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目次
実力主義の世界で俺は制約に呑まれる。 #1
世界は、理不尽だ。
弱いものは、強いものに|虐《しいた》げられる。そんな世界が、俺は嫌いだ。
だと言うけれど……
「がっ!?」
腹部に衝撃が走り、思わず|呻《うめ》く。内臓がひしゃげる感覚がする。だからか、|吐瀉物《としゃぶつ》が口から漏れ出る。
「チッ、んだよ。汚ねぇな!」
目の前の男はそう言いながら、俺に向かって再度拳を振るう。
クズが。そう心の中で呟く。
「あ? なに反抗的な目してんだ?」
そうか。俺は今、反抗しようとしているんだな。
だったら、と俺は口を開く。
「お前なんか、クソ喰らえ。バーカ」
そう言葉をこぼした直後、俺の視界が歪む。
「はっ、何だ? イキってんのか? だっせぇな!」
言葉と同時に俺は蹴り上げられる。そして俺の体は宙に舞う。
あぁ、なんて貧相な体なんだろう、と俺は呑気に考える。
「ぶっ」
俺の口から、血が吐き出される。
……くだらない。何を思ってこの男は、俺を虐めているんだろう。
今は、もう考えたくない。もう、動きたくない。
あぁ、こいつが止まれば、俺は楽になれるのに。俺が死にさえすれば、楽になれるのに。
その思考を皮切りに、俺の意識は遠のいていくのだった。
私の意識は、そこで目覚めた。
だが、なぜだろう。違和感を感じる。視界が暗転しているのはまだいいとして、この違和感は何なんだろうか。まぁ、そこまで考える必要もないだろう。
思考に一区切りついた私は、目の前の事象を片付けようとする。
「……誰に、何をしている?」
私はそう言うと、目の前の男を軽く捻りあげる。
「うおっ!?」
情けない声をあげながら、男は宙を舞う。そして、背中から地面に叩きつけられる。その衝撃で
「みっともないな」
思わず、私は呟く。
あれほどの威勢のくせして、これほどの弱者とは。呆れてしまうな。
……さて、現状何がどうなっているのか、確認しておこうか。
私はそう考えると、まず自分の身体を見る。
それなりに筋肉はあるが、かなり貧相な体だな。この肉体はおそらく|私のもの《・・・・》ではないだろう。誰かの肉体に私の精神が宿った、とでも言うべきだろうか。おそらくは、そうなのだろう。
だが、器としては申し分ないだろう。今は未熟であろうと、いずれは大物になる。その確信が、私にはあった。
そこで私は、あの違和感に気づく。
なぜ、私はこの肉体に宿った? この世界を視る限り、私の所と同じく‘異能’は存在するのだろう。だとしても、この肉体に宿る理由とはなんだ?
まさか、と私は一つの仮説を立てる。いや、だがしかし、それはこの世界には存在し得ないはずだ。あくまでもその異能は、私固有のものだ。そんなものが、存在するとでも言うのか?
いやだが、冷静になれ私。所詮は可能性の域だ。あり得なくはない。
もし、そうだと言うなら、この器の精神は、おそらくもうこの世界には存在しないだろう。だが、私がそれを許さない。
私は異能を発動させ、その精神を再びこの身体に呼び覚ます。
実力主義の世界で俺は制約に呑まれる。 #2
「……ん」
そこで俺は、意識を取り戻す。
いつのまに俺は意識が飛んだのだろうか。
とりあえず、俺はなぜか横たわっている体を起こす。
ぐっ、と体を伸ばし、腰を鳴らす。
そういえば、あの男はどこに行った? 見渡す限り、近くにはいないようだが……まぁ、いないならいないでいいがな。
そう考えていると、突如として頭に痛覚が走る。
なんだ? ただの頭痛か?
それにしては痛みが強いような気がするが、気のせいだろうか。
俺は頭を少し強く叩き、その頭痛から意識を逸らさせる。普通に痛い。
「さて、今からどうしようか」
ある意味暇つぶしにもなっていた虐めがなくなり、俺はすることがなくなる。つまり、暇になったのだ。
そんなことを考えていると、視界に一人の少女が映り込む。
視力はそれほどよくはないが、見覚えはあるような……
そうして見ていると、その少女は俺に気づく。
「あれ、どうしたんですか?」
俺はその問いにどう答えようかしばし悩んだ後、口を開いて言葉を返す。
「少し昼寝していただけだ。そんで、さっき起きた」
「もう夕方ですよ? まぁ、早く帰った方がいいですよ。そろそろ先生方が見回りに来るはずです」
「そうか。だったらさっさと帰るとしようか」
俺はそう言って踵を返そうとする。
しかし、その前に彼女が俺に声をかけてきた。
「あの、よければ少し、お話しませんか?」
あいにくと俺に用事はない。
だから俺は、その要求を呑むことにした。
*
「で、話って何だ?」
近くのファミレスに俺たちは入り、急かすような物言いで俺は話を切り出す。
「その前に、自己紹介でもしませんか? お互い知らないわけですし」
まぁ、それもそうだな。……そっちから言い出したわけだけど。
そんな思考を働かせながら、俺は自分の名を口にする。
「俺は、|西川《さいかわ》|莫月《なつき》だ。変なあだ名以外なら好きに呼んで構わない」
「なっちゃん……」
「変なあだ名はやめろと言ったばかりだぞ?」
「すみません。なら、莫月くんでいいですか?」
「あぁ、それでいい」
ちなみに俺があらかじめ変なあだ名をやめろと言ったのは、幼少期にそれでいじられまくったことが理由だ。それ以来、絶対に変なあだ名を俺は嫌っている。
「それで、お前は?」
俺は目の前の彼女にそう訊く。
「|結城《ゆうき》|藍彩《あいか》っていう名前です。名字で呼ばれるのは好きじゃないので、できたら下の名前で呼んでくれると……」
「なら結城と呼ぼうかな」
俺はその言葉と同時に、やり返したぜ、みたいな顔をする。
俺もさっきやられたんだ。だったら、やり返したくなるもんだろ?
それに対し藍彩は、少し不敵な笑みを浮かべた。
うわ、反感買ったか? けどまぁ、さっきのやり返しだから別に……とは思うが。
「名字では呼ばないでくれる?」
少し怒気の孕んだ声で、再度釘を刺される。
「はい、藍彩さん」
思わず敬語で返してしまった。これに関しては俺は知らない。
それにしても、名前みたいな名字だな。そこに何かあるのだろうか? まぁ、俺には関係ない話だとは思うが。
一度俺は咳払いし、最初の問いを再度投げかける。
「それで、話とは一体何のことだ?」
俺のその問いに彼女は、表情を直してから答える。
「最近、うちの学校で行方不明者が続出しているんです。先生や警察に言っても、取り合ってくれません」
それで、と一拍を置いて言葉を紡ぐ。
「一緒に手伝ってくれませんか? 行方不明者を探すのを」
行方不明者。その言葉に、少し頭が痛くなる。あまり聞きたくない言葉だ。
だが、特に断る理由もないか。それに、主犯を懲らしめてやりたいと思う自分もいる。
だったら、やることは一つじゃないか。
「あぁ、いいぞ。俺がその手伝いをしてやる」
俺がそう答えると、藍彩は顔を明るくして、元気よく返事をする。
「はい! お願いします!」