悠久の時を生きる天界の神々。彼らの世界は、天帝を頂点に、「柱神」「精霊」といった厳格な階級と、「理(ことわり)」と呼ばれる世界の法則によって秩序が保たれていた。
物語は、世界の根源的な力を司る四柱の神を中心に展開する。
ゲネシス(創造之神)は、理想主義者ゆえに「全ての命を救いたい」と願い、下界の生命の寿命に密かに干渉し続けていた。この禁忌は、長年秘密の恋人関係にあるグライア(冥府之神)への愛情表現?としての猛アピールと同様、彼の純粋な信念からくるものだった。
しかし、その小さな禁忌の積み重ねが、やがて世界の「理」のバランスを大きく崩壊させ始める。
下界では死が機能しなくなり、天界全体に未曾有の危機が訪れる。
事態の深刻さにいち早く気づいた、ゼフィール(天空ノ神)の分析により、原因がゲネシスの禁忌にあることが発覚する。
天帝から下された勅命は、「秩序を乱す者への罰」。
秩序を絶対とするグライアは、愛するゲネシスを討つか、世界の崩壊を見過ごすかという、究極の選択を迫られる。彼女は私情を押し殺し、「冥府之神」としてゲネシスの排除を決意する。
二柱の神が衝突し、天界が揺らぐクライマックス。
シルフィア(小精霊)とゼフィールは、天帝から得た僅かな許可を手に、二人の間に割って入る。
彼らが提示したのは、「排除」ではない、「新たな理の構築」という第三の道だった。
葛藤の末、四人の神々は手を取り合い、それぞれの神力を融合させて世界のシステムを再構築する。
世界は救われ、危機を乗り越えたことで、彼らの絆はより一層深まる。
秘密だったゲネシスとグライアの関係は公然のものとなり、ゼフィールとシルフィアもまた恋人同士となる。
四人は「新たな理の守護者」として、穏やかで希望に満ちた永遠の日常を歩み始めるのだった。
続きを読む
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
第0話:『天界柱神録』を彩る神々
グライア(Graia)
名前: 冥府之神
年齢: 数十億年
性別: 女子
階級: 柱神 / 正神
役割: 死を司る者。死をもたらす神。
容姿: 黒いロングコートに白髪ロングでジト目。
性格: シャーデンフロイデ(他人の不幸を喜ぶ)。表向きは冷徹でクールだが、心を許した相手には情を見せるツンデレ。プロ意識が高く、仕事とプライベートの区別は厳格(すぎる)。
特徴:
神殿は北の方角。黒色を基調とした閉鎖的な建物で、常に冷たい霧が立ち込めている。他の神々に対しては「無言の圧力」で拒絶する。
恋人のゲネシスからのアプローチにはドン引きし、容赦ない物理攻撃(蹴り)を浴びせるが、内心では満更でもない。
シルフィアの恋事情だけは特別に好きで、妹のように可愛がっている。
ゲネシスとは次神時代からの長年の恋人だが、公には秘密。
ゲネシス(Genesis)
名前: 創造之神
年齢: 数十億年
性別: 男子
階級: 柱神 / 正神
役割: 命を司る者。生命を創造した神。
容姿: 白いロングコートに白髪の短髪で吊り目。
性格: 優しく明るい青年風で、誰にでも寿命などを分けられる。理想主義者。恋愛に関しては非常に情熱的かつ行動的(そして無自覚なドM気質)。
特徴:
神殿は東の方角。「創造の庭園」に隣接する、白と朱色、緑を基調とした開放的な建物。
グライアに猛アピールし続け、ドン引きされながらも交際まで漕ぎつけた立役者。グライアに蹴られても「愛の鞭!」と喜ぶ。
その優しさゆえに禁忌を犯し、物語の主要な引き金となる。
シルフィアとゼフィールの恋を、先輩として温かく見守っている。
ゼフィール(Zephyr)
名前: 天空ノ神
年齢: 数十億年
性別: 男子
階級: 次神 / 司神
役割: 気候を変える者。気候神。
容姿: 青色ロングコートに水色髪色のウルフカットのぱっちり目。
性格: 大人しめであまり自分のことを話さない。思慮深く冷静。非常に論理的で、感情の機微には疎い。
特徴:
神殿は北西の方角。青色の屋根を持つ壮大な建物。天候観測設備がある。
寡黙だが、仕事に関しては真摯に対応する。
世界の「理」の欠陥にいち早く気づく知的な側面を持つ。
シルフィアの好意には気づいていない(鈍感)。グライアとゲネシスの関係性は「理解不能な現象」として捉えている。
シルフィア(Sylphia)
名前: 小精霊(精霊長)
年齢: 数億年(数億歳前半)
性級: 精霊
役割: 風を呼び起こす物。風神。
容姿: 薄緑のロングコートに緑色の髪色でボブの垂れ目。
性格: 明るいが内向的な性格。仲の良い4人(特にグライア)といる時は普通の女の子。純粋で行動的。
特徴:
4人の中では最年少で、階級も一番下。周りからは妹のように思われている。
ゼフィールのことを気になっており、恋心を抱いている。
グライアの神殿に唯一出入りできる外部の存在であり、物語の鍵を握る仲介役となる。
ゲネシスがグライアに蹴られる様子を見て、「すごいポジティブ」と感心している。
第一話:北の神殿と、小さな平穏
広大な天界には、数多の神々が存在する。彼らはその誕生の古さや司る概念の大きさによって階級が定められていた。頂点に座すは|数澗歳《すうかんさい》を超える|天帝《てんてい》。その下に、世界を形作る根源的な力を司る
「|柱神《はしらかみ》」、そして「|次神《じしん》」が続く。彼らの年齢は数億、数十億歳にも及ぶ。
死を司る柱神、グライアは、今日も北の方角にある自らの神殿の玉座に座していた。黒色を基調とした閉鎖的な建物は、常に冷たい霧が立ち込め、他の神々は「無言の圧力」を感じて容易に近づけない。
「……退屈だな」
グライアがポツリと呟く。彼女の役割は、下界の命の終わりを見守ること。
本来であれば常に忙しいはずだが、最近の下界は比較的平穏だった。
その気だるげな「じと目」は、この平穏すら皮肉にも面白くないと感じているようだった。
その時、神殿の重々しい扉が、からりと音を立てて開いた。無言の圧力をものともせず入ってきたのは、薄緑色のコートを着た、緑髪ボブの精霊――シルフィアだった。
「グライア様!遊びに来ました!」
シルフィアは、この神殿に唯一自由に出入りできる外部の存在だ。グライアの表情は、シルフィアの姿を見た瞬間、少しだけ和らいだ。
「うるさい精霊だな。勝手に入ってきて」
「えへへ、だってグライア様、いつもここにいるんだもん」
シルフィアはグライアの玉座の階段に腰掛け、ゼフィールへの淡い恋心を語り始める。グライアは
「他人の不幸(恋バナ)」を喜ぶシャーデンフロイデな性格を発揮し、
「ふん、あの天空神は鈍感そうだし、上手くいくかしらね」
と、妹のように可愛がりながら話を聞く。
---
一方、東の方角。「創造の庭園」に隣接する、白と朱色、緑を基調とした開放的な神殿では、真逆の光景が広がっていた。
「もっと命を輝かせていいんだよ!」
創造之神ゲネシスは、今日も下界の生命の寿命に干渉していた。悪意はない。
ただ純粋な理想主義者として、全ての命を救いたいという優しさからくる行動だった。彼は白いロングコートを翻し、誰に対しても優しく接する。彼の神殿への出入りは自由で、助けを求める者を拒まない。
しかし、その優しさが世界の「理」を少しずつ歪めていることに、彼自身は気づいていない。
---
そして、北西の神殿。ゼフィールは青色の屋根を持つ壮大な建物の中で、天候観測設備を睨んでいた。寡黙で思慮深い彼は、世界のバランスを示す数値の微細な変動に、いち早く気づき始めていた。
「……世界の『理』に、歪みが生じている」
ゼフィールの呟きは、誰にも届くことはなかった。
それぞれの「日常」が流れる中、神々の世界を揺るがす大きな異変の兆候は、すでに忍び寄っていた。
🔚
第二話:冬の朝4時と、変わらぬ風景
下界が冬の深い眠りにつく頃、天界には少し奇妙な「冬の恒例行事」があった。
早朝4時。まだ夜の帳が下りたままの時間帯に、東の方角にあるゲネシスの神殿前。
「しーっ、行くぞシルフィア」
北の神殿から移動してきたグライアが、人差し指を唇に当てて注意を促す。隣には、少し興奮気味のシルフィアがいる。ゼフィールはすでに到着しており、神殿の入り口で静かに待機していた。
「毎回思うが、許可は得ているのか?」
「許可を取ったら、この行事の意味がないだろう」
ゼフィールの冷静な問いかけを、グライアは一蹴する。ゲネシスは「創造の庭園」に隣接する自室で、心地よさそうに寝息を立てているはずだった。
三人は忍び足で神殿の中へと入っていく。ゲネシスの神殿は開放的な造りのため、早朝のひんやりとした空気が心地よい。
「おはよう、ゲネシス様!」
「うるさい、シルフィア。起こすなよ」
シルフィアが元気よく駆け寄る一方で、グライアは早速彼のベッドサイドに陣取り、寝顔をじと目で眺めている。ゼフィールは慣れた様子で、神殿内の観測機器の電源を入れる。彼らにとって、ここは冬の間の「無断休憩所」兼「打ち合わせ場所」だった。
数分後、ゲネシスがようやく目を覚ます。
「んん…あれ?みんな、どうしたんだい?こんな朝早くから」
目をこすりながら首を傾げるゲネシスに、グライアは冷たく告げる。
「冬の集合場所に使わせてもらってる。許可は取っていない」
「無断でごめんね、ゲネシス様!」
シルフィアが頭を下げる。ゼフィールは淡々と「ココアの生成を頼む」と注文する。
ゲネシスは一瞬呆気にとられた後、満面の笑みを浮かべた。
「なんだ、みんな僕に会いたかったのかい?嬉しいなぁ!もちろん、好きなだけ使ってくれていいよ!」
その純粋な笑顔が、グライアには心底気に食わなかった。
「ふん」
グライアの容赦ない拳が、ゲネシスの鳩尾(みぞおち)に命中する。
「ぐはぁっ!」
「痛っ!」と声を上げるゲネシスだが、すぐに「愛の鞭だ!嬉しいなぁ!」
と満面の笑みを浮かべる。
「いいか、シルフィア」
グライアはため息をつきながら、鼻血を出しつつも嬉しそうなゲネシスを指差す。
「こういう男は気をつけたほうがいいぞ。大半は変態だ」
ゲネシスは笑いながらいう
「ひどいなぁ、俺は君だけの理想主義者だよ」
シルフィアは目を丸くして二人を見比べ、「は、はい!グライア様!」と元気よく返事をした。ゼフィールだけは少し離れた場所で、この光景を「理解不能な現象」として冷静に観測データに記録した。
天界の冬の朝は、いつもと変わらない騒がしさで幕を開けた。
🔚
第三話:理想主義者の信念と、世界の歪み
「ありがとう、ゲネシス。ココアとても美味しいよ」
ゲネシスの神殿の一角で、ココアを受け取ったゼフィールが嬉しそうに微笑む。ゲネシスは静かに頷いた、ゼフィールは観測機器の画面に目を落とした。
は、すでに神殿を出て、隣接する広大な「創造の庭園」へと向かっていた。白と朱色、緑を基調とした開放的な庭園には、本来天界には存在しないはずの下界の植物や生命が溢れていた。
グライアは、ココアを飲みながらその背中をじと目で見つめていた。
「あの馬鹿、今日もやる気満々ね」
「やる気、ですか?」とシルフィアが首を傾げる。
「彼はね、世界の『理』なんて無視して、自分の『理想』に従うたちなのよ。全ての命を救いたい、なんて馬鹿げた理想をね」
グライアの言う通り、ゲネシスは庭園の最も古い樹木の前に立ち、自らの神力をその根元へと注ぎ込んでいた。
「もう少し、もう少しだけ……」
それは、下界で本来の寿命を終えつつある命に、自らの神力の一部、すなわち「寿命」を分け与えるという、柱神としての禁忌だった。神々は世界の「|理《ことわり》」を司る存在であり、その流れに逆らうことは許されない。しかし、ゲネシスはその禁忌を、何億年も前から日常的に犯していた。
「彼の信念は純粋だが、その行動は世界に対する明確な反逆だ」
ゼフィールが、観測画面から目を離さずに呟いた。画面には、生命力のバランスを示すグラフが、警告を示すかのように不安定な波形を描いていた。
「でも、ゲネシス様はみんなを助けたいだけなんです……」
シルフィアは純粋な優しさゆえの行動だと分かっていたからこそ、複雑な表情を浮かべる。
「その『助け』が、世界全体の『死』を招いていることに気づいていない。あるいは、気づかないふりをしている」
グライアはココアのカップを静かに置き、冷たい視線をゲネシスへと向けた。彼の理想主義は、彼女との長年の関係性と同じくらい、決して揺るがないものだった。そして、その揺るがない信念こそが、今、天界を、そして下界を破滅へと導きつつあった。
庭園では、神力を受け取った下界の命が、本来死ぬはずの運命から解放され、再び輝き始めていた。
「これでまた一つ、命が救われた」
ゲネシスは満足げに微笑む。しかし、その笑顔が世界の秩序を乱しているという事実は、誰の目にも明らかになりつつあった。
第四話:知的な懸念と、異変の報告
ゲネシスの神殿での朝の集いが終わり、各自がそれぞれの神殿へと戻っていった。
ゼフィールは北西の方角にある自らの神殿に戻り、広大な天候観測設備の中央制御室に腰を下ろした。彼にとって、感情という「変数」は世界の安定を乱すものだったが、「理」の崩壊という「バグ」は、何よりも許容できない異常事態だった。
彼は天帝から与えられた特別な権限で、世界のあらゆる生命の循環データをリアルタイムで収集・分析していた。画面に映し出される無数のグラフと数値は、日を追うごとに悪化の一途を辿っている。
「……致死確率の低下。寿命の停止。個体数の異常増加」
ゼフィールは寡黙に、しかし正確にデータを読み上げていく。彼の頭脳は高速で解決策を模索するが、原因が「柱神による直接干渉」という前代未聞の事態であるため、有効な対処法は見つからない。
「これは、世界の根幹を揺るがすバグだ。修正が必要だ」
ゼフィールは、事態を天帝に報告するための準備を始める。もはや、四神の間で密かに解決できるレベルではないと判断したのだ。
---
その頃、天界の中央に位置する天帝の宮殿には、下界から次々と報告が舞い込んでいた。
「報告申し上げます!下界第三地区において、本来寿命を迎えるべき数十万の生命体が、未だ生存を続けております!」
「同じく第五地区でも!死が機能しておりません!」
宮殿は騒然としていた。天帝は、数澗歳という悠久の時を生きてきたが、これほどの異常事態は経験がなかった。世界の「理」、特に「死」という絶対的な流れが滞っている。それは、世界そのものが詰まり始めているようなものだった。
「一体、何が起きているのだ……誰かが、世界の根幹を弄っているのか?」
天帝の鋭い視線が、報告に来た神官たちに向けられる。しかし、誰も答えられない。
この日を境に、天界全体に緊張が走る。平和な日常は終わりを告げ、神々の世界は大きく動き出そうとしていた。そして、その原因が、他ならぬ「創造之神ゲネシス」にあることを、天帝と柱神たちはまだ確信していなかった。
🔚
第五話:天帝の勅命
天界を覆う緊張感は、もはや隠しようがなかった。下界からの報告は止むことなく続き、死を司るグライアの神殿にも、本来ならば彼女の管轄下に収まるはずの膨大な数の魂が流入してこないという異常事態が、明確なデータとして示され始めていた。
「ふん……やはり、あの馬鹿の仕業ね」
グライアは自室で一人、冷たい笑みを浮かべた。彼女はすぐに原因がゲネシスだと察知していたが、確証はなかった。しかし、この異常な魂の流れの停滞は、ゲネシスの「創造」の力が過剰に働いていることを示していた。
もはや、静観しているわけにはいかない。これは彼女の「仕事」に対する明確な妨害であり、世界の「秩序」を乱す許しがたい行為だった。彼女は立ち上がり、天帝の宮殿へと向かう準備を始めた。
---
その頃、ゼフィールはすでに宮殿に到着していた。彼は天帝の側近たちに、自らの分析データを見せていた。
「……原因は、特定の個体への『寿命』の過剰な供給による、生命循環の局所的停止が積み重なった結果です」
ゼフィールの冷静で的確な分析は、混乱していた神官たちを静まらせるのに十分だった。天帝は黙ってデータを見つめ、深く頷いた。
「つまり、誰かが意図的に、あるいは無意識に、世界の『理』に反する行為を続けているということか」
天帝の言葉に、神官たちは息をのむ。それは神に対する最も重い罪を意味していた。
そこに、グライアも到着する。彼女は冷徹な面持ちで、天帝に頭を垂れた。
「冥府之神グライア、罷り越しました。妾の管轄領域においても、甚大な異常を来しています」
天帝は、秩序を司る柱神たちの到着に、事態が最終局面に入ったことを悟った。
「四柱の神よ、集え。世界の『理』を回復せよ。禁忌を犯した者がいるなら、その罪を裁き、罰せよ」
天帝からの厳かな勅命が下される。それは、四神に対する絶対的な命令だった。
ゲネシス、グライア、ゼフィール、そしてシルフィア。下界の平和な冬の風景とは裏腹に、天界では彼ら四神の運命を、そして世界の未来を決定づける激動の歯車が、音を立てて回り始めたのだった。
🔚
第六話:四神の集結
天帝からの勅命が下り、世界の運命は四柱の神々に託された。彼らは天帝の宮殿からそれぞれの神殿へ戻り、事態の収束に向けて動き出さねばならない。
グライアは、宮殿を後にする際、ゲネシスを一瞥した。彼の顔色は優れない。自分の行いが世界を危機に陥れていることを、彼自身も薄々感じ取っていたのだろう。しかし、グライアは私情を挟まない。今は柱神としての責務を全うする時だ。
「ゲネシス、後で妾の神殿に来い」
グライアは冷たく言い放ち、振り返ることもなく自分の神殿へと戻っていった。その言葉に込められた意味を、ゲネシスだけが理解していた。
「……はい」
ゲネシスは力なく応じた。
ゼフィールとシルフィアも、二人の間に流れる張り詰めた空気を察していた。
「ゼフィール様、グライア様、怒ってるのかな……」
とシルフィアが不安そうに呟く。
「怒っているだろうね。彼女の『理』と『仕事』に対する妨害行為なのだから」
ゼフィールは冷静に答えながらも、データ分析で見た破滅的な未来を思い出し、表情を曇らせる。
「自分たちも、できることを探さないと!」
シルフィアは持ち前の行動力で、ゼフィールと共に今後の対策を話し合うため、彼の神殿へと向かった。
--- 数分後 ---
北の神殿では、グライアがゲネシスを待っていた。霧が立ち込める神殿内は、いつも以上に冷え込んでいるように感じられた。
やがて、ゲネシスが神殿に足を踏み入れる。グライアの「無言の圧力」は今日に限っては弱く、ゲネシスは難なく彼女の前に立つことができた。
「グライア、話というのは……」
ゲネシスが口を開こうとした瞬間、グライアは彼の顔面を思い切り殴りつけた。
「ぐふぅっ!」
鼻血を吹き出し、後ろに倒れ込むゲネシス。しかし、彼はすぐに笑顔で起き上がる。
「うわぁ!久しぶりに神力のこもったパンチ!愛の証拠だね、グライア!」
「うるさい変態」
グライアは冷たい視線を向けながらも、内心の動揺を隠せないでいた。彼はいつも通りだ。しかし、今回の問題は、いつもの痴話喧嘩とは次元が違う。
「なぜ、あそこまで世界の理を弄った?妾の仕事に泥を塗るだけでなく、世界を滅ぼしかけている」
グライアの口調は厳しかった。いつものお約束のやり取りではない、真剣な怒りがそこにはあった。
ゲネシスは鼻血を拭いながら、真面目な顔で答える。
「……ごめん。でも、すべての命には輝く権利がある。死の運命に抗いたいと願う命に、俺は『生』を与えたかったんだ。俺の理想なんだ」
彼の目は純粋で、悪意は微塵もなかった。しかし、その純粋さこそが、グライアの心を最も抉るものだった。
「その理想が、世界を滅ぼすというのなら――」
グライアは言葉を詰まらせた。愛する人を罰さねばならないという「理」と、彼の理想を理解したいという「情」が、彼女の心の中で衝突していた。
「――妾は、柱神としての責務を果たすまでだ」
グライアは冷徹な「冥府之神」の顔に戻り、目を伏せた。ゲネシスは、彼女のその表情を見て、自分の禁忌がどれほど重大なものであったかを、改めて思い知らされたのだった。
🔚
第七話:葛藤と決意
グライアの神殿での対話は、明確な結論を出せないまま終わった。ゲネシスはグライアに深く謝罪し、自らの神殿へと戻っていった。彼の足取りは重く、その表情には深い絶望が滲んでいた。
ゲネシスが去った後、グライアは一人玉座に残された。静寂の中、冷たい霧が彼女の心をさらに冷やしていく。
――**なぜ、あそこまで理想に固執するのか。**
彼女には理解できないわけではなかった。彼と出会った次神時代から、ゲネシスは常に生命に対する深い慈愛を持っていた。その純粋な理想に惹かれたからこそ、クールな彼女が猛アピールを受け入れ、長年にわたる秘密の関係を築いてきたのだ。
しかし、今は私情を挟むべきではない。「死を司る者」として、世界の「理」を守り、秩序を回復させる義務がある。
――**殺したくない。**
心の奥底で、愛する彼を失うことへの恐怖が鎌首をもたげる。だが、「柱神」としての責任感がそれを押しとどめる。彼女は立ち上がり、神殿の奥へと向かった。心を落ち着かせ、冥府の神としての冷徹さを取り戻すために。
---
一方、ゼフィールの神殿。
「分析の結果、このままでは世界の生命バランスは完全に破綻し、新たな理を構築しなければ、全ての生命活動が停止する」
ゼフィールは、シルフィアに最終的な分析結果を見せていた。彼の言葉は常に冷静だが、そのデータが示す未来はあまりにも絶望的だった。
「そんな……じゃあ、ゲネシス様を罰するしかないの?」
シルフィアの目に涙が滲む。優しいゲネシスも、クールだが頼りになるグライアも、どちらも大切な仲間であり、家族のような存在だ。どちらかを失うなど、考えられなかった。
「排除が最も単純な解決策だ。しかし、データはもう一つの可能性を示唆している」
ゼフィールは新たなグラフを表示させた。「新たな理の構築」――それは、世界の根幹を揺るがす壮大な計画だった。
「この案なら、誰も失わずに済むかもしれない。ただし、前例がない。成功確率は非常に低い」
ゼフィールの表情は真剣だった。彼は感情を排しているが、その選択肢に賭けたいという密かな願いがあった。
「やりましょう、ゼフィール様!少しでも可能性があるなら、自分、グライア様とゲネシス様を止めてみせる!」
シルフィアは涙を拭い、決意の表情を見せた。彼女の行動力と風の力が、物語を動かす鍵となる。
そして、天帝の宮殿から、正式な勅命が改めて下された。
「柱神グライアよ、秩序を乱す創造神ゲネシスを討ち、理を回復せよ」
ついに、避けられない対立の時が来た。四人の神々の運命は、一点に収束していく。
🔚
第八話:宣戦布告
天帝からの「討て」という明確な勅命は、グライアにとって最終宣告だった。彼女はもはや迷わない。感情は冥府の霧の中に閉じ込め、柱神としての冷徹な仮面を被った。
北の神殿から出立するグライアの姿は、まさに死を司る神そのものだった。黒いロングコートが風になびき、そのジト目の奥には、いかなる情も宿っていないように見えた。
「グライア様……」
シルフィアが不安そうにその背中を見つめる。ゼフィールは静かに隣に立ち、
「これが最も合理的で単純な解決策だ。我々が提示した『新たな理』の可能性は、まだ天帝には認められていない」
と冷静に告げた。
「でも、自分は諦めない!」
シルフィアはゼフィールの言葉にもひるまず、風の精霊としての小さな体躯に秘めた強い意志を見せた。
---
一方、ゲネシスの神殿。ゲネシスは自らの行いの重大さに直面し、贖罪の方法を模索していた。しかし、彼にとって「命を救う」という理想を捨てることは、自らの存在意義を否定することに等しかった。
「俺は間違っていない……命は、輝くべきだ」
彼の理想主義は、世界の破滅よりも、目の前の命を救うことを優先させた。その純粋さが、彼を頑ななまでに一つの方向へと突き動かしていた。
その時、神殿全体が凍り付くような冷たい圧力に包まれた。グライアの「無言の圧力」だ。その圧力は、かつてゲネシスが神殿に無断侵入しようとした時の比ではない。明確な「敵意」と「殺意」に満ちていた。
「グライア……!」
ゲネシスは慌てて神殿の外へと飛び出した。そこには、すでに臨戦態勢のグライアの姿があった。
「創造神ゲネシス。天帝の勅命により、貴様の禁忌を討つ」
グライアの声は感情を完全に排しており、ゲネシスは身震いした。これは、愛しい恋人としての声ではない。絶対的な秩序を司る、冥府之神としての宣戦布告だった。
「待ってくれ、グライア!俺は……!」
ゲネシスが弁明しようとした瞬間、グライアは間合いを詰め、その拳をゲネシスの顔面に叩き込んだ。
「ぐふっ!」
今度の攻撃は、いつもの「愛の鞭」とは比べ物にならない神力が込められていた。ゲネシスは吹き飛ばされ、創造の庭園の木々に叩きつけられる。木々は瞬く間に生命力を失い、枯れ果てた。
「これは罰だ。私情はない」
グライアは冷たく言い放ち、再びゲネシスへと向かっていく。ついに、柱神同士の避けられない対決の火蓋が切って落とされたのだった。
🔚
第九話:衝突と理想の果て
グライアの攻撃は止まらなかった。愛する者への手加減は一切ない。むしろ、愛する者だからこそ、この世界の理を正す役目は自分にあると、彼女は自身に言い聞かせていた。
「これが、貴様の理想の果てだ!」
グライアの黒い神力が、無数の冷気となってゲネシスに襲いかかる。それは死の概念そのものを具現化したものであり、触れるものすべてを無に帰す力を持っていた。
ゲネシスは、白い神力で防御壁を張る。彼の力は生命の創造と維持。本来は攻撃的な性質ではないが、愛するグライアの攻撃を受け止めるため、必死で抵抗する。
「俺を罰したいだけだろう、グライア!君のその冷たい態度の裏にある焦りは、俺にはお見通しだ!」
ゲネシスは、痛みの中にもいつもの笑顔を忘れなかった。彼にとって、グライアが自分に真剣に向き合ってくれている証拠だと捉えていた。
「黙れ、変態」
グライアは顔を赤らめたが、攻撃の手は緩めない。彼女の怒りは、ゲネシスの無自覚な言葉に向けられたものではなく、この状況を作り出した世界に向けられたものだった。
戦いの余波は大きく、ゲネシスの神殿と庭園は瞬く間に荒廃していく。本来なら生命力に満ち溢れているはずの庭園の草木は枯れ果て、黒と白の力の衝突地点は、世界の終末を思わせる光景と化していた。
---
その頃、シルフィアとゼフィールは、天帝に最後の嘆願をしていた。
「どうか、新たな理の構築を試みさせてください!排除ではない、共存の道があります!」
シルフィアは必死に訴える。
「成功確率は?」
天帝は冷静に問う。
「……非常に低いです」
ゼフィールは正直に答える。
「しかし、このままでは世界の滅亡は避けられません。我々は、この可能性に賭けるべきです」
天帝は沈黙した。神々が世界の根幹に手を加えることは禁忌中の禁忌だ。しかし、目の前で世界が滅びかけているのも事実だった。
「ゼフィール、シルフィア。……許可する。だが、失敗すれば、お前たちにも重い罰が下ると思え」
天帝の言葉に、二人は深く頭を下げた。希望の光が見えた瞬間だった。
「グライア様とゲネシス様を止めないと!」
シルフィアは急ぎゼフィールと共に、二人が戦う境界へと急いだ。時間は残りわずか。二人の柱神の衝突は、世界の崩壊を加速させていた。
🔚
第十話:第三の道
グライアとゲネシスの激突は、もはや制御不能な領域に達していた。北の冷気と東の生命の輝きがぶつかり合う境界は、世界の理が捻じ曲がる特異点と化し、天界の空は不安定に歪んでいた。
「世界の、理に従え、ゲネシス!」
グライアは、自身の感情を押し殺し、冥府の神としての絶対的な使命感だけで動いていた。彼女の手のひらに集束する黒い神力は、触れるものすべてを無に帰す、究極の「死」の概念そのものだった。
「僕の理想は、間違っていない!全ての命は輝くべきだ!」
ゲネシスもまた、純粋な信念を曲げない。白い神力を防御に徹しつつも、反撃の意思を見せていた。
――**殺したくない。**
グライアの心の奥底で、長年隠し続けた本能が叫ぶ。次神になったばかりの頃から共に過ごし、あの命知らずなアピールを鬱陶しいと思いながらも、愛おしいと感じてきた日々の記憶が、頭の中を駆け巡る。
「…私は、死を司る者として、この世界の欠陥を正さねばならない」
自分自身に言い聞かせるように、グライアは力をさらに高める。その視線は冷たい氷のようだが、焦点が定まっていなかった。
――**殺さないとでも言うのか、柱神たる妾が!**
冷徹な「冥府之神」としての使命感と、一人の|女性《神》としての「ゲネシスを愛する心」が、彼女の中で激しい嵐となって渦巻く。普段の「無言の圧力」など比にならないほどの重圧が、彼女自身にのしかかる。
ゲネシスは、そのグライアの苦悩に満ちた表情を見て、静かに微笑んだ。
「大丈夫だよ、グライア。君の理は正しい。俺は、君に罰せられるなら本望だ」
その言葉が、逆にグライアの心を深く抉る。彼が自らの罰を受け入れようとしている純粋さが、彼女の迷いをさらに深くした。手が震え、集束した神力が不安定になる。
――**違う。妾は、貴方を罰したいんじゃない。**
その瞬間、彼女の力が最大になる前に、突風が二人の間に吹き荒れた。
「「やめて!」」
シルフィアとゼフィールが、風と共に二人の間に割って入ったのだ。シルフィアは身を挺してグライアの攻撃を受け止めようとし、ゼフィールは冷静な面持ちで彼らの力の衝突地点のすぐそばに立った。
「貴方たちの信念はどちらも間違っていない。だが、このままでは世界が滅ぶ」
ゼフィールは静かながらも強い意志を込めた声で宣言した。
「第三の道がある!」
🔚
第十一話:新たな理の提示
ゼフィールの言葉に、グライアとゲネシスは同時に攻撃の手を止めた。世界の崩壊を加速させていた黒と白の力の衝突は収まり、張り詰めた静寂が場を支配する。
「ゼフィール様、本当にあるんですか?誰も傷つかない道が!」
シルフィアは希望に満ちた目でゼフィールを見つめる。
ゼフィールは、事態の収束を見届けた後、冷静に口を開いた。彼の頭脳は、この瞬間のために何億通りものシミュレーションを重ねてきた。
「ゲネシスが犯した禁忌は、『寿命』という絶対的な『理』への干渉だ。そして、グライアの主張する『秩序の回復』もまた正しい。どちらかを完全に否定することはできない」
彼は、懐から取り出した水晶玉に、新たな「理」の概念図を投影した。
「僕が提案するのは、寿命を神々が任意に操作するのではなく、一定のルールに基づいたシステムとして再構築する案だ」
ゼフィールの説明は理路整然としていた。
「ゲネシス、君は『生命の創造』という根源的な役割は持つが、個々の命の寿命に直接干渉する能力は封印される。命の始まりは司るが、終わりは司らない」
ゲネシスは驚いた顔をした。それは彼の理想主義の一部を否定するものだったが、同時に多くの命を救う希望も見えた。
「グライア、君は『死』の管理者としての役割は継続するが、生命の循環システム全体を監視するという、より広範な役割を担う。死は世界のバグではなく、システムの一部となる」
グライアは黙ってゼフィールの話を聞いていた。彼女の「理」は守られる。だが、ゲネシスから活力を奪うことにもなる。
「このシステムを維持・監視するために、|風《ルシフィア》や|天候《僕》といった自然の力が連携する。四神全員で、新たな理を支えていくんだ」
ゼフィールは淡々とメリットとデメリットを提示した。この案ならば、世界の崩壊を防ぎつつ、二人を罰することなく解決できる。成功確率は低いが、不可能ではない。
ゲネシスは、自分の理想が完全に叶うわけではないが、世界もグライアも救える道に安堵した。
「俺は構わない。俺の我が儘のせいで、グライアやみんなを悲しませるわけにはいかないから」
ゲネシスは潔く提案を受け入れた。
残るはグライアの判断だった。彼女はゼフィールの論理的な説明と、シルフィアの希望に満ちた瞳、そしてゲネシスの穏やかな笑顔を見て、長年心に課していた「柱神としての使命」という鎖が解けていくのを感じた。
「……仕方ない。その案で、世界の『理』が保たれるなら」
グライアは、いつもの冷たい口調で同意した。しかし、その目には安堵の色が浮かんでいた。世界の秩序は守られ、何よりも、愛するゲネシスを失わずに済んだのだ。
こうして、四柱の神々は、誰も経験したことのない「新たな理」の構築という、壮大な挑戦に乗り出すことになった。
🔚