文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜
編集者:ののはな
太宰、中也、15歳
その話の続き。
言わば、太宰、中也、16歳。
その時、彼女が辿る未来。
中也の家族、そして、兄。
迷い犬達が辿って行く運命とは……
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目次
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 0
「ねぇ中也、散歩してきていーい?」
中也「あ?いや、唐突だな」
「えへへ、仕事ばかりで疲れたし!」
中也「本来は桜月もJKだからな…」
「ね?ね?いいでしょ〜?」
中也「ま、まぁいいが…気を付けろよ?」
「やった〜!中也ありがとう!」
中也「あぁ、手前の願いなら何でも叶えてやるからな!」
「あ、ありがと…!でも何でもは流石に…ね、」
中也「ハッ、遠慮すんなよ?まぁ散歩楽しんでこいよ!」
「ありがとっ!行ってきま〜す!」
---
私は探偵社のとき、
よく通っていた川沿いを歩いていた。
「なんか、懐かしいなぁ…」
???「何が懐かしいんだい?」
「あっ、だ、太宰さん!」
太宰「久し振りだね、桜月ちゃん。」
「珍しく流れずに歩いてるんですか?」
太宰「なぁに、心中相手を探していただけだよ!」
「げ……私は遠慮しますね」
太宰「それは残念だねぇ、君ほどぴったりな心中相手は中々居ないものだよ?」
「中也が居るので断固拒否です」
太宰「はぁ…あんなチビに君を取られるとは心外なのだよぉ……」
「まったく……懲りないですね、太宰さんは。」
太宰「なら君の昔話でも聞いて行かないかい?」
「…昔話?」
太宰「中也がポートマフィアに入ったあとの話だよ」
「私、その時…」
太宰「《《一応ポートマフィアだったね》》」
「、っ…!!」
太宰「さて、如何する?」
「…聞かせてください」
太宰「そうこなくっちゃ!立ち話も何だし、公園にでも行こうか。」
「、はい!」
近くの小さな公園のベンチに座った私達。
序にクレープも買ってもらった(*ノω・*)テヘ
太宰「じゃあ、話していこうか。」
「お願いします!」
太宰「君が、マフィアに入る前の話から。」
私は、つばを飲み込んだ。
太宰さんの顔が、少しだけ硬くなった。
太宰「ポール・ヴェルレエヌ。」
「その名前、っ!!」
私はその名前に、嫌に聞き覚えがあった。
この人を、私は知っている。
今の私の記憶の中に、存在している。
はい!!!
始まりましたstorm bringerーーー!!
本編に入る前の前置きとしてのこの話、
即ち0。
なんかかっこよくないですか?
0って。
まぁがんばります!
応援、よろしくお願いします!
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 1
桜月said
羊達、つまりポートマフィアに敵対した連合軍は、羊の少年少女を除いて全員殺された。
残った羊の子どもたちは、_____
首領「ということで、桜月ちゃん、」
「嫌です」
首領「頼むよぉ〜〜」
「あの後お姉ちゃんにめっちゃ怒られたんですからね!!」
首領「それは謝るよぉ〜……」
「じゃあ失礼しま」
??「失礼します、首領。」
首領「おぉ、入り給え、《《中原君》》」
中也「なんの御用でしょうか、首領。」
首領「桜月ちゃんが勧誘されてくれないのだよぉ……」
中也「あ、アハハ……」
「ホント無理です」
そう、私は何度断ってもあきらめない、
ポートマフィアへの勧誘を受けていた。
中也「なァ桜月、俺も一緒に仕事してーって思ってんだが」
「中也まで辞めてよっ!無理だってばぁぁ!!」
首領「ケーキ好きなだけあげるよ?」
「入ります」
中也「え、嘘だろ此奴」
太宰「森さ〜ん、桜月ちゃんの勧誘は終わった?」
首領「というわけで、まぁよろしくね、
中原君、それから桜月ちゃん。」
「あっ……」
やってしまったの顔。
太宰「ニコニコ」
中也「(必死に笑いをこらえてる顔)」
「あ"ぁ"ーーーーーっ」
首領室に私の絶叫が響いた。
というわけで、私のポートマフィア入りが
決定しました。
---
えっと、桜月&中也の仲は現代でいきます
「ちょっとののはな邪魔!」
「それ過去編の意味無くねぇか」
う、うるさいです!!
これで決まり!!
---
〜STORM BRINGER〜
---
私達が組織に入ってから早1年。
多くの成果を上げてきた事もあり、
マフィアの中でも上の部屋を与えられている。
「お早う、中也。」
中也「あぁ、桜月、お早う」
中原中也は夢を見ない。
中也には過去がない。
自分が誰なのか分からない。
そんな自分に唯一の日常的な喜びを齎すのがお前、つまり私、桜月だと、中也は言っていた。
慣れた手付きで私の手を引き、二人で黒い車に乗り込む。
そして云った。
「何時ものお店までお願いします」
中也「何時もの店まで頼む」
都会の幹線道路を、黒い車が滑らかに通って行く。
まるで、周りの混雑した車など存在していないかのように。
運転手「到着しました」
先に下りた中也が私に手を差し出す。
その手を取って私も車を下りる。
着いたのは一つの宝石店。
中也は宝石王と呼ばれている。
その界隈を取り仕切る、有名な人物として。
今日はなぜか、私も同行するようにとの
命が出ていた。
顔を見合わせて頷く。
と同時に、店の中へと入った。
銃が5丁、私達を出迎えた。
狙いは中也のほうか。
向けられたそれを、私は一つ蹴り落とした。
???「うわっ」
五人いる、宝石店の中の人達。
でも、一歩間に合わなかった。
この体制から中也が一歩でも動けば、
どこかの方向から撃たれる。
ま、いいや。
銃撃犯の言葉を聞かず、私は目を瞑った。
不思議なことに、2丁は私にも向けられた。
「はぁ……」
パン、という乾いた音が店内に響いた。
「「中也、桜月!ポートマフィア入団一周年おめでとう!!」」
私達の頭には、カラフルな紙テープ。
中也「莫迦じゃねぇの……」
「え?私普通に嬉しいけど」
ニヤニヤとする店内の5人組。
「えへへ、ありがとう!」
対して中也は溜め息を吐き、
冷たい表情で店の奥へと歩いた。
此処に居るのは組織内の若手、
出世頭。
25歳以下の若者で構成される互助会。
組織からは「若手会」と称される。
此処にいるのは全員、
マフィアの若き狼達っていう、ね。
???「全く、彼女とお前の差は何なんだよ」
???「何だ中也、嬉しくないのか?」
???「お前らのために皆が集まったんだぞ?」
「そうだよ中也!お祝い嬉しいじゃんっ!」
中也「一周年なんか祝うな!嬉しくも何ともねぇ!」
???「そんな事言うなよ。お前が絶対喜ぶプレゼントもあるんだから」
???「あ、勿論桜月ちゃんにもね!」
中也「…つまりあんたが首謀者か、」
--- 「ピアノマン」 ---
ピアノマン「そうとも。」
「中也はもう一寸素直になってよ〜!」
中也の嫌味に涼しい笑顔で返したのは、
黒外套に白い長袴という出で立ちの男。
通称、"ピアノマン"。
私達をこの会に誘ったのもこの人。
???「ははは!中也の顔、最高だったよ!」
「はいはい、もうこれ以上中也を不機嫌にすること言わないで!」
散弾銃をくるくると回し乍ら、
金髪の青年がよく通る声で笑った。
そして中也に睨まれた。
中也「ふん、云ってろ。今のが」
「もう中也ストップ!!」
けれど、先を読んだように青年は返した。
|阿呆鳥《アルバトロス》。
アルバトロス「悪いけど僕は中也に殺されるほどヤワじゃないよ。」
「はいはい。だとしたら私が先に殺ってる!」
???「ふふ、そうだね。君の暗殺には誰も抵抗できないよ……ふふ」
「|外科医《ドク》さん!中也を止めてよっ!」
ドク「相変わらず僕の事はさんよびなんだね……ふふ」
このひとは、一言でいうと物凄く不健康そうな男のひと。
そして中也に向けてシャンパンを差し出した。
……私にも。
「私はまだ子供!本来中学生!だっけ、?」
???「まぁ良いじゃないですか。酔った貴女を私が連れ帰ることが出来るのですから」
「|広報官《リップマン》まで!辞めてよホント…」
この人は、とても…異様に顔立ちが整っている。そして甘い声。
現役の映画俳優。
世界中で人気のあるような、
マフィアでは珍しい人。
あーあー、中也爆発寸前だよ。
すると突然店の奥から声が響いた。
???「俺は一周年記念など反対した」
「|冷血《アイスマン》さん!」
中也「そうだよなァ。祝いの席とアンタは似合わねぇ。」
仲の悪い二人。
羊のときに殺し合ったからと聞いた。
いや、仲悪っ……
けれど彼らは、私達が1年で潰れるとは思っていなかったらしい。
なら何故か、
すぐに答えが帰ってきた。
アイスマン「お前達が反乱を起こすと思ってたからだ」
中也「…は?」
「えっ?」
終わり方下手🤣
わぁ~い(?)
んじゃね〜
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 2
え、は、反乱を起こすと思った?
いや、え???
アイスマン「元「羊」の王、そしてその恋人。お前が首領を裏切って殺し、
マフィアに戦争を仕掛けると思ったのだ。そして、其れに着いて行くとな。」
私が、マフィアを裏切って、中也と一緒にマフィアと戦争を…?
話が難しい…
分からない!!!
中也「それを防ぐために、ピアノマンは俺らを「若手会」に参加させた、って訳か?」
誰も何も言わない。
つまり、肯定。
何が起こって居るかはっきりとは分からない。
けれど、中也が疑われ、私も《《そう》》なると思われていた、って事は分かった。
「…そっか、そんな風に思われてたんだね」
でも勿論、私は何があっても中也について行く。
それが死の扉を開く事となっても。
中也「ふぅん、そうか。桜月以外全員が俺の事を、
生まれ立ての赤ん坊の様に優しく見守ってくれて居た訳だ。」
「なら私はその赤ちゃんに振り回され、
赤ちゃんの世話に全く慣れていない|子守役《ベビーシッター》って訳ね。」
へぇ、ムカつく。
私の事を単純に仲間だと思ってくれていたのは中也だけだった、そういう事か。
私の言葉を聞いて、中也は手に持ったグラスを握りつぶした。
ガラスの破片が全て床に落ちる。
中に入った液体が飛び散る。
アイスマン「警戒する証拠ならある。」
そう言って並べたのは、とある日の出来事だった。
中也と話して居た宝石の卸業者が、全治3か月の怪我をした。
他愛ない話の中の、とある質問によって。
中也「そんな事在ったか?忘れたぜ。なら試しにその質問をしてみろよ。
勇気があるならな。」
アイスマンは5秒ほど黙った。
そして、云った。
--- 「お前の生まれは何処だ?」 ---
素早く反応した中也。
アイスマンの襟を掴んで、乱暴に引き寄せた。
アイスマン「この手は何だ」
中也「アンタ次第だ」
横からアルバトロスが困ったように声を掛ける。
アルバトロス「おいおいー、その辺にしとけよ。そんな質問で怒るなよ。
中也。お前らしくないぞ?」
中也の腕を掴んだアルバトロス。
瞬時に私は動く。
中也を掴んだその腕を弾いて、彼の横に立った。
「中也らしいとか、らしくないとか、それは他人が決める事じゃないよ」
突き飛ばされる格好になったアルバトロスは、後ろにたたらを踏んだ。
さらに前に出ようとした中也の足が止まった。
その額には、ビリヤードの|掻き棒《キュー》が突き付けられていた。
その先を見ると、アイスマンの手。
中也「おい…この棒は何だ?」
アイスマン「お前次第だ」
「邪魔です」
私は幸運な事に、身に着けている小刀があった。
それを突き付ける。
…キューを持って居る人物、|冷血《アイスマン》に。
そして、中也はキューに思いきり頭突きをする。
異能を使ったのか、破片は意思を持つように飛び散った。
--- 「「そこまでだ」」 ---
今までで一番冷酷な声がした。
…声の主はピアノマン。
ピアノマン「中也、『仲間に異能を使うな』。この若手会の第一の規則だ。」
「中也は規則を忘れてないよ、ピアノマン。」
チラと中也の方を見ると、首を一周しているピアノ線。
それも、完全に工業用の|銅線《ワイヤー》が。
そしてピアノマンの袖の奥には、巻取り装置が仕込まれてる。
それが起動すれば、中也の異能も間に合わない。
綺麗に頸が切断される。
まぁ、
私には効かないけれどね。
「白虎を呼んでもいいんだけど?」
ピアノマン「…君も規則破りにはしたくない。辞めておけ。」
あの爪なら、どんな物でも、たとえ|金剛石《ダイヤモンド》だって、綺麗に割く。
「ん-、其れは貴方のこれからの挙動によるかな。」
ピアノマン「…中也、お前が不機嫌な理由は分かってる。
このままでは《《太宰に負けるからだ》》。」
「えっ?」
ピアノマン「何故なら、抑々お前がマフィアに入ったのは
幹部しか閲覧できない秘密書類を見る為だからだ。その書類には、
《《お前の正体が書かれている》》」
中也の、そして私の表情が変わる。
中也「何故それを…」
ピアノマン「それなのに、この調子では幹部になるまでにあと5年かかる。」
中也の表情は険しくなる一方。
中也「それ以上云うんじゃねぇ」
ピアノマン「いいや、言うね。」
冷酷な笑みを浮かべるピアノマン。
ピアノマン「私は首領からほぼ凡てを聞かされている」
中也「何だと?」
中也を、そして私を、監視しろと命令された、という。
「…やっぱり、私は」
仲間って思われていなかったの?
あれ程まで勧誘を受けて入ったと云うのに?
中也「俺を……監視だと……?」
ピアノマン「当然の措置だろう。」
あの書類を閲覧する必要がなくなれば、中也は首領に牙を剝くかもしれない。
そして、また一つ、中也の口から声が漏れた。
「……やめろ」
ピアノマン「《荒覇吐》。またの名を、軍の人口異能研究体、『試作品、甲二五八番』。
それがお前だ。お前は自分が人間ではなく、唯の人口人格じゃないかと疑ってる。
その根拠は___」
中也は夢を見ないから。
その一言をピアノマンが口にした途端、中也が声にならない唸りを上げた。
全員が動くと予測した私は、桜を周りに散らした。
「四季、桜。」
其処からは一瞬の出来事だった。
巻き取り装置を破壊し、ピアノマンに中也が突き付けたキューの破片。
そして桜を辺り全員に当たる…寸前で止めた。
他、リップマンは|機関拳銃《マシンピストル》を私と中也に向けるし、
アルバトロスは|鉈刀《ククリナイフ》を私達の首元にぴたりと当てるし、
ドクは注射器を取り出して、アイスマンはワイングラスの破片を手に持った。
全員が少しでも動けば、誰かしらの命を奪うことが出来た。
けれど、誰も動かない。
全員が呼吸すら止めていた。
--- 「やれよ」 / 「殺して」 ---
私と中也の声が重なった。
中也「誰からでもいいぜ」
その声は引き絞られた弓の様だった。
ピアノマン「まぁやってもいいんだが、その前に|祝宴《パーティー》を最後までやらせてくれ」
「今さら何を」
中也「…何?」
ピアノマン「一周年の記念品があると云ったろう?」
そう云って彼が懐から出し、中也に差しだしたのは___
中也「.............................................................................................は?」
凍り付いた中也の表情。
そして、力が抜けた手。
何もかもを忘れた様に、ふらふらと《《それ》》を手に取った。
それは一枚の写真だった。
いやぁ、1枚の写真。
最高かよ!!
好きだよもう!
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 3
一枚の写真。
ピアノマン「中々の値打ち物だろう?苦労したんだぞ。」
魅入られたように中也がその写真に顔を近づける。
他の人達は苦笑しながら武器を手元に戻した。
中也はそれにも気づいて居ないようだった。
ピアノマン「例の下らない質問をされたら、次からそれを見せてやれ」
写真に写って居たのは、5歳の中也だった。
「か、かわいい、中也。」
ピアノマン「西の地方にある古い農村で、その写真は撮影された。」
其処の古い医療記録で、ドクさんが当たりを引き当てた。らしい。
ドク「ふふ…人間は嘘を吐いても、歯型記録は嘘を吐きません。」
別の書類を持ってきたドクさん。
中也はその書類とドクさんを見比べた。
アルバトロスはその医療記録を発見するために、
リップマンはその法人の発見と記録の確認のために、
アイスマンは中也の家族構成、過去の所在や出来事などを、
首領に知られないように独自で調べ上げた。
…8回空き巣もしたらしい。
そう云って、アイスマンは微笑んだ。
彼は仕事をしている時以外、温厚な性格だ。
結構意外だったけれど。
その事を知っている人も少ないらしい。
此処に居る全員は知っている。
中也が皆の顔を見回すと、全員が微笑んでいた。
中也「何故だ…此奴は、首領に逆らう行為だろ、?」
ピアノマンとの受け答え。
そして、リップマンも云った。
--- 「「仲間だからです。___羊では違ったのですか?」」 ---
その言葉に、私は俯いた。
違った。
中也は一方的に頼られていた。
羊の一面しか、私は見れなかった。
けれど、その隙間からでも見えた。中也の苦しみが。
リップマン「そうそう、貴女にもプレゼント。
あれ、真坂、自分の事を忘れているとかないですよね?」
「えっ?」
いや、中也のこれは特別な事情があるからじゃ、
ピアノマン「はい、これ。」
渡されたのは、
可愛らしい兎のぬいぐるみだった。
「う、さぎ…?」
ピアノマン「君の行動が余りにも幼げ無さ過ぎるから、」
リップマン「私達で悩んで買いました。
年頃の女の子の喜ぶものを考えるのって、結構難しかったのですよ?」
アルバトロス「そうそう、アイスマンなんか顔を大仏みたいにしてさ」
ドク「ふふ…あれは傑作でしたねぇ……」
アイスマン「…今はその話は」
「え、ぁ、あの、」
急に全員が黙りこくって私の顔を覗き込んだ。
なんで、?
何故か、
私の目から、涙が溢れて、止まらな、っ
ピアノマン「よく頑張ったな」
急に、温かさに包まれた。
冷房の効いた室内に、冷えた体が。
人の温もりで、どんどん包み込まれて行った。
「あ、っあの、!ごめんなさっ」
中也「良かったじゃねぇか」
中也「少しは子供で居て良いんだぜ?」
リップマン「周りが大人だらけで自分もそうならなくては、となる気持ちも分かります。
でも、貴女は貴女で居て良いんですよ?」
ドク「ふふ…苦しんでまで周りに合わせる必要はありません……」
アイスマン「せめて俺らの前でだけでも、子供で居ろ」
こんなにあったかいのは初めてだった。
でも、それでも、頬だけは濡れていた。
声を上げて、子供の様に…私がちゃんと、子供で泣いたのは初めてな気がした。
---
「「中也、桜月、マフィア加入一周年おめでとう!!」」
全員が声を揃えて云った。
温かさにあふれていた。
「えへへ、ありがとう、っ!」
私の腕には大事に兎のぬいぐるみが抱えられている。
皆が悩んで、其れで買ってくれたぬいぐるみ。
一生大事にしようって思った。
その時、中也は…
あちこちを見回して、如何したら善いのか分からない表情をした。
ピアノマン「如何した?」
中也「こっ...................」
頑張って怒ろうとして、怒鳴ろうとした。も、無駄だった。
何やってるの中也、という顔で其方を見た。すると中也は急いで私達に背を向けた。
中也「はぁ、そういう事かよ!つまり、俺に不意打ちでこれを見せれば、感動した俺が泣いて謝るだろうとか、そういう狙いかよ!」
「え?」
ピアノマン「ん?いや別に…」
ピアノマンの言葉も聞かずに、入り口に向かって乱暴に歩き出す中也。
自分の顔は見るな、と云って。
絶対これ中也泣いてるでしょ。
キョトンとしたピアノマンは、全員の顔を見回した。そして、中也に言う。
ピアノマン「そうか、中也が帰るのなら仕方が無いな。
私の予定表だと、この後全員でビリヤード勝負をする予定だったんだが」
「何方かやり方教えてください」
リップマン「いや、幾らでも教えますが…子供だからと言って敬語を使う必要はありませんよ??」
「わ、分かりました」
ピアノマン「いやそれじゃあ敬語の儘だよ」
アイスマン「まぁこれで決まりだな。主賓は帰るが、桜月が残るなら其れで良しとするか。」
ピアノマン「一位には景品もあるぞ」
リップマン「其れは素晴らしい」
アルバトロス「おーい中也、そんな感じらしいけど、気を付けて帰れよ!」
手を振る私達。
中也「勝手にやってろ!」
私の片手は人形を抱き抱えたまま。
中也が店を出て行ってから数十秒。
誰も何も言わない。
互いの顔を見つめ合って居た。
中也「クソッたれ。ルールの説明をしやがれ。賞品は全部俺が頂くからな!」
やっぱり戻ってきた。
ピアノマン「そう来なくっちゃぁな。」
「私はウサギさんで物凄く満足だけど…」
ドク「ふふ……そう云わず、楽しんでください…」
そして黙って此方を見るアイスマンの目も、優しかった。
うん、2話同時投稿草。
まぁまぁ、良いんじゃないですか?
はァーいヽ(゚∀。)ノウェ
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 4
それからの時間は、只々楽しかった。
まずビリヤードのやり方をピアノマンとリップマンに教えて貰って居る時に、
中也が私との距離が近いと抗議したのを、ドクとアイスマンが制した。
そして球を撞く音。
コトンと弾の墜ちる音。
「おぉ」
「初めてにしてはすげぇ」
「見事です」
「えへへ、ありがとうございます!」
「じゃあ試合入るか」
「、、、」
「いやお前あからさまに緊張しすぎな」
「前回の最下位誰だった?」
「ぅ、私……」
「そんな軽口を叩けるのも今の内ですよ」
「酒が足りないな」
「ははは、酔って手元が狂え!そして負けろ!!」
「慥かに手元が狂った。お前の3倍くらいしか弾を入れなさそうだ。」
「云いやがったなぁぁぁぁーーーー!!!」
「私飲めないって」
賑やかな店内。誰かが音楽をかけた。
私はグラスに入った炭酸に口を付ける。
シュワシュワと弾ける泡はすぐに消えていく。
今の私達の時間を著しているようで、少し寂しかった。
「うふふ……これできめる」
「ところで、貴女が金髪の女性と歩いているのを見ましたよ。新しい彼女ですか」
「あっ、えっ。。。あっ」
思わぬ言葉での不意打ちに狂った手元。
球は変な方向へと…
「わ、これ次誰の番ですk…ぁ、誰の番?」
「いや敬語急につけるの逆にすげぇんだけど」
「にしてもこれは酷いね」
「なんだこりゃ、お前ら、そんなに俺に負けたいのか?」
「うわっ、球の配置がヤバい。中也にまで回すな!無敵の俺様王子がまた調子に乗るぞ!」
「誰が俺様王子だ!!」
「兎に角、決めろ!次の奴頼むぞ!!」
全員が次のキューの先に注目していた。
そして、放たれた。
その一打は、驚くほど見事だった。
美しくボールの動きが幾何学模様を描いて行く。
そして最終標的、|9番《ナインボール》がポケットに、落ちる。
誰かが息をのんだ。
「すげぇ!」
「何だ今の!」
「芸術的な軌道」
「残念だったな中也、お前の連勝は防がれた」
「ところで、誰なんですか、この人は?」
「え?」
私がその一言を呟いた途端、皆が固まった。
青い背広。
長い手足。黒髪に鳶色の目。整っていて気真面目そうな顔立ち。
平坦な声で、その青年が喋った。
その瞬間、全員が迎撃態勢に入った。
一番早いのはピアノマン。
首にピアノ線を巻いて、床に体勢を崩した。
青年は咄嗟にキューをワイヤに挟んだ。
けれど、そんな棒じゃ銅線は止まらない。
「うそでしょ」
ワイヤーは青年の頸を切っていなかった。
ただ、皮膚の表面で空滑りしていた。
其処から抜け出すと、青年は急に名乗り始めた。
彼の名前はアダム。欧州刑事警察機構の刑事だった。
オマケに、次に発せられたアイスマンの言葉。
「此奴は異能力者ではない!」
全員が驚愕した。
ピアノ線も通らず、弾丸も手ではじくこの人間が、異能力者じゃない。
するとピアノマンは笑った。
ピアノマン「面白い。なら早い者勝ちだ!此奴を斃せば、一週間はその話題で持ちきりになるぞ!
全員、異能の使用を許可する!!」
全員が意気込んで一斉に異能を使う。…
その中、私は小さく笑った。
「ふふっ」
奇獣、四神。それから、狼。私の敵、アダムを斃して。
直後、無数の光が室内を照らした。
各々の異能に戸惑うアダム。
けれど、抜け出した。
その向かった先は__
「中也っ!」
アダム「中也さん」
アダムは急に膝をつき、貴人に対する最敬礼の姿勢を取った。
アダム「貴方を護る為に来ました」
中也「…は?」
「…えっ?」
「…ん?」
「へ?」
「いや、何言ってんだよ此奴」
アダム「当機は異能技師ウォルストンクラフト博士によって製造された、
第一型自立思考計算機…アダム・フランケンシュタイン。」
「えッ機械?」
「知ってるのか中也?」
「計算機つったか此奴」
アダム「当機の目的は、貴方を狙う暗殺者を逮捕する為です。暗殺者の名は」
--- 「ヴェルレェヌ」 ---
--- 「「ポール・ヴェルレェヌです」」 ---
「えっ誰?」
「いや私に聞かれても知りませんよ」
「暗殺者って?」
「中也殺されんのか?」
「……物騒な事言わないで下さいよ…」
アダムは立ち上がって、真剣な目で云った。
「中也さん、貴方一人ではヴェルレェヌを撃退できません。だから当機が派遣されました。
彼は只の暗殺者ではありません。彼は暗殺王。暗殺王ポール・ヴェルレェヌ。
--- ____貴方の兄です」 ---
はい、吃驚3話投稿。
明日からな、な、なんと……
横浜に行くからです!
帰省帰省。
書き溜めしてるんで、また投稿しまっす!
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 5
カラフルな球が空を舞う。
目にも鮮やかな色の群れが、それぞれ違う高さの円弧を描いて戻ってくる。
「すっごーい!!」
アルバトロス「すげ…」
呆然と言ったのはアルバトロス。
ピアノマン「確かに、其処らの大道芸人に出来る事では無いな」
アダム「因みに、最も高い位置にある二つの数が互いに素、
つまり素因数を持たないよう配置されています」
「そ、素因数…?」
ピアノマンはその言葉に頷いて、アルバトロスは頭が絡まっていた。
ピアノマン「アルバトロス、頼むからもう少し数字に強くなってくれ。
学校に行って居ない桜月ですら方程式は出来たんだ」
「素因数無理。嫌い。宇宙飛んでけ。」
リップマン「うーん、急に子供っぽい事を云いだしましたね。」
「はい!子供です!」
中也「ってか機械の刑事の得意技が曲芸かよ」
アダム「単純な物理演算です。重力加速度、空気抵抗、回転モーメント、コリオリ力。
物理に働く力を経時演算し、球の挙動を計算しているのです。」
アルバトロス「ほーん、凄い。全然判らんけど。……お前、分かる?」
アイスマンが頷いた。
アルバトロス「リップマン、お前は?」
リップマン「この場で判って居ないの、貴方だけですよ」
アルバトロス「げ……、まさか、」
「一応判りました。…何とか。」
アルバトロスは電池切れした様に湯気を立てて倒れた。
あーあー、故障してなかったらいいけど。
アダム「最後です」
アダムは球を一つづつ、ポケットへ投げ入れた。
連続で、9個すべて。
「すごっ…!」
ぱちぱち、と私だけが拍手する音が店内に響く。
中也「いつも思うけど、手前は反応が新鮮だよな」
「其れは誉め言葉…?」
ピアノマン「まぁ誉め言葉でいいんじゃないか」
苦笑しながら答えたピアノマン。
アダムはアダムで改めて自己紹介してるしさ。
何この空間。
ところで、将来の夢が機械だけの刑事機構を作る、って怖くない?
アダムの夢。
そうだ、一寸中也に聞きたいことがあったんだけど…
この状況じゃ無理かなぁ。
中也「此奴は嘘を吐いている」
唐突に話し始めた中也。
でも、
「やっぱりそうだよね」
中也「俺と桜月は知ってるが、ヴェルレェヌは既に死んでんだよ。」
ピアノマン「何?」
荒覇吐事件の時の蘭堂さん。
そして、元々その相棒だったけれど裏切った。というのがヴェルレェヌの行動。
その後、ヴェルレェヌは蘭堂さんによって殺された。
けれど、超級異能力者が争えば気付かれないはずが無い。
中也、即ちアラハバキを奪取した立場。
追手に気付かれ、蘭堂さんはすぐに囲まれてしまった。
仕方なくそのアラハバキを取り込み、自らの異能の中で操作しようとした。
その出来事が、最初の爆発の真相だった。
素っ頓狂な声を上げるアルバトロス。
何処か納得するアイスマン。
「蘭堂さんは私達が死を見届けた。其の間際に聞いた話。聞き間違えの訳が無い!」
アダム「いいえ、生きています」
一切の感情を感じさせない声で、そう云った。
ピアノマン「其れをどう証明する?」
愉快そうに身を乗り出したピアノマン。
アダム「証明は可能です。が、その話をすることは、任務上の秘密主義に反します。
知る権利を持つのは、本件の重要関係者である中也さんだけです。」
中也は私達の顔を見渡して云った。
中也「此奴らも関係者だろ」
ピアノマン「私達は気にするな。お前の生まれに関わる話だ。お前が聞けばいい。」
ピアノマンが肩をすくめながら言った。
中也「…判った。」
そのままドアに向かって行った。
が、
ドアを開く事は無かった。
寧ろそのまま閉じた。
中也「確かに此奴は俺の問題だ。だが、
仮にこの中の誰かが同じ問題にぶち当たってたとしたら、俺は多分放って置けねぇ。
首を突っ込もうとする。どうせ此奴らも同じ考えだ。」
--- 「俺は此処を動く気はねぇ。だから今話せ。さも無きゃ、捜査には協力しねぇ。」 ---
ピッ。
私はスマホの録画を止めた。
ピアノマン「おい、聞いたか今の?」
アイスマン「あぁ。」
リップマン「録音機を回すのを忘れていました」
「私撮っといたから後で見せようか?」
「嘘だろ」
「すげぇ此奴」
「いや何で撮ってんだよ」
中也「なーし。やっぱ今のなーし。俺だけで聞くわ」
アルバトロス「はいだめですぅーー取り消せませーん中也は此処から出られませんーーー」
扉の間に通せんぼするアルバトロス。
そして、頷きながら中也の考えを理解したというアダム。
諦めたらしい。
けど、
「え”ぇっ!?」
何か右肘からワイヤー出て来て中也をぐるぐる巻きに…?
中也がポカンとした声を出すのと、
中也を小脇に抱えて走り出すアダムの姿があるのは、ほぼ同時だった。
「嘘でしょ何今の光景。え、見ました???」
リップマン「おお落ち着きましょう桜月ちゃん大丈夫ですよきっと」
ピアノマン「ふふふ二人共落ち着くんだ!リップマン!お前そんな焦る奴じゃなかっただろ!」
アルバトロス「いや、真面目に如何する?」
「ん~、そうですねぇ。」
ピアノマン「30分待って帰って来なかったら捜索隊を出すか。其れまでは酒を飲んで待つさ」
「いや、アルコール入って無いのもうないんですよ!!」
リップマン「お酒飲みます?」
「遠慮しときます」
結局冷蔵庫に入っているリンゴジュースを少しずつ飲んでいました。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 6
「でねでね、中也がね!」
「マジかよ彼奴www」
「其れは災難でしたね」
「いや、そもそもトップクラスの人間と何人知り合いなんだよお前」
「えー、5人ぐらい?」
紅葉姉さん、太宰さん、其れから首領。
あと、えーっと、、
「あぁ、荷物君に電話でも掛けたら如何です?」
「え、荷物君って最高っww」
「荷物君、か…いや、彼奴は取り敢えずチビの方が馴染み深い。」
「お前其れ本人の前で云ったら殺されるぞ」
「いや彼奴に殺される程には体が訛ってないはずだ」
「まぁ中也、身長のびるだろうし!」
ピアノマン「無事か、荷物君?配送先には着いたか?」
「え、嘘でしょ本当に掛けてる!?」
中也☎「五月蠅ぇ!無事に決まってんだろ!そっちは如何してる?」
ピアノマン「如何してるって、派手に散らかった店の掃除だよ」
「中也が割ったグラスとか、木っ端みじんのキューとか」
中也☎「五月蠅ぇ桜月!人の事言えねぇだろ!!」
ピアノマン「用が済んだら店に戻って来い…と云いたいところだが、私達も丁度仕事が入った。
合流はまた後にしよう。」
中也☎「仕事だと?荒事か?」
ピアノマン「まだ判らない。違うといいがね。
マフィアの連絡員が来て、全員呼び出されたんだ」
「これなら若しかしたら首領直々の仕事かも!」
アルバトロス「もしくは昇進とか?」
ピアノマン「私が先に幹部になったら、お前たちに月々お小遣いをやるよ」
「ええ~っ!何円ですか!何円!!」
アルバトロス「ははは、云ってろピアノマン!!」
ピアノマン「と言う訳で、また夜会おう。アルバトロスが迎えの車を送る。」
切った。
「お小遣いーーーっ!!」
アイスマン「未だ兎を手に持って居たのか」
「放したくないもんっ!可愛いから!」
リップマン「気に入ってくれたみたいで安心しましたね」
その時、店の外に車の影が見えた。
「あ、連絡員さんが云ってた迎えの車かなぁ…」
アイスマン「一寸見て来るか」
「すいません私、残りのグラス奥に入れてきちゃいますね」
リップマン「いや、私がやるよ。」
「いや申し訳ないから!一応私は後輩!!」
ピアノマン「これだから君は中也に嫉妬されるんだ…」
「急に何の話!?」
その時、外からアイスマンが戻ってきた。
「あっ、如何だった?」
けれど、扉が開いて見えた姿は、
何が、合った、の、、?
アイスマン「皆、逃げ、ろ…!」
その姿を見て、私達は即座に戦闘態勢を取った。
アイスマンは、彼方此方が傷だらけだった。
「何?何が、」
ピアノマン「全員、異能の使用を許可する。絶対に気を抜くな!!」
ドク「ふふ…敵襲とは久々ですね……」
「誰、襲撃犯は、誰、っ、?」
???「俺だ」
辺りを警戒していた私達にも、気付けなかったその姿。
店の入り口に立っていたのは、一人の青年だった。
クリーム色に近い様な髪色の、背の高い人。
リップマン「貴方…《《ポール・ヴェルレェヌ》》ですね。」
ヴェルレェヌ「其の通りだ。何故知っている?」
リップマン「勘ですよ。先程話を聞いたばかりなので。」
「、本当に、生きてるなんて…」
ヴェルレェヌ「…貴様、名前は」
「私?」
ヴェルレェヌ「そうだ。」
「私は、泉、桜月、、。」
アルバトロス「いや、知らない人に名前を云ったら駄目だろ、...」
「だ、だって、名前も云わずに攻撃されたら、失礼じゃない??」
ヴェルレェヌ「…俺の目的は弟のみ。その邪魔になる奴は」
--- 「全員、消すだけだ」 ---
背筋が凍った。
口が、動かない。
奇獣、助けて。
桜、花火、氷、雪、五月雨、ねぇ、
視界が、血に染まっていく。
私の武器は小さい刀だけ。
何とか攻撃を防いでるだけ。
後は、反撃も何もできない。
圧倒的な、力の差。
恐怖で足が竦む。声が出ない。
蛇に睨まれた蛙。
店の中が血でほとんど染まってしまった。
そして、また、何か、来る。
得体のしれない、何かが。
あぁ、中也に似ている。
重力の異能。
部屋の中を吹き荒れる嵐みたいに、重力が暴れている。
咄嗟に、私は手の届く範囲にあった2人を掴んで抱き寄せ、自分の後ろへと突き飛ばした。
勿論、優しく。
体を大の字にして、後ろの二人を庇った。
今掴んだあの二人だけでも、如何しても守りたい。
来た。
何も考えられないような激痛が、全身を襲った。
、ヴェルレェヌが私の目の前に迫ってきた。
それでも、私は立ち続けた。
「もっと君が_____だったら、この時間ももう少し面白かっただろうな」
そんな風に聞こえた言葉を最後に、私は意識を失くした。
---
中也side
俺は、ヴェルレェヌと戦った。
リップマンの死体を見せられた。
その後、アラハバキが来て、太宰が来やがって、…
「いでっ!」
今俺を運んでいたのは太宰か。
急に放り出されたかと思ったら、
先程迄飲んで笑ってしていたあのバーの前の路地裏だった。
でも、俺は気付いていた。
店の中から漂ってくる、隠しようのない血の臭いに。
其処には、無惨に壊された死体が、折り重なって倒れていた。
全員、死んでいる。
全身から血の気が引いて行くのが分かった。
店の中の中央には、五人が倒れていた。
その時、糸がこすれる様なか細い声がした。
「中也,......」
俺はすぐさま声の方に駆け寄った。
声の主はアルバトロスだった。
此奴が手遅れなのは、観察するまでも無かった。
腹部が裂け、骨が露出している。
「悪いな、中也。…やられたよ。目が見えないし…両足の感覚もない。」
囁くように言うアルバトロスの両目は既にこの世を見ていない。
「でもドクは助けたんだ。襟を引っ張って奴の攻撃から逃がした。
早く、彼奴を手当てしてやってくれ..........」
アルバトロスの右手に、宝物のように握られていたのはドクだった。
助けられたドクは静かに目を閉じている。眠っている様にも見える。
傷一つない。_______上半身は。
そのドクの体は、腰から下が無かった。
食いしばった歯から叫び声が漏れそうだった。
必死でそれを止める。
「あぁ、ドクは任せろ。お前のお陰で助かった。流石はお前だ、誇っていい。」
「よかった」
安心したように深い溜息を吐いたアルバトロス。
「中也…僕の車庫に、|二輪車《バイク》がある。
仕事、用の、とっておきの......好きに……使っ.........」
掴んでいたアルバトロスの手が、力を失って地に落ちた。
アルバトロス、ドク。ピアノマン、アイスマン、リップマン、
桜月。
「俺は仲間も、好きな奴一人すら助けれないのかよ、!」
桜月の体に触れた。
既に、冷たい。
この中では損傷が軽い方だ。
パッと見ただけならそう思うだろう。
でも、実際に触れてわかった。
潰れた足。
それに、閉じた瞼の間からうすら流れている、
赤い液体。
服の上からは分かりづらい、腹の傷。
返り血かと思ったが、これは彼奴の自分の血だった。
全身血に濡れた姿で、体に布を掛けるとまるで眠っているようだった。
サラサラの髪に、頬に、あの綺麗な瞳も、二度と見れねぇのか…?
--- ー『奇獣、不死鳥』ー ---
突然、頭の中に彼奴の声が響いた。
ハッ、ヤベェな。
俺は、其れだけ彼奴のことが__
「ぅ、うっ」
「は、ぁ!?」
急に起き上がったのは、
ピアノマンだった。
「は、?、な、おい!」
ピアノマン「叫ばなくても聞こえてるっての、荷物君。」
「な、手前、何が、?」
ピアノマン「そうだ、彼女は?」
「彼女、、桜月、なら其処で、」
--- 「寝てる」 ---
ピアノマン「おい、未だ手遅れじゃないんだ。早く運んで、」
「なぁさっきから何言ってんだよ!!手前も桜月も、俺が来た時には____ッ」
ピアノマン「彼女の異能力だよ」
「彼奴の異能はッ、怪我を治すだけで、ッ死人をよみがえらせることは出来ねぇんだよ!」
ピアノマン「えっ、、私が、死んだ設定にされてた、?」
「は、?いや、とっくに体冷たくて、」
ピアノマン「普通に周りを冷たいもので囲まれてたら」
「いや、でも桜月、脈が」
ピアノマン「その瞬間に異能を使ったか何だか知らないけれど、兎に角生きてる。」
--- 「早く運ぶぞ」 ---
「!、、あぁ。」
「でも手前、どうやってその腕で運ぶんだ?」
そう、ピアノマンの右腕は肘から先がなくなっていた。
---
私は何もない闇を彷徨ってた。
ひたすら、何処かを目指して走ってた。
皆の声がする方へ。
こっちなら、はっきり聞こえる。
声が、はっきり。
中也「桜月っ”!目ぇ、覚ませ、よッ!」
「ん、、?」
声が、はっきり…?
ピアノマン「桜月、っ!!」
「な、にが……」
「あ、っ」
「私、生きて、る、?」
ピアノマン「桜月、ありがとう、ありが、と、なッ」
中也「心配、掛けやがって、ッ」
「ごめ、んね。待って、すぐ不死鳥で、治すから、」
白い光が私を包み込む。
光が消えると同時に、私の怪我は消えていた。
「あの時私が庇ったのは、?」
ピアノマン「多分私、とリップマンだったんだと思う。…」
「生き残ったのは、此処に居る3人だけ、なんだね、、。」
どうしても、謝りたい。
ちゃんと異能を使えなくて、不死鳥を使えなくて、真面に戦えなくて、
死なせてしまってごめんなさい。
私ばっかり助けられて、。
中也「…桜月、後悔してんなら来い」
「、え?」
中也「ヴェルレェヌを追う。彼奴を斃す。それだけだ。」
「…ピアノマン、。」
ピアノマン「私よりも、自分を考えるんだ。」
彼の手元を見る。
いや、手が無いから手元とは云わないか。
「私は、中也に着いて行って仇、取る。」
ピアノマン「あぁ。頑張れ。」
微笑みながら、頬に伝う物を私は見逃さなかった
「っう、グス、、ッあ、」
中也「…悪ぃ。」
私達は、3人で抱き合って涙を流した。
絶対、皆の仇、取るよ。。
「ごめん、ごめん、、ねッ、み、んな、ぁグス」
その時目に入った物の所為で、私は余計に涙が止まらなかった。
皆がくれた、兎のぬいぐるみが、其処にはちょこんと座っていた。
「ぅ、っああぁぁぁぁぁあああぁあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
部屋の中には、嗚咽が、涙が、叫び声が、響いていた。
--- 「家族を傷付けた奴を、マフィアは許さない。」 ---
はい。
悲しいな、やっぱりこの話。
悲しい。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 7
前の事件があった後、私達は少し離れて二人で話して居た。
「中也、中也は居なくならないで、ね…?」
中也「勿論だ!手前こそ、居なくなんなよ?」
「私?私が居なくなる訳ないじゃん!」
中也「だって!」
急に、私の言葉を遮るように云った。
中也「手前は何となく、脆くて強く握ったら崩れそうな感じがすんだよ!」
「そんな、こと、」
中也「だって、手前は他の人を助ける為には命を捨てようともするじゃねェか…」
「っそれは、!」
私は、何も言い返せなかった。
中也「手前は死んで欲しくない。手前は俺に死んで欲しくない。
でも、何方かが欠けたらって、そう考えたら、もう…」
其処には、大人の争いの世界の端の崖に立つ、16歳の中也が居た。
仲間を失った強い悲しみと、怒りに飲み込まれそうな少年が。
「大丈夫だよ。私は、中也の傍に居る。」
中也「…手前、本当に俺より年下か?」
「失礼でしょ!?老けてるって言いたいの⁉」
中也「、、莫迦、大人っぽいって云えよ!」
あ、笑った。
ずっと暗い表情だった中也が、今、ほんの少しだけ、笑った。
中也「やっぱ、手前は俺よりガキだな!」
「私はガキじゃないもん!」
笑顔が戻った。けれど、
私達が不在の間に、ピアノマンも討たれた事を知るのはそう遠い未来じゃなかった。
---
皆の、お葬式。
アイスマン、アルバトロス、ドク、
リップマン、それに、ピアノマン。
綺麗な歌声。
皆が俯いて、啜り泣く声もする。
親族の人かな、。
いや、私も、か…。
何で、会ってたった1年の人が死んで、
こんなに哀しいのかな……。
マフィアでは、人が死ぬなんて日常茶飯事かもしれない。
でも、私は所詮子供。
今のマフィアのメンバーで、最年少。
出来ることなんて、よっぽど限られてる。
でも、
それでも、
皆を助けることは出来たんじゃないかって。自分の所為で、皆は、………っ
「…ごめ、ん……ごめん、皆、っ……ぅ」
「「こんにちは!」」
私の隣りにいる中也の額に、皺が寄った。
この声、……。
ほっとこ。
今は、あんな奴に構ってる暇はない。
「中也さん、お迎えにあがりました」
歌声に掻き消されると思ったのか、
大声でそう云うアダム。
「黙ってろ。葬儀中だ。」
「邪魔しないで。」
私と中也は棺をじっと見たまま、
小声でそういった。
すると少し考えたアダム。
そして、云った。
「知っています」
「ヴェルレエヌに関する情報があります」
「後にしろ」
またもや前を向いたまま答えた中也。
私は無視した。
そもそも私は呼ばれていない。
するとアダムは急に変な事を言い出した。
「チョコレエトは如何ですか?」
「後にしろっつってんだろ!」
堪忍袋の緒が切れた中也。
叫ぶと空気がビリビリ震えた。
弔問客が一斉にこっちを向く。
「ねぇ、後から話は聞くから!今は辞めて!」
小声で焦ったように云う私。
するとまた考え出したアダム。
「了承しました。それで、後というのは何分後のことでしょうか?」
これには流石に私もキレそうになった。
危うく叫びそうになって、唇を噛んだ。
冷静な声でまた返す中也。
仲間の葬儀であることも、
死体を綺麗に繕うのに8時間もかかった事も、それに、……
見送らなきゃ、皆に恨まれる、とも………。
けれど、
「ご安心ください、中也さん。生命活動が停止した人間は、どのような人間も恨むことはありません。」
「何だと!!」
「良い加減に……!!」
綺麗に揃って立ち上がった私達。
中也がアダムの襟首を掴んだ。
不意に、隣から声がした。
「よしなさい、中也君。それに、桜月ちゃん。」
この声は、首領……。
「捜査官殿の言う通りだ。死んだ人間は、どのような感情も抱かない。葬儀も、復讐も、全て生きた人間のために行うものだ。」
その声を聞いた瞬間、私は未だ堪えていた涙を溢れ溢した。
その後覚えているのは、
中也に手を引かれて葬儀場を後にし、
アダムに着いていったことだけだった。
あぁ………
ピアノマン、ごめん。
助かったのに、ごめん。
マジでごめん。
流石に此処は揃えないと駄目だなって。
うん。
ごめん。
あとね!今!塾行く途中!
仕事帰りの親とすれ違った笑笑
づがれだぁぁ
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 8
私と中也、そしてアダムは、教会から離れた路地裏を進んでいた。
急に振り返った中也。
「一つ云っとくぞオモチャ野郎。俺はお前が気に入らねぇ。とはいえお前の機能はそこそこ使えるから、同行は許してやる。その代わり、俺の命令には絶対に従え。捜査本部とやらより俺の命令を優先しろ。でなきゃ一緒に動かねぇ。」
「命令権の|上書き《オーバーライト》ですか?」
「そうだ」
なんか変な含み持った言い方するなぁ、何て考えながら、歩いていた。
そう云えば、私は一緒に居て良いのかな。
「命令を承認。命令系統プロトコルを|上書き《オーバーライト》します。」
アダムは膝をついて頭を垂れ、_____
要するに、初めて中也と向かい合った時のポーズを取った。
「《《中也様》》を、当機の最上位命令者として再設定しました。何なりとご命令下さい。」
「あ、いいんだ。」
「いいのか?」
「はい。中也様なら、当機を本当に困らせる様な命令はなさらないと判断しました。」
溜息を吐いた。
中也、大変そうだけど頑張れ。
「そういえば私は同行していいの?」
「はい。桜月さんもこの件に噛まされている可能性が浮上しています。」
「ん?」
「は?」
「如何いう事?」
「説明しろ」
「はい。ですがその前に、ガムを一枚如何ですか?」
いや、急。
でも今はいいや。
「いらねぇ」
「今は良いかな」
「では私が」
そう云って口にガムを放り込んだアダム。
何を考えたのか、数回噛んだ後に飲み込んだ。
今の私の目は異常な物を見ている様なんだろうな、なんて思った。
「それでは説明いたします。」
先ず前提。
ヴェルレェヌは暗殺者。
空港で派手に大暴れして入国、という訳には行かない。
国内で動きにくくなるから。
通常の犯罪者と同じように、偽装パスポートや変装で入国した筈だ。
しかし同時に、ヴェルレェヌは誰とも組まない一匹狼。
信頼できる仲間、という存在もない。
つまり違法業者に依頼、お金を払って密入国手続きをしなければならない。
此処迄を説明し、またガムを飲み込んだアダム。
「ぐえ」
「ぅゎ…。」
若干引き気味になってしまった。
だって私でも一回しか飲み込んだことないんだよ?
小さいときに。
この人何回飲み込んでる?
誰もこの事には触れず、アダムは猛然と説明を再開した。
しかし今回の場合は、ヴェルレェヌが頼れる密入国業者はかなり限られている。
密入国業者、頭脳系犯罪者は大抵臆病で、横のつながりを重視する。
つまり、|ウチ《ポートマフィア》と庇護関係か、少なくとも互助関係になる。
「あぁ、確かにそうだ。ヴェルレェヌからすりゃ、自分を裏切ってマフィアに就きそうな業者は使えない、って訳か。詳しいな。」
アダムは日本警察当局にある密入国業者リストと、マフィアのリストを照らし合わせた。
そして、マフィアのデータベースにない業者を洗い出した。
データベースに侵入したらしい。
ホント、機械って凄いのか恐ろしいのか…
微妙な所だよね。
「はは、手前にビリヤード以外に長所があると判って安心したよ。」
「其処からどうしたの?」
「其の業者を逆さづりにして締め上げたのか?」
「いいえ、その機能は当機にもありますが、」
あるんだ。
え、あるんだ。
「業者に手荒な真似をするとヴェルレェヌに気付かれますので。」
首を振った。
その代わり、業者の支払い明細からヴェルレェヌが依頼した物を突き止めたという。
3つの品目を。
先ず差し出したのは木の枝の写真。
「此奴は何だ?」
「白樺の枝です。ヴェルレェヌは暗殺を行った現場に、その地に育つ白樺から彫った十字架を残していきます。」
今のところ例外は無いらしい。
「この白樺を、今回彼は5本、業者に手に入れさせました。」
もう一枚の写真を見る。
「その内の一つが、ビリヤード・バーの事件現場で見つかりました。」
慥かに、私が殺されそうになったあの場所。
「つまり、あと4本か。」
「はい。それが今回の標的の数だと思われます。そして、その内の一人が桜月さん、貴女である確率が高いです。」
「え、…」
私、殺されるんだ…。
もう彼奴に勝てる気がしない。
だって、あの時を思い出しただけで、体が震える。
手が、足が竦む。
あれ、なら、何であの時とどめを刺さなかった、?
あの時、態と私を生かした、、?
私の命は、彼奴に弄ばれてる、。
「だからお前、最初の時、此奴が噛まされてるって…」
「それも、最後の方に殺す心算かと」
「え、なんで?」
「普通に考えて、初めの方なら一緒にやっておいた方が手っ取り早いでしょう」
中也も私と同じ意見に達したようで、眉間にしわを寄せていた。
「…此奴は、絶対に殺させねぇ。俺が、絶対ェ守る。」
えへへ、そんな事言われたら、私だって頑張らなきゃじゃん。
「そんで、次の標的の目星はついてんのか?」
「何とも言えません。」
ヴェルレェヌが依頼した、もう二つの物の写真。
自動車部品組み立て工場の入場証。
やや古い型の、青い二つ折り式携帯電話。
「これは次の暗殺に必要な準備だと思われます。」
この二つから連想される、中也とかかわりの深い人物。
「工場だと?」
中也は吐き捨てるように云った。
「クソッたれ、次の奴の標的が分かった」
怒り任せに写真をくしゃくしゃに丸め、大股で歩き出した中也。
「行くぞ」
「うん」
「どちらへです?」
中也はそれには答えず、アダムからガムを一枚とって口に放った。
綺麗な風船状に膨らむ。
私も貰ってやってみる。
けど、
やっぱり上手く行かない。
どうやったらこんな風に膨らむのか、教えて欲しい。
ガムを膨らませながら大股で歩く少年。
一生懸命ガムを膨らませようとするも、全く上手く行って居ない少女。
そして、初めて見たガムの正しい(?)食べ方に、感動している(見た目は)大人の人間の姿があった。
あ”ー。
おやすみ。
うそ。
夏休みの宿題終わんない。
もう僕無理。
誰かやって?
いや、誰か終わった奴と交換して?
明後日夏休み終わるっていうのに、宿題半分も終わってないんだけど。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 9
本編に入る前の一寸した番外編
「ケホッ」
「あのなぁ」
「水撒きしてる所に飛び込んで風邪をひく莫迦がいるかよ!?」
「莫迦じゃ無いゴホッ」
「いや、莫迦だろ」
「元気だもんケホ」
「最近手前体調崩しすぎな」
「崩してない」
「あ、最近のは毒盛られたんだっけか?」
「五月蠅い」
「強そうなのに手前、毒には弱いんだってな」
「うるさい」
「ッたく、気ィ付けろよ?」
「つけてるもん」
「さっきから漢字使えよ」
「いや」
「出た風邪ひいて性格幼児化する奴」
「うるさいそろそろ本当にたおすよ」
「はいはい安静にしとけ」
「奇獣しじn」
「流石に其れは死ぬ!悪かったって!!」
「じゃあ揶揄うのやだ」
「だって本当の事じゃねェかボソ」
「…四季さくr」
「誠に申し訳なかった許してくれ」
「きらい」
「其れはマジで辞めろ!ダメージがキツイ!!俺死ぬ!悪かったって!!」
「…いいよ」
「ホッ…」
「ケホケホ」
「大丈夫か?」
「のど痛い」
「蜂蜜、マシュマロ、飴、トローチ。」
「蜂蜜とマシュマロ」
「温めたら混ざるんじゃねぇか?」
「ちょっと美味しそう」
「作って来るから一寸待ってろ」
「はぁい」
「(桜月に殺されるなら死んでも善いかと少しだけ思ってしまったとは云えない)」
「(喉痛いなぁ)」
ーチャンチャンー
私達が向かったのは自動車部品組み立て工場。
話を通すと、慌てた様子で応接室へと案内された。
此処、結構居心地良いけどなんか工場長さんがよそよそしい。
ま、いいや。
私は出された珈琲にシュガーとミルクを3本と2杯ずついれて、のんびりと飲んていた。
そして、目的の人物の声。
「.........中也」
「白瀬」
中也は云った。低く厳しい声で。
「久し振りだな」
その瞬間、白瀬が何かを構えた。
咄嗟に私は中也の前に庇い出た。
当たってから分かる。
構えられた、投げつけられたもの。それは花瓶だ。
オマケに、中には水入り。
思いっ切り頭から水を被ってしまい、
大した痛みでは無いと云え、頭を庇った腕にズキズキとした痛みが走った。
「いったぁ…」
「大丈夫か?悪ぃ、俺の所為で」
「うぅん、私が勝手にした事だから。っクシュ、」
「取り敢えず、上にこれを着とけ。ワイシャツ薄い…」
と、中也が着ていた上着を渡される。
受け取って羽織ってからその理由にも気が付いた。
中也顔真っ赤.........
なんで私よりによって今日この服着ちゃったんだろう。
「っていうか、私何もしてないのに白瀬から被害受けすぎじゃない?」
「お、お前が勝手に中也を庇うからだろ!」
「いや、だからって被害被るのは…」
「う、五月蠅い!」
「ひどっ」
「えーと、、……白瀬さん。初めまして。良いお天気ですね?」
唐突にそう切り出したアダム。
色々おかしいよ。
「実は貴方に重要なお話があります。非常に重要な話です。座って話しましょう。」
「僕には話なんか無いね」
そう云うと、身を翻して部屋を出て行った白瀬。
「待て白瀬。何処行く気だ?」
「仕事が終わったから帰んだよ!」
すぐさま追おうとしたアダム。
も、中也はそこを動こうとしていなかった。
「如何したの?」
「彼を追いましょう。中也様、大丈夫ですか?」
中也は口の端だけで笑いながら言った。
「全く、こうなる事は分かってたのにな」
白瀬に私達が追い付いたのは廊下でのことだった。
「白瀬さん、お待ちください。貴方の協力が必要なのです。」
「へぇ、そりゃ大変だ。驚いたよ。だけど僕の知ったこっちゃないね。たとえ一千億の金を積まれても、中也に協力なんてするもんか。」
「ですが、合理的に考えれば、貴方は協力すべきです。」
白瀬は振り返り、アダムを睨みつけるように見た。
「ていうかアンタ誰だよ?いちいち腹の立つ言い方だな。大体協力しろとか、中也が何をしたか知ってて云ってんの?」
そう云った表情には、憎悪が溢れていた。
「此奴はね、一年前、僕達の組織を壊滅させたんだ。僕達をポートマフィアに襲わせてね。僕達は住処を奪われ、再結集しないよう日本中に散り散りに移住させられた。中也以外はね。中也は如何したと思う?ぬけぬけとポートマフィアに入りやがった!つまり此奴は僕達をマフィアに売ったんだよ!昔拾ってやった恩も忘れてね!」
すっっっっっっごい思い違い。
でも、中也が訂正する気が無いなら私も知ーらないっと。
「そして僕は此処だ。僕だけはこのヨコハマに留め置かれ、監視付きで働かされてる。此れが何か分かるかい、中也?」
腕を掲げて、自分の腕時計を見せた。
それは腕時計です。
え、腕時計じゃないのかな、?
中也もちらっと見るだけで
「さぁな」
と答えた。
「瑞西連邦の高級腕時計ですね」
代わりにアダムが答える。
「そうだ。僕がまだ持ってる唯一の高級品だ。《羊》時代はこんなモノ毎月のように買えた。だが今は此奴さえいつ売らなきゃならないか判らない。今の仕事は誰にでもできる単純作業で、給料もやすい。此れじゃ組織再建の準備資金もままならない。」
「組織再建だと?」
「無理でしょ」
その言葉に向きになって返す白瀬。
私は莫迦らしいっていうのを覚えた。
無駄な言い合いの発端は滑り流しておく。
「白瀬とか私は如何でも良いし、組織再建もどうでもいいけど____
これは慥か。白瀬、このままじゃ今日明日で死ぬよ?」
「は?」
「殺し屋が差し向けられた。ヴェルレェヌって化け物だ。俺の目的は、そのヴェルレェヌをぶっ殺すことだ。だから協力しろ。」
「はぁ?何だって?殺し屋?何で僕を?」
「白瀬が死んだら、中也がマフィアに居る理由がなくなる、らしいよ。」
「何だそりゃ。何でそうなる?」
「イカれた殺し屋の考えなんか知るか。とにかく、奴は強い。正面からやり合ったら、マフィア総出でも相当の被害が出る。だから罠を張って、確実に殺す。お前を暗殺しに現れた所を、後ろからブスリとやるんだよ。注意の外から一撃すれば、強力な異能者でもイチコロだ。」
「一年前、誰かさんが中也に奇襲を仕掛けて失敗した時みたいにね。」
「待て、待てよ。つまりこういう事か?ヴェルレェヌとかいう殺し屋が居る。そいつにお前たちは勝てない。。だから僕を餌にして、ヴェルレェヌを誘き寄せる。だから僕は、殺されると判ってても逃げずに、大人しく罠の真ん中で待ってろ。……そういう事か?」
中也は頷かない。うんともすんとも云わない。
私も反応しない。
だから、またアダムが__
「はい。そういう事ですね。」
「はぁ!?ふざけんなよ!!誰が好き好んで餌になんかなるかよ!!」
すると中也は鋭い声で云った。
「だろうな。だが、お前には選ぶ権利なんかねぇ。」
「何?」
「確かにお前は餌だ。だがそれが何だ?俺達は別に、お前じゃなくてもいいんだ。奴の標的はあと二人いるんだからな。そっちに罠を張れりゃそれでいい。だがお前は違う。この提案を断りゃ、お前は絶対に死ぬんだ。だから協力しろ、白瀬。さもなきゃそのまま死ね!!」
標的は、後2人、、?
私含めて3人だよ?
訂正しようとも思ったけど、面倒くさいから辞めた。
睨み合ってる二人。
この二人もめんどくさいなぁ。
何でそんなに喧嘩したがるのか。
「あぁ、はいはい。判ったよ。」
そう云うと白瀬は背を向けて歩き出した。
「何時までも王様気取りって訳だ。流石だね。」
そして、バイク置き場に着いた。
「仕方ない。従ってやるよ。そんじゃ、その罠とやらを張る場所まで案内してくれ。僕はこの|二輪車《バイク》でついてくから…」
よかった。
ホッと一息つ.........
けなかった。
白瀬がアダムをヘルメットで殴る。
あーあー。壊れてませんように。
でもこっちにヘルメットが飛んできているのは予想外。
え、いや、何で投げてんの⁉
「ははは!裏切り者の話なんかに乗るもんか!!」
ぇ、もう避けられる距離じゃ___
「さっきのお返しだよ莫迦」
私の前に立っていたのは中也。
その手には、受け止めたヘルメットもあった。
「あ、ありがとう…」
白瀬は既に此処に居ない。
さっき急加速して走り出すのを見た。
「痛ぁ」
ロボットにも痛いって思う事があるとは初めて知った。
「ったく、……あんなんで逃げ切れるつもりかよ」
一つ溜息を吐いて、ヘルメットを投げ捨てた。
「遅れんなよ、桜月。それからオモチャ野郎。お前は遅れたらおいてくからな。」
私は置いて行かないんだ、とか考えながら、朱雀の背に飛び乗った。
「奇獣、朱雀。中也の後ろをついて行って。其れから狼、アイツ追って。」
追跡と同時に索敵もやっておくという…私って天才?
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 10
朱雀に乗って、飛びながら彼奴を追う。
空を、風を切る感覚が気持ちいい。
狼の合図のある方向に進んで行く。
気が付くと、外国人とチビのオレンジ頭が異常なスピードで走り、
赤い鳥に乗って飛ぶ女の子がそれに続く。つまり.........
大変可笑しな一行が出来上がっている。
周りの視線も勿論刺さる。
無視してるけど。
「中也様!北西です!」
進む。
狭い住宅ロに入ったとの報告が入った。
「私は先に行くね!」
「俺も足音が聞こえた。桜月は良いから前に行くな!」
「えー、何でよー!」
という文句も聞いてか聞かずか、一人でサッサと進んで行った中也。
全く、狼呼び戻したら中也迷子なんだよ?
頭の中で考えながら、朱雀に乗って先に進む。
凄く楽。
「ありがとね、朱雀。」
言葉が伝わってか、鳴き声が一つ返ってきた。
どういたしまして、だった事にしておく。
「来るな二人とも!隠れてろ!」
急に聞こえて来た中也の声。
も、手遅れ。
私は朱雀に乗ったまま、その状況を見て、動けなくなってしまった。
白瀬は交差点のど真ん中で、警察車両に囲まれていた。
「白瀬撫一郎!違法武器所持容疑で逮捕する!」
押さえつけられて動きが取れなくなっている白瀬。
「よせ!クソ、放せよ!僕は次の王だぞ!」
すると、警察車両の中から声がした。
「其処に居るんだろー、中也?お前の部下君が困ってるぞ?」
枯れてどこまでも平穏な、場違いな声だった。
そしてその人物の姿が見えた。
40少し過ぎくらいだろうか。
一言で云うと、すごく…なんか……刑事っぽくない。
「部下じゃない!僕が王だ!」
「はいはい。そう暴れるなって、王閣下。心配しなくても、お前さんみたいな雑魚は如何でも良い。」
全ての一部始終を、空から見下ろしている状態の私。
これは、如何したら…?
「あのー…」
「驚いた。中也には彼女が居たのか?」
「違ぇよ」
「いや、あの、」
「じゃあ序に一緒に来て貰うか」
「うん!」
「名前は?」
「泉桜月です!」
「よし桜月、中也に在った出来事全部聞かせてくれ」
「はい!」
「もう勘弁してくれよ…」
「僕は雑魚じゃない!!」
溜息を何度もついて、顔を顰める中也。
あれ、ホントだ。
白瀬が捕まったらヴェルレェヌヤバいじゃん。
駄目じゃん。
「あぁ……」
---
「ホントそうなんですよ!!」
「全く、駄目だな中也は。こんな可愛い彼女をこんなに悲しませて心配させて」
「うるせぇ!其れで云ったら桜月も人の事云えないだろうが!」
「でも中也ほどじゃないしー!」
「手前の方が酷いだろ」
私は刑事さんと___
意気投合しました。
中也がいつも自分の身を顧みずに危険な所に突っ走って行くって。
あーほんと良くない。
「桜月、今何歳なんだ?」
「えーっと、…歳数えてないけど……9歳?8歳?とかだと思う!」
「其の年でポートマフィアの有望な若手会に?」
「うん!」
「そうか……。」
「そう云えば、こっちの機械の人は」
「抗争ん時頭ブッ叩かれて以来自分の事を機械だと思ってる下っ端だ。面白れぇから連れてる。」
「何で私の話遮るの!」
「俺が連れてるやつなんだから自分の事だろ!自分で説明できるわ!」
「お前ら、仲良いな」
ほっこりしてる刑事さん。
「んじゃ、下っ端に此処は贅沢すぎるな。」
と言ってすぐにアダムを外へ出すよう指示。
外の部下の人に。
「あ、彼一人じゃ心配なので、私もお先に失礼します。刑事さんの|標的《ターゲット》は中也だけな様ですし。」
え?今回短め?
そんなの気にしなきゃ気付かない気付かない((
まぁ、馬鹿な私なので、新シリーズ(?)作っちゃったんですし。
しかたない!!
なんてったって、
今日が宿題の期限なのに自由研究も読書感想文もタブドリも終わってない莫迦ですから。
もうあきらめようかなアハハハハハハハハハハハh
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 11
こっちの方無視しててごめんね~~~~!!
本編久し振りに見たかったからさ?☆
きりの良いシーズン4終了という所でこっちに戻りましたーーー!
あ、夏休み企画で55と入社試験やるとか言って出来てなかったの、
たぶん今年中(?)にやります((遅ッッッ
期限延長ごめんなさーい(。▰´▵`▰。)
私達は警官さんについて歩き出した。
アダム「所で桜月さん、指を曲げながら外に向けて二度動かすジェスチャーは、如何いった意味の合図でしょう?」
「え、えっ!?…。ん?」
あ、さっき中也がアダムに向けてやってた奴か。
拙い。前を歩いてる警官さんが、怪しんでる…
「こ、、この前の映画でやってた奴でしょ?」
「いえ、ちが。。」
慌てて手で口を塞いでいった。
「あーー!あれね!!あれ、確か作戦の中の人を大人しく助けとけ??みたいな意味だったと思うよーーー!!!」
アダム「…成程。白瀬さんを救出しろ、という意味ですか」
「え、、、ち、ちが、、、」
警官「何?」
アダム「あ、あれは何です?」
急に向うを指したアダム。
釣られて私も警官さんも其方を見る。
けど、何もない。
「何も」
見事にハモった。
と思ったら、警官さんがばったり倒れた。
見ると、アダムの指が頬に直撃。凄い。
そんなところから意識を失わせれるんだ…
「警察署内ではお静かに」
そう云って、彼は静かに微笑んだ。
「…機械って怖、、」
---
中也は何処までも不機嫌な顔で座っていた。
意識を無心にして、只管机の向こうの壁の汚れをじっと見つめる。
そうする他はなかったからだ。
向かいに座る刑事は、何十分前から話して居たんだという様子で長話を続けていた。
経験話と愚痴と説教と身の上の教訓話がごっちゃになっている。
必死にじっと一転を睨みつけて耐えている中也。
何故なら、アダムが白瀬をアダムが救出するまでの時間稼ぎをしなければならないからだ。
そして、まだまだ話は続く。
遂に耐え切れなくなって中也が口を開く。
「なぁ」
「そのつまんねェ話、いつまで続くんだ?」
すると刑事は、その言葉を待ちかねていたかのように云った。
「此奴に一筆くれさえすりゃ、すぐにでも帰してやるよ。お友達の白瀬君も、勿論彼女もな」
そうして取り出した書類を見ると、中也は黙ってしまった。
--- 「証拠収集等への協力及び追訴に関する合意書面」 ---
つまり、中也が知る秘密を話すかわりに、中也と白瀬の罪を免除する、という内容だ。
中也の知る秘密___ポートマフィアの内部情報。
「俺にマフィアを売れってか」
「お友達を此処に置いときたくないんだろ?」
話し出した刑事の言葉こそ穏やかだったが、その視線は鷹の様に鋭いものだった。
彼の狙いはマフィアの闇取引|網《ルート》を潰す事だけ。
中也は少し考えてから云った。
「ペン貸せ」
「いいとも」
万年筆を受け取って、署名欄にさらさらと文字を書いた。
覗き込んだ刑事の目には、こんな文字が飛び込んだ。
“クソ食らえ”
そして万年筆を放り出し、姿勢を崩してから中也は云った。
「中断させて悪かったな。長話、続けてくれ」
---
「どうやって脱獄させるの?」
アダム「桜月さんは当機の部下の真似をしていて下さい。全て当機のプロトコルに関する知識内で完結します。」
「は、はぁ…分かんないけど、いっか。よろしくね。」
其の侭道をすするマダムについて行くと、留置場に着いた。
入口の横の警備に何か話すと、奥へと通して貰えた。
すげぇな機械。
「十八番、移送だ。出ろ。」
看守がそう告げると、鍵を開けてそのまま何処かへ行ってしまった。
中を見ると、確かに白瀬。
こっちを見て一瞬ぎょっとしている。
白瀬「お前、慥か中也の…如何やって此処に」
「アダムが連れて来てくれた」
アダム「白瀬さん、此処を出ましょう」
何だか面倒くさそうな事になっていたから、白瀬との会話はアダムに任せた。
私は警備さんや看守さんの方を見る。
怪しまれてるよ。
でも後ろでも白瀬はねちねちとした言葉を投げつけてくる。
中也の事を、勝手に知ってると思い込んで知ったふりをしているその言葉に、
アダムが半ばキレた状態。
いっそのこと全部言ってやれ、と、説明している。
中也が羊の子供を殺さないという条件でマフィアに入った事。
羊が誰も殺されていないのは、中也のお陰。
そして今もその取引は生きていて、マフィアを裏切れば羊の子らが殺される。
だから中也がマフィアに居るのだ、とも。
特に白瀬は、裏切りの時の見せしめとしてヨコハマ近郊に留め置かれている。
「一言で云ったら、白瀬を含めた羊の皆は人質って事」
アダム「逆に言えば、白瀬さんが何らかの理由で死亡すれば、中也様がマフィアに残る理由が一つ減る訳です。」
白瀬めっちゃ吃驚してる。
初耳だったんだろうなぁ…。
何かぶつぶつ言ってはいたけど、ダメージ大きかったんじゃないかな。
「これで白瀬が狙われてる理由はわかったでしょ?中也がマフィアに残る理由である白瀬。だから殺すだけの価値があると、ヴェルレェヌは考えたの。世界最高峰の暗殺者が。」
アダム「では私達は行きます。貴方は自由になさってください。」
「でも一言云うよ。将来「王」になるとか言ってるけど、王になれない条件の一つ、私にすらわかるから。」
--- 「誰にも頼らなかった結果、此処で殺された人間」 ---
「死んで王の道を他に譲るか、下らないプライドをかけて死ぬか、
それとも着いて来て命拾いするか、好きなのを選んでね」
にっこりと笑いながら言い放ってやった。
其の侭振り向かずにアダムと歩いていたら、急に笑顔になった。
思わず後ろを見ると、トボトボと着いて来ている白瀬の姿があった。
勝った~\(*ˊ˘ˋ*)/
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 12
久し振りの今日の服☆
https://i.pinimg.com/564x/f1/bf/cf/f1bfcf35011af553d1b0fe998edcf672.jpg
紙を折る音。
折って、
線を付けて、
また折って。
折っているのは綿毛頭の刑事。
たどたどしい手つきで、少々歪な紙飛行機を完成させた。
追っている紙はまさかの司法取引の同意書類。
中也はそれを黙って見ていた。
そして、それを部屋の隅に飛ばした。
も、
垂直近くまで上がった紙飛行機はずっと手前の床に落ちた。
中也「下手くそ」
刑事「何時もは入るんだがなぁ」
「中也、少し外を歩こう。着いて来い。」
外を歩く刑事には、友人のように接する同職、協力に感謝する後輩。
沢山の人物から声が掛って居た。
おもむろに中也が言った。
「なァ刑事さん。アンタの仕事を邪魔したくねェ。だから云っとく。俺にこれ以上構うな」
そういう中也の口調は、拒絶するようでは無く…
寧ろ、親密な物に対する打ち明け話の様だった。
「ポートマフィアは《羊》とは訳が違う。たとえ俺を起訴しても、お抱えの弁護士があっという間に無罪にする。証拠品はいつの間にか保管庫から消えてる。証人はいつの間にか無口になってる。そういう組織だ。アンタがやってる事は正直、全くの無駄骨だぜ。」
「かもしれんなぁ」
刑事はたいして気にした様子もなく云った。
「だが、こっちにはこっちの事情もある」
「事情って何だ?」
刑事は一つ溜息を吐いて、襟元の内から何かを取り出した。
銀鎖。その先には、真鍮色の空薬莢が付いている。
「昔の仕事で使ったものだ。」
懐かしむように、云った。
「若い頃、金に困って、兄貴の紹介で警備の仕事をした。一寸した軍施設の警備だ。其処に志願したのは、立ってるだけで楽だろうと思ったからだが、ソイツが大間違いだった。租界近くの軍施設でな、上司の命令は”誰も近づけるな”だ。だが大戦末期で、何処も物資が不足しててな。租界の子供たちが何処からともなく来ては、飯を盗みに侵入しようとしてた。」
次の一言に耳を傾けていると、一瞬呼吸が止まった様に感じた。
--- 「射殺命令が出てた」 ---
先程とは違った、ざらついた声で云った。
「大抵の子供は。脅しゃあ逃げる。けどな、組織に命令されてくる子供は、戻っても殺されるから逃げない。それで___」
刑事はそこで言葉を切った。
中断された台詞の残りが、行き場を失っている。
「アンタは命令されて仕事をしただけだろ」
「そうだ。だが自分のしたことが何年たっても頭から消えない。お前ぐらいの年の子供だった。」
「中也、私がお前を追うのは正義の為なんかじゃあない。全然な。犯罪組織は子供を、使い捨ての弾避け位にしか思っちゃあいない。お前もいつか同じ目に遭う。その前に、まっとうな昼の世界へ戻れ。」
--- 「私と、法律が、それを手伝ってやる。」 ---
その刑事の目は何処までも真っすぐに中也を正面から見ていた。
「その為に、ずっと俺を追ってたのか、刑事さん。」
誰も何も言わなかった。
だが、数秒合ってから中也は「そうか」と云った。
そして、少し自嘲気味に笑った。
「その手の同情はな、刑事さん。」
中也の瞳はくすんで、暗い。
「同じ人間相手にかけてやんな。」
桜月みたいな奴に、な、と言葉にならず思った事が、刑事にも伝わった。
その時。
強烈な警告音が鳴り響いた。
『こちら警備部。こちら警備部。所内に侵入者ありとの報告。怪我人不明。死者不明。非武装員は直ちに避難してください。警備契約員は直ちに装備後、所定の位置に__』
中也はこぶしを握り締め、低い声で唸った。
「………来やがった」
---
白瀬の救出には成功した。
でも、如何やって脱出する…?
すると急に、白瀬が小さな声で話しかけてきた。
白瀬「おいお前」
「桜月」
白瀬「おい桜月、」
「なに?」
--- 《《「彼奴、左足何処にやったんだ?」》》 ---
背筋に悪寒が走った。
「アダム、左足はっ!?」
気がついて倒れそうになるも、壁に手をついて耐えるアダム。
来た。
彼奴が。
皆の仇が。
「機械の捜査員ってのは辛いもんだよな」
廊下の奥から、声が響いてきた。
「脚を吹き飛ばされても、療養休暇も傷病手当も無し。同情するよ。」
明るく軽い声で此方に歩いてくる人物。
アダムの左足を手で回しながら遊んでる。
「…白瀬、下がってて?」
庇う暇もなく、アダムに攻撃が集中している。
ヴェルレェヌ「中也はいないのか?やれやれ、大事な時に遅刻する奴だ。この調子で初デートの約束にも遅刻するんじゃないだろうな。全く、兄として心配だよ。なぁ?」
「ちゃーんと中也の方が先についてたのでご心配なく」
ヴェルレェヌ「そうか、君は中也の恋人だったか」
白瀬「はぁ!?お前中也の⁉」
「莫迦白瀬!!黙って下がっててよ!」
そんな会話をしている間にも、アダムは壁の中に埋もれて行った。
…壁の中にロボットが埋もれている???
見なかった事にしとこ。
「異能力、四季『天牢雪獄・桜吹雪』!!」
雪。
重力の異能に、液体としてカウントされるか否か。
桜はアウトだと思いつつ、出した。
数で押せば少しは効果がありそう…!
ヴェルレェヌ「…やはり」
「何で効かないのもう!雪は液体じゃんっ!」
ヴェルレェヌ「君を此処で失うのは惜しい。今度にする。退け」
「…へ?」
ヴェルレェヌ「後ろの白瀬に話がある。」
白瀬「ぼ、僕は白瀬じゃない!」
ヴェルレェヌ「なら何故反応した?」
「白瀬ばーか」
白瀬「ぅ、五月蠅い!僕を守るのが仕事だろ!桜月!」
ヴェルレェヌ「まぁ良いだろう。二人とも座れ。」
「はぁ…白瀬、座って。下手に抵抗しても勝ち目はないでしょ」
凄く脅えている白瀬。
私が白瀬の前から退いたから。
いい気味。
死にそうになったら私が命かけて止めるけど。
ヴェルレェヌ「白瀬君。君について調べた。暗殺者の礼儀としてね」
ヴェルレェヌ「この街で中也を一番古くから知っているのは白瀬君、君だという事だ。
訪ねたいんだが、昔の中也はどんな子供だった?」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 13
ヴェルレェヌ「白瀬君。君について調べた。暗殺者の礼儀としてね」
ヴェルレェヌ「この街で中也を一番古くから知っているのは白瀬君、君だという事だ。
訪ねたいんだが、昔の中也はどんな子供だった?」
不思議と感じていなかった恐怖が、座り込んだとたんに急に襲ってきた。
手が、足が震える。
何故さっきまで、あんなに平然として居られたのか分からない。
如何しよう。こんなじゃ、駄目だ。
白瀬「ぼ…僕は、彼奴に初めて会った場所は…僕達がいっつも隠れて酒を飲んでいた、橋の下だった、と思う」
そう云い乍ら、助けを求める目で此方を見てきた。
無理だ。
手足が、動かせない。
動けない。
白瀬「彼奴は…中也は、どっかで盗んだみたいな軍服を着てた。ぼろぼろの。顔も頭も、同じくらい薄汚れてた。靴は履いて無かった。」
白瀬は震える声で続けた。
白瀬「僕達は…《羊》の初期|構成員《メンバー》は彼奴を、その辺の浮浪児だと思った。その時、先に彼奴の方から僕達に声をかけた。」
--- 『その四角い板は何だ』 ---
白瀬「って。そう彼奴は云った。」
俯きながらも、未だ必死に言葉を紡いでいる。
白瀬「僕は…訳が分からなくて、気持ち悪い奴だなって思った。そしたら中也はまた言った。」
--- 『その手に持ってる、四角い板は何か答えろ』 ---
白瀬「って。」
白瀬「僕が持ってたのは、一切れのパンだった。」
白瀬「パンだ、って答えたら、中也は訊いた。食えるのか、って。食えるよ、って一口分ちぎって食って見せたら、彼奴は意外な動きをした。倒れたんだ。集中力が切れたみたいにね。近寄ってみて初めて分かったんだけど、彼奴はがりがりに痩せて死にかけてた。仲間は気味悪がったけど、僕はパンをやって水を飲ませた。其れから仲間を説得して、《羊》のねぐらがある下水路に連れて帰った。」
つまり、白瀬がいなかったらその時中也は…死んでた。
その後、飢えた仲間を放って置けない、と、羊に入れたらしい。
再び白瀬が顔を上げた時、相変わらず脅えていたにもかかわらず、目に冷たい炎が宿っていた。
凍れる怒りの炎。
喰い殺される直前の草食獣が、敵に向かって吠え掛かるときに見せる炎。
そして、殆ど叫びに近い声で白瀬は云った。
白瀬「あんた中也の兄貴だって?」
白瀬「なら如何して僕を殺す?あの時代、飢えた子供を助ける奴なんて僕たち以外には居なかったんだぞ!なのに、その礼がこれか?」
「ちょっ、白瀬、!」
でも、ヴェルレェヌは何も言わない。
答えない。
白瀬「あぁ、判ってるよ。其れが世の中の仕組みだ。理不尽な世の中だよ。人を助けたせいで僕は死ぬ。」
白瀬「さあ、早いとこやってくれ。これ以上焦らされて、死体にちびった匂いを残したくない。」
ヴェルレェヌは静かに目を伏せ、そして開いた。
そして、静かに立ち上がった。
白瀬へと近づく。
「し、白瀬は、殺、させない、!」
両手を開いて、白瀬を庇う様に立ち上がった。
私はなにも、抵抗しなかった。
無駄だと全てが告げたから。
首に手が添えられる。
人間離れしたその体温が、私に触れた最後の人間の物なんだ。
覚悟を決めて、私は目を瞑った。
「グッド、バイ、中也。」
来ると思った衝撃の代わりに、首筋に在った冷たさが消えた。
「え、っ?」
気が付くと私は、中也の腕の中だった。
そして白瀬を庇う様に立っている。
中也「死なせねェよ。手前だけは。」
「中也、っ何で此処に!」
白瀬「中也……!」
中也「ったく、白瀬も、これで何回目だ?お前が問題起こして、俺が駆けつける。俺はお前の|育児士《ベビィシッタァ》じゃねぇんだぞ」
白瀬「中也、何でお前、僕を助けに…」
中也「お前を助けに?違ぇよ。桜月を護ってあの帽子野郎をぶちのめす。それだけだ。」
アダム「中也様!此処に来たのは間違いです!お逃げください、正面から勝てる相手ではありません!」
あ、アダム生きてる。
いや、そりゃそうか。
中也「何だオモチャ、お前壁の中が結構似合うじゃねぇか。善いから黙って見てろ」
そう、ニヤリと笑って云った。
ヴェルレェヌ「遅刻だぞ、弟よ」
中也「ハハッ、俺は温厚で何言われても腹を立てねぇタチなんだが、アンタに弟呼ばわりされるのだけは我慢ならねぇ」
アダム、絶対今心の中で首傾げたでしょ。
温厚…?って。
ヴェルレェヌ「お前はどれだけ腹を立ててもいい。その資格はある。」
そう云って、ゆったりとした動作で中也へ、つまり私の方へとも、歩き出した。
ヴェルレェヌ「だが無策の愚は感心しないな。ついこの前、俺に好きな様に嬲られたのをもう忘れたか?」
中也「忘れたね」
中也は抱き抱えていた私をゆっくりと床へ下ろして、散歩でもするような速度で歩いていった。
やがて二人は、手を伸ばせば届きそうな距離で向かい合った。
一瞬の静寂。
まるで、一生の様にも感じられた。
攻撃を開始し始めたのは、ヴェルレェヌの方が先だった。
あの、一つ云わせてください。
「グッド、バイ、中也。」
これ、この企画決める前から、つまり夏休み前の前ぐらいから決めてた言葉なんですよ。
あの、決してあの、太宰さんの言葉から引っ張って来たって訳じゃないんですよ。
お察しの通りアニメ見てびっくり仰天しました。
まぁこれはこれで展開使えるなぁとは思ったけど。
はい。
という弁解(?)弁明(?)説明(?)でした。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 14
空気さえをも切り裂きそうな|鉤突き《フック》が中也へと飛ぶ。
それを軽く頭を逸らして躱した。
そして、気付けばヴェルレェヌの顎側面に衝撃が。
彼奴も、驚いた顔で固まっている。
私も同じだった。
、何で、ヴェルレェヌの顔が大きく横に振れて。。?
考えて考えて漸くわかった。
中也が蹴りを繰り出したんだ。
でも、私が考えてる間にも嵐のような攻撃は止まない。
中也、何で、あの暗殺王を相手に圧勝…?
ヴェルレェヌは、ただ呻く事しか出来ていなかった。
中也「如何した?俺より強ェんじゃねェのかよ!」
目が追い付かない攻撃。
まるで光の速さで、いや、それ以上のもっと早い何かがぶつかり合ってるようにしか見えない。
でも、判る。
あのヴェルレェヌが翻弄されている状況。
吃驚って言葉じゃ言い表せない。
何でだろう。
また考えて、考えて。
観察していると、一つの事に気が付いた。
前までは重力を使った戦闘だった。
だから、一枚上手の重力使いである彼に負けていた。
でも、今は違う。
体術が中心になってる。
だから、純粋な格闘勝負。
その時、瓦礫が飛び散った。
ヴェルレェヌが視界を遮られたその一瞬で、中也は一蹴りを放った。
それは、まるで一瞬の風みたいで、物凄く強烈な背面蹴りだった。
ガードごと、ヴェルレェヌが吹き飛ばされて、そして、壁に激突して止まった。
ヴェルレェヌ「…久し振りだ」
ざらついた声で云った。
ヴェルレェヌ「自分の血を見るのは」
中也「そりゃ目出度ェ。此れから嫌って程見せてやる」
「中也、大丈夫?」
中也「アァ。何ともねェ」
ヴェルレェヌ「…減らず口だけは世界水準だな___だが」
笑って、云った。
そして、ゼリィを匙で掬い取るかのように壁面の建材を抉り取った。
中也の表情が、そして、私の表情が変わった。
手の中の瓦礫が、砲弾の様に射出された。
「奇獣、玄武!!」
咄嗟に前に出した玄武。
飛来してくる瓦礫の集団は、止まらない。機関銃のように次々と飛んでくる。
その時、彼奴が、ヴェルレェヌが中也に向かって踏み出しているのが見えた。
「中也、、危ないっ!!」
中也を突き飛ばした瞬間、見えたのは兄弟(?)揃って驚いた顔。
真面に胸部を捕らえられた。
其の侭、気が飛びそうな勢いで吹き飛ばされた。
壁に何枚穴を空けたか分からない。
意識が、朦朧とする。
周りが、霞んで。
「ぅ、あ…」
ヴェルレェヌ「……起きろ。元々お前を投げるつもりはなかったが、予定変更だ。」
ヴェルレェヌ「死んではいないだろう。加減したからな。」
其の侭、私の頸を掴んで、持ち上げた。
「か、は…」
手足がしびれて、思うように体が動かない。
強制的に首を掴んで揺さぶられたせいで、少し目が覚めた。
中也「桜月、!」
「ちゅうや、、きちゃ、だめ」
ヴェルレェヌ「此方へ来い」
きっとヴェルレェヌを睨んだ中也だったけれど、私の頸を掴む手を見て、大人しく従った。
やだ。
いやだ。
中也が、来たら、苦しい、って、なる。
中也が、苦しいって、なったら、だめだ。
何だか自分の体じゃないように思うほど、一瞬体が凄く熱くなった。
最後に私が見たのは、びっくりするぐらいまぶしい光だった。
---
奇獣。
みんな、並んで、わたしの命令を待ってる。
まってね、次の仕事は…
あ、今は大丈夫みたい。
休んでていいよ。
四季。
季節を司る神様が、私の異能。
その神様の権限が、私の異能。
その神様は、私の母にそっくりだった。
綺麗な白い髪。
真っ青な目。
だけど、顔はお母さんで、わからない。
目の色は同じだけど、髪の色は違うの。
わたしが、お母さんに譲り受けた異能、って、どっちだっけ。
っていうか、何でわたし、異能を使えてるんだろう。
あの携帯が無かったら、何も出来なかった、のに。
あれ、何で、……?
---
「、は、、っ」
中也「桜月!気が付いたか、?」
「此処は、…ヴェルレェヌは、警察は、?」
中也「終わった。刑事さんが、…あの刑事さんが殺されて、白樺の十字架が置いてあった。」
「刑事さんが、死んで、標的はあの人で、じゃあ白瀬は、?」
中也「…」
気が付いてまず目に飛び込んで来たのは、真っ青だった。
空の青は悲しみの青だ、なんて。誰の言葉にもなく、それを呟いてみる。
聞き覚えのある言葉だった。
辺りを見舞わずと、ヨコハマで一番高いビルの中腹に腰かけていた。
中也のお陰で落ちてないのかな。
少し頭がはっきりしてきて、漸く悲しみが押し寄せてきた。
あの刑事さんが、死んじゃったって。
その後、私が目覚めない間に怒ったことを粗方聞いた。
大きな出来事は、刑事さんの死。
それから刑事さんの電話がヴェルレェヌが調達屋に頼んだものと同じ型だった事。
後、私がずっと魘されていたらしい。
どうしても見た夢?の内容が、思い出せない。
ま、いっか。
中也「桜月、気絶する前にどうなってたか思い出せるか?」
「気絶、する前、?」
何だか体がすっごく熱くなって、目を開けていられない様な、眩しい光があって、
それからの記憶はない。
そう説明した。
中也「…そうか。」
でも、何でわたしが、あぁなったか判らない。
でも、ヴェルレェヌは、聞いた話によると、「門」を開くことが出来る、とか。
でもそれは、中也のアラハバキ。
ブラックホールを顕現させる。
そんな風だった気がする。
なら、私は、?
私が暴走しそうに、?
いや、そんな異能を私は持っていない。
なら、何だろう、
わたし、って、何、、?
。
あ、えーと、結構ストブリで桜月ちゃんの異能についても分かる予定です。
あくまで「予定」だけど。
すみません本当に「予定」ですごめんなさい。
まぁ気になる所だらけだったからねぇ今回。
自分で書いてて云うのも如何かとは思ったけど。
まぁ次回もお楽しみに…?
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 15
「そろそろ、白瀬と合流した方が良いんじゃ…?」
中也「彼奴等、何処歩いて…あそこか。」
「奇獣、ペガサス…」
中也「少し後ろから盗み聞きしよーぜ」
「はーい」
刑事さんが兄へと連絡をしていた。
しかし妙なのが、兄は戸籍上既に死んでいるという事。
14年前の4月。陸軍技術研究所に勤めていた彼は、研究中の事故で亡くなった。
その兄の本名は調査書でも伏せられ、『N』と記してあったという。
顔写真も存在しないそうだ。
白瀬「Nねぇ」
白瀬は胡散臭そうに顔を顰めた。
アダム「戸籍では、村瀬刑事には兄は一人しかいないはずです。奇妙です。兄のように親しい人物、という比喩的な意味で”兄”と呼んだのでしょうか」
中也「そうは思えねぇな」
白瀬「うわっ吃驚させんなよ中也…桜月、起きたのか⁉」
「寝てた訳じゃないんだから…」
アダム「ですが桜月さんの事も不明な点が少し…いや、かなりあります。」
「わ、私の事よりも、今は刑事さんの事でしょ?」
中也「んで、刑事さんが云ってたぜ。あの人は昔、兄貴に紹介して貰って軍の警備をしてた、、ってな。戦争末期ッつったら大体九年前だ。つまり14年前の4月には、兄貴は死んで無かった。生きてたんだよ。記録だけ、死んだことにされてたんだ。」
「って事は、軍の情報操作…?」
軍は表向きに死んだことにされている人間を、欲しがったんだ…
白瀬「だとしても、何のために?」
中也「此処まで来りゃ、おおよそ予想がつくだろ。」
「え……?」
ぇ、、全然判らん。
中也「刑事さんの兄貴は___《アラハバキ》の研究をしてたんじゃねェのか」
驚きのあまり、周りの音が一瞬消えた。
つまり、時間的に考えると……
「N」は、荒覇吐を造った人間…?
アラハバキは超級の国家機密。
それこそ他国から諜報員が盗みに来るほどに。
そんな情報が漏れたら困る。
だから死人としてそんざいしている、『N』が使われた…
アダム「研究者は全員、アラハバキの爆発によって研究所ごと消し飛んだ筈です。ではその『N』は、その研究所の生き残りなのでしょうか?」
中也「あぁ。多分、唯一のな。だからヴェルレェヌが追ってんだろ。本名も不明。居場所も不明。連絡手段も無し。唯一その『N』と連絡を取れるのが、」
「弟である村瀬刑事…」
白瀬「いやいやいや、可笑しいだろ」
急に白瀬が会話に割り込んできた。
アダム「何がです?」
白瀬「あのなぁ、お前らが散々脅したせいで、僕は忘れたくても忘れられないんだ。」
白瀬「”ヴェルレェヌが殺すのは、中也が日本に残るのを諦められなくしてる奴”。お前らがそう言ったんだぞ!だから僕は死ぬほどビビってるんだ。いやビビってないけど。」
「意気地なし」
白瀬「ビビってないって言ってるだろ!僕よりチビな癖に」
「そのちびにさっき守られたのは誰ですっけ~?」
白瀬「ま、守ってと頼んでない!お前が勝手にやっただけだろ!」
「…慥かにそうだけど。」
白瀬「ほらな!僕に」
「じゃあ白瀬は、私が守らなくても良かった、ってコト?」
白瀬「そ、それは……」
「ふんっ」
白瀬「ぐぬ…」
中也「お前ら話聞いてなかっただろ」
白瀬「だってこっちで話してたん」
「え?Nが何を知っているから命を狙われているんだろうって話でしょ?」
白瀬「何で話しながら聞けてるんだよ⁉」
中也「取り敢えず落ち着け。『N』は探し出して吐かせりゃ判る筈だ。」
白瀬「おいおい!厭だぞ僕は!勝手に話を決めるなよ!」
「まーた騒ぐ。耳潰される…アダム、警察署で使ってた指の麻酔、白瀬に使ってよ」
アダム「当機は罪のない一般人に手は出せません。ですが、彼に関しては同じぐらい腹が立っています。」
「だってよ、白瀬。」
未だ喚いて居た白瀬。
中也も盛大な溜息を吐いた。
白瀬「何だよその目は!」
中也「いや、べつに…言ったら余計面倒になりそうだ」
また文句を云おうとしている白瀬に割り込んで、アダムが話し始めた。
アダム「《《残念ながら》》、白瀬さんの発言にも一理あります。『N』を探すという探索行において、ヴェルレェヌは我々をはるかにリードしています。」
しかも彼は元諜報員。既に『N』の居場所は突きとめている可能性が高い、らしい。
???「いや、そうはならないよ」
突然、知らない声が聞こえて来た。
「え、だ、誰…?」
聞こえた方を見てみると、アダムが立っているだけだった。
またきょろきょろしても、見知った影ばかり。
「何処を探している?此処だよ。」
……いま、目撃しちゃったんだけど。
アダムの口から、知らない人の声がしてる?
「え、あ、アダム、だよね?」
???「君があまりに軍の情報端末に足跡を残すから、それを辿らせてもらったよ。お互い秘密の多い身だ。多少の無礼は許して頂きたい。」
アダムが何をしようと思ったか分からなかったけれど、
中也が急に言った。
中也「待て、切るな。アンタ何者だ?」
???「君達の助けを求める人物だ。そしてまた、君たちを助けられる人物でもある。君たちは『N』と呼んでいるようだがね」
「N、?」
中也「アンタがNか。そりゃ手回しのいいこった。」
鼻で笑った中也。
中也「だが、いきなり連絡してきて何の用だ?あんたは人前に出るのが嫌いだとばかり思っていたが」
N「風向きが変わったんだ。それは君達にも判るだろう。このままでは私は、世界一の暗殺者に殺される。全ての真実を知る私を、闇に葬るためだ。君達に伝える前にね。逆に云えば、君達に真実を伝えてしまいさえすれば、私を殺す意味はなくなる。」
「そう、なの…?」
N「これ以上は此処では話せない。私に会いに来てほしい。住所はこの機械の青年のフィードに残しておく」
中也「オイ、待て。会いにこいだと?アンタは何を知っているんだ?」
N「凡てだよ。中也君。君の凡てだ。」
「待ってっ!」
引き留める私の声に、自分でも吃驚した。
N「なんだ?」
「私が何、なのか、判る?」
自分の声じゃないように感じる。でもこれは、紛れもない私の言葉。
N「君は泉、桜月、だったかな。勿論だよ。君にも教えてあげよう。」
その瞬間、私は力が抜けたようにへたり込んだ。
--- N「逢えるのを楽しみにしている」 ---
その言葉を最後に、Nとの接続は切れた。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 16
アダムが運転する車は、未舗装の道をガタガタと揺れながら走り、「目的の場所」の近くで停車した。
田舎の山道。
そう私達が向かっているのは、「N」が指示した山の中腹部。
少し前に降った所為で、辺りには雨のにおいが立ち込めている。
水溜まりも。
でも、私は嫌いじゃない。
この透き通った雨のにおいも、鏡みたいな水溜まりも。
すると、急にアダムがしゃがんだ。
何かと思ってみると、落ちて居る木の実を拾ったようだった。
「アダム、それ如何する__」
最後まで私が云い終える前に、アダムはそれをぱくりと食べた。
___ん?
「食べたぁっ⁉」
中也「うわ___」
そして私達が歩く少し後ろから、白瀬が声をかける。
白瀬「反対だ。絶対反対だよ僕は。帰ろうぜ。こんなトコに何かある訳無いよ」
何度目か分からないその愚痴を聞いて、振り返った。
白瀬「脚も疲れたし、もううんざりだよ。歩きたくない。なぁ機械の英国紳士さん、おんぶしてくんない?」
私はアダムと、そして中也と顔を見合わせた。
中也「お前だけ帰ってもいいんだぜ、白瀬」
挑発するように云った中也。
白瀬「帰る?やだね!僕を守るのがお前たちの義務だろ!絶対離れないからな!」
中也「全く…とんでもないお荷物だぜ」
白瀬「はぁ?おいおい中也、そんな口きいていいのかなぁ?僕を誰だと思ってる?記憶も住むところもなかったお前を助けた、命の恩人サマだよ?」
その時の中也の表情は、とても酷い物だった。
後からアダムに聞いたところ、「ハンマーがあったら殴り飛ばしたいが、ハンマーは手元にないし、素手で直接殴るのは嫌だ」という表情らしい。
ちなみに、その表情はアダムの”趣味”タグの付いた領域に保存されている。
でも、さすがにそこまで言われているのを黙ってみてるのは嫌だなぁー…
「現在進行形で命の恩人になってるのどっちだっけ」
白瀬「ぼ、僕があの時助けてなかったら今中也はすでに…」
「それで、白瀬は助けられることなく死んでた、って言いたいの?」
白瀬「う、っ」
いや、莫迦じゃんこの人。
中也死んでたらヴェルレェヌ来てないよ??
なんて、そんな話をしていたらたどり着いた。
古い納屋。
農具や猟師道具を置くための建物___建物、と呼べるような状態ではないけれど。
壁は半分朽ちて剝がれて、中身が見えてる。屋根は骨組みしか残っておらず、支柱は虫食いの穴だらけ。
まさに、廃墟と呼ぶにふさわしいところ。
白瀬「何だよ此処…廃墟じゃんか」
「心読まないでよ!」
白瀬「読んでない!」
アダム「心を読んだかは兎も角、目的地は此処で間違いありません」
するとアダムは落ちて居る手斧を手にとって、床の隙間に差し込んだ。
其の儘手前に倒すと、金属の噛み合うカチリ、という音。
その瞬間、床が斜めに落ちて行った。
「うぉっ!」
「わっ!?」
先に叫んだのは誰の声かもわからなかった。
黒いコンクリ壁と、一定間隔でともっている紅い誘導灯。
白瀬が驚いた顔から、子供っぽい笑顔へと表情を変えた。
白瀬「いいねぇ。冒険っぽくなってきた」
「え、嫌だよ」
アダム「いやっほぅ!!」
「何ねぇ中也アダムが壊れた!?」
中也「ンなわけねぇだろ」
何処までもうんざりと冷めた目で私達を見つめる中也だった。
---
降りた先は薄暗い廊下になっていた。
横の壁面に書かれた衝突防止の縞が、より一層不気味さを際立たせている。
思わず私は中也の服の裾を握った。
「…中也、怖い」
中也「あ?服なんかじゃ無くて手ェ握っとけよ」
「ぅ、うん…」
暖かいその手の感触で、私の心は少し落ち着いたようだった。
その薄暗い廊下を進んでいくと、少し開けた空間に出た。
そして、立っている軍人。
警備1「止まれ」
一番近くに居た警備の人が、云った。
中也「約束があんだよ。通せ」
警備2「聞いている。だがここは重要機密施設だ。入る前に所持品検査と血液検査をさせてもらう。」
「え、あの、所持品検査、って、持ち物とられませんよね。」
警備3「いや、検査だからk」
「お、お母さんの形見と、お姉ちゃんのお守りがあるんです!取られたら困ります…」
いやだ。それだけは肌身離さず持っていた。
実際、私の所持品のほとんどは生前、お母さんに貰ったもの。
もしくは、お姉ちゃんと必死で生きている間に集めて来たもの。
だから。
「私の宝に触れるというのなら、此処で帰らせてもらいます」
警備1「え、」
中也「いや桜月何言って」
「私が帰るのは「N」も困る。そうでしょ?警備さん。なら、所持品検査はやめて。」
本部に問い合わせの結果、免除になった。
うゎ~い☆
そして、その揉め事の間に終わった中也と白瀬の血液検査。
私の番。
中也は無表情で、白瀬は大げさに痛がっていた。
私は___
「_痛っ……『ちゅうしゃ』もこのくらい痛いのかな…」
他の事に気を取られていた。
次、アダムの番。
何だけど…
勿論、機械だから針が折れる。
肌に通らない。
だんだん警備の人も焦る。
ちょっとした騒ぎ。
するとアダムは何を思ったのか、首を異常なほどに伸ばして顔を前後に揺らしながら歩いた。
そして、云った。
アダム「ハト」
「「うわぁあぁぁぁぁ!!!」」
おびえる警備さんたち。
私は中也と同時にアダムの頭をぺし、と叩いた。
「「虐めんな!」」
「「キモイからやめて!!」」
切実な叫びが心の中から漏れた。
本日2度目の本部へのお問い合わせの結果、血液検査免除になった。
警備さんたちの先導で、ようやく中に入る。
待っているものに少しの期待と少しの不安を、私は抱えていた。
文豪ストレイドッグス! 〜STORM BRINGER〜 17
研究所の中を進んでいく。
ざわざわとした人の聲に押しつぶされそうで、
必死に耳を閉じて歩く。
中也の手を握りながら歩く。
前に前に。
気が付くと、すでに《《其処》》には辿り着いていて、
目の前にはその人物が立っていた。
前から飛ぶ眩しい光に目を顰めながら、その顔を見た。
見間違えようのないその顔。
「あの写真に、写ってた…」
中也が、懐からその写真を取り出した。
どこかの海岸の写真。
幼い中也と、麻の和服を着た青年が写ってる。
|あの人たち《フラッグス》が、自分の身を顧みずに得て来た、一枚の写真。
N「やはりそこからになるだろうな。」
N「私はアラハバキ計画の責任者。『N』という呼称は軍が用意した新たな経歴名で、それは『中原』の頭文字からとった。つまり__」
--- 「私は君の父親だ」 ---
「え___」
---
その映像には、黄金色の洋貨が映し出されている。
表に狐、裏には月が刻印されていた。
美しくて、何処か物悲し気な|洋貨《コイン》。
それを、誰かの指が弄んでいた。
幼い指。
けれど、顔や体は映っておらず、誰かは分からなかった。
その誰かが、歌う様にこう云う。
『汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
懈怠のうちに死を夢む』
不思議な詩。
ずぅぅん、と心の奥底に響いて行くような雰囲気を持った詩だった。
そして、黄金色の洋貨が奇妙な輝きを放ち始めた。
画面が切り替わる。
洋貨を持った誰かが、画面の中央に小さく、小さく映し出された。
顔は見えない。
そして、洋貨の放つ光が、白から徐々に危険な紅蓮に変わっていく。
また画面が切り替わる。
研究者たちが、その誰かを見ながら何か云っている。
難しくて何だかよく分からない。
だけど、|洋貨《コイン》が放つ輝きはどんどん紅蓮へ、そして光をも飲み込む漆黒へと変化していく。
どんどん様子が可笑しくなっていった。
洋貨の周りの角材が吸い寄せられ、、重力によって潰される。
そして、消滅。
やがて映像の中の風景そのものが歪んで、目が眩むような強い光。
閃光と衝撃。
誰かの居る実験室と、此方を隔てるガラスが飛び散った。
研究者たちが浮かび上がる。
誰かの悲鳴と共に、画面はブラックアウトした。
---
何処かに向かう道中、話が交わされている。
でも、判らない。子供には難しすぎて。
左耳から入って、右耳へと脳を通らずにすり抜けて行ってしまって居るみたい。
とは云いつつ、白瀬も半分寝ているけれど。
「荒覇吐計画、。」
その言葉が聞こえると同時に、目の前の扉が閉まった。
「え、っ!?」
呆気に取られて周りを見ると、「N」と中也だけが戸の向こうに居るようだった。
N「此処から先は中也君と二人だけだ。《荒覇吐計画》は一応、国家機密なのでね。」
「待って!私の事は、?」
N「…致し方が無い、か。」
「、?」
N「いいだろう。だが本部には一人分の許可しか下りていない。此処から先は君は見ていない事にする。いいね?」
「は、はい!」
すると、小さな私だけが通れるだろうと言うほどの隙間が、扉に開いた。
するりと抜け、中に入る。
---
扉の向こうは|昇降機《エレベーター》だった。
中也「…この程度で俺の裏を書いた心算かよ?」
「裏、?」
N「裏なんてないよ。君に配慮しただけだ」
「…あの、私は__」
N「君ももう直判るよ。」
「、、ッ」
中也「云っとくが、この先で見た物を、俺も桜月も組織に報告するぜ」
N「好きにするといい。本当に話す気が起きるのならね」
その時の彼の笑みは、何か含みのある笑い方だった。
何だか、嫌な予感を抱えながらも私達は開いた扉の先へと足を踏み出した。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 18
その先は、短い廊下になっていた。
先程迄との施設と内装は変わらずとも、ひどく古い。
「あの、___」
中也「なァ、」
わたしが話し出したと同時に、被るように中也が云った。
中也「話せよ。今更ビビったりしねェ。俺は___」
--- 「人間じゃねェんだろ?」 ---
中也のその問いに、Nは答えずに静かに見つめ返している。
中也「あんだけ話されりゃ、厭でも分かるぜ。俺は《荒覇吐計画》の産物。つまりヴェルレェヌと同じ方法で造られた、意思の或る特異点だ。そうなんだろ?」
「ちが、っ」
N「だとしたらどうする?この先にある物は、それを証明するものだ。見るのが怖いかい?その話だけ、見ずに帰るかい?」
中也は、ひたすらNを睨みつけている。
N「私はそれでもいい。此処で引き返しても。我々にとっては、ヴェルレェヌが『全て伝えられてしまった』と感じる事が重要なのであって、必ずしも君が全て知る必要はないからね」
え?
違う、。
わたしが、私は、知るために来た。
私自身の、
私を。
中也「ピアノマンたちは、俺が誰なのかについて調べようとした。その所為で死んだ。」
その言葉には、強い意志が灯っている。
そして、過去の光景。仲間たちの後ろ姿が。
中也「案内しろ。俺はあいつ等の為に、凡てを知る義務がある。」
N「君は如何する?」
「…私は私が何者であるのかを知らない。私自身を知るためにこの場所まで来た。」
--- 「私自身の凡てが知りたい!私が、何者なのかを___っ!」 ---
Nは微笑み、返事代わりに扉を開いた。
足を踏み出そうとする。
その時、急に力が抜けた。
「あ、っ」
足が震える。
気が付くと、私は汗でびっしょりと濡れていた。
息苦しい、そんな気がする。
手足をついた。
立ち上がれない。
金網が鳴る。
見ると、中也も膝をついている。
斃れそうになったのを、私とは違い、金網を掴んで持ちこたえていた。
N「大丈夫かい?」
「だ、っじょう、ぶ、。」
中也はNの質問を無視して青ざめた顔で云った。
中也「知ってる。」
「俺は此処を知ってるぞ」
N「だろうね」
N「此処は第二実験所だ。租界にあった第一実験所と対になるよう設計されている。風景も全く同じだ。あの場所が爆発で消滅した以上、君の西端の原風景は此処にしかない。」
立ち上がろうと思ったけれど、
何故か足が痺れて動かない。
立ち上がれない。
脳が、麻痺するような感覚。
「「侵入者だ!!」」
「「八番から十五番を封鎖しろ!!」」
「「作戦部は甲種装備で迎撃態勢!!」」
中也が歩き出す。
それに釣られるように、私の視線だけも動いて行く。
中也の隣を、兵士たちが銃を持って駆けていく。
いや、これは幻。
中也の、脳裏に刻まれている記憶の中の風景。
『侵入者は何名だ!武装は?』
『侵入者は二名!武装は無し_____まったくの素手です!』
そのまま歩いて行く中也。
「待っ、_中也、_______」
Nも中也に連れて歩いて行く。
私だけ、置いて行かれる。
忘れ去られたように。
今は、体の痺れよりも何よりも、
中也に置いて行かれたことが一番苦しい。
---
中也が辿りつた黑い円筒。青黒い闇。外界と隔てるための___外の世界から自分を護る為の揺籃。
それが、幻の誰かに破壊される。突然破られた。
その手の主は、
アルチュール・ランボオ。
そしてその隣にいる、ポール・ヴェルレェヌ。
「君は奇跡の存在なのだよ、中也君。」
Nは歌う様に云った。
「此処では結局、君と同じ現象を再現することは出来なかった。」
中也は現実に引き戻された。
其処に居るのはNと中也だけ。
ハッとした様に云う。
中也「桜月は___」
その時いきなり、円筒の内側からバン!と叩かれた。
凍り付いて、其方を見る中也。
手形が付いている。
中也とほぼ同じ大きさの。
すぐに理解した。
この円筒は、壁が黒いのではない。
中を、青黒い液体で満たされているから、中身が見えない。
中也「中に誰かいるのか⁉」
その言葉にも反応しないN。
中也「おい、説明しろ!中にいんのは誰だ!!」
N「慌てずとも、すぐに逢わせてあげるよ」
すると白衣の中から取り出した、遠隔操作盤。
何か操作をすると、ごぼごぼと音がし、中の青黒い液体の水位が下がって行った。
液体の中の人物の姿が判別できた。
中也「これは__」
「中也、__!!」
中也「桜月、?」
「なん、で、」
「中也が、二人?」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 19
「中也が、二人?」
凍り付いたように立ち尽くす私たち。
円筒の中にある、いや、居るのは、中也とそっくりな人だった。
N「紹介しよう。君のオリジナルだ。」
呆然と、それを見ていた。
中也、?
いや、中也のオリジナル、って?
N「自己矛盾型異能の持ち主。山陰地方の温泉街で生まれた、異能以外は普通の少年だ。特別な装置を使って、特異点の重力に潰されないよう調整した。だからこうして生きている。」
突然、筒の中の少年が苦しみ始めた。体を二つに折り、激しくせき込んで。
上手く呼吸が出来ていない、?
いや、そんなことを言っている場合じゃ…
中也「おい、!苦しんでるぜ!大丈夫なのかよ!?」
「だ、いじょうぶ、なわけ、、」
N「大丈夫な筈ないだろう」
平然と云った。
N「生命維持に必要な胎水溶液が排出されたのだから」
中也「何…⁉」
「じゃあ、中の人は…!」
少年は、のた打ち回って何かを絶叫し、激しく容器を叩いている。
中也「オイ!何してんだ!!助け出せよ!!」
N「必要ない。彼はもうずっと前に役目を果たしたのだから。君を誕生させるという役目をね」
そして、中の少年は信じられないほどの量の血を吐いた。
中也がNの胸ぐらをつかんだと同時に、私はさっと動いて手を翳した。
「異能力、『奇獣:不死鳥』!!」
中也「今すぐ水を戻せ!」
N「何故?」
中也「五月蠅ェ!戻さねぇと殺すぞ!!」
そしてNは肩をすくめてリモコンを渡した。
無茶苦茶に操作する中也に対して、少年はその間も苦しんでいる。
体が震えて、赤黒い血が口から溢れ、呼吸ができない所為で顔が青紫になって行く。
なのに、なんで、なん、で、っ
「奇獣、答えて!ねぇ、っ不死鳥!!」
必死に呼んでいる横で、円筒が傾いた。
転がるように出てきた少年を、私は受け止めた。
「お願い、っしっかりして!!奇獣、不死鳥、!っ何で、…」
中也も駆け寄って横から呼びかけている。
私は少年の目を見た。
中也と同じ、青色の瞳。
でも、その目は中也より幾等か優しかった。
そして、弱々しかった。
「おねが、い、」
少年が私の手を掴んだ。
目で何かを訴えて、一塊の空気を吸い込んだ。
でも、そこまでだった。
私を掴んでいた腕は力を失って落ちて、
さっきまで優しい光が灯っていた瞳は光を、焦点を失った。
呆然と見守る私と中也の目の前で、体が崩れて行く。
皮膚も、肉も、さっきの青黒い液体となって流れていく。
必死に握っていた掌も、同じように。
残ったのは、少年だった小ぶりの白骨と服、それに繋がれた無数の輸液|管《チューブ》や|細引《コード》の群れ、そして足元の青黒い泥。
Nに何かを叫ぼうとした。
なのに、力が入らない。
奇獣を、呼べない、?
私の所為で、助けられなかった、?
私の所為で、また誰かが傷つく、?
--- ー私の所為で、?ー ---
中也「手前……!」
中也が激しくNに掴み掛った。
N「私が君の父だと云ったのは嘘ではない。私が君の体をデザインした。荒覇吐の出力に耐えられるように、遺伝子を調整してね。」
目の前で一つの命が消えた、いや、自分が消したというのに、Nの表情には何の変化もなかった。
そして、信じられない事が起こった。
Nが、中也の強い力で掴み掛られているその手を、いとも簡単に引きはがした。
殴りかかることもできずに、斃れこんだ中也。
___私と同じように。
「ちゅ、や、大丈夫、?ッ」
中也「何だよ、これ、…」
私はこの感覚に覚えがあった。
一年前。
中也を庇って、白瀬に刺されたあの時。
”あんまり動かない方がいいよ。刃に殺鼠剤を塗っておいたからね”
あの時は、奇獣で分解した。
するだけの力が残っていた。
つまり、あの時以上の何かが、今自分の中の毒になっている。
そして、中也に。
N「私が君をデザインした。だからよく知っているんだよ。君の肉体的な頑強さも、それでいて、毒には人並みに弱いことも。」
「で、も、私は、」
N「君はいわば普通の子供だ。能力以外はね。それから、」
「君の_________事も。」
「な、にを、!」
その時の言葉は、はっきりと聞こえなかった。
注射で、毒を入れられたと理解した瞬間、私の視界は暗転した。
君の存在が、正体が、不明なことも。
---
中也side
N「彼女はもう斃れた、か。」
「ふざけん、なよ!!」
N「私が君たちを招いたのは、真実を教えるためだ。
そうすることでヴェルレェヌの暗殺を回避しようと考えたからだ。
しかしその作戦には不確実性が残る。
君に真実を伝えるだけでヴェルレェヌが暗殺をやめるのか、完全な確証が持てない。
だからもっと確実な方法を用いることにした。」
「分かるかい?君が死ねば、ヴェルレェヌはこの国に残る動機すら失うのだよ」
「手前ェッッ!!」
怒りが爆発した。
跳ねるように立ち上がった。Nへと飛び掛かる。
しかし急に、Nは平然と銃を俺に向けた。
頭蓋骨に直撃するも、異能で防いでいた。
全身の異能を、一か所に集中させて。
反動で倒れてしまったも、貫通はしていなかった。
けれどNはさらに弾丸を打ち込んだ。無表情で。
「ぐゥ、ッあ、!」
胸と腹部を撃たれた。
苦しい、痛い。
そんな言葉じゃ表せないほどの苦痛。
そんなとき、流れ弾が、桜月に当たった。
目を見開いて苦痛の声を上げるのを見て、俺は思わず桜月から離れた。
感心したように見るNの表情。
「こんな時まで恋人を守るなんて、よっぽど大切なのか」
「当たり前、だろ、、!」
N「…私を酷い男だと思うだろう。だが自分の命が惜しくてやっている訳じゃあない。研究の維持の、つまりはこの国のためだ。」
Nha白衣の懐から容器を取り出した。それを開くと、小ぶりの注射器が現れた。
次の行動が予想できたのに、避けようにも動けない。
俺の撃たれた傷口に、注射器を突き刺した。
痛い、なんてすでに感じなくなっていた。
N「自らが属する組織のために非道を為す。君も巨大な組織に属するものとして、理解してくれるね?」
「くそっ、、たれ……が、」
唸って、Nを掴もうと手を挙げた。
だが、その手は届かなかった。
そして暗転。
N「少女は例の部屋へ。中也君は打ち合わせ通りに。」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 20
一方その頃、白瀬たちは__
アダムの横で、白瀬が急に苦しみだした。
床に倒れ、喉を抑えて悶えている。
アダム「白瀬さん⁉どうされました!?」
そう云い乍らすでに診断を走らせている。
心拍数の低下、血圧の低下、発汗、筋肉の引きつり、呼吸困難。
典型的な毒の症状だと判断するも、辺りの空気に毒はない。
症状を緩和するため、抗コリン作用を持つアトロピンを注射した。
しばらくすると、白瀬の様子が落ち着いてきた。
さらに量を増やして注射。
落ち着いて静かになった白瀬を床に寝かせ、部屋を出ようとしたアダム。
しかし、そうはいかない。
扉が開かない。
戻る道も、進む道も。
電磁遮蔽されている室内。操作盤にも接続不能。
何を考えたのか、体当たりをしてみる。
次は鉄製の椅子を投げつける。
表面が少し凹んだだけだった。
周囲を見まわしているアダム。
仕方ないと判断したのか、溜息を吐きながら腰の背中側辺りを手で探り始めた。
そして、そこにあった|取付端子《アタッシュメントボォド》を開く。
部品を探し、取り出して右手の人差し指と中指の間を手首まで開き、出来た隙間に部品を装着した。
ハンドソー。
掌ほどの大きさの回転鋸だった。
それを扉の施錠機構に押し当てる。
甲高い耳障りな音が響き、火花が散った。
考え込んで、焦るのを抑える、そんな表情をしながら、只管扉を開くべく、奮闘していた。
静かに倒れている白瀬を横目に見ながら。
---
緊急用 貯水槽にて
2つの人影が吊るされている。
両手首を鉄線でぐるぐると巻かれて吊るされているため、倒れることは出来ない。
その鉄線には、びっしりと太い棘が並んでいて、獣が食いつくように手首に刺さっている。
両足は如何にか地面に触れている程度だ。
そう、中也。そして、何故か桜月も。
中也は上半身の服が奪われ、脱がされている。
流血した弾痕が露に。
一番深い弾痕は胸と腹の2か所で、其々に巨大な杭が突き刺さっている。
杭は鎖で天井までつながっており、そこからは電流が流し込まれる。
一方で桜月は、ボロボロなものの、衣服は身に纏っていた。
最早、布切れと化してしまいそうなほど、ボロボロな服を。
此方の一番酷い弾痕は右胸の上。
肩の少し下だった。
中也と同じく、杭が突き立てられている。
一つ不思議だったのは、彼女自身から白んだ光が発光して居る事だった。
その光は見る物の目を奪い、離れる事が出来失くしている。
何故そんな事になっているのか。
この状況にしている研究者たちにも分かって居なかった。
そしてまた流れる電流。
声と化さない叫びが二つ重なって木霊した。
一つ分かって居る事。
研究者たちが、何か、触れてはいけない彼女自身の領域に、踏み込んでしまった事。
---
貯水槽 桜月が目を覚ます前、そして、中也と合流する前。
あ、れ、?
私、毒を打たれて、
気を失って、
それから、よく分からないけど肩の辺りが物凄く痛くって、
何なんだろ、…
何が起こってるん、だろ、
「桜月、」
「桜月、起き、なさ」
貴方は、誰、…?
この前見た、白い髪の、お母さんにそっくりな、____?
「今私が誰かなんて、重要じゃないでしょう。今大事なのは、貴女が早く目を覚ます事よ」
なん、で、
なにが、起こってる、
「…すぐに分かる。今は、早く、。手遅れにならない内に。」
「目を覚ましなさい!」
鋭い声と気迫に、思わず瞼を開いた。
「え、っ?____い”、ったぁ…」
ずっと痛んで居た右肩を見ると、穴が空いている。
奇獣は、不死鳥は、やっぱり使えない。
N「目を覚ましたかい?」
「え、ぬ、。」
思考がはっきりしてきて辺りを見回してみた。
十分すぎるような堅い鎖で、椅子に縛り付けられていた。
脚も腕も、全く動かない。
「中也は、何処、っ?」
N「大丈夫だ。少し経てば中也君と同じ部屋へ向かう。」
その言葉を聞いて少し安心した。
少しすればまた合流できるんだ、。
「それ、で、何で私は此処に…」
N「単刀直入に聞こう。君は何なんだ?」
「へ、っ?」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 21
「え、私、が、?」
N「君の事を調べてみた。泉桜月。本来ならば小学校中学年ほどの幼い年齢にして、マフィアの有望な若手会に所属。双子の姉を持つ。そして、幼少期に両親を暗殺された過去を持つ。」
「そ、う、だけど、っ」
N「そして、四季と奇獣という能力の使い手。相違ないね?」
「__、はい…。」
N「しかし、おかしな点が幾つもある。例えを上げるとすれば、」
「不完全な異能の譲渡。」
私が遮るようにそう云うと、Nは虚を突かれたように目を見開いた。
N「…その通りだ。君の奇獣は、姉の夜叉と同じ、携帯からの命令にしか従わない筈だ。」
「なのに、命令が伝わってる。」
N「不思議だとは思わないかい?そして、複数持ちの能力者、。おまけに、四季の事も…」
「え?」
N「何も知らない、か。」
「な、何も知らないって…」
N「仕方ない。説明するよ。四季は、如何いう異能か、ね。」
「如何いう異能も何も、季節の物を操る…」
N「正確に云うと、季節を操る女神との同化によって、その異能の使い手となる、らしい。」
「何、それ…」
N「君は生まれた時の髪色が白だった、なんて事は無かったか?」
「わ、私はお姉ちゃんと同じ黒だった、はず…だけど、、、」
頭が急にズキッと痛んだ。
何だろう、すごく、
すごく、
苦しい、。
短いけど許してね。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 22
痛い。
あ、れ、
私、は、
わた、し、は
誰、だ、っけ
お姉ちゃんの妹で、ポートマフィアで、
、え、
お姉ちゃんの、妹、?
本当、に?
そもそも私の存在、って、
N「混乱しているようだね」
「だ、って、判んないんで、す、」
N「我々にも分からないんだ。君の正体が、いくら調べても。」
「そ、んな、」
N「新たな事として判ったのは少しだ。君の、過去を少し。」
「え、」
N「それからもうひとつ。何も判らない事。」
「わ、判る事を教えてください!、お願い、します、、」
N「…善いだろう。新たに分かったことは、君は本当は___
孤児だったという事だ。」
「え、、そ、そんな訳ないですよ!私はお姉ちゃんと双子で、」
N「君は姉、泉鏡花が誕生した、その数日後に拾われていた。生まれたばかりの幼い幼い状態で。」
「そ、んな、」
N「しかし、一声も上げない。動かない。それで、死んでいると思われたんだ。そんな君を憐れんで、せめて埋葬しよう、そう云いだしたのが君の父と母、泉鏡花の実の父母だった。」
「で、でも私は現に生きてるじゃないですか、、」
それに、生まれたばかりの子を連れている親が、葬式だなんて…
N「事実、そうなんだ。母の腕に抱かれた鏡花に偶然君が触れた。その瞬間、」
--- 「君は青い目を開いた」 ---
N「君の父と母も運命を感じたのだろう。そのまま、君達は双子として育てられてきた。」
「え、で、でも、」
N「云いたいことは幾らでもあるだろうが、我々が辿れた足跡は此処までだ。自分で見つけたいのなら探すと善い。『鼠の巣』を見ろ。」
「鼠の、巣…」
また薄れてきた意識に、その言葉が何重にも響いていた。
---
まだ幼かった私には、「N」の吐く嘘を見破る術が無かった。
---
そして中也の絶叫と共に目が覚める。
緊急貯水槽のシーン、あの場所へと戻る。
気が付くと私は、白んだ光に照らされていた。
でも、その光はよく見ると、、
私自身から出されている、。
深く考える間も無く、何度目かの電流が、全身を蛇に食われるような感覚が、また襲った。
そう云えば、さっき、Nと何の話をしてたんだっけ…___
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 23
…全身が死にそうなくらい痛い。
いや、いっそ死んだほうがましかもしれない。
目を開く気力もなく、死んだように動きを止める。
私、死ぬのかな。
あぁ、ほら、また幻覚…
あの女の人が立ってる。
こっちに歩いてくる。
そのまま、私の方に手を伸ばして、?
ひんやりとした感触が目にあった。
「、え」
次に目を開いた時、私は見知らぬ場所に居た。
綺麗な泉が湧いている。
周りを見渡すと、森の中だった。
でも、
「あっちは、お花が咲いてる…なのに、向こうは雪が、?」
?「目覚めた、?」
「だ、…っえ?」
?「私。」
「白い、髪の…」
?「自己紹介がまだだったわ。私は、|咲夜姫神《サクヤヒメ》。」
「咲夜、姫?」
咲夜「コノハナサクヤビメ、って知ってる?」
「古事記に出て来てる人、って事しか判らないです…」
咲夜「其処が解れば十分よ。私はその妹なの。」
「…妹が居るなんて、初めて知りました、…」
咲夜「ずっと私の存在は公にされていなかったから。でも、飛鳥の世、とある人物が私の事を異能生命として取り込んだ。」
「…それが四季の異能の誕生、?」
咲夜「そう。能力の持ち主が死ねば、私は数百年眠り続ける。何時の間にか目が覚めて、髪の気まぐれに選ばれた人の元へ行く。」
「で、でも、私、家族が死ぬまで能力を持ってるなんて…」
咲夜「…一から説明するわ。まず、貴女が生まれる。生まれ持った幸福の招猫。ただ、はっきりとした効果は出ずに誰にも気づかれなかった。此処までは良い?」
「幸福の招猫、?」
咲夜「あぁ、まだ知らなかったのね。大丈夫。何時か、きっとわかるわ。先に進んでいい?」
「は、はい!」
咲夜「その後、両親が死亡。招猫によって奇獣が齎される。そしてこの時、ちょうど私が目覚めた。」
「え?じゃ、じゃあ、」
咲夜「そう。能力が後付けされた、という事。簡単に云うとね。」
「で、でも私、何で…というか、こんなに能力が沢山って、」
咲夜「神に選ばれたのも招猫の影響かも知れないわ。」
「え、?」
咲夜「で無ければ、能力の複数所持なんて前代未聞だもの。」
「た、しかに…」
咲夜「ある意味、招猫も神様かも知れないわね…」
「…でも、私何時もは携帯からしか奇獣を操れないのに、何で…」
咲夜「…鼠には気を付けなさい」
「え、それってどういう…」
咲夜「今回みたいに話せるのは最初で最後よ。私はもう行くわ。じゃあ、」
「ま、待って下さいっ!」
咲夜「…そうね。一つ助言をあげるわ。」
--- 『自分の知らない物語を勝手に進ませないようにしなさい』 ---
「ぅ、あ……」
「光が消えたぞ!」
「傷が消えている、だと、、!」
気が付くと私は、元の研究所に戻っていた。
「あ、れ、?」
「中也は、何処…?」
見ると彼方で、空気が震えるほどの電流を流されている所だった。
声にならない叫びをあげながら。
「中也ぁあっ!!」
ハッとして駆け寄ると、中也に触れた私の腕に迄電流が流れた。
こんな大きな電気を流される痛みなんて…
「奇獣、不死鳥」
失敗したさっきとは違う、凛とした声が当たりに響く。
研究者たちは何かを恐れ、動揺してか、私には触れてこなかった。
もしくは、中也に電流を流すことに夢中なのか。
中也の額に手を触れる。
耳元で大きな音がした。
心臓の動く音だろうか、。
またもや見知らぬ場所に居た私。
身に覚えのある電流の感覚。
血管の一つ一つがずたずたに割かれて、全身の血が沸騰するような感覚。
治っていた傷が思い出して疼く。
でも、私には触れてこなかったはず。
ならここは、中也の意識?
「ちゅうや、?」
思ったより声が響く。
右の方を見ると、座り込んで居る中也が居た。
「中也、!」
「桜月、?俺、っ」
__だからいつも言っているだろう、中也?
「え、だ、太宰さん?」
今、一番此処に来て欲しくない人間。
__君が生まれたこと自体が何かの間違いだったのさ。僕と同じだ。そんな痛みに耐えて迄偽物の生にしがみ付く意味って何だい?
声だけがからかうように響く。
五月蠅ェ、と吐き捨てる様に云った中也。
偽物の生、って何だろう。
生きるに偽物とか、或るのかな。
「くたばれ、太宰」
__そんな陳腐な反論しか出来ないのかい?
__僕の言葉を信じかけている証拠だ。君はね、僕と深い所で同じなんだよ。
「五月蠅ェ、五月蠅ェ、五月蠅ェ!俺は俺だ!手前みたいなクソとは違う!!」
次に聞こえてきた声に、中也の表情も、私の心も、凍り付いた。
__まぁ彼相手になら、君もそう云うだろうな。
「…ピアノマン、っ!」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 24
__だが自分自身に嘘をつき続けるのは不可能だぞ。お前たちを入会させるとき、そう云わなかったか?
違う。
嘘だ。
皆は死んだ。
死んだはず。
違うよ。こんなの、っ!
でも、ピアノマンは何時もしているように、壁に凭れ掛かってゆったりと腕を組んでいる。
___何時ものように。
__云ったよな。お前達を入会させた理由。お前がマフィアに反乱を起こすんじゃないかと思った、と。お前は何もかもを破壊し、反撃の炎に焼き尽くされる事を望んでいる様に見えた。今もそう見える。それと、桜月…
何か云いかけた、心配そうなピアノマンの横に、別の影が現れる。
|外科医《ドク》。
|阿呆鳥《アルバトロス》。
|冷血《アイスマン》。
それと、
|広報官《リップマン》。
皆は微笑んで、私達に話しかける。
__お前たちのその特別な出自のお陰で僕達は死んだ。でも恨んだりしないさ。
__我々はマフィアです。覚悟はできていましたよ。
中也「莫迦野郎!そんな訳あるか!!俺は…俺らは……」
言い返す中也。
でも、私は力なく震えていた。
皆が死んだのは、やっぱり、私達の所為、だった、の?
そんな事を想っている間に、皆は微笑みながら消えた。
伸ばした手は、何も届かなかった。
何一つ掴めなかった。
次の声は、耳の傍で囁かれた。
見ずとも分かる。
__なら死ねよ。
睨みながら振り向くと、予想通り白瀬だった。
ただ、随分と痩せて青白い顔をしている。
__死んで詫びろ。マフィアのお友達にも、僕達《羊》にもさ。
「もう辞めて、!」
気が付くと、私達の周りを何十人という子供が埋め尽くしている。
彼らの陰険な囁き声が、止まる事を知らずに聞こえてくる。
「もう…辞めて、っ」
耳を塞ぎ、目を塞ぐ。
気が付かない間に、涙が勝手に流れていた。
頬が冷たく濡れている。
足音に顔を上げた。
最後に来たのはやっぱり、予想通りの人。
「ポール・ヴェルレェヌ、…」
ヴェルレェヌ「仲間も友人もお前の下を去っていく。何故だと思う、我が弟よ。」
中也「次はアンタかよ…」
ヴェルレェヌ「そうだ。順当だろう。お前たちと同じ、造られた存在。お前の問いに答えるに相応しい者。」
私は完全に無視されている。
いや、殺す対象を気に留めないのは妥当か。初めから|そう《殺害対象》だったから。
慥かに、私だって嫌いな裏切り者の話をのんびり聞くより、大好きな中也の話を聞く方を選ぶ。
中也「問い…だと。__なら答えろ。何が間違ってた。俺は何処で間違えたんだ?」
「中也、…」
目の前の、中也と同じ、いや似た瞳が、少し悲しげな色を湛える。
ヴェルレェヌ「…《《最初だ》》」
そう告げる彼の目は、何処までも嘘が無い。
透き通った目だった。
ヴェルレェヌ「そもそもの最初、お前が生まれたこと自体が間違いだったのだ。俺と同じだ。」
生まれてきたこと自体が間違い。
中也の拳が震えるのが視界に入った。
そんな苦しみが、あっていいのか。
許されるものなのか。
ヴェルレェヌ「いいや、許されはしない。当然だ。裁きがあって然るべきだ。奴らには」
中也「奴ら……」
「奴ら、って…」
ヴェルレェヌ「お前はよく耐えた」
優しいその声。
弟を、中也を本当に愛している、そんな暖かな声。
ヴェルレェヌ「強さの責任もすべて果たした。次に責任を果たすのは奴らだ。責任を取らせろ。それで漸く釣り合いが取れる」
中也「はは…そりゃ責任を取らせてェよ。」
乾いた笑い声が辺りに響く。
自分に向けた、嘲笑が。
中也「奴らを引き裂いてやりてェよ。だが無理だ。俺は此処から出られねぇ。痛みと絶望の中で、桜月と死ぬ」
そう云って抱き寄せられた、その腕は驚く程冷たい。
「…もう、私もいいや…中也と一緒に死ぬよ」
ヴェルレェヌ「…お前を、お前たちを死なせはしない」
ヴェルレェヌは前に来て、中也の杭を引き抜いた。
何時の間にか、此処は現実。
私も又ついて居る腕の枷を見て唖然とする。
そして、それを外すヴェルレェヌにも。
全てのチューブを、有刺鉄線を、電極杭を引き抜いて重力でぐしゃぐしゃに潰した。
「ぇ、な、っ…?」
余計混乱する頭。
何が起こってるのか、理解が追い付かない。
ヴェルレェヌ「作戦、変更だ。お前も連れて行く。死なせない。」
「え、っ」
中也「は、?手前、何企んで、っ」
ヴェルレェヌ「…色々判ったからな。それと、、中也の大切な人だからだ。」
「……っ」
そんな理由、なら、大切な人だからという理由で殺された皆は、何なの。
矛盾してる。
大方、私も一緒に行ったら戦力になる、なんて理由だろう。
私は、そんな矛盾点に気付かないほど莫迦じゃない。
「で、でも」
ヴェルレェヌ「細かい所は後で話す。お前が知りたがっていた情報も掴めた。後は作戦が終わってからだ。」
中也「…作戦?」
ヴェルレェヌは全ての拘束を開放し、傷口を点検してから立ち上がって云った。
ヴェルレェヌ「俺はあの研究者を殺しに行く。最初の予定通りに。だが、お前たちの幸せを滅茶苦茶にした責任を、奴に取らせたいのなら…」
--- 「共に来い」 ---
差し出された手は、何故か私の方にも向いている。
中也「何故…」
「な、んで、」
ヴェルレェヌ「中也に関しては、最初に会った時に云っただろう。___お前を救いたいんだ」
そう云って微笑んだヴェルレェヌの笑顔は、普通の青年の笑み以外の何でもなかった。
「でも、なら私は、?」
ヴェルレェヌ「桜月、すまなかったな。初めて会った時、俺はお前を殺そうとした。中也が弟と呼べるのなら、お前は妹ともなり得る存在なのに。」
「…ぇ、?い、妹、?…で、でも私は貴方の所為で死にかけた、。」
ヴェルレェヌ「…お前の存在については後からちゃんと話す。…それに、お前は生きている。しかも、知りたい情報を持った者の目の前に立って。」
「、っ!」
つまり、それは___
--- ___私の正体。 ---
「怒れ。」
イカレ。
「怒れ。怒れ。」
イカレ。イカレ。
「理不尽な命に。」
コノワタシトイフ、フヒツヨウダッタセイメイニ。
「怒れ、命を弄ぶ研究者に。」
ワタシヲ、ワタシノタイセツナヒトヲ、イノチヲ、ウンメイヲ、メチャクチャニシタモノニ。
「その怒りがお前の人生を取り戻させる。」
ソノイカリガ、ワタシノカチヲミヒダスリユウニナル。
「自分の人生を取り戻せ。」
それとも、
--- 「番号の振られたモルモットの儘で居たいか?」 ---
そんな操り人形の儘で、。
居たい、訳が無い。
私は、中也は、同時に立ち上がった。
同時に、差し出された手を取る。
中也は強い怒りを、
私は深い悲しみを、
心の奥に宿しながら。
--- 「行こう、二人共。Nを殺し、理不尽な世界から、お前たちの魂を取り戻せ」 ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 25
同刻、アダム____
アダムに向けて、弾丸の雨が降り注ぐ。
しかし、特殊材質で出来た彼の体は、滑らかに滑らせて銃弾を後ろへと弾く。
この状況の打開策を必死に考えるも、頭に浮かぶのはやがて銃弾によって粉々になる体だけ。
一人の兵士が銃を構える。
避ける事の出来ない距離。
浮かばぬ打開策。
その三つから連想されるのは___
___詰み
バチッ、と音がして、兵士の体が跳ねる。
電撃の爆ぜる音と共に、苦悶の声をあげながら倒れていく兵士たち。
アダムは、何もしていない。
なら、誰がやったのか。
誰が、味方の居ないこの状況のアダムを助けたのか。
答えは簡単。
アダム「貴方は…ポートマフィアの」
--- 太宰治。 ---
太宰「初めまして捜査官さん。中也と桜月ちゃんは何処だい?」
アダム「中也様達は…」
太宰「時間からしてもう捕らえられた?それとも救出された後かな?」
気絶した兵士を乗り越えながら、アダムの方へと歩いて行く太宰。
太宰「だとしたら面白くないね。拷問された桜月ちゃんの可愛らしい苦痛の表情を見逃した。おまけに泣きわめく中也も。」
アダム「拷問?あのお二人が?」
思考するアダム。
捕らえられた二人の現状。
それから、太宰が何故此処に居るのかも。
太宰「”何故僕が来たか”と君は尋ねる。僕は答える。これも計画の一部だからだ。”計画とは何か”と君は尋ねる。僕は答える。凡てだ。最初から最後まで、このヴェルレェヌ事件は僕の掌の内部の出来事なんだと。”どういうことか”と君は尋ねる。」
アダムのプロセスが限界を訴える。
思考速度の異常な速さを目の前に、アダムは必死で着いて行く事しか出来なかった。
太宰「僕は答える。凡てとは、文字通り凡てだ。ヴェルレェヌの暗殺標的、刑事さん、研究者さんは、僕の渡した情報に基づいて決定されている。つまり暗殺計画の手順は、僕の手順でもある訳だ。桜月ちゃんは予想外だったけれどね。さて君は尋ねる。”何故そんな事をしたのか”と。」
アダムは考える。
たどり着いた結論は一つ。
彼の次の返答次第では、もう一度戦闘がこの場所で始まるという事。
しかし、次の言葉はアダムの予想をはるかに上回っていた。
太宰「《《時間を稼ぐため》》だ。ヴェルレェヌが最大の暗殺標的に至る前にね。彼の最後の標的は結局、ポートマフィア首領、森鴎外。本来は一番に来るはずだったけど、僕が情報操作して一番最後にさせた。稼いだ時間のお陰で、もうすぐ奴を逆暗殺する準備が整う。けどその前に最後の仕上げだ。」
太宰「中也は、それから桜月ちゃんは、このままだとNを殺す。そして人間ではなくなってしまう。けど僕は人間として中也が苦しむのを見たい。それに、桜月ちゃんも…人間である彼女が、___
…だから、二人を止めよう。」
「???」
本当に善いんですか?
これを読めば、話はガラリと転換点を迎える。
全く違った未来が見えてくる。
これを読まずとも少しずつは見えてくる未来。
それを、早く知りたいのなら。
真実の、過去の一部を覗き見たいのなら。
どうぞ、下へと____
後悔は無き様に______?
「_____番、出ろ。」
うつろの頭で、なにを考えるもなく指示にしたがう。
ふらりふらりと何時ものように、あの痛い機械にすわる。
わたしはこれがきらいだけど、わがまま言ったらもっと怒られる。
だからなにも云わない。
いつもみたいにそうちを取り付けられる。
いつもみたいに痛いのを我慢する。
すっごく痛いけど、声もできるだけがまんしなきゃダメ。
やっと終わって、じぶんの部屋にもどる。
ベッドと窓だけのかんたんなつくりの部屋。
ごはんは今日はないかな。
じゃあ明日はあるからいっか。
これがふつうだし、毎日だもん。
なのに、急に追い出された。
初めて見る外はまるで危険ばかりで。
それでも必死に生きてた。
ときどき、私においしい物をくれる人がいる。
今日も、初めて会ったけどくれた人がいた。
すっごくいいにおい。
思いきり口を開けて、頬張ってみる。
においだけじゃなくて、味もめちゃくちゃおいしい。
でも、なんだか眠くなってきた…
あぁ、明日もあの人に会いたい____
私の記憶は此処で途絶えてる。
---
???
「こんな所に、小さな赤ちゃんが…?」
「鏡花もいるし、あまり関わりを持ちすぎるのも良くないけど…」
「見殺しになんてできる訳がないわ、!」
そのまま、冷たい小さな体を抱えて家まで走った。
でも、もう手遅れだと心のどこかでは分かっていた。
「うぅ、あ、」
「鏡花、!近づいちゃ___」
「あ、ぅ」
「うぁ、?」
鏡花の手が、その子の手に触れた。
その子が、同じ色の、同じ瞳を開いた。
「これも、何かの運命かもしれない…」
「そうね、!」
大きくなるにつれて、二人は面白いほど似た双子になっていた。
妹が本当は同じ血筋ではないなど、誰が思うものか。
ただ、一つ問題があった。
妹__、が、異能を持っている事。
それも、危険な強力さを秘めているもの。
必死に匿って、政府の目を逃れていた。
しかし、何事にも限界があると言うもの。
---
???「~~、~~~。」
母「何を言っていらっしゃるのか、よく分かりません。」
父「娘には、其々のしたい事をさせます。将来を奪う事は、断じてしません。」
猟犬「ですが、彼女には素晴らしい異能があります。
真坂、本人に伝えていないとでも?」
母「其の通りですが、何か問題でも?」
猟犬「知らず知らずの内に自覚なしで、という事ですか。なら尚更都合がいい。」
--- 「泉桜月は、16歳になったら猟犬に入って貰います。」 ---
父「断る」
猟犬「しかし、無条件で、とは云いません。あなた方の現職を停止します。
諜報員としての記録も消し、
今後の生活に全くの支障を出さないようにもしましょう。
絶対的な安全も保障いたします。
さて、如何です?彼女の16歳からの人生と、それまでの生活。
何方を賭けますか?」
母「...こちらからの条件があります。」
猟犬「何でしょうか。」
母/父「娘達を、絶対に傷付けたり、
ましてや死なせたりなど、
しないと誓ってください。」
猟犬「___彼女らが犯罪でも犯さない限り、手を出さないとしましょう。」
---
そのまま、取引内容を、そして彼女の真実を、本人に知らせることなく月日は流れて行った。
今日は仕事を早く終え、疾く家に帰る日だった。
ごく普通の日常の、幸せの日になる予定だった。
とある侵入者。
特徴的な異能。
斬った人物の血が体内に入り、体を操られると云う物。
父親が先に倒れ、母親が娘を護る為に彼を斬った。
そして、自分の事も。
夜叉を、完全譲渡する事なく___
__そして、奇獣も彼女の異能だと、そう信じられていた。
完全なる真実を知るのは、ごくごく僅かな政府機関の一部、超越的な推理力、能力がある物のみとなった。
真実、とは、彼女の異能の一つが本当は人為的に齎されたものだ、という事。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 26
鳴り響く警備警報。
アダムは白瀬を備品収納庫に押し込んだ。
辺りを見回すと、先ほどとは全く別の場所のようで、そう、___
喩えるなら、怪物の腹の中の様だ。
周りの騒々しい動きや声、音を聴覚から選択排除しつつ、アダムは作業を続ける。
研究所内に侵入者。
所内情報部員は所定の資料を処分し速やかに退去。
作戦部員は甲種装備で配置に着け。
これは訓練ではない。
--- ーこれは訓練ではないー ---
押し込めた倉庫の扉を閉め、電子錠をかける。
「ここのロックを時間変動型暗号鍵に変えておきました。これで白瀬さんは暫く安全でしょう」
太宰「ご苦労様。次は桜月ちゃん。それと中也だ」
そのまま白瀬など如何だっていいという風に歩き出した太宰。
「お待ちください太宰さん」
その背中に声を掛けたアダム。
「貴方は先程中也様を、桜月さんを、”人間として”と言いました。お二人が人間か否か、ご存じなのですか?」
アダムには、彼なら答えを知っているのではないか、という奇妙な期待があった。
根拠はない。が、そんな気がした。
太宰「知らない」
存外にもあっさりと云った。
然しその目には、何らかの深い思索を反映した色が写っていた。
太宰「Nもヴェルレェヌも、中也は人間では無いという。でも僕はそうとも限らないと思う。この手帳、」
--- 「”ランボオの日記”」 ---
「を読んだからね」
そう云って、太宰は懐から古い川想定の手帳を取り出した。
ランボオの手記。
アダムは素早く|走査《スキャン》する。
実在するという確証すらなかった、超国家機密。
発見されたという情報はない。
「一体それをどうやって手に入れたのです?」
太宰「聞き出そうと頑張ってみても良いけど、どうせ僕は嘘しか言わないよ。僕は嘘吐きだからね。」
謎めいた笑みを浮かべながらそう言っている太宰。嘘発見センサに掛けるも、反応もない。
彼の|生命信号《バイタル》は眠っている人間と変わらない。
この状況なのにあまりに出力値が普通で、それが異常。
一つの疑問がアダムに湧き上がる。
一体、この少年は何者なのか?
太宰「此処でお茶会を開いて歓談している時間は無いね。先に桜月ちゃんと中也を捜さないと」
首の後ろを掻きながらぼんやりと云う。
「どうやって捜せば?」
太宰「中也を捜すのは簡単だ。あぁ、桜月ちゃんなら僕は|追跡機《GPS》を持っているからね。」
何もかも見透かしたような笑みを浮かべながら太宰は云う。
--- 「中也なら、一番でかい騒ぎが聞こえる方に行けば居る」 ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 27
爆音が当たりにとどろき、
壁は粉々になって次々に飛散していく。
瓦礫と土煙を縫うように、私達は…私と中也は、銃弾の様に駆けていた。
空気を切り裂くような衝撃が、贈れて土煙を吹き飛ばす。
そして私の視界の先には、施設の警備部隊。
銃で武装し、体制を整えようとしている。
ざっと部下は250人ってとこかな。
此処に居るのは八人程だけ。
でも、
この人たちの下で動く人数は大多数だと思う。
「「作戦部・柘榴突撃舞台は東通路を警戒!蕨生工兵小隊は西通路を爆破して塞げ!情報部が逃げる時間を稼ぐ!行動開___」」
言い終える間も無く中也が蹴りを入れた。
そしてその間に私は部下を全員気絶させていく。
「…四季、桜。奇獣、四神。」
八人程の兵士は一斉に銃を構えた。
この施設の中でも、選り抜きの兵士たち。
唯の警備とは練度が全く違う。
全てにおいてが上位一握りの軍人でなくては、この八人の中には入れない。
それでも、
彼らが得意なのは人間との戦い。
私の操る獣達、それから咲夜……神を相手にする闘いなら、話は全く変わってくる。
「「これ以上進ませるな!この先は|緊急避難室《パニックルーム》だ!!上位情報部員の避難が完了するまで、此処を死守せよ!」」
弾丸を私に向けた一人の兵士に、中也が低空で体当たり。
風の吹いた木の葉かのように、軽く飛んで行った兵士。
その腹を蹴って、反動で前の兵士に蹴りを浴びせる。
十秒足らずで、私達によって、廊下には沈黙が齎された。
それを気にも留めず、前へと進んでいく。
扉に手を掛けた。
隣では中也がグッと押している。
…開かない。
「__白虎、それから…狼、扉を押すのを手伝って」
勢いが十倍二十倍にもなる。
…開かない。
見ると、電子施錠されていた。
中也は高重力を掛けて施錠機構を破壊しようとしている。
でも、毒の影響か、異能の出力が上がらない。
_私も、
皆の反応が鈍い。
…此の儘だと不味い。
ヴェルレェヌ「集中しろ」
何時の間にか現れた私の兄(彼曰く)は、壁に凭れて云った。
ヴェルレェヌ「毒に冒されているからなんだ?お前はこの世の終わりの怪物だろう。異能を己の物としろ。この先に居る邪悪な男を引きちぎりたいのなら」
中也「判って……るよ………!」
「わ、私は、」
ヴェルレェヌ「…無理はするな。だが、桜月は己を弱視し過ぎだ。少しは過信してやってみろ」
「……うん、!」
、なんだろう。
上に、アドバイスがもらえることが、
頼れる人が上に居てくれることが、
この上なく嬉しい。
嬉しさを能力へと還元していく。
異能の出力が増えて行く。
「ぐぬぬ、っっ」
歯を食いしばりながら押しても、戸はびくともしない。
ヴェルレェヌ「集中しろ。意志の力で、怪物を服従させろ。でなければ死ぬぞ」
空間が真横で歪んでいる。
中也の衣服がふわりと浮いている。
「…言う事を、っ聞いて!」
力を籠め過ぎて変色している掌。
ダムが決壊するように、力が一気に溢れた。
隣を見ると、中也の拳にも異能光が集中している。
猛烈な音を立てて、それは開いた。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 28
何処だ、此処は?
白瀬が目覚めた。
そして、初めに思った事。
…何も見えない。
両手両足を何とか伸ばせるほどの広さ。
そこは武器備品保管庫だった。
「桜月?中也?アダム?」
…返事はない。勿論。
外からは、慌しく動く人の気配や警報が聞こえてくる。
如何やら、施設で何かが起こったらしい。
そうだ、施設。
思い出した。そうだ。
軍の機密地下施設に連れて来られ、
地下へと降りて行って、、、
突然息が苦しくなって、
気を失ったんだ。
何処か遠くから聞こえてくる銃声。
自分は今一人で此処に居る。閉じ込められている。
--- 置いて行かれた ---
--- 見捨てられたんだ ---
「クソ!おい!桜月!中也!アダム!どこ行った!?ここから出せ!!」
力任せに蹴ると、簡単に開いたドア。
そう簡単に開くとは思っておらず、慌てて自分で閉める。
しかし、再び細く開いた。
人影のないのを確認して、中から白瀬は転がり出て来た。
あぁそうだ。
毒にやられた僕を、足手纏いだと思って置いて行きやがったんだ。
…桜月がそんな事するか?
いや、何で其処でアイツが出てくる?
頭壊れたのか?
…取り敢えず置いておこう。
幸運な事に、すぐそこに白衣が置いている。
研究員用のそれを着ていればすぐにでも脱出できるだろう。
、…中也は?
アダムは?
、、、桜月は?
知らない。
彼奴を助ける義務なんて僕には無い。
ないはずだ。
僕は知らない。
---
「資料は全て破棄だ!八番避難路を除く電源をお凡て落として時間を稼げ!」
Nは叫んでいる。
|緊急避難室《パニックルーム》で。
通信用の危機に向かって、各部門に指示を出している。
同時に手元では、長い鎖の束を電源に繋ぎ、入り口に向けて運んでいた。
「作戦部指令室には、可能な限り時間を稼ぐ遅滞戦闘を行うよう通達!それから中央の准将に連絡を__」
あ
何かの破砕音。
--- 「もうその人倒したよ?」 ---
広いとは言えない部屋に、澄んだ声は木霊した。
あれ程の騒ぎ声が、一瞬静まり返った。
「息子から逃げるたぁ大した親父だぜ」
其処に立っているのは、居る筈のない二人。
居てはならない。
来させてはならない。
二人が来た時、それは____
____Nが死を覚悟しなければならないとき。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 29
「息子から逃げるたぁ大した親父だぜ」
粉砕した入り口には小柄な少年__中也と、
華奢な幼い少女__桜月が立っている。
全身から怒りを迸らせた少年と、怪我一つない笑顔の少女。
「ひ………!」
少女の怪我は…治癒能力か。
持っていた杭を取り落としたN。
---
怯えてるNは、凄く歪んだ顔をしている。
「何準備してたんだ?」
「死ぬ準備かなーっ…」
「ま、待て!仕方がなかったんだ!凡て仕事でやった事だ!私情で君を苦しめたいと思ったことは一度もない!」
「そうかよ。だとしたら気の毒だな。」
「しょーがないかな、なんてなる訳ないでしょ?」
少しずつ迫っていく私達と逆に、震える脚で後退していくN。
入り口で腕組みをしながら状況を見守っているヴェルレェヌ。
「、あれ、?」
私は落ちている杭を手に取った。
鎖と繋がっている、見覚えのあるものを。
「…ねぇ中也、こんなのが落ちてたよーっ!これでさっきの言葉、嘘だって証拠裏付けられたよ?」
「へぇ、もう一度此奴で桜月の事ぶっ刺そうってか?ア?」
「ひ、ひぃっ…」
「正直、俺も結構痛かったぜ。得難い経験だった。俺より幼い桜月には、どれだけの苦痛だったか計り知れねぇよ。あれの百分の一でも、あんたに味わってもらえたらと思うよ」
鎖を眺めながら中也が云った。
私も中也も鎖を見ている、一瞬の隙を突いてNが駆けだした。
鋭い声で私は声を上げ、かけた。
でも、その必要はなかった。
さっきまで中也の手の中に在った杭が、Nの服を貫通し、壁に刺さっていたから。
「逃げんじゃねぇよ」
「奇獣、朱雀」
「ん、、次逃げたら、好きにしていいよ」
嬉しそうに鳴き声を上げた朱雀は、私の肩に止まっている。
中也は残り一本の杭の、狙いを定めている。
「ま、待て……君たちがしようとしていることは間違いだ……」
ヴェルレェヌ「耳を貸すな」
入り口から聞こえて来たお兄ちゃん?の声に、嬉しくなってしまう自分がいる。
「こういう奴は生き残るためなら何でも嘘を吐く。俺の時も、全く同じだった。一から百迄な。」
眼を鋭く細めた中也。
あぁ、|コイツ《N》は何処までも…
悪魔なんだ。
細めた中也の瞳に灯るのは、|紅玉《ルビー》のように赤く、透明で、美しく輝く殺意だった。
微笑む桜月の目に輝くのは、|藍玉《アクアマリン》のように柔く、穏かで、優しい、
一部分だけ桜が灯った様に薄桃の色に見えた憐み。
桜月って、よく見ると綺麗な目、してんだよな、。
「ま…待て!本当に仕事だった。それだけなんだ!」
「あぁ。仕事だったんだ。」
「仕事だったから、私の、大切な人の魂を弄んだ。」
「仕事だったから、もう一人の俺を閉じ込めて殺した。」
「はっきり云う。仕事の為だからって何でもする貴方が、誰よりも醜いっ、っ!!」
「なら、仕事の為に死ね」
中也の鎖に重力が籠る。先端の杭が浮き上がる。
桜月の周りに動物がふわりと現れる。
Nの方を向いて威嚇している。
Nに見える結末は一つ。
詰み、________
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 30
アダムと太宰は、速足で廊下を歩いていた。
「…中也が人間である証拠は何処にも無い。けど、人間では無いという証拠もない。」
「ヴェルレェヌは中也を盗み出しただけの、謂わば部外者だ」
「中也の正体が人造人間だと、直接その目で確認した訳ではない。」
「それとNに関していえば、彼が嘘を吐いて居る可能性がある。」
「嘘を吐く理由は?」
「さぁね。でも一流の嘘吐きは嘘を吐く理由すら嘘で隠す。あの男からは一流の嘘吐きの匂いがする。違うかい?」
太宰が微笑む。
そのほほえみには、冷たい愉悦が漂っている。
アダムは改めて、太宰の言葉に、中也にNを殺させてはならないと据えている。
早く、中也を、桜月を、見つけて止めねば。
---
「一瞬で楽にしてやるぜ」
「本当は苦しめて苦しめて殺してあげたかったけど」
獣が唸り声をあげる。
悲鳴を上げるN。
中也が抑えている鎖は、今にもNに向かって飛び掛っていきそうな勢い。
「やってやれ、二人共」
「桜月、獣神の怒りを思い知らせてやれ。お前にはその力がある。全員を解放しろ。そうすれば__」
「うん、…」
「中也、それだけの重力を開放すれば、貫通どころか体ごと爆散するだろう。そうだろう、研究者さん?」
「待つんだ中也君!君たちは必ず明日、このことを後悔するぞ!」
「明日なんて知ったこっちゃないぜ」
「明日なんて嫌いだから、どうでもいい!」
殺意にすぼまる中也の目。
「いつもやりたいようにやってきた。守りたい奴を守り、気に入らない奴をぶっ飛ばしてきた。」
--- 「中也は、今日も同じように潰すだけだよ」 ---
「よせ、待て!!」
---
「あった、|緊急避難室《パニックルーム》だ!」
警備員が全員斃れている部屋を見た瞬間、太宰が叫んだ。
「お先に失礼します!」
アダムは瞬時に解除番号を検索、|解錠《アンロック》した。
「「中也様!桜月さん!殺してはいけません!!」」
自動扉が開いている途中でもこじ開け、駆け込んだアダム。
そして目を見開いた。
--- 《《部屋は無人だった。》》 ---
誰も居らず、埃の積もった|緊急避難室《パニックルーム》。
おそらくもう何年も使われていないだろう。
此処では無かった。
二人は別の避難室に居る。
もう___間に合わない。
---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 31
「明日なんて知ったこっちゃないぜ」
「明日なんて嫌いだから、どうでもいい!」
殺意にすぼまる中也の目。
「いつもやりたいようにやってきた。守りたい奴を守り、気に入らない奴をぶっ飛ばしてきた。」
--- 「中也は、今日も同じように潰すだけだよ」 ---
「よせ、待て!!」
Nが手を掲げて叫ぶ。
無表情で彼を見た。
何も思わない。
中也が鎖を緩めると同時に、私は呟いた。
「皆、《《彼》》を斃して」
中也の放った杭と、奇獣たちが一体となって、
真っすぐ、
《《彼》》の元へと突き刺さった。
嚙み、引っ搔き、刺し、突き、
真っすぐ、正確に…
《《ヴェルレェヌ》》を攻撃していた。
「がっ………な…………?」
苦しい。
あの人が苦しんでいるのを見るのが。
なんで。
なんで。
なんで。
なんで。
Nからヴェルレェヌへと向き直って、見た。
中也は上半身だけを捻ってヴェルレェヌの方を向いていた。
中也「…桜月、よく俺のサインに気付いて……桜月?」
「ぇ、あ、…」
ヴェルレェヌ「…何故、涙を零しそうになっている?」
中也「…調子の良い事云ってんじゃねぇよ、ヴェルレェヌ。確かにこの研究者は酷ぇ事しやがった。だがな、ピアノマンたちを殺したのは、…桜月を殺そうとしたのは手前だろうが」
「私が扶けた命まで、丁寧に抉り取って行って。なのに、私の事妹とか云って。もう、地獄を見せられたり、希望を貰ったり、何なのか分かんない…っ」
すると中也は、自分の胸を叩いて云った。
中也「命がな、此処で燃えてんだよ。彼奴等の命が___それが鎮まるまで、やりたいことをやるなんてあり得ねぇ。やるべきことをやる。それが俺だ。」
「…やるべきこと、それは、皆の仇を討つことだと思うから」
ヴェルレェヌ「中也……貴様…………!…桜月、こっちに来い」
「へ、?」
杭を引き抜こうとしたヴェルレェヌ。
でも中也が其れより早く動いた。
電極の、鎖のレバーを降ろす。
ヴェルレェヌ「ぐああぁぁっ!?」
中也「桜月、んな奴の言葉なんかに耳を貸すな。今は俺と、それから戦う相手であるヴェルレェヌを見てろ」
「、うん、!」
ヴェルレェヌ「…それが答えか、」
小さく呟いたその声は、聞き取れなかった。
「ぇ、?」
ヴェルレェヌ「やるべき事?」
電流に痙攣しながらも、鎖を掴んで引き抜く。
ヴェルレェヌ「何故解らない!やるべきことなど無い!生きたいように生き、壊したいように壊せ!何故なら我らがやるべきだったことは一つ、生まれない事だったからだ!」
少しずつ、抜けて行く鎖。
中也「五月蠅ぇ。アンタはそうかも知れねぇ。だが俺にまでそれを押し付けんな。俺は___
そんな風には思わねぇよ」
「だって、中也と出会えて幸せだったから」
脳裏に浮かぶのは、今まで出会った人たち。
お姉ちゃん。
お母さん、お父さん。
太宰さんに中也。
広津さん。
マフィアの人たち。
白瀬に柚杏。羊の子達。
あんまり知らないけど。
それから、
ピアノマンにリップマン、
アルバトロスにアイスマン。
中也。
「そもそもからしてお兄ちゃん、間違えてるよ。」
「そもそもからして手前、間違えてるぜ。」
「”生まれた事が間違い”?私がそんな、何処かの自殺趣味と同じ事、考える訳がない!」
「”生まれた事が間違い”?俺がそんな、あのクソ太宰と同じみてぇな事、考える訳ねェだろうが!」
…吃驚するぐらい中也とハモった。
ヴェルレェヌが鎖を引き抜き投げ捨てた、
その瞬間に、中也と私は同時に前に跳んでいた。
「桜月ィイッ!!」
「中也あぁっ!!」
「ヴェルレエエェヌッ!」
ぶつかった瞬間、室内に黒い閃光がはじけ飛んだ。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 32
アダムと太宰は、何とかして二人の居場所を掴もうとしていた。
「施設の自動破棄システムが進行中。設備の68%が|機能停止《ブラックアウト》。残りのシャットダウン前に、中也様たちのいる場所を割り出します。」
二人を見失った太宰達に残された手は、一つ。
警備システムを使い、戦闘が行われている場所を割り出す。
しかし難航している。
流石に国家機密の中でもの重要情報を守るセキュリティ。
厳しいのはもとより分かり切っていた事。
太宰「先ず燃料配給システムから掌握すると良い。」
太宰「此処の研究施設は最終的に、証拠隠滅の為に全部燃やされる。所員全員避難してから、施設ごとね。だからその為の燃料配給システムは、最後まで残っているはずだ。其処を足掛かりに施設全体を押さえろ。」
アダム「そう致します」
燃料配給システムは、他に比べると簡単に掴むことができた。
掌握プロセッサに命令を掛け、さらに制圧範囲を広げていく。
アダム「大丈夫なのでしょうか」
システムと戦いながらアダムは云った。
太宰「なにが?」
アダム「ヴェルレェヌです。中也様達を発見できたとして、その先には彼との闘いが待っています。我々は奴に勝てるのでしょうか。」
太宰は、さてね、と興味なさげに云った。
太宰「勿論勝つ方法は考えるけど、別に勝てなくても死ぬだけだよ。ヴェルレェヌに関して、慥かに云えることは一つ。」
太宰は両手を降ろし、機械よりも機械らしい目でアダムを見た。
太宰「単純な肉弾戦でヴェルレェヌに勝てる人間はこの世にいない」
---
狭い室内で嵐が暴れている。
蹴りや拳が炸裂し、太陽のような光が浮かんでは消える。
…重力の争いに、私は入れない。
あくまで、私が操るものは重力の上で成り立っている者ばかりだから。
_ホントにそうかしら?
揶揄うような声が、頭の中で響いた。
この声、!
咲夜、?
_…結局その呼び方になったの。……まぁいいわ。それより、私が何の神なのか、話をしてなかったからこうして戻って来たのだけれど…
…今私は防御で忙しいの!
何の攻撃出しても防がれる。
五月雨は効いたけど。
水には如何しても弱いらしい。
重力と水は相性が悪いのかな。
それに、四季じゃないの⁉操ってるよね?
_単刀直入に云う。私は炎と花の神。姉は火の神ね。
…炎と、花?
つまり、四季はこの二つの一部でしかない、って事?
頷いた。
Yesと云うことだと思う。
今まで使っていたのは、四季の異能の極僅か、、
_どう使うかは自分で決めて。私の主は、
--- 貴女なのだから_ ---
中也「桜月っ!?」
ヴェルレェヌ「漸く、か」
「これ、って」
「私自身が、炎になってる、?」
指先や、髪の先とかは、花びらが形づくってる、
火がそのまま、私の形を作ってる感じ、?
でも、ヴェルレェヌは既に知ってたみたい。…
なんで、?
わかんない、。
ヴェルレェヌ「元居た研究所で風の噂を耳にした。神を降ろして四季を司る能力が存在すると。その異能は数百年に一度神によって選ばれた者に着く、とも。そして、その神が司るのが…」
中也「今の桜月の…炎、と花、か?」
闘いながら会話をしている二人だけど、私の変わりように驚いてる。
しょうがない。
わたしも驚いた。
でもね、
「炎は重力には操られない!」
ヴェルレェヌ「ぐ、……っ」
押しつぶされようと、床を伝って燃え広がっていく。
水でかき消されようと、神様の火は消えない。
ボロボロな二人共。
傷だらけの壁に窓。
オマケに中也は壁を貫通して別の部屋まで吹き飛ばされている。
吐血してる。
不死鳥で、早く治さなきゃ、
ヴェルレェヌ「…何故解らない、中也、桜月。俺たちが争う意味など無い筈だ」
そのまま一瞬でNの所へと飛び、逃がさないと告げる。
頸を掴み、持ち上げる。
私は元の姿に戻って駆け寄った。
「待ってっ!」
ヴェルレェヌ「…何故だ」
「その人を殺さないで!」
ヴェルレェヌ「何故?此奴はお前を殺そうとした」
「…お兄ちゃんもでしょ」
お兄ちゃん、そう呼んだ瞬間、ヴェルレェヌの顔が変わった。
敵を見る冷たい目から、
家族を見る温かい目に。
ヴェルレェヌ「判った。妹の願いならば仕方ない。殺しはしない。少しの話だけをするから、あっちに行っててくれ」
「うん!」
…こうでもしなかったら、Nの情報は途絶えてた。
だめ。
それだけは駄目。
だから、
これでいいの、。
ヴェルレェヌ「…さっきなんて言った?桜月が来る前、お前は」
N「私は、『私が死ねば、君自身の秘密も失われる』そう云った。」
ヴェルレェヌ「……何?」
N「嘘ではない。凡て失われる。何もかも。君が知りたがってる、あの『優しき森の秘密』も」
桜月に殺すなとまた止めに入られないよう、降ろして見下ろした。
そして、云った。
ヴェルレェヌ「俺を出し抜く心算なら、気を付けることだ。」
ヴェルレェヌの声は、地獄の底から聞こえて来るかのように低い。
ヴェルレェヌ「一言でも嘘を感じたら、生きたまま骨を一本ずつ引きはがす」
「ねぇ、中也、不死鳥」
「手前、何個異能持ってんだよ…ハッ」
治ってく傷を見て、乾いたように笑う中也。
「…私も吃驚した。でも、全部、四季っていう異能は咲夜が遣う権能を一纏めにした呼称で、実際は咲夜っていう一つの異能なんだと思う」
「成程、な。」
炎と花だけで作られた桜月は、
まるでそれこそ神の様で、
凄く、綺麗だった。
それでいて、花が舞う可愛いというか、彼奴らしい雰囲気も残ってて、
俺は、
安心したんだ、。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 33
18あるポートのうち12に侵入。
第二、第三演算コアを支配下に置きそれらの演算能力を利用して第四、第五コアに攻撃を仕掛ける。
順調。
これなら数分で中也たちを捜索するための警備システムを入手できる。
そう云って一安心するアダム。
だが、問題はその後。
「肉弾戦でヴェルレェヌに勝てる人間は存在しない…」
先程の太宰の言葉を反芻する。
「となると、ヴェルレェヌに勝つ手段は存在しない、という事ですか?」
「其処だよ」
凡て見通しているような目をして云った。
「それを知るために時間を稼いだんだ」
そう云って、胸元から手帳を取り出した。
先程もアダムは見た革製の手帳___
《ランボオの手記》。
「奴には重力の異能に加えて、諜報員としての技術がある。反則的な強さだ。弱点なんてないに等しい。けれど__恐れる物ならある」
「恐れるもの?」
「自分自身さ」
太宰は謎めいた笑みを浮かべた。
「中也にとっての荒覇吐がそうであるように、彼にとっても”己の中の特異点”は手に余る存在だ。暴走すれば、周囲ごと自分を消し飛ばすことになる。擂鉢街の悪夢再び、だ」
知識ストレージを検索するアダム。
擂鉢街の悪夢。
そして、おそらく9年前の爆発事件の事だろうと推測した。
直径二|粁《キロ》という巨大な|窪地《クレーター》だけを残して何もかも消滅させた事件。
特異点の中の真の暴威。
この世ならざる者の顕現。
あれを起こす怪物が、ヴェルレェヌの中にも眠っている___
---
ヴェルレェヌ「『優しき森の秘密』」
ヴェルレェヌの声には、かさついて乾いた怒りがある。
ヴェルレェヌ「なぜ貴様が其れを知っている」
N「人造異能者、ポール・ヴェルレェヌ君」
問いをはぐらかすように、Nは優しく云う。
N「君の中には暗黒の主が眠っている。もう一匹の荒覇吐。研究機関で生まれた荒覇吐とは違って、君の中の悪魔はたった一人の異能者が組み上げた。そして君は、その創造主を殺した。自らの手で。だから自らに眠る怪物について、永遠に知ることができなくなってしまった。君は《《それ》》の顕現を恐れている」
ヴェルレェヌ「それが何だ」
苛立った声で尋ねる。
ヴェルレェヌ「お前が俺の中にある物を知っているというのか」
N「どうかな?だが知っているとしたら、私しかいない」
喋りながら、Nは右手をゆっくり動かす。
ヴェルレェヌの腕に隠れ、死角になっている腕を。
|蝸牛《カタツムリ》の様に慎重な動きで、指先を自分のポケットに近づけていく。
N「私達が荒覇吐を創り出せたのは、軍の特務機関が、独国の諜報筋を経由して君に関する資料を入手してくれたからだ。其の資料を読んだ時、悪寒がしたよ。君を作った人間は悪魔だ。あんな発送、真面な人間に出来る事ではない。」
Nの指がポケットの中の操作盤を握り締める。
黒い円筒型水槽の前で、中也に渡したあの遠隔操作盤だ。
N「私にできる邪悪は、せいぜいこのくらいだ」
釦を押す。
天井が破砕された。
ヴェルレェヌの頭上の天井が衝撃と共に砕け、瓦礫と共に降り注いだ。
其処に含まれるのは瓦礫だけではなかった。
青黒い液体。
ヴェルレェヌは素早く両手を掲げて重力を発動、瓦礫を防いだ。
だが何かが瓦礫と液体の間から降ってきた。
--- 《《ヴェルレェヌが蹴り飛ばされた》》 ---
水平に弾き飛ばされて奥の壁に激突。
その顔には痛みと同時に驚きが浮かぶ。
重力のガードを貫通してヴェルレェヌを弾き飛ばせるものなど存在しないからだ。
N「私の切り札が、ちんけな通電鎖だけだと思ったかね?」
Nが笑う。
その横に、襲撃の主が降り立つ。
それは白骨だった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 34
無数のチューブをぶら下げている。
纏っているのは実験用の合成樹脂外衣だけ。
先程中也の腕の中で息絶え、肉体が解け骨だけが残った人間。
中也のオリジナルだ。
その正体を理解した瞬間、ヴェルレェヌの顔が憤怒に染まった。
「貴様…!」
「欧州の物真似ではない、これは我々の独自技術だ。破壊の指示式を味わってくれたまえ」
白骨が跳んだ。
風を切る音を響かせながら。
ヴェルレェヌは両肩を掴んで白骨を止める。
殺しきれなかった勢いに、ヴェルレェヌの踵が床板を割る。
二者の重力が拮抗し、部屋の中央で小さな重力渦が発生した。止められても尚、白骨はヴェルレェヌに食らいつこうと口を広げる。筋肉を持たない顎が、カタカタと小刻みに鳴る。
「苦しんでいるのか」
ヴェルレェヌの目が細められる。
その声には感情のかすかな震えがある。
「済まない…だが、お前が生存していい場所はもうこの世にない」
ヴェルレェヌが異能の出力を上げた。
白骨が軋みを立てて膝をつき、床に押し付けられる。
「地上へ連れて帰る。星の見える場所で眠らせてやる。だが、今は大人しく待て」
そのまま、重力の流れを一方向に集め、吹き飛ばす。
白骨は鉄骨と瓦礫を纏いながら壁に衝突し、何個目かで突き刺さって停止した。
ヴェルレェヌは立ち尽くした。
目には、無数の感情が作り出す翳りがある。
歯を食いしばり、手近な机の天板を力任せに殴った。破壊の余波で元々歪んでいた机がひしゃげ、くの字に折れ曲がった。
部屋を見回しても、Nの姿は既にない。
緊急避難用昇降機で逃げた。
ヴェルレェヌは部屋の奥へと歩いていき、昇降機の扉をこじ開けた。すでに昇降用のかごはない。
そのまま表情を変えることなく、垂れ下がった巻き上げ銅線を引っ張った。
忽ち頭上で金切り音と、幾つもの鉄材が折れる音が響く。
落下してきた籠を片手で受け止め、中からNを引きずり出す。
「貴様は殺す」
ヴェルレェヌの目に怒りの炎はない。
唯に得た汚泥を零したような、どす黒い憎悪だけが浮かんでいる。
「だが殺し屋の流儀では殺さない。俺がかつてした事のない殺し方で__痛みと公開、死を願う絶望の中で殺す。己のしたことを悔やむ時間を与えた上でな」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 35
中也の治療を終える。
急に力が抜けた。
能力の使いすぎだろうか。
新しい事に目覚めたせいだろうか。
ふらりと斃れると、そのまま体のあちらこちらが痛み出した。
治したはずの傷口が、痛い。
そりゃそうだ。
私は、|外科医《ドク》みたいな優秀な医者ではないんだから。
だって、
彼はもういない。
彼だけじゃない。
私の大好きだった人達は、みんな殺された。
それでも、
「ッ立ち止まる訳には、行かないの、……」
両手両足に力を込めて、何とか立ち上がる。
その直後、予期していなかった衝撃が走った。
中也も、驚いた顔をして此方を見ている。
立っているのは、白骨だった。
見覚えのある白骨。
重力で如何にか形を保っている、青白い骨。
斃れた私に、白骨が馬乗りになる。
、押し潰そうとしてるの、!?
「う、っ…」
「お前っ…!」
対抗して中也も重力の出力を上げた。
けれど、私の上から骨が退くことはない。
「もう一度、炎を…!」
でも、
燃えたらもう、
何も残らないよ?
「っ!」
駄目だ。
私には、この人を燃やせない、。
直したはずの傷が痛む。
じくじくと、しつこいほど痛む。
中也、もう辞めて。
それ以上無理をしたら、中也が死んじゃう。
---
おいおい。
おいおいおい。
何だあれ?
白骨?
嘘だろ。
白瀬は自分の目を擦った。
幻ではない。
周囲の風景が歪んでいる。
重力場の異常によって、周囲の砂礫が空中に浮きあがっている。
怯えのあまり、白瀬は抱えている衣装袋を落としそうになった。
衣装袋とは言っても、中身は宝石だ。
金目になるものを、警備員の居ない研究所から火事場泥棒しようとしている。
白瀬はきょろきょろと周囲を見回す。
中也と桜月と骨の他に人影はない。
如何やら相争っているらしいい。
中也と桜月の苦しそうな顔が、ちらりと見えた。
「中也!桜月!」
反社的に駆けだそうとして、慌てて立ち止まる。
何をしてる?
あんなとこに行ったら死んじまう。
僕は莫迦じゃない。
賢く手堅く立ち回る。
そうやってずっと生き残ってきた。
戦うのは羊の頃から中也の担当。
傷付くのも。
自分達の恐ろしさを敵に刻み付けるのも中也の担当だ。
僕達はそれ以外の担当。
当然だ。
彼奴は強さを持ってる。
その責任を果たすのは当然の事だ。
なら桜月は?
彼奴は姉とたった二人で生きて来た、そう聞いてる。
なら、あいつも強さを持ってるはずだ。
あいつが僕と同い年の少年でも、
あいつが僕より年下の少女でも、
「構うもんか!僕は逃げる!一人ででもな!戦争の兵器が如何とか、異能力の真実が如何とか、そういうのはお前らの方で勝手にやってろ!僕は愉快に生きたいだけなんだ!」
白瀬は荷物を大事そうに抱え、背を向けて一歩一歩歩き出す。
大股で、足に重りがついてでも居るように。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 36
白骨が桜月にかける重みを増す。
俺がこっちに流すのにも限界がある。
骨が軋んでいる。
桜月の能力だと骨___死体には効くものがない。
炎を使うのに、何に迷っているかもわかる。
此奴を憐れんでいる。
悲しんでいる。
だから、燃やしたくない。
「…お前は、俺だ。」
「だとしたら、俺は一体、誰なんだ……?」
限界だ。
もう、力が入らない。
でも、能力を解いたら桜月が___!
その時、誰かが叫んだ。
「うあああぁぁぁっ!!」
誰かが体当たりして、白骨が横向きに飛ばされた。
白骨と人影が、一塊になって床を転がる。
人影の正体には、見覚えがあった。
「白瀬…!?」
---
掛かっていた重力が消えた。
押し返していたのに反動が来て、
思い切り起き上がった。
私を助けた主を見る。
「白瀬、?」
むちゃくちゃに動く白瀬が、ケーブルを一本引っこ抜いた。
数秒、動きを停止する白骨。
中也「白瀬!そいつのケーブルを引っこ抜け!全部!」
訳も分からず両手を振り回していた白瀬だけど、少しの間をおいて指示の意味に気が付いた。
零れた薬液まみれになりながら転げまわって、尻尾の様に引き摺っていたくだとコードを纏めて掴んだ。
手繰り寄せ、一気に引き抜く。
隣の部屋まで続いていたくだの束が、白骨の背骨から一気に引き抜かれた。
白骨が叫んだ。
骨だけの体躯に発声器官はない。
喉を振るわせて叫ぶことは出来ない。
それは重力の残滓、消滅していく異能の力が骨を振るわせて、楽器の様に共鳴して出した音。
魂消える悲鳴の共鳴だった。
でも私には、
少年の、断末魔の泣き声に聞こえた。
矢建て指示式信号と活動力の供給源を失った白骨は、腰を折るように頭ら床に落ち、重力による身体統一力を失ってバラバラに崩れた。
さらに攻撃で受けた皹が全身に広がっていき、無数の白い破片となって崩れ消える。
そうして白骨は消滅した。
_最初から、誰も居なかったように。
私は、白骨が確かに立っていた場所に行った。
足を引き摺り、腕をフラフラと下げながら。
しゃがむと、ちらちらと光る粉が所々に落ちている。
骨の残骸だろうか。
そう思うと、涙が止まらなくなった。
「ぅ、っごめん、ごめんね、っあ、グスッ」
隣では、白瀬と中也がようやく仲間として互いを認め合って、静かに笑みを交わしていた。
よかった。
ちゃんと仲直りしてて。
私はポケットに入っていた小さな巾着に、骨だった粉を集めて入れた。
せめて、これだけでも、
存在を残していたかった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 37
アダムがその部屋に駆け込んだ時、まず最初に考えたのは、
”恐竜でも暴れて行ったのだろうか”
ということだった。
それ位、室内が徹底的に破壊されていた。何もかもが原形を留めず、床は砕かれて波打ち、
壁には二つほどの人間台の穴が開いている。
最早何の部屋だったかも、アダムでさえすぐに判断できなかった。
しかしアダムはそれ以上部屋に注意を向けなかった。
なぜなら、高優先で処理すべき対象が別に居たからだ。
暗殺王ヴェルレェヌ。
彼は部屋の奥に立ち、此方を見ている。
Nの頸を掴み、地面から持ち上げながら。
N「たす…助けて……!」
Nが震える声でアダムに云う。
何処までも都合の良い人物だ。
しかし、アダムは素早く銃を構えた。
アダム「彼を離して下さい」
ヴェルレェヌ「此奴を?」
ヴェルレェヌはそれが意外な提案であるかのような顔をした。
ヴェルレェヌ「君は人間じゃない。だから論理的に考えられるだろう。こんな屑を守る価値が何処に在る?こんな奴の為に、戦って死ぬのか?」
アダム「当機の存在理由は、人間を犯罪から守る事です。」
銃を構え直すことなく、相手に向けたまま言った。
アダム「守る対象の人間が屑かどうかを判断する機能は、当機にはありませんし、欲しいとも思いません」
ヴェルレェヌ「羨ましいな」
皮肉に微笑んで、視線を手元に落とした。
ヴェルレェヌ「心配するな。此奴は殺さないよ。____そうに簡単にはな」
不意にアダムの背後から声。
太宰だ。
太宰「彼を連れて帰って拷問しても、何も聞き出せないよ、ヴェルレェヌさん」
声がした方をヴェルレェヌは見て、意外そうな表情をした。
ヴェルレェヌ「太宰君…」
太宰「やぁ。こんな処で逢うとは奇遇だねぇ」
太宰はまるで自宅近所を散歩して居るかのように軽い足取りでやってきて、アダムの横に並んだ。
ヴェルレェヌ「君が此処に来ているという事は、、そうか。俺を裏切ったな?」
太宰「裏切っただなんて、人聞きが悪いな。僕は最初からこっち側だよ」
ヴェルレェヌ「こっち側?君みたいな人間に、”こっち側”や”あっち側”があるのか?」
太宰は、ふふ、と笑って返した。
貴方と喋るのはやっぱり楽しい、と。
太宰「でもね、僕が桜月ちゃんを傷付けた貴方の味方に着くことはないよ」
太宰とヴェルレェヌ。
二人の超人は、常人には理解できない種類の笑みを浮かべている。
二人が会話をしている間、戦闘評価モジュールを走らせていたアダム。
だが、
勝率はどうやっても0,1%を上回らない。
状況が動くのを待つしかない。
しかし、
状況の変化は思ったよりもずっと早い段階でやって来た。
太宰「あぁ……ヴェルレェヌさん、頭を下げた方が良い」
太宰はそう云い乍ら、頭をひょいッと下げた。
ヴェルレェヌが浮かべたのは怪訝な表情。
次の瞬間、瓦礫が砲弾のように飛んできた。
---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 38
太宰の上を通り抜けて砕けた瓦礫。
ヴェルレェヌが反射的に防禦していたために砕けた瓦礫。
どちらも盛大に飛び散った。
「何やってんだ太宰手前!!」
「何で居るのだざ、じゃなくて治!?しかもアダムと!?」
普通に下の名前で呼べって言われてたの忘れてた。
中也「俺の許可なく視界に入るんじゃねぇ!」
太宰「やぁお二人さん。拷問どうだった?」
「へっ!?知ってたの!?」
太宰「君たちが滅茶苦茶にされる前に助ける案もあったけど、詰まんないから採用しなかった。桜月ちゃんの悲鳴、聞きたかったな~」
中也「手前ェ!!」
「私らの苦しみ、後で味わってねニコニコニコニコ」
太宰「わー、こわいよ桜月ちゃん」
暫くポカンとしていたヴェルレエヌが、得心がいったようにうなずいた。
ヴェルレェヌ「成程。それが君達か」
私達は、並んで立った。
先程迄あった不安はどこかへ吹き飛んで、代わりに何か、言い表せないような安心があった。
ヴェルレェヌ「君達三人でランボオを殺した。そう聞いているが」
太宰「復讐するかい、ヴェルレェヌさん?」
ヴェルレェヌ「いいや」
首を振って、何処か遠くに視線をやったヴェルレェヌ。
ヴェルレェヌ「君たちが殺す前から、彼奴は死んでいた。俺の中ではな。__9年前、俺が彼奴を背中から撃った、あの瞬間に」
その表情は、何とも言えないものだった。
何も、読み取れないような。
太宰「何故僕がこうして出て来たか分かるかい、ヴェルレェヌさん?」
彼の顔には、怜悧な計算の気配が浮かんでいた。
太宰「時間稼ぎが完了したからだよ。貴方は死ぬ。ポートマフィアを敵に回した罪で」
冷たい死の宣告にも、ヴェルレエヌは只肩をすくめただけだった。
ヴェルレェヌ「どうかな。俺はその手の脅しは何度も受けてきたが、結局いつも外れた」
太宰「貴方の異能は強力だが、出来る事は概ね把握した。後はそれ以上の力をもって圧するだけだ」
不意にヴェルレェヌが笑った。
愉快そうに。
ヴェルレェヌ「俺の力を把握した?」
ヴェルレェヌが腕を掲げる。
天井に向かって。
そしてふっと表情を消した。
光が、音が一瞬消えた。
それに少し遅れて、衝撃波が通過した。
衝撃、そして黒い光。
「、っ!!」
吹き飛ばされた私を受け止めたのは、治だった。
「あ、りがと、。」
やっと落ち着いた時、辺りを見回すと全員無事だった。
全員上を見上げている。
天井を。
天井が、あったはずの場所を。
中也「おいクソ太宰。彼奴の力は概ね把握したって言ったよな。」
太宰「あぁ」
冷たい風が吹いている。
風。
地上の風なんて受けたの、何日ぶりだろ。
中也「ホントに此奴も、、、把握してたのかよ……」
其処にあるのは、巨大な円状トンネルだった。
十数階層にも及ぶ深地下施設の、凡ての天井を貫通し、地上へと伸びている。
えぐられた床が同心円状の連環となって遠くまで続いている。
向こうの上の上の方には、夕焼け空。
Nも、
ヴェルレェヌも、
どこにもいない。
誰も何も言わない。
ただ、この世のものではない何かの現出を予感し、祈るようにそれを見上げる事しか出来なかった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 39
ランボオの手記
一部抜粋
■■■■年 ■■月
記 特殊戦力総局 特殊作戦群 諜報員 ■■■■■■
晴天 夕刻過ぎ 下弦の月
ハツカネズミが駆けている。
夕方の灰色の中で黒々と。
ネズミの貴婦人が駆けている。
暗闇の中での灰色。
私は月を見上げながら、パイプをくわえている。
無為も楽しからずや。
パイプの火が消えたら行くとしよう。
私が駆けた後には、乾いた靴音の後には、
死と死体と血と苦悶と非業だけが転がっている事だろう。
---
■■■■年 ■■月
記 特殊戦力総局 作戦部 特殊作戦群 諜報員 ■■■■■■
晴天 夜半 下弦の月
ネズミの穴倉から這い出してきた後でこれを書いている。
雨漏りする煉瓦宿にいる。どこかで雨漏りの音がする。
枕元の|角灯《ランタン》が暗すぎて、机の葡萄酒すらろくに見えない。
きっとこれもひどい文字だろう。
けれど当座のところは構わない。
起こったことをすぐに記しておきたいから。
私はついに時間前まで、反政府勢力「革命の五月」の秘密の穴倉にいた。すべて終わった。
結果は上々だ。お偉方から見れば。
だが、私にはこの作戦が成功だったとは、とても思えない。
私が踏み込んだ時、穴倉にはすべての構成員が揃っていた。そして最終的には、《《そいつ》》は死んだ。
「そいつ」と書いたのは、組織の構成員は、たった一人だったからだ。
反政府運動の首謀者であり異能者、通称「牧神」。
私は彼と戦った。彼は強かった。そのうえ、彼には秘密兵器があった。
彼がたった一人で作り上げた人工異能生命体、「黒の12号」。
重力を自在に操り、あらゆる物理攻撃を無効化する怪物。
牧神はその生命体を、指示式で自在に操っていた。
だが今回はうちの情報部が見事な仕事をした。(毎回こうであってくれれば助かるのだが)。
指示式の入力が、特殊な金属粉を吸入させることで行われると、事前に掴んでくれていたのだ。
だから私は、金属粉の発生器を破壊するだけでよかった。
指示式から解放された「黒の12号」は、洗脳から解放されたように意識を取り戻し、創造主である牧神に襲い掛かった。
それは寒気のする様な光景だった。
「黒の12号」が掌をほんの一握りしただけで、施設の半分が消滅したのだ。
牧神の上半身ごと。
その後、意識を失った「黒の12号」を、私は運び出した。
今、この安宿で眠っている。
これから彼はどうなるのだろう?
政府に処分されるのか?
ひどく寒い。
暖炉の火が、とても遠くに感じる。
---
■■■■年■■月
記 特殊戦力総局 作戦部 特殊作戦群 諜報員 ■■■■■■
晴天 正午 東風強し
厚手の外套を着て、耳当てをして、毛皮の手袋と防寒肌着を身に着け、これを書いている。
先程連絡員とカフェで話した。
「黒の12号」に関する処遇を、そこで聞かされた。
あまりに意外で、私は三度も聞き直してしまった。
政府は「黒の12号」を、利用価値のある|協力者《アクティブ》と考えるそうだ。
何故なら彼は、牧神の番犬として、反政府ネットワーク軍の情報を頭に叩き込まれているからだ。
彼を鍛え、諜報員にする。
その教育と監視役を、私に任せるそうだ。
私が教育?
そんなことができるのだろうか。
この仕事は他者との繋がりを持てない。
友人も、恋人も、諜報員としては弱点となるからだ。
両親もかつての恋人も、私が獄中で死んだと思っている。
そんな私が、誰かを教え導くことができるだろうか。
分からない。
だが、できるとしたら?
過去も名前も捨て、|暗号《コード》名だけで呼ばれる私が、誰かのため、国のため、そして新たに生まれた友人の為に。
そう考えると、自分でも意外なほどに胸が躍った。
私が生き、死んだことは、おそらく後の世には伝わらないだろう。死後の私に与えられるのは、ひび割れた無銘の墓碑だけだ。だがそれでいい。
死ぬ前に誰かの為に、何かを残せるのなら。
私に最初に与えられた任務は、「黒の12号」に新たな|暗号《コード》名を与えることだ。
その名前はもう決めてある。ポール・ヴェルレェヌ。
私がかつて親から与えられた本当の名だ。
ポール。
君がいつかこの手記を読んだ時、それが己の秘密を知る時だ。
それが君にとって祝福の時であることを、私は祈ってやまない。
---
■■■■年■■月
記 特殊戦力総局 作戦部 特殊作戦群 諜報員 ■■■■■■
曇天 夜半 月見えず
信じられない。『優しき森の秘密』の解読に成功した。あそこには最悪の獣が眠っている。
そこにはヴェルレェヌの
(ここからページが敗れており判読不能)
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 40
青い宵闇の端っこに浮かぶ小さな月。
走る列車の中眠る森鴎外。
窓の外には青い夜。
そしてざわざわ囁き合う黑い林地。
そのずっと向こうに瞬くヨコハマの街灯り。
列車に客は誰も居ない。
森鴎外は木製の窓枠に肘を凭れさせて、うつらうつら眠っている。
目の下には、疲れを感じさせる黒い線が薄く浮かんでいる。
逃げているのだ。
暗殺者から。
感知されないよう、駅ごと列車を買い取った。
ごく普通の運行列車を装い、ごく普通の便でなければならない。
ただ誰も下りず、誰も乗らないだけ。
駅に到着する。
まだ目を閉じている。
目を覚ました時、そこは安全な場所になっているはずだ。
或いは永遠に目を覚まさないか。
どちらになるかは、神だけが知っている。
---
「た……助けてくれ!ここから降ろしてくれ!」
叫び声が夜空に響く。
「降ろしてくれ?何故だ」
柔らかな声が、それに答える。
|高塔型起重機《タワークレーン》。
二人はその頂上に居る。
下でも見ようものなら、恐ろしさのあまり失神するであろう程の高さ。
「元から縛り付けてもいないし、歩けないほど痛めつけてもいない。降りたければ、いつでも降りて良いんだぞ。」
優しい声で、悪魔のような言葉を云う。
ヴェルレェヌ。
鉄製の水平腕の先端に、ゆったりと腰かけている。視線は美しい夜景に向けられている。
「莫迦な!こんな場所から人間があるいて降りられるわけが…!」
青ざめ切った顔で四つん這いになり、鉄骨にしがみ付いているN。
冷汗をかく手が、それを掴んでいることを何度も何度も確認するしかない。
「いい場所だろう?秘密の内緒話にはうってつけだ。」
どこまでも柔らかい声で言うヴェルレェヌ。
息も絶え絶えと云った様子で口を開くN。
「何が、、知りたい」
「『優しき森の秘密』について、知っていることを話せ」
風は、強く冷たい。
轟々と二人の間を吹き抜けていった。
だがヴェルレェヌの声は風に遮られることなく、起重機の頂上によく響いた。
「話せない」
Nは蹲ったままヴェルレェヌを見た。
「その情報は私の命綱だ。話せばお前は、用なしになった私を殺す。」
「どのみち殺す」
ヴェルレェヌは懐から洋ナシを取り出し、齧りながら云った。
Nの顔が凍り付いている。
「お前は知っているはずだ。『優しき森の秘密』とは、題名だ。「牧神」が書いた人造異能の生成手順書、その最終章の題名。政府はその手順書を回収し、俺はそれを見た。だがその手順書からは、最終章6ページは削除されていた。おそらく政府が意図的に隠蔽したのだろう。しかしお前は諜報筋から盗難同然で手順書を手に入れた。それなら、最終章を含む完全な写しを閲覧しているはずだ。
__答えろ。最終章、『優しき森の秘密』の6ページには、何が書かれていた?」
「その内容を今私が説明したとして、君はそれを信じるか?」
「説明の内容次第だな」
「私が、閲覧した手順書には最初から最終章が欠落していた、私は何も知らない__そう答えても、君は信じないだろう。違うか?」
「もしそうなら、何故あの時『優しき森の秘密』などと言う話を持ち出した?あの章の重要性を知っていたからだ。違うか?」
Nは目を伏せて答えた。
「意図的に欠落させられた章だ。何かあるに決まっている。咄嗟にそう考えただけだ」
「冗談はよせよ」
「生きるか死ぬかの瀬戸際だった。何でもいいから言うしかなかった。あの台詞が出た事に、私自身が驚いているぐらいだ」
ヴェルレェヌは黙って見下ろした。
そして、そうか、とだけ言って足裏でNの肩を軽く押した。
「まっ、待て!本当に知らないんだ!知っているのはその項目を削除した人間だけだ!ランボオという名の諜報員が、その項目を削除したそうだ!」
ヴェルレェヌの脚がぴたりと止まる。
「何だと?」
「報告書そのものを手に入れた後、ランボオは政府に提出する前にその項目を破棄した。だからその内容は彼しか知らない。仏国政府の内通者が、そう証言したそうだ。だから私も何も知らないんだ!」
「ランボオが…?」
ヴェルレェヌは脚を降ろし、過去を見る目をした。
「有り得ない。あいつが俺に隠し事をするはずがない。」
「他人の心なんて誰にも分からない」
「あいつに限ってそれはない。あいつは俺を信用していた」
ヴェルレェヌの視線が宙を彷徨う。
「ただの「黒の12号」に過ぎなかった俺に名を与えた。自分の名を。そして自分は諜報上の暗号名を、俺のオリジナルの名である”ランボオ”に変えた。俺たちは名を取りかえたんだ。あいつの発案で」
ヴェルレェヌは、自分の帽子を取って見せた。鍔の裏部分に、小さくランボオの名がある。
「あいつは強かった。俺と互角の力を持った異能者は、組織の中でもランボオだけだった。俺絵たちは相棒だった。それだけでなく、あいつは俺を親友と呼んだ。実際それは、名誉な事ではあった。」
ヴェルレェヌはそらをみた。自分の真横に広がる夜空を。
そして云った。
「だが俺は__あいつの事が好きじゃなかった」
一陣の風がヴェルレェヌの隣を冷たく通り過ぎた。
星が無音で瞬いた。
「好きでは……なかった?」
ヴェルレェヌは冷めた目でNを見下ろした。そして帽子を被り直した。
「少しお喋りが過ぎたな」
そう云って、関心を失ったように視線を外した。
「もう少し話を聞きたいが、俺も忙しい。未だ急ぎの仕事が残っている。太宰君が準備を終える前に、最後の暗殺をしなくてはならない。だからこの続きは戻ってから聞く。それまで夜景を楽しんでくれ」
「ま…………待て!せめてここから降ろしてくれ!」
「降りる?」
可笑しくてたまらない、という顔をしているヴェルレェヌ。
「降りればいい。簡単だ。一歩移動するだけでいい」
そのまま振り返ることなく、蟠る地上の闇夜へと姿を消した。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 41
列車の運転手は、片手を|操縦桿《ハンドル》に乗せて、目の前の闇を見つめている。
勤続二十七年のベテランの運転手。
どんな日も、どんな事が起ころうとも、操縦桿を握ってきた。
そんな彼にしても、今日の仕事は異例尽くしだった。
先ず雇い主である鉄道会社が一晩で買い取られた。
列車も、運行表も、凡て。
そして、列車の臨時運行を命じられた。
それもたった一人の乗客の為に。
上司に抗議しても、”何も質問せず運転しろ”としか云われない。
そしてもう一言。
”逃げたらもっと酷い事になるぞ”。と。
改めて目の前に広がる風景に目をやった。
いつものように暗闇だ。
暗闇に沈む木々。
銀の鉄道線路。
黄色い前照灯。
唯一の、列車の行く先を示す道標。
おそらく上司の云うことは真実なのだろう。
なにしろ、此処は魔都横浜。
何だって起こりうる。
たった一人の乗客にも、話しかける気は起きない。
そんな事をすれば、斬り落とされた自分の頭を胸元で受け止める未来しかない。
その時、まるで海底の中のようにどこまでも続く闇夜の向こうで、何かが動いた気がした。
彼のよく訓練された眼は、ずっと遠くのそれを的確にとらえた。
動物だろうか。
木が騒めいただけか。
否、違う。
人だ。
人が線路上に立っている。
拙い、と考えるより早く、手は|制動桿《ブレーキレバー》を引いていた。
凄まじい金属音を立てて、列車全体が悲鳴を上げる。
だが間に合わない。
列車は人影に激突した。
だが、
その人物は列車を受け止めた。
列車に物凄い量の負荷がかかり、先頭車軸が前のめりに跳ね上がった。
引っ張られるように後部車軸も跳んで軌道を外れ、林の中に横転した。
木々をなぎ倒し、森を破壊し、漸く列車は停止した。
凡ての成り行きを見ていた人影__ヴェルレェヌは、満足したように微笑んだ。
列車を正面から受け止めたというのに、傷一つない。
彼は歩き出した。
森鷗外のいる車輛へと向かう。
大地に半ば埋まった車輛を飛び越え、通り抜け、目的の車両へと辿り着いた。
森鷗外は俯せに倒れていた。
体はピクリとも動かず、ヴェルレェヌに背を向けていた。
体の下から、ゆっくりと血溜まりが広がっている。
「簡単すぎる」
そう呟き、標的に近づく。
もし生きていたとすれば、息の根を止める為。
森鷗外の体を上向きに転がした。そして、目を見開いた。
それは森鷗外ではなかった。
---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 42
見たことの無い男。
森鷗外に変装している。
しかし、事前に設置した前の駅の防犯カメラには、森鴎外本人が写っていた筈。
正体を確かめようと掴んだ瞬間、不意に胸元に手を当てられた。
「簡単すぎる」
異能による強力な斥力が、ヴェルレェヌを弾き飛ばした。
窓硝子を突き破って外に飛び出し、腐葉土に落下。土煙をあげながらさらに転がり、樹木に背中からたたきつけられて漸く止まった。
「…やるじゃないか」
あの能力と、一瞬見えた顔。
ポートマフィア構成員の、広津柳浪だろう。
影武者だ。
つまり、ヴェルレエヌの暗殺計画は全て____
____読まれている。
この国に来て以来、その手際の良さでヴェルレェヌの裏を掛けるような頭を持った人物は一人しかいない。
「やぁヴェルレエヌさん」
その人影は、横転した車体の、列車の上に腰かけていた。
「太宰君」
やはり、君は恐ろしい。
全く、末恐ろしいよ。
太宰「貴方が悪いんですよ」
乾いた声で、諭すように云った。
太宰「貴方は今回、私情で動きすぎた。あれじゃあ動きぐらい読まれます。何故そうまでして中也__桜月ちゃんにこだわるんですか?」
ヴェルレェヌ「兄が妹や弟に拘るのがそんなに可笑しいかい?」
服の泥を払いながら答えるヴェルレェヌ。
太宰「可笑しいですね、とても。」
断言する太宰。
太宰「第一、何で二人が貴方の弟妹だと如何して本気で信じているんですか?」
ヴェルレェヌ「何?」
ヴェルレェヌの目が細められた。
太宰「貴方も見たでしょう。中也のオリジナルである実験体。骸骨になって死んだ」
太宰は列車からはみ出た足をプラプラさせながら云った。
もしもあちらが人口異能生命体で、中也の方がオリジナルだとすれば、と。
ヴェルレェヌ「それはない。潜入任務で標的を間違えるほど呆けてはいない。九年前に研究所から盗み出したのは、間違いなく俺と同じ、人口生命体だった」
太宰「だとしても、桜月ちゃんは」
ヴェルレェヌ「桜月の境遇は、一番に本人に話すべきだ。それ迄他人に話すべきではない」
太宰「…他人、ね。ポートマフィアとして、仲間として2,3年間一緒の僕と、いきなり現れた貴方じゃ、他人は貴方の方ですよ」
ヴェルレェヌ「やはり君と話すのは面白い」
しかし、
ヴェルレェヌは太宰に向かって歩き出した。
とてもとても、重い足取りで。
ヴェルレェヌ「君には別の仕事がある。影武者ではない、森鴎外本人が何処に居るか吐くという仕事だ。骨の折れる仕事だぞ」
--- 「文字通りな」 ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 43
太宰「つまり退く気は無い、って事だね」
ヴェルレェヌ「当然だ」
太宰は空中を見つめた。
そして、そっかぁ、と気の抜けた返事をする。
それから、残念そうな顔で云った。
太宰「なら貴方の負けだよ」
狙撃銃弾がヴェルレェヌの頭部を直撃した。
上半身を大きく仰け反らせて斃れ、坂道を転がり落ちた。
3回転程したところだろうか。
顔を上げ、厳しい目で太宰を見た。
ヴェルレェヌ「狙撃だと?こ__」
言い終わらない内に、またもや銃弾が額で弾けた。
今度は手をついて耐えた。
太宰「貴方の重力は触れた対象にしか発生しない。つまり、弾丸は貴方に中ることは中るんだ。」
止められるまでなら、これだけの打撃を与えることができる。
太宰「そして」
直後、闇夜が一斉に火を噴いた。
轟音を響かせながら狙撃銃弾がヴェルレェヌに向けて殺到する。
凡ての銃弾が突き刺さり、ヴェルレェヌが吼えた。
逃げようにも、何処からも銃弾は飛んでくる。
逃げ場がない。
ヴェルレェヌ「これだけの数の狙撃手を……こんな短時間で配置、だと……!」
出血するほどの怪我ではなくとも、銃弾は衣服を貫き、皮膚にめり込む。
何しろ、数が多い。
全身を包む空気が敵となって襲ってきているに等しい。
ヴェルレェヌは両腕で頭部を庇い、体を小さくするしかない。
太宰は薄ら笑いながら云う。
太宰「相手が悪かったんだよ、ヴェルレェヌさん。重力異能の対策は完璧だ。だってこっちは寝ても覚めても、どうすれば中也に嫌がらせできるかばかり考えてたんだから」
ヴェルレェヌ「舐めるな……!」
狙撃の雨に耐えながら、手近な樹木を引き抜いた。
ヴェルレェヌ「この程度の石投げ遊びで、俺が殺せるか……!」
ヴェルレェヌは樹木を投擲しようと振り被った。
暗闇に紛れた遠方の狙撃手を、樹木を投げやりの様に投げて撃破する気だ。
だが____
その手が途中で止まった。
樹木がみじん切りに寸断され、
その上ヴェルレェヌの腕に、一本の深目の切り傷が刻まれているからだ。
「ほうほう…近くで見れば、慥かに私の部下によう似ておるのう」
流麗な女性の声。
燃える紅蓮の髪と、同じ色の瞳。吊り染めの装束は、売れた桃を思わせる茜色。
何より目を引くのは__その傍らに浮き従う、着物姿の仮面夜叉。
長身で長髪。子供の身長ほどもあろうかという抜身の長刀を、重さなど無いかの様に掲げている。
黄金色の着物は、ひざから下が空に溶け、それが実のある身ではない事を示している。
尾崎紅葉。
ポートマフィアの若き女剣士。
中也を麾下に置くマフィアの実力者であり、異能生命体、金色夜叉を従える、美しき獣。
鮮やかな牡丹色の唐笠をくるりと肩で回し、柄を捻って引いた。
鮮やかな銀刃を露にしながら紅葉は云った。
紅葉「しかし、うちの坊主を…その上私の桜月を、勝手に引き抜くとは勝手な兄上殿じゃ。手足を切り落とす程で許してやる故、疾く失せるがよい。のぅ、桜月や。」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 44
桜月という言葉にヴェルレェヌが反応した。
ゆっくりと、顔を上げる。
ヴェルレェヌ「…来ているのか」
パッと散る桜の花びらと共に、舞い降りてきた桜月。
月から降って来たかぐや姫の様に、月を背景に儚げに立っている。
桜月「本当は、私は此処に来ちゃ駄目だった。」
--- ーでもー ---
「貴方が殺そうとした狙撃手は、マフィアの構成員は全員、」
--- 「「私の大切な人達ばかりだからっ!殺させる訳には行かなかったの!!」」 ---
その透き通った鈴のような声でそう云い、桜月は背を向けて走りだした。
大切な人達の。
中也の下へ、向かうために。
そしてその声を合図に、幾つもの能力者、実力者が姿を現す。
時間操作。
空間接続。
気温冷却。
また別の異能。
これもまた別。
大戦を生き抜いた古株、通称”大佐”。
桜月を可愛がっている優しい顔の面影はもはや何処にも無い。
戦場に立った軍人の、それでいて何度も経験してきている余裕感も併せ持っている。
一体この戦いにどれだけの能力者を投入しているのか。
ヴェルレェヌが避ける間も無く爆発が起こった。
太宰が座る列車からも、その光はよく見えた。
白い光が、夜の林地を切り取って爆ぜ、残光が夜空に焼き付く。
太宰は薄い笑みを浮かべながらそれを見つめていた。
広津「守備は如何ですかな、太宰殿」
太宰「見ての通り、順調だよ。退屈な位さ」
広津は変装具を取り、普段から身に着けている|片眼鏡《モノクル》をかけ、目を細めた。
広津「流石ですな」
太宰「当然だよ。この準備の為に、散々時間を稼いだんだ。」
太宰は王侯の様に優雅に足を組んで云った。
太宰「蘭堂さんの時は僕と中也、桜月ちゃんの3人で戦って酷い目に遭った。だから今回は準備をした。欧州の暗殺王さんを殺す為だけに集めたマフィアの武闘派四百二十二人、そして異能者が二十八人。今マフィアが投入できる全戦力だ。」
爆音と、冷気と閃光が轟く。
それは極めて|単純《シンプル》な作戦だった。
《《罠を張って待ち伏せする》》。
嘗て中也、桜月とアダムは、ヴェルレェヌを斃すため、罠による待ち伏せ作戦を立案した。
太宰の展開した作戦は、それと本質的には変わらない。
太宰「こちらはこの戦闘を、一晩中だって続けていられる。」
「ヴェルレェヌさん、貴方は完璧な暗殺者だ。その手際は鮮やかで、見つかって取り囲まれる、何てへまは一度もしなかっただろう。だから、これだけの異能組織に見つかって取り囲まれた経験もない。その危うい完璧さを、蘭堂さんも危惧していたよ。」
何時の間にか取り出していた革の手帳。
ランボオの手記。
ヴェルレェヌの誕生と顛末を綴ったランボオの日録だ。
太宰「貴方を悼むよ、ヴェルレェヌさん。死ぬことを悼むんじゃない。生まれた事を悼む。誰も貴方が生まれた事を悼んではくれない。悼んでいるのは自分自身だけだ。それが貴方の戦う動機だといううのに、__」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 45
--- 「 ー|汝《な》が憎しみ、|汝《な》が失神、|汝《な》が絶望を、 ---
--- 即ち嘗ていためられたるかの獣性を、 ---
--- 月々に流されるかの血液の過剰の如く、 ---
--- |汝《なれ》は我らに|返報《むく》ゆなり、 ---
--- おゝ|汝《なれ》、悪意なき夜よ」 ---
ヴェルレェヌが詩の一節の様な言葉を唱えた。
風がやんだ。
林地のざわめきが消えた。まるで、
何かから逃げるように。
不可視の波動が大気を満たす。
ヴェルレェヌは収縮していく意識の中で考える。
誰も理解しなかった。
己が人間でない事。
神に祝福されざる存在であること。
両親からではなく、無から生まれ落ちた事。
ランボオでさえもが理解しなかった。この孤独を。
最後まで。
ヴェルレェヌは、ランボオの事が嫌いだった。
然しそれは、理解しなかったからではない。理解できる《《ふりをしていた》》からだ。
ヴェルレェヌの周囲に、黑い雪の様な物が舞い始める。
それは雪ではない。
物質ですらない。
弾けては消える暗黒。
極小の宇宙。
見せてやろう。人間でないものの憎しみ。
神に祝福されずに生まれた者の虚無を。
その地金、その核心、その魂の奥に眠る地獄を。
ヴェルレェヌが吼えた。
黒い波動となって草木をなぎ倒し、大地を削り取り、ヴェルレエヌの上にのっている帽子を吹き飛ばした。
避難しろ、と無線越しに叫ぶ太宰。
その声も又、衝撃波に吹き飛ばされた。
そして悪夢が姿を顕わした。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 46
顕れた悪夢は、留まる事を知らずに急成長している。
三番班、壊滅。
五番班、全員死亡。
八番班、応答消失。
無線に入る報告を、太宰は目を閉じて聞いていた。
広津「太宰殿、お逃げ下さい」
太宰「無駄だよ。あの力からは逃げられない。」
目を閉じたまま、ゆったりとした声で云った。
太宰「重力異能者・ヴェルレェヌは強いが、無敵では無かった。それは重力という最強の力を、”触れた相手”にしか付与できないからだ。だから距離を取った上で、冷気や光、音や時間と云った、非質量系異能の波状攻撃で圧倒する事ができた。けど、今の奴は違う。あの黒い球の攻撃__重力で極限まで圧縮した空間を投げる、”|暗黒球《ブラックホール》投げ”は、離れた相手であっても粉々に粉砕する。そして重力波は空間そのものを伝わる場の力だから、どんな盾や遮蔽物を以ても決して|防御《ガード》出来ない。この世で最強の矛だ。」
古い謡謳でも歌うかのように云い、両手を掲げた。
破壊の気配を、少しでも全身で浴びようとするように。
太宰「その上、人格指示式を解除し、体の主導権を明け渡した今のヴェルレェヌは、人としての意思を持たない。だから脅迫や交渉、心理戦そのものが通用しない。まさに神の獣。間違いなく、これまでマフィアが対峙してきた中でも最強の存在だよ。」
広津「真坂、そんな…」
広津が息をのんで風景を見つめる。
地面が削られるのを、
木々が吞み込まれるのを、
地形が変わって行くのを、
マフィア構成員たちの悲鳴が響いているのを。
「そして、」
太宰が云った。良く通る声で。
破滅の詩に打たれた、一筋の句読点のように。
「此処まで全て予定通りだ。__次の攻撃が成功すれば、僕達が勝つ」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 47
横浜の上空。
美しい夜空を覆い隠さんと、流れ雲が月光に輝いている。
その下では爆音、破裂音、大地が崩れる音。死者の悲鳴、或いは死者になりかけた者の悲鳴。
地上にある何処までも残酷で、凄惨な世界。
反して、何処までも静穏な夜空の世界。
その中間に、そのプロペラ機は飛翔していた。
「中也様、桜月さん、間もなく戦場上空です」
|発動機《エンジン》の音にかき消されないよう、大声で叫んだアダム。
2人乗りの、小型単発式軽飛行機。
それの隣に、朱雀に乗って飛行している私。
流石に2人乗りの軽飛行機に3人は無茶だからね。
空を見る。
澄んだ星空に浮かぶ雲。
月の光を隠そうとしているみたいに、どんどん広がって行っている。
私は無意識に桜の花びらを舞わせていた。
咲、夜。
花の咲く夜。
下で戦っているとある構成員が、その花びらに命を救われたとか何とか。
アダム「ご覧ください!あの惨状…とても単一の異能者が生み出せる破壊規模ではありません!何より蒸発迄の持続時間が、通常の物理的過程で造られた|暗黒孔《ブラックホール》と較べて桁違いです!本当にあれの上に降下するのですか?」
その問いに中也は答えず、唯冷徹な目で地上を見下ろしていた。
アダム「当機のリスク評価モジュールは撤退を推奨しています」
アダムは厳しい声で云った。
アダム「あの黒い球体を避ければそれでいい、という訳には行きません。あれの外見に騙されてはなりません。あの|暗黒孔《ブラックホール》は、光を引き寄せて逃がさないために黒く見える訳ですが__あれに当たった人間の死因は、吸い込まれてギュッと潰されることではありません。体が裂けて死ぬのです。」
説明が長くなりそうだったから、話に割って入ることにした。
「…兎に角、凄く惨い死に方をする、って事でしょ?」
中也「話が長ェよ。ヤバいのは見りゃわかるぜ。自分で一度経験したからな。」
あぁ、二日前の。
その時私は直接は見ていないから分からないけれど、一瞬でビル一棟が砂粒になったって聞いた。
そんな力が一瞬ではなく、連続してはたらいているんだ…
聞けば聞くほど怖い。
あの人単体で、あれほど強いのに。
でも不幸中の幸いは、ここがヨコハマ中心部じゃない事。
都市部で怒ったら、それこそ死傷者は数千、数万人に及んだだろうし…。
だから治は、この場所を戦場に選んだ。
中也「全く腹の立つ話だぜ。結局何もかも、太宰のお膳立て通りだなんてな。」
「まぁまぁ、そんな吐き捨てるみたいに言わなくて良いから…ヴェルレエヌに一番太刀打ちできるのは」
中也「同じ重力を扱える俺、って事だろ。それと、桜月も」
「へ、っ?」
中也「…ヴェルレェヌに、思いを伝えるのは、桜月が多分__」
その時、重力球がプロペラを破壊した。
空中に放り出される私達。
でも、私は今、中也に対する反論しか頭になかった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 48
「…違うよ」
中也「…は、?」
「違うよ。私は只の弱い小さいだけの、能力だけが取り柄の、…っ」
アダム「桜月さん、その考えは間違えています。何故なら、中也様の心拍数安定値は桜月さんがトリガーになっているからです。詰り、桜月さんが中也様と一緒に居れば、中也様の作戦成功確率も上がる、と、当機の勝率モジュールも示しています。」
「、ぇ、あっ、…?」
中也「…う、五月蠅ェッ!!///」
「?…ち、っ中也、顔赤いよ?」
アダム「…判りましたか?桜月さん、貴女もこの作戦に必要不可欠な事を。」
「、うん…っ!!」
アダムは、優しい声でそう、諭してくれた。
中也も、顔を真っ赤にしながら手を差し出している。
私はその手を取った。
と思ったら、手を引かれて中也の胸の中にすっぽり収まってしまった。
「えぁ、っね、中也、っ///」
中也「…っこの方が桜月の事、守れるから暫く我慢してろ」
左手で足を。
もう片手で背中を支えられながら、私の体が浮遊感から解放された。
所謂、お姫様抱っこ。
「っい、今の状況でする事じゃないでしょ、っ!」
中也「この方が支えやすい」
不満げな私を置いて、アダムが取り出したロープでしっかり固定されている中也。
アダムと中也がロープで繋がり、二つの弾丸となった。
アダム「滑空落下フェーズを開始します!」
アダムの腕?から、白銀色の膜が現れ、アダムの腕から腰までの間に、三角形の翼膜を創り出した。
その翼膜が上空の夜風を捕らえた。自由落下が、斜めの滑空落下へと変化する。
そしてそれに吊られる私達も。
アダム「これは高階層から、地上を逃げる犯人を追うための滑空膜です」
上を見ると、アダムは前を睨んでいる。
アダム「当機は軌道を制御します。中也様は適正重力の中和に、桜月さんは念の為、奇獣の顕現の用意に、其々専念してください!」
中也「当然だ」
「了解っ!」
耳元を駆けるのは、風の轟音。
足元には、また無意識に桜が舞っていた。
目の前に広がるのは、地獄とも思える様な、凄惨な風景。
それを創り出した人__ヴェルレェヌを、私は真っすぐ睨みつけた。
斜めの流星となって、私達は突っ込んで行った。
中也「太宰の野郎……!帰ったら絶ッ対、逆さづりにしてやっからな…!!」
「あ、中也、それも治の計算内」
___話は、二時間前に遡る。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 49
二時間前__
太宰治は逆さ吊りにされていた。
脚を縛られ、街頭の先端に結び付けられ、上下逆さになって吊り下げられていた。
太宰「と言う訳で、暗殺王・ヴェルレェヌを倒すには、航空機から中也が飛び降りて接近するしかない」
宙吊りなのになんでそんなに顔色一つ変えないで何時も通りに…してるんだろう。
中也はそうかよ、と言いながら何時も通りの敵対的な目で治を見てる。
アダムは困惑しながら治と中也を交互に見比べてる。
アダム「えーと、…これは一体、如何いう状況でしょう?」
ここは都心から離れた航空機発着場、その滑走路脇だった。
「んとね、時間の節約だって、治が」
太宰「桜月ちゃん、やっと下の名前で呼ぶのに慣れてきてくれたね」
「じゃないと返事してくれないもん」
アダム「そ、そうですか…」
余計困惑しちゃった機械刑事さん。
アダム「…人間の言葉は難しすぎます。当機のデータベースに解釈可能な類似状況がありません。」
白瀬「心配するなって。人間にも判んないから」
諦めた目で、腕を組んで立っている白瀬。
「しょーがないよ。この二人が異常なんだから」
黙って紐を引く中也。
引いて、引いて、引いて、紐の先に居る太宰s…治はくるくると回転する。
ぐるぐる巻きにされてるって、苦しそう…
そして回転しながらも、状況の説明をしている治。
太宰「森さんの影武者を使って、ヴェルレェヌさんをおびき寄せる。其処でマフィアの武闘派をありったけぶつける。上手く追い詰めることができれば、彼は切り札の『門』を開くだろう。そうしたら中也が航空機で接近する。」
…これもゆっくりと回りながら言ってるからね、治。
こっちを向けば声は近くなったり、あっちを向けば遠くなったり。
それから、完全に紐を引っ張り切って、治が斜めになった所で中也は手を放した。
「接近するとヴ」
回転する太宰。
「ェルレェヌは攻撃を仕」
回転する太宰。
「掛けてくるだろ」
回転する太宰。
「う、でもそれも計」
回転する太宰。
「画のうちだ。敵の」
回転する太宰。
「攻撃を中」
回転する太宰。
「也の重力で中和」
回転する太宰。
「しつつ接近、触れ」
回転する太宰。
「る位置にまで」
漸く止まる太宰。
「届けば、僕達の勝ちだ。ウェェ」
|嘔吐く《えずく》治の背中を、私はそっとよしよししておいた。
そして、また中也がぐるぐる巻き始める。
中也「此奴が作戦を説明すんのと、俺が此奴に復讐すんのを、同時にやってんだよ」
アダム「はあ…」
「これに関しては中也が正しいと思う、、太宰さんの行動一つで私達は苦しむ事になったし、あの刑事さんも…治の情報が原因で犠牲になったから」
中也「俺が太宰に復讐する方法は190通りばかりある。だが今やってるこれは、その中でも下から二番目に優しい方法だ。これより上のきつさのをやると、次の作戦で此奴が司令塔の役目を果たせなくなっちまう。これでも不本意ながら、滅茶苦茶妥協してやってんだよ」
「因みに一番下は?」
中也「云わねェよ!!」
「じゃあ一番上は?」
中也「云わね……あ」
「?」
中也「桜月に此奴を嫌わせる」
「え?」
太宰「えっ」
「そんな事でだざ」
太宰「待って待ってそれは辞めてそれだけは辞めてやだ嫌わないで桜月ちゃん」
「え、嘘中也天才?」
中也「よし余裕で一番の嫌がらせ此れだな」
こんなやり取りをしている間も、よく分からない白瀬とアダム。
白瀬の、アダムの呼び名はいつの間にか「アダムちゃん」になってた。
太宰「、さて説明の続きだ」
何事もなかったかの様な顔をしながら、目は私の方を訴えかけていた。
少しばかり、面白いと思う。
珍しい弱点を掴めた。
太宰「『門』を完全に開いた状態のヴェルレェヌは、意識を特異点の怪物に明け渡す。眠っているような状態だ。その状態では奴は敵意を持つものすべてに、自動的に反撃を行う。この自動的に、というのが|要点《ポイント》だ。奴には判断能力がないため、敵意を持たない接触には反応しない。だから僕達は別働隊による囮攻撃を続けつつ、中也を非武装で接近させて」
其処で治は言葉を切った。
「黒笑み」と呼ばれるものを浮かべながら。
太宰「ゆっくり紳士的に、奴に毒を吞ませる。__」
--- 「__子供に飴を与えるように、慈しみを込めて」 ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 50
中也「あ、でも桜月は俺と来て貰うからな!!」
太宰「無理無理重力で暑苦しい男の間に桜月ちゃんを挟もうなんて」
アダム「…暑苦しい、、、?」
「私は別に大丈夫だよ?」
太宰「ウグッ」
中也「って事で、桜月は貰ってくぜ」
二パッと満面の笑みを浮かべて私の腕を引っ張って行った。
後ろでは、意気消沈とした太宰さんと、オロオロする白瀬と、置いて行かれて慌てて着いていくアダムの姿があったらしい。
---
夜空を稲光の様に裂き、滑空する私と中也。
とは言っても、滑空しているのは中也で、私は抱えられているだけだけど…
風が耳元で轟々となる。
それはまるで、千匹の狼の様だ。
でも、中也は怯まない。
一直線に、ヴェルレェヌへと突っ込んで行く。
その時、ヴェルレェヌと目が合った。
その目は白く濁っていて、何処までも純粋で透明な感情を、白く投射してくる。
この感情は、知っている。
どんな感情よりも純粋で、嘘の付けないもの。
それは、憎悪。
生きとし生けるものすべてに平等に降り注がれる、圧倒的な憎悪。
その波動が向けられるだけで、並の人間は気絶してしまう、そんなレベルの。
ヴェルレェヌが黒い球を此方に向かって投げようとしていた。
アダム「敵弾接近!空気抵抗及び重力による軌道変化を演算__急降下して回避します!」
中也「しっかり掴まってろよ」
「うん、っ…!」
まるで水面に向かって突き進む海鳥の様に、夜空を急降下する。
少し離れた頭上を、重力の砲弾が通り過ぎた。
それだけなのに、引っ張られるような感覚に襲われた。
いけない。
ヴェルレェヌに一番集中できるのは私なんだ。
しっかり見とかないと…。
_かなりの近さ迄来ている。
此の儘いけば数十秒で激突する位の。
治の立てた計画は綿密で、狂いがない。
ヴェルレエヌの弱点は中也と同じ毒。
でも勿論ヴェルレエヌ自身もそれに気づいてる。
だから態と『門』を開かせて、意思と計算力を奪った。
攻撃してはならない、と治は云った。
より大きな力で反撃されるから。
敵意を持ってはならない。
百倍の憎悪となって帰って来るから。
敵意を持たずに近づいて、何の悪意も無く口の中に薬嚢を放り込む。
毒薬はアダムに合成して貰った。
私の蝶の数匹に、蜜を集めてもらって。
ご存じの通り、私の蝶は毒を持っているから。
…皮肉だよね。
与謝野先生の蝶は、綺麗な黄金で、命を救うのに。
私の蝶は逆。命を消す。真っ黒な羽に、綺麗な位紅い模様が入ってる。
私の所為で、蝶達に殺人をさせてしまってる。
いや、今は余計な事を考えちゃ駄目。
ヴェルレェヌに集中…
アダム「第二波が来ます!!」
アダムの声で、現実へと引き戻された。
アダム「早い!しかも先程より、|暗黒化《シュバルツシルト》半径がずっと巨大です!!」
その通りだった。
空中のヴェルレエヌ。
その右手には巨大な黒球。
乗用車でも飲み込むつもりなの…っ!?
その砲丸が、投擲された。
アダムは急降下からの体制を取り戻しきれていない。
「避けれな、い_っ」
目を瞑る私の横で、中也が叫んだ。
「おおああアアァァッッ!!!」
空気がびりびりと震える。
何が起きたのか分からずに中也にしがみ付いていた。
中也「オイ、大丈夫か?」
アダム「凄い……!」
「っう、ん…!」
アダム「あれだけの重力場を潜って生き伸びたのは、中也様、恐らく貴方が世界初ですよ!!」
「わ、私も一応いたんだけど…」
中也「そりゃ光栄だぜ」
でもそんな中也の声は未だ硬かった。
中也「だが自慢に浸るのはちっと早ェぜ。彼奴を見てみろ」
云われるがままに視線を動かした。
__何あれ…
「すっごい数の、黒球…っ?」
その通り、夥しい数の黒球がヴェルレェヌの両手近くに発生していた。
あんなの、地球上で起きていい物じゃ無いよ……
絶対受けきれない………!
どんな回避運動を取ろうと、たとえ中也の重力出力が今の10倍あっても、どんな奇獣に頼んでも、あんなのを生きて抜ける訳がない。骨の欠片が残れば幸運、、、、。
でも__重力球は飛んでこなかった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 51
何時までも来ないその恐怖に疑問を感じて目を開いた。
原因が分かった。
重力球が、別の場所に跳んで行ったからだ。
地上から、狙撃や射出的段、異能攻撃が跳んでくる。其の敵意に応じるように、黒球は地上へと降り注いで、マフィア達を薙ぎ払っていく。
重力攻撃を私達からそらすため、無謀な攻撃を、死にに行くような行動を、彼等は敢行している。
中也「あの、莫迦共…!」
中也が呻いた。
私も同じ気持ちだった。
私達の所為で、あれ程の命が、いとも簡単に消し去られて行って。
でも、判ってる。
|旗会《フラッグス》が特別だった訳じゃない。
--- 《《これがマフィアなんだ。》》 ---
首領暗殺を阻止するには、中也の、私の持つ毒でヴェルレェヌを斃すしかない。
だから命を捨てる。
一秒の、隙を生み出す為に。
マフィアは皆そう。私は知ってる。
残虐で、そして気高い。
背中を預けるに足る、厭、足りすぎるくらいの仲間たち。
中也「此の儘突っ込むぞ!!」
「うんっ!」
中也の声と同時に翼膜をたたんだアダム。
私は服の内側から毒を包んである薬嚢をとりだす。
ヴェルレェヌは質量の衝突を予期し、自動的に身を躱した。
けれど擦れ違う寸前、アダムは自分の肘から錘付きの銅線を射出し、ヴェルレェヌの頸に引っ掛けた。
初日にビリヤード・バーで中也を拘束したのと同じ銅線。
ヴェルレェヌの短い叫び。
私達は四人一体となって縺れ合い、空を落ちて行く。
怪人化したヴェルレェヌが、自動防禦を発動。それは自分を体の中心点に発生させた、これまでで最も巨大な黒球だった。
素覚まし引力に、アダムの銅線が引き込まれて行く。
落下が急減速した。
「このままじゃ吸い込まれる、っ!」
中也「切り離せ!!」
アダム「いいえ、此処で銅線を切り離せば、奴に再び近づくのは不可能になります!問題ありません、凡て演算通りです!」
そう云ってアダムは、中也と、私と、、自分を繋いで居た細引を切り離した。
そして、中也を押し離した。
中也が押し離されると、その腕の中である私も繋がって取り残される。
アダムは微笑んで黒球に吸い込まれて行く。
中也「なっ……」
「アダムっっ!!」
逆重力を体にかけて急制御し、地面に着地した。
私はいまだ脚が地面に着かないのも気にせず、空を見上げた。
重力弾の中で、一体となったアダムとヴェルレェヌが縺れ合い、落下する所だった。
轟音が木々を吹き飛ばす。
土煙が晴れると、隕石が落ちたかのような衝突孔と、その中央に転がる人影が見えた。
中心地に蹲っているヴェルレェヌ。
その身には傷一つない。
眠るように薄く目を閉じ、膝をついて居る。
皮膚には解読できない何やら古代文字のような文様が泳ぎ、輝いている。
そして__アダムは残骸となっていた。
胸から下、それに左腕が完全に消滅して、内部の絡操機構がむき出し。
人工筋肉と神経電動ケーブルが垂れ下がり、白い機能液が漏れだしている。
駆け寄りたい衝動を抑えて、私は中也を見た。
中也も頷く。
私を地面に下ろして、ゆっくりとヴェルレェヌに近づいて行った。
不思議と、敵意は沸かなかった。
今の彼は人間じゃない。
文字式ですらない。
謂わば、唯の自動応答機械。
唯の力の結晶で、憎しみに憎しみを返すだけのもの。
お兄ちゃん。だって。
もし、本当に妹と呼ばれていい私なら、
私にもこれは眠っている、ってこと。
今考えたら、一緒に旅に出ようと中也を誘う気持ちが判る気がする。
そして、私の事を調べて衝撃を受けて、妹だと呼ぶ存在の私を傷付けた苦しみと後悔も。
もう___
終わりにしたい、そんな気がする。
ゆっくりと、ゆっくりと歩いて、兄の横に立った。
この役目は、元々中也一人がやる予定だった、けど。
なんとなく、私が、自分がした方が良い、そう感じた。
だから結局、二人でやる事になった。
兄の唇にあいている僅かな隙間。
中也と指を重ねて、ただ事務的に、その薬嚢を唇に滑り込ませた。
とたんに感じた鋭い痛み。
これは心の痛みじゃない。
指先に、赤い液体がついて居た。
--- 「あぁ…お前たちはいつも俺を驚かせるな」 ---
--- ヴェルレェヌが、嗤っている。 ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 52
唇の端に、私の血がついて居た。
良かった。私の指だけで。
中也の指が怪我してたら、中也が痛い思いをしなくちゃだったから。
そう思っているうちに、吹き飛ばされていた。
何時も通りの、重力を操る異能。
中也「がっ……」
「かは、っ」
受け身を取り損ねて、真面に木の幹に激突した。
ヴェルレェヌ「最初に会った日…お前の『門』を開いた日、お前の中に指示式を残しておいた」
それは、もう一度触れた時、お兄ちゃんの門を閉じるという内容。
だから自動的に門が閉じられ、意思を取り戻した、と。
どうやら私の悪い予感はその事だったらしい。
薬嚢を入れる時、中也が触れてはいけないような、そんな気がしたのは。
「…無理です」
私は立ちあがらずに云った。
中也「…万策尽きた。アンタの勝ちだ。アンタに勝てる奴はもうマフィアには居ない。欧州だろうが、世界の果てだろうが、何処までも一緒に行ってやる」
お兄ちゃんは目を細めた。
嘘かと疑ってる。
「…私、心の中ではいつも、お兄ちゃん、って呼んでた。」
これは嘘じゃない。
恥ずかしいけれど、お兄ちゃんと聞いた時、厭じゃなかったから。
お姉ちゃんと、もう一人お兄ちゃんが居るなら、それはそれで楽しそう、だったのかな、って。
だから私は、諦めた。
無理だから。
お姉ちゃんに、会いたいなぁ…___
中也「さっさと行こうぜ。此処にもじきマフィアが押し寄せえる。飽きもせず、アンタにはどんな強力な攻撃も効かないってのにな。アンタに効くとしたら、強い攻撃じゃねェ。」
「それはね、意外な攻撃!想像も予測も絶対にしようがない、|冗句《ジョーク》みたいな攻撃…」
--- 「例えば、こんな風に、ねっ!」 ---
その直後、誰かがヴェルレェヌの肩を叩いた。さっと振り向くと、彼の頬に人差し指が当たる。
ヴェルレェヌ「、は」
--- 「アンドロイドジョークを聞きますか?」 ---
その人さし指の先にある、極細の注射針。
神経に一瞬で行きわたった薬液は、血圧低下症の神経反社を起こし、ヴェルレェヌを地面に斃した。
--- 「子供の悪戯みたいな指つつきで暗殺王が斃される。アンドロイドジョークでした。」 ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 53
ランボオの手記 一部抜粋
■■■■年■■月
記 |特殊戦力総局《DGSS》 作戦部 特殊作戦群 |諜報員《アジヨン》 ■■■■■■
晴天 夜明け前 新月
敵性国の軍事基地へ潜入する前日のため、少し長めの記録をここに残す。
その任務には援護はない。後方支援もない。内部協力者もいない。
奪取標的は新型の異能兵器だ。
少年の姿をしているが、この世を滅ぼしうる力を秘めた厄災だという。
危険な任務だ。生きて帰れぬかもしれぬ。
だが、世界の厄災を敵国から取り除くこの任務、遂行しうるものが居るとすれば、
私と相棒、ヴェルレェヌの二人をおいて他にない。
ずっと考えていた。ヴェルレェヌという頼れる相棒の為に、何ができるだろうと。
答えが出たのはつい昨日のことだ。
誕生日を祝う。
勿論、彼に正確な誕生日などない。
然し私は機能を彼の誕生日と見なした。
四年前の今日にヴェルレェヌは牧神を殺し、自由を得ていた。
|巴里《パリ》の|菓子職人《パティシエ》に頼んで小さなプディングを手に入れ、
葡萄酒を小脇に抱えてヴェルレェヌの隠れ家に行った。
ヴェルレェヌは驚いたというより不審がっていた。そこで説明をした。
誕生日を祝う事は、一つの|単純《シンプル》な事実を示唆する。それはつまり、
”君が生誕した事は、祝われる価値のあることだ”というメッセージだ。
誰が何と言おうと、君の生誕には価値がある。
そして誕生日には絶対に欠かせない物がある。
これを欠いた誕生日は、月を欠いた夜空のようなものだ。
誕生日プレゼントだ。
私が贈ったそれは、黑い帽子だった。
鍔の付いた|山高帽《ボーラーハット》。特別高価なわけでもなければ、著名な職人が拵えたものでもない。
だがその内側、帽子の裏側を一周する汗吸いの部分の布には、かなり特別な素材が使われていた。
一割が|白金《プラチナ》、一割が|鈦《チタン》、残りが金を中心素材とした虹色の異能金属で編まれ、「牧神」の異能が込められている。
彼の研究施設で完成しかかっていた品を、私が帽子の形に改造した。
その内部に頭を入れると、帽子の布が|線輪《コイル》の役目を果たし、外部からの指示式による意識干渉を跳ね返す事が出来る。
逆に内部、着用者の意思によって、指示式の制御が可能になる。
この黒帽子があれば、ヴェルレェヌは”自由な意思持つ人間”に一歩近づくことができる。
彼の反応は奇妙な物だった。
喜ぶでもなく、驚くでもなく、ただ静かな目で
「一応貰っておくよ」
といった。
それきり何も喋らなかった。
我々は葡萄酒を飲み、おやすみを云って別れた。
あれが正しい行動だったのか、一日経った今でも分からない。
ヴェルレェヌの目は凍えるようで、北極の向こうにあるように遠かった。
しかし答えはすぐに出るだろう。
明日、敵地にて。
相棒の為ならば、私はどんな地獄にでも喜んで|征《ゆ》こう。
空に神があり、心に絆があり、手を伸ばす先に未来がある限り。
(これが手記の最後の文章となっている。これ以降には何も書かれていない)
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 54
戦闘が終わった。
周りの木々はまだ騒めいている。
ヴェルレェヌが倒れている爆心地。
そこには、残存重力に吸い寄せられて音や風や落ち葉が集まり、小さな渦を作り出していた。
お兄ちゃんは静かに眠っていた。
アダムが片手をついて起き上がり、云った。
アダム「心音安定。呼吸微弱。問題なく眠っています。残存重力についても、人体に危険があるレベルの物ではありません。」
寝顔を覗き込んでいると、指先から流れ落ちた血に気が付いた。
不死鳥に助けてもらうレベルではないし、大丈夫だと思う、。
アダム「ねぇ、ちょっと顔に落書きしてみましょうか」
中也「やめとけ」
「起きた時怒られるよ?」
アダム「実はこっちの指はペンになってるんです」
そう云い乍ら中指の先の外装を外した。
中也はもう一度、やめとけって、と云っているけれど、口元は笑ってた。
「眼鏡でも描いてみたら?」
アダム「桜月さんが描いてください」
「え、如何やって」
中也「中指外れんのか?」
そう云ってアダムの指をぎゅうと引っ張っている。
アダム「痛いです辞めて下さい中也様」
「ん、、?それ指のペンのとこだけ外す物じゃない?」
あ、と顔を見合わせている二人。
とても可笑しい顔をしてて、少し面白かったのは秘密。
お兄ちゃん、人間か人間じゃ無いかなんて、関係ないよ。
感情を以て、自分の意思で動いて、悩んで…
それができるなら、異能が強いだけの只の人間でいい、と思う。
お兄ちゃんは立派な人間だよ。
その時、無線機がなった。
『やぁやぁ仲良しさん達。報告は聞いてるよ』
「治!そっちは大丈夫なの?」
『結構な状況だけど、まぁ大丈夫だよ。にしても恐れ入ったよ、ヴェルレェヌを斃したなんて』
…自慢げなアダムの顔が気になる。
『僕は”ま、空中でぺしゃんこになっても、中也だしいっか、桜月ちゃんは死守するだろうし”くらいの気持ちで作戦を立てたのに』
中也「手前なぁ」
『連絡したのはその件じゃあない。Nを見なかったかい?』
「ぇ、Nはヴェルレェヌに誘拐されたんじゃ…?」
『当然、救出班を送ってある。彼の知識が必要だからね。特に中也、君の中身を覗き見するために』
中也は暫く黙って、そして云った。
中也「そうか。最初からそれが目的だったな?」
治は愉快そうに笑った。
『ようやく気付いたのかい?いくら森さんの命を護る為とはいえ、唯であんなおっかない奴に立ち向かうほど、僕は忠義深くなくてね。Nの指示式とか言う奴の知識を総動員して、中也をうちの忠実メイドにして、それを使ってさらに桜月ちゃんを___』
「え、っ!?」
中也「あー云ってろ。それで?Nを見たかって質問の意図は?」
『Nを工事現場から救助した救出班が、こっちに車で向かっている途中に消息を絶ってね。Nとも連絡が取れない』
中也「何?」
『何かあったのかもしれない』
そんな治の声が、真っ暗な夜の空に吸い込まれて行った。
先程迄輝いていた星は、何処に行ったのやら…
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 55
ヤバい本編並みにストブリが長くなってるやばいやばい
マフィアの黒い車が、電柱に衝突している。
停車した車の後部席から転がり落ちたN。
全身を強く打ったようで、口の中に血が溜まっていた。
彼は車の傍の道路に手足をつき、苦しそうな息をついた。
路肩の電柱に正面衝突し、全面が大きくひしゃげている。
車体のどこかから煙が出ている。
そこはヴェルレェヌとの戦場である林地にほど近く、静かで、往来する車の気配はない。
見ているのは黒々と騒めく木々だけだった。
「私は…まだ、死ぬ訳には、いかない……」
Nはそう云い、血を地面に吐いて如何にか立ち上がった。
「これを、伝える、までは……」
Nが白衣の懐から取り出したのは、古ぼけた信号拳銃。
外見はくすんだ赤。
見た目は概ね普通の拳銃だが、銃口が太く、12ゲージ口径の信号弾を射出できる。
次にNは、自分の腕時計を取り外しにかかった。
ごく普通の銀色の腕時計。
その中の、歯車の一つ。
それは、不思議な輝きを放っていた。
金と白金、虹色の金属の合金。
月光を受けると、歯車の表面にごく小さな文字列が走るように浮かんで、また消える。
Nは脚を引き摺りながら歩いていき、ヴェルレェヌの戦場が見える丘の上まで来た。
抉られて穴だらけの地面と、吹き飛ばされた木々がよく見える。
「やはり………《獣性》形態になったのだな、ヴェルレェヌ」
Nは喘ぎながら云った。
その唇の端に浮かぶのは、微かな笑みだった。
「なら、脆弱な私のこの手も、ようやく君に届く」
Nは歯車を、信号拳銃にはめた。
その目は静かで、どんな感情も宿していない。
弾頭を装填し、拳銃を空に向けた。
Nの背後の車からは、未だ煙が上がっている。
中には二つの人影があった。
どちらも動く気配はない。
運転席にいるマフィアの男は、ハンドルに突っ伏して眠るように死んでいる。
背中の首から腰にかけての服と肉がぐずぐずに溶け、背骨が見えていた。
助手席の男も似たような状況だ。
右肩から腕が溶け、それから電柱に激突、背骨を折ったのが死因だった。
中身が空になった薬液瓶が、後部席の床に転がっていた。
死の原因は明白。
走行中、《《後部席に座っていた男が、》》後ろからいきなり二人に薬液をかけたのだ。
2人は警戒していなかった。
抵抗も反応も出来ないまま薬液に体を溶かされ、道を外れて電柱に激突した。
二人のマフィアは、後部席の男を__誘拐され|高塔型起重機《タワークレーン》に放置されていたNを助け出し、車で太宰の元へと連れて行く途上だった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 56
半壊したアダムを中也が背負う。
重力操作で軽くしているのか、中也の表情に苦しさはない。
「…狼、そーっとね、そーっと、この人を乗せて運んでほしい、!」
小さく鳴いて返事してくれた。
そのまま軽やかに歩きだす。
…凄い絵になる図……
ヴェルレェヌって顔立ち整ってるよね、
で、
そこに銀色の狼に乗ってる所想像してくださいよ、
凄い絵になる場面なんですよね…
ぐるる、とうなられて気が付いた。
私にも乗れ、と云っているみたい。
「…重くない?」
大丈夫だという風に頷く狼。
「、、じゃあ、宜しくね、」
そのまま滑らかに走って前を歩く中也に追いついた。
アダムと何か話してる。
「如何したの?」
中也「いや、コイツが…」
アダム「うーん、まずこの完璧な任務の終了の仕方は全世界の政府が当機に感謝するでしょう?」
「う、うん…?」
アダム「すると昇進は確実、機械の刑事だけの刑事機構を設立する夢は思ったより早くに実現しそうですよね?」
「え、圧が怖い」
アダム「完璧な機械の捜査官が、不完全な人間を守る未来世界。ゆくゆくは人間の捜査官を不要な物として排除、いえ、いっそ娯楽以外の全作業から人間を解放して差し上げ、何の自立能力もない人間を我々が管理し……フフフ」
中也がひきつった顔でアダムを見た。
狼でさえも引いている。
勿論、私も。
というより恐怖しか感じない。
恐ろしい事を云ってる…
その時、東の空に発射された信号弾が私の目に留まった。
「わ、綺麗…!」
中也「何だ?」
それは輝く黄金色で、煙の尾を曳きながら夜空を鋭く切り取っていく。
逆向きの流れ星みたいに。
その光は木々の横顔を照らし出し、大地に傷跡のような光を描き、中也の足元に長い長い影を落とした。
中也「……攻撃班の誤射か何かか?」
目を細めてそれを見ている中也。
私もそれに目を取られて、じっと空を見上げていた。
未だ雲は、晴れない。
---
太宰は瞬きもせず、その光を見つめていた。
その目は素早く動き、光の出所を捜した。
それから角度。
現在の時間。
戦況。
閃光弾の種類。
推定される所有者。
理由。
目的。
一秒足らずで、その目は理解の光を宿した。
そして云った。
「……まずい」
太宰の唇からこぼれたのは、声というより、ひび割れた喘鳴だった。
「全員退避を……いや、間に合わない」
その目は絶望を宿して揺れていた。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 57
打ち上げられた信号弾から、虹色に輝く奇妙な金属片が、無数に降り注いでいた。
奇妙、とはいえ虹色のキラキラが辺りに飛び散っているその光景は、
「…一寸綺麗、!」
ただ、金属。
少し危険を感じた。
「、狼、ヴェルレェヌをゆっくりその場に下ろしたら、戻っていいよ」
くるりと回り、慣れた動作でその場に下ろす。
そして、空へと駆けあがって消えた。
…あれは、
あの光は、何なんだろう。
雪の一片よりも細かい、遠い星のように煌めく虹色の粒子。
それぞれが聞こえない音楽を共鳴させているように、美しく明滅している。
…いや、聞こえる。
あれはたしかに、音楽を奏でている。
音楽よりももっと、純粋で単純な、
何か__
__そう、音楽的信号を。
その直後、異変が起こった。
いきなり横で倒れているお兄ちゃんが、叫び、苦しみ始めた。
「っ如何したの、⁉」
言葉にならないその絶叫に、全身の毛が逆立った。
攻撃する余裕は、今のヴェルレェヌにはない。
これ程藻搔いて苦しんでいる、今のお兄ちゃんには。
眼球に充血。
顔には網の様に血管が浮かんでいる。
指が胸を掻きむしっている。
のた打ち回って、全身の筋肉が千切れそうなほど力が籠り、反り返っている。
「中也、っ!!」
中也「アダム!なんだコイツは!」
アダム「此れは当機の薬の作用ではありません!」
アダムが堅い声で叫ぶ。
「きじゅ、う、…」
駄目だ。
この状況で下手に異能治癒を行えば、悪化する可能性がある。
前、森さん__首領に教えて貰った。
異能による治癒は、どんなときでもリスクと危険を掛け持っている、と。
なら、どうすれば、!
その時中也が気が付いた。
降り注いだ金属粒子が、お兄ちゃんの残存重力に吸い寄せられている。
その所為でお兄ちゃんにこれほどの効果が表れている。
つまりこれは、
「これは、誰かからの攻撃、!」
でも一体誰が、何のために、…
ヴェルレェヌ「……、た」
苦痛の呻きの中で、お兄ちゃんが何かを云った。
口元に顔を近づけて耳を澄ます。
ヴェルレェヌ「や、られ、た」
痛恨の悔悟を滲ませたその声に、胸が痛んだ。
何故そんなに、後悔をして、っ
ヴェルレェヌ「あの、研究者、嘘を……奴は『優しき森の秘密』を……既に、知って……」
そして異変が始まった。
ヴェルレェヌを中心に、空間が歪み始めた。
重力を操れる中也に、機械の頑丈な体で出来たアダム。
その二人とは違い、過重力に耐えられる力は私には無い。
精々できるのが、咲夜の炎をもう一度呼び出す事が出来るのを、願うことだけだった。
アダム「此処から離脱してください、中也様、桜月さん。一刻も早く。この重力波長パターンは、」
--- 「九年前のあの時と同じです。」 ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 58
アダム「此処から離脱してください、中也様、桜月さん。一刻も早く。この重力波長パターンは、」
--- 「九年前のあの時と同じです」 ---
中也「九年前だと?」
中也の表情が、それを聞いて変わった。
「九年前、って、初めの…一番、最初の、!」
中也「おいヴェルレェヌ、答えろ、何が起こってる!」
それにお兄ちゃんは答えなかった。
自分の作り出した重力波振動の中で溺れつつあったから。
空間の歪みの所為でお兄ちゃんの姿が見えない。
当たりの視界があっという間に悪くなっていく。
如何しよう、私は、どうすれば、
ヴェルレェヌ「世界が、終わる」
唯一目に映るヴェルレェヌの姿は、死の間際の老人の様に弱々しかった。
そして、震える手を伸ばす。
私も其方に手を伸ばした。
気が付く。
隣に中也がいる、と。
--- 《《「逃げろ、桜月、中也」》》 ---
そして届いた私の手は逆向きの力に弾き飛ばされた。
同じくして、中也も。
中也「なっ」
「お兄ちゃん、っ…!」
指先だけが触れたヴェルレェヌの手。
孤独に包まれた、悲しげな微笑み顔。
けれど急速に膨張して発散する強力なそれに追いつかれ、私達は意識ごと飲み込まれた。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 59
空が割れる。
黒雷が降る。
大気が膨張する。
撤退作業中だったマフィアの戦闘班員達は聞いた。
天使が歌う声を。
列車の上に立つ太宰は聞いた。
悪魔の哄笑を。
九年前と同じ大災厄。
大地は沸騰し、家屋は蒸発する。
天は燃え、地は泣き叫ぶ。
其は荒れ巻く竜木の神。
世界の《《あちら側》》より来たるもの。
だが__
今目の前で森を焼くその姿は、荒幡吐ではなかった。
それよりもなお大きく、なお黒く、なお禍々しい。
巨体が出かけた月を隠し、身動ぎが真空波を生み出し、その一歩が大地を割り砕く。
太宰はその姿を見上げ、云った。
「これが特異点?本当にこんな力が、異能から生まれたのか?」
その声は、殆ど恍惚としていた。
「こんなのまるで、世界の終わりじゃあないか」
意識されない笑みが、唇の端には浮かんでいた。
最初の十秒で、半径一|粁《キロ》圏内の樹木が残らずなぎ斃された。
次の十秒で、同じ圏内の大地は破壊され吹き上げられた。
次の十秒で、抉り取られた台地が沸騰し、溶岩となって周囲の森を灼き始めた。
その光景を見ながら哄笑するN。
「はははははっ!ヴェルレェヌ君、これが『優しき森の秘密』だ!君を守るためランボオが削除した、君の真の姿への戻し方だ!」
Nの見上げる先には、異形の形となったヴェルレェヌの、黒い巨獣としての輪郭がある。
「神たる荒幡吐ですら、君の模倣品に過ぎない。世界で最初の、生きた特異点。この世の根源から来た魔獣。君の創造主がつけたその名は、荒ぶる神の|反転《ネガ》、原初の悪魔。」
--- 「《《《魔獣ギーヴル》》》」 ---
その巨体が、首をもたげる。
其の躰は炎。
尻尾も炎。
高密度の体躯は、夜を凝らせたような漆黒。
八つの赫い瞳。
並んだ歯列は錆銀。
余りの高エネルギィにに輪郭は安定せず、振動して大気と混ざりあう。
高層ビルよりも巨大なその姿は、爬虫類にも似た口腔と外見を持っていた。
だが地球上のどんな生物と似ていない。
最も近いのは、伝承の中にのみ__異能によってのみ存在する怪物、
渾沌の王にして魔、
邪悪なる《|竜《ドラゴン》》だ。
神と呼ぶには、それは余りに禍々しい。
桜月の操る四神。
その青龍とは、似ても似つかない。
足元で大地が沸騰し、逃げ遅れたマフィア員たちが悲鳴を上げる間も無く絶命する。
呼吸する混沌。
人類の規模ではなく、宇宙の規模で存在する獣。
破滅の咆哮が、大気を満たす。
次回、過去の真実___?
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 60
これは、破棄されたとある少女の実験記録。
合法的に閲覧可能な人物は、日本でも数人。
破棄されたものを、とある「元組織諜報員の異能特務課の人物」が復元、
その後、分かったことを長官へ報告___とは行かなかった。
その少女は、今は亡き友人が可愛がっていた。
そして、もう戻れないあの日々の、元友人が。
勿論、その元諜報員もだったが。
そんな少女の事を長官へ報告すれば、彼女は最悪の場合___。
特務課の重要人物でもある彼は、どうなるかは簡単に予想がついた。
故に、そんな事態は避けたかった。
彼はその実験記録を自身のみの中での機密保持を決めた。
それを盗み出したのが、名高い暗殺者。
暗殺王、ポール・ヴェルレェヌだった。
彼は日本に来て緻密に決められていた計画の中、
計画外にこの記録を盗み出す行動に出た。
ヴェルレェヌはその記録を盗み出した。
そして、真実を知った。
彼女が抱える、数多くの、闇深い事実を。
青黒い液体の中に浮かぶ少女。
その髪は何よりも純粋で、真珠の様に清らかな純白だった。
其の躰からは、数多くの細引や輸液管が伸びている。
パチリと目を覚ました彼女。
目に宝石でも付けているかのような美しい蒼。
だがそれは宝石ではなく、紛れもない彼女の瞳だった。
白衣の人物にその液体の外へ連れ出され、不思議な機械が多く並ぶ椅子に座る。
腕に足に、拘束具を留められ、その白衣の人物はスイッチをカチリと入れる。
言葉にならない声が響く。
少女はハッとした様子で、口を慌てて閉じた。
空気にはときどき、電流が放電する光が奔る。
小さな稲光の様な、雷の様な光が。
じたばたと必死に手足を動かそうとするも、拘束具が其れを許さない。
暫くすると、彼女の周りには光に覆われた《《何か》》が蠢いていた。
その何かは、邪悪でない、まるで潔い物だった。
何かが彼女に触れる。
その瞬間研究者がスイッチを切った。
少女は肩で息をしながら俯く。
研究者はその少女の頭を撫でながら、何か云った。
その後、また青黒い液体の中へ連れられ、戻って行った。
彼女は毎日をこんな風にして過ごしていった。
生まれた時から、今の今まで。
まだ幼児だという齢の少女が。
---
「おや、?」
先程とは全く違う場所で、黒髪の露西亜人は疑問符を浮かべた。
何かを覗き込み、微笑を口の端に表す。
「…面白い」
其が彼の率直な感想だった。
ニヤリと擬音が聞こえそうな笑みを浮かべながら、真っ新な紙に何かを記した。
_譯懈怦=@。:・」@\…少女は16歳。二年の空白:・p。@-姉が存在される、逋ス邏呎枚蟄ヲ譖ク縺ォ繧医j___
Мне она показалась милой.
Поэтому я старался держать ее при себе.
ペンが転がり落ちる。
「…彼女も他と同じく、神の運命には抗えないのです」
その目は、遠く先の未来を見ている様だった。
先程の少女が道端に転がり落ちていた。
見る影も無いほど、幼くなった少女が。
そして、不思議とあの純白の髪が、夜の底のように黒くなっていた。
まるで、赤ん坊のような少女がそこにはいた。
そんな彼女に優しそうな若い男女が近付いて行った。
幼い子を、腕に抱えている。
白かった髪の幼子を、優しく抱え上げた。
そのまま、走った。
命拾いした元少女の子。
彼女は腕に抱えられていた幼子と共に、あの若夫婦の下で双子として大きくなっていった。
そんなとある日、若夫婦が暗殺された。
抱えられていた少女__鏡花と、
拾われて育てられた少女__桜月は、
孤児になった二人は、
貧民街で二人で生き延びていた。
桜月に降りかかった様々な出来事。
それは鏡花と生き別れになる直前、記憶から抹消されていた。
幾度か、桜月の脳には記憶改変の能力が及んでいた。
そして、桜月は武装探偵社と出会う。
初めに出会った男__太宰が解決した事件。
人食い虎と、それと一緒に行動する不思議な異能。
その異能は桜月の能力。
『奇獣』。
桜月が操ろうにも、彼女の元には携帯電話がなかった。
鏡花の操る『夜叉白雪』と同じくして、母の形見の携帯がなければ操れなかったもの。
その奇獣は、母の異能では無かった。
研究所に居た少女。
彼女は実験によって、四季という能力__を授かっていた。
招猫は生まれながら持っていた能力。
研究により得た能力は奇獣。
その後神の悪戯に、咲夜という能力を発現させる。
奇獣と咲夜は、直接の関係はない。
奇獣。
招猫によって実験も命を落とす事なく何とか生き延びた彼女。
よって奇獣は実験、否、招猫によって齎された。
その後、彼女はフョードルによって運命を書き換えられる。
本来の齢は十四。
しかし、彼によって二歳上、十六という年齢で生きることになった。
人の形をした神。
四季を司る神。
それは平安の世に創り出された能力。
能力名、『|咲夜神《サクヤノカミ》』
それは平安の世に創り出された能力。
神に選ばれし者が、自身を神に捧げ、咲夜と一体となる事で得られる、四季を操る力。
大いなる自然の、万物の力。
幼い少女__桜月は笑った。
実験によって渡された奇獣は、大切な人の死という状況で発現したため、
本人の意思の儘には操ることができなかった。
今までの彼女の生い立ちをまとめると、
実験所にて生誕。
しかし、彼女がオリジナルか、オリジナルが本体なのか、判別不可になった。
↓
幸福の招猫という異能を持っていたが、実体化するものではなかったために気付かれなかった。
↓
実験によって奇獣という獣神の異能を得る。
しかしながら、あまりにも幼い少女の体には耐えきれないものだったため、具現化はせず。
↓
フョードルによって年齢等彼女に書き換えが行われる。
その際に孤児となった。
↓
泉家に拾われる。
↓
鏡花父母が暗殺される。強いショックによって奇獣が具現化される。
↓
鏡花と二人で貧民街。
マフィアの数多くの事件にかかわるも、能力無効化を持つ人物以外の記憶から抹消されていた。
勿論本人の記憶からも。
↓
結果として、記憶干渉の能力を受けすぎたために、一部記憶喪失。
自身の能力などが判らなくなった。
(そこが物語冒頭部。自分の能力を全く知らない状態。)
↓
鏡花と生き別れに。
その後、探偵社と出会う。
以上が調べられたデータだった。
なお、ここに記されていないデータは破棄済み、もしくは不記載。
異能特務課 【__ __】
---
桜月の意識の中に、一人の男が書類を読んでいるのが見えた。
その書類の中身。
それこそが、ヴェルレェヌが特務課から盗み出したものであり、
桜月の生い立ちに関して坂口安吾が必死に調べ上げた物だった。
内容は、上記の通り。
桜月は只管、目を見開いて、震える手を手で握って、
体が崩れ落ちない様に膝で立ち続けていた。
ずっと知りたかった真実が、残酷なほど彼女の体を蝕んでいた。
--- ー特一級危険異能者ー ---
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 61
あ、ぁ、と震えながら呆然とする。
其れしか出来ずに立ち尽くしていた。
「ゃ、だ、っ…これが、私の、存在、私は、っ」
「文学書によって有から創られた人間、それも、人間かどうかすらわからない私から、」
既に私の頭はパンクしそうだった。
私は、
私は、
私は、
私は、
私は、何…?
お姉ちゃんと双子っていうのも嘘。
奇獣が私自身の能力なのも嘘。
あの人達がお母さんとお父さんっていうのも嘘。
そもそも拾われて育てられた事実でさえ、吃驚なのに。
拾い子なのも、元から仕組まれて決まってた。
私は人間じゃない、かもしれない。
なら私はなに、?
私は、っ____
--- 「「桜月ッ!!目ェ覚ませ!!」」 ---
「ッは、っはぁ、っは、ぁ」
気が付くと私は浮遊空間を漂っていた。
暗い黒。
此処はヴェルレェヌ__ギーヴルの、内部。
中也「…何があった、?」
私は汗でびしょびしょに濡れていた。
あんな夢を見た後だ。
致し方ない。
でも、
あれは夢じゃない。
「__うぅん、大丈夫、っ。」
---
対ギーヴルでは、マフィア達による絶望的な反撃が続いていた。
応援に来た最新兵器が、物の数秒で潰れる。
太宰と広津は、それを絶望的な表情で見ていた。
太宰「…無理だ」
攻撃を見守る太宰が、呆然として言う。
太宰「神の怒りに触れたソドムの人々と同じだ。あまりに一方的すぎる。戦いにすらならない」
広津「太宰殿」
一瞬、巨獣が黒い息吹を放つ。
それだけで、その応援に来た最新兵器は跡形もなく消え去った。
呼吸を忘れたように空を凝視する広津。
広津「な……何ですか、今のは………」
直線上に抉られた大地。
底の見えない断崖を創り出している。
それも見える限り遠く、地平線の彼方まで続いている。
太宰「ははは……信じられない。|暗黒孔《ブラックホール》を、|収束放射光《レーザー》の様に撃ち出したんだ。」
目を見開いたまま、口の端だけをゆがめて笑う太宰。
太宰「こんなのはもう異能じゃない。否、地球上で起こって善い現象じゃないよ。銀河系の何処かとか、太陽の中心だとか、そういう場所でしか観測されちゃいけない物理現象だ。生き物と戦う気さえしない。無理だ。勝てる訳がない」
---
「…お兄ちゃん、は、私の為に、」
中也が疑問符をぶつけてくる。
痛い。
「…お兄ちゃん、は、日本に来て、計画外の事を一つだけしたの、。」
中也「…何をした?」
「……私についての、超機密文書を、異能特務課から盗み出し、た」
私が特一級危険異能者、。
理由は、私の所持する能力。
それだけ。
つまり、
異能特務課全体には、
私の生い立ちは行きわたっていない___。
如何したいんですか。
如何すれば良いんですか。
坂口__安吾さん、。
お兄ちゃんは、何故私について調べたの。
元々ただの殺害対象だった、私を。
判らない。
全部が判らない。
私は、私自身をどうすればいいの、?
…
凄い迷走回
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 62
巨獣が移動を始めた。
踵を離すだけで何秒もかかる鈍重な動作だが、足の先端は衝撃波が生まれるほどの速度。
あまりに体躯が巨大なため、どれだけ緩慢に動こうと特急列車並みの速度が出るのだ。
その進行方向に居るのは、一人の人物___
___Nだ。
Nは死の吐息によって引き起こされた重力破壊を見下ろし、哄笑していた。
「ははははっ!そうだ、それでこそだヴェルレェヌ!君の云う通りだ、君は人間ではない!それ以上の存在、世界を喰らう獣!そのまま進み、その特異点の暴威で街を、そして世界を平らに均すがいい!そして力を使い果たし、特異点と共に蒸発して消えるのだ!ははははは!」
巨獣は歩く。
大きな闇が動いて居るかのように。
その目はなにも見てはいない。
生き残りのマフィアも、足元のNも、何も。
それが見ているのは、遥か眼前に輝くヨコハマの街明かり。
「見たかヴェルレェヌ!これが君の結末だ!」
Nの笑いは嬌声になり、最後には絶叫に近くなっていた。
「君の様な無比の存在が、私の様なつまらない人間の所為で死ぬのだ!ははははっ、死ね、ヴェルレェヌ!」
--- 「《《弟の仇だ!》》はははははははははははははははは」 ---
巨獣が足を掲げる。
Nは泣き笑いの表情で叫んでいる。
巨大な足裏が、丘ごとNを踏み潰した。
next..
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 63
__その巨獣の歩みを、少し離れた林の中で、広津と太宰が注視している。
広津「…歩き出しました」
呆然と言った広津。
広津「彼方は市街地___横浜の方角です」
太宰「奴は憎悪の化身だ。」
太宰が書物でも読み上げるように云った。
無機質に、感情が無いかのように。
太宰「攻撃、つまり敵の憎悪に反応する。今の攻撃に市街地の人間の一部が気付いたんだ。その気配に反応して、横浜に向かう気だ。」
広津「では、このまま進めば」
太宰「そうだ。何百万人の人間が死ぬ。」
無線機を取り出す太宰。
太宰「ここらが潮時みたいだ。」
そう云って無線機の周波数を調節する。
小さく息を吸って、声にした。
太宰「森さん?逃げた方がいい。奴がそっちに向かってる。」
---
ポートマフィア本部ビルの最上階、首領執務室。
腰掛け、窓の向こうを眺めている首領__森鴎外。
部屋は暗い。
故に、窓からは横浜の夜景が見渡せる。
その視線の先、市街地を超えたはるか先の空が、茜色に薄く明滅していた。
遠くで行われている戦闘と林地火災に、雲が照らし出されている。
「此方でも今の攻撃が見えたよ」
森は穏やかに云った。
「凄い事になっている様だね」
『凄いなんてもんじゃないよ。あれはもう一匹の荒覇吐なんだ。荒覇吐は九年前、一瞬目覚めただけで街を吹き荒らし、巨大な擂鉢街の窪地をつくった。もし街で、しかも継続的にあの力を解放したら、横浜は海の底に沈む。もう僕達の出る幕じゃない。』
森はその言葉に表情を動かさず、ただ静かに呼吸だけをした。
それから云った。
「太宰君、私が何故、首領としてやっていけているか判るかい?」
『森さん』
太宰が咎めるような苦さを含んだ声で云った。
『そんな事話している場合じゃない』
「私には其処に居る君たちの様に便利な異能はない。その代わり、君達より少しばかり得た事がある。戦いに必要な戦力を推定し、戦場に送り込む直観力だ。」
『…僕達であいつを斃せって?』
「君は逃げろと云う。だがそれだけの怪物を相手に、どんな逃げ場があると云うのかね?」
その声色には、真実だけを告げる平穏さがある。
「それより私は、君達が___君と中也君、そして桜月ちゃんが、この危機をどう切り抜けるのかを見たい。きっとそれは、新たな時代の稿矢となるだろう」
『気楽に言ってくれるね』
太宰がうんざりした声で云った。
『でも多分中也は死んでるよ。…桜月ちゃんは、生きててほしい、けど…二人は怪物の発生の時、一番近くにいた。それに通信に反応がない。重力で防御して生き残ってたとしても、今頃怪物の腹の中だ。……僕が何を考えているか云おうか?』
森は答えず、小さく肩をすくめた。
太宰は少し待ってから、続きを切り出した。
『これは絶好の好機じゃないか、って僕は考えてる。あれだけの異能を受ければ、きっと一瞬で跡形もなく消えてなくなるだろう。痛くも苦しくもないし、死んだ後の醜さもない。おまけに桜月ちゃんも一緒に死ぬだろうし…この先滅多にお目にかかれない、千載一遇の好機だ。』
しばらく間を置いた後、森は答えた。
「君の意見はおそらく正しい。」
「だが君は怪物に立ち向かう。そして必死に戦う。私には判るのだよ」
『有り得ないね。でも一応、理由を聞こうかな』
「極めて単純な理屈だ。」
森は微笑んでいる。
「今君がその怪物にやられて死ねば、慥かに桜月ちゃんとの心中という望みは叶う。しかし中也君も救えずに、彼も死ぬ。つまり君が待ち望んだ死は、桜月ちゃん2人でとお望み通りとは行かずに、中也君と3人で心中という形で達成されるからだ」
たっぷり10秒は沈黙があった。
それから太宰は無線機の向こうで『ほわぁ』と云った。
「何だい今の”ほわぁ”っていうのは?」
『何でもない。兎に角、僕を操ろうとしたって無駄だからね。もう切るよ』
そう云って無線機は途切れた。
森は微笑を浮かべたまま無線機を握っている。
---
無線機を切った格好のまま固まっている太宰。
それから無線機を抱え込んで丸くなり、地面に向かって叫んだ。
「それだけは厭だああぁぁぁぁ!!!」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 64
中也は闇の中を進行していた。
ポール・ヴェルレェヌ。
アルチュール・ランボオ。
その二人の研究所への潜入任務と、中也__荒幡吐の奪取の様子。
ランボオは中也を円筒から救い出した。
しかし、そこで仲間割れだった。
ヴェルレェヌは国へ中也を連れ帰る意思はなかった。
自分が人間ではないという事実を知らせず、何処か長閑な田舎で、自分の正体を知らずにひっそりと育ってもらう。
その我儘を通せるのは、敵地にいる今だけ。
ヴェルレェヌはランボオに銃を構えた。
そして、引き金が引かれた。
ランボオは防御した。
その顔に、怒りはなかった。
友を、相棒で合った男を、そして目的である荒幡吐を連れ帰らんと、亜空間立方体を展開させるランボオ。
ヴェルレェヌは荒幡吐を、_中也を、救うため、嘗ての相棒に銃を向け、重力を展開させる。
花が開くように、空間が歪んで行く。
千人の兵士に値する力を持つ超越者二人。
その命を削り合う死闘。
兵器級の力が激突する___
アダム「中也様、目を覚まして下さい!」
いきなり意識が過去から引き抜かれた。
先程まで見ていたのは、中原中也の過去。
ランボオとヴェルレェヌの真相。
途端に暗黒が押し寄せる。
中也は浮かんでいた。
得体の知れない暗黒の激流の中に。
ハッとして辺りを見回す。
桜月の姿がない。
「、桜月はッ!」
アダムは一種の|受話器《レシーバー》の様な物を中也の耳に着けながら云った。
アダム「桜月さんを捜しましょう。此処はヴェルレェヌの内部。我々は魔獣ギーヴルの開放に伴って飲み込まれたようです。」
「あぁ、そんな気がしてたぜ。…兎に角桜月だな。怪我してたら__唯じゃ置かねぇからな」
そして、見つけた。
何かに魘され、目を閉じて苦しそうにしている桜月を。
--- 「「桜月ッ!!目ェ覚ませ!!」」 ---
「ッは、っはぁ、っは、ぁ」
---
気が付くと私は浮遊空間を漂っていた。
暗い黒。
此処はヴェルレェヌ__ギーヴルの、内部。
中也「…何があった、?」
私は汗でびしょびしょに濡れていた。
あんな夢を見た後だ。
致し方ない。
でも、
あれは夢じゃない。
「__うぅん、大丈夫、っ。」
そして物語は冒頭部へと続く_
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 65
中也「…大丈夫じゃねぇだろ、」
「い、今は、取り敢えず如何にかして此処から…」
アダム「…その通りです。兎に角これをお使いください。此処で我々が離れれば、もう二度と再開できないでしょうから」
「、これは…?」
白い帯の様な物がアダムの後頭部と首の間の接合部から出てきた。
安定した、正常な輝きを放っている。
それを中也に器用に結び、私に括りつける。
中也「アダムてめッ…ち、近ェよ!!」
し、正直言って、かなりは、恥ずかしい、…
アダム「長さにもそれほど余裕はないので、暫く御辛抱下さい」
「っていうか、何でそんな凄い物がアダムの背中から?」
云わばこの空間を絶縁している、絶縁体のような働きをする紐…
アダム「それは、当機は最初から、この状況を想定して設計されていたからです」
「え、?」
中也「何だと?」
アダム「思い出したのはつい先程です」
真剣な目。
…何かある。
アダム「というのも、この状況化を認識するまでは知識に|保護《プロテクト》がかかっていたからです。このケーブルもその一つです。ヴェルレェヌの中に在る特異点の暴走。その最悪の事態を予見した欧州当局は、対策可能な当機を派遣したのです。とはいえ、あまり時間は残されていません。横浜が世界最大の窪地になる前に、当機の機密任務、『最終プロトコル』を実行します。協力して頂けますか?」
私はチラリと中也を見た。
ニヤリと笑っている。
「勿論!」
「やらない理由がねぇ」
声を揃えて云った。
中也「だが、具体的に如何やって止める?」
アダム「当機に内蔵されたこの異能兵器を使います。」
アダムは格納ベイを開き、中身を見せた。
一つの奇妙な映写機。
奇妙に厚く保護されている。
それに奇妙な文字が書かれている羊皮紙が接続されていた。
アダム「大戦末期、英国で開発されたものです。当機の動力源でもありますが、本来の用途は熱量による広域破壊兵器です。」
ニヤリと笑ったアダム。
アダム「これを用いて、《魔獣ギーヴル》をまるごと焼却します。」
中也「は」
「え」
目を丸くする。
こんな映写機に、そんな力が?
アダム「はい。手短に手順を説明します。」
ケーブルを繋いだり差し込んだり。
そして、腕を飛ばせと。
__腕を飛ばせ?
どこまで?
__この領域の外まで
「正気じゃない…」
中也も難しい顔をして黙った。
中也「、、、本気か?」
アダム「はい」
中也「此奴が何所まで続いてるかも分からねぇんだぞ。それにこの激流だ。真っすぐ飛ぶ保証はねぇ。普通に考えりゃ、俺の異能よりヴェルレェヌの重力場の方が強い。」
アダム「それでもやってもらわなくてはなりません。大丈夫です。中也様ならできます」
「いや、根拠のない励まし…」
苦笑いして、真剣な顔になった中也。
中也「…こいつの長さは足りるのか?」
アダム「十分なはずです」
中也「いいだろう。見てな」
目を閉じ、息を整えた。
前方の光を、目を開いて睨む。
限界まで重力をかけて離した。
彗星のように腕が射出された。
暗黒の奔流に吞まれて、たちまち見えなくなる。
中也は勢いよく巻き取られて行くケーブルを掴んで、重力を流した。
額に汗が浮かぶ。
中也の力によって、巻きとられる速度は加速。
アダム「もっとです!」
「頑張って、、っ!」
全身から吹き出す汗。
中也の意識がふっと途切れそうになった時、ケーブルの先から抵抗が消えた。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 66
巨獣の背中と腰の境目辺りに、腕が飛び出した。
接続された輝く電線が、流星の尾の様にそれに続く。
腕は夜の空を泳いで放射線を描き、巨獣の進行方向とは逆側に落下した。
そして、木々が立ち並ぶ大地へと突き刺さった。
着地と同時に、アダムの腕から銛の様な突起が4つ、放射状に飛び出した。
それが大地に食らいつき、腕を固定した。
頑丈なケーブルがぴんと張って___
__逆側に結び付けられている中也たちを引っ張った。
「「うぉっ!」」
「「わぁっ!?」」
頑丈なケーブルに、急に引っ張られた。
吃驚した。
っていうか…
「速い速い速い速いねぇ速いってぇぇええっっ!!!」
いっぱいまで伸びたケーブルは、|巻揚機《ウィンチ》に引っ張られる車みたいに凄い勢いで私達を引っ張っていく。
中也「成程な、これで一旦外に出る訳か。それで?三人で外に出て、それからどうすん__」
言葉が途切れた中也を不思議に思って、振り向いた。
すぐに私はその訳を知る。
アダムが、寂しそうに、微笑んでいた。
「アダ、ム」
--- 《《アダムが自分と私達のケーブルを切り離した》》。 ---
中也「……は?」
「、、え、?」
反射的に手を伸ばした中也。
けど、すぐに猛烈な暗黒時間に吹き飛ばされて、姿が見えなくなった。
けれど、全身をケーブルで結び付けられている私達は、相も変わらず凄まじい速度で外へと引っ張られている。
中也「おい、アダム!何してる!離れたら二度と再開できねえって__」
『これでいいのです』
中也の耳の|受話器《レシーバー》から声が聞こえた。
…凄く寂しげな、アダムの声が。
『この兵器の開発名は”|殻《シェル》”。設定焼却半径は二十二ヤード。内部温度はセ氏換算で六千度。太陽の表面温度並みの超高熱が当機を中心に発生し、特異点生命体諸共分子レベルにまでプラズマ化します。後には白い煙しか残りません。』
「お前を中心に、だと?」
「そんな、っアダム止めてよ、_!」
『人間ではなく機械の捜査官が派遣された真の理由が《《これ》》です。』
アダムの声は優しくて、それでいて、弱々しい。
『機密を知る当機のコアごとヴェルレェヌを償却し、国家機密を消去するのです』
「やめろ!莫迦か手前!他に方法がある筈だろ!」
『あるかもしれません。ですがこの方法でないと、中也様の、桜月さんの命と任務を同時に守れません』
「任務なんて如何でも良いよ、っ!!__そ、そうだよ、夢!夢は如何するのっ!」
「そうだ、機械だけの刑事機構を作るのが夢だったんじゃねえのかよ!!」
その答えの前には、二秒ばかりの、永遠にも感じられる沈黙があった。
『当機の夢は、人間を護る事です』
その声は涼しげで、子を護る親のように優しい。
『そしてその夢は今、達成されようとしています』
その瞬間、暗黒空間を抜け出した。
強烈な重力場の支配から一瞬で抜け出し、地面に叩きつけられた。
「桜、ケーブルを斬って!」
瞬時に刻まれるケーブル。
それでも私は抜けた後の空間をじっと見ていた。
『貴方達を護れるのです。当機はそれで満足ですよ』
満足げな声が、|受話器《レシーバー》から聞こえてかすれて、
--- ___消えた。 ---
中也が待てと叫ぶ声が聞こえる。
同じく叫ぶ気力もないまま、呆然と上を見上げていた。
巨大な熱球。
それは天空にまで届きそうな紅蓮の光球だった。
先ず膜状の炎が巨獣を包んだ。
足元の地面から巨獣の頭部近くまでを、シャボン玉の様な熱球殻が覆い、それから内部に向かって爆縮した。
あらゆるものが融解した。
巻き込まれた木々は燃え上がってからすぐに炭化し、さらに白い煙になった。
大地すら沸騰する汚泥となって流れ、さらに蒸発した。
熱球殻の内部は焦熱地獄と化しているにもかかわらず、その外側は驚くほど静かだった。
もう、無理だ。
目を開けていることも出来ずに、手で覆った。
座り込んで、肩を震わせた。
これは英国の異能技師が開発した特異点兵器。
設定された焼却半径の中の物だけを焼き尽くす、通称”消滅兵器”。
ある異能者の持つ時間旅行能力を基礎に、意図的な特異点を生成させる兵器。
そのあまりに圧倒的な熱出力と、最大数十粁まで設定可能な半径の広さから、戦争が生み出した《三大厄災》の一つに数えられ、公的には使用が禁止されている兵器。
___だった、かな、。
何も言えずに、ただ震える手を見つめていた。
残ったのは、アダムの腕と、ケーブルの切れ端。
そして、同じように呆然としている中也。
凡てが終了した。
正確な円形に削られて溶けた大地。
範囲外で、燃えもしなかった木々。
範囲外だったために焼け残った魔獣ギーヴルの黒い尻尾。
範囲外。
それだけの事実で、私は此処に、いる。
範囲外だった、
ただ、それだけで。
他には何もなかった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 67
「桜月ちゃん、良かった、…何だ、生きてたの中也」
木々のあいまから歩いてくる治。
何かを中也に投げつけた。
何かと思ったら、ヴェルレェヌの黒帽子だった。
「治」
彼が嫌味を言う前に、止めようと思った。
中也「太宰」
中也は静かに、鋭い表情を向けた。
中也「今はお前と云い合う気分じゃねぇ」
太宰「Nの死体が見つかったよ。踏み潰されてた。これで中也が人間か否かを知る人物は、皆消えてしまったわけだ。……悔しいかい?」
中也「どうだろうな。俺は……」
私は何も云う気になれずに口を閉ざしていた。
__咲夜。
やっと見つけたあなたの正体は、
私自身でもある、一人の孤独な神様だった。
その神様は、異能にされた挙句、持ち主が死んでもまた別の持ち主へと転移されて行く。
神に選ばれて。
故に、永遠の孤独が当たり前だった。
_私にとっては、それが当たり前なの_
咲夜、⁉_
_唯の異能を、あって間もない神の端くれを心配するなんて、貴女もお人好しね_
前話した時のように、姿が見える訳ではない。
けれど、慥かに声は頭の中に響いていた。
…だって、あなたは私を心配してくれた。助けてくれた。から、_
_……私を信用するなら、もう一度だけ助けさせて_
…え、?
_貴女の躰は私でもある。貴女がその気になれば体の制御権を受け渡すことも出来るわ。お願い。私にしかわからない事もあるの。お願い。もう、_
--- _もうこれ以上、守れなかったものを増やさせないで_ ---
その悲痛な声に何かを感じた。
急な事が多くてあまりわからないけれど、私の口が勝手に返事をしていた。
いいよ、と___
_…ありがとう、。ならこう云って。今から私が云う通りに、______
判った。そう、もう一度返事をしようとした。
その瞬間、大地が身震いした。
頭の中に、咲夜とは違う憎しみの籠った《《それ》》が、流れ込んでくると同時に__
--- 「|其処《そこ》に|或《あ》る、|其処《そこ》に|見《み》ゆる、その|桜《さくら》の|花《はな》を」 ---
--- 「|鏡花桜月《きょうかりんげつ》|咲《さ》く|夜《よ》に|我《われ》|目覚《めざ》めん」 ---
その言葉を最後に、《《私は》》意識を手放した。
「…実体を持つなんて、久しぶりね。」
白い綺麗な長髪が、風に靡く。
美しい青い瞳が煌いた。
鈴を転がすような声、ではなく、鈴そのもののような声。
それはまるで桜月ではなかった。
桜月よりも幾分か、否、数千年生きて来たであろう者の佇まいを、咲夜はしていた。
「…ギーヴル、ね。消滅していないでしょう。」
--- 「これ以上、私から、…私達から、誰も失わせないわ」 ---
勿論、中也も太宰も、
何も云えぬまま驚くしか出来なかった。
元ネタ(一寸違う) 中原中也 「六月の雨」
茨木のり子 「さくら」
全体としては私のオリジナルですが、書き方など参考にさせて頂いたので載せさせて頂きます。
もう一度言います。
書き方などを参考にさせて頂いた上でのことですが、私のオリジナルです。
桜月ちゃんの台詞は。
はい。
この詩バリかっこよくないですか???
すいません五月蠅いけど許して下さい
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 68
太宰「…貴女は?桜月ちゃんは何処に行った?」
中也「…っ?」
「…何もかも説明してる暇はないわ!中原中也、貴方には判るでしょう!」
その直後、地面が傾いた。
「離れた方がいいわよ」
太宰「会って間もない誰かも判らない人物を信じろと?」
「自分の命が惜しいならね。」
周囲の地面は、破壊されたり傾いた様子はない。
だが木々は傾いている。
小石は転がっていく。
《《或る一点》》に向かって。
その中心には、巨獣の残骸___黒い尻尾。
泡立ち、重力詩をまき散らしながら、鼓動するように収縮し、蠢き、形を変えていく。
「…神に対抗できるのは神。悪魔に対抗できるのは天使。彼女は天使なんでしょう?遅かれ早かれ判るわよ」
魔獣ギーヴルはアダムという機械刑事が焼却し消滅させた。
戦場の歴史を変えるほどの高熱兵器で。
そう思っている事だろうけど。
判る。
彼の憎しみが今も頭の中で共鳴して、響いている。
中也「嘘だろ」
太宰「そういうことか」
蓬髪の少年が厳しい顔で黒塊を睨み、そう云った。
地面に亀裂が入る。
黒塊の中から顔を出す何か。
爬虫類の顔の様な何か。
「危ない!」
そう叫んで林の向こうへと二人を転がす。
元居た場所を、闇が凪いだ。
何かから輻射された黒い奔流。
それは攻撃というより、地球上に突如出現した、一筋の宇宙空間。
大地が一瞬で両断される。
黒い光が一瞬で大地を貫通して、遥か先の建物群まで到達する。
街明かりのいくつかが、痙攣した様に瞬いてやがて消えた。
「な、…」
絶句する二人の少年。
「云ったでしょう。神に対抗できるのは神だけだって」
幸運か、市街地から遠い方角だった。
あれが若し中心部を直撃していたら、横浜では何千人もが死んでいた。
太宰「今のは……重力子放射か?」
引き攣った顔をしながら云う。
太宰「有り得ない。到達距離がさっきよりさらに長い」
「…神だからね」
神、というより怪物が、姿を顕わそうとしている。
肩が出現し、胸部が発生する。
頭部はギーヴルとよく似た獣の様だけれど、目の数は違う。
爛爛と輝く赤い瞳が二つ、人間とほぼ同じ位置についている。
太い両腕、巨大な胴体。
黒塊から徐々に姿を顕わし、脈動し、体躯を巨大化させていく。
太宰「奴を見るな、中也」
囁くように云った。
太宰「奴は人の感情に反応する。奴を意識するな。別の場所を見るんだ。」
橙の髪の少年は、ゆっくりと視線を地面に移す。
私は真っすぐとその赤い目を見据える。
私に感情はない。
持った所でそれは本物の感情でもないから。
太宰「…そうか。貴女は桜月ちゃんの」
「咲夜よ。」
太宰「…咲夜さん、なら貴女は」
「あの巨獣は炎では燃やせないわよ。あれは物質の域じゃない。特異点の無限のエネルギィが消費されつくすまで動き続ける。…私も同じ様なものね」
中也「消費され尽くす迄、って」
「一週間か、一年か。それとも地球が滅ぶまで永遠に、かしら?何しろ無限のエネルギィなのだから」
蓬髪の少年…太宰君は、強張った笑みを浮かべている。
橙髪の少年…中原君は、引き攣ったように顔が固まっている。
「って事で、私は行くわよ。さっきも言った通り、一応神の端くれだから」
中也「それで重傷を負ったら、桜月は…!」
「彼女なら大丈夫よ。不死鳥が居るのだから」
太宰「それでも貴女だけじゃあ、…」
「力不足かしら?」
慥かに数百年間、自分の体を以て動かしてはいないから、訛ってはいるかも知れないけれど。
そうこう云っているうちに、市街地に向けてギーヴルが動き出す。
向こうの人間が気付いてきたから。
少し腕を翻す。
ポウ、と光が灯る。
弄ぶようにふわふわと浮遊させる。
そして、夜空に放つ。
その光は、ギーヴルとは反対方向に跳んで行き、パッと散った。
まるで、花火の様に。
「これで暫くは人間の視線を閑散とさせられるわ。それで、何か?」
太宰「…」
中也「自分達だけ呆けていられる訳ねェだろ。横浜が滅びりゃ、マフィアも消えてなくなる。俺等だって」
「神と神のぶつかる間に入って、足を引っ張らずに居られると?」
…二人の少年は黙った。
……その程度の思いだったのね。
貴方には、私と並んでも、私以上に戦えるかもしれない力があると云うのに。
荒幡吐は、__
中也「そいつは違う」
中原君は私の瞳を見据えて云った。
中也「あいつを如何にかする方法はある。ある筈だ。」
「…何故?」
太宰「ははは、面白い。根拠は?」
中也「ヴェルレェヌだ。彼奴の中に居る時、記憶を見た。」
太宰「記憶?」
中也「俺を施設から盗み出して脱走する時の記憶だ。彼奴は俺をめぐってランボオと対立した。そして戦闘になった。あのすぐ後に奴は、荒幡吐と戦った筈だ。そして生き残った。」
…気が付いたのね。
太宰「成程、そういうことか」
中也「ああ。荒幡吐を___特異点生命体を退ける方法は存在する。奴はそれを教えるために、俺にあの記憶を見せた。」
太宰「詳しく話して貰おうか」
にやりと笑った太宰君。
「…時間は余り掛けられないわよ」
中也「…ああ」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 69
夜の帳が下りてから、時間がかなり経っていた。
大型の球形|瓦斯《ガス》貯蔵槽の上に、二人は立っていた。
私?
私は宙に浮いてるわよ。
立つなんて面倒なことはしたくないからね。
まばらな通行車両が片っ端から消滅されていく。
太宰「横浜中心部がぐしゃぐしゃにされるまで、あと30分ってところかな」
ぼんやりと魔獣を見つめながらそういう太宰君。
中也「それを俺たちが見ることはねえよ」
帽子を手に持ったままそう云う。
中也「その頃には奴が吹き飛んでるか、俺達が死んでる」
太宰「うわ絶対やだ。桜月ちゃんは勿論善いし咲夜さんは兎も角、中也と心中だなんて最悪。今回だけは真面目にやろ」
中也「そりゃ結構。俺だって死ぬ気はねえよ。お前より先に幹部になって、お前をこき使わなきゃならねぇからな」
「…大した自信ね。あの魔獣に勝ってからの話を進めるなんて」
太宰「ふふ、例の宝石商売?順調らしいじゃないか」
中也「まあな。負ける気はねぇ。それに宝石商売だって、運び屋も故買屋も鑑定士も横浜イチだからな」
それはまた凄いわね。
まぁ、設計した初代担当である太宰君はもっと凄いけれど。
太宰「そんな事より、そろそろ奴が作戦距離にまで来るよ」
中也君は魔獣をしばらく眺めた後、上を向いて叫んだ。
中也「太宰のお下がりかよ!!」
太宰「いいから」
…心中の所為でこんなに真面目になるのね、太宰君って。
……ある意味単純だけれど。
「作戦は頭に入ってるわね?」
中也「ああ」
「…間違えて私を攻撃しないでよ?」
中也「…ああ」
「何その間怖いわよ」
空中に浮く私は真正面から風を受けた。
長い髪がはためく。
月光は隠されている。
きっと青い瞳は、
あの子と唯一同じ、宝石のような瞳は、
輝いている事だろう。
太宰「中也の『門』を開く方法はもう判っている。Nが云っていた制御呪文__」
「”汝、陰鬱なる汚濁の許容よ、改めて我を目覚ます事なかれ”、ね。」
太宰「そう、それで封印指示式が初期化される。それだけでは『門』は開けないけど、後はその帽子が助けてくれる」
中也君の帽子はランボオがヴェルレェヌに誕生日に送った帽子。
異能金属によって、『門』を中也君の意思で制御できるようになる。
__中也君の実験より、幾らばかりか彼女の実験の結果の携帯電話の方が、単純でいて、それで複雑、みたいね。
太宰「もうすぐ時間だ。二人には此処から飛んで、怪物の前で『門』を開放、奴に力をぶつけてもらう」
片手で無線機を持ち上げ、云った。
太宰「だからそろそろ部下に作戦準備の指示を送るけど…いいかい?」
中也「善いに決まってんだろ。何でそんな事を訊く?」
「…中也君の指示式初期化、でしょう?」
太宰君は珍しく躊躇いがちに言葉を切り出した。
太宰「…はい。結局は乗り越えるしかない問題なんだけど…決断するのに少し時間が必要かもしれない」
中也「何だそりゃ?何勿体ぶってんだよ。さっさと云えよ」
太宰「さっき云った、『門』を開くための制御呪文。あれは中也の中の指示式を初期化するための物だって言ったよね?」
「…あれを使えば過去に書き込まれた指示式の痕跡も消去。中也君に過去、記憶抹消の指示式月遭われたとしても、その痕跡も消される。」
中也「は?」
中也君が人間であるか否か、それは記憶抹消の履歴があるかどうか、確かめるしかない。
太宰「……つまり」
--- 「制御呪文を使うと、中也が人工的に作られた文字列人格なのか、それとも普通の人間なのか、確かめる方法がなくなる。___永遠に」 ---
時間が止まったような感覚。
__彼女は、自分が何なのか分からない。
人間か、
私の器として造られた文字列か、
鼠によって造られた人”もどき”なのか。
それは今に始まった事じゃない。
それは、自分が一番分かっている。
そうでしょう?
太宰「…ヴェルレェヌがああなったのは、自分が人間ではないという呪いに苛まれたせいだ。それだけ重要な問題なんだ。自分が人間か否かってのは」
懐中時計を取り出し、ちらりと見てから云った。
太宰「作戦開始はあと二分程度なら遅らせられる。部下には待機命令を出しておく。…少し一人になって考えると良い。僕が居ると考えが纏まらないだろうから」
「…私は先に行ってるわよ」
太宰「…はい」
空中浮遊を解く。
中也君が来なければ。
私は一人で相手をしなければならない。
彼はこの先の事を二分で、
未来を決めなければならない。
短すぎる時間だろうけれど、
__これ以上の猶予はない。
落下する中で考える。
ふわりともう一度浮遊する。
ギーヴルの顔と同じ高さ。
「そろそろ、かしら」
カンッ、と涼やかな金属音が響く。
中也君が空中へと飛翔している。
「…未来は決まったのね?」
「…元から決まってるからな」
その脳裏に、誰の顔が、言葉が、浮かんでいるか。
__それは、私には判らない。
「…貴方は孤独じゃない。それが、羨ましい」
その言葉を最後に、私達は違う方向へと離れて行った。
中也君の制御呪文を。
”汚濁”を聞いた。
仕方ないけれど、
私はもう一度唱えておいた方がいい。
万が一にも、あの子が戦闘中に戻って来るなんて事があってはならないから。
其処に或る、其処に見ゆる、その桜の花を
__鏡花桜月咲く夜に我目覚めん
鏡花水月。
じゃなくて、
鏡花桜月。
彼女にとっては苦しいくらい皮肉だけれど、
___綺麗な詩ね。
その言葉に呼応するように、私の背から羽が生える。
白くて黒い光に包まれる。
目映いばかりに光る雪が辺りを舞う。
白い細い腕に浮かぶ月色の刻印。
私が掌を握ればギーヴルの頭部の半分近くが吹き飛ぶ。
破損部の重力球が崩壊し、黒い炎が噴出される。
息を吸って、吐く。
私には無意味な行為。だけれど、それだけで光は増し、ギーヴルは怯える。
白い光の球を体を二つに折って投げる。
胴体を貫通して抜けた。
苦悶の咆哮が上がる。
飛んでくる重力球の数はとんでもない。
掠った物も、直撃して私の肩を吹き飛ばしたものもある。
額から生暖かい物が流れる。
巨獣が給油所を踏み砕く。
燃料貯蔵庫がギーヴルの熱量に引火し、爆発を起こす。
大地を紅の光が舐めあげる。
ギーヴルの全身から高熱が噴出した。
憎悪の黒い炎が傷口から吹きあがり、瞬く間に破損部を埋めて再生する。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、
ギ-ヴルの口腔が開く。
これまでになく大きい暗黒重力球が生成される。
標的は___私ね。
射出されたそれを、涼しい顔で桜の壁で埋め尽くした防禦壁で防いだ。
…でも、私達の負傷の方が深い。
私に治癒能力はない。
勿論、中也君にも。
__どうするかしら、ね。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 70
中也の両手には一対の暗黒孔。
紅い光輪を纏った、万有の力の王たる、重力の凝縮体。
しかし、中也が掲げるそれは、ヴェルレェヌがかつて放った物とは異なっていた。
暗黒孔そのものが超高速で回転し、そのために扁平に潰れ、光輪を纏い、楕円形の黒球となっている。
咲夜が掲げる光の球。
白く光っている様にも、赤く光っている様にも、青く光っている様にも見える。
それは細い彼女の躰が、両手で頭の上にやっと持ち上げられるような大きさだった。
それは暗黒孔の反対。
相対する存在。
|純白孔《ホワイトホール》。
咲夜に迫りくる暗黒体。
それに対して撃ち出した。
相対する二つの物体。
そしてさらに中也の回転暗黒孔。
究極の力が空中で激突する。
重力。
それはこの世界を構成する原初の力。
宇宙の誕生と同時に生まれた四つの《力の始祖》、その一つ。
その地からの本質は時間や空間の歪みそのものであり、時間や空間の歪みとは質量と同義。
すなわち重力とは、この世界そのもの。
そして咲夜は、神。
故に__
その力の始祖を、根源を、
--- 操ることができる ---
根源の力が激突する。
強烈な衝撃と波動が空気を破裂させる。
衝撃を受けた道路が波打って剝がされて浮き上がり、破砕されていく。
遠い貯水槽の蝶部に居る太宰は、手すりを掴んでその衝撃に耐えた。
顔を庇って掲げた腕の間から、恐る恐る戦場を見る。
「相殺し、た……?」
空中でぶつかり合った力は、消滅し、紫電を散らして虚無へと帰っている。
「ははは、やった」
震える笑みを浮かべる太宰。
「予測は正しかった。ヴェルレェヌの見せた夢は、本当だったんだ」
---
「げほ、っ」
…躰の限界が近い。
___不味い、っ今あの子に変わったら、大変な事に、!
なのに、
なのに、
--- 桜月ちゃんが、|異能《私》を制御できていない、! ---
「っここ迄来て、あの子を死なせるわけには、いかないわ…!」
魔獣を喰らい、かき消す事が出来るのは、同じ特異点生命体である私か、荒幡吐だけ。
こんな処で、変わる訳には行かない。
魔獣が憎しみの咆哮をあげる。
荒幡吐がそれに応じて雷鳴のような咆哮をあげる。
…私が口にしたのは、小さな細い歌声。
この歌が、私を奮い立たせる。
この歌が、敵を惑わせる。
---
…咲夜の歌声は、
桜月の歌声だった。
天使の歌声。
時間を止める様な、
聞く者の心を惑わせるような、動かすような歌声。
この世に在るどんな人でも、楽器でも、
彼女の声は表せない。
巨大な魔獣と、小さな荒神、瞑瞑たる古き女神。
その死闘が、開始された。
中也の拳が、ギーヴルの顎を吹き飛ばす。
咲夜の弱々しい腕から、予想だにもされない力。
応じて放たれた巨獣の前脚が、重力の波頭を纏って二人を直撃する。
巨大爆発の様な轟音を響かせて吹き飛ぶ。
重力制動をかけて空中で止まった中也。
風を起こし自身を無理矢理止める咲夜。
流血しつつ凄絶に笑む。
再び飛翔。
回転暗黒孔を両手に、魔獣を切り刻んでいく。
咲夜はというと、更に上空へと飛んで何処から取り出したのか、矢を構えている。
しかし先端には異能金属で出来た尖った切っ先。
矢を放つと同時に中也が暗黒孔を放つ。
二人の協力|攻撃《プレー》に返す魔獣。
一撃一撃が神話の世界の武具がぶつかるかのような威力。
咲夜はさっと武器を持ち替え、下に素早く降りて行く。
鉄扇。
月光を受けてキラリと輝く。
そのまま勢いよく巨獣の上に突き立てる。
たまらず咆哮をあげる。
衝撃が起こるたびに大地が裂け、空気は破裂し、夜の雲が吹き流される。
そして凡ての攻撃が、確実に双方の肉体を砕き、力を殺ぎ落している。
しかし、荒神の力に中也という器は耐え切れず、全身から出血。骨が悲鳴を上げ、右肩が脱臼している。
咲夜はその白い髪が血で染まっている。
__特に、額辺りが。
そして、青かった筈のその目は、血のように赤かった。
まるで、この戦いで流れた人々の血を吸ったのかと思える程___
「…中也と咲夜さんの負傷の方が深い」
その時だった。
「…私が、やる」
空に浮くその姿は、咲夜ではない。
紛れもなく、桜月の姿だった。
ただし、体が変化に応え切れなかったのだろうか。
その長い美しい髪は、そのままだったが。
その長い、ふわりとした睫も、黒い闇の様な髪も、その透き通った声も、
閉じられて、今は見えない瞳も。
「桜月ちゃん…!」
|神《咲夜》ではなく、
桜月という、幼く、そして弱い一人の少女のものだった。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 71
魔獣ギーヴルが口を開いた。
その前方に生み出される、20個近い黒球。
これまでで最も大きい暗黒孔へと肥大化していく。
一つ一つが、中也の生み出す回転暗黒球よりずっと大きい。
咲夜の生み出していた、純白球よりも。
それが、二十個…しかも、桜月が、生身の人間が、その場に、。
「まずい」
太宰がそう呟くと同時に輻射される帯状波。
万物を滅ぼす、二十本の線。
帯の群れは並行ではない。
開いた口の様に、放射状に。
帯の半分が大地をえぐり、もう半分が天空を貫いて飛翔する。
その円錐状の殺傷範囲内に、否。、中央に、
二人がいる。
円錐状の帯の群れが閉じていく。
二人を閉じ込める軌道。
あらゆる物質を貫通する破壊の帯が、顎を閉じるように_
逃げ場はない、掠っただけで即死。
そんな物に、中也は兎も角、桜月は___
太宰は気付かぬうちに桜月の名を呼んでいた。
いきなり霧が飛ぶ。
辺りが一瞬フェイドアウトした。
瞬時に消えた霧。
しかし、その霧が消えた時にはその帯は斬られていた。
光が、斬られている。
…桜月が、片手を上に掲げている。
その手の先は血濡れ。
ぽたり、ぽたり、と地面へと血が垂れる。
今更ながら気付く。
なぜ彼女が宙に浮いていられるのかと。
掲げた手が震える。
出血範囲が広がる。
血を吐く中也。
二人に何が起こっているのか。
太宰は頭脳を回す。
速く。
速く。
中也はあの回転暗黒孔で、相殺しようとしている。
桜月は、何かしらの力で__咲夜と一体となって、咲夜の力を使っている。
二人が耐えるのにもう限界が来ていた。
その時__攻撃の輪が乱れた。
同時にギーヴルの顔面に、紅蓮の炎華が咲いた。
「第二班、撃て!」
無線から響く太宰の声。
「同時着弾は気にするな!兎に角構えて狙ったやつから撃っていい!」
あちらこちらから、無数のマフィア員たちが兵器を構え、ギーヴルに向かって発射する。
マフィアが海外武器商人との裏流通を使って得た、個人が持つにはあまりにも大きい力の群れ。戦闘系異能者であっても、この一撃に耐えられるものは多くない。
だが、爆炎が腫れると、その奥にあった魔獣には傷一つない。
「大丈夫だ、これでいい!奴の注意を地上に向けさせ続けろ!」
反撃に打たれた魔獣の暗黒砲が、地上を薙ぎ払う。闇が大地を切り裂き、マフィア達を悲鳴すらあげさせずに塵に変えていく。
だがマフィア達は怯まない。
生き残った者が次々に新たな墳進弾を構え、魔獣へと放つ。
エネルギィの化身である魔獣ギーヴルは、人格を持たない。
その活動は自動的であり、敵意に反応して攻撃を返す憎悪の塊に過ぎない。
その為、どの相手を最優先で攻撃すべきかという、危険度判断の意識が存在しない。
中也は一人、全身から血を流しながら、孤独に空に浮かんでいる。
桜月は体を赤く染めながら、未だに腕を掲げている。
…魔獣を斃そうと、エネルギィを少しずつ少しずつ、収縮しているのか。
肉体が限界に近いだろうに。
能力による多少の加護はあるとはいえ、生身の少女、しかもまだ十にも満たされていない。
骨折。
打撲。
出血による急性貧血。
筋肉断裂。
精神的ショックからの意識障害。
やはり咲夜さんを止めておけばよかった、と今更考えてもすでに遅い。
一人で、
互いの姿を認めずに、
二人とも一人で戦っていた。
その姿は、この世の誰よりも孤独だった。
「…私が。私が、っ私が!終わらせる、ッ!!」
桜月の目が開く。
その眼は紅い。
桜月はふっと力を緩めた。
落ちる__太宰がそう思った時、中也が重力で支えた。
赤い瞳で中也をチラリと見た後、小さく頷いた。
…意識が無い筈のもの同士。
意思疎通が、何処か遠くで図れているのだろうか。
そのまま二人は、ヴェルレェヌの、魔獣ギーヴルの胸部へと、吸い込まれるように突っ込んで行く。
着弾。
外皮の重力防禦を貫通し、内部の時間濁流へと到達。忽ち殺到した暗黒の荒波が桜月を襲わんとする。
荒幡吐は咆哮した。
荒神は、一人の女神を_その器を護ろうと暗黒孔を創り出す。
巨大な力と力が次々に対消滅を起こす。
桜月の、中也の周囲には高熱と真空と時間の嵐が吹き荒れ狂う。
かすれて消えそうな意識。
その中で、それを私は見ていた。
あの指示式を唱えた時点で、私は私じゃない。
けれど、何らかの原因で異能の完全操作ができなかった。
だから咲夜が消え、私が、私だけが残った。
咲夜の力は使えた。
だから、使う。
--- 今此処で戦っている、私の大切な人達の為に ---
この世で最も孤独なその魂の為に__
終わらせてくれ、と言っているその声の為に__
この魔獣は俺の代弁者だ。生まれてはならなかったのに、なぜ生み出したのか。
答えの無い問いを抱え、己の生存を憎悪し、暗殺という手段でしか自らの所為の実感を得られなかった、哀れな魂。
終わらせてくれ、|弟《中也》よ。
桜月、その手で。
お前達の様に、世界を信じ、人間を信じられなかったこの寂しい魂を。
判ってる。中也はそう答えた。
黒い濁流に飲み込まれそうな意識の中、私は云った。
お兄ちゃんは孤独に耐えられなかった。だから日本に来た。でもそれは悪い事じゃないよ。たまたま賽子の目が悪く出ちゃっただけ。
たまたまお兄ちゃんの賽子の目は孤独な「一」が出て、私には、中也には、違う目が出た、っゲホ、
声が枯れた私の言葉を、中也が引き継いだ。
仲間や、大切な人に恵まれた目が出た。
それだけだ。
立場が逆でも可笑しくなかった。
それにお前にあるのは憎悪だけじゃない。
本当は憎みたくなかったんだ。
だから俺に記憶を見せた。
魔獣ギーヴルを消滅させる方法を教えた。
そうでしょ、|お兄ちゃん《ヴェルレェヌ》?
暗黒の激流が渦巻く闇嵐の彼方、星の様に瞬く誰かの光が流れた気がした。
髪が又、白へと変わって行く。
私が作り上げた途中だったその純白孔を、咲夜が引き継いでさらに大きくしていく。
「…ありがとう」
「…こちらこそ」
どっちが私の言葉で、どっちが咲夜の言葉なのか。
私には判らなかった。
中也の回転暗黒球がさらに巨大化する。
光輪は今や空間を圧倒するほど巨大になっている。
「中也、背中に羽が、!」
中也の背に黒い重力制御棍が浮き出した。
それは荒覇吐が備える神の尻尾。
黒く燃え盛る心中の顕現体。
でもそれは、まるで中也の背から生えた、一対の翼の様に見えた。
「おおおおおおおおおオオオォォッ!!!」
翼持つ中也の叫び。
手を上に掲げると、また暗黒球が巨大化。
光輪が超新星のように輝いて、巨獣の胴体を内側から両断する。
「咲夜ぁあああああっっっ!!!!」
渾身の力を込めてその光を放った。
、私、自分を制御、出来てる、
巨獣よりも大きく広がった、扁平に潰れた回転暗黒球と、それを一周して輝く光輪。
その隣に並ぶ、赤か青か白か黒か、何色かに光っている、光の球。
それは夜の横浜を照らし出し、人々の目に深く焼き付いた。
---
「あれが荒幡吐……中也の真の姿か」
地上で見上げる太宰が、熱に浮かされたような声で呟いた。
掲げた両腕。
その上に、地上を照らす水平の光輪。
その背には燃え盛る黒い翼。
目を閉じた中也の顔。
荒ぶる神の化身。
黒き神獣。
「そして、咲夜さん__桜月ちゃん、」
桜月の姿。
背に見えるのは、純白の柔らかな羽。
神を宿した彼女の姿。
古事記にも出てくる神の現姿。
それはまるで、この世の何よりも透明で、純粋だった。
優しく抱き抱えるようにして持っている光の球。
淡く、強い光が地上を照らしている。
その中也の光輪に、
桜月の光玉に、
魔獣が崩れ、吸い込まれていく。
巨体が崩壊し、その肉体は雪の様な粒子となり、優しく舞う粉の様に、光の中へ流れ落ちて行く。
高重力領域では時間の流れが遅くなるため、外から見たその崩落は酷くゆっくりと、優雅ささえ備えて居るかのように映った。
今は巨獣は吼えてはいなかった。
ただ口を開き、己の宿世を受け入れるかのように黙って、唯立ち尽くしている。
同体で発生した光が体を飲み込む。
脚を、腕を。
そして最後に、頭部も飲み込んだ。
そこには音さえなかった。
ただ静謐な消滅。
何処か月光の似合う、ひどく静かな夜の絶命だった。
やがて二つの光にも寿命が訪れる。
粉雪の様な、光の粉を散らしながら、光球は崩壊していった。
ただ静かに。
穏やかに。
空中の桜月は羽を失い、下で浮遊している中也に丁度ゆっくりとした落下を止められる。
その中也も数秒漂った後、ゆっくりと落下した。
その二人を、太宰が優しく受け止める。
太宰が触れた地点から、異能無効化が発動。
特異点のエネルギィを支えている自己矛盾型異能が後退していき、特異点の出力が低下。
やがて収束し、『門』が閉鎖。
中也の全身から、赤い刻印が。
桜月の躰から、月色の刻印が。
引いて消えていった。
やがてその光も消滅し、完全に静寂が取り戻された。
太宰は抱えている桜月の頬を優しく撫でながら云った。
「お疲れ様、お二人さん。」
そして中也に向けて、うっすらと笑った。
「インキペンを持ってくるのを忘れたから、顔に落書きは勘弁してあげるよ」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 72
その後、あれよあれよという間に二ヶ月が経った。
私は一度お姉ちゃんに会う事が許され、何年振りかぐらいの再会を果たした。
どこに行っていたのか、何があったのか、沢山怒られたし、心配もされたし、
沢山沢山、抱き合って、泣いた。
「…また、すぐに来るね、っ」
「…絶対。桜月にどんな事情があるか、判らない。だけど、」
--- 「絶対、また会うから」 ---
「、!っ、…うん!」
泣き笑い、という顔だったんだろうな。この時。
---
「…治」
珍しく、黒い背広に襟飾を締めている。
賓客対応用の正装。
太宰「桜月ちゃんも、似合ってるよ」
私は何故か赤いドレスを着せられている。
これは正装__ではないと思うけれど。
首領や治、中也、それから紅葉姉さんの趣味、だって。
「治、お世辞は似合わないよ」
太宰「お世辞?やだなぁ僕は本気で可愛いと思うけど」
「な訳ないでしょっ!こんな綺麗なよう服着てるんだから!ドレスに失礼!!」
太宰「そうかなぁ…」
「兎に角っ!中也の処行くよ!」
太宰「はいはい」
黒い車。
ドアを開けられ、治に手を引かれるままに乗る。
そのまま、中也が居る場所へ。
「中也、白瀬とのお別れは済んだ?」
太宰「あと5分で仕事だよ」
豪華客船…
「はわわわ…」
汚れ一つない白い壁に五階建ての客室。
ホテルのような装飾が施されてる。
お客さんがどこに行くにも熟練の添乗員が付き添う。
航海能力も折り紙付きで、一般の倍の速度で航行しても、船内の揺れは普通の客船の10分の一にみたない。
「ボズヴェリアン号、…嚙みそう」
何て言ってるけど、高位の政府要人だけが乗ることができる、政府専用客船。
「そんな船に私みたいな幼い子供が…」
太宰「静かに」
「うっっ」
だってさ、幾らか色々こういう扱いの経験ある二人は分かるよ、
でも私まだ6、7、8歳!!正式年齢忘れたけど!!
ホントどうかしてる…
あ、降りてきた。
なんかお偉いさんっぽいおじさんが、杖の先で手伝おうとした添乗員さんを乱暴に押しのけた。
あの人嫌ーい。
太宰「英国の高貴なる悪鬼羅刹さん達のお出ましだ」
私達にだけ聞こえる声で云ったんだけどこの人っっっ
…一応説明すると、この人たちは事件の事後調査に来た、英国政府の高官?さん達。
今回の《暗殺王事件》の全容を知ってるのは、日本政府でも軍警でもないポートマフィア、ってことからおかしいんだけど…ね。
国家機密が多層に重なり合って起きちゃった所為で重大な事になってる。
だからそれを調べて国に報告するための調査団が来る事になった。
そしてポートマフィアが事件の当事者として、迎賓と調査協力に名乗り出た。
…其処迄は良い。
でも、ポートマフィアからしても欧州政府に目を光らせなくてはいけない理由があった。
それは、国家機密が起こした事件である今回の出来事を隠蔽するため、関係者を片っ端から消していくのではないかという疑惑があったから。
勿論、ウチには事件の真相や秘密を外に漏らす気なんてない。
でも、英国が犯罪組織の云う事をどれだけ信じるかもわからない。
だから迎賓に治を派遣した。
もし関係者を消す心算なら治が交渉して止めなきゃダメだから。
そして、それが失敗に終われば、相手がこっちを消す前に、こっちが調査団を消さなきゃダメになる。
だから中也が随伴した。
なら私は何かって?
色々使えるだろうって。
---
その見た目、幼さ、歳。
に反して、異能も話術も見事だからねぇ~…
by森さ((首領
---
つまり、相手の出方次第で、ポートマフィア丸ごと巻き込んだ、大きな国家間抗争になる。
太宰「さぁ、楽しい騙しあいの始まりだ」
楽しそうに云うなー…
そのまま調査団に近づいて行った。
ついていく私達。
太宰「遠路はるばる大変ご足労でございました。偉大なる大英帝国の皆様方」
凄く流暢で慇懃な声で一礼する治。
さっきとは大違い…
太宰「調査団の皆様とお見受けいたします。早速ですが、代表者の方は何方でしょう?」
警備「代表者?こちらは調査団の技術顧問班ですので、代表者と云えばウォルストンクラフト博士になると思いますが……」
ウォルストンクラフト博士、?
なんか、聞いた事ある…
中也も同じ様に顔を傾けている。
太宰「あぁ」
太宰「聞いた名前だ。捜査官アダム・フランケンシュタインを設計した異能技師でしたね?ふむ…貴方がウォルストン博士?」
警備さんの後ろにいる、もじゃもじゃ白髭勲章おじいちゃんは、ほっほっほ、と明るい笑い声をあげた。
じい「いいや、儂はウォルストンクラフト博士ではありませぬ。ただの付き添いじゃ。博士はほれ、今船から降りようとしておる」
…その視線の向こうに居るのは、金髪に白衣の……
私より少し上、、?くらいの少女だった。
わ、私より背が高いとはいえ、あんなにおおきな旅行鞄を一人で運ぶなんて危なくないのかなぁ…
…顔が見えた。
めっちゃ大きい丸眼鏡。
中也「オイオイ、、、」
中也の顔が引きつった。
太宰「こりゃ面白くなってきた」
「何歳だろ…?」
メアリー「よいしょ、私が、よいしょ、メアリー・ウォルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー、よしょ、博士、です、よいしょ」
「…大丈夫かなぁ、、、」
メアリー「天才の頭脳を持つ少女、何て人は云いますが、よいしょ、そう云うのは本質を見る力のない人です。よいしょ、あと私が天才だからです」
「自分で言った…」
中也「おい、あの荷物運ぶの、手伝わなくていいのか?」
じい「ほっほっほ、博士は自分の手荷物は人に触らせない人柄でしてな。例え女王陛下でも取り上げられぬ。取り上げると泣き叫ぶのでな。十歳も若返った子供さながらに」
中也「そんなに若返ったら、ママのお腹に戻っちまうんじゃねぇの…」
「ほーら中也、開始早々うんざりした顔しないのっ!」
じい「それに、博士はああ見えて、今回の旅をとても楽しみにしておってな。あの鞄には旅行用のお気に入りが詰まっておる。誰も取り上げられやせんよ」
メアリー「じい!あんまり私をただの女の子みたいに言いふらさないように。私は背が低いだけでもうちゃんとしっかり大人に近いんですからね。……よいしょっと」
ようやく最後まで下り切って、汗を拭ってから、衣服を手で整えた博士。
メアリー「ふう。改めまして、ごきげんよう、日本の皆様。さて……貴女方が桜月さんと中也君ですね?アダムが世話になったとか」
アダム、ね、。
「…違う。」
メアリー「違う、とは?」
中也「世話になったのは俺達の方だ。彼奴は俺らを助けて死んだ。……博士、アダムはアンタの最高傑作なんだろ?壊しちまって悪かったな」
「…ごめん、なさい、……」
ヤバい。
アダムの事思い出したら、涙が溢れそう。
けど、博士の不思議な行動に救われた。
右に回り込んだり左に回り込んだり、正面から観察したり。
興味深い研究対象でも観察するように。
メアリー「貴方の言う通り、アダムは私の最高傑作です。ろくでもない島国への捜査何かに派遣する位なら、ずっと研究所でバージョンアップの研究を続けたかったくらいです」
いつも見ていたアダムの表情。
声。
顔。
普通に、当たり前にあると思っていた存在は、
やっぱり機械な訳で。
本当に、人の手によって作られた機械、なんだね。アダムって、。
メアリー「アダムの特に素晴らしいのは、自ら考え、判断のできる知能を搭載してあった点です。詰りアダムは、自ら考え、自らの判断で犠牲になったのです」
彼女は微笑んだ。
メアリー「貴女方にはその価値があったのでしょう。私はアダムを信じます。謝罪は感謝しますが、気にすることはありませんよ」
「っう、うぅ、…っ」
みっともない。
堪え切れずにあふれ出てきた涙を必死に拭う。
拭っても拭っても、それは止まらない。
そんな私を見て、博士は云った。
メアリー「第一貴女はまだ子供ですから。そこまでの責任を負う必要はありません。勿論、気持ちの面でも。」
そう云って、此方へ歩いてきた。
視線が、同じ高さに重なる。
ふわりとした幼い匂いに包まれる。
さっきまで小さいと思っていたその背は、私よりも一回り大きくて、そして、暖かかった。
メアリー「此処までよく頑張ってきましたね」
その言葉に、過去がフラッシュバックする。
皆の姿が此処に居る皆に重なる。
…仇、取ったよ、。
「う、っうわぁぁああああんっ!!」
こんな大事な所で大号泣してしまった。
本当にみっともない。恥ずかしい。
でも、向けられる視線はどれも冷たくなくて。
むしろ、優しい、温かいものだった。
背に添えられる手も。
頭を撫でる手も。
メアリー「…そうそう、根性のわるーい私は、切り離し可能なサブプロセッサと不揮発性メモリを仕込んで置いたのです。政府に内緒で」
そして中也が受け取った黒筒。
その中身は腕だった。
中也が外に飛ばして地面に突き刺さった、アダムの腕。
中也「そいつは…。事件の後現場を捜したが、結局その腕は見つからなかった。何で此処にある?」
メアリー「ていうか、むしろこうするのが当然でしょ?」
博士は巨大な旅行用荷物ケースに指をあてた。生体信号認証されて、自動錠が解除される。
中から出てきた人影が、その腕を受け取った。
そして装着しながら云った。
--- 「アンドロイドジョークを聞きたいですか、中也様、桜月さん?」 ---
…うそ、?
え、?
…息を吸った。
深く、何処までも深く。
それから、弾けるように表情を変えて、
中也「……はは!」
「……あははっ!」
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 。・Ending・*
…一時の沈黙が流れた。
「…っ」
太宰「桜月ちゃん」
クレープはいつの間にかもう食べ終わっていた。
「…ご、っごみ、捨ててきますね、」
太宰「…うん」
クレープをまるく包んであった紙を、公園のゴミ箱へと投げ入れる。
歩く。
手を動かす。
息を吸う。
息を吐く。
周りを見る。
太宰「…ふらふらしているよ。少し座り給え」
「大丈夫、です」
太宰「何処をどう見ても大丈夫じゃあないよ。ほら、」
促されるままに、ベンチに座った。
前を見る。
まるでモノクロ写真を見てるみたい。
失血性ショックでの貧血の時を思い出す。
あの時も、見た風景から色が飛んでいた。
太宰「…ショックかい?」
「…それは、勿論」
太宰「…どこが特に」
「私は」
「お姉ちゃんなんて、本当はいなかったの、?」
「今聞いた話の中だったら、本来、ヴェルレェヌの方が兄と、未だ呼べるような存在、ですよね、?」
太宰さんは、何も云わない。
いや、昔は治と呼んでいたのか。
「私は、人間、なんですか、ッ」
まずい。
手の震えが止まらない。
別に寒いわけでもないのに。
何故か分からないけれど、
怖い。
何も未来が、先が見えない。
太宰「…桜月ちゃん、君は少し休んだ方がいい。何もしない。約束するから、少し私の所で休んでいきなよ」
「、大、丈夫、です」
太宰「…拒否権はないからね」
「…はい、。」
支えられて歩くうちに、どんどん頭が混乱してきた。
中也は何も覚えていないのかな。
でも、今までだって少し織田さんの話をしたことはあった。
…嫌だけど、皆その時の私の事を覚えてない、って、辻褄は合う、のかもしれない、。
太宰「…着いたよ」
「、お邪魔、します」
部屋に入って、手を引かれるがままにソファに座った。
力が抜けたみたいに足ががくがくとした。
「…ヴェルレェヌ、お兄ちゃん、私が殺したんだ、……」
太宰「…いや、生きているよ」
「、え、、?」
太宰「…成り行きは、本人が多分喜ばないから言わないけれど。森さんに云ったらきっと、会わせてくれるよ」
「…太宰さんは、何でそんなに全部知ってるんです、か」
太宰「半分か、三分の二は安吾かな。特に、桜月ちゃんの出生に関してはヴェルレェヌが盗み出した、あの安吾がまとめた書類を見たから」
「安吾、さん」
太宰「もう一つ云っておくけれど、桜月ちゃんが思い出したという事を伝えれば、周りの記憶も自ずと戻って来るよ。」
「その、今までの記憶を消したの、って太宰さんが、?」
太宰「…まぁ、あの暗殺王事件の時は、もうこんな世界に幼い子を関わらせない方がいい、って感じで全体がね。」
「じゃあ、他の時は、っ」
太宰「…黒い世界に足を踏み入れたら、沼に嵌るように抜け出せなくなる。それは、君自身も判っているだろう?」
「…はい、。」
太宰「…それでも君には、明るい場所で笑っていてほしかったから、ね」
「、え、?」
ずっと背を向けて話していたけれど、振り向くと悲しそうに、寂しそうに笑う太宰さんが居た。
「…私に関しての事、ずっと、一人で、誰にも言わずに、抱えて生きて来たんですか、っ!」
太宰「…勿論だよ。云えば、マフィアに逆戻り、だからね」
「っそんな、…」
その時、ドアが物凄い音を立てて吹き飛んだ。
--- 「「太宰手前…桜月を返せ」」 ---
「中也、!」
太宰「うげ」
中也「何が「うげ」だ!!何勝手に俺の桜月を家に運び入れてんだよ糞太宰!!」
太宰「…これでも結構真面目な話をしてたのだよ?」
「結構、っていうか、相当…」
中也「…桜月が云うなら本当だな。とりあえずマフィアビルに戻るぜ。総動員して捜索してたからな」
「え、っ申し訳ない…」
太宰「桜月ちゃん、」
「はい、!」
太宰「記憶、戻す?」
「…はい。ちゃんと、私としてもケリを付けたいので」
太宰「そっか。じゃあ、私の方からも無効化しておくよ」
「ありがとうございます、」
--- 「じゃあ、お邪魔しました」 ---
中也「…で、何話してたんだよ?」
「…グスッ中也ぁ、っわた”し、ッ人間じゃ、ない”の、っ”?ヒック」
中也「…は、?ッてはァ!?」
中也「って事がありました」
首領「…そうかい。桜月ちゃん、…心が落ち着いたら、また一人で此処においで」
「…はい」
そのまま黙って自分の部屋へと戻って行った。
布団に入って潜っても欠伸すら出なかった。
仕方なく私は紙とボールペンを用意して、今判っていることを書き出すことにした。
・私は本当は研究所の孤児
・研究によって後付けされた異能が奇獣。
本来持っていたのが招猫。四季、咲夜も。
・フョードルによって年齢と境遇を書き換えられ、拾われてお姉ちゃんの(義)妹に
・本当は何度もマフィアと関わったり、出会ったりしていたけれど、記憶操作で覚えていない。
それを時々思い出したりするのが織田さんの時とか…?
太宰さんは反異能力者、能力無効化のため、記憶がある。
私が周りに云えば、皆思い出す、らしい?
「…はぁ」
何度考えてもため息が出る。
夢を見ているみたい。
「…首領室、いこっかな」
首領「よく来たね、桜月ちゃん」
「…はい」
首領「少し、会わせたい人が居てね」
「…そう、ですか」
首領「着いて来て欲しいのだけれど、いいかい?」
「…はい」
螺旋状の階段をずっとずっと降りて行った。
重たそうな扉をギィ、と開けた。
「…失礼します」
???「…桜月、?」
「…ぁ、あ、」
ヴェルレェヌ「…久しぶり、だな」
そうだ。
私は、ヴェルレェヌから暗殺とか、体術とか、色々教わった。
だから太宰さんから話を聞いた時、一番初め、やけに聞き覚えがあったんだ、。
でもそれも、記憶操作で消えていた筈の記憶だったんだけどね。
「…お兄ちゃん」
ヴェルレェヌ「…俺を兄と呼ぶのか?」
「…だって、お姉ちゃん、…鏡花、よりも、兄と呼べるような存在、だから」
ヴェルレェヌ「…そうか。」
「…何年間も、此処に居るみたい、だけど…寂しくないの?」
ヴェルレェヌ「いいや。外に出ても意味がないからな。」
「…そう。」
ヴェルレェヌ「…お前が記憶を取り戻したみたいで良かった」
「、何でそれをお兄ちゃんが知ってるの、!」
ヴェルレェヌ「…色々あったからな」
…太宰さんから聞いたのかな、。
首領「さぁ、そろそろ行こうか」
「…はい」
少し考えて、私は云った。
「また来るね、…ヴェルにぃ」
その言葉に少し驚いている様だったけれど、すぐに少し微笑んで云った。
ヴェルレェヌ「…あぁ。楽しみにしてるぞ」
首領「桜月ちゃん、?」
「はい、」
首領「彼の事、覚えているんだね?」
「……思い、出しましたから」
首領「…そうか、それは良かったよ」
「、良かった、ですか?」
首領「…如何して?」
「だって、」
「私はもう、判らない。実際、咲夜なんて今日初めて聞いた名前、です、から」
首領「…大丈夫だよ。」
「無責任な大丈夫は要りません」
首領「いいや、根拠ならあるよ」
「…なんですか」
首領「過去に一度、既に乗り越えている事だからだよ」
「……、!」
首領「記憶が改ざんされたから何だい?今思い出したところだったら何だい?」
首領「既に乗り越えた過去があるのは事実だろう?」
その言葉を聞いて、心の中にかかっていた靄のカーテンが、晴れた気がした。
「、っ」
首領「そうだろう、中也君?」
中也「…すいません。」
「盗み聞き、」
中也「…どうしても、な」
首領「さ、夜も遅いし、早く寝なさい。中也君、桜月ちゃんを部屋まで送って行ってあげて」
中也「…はい」
中也「…昔、俺の直属の部下になったばっかの頃、手前の事酷く怒鳴ったりしたことあっただろ」
「…あぁ、そんな事もあったね」
中也「…多分、知ってるのに判らない、大好きなのに伝わらねェ、既に伝わって居る筈の物が、って、」
「そう考えたら、なんか凄く焦って、追い込まれる感じがした、でしょ?」
中也「…あぁ。謝って済む事じゃねェけど、謝らせてほしい。悪かった。怖かっただろ?何も知らない組織に急に攫われて働けとか云われて。」
「うん、でも今は中也、大好きだし、皆と居るの楽しいから、!」
中也「…!…なら良かった。」
丁度部屋の前に着いた。
時計は既に午前3時。
「ごめんね、、色々迷惑かけちゃって、…おやすみ。」
中也「あぁ。また明日な」
また布団に包まる。
咲夜。
咲夜。
咲夜。
_や っと 思い出し たの ね、_
_…ごめん。孤独じゃ無いとか、大口たたいたくせに、何年も何年も、咲夜のこと、忘れて全く知らずに、ッ呑気に生きてて、っ!!
_いい の。待 つの は苦じ ゃない_
_でも、何で急に、?
_私が居る事を認識してからの会話よ。私の存在すら知らない人とどうやって話すと云うの?_
_あ、そ、そっか、。
咲夜と会話しながら、私は久しぶりの深い眠りについた。
次回、STORM BRINGER 最終話。迷い犬の運命は傾くままに_
2024/01/21/17:00投稿
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 迷い犬の運命は傾くままに_
暗殺王事件、終幕数日後_
「…っはぁ、。」
起きた。
大きな兎のぬいぐるみが目につく。
「…皆、っ」
太宰「…桜月ちゃんは、もうこの組織と関わらせない方がいい。あんな幼い子に、こんな仕事をさせたら、」
中也「…俺も、そう思う。もう、彼奴の事をあんな苦しませるような真似、出来ねェ、。」
首領「…そう、だね」
紅葉「…あの童を呼ぶか」
???「…了解。日没とともに、消去します。」
首領「…頼んだよ。」
「如何されたんですか!まさか、敵襲?」
太宰「いいや、こんな事件の直後に敵襲は勘弁だよ」
中也「桜月、手前自分の持ち物とかあんまりねぇよな?」
「、うん!あの兎のぬいぐるみだけだよ?でも、何で急に、?」
中也「いや、大事な物を保管する場所に移した方がいいかと思って」
首領「(…何かしらの口実を作って、大切な物だけ持って、…記憶を、消去する)」
紅葉「…(悲しいが、それが桜月にとっては一番善い、かのう)」
「兎のぬい、持っていこうかなぁ…」
中也「…だな。じゃあ取ってきて俺に着いて来い」
「うん!」
太宰「…僕も行くよ」
前に立つ二人に、ちゃんとついていった。
__筈だった。
「…あれ?居ない、?って云うか此処、お姉ちゃんと暮らしてる貧民街の近く、……」
「治?中也?」
---
「…あ、早くお姉ちゃんの所に戻らなきゃ!さっきすれ違った人に貰ったぬいぐるみ、見せたら喜ぶだろーなぁっ✨」
こんな風にして、何度も記憶を抹消されて、消去されて、
何度も何度も改ざんされて、
「…フラッグスの皆に怒られちゃう、な、ッ」
「…貧民街のとこ行ってみよ、。ぬいぐるみが見つかるかも、。」
昨日とあまり変わらない、ふらふらとした足取りで進んでいく。
途中で立ってすらいられなくなって、朱雀に乗せて貰ったけれど。
「此処、。」
彼方此方を彷徨いつつ辿り着いたそこは、
昔住んでた時と寸分変わりなかった。
そして、棚の奥。
たいせつにしまっていた。
何故か分からないけど、凄く大切な、大事な物だって思ってた。
「あった、ッ」
「あった、よ、ぉ」
そのぬいぐるみを手に取ると、私はその場に泣き崩れてしまった。
「う、っうぅ、ッごめん、ごめん、ごめんごめん皆ごめんねぇ、ッ」
ぬいぐるみは、少々埃をかぶっていても、あの時と変わらない柔らかさで、優しく私の涙を受け止めていた。
中也「ッ桜月!此処に居たのか、」
「中也、!何、で此処が、?」
中也「急に居なくなってたから、昨日の出来事があれば此処かあいつらの墓かと」
「…そ、っか」
太宰「…やっぱり此処に居た」
「…太宰さん迄、お見通し、ですか。」
太宰「いいや。今日用があるのは私じゃない。」
そう云って後ろから出てきたのは、
__泉鏡花、お姉ちゃんだった。
「…お姉ちゃ、……うぅん、泉、さん」
鏡花「桜月」
「ホントは年上、なんだもんね、」
鏡花「…桜月」
「…ごめん、なさい」
鏡花「桜月、聞いて!私は貴女の事を本当に妹だと思ってた、!」
「でも違った」
鏡花「違わない!誰が何と言おうと、文学書の効果だろうと、拾い子だろうと、貴女は私にとって本当の妹!」
「、っ…そんなの、云っても、事実は変わらない、じゃん、ッ」
鏡花「…桜月は、どうしたいの。私の妹なのは、厭、?」
「…そんな訳、無い、でしょッ?私は本当にお姉ちゃんだと思ってたよ、っ大好きな世界で唯一のお姉ちゃんだって!そう思ってたよ、っ!」
鏡花「なら、それで善いんじゃ、ない?」
「、え、?」
鏡花「…貴女は私の双子の妹。私達にとっては、それが真実で、善いと思う」
「私達に、とって…?」
鏡花「…今までも、これからも。」
「…うん、っうん!」
私は泣きながら何度も笑顔で頷いた。
お姉ちゃんも涙を浮かべていた。
後ろでは太宰さんと中也が微笑んでいた。
「…私、実年齢14歳ってことですよね、?」
太宰「うん」
「空白の二年は何処へ」
太宰「うーん、、、説明面倒☆」
「えっ」
太宰「まぁ、暇なときにまた話そうか。そろそろ時間だろうし、鏡花ちゃん、行こうか」
お姉ちゃんは、頷いた。
こっちを見て、手を振って、
そのまま振り返らずに歩いて行った。
中也「…俺らも帰るか。皆、心配してたからな」
「そうだね、!」
中也「…それと……」
「、如何したの、?」
中也「…」
--- 「俺は、桜月が人間でも、そうじゃなくても、手前の事を愛してる」 ---
--- 「怖くなったら、迷ったら、俺の所に来い」 ---
--- 「その恐怖は、俺が昔抱え続けていた物だから、幾分かは理解できる、からな」 ---
顔を赤くしながら、そっぽを向きながら、そう云った中也。
…心無しか、私の胸が温かくなっている。
「うんっ!!」
満面の笑みで、私は返事をした。
---
首領「桜月ちゃん!!!心配したのだよ⁉君がどれだけ大事にされてるか考えておくれよぉぉ!!!」
紅葉「桜月っ!!…済まなかったのう、凡て聞いた。それでも、何でも、其方は愛い私の桜月じゃ!それを履き違えるではないぞ!」
エリス「心配で心配でリンタローにずっと聞いてたのよ!サツキ、昨日から様子が可笑しかったからっ!」
立原「…よかっ、た。」
樋口「…桜月、私は貴女が人間かなんて、如何でも良い!ただ、何時もみたいに莫迦言って、笑顔で一緒に過ごせたら、ッ!!」
芥川「…僕が、貴様が人間か人間では無いか如きで価値を見誤ると思うな」
銀「っこわかったん、ですよ!若しも帰って来なかったら、って考えたら不安で仕方がなかった、っ…」
「、っごめんなさい、!沢山迷惑かけて、心配かけて、不安にさせてしまって、!」
首領「でもこれで、判っただろう、?君がどれだけ、大切な存在なのか。」
手に持つぬいぐるみの瞳がきらりと輝いた。
「はい、っ!!」
この先未来がどう傾くか分からない。
どこに向かって、どう進んで、どんな速さで、
そんな事も分からない。
それでも、私は。
大切な人達を、守り続ける事は変わらない。
守って、守られて、頼って、救われて。
それが例え人間だろうと、そうでなかろうと、
__機械だろうと。
私達の運命は、傾くままに。
「今夜は月が綺麗だな」
「そうだね」
記憶を超えた、愛情が、
漸くまた此処で繋がった。
小さな白いほっそりした指が、
一回り大きな手に優しく包まれている。
ふわりと、桜の花びらのような、
雪の様な、
何かが散ったような気がした。
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜、完結___
文豪ストレイドッグス 〜STORM BRINGER〜 後書き。余興に__
はい!というわけで、完結いたしましたっっっ!!!
ストブリ、本編並みに長い件。(((
なんか途中でストップしたと思ったら急に凄い速さで更新したり…
凄く不安定な状態での投稿になっちゃいましたね。
最後の方とかもうほぼ一、二日で書いちゃってたし…
まぁ、前置きは置いといて。
いかがでしたでしょうか。
この物語、STORM BRINGER。
中也の出生に関して、凄く重要な立場を担ってるお話ですよね。
そして、桜月ちゃんも。
本来、設定がこれほど込み入った事にはならない予定だったんですよね。
でも、書いているうちに楽しくなっちゃって。
調子に乗った結果、あぁなりました。
我ながらよく伏線回収できたな、と思います。
でも、最後まで来れたのは何よりやっぱり、読んで下さって、ファンレターをくださった、
これを今読んでいらっしゃるあなたのお陰だと思います。
今これを読んで下さっているという事は、ここまでの物語、一緒に追って来て下さったという事だと思います。
本当に、ありがとうございました。
皆様の応援がなければ、多分途中で挫折していたと思います。
改めて、お礼を申し上げます。
本当に、ありがとうございました。
…分からないところとか何言ってんのお前ってところとか山積みだと思います…
意味不明な所とかドバドバ幾らでも質問して頂ければお答えいたしますので…
語彙力皆無誠に申し訳御座いません。
ここまで読んで下さった皆様の為に、一寸した余興を用意いたしましたので、もし良ければご覧ください。
---
フェージャ「…こうなりましたか。」
過去の重圧に耐えきれなくなった彼女が、もしかすれば文学書に手を加えた張本人である僕を頼りに来てくれるかもしれないと思いましたが…
如何やら、それは無かったようですね。
態々昔、手を回しておいた事が無駄になってしまいました。
残念、残念……
そう云い乍らも、楽しむような素振りを見せてフョードルは笑った。
フェージャ「…ふふ、一番初めから貴女の事を見ていたのは僕ですからね。」
--- 「そろそろ、懐に飛び込んでくれる頃でしょうか」 ---