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目次
床
--- 5分前。 駅、独り。 ---
青かった空。視えない雲。
ここで待ってると、私は不安になる。
「来ないんじゃないか。」
不要な心配を無視して、目の前に夜をまとった電車が来る。
乗り込むと、この時間は誰も居ない。
公共の乗り物を独り占めできる…でもさすがに馬鹿はしない。
窓の外とは対照的。白く無機質な車内と使用済みの座席は優しく私を抱え込む。
--- 2分前。 窓、外、星。 ---
青の面影はない。星すら隠せない雲。
でもそれが、私の暇と疲れをつぶしてくれる。
「綺麗。」
星座なんて知らない、知らないほうが楽しい。
今だけは、全てが私を見守っていてくれる。
座席、つり革、窓、星、夜、そして床。
こんなに優しい場所は、どこにもない。
--- 1分前。 床。 ---
今気づいた、床に模様がある。
今まできっと誰にも気づかれなかったその模様は…
「椿」
私の名前と同じ。
嬉しかった。
私のことを、この電車も知ってくれたような気がした。
23時59分。私の生活で、久しぶりに嬉しかった。
--- 43分後。 安心した。 ---
夜中の声が私を起こす。
目的地まで、あと少し。
「ありがとう。」
窓の外、無数の星にそう告げて、席を立つ。
降りてもなお、気持ちがいい。
私の隣に来た夜は、どんな人よりも暖かい。
いつでも待ってる。私もそう思う。
---
朝。
やだ。
裏
文化祭をまわっているとき、裏を見つけた。
周りには誰も居ない。
「えぃっ!」
僕はそこに飛び込んだ。
そこは、マーブル模様の壁が続くホテルの廊下のような空間だった。
「105、273、144、変なの。」
部屋の番号はバラバラだった。
適当に144の部屋に入った。
その中は、ウユニ塩湖のような薄い海が広がり、遠くには平坦な山が広がる空間だった。
「わぁー、綺麗!!」
とても綺麗で、ずっと見ていたくて、ここでなら全てを許せる気がした。
そう思って、この空間を進んでいった。
---
目の前にドアが現れた。
開いて進むと、次は壁がない迷路についた。
少し進むと、そこには大きな2本の腕があった。
その先の指は、下手くそなハートを作っている。
なんとなく真似してみる。
「♡」
「なんか恥ずい//」
僕は随分大げさにその腕を避け、先へ進んだ。
空から大量のシャンデリアが伸びてくる、でも、その数が増えるたびに視界が暗くなる。
段々何も見えなくなる。
段々何も聴こえなくなる。
段々何も感じられなくなる。
段々…
---
目覚めると、そこは最初のホテルの廊下だった。
上を向くと、電球の代わりに僕が入ってきたところがある。
「そろそろ帰るか。」
天井に向かって飛び降りると、そこは文化祭の最中、騒がしい学校だった。
12の鐘が鳴る、終わるまで、あと2時間ほどある。
裏に行くのは…しばらくいい。
結
進めど進めど、終わりが見えない。
結われた道は、私を迷わせようとしている。
「ねぇ。」
ふと後ろから、本当の糸のような細くて綺麗な声が聞こえた。
振り向くとそこには、天使のような幼い身体に幼い顔、私を見上げる生気のない優しい目。
「あなたも迷子?」
子供にそう訊くと、予想外の答えが返ってきた。
「さっきまで。今はもう目的地についたから大丈夫。」
「えっ?じゃあその目的地って…」
「あなたのこと。」
そう言われても、私はこの子のことを知らない。
ましてやこの複雑な山、子供が一人で来れるはずが…
「そっちじゃないよ。」
「えっ、ああ。」
子供に手を引かれ、道なき道へ拐われる。
---
子供は、迷うことなく突き進む。
その姿に頼もしさと、得体のしれない不気味さを感じる。
あるところで、子供は体を停めた。
そこは大樹の下だった。
葉は一枚もないが、
それぞれの枝が、まるで細い指のように枝分かれしている。
「ここ…」
登る際時に、チラッと見えた場所。
その時は見て見ぬふりして進んだが、こうして見るとやはり不気味。
「…いや、登る時に見たってことは!」
すぐそばに、見覚えのある道があった。
力が抜ける。
息が漏れる。
迷子から帰ってきた時の独特の安堵を噛み締めて振り向くと、そこには既に子供はいなかった。
疲れていたのか、知っていたのか、何故か不思議には思わなかった。
「ありがとう。」
大樹にそう伝え、山を下った。
毒
思想を吐く。
偶像を吐く。
鱗片を吐く。
辛辣を吐く。
雑踏を吐く。
光圧を吐く。
水仙を吐く。
手紙を吐く。
宇宙を吐く。
熱量を吐く。
川辺を吐く。
脊髄を吐く。
そして全てを吐いてしまう。
全てに吐かれる。
全てに図られる。
思想を漏らす。
偶像を漏らす。
鱗片を漏らす。
辛辣を漏らす。
雑踏を漏らす。
光圧を漏らす。
水仙を漏らす。
手紙を漏らす。
宇宙を漏らす。
熱量を漏らす。
川辺を漏らす。
脊髄を漏らす。
そして全てを漏らしてしまう。
漏れた全ては一つになり、荒んだ輪郭を形作る。
荒んだ輪郭は虚像になり、歪んだ歴史を映し出す。
歪んだ歴史は毒となり、この星を侵す。
侵された星は繰り返す、人生の真実を追い求めて。
何
これは、何でもない。
でも確かにそこに在る。
「ねぇ、名前をつけてみてよ。」
少年は私を見上げ、不思議な声でそう言った。
「この醜悪で姑息な塊に、なんてつける?」
私は暫く動けなかった。
そんな私を、少年は健気に見つめる。
ここが何処なのか、少年が誰なのか、何も覚えていない。
「もしかして考えてる?真面目だねぇ〜。」
確かに考えてる、でも名前じゃない。
取り敢えず、ここに来る前の最後の記憶を思い出す。
---
随分と暑い日だった。ニュースキャスターも疲れていた。
机の上にはかき氷、しかし溶けそうな俺の体はそれを見ていることしかできなかった。
まだ虫の声は聴こえない。風鈴も、まだそこには無い。
軽い地獄のような時間、「あれ」が来た。
突然だった。
ニュースは緊急事態。
かき氷は崩れる。
虫は一瞬だけ騒ぎ、風鈴は姿だけが無い。
地面が揺れる。
久しぶりの体験だった。
大きさは3程度、家はその程度では崩れない。
ニュースによれば波もない。
私の冷や汗は、最後の一滴が床に落ちた。
---
(で、確かあの後寝たんだっけ。じゃあこれは明晰夢?)
意識は冷たい空間に戻ってくる。
少年は未だ、俺のネーミングセンスに期待している。
その期待の目に負けたのか、夢だと分かって安心したのか、俺は目の前のそれの名前を考える。
動物の後ろ脚のような奇っ怪な形、欲の失せる青と紫色、確かに醜悪だ。
それでいて、一部には宝石のような眼のような、綺麗で宗教的な小物をくっつけている。
自分に似合わぬ物をつけ、少しでもいい名前をつけてもらおうとしているそれは、ある意味姑息かもしれない。
あと普通に60センチぐらい浮いてる。
なんとか形容はできたが、先から先まで見たことない。
似ている物も、一つも知らない。
「当然だよ。」
少年が久しぶりに口を開いた。
「これは、僕が作った新たな概念だからね。」
「今度、世界をアップデートしようと思ってね。新しい概念を増やしたり、元々ある概念に名前をつけたり…」
また私は動けない。
そんな私から、少年は優しく目を逸らし、もう一度言う。
「ねぇ、名前をつけてみてよ。」
---
今の地震で、急に思い出した。
あの後、気がつくと私は暑い日の下、溶けたかき氷の前に横たわっていた。
結局どんな名前をつけたのかは覚えていなかったはず。
でも、今そこに在るもの。
浮いて…はいないがあれと似ている。
現在2034年、世界のアップデートとやらは行われたのだろうか、あの少年は今もあそこに居るのだろうか、きっとそうなのだろうと思いつつ、店員に聞いてみた。
「すいません、あれの名前ってなんですか?」
塔
漏るる光に
一筋のびた
くらり歪んだ
脆き塔
格子の下で
木漏れ日の中
我が手届きて
塔歪む
光の隙間
指の隙間に
見えて映って
塔くらり
硝子の底で
咎めた思い
光も格子も
世の一部
緑
飛び回る、駆け回る。
ワタシの庭は、今日も元気。
あんな時なんて無かったみたい…
---
此処は、かつて「緑の庭」だった所。
皆が互いを見守り、首を絞め、勝手に苦しくなっていく。
肥料を奪ったり、水を捨てたりする者などは、袋のネズミで罰を受ける。
その様が愚かで、でも健気で、毎日飽きずに傍観していた。
でもある日から、みんな頭が良くなった。
誰も肥料を奪ったり、水を捨てたりしなくなった。
「何もしなければ何もされない」
それにみんな気付いてしまった。
本人達は、とても幸せそうだった。
自分を抑えてでも、孤独は嫌らしい。
一方ワタシはつまらない。
不平も不安も一つもない。
エンタメとしては最悪の出来。
いつしかこの席を立ち、傍観者から加害者にでもなろうとした。
でも、それは不必要だった。
300時間ほど前、イルカの群れが降ってきた。
それ等は、内に赤く明るい情熱を持ち、全ての緑を夢にしてまで、明るい赤を塗りつぶした。
自分の理想を押し付けた。
---
火が飛び回る、音が駆け回る。
ワタシの庭は、今日から元気。
「緑の庭」だった時なんて無かったみたい…
でも綺麗。
だって、誰かの理想が叶ったんだから。
微
この眺めは非常に美しく、そして恐ろしい。
我々は今まで、この大きな球体の上で暮らしてきたのだ。
しかし、此処からその細かな様子は全く見えない。
「我々が今まで繰り返してきたことは、この広い空間に対し殆ど影響を与えていないこと。」
それが恐ろしかった。
目的地まで随分と距離があるが、すでにその輪郭はハッキリと見える。
その表面には、兎でも蟹でもない、ただの痣のような模様があった。
---
今、生まれ育った故郷からは遠く、離れた場所にいる。
其処でみた星々と此処で見る星々は、大して見え方が変わらない。
その事実が、先程の恐怖を思い出させる。
我々は小さかったのだ。
本当に。
一方、目的地は少しずつ近づいてくる。
「この空間にも、まだ我々の手の届く場所はある。」
それが、僅かな安心だった。
---
着いた。
身体が不思議な感覚になる。
いつもと違い地平線は白く、空は黒い。
二度と見れないであろう光景が、そこには広がっていた。
先程までの恐怖も忘れ、心が少年に返ったような気がした。
「この重かった宇宙服も脱ぎ捨て、肌で全てを感じたい。」
そう思ったが、今は出来ない。
そう今は。
ここ最近の技術の進歩は目覚ましい。
いずれ、こんなものを着なくても此処に来れる日が来る。
50年もかからない。
そのためにも、私は此処でやるべき事をする。
網
この世界には「網」がある。
それは私達の生活を大きく変え、私達を閉じ込めているかのように見えた。
そして未だ、それを破った者は居ない
…だが、正直それでも良いというのが多くの人の考えだ。
食料、電力、水道、など。
私達が生活する上で、必要な物は有る。
それでも「網」の外へ出ていこうとするのは、少数派と言われる。
---
2034年ぐらいだったかな、まだ私がピチピチの学生だった時に「クールノート」が出てきた。
発売してすぐ絶大な人気を獲得し、いつしかスマホレベルで普及していた。
私もどこかで友人に勧められ、普通に使っていた。
しかし、ある日それが爆発して人が死んだという事件があった。
以降も似たような事件が多く発生し、多くの人がクールノートを手放した。
それが駄目だった。
クールノートの中には「アグニウム」という数年前に発見されたばかりの新種の金属が使われていた。
普通の家電などと同じように処理してしまうと空気と反応し、硬く薄い膜のような物が出来てしまう。
発売してから日も浅かったことで、多くが上のようにしてしまった。
結果、各地から膜が発生し、いつしか「網」のように世界を覆い尽くした。
---
それ以降、網は薄いため全くではないが、かつてと比べ日光は弱くなった。
だが、食料は人工のものがほぼ主流だった為そこまで影響はなし。
太陽光発電が弱くなったため暫く停電が相次いたが、雨が多く降るようになったので雨力発電が代わりとなり今は安定している。
十分私達が生きていける環境が、そこには有った…
---
ところで、今夜はタイムカプセルを取りに行く。
まだ「太陽を直接見てはいけない。」と言われていた頃の私が何と書いたのかを知るために。
「網」の外を思い出すために。
夏
地元の畑の直ぐ側に在る。
『生けるトンネル』
それは、近くに信号機がある。
しかし、昔の台風でちょっと斜めを向いている。
まるで、そのトンネルから目を背けているかの様に。
かつての事件を知っているかの様に。
あの日、確かにトンネルは人を消した。
光が消え、また見えた時、其処には誰も居なかった。
---
あの日、冷たい夏の夜、友人達と行くことになった。
止めても聞かず、信号機の周りに皆集まっていた。
蛍が辺りを舞っていた。
対称に、トンネルの中は暗い。
端には知らない花が萌えている。
その花の視線が痛い。
僅かな月明かりが其処に在るものを意識させる。
看板を見つける。
先頭の子が、スマホの光で読み上げる。
「`我々は誤った。此処は神の地、人が立ち入ることは許されない。入った者は…`」
光が消えた。
スマホが地に落ち、壊れた。
先頭の子が、消えた。
私達は、怖かった。
だから、走った。
段々と足音が減っていく。
永遠の闇が意識を奪う。
気づけば、私は信号機の足元で倒れていた。
目の前には死んだ蛍が居た。
振り返ると、トンネルの中には月明かりが差し込んでいた。
そして、見えた。
誰も居なかった。