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目次
海
明日は休日、学校はない。
俺は今、浜辺に立って月を見つめている。
急な思いつきというか、全てがどうでもよくなったというか、俺は走ってここまで来ていた。
一歩づつ、海に向かって進んでいく。
何をしようとしているかは察してくれ。
俺は今、苦しい。
水中から、歪んだ月光のみが見えていた。
---
目が覚めると、俺はベッドの上にいた。
フカフカで、さっきまでとは比べ物にならない。
周囲の雰囲気から、ここは病院じゃないことが分かった。
そしておそらく、普通の現実でもない。
頭が冴えてきて、自分が溺死したことを思い出した。
なんとなく起き上がって窓の外を見ると、そこは夜。
暗くて見づらいが、周りにも家が沢山ある。
(気づいたら知らない街にいた?いや、死んだのなら転生ってやつか?)
色々考えている内に部屋の扉が開き、人が入って来た。
「あっ!起きたんですね。よかったぁ〜。」
見た目は同い年ぐらいの彼女は、何かお菓子の入れ物を持っていた。
「一緒に食べます?また最近届いたんですよ。」
理解が追いつかない。
でも、とりあえず食べた。
味はしょっぱめで、彼女の好みらしい。
食べながら、お互い自己紹介をした。
彼女は割と最近から、一人でここに住み始めたらしい。
先程、俺が玄関前で倒れているところを発見し、とりあえず寝かせていたとのこと。
(もし俺が不審者だったらどうしていたのだろう。)
それと俺、どうやら最後の日より前の記憶が大きく抜け落ちているようで、あんまり教えられなかった。
自殺したことは、黙っていた。
でも、なんとなくバレている気がした。
理由は分からない。
箱の中の半分くらいを食べたところで、そろそろ寝ようということになった。
元々彼女の家だから俺が床で寝ると言ったのだが、彼女は「あなたは倒れてたんだから。」と言って床から動かず、俺が彼女のベッドで寝ることになった。
正直、女子のベッドというと中々緊張するが、明日からも色々ありそうなので早めに寝ることにした。
街
目が覚めた。
外はまだ明るくなりきっていないが、丁度良い。
この世界に来る前にしていた習慣、散歩をしようとベッドから降りる。
すると、床にはまだ彼女が寝ていた。
何も言わず出て行くのはまずいと思い、窓から外を見るだけにした。
いくつかの家が並んでいて、都会すぎない普通の街という感じ。
なんとなく違和感を感じた。
地面を見ると、光の差し込む海底のように揺らめいていた。
やはり、ここは俺が元々居た世界とは違う。
振り返ると彼女は起きており、眠たそうに口を開く。
「ん〜、おはよ。眠れたぁ?」
「お陰様で。ありがとうございます。」
「朝ごはん持ってくるね。」
「いや、流石にこれ以上お世話になるのは…」
「いいのいいの、別に料理する訳じゃないし。この世界はね、知らない内に勝手にご飯が置かれてくの。」
彼女はリビングに向かいながらそう言った。
この世界の不思議なルールに驚きながらも“この世界”という言い方に違和感を覚えた。
まるで他の世界を知っているような…
あまり考えないことにした。
行く宛も無い、しばらく居候させてもらうことにした。
二人で朝ごはんを食べた後、彼女を散歩に誘ってみた。
彼女は誘いに乗り、今着替えている。
---
しばらくして、街の案内も兼ねた散歩が始まった。
といっても何か特別な施設があるわけでもなく、ただ街を歩き回るだけって感じだった。
この街の人は、少し優しい気がすること以外には俺が元々いた世界の人と何も変わらない。
でも、光には大きな違いがあった。
まるで水中のようにユラユラと、彼女も言っていたがこの世界は海の底にあるらしい。
「おはよう!いつもの子と…見ない顔だね。」
お帰りって言ってきそうなおばさんが話しかける。
「まだ若いね、何があったの?」
「それが、覚えてないみたいで…。」
俺より先に彼女が答えた。
「そう、大変ね…また何か分かったら教えてね。」
その場を離れてからも、色んな人に挨拶したり、されたりした。
どうやら彼女はそれなりに顔が広いらしい。
途中で会った子供にも懐かれていた。
少し遠くまで来て、丘の上から夕日を見た。
それは地上で見るものとは大きく違っていたが、綺麗なのは一緒だった。
下には街が続いていた。
小さく見える家一つ一つに誰かが住んでいるのだろう。
かつて居た世界のことなどどうでも良かった。
深
目が覚めた。
俺はすぐ異変に気づいた。
彼女がいない。
焦って外に出ると、そこは不安をなでるように静かだった。
(誰もいない。)
理解が追いつかない。
どうして。なんで。頭に浮かんで、かさばっていく。
一旦冷静になろうと思い、深呼吸をした。
その時、鼓膜が少し揺れた。
その波を逃さぬ為に、神経を研ぎ澄ませた。
…ピアノの演奏だった。
音のする方へ、走っていった。
---
街外れ。
狭く汚い路地裏、ボロボロのピアノ、今までと雰囲気の違う場所に辿り着いた。
ピアノの前には一人の影。
中年のおっさんは、俺に気づくと少し驚いた顔をして演奏を止めた。
「あんたみたいな若い奴でも、迎えが来ない事があるんだな。」
少し突き放すような声で、衝撃的なことを言われた。
「生きてる時に、何やったんだよ。」
「それって…」
食い気味に声が漏れる。
“生きてる時”
その言葉が引っ掛かった。
彼は何かを悟ったようで、さっきより少し優しく話しかけて来た。
「家に来るか?ここじゃちょっと寒いし。」
今まで会った人とは違う。
でもそれは表面的な事だけで根は一緒だと感じる。
不審者という不審者がこの街にいないことは彼女との散歩で察していた。
彼の大きくも頼りない背中を追って歩いていった。
その人の家は、言ってしまえばボロ屋だった。
最低限のものは揃っているが、蜘蛛の巣なんかもあった。
「この世界の家は住人に合わせて色々変わるんだって。俺にはこれがお似合いだなんて、無礼な世界だよな。」
畳張りの和室。
ちゃぶ台に向かい合って座って、一言目がそれだった。
「あんたが想像している異世界とは違う。ここは、現世と地続きになっている場所だ。だから精霊馬が迎えに来れる。」
「今日はお盆だ。」
ああ、だから人がいなかったのか。
俺は緊張してるのもあって、この時は冷静に飲み込めた。
「亡くなった人は空から見守っているとか言うが、違う。実際には海の底から見上げてるんだ。いわゆる黄泉の国ってやつだ。」
缶ビールを開けて、彼は一気に飲んだ。
---
「とにかく、彼女さんは直ぐ帰ってくるよ。」
最後にそう言ってくれたが、俺は少し不安だった。
どうして彼女はそれを教えてくれなかった?
どうして彼女は黙っていた?
どうして彼女はあの場所へ行った?
どうして彼女は夕日を見ようとした?
どうして彼女は俺を招き入れた?
どうして?