最初の言葉が|謝罪《それ》なら、謹慎も必要なさそうだな。人より雑務を頼むことにはなりそうだが」
ヴァージニア「ぇ、ぁ、そんなっ! 私は隊長に止められていなければルイスを──!」
シャルル「ではルイスと、彼らに聞いてみよう。被害を受けた三名が決めたことなら、文句はない筈だ」
牢が開き、ヴァージニアは通路へ出た。
アレは夢だったのか。
否、夢にしては紫水晶の瞳を鮮明に思い出せる。
シャルル「どうかしたのか?」
ヴァージニア「い、いえ……!」
考えるのは後にした。
自身には“異能力”があるのだから、と──。
Mafia Lewis-8「──というのが今回の事件について、ですかね」
ルイス「──というのが今回の事件について、ですかね」
レイラを殺したルイスへの復讐を決意したアーネスト・ヘミングウェイ。
彼が英国軍に潜り込んだ方法である“認識変換”の異能者は、露西亜で死亡が確認された。
そして“影を移動する”異能者はマフィア在籍の可能性が高いが、正体は不明。
森「異能者が判る機械でもあれば良いんだけどね」
ルイス「英国軍に欲しいですよ、それ」
日本へ戻ってきた三名。
だが、ルイスは一人|首領《ボス》の所へ報告に来ていた。
太宰は『お腹の傷が開いちゃうから』とサボり、中也は『姐さんの所へ行きたい』とルイスに相談して紅葉の所へ向かった。
森「にしても、どうしてマフィア在籍だと思ったんだい?」
ルイス「先程も話した通り、反対派の上層部五名の殺し方が一緒だったからですよ」
エリス「ちゃんとルイスが報告してくれてるんだから聞きなさいよ、リンタロウ。おじいちゃんなの?」
森「まだ三十代だよ!」
エリス「うるさい」
相変わらずだな、とルイスは微笑を浮かべる。
森「怪しい人物は?」
ルイス「……残念ながら僕には判りかねます。ニアさん──ヴァージニア・ウルフに意識を落とされてたので」
森「遺体は回収しに来るのだろう?」
ルイス「残念ながら裏ルート、ですけど」
森「私達はマフィアだ。正規ルートで関わることの方が難しいだろうからね」
ルイス「その時の接待は僕がやります」
森「太宰君と中也君も一緒に連れていきなさい。これ、首領命令だから」
ルイス「……本人達に云ってもらえます?」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
中也「……なんて聞いたら良いんだろうな」
紅葉の執務室前にて。
中也はここ数分ほど悩んでいた。
中也「姐さんの周りに裏切者がいる、なんて云えるわけがねぇし……てか太宰の野郎がちゃんと覚えてたら──!」
紅葉「何を騒いでおる」
中也「っ、姐さん……」
紅葉「早く入ると良い。私に用があるのじゃろう?」
うっ、と気まずそうに中也は執務室へ足を踏み入れる。
中也「……あれ、直哉さんは?」
紅葉「地下じゃよ。例の部屋の掃除をしている筈じゃ」
中也「そう、なんですか……」
いつも紅葉の側にいる、秘書のようなスーツの男──志賀直哉。
中也は相変わらず何も云えずにいた。
紅葉「私なら、もう知っておるぞ」
中也「な、にをですか?」
紅葉「例の件で、マフィアを裏切った者がいるということじゃ」
中也「誰かは──」
紅葉「見当もついてない。ただルイスの作った報告書が回ってきただけじゃから」
中也「……そうですか」
紅葉「じゃが、つい先程絞り込むことは出来た。……私の部下なのじゃろう?」
中也「……!」
紅葉「お主がそんな顔をしていれば、嫌でも判る」
中也「俺は……姐さんが家族みたいに思っていることはよく分かってるつもりです。だから、その……」
紅葉「ポートマフィアは裏切者を受け入れるほど、優しい組織ではない。例え、どんな理由があろうとな」
中也「……それは」
紅葉「たった今、首領殿に自分の部下の始末は自分でする許可はもらった。《《お主に殺されたがっている》》のじゃろう? なら、私の代わりに任せたぞ」
優しく微笑む紅葉に、中也は背筋を伸ばす。
中也「……はい!」
良い返事をして部屋を出たは良いが、中也は誰が裏切者かなんて予想がついていなかった。
とりあえず怪しい奴がいなかったか聞き込みでもするか。
そんなことを考えていると、ちょうど医務室の扉からその男は出てきた。
中也「少し付き合えや」
太宰「逢引にしては雑な誘い方だね」
中也「何が逢引だ!」
ズルズルと、太宰は耳を掴まり引き攣られる。
面倒だな、と思いながらも中也はどうにか太宰から情報を聞き出そうとした。
太宰「僕の狗と認めたら考えないことも──」
中也「そーかよ」
まぁ、そう簡単に教えてくれるわけがないのだが。
中也「あ、直哉さん」
直哉「……中原か」
中也「顔色があんまり良くなさそうですけど、ちゃんと休んでますか? 姐さんなら休ませてそうだが……」
直哉「いや、心配いらない。ちょっと眠れていないだけだ」
中也「そうなんですか?」
心配そうに見つめる中也に、直哉は優しく微笑んだ。
同じ上司を持つ二人の仲の良い空間を壊すのは、勿論この男。
太宰「ちゅーやぁ」
中也「腑抜けた声を出してんじゃねぇよ。すみません、直哉さ──」
太宰「早く殺してあげたら?」
中也「……は?」
太宰「毎晩殺した人間が夢に出てきて、ちょっとじゃない。ここ数日寝れてないんじゃないかな? それぐらい隈が酷い」
中也「手前、なに云って──!」
太宰「確か試験はトップ通過してるけど、人を殺した──というか事務作業以外の経験はないよね。僕とか中也はもう感覚が鈍ってるからね。10人、100人、1000人と殺そうが変わらない」
襟を掴まれるも、太宰は特に表情を買えずに話を進めた。
太宰「誰よりも紅葉さんに尽くした人。“影を移動する”っていうのは結構万能なんだろうね。僕らが英国にいた日も、ちゃんとアリバイを作ってたし」
直哉「……影はどこにも繋がる。影や闇というのが一種の|門《ゲート》なだけであって、移動は簡単だ」
中也「……っ」
太宰「それで直哉さんの異能が必要ない時はこっちで普通に姐さんの手伝いをしてた、と。正直、あの時に顔を見てなかったら気づかなかったよ。僕は貴方と話したことないし」
直哉「そうなんだ。やっぱり彼処で君を刺したのは失敗だったな」
中也「嘘だよな……あのフードが直哉さんなわけ──!」
直哉「俺が裏切った理由は判るか?」
太宰「いや? 其処まで分かる情報はなかったし」
直哉「俺には血の繋がってる家族がいてな。もう生きてるのは兄だけ。兄を少しでも延命させるためにマフィアに入って金を稼いだ。異能が分かったのは数年前の、俺以外全員死んだ海外任務。その時──」
太宰「お兄さんを人質に取られた、か」
直哉「流石だな、太宰。マフィアの情報を流したりはしてなかった──と云っても、今の俺は信用されてないか」
まぁ仕方ない、と直哉は微笑む。
直哉「人質に取ったのはレイラとかいう女を殺した男を復讐する、とか云ってる奴ら。英国軍がルイスにSOSを出した時から、俺は彼奴等の|操り人形《マリオネット》だ。さて、言い訳はこの辺でいいな」
中也「──んでだよ」
直哉「……?」
中也「何で云ってくれなかったんだよ! 直哉さん!!」
直哉「云ったら兄がどうなったか判ったものじゃない」
中也「でもヘミングウェイに俺達は勝った! イラつくが太宰の知恵を借りれば──!」
直哉「一人の黒服のために組織が動くと、本気で思っているか?」
中也「そ、れはっ……」
直哉「君は紅葉さんを本気で、心の底から慕っている。だから英国であの時……なんて思ったが、此方の仕事も忙しくてね」
ふぅ、と息を吐いた直哉。
相変わらず優しい笑みを浮かべている。
裏切者が、どうなるのか。
中也に殺してもらえなかった時点で、直哉の未来は決まっている。
直哉「逃げるつもりはないが、信用できないなら太宰君に触れてもらうしか無いな」
太宰「……中也」
中也「クソッ……」
直哉「……悪い、中原」
次の瞬間、三人の視界が一度白くなった。
直後、何故か首領執務室まで移動している。
中原「なっ……!?」
紅葉「話はすべて聞かせてもらったぞ」
直哉「……姐さん」
森の机の上には携帯電話。
通話中となっている相手の名前は“太宰治”。
森「いやぁ、本当に素晴らしい異能だね。影が──えっと、なんだっけ」
太宰「影を移動する」
森「そう、それだ」
紅葉「大丈夫かえ?」
いつも通りのマフィアらしからぬ雰囲気に、直哉は冷や汗を流す。
裏切者である自身を殺す死神を選ぶのは、傲慢だっただろうか。
そんなことを直哉が考えていると、太宰は口を開く。
太宰「で、どうするの? 本当にこんな有用な《《駒》》を切り捨てちゃうの?」
中也「手前、なに云って──!」
太宰「人を殺せないマフィア。でも情報屋としては優秀すぎる人材じゃないかな」
森「やっぱり君もそう思うかい?」
紅葉「直哉や」
直哉「……はい」
パシン、と乾いた音が響き渡る。
何にも構えていなかった直哉は勢いよく床へ倒れた。
紅葉「この莫迦者! 組織が動かずとも私が一人でも助けに行くわ!」
中也「姐さん! 直哉さん!」
紅葉「……直哉や、私は頼りないかえ?」
直哉「そ、んなこと……っ」
通話を切った森の携帯に、着信が掛かってくる。
森「もしもし」
ルイス『あ、もしもし? 聞こえてる?』
森「聞こえているよ。そちらはどうだい?」
ルイス『どうもこうも、相手にならない。ただの金で雇われたゴロツキだね』
森「良かったじゃないか、殺し合いにならずに済んで」
ルイス『殺し合いになったとしても人命救助が優先だから、全弾受けて突っ走ってたよ』
はぁ、とルイスは溜め息をつく。
目の前で眠っているのは直哉とよく似た青年。
ルイス「とりあえず知り合いの医者を訪ねるから暫く帰らないかも」
森『それは困るなぁ。一応契約してるんだけど』
ルイス「ある程度は自由に動いてもらって構わないと聞いてるんですけど???」
森『あれ、そうだっけ』
エリス『サイテーね。リンタロウの嘘つき』
楽しそうだな、と思いながら一度ルイスはワンダーランドへ、直哉の兄と共に入る。
そしてもう一つの携帯で電話をかけた。
ルイス「忙しい所すみません、コナンさん。一人診てもらいたいんですけど」
コナン『日本に行くのまだ先になるだが──』
ルイス「今そっちに行くので大丈夫です」
トンッ、と降り立ったのは英国軍の或る塔。
驚いたコナンは椅子からひっくり返る。
はらりひらりと、資料が宙を舞った。
コナン「早いわ!?」
ルイス「すいません、急患なもので」
ふわり、とルイスの腕へ現れた直哉の兄。
コナンはすぐに異能を使って妖精を呼び出した。
コナン「……酷いな。呼吸器が弱いのは元々だろうが、居た場所が悪すぎる。まともな治療うけてなかったんじゃねぇか? 担当してたの闇医者だろ」
ルイス「治せますか」
コナン「誰に云ってんだ、ルイス。こちとら何百人、何千人の命を救ってきた“妖精使ヰ”だぞ」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
あれから、直哉の処刑はなくなった。
英国軍への情報共有は、適当な背格好の近い別案件の捕虜を殺すことで話をつけた。
直哉「……直行兄さんまでマフィアに入る理由あるか?」
直行「あるに決まってんだろ! こんな危ないところに弟一人置いていけるか!」
裏切者である直哉だが、今は兄である直康と共にポートマフィアで情報関係で働いている。
といっても、紅葉の秘書的な立ち位置は変わらないが。
何度も同じ会話を繰り返しては、紅葉や中也が笑っている。
???「……あんなで良かったのか?」
ルイス「はい、本当にありがとうございました」
ニアさん、とルイスは笑う。
遺体の回収に来たのはヴァージニアもヴィルヘルム。
“雑用を多めにさせられる”予定だった刑罰は保留となり、“一度異能を借りる”というものになった。
ヴァージニア・ウルフ。
彼女の異能“灯台へ”は特定の人物を探し当てるというもの。
今回は直行の居場所を探してもらったのだ。
理由は聞かないのが暗黙のルール、と云ったところだろうか。
ヴァージニア「にしても、こんな丁寧に保管してくれていたんだな」
ルイス「まぁ、一緒に戦ったことのある仲間ですし。葬式は参加しませんが、皆さんのことお願いします」
ヴァージニア「……任せてくれ」
一応、この後の龍頭抗争を最後にルイスのマフィア生活は幕を閉じた。
元々の契約が終わって、普通の万事屋に戻ったのだ。
それからは相変わらずの何でも屋で、数年したら万事屋の幕も下ろす。
現代になった彼はこの時にはまだ向き合えなかった“赤ノ女王”改めアリスと和解し、想いを知り、探偵社へと入社をした。
voice of the sea「そういえば事務員はみんな異能を持っていないのかい?」
ルイス「そういえば事務員はみんな異能を持っていないのかい?」
ナオミ「いえ、そんな事はありませんわ」
春野「と云っても、彼だけですけど──」
春野の視線の先を視たルイスだったが、其処には誰もいない。
正確には逃げようとしていたのだ。
ルイス「彼は──」
???「僕の異能は社員の皆さんみたいに大したものではありませんしそうです見せる価値もないと云うか何というかとりあえずお茶でも淹れてきましょうかそれが良いですねハイそこのソファに座って待っていてください」
ルイス「……何、この人」
ナオミ「あら、ルイスさんのそんな顔は初めて見ましたわ」
驚きに不信感と、その他色々。
何とも云えない表情をしているルイスに対し、ナオミと春野は笑っていた。
その間に青年は駆け足で給湯室へ逃げ込んだ。
春野「神薙海くん。異能を持っているには持っているんですけど、本人の性格的にもあまり使ってるところは見られないんですよ」
ルイス「東西のヘタレより良い性格してそうだね」
ナオミ「ふふっ、兄様や敦さんと同じで海さんも優しい方ですのよ?」
海「お、お茶をお持ちしました……」
ルイス「あ、ありがとう……?」
海「あの戦神が僕に感謝を……。あの、ナオミさん。もう僕の寿命終わるので、仕事の引き継ぎお願いしても良いですか?」
ナオミ「嫌ですわ! 海さんの仕事大変じゃないですか!」
ルイス「……そうなのかい?」
海「いや僕は──」
春野「探偵社のホームページの管理や、先方との電話対応……後は、花袋さんと協力してダークウェブも監視してるとか。兎に角、探偵社に必要な存在ですね」
ルイス「へぇ……」
海「でも異能は雑魚ですから! ただの歴史オタクだし、僕のことをこれ以上知る理由なんて──」
春野「海くん、ルイスさんのファンなんですよ」
海「ちょっ、春野さん……!?」
春野「確か休暇でルイスさんの映画見に行ってましたよね? わざわざパスポートを作って、英国にまで」
“あの戦神”はそういう意味だったのか、とルイスは一人納得した。
太宰に乱歩、福沢を除いた探偵社員が自身について詳しく知っているとは思わなかった。
しかも、ファンだという。
ルイスは珍しく困惑した表情を浮かべていた。
ルイス「あの美化されまくった映画、英国でしか上映されてなかったよな……終戦から10年とか、そんな感じで」
一度ルイスも見たが、基本的には英国軍がやりたいように作った映画。
ルイスの心境などは殆ど反映されていない。
海「個人的には後輩が入ってきて訓練をつけているシーンが好きで……相棒の後輩と四人で話してるところとか本当に戦時中? と云った感じで、平和すぎて前後の差で感情がジェットコースターになりました」
ルイス「あー、えっと……?」
海「やっぱりあの年齢で戦争を経験する、というのは大変ですよね。死が隣り合わせ──探偵社もそうですけど、戦える皆さんは本当に凄いと思います」
一段落すんだのか、海の弾丸トークは終わった。
ナオミ「ルイスさんも知りたがっていますし、異能を教えて差し上げたら良いのでは?」
海「で、でも本当に大した能力じゃ……!」
春野「良いじゃないですか。いつか使ってる所を見られるよりは先に云っておいたほうが──」
海「た、確かに……!」
じゃあ、と海は深呼吸をする。
そして自身のコップを机に置いて呟いた。
海「……異能力“海の声”」
コップからお茶が浮かび、ふわふわとルイスの目の前へやってきた。
ルイス「液体を操る異能、かな」
海「は、はい! 無から作り出すことは出来なくて、元ある水とかを操るだけで……やっぱり他の皆さんに比べて地味で雑魚で戦神に見せるほどの能力では──」
ルイス「その“戦神”って云うの、辞めない? 気軽にルイスって呼んでくれて良いから」
海「で、ではルイスさんで……」
液体を操る異能か、とルイスは少し考え込む。
どのくらいの量をどの程度まで細かく操れるのか。
そして“見えなくてはならない”のか。
視認していなくても操ることが出来るのなら、とまで考えたが頭を振る。
ルイス「海君はいつから探偵社に?」
海「い、一応早い方ではあります……」
???「なーにが《《一応》》だよ。与謝野さんの次に古参なくせに」
海「乱歩さん……!」
乱歩「お菓子買ってきてよ、海。無くなっちゃった」
海「もうですか!?」
早すぎますって、と海は買い出しへ向かう。
春野やナオミも自身の仕事へ戻ることにした。
ルイス「……ねぇ、乱歩」
乱歩「海は見てなくても操れるよ」
ルイス「……!」
乱歩「と云っても、ルイスが考えているみたいなことは無理みたいだけど。海は優しいし、そういうことを思い付くこともないんだろうね」
ルイス「“戦神”とか云われたから、思考がそっちに寄ったかな……」
乱歩「そうじゃない?」
ラムネ瓶の中のビー玉を眺めながら、乱歩は続けた。
乱歩「ただ、ルイスが思ってるよりも優しいヘタレだよ。……賢治君の昔の話を聞いたことは?」
ルイス「いや、無いけど──」
乱歩「なら良いや」
ひょい、と立ち上がった乱歩は瓶を机へ置く。
そうしてドアノブへ手をかけて笑った。
乱歩「多分、現実じゃ勝てないよ。戦神と呼ばれた全盛期のルイスでも、ね」
バタン、と扉が閉まる。
乱歩にそんなことを云われ、ルイスが気にならないわけがない。
全盛期でも勝てない程の異能。
だと云うのに、社員ではなく事務員。
ルイス「……まぁ、機会があれば聞けるよね」
Bar Lupin「一つ聞いても良いだろうか」
織田作「一つ聞いても良いだろうか」
或るバーにて。
織田作は酒を嗜みながら問た。
織田作「志賀直哉という男は、どういう人物だ?」
太宰「……これまた、随分と唐突だねぇ」
ツンツンと自身のグラスに入った氷を突きながら太宰は続けた。
太宰「ただの姐さんの秘書みたいな人だよ。君みたいに何か過去にあったわけではなく、普通に人を殺すことが出来ないだけ」
織田作「……そうか」
太宰「なに? 人を殺さない者同士、惹かれるものでもあった?」
織田作「特に惹かれ合ってはいない。ただ、殺さずのマフィアが俺以外にもいることを今日知ってな」
いつもなら、どういう経緯でそうなったのかを問う太宰。
しかし今日ばかりは、ふぅん、と深く切り込もうとはしない。
何故なら自身が嫌う中原中也と仲の良い人物のことだから。
わざわざ時間を合わせて酒を呑んでいるのに、嫌な話題は広げたくないものだ。
織田作「少し話したが、マフィアに向いていないな」
太宰「まぁ、お金のために入ってきたからね。今はもう元気だけど、兄の直行さんが病気だったし」
織田作「マフィアから抜けることは不可能だからまだいる、という所か?」
太宰「いいや? マフィアにいなければ殺されるからだよ」
織田作「……どういうことだ?」
太宰「私が英国に行った話はしたことがあっただろう? あの時に話した裏切者が直哉さん。もしも英国に生きていることがバレたら彼自身も、マフィアも危ない」
織田作「欧州との戦争は困るな」
太宰「でしょ? 切り捨てればよかったけど、異能が使えるからね」
織田作「それだけでは無いように見えるが……」
キョトン、として太宰は笑う。
太宰「実際、ルイスさんの意見が大きかったよ。あの人は関わりのあった人間が死ぬのを見たくなかっただけなんだろうけど」
織田作「……俺とは違って幹部の秘書。切り捨てるのが普通だと思ったが、ルイスが関わっているなら納得だ」
太宰「何だかんだ、ルイスさんって森さんに意見しまくるからね。一応“外部の人間扱い”だったのに」
織田作「よく思っていない人もいるだろうな」
太宰「それがね、案外いないんだよ。“戦神”だからなのかな? それとも優しい性格のお陰か……」
その時、階段を下りる音が聞こえてきた。
太宰は手をテーブルについて、階段を覗き込む。
太宰「遅いよ安吾! 今日は早く上がれるって云ってたじゃん!」
織田作「連絡もつかず、心配したぞ」
安吾「すいません、携帯の電源を切っていたままでした。会談も僕がついていく必要がほぼないものだったのですが──」
太宰「会談と云えば姐さんのやつ? 安吾についていく理由も分からないし、そんな時間掛かるように思えないんだけど」
安吾「先方が、僕の作っていた死者の記録に興味があるらしく……。流石に黒服のものだけですが、複製をお渡しすることになって」
太宰「うげぇ、変な人もいたものだね」
織田作「それで、会談で何か問題が起こったのか?」
少し躊躇ってから、安吾は呟く。
安吾「……詳細は省きますが、死人が出ました」
太宰「何人?」
安吾「云ってしまえば、たった一人です。しかし、尾崎幹部にとっては大きな存在でしたし、彼の兄も……」
織田作「……誰が死んだ?」
こういう時の、嫌な予感というものは的中するものだ。
織田作も最悪の可能性を思い浮かべて、かき消そうとした。
安吾「──志賀直哉さんです」
紅葉にとって大きな存在で、兄がマフィアにいる人物。
それは彼以外ありえない。
相手がどうなったか大体予想のついた太宰は、テーブルに伏せる。
これはルイスさんに連絡した方が良いだろうか。
そんなことを、考えながら。
織田作「……また話そうと、数時間前に約束したばかりなのにな」
太宰「そんな世界だから仕方ないよ、織田作。とりあえず、安吾は座ったら?」
安吾「あ、はい。そうします」
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
ルイス「──そう、直哉さんが……」
日本国外。
マフィアとの契約が終わっているルイスは、次の依頼人の元にいた。
森『今は何処の国にいるんだい?』
ルイス「南米の方。なんか護衛で色んなところに連れ回されてる」
森『じゃあ、送別会の参加は難しいかな』
ルイス「僕は日本に一瞬で移動できないからね」
森『……今の依頼が終わってから墓参りでも来るかい?』
ルイス「場所だけ教えて。それと、紅葉だけど──」
紅葉『私なら別に心配いらない。直行も、もう前を向いておる』
ルイス「……無理はしないでね」
通話が切れ、ルイスは依頼人の元へ向かった。
依頼中とは云え、電話に出させてくれるのはありがたい。
こうやって仲の良かった人物の最後を知れるのだから。
ルイス「……無理をしているのは僕の方か」
はぁ、としゃがみこむ。
相も変わらず、人の“死”になれることはない。
慣れたいとも思っていないが。
気持ちを完全に切り替えられないものの、ルイスは歩きだした。
依頼は、時は、この世界は。
彼が立ち止まっていることを許してはくれない。
ルイス「──I would like to offer my condolences for the loss of Naoya.」
Battlefield Memories「戦神ってどう!?」
ロリーナ「戦神ってどう!?」
ルイス「……どうしたの、唐突に」
戦時中。
何処かの英国軍キャンプ地にて。
ロリーナ「思ったんだよね。英国軍は劣勢だったけど、ルイスが来てから変わったって」
ルイス「別にボクがいなくても優勢になってたでしょ」
ロリーナ「ルイスのお陰で戦場での武器不足は無くなったじゃん? それに君はめちゃくちゃ強い」
ルイス「ロリーナも強いでしょ」
ロリーナ「ルイスは良いの!? 悪魔やら怪物やら、そんな通り名がつけられて!!」
ルイス「通り名って……ただの異能兵であるボク達に、そんな飾りだけの名前は必要ないでしょ」
ロリーナ「ううっ、それはそうだけどさぁ〜」
少しふてくされているロリーナの声を聞いてか、兵士達が集まってくる。
コナン「良いじゃねぇか、“戦神”。それぐらいルイスのお陰で戦況は変わったんだし」
ロリーナ「流石はコナンさん!」
シャルル「悪魔や怪物よりは良いが、子供に“神”と付けるのは──」
ウェルズ「戦場に現れた才能を持った子供。彼を他にどう表現する?」
シャルル「それは……ふむ、そうだな……」
コナン「隊長があーだこーだ云ってるけど、戦神で良いだろ! こういうのはパッ、と思い付いたのが良い」
ウェルズ「同感だな。きっとルイスは、この先も沢山の命を救うことになる。歴史に名を残すことになるのなら、飾りの名前も必要だぞ」
ルイス「……ウェルズさんまで乗り気になるなんて」
予想外だ、とルイスは頭を抱えた。
過去を持たない自分は、歴史に埋もれる存在。
名を残すなんて、考えたことがなかった。
コナン「ついでにロリーナのも考えようぜ!」
ロリーナ「私のも!?」
ウェルズ「それは良いな。何が似合うだろうか──」
ウェルズは、そこで言葉を止めた。
キャンプ地を囲む気配。
ここが戦場ということを、忘れてはいけない。
コナン「俺が毒で全員やるか?」
ルイス「流石に異能を使いすぎだと思います。コナンさんはゆっくり休んでいてください」
ロリーナ「そうです! ここは私たちに任せてください」
ウェルズ「……他の兵士は休息中だ。起こすわけにはいかない」
シャルル「ウェルズは休息テントへ向かい、異能で敵が入ってこれないようにしていろ」
ウェルズ「四人でどうにかなるか?」
シャルル「元々うちは少数行動が基本だ。それに巻き込みたくない」
コナン「ルイス、短刀出してくれ」
ルイス「これで良いですか?」
コナン「おう。じゃあ俺は南に行ってくるわ」
シャルル「なら私は一番敵の多い東側だな」
ロリーナ「敵の少ない西は私の異能でどうにか足止めするから、ルイスは先に北に向かってて」
ルイス「分かった」
それから四方に分かれた四人の戦闘は、あまりにも静かだった。
基本的に近接を中心とした戦い方をする四名。
銃声が鳴り響くことはなく、敵に引き金を引く隙さえ与えない。
静かな夜だ。
ウェルズの異能で時間が遅くなったテント内に、外部の音など関係ない。
けれど、彼らは全員静寂を終わらせぬように戦った。
ルイス「……。」
ロリーナが合流するのが見えたルイスは、彼女の使う細剣をワンダーランドから取り出した。
投げられた剣を空中で受け取ったロリーナは、そのまま舞うように戦う。
入り込む隙はなく、とりあえず見守っていると背後から足音が近づいてきた。
ルイスは振り返ることなく話す。
ルイス「ロリーナの戦いは、本当に綺麗だと思うんです。戦場が舞踏会に見えます」
シャルル「……さっきの通り名の話か?」
まぁ、とルイスが銃を構える。
引き金を引けば、ロリーナを撃とうと身を潜めていた敵軍に当たった。
ルイス「“舞姫”は変ですかね」
一人、また一人と潜んでいる敵は殺されていく。
目の前では血塗られ、死体だらけの舞台にロリータだけが立っていた。
シャルル「良いのではないか? にしても、君は変わったな」
ルイス「……?」
シャルル「自身で考え、言葉を紡ぐ。ロリーナとの関わりが君を“人間”にしてくれている」
ルイス「……そう、ですか」
あまり興味がなさそうに、ルイスは応えた。
ルイス「まだ人間と呼ぶには、ボクは感情が表に出ていないと思いますけど」
シャルル「最初に出会った頃なら人の通り名を考えようともしなかっただろう? その変化を、ロリーナとの関わりを大切にするんだぞ」
ロリーナ「ルイス! 隊長! 何話してたの?」
ルイス「……何でもないよ」
シャルル「君達も休みなさい。寝る子は育つ、だからな」
ルイス「西も此方に流れてきてたからテントに戻ろう」
シャルル「ルイス、私だけではなく本人にも聞いたらどうだ?」
ロリーナ「……?」
ルイス「通り名だよ。戦場を舞う君は“舞姫”が良いんじゃないかな、って話」
ただそれだけ、とルイスは先に足を進めた。
ロリーナは立ち止まり、耳まで紅く染まっている。
ロリーナ「“舞姫”か……」
しゃがみ込んだロリーナが頭を抑えて唸る。
普段なら機械のように淡々としているルイスが、通り名を考えてくれた。
それだけで嬉しく、また別の感情も溢れていた。
月光に照らされた金髪は輝いており、通り名を云う時の優しげな表情。
それがとても綺麗で、愛おしいと思ってしまった。
初恋に気づいてしまって頭を悩ませるロリーナの元へ近づく一つの影。
ルイス「風邪ひくよ?」
ロリーナ「ぁ、えっと、」
ルイス「……熱あるの? 顔が赤いけど──」
ロリーナ「だ、大丈夫だから!」
ブランケットを受け取ったロリーナは、早足でテントに戻った。
♙♖♘♗♔♕♗♘♖♙
コナン「やっぱりロリーナの異能も強くて戦況を変えたし“戦女神”とかどうだ?」
ウェルズ「莫迦すぎる考えに笑うことも出来ないな」
コナン「毒盛るぞ」
ウェルズ「同士討ちは即死刑だ。元死刑囚だし恐怖などはないか? 此方としては騒がしいのがいなくなると思うと清々する」
コナン「よし武器の手入れを今すぐに止めて其処に立てや非戦闘異能力者の男装野郎」
ウェルズ「君こそ長い髪は女装でもするつもりかな? 新しい戸籍を用意した時に性別も変えたのかい?」
色々とツッコミを入れたそうなロリーナ。
ルイスは相変わらずの無表情だった。
ルイス「……止めなくていいの?」
シャルル「止めるは止めるが、この会話は何回目だろうと記憶を辿っていた」
ロリーナ「そ、んなに喧嘩してるんですか……」
シャルル「君達が来てからは初めてだな。ただ、今回が最後になるだろうからな」
ルイス「最後?」
シャルル「本部の方で異能の研究など、色々と始まるらしい。そこでウェルズの時間操作も役立つだろうし、何より頭脳明晰な点から招集が掛かっている」
ウェルズ「……聞いてないんだが」
シャルル「私もつい先程──戦闘中に聞いた話だからな。通信のタイミングが悪くて機械を紅獣に喰わせようかと思った」
ロリーナ「じゃあ、ウェルズさんとは今日でバイバイ……?」
シャルル「戦場に戻ってくる可能性もあるが、それこそルイスとロリーナが来る前以上に劣勢になったらだろうな」
ウェルズ「じゃあ研究所に籠もっていたら戦争が終わっていそうだな。……子供を置いて自分だけ安全な場所にいるのは、あまり良い気分じゃないな」
ロリーナ「……っ、ウェルズさん!」
抱きついたロリーナの背中へ、優しく腕を回す。
ウェルズ「泣かないでくれ」
ロリーナ「うぅ……ぐすっ、」
ウェルズ「招集なら仕方がない、と云いたいが……本当に済まない。隊長や、皆のことは頼んだ」
ロリーナ「は、ぃ……!」
ウェルズ「ルイスも死なないでくれ。きっとまた会おう」
ルイス「……はい」
5-23「隠し事」
アリス side
ヴィルヘルム「入らないのか」
アリス「……今は二人で話しているもの。邪魔はしないわ」
突然話しかけられ、少し反応が遅れる。
アリス「貴方は出るつもりないの?」
ヴィルヘルム「私は非戦闘員だからな」
アリス「普通に一般兵以上に戦えたじゃない」
ヴィルヘルム「過去のことが今も出来るとは限らない。それに、私を何歳だと思っている?」
アリス「若造」
ヴィルヘルム「……その言い方は気に食わないな」
アリス「50代のマフィアだって戦ってるのよ? 軍の方の指揮は“ロバート・キャパ”がやってくれているのだから、サポートぐらいしたらどうかしら」
ヴィルヘルム「数十年のブランクはどうしようもない」
私の説得は成功せず、ヴィルヘルムは別のエリアへ歩き出した。
ワンダーランドで行ってはいけない場所は完全に遮断しているけれど、少し心配になる。
しかし、向かっている方向で目的のエリアに気付いた。
アリス「貴方って素直じゃないわよね」
ヴィルヘルム「……異能が必要な時があるかもしれないからな」
アリス「オススメは入って右手の棚よ」
そうか、とヴィルヘルムは足早に姿を消した。
ルイス「あれ、アリス。戻ってきてたんだ」
アリス「戦場は今のところ彼らだけで持ちこたえられそうだから、少し休憩にね」
宙に浮かぶ鏡たちを見て、“|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》”が機能してることに安心する。
ここまで同時の場所を映し出したりするのは初めてだったけれど、案外上手くいくものね。
アリス「アーサーは?」
ルイス「まだ眠ってる。ついでにエマも」
アリス「……此方は此方で大変そうね」
乱歩「主に与謝野さんがね。コナンさんの妖精がいるとは云え、流石に重傷者が多い」
死者軍って最強すぎない、と乱歩は頭を抱えていた。
乱歩「にしてもレイラの場所が掴めないのが一番の問題!」
アリス「彼らの移動手段が分からないことも問題だけれど」
ルイス「アリスは何か心当たりとかない?」
アリス「あったら即座に対応できてるわよ。ただ、転移系の異能者は結構レアケースの筈だから、何かしらの記録には引っかかりそうなものだけど」
どちらにせよ、今すぐには解決できない問題ね。
アリス「レイラの場所は“鏡がない場所”としか云えないわ。全ての鏡を見れてないけれど、私の異能を判っているのだから、対策しないわけがない」
ルイス「でも鏡はどんなに小さくても映すでしょ? それに、鏡じゃなくてもいいし」
アリス「鏡じゃないものは意識しないと無理よ。世の中にガラスや水面が幾つあると思ってるの?」
それは、とルイスは口を閉じた。
未来を見るのも難しいし、本当にどうしたら良いのかしら。
ルイス「とりあえず、横浜か倫敦のどちらかは確定してるだろうから──」
アリス「そこを中心に探す、ね。私達が出来ることと云ったら」
ルイス「あ、そういえば転移能力者の目安はついたの?」
アリス「……いえ。今、特務課に調べてもらっているわ」
ルイス「そっか」
少し準備してくる、とルイスは席を外す。
私は乱歩から向けられている視線を必死に無視していた。
やっぱり気づかれるわよね。
でも、まだ確信がないことだし──。
乱歩「君、本当に戦えるの?」
アリス「……戦うわよ。今までと同じよう、誰が相手でも」
乱歩「ふぅん……深くは追求しないけど、無理そうなら早く話すことだね」
今も変わりつつある戦況で劣勢にだけは、なるわけにいかない。
アリス「……分かってるわ」
でも、私がしっかりしないと。
ルイスを一番支えられるのは私。
私だけがレイラと話す事ができる。
きっと、助けられる。
生に縛られたあの子を、私だけが。
番外編「5-23と5-24の間に入れたかった没案」
没になった理由
→5-4時点で「チャールズが死者軍にいるかも」という話をしていたから。
つまり私が莫迦なせいで没になった((
アリスside
乱歩「そうそう、云おうと思ってたことがあるんだよ」
アリス「……何かしら」
乱歩は、きっと私の思考を読める。
何を云われるのか──。
乱歩「レイラの異能は死者を操る。で、情報さえあれば使役可能だ」
アリス「それがどうしたのよ」
乱歩「君の人生に大きく関わった人が、蘇っているかもね」
アリス「っ……それは、!」
乱歩「ただ、もしも死者軍にいるならきっと意識を保っているはず。そして僕達を勝利へ導いてくれる」
アリス「どう、いうこと……なのかしら、?」
乱歩「そのままの意味」
アリス「ちゃんと説明してくれないと分からないわ」
乱歩「いつもの君なら判る筈だよ。ま、とりあえず冷静になった方が良い。僕なんかよりもルイスの方が君の変化に気づいてるはずだから」
アリス「誰に聞いたの」
乱歩「君の云うところの“若造”」
アリス「……会話、聞こえてたかしら」
乱歩「ま、とりあえずゆっくり休みなよ。過去に関連してようがしていまいが、君の仲直りしたいのはレイラただ一人なんだから」
ラムネ補充してくる、と乱歩君は席を立つ。
少し立ち尽くして、ドサッと落ちるように座り込む。
アリス「……チャールズがいる、って云いたいのよね」
ふぅ、と私は先の見えない未来に溜息をつく。
アリス「ちゃんと話せるのかしら、私」
5-24「情報共有」
ルイスside
アリス、何か隠し事してたな。
そんなことを考えながら僕はワンダーランドを歩いていた。
もしかしたら僕じゃなくて乱歩になら話せる──かもしれない。
あくまで可能性の話。
確信を持てているわけじゃない。
アリスが少しでも楽になるなら良いな、なんて。
ルイス「さぁて、どんな感じかな」
とりあえず横浜の街に降り立った僕は辺りを見渡す。
敦君のお陰で確実に人数は減らせている。
凄いな、異能を斬り裂く爪って。
ルイス「紛らわしい格好をして悪いね」
背中に伸びてきた手に触れないよう、半分振り返りながら腕を掴んで宙を舞う。
僕の重さで彼の掌は地面へと当たったかと思えば、ヒビが入る。
ルイス「うわっ、受け身を取らなくて良かったわ……」
???「全く……謝るぐらいなら先に着替えておいたら良いだろう。そして見ずに異能を防がないでもらいたい」
ルイス「戦闘の跡が新しいから対応できただけだよ。広津さんがいるってことは、黒蜥蜴も結構でてるのかな?」
広津「黒蜥蜴以外も、だな。幹部が二名出ているのと同時に、部下も戦闘に参加している」
ルイス「死なないでよね、本当に。正直、大戦を生きてきた実力者……しかも異能を持ってる人達に、黒服が敵うとは思えないんだけど」
広津「問題ない。情報共有はしっかりとしているからな」
ルイス「……あぁ、マフィアらしいね」
広津さんの渡してきた通信機では、今も会話が飛び交っていた。
容姿と情報を照らし合わせ、どんな異能力を持っているかを把握。
そして対応可能な人物──探偵社も含めた異能者がすぐに移動して戦闘不能状態にしている。
ルイス「敦君の負担が大きくなって申し訳ないな」
広津「英国は大丈夫なのか?」
ルイス「問題なし」
広津「……一つ良いか」
急に改まってどうしたのだろうか。
広津「6年前──暗殺王事件の時に亡くなった異能者を何人も確認した。それは、マフィアの異能者も使役されているということだ」
ルイス「……何が言いたい?」
広津「死んだことにされている異能力者が使役できなかったことで、“彼”が生存していることが知られているかもしれない」
ルイス「あぁ……なるほど。確かに|あの人《ヴェルレヱヌ》のことが欧州にバレると面倒だね」
面倒の一言で片す事が出来る問題ではないけど。
5-26「チャレンジ精神」
ルイスside
太宰「にしても、ルイスさん。フョードルのこと信用してるんですか?」
ルイス「……五割ぐらいだけど」
太宰「結構高いですね」
最後まで味方か判らない。
でも、今回は仲間をワンダーランドに入れているし、情報の共有もされている。
やっぱり、いつもよりは高めかな。
ルイス「あ、もう一つ良い?」
太宰「まだ何か?」
ルイス「誰かにヴォーパルソードを貸し出すことは可能だよ」
---
『もしも、ルイスさんが動けない時──貴方ではない誰かが使うことは可能ですか?』
(5-8冒頭の続き)
---
太宰「……あの時の返事ですか」
ルイス「それと、一つ試したいことがあって」
首を傾げる太宰君に対し、僕はヴォーパルソードを手元に出す。
そして、彼へと青白く光る刀身を向けた。
ルイス「この剣は異能しか斬れない。|人間失格《異能無効化》×|ヴォーパルソード《異能無効化》って、一体どうなると思う?」
太宰「……さぁ、どうなんでしょうね」
ルイス「君の予想は?」
太宰「《《何も起こらない》》。ルイスさんが云ったんじゃないですか、異能相手じゃなければ只の鈍器って」
ルイス「まぁ、それはそうなんだけどね」
僕は一息置いてから、笑みを浮かべる。
ルイス「人生は|挑戦《チャレンジ》の連続と云うじゃないか。マイナスを掛ければプラスになる。新しい何かが生まれるかもしれない。ただ、君の異能が無くなる可能性が──」
太宰「良いですよ、別に」
ルイス「……本当かい?」
太宰「私の|異能《これ》は、能力がある前提での力。正直、無くても困りませんよ」
ルイス「それはそうだけど──」
太宰「死に方に異能が加わるの、意外と楽しみにしてたんですよ。それに私、ルイスさんのそういうところ好きですよ」
ルイス「そういうって?」
太宰「チャレンジ精神。いつだって貴方は、何かのために挑戦し続けてる」
太宰君がそっと触れる。
いつもの人間失格が発動した時の蒼い光が、白くなっていく。
ヴォーパルソードにまたヒビが入ったかと思えば、光が霧散する。
太宰「それじゃ、とりあえずルイスさんを掴んでおくんで転移できるかどうか──」
???『おいクソ太宰!』
太宰「……はぁ…、何か用? 私、異能力が無くなってないか確認するところなんだけど」
ルイス「そんなに慌ててどうしたんだい、中也君」
中也「異能が無くなるってどういうことだ──ルイスさん……!?』
5-25「掌に浮かぶ数字」
ルイスside
広津「この戦いが終わった後、横浜はまた戦場になるか?」
ルイス「いいや、ならないね。その気があるなら“焼却の異能者”やら“|殻《シエル》を搭載した機械”がやってきて対抗する間もなく全員お陀仏だから」
広津「……やはり欧州は怖いな」
ルイス「ま、とりあえず今は目の前のことに集中しよ──」
言葉の途中。
僕は真横に飛ばされ、ビルの壁に着地する。
手に浮かぶ数字を見て、僕は溜息をつく。
いつか、太宰君に聞いたことがある。
カウントがゼロを迎えた瞬間に絶命してしまう異能力者。
一度異能が発動すれば解除は不可能で、太宰君が触れたことで解決したらしいけど──。
ルイス「詰んでるなぁ」
僕の数字はまだ三桁あるけど、ダメージを受けたら減るとかあるかもしれない。
てか、これで僕が死んだらレイラはどうするつもりなんだろう。
ルイス「広津さーん、太宰君の異能ってどこまで効いてる?」
広津「異能者を消すことはできないが、異能無効化は通用しているようだ」
ルイス「なら、太宰君のところまでぶっ飛ばしてくれない? 今の僕は、此奴のせいで身動きが取れないから」
説明の途中から広津さんはもう動き始めており、“落椿”で数字の異能者を何処か遠くへ吹き飛ばしていた。
ぐへぇっ、とおかしな声が聞こえたかと思えば、此方へ向かってきていた太宰君に例の異能力者が乗っかっている。
お陰で異能無効化は発動し、僕は自由に動けるようになった。
太宰「飛んでくるのは聞いてないんですけど」
広津「姿が見えたから……つい」
ルイス「広津さんって、結構テキトー?」
広津「年齢を重ねると判断力が落ちると思われがちだが、咄嗟の行動が大切な世界だからな」
ルイス「それはそうだけども」
太宰「とりあえず男に乗られている趣味はないんで早くお願いします」
うん、と僕はヴォーパルソードを異能力者へ突き立てる。
やっぱり異能無効化で戦力を削れないのはキツイな。
広津「では私はこの辺で」
ルイス「うん、また会ったらよろしく」
太宰「久しぶりに“落椿”受けたなぁ」
ルイス「受けたことあるんだ」
太宰「正確には“落椿”で吹き飛ばされた扉にぶつかったことがあって」
何やってるんだ、と僕は少し頭を悩ませた。
ルイス「……ふと思ったんだけどさ」
太宰「何ですか?」
ルイス「“|蒐集者《コレクター》”は蘇ってないよね」
太宰「そしたら最初の一手は|例の事件《dead apple》と同じになってますよ。自分相手に手一杯」
ルイス「まぁ、そうか」
太宰「でも一般人が消えるので此方に得はあったかと」
ルイス「得、ねぇ……」
太宰「どうかしましたか?」
ルイス「レイラが使役できるのは異能者のみ。無駄な戦いが生まれるからまだ手札から出してないだけじゃないかな、と」
太宰「……乱歩さんに共有しますか?」
ルイス「君に任せる」
キョトンとした太宰君。
理由は簡単だ。
あちら側には魔人君がいる。
太宰君がそう助言する可能性があるなら、伝えたら良い。
5-27「国宝とは」
ルイスside
中也『あのっ、一瞬異能が使えなくなったかと思ったら、死者軍が誰一人居なくなっていて──』
???『とりあえず横浜の戦場全てから死者軍が消えてるね』
ルイス「乱歩、詳しく」
乱歩『そのままの意味だよ。死者軍がだーれもいない。因みに倫敦にはまだ全然いるよ』
全く、とアリスの声も聞こえてくる。
アリス『貴方、ヴォーパルソードが国宝って分かってるかしら? またヒビが増えているし、下手したら横浜全員の異能が使えなくなっていたのよ?』
ルイス「つまり、中也君の言う通り一瞬だけ使えなくなったと」
アリス『そう。だから太宰君がヴォーパルソードに触れ、起きたことは《《一部エリアに異能無効化が適応された》》かしらね』
ヴォーパルソードの異能を斬る力が“人間失格”と反応し、触れていない人にも異能が効いた。
これはある意味、特異点が作られたのだろう。
太宰「とりあえずルイスさん、異能使ってみてください」
ルイス「あ、うん」
いつも通り、“|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》”を使おうとする。
これで発動できなければ、太宰君は異能力を失ったということだ。
緊張している僕に対し、彼は余裕があるようだった。
まぁ、無くても良いって云ってたもんな。
ルイス「……ワンダーランドに行けない」
太宰「それじゃ、離してみると──」
視界は白くなり、目の前にアリスがいた。
異能を失わなかったことは良かったが、その分、ヴォーパルソードが影響を受けている。
僕が賜ってからボロボロにしかなってない。
この剣、普通にメンテナンスとか出来るのかな。
とりあえず、この戦いはもってよね。
太宰『私の異能、無くなりませんでしたね』
乱歩「とりあえず横浜は一回休憩で。時が来たら倫敦に移動かな」
中也『姐さんや部下たちに伝えておく』
乱歩「うん、よろしくね」
通信が一度切れ、乱歩は棒付き飴を咥える。
乱歩「僕が別の場所を見てる時に変なことやらないでよね!」
ルイス「正直、何も起こらないと思ってたから……つい」
アリス「良い方向に働いてよかったわね、本当に」
うわぁ、アリスからの圧がすごいや。
そんなことを考えながら、僕は横浜を映す鏡を流し見る。
アリス「何か気になることでもあったのかしら?」
ルイス「……死者軍が倒されたのか、レイラの異能が解除されたのか。確認はしておこうと思って」
乱歩「レイラの異能が解除されてたら英国の死者軍も消えてるよ」
ルイス「まぁ、それはそうなんだけどね」
これで転移能力者を消せていたら、どれだけ楽なことか。
5-28「或る女王の焦燥」
レイラside
レイラ「──!」
フョードル「……どうかなさいました?」
レイラ「私の兵隊が、消された──?」
それは、と魔人は少し瞠目する。
一体何が起こってるの。
急いで転移異能者に横浜へ連れて行ってもらうと、死者軍が誰一人いなくなっていた。
レイラ「半分以上削られた……このままじゃ、アリスを誘い出すことなんて……」
焦り。
予定が全て狂ったことに、焦りしかない。
私はどうしたら──。
グラム「──お嬢」
レイラ「っ、グラム!」
グラム「一旦あの病弱野郎に話を聞きましょう。彼奴なら、何か判るかもしれねぇ」
震える私の手を、グラムはしっかりと掴む。
貴方のまっすぐな瞳に、何度救われたことか。
グラム「てことだから、知ってること話しやがれ」
フョードル「それが人にモノを頼む態度でしょうか?」
拠点に戻るなり、グラムは魔人の首元を掴み上げていた。
一応止めに入るけれど、私もまだ信用できているわけじゃないのよね。
フョードル「まず前提として、死者は完全に消滅したんですか?」
レイラ「……ちゃんとしたことは判らないわ。けれど、一人残らず横浜にいた死者たちは、私の管理下から外れてるわ」
フョードル「太宰君では使役解除は不可能だったはずなので、ルイスさんか虎人が関わってるかと」
レイラ「……ヴォーパルソード? それとも|異能世界《ワンダーランド》?」
フョードル「後者はないかと。管理下から外れる条件は、レイラさんの異能による“繋がり”が異能無効化で絶たれることなので」
グラム「でもヴォーパルソードも虎野郎も、そんな一瞬で大勢の“繋がり”とやらは断ち切れないだろ」
確かにグラムの言う通り。
街全体に放っていた死者が一斉に消えるなんておかしい。
それこそ、空間を操ったりしないと。
フョードル「未来を読む異能者と、未来を読む異能者。二人が戦ったらどうなると思いますか?」
グラム「はぁ?」
フョードル「AとBにして説明しますね。Aが攻撃しようとした未来を視て、Bが回避する。そんな未来を視たAが、回避したBに当たるよう攻撃を変える」
グラム「……それ、永遠に続かねぇか」
フョードル「グラムさんの言う通りに矛盾と云いますか、戦いに決着はつきません。結局、未来が変わり続けたことで空間が歪み、AとBの時間は長く感じたらしいですけど」
グラム「空間の歪みって──」
レイラ「──特異点、ね」
異能が、ある一定のエリアで使えなくなる。
何か二つの力が掛け合わさったことで、特異点が発生したのかもしれない。
レイラ「そうだとしても、おかしいでしょ……横浜全域よ? どれだけの力が掛かれば──」
フョードル「この世には異能無効化の力を持った剣があると聞きます。それに虎人か太宰君が関わっているのかと」
グラム「剣、なぁ……」
フョードル「おや、興味でも?」
グラム「別に。俺は人様の剣なんて心底どうでもいい」
思い当たる節があるだけだ、とグラムは何処か懐かしい日を思い出しているようだった。
5-29「命を削る異能」
ルイスside
アリス「この調子なら、一度英国に顔を出したほうが良いかもしれないわね」
確かに、と納得してしまう。
ただヴォーパルソードがいつ壊れるか判らない今の状態では、戦うのは厳しい。
僕もちょっと疲れた。
数字の異能者のせいで何度か壁に叩きつけられたし。
この程度なら与謝野さんの治療も必要ないけど。
アリス「私が行っても良いかしら?」
ルイス「……大丈夫なの?」
アリス「どっかの後先考えない馬鹿のお陰で、冷静さは取り戻すことができたわ」
乱歩「云われてるよ、ルイス」
ルイス「いや、本当にごめんって……」
ペコペコとしている間に、アリスは英国に移動していた。
いや、早すぎ。
勝手に主権を握らないでください。
乱歩「で、確認は済んだの?」
ルイス「……ずっと気になってたんだ。アリスの担当者について」
中也君にとっての、Nのような。
そんな存在がアリスにはいて、異能者だったと聞いている。
死んだ時の服装ならきっと白衣だから目立つはず。
そもそものレイラの異能の制限とか、曖昧な部分があるから実際にいるかどうかは判らないけど。
ルイス「チャールズの異能は強制的に意識を落とす……らしいけど、今のアリスは僕の身体だから確実に効くよね」
乱歩「だろうね。だから僕も必死に探してる」
ルイス「……君にチャールズの話ってしたっけ?」
乱歩「随分と親切な人がいるから」
ルイス「親切な人、ね……」
乱歩「ゆっくり休んでなよ、今は。何かあったら声かけるし」
ルイス「はぁい。そうさせてもらいまーす」
いつかの太宰君のような腑抜けた喇叭のような声で返事をし、僕はエリアを越える。
流石に瀕死の人間は中々いないのか、与謝野さんも暇を持て余せているようだ。
ルイス「君達が此処にいる限りは、死なないよね……」
リンリンと、妖精の舞う音が聞こえる。
軽傷者は妖精たちが治しているし、本当に与謝野さんは暇そうだ。
全身打撲状態の、この身体もどうにかしてくれた。
そして与謝野さんは、僕の発言が気になったらしい。
与謝野「……妖精を食すことによる身体をはじめとした強化、だったかい?」
ルイス「はい。今は“妖精使ヰ”なんて呼ばれてますけど、昔は“妖精を食べる人”でしたよ」
与謝野「メリットがあるものには、デメリットもあるのだろう?」
ルイス「僕が知っている限りの話ですけど、妖精はコナンさんの寿命を表します」
---
「今は20人いないぐらいかな」
(4-7より)
いつも食事を一緒にしている妖精達。
彼らは毎年一人ずつ消えていく。
残りの人数が、俺の余命。
(5-4より)
---
与謝野「──それって、文字通り自分で寿命を削ってるんじゃ……っ」
ルイス「だから、僕達は早く勝たなければならない」
コナンさんに、いつまでもロリーナの相手をさせるわけにはいかない。
2体ここに残っているのは回復補助もあるけど、一番は無理をしすぎないためだ。
この2体まで消えれば、コナンさんが本当に危ない。
そして、僕はあの人にまだ生きていてもらいたい。
返しきれていない恩が、まだ、たくさんある。
5-30「懐かしい顔ぶれ」
アリスside
落下と同時に鏡を使って異能攻撃を防ぐ。
アリス「自分の異能で少し頭を冷やしなさい」
???「いや、どう考えても熱いだろう」
私はそんなツッコミを聞いて、ふと振り返る。
そこにいたのは懐かしの人物だった。
少し考えてから、口を開く。
アリス「一応初めまして、“|案内人《Navigator》”ヴァージニア・ウルフ。前の大戦ではあの子がお世話になったわね」
ヴァージニア「……助けられたのは此方だ」
アリス「あぁ、そうだったわ」
バチバチと鳴り響く電撃音に、私は特に見向きはしなかった。
急いで英国軍拠点の方へ軍人を避難させ、誰もいない大通りに二人きりになる。
私が軍人たちを守ったのは、もちろん電撃から。
過去、一般兵として英国軍に所属していた──今は亡き人物の攻撃を、鏡で乱反射させて彼へ返していた。
苦しいだろうけど、ヴォーパルソードは|殺す《救う》時にしか使いたくない。
弱ってもらわないと困る。
つい先程も剣にダメージを与えた莫迦がいるから。
アリス「にしても、こんな簡単に私の目の前に現れて良かったのかしら? 四年ほど音信不通で、裏切り者リストに入れられそうになっているわよ」
ヴァージニア「まだ入っていないことに驚きだな。英国軍はいつから適当な奴らの集まりになった?」
アリス「適当じゃないわ。異能力者という貴重存在の価値を考えた、正当な判断」
ヴァージニア「貴重、か……。私など存在しようがしまいが、何一つ世の中に影響を与えないだろうに」
アリス「……貴方、生きているの?」
ヴァージニア「さぁ、どうだろう」
試してみるか。
そんな言葉を皮切りに、私は拳銃の引き金を引いていた。
火薬の匂いに、多少の反動。
直ぐに次へ繋げようとするも、別の銃声が響いた。
アリス「……!」
ヴァージニア「君も、生きているんだな。彼の身体を使っているなら当然だけども」
私も彼女も、左頬に銃弾が掠って血が流れる。
ヴァージニア「生を実感してるか、|赤ノ女王《red queen》。今を生きているか、アリス」
アリス「……。」
ヴァージニア「私は、偽りの生を与える“死者軍ノ女王”を許せないが、仲間にもう一度会わせてくれたことに感謝している。裏社会も居心地が悪いわけではない」
アリス「……つまり|私達の仲間ではないと《レイラ側に付いているということ》」
ヴァージニア「鼠の助言で、私は仲間達を蘇らせてもらった。礼ぐらいは返さないとな」
また放たれた弾丸に、私は地面を転がる。
こんな時に弾切れなんてついてないわ、本当に。
ヴァージニア「殺しはしない。ただ、どうせ殺されるなら四肢を落としても問題ないな?」
アリス「問題しかないわよ……!」
ヴァージニア「──今のも避けるか」
とりあえず彼女は生きている。
そして、さっきは聞く暇がなかったけど“鼠”って云わなかったかしら。
一体何年前から動いてるのよ、魔人は。
ヴァージニア「戦場で考え事とは、随分と余裕だな」
アリス「……やば、」
5-31「戦況が傾く」
アリスside
ヴァージニア「──切り落とすことは無理だったが、その出血では意識を保つので精一杯だろう」
アリス「そ、ぅね……」
ヴァージニア「私はレイラへの連絡手段を持たない。その為、待っているしかないのだが──君なら死にはしないだろう。少しでも変な動きをすれば、肩に撃ち込む」
少しの油断が命取り。
ルイスの身体なのにな、と私は床に倒れながら空を仰いでいた。
銃口が左肩に当てられている。
斬られたのは右肩から左脇腹への斜め。
そこそこ出血が激しい。
動けなくはないけど、傷は増やしたくない。
レイラはどれくらいで来るのかしら。
ヴァージニア「異能を解け。全てな」
アリス「……大切な仲間を助けるだけじゃ駄目なの──」
バン、と銃声が響いた。
激痛に思わず漏れそうになった声を、必死に我慢する。
ヴァージニア「全て、だ。ワンダーランド内の鏡も全て消さなければ、レイラの移動手段を知ることになるだろうからな」
アリス「……分かったわよ」
ルイス『何をしているんだ!』
アリス「あぁ、ちゃんとワンダーランドの鏡も消えたのね」
ルイス『敵は異能空間内まで判らない。此処までする必要は……!』
ヴァージニア「……彼の周りの鏡は消えたが、本当にワンダーランドも消えているのか?」
アリス「あら、ルイスの通信で判らないかしら?」
ヴァージニア「判らない……と云いたいところだが、戦況がガラリと変わったようだ」
シャルル『アリス……!』
アリス「悪いわね、隊長。これ以上に最悪な事態にはしないから」
その時、またウルフさんは引き金を引こうとした。
アリス「──まぁ、貴方が鍛えている異能兵たちだもの。大丈夫でしょう」
本来、戦闘と云うのは電子遊戯のように第三者視点からずっと眺めていられるわけではない。
それを考えれば、完全な後手に回らないようにしていたカードを捨てただけのこと。
ヨコハマには死者軍が居らず、他国も戦況は良いらしい。
さて、どう痛みに耐えていようか。
今、ルイスに体を引き渡せば、この痛みをあの子に背負わせてしまう。
だからと云って、自分自身の力でワンダーランドに逃げることも難しい。
アリス「……上手くいくことばかりじゃないわねぇ、人生って」
そんなことを考えていると、銃声が響いた。
5-32「或る案内人の疑問」
ヴァージニアside
銃を構えた。
引き金を引こうとした。
しかし、撃たれたのは《《私の方だった》》。
ヴァージニア「〜っ、異能力“灯台へ”──!」
床に転がる拳銃に、手から鮮血が流れて地面へ落ちた。
誰かに狙撃されたのは明確であり、私は異能を使って《《私を狙撃した人物》》を必死に探した。
まるで灯台のように、光が指し示したのは此処から10,000ft以上──正確には11482.93963255ft=3500m──離れた高層ビルの屋上。
ヴァージニア「ま、さか……嘘だろ……?」
驚いている間もなく、銃声は続く。
狙撃ポイントが分かれば対応できるかと思ったが、あまりにも距離が遠い。
一度建物に入り、身を隠さなければ。
こんな大通りなど、ヴィルヘルム・グリムにとっては数フィート離れていても開けた場所にいる獲物と変わりはない。
???「逃れられると思ったか」
そんな声が聞こえたかと思えば、縄で縛り付けられている。
まるで捕らえるという行動がなかったかのように一瞬だった。
ヴァージニア「ヴィルヘルム・グリム……! それにジョン・テニエルまで──」
ヴィルヘルム「一般兵にしては強い方だが、身体が鈍っていても問題ないようだ」
アリス「いや、普通に鍛錬を怠っていなかったでしょう?」
ヴァージニア「っ、先程までの怪我はどうした……!?」
アリス「色々あったのよ。ね?」
ヴィルヘルム「ヴァージニア・ウルフ。異能部隊にいたのは数年前だが、その時から居た異能者を全員覚えているか?」
ヴァージニア「覚えているとも! 忘れるわけがない、あんな化物の集まりを!!」
アリス「あら、化物なんて酷いじゃない。貴女も異能力者なのに」
ヴィルヘルム「……一人。シャルル・ペローとアリス以外は誰も知らない異能者が、英国軍にはいた」
其奴は英国の支配下になった国の出身だ、とヴィルヘルムは語る。
一般兵から大将まで上り詰めた、と。
そしてその者には“命を懸けてでも幸せにしたい兄弟”がいたらしい。
5-34「或る大将の決断」
ヴィルヘルムside
ヴィルヘルム「異能名“茨姫”。私だけ空白の一時間が存在する、そんな異能だ。空白時間で動ける人は指定でき、アリスの治療と貴様の捕縛はその時で済ませた」
アリス「……本当凄いけど、話して良かったの?」
ヴィルヘルム「牢獄の奴らへの土産話にちょうどいいだろう」
ヴァージニア・ウルフは裏切り者リストに入るほどの存在。
レイラへの手助けもあり、有罪は確定だろうな。
シャルル『ヴィルヘルム、今の話は──』
ヴィルヘルム「いずれは全員知ることになる。それに、彼処でアリスを失うわけにはいかなかったからな」
--- (少し時は遡り──) ---
とりあえず現実でヴァージニア・ウルフを撃ったは良いが、逃げられたな。
アリスには流石に当たっていないだろう。
チェシャ猫「ど、どうなってるんですか……!」
ヴィルヘルム「どうもこうも、ただ撃っただけだが?」
チェシャ猫「な、何フィートあると思ってるんですか……!?」
私達がいたのは、とある高層ビルの屋上。
建物の前の大通り。
そのずっと先にいたヴァージニア・ウルフをただ撃ち抜いただけ。
流石に、スコープを使っても点にしか見えなかったが。
最後見たアリスの状況は重傷。
治療は早ければ早い方が良いが、横になっているアレを運ぶのは面倒くさい。
そんなことを思っていると、何故か立ち上がっていた。
動けるほどの気力は残っているのか、と考えていれば倒れそうになっている。
ヴィルヘルム「何なんだ彼奴は──!?」
チェシャ猫「あ、あの……」
ヴィルヘルム「女医を此方に呼べ!」
チェシャ猫「は、はい……!」
ヴィルヘルム「……っ、使うつもりは無かったんだがな」
そう私が云うと、辺りに文字が浮かび上がった。
緑色の英文が、包み込むように。
ジョン・テニエルの異能で女医が屋上に来た時点で、私はその言葉を紡いでいた。
ヴィルヘルム「異能力“茨姫”……!」
5-35「静かな世界」
アリスside
とりあえず鏡を出してワンダーランドに戻ろうかしら。
そんなことを考えて立ち上がると、ふらつく。
私、出血しまくってるんだった。
このままだと倒れて頭打つわよね。
よくよく考えたら鏡を出せるほどの気力もないし詰んでる。
アリス「……ぁれ、風が──?」
風が止んだ。
音一つない世界で、私が視たのは“筒状の光”と“紫色の蝶”。
与謝野「アリスさん! 無理し過ぎだよ!」
アリス「……迷惑、かけたわね」
与謝野「全然そんなことないから大人しくしているんだよ!」
???「──案外、身体は覚えているものだな」
アリス「……ヴィルヘルムさん」
あの射撃は、やっぱりこの人よね。
ヴィルヘルム「あと一歩遅かったら傷がまた増えていたぞ。その身体がルイス・キャロルのものということを忘れたのか?」
アリス「忘れてないわよ。ただ、ごめんなさい。貴方に異能を使わせてしまったわ」
ヴィルヘルム「……過去のことから、使わせる気しかないのかと思っていたが」
はぁ、とヴィルヘルムさんは多分、六年前のことを思い出している。
アーネスト・ヘミングウェイ。
彼が最後の一押しをしたことで起こった英国軍内乱は、中々に厄介だった。
中也君には“汚濁”を使わせることになったし。
その時にもこうやって《《自らの意思で》》発動させたかしら。
???『ヴィルヘルムさーん。中也とか動かなくなったんですけど異能使ってます?』
アリス「太宰君……」
ヴィルヘルム「アリスが殺されかけていたのでな。今は貴様のところの女医が治療している」
与謝野「やっぱりこれ、ヴィルヘルムさんの異能なのかい?」
風がなく、逃げようとしているウルフさんが止まり、秒針が止まる。
空白時間──本来ならヴィルヘルムさんだけの時の隙間に私達も迷い込んでいる。
太宰君は異能無効化で勝手に入っている感じね。
ヴィルヘルム「身体はどうだ」
アリス「平気よ。わざわざありがとね、与謝野さん」
与謝野「いや、妾はただ異能を使っただけで──」
???「あ、あの……し、縛るのって、どっ、どうやったら良いんですか……!?」
ヴィルヘルム「……貸せ」
ため息をつきながらも、ヴィルヘルムさんはチェシャ猫と交代する。
どうやらウルフさんを縄で捕らえているみたいね。
太宰『アリスさん、大丈夫ですか?』
アリス「ちょっと斬られて撃たれただけよ」
与謝野「わざわざ瀕死にする必要がないぐらいにはボロボロだったよ」
アリス「ちょっ、与謝野さん……!」
与謝野「にしても、通信機が使えるんだね。止まった時間じゃあ無理だと思ったけど」
太宰『あくまで時の隙間──空白時間だからじゃないですか? それか、ヴィルヘルムさんの機能が進化してるか』
ヴィルヘルム「そこまで気が付かなくていい」
太宰『あ、正解ですか?』
ヴィルヘルム「過去、発動したら1時間だった制限が30分が2回に調整できるようになった。そして対象者の持っているものは異能の効果──簡単に云うなら、本来の性能を使える」
凄いですね、と太宰君は珍しく感心しているようだった。
ヴァイスヘルツの時点では進化なんてしていないと思っていたけれど。
ヴィルヘルム「……私も戦う者だからな」
(そして時は、ヴァージニア・ウルフ捕縛後へ──)
5-36「番号で呼ぶ者」
アリスside
ウルフさんの口も塞いで、とりあえず安全確保も済んだ。
外には死者がいるけど、まぁ気づかれてはいないでしょう。
あと、シャルルさんが此方に向かってきているみたい。
だからヴィルヘルムさんの異能で少ししたけれど、ちょっと休憩できるわね。
ルイス『この莫迦アリス!』
アリス「……ルイス」
キーン、と頭が痛くなるほどの声が通信機から聞こえてくる。
ルイス『僕の身体がどうなったって構わない。でも君はまだ──』
アリス「ごめんなさい。命を粗末にするつもりはなかったけれど、ヴィルヘルムさんの判断が遅ければ危なかったのも事実ね」
ヴィルヘルム「……来たな」
別にウルフさんの身の受け渡しは、ヴィルヘルムさんでも構わない。
でも戦場に立っていないことになっているから、一応シャルルさんが──ということらしい。
シャルル「……このような形で再会したくはなかった」
ヴァージニア「……。」
シャルル「ではチェシャ猫くん、とりあえず軍本部の門まで──」
その時、銃声と倒れる音が聞こえた。
私達の死角、一番後方にいたチェシャ猫が倒れている。
床に広がる赤に、奥に見える人影。
アリス「……ぁ、あぁ」
レイラやロリーナと再会した時よりも、衝撃が強いかもしれない。
いつの間に、なんて云っている暇はない。
全員対応が遅れていたなか、狙われたのはシャルルさん。
また銃声が鳴り響いたかと思えば、いつの間にか彼の前に《《その人》》はいた。
シャルル「ヴィルヘルム!」
ヴィルヘルム「っ、考えるよりも先に身体が……動いただけだ……」
与謝野「何だい、彼奴は──!」
アリス「乱歩に聞いて! 治療も、ワンダーランドで……っ!」
急いで撃たれたヴィルヘルムさんとチェシャ猫。
そして、無事な与謝野さんとウルフさんをワンダーランドへ送りつけた。
ルイスの身体だからか、すぐに“|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》”が使えるのは良いわね。
???「……。」
乱歩から聞いていた、ある可能性。
ただ真っ先にぶつけてこないことから、もしかしたら死者軍にいないのではないか。
そんな甘い考えをしていた私は、大馬鹿者だ。
チャールズ「……久しいな、No.1126」
アリス「チャールズ──っ」
記憶があることに驚くと同時に、私は強い力で後ろへと引かれた。
シャルル「異能力“|赤ずきん《Little Red Riding Hood》”」
アリス「っ、シャルルさん……!」
シャルルさんが異能で守ってくれなければ、私も銃で撃たれていたでしょう。
一通り落ち着けたのか、私は鏡を出す準備が出来た。
シャルル「チャールズ・ドジソンだな」
チャールズ「……何処で会ったか思い出せないんだが」
シャルル「それはそうだろう。私達は初対面だ」
何度目か分からない銃声が聞こえ、赤い布が宙を舞う。
チャールズ「面白い異能だな!」
シャルル「そう云われたのは初めてだ」
アリス「シャルルさん、この人だけは私が相手をしないと──」
シャルル「カバーは任せろ」
アリス「……!」
チャールズ「|レイラ《No.1102》の異能力は凄いな。全く自分の意思で動けそうにない」
アリス「すぐに解放してあげるわ」
チャールズ「……そうしてもらえると助かる」
息込んだは良いけれど、そう簡単には倒せないのよね。
唯一の解放手段であるヴォーパルソードは、戦闘で使えるほど状態が良くない。
そして、一番の問題は──。
アリス「──異能力」
レイラの異能力“死神”は《《死んだ異能者を使役する》》というもの。
つまり、チャールズも何かしらの異能力者であるはず。
使用していないことから、戦闘向きではないのかと思ったけれど何か引っ掛かる。
シャルル「アリス!」
いつの間にか、チャールズが目の前にいた。
鏡を出すのは間に合いそうにない。
しかも、ルイスの身体を借りている今の私は銃弾一発が致命傷になる恐れがある。
チャールズ「……逃げろッ」
目の前に広がる光景を説明するなら、とりあえず銃口は向けられなかった。
代わりに目の前にチャールズの手がある。
中指と親指が重なっており、まるで指を鳴らす直前のよう。
アリス「……ぁ」
5-37「或る研究者の末路」
チャールズside
私の異能はそこそこ強い。
簡単に云うならば、強制的に意識を落とすというもの。
どんなに鍛えていても、どんなに隙がなくても。
対象と自身の間に遮るものがなければ、必ず落ちる。
チャールズ「……逃げろッ」
一度。
たった一度だけ、私はこの異能をアリスの前で使ったことがある。
アリスは彼女に似て、頭が良かった。
だから「もしかしたら」なんて思ってしまう。
私の異能力を思い出して、どうにか対応してくれないだろうか。
でも、ナイフ一本だけでは━━。
アリス「……ぁ」
自分の意思で発動を止めることは出来ない。
今の私は、1102の傀儡でしかないから。
アリス「……っ、ごめんなさい」
一瞬のことだった。
指を鳴らそうとしていた私の手は宙を舞っている。
何故こうなったかのかは、判っている。
アリスが、私の手を刎ねた。
そして次の瞬間には、青白く光る剣を持っている。
剣は、私へと突き刺された。
異能生命体になってから、痛覚は消えたらしいから特に痛みはない。
同時に付与された超回復も機能しない。
これから、私はもう一度死ぬらしい。
チャールズ「──謝るのは私の方だ」
アリス「……!」
チャールズ「こんなこと私が云っていいことじゃないが……成長した姿を見れて、嬉しかった。これからも娘のことを頼む」
シャルル「……あぁ」
アリス「チャールズ……!」
5-38『fight or game』
アリスside
アリス「チャールズ……!」
伸ばした手は、届かない。
チャールズは光となり、他の死者と同じように消えた。
シャルル「……アリス」
アリス「点と点が、繋がりました」
チャールズは0822のことを撃って、沢山の子供達の命を奪って。
そして、私が人でなくなる原因を作った男。
でも「娘」と呼んだってことは私の父親なんでしょうね。
手紙の最後にあった“フランシス”は、多分チャールズの奥さん━━私の母に当たる人なんでしょうね。
アリス「何か、10年以上前の謎が解けてスッキリしてるわ」
シャルル「そうか」
アリス「チャールズの異能は強制的に気絶させる、で良いのかしら。昔受けた感じからそんな気がするわ」
レイラはチャールズの異能で私を気絶させ、目の前に連れてきたかったんでしょうね。
採血の時に私は気を失ったから、多分さっき受けていたらレイラの筋書き通り進んだはず。
シャルル「少し下がっているといい。気持ちを切り替える時間ぐらいなら、どうにか作れるはずだ」
アリス「いえ、大丈夫よ。逆に今の方がレイラのことを思いっきり殴れそうだもの」
シャルル「……なら、良いのだが」
アリス「それじゃあ行きましょうか」
シャルル「居場所が不明だろう」
アリス「いや、そこにいるわ」
私は建物を出て、信号機の上に座っている彼女を見上げる。
此方に気がついているのでしょうね。
彼女はトンッ、と何事もないかのように地面へ着地する。
アリス「ねぇ、No.1102──レイラ」
ヴァイスヘルツで私達ずっと仲良しで、今まで喧嘩の一つもしてこなかったわよね。
初めての喧嘩が、こんな生死をかけたものになるとは思ってなかったわ。
それに、世界を巻き込むなんて誰が想像してたのよ。
アリス「これだけ大きな喧嘩にしたんだもの。ちゃんと責任を持って、貴女に負けを認めさせるわ」
レイラ「……ふふっ、喧嘩なんて生ぬるいものじゃないわよ。これは私と貴女の殺し合いよ。まぁ、私の勝ちは決まっているけれど」
アリス「あら……いつも勝負は私が勝てば貴女が勝ち、貴女が勝てば私が勝つ。そんな追いかけっこだったじゃない」
レイラ「今の勝利数は同じ。だから、私の勝ちで終わらせるわ」
私は一人じゃない。
大切な仲間達が、ルイスがついてる。
アリス「始めましょう、レイラ━━」
--- 最初で最後になる“本気の喧嘩”を ---
レイラ「あらアリス、今から始めるのは━━」
--- 私の勝利で終わる“ラストゲーム”よ ---
5-39「誰よりも理解している」
アリスside
アリス「もう大丈夫よ、シャルル。ここからは親友のよくある“喧嘩”だから」
シャルル「いや、相手の言う通り“ゲーム”だ」
レイラが指を鳴らせば、大勢の死者が現れた。
アレをどうにかしないことには、会話は不可能ね。
シャルル「──ワンダーランドから連絡だ。各国の死者軍が消えたらしい」
ヴィルヘルムさんとチェシャ猫は未だ意識不明。
与謝野さんの治療があるから一命は取り留めているでしょう。
あと、ウルフさんはルイスが何とかしてくれてるわよね。
アリス「……これじゃ|喧嘩《タイマン》は無理ね」
シャルル「すぐに援軍が来る」
背後に気配を感じて振り返れば探偵社にマフィア、猟犬がいる。
アリス「……一度任せても?」
太宰「勿論ですよ。あ、この前ルイスさんに話した件なんですけど──」
アリス「“雨御前”があるから貴方に預けるわ。トドメぐらいにしか使えないでしょうけど」
福沢「……実質、戦えるのは私と敦か」
森「無力化なら何人か出来ますよ」
シャルル「自国での戦いもあっただろう。無理はしなくていい」
福地「傷だらけの君が云うか」
シャルル「この程度、傷に入らない」
じゃあ、と私はワンダーランドへ転移する。
待っていたのは、もちろんルイス。
ルイス「……君が戦っても問題ないよ、アリス」
アリス「そうしたいのは山々なのだけれど」
バタン、と気がつけば私の視界は一転していた。
彼処でのチャールズは中々精神的なダメージが大きいらしい。
シャルルさんには“ああ”云ったけれど、休憩できるなら休まない手はないわよね。
ルイス「君も無茶するよね」
アリス「するわよ。私と貴方は同じなのよ?」
ルイス「そうだったね」
主導権をルイスに返し、より休憩しやすくなった。
ルイス「……行ってきます」
アリス「行ってらっしゃい」
あの場にいる皆を、頼んだわ。
5-40「或る社長の雑念」
福沢side
片手で受け取った“ヴォーパルソード”は、想像より軽かった。
しかし、込められた想いが重く感じる。
幾つの戦場を、ルイスはこの剣と共に乗り越えてきたのだろう。
ヒビをこれ以上増やさずに済めばいいのだが。
福地「いつもの仏像面が悪化してるぞ!」
バシッ、と背中を叩かれて一歩前へ踏み出す。
珍しくいつもは取れている芯がずれた。
想いなどに左右されていては何も斬れない。
福地「……雑念は消えたか」
福沢「お陰様でな」
福地「儂の“雨御前”で斬れないと云うのは中々厄介だな。ただ──」
次の瞬間、死者軍の身体から紫色の刀身が突き出す。
福地「これで多少は戦いやすいのではないか?」
剣を持ち直し、一気に十人は斬れた。
少しでも動きが鈍れば斬りやすい。
流石は源一郎。
私のことをよく判っている。
敦「す、凄い……!」
国木田「今頼れるのはお前と社長だけだ。見とれている場合ではないぞ」
敦「っ、はい!」
芥川「僕の力も使っておいて遅れを取ることがあれば、八つ裂きにして黒獣に喰らわせる」
敦「お前はどうしてそう素直に応援できないんだ!」
鏡花「喧嘩してる暇があったら戦って」
敦と、殺せるのは私の二人だけ。
私のサポートはどうやら源一郎が努めるらしい。
そして森医師も。
森「嫌そうな顔してませんか、福沢殿」
福沢「気のせいだろう」
広津「私も少し補助に入らせていただきます」
紅葉「本当は鏡花といたいんじゃが、|首領《ボス》の側におるのも幹部の仕事じゃろうて」
中也「やっぱり姐さん、俺と代わりませんか?」
太宰「そうですよ! なんで中也と一緒に──」
福沢「幹部殿と息が合うのは貴君だけだ、太宰。それに戻ってきたルイスの補助はその二人が良い」
乱歩『そうそう! 僕の作戦になんか文句でもあるの?』
無いですけど、と太宰は少し眉をひそめた。
ルイスの調子はどうだろうか。
あれからアリスが暫く表にいたと云うのは聞いているが──。
福地「にしても、こうやって大勢の異能者と対峙するのは何年ぶりだろうか」
福沢「……ルイスがレイラの元へ行くまでの辛抱だ」
福地「辛抱? そんなことはせず、さっさと倒して加勢した方がいい」
福沢「相変わらずだな、源一郎」
福地「その言い方、貴様も相変わらずだろう」
さて、大体この死者軍を東西で別れて相手にすることは決まった。
どれほど私が“ヴォーパルソード”を使いこなせるかは判らないが、まぁ良いだろう。
福沢「そちらは任せたぞ、敦」
敦「はい……っ!」
5-41「後は任せろ」
ルイスside
ルイス「……待たせたね」
太宰「いえ、全然大丈夫ですよ。この蛞蝓と組むことになったこと以外は」
中也「あ? それは此方の台詞だ、青鯖」
相変わらずだな、と僕は現実に戻ってきて笑みを浮かべる。
苦笑いだけど。
乱歩『まさかの帽子屋が全員戦闘不能状態だからね。双黒のサポートでレイラの元まで頑張って』
ルイス「君もここまでありがとう。ヴィルヘルムさんがいるとは云え、大変だったでしょ?」
乱歩『あの人、全く手伝ってくれなかったよ』
シャルル「それは申し訳なかったな」
ルイス「……シャルルさん」
シャルル「私はこれから名探偵の指示で別の場所へ向かう。各国の死者軍がいなくなったとはいえ、コナンはずっと一人で戦い続けてる」
ルイス「今はアリスも休んでて、チェシャ猫も意識不明──徒歩での移動になり、本当にすみません」
シャルル「名探偵の指示があれば問題なく辿り着けるだろう。何かあれば現在、本部に下げている異能部隊や一般兵を動かせ」
ルイス「──了解」
さて、と僕は真っ直ぐレイラのいる場所を確認する。
死者軍の相手を皆がしてくれているお陰で、ほぼ一本道だ。
ヴォーパルソードは預けているし、戦闘不能状態にしながら足を進める。
途中、相変わらず喧嘩しながらも双黒の二人はちゃんとサポートに入ってくれた。
与謝野さんの治療を受けたら、普通は即座に動けない。
どうしても隙は生まれてしまったけど、彼らが埋めてくれる。
ルイス「……あぁ、懐かしいな」
二人一組。同世代。最高の相棒。
戦時中も双黒みたいに呼吸ぴったりなアーサーとエマが支えてくれた。
中也「見えた!」
太宰「捉えた!」
声が重なる。
同時にまた喧嘩を始めた。
此処まで来たなら、後は僕の仕事だ。
ルイス「ありがとう、此処まで連れてきてくれて」
中也「ルイスさん……」
ルイス「探偵社もマフィアも、猟犬や特務課──政府関係者も、過去の仲間達も。きっと、誰か一人でも欠けていたらここまで来れなかった」
本当に、皆に感謝している。
ルイス「後は、任せてくれ」
僕はちゃんと笑えているだろうか。
この後のことを考え、不安でいっぱいだ。
今はアリスも動けない。
これから先は、暫く孤独だ。
そして覚悟は決めたとはいえ、僕は──。
太宰「待っています」
ルイス「……!」
太宰「私達は、信じていますから」
──あぁ、本当に。
僕は良い人達に巡り会えた。
福沢『ヴォーパルソードは返したほうが良いか?』
ルイス「いや、大丈夫です。そのまま死者軍を抑えていてください」
福沢『……では、武運を祈る』
森『太宰君の言う通り、私達は信じて待っているからね』
福地『どんな未来が待っていようと、全力で挑め。決して悪い結果にはならない筈だ』
僕とレイラの間を、風が通り抜ける。
ここまで、魔人もグラムも見ていない。
グラムも相手にするのは厳しいと思っていたけれど、レイラ一人なら話し合える可能性がある。
5-42「目的と想い」
ルイスside
レイラ「……結局貴方なのね、此処に来るのは」
ルイス「僕とのタイマン勝負を望んでないのは分かってる。けど、アリスも疲れているからね」
レイラ「そんなの知ってるわよ。わざわざ|あの男《チャールズ》まで使ったんだから」
どうやら、即戦闘にならないようだ。
あちら側も話し合いを求めているのだろうか──。
レイラ「あぁ、そう云えば今はヨコハマの全勢力が集まっているわよね?」
ルイス「英国に死者を全員集めたのは君だろう」
レイラ「ふふっ……♪ えぇ、そうね。貴方の言う通り私は全死者を此処、倫敦に集めたわ」
ルイス「……どうして笑っている?」
レイラ「私は死者軍の中にいるたった一人の生者じゃないの」
その言葉で気がついてしまった。
ヨコハマには、今、誰が残っている。
探偵社は、ほぼ全員。
マフィアは主戦力を出し惜しみなく。
猟犬も、四人揃っている。
レイラ「私は最終的な目的のために、幾つものルートを考えているわ。今も《《彼が》》裏で動いている」
ルイス「〜ッ、乱歩!」
乱歩『──完全に、油断してた。アリスの殺害が最終目的じゃないとは考えていたけど、ヨコハマの街が……!』
予想よりも、事態は最悪らしい。
黒服が動くにはグラムの存在は大きすぎる。
福沢『乱歩』
乱歩『……社長、転移が出来なくてヨコハマには誰も送れない』
でも、と続けた乱歩の声は真っすぐだった。
乱歩『ルイスの想いの為にも、探偵社員として誰も死なせない』
福沢『……よく云った』
安吾『特務課と軍警でどうにか抑え込みます。ですので倫敦の皆さんは──』
福地『目の前のことを、だな。そちらは任せたぞ、内務省異能特務課』
特務課にも何名か戦闘系の異能者はいると聞く。
過度な心配は必要ないか。
ルイス「そう云えばあの時──」
---
レイラ「アリスと話せないなら、もう用はない。このまま放っておいても死ぬだろうから、早くヨコハマを壊す」
グラム「……計画を早めるってことですか」
(1-16より)
---
ルイス「──ヨコハマを壊そうとする目的は何だ」
レイラ「……どうせ、アリスから聞いてるんでしょ。なら判るはずよ」
異能さえなければ。
そう、レイラは云った。
レイラ「異能さえなければ、私はこんなに苦しまなくて済んだ! アリスとも道を違わずに済んだ!」
種田『目的は“白紙の文学書”本体、か……』
レイラ「“本”さえあれば、自分の異能を無かったことにできる。異能兵器の暴発で全てを終わらせることができる。……全員仲良く死ねば良いのよ。そしたら戦争も起きないし、人工異能とか私みたいな人が生まれることがない」
僕は色々と言いたいことがあった。
でも、言葉を紡ぐよりも一歩踏み出す方が早い。
レイラ「……っ、」
僕は自分の拳でレイラを殴った。
ルイス「──っただろ」
何が『アリスとも道を違わずに済んだ』だ。
何が『“本”さえあれば』だ。
何が『全員仲良く死ねば良い』だ。
ルイス「アリスを、世界を恨むより前に出来ることがあっただろ!」
レイラ「……っ、私が何を経験したか知らないくせに!」
ルイス「知らないさ! ……きっと、理解しようとしても絶対に無理だ」
でも、それでも僕はレイラが間違ってると思う。
ルイス「だから、君を倒してこの気持ちが━━想いが正しいと証明してみせる……!」
5-43「かくしごと」
ルイスside
覚悟が強まったからか、本物の武器を持っても震えない。
真っ直ぐ、レイラを捉えられている。
レイラ「……出てきなさい、アリス」
ルイス「子供……?」
フラッ、と現れた人物。
完全な無から出てきたということは、死者なのだろう。
レイラの我儘に、こんな幼い子も巻き込まれているだなんて。
ルイス「──は?」
いつの間にか、目の前にその子供はいた。
目に見えない速度。
否、これは単純な速さじゃない。
彼が“転移の異能者”なのか。
もう少し大人なイメージだったが、記憶違いだろうか。
急いで剣を振るうも、避けられてしまう。
転移の異能者なら仕方がない。
ルイス「──!」
背後から感じた気配に急いで防御の姿勢を取ろうとする。
しかし、間に合うことはなかった。
「「ルイスさん!」」
そんな、双黒の叫び声が聞こえた。
比較的近くにいたから、僕の状況が見えていたのだろう。
身体の向きを変える頃にはもうナイフが目の前にあって、目元に痛みが走った。
人間は視力に頼っている部分が多いから、まずは目を潰しに来たんだろう。
見事にレイラの思惑通り、主に右目にダメージを受けた。
左目は眉の方へナイフが流れたので直接斬られることはなく、普通に血で視界が少し悪くなりつつある。
レイラ「右目を潰した……っ! これで戦闘能力は半減したも──」
そこでレイラの言葉は途切れる。
理由は簡単�。
僕が瞬間移動してきた少年も、ナイフを持った青年も倒したから。
倒したと云っても、本当に床と仲良くして貰ってるだけで戦闘不能には出来ていない。
レイラ「な、んでっ……!」
ルイス「君は知らないだろうけど、僕は元々目が悪いんだよ。君に出会うよりずっと前に目を傷つけられて、視力が落ちていくだけ」
レイラ「でも、左目だけじゃ視界は狭くなるし二人をほぼ同時に倒すことなんてっ、!」
ルイス「これは一部の人しか知らないからね」
痛む右側の目元を少し弄り、僕は《《それ》》を掌で転がしてみせる。
ルイス「視界が狭くなった、なんてことはないんだよ。右目は元々《《義眼》》だ。いずれ左目が見えなくなることにも備えて、他の五感も鍛えている」
太宰「いや、それにしてもあの動きはおかしいでしょ……」
ルイス「君も片目包帯だったじゃん。それと一緒──」
太宰「一緒じゃないですからね!?」
中也「やっぱ、ルイスさんってルイスさんだなぁ」
緊張が解れてきたところで、僕は通信機を通じて連絡を取る。
全てを終わらせるためには“ヴォーパルソード”が不可欠。
戦闘不能状態にするのは予想よりも簡単だろうし、今戦っている皆のためにも短期決戦がいい。
レイラ「……もう、良いわよ」
青年が起き上がったかと思えば、いつの間にかレイラの姿が消えていた。
そして中也君の背後に移動しており、手にはスタンガンが。
太宰「中也!」
レイラ「遅いわ」
何故、中也君の背後なのか。
何故、スタンガンなのか。
レイラ「ルイス、貴方のことはグラムが調べてくれていたから何でも知っているのよ」
バチバチという電気の流れる音と、中也君の叫び声。
歪んだ音楽の中でレイラは笑う。
あれはただのスタンガンではない。
原理は分からないけど高電圧を流すことが出来るのだろう。
そして、中也君に電気といえば──。
レイラ「どうせ死ねないもの。神様が現れるぐらいの“余興”があったって面白いじゃない……?」
中也「だ、ざっ──」
そこで中也君は消えた�。
正確には《《自身の影に呑まれるように落ちていった》》のだ。
ルイス「転移の異能者は、まさか……」
レイラ「あら、まだ気がついていなかったの?」
クスクスと笑い声が聞こえる。
レイラ「元ポートマフィア幹部秘書にして、裏切り者。彼のお陰で本当に物事がよく進んだわぁ……♪」
グラムは陽動にすぎない。
本当のヨコハマの破壊者は中也君改め、荒覇吐。
ヨコハマを守りたい彼が壊すのは──!
レイラ「ほら、止まっている間に神様が暴れるわよ? 跡形も残らなくても大丈夫。異能力者なら、私がちゃんと使役してあげるから」
ルイス「……──お前は、本当に人間を何だと思ってるんだ」
レイラ「ただの駒。それ以上でもそれ以下でもないわよ」
質問した僕が馬鹿だった。
レイラのことは一度置いておこう。
どうしたらいい。
中也君を止められるのは太宰君だけ。
でも、何処にいるのか判らない。
あの程度では荒覇吐が顕現しないことなんて、レイラは知っているはず。
なら、本格的に電圧を掛けることが出来る場所があるはず。
5-44「願いよ届け」
アリスside
レイラ『……出てきなさい、アリス』
ルイス『子供……?』
鏡の奥に映った子供に目を疑う。
だって、あの子はあの時に撃たれて──。
そんな事を考えている間にも戦況は変わる。
一つ、また一つと時の流れと同じように移ろいゆく。
次に私が鏡を見た時には中也君が、その場にいなかった。
辺りの話から推測するに、荒覇吐が顕現しようとしている。
乱歩「太宰! 座標XX-XXに向かえ!」
確かその座標は、例の事件で──
乱歩「特務課に確認を取ったら、現場はそのまま残っているそうだ」
太宰『そうは云ったって、今いるのは英国です。チェシャ猫のいない今、私は──』
その時、太宰君の足元に穴が空いた。
真っ逆さまに落ちていく彼を見て、レイラは開いた口が閉じない様子。
私も同じ状況だけれど。
???「ワンダーランドは“|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》”で創られた異能空間であり、|俺の領土《異能の範囲》として良いんだろう?」
ルイス『その声は……!』
???「“標的を一度仮死状態にした後で復活させる”ことができる能力なんて、もう使うことがないと思ってたんだがな。感謝しろよ、ルイス。そしてお前が背負っているものが|現実だけじゃない《ワンダーランドにもいる》ことを忘れんな」
あぁ、とルイスは微笑んでいた。
ここからは文字通り一騎討ち。
お願い。
レイラを助けてあげて。
短いのでもう1話いきます
5-45「或る守護神のため息」
???side
与謝野「……悪かったねぇ」
そう、申し訳なさそうに女医さんが云った。
???「別に、何も云わなかった僕も悪いので」
与謝野「とりあえず冷やしたらどうだい?」
???「……あぁ」
渡されたタオルに包まれた保冷剤を頬に当てる。
僕はさっき、チェシャ猫にトドメを差した。
瀕死状態だったから回復したのに、急いで仮死状態にした。
そしたら、普通に平手打ちされた。
いや、トドメを差した人に平手打ちは優しいと思うのは僕だけだろうか。
???「……頑張ってくれ、包帯」
通信機でちゃんと状況を把握した僕は、チェシャ猫の異能を一時的に借りた。
“神秘の島”は自身の領土内で死んだ人の能力を使えるというもの�。
過去に手に入れた仮死状態にする異能のお陰で“|不思議の国の入口《Welcome to the wonderland》”を使えるようになった。
一時的に、というのは、もう仮死状態を解いてから�。
意識が戻るまでは僕が使えるはずだけど、守護者じゃなくなってから異能が変化した気がするから、実際どうかは判らない。
まぁ、|太宰《包帯》を|中原《帽子》のところへ送れただけで十分だろ。
他に僕の出番はないだろうし。
与謝野「それにしても口調、戻さなくて良いんじゃないかい?」
???「探偵社の僕は“神宮寺ユイハ”なので」
僕は、ガブで居てはいけない。
あの島について上層部が何処まで把握しているかは知らないけど、“七人の裏切り者”の俺はとっくに死んでいる。
同じく守護者の俺も死んでいる。
ユイハ「……怪我人も少なくなってきたし、僕はもう手伝わなくて大丈夫そうかな。疲れたから寝る」
与謝野「アンタがいると異能を使う機会が減って助かるんだけどねぇ……」
???「神宮寺ユイハはいるか?」
そんな声が聞こえ、僕は振り返る。
ユイハ「神宮寺ユイハは僕だけど……三才児と道化師が何の用?」
シグマ「さんッ……!?」
ゴーゴリ「あははっ! 君面白いね!」
ユイハ「面倒ごとなら断る。僕も暇じゃないから」
与謝野「さっき“寝る”って云ってなかったかい?」
ユイハ「女医さん……」
とりあえず女医さんは話に入れたくないのか、僕達は場所を移動した。
まぁ、怪我人が来たら邪魔なだけだし。
ユイハ「僕の仕事は終わったと思ったんだけど?」
元々女医さんをはじめとした医療チームの補助が僕の役割だ。
僕の戦場が落ち着いた今、本当に今すぐ寝たい。
久しぶりに異能を使って疲れたんだよ。
乱歩「君の異能にないかなって思って」
ユイハ「回りくどい言い方はやめてほしい。本当に寝るぞ」
乱歩「異能を分離させる能力は手に入れたことある?」
ユイハ「……そんなものがあるならスタンダード島で殺さずにやり直してた」
乱歩「ま、そうだよね」
本気で寝てやろうか考えていると、探偵さんはもう一つ聞いてきた。
乱歩「──を操る異能とかは?」
ユイハ「……ない」
乱歩「君が間を置いたのを考えるに、幾つかの異能の応用で似たようなことは出来る……って、思ったんだけど僕の推理あってる?」
ユイハ「なぁ、三才児」
シグマ「っ、だから私は三才児ではなくシグマ──!」
ユイハ「何をどうしたら僕が必要になるのか説明してくれ。道化師でもいいぞ。天才との会話は疲れる」
乱歩「僕も早く指揮に戻りたかったし、後はよろしくね~」
あの探偵さん、僕がこう云うのも予定の内だったのかよ。
あー、やっぱり天才は嫌いだ。
僕みたいな凡人とは違う。
ゴーゴリ「で、どうする? 私はちゃんと理解してないから説明できないよ☆」
シグマ「そんなドヤ顔で云うな!」
うん、判断間違えたかも。
探偵さんの話を読み解いた方が良かった奴じゃないだ、コレ。
シグマ「とりあえず、時を少し遡るぞ」
5-46「或る支配人は振り回される」
シグマside
シグマ「……本当、何故ここにいるのだろう」
ルイス・キャロルの異能空間であるワンダーランド。
そこで私は、何度目か判らない溜め息と共にその言葉をまた呟いていた。
あの日、帽子屋が“天空カジノ”へ来た。
彼らに頼まれたのは「レイラを足止めするための力を貸してほしい」ということ。
もっと正確に表すとするならば「フョードル・ドストエフスキーと一時的に味方になりたい」だろうか。
色々と思うところはある。
ただ、「私のところに来るな」というのが正直な感想だ。
で、話は最初に戻る。
本当に私が|異能空間《ワンダーランド》にいる意味が分からないのだ。
絶対、確実に、100%の割合で私がいる意味がない。
何故って。
私はただの“カジノ支配人”をしている一般人だからだ。
シグマ「……今すぐ帰りたい」
フョードル・ドストエフスキーに行動を共にするよう頼まれたが、本当に何故か判らない。
私の異能が必要な場面でも出てくるのだろうか。
否、出てくるわけがない。
戦闘向きでもなく、今回は大して役に立つことがなさそうだ。
相手に触れる事で「自分の知識の中で相手が最も知りたい情報」と「相手の知識の中で自分が最も知りたい情報」を交換するだけの能力なんて━━。
乱歩「ねぇ!」
シグマ「くぁwせdrftgyふじこlp」
乱歩「変な言葉云ってないで、君に頼みたいことがあるんだけど!」
シグマ「……私に?」
死者軍に突っ込んで死ねとか云うのだろうか。
乱歩「君、僕がそんな外道に見える?」
シグマ「心を読まないでくれ!」
乱歩「時間がないんだ。そして、これは君達にしか頼めない」
シグマ「……ん?」
君達、という言葉に疑問を抱いていると押された。
後ろには鏡があって何故か通り抜ける。
乱歩「其処だけワンダーランドと常時繋がってるから、帰りは其処通ってきてね」
チェシャ猫改め、アーサー・ラッカムの異能で落ちるよりはマシだ。
だが、急に押すな。
そして現実に来てどうしろと云うんだ。
???「あ、シグマ君いらっしゃーい!」
シグマ「……ニコライ・ゴーゴリ!?」
ゴーゴリ「ははっ、流石はシグマ君! 良い反応だね! 普通の一般人っぽくて最高!」
シグマ「褒めていないだろ」
ゴーゴリ「それは君の捉え方次第だよ☆」
私はゴーゴリの手を取り、埃を払いながら立ち上がる。
シグマ「ここは……英国の倫敦か」
ゴーゴリ「正解☆」
5-47「或る道化師は微笑む」
ゴーゴリside
ゴーゴリ「さて、君の仕事はと〜っても簡単! その異能力でチャールズ・ドジソンから異能力を消す方法を盗むだけだ」
シグマ「はぁ!?」
何を云っている、とシグマ君は私に問いかける。
まぁ、彼の反応は予想通りだ。
こんなところで自分の出番が来ると思ったなかったんだろうなぁ。
ゴーゴリ「さて、ここでクーイズ! チャールズから抜き取った情報で私達が異能を失うことはないのは何故でしょーうか!? ヒントは“アトヅケ”じゃないから。あ、答え云っちゃった☆」
シグマ「……“アトヅケ”?」
ゴーゴリ「君も知っての通り1126と1102━━アリスとレイラは元々異能者で、二つ目の異能を植え付けられた。追加することができるなら、消すことも出来る。レイラを確実に殺すためにはその方法が判らないといけない」
シグマ「それで私か。確かにこの異能なら消す方法だけを抜き取ることができるが、上手くいくとは限らないぞ。この異能は“最も知りたい情報”しか━━」
ゴーゴリ「カジノを失うよ」
シグマ「……は?」
ゴーゴリ「レイラの目的はアリスだけじゃなくて世界の滅亡。“本”を使って世界中の人間と心中だって」
シグマ君の目の色が変わった。
彼にとって、カジノはたった一つの家。
それを失うと知ったらシグマ君はやってくれるってドス君から聞いたたけど━━。
シグマ「そのドジソンとかいう奴のところまでどうやって行くつもりだ。私は戦闘の間を潜り抜けていくことなんて出来ないぞ」
━━流石は僕の人生唯一の理解者であり、親友だ。
ゴーゴリ「目的のところまでは30m以内だ。君は私の外套に手を入れるだけで良い。でも異能を使ったらすぐに引いたほうがいいよ〜」
シグマ「何故だ」
ゴーゴリ「現在、チャールズ・ドジソンはアリスと戦闘中だからね! 巻き込まれて手が無くなる可能性があるってわけ!」
まぁ、探偵社の女医さんとかが治してくれそうだけど。
ゴーゴリ「じゃあ頑張ってね、シグマ君」
シグマ「──ということがあって、私は探偵に“異能を消す方法”を伝えた。そしたら貴様を呼んでこいと云われ、今に至る」
ユイハ「3歳児の割には説明が上手いじゃないか」
シグマ「〜っ、だから私は3歳児では──!!」
騒ぐシグマ君とは相対的に、ユイハ君は静かに何か考えているようだった。
異能を分離する方法。
まさか中也君と同じで“電流”が関係してるなんてね。
どちらもアトヅケだから、別におかしいことではないけど。
ユイハ「名探偵の所へ行くぞ」
シグマ「はぁ?」
ユイハ「俺の記憶違いじゃなければ、異能を幾つも使うよりも“例の異能”を貰ったほうが早い」
ゴーゴリ「それなら此処を通って行くと良いよ」
私は外套を開き、微笑んだ。
5-48「否定」
ルイスside
一騎討ち。
改めて考えると凄いことだ。
これで僕が彼女と戦うのは二度目。
大戦ぶりになる、本気の勝負。
とは云っても、当時の方が確実に強かったし迷いがなかった。
レイラ「……ねぇ、知ってるかしら」
ルイス「何を?」
レイラ「貴方に殺された時、私は油断してた。瞬殺よ、瞬殺。気がついたら首と身体が離れていたの」
何の話だ、?
レイラ「“戦場の舞姫”が死んだのが原因でしょうね。貴方は誰よりも狂っている。戦う以外の選択肢なんて無かったと言い訳をして、楽しんでいた死闘を正当化していたのよ」
ルイス「っ、僕は楽しんでなんか──!」
レイラ「本当、人間って都合が良いわよね。嫌なことは記憶の奥底に封じ込めて忘れられるもの。知らないわよね、貴方は。頭だけになった私を冷たい目で見下ろしていたことも──」
──笑っていたことも。
レイラ「仲間を守れなかった事を悔やむマッドハッター? 戦いを強いられて疲弊した三月ウサギ? 環境が狂わせた兵士達よりも、よっぽど貴方のほうが怖いわよ」
ルイス「ち、がっ……ボクは……」
レイラ「じゃあ見てみなさいよ!」
ルイス「──ッ」
剣が交わる。
刃に映る僕の顔は、笑っていた。
違う。
こんなの僕じゃない。
僕は今、レイラの言葉に動揺してるはずで──。
レイラ「貴方は私を殺した後、誰か殺した?」
思い出せない。
戦場のことなんて忘れた。
レイラ「戦いに心が躍らなかった?」
僕は、ロリーナの隣に立てることが嬉しかった。
レイラ「一方的に嬲り殺すのは、どういう気持ち?」
剣が宙を舞った。
追撃の用意をするレイラに、対応ができない。
ここまで積み上げてきたものが一瞬で無意味に思えた。
戦いを嫌う自分は、不殺を誓った自分は、何だったんだろう。
国のためなんて思ってなかったけど、僕は、何を思いながら、戦場に、、、
--- ──何かが割れる音が、聞こえた。 ---
少しだけ痛みを感じる。
刃の先が僕へ刺さっていた。
レイラ「な、んで……!」
アリス「……昔話でもしましょう、レイラ」
5-49「遠き日の思い出に浸る」
アリスside
私を挟んだことでルイスの身体を貫かなかったかしら。
最終手段であった、“私が虚像で現実に来る”ということ。
血は出ない。
でも昔と違って、確実に身体へダメージが入ってる。
私の作った鏡が壊されるときと同じ感覚が、最も近い所で感じる。
アリス「懐かしいわね、0822。貴方が初めて使役した異能者になるの、完全に忘れてたわ。私だったら|志賀直哉《転移能力者》に殺されてたでしょうね」
レイラ「……長い間、シャムスだけが私といてくれた。ずっと、ずっと一緒に、、、」
アリス「だから“私の太陽”、ね……」
パキッ、と腹部からヒビが広がるのを感じる。
アリス「……勝っては負けて、負けては勝って。勝負はずっと追いかけっこの状態だったけど、レイラの勝ちで終わりね」
レイラ「なんで……!」
アリス「私はこの子のことを守りたい。そして、貴女に傷ついてほしくない」
レイラ「っ、だったらあの時助けてよ! 私も一緒に英国軍に行けてたら──」
アリス「過去は過去よ。私達には変えられない」
やめましょうよ、もう。
そう微笑むと同時に、私は床へ倒れた。
アリス「こんなこと終わりにして、罪を償って、また会いましょう。私達なら──」
レイラ「うるさい!!」
抜いた剣を振り上げるレイラ。
でも、気がつけばワンダーランドだった。
ルイスが転移してくれたんでしょうね。
ただ一つだけ、レイラに聞きたいことがあった。
アリス「──なんで、泣いてるのよ……っ」
駆け寄ってきた与謝野さんを横目に呟く。
でも、誰も答えてくれない。
私の問いは、何もないワンダーランドで霧散した。
5-50「何もないこの空間で──」
ボクは、色々なことを覚えている。
どうして探偵社にいることにしたのか。
どうして横浜にまた訪れたのか。
どうして万事屋をやっていたのか。
どうして人との繋がりを完全に絶たなかったのか。
どうして英国軍を抜けたのか。
どうして英国軍に入ったのか。
ボクは、何一つとして忘れていない。
---
現実でもなければ、異能空間でもない。
存在するが、存在しない──そんな不思議な空間。
ボクは、そこで一人だった。
少なくともここ数年は誰とも会っていない。
そして、会えるわけがない。
ここは現実でいう深海のような場所。
人間が観測可能な深度よりも、ずっとずっと深い場所。
寂しいかと聞かれたら、寂しいと答えよう。
それがキミの望む答えだろうから。
でも、実際は寂しくなんてなかった。
その感情を知ったのはボクが此処に来る少し前のことだし、生憎と或る感情以外は持ち合わせていない。
外はどうやら、大きな争いが起きているらしい。
そういうのだけは、何もないこの空間でも感じられる。
キミは、彼らの戦いをちゃんと見てきたのだろう。
そうでなければ、此処には辿り着かないはずだから。
正義と正義のぶつかり合い。
それが争いというものだ。
自身が正義で、相手が悪だと決めて戦うことは別におかしいことではない。
ただ、馬鹿馬鹿しいと思うのはボクだけだろうか。
今回だってそうだ。
正義を貫くために彼は剣を取った。
自身が壊れることも分かっているはず。
だのに過去の因縁だとか、そんなものの為に武器を手に取る。
頼れる仲間がいるなら、ソイツらに任せたら良いだろう。
自分でケリをつける必要は、何だろう。
そういうことが理解できないのが、ボクという存在。
さて、どうだろうか。
キミはボクという存在を理解できただろうか。
ま、こんな独り言で理解できたらキミは天才だ。
ただ、この先にボクが登場するか──否か。
それだけでも結末は大きく変わる。
化物は、怪物は、悪魔は、
……ボクはこの物語に必要だろうか。
要らないものとして閉じ込められたのだから、出番がないのが一番いい。
でも、もしも、本当に彼が必要とするのなら。
ボクは力を貸したいと思っている。
それまでは何もないこの空間で、ゆっくりと争いの雰囲気を楽しむとしよう。
こんなに大きな戦いは、戦争以来だろうから。
……まだ居たんだね、キミ。
ただ、ボクの独り言を読み進めただけかもしれないけど。
何処までいこうが、さっきまでの話以上のことはないよ。
あるのは枝分かれた未来への切符だけ。
此処はいわゆる、マルチエンディングの分岐点なわけだ。
切符が欲しいかい?
といっても、|読者《キミ》は貰わずとも|迷ヰ兎《かれら》の向かえる結末は観測できるだろう?
それも、ボクよりも正確に。
この場所は、あくまで雰囲気しか感じられないからね。
それと、感情の変化ぐらい。
キミ、ハッピーエンドは好きかい?
ま、嫌いな人の方が少ないだろうけど…。
幾つか考えているみたいだけど、結局どうなるんだろうね。
投稿の仕方を悩んでるみたいだよ。
何か、良い案があったら教えてくれないかな。
そうすれば、更新が早くなるかも。
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さて、ボクの話はここまでにしようか。
もう話題なくなってきたし。
じゃあ読者の皆さん。
暫く投稿は止まるけど、素敵なエンディングが迎えられるように応援してあげて欲しい。
ボクの出番は──うん、きっとまだ先になる。
意外と早いかもしれないけどね。
それじゃまた会おう。
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何もないこの空間で待っているよ、ルイス。
第六章「幾つにも枝分かれした未来で」
5-51「ヨコハマを守る者」
5-42「目的と想い」の裏で──
グラムside
ヨコハマにやってきて、そこそこ暴れて。
荒覇吐とやらがまだ顕現しないのかな、なんてことを考えて。
グラム「──確かに俺は英国軍の奴らへしか、殺意がねぇよ。でも時間稼ぎはしないといけねぇから」
辻村「クッ……荒覇吐の顕現は中原さんの命を削ることにも繋がるのに、貴方は──!」
グラム「俺にとっての優先順位はお嬢だからな。そう命じるなら、部下として遂行するだけだ。元より他の人間に興味はない」
欠伸をしながら雑談をしていると、影から其奴が現れた。
どうやら荒覇吐の器を機械に繋げられたらしい。
???「……あと、此方を手伝うように云われた」
グラム「いや、必要ねぇよ。俺一人で充分だし、お前の異能は戦闘向きじゃないだろ」
???「……そう、だね」
グラム「いつも思ってたんだが、その喋り方止めろよ。ま、殺さずのマフィアが数人で悪夢を見るのに、何百人も殺してたら心が壊れて当然か」
心残りなんてなく、意識がはっきりしてなければ俺等も苦労しないんだが。
???「……影にいるから、危なかったら助けに来る」
グラム「じゃ、荒覇吐が顕現するまで暇だな。今の俺に敵はいねぇのお前も判るだろ、志賀直哉」
直哉「……それじゃ」
おい無視かよ、とツッコミを入れようとすると目の前を鎖が横切った。
直哉の腕に巻き付いたかと思えば、異能で半身ほど入っていたのに影から弾き返されていた。
???「間に、あった……!」
グラム「誰だ? 少なくとも特務課の異能者一覧にお前の情報はなかった」
走ってきたのか、息が上がっている。
見た目は二十代って所か。
にしても、異能が判らない。
何故、鎖が巻き付いたら志賀直哉の異能が解除されたのだろう。
グラム「……まぁ、どうでもいい。お前も適当にあしらって──」
創るのが楽な短刀を飛ばすも、鎖に全て弾き返された。
グラム「ハッ……そこそこ戦えるみたいだが、これはどうかな」
辻村「あの大きさは流石に防げないんじゃ……!」
グラム「大人しく眠ってろ」
大剣を操り、先程と同じように飛ばす。
舐めているのか、相手も先程と同じように鎖一本で防ごうとしていた。
辻村「っ、“影の子”!」
特務課の女が異能を使おうとしたが、それよりも早く大剣は辿り着く。
???「……うちの情報網を舐めるなよ、《《ハチャトゥリャン》》」
大剣はまた弾かれ、空気が震える。
睨みつけるようにグラムは叫ぶ。
グラム「その名前を何処で──!」
???「どれだけ情報を消したとしても、残ってるんだよ。必要な情報を全て明らかにするのが、マフィア内で多くの情報を扱う俺の仕事だ」
グラム「ポートマフィアだと……!? お前みたいな異能者なら倫敦に行ってる筈じゃあ──」
???「|上司《紅葉さん》に残るよう云われてるからな」
さて直哉、と男は俺のことはもう見向きもしない。
???「特務課の通信を傍受してれば、お前が何度も無理やり殺しをさせられてたらしいな」
直哉「……そ、れは」
???「この力じゃ、お前は救えない。だからちゃんと救うのはルイス君に頼むしかねぇけど、いま以上に傷つくことがないように頑張るからさ」
直哉「……直行兄さんっ、」
直行「俺を、俺の異能を信じてみてくれ」
グラム「無視するんじゃねぇよ!」
マフィアの異能者。
それも一人だ。
だのに俺はどうして苦戦している。
グラム「志賀直哉……っ!」
直哉「異能が発動できなくて、その、」
グラム「この役立たず──」
直行「人の弟を“役立たず”呼びとは、随分とお前は偉い奴らしい」
グラム「……クソがッ」
はい、毎度お馴染み(?)天泣です。
てことで!
色々ありまして五章まだまだ続きます!!
最後に謎の人物が出てきて良い感じに次にいけそうだったのにね!!!
これでこそ天泣!!!!
皆は計画をちゃんと立ててから投稿とか宿題をしようね!!!!!
それじゃまた!!!!!!
5-52「消したい過去ほど残る」
グラムside
此方の攻撃は当たらない。
それに加えて、政府の狗がどんどん逃がされていく。
でも一番苛立っている理由は──。
グラム「手前、何処で知ったんだ」
直行「そんなに気になるかよ、ハチャトゥリャン?」
グラム「……殺す」
俺の真名を知っているのは、お嬢だけでいい。
死んだ後にまたお嬢の下で働けたら、それだけで良いんだ。
グラム「その名前を知ってるお前は絶対に──!」
バンッ、と銃声が響く。
直行「……そう簡単に殺されてたまるか。特にお前がやったことは、絶対に許せねぇ」
グラム「それはこっちの台詞だ。……本当に何処で知った? 軍に入るときにはもう過去は消した」
直行「そんなに過去を消したいか?」
グラム「黙れ」
作った大剣は弾かれる。
あの鎖が異能なんだろうが、何処か抜け道はないのか。
『ハチャトゥリャン? 長すぎよ、名前。そうねぇ…今日から貴方は──』
深呼吸をして剣を構える。
俺は俺だ。
過去を知られても、何も変わらない。
直行「……っ、速ッ、、!」
グラム「その鎖ごと斬り倒してやるよ…!」
直行「残念だがそれは不可能だ、ハチャトゥリャン」
斬れねぇのは分かってる。
だから俺は、非常に不服だが政府の奴らの周りに武器を生成した。
直哉「兄さん!」
直行「……嘘だろ、おい」
政府とマフィアでは関係が悪いと思ったが、想像とは違うらしい。
鎖がそのまま政府の奴らを守るために、男から離れる。
これで鎖野郎に苦戦することはない。
辻村「後ろ!」
グラム「遅い!」
急いで大剣を振るうと、何故か目の前に《《何か》》があった。
グラム「……は? 檸檬?」
よく見ると、それは本物ではない。
精巧に作られた何かだ。
気がつけば目の前が明るくなっており、急いで大剣を戻して防ぐ。
多少爆風で飛ばされたが、ダメージはそこまで大きくない。
というか、この檸檬爆弾は範囲的に志賀直哉や特務課たちも巻き込んでるんじゃ──。
直行「おい梶井! タイミングを考えやがれ!?」
梶井「まぁまぁ、そこは幹部補佐殿が対応してくださると信じていたので」
背後から聞こえた声に振り返ると、檸檬を持った男がそこにはいた。
それが爆弾と気がつくのは、自分でも早かったと思う。
でも、こんな目の前で起爆するとは誰も思わねぇだろうが。
この白衣野郎も巻き込まれてるだろ。
梶井「お代わりもどうぞ♪」
爆発の煙の中、そんな声が聞こえたかと思えば足に何か当たった。
今度は足元にめちゃくちゃ檸檬が転がっている。
グラム「嘘だろおい!?」
番外編「いつかの光景」
辻村「先生! 急な外出は止めてくださいっていつも云ってますよね!?」
綾辻「そんなことより辻村君。あんな所に強盗がいるぞ」
辻村「え、あのっ、はい???」
綾辻「銃まで出して……はぁ、そんなに金が必要なら全うに働いた方がいいだろう」
辻村「っ、綾辻先生! そこを動かないでくださいね! お願いしますよ!」
綾辻「……監視対象から目を離してはいけないだろう。全く、この街は馬鹿と阿保しかいないのか」
乱歩「福沢さーん、銀行強盗だってー」
福沢「……そんな棒読みでは何を云いたいのか分からん」
乱歩「興味はないけど解決した方が知名度アップになるかなーって。でも僕、お腹空いたから甘味処いきたい」
福沢「自由か」
乱歩「それに僕がいなくても大丈夫でしょ」
福沢「……どういうことだ?」
強盗「コイツの命が惜しけりゃ金を持ってこい!」
ルイス「……(めんどくせぇ)」
銀行員「よっ、用意しました!!」
強盗「じゃあ次は車だ! 手前もちゃんとついてこい──よな?」
ルイス「あぁ、ごめん。受け身も取れないほど雑魚とは思ってなくて」
強盗「手前……!」
ルイス「あ、この拳銃はとりあえず預かるよ」
辻村「政府諜報員です! 今すぐ投降しなさ──って!?」
強盗「助けてくれ! 殺される!!」
ルイス「あー……ヤベッ、これじゃ僕が銀行強盗だ」
辻村「拳銃を下ろしなさい!」
ルイス「はい、下ろしまーァす」
辻村「え?」
ルイス「ん?」
辻村「そんな簡単に応じますか普通!?」
ルイス「君の中の普通は知らないけど、別に僕は争いを求めていないからね。ついでに云うと、銀行強盗は其奴ね。僕は無害な一般人でーす」
銀行員「いや、その金髪が犯人だ!」
ルイス「……めんどくせぇ(共犯者かよ)」
辻村「と、とにかく話は別の場所で聞きますので」
強盗「(今のうちに政府の諜報員とか云う女を殺して予定通りの流れに戻さねぇと)」
ルイス「……! (懐に隠し持ってたのか……!)」
強盗「死ねェ! 役に立たねぇ政府の女ァ!」
辻村「なっ……! (金髪の方の云っていたことが正しかったなんて。今避ければ、後ろにいる一般人に──)」
綾辻「なかなか面白い状況になってきたな。ティータイムにはちょうどいい」
京極「何故そう思う?」
綾辻「……出たな、京極」
京極「辻村君が亡くなれば、優秀な小間使いを失うことになるんじゃ?」
綾辻「うるさい。ただ、俺が“影の仔”は壊したから護る者はいない。復活に暫く時間は掛かるだろうからな」
京極「だから面白いと?」
綾辻「貴様は知っているか、英国の“戦神”を」
京極「……あの少年がそうだと?」
綾辻「俺と同じだ。嫌なほど死の気配が纏わりついている」
辻村「……あれ、死んでない、、、?」
強盗「な、何が起こって──」
ルイス「弾切れを起こしていないかぐらい、確認しておくことだね」
強盗「そんなっ、俺、まだ一度も使って……!」
ルイス「君みたいな一般人にまで銃が渡るとは……この国、というか街は大丈夫か? あ、拳銃もらうよ」
辻村「それ、|安全装置《セーフティ》が外れて……?」
ルイス「ないね。ははっ、本当にド素人だとは。もう銀行に用はないし、僕行くから」
辻村「ちょっと!? セーフティが掛かっているとは云え、銃を投げるのは──ってアレ? い、いない!?」
乱歩「強盗が持っていたのはちゃんと弾の入っている拳銃。でも異能力で、弾切れをしているモノに交換したんだろうね」
福沢「そしてルイスが拳銃を手に取った際に元の弾入りに戻した、と……助太刀の必要もないのは、彼がいたからか」
乱歩「普通に目の前の甘味処だけど、高みの見物ってね。僕が出る必要もなかったでしょ? そもそも銀行強盗は推理せずとも犯人が捕らえられるか、自首するかの二択しか無い。流石にこの国の警察でも“逃がす”なんてことはないからね」
福沢「……水色の髪の女史は──」
乱歩「私服警察、というにはスーツを着てるけど政府関係者じゃない? 福沢さんが知らないなら新人だと思う」
福沢「乱歩がそう云うなら、確定だろうな」
乱歩「にしても、ルイスは何で銀行になんていたんだろうね〜」
福沢「……推理しないのか」
乱歩「興味なし! 僕が今この瞬間に推理しなくちゃいけないのは、『どうしてこんなに白玉あんみつが美味しいのか』だからね!」
辻村「あぁ! 一人でコーヒー飲んでズルいです!」
綾辻「君も頼めば良いだろう。俺はもう飲み終わるが」
辻村「というか『動かないでください』って云いましたよね? また私が先輩に怒られるんですけど」
綾辻「それは御愁傷様だな。一杯ぐらいなら奢ってあげよう」
辻村「え、ホントに?」
綾辻「──ルイス・キャロルはどうだった?」
辻村「ルイス──って、あの“戦神”の!?」
綾辻「……君、本格的に大丈夫か? 諜報員としてやっていけなくなったら小間使いとして雇ってあげよう」
辻村「…いや、遠慮させていただきます……」