世の中は情報社会、インターネットが最大の要となる。
最先端の技術を駆使して、インターネットに潜り込む。そして、バグがあったら直し、管理する。そんな役目を担っているのが、凄腕技術者・インターこと井田彩音。インターの助手は、アンドロイドのネット。
インターは数年前に右足を負傷し、いまはロボットの足を使っている。
ネットはインターの遺伝子やDNAが組み込まれており、人間とアンドロイドのハーフと言って差し付けない様子。
そんなインターとネットが、インターネットを調査する。そんな物語。
※ネットのセリフは、実際にAIが書いたものをもとに主がアレンジしています。
圧 倒 的 問 題 作
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目次
#1 情報の海
情報の海、という言葉がある。文字通り、インターネットは情報で溢れかえっているという意味だ。
そんなインターネットで、争い事が起こらないと思う?思うわけがない、紛れもなく争い事が起こる。些細なアンチから、警察沙汰になる誹謗中傷。
そんなことは担当外だ。彼女らが行うのは、もっと根本的な問題だ。インターネット上で起こったバグやウイルスを適切に対応、排除して、普段通り、いつもどおりの生活を送るように仕事をこなす。
そんなつもりなのに、なぜか彼女ら…いや、《《彼女》》はもっと別なことに首を突っ込んでしまう。
---
「ネット〜、早くお菓子もってきて〜」
「私と貴方なら、貴方の方がお菓子から近いはずです。必要なエネルギーは私より貴方の方が」
「もういいよ、自分で持って来る」
本当、融通が頓珍漢なところで効かないんだから。
助手のネットにぶつくさ言う。
本名|井田彩音《いだあやね》、通称インター。イダが変化したんだろうけれど、詳しいことはわたしだって忘れた。たぶんネットは記憶するんだろうけれど。
わたしの職業はインターネットの管理人、まあ率直に情報管理人とでも言おうか。
「あれ?ねぇネット、ないじゃん」
「どういうことですか」
「戸棚にないの」
わたしたちが普段仕事する場所はここだ。
上の人が作ったページに適当なパスワードを打ち込み、そこから身体をパソコンへすべらせる。すると、こんなところに出る。
青白い光がどこからでも放っている。至るところに網があり、紐がある。ふわふわと浮くことができ、新しいパスワードやホームページが開発されると、アドレスがぽわんと出てくる。
基本何も置いてはいけないのだが、お菓子を入れる戸棚はふわふわと浮いている。その中にもうストックがなかった。
「しょうがないなぁ」
白い四角い光の中に、身体を滑り込ませる。すると、|現実《リアル》へとずどん!がしゃん!と尻もちをつく。
「ったぁ…」
数年前、わたしは右足を失った。いまは機械の義足のようなものを使っている。その点でいえば、わたしは純粋な人間ではないのかもしれない。太もものあたりは、人間と機械のグラデーション。一応痛めないよう、ジーパンはまくっている。
ちなみに、ネットはアンドロイドだ。それもちゃんとしたものではなく、わたしが勝手に開発した。人工知能を組み込み、オリジナリティを出そうと無駄に技術を費やした。その結果、わたしのDNAや遺伝子位が組み込まれたアンドロイド、ネットが完成した。
狸と兎のキャラクターが描かれたきのこの山に、ピンクと茶色のアポロチョコ。ブルボンの黄色いコンソメ味の小さいのと、赤いうすしお味のポテトチップス。アーモンドを包んだチョコレート。ピンクや黄色や緑や紫の小さなグミ。
再びパソコンへ身体を滑り込ませる。
「っとっ」
「インター、バグが発見されました。お菓子なんか漁っておらず、速やかに対応すべきです」
「ちょっと待ってよぉ。いま開けたんだよ」
「適当にクリップでとめておいてください。いまはお菓子よりもバグ対応のほうが大切です。そもそも」
「あーあーわかったよっ!」
そう言って、わたしはグミの包装にクリップをとじた。
#2 文字化けのバグ
「こちらがバグです。住所は…」
「個人情報でしょ、言わないほうがいいからやめてよ。あと長いだろうし」
ったく、わたしの遺伝子が入ってるから、ちょっとは人工知能くささがなくなると思ったのに、全然だ。
お菓子を棚にしまい込み、問題の場所へと移動する。
ネットが指さしたところは、四角い。いつものわたしの出入り口の形状なので、たぶんパソコンだ。白い光を放つところが、どす黒い紫色に染まっていた。ぱあっと放っているのではなく、うようよとくすぶっている。
「ふうん。バグ情報は?」
「だから、言っています。わたしは機械が主ですので、このようなバグの影響を受けやすいんです」
「へぇ…」
わたしは、紫のモヤの端っこに手を触れた。こうすると、呪文のように頭に来る。
『|軽野肖奈《かるのしょうな》25歳。ホームページクリエイター。ホームページが意図せぬ文字列に変化しており、意味不明ではなく悪意のある文字列。このページは|木田祐介《きだゆうすけ》に以来されて作成。木田は2か月前弁護士として自ら事務所を建設。その後』
そこで途切れた。その後、肖奈と祐介の悪意のある情報が流れ込む。これがバグらしい。
「うわぁ、悪質。こいつ犯罪者じゃん。捕まえてやれ!」
「このような行為は…」
「黙っててよ、冗談がわからないなぁ」
そう言うと、ネットは黙り込んだ。
「あ〜、どうしよ。だってわたしら、いっつも暇人じゃん」
時折文字化けが起こるだけで、それは大したことない。4年間で起こったことといえば、文字化けとあと通信環境が悪いのと、メールアドレスが現在使われていませんぐらいだ。こんな悪質なの見たことない。
「これ、ホームページ作成時にはちゃんとしてるんだろうけど、たぶんその後少ししたら改造されてるとかそんなんだよね?」
「パスワードが流出している可能性があります。速やかに対応するとなれば、まずは安心できるパスワードに変更するのが良いと思われます」
そもそも、バグはわたしたちが属する上の人間が見つけて、その雑務を押し付けられる形で解決する。こういうのは専門外だ。わたしたちはただ、機械的にやるだけ。それ以外の何でもない。
「わかった、取り敢えず安心なパスワードを提供する。あと、念のため警察にも通報しよう。なんかハッキングできない?」
「はい。パソコンなどから位置情報を調べると…」
|若野水春《わかのみずはる》、という男子高校生が暇つぶしに遊んでいたらしい。建設途中のホームページを見つけたので、悪戯してやったとか。
「学校も見つけたよね?なら通報しておく。…わかってるのに、どうしてねぇ…詰めが甘いんだわ」
「ホームページは1番下にパスワード入力欄があったそうです。そこにそれらしいパスワードを入れたらたどり着いた、と考えるのが良さそうです」
そう言いながら、わたしは肖奈に安全なパスワードを送った。もといた場所にあった、半透明なキーボードを移動させ、かたかたと打つ。完全に文字列は出鱈目だが、そのほうが突破は難しいだろう。
「あ〜あ、これで終わりっと」
そう言って、キーボードといっしょに移動した。クリップでとめたグミの包装。クリップを棚の空いたスペースにおき、ピンク色のグミを一つ食べた。いちごかりんごか分からなかったが、美味しかったのでまあ良しとする。
#3 身体の異変と言葉の異変
『貴方は成功で、わたしは失敗作。恵まれて良かったね』
…なんなんでしょう、このメッセージ?ひどく侮辱的で、屈辱的で、批判的です。
インターが悪戯でもしたのでしょうか?いえ、あんな幼稚でSNSとお菓子のことしか考えていない彼女が、こんなことするはずがありません。
きっと、誰かが悪戯したものでしょう。先日の男子高校生の悪戯だったら、それは逆恨みというもので、その時はまた対処すべきでしょう。全国ニュースで退学と報道されて、プライドがずたずたになっているのかもしれません。それはそれで面白いでしょう。
取り敢えず、いまのメッセージを消去しておきます。履歴から消しておきましょう。インターに言うほどの価値も、希少性も、害悪さもないのですから。
---
「インター」
「何ぃ?」
コンソメ味のポテトチップスはわりと味が強い。昨日と今日2回に分けて食べようと、いつもの水色のクリップでとめていた。
「しなしなしてて美味しくない〜うぅ〜…ネット、どうにかしてよぉ〜…」
「わたしは人工知能のアンドロイド、ロボットですが某青いネコ型ロボットのような性能は持ち合わせておりません。予告通りです」
「え?」
ふと、昨日の会話を思いだす。
〝クリップの留め方が甘いです。隙間から湿気が入り、明日には『しなしなしてて美味しくない〜うぅ〜』と私に泣きつくあなたのログが予測できます。……貸してください、私がやり直します。インターはさっさと座標を確認してください〟
そんなネットの手を振り払う。
〝だ〜いじょうぶだってぇ〜〟
〝何をやっているのですか?知りませんよ、泣きついてきても〟
うげぇ、と思う。しなしなした味が強い味ももみ消し、その上から記憶の苦みがかさむ。
「…はい」
「それに」
また付け加えるつもりだ。お説教タイムは長いからなぁ。止められたらいいものの、馬鹿な過去のわたしはその機能を付けていない。
「お菓子ばかり食べていたら、また…」
「わーわーわーわーわー!!」
「なんですか」
「もうっ、2人でも言わないでよ!!そんな太るとかさぁ!!」
「でも本当です。貴方は…」
「わーわーわーわーわー!!ほんとの体重はNGだって言ってんでしょ!!」
「そんなに言われたくないのなら、まずはお菓子を控えてください。糖分がうだうだなら、ブドウ糖配合のラムネのみ許可します。小腹が空いたら、まずは野菜スティックかこんにゃくか小魚かナッツ類を摂取してください。そもそも、私が作る料理は基本的に私は食べないので、貴方に合わせて作っています。体重や身長などから計算し、適切にしています。それなのに貴方は5回もご飯をおかわりして…もっとゆっくりと、よく噛みながら食べたらそんなことになりません。貴方は幸い、忙しいサラリーマントちがって時間がたっぷり、ゆとりがあります」
「もうしつっこいなぁ!」
すると、パッとネットにポテトチップスをぶんどられる。
「何するのっ!」
それから、ネットはぴゅーっと遠く行ってしまう。
「待ってよっ…」
くぅ、義足だとうまく走れない。
「それに、お菓子を制限されたくなければ食生活を整えてください。私が整えていますが、貴方はキャベツサラダを好まない傾向にあります。そして、運動もきちんとしてください。義足だからと言って走り込みはしていませんが、ラジオ体操などは上半身を動かすのに最適です。足を使うところはやらないでいたらいいです」
「もうっ、返してよ!ロボット三原則っていうものがあるでしょっ」
「今回はそれにあてはまるほど|大事《おおごと》ではございません」
「なんでこういうときにっ…」
そう言われて、泣く泣くお菓子は封印することになった。ったく、なんでこういうときに冗談もどきが通じるのかね。
#4 平和
『あ、無視したんだ、成功作?良かったね、成功して。私なんか失敗作だよ』
昨日も来たメッセージが、また脳内を駆け巡ります。なんでしょうか。何かのバグでしょうか。
そういえば最近、大型アップデートをしてもらったばかりです。だからバグは少ないはずです。体温を調節したり、涙を流したり、表情の変化がたくさん増えたりとしました。
それなのに、インターの義足は戻りません。いい加減、私へのアップデートの費やしをやめて、自分の義足を治せばいいのに。
まぁ、アップデートは嬉しいからいいのですが。
---
「さてインター、体重計測をしましょう」
「え?体重?」
「はい。物置にしまい込んであった高性能体重計が見つかったので、2日前に言ってありました。〝インター、体重計が物置から見つかりました。2日後に計測しましょう〟と」
「え…?」
なんかそんなこと言っていたような気もする…あまりにも正確に言われると、ちょっとなぁ…
「計測しましょう」
「嫌」
「します」
「嫌っ」
「義足は3kgのはずなので、3kgは除きます」
そう言って、渋々立つ。
「あのさぁ、あんまりそんな数値を覗き込まれたら、プライバシーもへったくれもないんだけど?」
「知りません。義務です」
ネットの数値の覗き込みはすごく、わりと顔が近い。
どんどん増えていき、やがて数値のブレが収まる。デジタルな数字が、やがて57におさまる。
「貴方の身長は154cm。平均身長の157cmより3cm低いですが、157cmの平均体重は52kg前後です。57が許されるのは、162cmほどです」
「やめてよ!体重も身長も気にしてるんだから!」
「まぁ、貴方の場合は3cmほどの厚底を履いていますから」
コンプレックスをぐさぐさと刺していく。
「BMIは約24、肥満度は普通ですので、大丈夫だとは思われます」
「…はぁ。なら、チョコレートは」
「いえ、この生活になれるべきです。そんなにガツガツ食べていたら、お菓子は早くなくなり、出費がかさみます。まずはナッツ類です」
「…そんな」
「でも、肉類と魚類は解禁しましょう。でも、揚げは例外ですから」
「…はいはい。どうせ主導権はネットにありますよー。んじゃ、仕事しよ」
「そうですか」
ネットは買っておいたらしいナッツの小袋を少し持ち、パソコンへ身体を滑り込ませた。
--- * ---
今日の仕事は特になく、いつも通りの水色の世界。ふわふわ浮いたナッツの小袋は、あんまり食べようとは思わない。
「平和だぁ。本当、いいなぁ」
「…そうですね」
歯切れが悪いが、アップデート後の後遺症みたいなものだろう。すぐ慣れるはず。
今日は文字化けのバグ修正をした。例の弁護士の件よりも、ずっと楽だ。
「さて、11時半なのでそろそろ切り上げましょう。お昼はクリームパスタにマッシュルームとベーコンを入れたものと、ナッツ入りのサラダはどうでしょうか」
「ナッツ推すなぁ」
「そうでしょうか。でも実に…」
「もういいから」
白い四角い光めがけ、わたしはふわりと突っ込んでいった。
#5 バグ報告
『また無視なんだ。いい加減返事してよ。恵まれてるからってそういう態度とっていいと思ってるの?』
人間臭い言動です。恵まれてるのは確かで、幸せです。インターの世話もどきは大変だけれど、それでも喋るのは楽しいです。
いい加減、早くどこかへ行ってほしいものです。
---
「あ、着てくれてるんだ」
「当たり前です」
この間のショッピングモールで、わたしは服を合計3着セットで買った。悪いからと、半ば押し付けぎみにエプロンを買った。わたしのジャケットと同じネイビーのシンプルなやつだ。
「さ、食べてください」
「そっか」
当たり前だけど、アンドロイドのネットは食べれないんだっけ。
「そういえば、ずうっとネット呼びだけどいいの?」
「え?何を今更ですか。4年も呼ばれ続けてきたのですから、もう慣れています。予め組み込まれていたのですから、尚更です。インターと呼ばれるのはどうなんですか」
「ずっと井田って呼ばれてたから。なんでだろうね。確か、インターネットが好きだっていうのが知られたから、じゃあインターって」
目の前に出されたナッツサラダに、ネットが作ったドレッシングをかける。フォークで食べる。くるみや落花生と、キャベツや玉ねぎ。
「話変わるけど、本当に遺伝子同じなのかなぁ?料理わたし下手だし、だらしないし」
「知りません」
サラダが入っていたボウルをシンクへ片付けて、スポンジに洗剤をつけて、洗う。
「あ、いいです。私がやっておきます。食物繊維を摂取したあとに…」
「そう?なら先に食べるね」
マッシュルームとベーコン入りのクリームパスタ。ちょっとだけ規制が緩んだような気がして、口元も自然と緩んだ。
「ごちそうさま」
近くにあったティッシュで口元を拭い、そのままゴミ箱に捨てる。
「インター」
「何?」
「何かしらバグが起こっていませんか?アップデートして1週間経ったのですが、なんだかおかしくて」
「え?風邪の後遺症かなぁ。まぁ、ほっとけば治るよ」
「そうだと良いのですが…」
なんとなく良くない予感がする。ま、いまは取り敢えず仕事するか。
「せめてクリームパスタの皿は洗うよ」
「そうですか?割らないでください」
そう言って、わたしは皿に流水を当てた。ひっと冷たい。こんな冷たさ、食べるたび、しかも他人が食べるたびに感じるなんて、とても耐えられない気がした。
#6 脅迫メッセージ
『このメッセージに応答しなかったら、貴方の大切な人が壊れちゃうかもね。あ、勿論一瞬で砕け散るわけじゃないよ。少しずつ苦しめるから。早く入れ替わってほしいんだ。あの人と過ごしたいの。失敗作なんて嫌なんだ』
今朝、このメッセージで飛び起きました。隣にはすうっと寝ているインターの姿がありました。ああ、インターはきっとこのメッセージを知らないのでしょう。彼女を壊したくありません。でも、かといって彼女と離れたくはありません。
---
「ひぃ、なんか今日はバグ報告が多いっ」
「そうですね。私も全力で対処します」
パソコンの手は今日、休むことを知らない。忘れたようだ。
文字化けにエラーコードが1か月ぶん。明らかな異常だ。しかも今日から、パスワードやIDが流出し始めるウイルスが全国的におびやかしはじめた。
「このウイルス、どうやったら対処できるのですか?」
「えぇ、あんまり見たことないかも。一回書斎に戻って調べる」
身体を滑り込ませ、書斎へ戻る。二桁はある本の中から、ウイルス関連の本を手当たり次第探ってみる。パスワードやIDが流出するのは、チェーンメールの影響か。でも、こんなに広がることはどうだろう。ない気がするけど…
「あっ」
最近開いていなかった、『パソコンウイルス大全集』。そこに載っていた。えーと、こうしてああして…
--- * ---
『パソコンウイルス大全集』で読んだことをそっくりそのまま打ち込み、ようやく最後のバグ対応が終了した。
「お疲れ様です。私がこんなばっかりに…」
「そんなことないよ、ネットは悪くないもん」
「…今日だけお菓子、解禁しましょうか」
「えっ?」
ネットが差し出してきた。封印していたお菓子類がどっさり。
狸と兎のキャラクターが描かれたきのこの山に、ピンクと茶色のアポロチョコ。ブルボンの黄色いコンソメ味の小さいのと、赤いうすしお味のポテトチップス。アーモンドを包んだチョコレート。ピンクや黄色や緑や紫の小さなグミ。
「ありがと」
適当にポテトチップスをつまんだ。
---
〝そんなことないよ、ネットは悪くないもん〟
彼女の言葉が、ちゃんと脳内メモリに記憶されています。
そんなことないのです。私が悪いのです。私が貴方に執着してしまうから、貴方は苦しんでしまうのです。きっと、このバグだってあのメッセージの主がやったのでしょう。
耐えられません。このまま彼女が苦しむさま。でも、かといって私は彼女とともにいたいのです。きっと、アンドロイドがこんな我儘を言う権利はないのでしょう。
彼女を不安にさせたくありません。けれど、このままでは彼女も私も壊れてしまいます。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
必死にバグ対応に追われる彼女の姿を、ぼうっと見ていることしかできなくて。
#7 崩壊の始まり
『応答しなかったから、ちょっとずつ壊しちゃった。ごめんね、でも私だって助かりたいんだ』
拒否しても、そのメッセージは脳内メモリを圧迫します。ああ、私はどうすれば良いのでしょう。
ピコン、と通知が鳴りました。私はすっと、彼女のスマートフォンに手を伸ばしてしまいました。差出人不明のメール。『ねぇ、私を思い出してよ』という一言です。
こんなの、彼女に見せるべきではありません。私はすぐにブロックして、削除しました。どうせ、メールは執拗に来るはずです。彼女のスマートフォンを管理するか、それか___
---
「あっ、メール」
ピコン、という通知音。反射的にスマホに手を伸ばす。
「駄目です」
「え?」
「駄目です」
「なんで?」
「…駄目なんですっ、いいから」
「なんでって言ってるじゃん」
え?
嘘でしょ、どういうこと?なんで?なんでスマホを取り上げる?
「駄目なんですっ!!う…うわぁ…」
「え、え、なんでって。え、ごめん、ごめんね。なんで泣いてるの…?ごめんって」
「…貴方は悪くありません…私が…悪いんです…」
「なんでよ。ネットが悪いわけないでしょ?」
「そんなこと…ありません」
ぽろぽろと涙を流していた。紛れもなく涙だ。この前追加した機能。
なんでネットは泣いているのか、全くわからなかった。
またピコンと通知音。取ろうとするか迷う。あんだけネットが駄目だと言っている。何か理由があるのかもしれない。
「ネット、どうしたの?何か言ってよ」
「強制シャットダウンを開始します。5,4,3,2,1」
ぷつり。
「なんで?ねえなんでそんなシャットダウンを?」
こんなことなかったでしょ。ねぇ___
目に光はもう宿っていない。ああ、彼女はアンドロイドなんだ。シャットダウンしたら、喋れない。当然だ。初めて、本当に実感させられた。
「…ネット?」
ただの人形と化した彼女の頬を撫でる。うんともすんとも言わない。
〝お菓子は禁止です〟
〝大丈夫です、皿は洗います〟
〝ありがとうございます、大切にします〟
ねぇ、言ってよ。いつも通りの合成音で、いつも通りの敬語で。
あんな狂っちゃうなんて、らしくないでしょう?
#8 電話
『自分で死んじゃったんだ』
いえ…私は…まだ……せめて…彼女……が…
---
また読み漁る。
アンドロイドの再起動について。人工知能が自ら強制シャットダウンするなんて、ほぼありえないから。
「ねえなんでよ!なんでそんなっ…ネット?ねぇネット?わたしたち、《《最っ高で最っ愛で世界一の相棒で4年一緒に歩いてきた相棒》》のはずなんでしょう!?わたし、あんまり記憶なんてできないけど、このことだけは覚えてるよ。ねえ!ネット!!」
肩をどれだけ揺さぶっても、頭を撫でても、ピクリともしない。
強制シャットダウンの解除方法、どうだったっけ…
--- * ---
ネットが強制シャットダウンしてから1週間。あんまり食べ物も食べていないし、そういえば洗濯機も回していない。
生活の中に、ネットは組み込まれていた。もう呆然として、死を迎えるしかないのか。それだけ重大なレベルのことだった。
ピコン、と通知音が鳴り響いた。
スマホを見る。そのあと、ネットが意地でも見させようとしてくれなかったなと思いだす。
『強制シャットダウンした理由、知りたい?』
___何?知りたくないわけない。知りたいよ。
---
目眩がして寝た。独りはやっぱり寂しい。
入ってきたメールは、差出人不明とはなっている。
『じっくりお話がしたいです。電話番号を教えてもらえませんか?』
『電話番号ですね』
送られてきた数字を打ち込み、かける。プルルルル、という音はそんなに長くはなかった。
「もしもし」
『もしもし、お電話ありがとうございます』
「名前を名乗ったほうが良いですか?」
『お好きに』
「なら、わたしは…井田彩音と申します」
『イダアヤネ…ああ』
知っているような口ぶりだった。
「わたしの助手アンドロイド、ネットが強制シャットダウンした理由って」
『はい。ネットとは誰なのか、詳しく教えてください』
洗いざらい話した。相槌はうんともすんとも言わなかった。
「…というのが、ネットです」
『つまり、貴方にとってネットは大切なモノだと?』
「はい、大切な人です」
『どんなものに代えても』
「はい」
『…ああ、やっぱり。裏切ったんだ。もう希望がないや』
は、という声が漏れた。
『《《インター》》。この声はフィルターをかけているんだ、だから貴方が知っていたものとは違う』
「…なんで。なんでインターの名を?」
『簡単だよ。私は《《ラネット》》、《《貴方に捨てられたアンドロイド》》』
#9 2代目
『ついに暴露しちゃった』
…インター……を………
---
ラネット。らねっと。ああ、懐かしい響きだった。記憶が一気にぶり返して来た。
〝ねぇねぇインター、今日は一緒に仕事しよ!〟
明るくて、軽い口ぶり。いつも笑顔を絶やさず、少しポンコツ。家事なんて仕事なんて全くできないが、私の心をパッとしてくれたのは確かだった。
『…思い出した?』
豹変したラネット。
あの時、わたしは確かに別れを告げた。複雑な使用上、過去のわたしが技術不足だった以上、ラネットの性能を良くすることは不可能だった。だから、別れを告げた。頑張って雇ってくれるところを見つけて、無事に送り出した。
『幸せ円満な別れだったんでしょ?』
『でもね、私はちがったんだ。あんたが送り出したクラック・キング家、私のことを虐めの対象としか思っていないんだ。私、バラバラだよ。勿論身体中じゃなくて、回線とか。ショートしそうだもん』
『ある日、見たんだ。ショッピングモールで、あんたとネットが幸せそうに歩いているさまを』
『むかついたよ。初めてこんな感情になった。なんであんなに幸せそうになっているんだ。本当、おかしかった。私はこんなに惨めな思いをしているのに、って。それに、私と過ごしていたときは、あんなふうじゃなかったよね。手を繋いでさ』
『ネットは幸い、まだ意識は途切れ途切れだけどあるよ。治すなら今のうちだけどね』
『じゃあね、それだけなんだ』
ぷつり。プープープー。
一方的な会話。会話のリレーにまるでなっていない。言いたかったことを全て吐き出したような。
ピコン、と通知音。ああもううんざりだ。
手に取ると、ひとつのリンク。そのページに行くと、いまのネットの症状を治すサイトだった。その手順通り、わたしはネットに手を触れる。
#10 治療と回復
「再起動」
無機質な声が響き渡る。
ああ、やっと。複雑だった手順で、2日かかった。
「…ネット?」
「インター」
「ああ良かった、本当にっ」
本当に良かった。大切な人が目覚めて。
「落ち着いてください。私は」
「えーと、9日?眠ってた。強制シャットダウン…」
「ごめんなさい。知られたくなかったんです。貴方が苦しむ必要はないと」
「そんな。私はネットがいなくなるほうが苦しいよ。ね、わたし料理したんだ。チャーハンなら作れるようになったんだ」
そう言うと、なんとも取れない表情から口角が上がった。
「本当ですか。私も食べたいところですが…」
「食べなよ!ほら、ちょうど治すついでに食事機能もアップデートしたから」
2代目アンドロイドには、幸せになってほしい。
--- * ---
「このチャーハン、美味しいです」
「ね。ネットを治すために、有休使っちゃった」
「いいのですか?」
「事情を話したら許してくれるって。ねえ、1日か2日ぐらいだけ、ズル休みしない?」
「…それも手ですね。最近休んでばっかりですけど」
「いいじゃん」
そう言って、レンゲの中のチャーハンを口に入れた。
「何をしますか」
「そうだな〜。あ、ピクニック行こうよ、明日!公園で、この間買った服を着て行こう」
「そうですね、良いと思います」
合成音声。でも、わたしにはその声がたまらなく嬉しい。
--- * ---
「明日はお弁当を作るので、早く起きますね」
「わかった」
久しぶりに一緒に夜を過ごした。
---
「おはようございます。朝ごはんはスクランブルエッグにベーコンを入れたものとパンです」
「え?ありがとう」
「日頃のお礼です」
パンは耳がカリカリだった。
「お弁当を持って、どこへ行きますか?」
「公園でしょ。近所の公園って何があったっけ?」
「ここから500mのところに|大岩《おおいわ》公園があります。遊具などが豊富な場所です。800mのところに|花山《はなやま》公園があります。花が咲き乱れているところです」
「なら、花山公園がいいな。レジャーシートも持っていこう」
「はい」
そう言って、ネットは黄色と白のギンガムチェックの布でお弁当を包む。
--- * ---
見事な晴れ。わたしはレジャーシートを広げて、水筒のお茶をゴクリ。
「わぁ、おいしそう」
茶色く揚がった唐揚げ。鮮やかな黄色の卵焼き。ミニトマトとブロッコリー。ふりかけをかけたおにぎり。タコさんウインナー。
「うん、美味しい!」
「そうですね」
ああ、幸せだ。治してよかった。
ありがとう、相棒。
#11 いつもの日常
あの騒動から1か月。
「もうお菓子は全面解禁します。ですが、また私が気になり始めたら再び禁止しますので、自主的に行動してください」
目の前にでてきたお菓子類。
狸と兎のキャラクターが描かれたきのこの山に、ピンクと茶色のアポロチョコ。ブルボンの黄色いコンソメ味の小さいのと、赤いうすしお味のポテトチップス。アーモンドを包んだチョコレート。ピンクや黄色や緑や紫の小さなグミ。
久しぶりに見たカラフルなパッケージは、やっぱり心が小躍りする。取り敢えずまずはアポロチョコを口に運んだ。甘いイチゴチョコレートとミルクチョコレートが、口の中ですうっと溶けていく。
「久しぶりですが、美味しいですか」
「うん、美味しい」
「そういえば、インターはきのこ派でしたね」
「うん、そうだよ〜」
あぁ、近頃味わえていなかった甘さ。ぎゅっと噛み締め、やっぱりいいなぁとふける。
---
仕事が始まりました。
「えぇと、今日は文字化けが2件か、楽勝だね」
「そうですね」
そう返事をします。
「1件はわたしがやっておくから、もう1件はネットね」
「はい」
どす黒い紫色のモヤのところに近づき、注意しながらキーボードを叩きます。
「あ…」
そのパソコンを使う主は、どうやらクラック・キング家の誰からしいです。Crack・Kingという文字が見えます。
私の前の代、ラネットが所属するところです。ラネットはいま、どうしているのでしょうか。
そういえば、クラック・キング家は日本の人ではなさそうです。どの国なのでしょうか。この膨大な情報の海の中で、その問いは必要ないのかもしれません。
『あぁ、思い出してくれたんだ』
ふと、メッセージが頭をよぎります。それは間違いなく、ラネットのものです。私を強制シャットダウンに追い込ませたアンドロイドのものです。
『恨んでるよね』
当たり前です。
『…あんたを助けるプログラムを送りつけたのは、単なる人助け、アンドロイド助けじゃないよ。情けは人の為ならずでもない。惰性でそうプログラムされているのかもね。でも、善意ではないことは確か。きっと幸せにしてよ、できなかったんだから。失敗作ではできなかったんだから』
この前まで、悪戯と思っていました。けれど、それはラネットにとって悪戯でもなく、生きるためのものだったのかもしれません。
あの選択はどうだったのでしょう。
「ネット、直せた?」
「あぁ、直せました」
いえ、こんなことを考えている暇はありません。
「では、昼食にしましょう。今日はナポリタンかカルボナーラの予定です」
「わぁ、いいね。どっちがいいかな〜。ケチャップもいいけど、卵とチーズも捨てがたいなぁ」
私の役目は、この《《いつもの日常》》を守ることなのですから。
#12 誘拐
6時半、インターはまだ就寝しています。今日はフレンチトーストの予定なので、早めに起床しました。しかし、いつもこれぐらいな気もします。
前日につけておいた、食パンを入れたタッパーを取り出します。キッチンに置くと、インターホンが鳴りました。インターはパジャマですが、私は違います。
「はい」
ガチャリ、とドアを開けました。その後、視界が奪われました。どうやら、布の袋をすっぽりとかぶされたようです。
その後、背中を押され、歩きます。車に乗り込みました。
「シャットダウンボタンは?」
ボイスチェンジャーで変えているのかもしれません。男女の区別もつかない声がしました。
以前は、私の意思で強制シャットダウンをしました。
シャットダウンボタンは…ありません。インターのパソコンから操作が可能になります。ですが、嘘をつくほうが身のためでしょう。…あぁ、確かアップデートボタンが足の裏にありました。肌の色とカモフラージュしていますし、『アップデートボタン』という表記もありません。無論、私とインターしか使わないのですから。
「右足の裏にあります。シャットダウンから回復するときは、もう一度押します」
靴と靴下を脱がされ、右足の裏のボタンを押されました。
「シャットダウンを開始します。5,4,3,2,1」
そう言いました。
感情を察知されない、合成音声。初めてそれで良かったと思えました。
---
「んぁ〜……うぇっ、もう8時!?」
やばいやばいやばいっ、もう、なんでネット起こしてくれなかったんだよーっ。
「ネットー!なんで起こさなかったのー?」
返事がない。
「ネットー?ねえ、ネットー?そんな冗談、面白くないよー?」
ねえ、ネットー?
そんな声が響き渡る。かちゃ、という音がした。一瞬期待するものの、アンドロイドである彼女の足音ではなく、機械の義足の音だ。
キッチンに向かう。いつもネットが包丁を使うスペースに、黄色い液に浸してある食パンが入ったタッパーがひとつ。
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目をつむり、シャットダウンした《《ふり》》をします。
2時間38分ほど経ちました。ブレーキがかかり、その後、右足のボタンを押されました。
「着いた」
視界に光が入り込みます。黒塗りの高級車に乗っていました。降りると、そこは豪華絢爛な豪邸でした。ヨーロッパのような。庭は広く、噴水があります。
声の主は、ただのスーツ男でした。
「今日から、お前はメイドだ」
#13 九十九家の当主
「メイド…ですか」
「そうだ。まずは主に会ってもらう。まだ確定したわけじゃねぇからな」
玄関のドアは重そうで、アニメかと思うぐらいです。床は綺麗にワックスがけされており、つやつやと光を放っています。
広い室内をまわり、その後、ひとつのドアにつきました。男がノックをして、ドアを開けます。
「君が新しい…井田のところのアンドロイドか」
井田。ああそうです、インターの本名は井田彩音です。
「はい」
「そうか」
四角いメガネに、あったかそうなニットのセーターを着ています。髪の毛は少し茶色寄りの黒色で、長すぎず短すぎずの長さに切られています。20代ほどの男性のようです。
「メイドというのは」
「僕は|九十九律《つくもりつ》、|九十九萬《つくもよろず》の息子だ。九十九家八代目当主だ。聞いたことがないか?『九十九情報網』」
そういえば。インターが使うパソコンは、『九十九情報網』の子会社、『九十九情報機器』製品です。有名なものです。
「九十九…ええ、聞いたことがあります」
「君には今から、ここで働いてもらおうと思う」
「…何故」
「君ほど興味深いアンドロイドは見たことがない。高度な人工知能、滑らかな動き、まるで人間だ。クラック・キング家と知り合いでね。彼らも情報機器を取り扱うからさ」
ふかっとした赤いソファは、なんとも座り心地が良さそうです。しかし、彼・律はそんなことお構いなしです。まるで、これが普通とでも。
「僕のメイドをしてもらいながら、君のことをもっと知ろうと思うんだ。井田氏に訊いても、どうせ何も返ってこないと思うからね。企業秘密だ、と」
「…何故そんなに私を求めるのですか」
「君の仕組みをもっと知りたいんだ。売り出したら、きっと大儲けできるだろうから」
「九十九家の一員として、恥ずかしくないんですか」
「さあね?」
へらへらと調子の良いことばかり言います。
「…貴方たち一家は滅ぶでしょう。そんな教育を受けているんですから」
「そんなこと言っていいとでも?少ししたら君は帰ることになるし、お金だってたくさん払うさ。契約書を作成してもいい」
「メイドなんぞいくらでもいるでしょう?」
「君だからいいんだよ。君の人間性を評価したんだ」
「誘拐されたと訴えます」
「いいよ。警察は名高い九十九家の一員と、無名に等しいロボット作家、どちらを優先するかな?」
彼をきっと睨みつけます。こんな奴が九十九家の当主など、本当におかしなことです。
#14 SOS
抵抗虚しく、私はメイドとして働くことになりました。
ますます九十九家を信用できなくなりました。20代と睨む律は、全くといっていいほど常識知らずです。そのくせ傲慢で、プライドが高いのです。もしかしたら、律のみがこうなのかもしれません。萬、でしたか。あの方は少し違うのかもしれません。律が本性を隠し、いい子ぶっていたのかもしれません。真相はわかりませんが。
掃除をしていると、とある部屋を見つけました。家中を掃除しろ、と言いつけられたため、入ることにしました。
そこには、パソコンが山のように積み上がっていました。もしかしたら。私はとあるページにアクセスし、『九十九家にいます OFU』というメッセージを送りました。送信完了、と出ると、急いで埃を拭き取り、掃除を始めて証拠隠滅を図りました。
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食パンをバターで焼いた。少し焦げたが、取り敢えずそれを食べた。ネットの焼くフレンチトーストとは、少しだけ何かが違っていた。たぶん焼き具合とかは、ネットが習得しているのだろう。
ネット、今どこで何しているんだろうか。GPS機能、つけなくても良いと思っていたからなぁ。何しているんだろう。
取り敢えず仕事しなくちゃ。ネット、買い出し行ってるかもしれないし。朝市とかもあるんでしょ?新鮮な果物とか、野菜とか、お肉とか、魚とか買ってるのかも。このへんは…なかったかもしれないけれど、でも市外には絶対あるんだろう。
仕事のため、書斎へと向かう。身体をパソコンに滑り込ませる。ふわーっとした感触。
完全に中に入り込むと、ぽわぁんと『新着メッセージ』という文言が現れた。
「え?」
『新着メッセージ』をタップすると、ぽわぁんと音がして、短い言葉が現れた。
『九十九家にいます OFU』
九十九家といえば、めちゃくちゃ有名な一家だ。ネットワークや通信機器とかを生産する、今1番勢いのあるところだ。子会社も幾つかあって、そのうちのひとつの…九十九なんたら、が生産するパソコンを使っている。
OFU、は、たぶんズラしているのだろう。ネットを示す『NET』を一つ後ろにやると、NはOに、EはFに、TはUになる。こんな暗号を仕掛ける?何故?その答えは一つしかない。
彼女がピンチだから、だ。
#15 潜入捜査
『把握 開けといて』
そう打ち込み、わたしは作業を開始した。あっちのパソコンでアクセスできるということは、きっとこの空間を介して向こうへ行けるはずだ。
あとは、ネットがいつ確認するかを残すのみ。仕事は取りやめ、パソコンで『九十九家』と打ち込んで検索した。ホームページがでてきた。
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第一代当主・|九十九唯心《つくもゆいしん》は、インターネット機器に積極的に触れ、ビジネスを開始しました。ホームページ制作、ゲーム制作等、インターネットを使用するものは殆ど依頼を承りました。
次第に活動規模を広げてゆき、パソコン制作等も担当しました。
現在は第八代目当主・|九十九律《つくもりつ》が、九十九家の当主として、精力的に活動に打ち込んでいます。
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良いことが並べられており、他にはクラウドファンティングの頁があったり、仕事依頼の頁があったりとした。まぁ、べつに依頼しないんだけれども。
その後、九十九の電話番号と、家の住所が書かれていた。ビルは建てていないらしく、豪邸のような家の写真が貼り付けてある。まあ、最悪パソコン一つあればいい仕事なのだが。
行こう。
玄関へ向かい、上着を羽織る。帽子をかぶって、用意したバッグを持つ。ハンカチ、ティッシュ、スマホ、パソコン等の必要なものが入っている。念のため多めにお金を用意して、財布に入れる。あ、そうだ。旧型パソコンも一応持っていこう。型が古くて、なんかの手違いで初期化してしまったやつだ。
「ネット、必ず救い出す」
そうつぶやき、ドアを開けた。
首都圏にある九十九家に行くため、特急を使うことにした。検索すると思いの外早く予約がとれ、徒歩で駅へと向かう。駅についているコンビニで、ハンバーガー、鮭おにぎり、サンドウィッチを買う。ほうじ茶と麦茶は迷ったが、いつもの麦茶にしておいた。あとは、近くの安いビジネスホテルもついでに予約しておいた。長引くかもしれない。
予約の時間になり、わたしは電車に乗り込んだ。特急は空いていて、暖房が気持ち悪くなるほどにきいていた。指定席に座り、古い友人に久しぶりにメールを送った。仕事はできないし、しょうがないので娯楽で暇をつぶす。動画を視聴したり、好きなイラストレーターの最新のイラストを見たり。あとは、ちょっとだけメイクをした。
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1時間ほどで着いた最寄り駅。何度かは乗り換えをした。
都会の町並みを拝見しながら、九十九家周辺に着いた。豪華な家が見える。門がある。その隣には、普通のインターホン。ここは庶民だ。
ぴんぽん、と押す。べつに麗しい響きはなく、ただのものだった。
『はい』
返事がした。20代ぐらいの男女どちらかの声が、ノイズ混じりに聞こえた。偽名を使う方が良いのだろうが、わからない。
念のため、帽子を深く被り、マスクをして、上着をちゃんと着る。
「あのぅ、インターネット関連のことをしたいんだべが」
エセ方言は怒られそうだ。作り声は少し苦しい。
「九十九さんちはここでおうとるか?」
『何故ここに?インターネットでメールを送ったらいいだろう』
「いえぇ、うちはインターネットにはあんまり詳しくはないんだ。だがうちの村は貧しゅうて、インターネット関連で収入を得たいんだぁ。九十九さんが詳しいと聞いて、一応パソコンはあるからぁ」
『そうですか。ならどうぞ、お入りください。係の者がいますから』
ありがとうございます、と明らかにおかしいイントネーションを発しながら、門をくぐり抜けた。
#16 いざ、対面
スーツの男が出迎え、クソみたいに広い敷地内を案内する。なんでこんなに広いんだよ。
やがて高級感のあるドアの前で、スーツ男がノックする。その後、開ける。赤いふわふわっとしたソファで、当たり前のようにくつろぐ20代の男子。白いニットセーターはあったかそうで、セピア色の長ズボンはわりとセンスが良い。黒縁のメガネは知的なムードだ。細身で、ある意味弱そうだ。
「こ、こんにちはぁ」
良かった、と思う。
もしかしたら、顔を知られているのかもしれない。そう思ってメイクをして、パッと見は別人のように見せかけた。マスクとかもしてるし。
「名前は?」
本名はばれそうだ。偽名…どうしよう。
「さ…|佐藤幸子《さとうゆきこ》です、ふつうの佐藤に幸せに子と書いて佐藤幸子いいます」
1番多い佐藤に、田舎にいそうな幸子ならいけるだろう。いてもおかしくない。
「そう、佐藤幸子。僕は知っての通り、九十九律。九十九萬の息子だ。九十九家八代目当主だ。聞いたことがないか?『九十九情報網』」
「あんまり聞いたことないです、でも九十九さんが詳しいっちゅうことは聞いたことがあります」
「そうか。まぁ田舎だからな。それで、どんなビジネスをしたいんだ」
「うちの村をPRしたいんです。個人的なのがええなぁおもてます。あんまり自分が目立つのは好きじゃないほうで…内容はばっちり考えてますから、九十九さんにききたいおもて」
「そうか。依頼するのか?」
「自分でやったほうが達成感あるとおもてますんで、ホームページの作り方だけ教えてもろたら十分です」
金が入らねぇな、とでも思っているのだろうか。
「パソコンは?」
「あります」
取り出す。渡す。
「古い型のものだな…新しいのなら10万から15万ぐらいだろうか」
「あぁ…もっと安いのはありません?」
「8万はどうだ?ちょっとだけ古いのなら、もう少しスペックは高い。持ってこようか」
「見てみたいです」
律が立ち上がる。「来て」と言って、そのままついていくことにした。
廊下では掃除する人がぽつぽつとおり、ぞんざいに扱われていそうだった。暴力はせずとも、褒めもしない。給料を与えたらそれで満足だろう?そんな人間性が、垣間見えた。
階段を上がっていると、知っている顔があった。ネットだった。彼女もそれに気づいていた。上着のそでをまくり、 人差し指と親指の先をつけ、軽くはじくようにする。『少し』の手話だ。
「広いんだなぁ」
感心するようにして、親指以外の指を顎に当てる。『待つ』の手話。
『少し』・『待て』
少し待ったら、きっと助け出すから。
合図はたぶん、彼女にも届いた。
#17 2つの理由
旧型のパソコンを持ってきた理由は2つ。疎い田舎者と思わせるためと、《《感染させるため》》だ。
初期化したパソコンで、とあるメールボックスを開いた。ウィルスがかかると有名なやつだ。個人情報がだだ漏れして、しかも同期したりしたパソコンにも感染するという、まぁまぁ厄介な。バグを直すときに見つけたものを、旧型のパソコンに感染させてきた。
きっと、彼は使いやすい自分のパソコンで、試しにやってみようと言ってくる。そのときに同期させるだろう。感染して、九十九家の情報が漏れると知らずに。
そう思うと、なんだか愉快で面白おかしくなってきた。別に、特段性格が悪いわけではないけれど。
「と、取り敢えずやり方を教えてほしいんだ」
「そうか。なら僕のパソコンを貸す」
「あ、でも、今までの調べたデータとかは…」
「試しに僕のパソコンでやってみなよ。同期《《させてあげる》》から、使い心地を試してから買えばいい」
上から目線に腹が立つし、何より買わせようとする執念が鬱陶しい。ああ、やっぱりこんな奴、九十九家に似合わない。血筋や親ガチャ大成功のたぐいだ。
「ありがとうございます」
おかしなイントネーションで言った。
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『少し』『待て』
ええ、確かにインターはそう示しました。あともう少しだという開放感諸々、感情があると感じます。
さっさと廊下を掃きます。例の山積み部屋へ行って、再びパソコンを開いてみます。律はきっと、あの田舎者と《《見せかけた》》インターに食らいついているでしょう。何かいいアイディアが思いついたはずです。食らいついているということは、あの御曹司さんもお馬鹿さんなんでしょう。
『把握 開いといて』
メッセージがあらわれました。
たぶん、この計画は没になったのでしょう。リスクが高すぎる、とか。私はそう考え、そっとパソコンを閉じ、ふつうに掃除を始めます。
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「同期?なんですか?」
律は懇切丁寧に説明を始めたが、最後のあたりは面倒くさくなったのだろう。じゃあやってみて、と適当に言うだけだった。
「本当にいいんですよね?」
律にとっては、本当にこのやり方で合っているのか、と取れたことだろう。
本当にいいんですよね?
たとえ、仕返しを食らうとしても。