英国出身の迷ヰ犬(総集編)
編集者:海嘯
文豪ストレイドッグスの二次創作です。アニメ四期までのネタバレを含みます、多分。
また、総集編なのでめっちゃ長いです。
ですがオマケなどもあるので読んでくださると嬉しいです。
注意
・自己満足
・オリキャラ
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目次
Chapter.1 七十億の白虎
三期までの情報しかないはずです!
原作(漫画)を見ながら書いてます!
オリキャラ注意!
───
作者の海嘯です。
「英国出身の迷ヰ犬」のepisode.1-10の総集編になります。
まとめるにあたり、少し添削しているので良かったらご覧ください。
───
[少年と……]
1.虎
2.爆弾
3.或る任務
4.禍狗
5.襲撃
6.探偵
7.檸檬爆弾
8.暗殺者
9.首領
10.船上での戦い
[オマケ]
北米にある街。
その中でも人通りの全くない裏路地に少年はいた。
「……誘導されてたのは僕の方、か」
ため息を吐く少年の前には一人の男がいた。
堂々とした立ち姿からは、自信以外の何も感じられない。
「本来ならこのようにコソコソしたくないのだが、街中で暴れないように釘を刺されていてね」
そうですか、と雑に返している少年。
しかし、男は一ミリも気にしている様子はない。
少年がこれからどうしようか考えていると、男は後ろに控えていた秘書に指示を出した。
「君を雇いたい」
「はぁ、そうですか」
思わず少年はそう言ってしまった。
ここ数日の動きを監視されていたのは勧誘する前の下調べか、と心の中で一人納得している。
男の秘書が持っているトランクには札束が入っていた。
しかし、大金を差し出されているのに表情ひとつ変えない少年。
その様子を見て、男は頭にはてなマークを浮かべていた。
「この程度の金じゃ雇われてはくれないのか。ならばこの腕時計も──」
「いや、いりません」
「……何故だ?」
シンプルに男は疑問だった。
今までなら、金さえ払えば誰もが部下になって働いてくれた。
金に困っている人が多かったのも理由の一つで、少年も例外ではない。
「普通に嫌なんですよ。僕はごく普通の暮らしをしたいだけ」
「それほどの力を持っていながら、何にも使わないと?」
うん、と少年は近くにあった換気扇へと腰掛けた。
自身の力について調べ上げられていることは予想内だったのか、全く驚いている様子はない。
「戦争は終わった。決して裕福とは言えないけど、別にこの暮らしは嫌いじゃないからね」
少年がそういうと同時に男は一度金を片付けさせた。
そして呆れた顔をしながら壁へと寄りかかる。
何故少年を勧誘しているのか。
理由は《《あるもの》》を探すのに人手が多い方がいいからだった。
虎へと変身する少年がもしも手に入らなかった場合は、捕縛からしなくてはいけない。
その為には、沢山の戦力も必要となってくる。
「最後にもう一度だけ問おう。俺の部下にならないか?」
「ならない」
「……そうか」
少し残念そうに言った男だったが、すぐに心を切り替えて歩き始めた。
未練ダラダラなのを表に出すほど子供ではない。
少年は意外だった。
何が何でも引き入れようとしてくるのかと思って、いつでも逃げれるように準備はしていた。
「気が向いたらいつでも連絡してくれ」
パシッ、と少年の手に吸い込まれるように飛んできたのは電話番号だった。
男の背が見えなくなるまで見送ってから、少年はある場所へ行くことを決意する。
虎の少年へと懸けられた金額は七十億。
捕縛される前に、会ってみたくなったのだ。
「……久しぶりに彼らにも会いにいきますか」
呟いた小さな声は路地裏に吸い込まれるように消えていったのだった。
これは、本来なら存在しない一人の異能力者の物語。
---
--- episode.1 |少年と虎《boy and tiger》 ---
---
???side
よいしょ、と僕は船を降りて空を見上げた。
雲一つない晴天だ。
こういう日はのんびりと草原でピクニックをするのに限るね。
僕はそんなことを考えながら、街を適当に歩いていくことにした。
この街に来た目的は|虎人《リカント》に会うため。
しかし、何処にいるか知らないから《《彼ら》》に先に挨拶するのが良いだろう。
一人は数日後にこの国へ戻ってくる予定。
一人は多分そこら辺の川を流れているはず。
川辺を歩いていたら会えるような気がした。
「……それにしても、驚いたな」
あの組織から勧誘が来ることはもちろん、彼が表社会に行くなんて予想外すぎる。
ずっと彼処で死を望んでいるものと思っていた。
人はそう簡単に変わらない、なんて言うけど僕は違うと思う。
戦争が、出会いや別れがきっかけになりうる。
これらは人間をすぐに変えてしまう。
僕も例外じゃない。
「……さて、と」
中華街で買った肉まんを頬張りながら、僕は川辺を歩いていく。
一日中歩くことには慣れていた。
けれども久しぶりということで心がとても弾んでいるからか、とても疲れた。
少し休憩しようと座っていると、何かが川を流れていった。
疲労で幻覚でも見たのかと思って目を擦ってみたけど、どうやら現実らしい。
見覚えのない砂色の外套。
でも、こんな日に川に流れているなんて《《彼》》しか思い当たらない。
「助ける元気はないんだけどさ」
そう簡単に死ぬ人じゃないし、普通に面倒くさい。
多分、少しすれば相棒が──。
「そう言えば組織から抜けてるんだっけ」
川から生えている足に、鴉が寄ってきた。
そしてカァカァと鳴きながらつついている。
いつまで沈まないのか観察していると、向かい岸から一人の少年が川へと飛び込んだ。
彼を助けに行けるほど元気には見えなかったけど、人助けに理由は必要ない。
「……追うか」
そう、僕は腰を上げるのだった。
太宰side
誰かの咳き込む声が聞こえる。
何故か、川を流れている感覚はない。
「うおっ!」
目を開けて起き上がると、そこは陸だった。
「あ、あんた川に流されてて……大丈夫?」
「──助かったか」
ちぇっ、と私は舌打ちをした。
そして声のした方を振り返ると、一人の少年がいた。
「君かい、私の入水を邪魔したのは」
「邪魔なんて、僕はただ助けようと──」
少年は何か続けようとしたが、固まった。
どうやら入水を知らないようなので、簡単に説明してあげることにする。
私は入水──つまり自殺をしようとしていた。
「それを君が余計なことを──」
ヤレヤレ、と頭を抱えていると少年とは別の声が聞こえてきた。
その声を私は知っている。
ゆっくりと振り返ると、そこには懐かしい人物がいた。
「これはこれは、珍しいですね。今日は一体どうされましたか?」
「別に、どうもしてないよ。ちょっと面倒ごとに巻き込まれそうだから逃げてきただけ」
嘘は言っていない。
しかし、何か隠しているようだった。
「相変わらず、人に迷惑しかかけていないね」
「人に迷惑をかけない、清くクリーンな自殺が私の信条なのだけれど」
だのに、この少年には迷惑をかけた。
此方の落ち度だから何かお詫びをしないといけないな。
そんなことを考えていると、獣の唸り声が辺りに響き渡った。
少年の方を見ると、何とも言えない顔をしている。
私は思わず笑ってしまった。
「空腹かい、少年?」
「じ、実はここ数日何も食べてなくて……」
それに被せるように、私の腹の虫もなってしまった。
お腹空いたな。
でも財布は流されてるんだよな。
どうしたものかと頭を悩ませているその時だった。
「おーい! こんな処に居ったか、唐変木!」
「おー、国木田君ご苦労様」
なんか色々言ってるけど、無視でいいか。
国木田君に奢ってもらうことにしよう。
多分了承してくれるさ。
「君、名前は?」
「中島……敦ですけど」
「ついて来たまえ、敦君。何が食べたい?」
茶漬け、と少し照れくさそうに彼は言った。
餓死寸前の少年が茶漬けを所望することに大笑いしてしまう。
国木田君に三十杯ぐらい奢らせよう。
そういうと、私の名を呼びながら国木田君が怒った。
「太宰?」
そういえば自己紹介がまだだったか。
私としたことが、うっかりしていたな。
「太宰、太宰治だ」
それで、と私は敦君の奥にいた彼へと視線を向ける。
「貴方も一緒にどうですか」
「いいの?」
「もちろんです、ルイスさん」
じゃあ邪魔しようかな、とルイスさんは笑った。
ルイスside
やって来たのはとある食事処だった。
日本らしい店内は、何故か|英国《イギリス》出身の僕でも落ち着く。
虎人改め、中島敦君は太宰君の言っていた通り三十杯近くの茶漬けを食べている。
孤児院を追い出され、無一文だったらしいしお腹空いてたんだろうな。
「おい太宰、早く仕事に戻るぞ」
金髪の男──確か国木田君は苛立っている。
「仕事中に突然『良い川だね』とか云いながら川に飛び込む奴がいるか。おかげで見ろ、予定が大幅に遅れてしまった」
やっぱり相変わらず人に迷惑しかかけてないな。
そんなことを考えながら、僕は頼んだ磯部もちを食べていた。
普通に美味しい。
「国木田君は予定表が好きだねぇ」
「これは予定表ではない! 理想だ!」
凄いな、この手帳。
表紙に理想の二文字が書かれている。
「我が人生の道標だ。そしてこれには『仕事の相方が|自殺嗜癖《じさつマニア》』とは書いていない」
「ぬんむいえおむんぐむぐ?」
「五月蝿い。出費計画の頁にも『俺の金で小僧が茶漬けをしこたま食う』とは書いていない」
「んぐむぬ?」
「だから仕事だ! 俺と太宰は軍警察の依頼で猛獣退治を──」
「君達なんで会話できてるの?」
太宰君がツッコミを入れるなんて珍しいな。
放置していた僕も悪いんだろうけど。
とりあえず、口に食べ物が入ったまま話すのは良くない。
「はー、食った!」
それから少しして、やっと敦君は茶漬けを食べ終えた。
もう十年は見たくないとも言っている。
「いや、ほんっとーに助かりました! 孤児院を追い出されて横浜に出てきてから、食べるものも寝るところもなく……あわや斃死かと」
「ふぅん。君、施設の出かい」
出、というよりは追い出されたらしい。
それから何故か太宰君たちの仕事の話になっていた。
さっき、軍警の依頼で猛獣退治って言ってたよな。
敦君が退治されるなんて、あの男は予想しているのだろうか。
まぁ、僕には関係ないことだけど。
その時、ガタッと音を立てて敦君が椅子から落ちた。
逃げようとしたところを国木田君が捕まえる。
「む、無理だ! 奴──奴に人が敵うわけがない!」
「貴様、『人食い虎』を知っているのか?」
どうやら、敦君は自分がその虎だとは知らないらしい。
孤児院を追い出されたのは其奴のせい。
そう語る敦君だけど、経営が傾いたのなんて一人追い出しても然程変わらないでしょ。
「それで小僧、『殺されかけた』と云うのは?」
「あの人食い虎──孤児院で畑の大根食ってりゃいいのに、ここまで僕を追いかけてきたんだ!」
なんか、虎の正体を知っていると全く面白くないな。
つまらなくて欠伸をしていたら、いつの間にか話はどんどん進んでいた。
どうやら太宰君の案で、敦君が虎探しを手伝うことになったらしい。
ほとんど餌のようなものだけど、報酬に釣られたんだろうな。
「で、ルイスさんはどうします?」
「どうせ暇だからついて行くことにする」
「……そう言えばこの小僧は誰なんだ、太宰」
小僧呼ばわりされて、少し頭にきてしまった。
平常心を保ちながら僕は自己紹介する。
「初めまして、僕はルイス•キャロル。こんな見た目だけど二十六歳だ」
「え、あ……その、すみませんでした」
彼が小僧と呼ぶのも無理はなかった。
何故なら僕はこの中で最年長であるのにも関わらず、誰よりも小さい。
一応160cmはあるけど、童顔だし少年に見えても仕方がないか。
この小説だって今までずっと少年って書いてきてるし。
「で、何処に向かうの?」
「もちろん、虎の現れる場所だよ」
やって来たのは『十五番街の西倉庫』だった。
ここは昔から人が少なく、多少は暴れても問題ない。
懐かしいな、なんて考えながら中へと入る。
暫く、倉庫内には太宰君が本の頁を捲る音だけが響き渡っていた。
「本当にここに現れるんですか?」
「本当だよ」
敦君は心配そうな顔で太宰君を見た。
「心配いらない。虎が現れても私の敵じゃないよ。こう見えても『武装探偵社』の一員だ」
ルイスさんだって居る、と付け足しながら安心させようとしていた。
しかし、僕は武装探偵社の一員ではない。
それに戦争に居たからと言って、戦うことが得意なわけではないのだ。
でもそれを言ったら、敦君はとても心配してしまうことだろう。
「ははっ。凄いですね、自信のある人は。僕なんか孤児院でもずっと『駄目な奴』って言われてて──」
日本はまだ孤児への対応がしっかりしている方だと思っていた。
けれども、意外とそうでもないらしい。
ふと、小さな窓から空を見上げてみると満月が浮かんでいた。
それと同時期に、何処からか物音が聞こえて来る。
敦君は虎が来たのだと怯えていた。
しかし僕はもちろん、太宰君も冷静だった。
「君が街に来たのが二週間前。虎が街に現れたのも二週間前。君が鶴見川べりにいたのが四日前。同じ場所で虎が目撃されたのも四日前」
とっくの昔に、彼は気づいていたのだろう。
巷間には知られていないが、この世には異能の者が少なからずいる。
その力で成功する者もいるのに対して、力を制御できずに身を滅ぼす者もいる。
「大方、施設の人は虎の正体を知っていたが、君には教えなかったのだろう。君だけが解っていなかったのだよ」
ギラッ、と暗闇の中で金色の瞳が光った。
あの男が言っていたとはいえ、本当に虎へと変身してしまうとは。
そんなことを考えていると、白虎は太宰君へと襲い掛かる。
砂埃が舞い、木箱は次々に壊されていった。
「ルイスさーん」
「僕、探偵社員じゃないから」
そんなー、と少し残念そうに言いながら避けている太宰君。
動きはとても身軽だった。
「こりゃ凄い力だ。人の首ぐらい簡単に圧し折れる」
トン、と太宰君は壁へと追い詰められてしまった。
白虎は僕に見向きもしないけど、何故だろうか。
そんなことを考えながら、砂埃の先にうっすらと見える影を眺めていた。
「君では私を殺さない」
--- 『|人間失格《にんげんしっかく》』 ---
太宰君が触れたら変身は解ける。
もう大丈夫そうかな。
そんなことを考えながら木箱を降りていき、僕は近くに行く。
ビタッ、と音が聞こえたかと思えば敦君が横になっている。
どうせ支えるのが面倒くさくなったんだろうな(大正解)
「おい太宰!」
「あぁ、遅かったね。虎は捕まえたよ」
国木田君が倉庫へやって来た。
その後ろをゾロゾロとついてくるのは、多分探偵社員だろう。
「なんだ、怪我人はなしかい? つまんないねェ」
「はっはっは。中々できるようになったじゃないか、太宰。まぁ、僕には及ばないけどね!」
「でも、そのヒトどうするんです? 自覚はなかったわけでしょ?」
「どうする太宰? 一応、区の災害指定猛獣だぞ」
うふふ、と太宰君が笑った。
どうやらもう決めてあるらしい。
まぁ、何となく予想はついているけどね。
「うちの社員にする」
国木田君の驚いた顔からの大声に、思わず笑ってしまった。
これから探偵社の寮に向かうらしいけど、僕はついていけない。
挨拶も出来たし、此処でお別れかなと一人考えていると声を掛けられた。
「それにしても元気そうで何よりだよ、ルイス」
「君も変わりなさそうだね」
「乱歩さん、この人は?」
おっと、自己紹介がまだだった。
「僕はルイス、ルイス•キャロルです」
「私の古い友人だ」
ざわっ、と一瞬なったのが分かる。
そういえば太宰君は元マフィアだってこと話してるのかな。
話してたらこんな空気にならないか。
太宰君のせいだし、関係ない。
「それじゃあ、僕はそろそろ失礼するね」
「行ってしまうのかい?」
長居する理由は特にないし、と告げて横浜の街をぶらりと歩くことにした。
「……まだ帰ってこないんだよな」
そう呟いた僕は海岸にいた。
ここから少し離れたところにはあの『ポートマフィア』本部がある。
昔はよく出入りしていたけど、と懐かしんでいると足音が聞こえて来た。
ここら辺はマフィアの縄張りのようなものだし、見つかると少々面倒くさい。
フラグにならないよう立ち去ろうとしたが、何か嫌な気配がした。
即座に異能を発動させると、鋭いものがぶつかり合う音が辺りに響き渡る。
僕はもう、ため息を吐くしかなかった。
???side
見知らぬ人物が海岸に立っていた。
ここに足を踏み入れるのは敵組織の可能性が高いため、|僕《やつがれ》は異能力を使って攻撃する。
「──!」
しかし、黒獣がその人影を喰らうことはない。
つい先程まではなかった、月光に照らされ輝く銀色の刃によって向きが変えられたのだ。
何者かと警戒する僕に対して、その人物は剣を手に持ちながら笑う。
「久しぶりだね、芥川君」
「る、ルイスさん!?」
予想していなかったせいか、大声を出してしまう。
それにしても、やはり反応が早い。
音一つ立てていなかった筈なのに塞がれてしまった。
流石は『戦神』と呼ばれるだけの実力を持った人物か。
些細な音を拾ったのか、第六感で止めてしまったのか。
どちらにしても、この人の異能力は相変わらず凄い。
何もない場所に急に現れる剣や銃を始めとした、様々な道具たち。
数えきらないほどの種類の武器を扱うこの人自身も凄いと思う。
「今日はどうして此方に?」
「ちょっと面倒ごとに巻き込まれそうでね。日本を選んだ意味はないよ」
「そうですか」
泊まるところなども取ってあるらしく、僕はすぐに別れた。
もしルイスさんが戻って来ていると知ったら、あの人も戻って来てはくれないだろうか。
「……太宰さん」
そう呟いた僕の声は、波に掻き消されるのだった。
---
--- episode.2 |少年と爆弾《boy and bomb》 ---
---
ルイスside
昨日は色々あったような気がする。
太宰君と会ったのはもちろん、例の虎人にも会うことが出来た。
彼は多分、あのまま武装探偵社に入ることになるんだろうな。
「……ふわぁ」
欠伸をしながら僕は布団から出る。
そういえば、芥川君にも会ったんだよな。
「さーてと」
僕は立ち上がってさっさと着替える。
そして、昼過ぎに宿から出るのだった。
「太宰君の連絡先って変わってるのかな……」
マフィアを抜けた時、普通なら変えるだろうけど彼に常識は通用しない。
でも、万が一のこともあるから掛けるのはやめておこう。
探偵社は確か政府公認の異能者集団だから、僕のことも色々と知られているかもしれない。
別に過去を忘れたいわけでも、行いを恥じているわけでもない。
けど、どれだけ勲章を貰っても世に認められても、人を殺したという事実が消える筈なかった。
洗っても洗っても、手を染める真っ赤な血は落ちない。
実際はもう大丈夫な筈なのに、汚れている幻覚を見てしまう。
「……はぁ」
もう、僕は昔みたいに戦場に立つことは出来なくなった。
だから軍を抜けて、裏社会に身を置くことにした。
「とりあえず、彼が帰ってくるまでは暇つぶしが必要かな」
そんなことを呟きながら僕が歩いていると、ある声が耳へと入って来た。
聞いたことがあるような気がして、声のする方へと歩を進める。
矢張り知り合いだった。
「この包帯無駄遣い装置!」
「……国木田君、今の呼称はどうかと思う」
「この非常事態に何をとろとろ歩いて居るのだ! 疾く来い!」
朝から元気だなぁ、と太宰君は何か話し始めていた。
国木田君はそれを本当と信じ、必死にメモを取っている。
しかし嘘だと言われ、怒りから国木田君が締めている。
少し呆れ顔をしていた敦君だったけど、話を戻そうとしていた。
「あの……『非常事態』って?」
「そうだった! 探偵社に来い、人手が要る!」
「何で?」
「爆弾魔が、人質連れて探偵社に立て篭もった!」
大変そうだな、と僕は他人事だと思っていると見つかった。
太宰君と目が合ったかと思えば、満面の笑みを浮かべている。
もう、ため息を吐くことも出来ない。
探偵社に着くと、本当に爆弾魔がいた。
起爆釦らしいものを手に持っており、女学生が人質に取られている。
「犯人は探偵社に恨みがあって、社長に会わせないと爆発するぞ、と」
「ウチは色んな処から恨み買うからねぇ」
国木田君が状況説明してくれている間に、私はそっと顔を出してみる。
あれ、|高性能爆薬《ハイエクスプロオシブ》だな。
この部屋ぐらいなら、簡単に吹き飛ばすぐらいの威力はあるだろう。
「爆弾に何かを被せて爆風を抑える手もあるけど……」
「この状況じゃ無理ですね」
「どうする?」
緊迫した状況の中、冷静に判断しようと思考を回す。
「会わせてあげたら? 社長に」
「殺そうとするに決まってるだろ! それに社長は出張だ」
人質をどうにかする仲間優先だろうな。
そんなことを考えていると、太宰君と国木田君がジャンケンをしていた。
何度かあいこになり、太宰君は勝つとニタァと笑った。
ぐぬぬ、と国木田君は舌打ちをしながら爆弾魔の前へと出る。
一体何をしてるんだ、この人達は。
太宰君は22歳だった筈だけど、何故こうも子供っぽいのだろうか。
「おい、落ち着け少年」
「来るなァ! 吹き飛ばすよ!」
流石、探偵社に私怨を持つだけはある。
社員の顔と名前ぐらいは調べ上げているのか。
もちろん、太宰君が行っても余計警戒されるだけ。
「却説、どうしたものか」
そう言った彼の視線は僕達の方を向く。
にやぁ、と笑ったかと思えば想像通りの提案をされた。
「社員が行けば犯人を刺激する。となれば、無関係で面の割れていない君達が行くしかない」
「むむ無理ですよ、そんなの!」
「知ってると思うけど、僕やらないからね?」
えぇ、と敦君は僕の方を見た。
気を引くのはあまり得意じゃない。
戦場では正面突破しかしてこなかったし、面倒ごとは嫌い。
「犯人の気を逸らせてくれれば、後はルイスさんがやるよ」
「おい」
「そうだな、落伍者の演技でもして気を引いては如何かな」
敦君はムリムリと言っているが、爆弾魔の前に出すことで強制的にやることになっていた。
この感じだと、僕もやらないといけないのかな。
「ぼ、ぼ、僕は、さ、騒ぎを、き、聞きつけた一般市民ですっ! い、い、生きてればいいことあるよ!」
「誰だか知らないが無責任に云うな! みんな死ねば良いんだ!」
「ぼ、僕なんか孤児で家族も友達も居なくて、この前その院さえ追い出されて、行くあても伝手も無いんだ!」
「え……いや、それは」
「害獣に変身しちゃうらしくて軍警にバレたらたぶん縛り首だし、とりたてて特技も長所も無いし、誰が見ても社会のゴミだけどヤケにならずに生きてるんだ!」
あれ、不幸自慢大会でも始まった?
爆弾魔も困ってるの面白いな。
隣で太宰君は笑っている。
「ね、だから爆弾捨てて一緒に仕事探そう」
目が本気なんだよなぁ。
でも本心が混ざった演技だからこそ、爆弾魔に隙が生まれた。
僕が飛び出すと同時に、太宰君は何か指示を出している。
「手帳の頁を|消費《つか》うから、ムダ撃ちは厭なんだがな……!」
--- 『|独歩吟客《どっぽぎんかく》』 ---
理想と書かれた手帳に何かを書き込んだかと思えば、頁を破った。
「手帳の頁を──|鉄線銃《ワイヤーガン》に変える」
変化の異能力なのだろう。
宣言通り頁が鉄線銃に姿を変えた。
国木田君のお陰で、起爆釦は爆弾魔の手から離れる。
今だ、と言わんばかりに太宰君は視線で合図をして来た。
息を吸った僕は足に力を込め、一気に解放させる。
すると一瞬にして爆弾魔との距離は詰められた。
「少し眠って貰うよ」
懐に入ってから顎めがけて蹴り上げる。
結構良い音がしたかと思えば、すぐに国木田君が取り押さえていた。
爆弾は起動していないし、一件落着かな。
へなっ、と安心して座り込む敦君。
一般人からしたらたまったもんじゃないだろうな。
そんなことを考えていると、ピッという音が聞こえたような気がした。
嫌な予感がして爆弾を見たら、カウントダウンがスタートしている。
「あ」
全員が間抜けな声を出したかと思えば、敦君の叫び声が室内に響き渡った。
残り五秒で爆発とか、どうしようもないのでは?
そんなことを考えていると、思わぬ光景が目に映った。
「──は?」
敦君が、爆弾に覆い被さっていた。
確かに何かを被せて爆風を抑える手もあるとは言った。
でも、まさか実践してしまうとは誰が予想したのだろう。
「莫迦!」
そんな太宰君の声が響き渡る。
刻々と爆発するまでのカウントダウンは進んでいく。
あまりこの力は使いたくは無かった。
でも、目の前で誰かが死ぬ方がもっとごめんだ。
--- 『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》』 ---
残り一秒。
そんなギリギリの時間で僕は爆弾を|異能空間《ワンダーランド》に送ることが出来た。
あそこは時の流れの影響を受けないから、ずっと一秒で止まったまま。
とりあえずは一安心かと思って敦君の元へ向かうと、後ろから笑い声が聞こえて来た。
「やれやれ……莫迦とは思っていたがこれほどとは」
「|自殺愛好家《じさつマニア》の才能があるね、彼は」
「へ?」
「ああーん兄様ぁ! 大丈夫でしたかぁ!?」
ゴキッ、と爆弾魔の少年に抱きついた人質の少女。
折れてそうだったけど大丈夫かな。
敦君の方を見てみると、まだ理解が追いついていないようだった。
僕は何となくだけど状況が分かってきた。
「恨むなら太宰を恨め。若しくは仕事斡旋人の選定を間違えた己を恨め」
「そう云うことだよ、敦君。つまりこれは一種の──入社試験だね」
「入社……試験?」
「その通りだ」
声のした方を見れば、一人の和装の男がそこに立っていた。
社長、と国木田くんが呼んでいる。
この人こそ、武装探偵社の社長──福沢諭吉。
「そこの太宰めが『有能な若者が居る』と云うゆえ、その魂の真贋を試させて貰った」
「君は社長に推薦したのだけど、如何せん君は区の災害指定猛獣だ。保護すべきか社内でも揉めてね。で、社長の一声でこうなったと」
「で、社長……結果は?」
少ししてから、福沢さんは口を開いた。
「太宰に一任する」
これさ、僕がいる意味ってあったのかな。
まぁ考えるだけ無駄だよね。
「少し良いか?」
「……別に構いませんよ」
ついて行くと、社長室に案内された。
椅子に座らされて少しすると、茶が運ばれて来た。
特に口をつけることもなく黙っていると、彼が話しかけてくる。
「変わらないな、貴君は」
「見た目?」
「それはそうなんだが、人を守る為ならば異能を使うところ等もな」
確かに、あの力はあまり使いたく無いと思っている。
それなのに爆弾の被害を出さないため、いつの間にか異能空間へと送っていた。
終戦後に『万事屋』として様々なことを請け負っていたことがある。
少しでも罪を償おうと、戦争のことを忘れようと。
あの頃に出会った彼が言うのならば、間違いはないだろう。
「あ、僕は探偵社に入らないからね」
「分かっている」
もう誰の下にもつかず、仲間を作らない。
その為に僕は軍を辞めたのだ。
「……数日後にマフィアの方へも行くんだけど、なんか伝言ある?」
「無い」
「即答ですか」
仲直りはする気ないんだろうな。
はぁ、とため息を吐いた僕は立ち上がった。
そろそろ太宰君や敦君のところへ戻った方がいいだろう。
「貴君は先程、孤独でいることを選択していたが──」
扉に手を掛けたところで、足を止める。
振り返ってみると、福沢さんは優しい笑みを浮かべていた。
「もし困ったことがあったら頼ってくれ」
「そうだよ! 君は一人で抱え込もうとするからね!」
子供らしい声が聞こえた。
福沢さんの後ろからひょっこりと顔を出している少年──江戸川乱歩。
まさか、彼もいたとは思っていなかった。
それにしても一人で抱え込む、か。
心当たりしかなく、思わず笑ってしまう。
「あぁ、そうさせてもらうよ」
福沢side
ルイスは笑みを浮かべていたが、どこか不自然さがあった。
誰かに頼ることなく生きてきたという話を、昔に本人から聞いた。
何度も裏切られ、自分の力だけで乗り越えなければならない状況に陥ったと。
「それじゃ失礼します」
彼が退室し、私は一口だけ茶を飲んだ。
乱歩はルイスに差し出た菓子をモグモグと食べている。
「世界が色付く日は来るのかな、彼に」
「……さぁ、どうだろうな」
ルイスside
爆弾騒動のあった部屋へと戻ると、敦君が何とも言えない表情をしながら涙を流していた。
話を聞くと武装探偵社という物騒な職場で働くのは、無理だと考えた敦君。
しかし、入らない場合は社員寮を出ていかなくてはいけない。
それに寮の食費や電話の支払いもある。
先程自分で言った通り、|害獣《白虎》に変身してしまうことがバレたら縛り首。
ここで働く以外の選択肢はないらしい。
少し可哀想だとは思った。
(命の安全は保証されるけどね)
政府公認ということは、縛り首にされることはないだろう。
まぁ、例の組織に狙われることは変わりないけど。
「そういえば、社長と一体何を話してたんですか?」
太宰君がそう訪ねてきた。
僕は先程の会話を思い出しながら言った。
「……秘密だよ」
「えー」
彼的には、僕も探偵社に入れたかったのかもしれない。
けど、僕に仲間は必要ないから。
---
--- episode.3 |少年と或る任務《boy and a certain mission》 ---
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ルイスside
武装探偵社の入っている建物の一階には、少し懐かしい雰囲気のある喫茶店があった。
まだ待ち人は帰ってこないらしい。
なので、暫くは敦君の様子を見守ることにした。
「すんませんでしたッ!」
静かな店内に、そんな声が響き渡る。
「その、試験とは云え随分と失礼なことを」
「あぁいえ、良いんですよ」
少し優しい言い方をする爆弾魔だと思ったけど、この性格のせいか。
そんなことを考えながら僕は頼んだ珈琲を飲んだ。
どうやら今回の入社試験は太宰君が考えたものらしい。
あの爆弾、本物にして返してやろうかな。
「ともかくだ、小僧」
太宰君と言い争っていた国木田君は咳をした。
苦笑いを浮かべていた敦君の背筋が伸びる。
「貴様も今日から探偵者が一隅。ゆえに周りに迷惑を振りまき、社の看板を汚すような真似はするな」
俺も他の皆もそのことを徹底している、と続けて茶を飲んだ国木田君。
「なぁ太宰」
「あの美人の給仕さんに『死にたいから頸締めて』って頼んだら応えてくれるかなぁ」
「黙れ、迷惑噴霧器」
くどくど始まったな、と思っていると爆弾魔くんが自己紹介を始めた。
そういえば、ちゃんと挨拶してなかったっけ。
「ボクは谷崎。探偵社で手代みたいな事をやってます。そンでこっちが──」
「妹のナオミですわ。兄様のことなら……何でも知ってますの」
「き──兄弟ですか? 本当に?」
「勿論どこまでも血の繋がった実の兄妹でしてよ……? このアタリの躯つきなんてホントにそっくりで……ねぇ兄様?」
谷崎君の服の中へと手を入れているナオミさん。
流石に兄妹には見えないのだが、国木田君が深く追求しないように目で訴えていた。
まぁ、それが一番な気がする。
「それで、兄様に綺麗な蹴りを入れた貴方は?」
「挨拶が遅れて申し訳ない。僕はルイス•キャロル。以後、お見知りおきを」
「よろしくお願いしますわ!」
癖で手を差し出してしまったが、特に何とも思われていないようだった。
少し兄からの視線が気になったけど。
「そういえば、皆さんは探偵社に入る前は何を?」
敦君はその質問を何となくしたのだろう。
シーン、と静まり返った。
僕と違って胸を張れないような過去じゃないでしょ、多分。
そんなことを考えていると、新入りは先輩の前職を中てるのが定番という話をしていた。
もちろん、僕も新入り扱いにされた。
「谷崎さんと妹さんは……学生?」
「おっ、中った。凄い」
まぁ二人は簡単な方だろうな。
ナオミさんは制服を着ているし、多分そこまで二人に年齢差はない。
「じゃあ国木田君は?」
「止せ。俺の前職など如何でも──」
「うーん、お役人さん?」
「惜しい」
どうやら彼は数学の教師だったらしい。
何か納得してしまった。
よく『ここはxの累乗を使うだろう』とか、黒板を差しながら叫んでそう。
「じゃ私は?」
「太宰さんは……」
笑う太宰君に対して、敦君は想像もつかないようだった。
「無駄だ、小僧。武装探偵社七不思議の一つなのだ、こいつの前職は」
でも、と彼は僕の方を向く。
確かに僕は前職を知っているけど、話すつもりはない。
「七不思議のままで良いと思うよ」
「そういえば、最初に中てた人に賞金があるンでしたっけ」
「誰も中てられなくて、懸賞金が膨れあがってる」
国木田君は溢物の類いだと思っているらしいけど、残念ながら違う。
「しかし、こんな奴がまともな勤め人だったと筈がない」
その言葉を聞いて、僕は思わず笑ってしまった。
確かに太宰治という人間は自殺愛好家で、何を考えているのか分からない人物だ。
「ちなみに懸賞金って如何ほど」
「参加するかい? 賞典は今──七十万だ」
ガタッ、と立ち上がった敦君。
目の色が変わった気がする。
そういえば彼は無一文なんだった。
七十万なんて大金にしか見えていないことだろう。
「中てたら貰える? 本当に?」
「自殺主義者に二言は無いよ」
ふわぁ、と僕は欠伸をした。
なんか面白いことになりそうだけど、とても眠い。
「|勤め人《サラリーマン》」
「違う」
「研究職」
「違う」
「工場労働者」
「違う」
「作家」
「違う」
「役者」
「違うけど、役者は照れるね」
うーん、と敦君は頭を悩ませていた。
僕は本当に眠たくてどうしたものかと頭を悩ませていた。
宿に戻るのは些か面倒くさい。
「だから本当は浪人か無宿人の類だろう?」
「違うよ。この件で私は嘘など吐かない」
「……ルイスさん、本当に太宰は違うんですか?」
「うん。でも君達が思いもよらない職業、とだけ言っておくよ」
降参かな、と太宰君は立ち上がって先に事務所へと戻っていった。
その時、窓をスーツ姿の金髪の女性が歩いていったのが見えた。
女性はエレベーターの方へと向かっていく。
この建物には、探偵社ぐらいしか外部の人間が用ある場所はない。
つまり、依頼人と考えるのが普通だろう。
「うん?」
少し喫茶店でゆっくりしていると、谷崎君の携帯が鳴った。
「ハイ。……え、依頼ですか?」
先程の女性だな、と思いながら僕も何故か探偵社にいた。
依頼人は一人なのに対して、此方は六人と大人数。
変な圧を掛けてしまっているのか、女性は全く話し始めない。
「……あの、えーと、調査のご依頼だとか」
それで、と谷崎君が続けようとすると、邪魔が入った。
「美しい……。睡蓮の花のごとき果敢なく、そして可憐なお嬢さんだ」
「へっ!?」
「どうか私と《《心中》》していただけないだろ──」
スパン、と痛々しい音が部屋に響き渡った。
国木田君も多分同じ考えに至っていたのだろう。
手帳で叩いている分、まだ彼の方が優しい気がする。
「ちょ、重いですって!?」
「なに依頼人を口説いてるの」
僕は太宰君を踏んでいた。
喫茶店でも思っていたことだけど、今は美女との心中を望んでいるんだな。
どちらにしても最低なことには変わらないけど。
重いと言われたことに少しイラついた僕は、グリグリと頭を踏んでいた。
それを見て困惑する依頼人と探偵社一同。
「えっと……」
「あ、済みません。忘れてください」
国木田君の一言で足を離すと、太宰君はズルズルと隣の部屋へと連れていかれた。
特について行く意味はないので、僕は元いた位置へと戻る。
「それで依頼と云うのはですね、我が社のビルヂング裏手に……最近、善からぬ輩が屯しているようなんです」
「善からぬ輩ッていうと?」
「分かりません」
普通に話を再開した依頼人。
変人慣れしてるのかな、と考えている間に国木田君が戻ってきた。
「ですが、|襤褸《ぼろ》をまとって日陰を歩き、聞き慣れない異国語を話す者もいるとか」
「そいつは密輸業者だろう。軍警がいくら取り締まっても船蟲のように涌いてくる、港湾都市の宿業だな」
「えぇ。無法の輩だという証拠さえあれば軍警に掛け合えます」
簡単にまとめると、現場を張って善からぬ輩とやらの証拠を集めたら良い。
密輸業者は無法者だけど、大抵は逃げ足だけが取り得の無害な連中だ。
見張るだけだから初仕事にはちょうど良いらしく、敦君が受けることになった。
谷崎君がサポートに入ることになると、ナオミさんも一緒に行くことに。
「おい小僧。不運かつ不幸なお前の人生に、些かの同情が無いわけでもない」
故に、と国木田君が一枚の写真を取り出した。
横から覗き込んでみると、見覚えしかない。
「こいつには逢うな。遭ったら逃げろ」
「この人は──?」
「マフィアだよ。尤も、他に呼びようがないからそう呼んでるだけだけどね」
国木田君の説明を聞き流していると、谷崎君が敦君を呼ぶ声が聞こえてきた。
今すぐに出るらしい。
見送った僕は、太宰君が横たわる椅子の向かいへと腰を下ろした。
「何で踏んだんですか?」
「別に意味はないよ。次は僕から質問させてもらっても良いかな」
どうぞ、と太宰君が言ったのを確認してから、僕は口を開く。
「前職を辞めた理由を聞いてないと思ってね」
国木田君の掃除機を掛ける音だけが部屋に響き渡る。
笑みを浮かべる僕と同じく、太宰君も笑っていた。
けれど、その瞳に光は宿っていない。
「数少ない友人の、遺言です」
友人、か……。
僕にはいない存在だ。
幼い頃に戦場へと駆り出され、沢山年上の仲間はいた。
けれど、全員がその命を落とした。
仲の良い存在すら、僕にはもういないも同然だろう。
少しして、太宰君はヘッドホンをして歌っていた。
「一人では〜心中は〜できない〜二人では〜できる〜すごい〜」
絶対に世に出ていない曲だろうな。
というか、即興で作っているのだと思う。
ヘッドホンから流れているものが音楽とは限らないからね。
「さて、と……。今日はもう失礼させてもらうね」
「了解です。そういえばルイスさんは探偵社に入らないのですか?」
「組織に入るのは得意じゃないからね。それに、数日後にはもう日本を出る予定だから」
そうなんですか、と国木田君は少し悲しそうに言った。
僕は少しだけ太宰君の扱いに慣れているから、多少は突っ込まなくて済むんだろうな。
でも、あまり長居しすぎると嫌な感情が芽生えてしまう。
「それじゃ」
扉を出ると、怒鳴る声が聞こえてくる。
太宰君の相棒はやっぱり苦労するんだな、と僕は一人で少しだけ笑った。
少し街を歩いていると、何か不穏な気配がした。
あまり面倒ごとに巻き込まれるのは好きではない。
しかし、知り合いが傷つくのを知らないふりをするのは、もっと好きではない。
「……仕方ない」
そう言った僕は裏路地へと足を向けるのだった。
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--- episode.4 少年と禍狗 ---
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No side
敦達が依頼人──樋口へついて行くと、ある路地裏についた。
なんか、鬼魅の悪い処だな。
そう敦が思っていると、谷崎が何かに気がついた。
「無法者と云うのは臆病な連中で──大抵、取引場所に逃げ道を用意しておくモノです。でも此処はホラ、取り方があっちから来たら逃げ道がない」
谷崎が指差したのは、敦らが今やって来た方向だった。
確かに、あそこ以外に逃げられるような道は見当たらない。
「その通りです。失礼とは存じますが、嵌めさせて頂きました」
依頼の件は嘘だったらしい。
そして、樋口の目的は敦達自身。
「芥川先輩? 予定通り捕らえました。これより処分します」
「芥川……だって?」
「我が主の為──ここで死んで頂きます」
樋口の正体がポートマフィアと気付く頃には、もう銃を構えていた。
逃げ道もない敦達三人は、ただ戸惑うことしか出来ない。
敦side
銃声が止んで、僕は閉じていた目を開いた。
谷崎さんを庇うように立っている《《血塗れ》》のナオミさんの姿がそこにはある。
「兄様……大丈……夫?」
「ナオミッ!!」
ドサッ、と音を立てて倒れたナオミさんを見て、僕はその場に座り込んだ。
「し、止血帯。敦くん、止血帯持って無い?」
その声は、全く頭に入ってこなかった。
谷崎さんもパニック状態に陥っているのが分かる。
「そこまでです。貴方が戦闘要員でないことは調査済みです」
谷崎さんの頭に銃口が突きつけられる。
「健気な妹君の後を追っていただきましょうか」
「あ? チンピラごときが──ナオミを傷つけたね?」
--- 『|細雪《ささめゆき》』 ---
雪が降っていた。
まだそんな季節じゃないのに、どうして。
「敦くん、奥に避難するンだ。こいつは──ボクが殺す」
そう谷崎さんが言い終わると同時に、銃声が鳴り響いた。
しかし、一弾も当たることはない。
戦闘向きではない、と道中に言っていたけどこれは一体……。
「ボクの『細雪』は《《雪の降る空間そのものをスクリーンに変える》》」
「なっ……何処だ!」
「ボクの姿の上に背後の風景を上書きした。もうお前にボクは見えない」
「しかし姿は見えずとも、弾は中る筈っ!」
大外れ、と声が聞こえたかと思えば、樋口さんの後ろに人影があった。
谷崎さんは首を手で掴んでおり、どんどん力を込めていく。
苦しそうな樋口さんの声しか聞こえないかと思えば、そこに入ってくる誰かの咳。
次の瞬間、首を絞めていた筈の谷崎さんが床に倒れた。
奥に見えた人影と、目が合ったような気がした。
「死を惧れよ。殺しを惧れよ。死を望む者等しく死に、望まるるが故に──ゴホッ」
僕の脳裏に蘇るのは、国木田さんの言葉。
『こいつには逢うな。遭ったら逃げろ』
『俺でも──奴と戦うのは御免だ』
写真で見せてもらった男が、今目の前にいる。
「お初にお目にかかる。僕は芥川。そこな小娘と同じく、卑しきポートマフィアの狗──ゴホゴホッ」
「芥川先輩、ご自愛を──此処は私ひとりでも」
ピシッと頬を叩く音が響き渡り、カランと樋口さんのサングラスが床に転がる。
何が起こっているのか、僕には一向に理解できなかった。
「人虎は生け捕りとの命の筈。片端から撃ち殺してどうする、役立たずめ」
「──済みません」
人虎……それに生け捕り……?
「あんたたち一体」
「元より僕らの目的は貴様一人なのだ、人虎。そこに転がるお仲間は──いわば貴様の巻添え」
「僕のせいで皆が──?」
然り、と芥川はそれが僕の業だと言った。
《《生きているだけで周囲の人間を損なう》》と言われ、心当たりしかない。
嫌な汗が頬を伝う。
「自分でも薄々気がついているのだろう?」
--- 『|羅生門《らしょうもん》』 ---
そんな声が聞こえたかと思えば、黒い獣が現れた。
思わず目を閉じてしまい、開く頃には僕の右側の地面が削れている。
「僕の『羅生門』は悪食。凡るモノを喰らう。抵抗するならば次は脚だ」
「な、何故? どうして僕が──」
それは心の底から思ったことだった。
僕のせい──?
僕が生きているだけで、皆不幸になるのか──?
「……くん」
後ろからそんな声が、聞こえてきた。
「敦、くん……逃げ、ろ……」
谷崎さんが僕にそう言った。
皆、まだ息はある。
『貴様も今日から探偵社が一隅。社の看板を汚す真似はするな」
国木田さんの言葉を思い出した僕は決意した。
そして芥川へと走り出した。
「玉砕か──詰らぬ」
僕はまっすぐと伸びてきた黒い獣を避け、芥川の背後へと回り込む。
どうにか落ちていた樋口さんの銃を拾って、引き金を引いた。
しかし、銃弾はカランと地面へと落ちた。
「今の動きは中々良かった。しかし、所詮は愚者の蛮勇」
もう、その場に立ち尽くすことしか出来ない。
「云っただろう、僕の黒獣は悪食。凡るモノを喰らう。|仮令《たとえ》それが『《《空間そのもの》》』であっても」
「な……」
「《《銃弾が飛来し、着弾するまでの空間を一部喰い削る》》。槍も炎も空間が途切れれば、僕に届かぬ道理」
そんなの、攻撃の仕様がないじゃないか。
もうどうすることも出来ず諦め掛けていると、芥川は云った。
「そして僕、約束は守る」
言葉の意味を理解するのに、時間は全く掛からなかった。
でも、その一瞬で黒い獣は僕の右足のところまで来ている。
脚を喰われると、とてつもない痛みに襲われると。
そう考えた僕は目を閉じて歯を食いしばることしか出来なかった。
--- 『???????』 ---
ドンッ、と何かの変な音が聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、跳ね返ったかのように黒い獣は芥川の目の前で止まっている。
「……その異能力は」
芥川が後ろを振り返る。
そこには見慣れた人物がいた。
けれど、何か違和感を感じて名前を呼ぶのを少し躊躇ってしまう。
ルイスside
「ルイスさん……?」
恐る恐る掛けてきた声が聞こえてきた僕は、一度深呼吸をした。
そして、普通に笑ってみせる。
「君は無事そうで何よりだよ、敦君」
--- 『不思議の国のアリス』 ---
谷崎君とナオミさんを異能空間へ送ると同時に、僕は足に力を込めた。
流石に反応が遅れたのか、芥川君の顔面ギリギリで拳が止まる。
「何故、人虎を庇うのですか」
「答える義理はないよ」
黒獣が襲い掛かる前に異能空間から剣を取り出し、支えにしながら飛び跳ねる。
剣は喰われたが、特に焦ったりはしなかった。
全部が予想内の出来事だ。
「攻撃に集中していると、空間断絶が疎かになるよね」
シュッ、と芥川君の頬をかする刃。
僕はあまり戦うことは好きじゃないけど、やっぱり知り合いの傷つくところは見たくない。
異能無効化を持っていたら、もう少し状況は有利に進むかもしれない。
けど、時間稼ぎさえ出来れば問題はない。
そんなことを考えていると隙が見えた。
見逃すわけもなく、僕は空間断絶をされる前に重い蹴りを芥川君の腹部へと入れる。
元々体が弱いこともあってか、少しふらつきながら咳き込んでいる。
「芥川先輩!」
「退がっていろ、樋口。お前では手に負えぬ」
今ので防御への集中が伸びたよな。
どうしたものかと考えていると、黒獣が地面へと潜っていることに気がついた。
地中からの攻撃か、と全神経を研ぎ澄ませていると後ろから叫び声が聞こえてきた。
振り返ると、敦君の脚が喰われている。
さっき彼にしようとしていたことを実行したのか。
「僕達の目的は人虎ただ一人です。お引き取り願えますか?」
そう、芥川君が言ったので視線を戻す。
敦君を治す方法はあるし、無かったとしても此処で退くわけにはいかない。
とりあえず異能空間に送ろうとすると、獣の唸り声が聞こえてきた。
まさか、と僕は敦君の方を見る。
もうそこには何もいなかった。
少し上を見上げれば、白く綺麗な毛並みの虎がそこにいる。
「……面白い」
--- 『羅生門』 ---
芥川君はそう呟くと、異能力を発動させて攻撃した。
しかし、傷つけてもすぐに無傷な状態へ戻ってしまう。
羅生門が喰らった筈の右足も元通りになっているし、高度かつ高速の再生能力を持っていることが分かる。
「──!」
冷静に観察している場合じゃない。
白虎の時、敦君に意識は無いから僕のことももちろん襲ってきた。
どうにか対応しようとするも、こんな狭い路地裏で虎と戦うことなんて不可能に等しい。
あの力を使えば、まだどうにかなるかもしれないけど却下だ。
芥川君も壁に打ちつけられ、これは本当に躊躇ってはいられない状況になっていく。
「おのれ!」
「莫迦ッ……!」
銃弾をどれだけ撃ったとしても、白虎には傷ひとつつけられない。
ただ自身へと意識を向けさせるだけで自殺行為だ。
「何をしている樋口!」
すぐに異能力を使った芥川君だったが、自身の防御がやはり薄くなる。
白虎は知性があるのか、敦君の記憶を引き継いでいるのか。
あの女性には見向きもせず、芥川君へと飛び掛かった。
急いで移動して彼の脚を引っ掛ければ、その牙が肩へと突き刺さることはない。
まぁ、すぐに移動しないと前足で吹き飛ばされそうになるけど。
「……早く来い」
勘のいい彼のことだから、とっくにこの状況には気付いているのだろう。
このままだと、流石に三人とも体力が尽きて死ぬよ。
「羅生門──!」
「はぁーい、そこまでー」
--- 『人間失格』 ---
芥川君の黒獣が消え、白虎は敦君へと姿が戻る。
肩で呼吸をしなくてはならないほど、僕は息が上がっていた。
久しぶりだというのに動きすぎたかな。
「貴方、探偵社の──! 何故ここに」
「美人さんの行動が気になっちゃう質でね。こっそり聞かせて貰ってた」
やっぱりヘッドホンで音楽なんて聞いてなかったか。
それにしても、盗聴器を仕込むタイミングが凄かったな。
女性をただ口説いているようにしか見えなかった。
関心していると、太宰君は敦君の頬を叩いて起こそうとしている。
どうやら負ぶって帰るのは厭らしい。
「ま……待ちなさい! 生きて帰す訳には」
そう銃を構えた女性に対し、芥川君は笑っている。
「止めろ樋口。お前では勝てぬ」
「芥川先輩! でも!」
「太宰さん、今回は退きましょう。しかし、人虎の首は必ず僕らマフィアが頂く」
咳き込みながら話す芥川君。
意外と僕はダメージを入れられていないのだろう。
さほど、その立ち姿は変わって見えない。
「なんで?」
「簡単な事。その人虎には闇市で七十億の懸賞金が懸かっている。裏社会を牛耳って余りある額だ」
誰がその懸賞金を懸けているのかは、考えなくても判った。
僕を雇おうとした《《彼》》しかあり得ない。
「探偵社には孰れまた伺います。その時、素直に七十億を渡すなら善し。渡さぬなら──」
「《《戦争》》かい? 探偵社と?」
良いねぇ元気で、と少し楽しそうに言った太宰君。
そして真面目な顔をして続けた。
「やってみ給えよ。──やれるものなら」
さて、本当に僕はどうしたものか。
流石にマフィアへ喧嘩は売りたくない。
ま、虎人を守っている時点で敵認識されてるだろうから関係ないけど。
一度行方を眩ませるのが得策かな。
「零歳探偵社ごときが! 我らはこの町の暗部そのもの! 傘下の団体企業は数十を数え、この町の政治•経済の悉くに根を張る!」
「たかだか十数人の探偵社ごとき、簡単に消せるって?」
「──!」
僕の言葉に、女性は驚いているようだった。
しかし、すぐに強気に戻る。
「わ、我らに逆らって生き残った者などいないのだぞ!」
「知ってるよ、その位」
然り、と芥川君は言った。
そこら辺を歩く一般人なんかより、太宰君はそれを衆知していることだろう。
何故なら彼は──。
「元マフィアの太宰さん」
では、と芥川君は踵を返した。
それについて行く部下であろう女性。
裏路地に残された僕と太宰君、そして気絶している敦君。
とにかく、一度探偵社に向かわないとだな。
僕はまだ起きそうにない敦君を背負い、太宰君と社へ帰るのだった。
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--- episode.5 |少年と襲撃《boy and raid》 ---
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太宰side
「二人の容体は?」
敦君に七十億の懸賞金が懸けられていることを知ってから、数日が経った。
ルイスさんの異能力のお陰か、あまり傷は悪化していないらしい。
ただ、何回は与謝野女医が治療をしないといけない。
「数日もすれば復活してますよ」
「……そっか」
安心したのか、ルイスさんは少しだけ笑みを浮かべた。
でも、罪悪感を感じているように見える。
幸か不幸か、彼は敦君達が樋口さんに案内された路地裏の近くを通りかかった。
そこで不穏な空気を感じて向かうと、二人は重傷。
敦君も芥川君によって脚を喰われるところだったらしい。
もっと早く、とか考えているのだろうか。
「君も知っての通り、僕は万事屋として活動していた。今回の一件でマフィアに追われるかもしれない」
「……|探偵社《此処》から離れるんですか」
「まぁ、留まる理由もないからね」
ここ数日の様子を見るに、多分ルイスさんは敦君のことで横浜に来たのだろう。
流石に理由までは分からない。
七十億に興味があるわけではないだろうし、白虎を飼うつもりもない筈だ。
「ルイスさん、やっぱり探偵社に入りませんか?」
数日前に言っていた《《面倒事》》。
探偵社員なら、乱歩さんや私がなんとかすることが出来るかもしれない。
「仲間を作りたくないのは分かっています。けど、私は昔みたいに貴方と──!」
「ごめん」
一言だけ呟いたルイスさんは、何故か泣きそうに見えた。
あんな顔、私は一度も見たことがない。
困らせてしまったことを、瞬時に理解した。
「す、いません……」
「謝らなくて良いよ。心配してくれたことは分かってるから」
それで、とルイスさんは医務室の方を見た。
「悲鳴はいつまで聞こえてくるのかな」
与謝野女医の治療は、普通ではない。
何故なら極めて稀少な《《治癒能力者》》で、条件があるらしい。
私が《《触れた能力しか》》無効化できないのと同じなのだらう。
「笑い声も聞こえてくるのはおかしくない?」
「多分、そのうち聞こえなくなりますよ」
「あ、ノーコメントなのね」
そんな事を話していると、遠くで爆発音が聞こえてきた。
先日の交番爆破といい、最近のマフィアは少し行動が派手な気がする。
昼間にわざわざ活動する理由がいまいち掴めないな。
まぁ、理由なんてどうでもいいけど。
「ルイスさん、ついでに太宰。小僧が目覚めたぞ」
「良かった」
「おや、国木田君。眼鏡を額に掛ける遊びはもう辞めたのかい?」
手帳を逆さに持ったりと、最近の国木田君面白いんだよな。
流石に動揺しすぎな気がする。
「七十億の懸賞金、か……。探偵社も襲撃されるかもね」
「備品の始末に、再購入。どうせ階下から苦情もくる。業務予定が狂いまくる……」
私に怒鳴りつけようとする国木田君だったけど、ルイスさんのお陰でそれは免れた。
まぁ、予定が狂うのを想像して頭を抱えながら何か呟いてたけど。
「それじゃあ、私は近くの川を流れてくることにするよ」
いつもなら国木田君が怒鳴りながら突っ込みを入れる。
けれど今日はそれどころではないらしい。
ルイスさんが見送ってくれたのに少し驚きながらも、私は少し遠くの川へと向かうのだった。
ルイスside
「手伝わせてしまい、申し訳ありません」
「別に気にしないでいいよ」
太宰が何処かへ行かなければ、と国木田君はブツブツ何かを言っていた。
面倒くさくて止めなかったから、僕のせいなんだけどな。
まぁ、説明する必要はないだろう。
「小僧も消えたし、全く……探偵社員なら報連相をしっかりしないと駄目ではないか」
そういえば敦君は起きたんだっけ。
谷崎君達も早く復活してくれたらいいな。
「こんな所に居ったか、小僧。お前の所為で大わらわだ」
手を貸せ、と続ける国木田君だったが敦君は大荷物で手が塞がっている。
それに少しばかり悲しそうな表情をしていた。
「……心配いりません。これでもう探偵社は安全です」
「はぁ?」
何となく状況が分かった。
敦君は何処かで、先刻の爆発がマフィアの仕業だと知ったのだろう。
探偵社が巻き込まれないよう、自らが離れる事を決意した。
走り去った敦君を追いかけることは出来ず、その場に立ち尽くす国木田君。
資料いっぱい持ってるもんな。
「とりあえず仕事しようか、国木田君」
「え、あ、はい!」
資料整理を始めて数分が経っただろうか。
幾つか足音が聞こえてくる。
「……面倒だな」
バンッ、と大きな音を立てて扉が飛ばされる。
それと同時に事務室へ流れ込む黒服の男達。
完全にマフィアだな、と思いながらも僕は資料を整理していた。
「失礼。探偵社なのに|事前予約《アポイントメント》を忘れていたな。それから|叩敲《ノック》も」
驚く探偵社員に対し、流石は実働部隊『黒蜥蜴』だな。
一つ一つの所作がとても早い。
「大目に見てくれ。用事はすぐ済む」
銃声が鳴り響くのと同時に、僕は指を鳴らした。
すると、銃弾は放たれた瞬間に姿を消す。
全員が驚いているのを横目に、僕は整理し終わった資料を段ボールへと入れた。
そして銃声が鳴り止む頃、銃自体も異能空間へと転移させた。
武器の持たないマフィアなんて、そこら辺を歩く一般人と大した差はない。
「銃が消えた!?」
「……どうやら探偵社にいるという噂は本当らしい」
顔見知りが何人かいるな。
というか、僕は探偵社員じゃないのを知ってるのか?
「この状態でも続けるならご勝手に」
それだけ告げて、次の資料に手をつけることにした。
視界の隅では、僕を捕らえるためか手を伸ばす人がいる。
しかし、すぐに国木田君が対応してくれて彼は投げ飛ばされた。
他の黒服達も色々な手段で戦闘不能状態にさせられているようだ。
「辞めろ!」
そう、叫びながら敦君が戻ってくる頃には全てが終わっていた。
あまり備品は傷ついていない。
謝罪巡りはしないとだが、普通に襲撃されるよりは被害が抑えられてるだろう。
「おぉ、帰ったか」
グチグチと小言の始まった国木田君。
片付けを僕も手伝った方がいいな、と資料を閉じる。
「国木田さーん、こいつらどうします?」
「窓から棄てとけ」
敦君は変な顔をしている。
どうせマフィアの武闘派集団であり、特殊部隊なみの実力を持っているから探偵社が危ないと思っていたのだろう。
まぁ、普通に銃弾の嵐は危ないよな。
いつもと違って備品の始末や再購入がほぼ必要なく、国木田君が僕にお礼を言ってきた。
大したことはしてないんだけど。
「国木田くーん。僕そろそろ〝名探偵〟の仕事に行かないと」
「名探偵? あぁ、例の殺人事件の応援ですか」
そう、と乱歩は机の上に飛び乗った。
「警察がね、世界最高の能力を持つこの名探偵、乱歩さんの助言が欲しいって泣きついてきてさ」
「こいつに手伝わせます」
とりあえず降りてください、と国木田君は敦君を指差す。
未だに敦君はポカンとしている。
「おい、呆けていないで準備しろ。仕事は山積みだ」
「太宰君も連れてったら? どうせその辺の川を流れてるだろうし」
「そうですね」
にしても太宰君は何処を流れてるのかな。
探偵社への襲撃を予知して逃げたことを考えると、近くではない気がする。
「あ? 何だお前泣いてるのか?」
「泣いてません」
「泣いてないのか」
「泣いてません」
「泣いてるのか?」
「泣いてます!」
国木田君と敦君の会話を見て、僕は思わず笑ってしまった。
探偵社は、想像以上にずっと強かったのだろう。
敦君を社員として歓迎してくれるだけでなく、普通に接してくれる。
彼の過去については彼奴から色々と聞いていたけど、この組織に入れて良かったのではないだろうか。
(仲間、か……)
遠い昔を思い出してしまった。
戦場で共に戦ったあの人達はあの世で元気にしてるだろうか。
そんなことを考えながら、僕はよく晴れた空を窓から眺めるのだった。
---
--- episode.6 |少年と探偵《boy and detective》 ---
---
No side
マフィアの武闘派集団──黒蜥蜴。
その襲撃を受けた探偵社は少し荒れていた。
「また殺人事件の解決依頼だよ! この街の市警は全く無能だねぇ。僕なしじゃ犯人ひとり捕まえられない」
ニッ、とその男は笑った。
片付けをする社員や事務員だが、彼は鼻歌混じりの軽やかな足取りで室内を歩いている。
「でもまぁ僕の『超推理』は探偵社、いやこの国でも最高の異能力だ! 皆が頼っちゃうのも仕方ないよねぇ!」
ルイスside
「乱歩さん。その足元の本、横の棚に戻さないと」
これは失礼。
そう言った乱歩は避けて本のあるべき場所を指差した。
何故自分で片付けないのか、という表情を浮かべる敦君。
対して国木田君はサッと拾い、棚へとしまった。
「頼りにしています、乱歩さん」
「そうだよ国木田。きみらは探偵社を名乗っておいて、その実猿ほどの推理力もありゃしない」
あーあ、と僕はため息を吐いた。
これ長くなるやつだ。
「皆、僕の能力『超推理』のお零れに与っているのうなものだよ?」
「凄いですよね、『超推理』。使うと《《事件の真相が判っちゃう能力》》なんて」
「探偵社、いえ全異能者の理想です」
あ、国木田君達が強制的に終わらせた。
「小僧、ここは良いから乱歩さんにお供しろ。現場は鉄道列車で直ぐだ」
僕なんかが、と乱歩の助手を重荷に感じているようだった。
しかし、助手などいらないと彼は言う。
「え? じゃあ何故」
「僕、列車の乗り方判んないから」
二人が探偵社を出て、数分が経った。
片付けは終わり、襲撃前にしていた資料整理の続きを始める。
そういえば敦君って電車乗れるのかな。
まだ横浜の街に来てから日が浅いけど大丈夫だろうか。
「──はぁ」
苦情の対応に忙しい国木田君がため息を吐いていた。
「誰か、手の空いている奴はいないか」
「どうされたんです?」
「小僧が迷子になったらしい」
おっと、フラグになってしまったか。
全員忙しく、動ける人はいなさそうだな。
「僕で良ければ行ってくるよ」
「……すみません。ルイスさんは探偵社員ではないのに」
気にしないで良いよ、と僕は笑う。
資料整理の引き継ぎをしようとする国木田君だったが、生憎と全て終わっている。
目を丸くする国木田君は放っておいて、探偵社の扉を抜けるのだった。
---
乱歩side
「まさかきみも駅までの道が判らないとは!」
アッハッハ、と僕は大声で笑う。
「す、すみません……」
「全部がきみのせいというわけではないだろう。この街に来て日の浅いきみに僕のお供を命じた、国木田も悪い」
そんな事を話していると、新人くんの携帯が鳴った。
誰からの電話かは、画面を見なくても分かる。
「──はい、分かりました」
現在、僕達がいる場所を説明するのは難しかったのだろう。
周りに見えるものを、彼は電話の相手に説明していた。
さて、と僕は笑みを浮かべる。
《《彼》》の異能力ならすぐだと思うけど、あまり使いたがらないからな。
「ごめん、待たせたね」
「ルイスさん!」
「意外と早かったじゃん」
どうやら、僕達はあまり探偵社から離れていなかったらしい。
「それじゃあ、敦君は駅までの道をちゃんと覚えてね」
「は、はい!」
ルイスside
結構時間が掛かっちゃったな。
先方、と言っても警察だからそこまで文句は言われないと思うけど──。
「遅いぞ探偵社!」
「ん、きみ誰? 安井さんは?」
箕浦、と名乗った警官は何処か余裕がないように見えた。
そちらが呼んだから来たのに不要と言われ、思わずイラついてしまう。
しかし、そんな僕とは違って乱歩は堂々と言った。
「莫迦だなぁ。この世の難事件は須く名探偵の仕切りに決まっているだろう?」
「抹香臭い探偵社など頼るものか」
「何で」
「殺されたのが──俺の部下だからだ」
納得した。
部下が殺され、平常心でいられる人は中々いない。
僕も戦争で仲間を殺され、何度も涙を流したからよく分かる。
「ルイス」
「……あぁ、ごめん。少し考え事をしてた」
だろうね、と乱歩は僕の顔を見るなりため息を吐いた。
人の顔を見てため息を吐くのはどうなのだろうか。
でも、昔を思い出していた事が表に出ていたような気がする。
そんなことを考えていると、被害者の状態を確認することになった。
「今朝、川を流れている所を発見されました」
「……ご婦人か」
色々と情報が多いな。
ご遺体に損傷はあまりなく、メイク崩れはしていない。
時計は水没しており、時刻は6:00過ぎを指している。
「胸部を銃で三発。それ以外は不明だ。殺害現場も時刻も、弾丸すら貫通しているため発見できていない」
「で、犯人は?」
「判らん」
職場での様子を見る限り、特定の交際相手などはいないらしい。
それ、と乱歩は外していた帽子を被る。
「何も判ってない、って云わない?」
「だからこそ、素人あがりの探偵になど任せられん。さっさと──」
「おーい、網に何か掛かったぞォ」
どうやら、証拠が流れていないか川に網を張って調べているらしい。
そんなことをしなくても、乱歩は犯人の目安ついているんだろうな。
「ひっ、人だァ!」
「人が掛かってるぞォ!」
まさか第二の被害者じゃ、と焦る周りの人達。
川を流れている、という点に関して一つだけ思い浮かんだことがある。
けど、まさかね。
「……ハァ」
僕はその人物の顔を見るなり、頭を抱えてしまった。
「やぁ敦君、仕事中? おつかれさま」
「ま……また入水自殺ですか?」
「独りで自殺なんてもう古いよ、敦君」
警察の人達は敦君達の会話を見て、呆れたような顔をしていた。
もちろん僕もそうだ。
「前回、美人さんの件で実感したよ。矢っ張り死ぬなら心中に限る! 独りこの世を去る淋しさの、何と虚しいことだろう!」
ぞわっ、って背筋がなった。
本当にヤバい奴と化していないか、太宰君。
「というわけでね、一緒に心中してくれる美人募集」
「え? じゃあ今日のこれは?」
「これは単に川を流れてただけ」
ドヤ顔で言うことじゃないでしょ。
太宰君は警察の人達に降ろしてもらい、簡単に今回の事件の内容を聞いていた。
その間にラムネを飲んでいる。
いつ、それに何処で買ってきたのだろう。
「何とかくの如き。佳麗なるご婦人が若き命を散らすとは……!」
何という悲劇、と太宰君は何か叫んでいる。
「悲嘆で胸が破れそうだよ! どうせなら私と心中してくれれば良かったのに!」
「……誰なんだあいつは」
「同僚である僕にも謎だね」
流石に失礼すぎるので一発殴ろうかと思った。
けど、止めておくことにする。
乱歩が被害者の無念を晴らすと何故か自信満々に言っている太宰君。
しかし、未だに依頼は受けていない。
「君、名前は?」
「え? じ、自分は杉本巡査です。殺された山際女史の後輩──であります」
ポン、と乱歩は杉本君の肩に手を置く。
そして《《60秒でこの時間を解決しろ》》と中々難しい事を言った。
いきなりそんな事を言われたら当然、一般人なら焦るわけで。
刻々と時間は過ぎていく。
「そ……そうだ。山際先輩は政治家の汚職疑惑、それにマフィアの活動を追っていました!」
へぇ、と思わず顎に手を添えた。
どちらも色々と面倒事には変わりないが、マフィアだったら少しおかしい点がある。
「そういえば! マフィアの報復の手口に似た殺し方があった筈です! もしかすると先輩は捜査で対立したマフィアに殺され──」
「違うよ」
「え……?」
杉本君の推理を遮ったのは、太宰君だった。
「マフィアの報復の手口は身分証と同じだ。細部が身分を証明する」
「彼等の手口はまず裏切り者に敷石を噛ませて、後頭部を蹴りつけ顎を破壊。激痛に悶える犠牲者をひっくり返して胸に三発……だったかな?」
「た、確かに正確にはそうですが……」
改めて口に出してみると、色々と苦しそうだな。
顎が破壊されてないところを見るに、マフィアに似ているけどマフィアじゃない。
「犯人の偽装工作!」
「そんな……偽装の為だけに、意外に二発も撃つなんて……非道い」
「ぶ〜!」
突然、乱歩が大声を出した。
杉本君はとても驚いているようだ。
もう一分が立ってるのか、と僕は懐中時計を見る。
「はい時間切れー。駄目だねぇ、君。名探偵の才能ないよ!」
「あのなぁ、貴様! |先刻《さっき》から聞いていればやれ推理だ、やれ名探偵だなどと通俗創作の読み過ぎだ!」
事件の解明は地道な調査、聞き込み、現場検証。
流石にこの茶番に付き合っていられなくなった箕浦さんは言った。
まぁ、確かに茶番には飽きてきたな。
「まだ判ってないの? 名探偵は調査なんかしないの」
乱歩の能力『超推理』は凄い。
一度経始すれば犯人が誰で、何時どうやって殺したか瞬時に判るのだから。
それだけでなくどこに証拠があって、どう押せば犯人が自白するかも啓示の如く頭に浮かぶらしい。
「巫山戯るな、貴様は神か何かか! そんな力が有るなら俺たち刑事は皆免職じゃないか!」
「まさにその通り、漸く理解が追いついたじゃないか」
煽るように乱歩は言う。
勿論、箕浦さんは平常心でいられるわけがない。
「まぁまぁ刑事さん、落ち着いて。乱歩さんは始終こんな感じですから」
「僕の座右の銘は『僕がよければすべてよし』だからな!」
「そこまで云うなら見せて貰おうか。その能力とやらを!」
おや、これは少し意外だ。
「それは依頼かな?」
「失敗して大恥をかく依頼だ!」
久しぶりに見るな、乱歩の異能力。
懐から出した眼鏡はとても年季が入っている。
「あっはっは。最初から素直にそう頼めば良いのに」
「ふん。何の手がかりもないこの難事件相手に、大した自信じゃないか。60秒計ってやろうか?」
「そんなにいらない」
笑みを浮かべる乱歩は、楽しそうに見える。
--- 『|超推理《ちょうすいり》』 ---
「……な•る•ほ•ど」
「犯人が分かったのか」
勿論、と乱歩は言った。
箕浦さんは未だに信じていないらしい。
どんな|牽強付会《こじつけ》が出るか気になっているようだ。
乱歩はクイッ、と腕を上げてある人物を指差す。
「犯人は君だ」
全員が指先にいる人物を見て目を丸くした。
指差されていたのは、杉本君。
「おいおい、貴様の力とは笑いを取る能力か? 杉本巡査は警官で俺の部下だぞ!」
「杉本巡査が、彼女を、殺した」
箕浦さんは声を上げて笑っているのに対して、乱歩はしっかりと杉本君を見ていた。
「莫迦を云え! 大体こんな近くに都合良く犯人が居るなど……」
「犯人だからこそ捜査現場に居たがる。それに云わなかったっけ? 『どこに証拠があるかも判る』って」
拳銃貸して、と乱歩は杉本君へ言う。
勿論、一般人に官給の拳銃は渡せる筈ない。
その銃を調べて何も出てこなければ、乱歩の推理は間違っていることに。
でも彼には自信しかないようだった。
「……ふん。貴様の舌先三寸はもう沢山だ。杉本、見せてやれ」
「え? で、ですが」
「ここまで吠えたんだ。納得すれば大人しく帰るだろう。これ以上時間を無駄にはできん。銃を渡してやれ」
杉本君は、黙り込んでいた。
それを見て乱歩は推理の続きを始める。
「いくらこの街でも素人が銃弾を補充するのは容易じゃない。官給品の銃であれば尚更」
「何を……黙っている、杉本」
「彼は考えている最中だよ。減った三発分の銃弾についてどう言い訳するかをね」
流石、としか言いようがない。
杉本君は銃弾の数をどう誤魔化すか必死に考えている事だろう。
しかし、彼は意外にも銃を取り出した。
そして近くにいた僕へと銃口を向けてきた。
「……死にたいとは思っているけど、そう簡単には|あの世《あちら》へはいけないんだ」
悪かったね、と笑いかければ少し戸惑いが見える。
仕方がないので銃を蹴り上げた。
そして太宰治に押された敦君が杉本君の身柄を拘束する。
一瞬、瞳が虎になっていたような気がした。
気のせいだろうけど。
「放せ! 僕は関係ない!」
「逃げても無駄だよ。犯行時刻は昨日の早朝。場所はここから140|米《メートル》上流の造船所跡地」
「なっ、何故それを……!」
「そこに行けばある筈だ。君と、被害者の足跡が。消しきれなかった血痕も」
やっぱり、乱歩は凄いな。
僕も杉本君が犯人なのは分かったけど、流石に正確な犯行時刻や、場所までは当てられない。
杉本君が色々と話してくれたことで、事件は解決された。
「凄かったですね乱歩さん!」
敦君がとても興奮している様子で僕達に語り掛ける。
しかし、太宰君は呟く。
「半分……くらいは判ったかな」
「判った、って何がです?」
「だから先程のだよ。乱歩さんがどうやって推理したか」
どうやら敦君はまだ知らないらしい。
「乱歩は能力者じゃないよ」
「へっ?」
「能力者揃いの探偵社では珍しい、何の能力も所持しない一般人なんだ」
それに、ああ見えて26歳。
見た目が子供らしい僕とは違って、言動が子供っぽいんだよな。
本人は眼鏡をかけると異能が発動すると思ってるんだっけ。
「でも……どうやって事件の場所や時間を中てたんです!?」
杉本君は『偽装の為だけに遺骸に二発も撃つなんて』と言っていた。
普通なら三発撃たれている死体を見たら“三発同時”も考える筈。
つまり、彼は解剖前なのに一発目で被害者が亡くなったことを知っていた。
まぁ、そんなこと犯人しか知らないよね。
犯行時間については、被害者の状態から想像できる。
遺体の損害は少なかったから川を流れていたのは長くて一日。
昨日は火曜で平日だと言うのに、彼女は私服で化粧もしていなかった。
激務で残業の多い刑事がそんな状態で亡くなったことを考えると、早朝とも推理できる。
「他の……犯行現場とか、銃で脅したとかはどうやって」
「そこまではお手上げだよ。乱歩さんの目は私なんかよりずっと多くの手掛かりを捉えていたのだから」
「あ、でも! 彼女の台詞まで中ててましたよね」
「それは僕にも判ったよ」
被害者には交際相手はいない、という話だった。
でも彼女のつけていた腕時計は海外の|銘柄《ブランド》。
独り身の女性が自分用に買う品じゃあないでしょ。
杉本君も同じ|機種《モデル》の紳士用だった。
「じゃあ……あの二人は」
「うん。早朝の呼び出しに化粧もせず駆けつける。そして同じ機種の腕時計」
二人は恋人同時だった。
しかも、職場には内緒だったのだろう。
「それに僕が『悪かったね』と言った時に戸惑いが見えた。普通の女の人が言うのなら『ごめんなさい』だろ?」
「な、なるほど……」
「流石はルイスさん。私はそこまで判らなかったよ」
マフィアの仕業にしようとしたけど、杉本君が最後まで出来なかった理由。
そりゃあ、彼女の顔を蹴り砕けるわけがないよね。
多分政治家も捕まるだろうし、一件落着かな。
「さて敦君、これで判ったろう?」
「何がです?」
「乱歩さんのあの態度を、探偵社の誰も咎めない理由さ」
おーい、と僕達を呼ぶ声が聞こえる。
遠くには手を振る乱歩と、箕浦さんがいた。
「駄菓子を途中で買って帰ろう!」
「そうですね、乱歩さん」
敦君と太宰君で先導するのを、僕達がついていく。
おすすめの駄菓子についての話を聞いていると、不意に乱歩が言った。
「まだ死にたいって思ってるんだね」
キョトン、と思わずしてしまう。
乱歩の表情は悲しそうにも、怒っているように見える。
銃を向けられた時にあんなことを言ってしまったからだろう。
「僕が生き残っていた意味が分からないからね。でも──」
--- |仲間《あの人》達の分まで、生きないと ---
そっか、と乱歩は帽子を深く被った。
僕はいつか心の底から生きたいと思える日が来るのだろうか。
胸を張って生きれる日は、来るのだろうか。
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--- episode.7 |少年と檸檬爆弾《boy and lemon bomb》 ---
---
No side
ある繁華街。
そこで数日もの間、少女は一人で立っていた。
通りすがりの人々は全く彼女のことを気にかけない。
「お嬢ちゃん。ねぇ、誰か待ってんの?」
「……。」
酔っ払った男が声を掛けるが、少女は反応しない。
「こいつ、昨日から同じ|姿勢《ポーズ》だぜ。死んでんじゃね?」
「あっ、今|瞬《まばた》きしたよ」
男達を無視し続ける少女。
しかし、ある人影を見つけるなり人混みを掻き分けながら走る。
「うおっ、動いた!」
ある人物の服を少女が掴む。
砂色の長外套に、ぼさぼさの黒い蓬髪。
首や手に巻かれた包帯が印象的な男だった。
その男──武装探偵社の社員である太宰治はもちろん戸惑い、声を上げる。
「え? 私?」
「……見つけた」
少女がそう言うと、強い風が二人の足元から吹いた。
紫色の光が少女を包み込み、背後に何かの《《影》》が現れる。
「……これはまずい」
ルイスside
失礼しまーす、と僕が探偵社の扉を開くと何やら騒がしかった。
「あ、ルイスさん!」
「おはよう、敦君。慌てているようだけど、どうかしたの?」
話を聞くと、太宰君が行方不明らしい。
電話も繋がらず、下宿にも帰っていないという。
「また川だろ」
「また土中では?」
「また拘置所でしょ」
全員酷くないか、と思いながらも僕は太宰君へ電話を掛ける。
「しかし、先日の一件もありますし……真逆マフィアに暗殺されたとか……」
「阿呆か。あの男の危機察知能力と生命力は悪夢の域だ。あれだけ自殺未遂を重ねてまだ一度も死んでいない奴だぞ」
「自分でも殺せないのに、マフィアが殺せるわけないだろう?」
まぁ、あの|首領《ボス》のことだから、そう簡単に殺したりしないだろうけどね。
やはり電話には出なさそうなので切ることにする。
「でも……」
「ボクが調べておくよ」
背後から声が聞こえてきた。
振り返るとそこには、傷一つない谷崎君の姿が。
そういえば今日は悲鳴を聞いてなかったか。
本当に数日掛かったんだな、治療。
もう完全回復かと思っていると、国木田君の質問で顔が真っ白になった。
「谷崎、何度解体された?」
「……四回」
あー、と乱歩達は納得しているようだった。
解体って何のことだろうか。
でも確か、太宰君の話だと異能発動に条件があるんだっけ。
「敦君、探偵社で怪我だけは絶ッ対にしちゃ駄目だよ」
「──?」
「今回はマフィア相手と知れた時点で逃げなかった谷崎が悪い」
ルイスが通りかかったから良かったけど。
そう言った乱歩は谷崎君を指差した。
「マズいと思ったらすぐ逃げる。危機察知能力だね。例えば……」
今から10秒後、と乱歩は時計を見ながら言った。
「ふァ〜〜あ、寝すぎちまったよ」
「与謝野さん」
「あぁ、新入りの敦だね。どっか怪我してないかい?」
「大丈夫です」
ちぇっ、と舌打ちをした与謝野|女医《せんせい》。
ふと辺りを見渡すと乱歩達が見当たらない。
何処へ行ったのか探してみると、机の影でコソコソと手招きをしていた。
どうして隠れているのか、とりあえず近くへ行ってみることに。
「ところで、誰かに買出しの荷持ちを頼もうと思ったンだけど……アンタしか居ないようだねェ」
「え!?」
敦君は半強制的に、与謝野女医に連れてかれて行った。
なるほど、これが危機察知能力か。
「さて、谷崎君の元気な姿が見れたから僕はもう行くかな」
「……暫く戻ってくる気はないんだね」
「え、そうなんですか?」
谷崎君の言葉に、僕は小さく微笑む。
元々こんな長居する予定じゃなかったし、太宰君のことが少し気になる。
本来の目的であった人物も帰国するからだろうしね。
「福沢さん達によろしく伝えといてくれ」
また機会があったら、と僕は探偵社の扉を抜けるのだった。
そして、放置していた携帯を懐から取り出す。
ずっと非通知から着信が来ている。
この携帯の番号を知っている人物は、そう多くない筈なんだけどね。
そんなことを考えながら、私は電話に出るのだった。
「……もしもし」
『私だ。先日は世話になったな』
珍しいな、と思いながら僕はエレベーターの釦を押す。
「広津さんですか。一体何の用ですか?」
『太宰君について話があるのだが、時間はあるかな?』
「ありますよ。今からなら幾らでも」
『そうか。彼はポートマフィア暗殺者によって捕えられ、手枷のついた状態で地下にいる』
「あー、裏切り者が拘束される場所ですね」
流石だな、と広津さんは言う。
首領から依頼を受けて数年の間、マフィア本部で働いていたからね。
「それで、また依頼ですか?」
『話が早くて助かる。詳細は首領から──』
「申し訳ないんですけど僕、現在休業中なので依頼は受けれません」
『……探偵社に入ったからかい?』
おっと、と僕は思わずエレベーターを降りたところで足を止めた。
広津さんとは違う男の声。
声の主が誰かは一瞬で理解した。
「ずっと思ってたんだけど、僕は探偵社に入ってないからね?」
『おや、ならどうして事務作業をしていたり広津さん達を返り討ちにしたんだい?』
「どうせ言っても信じてくれないでしょ」
信用されてないね、とその男は笑う。
ここで何か言ったとして、相手にはただの嘘にしか聞こえない。
あと敦君に用があったと言えば、例の組織との関係を疑われてしまう。
それが一番面倒くさい。
「とにかく、何でも屋は休業中なので依頼は他の人に──」
『太宰君を解放すると言ったら?』
「……どういうこと」
『そのままの意味だよ。君が無事に依頼を達成したら太宰君を解放してあげよう』
呆れすぎて、ため息を吐くことも出来なかった。
「僕は交換条件を出されても動きませんので。それでは失礼します」
ピッ、と半強制的に通話を終了する。
《《あの》》太宰君が不運と過怠で捕まるとは思えないけど、何を考えてるか分からない。
そもそも、彼を捕まえることが出来るほどの実力者がいるのだろうか。
現在のマフィアは、僕がいた頃とは全然違う構成員達がいるんだろうな。
「……とりあえず向かうか」
敦side
買い出しを|付き合わされて《お手伝いして》数時間。
僕は沢山の荷物を両手いっぱいに持たされていた。
「ま、まだ購うんですか?」
「落とすンじゃないよ?」
落としたら、と笑みを浮かべる与謝野さん。
苦笑いを浮かべることしか出来ない。
その時、和装の少女とすれ違った。
一瞬目が合ったけど、すぐに逸らされてしまう。
「……?」
何か引っ掛かっていると、近くを歩いていた女性とぶつかってしまった。
持っていた荷物は散乱して、紙袋の中に入っていた檸檬はコロコロと道を転がっていく。
「ウォウッ!?」
そんな声がした方を見てみると、中年男性が檸檬で転んだようだった。
わなわなと震える男性に駆け寄った僕は、すぐに声を掛ける。
「大丈夫ですか!」
「どうしてくれる。|欧州職人《おうしゅうデザイナー》の特別誂えだぞ!」
「す、すみません、本当に……」
「ご容赦を。お怪我は?」
与謝野さんが、スッと男性の汚れを払う。
ニコッ、と笑っている姿を見て、素直に凄いと思った。
しかし男性は足で与謝野さんの手を払った。
「五月蝿い! 女の癖に儂を誰だと思ってる!」
どうしようか戸惑う僕。
でも、与謝野さんは自分へ向けられた指を持って少し笑っていた。
「そいつは恐れ入ったねェ。女らしくアンタの貧相な××を踏み潰して××してやろうか?」
「……ッ!」
与謝野さんの言葉を聞いて、男性は逃げるようにその場を去った。
それから少しして、僕達は電車に乗っていた。
「済みません、さっきは」
「気にするこたァないよ。ところでアンタ、マフィアに脚を喰い千切られたそうじゃないか」
あぁ、と僕は芥川に右足を喰われたときのことを思い出していた。
ルイスさんが助けに来てくれたから助かったのに、ちゃんとお礼を言えてないな。
帰ったら伝えないと。
「ふぅん、綺麗なモンだねェ」
「ぎゃい!?」
いきなりズボンを捲られ、足を見られる。
色々とされ、とてもくすぐったい。
「あ、あの、何か問題でも?」
「別に。|妾《アタシ》が治療できなくて残念だ、ッて話さ」
でも次はないよ、と与謝野さんは言う。
前回は探偵社に正面から来て自滅していたけど、マフィアは奇襲夜討が本分。
何時どこで襲ってくるか分からない。
マフィアの狙いは僕。
もし一人の時に教われたとしても、探偵者の誰かがいたとしても。
結局、自分の身は自分で守るしかない。
『あァ~、こちら車掌室ゥ』
突然アナウンスが流れ始めた。
『誠に勝手ながらぁ? 唯今よりささやかな〝物理学実験〟を行いまぁす! 題目は〝|非慣性系《ヒカンセーケー》における|爆轟反応《バクゴウハンノー》および|官能評価《カンノーヒョーカ》〟っ! 被験者はお乗りあわせの皆様! ご協力まァ~っことに感謝!』
早速ですがぁ、これをお聞きくださぁ~い。
そんな言葉が聞こえたかと思えば、大きな揺れに襲われる。
トンネル内だからか、爆発音がとても反響していた。
ルイスside
『今ので2、3人は死んだかなぁ~? でも次はこんなモンじゃありません! 皆様が月まで飛べる量の爆弾が、先頭と最後尾に仕掛けられておりまぁ~す!』
テンション高いな。
そんなことを考えながら、僕は乗っている車両に怪我人がいないかを確認した。
音的に、爆発したのは前方車両。
どうやら脱線するほどの威力にはしなかったらしい。
『さてさて、被験者代表の敦くん! 君が首を差し出さないと乗客全員、天国に行っちゃうぞぉ~?』
まぁ、予想通り犯人はマフィアだよね。
そんなことより、この電車に敦君が乗ってるのか。
つまり与謝野さんも近くにいるな。
ここで手を出せば探偵社の味方と認識されてしまうことだろう。
二人なら大丈夫な気もするけど、一応手を貸せるようにはしておこうかな。
「それにきても、凄い覚悟──否、執着だな」
一般人も乗ってる白昼の列車に自爆紛いの脅迫。
敦君に対して、物凄い執着じゃないだ。
「通らせてくれ!」
「──!」
予想通り、与謝野さんがいた。
先頭車両の爆弾を止めるつもりなのだろうか。
「……うるせぇな」
逃げ惑う一般人の叫び声に混ざって聞こえたその声を、僕は聞き逃さなかった。
あまりにも落ち着きすぎている。
まさか、逃げてくるであろう真ん中の車両にも爆弾はあって、マフィアが紛れ込んでるのかもしれない。
その可能性を考えると、僕が動かないといけないかもしれないな。
多分、敦君は最後尾の爆弾へ向かっているはず。
「とりあえず、マフィアを見つけないと」
辺りを見渡したが、パッと見た感じでは誰も怪しくない。
正確に言うなら、人が多すぎて全員の様子を見ることが出来ない。
どうしたら、と僕は頭を悩ませる。
「──!」
何か、固いものが背中に突きつけられた。
あの状況で声が聞こえたということは、あまり遠くにはいない。
気付くのが遅かった。
少し振り返ると、そこには一人の男がいる。
背丈はそこまで変わらないだろうか。
「久しぶりだな、ルイスさん」
「あぁ、なるほど」
わざわざ僕を捕らえるために彼を使うなんて、首領も嫌なことするな。
それにこの状況では異能力を使うことも出来ない。
突然姿を消したら不自然すぎる。
「確かに久しぶりだね。最後に会ったのは六年前かな?」
マフィアが紛れ込んでいる、とは言ったけど構成員と思っていた。
《《五大幹部》》の一人だと誰が予想しただろうか。
「首領の命でアンタを捕らえに来たぜ」
「敦君──否、人虎は良いの? 流石に爆破されたら死ぬと思うけど」
「さぁな、俺は特に聞いていないが大丈夫じゃないか?」
適当すぎないか、と思いながらも僕は手を後ろへ回す。
背中に突き付けられたのは拳銃だな。
一般人が巻き込まれることは避けたいし、大人しく着いていくしかないか。
---
--- episode.8 |少年と暗殺者《boy and assassin》 ---
---
「大人しく着いてこい。でないと、乗客の命は保証できねぇ」
そう、中也が告げる。
元より反抗するつもりはないので、素直にしたがうことにした。
歩いていくと、最後尾が見えてくる。
聞こえてくるのは、戦闘音。
「……敦君」
「あれが噂の人虎か。あれだけ血を流してるのに倒れないなんて凄いな」
敦君と異能生命体が戦っている。
あの夜叉は奥に見える少女の異能か。
助けようかな。
でも、迂闊に動けない。
僕が行動することで、一般人に被害が出る。
与謝野side
先頭車両の扉を開けて中に入ると、何かを踏んだ。
転んでしまった妾は足元を見る。
そこには何故か、《《檸檬》》が転がっていた。
ヒールがピンを抜いてしまい、爆発が起こる。
「果断なる探偵社のご婦人よ、ようこそ! そしてさようならぁ~!」
白衣にゴーグルの男が、座席に腰掛けながら言った。
「おやおや……誰かと思えば有名人じゃないか」
「驚きだなぁ。最近の女性は|頑丈《タフ》だ」
男女同権の時代だからねぇ、と妾は言う。
それにしても、と立ち上がりながら男の姿を確認する。
「アンタみたいな指名手配犯が、こんな所にいる方が驚きだ」
梶井基次郎。
隠密主義のマフィアの中にあって珍しく名の知れた爆弾魔だ。
この前の丸善ビル爆破事件で、一般人を28人も殺している。
あれは素晴らしい実験だったよ、と梶井は笑みを浮かべていた。
「拍動の低下! 神経細胞の酸欠死! 乳酸アシドーシス! 死とは無数の状態変化の複合音楽だ! そして訪れる不可逆なる『死』!」
「死が……実験だって?」
「科学の究極とは『神』と『死』! どちらも実在し、しかし科学で克服できず。ゆえに我らを惹きつける」
さぁて、《《貴女の死は何色かな》》?
そう言った梶井に対して、妾は一言だけ返した。
「確かめてみな……!」
ルイスside
物凄く中也君を蹴り飛ばしたい。
そうすれば、敦君があれ以上傷つかない。
けど、乗客を全員殺すことを彼は出来る。
下手したらマフィアも巻き込んで、全ての証拠を燃やしてしまうだろう。
(異能さえ使えたら)
何も出来ない自分の状況に、だんだんと腹が立ってきた。
「彼女、一体何者?」
「……鏡花は六ヶ月《むつき》で35人殺した天才だ。姐さんと同じく夜叉を具現化するが、携帯電話からの声しか指示は出せねぇ」
なるほど、と僕は少女の首に掛けられた携帯電話を見る。
常に通話状態で、指示を出しているのは一体誰だろうか。
中也君に聞いても教えてくれないだろうな。
梶井side
「噂ほどじゃないなぁー、探偵社ってのも」
下駄で踏みつけながら、僕はナイフは取り出す。
もう爆弾でボロボロだし、次の爆発で死ぬだろう。
その前に教えてもらうことにしようかな。
「『死ぬ』って何?」
「……何だって?」
「学術的な興味だよ。僕は学究の徒だからね」
人の死因──脳細胞の酸欠も、テロメアの摩耗も──。
実験室レヴェルでは単純で可逆的な反応だ。
「なのに何故、死は不可逆なのだ? 何故人は、孰れ必ず死ぬ?」
「そんなことも判らなンのかい?」
笑いながら彼女は言った。
「科学の求道者たるこの梶井が知らないことを……街の便利探偵屋如きが判ると?」
「勿論、理由は簡単。アンタが阿呆だからさ」
勢い良く、僕は女性の手に持っていたナイフを差した。
参考になる意見をどうも、とだけ告げて袖から檸檬爆弾を出す。
「出血多量で死んだ後も、脳と意識は8時間生きているそうだ」
後で彼女の死体に訊いてみることにしよう。
『死んだけど今どんな気分?』
──ってね。
どうやらナイフは床まで刺さっているらしく、女性は逃げられないようだった。
車掌室へと避難した僕の後ろから、爆発音が響き渡った。
少しして、まだ熱の残る車両へと入ると女性は窓側にいた。
軽い足取りで近づいて顔を覗き込むと、目が合った。
女性の右手が、僕の顔へ向かってくる。
「んー、イマイチだねェ。もっと飛ぶかと」
「な、何故」
あんなネズミ花火で死ぬもンか、と女性は僕の胸ぐらを掴む。
「あー、今殴ったのどっち側だっけ」
震える手で左頬を指差す。
すると、何故か右側を殴られた。
「そんな、|先《さっき》まで瀕死だった筈……」
「妾はこう見えても医者でね。アンタの百倍は死を見てる」
死とは何かって、と女性は距離を詰めてくる。
「死は命の喪失さ。妾達医者が|凡百《あらゆる》手を尽くしても、患者の命は指の間から零れ落ちる」
女性は開いていた手を、グッと握りしめた。
そして、僕を見ながら叫んだ。
「命を大事にしない奴は、ぶッ殺してやる」
「お、思い出した……」
彼女は探偵社の専属医である与謝野晶子。
極めて希少な『治癒能力者』だと聞く。
ただ、条件が厳しいと彼女が言った。
「瀕死の重傷しか治せないのさ。これが実に不便でね。何しろ……程々の怪我を治そうと思ったら、まず半殺しにしなくちゃならない」
「な……」
「……おやァ?」
鞄から鉈を取り出した与謝野に、恐怖を覚えた。
「怪我してるねェ、治してやろうか?」
--- 『|君死給勿《キミシニタモウコトナカレ》』 ---
ルイスside
「来ないで」
「ごめん、もう無理だ」
夜叉と距離を詰める敦君。
初撃は皮一枚で済んでいたけど、次の攻撃は避けられそうにない。
流石、唯一の女性幹部である彼女と似た異能と言ったところだろう。
手を出そうとする僕だったが、どうやらその必要はなかったらしい。
「……!」
敦君の腕が、虎に変わっている。
一切刃は通っておらず、その後の攻撃も避けれている。
「おいおい、さっきまでと別人じゃねぇか」
「あれが君達が捕らえようとしている虎人の力だよ」
見た感じ、身体能力はもちろん反射神経も上がっている。
気がつく頃には、少女の首に虎の爪を立てていた。
「終わりだ。この能力を止めて、爆弾の場所を教えろ」
「私の名は鏡花、35人殺した。一番最後に殺したのは三人家族。父親と母親と、男の子。夜叉が首を掻き切った」
一体何を、と警戒していると少女は着物の胸元を開けた。
そこには時限式であろう爆弾がある。
「君は……何者なんだ」
言葉からも彼女自身からも、何の感情も感じない。
敦君の言うとおりだな。
あれが、ポートマフィアでの訓練の賜物か。
そんなことを考えていると、車内アナウンスが響き渡った。
どうやら与謝野さんは無事だったらしい。
非常時用の停止釦で止められるらしいが、果たして本当なのか。
敦君は少女から釦を受け取り、押した。
その途端、爆弾から警告音が鳴り響いた。
「まぁ、そんなことだろうと思った」
『解除など不要。乗客を道連れにし、マフィアへの畏怖を俗衆に示せ』
あと数秒で爆発するな。
爆弾を外そうにも、ここからでも分かるほどしっかり固定されている。
「爆弾を外せ!」
「間に合わない」
ドンッ、と少女は敦君を押して壊れた扉の元へ向かった。
「私は鏡花、35人殺した。もうこれ以上、一人だって殺したくない」
--- 僕は、もう誰も── ---
少女の表情を見て、僕は思わず息を飲む。
遠い日の自分と、その姿が重なって見えた。
列車の外へ身体を放り投げて、川へと落ちていく。
「──!?」
中也君を投げ飛ばして、少女を助けに飛び出した敦君の後を追った。
爆弾は外してくれたので、僕は二人を急いで異能世界へと転移させる。
爆弾を転移させた方が良かったのかもしれはい。
けど、二人が川に落ちるところは見ていられない。
空中に残されたのは爆弾と、僕。
連続で異能世界に送るには数秒のインターバルが必要だ。
「……ヤバいな」
落ちていく僕が最後に見たのは、手を伸ばす中也君の姿だった。
中也side
ルイスさんに触れた俺は、重力を何倍にも掛けた。
落下速度が速まり、ギリギリ爆破に巻き込まれることはない。
だが、川に勢い良く飛び込むことにはなった。
どうにか陸に上がると、ルイスさんは笑っていた。
それを見た俺は、思わず叫んでしまう。
「バカじゃねぇの!?」
下手すれば、爆発に巻き込まれて死んでいた。
それなのに何で、この人は笑っている。
「中也君は優しいね」
「はぁ!?」
ルイスさんは俺を投げ飛ばして、人虎と鏡花を助けに行った。
つまり、俺との約束を破ったことになる。
本来なら乗客全員の息の根を止めてから、ルイスさんの元へ行かないといけない。
でも、俺はこの人を助けた。
「……そういうところが変わってなくて何よりだよ」
さて、とルイスさんは立ち上がって異能力を発動させた。
すると、何もない場所から二人が現れる。
「貴方は……」
「えっと、鏡花ちゃんだっけ。多分探偵社が保護してくれるだろうから、何か聞かれたら僕に助けられたと言うといい」
俺は色々と口を出したかったが、ルイスさんの圧で黙ってしまった。
「僕の名前はルイス。ルイス・キャロルだ」
それじゃあ、という声が聞こえたかと思えば何処かへ歩いていく。
ルイスさんを放って置くわけにも行かず、俺は着いていくことにした。
---
--- episode.9 |少年と首領《boy and boss》 ---
---
No side
敦が目覚めると、そこには一度見たことのある天井が広がっていた。
「おや、起きたんだね」
「与謝野さん……」
辺りを見渡して確信した。
そこは、探偵社の医務室だった。
電車での一件で敦は気を失っており、その間に探偵社へ戻ってきたのだ。
「そうだ、彼女は!?」
「あの子なら隣で寝てるよ」
「良かった……」
そう、敦は胸を下ろすのだった。
鏡花side
探偵社に保護された私は、医務室にいた。
疲労からか眠りについてしまい、目が覚めると質問攻めが始まった。
「娘、黒幕の名を吐け」
「……。」
「マフィアの部隊は|蛇《うわばみ》と同じだ。頭を潰さん限り進み続ける。答えろ、お前の上は誰だ」
「く、国木田さん」
ふと、頭に浮かんだ《《それ》》を私は口にする。
「……橘堂の湯豆腐」
「へ?」
「おいしい」
食べたら話す、と言えば連れていってくれるらしい。
捕まる前に少しぐらい贅沢しても良いかな。
ルイスside
「ほわぁ……」
やっぱり大きいな、と僕はマフィア本部のビルを見上げた。
流石に建物は変わっていないらしい。
数年前と全く同じだ。
「あの、ルイスさん……」
「心配しなくても、今から逃げたりなんてしないよ。だから案内よろしくね」
本部ビルの最上階にある首領執務室。
この街でも五本指に入るぐらい警備が厳重な場所だろう。
随時武装した構成員が立っているだけでなく、監視カメラや赤外線と言った機械もしっかりしている。
相変わらず暗殺しにくそうだな、と考えていると両開きの扉の前に着いた。
「首領、中原です」
「入りたまえ」
扉が開かれると、そこには数年前と比べて皺の増えた首領の姿があった。
一応、僕はいつでも戦闘できる用意はしておく。
「お元気そうで何よりです」
「君も、相変わらずそうだね」
「それで電話で話した件だったら、今すぐにも帰っていい?」
そう告げると、首領は裏のある笑みを浮かべた。
太宰君を解放したいけど、これはバレているやつだな。
そんなことを考えていると首領は、資料を手渡してきた。
ある闇市の頁を印刷したものらしい。
そこには敦君の写真と、懸賞金が七十億ということが書かれている。
「彼と親しいようだね」
「ただ顔見知りな程度だよ」
それじゃあ、と首領が次の資料を見るように促してきた。
「《《彼ら》》について、知っていることを話してもらえるかな?」
一瞬、瞠目してしまったのが自分でも分かる。
相手にそれがバレたことも、気づいた。
まさかマフィアが、《《誰が虎を贖おうとしているのかまで》》調べていたとは。
あまりにも予想外すぎて、どう誤魔化すべきか思考を巡らせるも解決策が浮かばない。
「……ルイスくん?」
「どうして、僕が彼らに関係あると思ったのか教えてもらっても?」
「一番は、君がこの街へ来たタイミングだね」
どうやら入国日時や今日までの行動など、色々と調べあげられているらしい。
これは言い逃れ出来ないかな。
そんなことを考えながら、僕は仕方なく全部話すことにした。
敦君を目的に横浜へ来たことは事実。
しかし、例の組織との関係はない。
勧誘されたが断っているし、今は何でも屋を休業している。
「ということだから、僕は帰らせてもらうよ」
「残念だけど、それは許せないかな」
銃の|安全装置《セーフティー》が外される音が微かに聞こえた。
首領はもちろん、四方八方から銃口が向けられている。
どうしたものかな。
ため息を吐いた僕は辺りを見渡す。
普通に逃げ場はない。
「マフィアに入りたまえ。君は組織に必要だ」
「そういう依頼は受けてない、と昔も説明したような気がするんだけど」
「悪い話ではないと思うけれど」
「組織が嫌いなんだって。ついでに貴方みたいな人」
これ以上は話しても無駄でしかない。
「仕方ないから、何を依頼しようとしていたのかだけ聞くよ」
「君も判っているだろう。虎の少年の捕縛──」
バンッ、と銃声が響き渡った。
僕の手に握られた銃から、火薬の匂いがする。
首領の手から、ゴトッと拳銃が机へ落ちた。
「……ゴム弾なんて、考えたね」
赤く腫れた手首を見ながら、首領は言う。
構成員の意識が、全て僕へと向けられたのが分かる。
「それでは、この辺で失礼します」
異能空間を通じて移動する僕が最後に聞いたのは、発砲音だった。
敦side
橘堂は高級料理店だった。
彼女が数えきれないほどの湯豆腐を食べている間、僕は頭を悩ませている。
『娘を軍警に引き渡せ』
そう、国木田さんは言った。
35人殺しなら、まず死刑。
マフィアに戻っても裏切り者として|刑戮《ころ》されるだけ。
僕には、彼女を助けられない。
『両親が死んで孤児になった私を、マフィアが拾った。私の異能を目当てに』
不幸を凡て肩代わりする覚悟があるか、国木田さんに聞かれた。
でも、僕は胸を張って肯定することはできない。
僕の|舟《ボート》は一人乗り。
『救えないものを救って乗せれば──共に沈むぞ』
それなら、どうして太宰さんは僕を助けてくれたのか。
どれだけ考えても、その答えは出ない。
「それじゃあ行こうか」
「どこへ?」
「え?」
「私をどこへ連れて行くの?」
彼女の問いに、僕は頭をフル回転させた。
国木田さんには気付かれないよう気をつけながら、軍警へ引き渡すように言われた。
どう誤魔化すか考えている僕の頭に、一つ案が浮かんだ。
「君くらいの子が好きな処、例えばデートスポットみたいな」
「……。」
「僕も今日は、請暇を出したし、君だって外出して、遊ぶことなんて、無かったでしょ、付き合うから、如何でしょう、ひとつ、今日は羽を、伸ばされてみては、」
うぅ、慌てて変なこと言っちゃってないかな。
「デートスポット?」
「うん」
「貴方と?」
「うん」
返事してから気がついた。
僕は一体何を言っているんだろうか。
どう弁明するか考えていると、彼女が手を引いた。
そして、様々な観光地を見て回ることに。
「あそこのクレープ屋、凄く美味しいんだよー」
「え、一口食べさせてよ!」
女性達の会話を聞いていた彼女は、じーっとクレープ屋を見ていた。
よもや、と思っていると「たべたい」と言う。
「で、でも|先刻《さっき》あれだけ……」
「べつばら」
「えぇ……?」
流されるまま、僕はクレープを買ってあげた。
他にもゲームセンターで兎のぬいぐるみを一発で取ったり、とても充実した時を過ごす。
そして、数時間が経った頃のことだった。
「もう一つ行きたい処がある」
彼女が指差した建物を見て、僕は驚いた。
そこは交番だった。
「もう十分、楽しんだから」
「でも! 捕まれば君は死罪で」
「マフィアに戻っても処刑される。それに──」
35人殺した私は、生きていることが罪だから。
そう言った彼女の表情は、僕から見えなかった。
どうにか考えを変えてもらおうと開く口。
しかし、言葉ではなく血が出た。
僕の胸に背後から黒い刃が突き刺さっている。
ルイスside
「あー、くそっ」
痛む足を止血していた僕は、そんな言葉を漏らした。
まさか、転移直前に左足の太ももを撃たれることになるとは。
異能世界に応急処置セットがあって良かったからまだ良い。
銃弾が貫通しているとは限らないし、与謝野さんに見てもらえるだろうか。
とにかく移動しないことには始まらない。
--- 『不思議の国のアリス』 ---
銃声が聞こえた。
白昼堂々、しかも表通りから聞こえると言うことは只事ではない。
「敦君……!」
トラックへ雑に入れられたのが見えた。
10人ほどの黒服と、芥川君。
そして電車の時の少女が床に座り込んでいた。
あのままでは敦君が例の組織に引き渡されてしまう。
どうにか助けたいけど、今の僕では芥川君に一撃を与えることも無理だ。
見ていることしか出来ないのが、とても悔しい。
「……僕に出来ることは」
福沢side
「……普通に扉から入ってこれないのか」
ルイス、と私は少し呆れながら言った。
空気入れ換えの為に開けていた窓に、ルイスが腰掛けている。
「色々と忙しそうだったからね」
「……与謝野から聞いた。先日、新人を助けてくれたらしいな」
一瞬考えてから、思い出したように手を叩いた。
それほど経っていない筈だが、彼は色々と忙しかったのだろう。
そんなことを考えていると、ふと違和感に気がついた。
ルイスは少し顔色が悪く、汗をかいている。
窓から入るだけでそこまで息の上がる者ではない筈だが。
「与謝野さんっている?」
「事務室か医務室にいると思うぞ。怪我でもしたのか?」
「ちょっとね。応急処置はしたけど流石に診てもらえないかと思って」
ルイスが視線を向けた先では、血が布に染み出していた。
足に怪我、それにしては出血が多いな。
「僕のことは後で構わないよ。それより、マフィアは敦君をある組織に引き渡すつもりだ」
例の七十億で買おうとしているのは、組織なのか。
口振りからして、ルイスは組織について知っているらしい。
しかし、今は問い詰めている場合ではない。
新人が拐かされたのを、放っておくわけにはいかないな。
「医務室へ行き、与謝野君へ説明すると良い。居なかったときは空いてる寝台で横になっていろ」
「福沢さんは?」
「私は少し、事務室へ行ってくる」
今は護衛依頼のせいで、新人どころではないだろう。
「あ、社長」
「……ナオミか」
「実は敦さんが──」
分かっている、と告げて事務室へ歩を進める。
ルイスから聞いたことを話すと、納得したようだった。
事務室へ入るなり、社員は頭を下げてくる。
「申し訳ありません。業務が終了次第、谷崎と情報を集めて──」
「必要無い」
ルイスの話だと、それでは間に合わないだろう。
国外へ出られた時に我々が出来ることは何もない。
「全員聞け! 新人が拐かされた。全員追躡に当たれ! 無事連れ戻すまで、現業務は凍結とする!」
「凍結!?」
「しかし、幕僚護衛の依頼が……」
「私から連絡を入れる」
小役人共を待たせる程度の貸しは作ってある。
三時間程度なら、相手方も許してくれよう。
「社長~善いのほんとに?」
「……何がだ、乱歩」
理屈で考えていた乱歩。
だが仲間が窮地で、助けねばならん。
これ以上に重い理屈がこの世に有るのか。
「国木田」
「はい」
「三時間で連れ戻せ」
ルイスside
おぉ、綺麗さっぱり無くなってる。
初めて見た治癒能力に僕は感動していた。
「……本当に良かったのかい?」
与謝野さんは、僕の身体中にある傷を見て言った。
軍医はいたが、治癒の異能力を持っているわけではない。
だから、今もこの身に戦争の傷痕は残っている。
否、残ってないといけない。
「嫌なもの見せて悪かったね」
「そういうのは見慣れてる。まぁ、アンタがそれで良いなら妾はこれ以上口を出さないよ」
「助かる」
「個人的には《《ソレ》》に一番驚いたんだが……」
そう、与謝野さんは改めて僕を見ながら言った。
別に話すことの程でもないような気がして放置してた。
「まぁ、色々あったからね」
それじゃあ、と僕は忘れ物がないか確認する。
と言っても、手荷物なんてほぼ無いのと同じだ。
懐中時計と携帯ぐらいしか持ち歩いていない。
「先刻話したみたいに、僕は敦君を助けるために色々動くから」
「妾も今から参加するし、その時に伝えておくよ」
「……助かる」
---
--- episode.10 |少年と船上での戦い《boy and battle on board》 ---
---
ルイスside
太宰君なら普通に脱出しそうだけど、一応ね。
疑われると面倒だからスーツにサングラスをかけてみている。
「さて、太宰君のところへでも向かいますか」
太宰君を処刑するにしても、しないにしても。
暫くは動かされることはないだろう。
普通に真っ直ぐ向かっていると、目的地で誰かの話し声が聞こえてきた。
「一番は、敦君についてだ」
「……人虎のことか」
「彼の為に七十億の賞典を懸けた御大尽が誰なのか、知りたくてね」
太宰君、そして何故か中也君の声がする。
何故、と思っていると面白い話をしているようだった。
まだ入らない方が良いかな。
「明日『五大幹部会』がある」
名の通り、ポートマフィアの五大幹部の集まる会。
確か数年に一度、組織の重要事項を決定する時だけ開かれる会だったかな。
僕の件は別にそこまで重要じゃないし、一体どうして?
「理由は私が先日、組織上層部にある手紙を送ったからだ。で、予言するんだけど……」
「──?」
「君は私を殺さない。どころか、懸賞金の払い主に関する情報の在処を私に教えたうえで、この部屋を出ていく。それも内股歩きのお嬢様口調でね」
意味が分からなく叫んだ中也に、僕は同感しかなかった。
少し気になるけど、そんな中也君は見たくない。
「……手紙?」
「手紙の内容はこうだ」
『太宰
死歿せしむる時、
汝らの凡る秘匿
公にならん』
あぁ、なるほどね。
元幹部であり、裏切り者の太宰君を捕縛した。
でも上層部に『太宰君が死んだら組織の秘密がぜんぶバラされるよ』って手紙までついてきた。
検事局にでも渡ればマフィア幹部全員、百回は死刑に出来るだろうな。
幹部会を開くには重要すぎる。
どうせ中也君は太宰君へ厭がらせに来たのだろう。
でも幹部会の決定前に殺した場合は罷免か、最悪の場合は死刑かな。
もし処刑になっても、太宰君は死ねて喜ぶだけというね。
「ってことで、やりたきゃどうぞ」
絶対満面の笑みを浮かべてるんだろうな、太宰君。
「ほら早く」
それに対して、中也君は本気でイラついていることだろう。
「まーだーかーなー?」
この二人の仲は相変わらずか。
そんなことを考えていると、カランと金属の落ちる音が聞こえてきた。
「何だ、やめるの? 『私の所為で組織を追われる中也』ってのも素敵だったのに」
「……真逆、二番目の目的は《《俺に今の最悪な選択をさせること》》?」
中也君は本当に嫌がらせに来ていたらしい。
でも、太宰君が嫌がらせする為に待っていたという。
久しぶりの再会なのに、一体何をしているんだか。
「死なす……絶対こいつ死なす……」
「おっと、倒れる前にもう一仕事だ」
どうやら、中也君が太宰君の鎖を壊したらしい。
彼が逃げれば逃走幇助の疑いが掛けられるな。
「君が云うことを聞くなら、探偵社の誰かが助けに来た風に偽装してもいい」
「……それを信じろってのか?」
「探偵社の誰か、じゃなくて僕だったらどうかな?」
二人の視線が僕へと向く。
どーも、とサングラスを取りながら階段を降りていくと、二人とも鳩が豆鉄砲を食らったみたいに間抜けな顔をしていた。
中也君はまだしも、太宰君も僕に気づいていなかったらしい。
「それで、僕が太宰君を助けたことにすればいいんでしょ?」
「え、あ、うん」
珍しく返事が雑な太宰君。
動画でも撮っておけば良かった。
「……太宰、望みは何だ」
「さっき云ったよ」
「人虎がどうとかの話なら芥川が仕切ってた。奴は二階の通信保管室に記録を残してる筈だ」
なんか、無理やり話を戻したような気がする。
そんなことを思いながら、僕はどう偽装するかを考えていた。
防犯カメラでも撃って宣戦布告、では無いけど僕がポートマフィアに潜入した記録を残さないと。
「云っておくがな、太宰」
そんな中也君の声が聞こえて、僕は降りてきた階段へと視線を向ける。
「これで終わると思うなよ。二度目はねぇぞ」
「何か忘れてない?」
あ、そういえば予言が全て当たっていない。
ワクワクしながら、僕は携帯電話の写真機を起動させた。
「二度目はなくってよ!」
内股で青筋を浮かべながら言った中也君。
本当に面白いな、彼は。
足音が遠くなったので僕達は情報共有と、これからのことについて話す。
「さて、ルイスさん。偽装の件だけど……」
「心配しなくても此方でどうにかしておくよ。敦君のいる場所に心当たりは?」
「まぁ、講おうとしているのが海外の組織だったら今頃《《船上》》じゃないかな」
国外に出た場合、探偵社が手を出すことは難しい。
僕が手伝うにも例の組織に顔が割れているし、色々と表舞台に立っては動かないな。
「とりあえず、私は通信保管室へ向かいます。それでは、また後で会いましょう」
「……うん」
異能空間から銃を持ってきて、服もいつもの格好へと着替える。
カチャ、という装填音が静かな地下牢獄へと響いた。
「──作戦開始」
太宰side
遠くから銃声が聞こえてきて、私は来た道を振り返る。
「……これは、少し予想外だね」
あの人がこんな方法を選ぶとは思っていなかった。
しかし、お陰で通信保管室まで誰にも会うことがなく来れた。
敦君を講おうとするのは誰か。
とりあえず金銭に余裕がある人物だとは思うけど、資料はどこだろう。
探していると、一つのファイルが目に入った。
ペラペラと捲っていると、ある頁を見て驚いてしまう。
「此奴等は──!?」
とにかく考えるのは、一度ここを脱出してからだな。
いつまでもルイスさんに偽装してもらうわけにもいかない。
ルイスside
本部内に鳴り響く銃声。
(そろそろ、太宰君はあの組織の仕業と知っただろうか)
彼ならすぐに脱出できるだろう。
僕が逃したという風に情報がまわりきった頃だな。
あまり多い人数は相手にしたくないし、異能者が出てきたら何かと面倒くさい。
少し早い気もするけど撤退しよう。
そして、僕がやってきたのはとある船上。
あらゆる箇所が燃えており、何度も爆発音が聞こえてくる。
「……話し声?」
警戒しながら歩を進めると、敦君と芥川君がいた。
鏡花ちゃんは端の方で気絶しているようだ。
もし日本の海域を出てしまった場合は僕の出番だけど、どうにかなるかな。
ふと海の方を見ると、国木田君が小型高速艇に乗っていた。
逃走経路は確保できてるらしいし、暫く見守ることにしよう。
「その程度か、人虎。嬲る趣味はない。一撃で首を落として遣ろう」
もう生きて渡す気はないのか、ポートマフィア。
敦君が死んでいたら|道標《タイガービートル》も何も無いような気がするんだけど。
「呪うなら己れの惰弱さを呪え。貴様は探偵社と云う武装組織に属した故に、自らも強いと錯覚しただけの弱者。その探偵社へも偶然と幸運で属しただけだ」
「……今日は随分よく喋るな」
「無口と申告した憶えは無いが」
今頃だけど、敦君が羅生門に捕らえられている。
普通に逃げられないだろうし、詰んでいるのではないか。
数刻もすればこの船も沈む。
巻き込まれれば無傷では済まない。
「お前の云う通りだ、僕は弱い。けど、ひとつだけ長所がある」
「何だ」
「お前を倒せる」
「……へぇ」
敦君は虎化を解いて、羅生門の拘束から逃れた。
あれだけ虎に飲み込まれていたというのに、電車の時から何かが変わっている。
部分的な変化が、芥川君との戦闘を可能にしていた。
こんな短期間で人は成長するのか、と思わず感心してしまう。
近接戦に持ち込む敦君だったが、流石に空間断絶を破ることは出来ないらしい。
でも、防御が完璧じゃないことに気がついていることだろう。
アレは意外と発動時間が掛かる。
|速度《スピード》で持ち込めば、実戦経験の差も埋められるかもしれない。
「──!」
「餓鬼の殴り合いには付き合えぬ。悪いが此処から、貴様の奮闘を鑑賞させて貰う」
空中に逃げた芥川君。
安全な場所から、黒獣に敦君を襲わせている。
敦君は攻撃を喰らい、そのままコンテナへ突っ込んだ。
その直後、爆発が起きる。
「……。」
芥川君はその様子を、眉一つ動かさずに眺めていた。
この船が完全に歿するまで五分も無さそうだ。
敦君はもう諦めるつもりなのか、踵を返している。
その背後には、一つの影。
「爆発の破片に乗って跳躍を──!?」
血だらけではあるが、もう傷は治っているように見える。
虎の治癒能力、あまりナメない方がいいな。
「……終演かな」
殴られた芥川君が起きる気配はない。
多分、敦君は鏡花ちゃんを連れて脱出するだろう。
爆発に巻き込まれないように見守ろうかと思っていると、敦君の胸を黒い刃が貫いた。
「何故だ」
「……!?」
「《《何故貴様なのだ》》」
まだ立ち上がるか。
羅生門が拳の形になり、敦君を殴り飛ばす。
「貴様の異能は所詮、身に付けて幾許も無い付け焼き刃。欠缺ばかりで戦術の見通しも甘い」
芥川君の言葉から感じるのは──憎悪か。
彼は何をそんなに《《憎んでいる》》のか、分からない。
「──云わせぬ」
でも、予想はつく。
確か太宰君が芥川君に会ったと言っていた。
多分余計なことを言ったのだろう。
「あの人にあのような言葉、二度と云わせぬ!」
ほら絶対そうじゃん。
敦君を捕らえた羅生門は鋭く尖る。
--- 『羅生門・|彼岸桜《ヒガンザクラ》』 ---
敦side
「待……て……どうして……」
僕はずっと気になっていた。
「お前はそんなに強いのに、どうして……彼女を利用したんだ」
「……『夜叉白雪』は殺戮の異能。他者を殺す時のみ、鏡花は強者だ。人を殺さねば無価値」
利用では無い、と芥川は言った。
彼女に価値を、《《生きる価値》》を与えただけに過ぎないと。
それだ。
「誰かに生きる価値が有るか無いかを、お前が判断するな」
肩を羅生門が貫いても、僕は話す事を止めない。
「どうして彼女に、もっと違う言葉をかけてやれなかったんだ」
羅生門を引っ張ることで、芥川も引き寄せられる。
拳は、強く握られていた。
「人は誰かに『生きてていいよ』と云われなくちゃ生きていけないんだ! そんな簡単なことがどうして分からないんだ!」
拳は避けられ、代わりに羅生門が鳩尾に入る。
痛い。でも今やられるわけにはいかない。
虎の爪を振るうと、羅生門が消えた。
追撃しようにも、また空中へ逃げられそうになる。
飛んで追いかけようにも、地面から生えた黒い刃が幾つも僕の体へ突き刺さった。
芥川side
人虎は自らの手で引き抜き、|早蕨《サワラビ》を足場にした。
しかし、こうなることは予想内だ。
用意していた|獄門顎《ゴクモンアギト》が人虎の身体に確かに入った。
落ちた先は海で、足場にするものはない。
「──!?」
虎の尾が、僕の体に巻き付いていた。
向かってくる拳を空間断絶で防ごうとする。
しかし硝子のようにパリンと音を立て、割れてしまった。
その時、不意に思い出した。
地下牢であの人に言われたその言葉を、思い出した。
--- 私の新しい部下は、君なんかより── ---
よっぽど優秀、か。
ルイスside
今度こそ、終演か。
芥川君は海に落ちて、敦君は戦場に落ちた。
この戦いは敦君の勝利と言えよう。
そんなことより、もう船が沈むまで時間がない。
どうにか異能で芥川君は、海に浸かる前に回収して脱出艇の上へと寝かせておいた。
多分、誰かは回収に来るはず。
「……後は此方か」
何かあった時にすぐ使えるように、異能力を使わずに船を歩く。
確かこの辺にいた筈だけど、煙と炎で視界が悪すぎる。
「貴女は……!」
「探偵社員が此方で待機している。敦君は僕が背負うから付いてきて」
コクッ、と頷いた彼女。
ボロボロで気絶している敦君を背負い歩くが、爆発のせいか思うように進めない。
沈むまで残り一分を切ったぐらいだろうか。
異能力を使うしかない。
でも、彼処には《《彼女》》がいる。
意識のある人を入れるのは避けたいけど──。
「変な空間に飛ばされるけど、すぐに戻すから」
--- 『不思議の国のアリス』 ---
炎も煙も気にせず、国木田君の居た方向へ駆ける。
すると何もない海が目の前に広がっていた。
泳いで探すか……否、爆発に巻き込まれると少々面倒くさい。
その時グラッ、と船が揺れて大きな爆発が起こった。
物凄い風に、僕の体は海へ放り投げられる。
「おぉ、ナイスタイミング」
「ルイスさん!?」
小型高速艇に運良く乗れた僕は、国木田君に軽く説明した。
前回の谷崎君達同様、二人は異能空間にいる。
与謝野さんも待機していてくれているらしいし、とりあえず一安心かな。
数日しかないけど、その間はゆっくり過ごしてほしい。
そんなことを思いながら、僕は少しだけ眠りにつくのだった。
---
--- オマケ ---
---
No side
「……時間だ」
欧州のどこか。
男は腕時計が六時を指すのを見て、そう呟いた。
「島国の田舎マフィアめ。約束の時間も守らないとは、とんだ《《はんちく》》だな!」
男はマイクを近づけ、改めて言う。
「懸賞金作戦は失敗。どうしたものだか」
「どうぞお好きに。わたくし達が|手袋《ハンドウェア》を汚す程の相手ではありませんもの」
通信相手である《時計塔の従騎士》近衛騎士長──デイム•アガサ•クリスティ爵は紅茶を嗜みながら呟く。
「全て予想の通りです。いずれにしても、ぼくたちは勝手にやらせてもらいますよ。神と悪霊の|右手《めて》が示す通りに」
爪を噛みながら地下組織である《死の家の鼠》頭目──フョードル•ドストエフスキーも、そう返した。
「ご機嫌よう」
「……ではまた」
通信が切れ、部屋は無音になった。
協調性のない貧乏人どもめ、と男は舌打ちをする。
「まぁいい。二番手が|利益《プロフィット》に与れる道理はなにもない」
能力者集団《 |組合《ギルド》 》の団長である男──フランシス•スコット•キーフィッツジェラルドはグラスを掲げながら言った。
「約定の地は、我ら《組合》が必ず頂く」
そして、とフィッツジェラルドは机上に置かれた資料を手に取る。
二つの資料には、ある人物について書かれているようだった。
片方の資料には金髪に、若葉のような鮮やかな緑色の瞳をした英国人。
氏名のところに書かれているのは『Lewis Carroll』の文字。
その英国人は『戦神』と呼ばれ、数年前の戦争ではその異名に相応しい戦果をあげた。
しかし戦後は英国軍から脱退して、『何でも屋』をしている。
それも休業中だが。
そして、もう片方の資料には金髪に、燃え上がる炎の色の瞳をした英国人。
氏名のところに書かれているのは──。
「彼らも《組合》に引き入れてみせる」
あれから例の国に行ったらしいが、とフィッツジェラルドは少年の目的を考えてみる。
しかし、どれだけ悩んでも答えは出そうになかった。
「──フィッツジェラルド様」
「もう準備が出来たのか」
女性が返事をし、フィッツジェラルドはワインを飲み切って立ち上がる。
「さぁ、俺たちも向かうことにしよう──」
--- 日本へ ---
この度は「英国出身の迷ヰ犬」の総集編である「Chapter.1 七十億の白虎」を読んでくださり、誠にありがとうございます。
作者の海嘯です。
最後の最後に、本編で書き切れなかった三人の会話を書きました。
もう片方の資料のキャラクターは、episode.11からの次章「Chapter.2 三社鼎立(仮)」で登場予定です。
一応、この小説にもフラグ(?)は入れています。
もしかしたら、キャラクター名が分かる方もいらっしゃるかもしれませんね。
それでは、次回の「英国出身の迷ヰ犬」もお楽しみに。
───
私のイメージです(Lewis Carroll)
もっと幼い気がするけど、イメージだからいいんだよ((
https://picrew.me/share?cd=Y4mfxMyYFl
───
???side
異能空間に「ワンダーランド」なんて名前をつけてるけど、ここは真っ白で何も面白くない。
不思議な国なら喋る花とか兎とか、色々といていいと思うんだけど。
髪切っちゃったから三つ編みとかも出来ないし、やることなくて暇だな。
「あー、外に出たい」
決して叶わない願いを、私は口にする。
こんな檻さえなければまだ退屈を凌げるのに。
ふわぁ、と欠伸が出た。
やることないし、今日も力を使って遊ぶことにしよう。
Chapter.1 次回予告
はい、Chapter.1(episode.1~10まで)の次回予告をまとめただけです。
1.中島敦
2.太宰治
3.国木田独歩
4.樋口一葉
5.広津柳浪
6.江戸川乱歩
7.与謝野晶子
8.梶井基次郎
9.福沢諭吉
10.海嘯(作者)
初めまして! 僕は中島敦です!
文豪ストレイドッグスでは主人公をやらせてもらっています。
まさか虎の正体が自分だったなんて、本当に驚きました。
どうやら次回は太宰さんが仕事の斡旋をしてくれるらしいです。
人脈もなければ、虎になってしまう僕が出来る仕事なんて本当にあるのでしょうか……。
え、太宰さん。なんでそんなにニヤニヤしているんですか?
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.2 少年と爆弾
どれぐらい時間が掛かってしまうか分かりませんが、待っていてくれると嬉しいです!
あれ、少年はルイスさんのことだと思うけど爆弾って……?
---
紳士淑女の皆さん、初めまして。太宰治と申します。
それにしても今日はとても天気が良く、最高の自殺日和ですね。
美女に声を掛けて心中するというのも悪くはない。
おや、買い出しを終えてきた敦君が先輩の前職当てに挑戦するらしいね。
新入りの定番だけど、何人当てられるのかな?
とても楽しみだね。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.3 少年と或る依頼。
もちろん、次回も見てくれますよね?
とても美しいお嬢さんが依頼にいらしたよ、敦君。
---
探偵社員の国木田独歩だ。
太宰はよく分からない歌を歌っていて、掃除の邪魔にしかならん。
そもそも、何故仕事をしないのだ。
ルイスさんが入れば俺の仕事も減るような気が……。
誰か、太宰をもう少し真面目な人間にしてくれないだろうか。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.4 少年と禍狗
もう許さんぞ、太宰。
今すぐ寝そべるのを辞めて仕事を──って、何処に行ったんだ?
---
樋口、と申します。
あの芥川先輩の部下ですが、役立たずと毎日言われています。
今回も人虎へ銃を向けたせいで、先輩が怪我をしてしまいました。
そもそも片端から銃で撃っていなければこうならなかったのでは?
って、芥川先輩!?
その怪我で動くのは無茶が過ぎます!
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.5 少年と襲撃。
次回も楽しみに。
……え、先輩は一ミリも出ないんですか? 本当に?
---
黒蜥蜴の百人長をしている広津柳浪だ。
私のような人物がしていいものか分からないが、精一杯やらせてもらう。
それにしても、探偵社は襲撃慣れしているようだったな。
我々は武闘派集団の筈だが、すぐに制圧されてしまった。
窓から捨てられたことには驚いたが、彼たちの情報通りルイス君が探偵社にいた。
樋口君によると首領の命は──。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.6 少年と探偵
次回も楽しみにしてくれたまえ。
とりあえず、一度本部へ戻ることにしよう。
---
僕はこの宇宙一の名探偵、江戸川乱歩だ。
どうやらルイスはまだ死にたいと思っているらしい。
でも、昔より少し前を向けるようになったんじゃないか?
社長も僕も大歓迎なのに、やっぱり探偵社には入ってくれないんだって。
どうやら敦にしか用はないらしい。
七十億の懸賞金を懸けた組織について何か知っているようだけど……
次回、英国出身の迷ヰ犬
episode.7 少年と檸檬爆弾
次回も、ルイスの活躍を見ることをおすすめするよ。
てか、僕は探偵じゃなくて名探偵なんだけど!
---
探偵社の与謝野晶子と申します。
それにしても、マフィアはやっぱり凄い執着だねぇ。
先頭車両で待ってるのがどんな奴か知らないけど、爆弾は解除させないと。
もし入った瞬間に爆撃されても妾の異能力なら──。
おっと、次が先頭車両だね。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.8 少年と暗殺者
次回も、どうぞお楽しみに。
さて、敦も着いた頃だろうし一仕事頑張るとするかねぇ。
---
どうもこんにちは! いや、こんばんはかな?
ポートマフィアの爆弾魔こと梶井基次郎だ!
まさか探偵社の女医である与謝野晶子が持っている異能があのようなものだったとは!
治療する為に一度半殺しにされるとか、探偵社は中々大変そうだねぇ……。
おっと、次回予告をしないとだ!
次回、英国出身の迷ヰ犬
episode.9 少年と首領
次回もお楽しみに!
作者曰く、僕の口調が書けないからコレでいいのか分からないらしい!
---
武装探偵社、社長の福沢諭吉だ。
与謝野君によると、ルイスは新人の元へ向かったらしい。
相変わらず行動が早いな、と少し感心してしまう。
乱歩の推理で海上にいることは分かった。
国の外へ運ばれる前に連れ戻せると良いのだが……。
次回、英国出身の迷ヰ犬
episode.10 少年と船上の戦い
次の話もよろしく頼む。
ルイスも新人も、無事帰ってくることを願おう。
---
いよいよ次章が開幕!
敦を購おうとした組織の正体とは?
ルイスの過去も書きたいな。
もっと戦闘が上手く書けたらいいんだけどな。
次回、英国出身の迷ヰ犬
episode.11 少年と平和な日
こんな駄作を読んでくださる方がいるとは思いませんが、どうぞお楽しみに!
え、次回は総集編だって?
episode.11以降は組合が多くなるかなぁ…
こう見ると、芥川や中也っていないんですよね。
谷崎さんとかもいないし、そっちが優先になるかもしれません。
まぁ、二週目もあり得るかも?
全部未定です。
それでは、またお会いしましょう!
Chapter.2 三社鼎立
五期までの情報しかないはずです!
原作(漫画)を見ながら書いてます!
オリキャラ注意!
───
作者の海嘯です。
「英国出身の迷ヰ犬」のepisode.11-27の総集編になります。
まとめるにあたり、少し添削しているので良かったらご覧ください。
───
[本編]
11.少年と平和な日
12.少年と組合
13.少年と元孤児
14.少年と光に焼かれた女
15.少年と三つの組織
16.少年と呼吸する災い
17.少年と少女
18.赤の女王は妖しく笑う
19.始まる災いに抗う者達
20.頭は間違うことがあっても、血は間違えない。
21.光の中で生きる道と闇の中で生きる道
22.二つの組織の唯一の共通点
23.双つの黒
24.悪者の敵
25.チョコレートと作戦会議
26.海に沈む白鯨
27.戦いの終わり
[オマケ]
--- episode.11 |少年と平和な日《boy and peaceful day》 ---
---
ルイスside
何故、僕はまだ日本に滞在しているのか。
これという理由はない。
ただ傍観者として、彼らの行く末を見守りたくなったのだ。
面倒ごとに巻き込まれるのは分かっている。
でも、興味の方が勝ってしまった。
「……僕も変わったな」
うずまきのカウンター席で、僕は珈琲を飲んでいた。
相変わらず万事屋は再開する予定はない。
もう宿を取るの面倒くさいから、福沢さんにでも頼んで社員寮に泊まらせてくれないかな。
「──あの」
そんなことを考えていたら、背後から声を掛けられた。
ゆっくり振り返ると、そこには鏡花ちゃんが。
「僕に何か用かい?」
「この前のこと、お礼できてなかったから」
お礼なんて必要ない、と伝えたが彼女が引く様子はなかった。
この前、って船上での件だよな。
鏡花ちゃんなら、僕がいなくてもどうにかなったような気がするけど。
まぁ、素直に礼は受け取っておくことにした。
「敦君は?」
「市警の依頼に行ってる。走行中の車が爆発したって」
「これまた面倒くさそうな依頼だこと」
先程、建物に箕浦さんが入っていく姿を見た。
市警っていうのは彼のことだろう。
流石にポートマフィアの仕業じゃないだろうし、何処かのギャングだろうな。
何か飲むか鏡花ちゃんに尋ね、珈琲のおかわりを頼むついでに注文する。
お金を払おうとするが、受け取るつもりはない。
「もう君の人相の手配書きは市警内で共有されていると思うけど、大丈夫だった?」
「社長が、孫娘だって」
あぁ、なるほどね。
確かに無言で圧をかけにくる所とか似てる気がする。
孫と言われたら、納得してしまうことだろう。
「ルイス、さんは何者なの?」
鏡花ちゃんの質問に、僕は少しだけ考え込む。
万事屋は休業しているし、過去のことを話す訳にもいかない。
「……マフィアにいた時に何か聞いてないの?」
「うん。でも元々ポートマフィアにいた?」
数年前のことだけどね、と僕は小さく笑う。
話を聞いていると、色々と先日までのマフィアについて知ることが出来た。
電車の時、鏡花ちゃんと梶井基次郎という爆弾魔の目的は敦君。
しかし第二の目的は僕だったらしい。
マフィアに戻ってきてもらう為、という話を少し聞いたという。
「万事屋として、殺し以外なら何でもしてたんだよね。それで三年ぐらいポートマフィアと契約してた」
「何故、殺しだけはしなかったの?」
「……それはね」
「鏡花ちゃん! それにルイスさんも!」
そんな声が聞こえたかと思うと、敦君がいた。
気づけば、もう日が暮れ始めている。
もう依頼は終わったのだろう。
「君はまだゆっくりしていきなよ。マスター、これお釣りはいらないから」
「あの、飲み物代──」
大丈夫だよ、と僕は立ち上がって扉を抜ける。
硝子に、鏡花ちゃんが頭を下げる姿が映っていた。
「さて、と……彼の様子でも見にいくかな」
そう呟いた僕は、ある場所に向かい始めた。
ポートマフィアが先日解体させた組織──カルマ•トランジェットの残党が潜伏する倉庫。
芥川君が目覚めない今ほど、報復に適した時はない。
僕の予想では、この倉庫の奥にいる筈だ。
彼個人を襲った密輸屋に対し、マフィアは組織をあげて反撃しない。
他組織に飛び火して大規模抗争になる恐れがあるからだ。
あの人の最適解は、《《芥川君を切り捨てる》》。
太宰君が彼らを引き合わせた理由はわからないけど、こんなところで死ぬには惜しい。
借りを作っておくことも悪くない気がする。
「……?」
見たことのある女性が、そこにはいた。
確か樋口さん、だっただろうか。
芥川君の救出には来ないと思っていたけど、これは予想が外れたな。
「そんな震えた状態じゃ誰も助けられないよ」
「あ、貴方は──!?」
Shh……と僕は口に指を添える。
こんなところで大声を出したら、自分はここにいると言っているようなもの。
「君の独断で助けに来たってところか。まぁ、仲間を助けたい気持ちは理解できる」
「どうしてここにいるんですか、ルイス•キャロル」
「目的は一緒だよ。だから少しだけ手を貸してあげる」
誰にも言わないでよね、と一応念を押しておく。
彼女に手を貸すということは、マフィアに手を貸すことと同じだ。
自身の判断で上司を助けに来た彼女を、僕は尊敬しよう。
「手を貸すって、殺しはしないのでは?」
あぁ、と僕は即答する。
それだけはどうしても出来ないからね。
でも元軍人を舐めないでもらいたい。
銃を持った人間なんて、僕の異能力の前では意味をなさない。
黒蜥蜴が探偵社を襲撃した時に知った、と思っていたけど。
「君が怪我しないようにサポートぐらいはしてあげる」
「……そうですか」
僕は閃光弾を一つ|異能空間《ワンダーランド》から取り出して、倉庫へ投げ入れる。
白い明かりが倉庫から溢れた。
それをきっかけに、樋口さんは銃を構えて建物へ入っていく。
銃声が屋内に響き渡る。
窓から入って銃撃戦を眺めていると、一人の傭兵が背後へ忍び寄っていた。
これはマズい、と異能力を使って助けようとした。
しかし、|不思議の国のアリス《alice in wonderland》では助けることができない。
樋口side
背後から銃声が聞こえた。
振り返ろうとしたが、その瞬間に視界が奪われる。
(煙幕か!)
どうしようか迷う暇もなく、私は誰かに腕を引かれた。
もつれそうになる足をどうにか動かしていると、煙が晴れてくる。
目の前には、《《足から血を流す》》ルイス•キャロルがいた。
「まさか、先程後ろから聞こえた銃声から……」
「今考えると、銃を蹴り飛ばせばよかったな」
何で私なんかを、と思っていると足音が近づいてくる。
ルイス•キャロルの足から流れた血が、床に残っているのだろう。
銃を構え直し、私は覚悟を決めた。
玉砕しても構わない。
私は芥川先輩を──!
バンッ、と扉の開かれる音が聞こえた。
「知らねぇ顔は全員殺せ!」
視線を向けると、そこには黒蜥蜴がいる。
首領から奪還命令は出ない筈。
「貴女は我々の上司だ。上司の危機とあっては、動かぬ訳にもいくまい」
黒蜥蜴の協力もあって、すぐに殲滅することは出来た。
静かになった倉庫の奥から小さく声が聞こえる。
光の漏れている方へ向かうと、酸素マスクのついた芥川先輩がいた。
「……樋口か」
「先輩……血が」
頬についた血を拭おうとするが、少し昔のことを思い出してしまった。
『お前の扶けなど要らぬ、誰の扶けも』
芥川先輩は私の扶けなど必要としていない。
狼煙を上げ、ずっと一人で誰かを探していらっしゃる。
拭うことを止めた手を、先輩の手が触れる。
「……済まんな」
「……仕事ですから」
判っていた。
私がこの仕事に向いていないことも、部下が私に敬意を払っていないことも。
|組織《マフィア》を抜けることは容易ではない。
しかし前例もあるので不可能ではなく、実際何度も考えた。
それでも私がそうしなかったのは──。
「黒蜥蜴、本当に助かりました……って」
「ジィさんなら煙草を吸いに行ったぜ。ついでに車を回してくるって」
そうですか、と私は言って倉庫内を歩き始めた。
あの人の姿が見当たらない。
黒蜥蜴に殺された、なんてことはないでしょう。
でも、まだお礼が言えてないのに。
ルイスside
もう結構遅い時間だから、与謝野さんを訪ねるわけにはいかない。
黒蜥蜴がやってきた僕は少し離れた海岸へ来ていた。
「──ッ」
応急措置でしかないが、傷口を包帯で縛ることにした。
歩くことは難しそうだし、こんな状態で泊まれる場所なんてない。
太宰君にでも迎えに来てもらおうかな。
そんなことを考えていると、足音が近づいてきた。
距離を取れなかったし、ポートマフィアしかありえない。
「こんなところに居たか」
「……広津さん?」
何で彼がここに、というか僕がいたことを何故知っているのだろうか。
「樋口君は怪我をしていないのに、近くには血痕が残っていた。そして君なら|マフィア《我々》を先回りしていてもおかしくはない」
流石、としか言いようがなかった。
ここに来るまでの血痕も辿ってきたのだろう。
もう銃声は聞こえないし、芥川君の救出も無事終わったのか。
「上司の危機を助けてくれたこと、感謝する」
お礼に、とあることを言われたが僕の方から断った。
確かに今すぐ脚の傷を治療したいけど、マフィア本部へは行きたくない。
「それではずっとここに居るつもりか?」
「……。」
一般人に見つかるほど面倒くさいことはないだろう。
もし銃弾が足に残っていたりでもしたら、中々面倒くさいことになる。
異能空間にいてもいいけど、あそこは時間が止まっている代わりに外の時間の流れが分からない。
マフィアに一度世話になった方が、色々と都合が良い気がしてきた。
「一台多く車は呼んであるが、どうする?」
「僕、加入はしないからね」
「首領も芥川君を助けてくれたとあれば、そう何度も言わないだろう」
広津さんはそう言うと、何処かへ電話をかける。
暫くすると黒い車が僕達を迎えに来た。
マフィア本部にそう離れていなかったので、数分もすれば着く。
しかし、歩こうにも体重が掛かる度にとてつもない痛みに襲われた。
どうしようか考えていると、首領が車椅子を持って出迎えている。
先に状態の説明はしてあったのだろう。
「思ったより早い再会になったね」
「僕も想像してなかったよ。銃弾が残っていないかと、一応効くか分からないけど鎮痛剤も出して」
もちろんそのつもりだ、と首領が本部へと入っていった。
車椅子に乗った僕に広津さんが手を貸してくれる。
「マフィアに入れ、と今は言わない。その代わりに一つ教えてもらってもいいかな」
手当てが終わった僕へ、首領はそんなことを言った。
一体何を聞かされるのか、少しばかり警戒してしまう。
しかし、彼の口から出た言葉は予想の遥か上をいっていた。
「君は何を恐れているんだい?」
「……どうしてそんなことを聞くのか、分からないね」
上手く誤魔化そうとしたけど、その程度の言葉しか出てこなかった。
戦争を経験して、万事屋として。
僕はここ数年の間に色々なものを見てきた。
大抵のことでは驚かなくなり、怖がることも減っただろう。
けれど首領の言う通り、僕は恐れていることがあった。
この感情が消えることは中々ないと思う。
「深く追求するつもりなら、今度は本物の銃で撃つよ」
「それじゃあ、やめておく事にするよ」
「手当て、ありがとうございました。今度こそ失礼します」
---
--- episode.12 |少年と組合《boy and guild》 ---
---
No side
北米異能者集団──|組合《ギルド》。
構成員は政財界や軍閥の要職を担う。
その一方で、裏では膨大な資金力と異能力で数多の謀を底巧む秘密結社。
まるで三文小説の悪玉で、都市伝説の類とされていた。
しかし、|組合《ギルド》は確かに存在する。
中島敦に七十億の懸賞金を懸けた黒幕は、その組織の団長だった。
ルイスside
「どうして貴君は何度も銃で足を撃たれるんだ」
「いやぁ、こっちが聞きたいね」
与謝野さんに足の傷を治してもらった僕は、何故か社長室にいた。
動きを封じる為とはいえ、こう短期間に二度も足を撃たれるのはおかしい気がする。
「やっぱり適度に身体を動かしていないと駄目だね。今の僕じゃ、弱すぎて戦場に一分も立っていられないんじゃないかな」
そう笑いながら言うと、福沢さんは小さくため息を吐いた。
改めて思い返すと、現実味がなく夢だったのではないかと考えてしまう。
人を殺すことが正当化され、老若男女誰でも命を落とす。
戦争の最前線に|十五歳《昔の僕》が立っていたことも信じられない。
どうして僕は戦場にいたのだろうか。
「……ルイス」
「あぁ、ごめん。考え事してた」
福沢さんは、少し心配そうに僕を見ていた。
戦争が夢だったら、どれほど良かったか。
僕はお茶を飲みきって立ち上がる。
乱歩に暫くの間は横浜に残ることを伝えないと。
「あ、そうだ。宿を取るのが面倒だから下宿貸してよ」
「生憎だが、今は空きが無い。私の家に来るか?」
「え、迷惑じゃない?」
適当に太宰君の家にでも転がり込もうかと思っていたけど、まさか福沢さんの家に呼ばれるとは。
想像していなかった事態に驚きが隠せない。
「太宰君とかに断られたら頼んでもいい?」
「あぁ、それで構わん」
それじゃあ、と僕は事務室へ向かうのだった。
何か話しているかと思えば、鏡花ちゃんの住居について話しているらしい。
部屋が足りなくて、敦君と同居になるのだと言う。
「ホント、太宰は敦を丸め込むのが上手いよねぇ」
「本当だね。話は変わるけど僕さ、暫く横浜にいることになったから宜しくね」
ふーん、と乱歩はどうでも良さそうにラムネを飲んでいた。
彼には全てがお見通しなのだろう。
「おい太宰、早くマフィアに囚われた件の報告書を出せ」
「好い事考えた! 国木田君じゃんけんしない?」
「自分で書け」
マフィアで中也君と戦ったりしてたのに、相変わらずで何より。
そんなことを思いながら、僕は乱歩の隣で小説を読み始めるのだった。
「君に懸賞金を懸けた黒幕の話だ」
いつの間にか、話が変わっているな。
特に関係はないかと思って小説を読み進めてみたが、外から聞こえた物凄い音に集中を奪われる。
何の音かな、と外を見てみるとヘリコプターがいた。
それは探偵社前の道路へと止まり、扉が開く。
降りてきた人物を見て、僕は思わず顔を歪ませてしまった。
『君を雇いたい』
この街に来る前のことを思い出してしまった。
その人物は此方を見て微笑む。
「先手を取られたね」
完全に目が合ったのだが。
出国履歴からこの国にいることはバレているのは良いとして、探偵社にいることはあまり良くない。
何で今日、この瞬間に来たんだこの人は。
頭を抱えることしか出来ない。
「ルイス、医務室で待っていると良い」
「……福沢さん」
顔色もあまり良くない、と言われた僕は乱歩と共に医務室に向かった。
与謝野さんは買い物に出ているので居ない。
「彼らと知り合いなんだね」
「勧誘されたんだよ。まぁ、すぐに断ったんだけどさ」
「敦のことを知ったのも、その時だね」
一瞬鏡を見たけど本当に顔色が悪かった。
自分でも驚くほど、あの男に会いたくなかったのだろう。
僕がここにいるのは流石に知らなかった筈。
それなら、彼は探偵社に一体何の用で来たのか。
いや、深く考えなくても分かることだ。
彼らの目的は──。
福沢side
「フィッツジェラルドだ。北米本国で『|組合《ギルド》』という寄合を束ねている」
名刺を出しながら色々と語る男の話を、私はすぐに遮る。
「貴君は懸賞金でマフィアを唆し、我らを襲撃させたとの報が有るが、誠か」
「あぁ! あれは過ちだったよ、|親友《オールドスポート》。まさかこの国の非合法組織があれほど役立たずとは!」
謝罪に良い商談を持ってきた、と男は言った。
建物の階層が低すぎるのが難点だが街並みは美しい。
茶を飲みながらそう言う男の部下は、机にトランクを置いた。
「この会社を買いたい」
中に敷き詰められた札束。
男の表情から冗談ではないことは、容易に想像できる。
この男ならば、土地も会社も全てを買うことが出来る筈だ。
わざわざ探偵社にやってきた理由は一つしかないだろう。
「『異能開業許可証』をよこせ」
この国で異能者の集まりが合法的に開業するには、内務省異能特務課が発行した許可証が必要になる。
表向きには《《ない》》組織である特務課は買収できないらしく、探偵社へやって来たと言う。
「連中を敵に回さず、大手を振ってこの街で『捜し物』をするにはその許可証が──」
「断る」
そうか、と男は時計もつけると言った。
色々と説明を始めるが、私は話を聞く気はない。
命が金で購えぬ様に、許可証と替え得る物など存在しない。
あれは社の魂だ。
特務課の期待、そして許可発行に尽力して頂いた夏目先生の想いが込められて居る。
「頭に札束の詰まった成金が、易々と触れて良い代物では無い」
男は少し黙り、忠告をしてきた。
社員が皆消えてしまっては会社は成り立たない、か。
無論、私は意見を変えるつもりなど無い。
「帰し給え」
「また来ると言いたいところだが、彼はどこに居る?」
やはりその質問が来たか。
予想はついていたが、今は会わせてはいけないような気がする。
「とぼけようとしても無駄だ。確かに俺は彼──ルイス・キャロルを見ているからな」
「貴君に用がある者は、この会社に居ない」
「ふむ、匿うのは構わないが彼は俺の部下になる男だ。こんな島国の会社にいて良いような人材ではない」
賢治、と私は早く彼らを帰らせる。
ルイスがあの男の部下に、か。
組織を嫌う彼が何処かに属すなど、あり得ないのに。
そんなことを考えていると、男は最後に言葉を残していった。
「明日の朝刊にメッセージを載せる。よく見ておけ、親友。俺は欲しいものは必ず手に入れる」
ルイスside
「フィッツジェラルド殿は帰られたぞ」
その声を聞いて、少し安心したような気がした。
ヘリコプターの飛び立つ音も聞こえる。
とりあえずは退いてくれたのかな。
「それで、貴君はこれからどうする」
「どうする、って言われてもね」
残る選択をしたのは他の誰でもない僕自身だ。
勿論どの組織にも入るつもりはなく、出来ることなら傍観者でいたい。
まぁ、その願いは叶いそうにないわけだが。
とりあえずため息を吐き、僕は立ち上がった。
「普通の暮らしを求めてた筈なのに、どうして面倒くさい事になるのかな」
「行くのか」
「あくまで中立で居たいからね。気が向いたら手を貸すぐらいしてあげるよ」
この感じではお世話になることは難しそうだ。
扉を出て、僕は太宰君達に挨拶をすること無く探偵社を去るのだった。
次の日になり、町中同じ話題で持ちきりだった。
「ビルが丸々消えたらそりゃあねぇ……」
福沢さんの事だから『異能開業許可証』は渡さなかったのだろう。
この報道は組合からのメッセージか。
そういえば、組合の目的をちゃんと聞いてなかったな。
敦君は文字通り|目印《タイガービートル》なら、何かを探しているんだろうけど。
「……無駄に考えても仕方ないか」
今は組合からどう身を隠すかを考えないといけない。
ビルを消した方法は判らないけど、僕も拉致されたりするかもしれない。
脅しの材料はなくても、普通に拷問のようなことしてきそうだから嫌なんだよな。
ハァ、とため息を吐いた僕は人混みの中へ身を隠すのだった。
「──は?」
一言で表すなら、異質。
先程までいた街とは全く違う、異質な空間に僕はいた。
周りには僕と同じように理解の追い付かない一般人が沢山いる。
「ようこそ、アンの部屋へ」
声のした方を見ると、そこにはフィッツジェラルドと共にいた少女がいた。
「あら、もう嫌だわ。こんなに沢山の方たちに見詰められて、あたし初対面の方とお話しするの苦手なの」
組合は異能者集団。
つまり彼女も異能者であり、ここは異能空間と予想がつく。
「でも駄目ね、ちゃんとせつめいしなくちゃあ。皆さんお困りだわ。きっとすごくお困りだわ。だってこんな見知らぬ所に連れてこられたんですもの。あたしだったら心臓が跳び跳ねて──」
「ナオミは何処だ」
おっと、この声は谷崎君か。
敦君も一緒にいることが分かったが、話を聞く限り賢治君とナオミちゃんが捕らえられているらしい。
「鍵なしでは開かないわ。開くのはあっち」
背後にある扉の窓から見えた景色は、静止している。
なるほど、僕の異能空間とは違うらしい。
空間内の時が止まり、現実世界の時は流れているのが|不思議の国のアリス《alice in wonderland》。
彼女の能力では空間内の時間は進んでおり、現実世界の時が止まっている。
外の見える扉から出ることが出来る点に関しては、彼女の異能力の方が優しいか。
「如何する心算だ」
「簡単よ、この部屋のアンと遊んで頂きたいの」
彼女がアンを呼ぶと、ぬいぐるみのようなものが出てきた。
多くの人は怖がり、扉から出てしまう。
「あっ、ただしそのドアから出たら部屋の中のことは忘れちゃうわよ? よろしくて?」
なるほど、色々と面倒くさそうな異能力だ。
だからフィッツジェラルドは組合に勧誘したんだろうけど。
部屋が静かになるまで、僕は大きな箱に腰を掛けて小説を呼んでいた。
「残ったのは四人だけ?」
「此処は危険です、逃げた方が佳い」
「女の子を捜しているんだ」
「ん?」
聞き覚えのある声に、僕は思わず小説から顔を上げた。
何でこんなところにいるんだ、この男は。
僕の視線の先にいたのは白衣を着た中年男性、改めポートマフィアの|首領《ボス》である森鴎外。
「ルイスさんもいらしたんですね」
「あぁ、巻き込まれたね」
敦君が首領と話している間に、僕は谷崎君と少しだけ話した。
「ルールは簡単よ! 可愛いアンと追いかけっこをして、タッチされたら皆さんの負け。捕まる前にその鍵でドアを開ければ皆さんの勝ちよ。人質をみんなお返しするわ」
とても単純で分かりやすいルールだな。
谷崎君に言われ、僕は追いかけっこに参加せず首領の傍にいることになった。
追いかけっこ、ということは周りにある遊具を使った目眩ましなども可能なのだろう。
この人なら何も問題無さそうだけど、二人は一般人だと思ってるからな。
仕方なく、僕は首領を守ることにした。
「準備はよろしくて?」
「あぁ」
鍵を取った谷崎君の背後にアンがいた。
流石に速すぎる。
これでは勝負にならないな、と一人呟いた声は首領だけ届いて消えた。
---
--- episode.13 |少年と元孤児《ex-military and ex-orphan》 ---
---
No side
「ひとりめ捕まえた☆」
少女を除いた四人は驚きを隠せなかった。
追いかけっこが始まると同時に捕まった谷崎。
鬼役であるアンは、あまりにも速すぎる。
驚いている暇はなく、鍵の必要な扉が開いて無数の腕が伸びてきた。
腕は谷崎を掴むと扉の中へ吸い込む。
バタン、と大きな音を立てて閉められた扉。
アンの喜んでいるような動きから出される音だけが、異能空間に響くのだった。
ルイスside
敦君へ伸びるアンの手。
しかし、一部虎へ変身することで上昇される身体能力のお陰で、そう簡単には捕まらない。
「君、エリスちゃんを知らないかい?」
「知らない。というか組合にフロント企業が入っていたビルごと消されるよね? なんでエリス嬢を見失ってるの」
護衛もいないし、流石にマフィア首領としての自覚が無さすぎるのではないだろうか。
「それで首領、あの扉の先にいるわけがないのに何で残った?」
「話は変わるけどルイスくん。君、もうマフィアじゃないのに首領呼びするよね。普通に森さん、とかで呼んでよ」
「……質問に答えたらそう呼ぶ」
じゃあ、と森さんは目的を話し始めた。
一番の目的は組合の情報を少しでも集める為、らしい。
確かに都市伝説とも言われる組合の全体像は僕でも把握しきれていない。
昔は少し交流があったけど、今の組員は全然知らないな。
「そして二番目は君だ」
「……万事屋も休業中なので手は貸しませんよ。そもそも傍観者でいたいので」
それは無理だろう、と森さんは言う。
組合に狙われているのは敦君だけじゃないことに、この人は気づいているんだろうな。
「そういえば森さん、芥川君は元気?」
「あぁ、起き上がることは出来ないけどね。君のお陰で大切な遊撃隊長を失わずに済んだ」
「彼を見捨てる気だったのに、よくそんなことが言えるね」
「おや、一体何の事かな?」
ハァ、とため息を吐いた僕は隅の方に移動して敦君の追いかけっこを見守ることにした。
「すごいすごい軽業師みたい! もっと見たいわ!」
アンの動きを見て思ったけど、攻撃速度は結構速いな。
少しでも気を抜いたらすぐ捕まりそう。
「何て力強くて便利な異能なんでしょう。さぞ幼少から皆にちやほやされたに違いないわ」
「……。」
「貴方、元孤児なのですってね。あたしも孤児院育ちなの、とても寒い所よ。凍ったみたいな水で一日雑巾掛けをした後は、何日も指の痛みが取れなかったわ」
いきなり自分語りを始めたかと思えば、敦君を羨んでいる。
彼女、敦君の過去について何一つ知らないのかな。
「組合は失敗を許さないわ。今回の作戦をしくじったら、汚れた紙ナプキンみたいに捨てられる。そしたらまた独りよ。そんなのって信じられる?」
ゾッと背筋が凍るような感覚がした。
もう羨むなんて感情じゃない。
「ねぇ、なぜ貴方なの? なぜあたしではないの?」
「確かにこの世界は不公平だね。帰る場所のある人ばかり、善人ばかり命を落とすんだから」
「ルイスさん……?」
思わず口を挟んでしまった。
でも、彼女の言葉に反応せずにはいられなかった。
敦君も少し疲れているし、休憩するのにちょうど良いかな。
「失敗したら独りになる、なんて最高じゃん。その尊い命を失わずに済むんだよ?」
戦場じゃ失敗したら死ぬ。
人を殺すことが出来なければ|平和な日常《何でもない日》はやってこない。
どれだけ罪の意識に苛まれようと引き金を引くことも、刃を振るうことも止められなかった。
「な、何なのよ……貴方には私の事なんて理解出来ないでしょう!」
「出来ないよ。でも、それは君も同じだ」
さて、と僕は手を叩いて空気を変える。
追いかけっこの邪魔をして悪かった。
そう告げて森さんの元へ戻ってくると、何故か頭を撫でられた。
「は?」
自分でもビックリするぐらい低い声が出た。
この人が頭を撫でている理由が、いまいち理解できない。
「君も大変だったんだね」
「……は?」
もう僕は考えることを止めることにした。
「あ、敦君が……」
いつの間にかアンの手を掻い潜って、扉のところまで来ていた。
その手にはしっかりと鍵が握られている。
「少年! 危ない!」
「え?」
森さんの声が響き渡った。
それと同時に敦君の首を《《鍵が掻き斬ろうとしている》》。
斬られたのが皮一枚で済んだ敦君だったが、鍵を手放してしまった。
「あら、大事な鍵をこんな風に扱って……孤児院の先生に叱られるわ」
「鍵でドアを開けたら勝ちじゃあないのか!」
「そうよ、《《開けられたらね》》。こんな鍵をどう使うのかあたしにも見当がつかないけれど」
あの鍵、笑ってるな。
普通に凄いと思っていたが、そんな余裕はない。
勝つ方法がない状態で、敦君の心がどれだけ持つのか。
ロケランでも扉に撃ってみようかな。
いや、普通に捕まってる人達に被害が出るか。
そんな下らないことを考えていると、敦君は鍵の必要ない扉へ向かって走り出した。
「お仲間を捨てて逃げる気!?」
敦君の手がドアノブに掛かる、というところで森さんはリボンを使って敦君を止めた。
僕も敦君を投げ飛ばそうかと腕を掴んでいる。
「駄目だよ、少年。敵はあっちだ」
「駄目だよ、敦君。敵はあっちだ」
うわっ、と思わず言いそうになった。
まさか森さんと台詞が被るとは。
「この|場合《ケエス》での逃亡はお勧めしない。その……高が街医者の言葉を信じて貰えるならば、だが」
「彼女の言葉を信じるなら、この扉から出たら記憶を失う。つまり彼女の事も谷崎君達が捕まっていることも忘れてしまう。その間に組合はどんどん進撃するだろうね」
佳い事を教えよう、と森さんは敦君にリボンを渡した。
「|戦戯《ゲエム》理論研究では、危害を加えて来た敵には徹底反撃を行うのが論理最適解とされている。二度と反撃されぬよう、此処で徹底的に叩くのだ」
「でも方法が──」
「絶対に負けぬと高を括る敵ほど容易い相手はないよ」
「探偵社は、君が囚われた時に必死に助けてくれたんでしょ?」
今度は君の番だ、と背中をそっと押してあげる。
顔つきが良くなった。
これで敦君の気力は大丈夫だろう。
後はどう攻略するか、か。
こういう異能空間はその空間を作った異能者が最強になる傾向がある。
そしてその異能者だけが空間を作り、壊すことが出来る。
奥の部屋は空間を壊しても解放されない。
つまり彼女を引き込めば──。
「──勝利か」
その瞬間、二体のアンによって敦君が捕らえられた。
まぁ、元より谷崎君と二人で挑む予定だったから妥当か。
扉から伸びてきた腕が、敦君を引きずり込む。
「あぁ、なるほど」
「はい、おしまい★」
隣で森さんがそう呟いたのと同時に、少女は言った。
「次は|ルイス《貴方》の番ね。でも、おじさまはどうされるのかしら?」
「……と、いうと?」
「おじさまの言葉のおかげで虎の彼に逃げられずにすんだわ。だから感謝の印に見逃してあげてもいいわよ。どうせ捕まえる指示のないこきたない中年一人見逃したってフィッツジェラルドさんは怒ったりしないもの」
相変わらずよくまわる口だな。そう思いながら僕は欠伸をしていた。
「おじさまがアンに捕まった時の絶望した顔を見てみようかしら」
「試すかね」
ハァ、と僕はため息を吐く。
彼女を脅して何が楽しいのだか。
そんなことを考えていると、視界の端に雪が降っているのが見えた。
「無理だな。何故なら君は負けている」
見るといい、と森さんが指差した先には敦君がいた。
閉まった筈の扉は開いており、虎の手足でどうにか引き込まれないように頑張っているようだった。
「どうして──」
「君の見落としは一つ。この戦いは《《最初から二対一》》だ」
扉の開いた瞬間に、谷崎君が『細雪』を発動させて映像を偽装。
あの中に入った瞬間に気絶する、とか変なことが起きていたら無理な作戦だったな。
その場合、僕が一人で彼女と戦わなくてはならない。
普通に面倒くさいから敦君と谷崎君でどうにかしてくれて助かった。
「本当は君にこの作戦を失敗して欲しくない、居場所を失って欲しくない! でも──僕は弱くて未熟だから他に方法が思い付かない」
グイッ、と少女は何かに引っ張られたように、身体が扉へ引き寄せられる。
敦君が引き込まれる直前に結んでおいたのだ。
虎の力で引っ張れば、一瞬で扉の元まで移動される。
「はっ、放しなさい!」
「異能を解除して、皆を解放しろ。でないと君を奥の部屋に引きずり込む」
「そんなっ……!」
「鍵がなければ扉は開かない。なら君が部屋に幽閉されれば、扉を開けられる人間は誰も居なくなる」
そうなった状態で能力を解除しても、僕と森さんしか元の世界へは帰れない。
もし彼女が異能を解除しない場合はどうしようかな。
やっぱりロケランか。
「異能は便利な支配道具じゃない。それは僕が善く判ってる。自分の作った空間に死ぬまで──否、死んだ後も囚われ続けたいか?」
「あたしは……失敗するわけには」
「今から手を離す。決断の時間は扉が閉まる一瞬しかないよ」
さぁ、どうするのかな。
瞬きをする間に、景色は元いた街へと戻っていた。
周りには囚われていた人達がいる。
自分の異能に囚われるのは、流石に嫌だったか。
あの一瞬でよく異能力を解除できたな。
そんなことを思っていると、鼓膜が破れそうな程の大声が頭に響いた。
「大丈夫だったかい、何処に行ってたのだい、心配したのだよぅ、突然居なくなるから、」
「急に消えたらリンタロウが心配すると思って」
泣くかと思った、と言いながら泣いている森さん。
「そしたら泣かせたくなった」
「非道いよエリスちゃん!」
何なんだろう、この人は。
相変わらずの幼女趣味に、もう呆れすぎてため息も出てこなくなった。
「……敦君も鏡花ちゃんと合流したし、一件落着かな」
「それでは私達は失礼するよ」
感謝を伝える敦君。
あえて正体は言っておかないでおこう。
今明かすと、何かと面倒くさいことになりそうだ。
「少年。どんな困難な戦局でも必ず理論的な最適解は有る。混乱して自棄になりそうな時ほど、それを忘れては|不可《いけ》ないよ」
マフィアの首領が敵組織の新人に助言、ねぇ。
彼が何を考えているか分からないところは、この人譲りかな。
そんなことを思いながら、僕は今度こそ人混みの中へ身を隠すのだった。
---
--- episode.14 |少年と光に焼かれた女《boy and woman burnt by light》 ---
---
ルイスside
「これからどうしよう」
そう呟きながら、僕は空を見上げていた。
探偵社の厄介になるわけにはいかない。
かと言って、行く宛があるわけでもない。
何処かの組織に入れば、幾分か見守りやすい気がする。
「……否、それは無いな」
古い知り合いと交流したせいで、ルイス•キャロルという人間が変わりつつある。
それは良いことなのか、はたまた悪いことなのか。
今の僕では判断ができない。
「おや、ルイスではないか。息災じゃったか?」
「これはこれは、ポートマフィアの幹部サマが何故こんなところに?」
ポートマフィア幹部──尾崎紅葉。
行く先々で何故こうも知り合いに会うのだろうか。
もしかして今朝の占いが最下位だったせいかな。
とりあえず、くだらない事を考える余裕はあるらしい。
「愛しの鏡花を迎えに行くところでのぉ……お主も連れてくるよう鷗外殿に頼まれておるのだが、一緒に来るかぇ?」
断る、と僕は即答した。
数年共に過ごした紅葉なら、僕が断ることぐらい想像できていたのだろう。
驚いているわけでも、悲しんでいるわけでもない表情をしている。
「やはりそう答えるのじゃな、ルイス」
僕は昼の世界で胸を張って生きることも、夜の世界でこれ以上手を染めることも出来ない。
軍人となり英国に尽くした時点で、この未来は確定したのだろう。
どれだけ称賛されようとも、僕がしてきたことは殺人鬼と大差ない。
強く握り締められた拳は爪が刺さって、少しだけ痛い。
「一番は鏡花じゃ。お主と共に過ごす日々を取り戻すのは、また今度にしよう」
「また会わない事を願っているよ、紅葉」
さて、と僕は彼女の背を見ながら考える。
紅葉と此処で出会ったということは、鏡花ちゃんは意外と近くにいるのだろう。
ポートマフィアに戻ることが彼女にとっての救いなのかは、分からない。
光でも闇でも沢山の困難に頭を抱えてしまうだろう。
『君、何で此処から逃げないの?』
『私は……闇に咲く花は、闇にしか憩えないから……』
いつの日か、紅葉とした会話を思い出す。
確かに光に焦がれ、焼かれて落ちたかもしれない。
でも、鏡花ちゃんが同じ道を辿ると断言できる根拠はない。
「……本当に変わったな」
僕はため息を吐く。
そして、紅葉の後をついていくのだった。
「夜叉白雪よ。鏡花に近寄り嘘の世界を教えるものに、罰を与えよ」
その瞬間、血の匂いが風に乗って流れてきた。
近くに誰かがいるのだろう。
どうにか物陰に姿を隠しながら見てみると、敦君が紅葉に踏まれていた。
「彼女はもうマフィアには戻らない! 彼女の力は探偵社の仕事で振るわれるものだ!」
「……!?」
「矢張り……鴎外殿の許可など待たず、迎えに来るべきであった。このような欺瞞と偽善の巣にそなたを一秒も置いてはおけぬ」
紅葉は本気で泣いていた。
鏡花ちゃんの事を心配しているが、彼女は組織に戻るつもりはあるのだろうか。
「案ずるでない。異能目当ての屑共など、|私《わっち》が微塵に切り裂いてくれる」
「マフィアがそれを云うか……!」
敦君は紅葉に飛び掛かる。
しかし、そう簡単に五大幹部へ攻撃が届く筈がない。
一瞬にして血だらけになった敦君を挟み、夜叉の刃は柱に突き刺さる。
夜叉白雪ではないもう一体の夜叉──金色夜叉。
鏡花ちゃんとは違って自身の意思で操作できるだけでなく、紅葉自身の実力もあって五大幹部へと上り詰めた。
「悪いのう、|童《わっぱ》。これも仕事でな」
「やめて!」
森さんは敦君だけでなく、探偵社の鏖殺を望んでいるらしい。
組合が来ているのに、二組織で戦争するのは本当に最適解なのだろうか。
「判った。戻ります。だから……」
「凡てはそなたの為じゃ。いずれ判る時が来る」
傘を差し、鏡花ちゃんの手を引いていく紅葉。
今のうちに敦君を|異能空間《ワンダーランド》へ引き込めば、これ以上傷が悪化することはない。
敦君は胸を貫かれていた。
虎の再生能力は素晴らしいけど、流石に心臓を貫かれたら死んでしまうのではないだろうか。
与謝野さんに早く診せた方がいい。
そう考えていると、紅葉の傘が地面に落ちた。
鏡花ちゃんが寄りかかったように見えたが、短刀を向けているのだろう。
「明るい世界を見た。知らなかった頃にはもう戻れない」
「……それを使うな。使えばそなたは」
「夜叉白雪、私の敵を倒して」
鏡花ちゃんは震えていた。
殺戮の権化である異能力を自らの意思で使うのは、勇気がいるのだろう。
今まで人の命を奪う為にしか使ってこなかったのなら尚更だ。
「……今出るわけにはいかない、か」
微かに聞こえる車の走行音。
それは徐々に近づいてきていた。
多分、紅葉の部下達が待機しているところなのではないだろうか。
下手に出て、格好の的になると色々と面倒だ。
「戻れ鏡花、判っておる筈じゃ」
「嫌──戻りたくない、それでも私は──」
戦いの行く末を、僕は見守ることしか出来ない。
「そなたは目的の為に|凡百《あらゆる》殺戮を正当化する。その本性は変えられぬ」
そのように夜叉を武器として使える筈がない、か。
鏡花ちゃんはやはり暗殺者としての才能がある。
本人が気づいているのかは判らないけど、辛いだろうな。
「何故なら夜叉は、そなたの両親を惨殺したのじゃから」
「そんな、どうして……」
「違うの……これは、」
携帯が地に落ち、夜叉は消える。
予想通り黒服が現れたし、どうにか敦君を助け出さないと蜂の巣にされてしまう。
「頭、下げてくださーい」
「え?」
黒服が乗ってきたであろう黒塗りの車が、空から降ってきた。
「は、何で……え?」
語彙力が何処かに行った。
その代わりに賢治君と国木田君がやってきた。
探偵社が増援、ねぇ。
鏡花ちゃんの携帯の|指示式《プログラム》を変えたとはいえ、着信があったら信号が出るようにしていたのだろう。
「探偵社の毒虫め……鏡花にこれ以上、毒の光を見せるな!」
「組織同士の全面戦争と云う訳か。この忙しい時に」
巻き込まれるのは嫌だし、逃げるか。
「ワァ、タイミング最高」
そう思ったら、聞き慣れない声が聞こえてきた。
誰かな、と覗いてみると外国人が二人いる。
会話を聞く限り、二人とも『組合』の人間か。
「あ、そこ危ないよ。『|荷物《パッケージ》』が届く頃だから」
また上から何かが落ちてきた。
今度は何事だ、と砂埃が落ち着くのを待っていると四つの人影が見えた。
すぐに紅葉が指示を出して攻撃させる。
No side
「ポオ殿とオルコット殿はどちらに」
「高い所をお恐れあそばして、お残りに」
死ねばいいのに、と傘を差した女性は小さく呟いた。
「楽な仕事だったね! 皆、余った時間でドライブに行かない?」
青年の言葉は無視して、組合の五人は歩いていく。
追い掛けていた青年の後ろには、血で赤く染まった公園が広がっていた。
ルイスside
「……これが今の組合か」
とりあえず全員を|異能空間《ワンダーランド》に送って、組合の六人の背中を見つめる。
どうやらフィッツジェラルドは、優秀な異能者を結構な人数勧誘しているらしい。
僕がいなくても充分ではないだろうか。
「とにかく、探偵社に向かわないと」
でも、あまり大人数を入れておきたくない。
簡易的な手当てだけしてマフィアに送ろうかな。
とにかく僕が異能空間に行かないことには始まらない。
--- 『|不思議の国のアリス《alice in wonderland》』 ---
転移した僕が見たのは、地獄絵図としか表せようになかった。
探偵社、マフィア関係なしに血だらけでボロボロだ。
「ルイスさん」
「……もう目覚めるなんて、流石に早すぎない?」
「あの人が守ってくれたから」
紅葉の事か。
確かに彼女の傷はそこまで酷くないように見える。
全員気絶していると思っていたけど、息を潜めていたのか。
「また、助けて貰った」
「僕は助けてないよ。敦君が傷ついても、見てただけの僕は」
鏡花ちゃんは特に何も言わなかった。
さて、と僕が手当てを始めようとすると彼女は少し手伝ってくれる。
一人でこの人数をやるのは大変だから、とても助かった。
「よし、それじゃあ探偵社へ──」
「待って」
「……どうかしたの?」
どこか、鏡花ちゃんは話を切り出しにくそうだった。
多分、探偵社には行きたくないのだろう。
正確には、紅葉に言われたことを気にして帰りにくい。
彼女が今の状態で探偵社に戻るのは、あまり良いとは言えなさそうだった。
「場所さえ言ってくれたら、そこで外に呼んであげる」
「ありがと、ございます……」
---
--- episode.15 |少年と三つの組織《boy and three organizations》 ---
---
No side
探偵社、マフィアへと怪我人を送り届けてきたルイス。
最後にやってきたのは、貧民街。
そこで異能力を発動させると、鏡花が姿を表す。
「僕から言っておいてアレだけど、本当に此処で良かったの?」
「……うん」
表情の暗い鏡花に、ルイスはそれ以上何も言えなかった。
ルイスside
鏡花ちゃんと別れた僕のもとに、一通の電話が掛かってきた。
『やぁやぁ、戦神。元気か──』
その声が聞こえた瞬間に、僕は電話を切る。
万事屋の携帯に非通知から掛かって来たかと思えば、フィッツジェラルドだった。
組合に入る気はないとあれほど言ったのに、どうしてこんなにしつこいのだろうか。
そう頭を悩ませていると、また電話が掛かってきた。
「しつこいんだけど。わざわざ電話してくる必要ある?」
『私、まだ一回目なんだけど……』
何で森さんが電話してくるんだよ。
そして、どうしておじさん達はこんなにウザいんだろうか。
『実は君に依頼があってね』
「さようなら」
『え、ちょっと待っ──』
切った瞬間、また電話が掛かってきた。
本当にしつこくてウザいから無視しようかな。
てか、着信拒否したらいいのか。
イラつきながら電話を取ると、予想していなかった声が聞こえてきた。
『ルイス。今回は本当に、何処の組織にも付くつもりはないのか?』
「……。」
『電話を掛け間違えた……訳ではないな。聞いているのか、ルイス』
「ウザくない人いた……」
暫くの間、僕は感動していた。
『貴君がいれば心強いんだが、やはり駄目か』
「そうだね。話は変わるけど送った人達元気?」
『与謝野君の治療を受け、もう完治している』
そっか、と僕は海辺の公園で潮風に吹かれていた。
探偵社まで距離が結構あったし、異能空間に入れて良かったかもな。
太宰君が言うから紅葉も置いていったけど、何を取引するつもりなのかな。
鏡花ちゃんの事も誤魔化したけど、彼には気づかれてるんだろうな。
『……時間を取らせて悪かった』
「いや、気にしないでいいよ」
この間にも、何処かで戦闘が起こっているかもしれない。
探偵社は拠点を移した、と言うけど森さんならすぐに突き止めてそう。
横浜の人達も巻き込もうとしていたら、少し面倒くさいな。
そういえばフィッツジェラルドの捜し物って何だろう。
結局知らないままだ。
「はぁ……」
|組合《ギルド》のメンバーをあれだけ送り込むということは、そう簡単に手に入るものじゃないんだろうな。
とりあえずは組合の拠点探し、かな。
あまりにも情報が少なすぎるのもあるけど、組合の裏にも誰かがいる。
確証はないけど、僕の勘は意外と当たるから無視はできない。
あのフィッツジェラルドを操る、とは少し違うけどそんな事をしそうなのは──。
「──いや、憶測で話を進めるのは良くない」
それから少しして、僕は港の見える建物の屋上にいた。
片手には双眼鏡が握られている。
豪華客船では、忙しそうに荷物が運び込まれていた。
指示を出している二人は、この前公園で空から降ってたな。
「……あれが前線基地か」
陸地に拠点を置けない組合にとって、この船が重要になってくる。
現在は燃料や武器といった消耗品の補給中だろうか。
「ん? あれは……」
確かポートマフィアの|爆弾魔《ボマー》だった筈。
普通に、何でこんなところにいるのだろうか。
森さんはいつも先手を打つなぁ。
「ゴホゴホッ……潮風が胸に毒だ……」
「おっと、君も居るとは思わなかったよ」
「ルイスさん!?」
相変わらず黒の長外套を羽織っている芥川君は、咳き込みながら言った。
森さんの話だと、骨折やら何やら酷い怪我だった筈。
そう簡単に治るものじゃないと思うけど。
「これから拠点潰し?」
「はい。ルイスさんはどうしてこのような処に?」
一番は組合の目的を知る事だけど、話す必要はないかな。
適当に誤魔化していると、何故か船から爆発音が聞こえてきた。
ユラユラと煙が空高くへ上っていく。
あの爆弾魔君、大丈夫なのかな。
そんな事を考えていた僕の隣に芥川君が立つ。
「ルイスさんはあの人の異能力を知っていますか?」
「知らないけど、爆弾を作るとかじゃないの?」
「……『|檸檬爆弾《レモネード》』は《《檸檬型爆弾でダメージを受けない能力》》です」
なるほど、と僕は双眼鏡を転送した。
船を沈めるのに最適な異能力。
コンテナから沢山の檸檬型爆弾が降って来たし、これは拠点が潰れたかな。
そして、組合の二人もタダでは済まない。
「僕はこの辺で失礼します」
「……無理はしないでね」
ふと、僕は芥川君と出会った時のことを思い出していた。
『仲間の為に、僕は死ぬわけにはいかないのだ……』
『じゃあ強くなれ。大切な人を守る術を学び、身に付けてみろ』
『師など僕には──!』
『今、僕に負けそうなのに?』
『それは……』
『まず、君は異能力に頼りすぎなんだよ。中距離援助型なんだから距離を取れ』
『──!?』
『体はそこまで強くなさそうだね、すぐ咳き込むし。でも体術、護身術は出来た方がいい。簡単な筋トレから頑張ってみなよ』
『……何故、そのような助言をする。僕は貴様を殺そうとしたのだぞ』
助けた理由は大したものではない。
子供が命を懸けて戦うのを、見ていられなかったから。
少し、息が苦しくなる。
過去を思い出す度にこうなる癖を治したいと、毎回思う。
「その怪我で戦わせるなんて酷いんじゃないかな」
もうマフィアと関係ない僕が口を挟むなんて、おかしいことだけど。
小さく呟いたその声は、強い潮風に乗って何処かへ行った。
あれから、少し経った。
前線基地が潰され、次に組合が取る行動。
幾つか予想することは出来るが、とりあえずは次の拠点を探すことだろう。
否、船が沈んだことを予想して何かもう用意しているかもしれない。
「……そういえば」
彼は元気かな、と僕は呟く。
仕事で何回か組合に力を貸したことがある。
その時に知り合った《《彼》》は元組合の長。
一応、公園で見かけたが話してはいない。
久しぶりに話したいな。
まぁ、フィッツジェラルドとは会いたくないから無理だけど。
「僕を尾行するならもっと上手くやってくれないかな」
振り返ることなく、僕は話し掛ける。
辺りには植え込みしかない。
「矢張りバレてましたか」
「すみません、尾けるつもりはなかったんですけど……」
「どうせ太宰君が巫山戯たんでしょ」
アハハ、と敦君は苦笑いを浮かべた。
「それで一体何の用なわけ?」
「鏡花ちゃんについて何か知りませんか?」
「この三組織異能力戦争で行方不明にでもなった?」
はい、と太宰君は少し余裕のある表情をしていた。
どんなに追求されようと、僕は答えるつもりはない。
「あの、どんなことでも構わないんです」
「申し訳ないけど──」
敦君は落ち込んでいた。
多少は悪いと思っている。
でも、今の彼女には一人になる時間が必要だ。
「拠点を移したらしいけど、調子はどう?」
「現在は|守勢《ディフェンス》と|攻勢《オフェンス》に分割しています。正面からやり合えば、流石の探偵社でも脳天が弾け飛びますから」
「まぁ、それが一番だね」
嬉しいかは別として、与謝野さんの異能は死なない限り全快出来る。
守勢は与謝野さんを守る為の賢治君と福沢さん。
乱歩さんも居るし、よっぽどの事がない限りは問題ないだろう。
攻勢は谷崎君の『|細雪《隠密能力》』と太宰君の『|人間失格《異能無効化》』で敵の横あいを叩く作戦か。
まぁ、問題は無さそうに思えるが──。
「──あまりマフィアをナメない方がいいよ」
「判ってます。森さんのことなので先手を打とうとしていることでしょう」
「福沢さんが刺客に襲われたりは?」
「えっと、確か一度だけありますが……」
敦君がそう言った横で、太宰君は考え事をしているのようだった。
僕の発言と今まで起こったことを思い返しているのだろう。
「……まさか」
「森さん──ポートマフィアはもう先手を取っている。組合の前線基地も潰しているからね」
「|放射性追跡元素《スカンジウムマーカー》ですね。社長は体術で応戦した筈なので、刺客の袖や服につけられていた場合、もう晩香堂が見つかっているかもしれない」
それじゃあ、と敦君は驚きを隠せない。
「敦君、すぐに守勢に連絡を──」
「だ、太宰さん!」
携帯電話を手に取った敦君は、その画面を此方へ見せてくる。
「……本当、最悪だ」
そう呟いた太宰君の瞳に光が宿っていなかったことを、敦君は知らないだろう。
タイミングよく来た電話。
スピーカーにして、僕も聞かせてもらった。
内容としては『組合と衝突する』というもので、マフィアの|伝言役《メッセンジャー》が来たらしい。
事務員を餌に組合を釣った、か。
森さんのことだ。
救出に向かった谷崎君と国木田君が間に合うギリギリに、晩香堂へ向かわせたのだろう。
敦君と太宰君の仕事は、旅客列車に乗って逃げてきた事務員の保護。
「ルイスさん」
「……ダメだね。一度も行ったことがないから間に合いそうにない」
これは、国木田君達に任せた方がいい。
そう伝えると、太宰君は小さく舌打ちをした。
森さんに読み負けたことが、少し悔しいのだろう。
「どうしましょう、太宰さん」
「元の予定通り私達は駅へ向かおう。心配しなくても、乱歩さんの考えてくださった作戦だ」
「……。」
「何か気になるところでもありましたか?」
いや、と僕は返事をしてまた考える。
本当に大したことではないのだが、森さんは探偵社の鏖殺を望んでいた筈。
今まで通りなら、マフィアは自らの手で報復した。
わざわざ組合に情報を売った理由を考えてみたが、イマイチ納得出来るものが浮かばない。
「私達は移動しますが、どうしますか?」
「着いて行くよ」
多分だけど、組合と衝突だけでは済まない。
---
--- episode.16 |少年と呼吸する災い《boy and breathing calamity》 ---
---
No side
「さて、マフィアからの|贈品《ギフト》はこの先かな?」
「明らかに我々を誘い出すための罠だ……何故行く?」
君達の実力なら罠ごと粉砕できるだろう。
それが、フィッツジェラルドの考えだった。
「それに今回は《《餌》》が魅力的だ」
組合と探偵社の対立まで、残り数分。
ルイスside
「こんな僻地で、再び君と|見《まみ》えるとは……。余程、私と雌雄を決したいらしい」
そう言った太宰君の目の前には、犬がいた。
犬は吠えている。
「おっと! 威勢がいいね。だが無駄だよ、こちらには切り札がある」
見給え、と懐からドッグフードを出した太宰君。
「欲しいかい? 欲しいよねぇ」
「何してるの、太宰君」
「僕に聞かれても……」
手に出したドッグフードが一瞬にして消える。
格の違い、って犬相手に本当に何をしてるのだろうか。
ドッグフード食べてるし。
「犬……苦手なんですか?」
「人間より余程難敵だよ。それで事務員さん達の避難は?」
「国木田君からの連絡が来てたよ。予定通り次の列車だって」
「事務員が狙われるなんて……この三社戦争、探偵社は大丈夫でしょうか」
僕も太宰君も、見立てでは探偵社が最も劣勢。
最優勢はマフィアだ。
手数が多いだけでなく、普通にこの街について詳しいから何でもできる。
|組合《ギルド》はというと、軍資金に優れているしこの街を何とも思っていない。
目的の為なら手段を選ばないだろう。
「太宰さん、何か逆転の計略は無いのですか?」
「あるよ、このぐらい」
太宰君は指で三を表していた。
「三つも?」
「いや? 三百だけど」
「三百!?」
流石、としか言えない。
でも戦況は生き物だ。
必勝の秘策が、僅かな状況変化ひとつで愚作に豹変する。
だから情報が大切になる。
特に今回は相手が相手だからな。
「森さんは合理性の権化でね。数式の如き冷徹さで戦況を支配する」
「問題は、刺客から逃れて気が緩む今だね」
「……必ず何かを仕掛けてくるよ」
少しして、電車が到着する数分前になった。
「……む」
突然、太宰君が立ち上がった。
何かあったのか少し心配していると、理由が物凄く下らなかった。
「これ……食べ過ぎた所為か、急に差し込みが……」
「え?」
太宰君の手には、空っぽになったドッグフードの袋。
僕も敦君も目が点になった。
一度深呼吸をして、一言だけ告げる。
「莫迦じゃないの?」
「うっ、ルイスさんに言われると何か凄く傷つく……」
胃腸が限界らしく、太宰君は走って何処かへ行ってしまった。
本当に言い訳が下手だな。
あの子がいることを敦君に言わなかったのは、流石だと思うけど。
「云っておくけど、あの人は凄い人なんだぞ」
「……おいで」
「ルイスさん?」
手を広げれば、犬は僕の方へ駆け寄ってきた。
うん、可愛い。
指を鳴らして|異能空間《ワンダーランド》からドッグフードを持ってくる。
食べてるところも可愛い。
存在してくれているだけで可愛い。
「モフモフだぁ……」
「あの、ルイスさん?」
「可愛いは正義なんだよ!?」
「唐突すぎますって!?」
その時、列車が止まった。
扉が開いて、ナオミちゃんと春野さんが降りてくる。
「ご無事でしたか!」
「えぇ……でも真逆、事務員が狙われるなんて」
「安心してください。僕達が避難地点まで護衛しますから」
これ、僕も入れられてるかな。
そんなことを考えながら僕は太宰君が帰ってこないか、彼が行った方向を見つめる。
「そうだ、紹介しますわ。列車の中で知り合ったのですけど……」
悪意。
誰かを傷つけようとする意志を感じて、僕はすぐに距離を取った。
「おっと」
敦君はその人物に当たった。
僕は驚いて目を見開く。
何故ここにいる。
まさか、これが森さんの作戦か。
「籠のなぁかのとぉりぃは、いつぃつ出遣ぁる」
嫌な笑い声が、響き渡る。
「後ろの正面だぁれ?」
なんてものを解き放ったんだ。
異能の中でも最も忌み嫌われる『精神操作』の異能力者━━Q。
多くの構成員の命と引き換えに座敷牢へと封印された、呼吸する厄災。
Qには、敵味方の区別などない。
命あるものを等しく破壊する、狂逸の異能者。
太宰君がここから離れたのは間違いだったかもしれない。
「━━!」
人形が自分で頭を壊した。
つまり、呪いが発動される。
「敦さん!」
「下がって、ナオミちゃん」
多分、敦君が見ている景色と僕達の見ている景色は違う。
だから《《春野さんを自身の手で傷付けている》》。
呪いが発動すると幻覚に精神を冒され、周囲を無差別に襲ってしまう。
太宰君が早く戻ってくるのを願いたいけど━━。
「━━まだ帰ってこなさそうだな」
敦君は探偵社に入り、異能力をそこそこ扱えるようになった。
その為、彼を止めようにも一筋縄ではいかない。
「くっ……」
「ルイスさん!」
脇腹にキツい一撃が入って、床を転がる。
僕が弱くなっているのもあるだろうが、どうしても虎の速度についていけない。
立ちあがろうにも、うまく力が入らなかった。
その間に、ナオミちゃんへと拳を向ける。
もう僕は眼中にないのだろう。
どうにか立ち上がった頃、敦君は彼女の首を絞めていた。
虎の握力は物凄いし、今は力のリミッターが少し外れている。
「……女性に手を上げるのは、感心しないねぇ」
僕は急いで敦君に蹴りを入れ、興味を向かせる。
多分、本能的に僕から先に潰そうとする筈。
「見ろ! 此れが僕だ! 僕の力だ!」
先程と比べ物にならない速度。
避けることができず、首が絞められた。
苦しいけど、ナオミちゃんや春野さんにされるよりは数倍マシだ。
でも、もう意識が━━。
「止めるんだ敦君! よく見ろ!」
え、と首から手が離れる。
地面へと落ちた僕は咳き込みながら、しっかりと息をした。
ナオミちゃんも春野さんも、大した怪我はない。
まぁ、心がどうかまでは分からないけど。
「やめろ! やめろおおおォォッ!」
「嫌ぁぁぁっ!」
敦君が無差別に攻撃をする。
虎の爪は近くの柱へと当たり、建物は物凄い音を立てる。
すぐさま異能力で対応したのはいいが、まだ精神が不安定だ。
これ以上は、難しい。
「消えろ」
--- 『|人間失格《ニンゲンシッカク》』 ---
「だ、ざいくん……」
「人形も、敦君の痣も消えました。もう大丈夫です」
その言葉を聞いて一安心する。
「太宰さんの新しいお友達、ずいぶん壊れやすいんだね。けどいいんだ、太宰さんを壊す楽しみが残ってるもの☆」
「それはおめでとう」
「僕を閉じ込めたお礼に、いっぱい苦しめて壊してあげるね」
「よく憶えているよ。君ひとり封印する為に大勢死んだ。けど、次は封印などしない。心臓を刳り抜く」
「ふふふ。また遊ぼうね、太宰さん☆」
列車が発車し、その姿は遠く小さくなっていく。
その頃にはもう、僕も落ち着いていた。
「私も策の清濁に拘っている場合ではない……か」
何をしようとしているのかは、聞けなかった。
どこにも属さないと決めたのは、僕自身だから。
だからもう、行った方がいい。
「行くよ、敦君」
「……。」
「立つんだ」
駄目だ、と敦君は顔を覆う。
「僕は駄目だ……僕は居ちゃいけなかったんだ……」
その気持ちは、よく分かる。
でも、僕達から過去を取り上げることはできない。
「自分を憐れむな。自分を憐れめば、人生は終わりなき悪夢だよ」
「……。」
「さぁ、そろそろ反撃といこう。こちらも手札を切るよ」
一番は、と言った太宰君と目が合う。
でも僕は笑うだけにした。
手を貸すのは、これで最後になるから。
太宰君が切ろうとする鬼札は、容易に想像できる。
「この戦争に、政府機関を引き摺り込む」
---
--- episode.17 |少年と少女《boy and girl》 ---
---
紅葉side
「……暇じゃの」
|江戸雀《おしゃべり》は最初に死ぬ。
じゃから太宰はあのような取引を持ちかけてきた。
鏡花のことを|童《わっぱ》に頼んだとはいえ、矢張り不安じゃ。
今すぐにでも助けにいきたいが──
「大人しく待つ、というのは少々つまらないの」
「じゃあ話し相手になろうか?」
おや、と声のした方を見る。
扉が開く音も気配もなかったが、其奴はそこにおった。
相変わらず隠密行動が得意じゃな、ルイス。
「敦君と何を話してたの?」
「別に大したことじゃないが、気になるかえ?」
「まぁ、多少はね」
ルイスは近くにあった椅子へと腰かけた。
「それで、お主は何に悩んでおる?」
ルイスside
流石は紅葉だな。
太宰君より僕と付き合いが長いだけある。
「この戦争での、僕の立ち位置について少しね」
何処かに属した方がいいのは分かっている。
でも僕は、昼の世界で胸を張って生きることも、夜の世界でこれ以上手を染めることも出来ない。
どれだけ考えても、この答えだけは出ることがなかった。
「|私《わっち》はマフィアに戻ってきてほしいとしか言えぬ」
じゃが、と紅葉はお茶を飲みながら微笑んだ。
「お主は自分が思っているより、光が似合っている」
「──!」
「自分自身と、しっかりと向き合うといい」
紅葉は、やっぱり僕のことを分かっている。
何となくで足を向けたけど、来て良かったかもしれない。
それから僕は、ヨコハマの町を彷徨いていた。
「……自分自身と向き合う、ね」
本心をちゃんと知ることかと思ったが、僕の場合は違うだろう。
最初にすることは、それじゃない。
「そして、僕は多分《《向き合えない》》」
戦争で人を殺したことは罪にならない。
だってそれは国を守るため、軍人としての義務だった。
罪悪感を抱いている僕がおかしい。
「……おかしいんだよね?」
その時、視界の隅に見たことのある人影が。
話し掛けれる雰囲気でもなく、僕は彼女についていくことにした。
No side
「待って」
ある橋の上。
そこに少女は立っていた。
「おや、君は確かマフィアの下級構成員だな。報告書では行方不明とあったが?」
「違う。私の名は鏡花。探偵社員」
宜しく、と言った直後にはもうフィッツジェラルドの首に短刀を振るっていた。
ギリギリ反応したフィッツジェラルドは皮一枚斬られるだけで済む。
「何という野蛮な国だ。こんな少女が刃の届く瞬間まで殺気もないとは……」
次の瞬間、鏡花は敦の手を引いて逃走した。
川に通り掛かった船へと飛び乗ったのだ。
「おや、逃げられたか。この場合の対応は……」
フィッツジェラルドの開いたメモには『何もしないで下さい』と書かれている。
因みに、どんな場合でも同じ文が書かれてある。
メモを閉じてため息を吐いているフィッツジェラルドの耳に、足音が聞こえてきた。
顔を上げると、橋の向こうに金髪の少年の姿が。
「……これはこれは」
ルイスside
「まさか君に会えるとは思っていなかったよ」
そう、と僕は適当に返事をした。
鏡花ちゃんについていったら、まさかフィッツジェラルドに会うとは。
予想外すぎるけど、敦君達を捕まえさせるわけにはいかない。
「久しいな。探偵社を隠れ蓑にするのは止めたのか?」
「別に隠れ蓑にはしてないよ。まぁ、君から逃げたのは否定しないけど」
フィッツジェラルドも、僕も。
一歩も動くことなくそんなことを話していた。
「逃げることは諦めたのか?」
僕は否定して覚悟を決める。
|組合《ギルド》に入る予定など全くないが、彼らを守るために僕はこの力を使う。
少しでも遠くへ逃げてほしい。
そんなことを考えながら、僕は転送したゴム弾の銃を構えるのだった。
「俺を殺すか!」
「……さぁ」
分かっている。
僕は誰も殺すことが出来ない。
これが普通の筈。
「……。」
ふと見た拳銃を持つ腕は、震えていた。
距離を詰めてきたフィッツジェラルドに驚くことなく、僕は引き金を引く。
でも、簡単に避けられてしまった。
フィッツジェラルドの異能力は何だ。
それさえ知ることが出来れば、戦況が変わるかもしれない。
「ふむ、遅いな」
「──は?」
気づけば僕は、床に伏せていた。
正確にはフィッツジェラルドに投げられて、先程いた場所から遠く離れた場所に倒れていた。
受け身を取れなかったせいか、身体中が痛む。
「な、にが……?」
理解は出来た。
なのに体が動かない。
「軍を抜けて体が鈍ったのではないか?」
「そんなの──」
君に言われなくても、分かってる。
今の僕は、やっぱり弱い。
どうしても武器を握ると手が震えて、血を見ると少し足がすくむ。
「英国軍に詳しい知り合いに聞いた話なのだけれどね、一つ面白い話を聞かせて貰ったんだ」
「……いきなり何の話」
「おっと、君に関係ある話だが聞く気はないか」
では独り言を呟くことにしよう、とフィッツジェラルドは話し始めた。
本当に何なんだ、と思ったが今のうちに息を整えることにした。
どうやら、フィッツジェラルドが話そうとしているのは英国軍の機密情報の一つらしい。
その瞬間に、何を話そうとしているのか気づいてしまった。
「確か報告書の名は──|赤の女王《red queen》。戦場にいた一人の少女につけられた異名らしい」
「何でそれを……いや、その知り合いって一体……」
「血で赤く染まった軍服と、即座に戦況を把握して指示を出す姿から付けられたという。まぁ、こんな説明をしなくても君は知っているだろうが」
「……僕の《《もう一つの人格》》ということまで知っているのか」
これは予想外すぎる。
英国軍の機密情報を持っていることについてもそうだけど、彼女のことも知っているなんて。
「君は戦後に罪悪感を抱いたらしいが、#アリス#は違うのだろう?」
理由がどうであれ、僕は自らの手でも間接的にも多くの命を奪った。
罪悪感を抱かないわけがない。
でも彼女は違かった。
国を守る為、それが軍人としての義務だったと思っている。
僕は、#アリス#を否定してきた。
もう一人の自分が人殺しを正当化していることが、受け入れられなかった。
『──手を貸しましょうか?』
頭の中に響いたその声に、僕は顔をしかめる。
傷だらけの僕を見て、コロコロと笑っているようだった。
彼女の力を戦争が終わってから何度も借りてきたけど、あまり長時間は変わっていない。
自身が信じる正義を疑わず、いつか人殺しを正当化してしまうのではないのか。
#アリス#も僕なのに、信じることが出来なかった。
『私は昔と考えが変わっていないわよ。アナタが罪悪感を抱く必要はない』
先程までの楽しそうな気配はどこへ行ったのだろうか。
優しく落ち着いた声で#アリス#は続ける。
『アナタは今どうしたいのかしら?』
「ぼ、くは……」
分からない。
僕は今、どうしたいのだろうか。
ただ、懐かしい人達に会えて嬉しかった。
新しい人達とも沢山出会って、楽しいって思えた。
でも、今は彼らが傷つくところを見たくない。
『あの人達は守りたいほど大切な人なのね』
違う。
僕は大切な人を、仲間を作っちゃいけない。
仲間が傷つく姿をもう見たくないんだ。
命を奪ってきた僕が、生き残ってしまった僕がそんなこと──。
『誰がそんなことを決めたの?』
それは、誰も決めてなんかいない。
僕が勝手にそう思っているだけかもしれない。
でも死んだあの人達の分まで幸せになるなんてこと、絶対にあってはいけない。
『生き残ったからこそ! 一緒に戦った仲間達の分まで、全力で生きなくちゃいけないんでしょ!』
---
--- episode.18 |赤の女王は妖しく笑う《the red queen laughs mysteriously》 ---
---
フランシスside
ルイス君が黙ってから一分が経とうとしていた。
流石に軍人時代を思い出したことで、戦意喪失してしまったのだろう。
そんなことを考えていると、笑い声が聞こえてきた。
笑っているのは他の誰でもない、彼だった。
「……馬鹿だな、僕」
立ち上がったルイス君だったが、今にも倒れてしまいそうだった。
怪我のせいか、足元がおぼつかないのだろう。
「まだ僕は罪悪感をもっているし、人を救わないといけない。でも正義の味方じゃないから全員を救うなんて無理だ」
「……ふむ、それは一理あるな」
|組合《ギルド》も正義の味方ではない。
やるべきことをする組織と、少し前にスタインベック君に説明したな。
そんなことを思っていると違和感を感じた。
彼の瞳は、あのような真っ赤に燃え上がる炎の色をしていただろうか。
否、それは違う。
ルイス君は若葉のような鮮やかな緑色の瞳をしていた筈だ。
彼女の話では『戦神』と『赤の女王』の瞳の色は異なる。
「君はまさか──!」
その名を口に出す前に、《《長い金髪の少女》》は俺の懐まで距離を詰めていた。
深くしゃがみ込んだかと思えば、地面に手を突いて顎を蹴り上げてくる。
何という戦闘スキル。
これが『赤の女王』と呼ばれた彼女の実力か。
「悪いけれど、今回ばかりは本当に手加減できないから」
「本気の君に勝ったら、仲間になってくれるか?」
「……勝てるのならね」
瞬きをした一瞬のうちに、俺は彼女を見失っていた。
何処にいるか探していると、足元の影がどんどん大きくなっていく。
上を見れば、そこには少女がいる。
どうにか腕で防御しようとするが、一万ドルでは全然足りそうにない。
少女の足が俺の腕に当たった瞬間に地面が凹んだ。
生身で受けたら骨が折れているだろう。
「君には痛覚がないのか……!」
「あるわよ。今だって全身が悲鳴をあげてる」
距離を取った少女と、そんな会話をする。
まだ何も達成できていないのに、俺はここで負けるのか。
否、それはあり得ない。
組合の長として、そう簡単に負けるわけにはいかないのだ。
「……しかし、そろそろ時間か」
「──!」
「悪いな、赤の女王。今回は時間が来てしまったので退かせてもらうぞ」
後ろから声が聞こえたが、追いかけてくる様子はない。
多分だが、身体の限界が来てしまったのだろう。
あれだけの怪我なら、暫くは作戦の邪魔されることはないな。
死ぬこともないと思うが、あの程度で命を落とす異能者なら必要ない。
#アリス#side
バタン、と私は音を立てて床に倒れる。
もう指一本動けそうにない。
眠りについても良いかしらね。
「……。」
私を閉じ込めるためだけに作られた《《何もないエリア》》。
此処は|異能空間《ワンダーランド》の中で一番寂しくて、孤独な場所。
でも、もう慣れたわ。
それが|ルイス《あの子》の意思なら私は従うだけ。
『──貴方は!?』
ふと、そんな声が耳に入ってきた。
あんな道端に倒れていたら、誰かが通り掛かるのも当然かしら。
『意識がない……それに、貴方がこんな傷だらけになるなんて一体誰が……』
どうやら声の主は、ルイスのことを知っているようね。
まぁ、悪いようにはしないでしょう。
ルイスside
目が覚めると、そこは見覚えのない天井が広がっていた。
否、一度だけ見たことはある。
辺りを見渡せば、そこが何処なのかすぐに理解した。
「気が付いたのね!」
「……エリス」
ポートマフィアの医務室、か。
僕は確か、フィッツジェラルドと戦っていた筈。
途中で#アリス#と変わったところまでは覚えてるけど、誰がここまで運んでくれたのだろうか。
「今、リンタロウを呼んでくるわね」
部屋を出ていったエリスが戻ってくるまで、暇だった。
体を起こそうとしても、一切動かない。
「酷い怪我だ。一週間は安静にしていないと駄目だね」
「誰が、ここまで……?」
「樋口君だよ」
視線の先には、スヤスヤと眠る樋口さんの姿があった。
偶然通り掛かったとらしい。
どうやら眠っていたのは一日だけらしく、戦況はさほど変わっていないだろう。
せめて敦君と鏡花ちゃんがどうなったかだけでも知りたい。
けど、此処ポートマフィアだからな。
「一体何があったんだい?」
「フィッツジェラルドと戦ってた」
ほんの一瞬、森さんの意識が何処か遠くへ行ったような気がした。
まぁ、僕自身まだ信じられないからな。
ウロウロしてたら鏡花ちゃんがいて、追いかけてみたらフィッツジェラルドもいる。
「起きたら樋口君にお礼を言うと良い。下手したら君、死んでいたからね」
それじゃあ、と森さんは何処かへ行った。
エリスも渋々ついていく。
静かになった医務室で僕は何も出来ることがなく、暇を持て余すことになった。
『なら、私と話さないかしら?』
視界が暗転する。
次の瞬間には、真っ白な空間が目の前に広がっていた。
「……|異能空間《何もないエリア》か」
「正解よ」
後ろから声が聞こえてくる。
振り返ると、そこには僕とよく似たの少女がいた。
でも、瞳の色が違う。
僕が緑色なのに対して、#アリス#は赤色だ。
それに髪の長さも違かった。
「それで一体何の用なわけ? 雑談したくて呼んだわけじゃないでしょ?」
「雑談よ。まぁ、アナタにとってはそんな簡単に済ませちゃいけないでしょうけど」
「……あまり長話は好きじゃないんだけど」
仕方ないわねぇ、と#アリス#は指を鳴らす。
すると、どこからか椅子が現れて腰掛けていた。
この世界でなら、彼女は異能力の応用で見たことのあるものを何でも出せる。
彼女曰く立ち話は疲れる、とのことらしい。
「アナタが私の力を借りたのは|日本《この国》にきてすぐ、芥川君から|虎人《リカント》君を助けた時かしら?」
「あの時は他に方法が思いつかなかったから」
でしょうね、とコロコロと笑う#アリス#。
少しばかりイラついてしまった。
「アナタの意識がある時、私は命令に従わなければならない。それが|#アリス#《もう一人のアナタ》だからね」
今までも身に危険が及ぶ時は#アリス#の力を借りて、難を逃れてきた。
でもマフィアとの契約が終わる頃には、僕が#アリス#と変わることは殆ど無くなった。
一番の理由は、ある不思議なマフィア構成員の言葉だ。
|ルイス《僕自身》が成長していることもあると思うけど。
「ねぇ、ルイス」
「……改まってどうした?」
「アナタは|#アリス#《私という人格》が生まれた理由について、考えたことある?」
もちろん答えは──NOだ。
気づけば僕の中に#アリス#はいて、一緒に戦場で戦ってきた。
彼女がいたから乗り越えられた事も沢山ある。
「異能力というのは、本来一つの肉体に一つしか宿ることが出来ないの。でもアナタには素質があって、生まれつき二つの異能をその身に宿していた」
「僕が生まれた時から君はいたのか?」
「その答えはNOね。アナタが使うことができる『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland 》』とは違って、戦場で死の一歩手前にまで行ったことで開花した《《もう一つの異能力》》だもの。それによって、開花と同時に生まれた|副産物《おまけ》よ」
「異能力は一つしか宿ることが出来ないと言っていたが、二つ以上宿るとどうなる?」
とても簡単に説明するなら《《死》》。
開花していない状態ならまだ大丈夫だが、#アリス#がいなかったら僕はとっくに死んでいたと言う。
彼女が開花と共に出来たのは偶然か、それとも本能的に作ったのか。
もう知る術はないが、とりあえず感謝することにした。
あの時にもし死んでいれば、こうして生きていることはない。
「えーっと、本題からどんどん逸れていったから戻すわね」
「本題はコレじゃないのかよ」
#アリス#の生い立ちとか、結構重要な気がするんだけど。
そんなことを考えながらため息を吐く。
「私はアナタが壊れない為に存在しているわ」
え、と思わず言葉が漏れた。
普段なら結構すぐに言葉の意味を理解するのに、今は結構な時間が掛かってしまった。
壊れない為、というのは精神的にだろう。
正直、心当たりがないわけではない。
戦後に人を殺したという罪悪感に襲われたことが、一番最初に思いついた。
「色々とアナタは一人で抱え込む癖がある。あと、何かと決めつける癖もね」
「……それは」
「アナタが壊れないように、一人にならないように私は否定し続ける。本心を見つけて、前を向いて歩いて行けるように私は居るのよ、ルイス」
ふと、彼女の行動を思い返してみる。
フィッツジェラルドと戦ってる時、彼女が居なかったら僕はどうなっていた。
あの時も、あの時も、あの時だって。
#アリス#がいたから、僕は過去に囚われながらも歩いてこれた。
「……ねぇ」
「何かしら?」
「ずっと僕、君のことを信用できなかった……君はいつも僕の為に声を掛けてくれて、いつも側に居てくれたのに……」
僕は、と言葉を紡ごうとした僕の目から、ポロポロと涙が溢れ出た。
上手く声が出せない。
涙のせいで、言葉が詰まっているのだろう。
どうにか泣き止もうと目を擦っても、視界は歪んだままだった。
「──ルイス」
優しく、僕は抱きしめられた。
「此処には私しか居ない。だから、我慢しないで泣いて良いのよ」
「#アリス#……」
母親がいたら、こんな感じだったのだろうか。
とても胸が熱くて、苦しくて。
でも、不思議と嫌ではない。
そして僕は、まるで子供のように大声を上げて泣いたのだった。
樋口side
「あ、目覚めましたか?」
その、と私はその先の言葉を続けようとした。
でもルイス•キャロルの様子を見て、少し話しかけるのを躊躇ってしまう。
何というか、先程まで泣いていたような表情をしているのだ。
気を失っていた筈だから、そんなこと絶対にあり得ない。
「……森さんから聞いた。樋口さんが見つけてくれたんだってね」
ありがとう、と微笑んだ彼は前会った時と雰囲気が違うような気がした。
|組合《ギルド》が来てからそこまで日は経ってないのに、何があったのだろうか。
「さて、樋口さん体術とか得意?」
「え、あ、その……得意と胸を張れるほどではないですけど、ポートマフィアの中ではそこそこ出来ます……」
「じゃあリハビリがてら付き合ってよ」
は、と思わず言ってしまった。
|首領《ボス》が手当てをしたとはいえ、まだ全然怪我は治っていない状況。
なのに健康状態の時のように、ベットから降りて準備運動をしている。
これ、私はどう返事したら良かったのかな。
「失礼します。樋口は起きて──」
「あぁ、中也君。良かったら君もリハビリに付き合ってよ」
数秒固まった後、中也さんは私に視線で訴えかけてきた。
どうしてルイス•キャロルがこんなに元気なのか。
そんなの私にも分かりませんって。
「と、にかくルイスさん、まだリハビリするには早いです。寝ていてください」
「中也君知ってる? 一日サボると三日分の努力が無駄になるんだよ?」
「ルイスさんに何度も言われたので憶えてますよ。でも休息は大事です。睡眠を取らなくても良いので、横になってください」
文句を言いながらも横になったルイス•キャロル。
中也さんのお陰でリハビリという名の模擬戦に付き合わされなくて済んだ。
初めてこんなに感謝したかもしれない。
今度、珈琲でも差し入れしよう。
ルイスside
「おい樋口。今すごく失礼なこと考えてただろ、|手前《テメェ》」
「いえ! 考えてません!」
早く体を動かしたいのに、と思いながら僕は自分の体を見てみる。
全身傷だらけだ。
多分、今は鎮痛剤が効いているから動けない程の痛みではない。
「一週間は安静に、って|首領《ボス》から言われてたんじゃないんですか?」
言われてた、ような気がしなくもない。
でも、この程度の傷で一週間も無駄にするのは勿体無い。
「どれぐらい治ったらリハビリ付き合ってくれる?」
「普通に|首領《ボス》が許可を出したら、ですよ」
その間にも|組合《ギルド》は何かをしているのかもしれないのに。
強く握りしめた拳に、爪が深く突き刺さる。
それを見ていたのか中也君は、見舞いで持ってきた果物を剥いてくれた。
うん、美味しい。
「……俺達が掴んでいる探偵社とかの情報でも話そうか?」
「|首領《ボス》はなんて?」
「マフィアの情報も、俺の判断で話せるところまで話して良いってよ」
なら、聞くしかないかな。
元より断る理由もないわけだけど。
ーーー
武装探偵社
•敦は|組合《ギルド》、鏡花は軍警に捕らえられた。
•隠れ家から会社に戻っている。
|組合《ギルド》
•拠点を異能要塞『|白鯨《モビー•ディック》』に移した。
•|隠密《ステルス》機能のせいで現在地は不明。
•組員は現在も横浜の街に滞在している。
ポートマフィア
•五大幹部の一人が探偵社に捕らえられている。
•夢野久作が作戦中。
ーーー
ルイスside
うん、結構凄いことになってる。
やっぱり普通に凄いことしてるね、森鴎外。
|組合《ギルド》をどうにかするまで遊ぶのは禁止にしてるだろうけど、大丈夫かな。
まぁ、一週間の間に地獄絵図にならなければ良いけど。
「話せるのはこれぐらいだな」
「敦君と鏡花ちゃんのことが分かっただけありがたいよ。にしても、軍警に捕まったのか……」
太宰君はこれを予知していたとしても、どうやって探偵社に入れるつもりなんだろう。
僕が知っている限り、鏡花ちゃんは入社試験を突破していない。
政府と取引するとしても、なかなか大変そうだな。
「|組合《ギルド》との戦い、一体どうなるかねぇ」
「ルイスさんは、やっぱりどの組織に入らないつもりですか?」
「……さぁ」
我ながら意味深な返事をしてしまったと思う。
正義の味方じゃないから、全員を救うことなんて出来ない。
でも手の届く範囲の大切な人を、仲間をこれから守っていきたいと思っている。
まだ罪悪感を抱いている僕は、これからも光にはなれない。
もちろん、闇にもなることはできない。
そんな僕が自分勝手な僕を受け入れてくれそうな場所に、心当たりがあった。
彼がどんな反応をするか、少しばかり楽しみでもある。
──そして、一週間が経とうとしていた。
---
--- episode.19 |始まる災いに抗う者達《Those who resist the calamity that begins》 ---
---
ルイスside
「私、一週間は安静にしているように言ったよね?」
うん、と僕は中也君の蹴りを避けながら答える。
ここは地下訓練所。
ポートマフィアの構成員は誰もが使ったことがあるであろう、戦闘訓練専用の地下室だ。
「でも僕は止まってる暇がないからね」
「……どうやら《《恐れ》》は無くなったようだね」
ピタッと中也君の喉元ギリギリで刃が止まる。
そういえば森さんには気づかれてたんだっけな。
手当てをしてもらった時に#アリス#を恐れていたことを。
恐れが消えたといえば嘘になる。
まだ僕は罪悪感を拭い切れていないから。
「でもまぁ、あの時よりはマシだね」
「ルイスさん、ナイフ下ろしてくれません?」
あ、と僕はナイフを転送して片付けた。
壁に追い詰めて突きつけていたから、動くにも動けない状況だったのだろう。
悪いことしたな。
「怪我はどうだい?」
「完治してないし、まだ痛みはある。でも戦えなくはないね」
「いや、ちゃんと休もうね?」
それはできない、と僕は地面に座ってストレッチを始める。
中也君との戦闘は近接戦が中心。
普通に体が硬いと避けられない攻撃が出てきて大変だった。
一昨日は腰痛めたし。
『ルイス』
ふと、頭の中にそんな声が聞こえた。
その瞬間、僕の目の前に大きな鏡が現れる。
「敵襲か!?」
「あ、これは僕の異能だから気にしなくて良いよ」
えぇ、と中也君は表現し難い顔をしていた。
#アリス#のこと説明していなかったし、仕方ないか。
「異能力『|鏡の国のアリス《Alice in mirrorland》』は鏡を操る。この鏡はあらゆるものを弾くし、どこかの鏡に映った景色を見ることが出来るよ」
「ルイス君、『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland 》』も充分チートだったのに、異能力二つ持ってるとかズルすぎないかい?」
「うるさい|幼女趣味《ロリコン》」
「|幼女趣味《ロリコン》!?」
森さんのことは置いておいて、僕は鏡の映像を見る。
これは中々厄介そうだ。
もし異能力が発動されれば横浜は──。
「ねぇ、作戦中のQは今どこにいるか分かる?」
「……知らないけど、どうかしたのかい?」
質問を投げかけられる前に、僕は異能空間から帽子を取って深く被った。
「|組合《ギルド》に捕らえられた。多分彼には僕でも敵わないから、今すぐの救出は不可能だよ」
「何だと!?」
「ルイス君でも勝てないとなると、|私達《マフィア》には手の出しようがないね」
本当、どうしたのものかな。
一体何をしようとしているのか知らないけど、ヤバいことは間違いない。
「一週間安静にしてたし、僕はもう行くね」
Qが捕らえられて数日。
僕が連絡を取ろうと携帯を取り出すと、ちょうど着信が来た。
「やぁ、奇遇だねぇ」
太宰君、と僕は笑いながら言った。
まさか連絡を取ろうとした瞬間に電話が掛かってくるとは思わなかった。
『大変です、国木田君の首元にQの痣が──』
「まさか探偵社にも被害が出てるとは……。とりあえず拘束しておきなよ」
『もうしてます』
流石、と僕は笑みを浮かべる。
「例の人形は|白鯨《雲の上》だけど、一体どうするつもり?」
どうやら敦君が自分で持って落ちてくるらしい。
僕もそう予想しているけど、本当に来るかな。
来なかった場合は僕が取りに行くしかない。
#アリス#も不可能ではないと言ってたし、本当に最終手段だけど。
『ところでルイスさんはこの一週間ちょっと何を?』
「フィッツジェラルドとの戦闘で死にかけて、マフィアにお世話になってたのが数日前」
『へ?』
絶対面白い顔してるよな、今。
凄い見たかった。
「あと、やっと向き合えたよ」
『……そうですか』
僕が思い悩んでいたことを、彼は知っている。
向き合うことが出来たのは僕にとって、とても嬉しい誤算だ。
お陰で前より動きやすくなった。
「ここ数日は異能空間に引きこもってたね」
必要かと思って、と僕は欠伸をする。
流石にこの量は要らないよな、とさっき気づいた。
まぁ、いつか使うでしょ。
『仕事早すぎませんか?』
「君ほどじゃないけど、頭は良いからね」
さて、僕はもう一仕事しないとな。
マフィアへ連絡は入れた。
探偵社もこれで問題ないだろう。
本番、対策してきた僕達がどれ程動けるかで被害者数は変わってくる。
「そろそろ私の出番でもあるわね」
仮眠を取っていた#アリス#が静かに呟いた。
|呪い《異能力》が発動瞬間に|物体《オブジェ》を設置。
#アリス#は鏡で仕切りをどんどん作っていく。
僕の担当範囲は結構広めにしてしまった。
まぁ、命を懸けてでも守りきるから大丈夫だろうけど。
『ルイスさん!』
「……さぁ、作戦開始だ」
僕は転移してから、ゆっくりと沈んでいくのだった。
#アリス#side
もう至るところから黒煙が上がっている。
--- 『|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》』 ---
幾つもの鏡が町中に現れ、一般人と呪われた人達の間に仕切りを作る。
ついでに、例の|物体《オブジェ》も異能空間から送っておいた。
「……全く、本当にあの|呪い《異能力》は凄いわね」
ルイスに発動しなくて良かったと、本当に思う。
虎の少年の時も覗かせて貰ってたけど、ルイスがあの状態になったら本当に町が一つ消えるんじゃないかしら。
そんなことを考えていると、遠くにマフィアの姿が見えた。
被害が完全にない、とは言い切れないけど何もしてないよりはまだ良い筈。
どうやら警察機関は|組合《ギルド》が手を回してるらしいから動けていない。
探偵社だけであの地域は無理かしら。
「……いや、銀狼がいるもの。心配は要らないわ」
さて、と。
虎の少年が白鯨から落ちてきてるし、後は包帯の彼とルイスの予想通りに事は進みそうね。
「ルイス、そろそろ変わっても良いんじゃないかしら?」
ルイスside
「お疲れ様。後は僕がやることにするよ、#アリス#」
手に持っている双眼鏡で見てみると、敦君はパラシュートを持っている。
着地は心配いらないかな。
僕は早く避難誘導でも始めようかな。
『いや、虎の少年の|補助《サポート》をした方がいいわよ』
「え?」
もう一度見てみると、パラシュートが壊れた。
否、正確には《《何かに撃ち抜かれた》》。
『白鯨からの狙撃ね。このままだとあの子──』
──死ぬわよ。
#アリス#の一言を聞いた瞬間、僕はビルから飛び降りていた。
ある程度の距離まで近づかないと|異能空間《ワンダーランド》に送ることはできない。
どうにか地上に来れた僕は鏡の上を駆ける。
足場が不安定で何度も転びそうになるけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
「ヤバい、間に合わな──!」
ドォン、という激しい音と激しい揺れ。
敦君が地面と激突したのは、間違いない。
生きているとは、到底思えない。
でも、瀕死なら与謝野さんの異能力で。
煙が晴れるまで必死に考えてみた。
けど、嫌な汗が止まらない。
「ケッ…ケケッ…ケヒッ…」
嫌な笑い声が聞こえる。
煙が晴れたとき、僕の瞳に映ったのは《《一匹の白虎》》だった。
白虎は僕の方を睨んでいる。
こんな時に異能力の暴走なんて、と戦闘態勢をとる僕。
しかし、白虎はそっぽを向いて変身した。
「……敦君を、守ってくれた?」
「ルイスさん……?」
太宰さんに届けなくちゃ、と人形へ手を伸ばす敦君に向けられた銃弾の嵐。
僕に対応できるわけがなかった。
「行けっ、敦!」
太宰は探偵社で待ってる、と僕は人形を渡して白鯨の方を見る。
結構距離があるから狙撃を無力化できない。
『敦君の向かう先、対応しきれてないわよ』
「つまり彼について行けってことか」
僕はすぐに敦を追いかけて、道を作る。
途中、#アリス#と代わりながら被害を少しでも減らすために動く。
しかし、もちろん対応できない場面はあるわけで。
「てめえは……!」
「済みません! この子、頼みます!」
「はぁ!?」
ポートマフィアの立原に敦が助けた子供を預けたり、ということになる。
「待て、クソ探偵社!」
「おぎぁぁぁぁあああぁぁ!」
「お、お前に言ったんじゃ無ぇよ!」
「もしかしなくても君、子供の扱い慣れてないでしょ」
ルイスさん、と立原は驚きながら僕の方を見る。
どうして彼が僕のことを知ってるか。
その理由は一週間お世話になってた時に、何度か手合わせして貰ってたからだ。
あの戦闘方法から考えるに彼は多分──。
おっと、これは今どうでもいいことだね。
僕は仕方ないからぬいぐるみを一つあげて、敦君の後を追うことにした。
---
--- episode.20 |頭は間違うことがあっても、血は間違えない。《The head may err, but never the blood.》 ---
---
No side
「……彼女と向き合えたのですね、あの人は」
横浜の何処か。
その地下に鼠はいた。
数日前まではなかった謎の光に誘われて、鼠はその部屋へと入る。
「おや、鼠ですか」
沢山のモニターが青白い光を放っている。
その前の椅子に座っている人物は、振り返りながら鼠を見つめた。
黒髪に、アメジストのような紫色の瞳。
白い肌は彼の出身が日本ではないからか、それともただ体調が悪いからか。
そんなことを鼠が知るわけがなかった。
敦side
ルイスさんにサポートして貰いながら、僕は太宰さんのいる探偵社を目指す。
それにしても、前からあんな変な|物体《オブジェ》有ったっけ。
この騒動で貨物車が落としたのかな。
そんなことを考えていると、何処からかルイスさんの叫び声が聞こえてきた。
「敦、逃げろ!」
「燃料輸送車!?」
白鯨からの狙撃が、燃料輸送車を貫いた。
爆風が僕を襲う直前、長い金髪が揺れたのが見えた気がする。
パリン、と音を立てて何かが割れて強風に飛ばされる。
人形を抱えていた僕はそう飛ばされなかったけど、僕の前にいた誰かが血だらけで倒れていた。
起き上がろうとすると、両足に痛みが走る。
今の状態では逃げることはもちろん、起き上がることすら出来ない。
「……!」
僕は手を伸ばした。
人形を太宰さんに届けないといけない。
その時、誰かの足音が聞こえてきた。
もし呪われた人だったら。
そう思うと焦りが膨らんでいく。
「君の勝ちだよ、敦君」
足音の正体は、太宰さんだった。
「君の魂が勝った。これで街は大丈夫だよ」
「危険です太宰さん! 空から敵の銃撃が──」
「どうかな?」
その瞬間、僕達は煙に包まれた。
いや、これは《《煙幕》》だ。
「町中に変な|物体《オブジェ》があっただろう? あれはルイスさんが用意してくれた、飽和チャフの仕込んであるものでね。簡単に言うなら熱センサーも探査レーダーも無効化して、敵に私達は見つけられない」
ニコッ、と笑った太宰さん。
僕は肩を貸して貰いながら立ち上がり、移動を始める。
「あの、太宰さん。この近くに多分、長い金髪の女性がいる筈なんですけど……」
「……彼女だね」
煙で見にくかったけど、近くにその人は倒れていた。
どうやら意識はないらしい。
虎の再生能力で治りかけてる僕より、彼女を優先して運んで貰うことにした。
太宰side
「如何して此処が……?」
「敦君が降ってくる方角をずっと探していたからね」
私達は地下道へとやってきた。
此処なら煙幕が晴れた後も狙撃される心配がない。
女性は床で申し訳ないが、寝かせておくことにした。
「善くやったよ、敦君。これでもう横浜は安全だ。……と、言えれば善かったのだけど」
「何か未だ……問題が?」
残念ながら、問題しかなかった。
一番の問題はQ。
敵の手にある限り、連中はこの大破壊を何度でも起こせる。
それに唯一対抗可能な協力者である異能特務課も活動凍結された。
「……太宰さん、昔読んだ古い|書巻《ほん》にありました」
『昔、私は、自分のした事に
就いて 後悔したことは
なかった
しなかった事に
就いてのみ
何時も後悔を
感じていた』
『頭は間違うことがあっても
血は間違わない』
「──空の上で僕は、ある|発想《アイディア》を得たんです。皆からすれば論外な|発想《アイディア》かも知れない。でも僕にはそれが、僕の血と魂が示す、唯一の正解に思えてならないんです」
「どんな|着想《アイディア》だい?」
「《《協力者》》です。彼等は横浜で最も強く、誰よりもこの街を守りたがっています。|組合《ギルド》と戦う協力者としてこれ以上の組織はありません」
「その組織の名は?」
敦君の瞳は、まっすぐと私を見ていた。
「ポートマフィアです」
「……そう、か。貴女はどう思いますか?」
私が振り返ると、敦君は目を丸くして驚いていた。
「え、あ、さっきの女性は……?」
長い金髪が、いつの間にか物凄く短くなっていた。
炎のような真っ赤な瞳は、若葉のような緑になっている。
一瞬、誰なのか判らなかった。
彼女が例の|赤の女王《red queen》、ルイスさんがずっと向き合えなかった人なのだろう。
「済みません、さっきの質問はおかしかったですね。貴女はこうなることを見越していましたか?」
「さぁね。僕はただ地域を設定して、それぞれが横浜を守るために行動するように助言しただけだよ」
ルイスさんは頭脳戦で私に勝てない、と良く言っている。
でも、実際は私の方が劣っていることだろう。
私は森さんみたいに一切の私情を挟まないことはできない。
ルイスさんみたいに未来を予想して、勘で動くことはできない。
飽和チャフの|物体《オブジェ》だって、私の行動を先に予想して作っていたという。
「僕は暫く休みたいから、会合の日程とかは自分達で頑張ってね」
「はい」
でも、と私はルイスさんの手を握る。
「流石に今の状態で異能力を発動することは、おすすめしません。|異能空間《ワンダーランド》での時の流れが此処と違うとはいえ、その怪我では歩くことも出来ないでしょう?」
「……別に#アリス#が何とかしてくれるけど」
「#アリス#?」
「先程の長髪の方だよ、敦君」
詳しい説明は、また後で頼みますね。
そう伝えるとルイスさんは、少しぎこちない笑みを浮かべた。
「さぁ、探偵社へ帰ろう」
ルイスside
「はい、治療は終わりだよ」
「……今回もありがとう、与謝野さん」
僕はシャツの釦を止めながら言う。
多分、太宰君を通じて色々と聞いていることだろう。
そして僕の秘密についても、彼女は知っている。
今回の怪我は、何度か治療しないと完治しないものだった。
「本当にいいのかい?」
「戦争での傷が? それとも僕の秘密について?」
「……どっちもだよ」
少し、僕は手を止めた。
戦争の傷跡を消すことも、与謝野さんなら可能なのだろう。
でも僕は、残すことを決めている。
「この秘密については、まだ隠しておこうと思ってるよ」
「そうかい」
傷を残す為に、僕の傷は完治していない。
だから、暫くは医務室でお世話になることになっていた。
そして医務室には《《彼女》》がいる。
手術室から出ると、予想通りお茶を飲みながら迎えてくれた。
「良い顔になったのぉ、ルイス」
「君が言うならそうなんだろうね、紅葉」
「ほれ、怪我人はさっさと座るといい」
僕は紅葉の隣へと失礼することにした。
捕虜としている筈なのに、なんか楽しそうだな。
「向き合えたのじゃな」
「まぁ、一応ね」
僕は小さく欠伸をしながら答えた。
異能力の使いすぎもあるし、治療の内容が内容だ。
疲労が溜まっているのは、言うまでもなかった。
「眠った方が良いのではないのか?」
「……この先、君とゆっくり話せる機会なんてそうないだろうからね」
まだ眠りたくない。
それが今の僕の本心だった。
マフィアに戻ればいいのかもしれない。
でも、僕は人を救わないといけない。
黒く染まることは出来なかった。
「心配せんでも、|私《わっち》はお主を受け入れる。それに鴎外殿が断ると思うかぇ?」
「さぁ、どうだろうね。別に僕は森さんとの付き合いが長いわけじゃないから、全く分からないよ」
もう太宰君から伝言を頼まれているらしい。
つまり、起きた時にはもう紅葉はいないということだ。
「じゃあね、紅葉」
「……あぁ」
---
--- episode.21 |光の中で生きる道と闇の中で生きる道《A way to live in the light and a way to live in the dark》 ---
---
ルイスside
「……。」
目が覚めるとそこには、誰の姿もなかった。
紅葉はもうマフィアへ帰ったのだろう。
「さて、彼らはこれからどうするのかな」
そう呟いた声は、誰にも聞こえることなく医務室へ吸い込まれていった。
No side
「はあ~、遣る気出ない」
「朝から壊れた|喇叭《ラッパ》のような声を出すな、太宰」
「私は今ねぇ、誰かと対話する気力もないのだよ、国……なんとか君」
「不燃ゴミの日に出すぞ、貴様」
社内は慌ただしいが、太宰はだらだらソファーで寝ていた。
「あぁ……食事も面倒臭い。呼吸でお腹が膨れたらいいのに……」
「バナナの皮剥きすら面倒なら餓死してしまえ」
皮ごと食う奴がいるか、と国木田は眉をひそめる。
「お前と敦の連携で街は壊滅を免れた! その翌日に何故そうなる?」
「それがねぇ……社長から次の仕事を頼まれちゃって……」
枯木のように唯寝てたい、と太宰はへにゃへにゃになる。
枯木なら可燃ゴミの日に出さないといけないな、と国木田は可燃ゴミの火を調べ始めた。
「そういえば昨日、社長と敦が豪く話し込んでいたが──その件か?」
「そうだ」
背後から聞こえた声に、国木田の背筋が伸びた。
太宰も起き上がっている。
「太宰、マフィアの|首領《ボス》と密会の場を持つ件は進んだか」
「手は打っていますが、ルイスさんがやってくれたら|無理矢理にでも来させられた《必ず来てくれると思いますよ》」
「マフィアの|首領《ボス》は来ると思うか」
「来るでしょう。社長を殺す絶好の好機ですから」
「……構成員同士で延々血を流し合うよりは善い」
社長は、医務室へと入っていった。
「……おい、太宰説明しろ。マフィアの|首領《ボス》と……密会だと?」
「そうだよ。敦君の着想から豪く大事になったものだ。幾ら|組合《ギルド》が最大の脅威になったとはいえ……」
「待て待て待て。第一、何故お前が密会の手筈を整えている?」
「元マフィアだから。国木田君以外は皆知ってるよ?」
固まった国木田。
太宰が少し触れると、後ろへバタンと音を立てて倒れるのだった。
場所は変わり、あるビルの一階にて。
「被害総数は?」
「直轄構成員が十三。傘下組織を含めて二十人です」
ルイスさんのお陰でもありますが、と中也は帽子を取る。
「太宰の木偶がいなければ、この十倍以上は被害はもっと出ていたかと」
「|首領《ボス》として、先代に面目が立たないねぇ」
その時、ビルの出入り口である自動ドアが開いた。
森と中也が振り返ると、そこには紅葉の姿が。
「おや紅葉君!」
「太宰の奴に探偵社を追い出されましてのぅ。役立たずの捕虜を置いても世話代が嵩むからと、宿泊費代わりに伝達人の使い番まで押しつけられたわ」
袖から出した紙を差し出しながら、紅葉は笑う。
「探偵社の社長から、茶会の誘いだそうじゃ」
「……成る程、そう来たか」
「余談にはなるがのぅ、誰もがルイスの手の上で踊らされておったぞ。相変わらず、太宰と同じぐらい頭の回転が速い」
「怯えの消えた今、彼に怖いものはないだろうからね」
ルイスside
「太宰君からは何処まで聞いたの?」
「貴君の肩の荷が下りたぐらいだ。それで、少しは疲労回復したのか?」
まぁ、と僕は返しておく。
異能力の使いすぎで体への負担が尋常じゃない。
動けなくなる程ではないから、まだ限界ではないだろうけど。
「森さんは来そう?」
「私を殺す絶好のチャンスだから来る、と太宰が言っていた」
「ま、確かにそうか」
二人の間には色々あるからな。
そんなことを考えながら僕は背伸びをする。
「これからどうする|心算《つもり》だ」
密会を影から見守る、とだけ言っておいた。
「ねぇ、福沢さん。一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「……内容にもよる」
一週間以上も前から、彼に頼みたかったこと。
それにしても僕は我儘だな。
英国軍に戻り、光として生きていくことを選ばなかった。
紅葉の誘いに乗り、闇で生きていくことも選ばなかった。
僕は、手の届く範囲の大切な人を、仲間を守っていきたい。
だから──。
--- 「──僕を、探偵社の一員にしてください」 ---
福沢さんは目を見開いた。
少し前の僕が聞いても、同じ反応をしていたと思う。
「貴君は、もう組織に入らないと思っていたが……どういう心境の変化だ?」
僕は、フィッツジェラルドと戦った時の話をした。
本来なら探偵社に居て良いような人間ではない。
でも、まだ僕は人を救わないといけない。
「……否、もっと沢山の人を救いたいんだ」
「顔付きが随分と変わったな、ルイス」
「まぁ、肩の荷を下ろせたからね。罪悪感はまだ抱いてるけど」
そうか、と福沢さんは少しの間黙り込む。
流石に認められないかな。
一応、彼女のせいで英国軍に所属してることになってるし。
それなら、万事屋の再開かな。
「異能特務課には言わない方がいいか?」
「うーん、英国に僕が克服したことを言うと呼び戻されるだろうからね。やっぱり探偵社に入ることは止めておこうかな」
「正式な社員でなければ構わないだろう。貴君の万事屋に依頼したことにすれば善い」
「……今頃だけど、僕が入社すること自体はいいの?」
構わない、と福沢さんは歩き始める。
「まだ太宰達には話さない方がいいだろう。乱歩には気付かれるだろうがな」
「もう時間?」
「あぁ」
僕は腕時計で時刻を確認する。
お茶会の場所を考えるに、もう出た方が良さそうな時間だった。
僕も向かわないとな。
「無理はするなよ」
「うん。じゃあ、また後でね」
---
--- episode.22 |二つの組織の唯一の共通点《The only thing the two organizations have in common》 ---
---
No side
「ようこそ、|首領《ボス》」
四年ぶりだねぇ、と手を軽く振る森鴎外。
「私が購ってあげた|外套《コート》はまだ使っているかい?」
「もちろん、焼きました」
二人の間を静かな風が通り過ぎた。
「ポートマフィア|首領《ボス》、森鴎外殿」
「武装探偵社社長、福沢諭吉殿」
因縁の二人が向かい合う。
部下の間には緊張が走っていた。
「竟にこの時が来たな」
「探偵社とポートマフィア。横浜の二大異能組織の長がこうして密会していると知ったら、政府上層部は泡を吹くでしょうねぇ」
「単刀直入に云おう。探偵社の或る新人が、貴君らポートマフィアとの『同盟』を具申した」
ほう、と森鴎外は細めていた目を開く。
「私は反対した。非合法組織との共同戦線など、社の指針に反する。だがそれは、マフィアに何度も撃たれ斬られ拐かされた者から為された提案だ。言葉の重みが違う」
故に福沢諭吉は耳を傾けざるを得なかった。
森鴎外はお互いに苦労が絶えない立場だと、一人静かに笑う。
「結論を云う。同盟はならずとも、《《一時的な停戦》》を申し入れたい」
「……興味深い提案だ」
「理由を云う。第一に──」
「T・シェリングを読まれた事は?」
J・ナッシュにH・キッシンジャー。
森鴎外はドンドンと異国人の名を並べていく。
「孰れも戦争戦略論の研究家ですね」
昔、誰かさんに教え込まれた。
そう太宰治は呟く。
福沢諭吉はどれも聞き覚えがないが、孫子なら読むと伝える。
「国家戦争と我々のような非合法組織との戦争には、共通点があります」
--- 協定違反をしても、罰するものが居ない。 ---
「停戦の約束を突然マフィアが破ったら? 探偵社が裏切ったら? 損をするのは停戦協定を信じた方のみ。先に裏切ったほうが利益を得る状況下では、限定的停戦は成立しない」
あるとすれば完全な強調、と森鴎外が云う。
しかし、即座に太宰治が否定した。
「マフィアは面子と恩讐の組織。部下には探偵社に面目をつぶされた者も多いからねぇ」
「私の部下も何度も殺されかけているが?」
「だが死んでいない。マフィアとして恥ずべき限りだ」
ふむ、と福沢諭吉は少し考え込む。
そして脇に差した刀へと手を掛けた。
「今、此処で凡ての過去を精算する」
福沢諭吉の言葉に、森鴎外の後ろに控えていた部下は武器を構える。
しかし、一瞬にして|武器《エモノ》は破壊されていた。
森鴎外の首元には刀の先が、福沢諭吉の首元には|手術刃《メス》が当てられる。
「……刀は捨てた筈では? 孤剣士『銀狼』──福沢殿」
「|手術刃《メス》で人を殺す不敬は相変わらずだな──森|医師《せんせい》。相変わらずの幼女趣味か?」
「相変わらず猫と喋っているので?」
次の瞬間、福沢諭吉の姿が消えた。
森鴎外の数歩後ろに立っている福沢諭吉。
彼の背後の草むらには、立体映像の異能力を持った谷崎潤一郎が潜んでいる。
福沢諭吉は刃をしまった。
「楽しい会議でした。続きは孰れ、戦場で」
「今夜、探偵社は詛いの異能者“Q”の奪還に動く」
それが、と森鴎外は足を止める。
「今夜だけは邪魔をするな、互いの為に」
「何故」
「それが我々唯一の共通点だからだ──」
--- この街を愛している ---
「街に生き、街を守る組織として異国の異能者に街を焼かせる訳にはゆかぬ」
「組合が強い。探偵社には勝てません」
君達がいれば話は別だが。
そう言った森鴎外の視線は木の上を見ていた。
ルイスside
「……なんで僕を見て言うのかな」
木から降りた僕は、ため息混じりに森さんへ言った。
どうやら気付いていたのは森さんに福沢さん、あとは太宰君ぐらいだったらしい。
殆どの人が僕を見て驚いていた。
「僕に戦況を変える程の力なんてないよ」
「戦神に、赤の女王。君達が戦場に来てから英国軍は有利になっただろう?」
「他の異能者も居たよ」
多くの人は、戦場で命を落としたけど。
そうだ、と森さんはわざとらしく僕達へ話しかけてきた。
「ルイス君がマフィアに入る勧誘話と、太宰君は幹部へ戻る勧誘話は未だ生きているからね」
「真逆、抑も私をマフィアから通報したのは貴方でしょう」
「君は自らの意思で辞めたのではなかったのかね?」
「森さんは懼れたのでしょう? いつか私が|首領《ボス》の座を狙って、貴方の喉笛を掻き切るのではと」
嘗て貴方が先代にしたように、と太宰君は淡々と告げた。
そういえばあの暴君、森さんに殺されたんだっけ。
色々と問題視されていたから悪い判断ではなかったと思うけど。
「鬼は他者の裡にも鬼を見る。私も貴方と組むなど反対です」
「なんか凄い密会だったね」
はい、と彼は嘘らしい笑みを浮かべていた。
探偵社とマフィア。
どちらもヨコハマを愛しているという点は一緒、という福沢さんの発言に成程と思った。
「森さんがどう出るか、君はもう予想がついてるんでしょ?」
「……えぇ、まぁ」
密会ではあんなことを言っていたけど、《《完全な同盟を結ぶ論理解は存在する》》。
「ま、頑張りなよ。僕は関わる気ないから」
「え〜、手伝ってくださいよ〜」
「残念ながら僕は《《この街を愛しているわけじゃない》》からね。君達とは違うんだ」
それじゃあ、と僕は太宰君が向かうであろう探偵社とは真逆へ歩を進めた。
少ししたところで、彼の声が聞こえてくる。
「you love the people who live in this town.」
思わず足を止めてしまった。
「結局、ヨコハマを愛している事と変わらないと思うのは私だけですか?」
「……昔から気がつかなくて良いところに気付くよね、君」
「褒めていただき光栄です」
全く、君には敵わないな。
---
--- episode.23 双つの黒 ---
---
No side
ポートマフィア本部ビル。
ギィ、と音を立ててある部屋の扉が開く。
「兵は?」
「御指示通り配備しております、|首領《ボス》」
広津はそのまま言葉を続ける。
「私は先代|首領《ボス》の頃よりマフィアに仕えております」
「あぁ、広津さんは古株だからねぇ」
「先代の晩年頃、この街の黒社会は荒廃しておりました。病を得てより先代の命令は朝令暮改。ポートマフィアは闇雲に抗争を拡大させ、あのままでは早晩この街を滅ぼしていたでしょう」
あの時、貴方が|首領《ボス》の座を継がねば。
そう云った広津は遠い過去を思い出していた。
「……何が云いたいのかな?」
「いえ、唯──|首領《ボス》の意思は、太宰君も理解するところであったろうと」
仮に、と森は壁に染み付いた血を見る。
「当時の太宰君に|首領《ボス》の地位簒奪の意志がなかったのだとしても、私の選択は凡て論理的最適解だ。後悔などない」
「……。」
「だが、もし太宰君が今の私の右腕ならば組合ごとき……」
ふと森は、太宰の言葉を思い出した。
──鬼は他者の裡にも鬼を見る
広津さん、と森は通信機を貰う。
「探偵社にはああ云ったが《《完全な同盟を結ぶ論理解は存在する》》。同盟の本質とは『先払い』だ。相手の為に先に損を支払い、それが百倍の利となって返ってきて初めて過去の遺恨を越えた同盟が可能となる」
太宰side
「こんばんは。うちの作戦参謀は敵行動の予測が得意なもので」
「……罠か」
知ってはいたけど、やはり|組合《ギルド》の組員多いな。
ルイスさんもいないし、どうしよう。
そんなことを考えていると、岩が降ってきた。
影から現れた人影に銃が向けられるけど、当たることはない。
「はぁ」
--- 嘗て敵異能組織を一夜で滅ぼし、『双黒』と呼ばれた黒社会最悪の|二人組《コンビ》……一夜限りの復活だ ---
とか、森さん思ってるんだろうな。
「最初に云っとくがなァ」
砂埃が晴れて、チビの姿が見えた。
「この塵片したら、次は手前だからな?」
「あーあ、矢っ張りこうなった。だから朝から遣る気出なかったのだよねぇ……」
「バカな! こんな奇襲戦略予測には一言も……」
「はい、悪いけどそれ禁止」
「なっ……異能無効化!?」
にこぉ~、と笑っておく。
確か樹木を操る異能だったかな。
「あぁ、最悪だ最悪だ」
「私だって厭だよ」
ルイスside
『対組合共同戦線──反撃の狼煙だ』
「やっぱりこうなったか」
僕は通信機を片手にため息をつく。
「全く……ここ数年で最低な一日だよ」
「何で俺がこんな奴と……」
「俺の隣を歩くんじゃねぇ」
「中也が私の隣に来たんじゃあないか」
ねぇ、と僕は二人の背後に立つ。
拳が飛んできたのは少々予想外だった。
すぐに#アリス#が鏡を出してくれたから良かったけど、重力操作かけられたら流石の僕でも死んじゃう。
「ルイスさん!?」
「あれ、来てくれたんですか?」
「you love the people who live in this town.」
太宰君は瞠目する。
「そう言ったのは君だろう?」
「──はい」
早く入るよ、と僕は扉を開いた。
「いいか? 仕事じゃなきゃ一秒で手前を細切れにしてる。判ったら二米以上離れろ」
「あ、そう。お好きに」
「ほら、喧嘩しないの」
本当に子供だな。
七年前から何も変わっていない。
「太宰、『ペトリュス』って知ってるか」
「目玉が飛び出るほど高い葡萄酒」
「手前が組織から消えた夜、俺はあれの八九年ものを開けて祝った。そのくらい手前にはうんざりしてたんだ」
「それはおめでとう。そう云えば、私もあの日記念に中也の車に爆弾を仕掛けたなあ」
「あれ手前かっ!」
修理費いくらだったのかな。
そんなことを考えながら僕は地下室の扉を開いた。
因みに、僕は一番後ろをついていくことにした。
理由は簡単。
二人の間に挟まれたら面倒なことになりそう。
「ああ、気に食わねぇ。太宰の顔も態度も服も全部だ」
「私も中也の全部が嫌いだね。好きなのは中也の靴選びの感性くらいだ」
「あ……? そうか?」
「うん、勿論嘘。靴も最低だよ」
「手ッ前ェ!」
ほら、太宰君に蹴り入れてる。
「無駄だよ。君の攻撃は間合いも呼吸も把握済みだ」
「加減したんだよ、本気なら頭蓋骨が砕けてたぜ」
「そりゃおっかない。ま、中也の本気の度合いも把握済みだけど……ほら、居たよ。あれだ」
助けを待つ眠り姫様、と太宰君は言った。
ふと、脳裏によぎった光景。
あの時の自身と、Qの姿が重なる。
『大丈夫かしら』
「……大丈夫だよ、#アリス#」
『無理はしないでよ』
「木の根を切り落とさないと。中也、短刀貸して」
「あ? あぁ……ん? 確か此処に……」
「あ、さっき念のため掏っておいたんだった」
「手前……」
「さて、やるか」
太宰君はQの首にナイフを当てる。
「……止めないの?」
「首領には生きて連れ帰れと命令されてる。だがこの距離じゃ手前のほうが早ぇ」
僕も助けには入れないかな。
それに、と中也君は動くつもりはないようだった。
「その餓鬼を見てると詛いで死んだ部下達の死体袋が目の前をちらつきやがる。やれよ」
「そうかい。……じゃ、遠慮なく」
「……やっぱり君は優しいね」
「ふん……甘いの間違いでしょう。そう云う偽善臭え処も反吐が出るぜ」
太宰君は、Qへ刃を当てなかった。
どんどん木を切っていく。
「Qが生きてマフィアにいる限り、万一の安全装置である私の異能が必要だろ?マフィアは私を殺せなくなる。合理的判断だよ」
「……どうだか」
「マフィアが彼を殺すのは勝手だけどね。大損害を受けたマフィアと違って、探偵社の被害は国木田君が恥ずかしい台詞を連行しただけで済んだから」
「社員に詛いが発動したのか。その後同何した」
「勿論、録画したけど?」
「国木田君ドンマイ」
相変わらず太宰君に振り回されてそうだな、国木田君は。
「おい、クソ太宰。その人形寄越せ」
「駄ー目。万一に備えて私が預からせて貰うよ」
「あぁ、糞。昔から手前は俺の指示露程も聞きゃしねぇ。この包帯の付属品が」
「何だって? 中也みたいな帽子置き場に云われたくないね」
「この貧弱野郎!」
「ちびっこマフィア」
「社会不適合者!」
「その程度の悪口じゃ、そよ風にしか感じないねぇ」
「ぐっ……手前が泣かせた女全員に今の住所伝えるぞ」
「ふん、そんな事…………それはやめてくんないかな?」
中也君は重力操作のお陰で簡単に運べるんだろうなぁ。
まぁ、僕が|異能空間《ワンダーランド》に入れても良いんだけど。
普通に面倒だからいいか。
---
--- episode.24 |悪者の敵《villain's enemy》 ---
---
ルイスside
小屋を出ると、中也君の首に何か巻き付いた。
「さっきから妙に……肩が凝る……働きすぎか……?」
「ぬおあァッ!?」
「中也君!」
とりあえずQを|異能空間《ワンダーランド》に転移させる。
適当だけど#アリス#がどうにかしてくれるでしょ。
中也君はというと、|組合《ギルド》の異能者によって小屋に叩き付けられていた。
「むぅ、流石|組合《ギルド》の異能者。驚異的な|頑丈《タフ》さだ」
「踏むな!」
何やってんだ、この二人は。
そんなことより彼か。
「来るぞ。如何する?」
「ふっ、如何するも何も、私の異能無効化ならあんな攻撃、小指の先で撃退──」
「太宰ィ!?」
「──ッ」
僕はすぐに太宰君の後ろへと回り、緩衝材になる。
触手は中也君がどうにかしてくれた。
「重い……拳……」
「おい太宰!」
「私は大丈夫だ。それよりルイスさんが──」
ゲホッ、と僕は口元に手を添える。
ビタビタ音を立てて、血が地面を赤く染めた。
あー、骨でもヤったかな。
普通に痛い。
「太宰君、怪我はないね」
「は、はい」
なら良かった、と僕は後ろの木に手を添えながら立ち上がる。
「あの触手、異能無効化が通じてなかったね」
「莫迦な、そんなこと有り得るんですか?」
「私の無効化に例外はないよ。可能性は一つしかない。あれは異能じゃないんだ」
「はァ……!?」
正直なところ、有り得ないことではない。
人外の類いは存在する。
彼がそれかは判らないけどね。
「疲れた、眠い、腹が……減った、仕事を済ませて……早く……帰ろう」
「ルイスさんは休んでいて下さい。異能空間に避難していても構いません」
「……心配しなくても、そこまで深傷じゃない。何かあったときのサポートぐらいは出来る」
でも、暫くは休んでないとかな。
二人は懐かしの遣り方で行くらしい。
双黒を、久しぶりに見れるのは楽しみだ。
「彼を連れて……帰らなくては……」
ふと、目があった。
フィッツジェラルドに言われてるのかな、僕を連れて帰れとか。
面倒くさいなぁ、と僕はため息をついた。
「重力操作」
いつの間にか中也君が男に異能力を使っていた。
仕事が速いなぁ。
僕、サポートする必要ないじゃん。
「御見事」
「ったく……人を牧羊犬みてぇに顎で使いやがって」
「牧羊犬が居たら使うのだけど、居ないから中也で代用するしかなくてね」
「手前……」
あー、うるさい。
「手前は性根の腐敗が全身に回って死ね!」
「中也は帽子に意識を乗っ取られて死ねば?」
傷に響くな、と二人の会話を見守る。
その奥に見えた《《触手》》に、僕は驚くことしか出来なかった。
「太宰!」
太宰君の怪我していた腕が、触手によって宙を舞った。
彼自身も飛ばされ、木に打ち付けられている。
「こりゃ|本気《マジ》でどういう冗談だよ……?」
「中也君、とりあえず太宰君を……」
傷のせいか、思うように体が動かない。
『全く、無理しすぎなのよ』
「……#アリス#」
『太宰君なら心配要らないわよ。彼は賢いから怪我の身で戦場に出るにあたって先に仕込んである』
それなら、まぁ良かったかな。
血を流しすぎたのか、意識が遠退く。
「#アリス#……二人を、頼む……」
#アリス#side
「えぇ、ゆっくり休みなさい」
私はそう言って、顔をあげる。
アレ相手に残された選択肢は、それしかないわよね。
--- 汝、陰鬱なる汚濁の許容よ ---
--- 更めてわれを目覚ますことなかれ ---
「……後を頼まれたのは良いけれど、流石にあの状態の中也君は相手にしたくないわね」
中也君の『汚濁』形態は周囲の重力子を操る。
自身の質量密度を増大させ、戦車すら素手で砕くんだもの。
圧縮した重力子弾は|凡百《あらゆる》質量を呑み込む|暗黒空間《ブラックホール》。
まぁ、本人は力を制御できずに力を使い果たして死ぬまで暴れ続けるけど。
太宰君の|援護《サポート》が遅れたら中也君が死ぬ。
「──!」
その時、異形が爆発した。
何か仕込んでいたわね、太宰君。
「やっちまえ、中也」
「……倒した」
双黒が凄いことは知っていたけれど、ここまでとはね。
本当、ルイスと変わっておいて良かったわ。
敵がいなくなって、手当たり次第攻撃し始めた。
私はどうにか巻き込まれないように距離をとる。
「敵は消滅した。もう休め、中也」
「この……糞太宰……終わったら直ぐ……止めろっつうの……」
「もう少し早く止められたけど、面白くて見てた」
「ルイスさん……否、#アリス#さん巻き込んだらどうするつもりだよ」
本当だ、#アリス#さんじゃん。
そう太宰君は此方を見て手を振っていた。
「手前を信用して……『汚濁』を使ったんだ……ちゃんと俺を拠点まで……送り届けろよ……」
「任せなよ、相棒」
あ、中也君寝たわね。
「信じられない……あのラブクラフトが……」
君達は一体、と|組合《ギルド》の青年は問いかける。
太宰君は笑みを浮かべて云った。
──悪い奴らの敵さ。
「で、#アリス#さんこれからどうします? 探偵社まで背負いましょうか?」
「そうして貰えると助かるけれど、中也君どうするつもり?」
「もちろん、置いていきますよ」
太宰君は今日一番の笑みを浮かべていた。
あぁ、うん、こういう子だったわね。
とりあえず帽子と|外套《コート》を回収して、凡て|異能空間《ワンダーランド》に送っておいた。
「……今の時間迷惑じゃないかしら」
「与謝野さんなら喜んで|治療《解体》してくれると思いますよ。それに、私のせいですから」
「……別に気にしなくていい、って云うと思うわよ」
ルイスは、そういう子だから。
「太宰君、ルイスをお願いね」
ルイスside
「──!」
勢いよく起きた僕は辺りを見渡す。
ここは、《《あの場所》》じゃない。
まだ頭が起きていないのか、探偵社の医務室と理解するまで時間がかかってしまった。
「酷い顔だね」
「……乱歩」
厭な夢でも見てたんでしょ、と乱歩はラムネの瓶に入っているビー玉を揺らして遊んでいた。
僕は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「あれは夢なんかじゃないよ」
実際に起こった、最悪な現実。
なるべく思い出さないようにしてたのに、Q奪還作戦のせいかな。
眠りたいけど、今はまたあの光景を見てしまう気がする。
そう思うと、眠ることが怖い。
「莫迦だな」
「へ?」
「どうせ君のことだから罪悪感でも抱いてるんだろうけど、謝ってほしいと《《彼女》》が思ってると?」
「……調べたの?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
《《彼女》》なんて、調べていなければ出てこない単語だ。
「昔、君について調べたときに少しね。福沢さんも知ってるよ」
はぁ、と僕は頭を抱えた。
知られているから、福沢さんは予想より対応が良かったのか。
そして、乱歩も事前に色々とやっていたな。
「君、結構なお人好しだね」
「それ君が言う?」
僕は少し天井を見る。
多分、彼女は僕に謝ってほしいと思っていない。
前を向いて歩いてほしいと思っている筈だ。
言い方は悪いけど、僕は死者に縛られ過ぎていたんだな。
彼女達の時は、止まっているというのに。
「……乱歩」
「ん?」
「ありがとう」
少し目を開いてから、乱歩は満面の笑みを浮かべた。
「どういたしまして。お礼は駄菓子とラムネで良いよ」
---
--- episode.25 |チョコレートと作戦会議《Chocolate and strategy meeting》 ---
---
ルイスside
「乱歩、駄菓子とラムネ買ってきたよ」
「わーい!」
子供か、と僕は袋を渡す。
会議室にいると言われてやってきたけど、机に沢山の資料が広げられている。
「……|白鯨《モビー・ディック》にでも乗り込むつもり?」
「うん。今は太宰が色々と動いてる」
彼も光に染まってきたな。
そんなことを考えながら僕は乱歩の向かいに腰を下ろす。
現在の状況を整理しよう。
探偵社とポートマフィアは停戦中だ。
邪魔をしてくることはないと考えられるけど、警戒しないわけにはいかない。
一番の問題は鏡花ちゃんかな。
マフィアにお世話になっていた時に聞いた話では、軍警に囚われている。
多分だけど彼女は探偵社員じゃない。
僕も巻き込まれた、敦君の時のような入社試験を通過していないのだ。
「……ルイスも入社試験受けるの?」
「僕は福沢さんから依頼を受け、探偵社にいることになる。だから無いんじゃないかな」
「ふーん……」
僕は入社試験──裏審査の内容を知っている。
だから《《意味がない》》。
やっぱり僕は探偵社に入らない方がいいんじゃないだろうか。
そんな考えが、ふと頭によぎった。
「駄目だよ」
ビクッ、と肩を上げる。
乱歩の方を見ると、チョコレートを投げつけられた。
「そうやってすぐに諦めるのは、駄目だよ」
乱歩の目は、まっすぐ僕を見ていた。
あぁ、と僕は少し諦める。
乱歩には全部見抜かれてしまうから、自分を誤魔化そうとしても意味がない。
本心を見事に当てられてしまうのだ。
「心配しなくても、こればかりは何があっても諦められないよ」
「……それ食べて、色々頑張ってね」
「単独潜入……ですか?」
「そう」
数時間後。
何故か、僕はまだ探偵社の会議室にいた。
「手に入った情報に依ると、|組合《ギルド》は地上での総攻撃を計画中らしい」
その隙を突いて、手薄な|白鯨《モビー・ディック》に潜入して|管制《コントロール》を奪う。
この、なかなか大変な作戦を敦君が単独で行うらしい。
大変そうだなぁ、と僕は他人事のように思う。
「単独潜入となると人選は不足の事態にも対応可能な戦闘系異能者が望ましい。ま、早い話探偵社の中で敦君が一番逃げ足が疾いからね」
「……。」
「それに敦君は|白鯨《モビー・ディック》の中に捕らえられて土地勘がある。加えて、最悪失敗しても君なら殺されず捕らえられるだけの可能性が高い」
まぁ、敦君以上の適任はいないよね。
「やってくれるかい?」
「太宰さん、やります」
「そう言ってくれると思ったよ。因みに敦君が断ったらルイスさんに行かせてたから」
「は?」
ニコニコと太宰君は笑みを浮かべていた。
なに普通に僕に行かせようとしてるんだか。
でも、少し気になるところがある。
敦君が会議室を出てから、少し経った。
「荷が重いんじゃないかな」
太宰君が資料を整理していた手を止めた。
「探偵社に来る前、|組合員《ギルドメンバー》が横浜を離れたのを見たよ。多分、総攻撃は横浜が消えてからだろうね」
「……。」
「|白鯨《モビー・ディック》が落下すれば、詛いで傷ついたこの街は完全に破壊される。随分と《《捜し物》》が楽になりそうだね」
ははっ、と僕は笑う。
これは予想でしかない。
でも、もし本当にそうなる場合は一人で|白鯨《モビー・ディック》の落下を阻止しなければならない。
「どうするつもりなの?」
「……ルイスさんなら予想がついてるんじゃないですか?」
質問返しは、あまり好きじゃないんだけど。
そんなことを思いながら僕はため息をついた。
「それじゃ、行ってくるよ」
目の前に置かれていた資料を手に取り、僕は会議室を出た。
最後に見えたのは、ヒラヒラと手を振って笑う太宰君。
僕よりも何倍も頭が回るからな、と相変わらずの天才的頭脳に尊敬した。
「……さて、と」
そう僕は携帯を取り出して通話履歴を見る。
意外と最近連絡をとった筈だから、そこまで遡る必要はないと思うけど──。
「やぁ、今時間ある?」
ある路地裏にて。
「──と言うことで、探偵社は|白鯨《モビー・ディック》に潜入するから」
ふわぁ、と僕は欠伸をしながら説明を終えた。
向かいで煙草を吸っている彼は、今のところ何も喋っていない。
「この情報を樋口さんに漏らして欲しいんだけど、頼める?」
「構わない。それにしても、探偵社からのお使いを今度は君がするとはな」
「あの空中要塞に乗り込むよりは何倍もいいよ」
そうか、と彼は立ち去ろうとする。
「もう行っちゃうの、広津さん」
「あまり長く抜けるわけにもいかないからな」
ポートマフィア屈指の武装集団。
何かあった時にすぐ動けないとか。
そんな風に自分の中で納得して、僕は時計で時刻を確認した。
もう作戦は始まっているかな。
「ルイス」
「ん?」
「あまり無理をしないようにな」
僕は笑って誤魔化しておくことにした。
---
--- episode.26 |海に沈む白鯨《Moby dick sinking in the sea》 ---
---
No side
マフィアへのお使いが終わり、ルイスは改めて資料を読み直す。
ため息をつきながら、乱歩に貰ったチョコレートを口に投げ入れる。
「……甘い」
ルイスside
さて、本気で考え始めるか。
まずは芥川君が|白鯨《モビー・ディック》に乗れなかった場合だな。
敦君が一人であの成金に勝てるとは思えない。
その場合は僕が助けに行かないとか。
次にフィッツジェラルドに敦君と芥川君の二人が敗北した場合。
敦君はまだ良いけど、芥川君は殺される可能性がある。
どうにか救助してから、|白鯨《モビー・ディック》を停止させる。
落下停止が間に合わなかった場合は、鏡花ちゃんの乗っている輸送機をぶつけるしかない。
本人が動かなければ、探偵社の入社試験を突破できない。
だから、なるべく関わりたくないけど入社試験を突破して夜叉と共に脱出したとしても、天空に放り出されることになる。
普通に寒いし、何事もなければ鏡花ちゃんの保護だけで済みそうかな。
『こうして考えると、見事に太宰君の掌で踊らされているわね』
「……#アリス#」
ぷかぷかと宙に浮かぶ鏡。
そこには#アリス#が映っている。
最近思ったけど、これもう鏡じゃなくて通信機じゃん。
『いつでも送れる準備はしておくけど、鏡花ちゃんのところは無いわよ』
鏡、と#アリス#はまだ探してくれているようだった。
どんな小さなものでも、鏡があれば移動することができる。
逆に|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》では鏡の無い場所にはいけない。
「太宰君に頼んで鏡をつくって貰うようにしてるけど、間に合うかな」
『ダメだったら地上から対応するしかないわよ。一番大変な方法だけどね』
「……着信」
僕は相手を見ずに電話に出た。
誰が掛けてきたのか、なんて見なくても判る。
『ちゃんと芥川君が|白鯨《モビー・ディック》に来ました。鏡花ちゃんの説得が一番大変そうです』
「冗談を云えるぐらいの余裕はあるんだね」
『……ルイスさん、敦君達はフィッツジェラルドに勝てると思いますか?』
ふと、太宰君がそんなことを聞いてきた。
僕は思わず笑ってしまう。
「君の予想を超えるものなんて、そう無いでしょうに」
いつでも助けに行けるように準備をしておきながら、僕は空を見上げた。
ステルス機能があるとはいえ、陽の傾きのお陰か大体の場所は判る。
このまま上手く行くと良いけど。
そんなことを考えていたら、ふと視界の隅で鼠が走っていった。
少し考え込んで、僕はその考えをかき消すように首を振った。
流石に《《彼》》がこの街に来ているわけがない。
『それでは、現場はお願いしますね』
「……任せてよ」
異能空間にやってきた僕は、#アリス#と共に鏡でそれぞれの状況を確認していた。
そして、ひとつ判ったことがある。
多分、太宰君は僕のことを万が一のための|手札《カード》にしていたのだろう。
敦君も芥川君も、何一つ心配いらなかった。
別に彼らの親と云うわけではないのに、成長が嬉しく感じる。
初対面とか最悪だったからな。
「どうするの?」
「何が」
「鏡花ちゃんの所に鏡は出来た。でも、まだ助けには行かないのでしょう?」
まぁ、と僕はあらゆる鏡を見る。
夜叉白雪がどこまで出来るかによるんだよな。
はるか上空から地上まで連れてこれるのだろうか。
「あくまで僕は|補助《サポート》だからね。関わりすぎると《《彼女》》が動きかねない」
もう動いているだろうけど。
「……あら、フィッツジェラルドは倒せたわね」
「ちゃんと制御端末も回収してる。こういうところは似なくて良いのにね、太宰君に」
「あー、太宰君も手癖悪かったわね」
その時、敦君と芥川君の表情が歪んだ。
僕は即座に電話をかける。
「……芥川君」
『ルイスさん!?』
「君達の戦いは見させて貰った。状況は?」
『制御端末で上昇の指示を出しましたが、降下を再開。現在は操舵室へ向かっています』
なるほど、ね。
何者かがハッキングして遠隔操作したか。
ちゃんと制御端末は回収したらしいし、逆探知するか。
「その必要は無さそうよ」
「……あぁ」
何だ、と僕は#アリス#が持ってきた一枚の鏡を見て笑う。
詳しい場所までは判らない。
でも、どうせ地下にいるのだろう。
『駄目だ、こっちの操作も受け付けない!』
「……ハーマン、詳細は判る?」
『外部から何者かが侵入し、機関部制御を奪っておる』
僕は指を鳴らして、あるものを手元に呼び寄せる。
「芥川君、一度スマホを機械に繋げて。無理矢理にでも引き上げれないか試してみる」
芥川君のスマホからの情報をパソコンに移動するようにして、解像を始める。
僕の技術では、確実に引き上げることは出来ないだろう。
でも、探知はギリギリ可能だ。
すぐに場所を移動するだろうから意味がないかもだけど、やってみる価値はある。
「#アリス#、続きは──」
「えぇ、任せてちょうだい」
バトンタッチして、状況の把握を進める。
どうやら鏡花ちゃんのいる輸送機に|白鯨《モビー・ディック》の会話を流したらしい。
輸送機をぶつけることで、海へと落とそうとしているようだった。
「……。」
僕は誰も居なくなった白鯨の操舵室にやってきた。
鏡から出ると、もう輸送機が当たる直前。
#アリス#に鏡を出してもらって、外へ出る。
白鯨から離れていくパラシュートが三つ。
そして、輸送機から離れる影がひとつ。
「……ぇ」
「随分驚いているね。君のそんな顔は始めてみたかもしれない」
ニコニコと笑う僕に対して、困惑の表情の鏡花ちゃん。
とりあえず夜叉に抱えられたままというのはあれだから、大きな鏡の上に二人で乗る。
「いやぁ、それにしても凄いね。まさか入社試験に合格できるとは」
「……ルイスさんはどうしてここに?」
「君達のサポートのため。そして今は、制御が効くようになった夜叉白雪が地上まで君を運ぶのは大変かと思って助けに来た」
「……やっぱりルイスさんは凄い人」
凄い人、か。
それは敦君たちのように命を懸けてこの街を守ろうとするような人のことだろう。
僕は全く当てはまらない。
「さて、そろそろ行こう。僕は邪魔だろうから先に失礼させて貰うよ」
そうして、僕は鏡花ちゃんを地上まで下ろしてあげた。
太宰君達には会わない。
僕は探偵社員じゃないから、彼らの輪にいてはいけない。
それに、《《彼》》についても気になることがある。
『残念だけど、全く駄目だったわよ』
「……流石に対策してるか」
『もう何ラウンドかやってみる?』
「いや、いいよ。今はゆっくりと休もう」
この街は新双黒のお陰で|組合《ギルド》の手から守られたのだから。
---
--- episode.27 |戦いの終わり《the end of the battle》 ---
---
No side
|異能空間《ワンダーランド》内でもワンダー要素が強いぬいぐるみのエリア。
そこでルイス・キャロルはというと──。
「もうむりぃぼくはぬいぐるみにおぼれてしぬんだぁ」
ぬいぐるみの山に埋もれていた。
ルイスside
「……何がどうしてこうなったのよ」
そんな声が聞こえて、僕はぬいぐるみの山から顔を出す。
#アリス#が何やってんだ此奴という顔で此方を見ている。
「フィッツジェラルドから逃げるようにヨコハマにやってきて、なんか疲れたんだよね」
|組合《ギルド》はもう壊滅してやることないし、やる気もない。
ずっとドタバタしていた反動でこんなことになっていた。
出来ることなら、もう一歩も動きたくない。
そんなことを考えていると、携帯電話が鳴った。
この着信音はプライベートか。
ぬいぐるみの山から出て、仕方ないから電話に出ることにした。
「もしもし?」
「急に済まない。新人の歓迎会をするのだが貴君も来るか?」
新人というのは鏡花ちゃんのことだろう。
無事に入社試験を突破できて良かった、というのが僕の正直な感想。
「僕、今すっごく動きたくないんだよね」
「では来ないか?」
「いや、行くよ。ちゃんとお祝いしてあげないとね」
ということでやってきました、武装探偵社。
「の前に、やってきました。名前知らない公園」
白鯨が海に浮かび、多くの野次馬が集まっている。
何も知らない一般人は呑気だね。
まぁ、魔都と呼ばれる街だ。
この地に住む人達は多少の慣れがあるんだろう。
「お、見つけた」
「……ルイスさん?」
久しぶりだねぇ、と僕は手を振る。
そしてベンチへと腰を掛けた。
「いつから此方にいらしていたんですか?」
「あれ、太宰君から何も聞いていない感じか」
「……成程。結構前から横浜にいらしていたんですね」
はぁ、と安吾君はため息をついていた。
僕がマフィアに仕事で行っていた後の一件で彼は特務課へと戻った。
太宰君とあまり仲が良くないのは知っていたけど、僕のことを話していなかったとは。
「ルイスさんも今回の一件に関わられていますか?」
「さぁ、どうだろうね」
「関わっていただろ、ルイス」
「メルヴィル!」
何で言っちゃうのかな。
僕、なるべく政府機関とは関わりたくないのに。
「勝手に隣に座ってきたのが悪い」
「……ごめんて」
「異能戦争は無事終結しましたが、僕達の仕事はここからが本番です。この大騒ぎの後始末……家で寝られるのは何日後やら」
頑張れ公務員。
「仕事を手伝ってもらう依頼してもいいですか?」
「現在万事屋は休業中です」
悪いね、と僕は笑う。
特務課で仕事なんかしてたら|英国《イギリス》に戻されかねない。
それを知っているのに依頼しようとする安吾の冗談は怖いな。
「僕はこの辺で失礼するね。メルヴィルに挨拶したかっただけだし」
「後で情報提供だけお願いします」
「ま、それぐらいなら良いよ。また連絡して」
そう言い残して、僕は鏡で移動するのだった。
「──ごめん、少し遅れた」
「大丈夫だ。まだ新人は来ていない」
そっか、と僕は部屋を見渡す。
よく飾り付けされてるな。
料理も豪華だし、種類が多い。
ちゃんと鏡花ちゃんの好きな湯豆腐も用意されている。
「ほら、ルイスもこれ持って!」
乱歩がクラッカーを渡してきた。
そして、カウントダウンを始める。
超人的なその頭脳で、鏡花ちゃんがやってくるタイミングも分かっているのだろう。
「3、2、1、」
--- 「鏡花ちゃん、入社お目出度う!」 ---
それぞれ好きな飲み物を持って乾杯をした。
全員、とても楽しそうだ。
「で、君はどうしてそんな眉をひそめてるの」
「いや、その、ルイスさんに相談すべきことでは……」
「良いから話してみなさい」
渋々、国木田君は話し始めた。
今回の歓迎会、結構金額がヤバいらしい。
計算し終わった電卓を見て、僕は少し考える。
「これ、予算の何倍?」
「……5です」
仕方ないなぁ、と僕は小切手を出す。
確か、数年前にマフィアの手伝いをしていた時の報酬が残ってるはず。
僕は今回かかった金額を書いて国木田君に渡した。
パリン、と音を立てて眼鏡が割れる。
「僕、何も手伝いできてなかったから支払うよ。これからもお世話になるしね」
それじゃ、と僕はその場を後にした。
少しして落ち着いてきた鏡花ちゃんに祝いの言葉と兎のぬいぐるみをプレゼントした。
喜んでくれたし、準備して良かったな。
それから少しの間食事をしていると、扉が開いた。
「乱歩君……? 電話で頼まれた新作小説を持ってきたのであるが……」
「あぁ、君、こっちこっち!」
あれは確か、組合の──。
まぁ、乱歩が呼んだなら特に気にしなくて良いか。
「乱歩君……これは何かの拷問であるか……?」
「心配しなくても、乱歩がそういう人間なだけだよ」
「い、戦神!? 何でこんなところに!?」
放置されているのが見ていられず、思わず声をかけてしまった。
にしてもその呼び名、久しぶりに聞いたな。
探偵社ではそう呼ぶ人いない。
「あ、その名は嫌いであったな……申し訳ない……」
「……いや、気にしなくて良いよ。それより飲み物とかいらない? 僕取ってくるよ」
「え、あ、じゃあ我輩っぽいものを……いや、そこに……こういう時って何を飲んだら……?」
「とりあえずジュースもらってくるね」
外国人同士ということで、意外と話は合った。
本を読むのが好きなことを話したら、推理小説の話に。
ポー君の小説も読んでみたかったけど時間なので僕は帰ることにした。
彼が呼んでいるから行ってあげることにしよう。
静かな建物に響き渡る足音。
僕は彼らの真ん中で足を止めた。
「変な絵だねぇ」
「絵画を理解するには齢の助けが要る」
「これぐらいなら君にも描けそうじゃない?」
「そうですね。かというルイスさんも絵は描けるでしょう?l
「君達は凡そ何でも熟すだろう」
そうかな、と僕はちゃんと絵を見ていた。
「君が幹部執務室の壁に描いた自画像を覚えているかね?」
「あぁ。|首領《ボス》の処のエリスちゃんが、敵の呪いの異能と勘違いして大騒ぎ」
僕がいなくなってからも、マフィアは楽しそうだな。
どちらかと言うと、飽きなさそうだ。
「ルイスさん、広津さん。例の件は助かったよ」
「僕は白鯨侵入作戦について話しただけだよ」
「私も樋口君に漏らしただけだが」
「彼女が知れば芥川君に伝わる。芥川君が知れば必ず単身で乗り込んでくる」
予想通りだ、と太宰君は笑う。
敦君と芥川君を引き合わせる理由。
「……新しい時代の双黒、ね」
「間も無く来る“本当の災厄”に備えるためには必要でしょう?」
「魔人君は動き始めてるからね」
白鯨の落下は失敗。
でも流れ的に、半分近くの資金は持っていかれてるんじゃないかな。
流石、としか言いようがない。
---
--- オマケ ---
---
No side
「|白鯨《モビー・ディック》の墜落には失敗しましたか。ですが、ほぼ計画通りです。組合に内乱を誘発させ、その隙に資産の四割を簒奪」
カタカタとキーボードの音が地下室に響き渡った。
「また横浜を傷つけ敵を弱体化させ、有能な異能者の|勧誘《スカウト》にも成功しましたから」
「私は|勧誘《スカウト》されたつもりはない。意識不明のミッチェルを治す条件で、一時的に手を貸しているだけです」
「結構です、牧師殿」
組合の牧師──ナサニエル・ホーソーンに答えながら爪を噛むフョードル・ドストエフスキー。
パソコンの画面には鼠が映っている。
ドストエフスキーはホーソーンへ視線を向けながら笑った。
「共にこの地を罪深き者の血で染めましょう」
--- ──より良き世界の為に ---
ホーソーンが退室し、ドストエフスキーはパソコンの画面へと視線を戻す。
鼠から、ある異能者の情報へと画面が切り替わる。
「……さて」
この後の動きを口に出して確認しながら、ドストエフスキーは暗くなった画面を見つめる。
相変わらず爪は噛んでいた。
少しして、ドストエフスキーは静かに立ち上がった。
「──これはこれは、初めまして」
《《ソレ》》を見ながら彼は微笑む。
「そういえばコレは片付け忘れていましたね」
『わざとでしょう、魔人フョードル』
ニコニコとドストエフスキーは笑う。
先程まで退屈そうな顔をしていたのが嘘のようだった。
『何をするつもりかしら。あの子を傷つけるようなことなら、その喉笛を掻き切るわよ』
「貴女と向き合えた彼が傷つくことなど、そうないでしょう」
『さぁ、どうかしらね。貴方はあの子の何を知ってるの?』
そうですね、とドストエフスキーは少し悩む素振りをする。
「貴女よりは知りませんよ。それより#アリス#さん、僕に手を貸しては──」
言い終わるよりも前に、鏡から#アリス#の姿は消えていた。
そして、鏡が割れて地面に破片が散らばる。
片付けるかどうか少し迷ったドストエフスキー。
部下に任せることにした彼は、地下室から出るのだった。
この度は「英国出身の迷ヰ犬」の総集編である「Chapter.2 三社鼎立」を読んでくださり、誠にありがとうございます。
作者の海嘯です。
まとめ読み機能が入った、ということで総集編を作るか悩みました。
しかし、前回のようにオマケを付けたかったので書くことにしました。
来週からいよいよ『DEAD APPLE』が始まります。
ルイスくんがどこで何をするかは秘密です。
それでは、次回の「英国出身の迷ヰ犬」もお楽しみに。
Chapter.2 次回予告
はい、Chapter.2(episode.11~27まで)の次回予告をまとめただけです。
11.ルイス
12.谷崎潤一郎
13.ルーシー
14.尾崎紅葉
15.芥川龍之介
16.夢野久作
17.フィッツジェラルド
27.特になし
次回予告。
僕はルイス、ルイス•キャロルだ。
この選択が間違いではなかったと願いたいね。
それにしてもポートマフィア首領は観察力も高いらしい。
何に恐れているか、か。
まぁ、彼は知らなくて当然だろう。
そろそろ次回予告でもしようか。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.12 少年と組合
次回もお楽しみに。
……え、次回いよいよ彼が来るって?
---
次回予告。
武装探偵社の谷崎潤一郎です。
ナオミが閉じ込められているなら、助けないと。
警戒していた。
なのに気づけば僕は捕まっている。
驚きすぎて、声も出なかった。
ルイスさんと敦君の姿が、遠くなっていく。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.13 少年と元孤児
来週もお楽しみに。
……先輩なのに、先に捕まって申し訳ないな。
---
次回予告。
……私の名前はルーシー•M•モンゴメリよ。
あの人達に負けて、もう利用価値がなくなってしまったわ。
汚れた紙ナプキンみたいに捨てられるのは嫌だ。
でも、敵に異能力がバレた私に利用価値なんてない。
それにしてもルイス•キャロルって殿方、ただの元軍人じゃなかったの?
あんな瞳、鏡越しで見てきた私なんかよりも──。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.14 少年と光で焼かれた女
次回も観たらいいんじゃないかしら。
私は、とりあえずあの人の処へ向かわないとね。
---
次回予告。
ポートマフィア五大幹部が一人、尾崎紅葉じゃ。
ルイスが来てくれないのは少し寂しいのぉ。
じゃが、仕方がない。
彼奴は闇の世界にいるべき人間じゃないのじゃから。
組合から守ったが、鏡花は無事じゃろうか。
おっと、予告をしないといけないのぉ。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.15 少年と三つの組織
次回もお楽しみに。
それじゃあ、私はどうしたものかのぉ……。
---
次回予告。
僕は芥川。ポートマフィアの狗だ。
まさかあのような処で彼の人に会うとは思っていなかった。
人虎の件で会った時にも思ったが、彼の人は変わった。
太宰さんはもちろん、ルイスさんも僕にとっては大切な師だ。
首領曰く、元マフィアで何度か勧誘しているが毎回断られている。
彼の人が加入してくれれば、僕達も恩を返しやすいが━━。
次回、英国出身の迷ヰ犬。
episode.16 少年と呼吸する災い
次回も見なければ羅生門がお前らを喰らう。
潮風が胸に毒だ、手早く済ませよう。
---
次回予告。
僕の名前は夢野久作。皆からはQって呼ばれてるよ。
それにしても、太宰さんの新しいお友達はずいぶん壊れやすかったな。
多分だけど、あの金髪の人の狂気はもっと──。
……ふふふっ、早く見てみたいな。
え、次回予告しないと駄目なの?
次回、英国出身の迷ヰ犬
episode.17 少年と少女
次回も見てね☆
そういえば僕って少年なのかな?少女なのかな?
---
次回予告。
俺はフィッツジェラルドだ。
ネタがないらしく、作者からのメッセージを読まされることになった。
どうやら、次回予告を俺達にやらせるのはどうか君達に聞きたいらしい。
何となく続けているけど、口調掴めない人が多くて難しくなってきたとか。
まぁ、主要メンバーを先に使いきった作者が悪い。
ルイスくんに頼むか、作者がやるのか。
このまま様々なキャラクターが良かったら、そのようにファンレターで書いてくれると助かるらしい。
おっと、少し話しすぎたな。
そろそろ次回予告をすることにしよう。
次回、英国出身の迷ヰ犬
episode.18 赤の女王は妖しく笑う。
まぁ、分かったかもしれないが少しサブタイトルの書き方を変えるらしい。
少年と、だと上手く書けなくなってきたらしくてな。
六月になったし、変えるには丁度いいだろう。
俺はどちらでも良いと思うが。
それじゃ、次回も見てくれ。
---
組合戦が終わり、迷ヰ犬の行く先に待つものは──。
ヨコハマを包み込む濃い霧。
そして、自身に刃向かう異能の姿。
英国出身の迷ヰ犬(DEAD APPLE)
──2023/08/25始動
途中で諦めたよな、次回予告。
Chapter.3から頑張る──とは約束できない。
でも、出来たら頑張りたいですよね。
これを書くのにChapter.1を見直したんですけど、あった方が面白い。
タイトルも戻すかな…どうしよ…
それでは、またお会いしましょう!
Extra edition.1 55minutes
注意。
この小説は文豪ストレイドッグスの二次創作です。
オリジナルキャラクター(ルイス・キャロル、アリス)が登場します。
タイトルからも判るよう、小説版文豪ストレイドッグス第四弾「55minutes」のネタバレを含みます。
所々省略している部分があるためおかしな部分がございます。
というか、書きながら「何だこれ」と海嘯が思う展開になっています。
特に本編ラストが意味不明だと思います。
ご了承ください。
以上のことが大丈夫な方は、
どうぞ、迷ヰ犬達の夏をお楽しみください。
--- 2023/08/21投稿「予告」 ---
---
No side
その日、横浜は消滅した。
行政区画の青いビル達が、炙られた砂糖のように溶け落ちた。
沿岸の化学コンビナートが、太陽のような高熱でまたたく間に蒸発した。
舗装道路の上に行儀よく並んだ自動車の群れが、まるで気まぐれな神様から突然存在する許可を取り上げられたかのように、灰色の陽炎となって中の人間もろとも消えうせた。
窓から外の青い空を眺めていた少年も。
手を繋ぎあって海辺の公園を歩いていた恋人達も。
地下室で悪事の計画を立てていた犯罪者達も。
何もかもが突然、何の予告も忠告もなく、自分達が消えるのだという恐怖さえ与えられることなく──ある瞬間さっと消滅した。
奇術師が見せる手品のように。
手品と違うのは、消滅した半径35|粁《キロメートル》の大地と、そこに含まれる四百万人近い人間が、奇術師の思わせぶりなウインクとともに姿を表す──などということはなく、そして今後二度と元に戻ることはないということだった。
横浜の沖合を爆心地として、高熱はほとんど何も残さず、あらゆるものを持ち去っていってしまった。
決して帰ってくることのできない遠いどこかへ、永久に。
かろうじて後に残されたのは、グツグツと煮える赤い液状大地と、死者の魂のようにゆらめく陽炎と、そして宇宙まで突き抜けているかのように深く青い、夏の晴れた空だけ。
そこは奇妙に静かだった。
寂しさすら漂っていた。
その上を、鮮やかに白い夏の積雲だけが、消滅した巨大都市になど興味ないという風に、のんびり空を泳いでいた。
──夏である。
消滅劇のはじめを告げる|開始点《ゼロアワー》は、それから僅か──
──55分前。
---
--- 2023/08/22投稿「55minutes」 ---
---
No side
横浜消滅の55分前。
ルイス・キャロルは海の上にいた。
双胴型の高速艇が白い飛沫を散らしながら波を切り裂いていく。
ルイスは高速艇の舳先に立って、飛沫まじりの風を全身に浴びていた。
空は青く、海はどこまでも続いている。
日差しは暑く、飛沫は冷たい。
誰が見ても“何かいいことがありそう”と思わせる快晴の日和だった。
敦「あ、ここにいらしたんですね」
そうルイスに話しかけてきたのは中島敦。
敦も舳先で風を受けに来たのだった。
ルイス「あまり船には乗らないからか、凄く気持ちいいなぁ……」
敦「僕なんか船に乗ったの芥川と戦った時以来ですかね。そもそも乗る機会なんてありませんから」
そんなことを話していると、後ろの船室からルイス達を呼ぶ声が聞こえてきた。
???「おい敦! あとルイスさん! そんな舳先に立って、海に転げ落ちても知りませんよ!」
敦「国木田さん、僕こんなに速い船に乗ったの初めてです! 気持ちいいですね! 速いし、良い天気です!」
国木田、と呼ばれた眼鏡の青年が、船室のドアから出した顔をしかめた。
国木田「天気も速度も、見れば判る」
そう云って国木田は懐から手帳を開いた。
国木田「本日の気象状況は降水確率0%だ。風速は南の風のち南東の風で、波の高さは1|米《メートル》のち1.5 |米《メートル》。それから──」
ルイス「相変わらずその手帳には何でも書いてあるねぇ……」
国木田「俺の手帳には万象の予定が書き込まれてます。何事も手帳の予想通りになるのは善いことだ。一度天気予報が外れて気象庁に乗り込んだことがありますが」
表情を変えずに物騒なことを云った国木田は、手帳を閉じながらルイス達を見た。
国木田「そんなことより船室に入ってください。特に小僧、この船に乗っているのは遠足ではないぞ。仕事の打ち合わせをする」
敦「あ、はい、了解です」
敦は素直に舳先から飛び降りた。
それにルイスも着いていく。
空の上で、船を追って飛んでいるウミネコがミャウミャウと鳴いた。
ルイスside
国木田君と敦君の背中を追って船室に入る。
冷房で冷やされた空気が、優しく頬を撫でた。
船室の中は十畳ほどの待合室だ。
壁には地図、救命胴衣、乗組員の集合写真が飾られている。
部屋の中央には会議にも使えそうな長机があって、周りを長椅子がぐるりと囲んでいた。
国木田「見ろ、すでに探偵社の調査員が全員集まって、お前を待っている」
敦「待って……、いる……?」
室内を手で指し示した国木田君に対し、僕達は室内のメンバーを見渡した。
先ほど説明した長椅子に座っている人物は四名。
僕は(多分敦君も)思った。
これは待っていると云うんだろうか。
谷崎「うーん、うぐぼえー、きもちわるい……なんで船っていうものは揺れるンだろうナオミ……? ああ、世界が揺れる……消化器官も揺れる……こみあげるこの想いにボクはうぐぶぼえええ」
ナオミ「あああ兄様かわいそうな兄様、いくら吐いてもナオミが看病してあげますからね、だからどんどん吐いちゃってくださいませ、うふふふっ」
普通にこの兄妹は怖い。
席の一番奥でぐったり伸びている少年──谷崎君は金盥に頭を突っ込み、青い顔で何やらうわごとをつぶやいている。
それを甲斐甲斐しく看病している妹のナオミちゃんは、何故か恍惚とした悦びの表情を浮かべていた。
ナオミちゃんは谷崎君が困るほど嬉しそうな顔をするが、未だに理由はわからない。
そんな二人の隣には──。
与謝野「この写真はイマイチだねェ、下顎骨裂傷がキレイに写ってない。おやこっちは上物だ、散弾が小腸と膵臓と脾臓をばっさりえぐり出して……吹っ飛ばされた仙骨までくっきりだ。じゃ、これは拡大して探偵社の壁に貼る奴、と」
一体何を貼ろうとしているんだ。
机上に現像された写真を並べて丁寧に選別しているのは、探偵社の専属医の与謝野さん。
置かれた写真に写っているのはどれも凄惨な殺人現場の遺体ばかり。
体がねじ切れているもの、首が取れかけているもの、骨が飛び出しているもの──何十枚もの写真を並べ替えたり顔を近づけたりしながら、時々嬉しそうなため息をついている。
その隣には──。
賢治「んむぅ、むにゃむにゃ……モー子、きみはなんて素敵な牛なんだろう……見てよし撫でてよし食べてよし……むにゃ」
え、食べてよしって云ったよね。
倖せそうな笑みで寝こけているのは、最年少調査員の賢治君。
寝起きの凶悪さは黒社会の人間が逃げ出す程らしく、探偵社には寝ている彼を無理矢理起こす人間は、誰にいない。
僕達は室内の探偵社を端から順に見た。
そのあと逆側からもう一度順に見直した。
それから国木田君のほうを見た。
敦「……待っている……?」
国木田君は小さく顔をひきつらせた。
国木田「その、あれだ。待ち方は人それそれだ」
敦「太宰さんに至っては居すらしない様子ですが……太宰さんはどちらに?」
国木田「あの阿呆助か」
ルイス「彼なら集合場所の港で敦君が来る前に『泳いで行くよぅ〜』と云って海に飛び込んだよ。普通に異能力じゃ助けられないし、国木田君に関しては──」
国木田「助け出すのも面倒で放置して出港した。今ごろ海中で鮫に食事を提供している頃だろう」
本当に太宰君はどうしようもないな。
行動が奇矯で、次に何をするか誰にも読めない。
まぁ、“趣味は自殺”と公言している時点で意味不明なんだけど。
国木田君は太宰君を真人間にしようと苦闘しているけど、その努力が実る日が来ることはないと思う。
武装探偵社は横浜に居を構える異能者集団。
市民のみならず、政府機関からの信用も厚いけど──。
国木田「これより会議をはじめる。全員注目!」
国木田君が叫んだ。
しかし、誰も反応しない。
谷崎君はうなされているし、与謝野さんは写真の選定に夢中だし、賢治君は寝ているし、ナオミちゃんは兄以外に興味がない。
まぁ、そうなるよね。
個性的で個人主義の探偵社員は中々制御が難しい。
基本的には個人あるいは二人一組で仕事をする。
でも今回みたいに集団で仕事にかかる場合は音頭を取る人間──大抵は国木田君──が苦労を背負っていた。
国木田「全員注目!」
国木田君の声がもう一度、むなしく部屋の壁に吸い込まれた。
敦君はそわそわしながら国木田君の方を見ている。
国木田君は全員注目、の|姿勢《ポーズ》で固まったまま微動だにしない。
社員も誰も反応しない。
敦「そ……それで国木田さん、会議っていうのは、何についてです?」
国木田「うむ、仕方ない。敦、お前がそれほど聞きたいのなら教えてやろう」
なんか国木田君がいつも以上にかわいそうに見えてきた。
てか、そういえば僕、今回は《《武装探偵社》》としてここにいる訳じゃない。
なら少し椅子に腰掛けて小説を読んでいても良いだろう。
今回、武装探偵社に入ったのは『盗賊退治』という特に何の変哲もない依頼だ。
しかしこれほどの調査員が動員されるのは少し違和感がある。
依頼人は相当慎重なのか、相当財布に余裕があるのか。
云ってしまえば、たかが『盗賊退治』だ。
あの『島』の|警備《セキュリティ》なら盗賊程度の存在に何も心配がいらないだろうに。
「そろそろ見えてくる頃だ。窓から覗いてみろ」
国木田君のそんな声が聞こえ、僕は小説から顔をあげる。
窓の外に見えたのは例の島。
国木田「大型洋上浮動都市『スタンダード島』。|独逸《ドイツ》・|英国《イギリス》・|仏蘭西《フランス》の欧州三国が共同開発した“浮遊する島”であり、かつ三国が共同統治する領土でもある」
その後、ダラダラと説明を始めた国木田君は置いておいて、僕なりに簡易的に説明をしてあげた。
ルイス「完全自給の|保養地《リゾート》で、本当に一言で表すなら島ではなくて『巨大な一艘の船』だね」
敦「船、って……何だか……冗談みたいな島ですね」
ルイス「いいや、あの島は実際冗談そのものだよ」
アリス『久しぶりに来たわね、スタンダード島』
ふと、頭の中にアリスの声が聞こえた。
僕はそうだね、と心の中で返事をする。
英国が共同統治していることもあってか、結構この島には来たことがあった。
殆どが富豪の護衛とか、依頼できたことしかない。
船長とか、元気にしてるのかな。
そんなことを考えながら、僕は船が止まるのを待つのだった。
敦side
島に入る前に。高速艇の中で厳重な身分確認が行われた。
指紋、網膜の確認のほか、所持品の徹底検査。
爆発物からはじまり、化学物質、薬品の検査。
軍事施設の立ち入りか、さもなければ戦争中の国にある空港への立ち入りかと思うほどの厳重な検査だった。
国木田さん曰く、この連絡船は島に入る唯一の手段であり、そこで厳しく身元検査することによって島内での危険活動や犯罪を水際で防いでいるのだという。
ともあれ、僕達は無事にその検査を突破した。
そして島の玄関である桟橋区域で高速艇を降り、島の大地を踏んだ。
島の景色を見て、僕は感嘆の叫びをあげる。
そこに広がっていたのは、完全な異国だった。
ルイス「……懐かしいね」
与謝野「おや、つまりここは英国領なのかい?」
ルイスさんは頷き、辺りを見渡す。
国木田「19世紀|倫敦《ロンドン》の街並みを模した地区だ。とは云え基礎部分や室内には最先端技術が詰まっている。生水で腹を壊すことはないから安心しろ」
敦「目が混乱しますね……」
国木田「最初に、全員にこいつを渡しておく」
そう国木田さんは云うと、懐から数枚の銀硬貨を取り出した。
敦「何ですかそれ? お駄賃?」
ルイス「残念だけど、これは売店で使っちゃ駄目だよ」
国木田「これは依頼人から預かった島での身分証だ。ルイスさん以外の全員分ある」
与謝野「どうしてルイスさんの分は無いんだい?」
ルイス「僕は探偵社としてこの島に来た訳じゃないからね」
別で貰ってる、とルイスさんは笑った。
その間に国木田さんは全員にコインを一枚ずつ配って歩く。
国木田「一般の観光客が持つのは銅貨だが、その銀貨から発せられる識別信号を扉にかざせば、一般客が入れない機密区分地域にも入ることができる」
僕は受け取った硬貨をくるくる回しながら眺めた。
裏面には三叉矛を持った海の神様らしき人物の姿が、表面にはどこかの王様の横顔が彫られている。
国木田「警備員に止められた時、その硬貨がなければ不審者として島外追放になる。絶対なくすなよ」
間違って売店で使うんじゃないぞ、と後押しされる。
と、その時。
一台の幌馬車がガラガラと音をたてながら僕達の前にやって来た。
???「はあ……。武装探偵社様ご一行ですか?」
盛大なため息とともにかけられた声に、僕達は振り返る。
馬車から降りてきたのは青い作業着を着た青年だった。
年齢は30歳前後かな。
だが、年齢の割にやけに年老いた印象を受ける。
何だか疲れた顔の人だなあ。
ウォルストン「私はこのスタンダード島の船長を……はあ、しております、船長のウォルストンと申します。皆様にお越し頂くよう手配した、はあ……依頼人でございます。どうぞお見知り置きを」
国木田「貴方が船長か。出迎え、感謝する。ところで……随分お疲れのご様子だが、大丈夫か?」
ウォルストン「はあ……ご心配、恐縮です。ですがこれが……はあ、私の通常勤務態度でございますので……はあ、お気になさらぬよう」
敦「はあ……」
僕はつられて似たようなため息を吐いた。
青い作業着に疲れた顔。
何だか船長というより、船の機関室なんかで働く修理工さんみたいだ。
それでも船長というくらいだから、この船で一番偉いんだろうけど。
国木田「ではウォルストン船長、早速依頼の詳細を伺いたいのだが」
不意に、気の抜けるような電子音が響いた。
よく拉麺の屋台で鳴らされる、|客寄せ笛《チャルメラ》の音だった。
ウォルストン「はあ、すみません、電話のようです」
船長が懐から携帯電話を取り出した。
ウォルストン「もしもし」
僕は疲れた顔の船長を見る。
随分変わった着信音を使っている人だ。
拉麺が好きなのだろうか。
ウォルストン「はい、それはもう! 申し訳ありません! 必ず見つけておきますので……皆様のご迷惑にはならぬよう、はい、決して!」
ルイス「……まさか船長」
ルイスさんは気になるところというか、気が付いたことがあるらしい。
ひとしきり何かを謝ったあと、船長は電話を切った。
国木田「どうもお互い気苦労が絶えん立場らしいなれ」
国木田さんが妙に同情した口調で云った。
ウォルストン「今……私の胃に大きめの穴が空いた感触がしました」
船長が息も絶え絶えといった様子でつぶやいた。
ウォルストン「それで、はあ……失礼致しました。皆様にはお宿を取っております。すぐ近くですので……はあ、道々ご案内しながら依頼のご説明をいたしましょう」
ルイス「ねえ、ウォルストンさん」
ウォルストン「ひゃい!? る、ルイスさん!?」
ルイス「え、今ごろ気が付いた?」
どうやら二人は知り合いらしい。
僕達の後ろ──船長から見たら死角に居たので気付かなかったのだと云う。
ルイスさん、そこまで身長があるわけじゃないから仕方ない。
ウォルストン「ずっと連絡が取れなくて……はあ、困っていたんですよ。はあ……富豪の方達が、貴方に会いたいと……はあ、本当に五月蝿くて……」
ルイス「客人に五月蝿いとか云っちゃダメじゃない?」
敦「あの、ルイスさんって人気なんですか?」
国木田さんに聞いてみたけど、何のことかさっぱり判らないらしい。
ルイスさんの謎が、また一つ増えた。
ルイス「今は探偵社にお世話になってるんだけど、僕も話を聞いても大丈夫?」
ウォルストン「大丈夫というか……はあ、此方からお願いしたいです……」
ルイスside
ウォルストン「はあ……それでですね」
英国風の街並みを抜けながら、ウォルストンさんは云った。
ウォルストン「依頼というのは、さる貴重な品を盗まんとする盗人共を退治して頂きたいと……はあ、そういった類のものです」
敦「盗人……どんな連中なんですか?」
そう、敦君が訊ねる。
ウォルストン「元来この島は、立ち入る人間の身元を厳しくチェックしております。さらに富裕層向けの|保養地《リゾート》として相応のセキュリティもあり……それ故にある種の貴重品をこの島に保管される方も多いという訳です」
国木田「それが盗賊に狙われているという訳か。それで、その貴重品とは何だ?」
国木田君の問いに、ウォルストンさんはゆっくり首を振って云った。
ウォルストン「“食べ物”です」
敦「食べ物?」
ウォルストン「世界で最も高い食材とされる、欧州のホワイトトリュフ。同じ重さの金の四倍もの値段で取引される幻の食材です。今我々が預かっておるのは、過去最高の値がつくと思われる“|宝石《ジュエル》”の名を冠したトリュフです。裏では100ユーロの値がつくだろうと云われております」
国木田「成る程。食材は食べれば消える特性上、絵画や宝石と較べて裏の密売でも買い手がつきやすい。それに食材は蒐集物よりも価値を見る人間が絶対的に多い。賊徒からすれば、手堅い獲物という訳だな」
ウォルストン「はい。|倫敦警視庁《スコットランドヤード》から、その品を狙う三人組の盗賊が動いているという情報を受け、こうして皆さんに依頼させて頂いたという次第で」
そこまでの話を聞いて、少し引っかかる点があることだろう。
盗賊退治に七人も派遣される必要があるか、否か。
まぁ、一人いないんだけど。
基本的には二人組で仕事をする探偵社員の通例からすると、相当な大人数。
国木田「どうなんだ船長? そちらには何か秘密の事情でも?」
ウォルストン「ひ、ひひひ秘密ですか? そのようなモノあるはずがないでございます!」
ウォルストンさんは急に飛び上がる。
ウォルストン「皆様をお呼び立てした理由は、ただただ品物の無事を万全のものとしたいという、それだけ、本当にそれだけの事でございますよ!」
ルイス「うん、焦り過ぎ」
ウォルストン「ええと、その……ほら、もう宿に着きました。こちらです!」
指し示す方を見れば、四階建ての木組みの宿が見えた。
ここ、結構人気の宿じゃん。
よく取れたな、ウォルストンさん。
ウォルストン「さあさあ、お入り下さい。島の宿でも|解約《キャンセル》待ちがあるほどの人気宿でございます。まずは旅の疲れを癒して頂いて……ええ、本当に何も、皆様が懸念なさるようなことは決して起こりませんので!」
それだけ一気にまくしたててから、船長は付け足すように小さくため息をついた。
絶対何かあるな。
てか、電話の時に話していた内容が気になる。
見つけておく、か。
何か《《落としたり》》したのかな。
国木田「そういえば、ルイスさんは別の宿でしたか」
ルイス「うん。何かあったら連絡してよ」
じゃあ、と僕は旅館に入っていく国木田君達を見送る。
ウォルストン「ルイスさんはどこの旅館でしょうか……良ければ……はあ、お送りしますが……」
ルイス「久しぶりに見て回りたいから大丈夫だよ。それにしても、ちょっと老けた?」
ウォルストン「疲れているだけですよ……」
はあ、とまたウォルストンさんはため息をついた。
忙しいのかな、やっぱり。
ウォルストン「それで……はあ、ルイスさんも共犯なんですよね……?」
共犯。
ウォルストンさんの言葉に、僕は特に驚いたりはしなかった。
盗賊依頼というのは、探偵社員をこの島に集める為の口実。
本命の依頼は“未来を知る男”により、《《異能兵器が横浜近海で起爆されるのを防ぐこと》》。
この島は他国政府の介入を阻む治外法権の島。
なのでウォルストンさんに協力してもらい、適当な依頼で探偵社員をできるだけこの島に集めた。
ルイス「太宰君は、テロリストの侵入経路を摑んだり滞在に必要な硬貨を盗む手段など、秘密任務で別行動を取ってる。僕はこれで裏側を調べようと思っていたね」
太陽の光で反射し、硬貨が輝く。
その色は《《金》》だ。
最深部までの機密区域はこの金貨がなくては立ち入ることが出来ない。
だが、この硬貨は一般の観光客も職員も持つことは許されていないのだ。
これは、僕にしか出来ない仕事。
ルイス「そういえばウォルストンさん。電話に焦っていたけど、何かあったの?」
ウォルストン「じ、実は……」
その先の言葉を聞いて、僕は驚きを隠せなかった。
大声を出しそうになるのを必死に答える。
ルイス「ちょ、あ、うん、は?」
ウォルストン「今朝早くに着替えた時には持っておりましたから、それ以降の定期報告か、観光区域での移動時か……その辺ではないかと思います……はあ」
ルイス「いや、僕が聞きたいのはそういう話じゃない」
莫迦なの、と本気で思った。
金貨は本当に貴重で、絶対に他人に譲渡してはいけない。
なのに盗まれるとか莫迦すぎる。
ウォルストン「もし発見されましたら、何卒、何卒ご一報を」
*****
本当に莫迦だ。
もう、本当に莫迦。
アリス『語彙力が何処かに消えたわね』
仕方ないでしょ、これは。
そんなことを考えながら僕は、石畳の街路を歩いていた。
今回泊まる旅館は彼らの泊まる場所とは少し離れている。
考え事をしながらでも、まだ着きそうにはなかった。
ふと、僕は周りを見渡す。
スレート葺きの屋根を持つ漆喰壁の家屋も、空を睨んだまま固まっている|樋嘴《ガーゴイル》の石像も、精巧な|軒板飾り《バージボード》の施された白い図書館も、生まれ育った土地にあったもの、遠い過去に見た古い倫敦こ風景だ。
まるで英国に帰ってきたみたいだ、僕は思った。
懐かしい風景を眺めていると、何やら前方で騒がしい声が聞こえた。
???「逃げたぞ、追え!」
がやがやと騒がしい声にまじって、確かに誰かのそう云う声が聞こえる。
あわただしく大人達が駆けてゆく。
何の騒ぎだろうか。
職員「警備犯を呼べ!」
職員「顔は見たか!?」
職員「盗まれたものを確かめろ!」
“盗まれた”という単語に、少し心当たりが二つ程あった。
盗難騒動。
つまり、誰かが何かを盗んだのだ。
アリス『行ってみない?』
ルイス「え、面倒くさいんだけど」
アリス『《《彼》》に会えるかもしれないじゃない』
ね、と云ったアリスの言葉に流されるまま、僕は足を向けるのだった。
騒ぎは船着場に近い貨物保管区域で起こっているようだ。
僕達が島に入る時に通ったのとは別の、人ではなく荷物を搬入するための区域。
あたりには煉瓦でできた倉庫が並んでいる。
青い制服の島の職員が数人、倫敦の石壁が並ぶ路地から走ってきた。
敦「あ、あの! 何かが盗まれたって……何かあったんですか?」
職員「密入島だ!」
アリス『あそこに居るの敦君じゃないかしら?』
アリスの言う通り、そこには敦君が居た。
職員「君、このへんで黒髪で背の高い男を見なかったか?」
先程まで敦君と話していた職員が、僕に話しかけてきた。
実際にその男を見ていないので判らないけど、多分彼だろうな。
適当に返事をしていると、敦君が僕を見つけた。
ルイス「先刻ぶりだね。今は観光中?」
はい、と敦君はまだ少し動揺しているようだった。
職員の話を思い出しているのだろう。
敦「ルイスさん、密入島って密入国ってことですよね?」
ルイス「そうだよ。許可のない人間がこの島に来たんだろうね」
???「全く……密入島だけでなく、何か盗まれたかもしれないなんて、職員さんは大変だねえ」
ふと、そんな声がどこからか聞こえてきた。
騒ぎはすでに遠ざかり、今はあたりに僕達以外誰もいない。
???「敦君、ルイスさん。うふふふふ、そんな処で何をしているんだい? こっちだよ、こっち」
僕達は声の源を探して視線を走らせる。
そしてふと街路の一角に目を留めた。
それはトタン製の塵箱だった。
英国市街の景観を乱さないよう、目立たない灰色に塗られている。
高さはそこそこあるな。
同じくトタンの|円蓋《まるぶた》で封をされている。
その塵箱が、カタカタと揺れていた。
敦君はきょとんとしてその塵箱に近づいた。
それからおそるおそるふたに手をかけ、思い切って開いてみた。
???「ばあ」
敦「うわあ!」
ルイス「はあ……」
敦君が驚いてひっくり返り、蓋を持ったまま尻餅をついた。
僕はため息をつく事しかできない。
塵箱の中には太宰君が収まっていた。
ぼさぼさの蓬髪に、砂色の|長外套《コート》。
首には白い包帯。
顔には内面の読めないにこにことした笑み。
太宰「こんな処で逢うなんて奇遇だねえ」
敦「なっ……何してるんですか太宰さん、そんなとこで!」
そう、敦君は叫んだ。
彼は慥かに集合場所に置いていった。
なのにどうして島の中の、それも塵箱の中にいるのか。
敦「密入島って……ひょっとして太宰さん……?」
ルイス「十中八九そうだろうね」
太宰「いいねえ敦君、まるで探偵のような推理。部下の成長が早いのは大変喜ばしいことだ」
太宰君は嬉しそうに笑っていた。
彼の云っていることを、敦君は半分も理解できていないことだろう。
ルイス「首尾良く島に入れたまではいいものの、途中で職員さんに見つかった。とっさにこの塵箱に隠れて難を逃れたってところかな」
太宰「その通りです。中の塵を出す暇もなかったから、今私の体はたいへん生臭い。しかし無意味な塵になったみたいで素敵な気分だ。ここに住もうかな」
はあ……と敦君はそれ以外に何も言葉が出てこないようだった。
敦「でも太宰さん、何もそんな苦労して密入島しなくても、太宰さんも僕達と同じ連絡船に乗ってくればよかったじゃないですか」
太宰「その問いへの答えは三つある」
太宰君はちっちっちと指を振った。
少しばかり苛ついたのはここだけの話にしておこう。
太宰「まず第一に折角これほど奇妙な島なのだから舞台裏がどうなっているのか一度見てみたい。第二に、最近国木田君が私の行動に慣れてきて反応が普通になってきたから思い切った意外性を狙いたい。第三に、これでもれっきとした仕事の最中だ。さる別命を受けて密入島の方法を調査中なのだよ」
敦「はあ……でも別命っていうと、太宰さんの仕事は盗賊退治とは違うんですか?」
太宰「盗賊退治はこの島で起こりつつある厄災のほんの一端に過ぎないよ」
急に太宰君は笑みを消して云った。
それだけで周囲の気温が数度下がった気がする。
あまり話しすぎるのもどうかと思うが、まあ太宰君は何か考えがあるのだろう。
敦「厄災って……」
太宰「そうだなあ。……首から|映写機《カメラ》を下げ、黒いアタッシュケースを持った背広の男。そいつを見かけたら、後で私かルイスさんに報告してくれ給え。あ、捕まえようなんて思わない方がいいよ。非常に危険な異能者だからね。下手に手を出すと、《《この横浜ごと吹っ飛ばされかねない》》」
敦「……え?」
敦君は眉をひそめる。
まあ、話のスケールが大きすぎるからな。
敦「それって、どういう……ルイスさんも関係しているんですか……」
太宰「詳しいことはまだ云えないのだけれどね。まあ、ひとまず君達は盗賊退治に集中してくれ給え。あ、ちょっとその蓋取ってくれる?」
太宰君は笑顔に戻って、敦君の足下の蓋を指差した。
彼が入っている塵箱の蓋だ。
敦君は当惑して固まっているので、代わりに僕が蓋を手渡す。
太宰「ありがとうございます」
蓋を受け取りながら、太宰君はふと思い出したように云った。
太宰「ああ、忘れるところだった。ここに来る過程で知ったのだけど、この島には今ポートマフィアの構成員が数名入っているらしい。誰かまでは判らなかったが、一応気をつけた方がいい」
敦「ポートマフィア、ですか」
敦君は顔をしかめた。
あまりポートマフィアにいい思い出がないからだな、多分。
太宰「そう怖い顔をすることはない」
ルイス「彼らも人通りの多い場所ではそう滅多に襲ってこないだろうからね。何かあったとしても、君の逃げ足にはそう簡単に追いつけない」
太宰「まあ、私が云いたかったこともルイスさんと同じだ。では私はこれで。君達の仕事の成功を祈るよ」
太宰君がそう云うと頭を引っ込めて塵箱の中に収まってから、自ら蓋を閉めた。
軽やかな声とともに塵箱がぽんと跳ね、横向きになって転がった。
そのまま路地の奥、下り坂になった道の先へと転がっていく。
太宰「|Bon Voyage!《よい旅を》」
むやみに明るい声を一つ残して、彼は塵箱に入ったままガラガラと転がっていった。
坂道を転がっていき、塵箱はやがて見えなくなった。
後にはぽつんと残された僕と敦君が立ち尽くすばかり。
ルイス「旅って、仕事に来てるのに彼は……」
敦「あはは……そういえばルイスさん、探偵社として来ていないって云うのは太宰さんと同じ命で来ていたんですね」
まあ、と僕は苦笑いを浮かべながら答える。
ルイス「それじゃあ、仕事頑張ってね」
僕はひらひらと手を振りながら、その場を後にするのだった。
*****
敦君、ついでに太宰君と別れた後、僕は島の観光区と呼ばれるエリアを歩いていた。
島はおおまかに分けて居住区、実験区、機関区、観光区に分割される。
居住区は島の管理職員が住む区画。
実験区は発電航海の実験施設であるこの島で、各種の試験を行うための区画。
機関区は島が“船”として後悔するために必要な施設が立ち並ぶ区画。
確か例の“宝石トリュフ”は、その機関室のさらに奥深くに位置する金庫室に保管されているらしい。
そして観光区は音楽行動や宿泊施設、海水浴場や商店街が並ぶ地区。
相変わらず観光客で溢れている。
町並みの向こうに見える時計塔には見慣れた時計がかけられていた。
他の町並みからだと、また違う意匠の時計がかけられているのが判る。
個人的には、見慣れたこともあってか19世紀倫敦の町並みから見る時計が一番好きだ。
遠くからでもよく見える時計の時刻は、11時27分。
時計塔から目を落とし、僕は周囲の町並みを眺める。
アリス『ねえ、ルイス』
アリスが話しかけてきて、少し肩が跳ねる。
ぼーっとしていたから、普通にびっくりした。
ルイス「どうかしたの?」
アリス『何でまだチェックインしないのかしら、と思って』
ルイス「仕事を早く終わらせてゆっくりしたいから」
それに、船長の落とした金貨を早く見つけたい。
無いと色々と面倒くさいんだよな。
昔と変わっていないなら、身分証の再発行を担当しているのは老人だ。
しかも1分でも遅れるとへそを曲げて、話を聞いてすら貰えない。
まあ、普通に面倒くさいお爺さんなのだ。
アリス『……ルイス』
何の用か聞こうかと思うと、携帯電話が鳴っていた。
画面に映し出されるのは“国木田独歩”の文字。
国木田『国木田です。今、時間とかありますか?』
ルイス「どうかしたの?」
国木田『敦が盗賊らしい三人組を見つけました。機関区に近い、白い美術館の横です』
ああ、とルイスは顔を上げた。
目の前には白い美術館の入り口。
特に騒動が起きている様子はない。
まだ例の“宝石トリュフ”は奪われたないのだろう。
ルイス「その美術館なら、今目の前にあるよ」
国木田『はあ!?』
電話越しでも判るぐらい、国木田君は驚いていた。
とりあえず、話を詳しく聞いてみることに。
敦君が一人で追っているが、他の社員が着くまでに時間が結構かかる。
なので僕に敦君のサポートをしてもらいたい、と言うものだった。
ルイス「まあ、手伝ってあげるよ。なんかあったらまた連絡ちょうだい」
盗賊の名は“ネモ”で、壁を通り抜ける異能を持っている。
厚み5|糎《センチ》以上の壁は抜けることができないらしい。
この美術館にはそんなに厚い壁がないと思うから、関係ないけど。
もし機密区域に入ったとしても、僕が追える。
???「落とし物しましたよ!」
他の施設に通じる通路がある地下二階に僕は居た。
いや、今の声って何。
アリス『敦君ね』
それは判っている。
僕が聞きたいのはそういうことじゃない。
曲がり角から声のする方を覗いてみる。
敦君と、どこかで見たことのある男がそこにはいた。
アリス『やっぱり彼がネモだったのね。数年前に、一度だけ会ったことがあるわよ』
ルイス「全く覚えてないや」
そんなことを呟きながら、僕は携帯のカメラを起動した。
ネモ「した少年、落とし物とは何ぞ?」
敦「え?」
ネモ「いやだから落とし物」
敦「そ……それは貴方が一番ご存じでは!?」
三人組の盗賊は、同時に首をかしげた。
これは面白いことになる予感。
敦「貴方がいつの間にか落としたもの……それは決してすぐ気づくものではありませんが、確かに貴方はかつてそれを持っていた。なのにどうしたんです。あんなに大切にしていたものを、貴方はいつの間にか失ってしまった!」
後でこれ、敦君に見せてあげよう。
見切り発車にしては、良いことを云っているのではないだろうか。
さて、ネモはどんな反応を──。
ネモ「おおお! お前の云う通りだ少年! かつて俺は偉大な大怪盗となるため人生の何もかもを盗みのために捧げていた! それなのに今は……!」
アリス『変わらないわね、彼は』
大仰に嘆くネモを見て、僕は笑い出しそうになった。
???「ボス! 落ち着いて下さいボス! ボスは今だって絶望的なまでに盗みのことしか考えてませんよ! いい加減場のノリに何となく流されて喋るのをやめて下さい!」
ネモ「そう云われてみれば……そうかも」
???「やいやいそこのチビ! うちの偉大なるボスを誑かそうたあ大した了見じゃねえか! ふん縛って海の真ん中に捨ててやろうかこの白髪野郎!」
おっと、相手を警戒させてしまった。
敦君の交渉術を眺めるのはここまでにしよう。
ガブ「俺は偉大なる大怪盗の一番弟子! 疾風のガブとは俺のことだ! この短刀、躱せるもんなら躱してみやがれ!」
少年が懐から取り出したのは、青く輝く鋼鉄の刃。
懐中に忍ばせるために作られた抜き身の短刀だ。
敦君なら問題ないだろうが、一応動けるようにはしておく。
敦「まっ、待って、もう一度話し合おう、」
ガブ「問答無用だァ!」
中段に構えられた短刀と共に、少年が突進した。
敦君は両腕を虎へと変え、受ける準備をしている。
虎の体毛は、確か銃弾も刃物も通さない。
ルイス「……異能力」
とりあえず短刀を転移させて攻撃手段を減らそうとする。
しかし呟き終わるより早く、絹を裂くような悲鳴が響きわたった。
ガブ「ぎゃあああああああああ! 何それ! 怖っ! 怖っ!」
少年が尻餅をついて後ずさった。
敦「……はい?」
ガブ「何そのウデうわちょっとやめろこっち向けんな! 何その……何!? 毛がものすげェ生えてるし! ぎゃああああ怖い! 生理的に怖い! ボスごめん、帰っていい!?」
立ち上がれないほどに驚いて絶叫する少年に、敦君のほうまでびっくりして動けないようだった。
僕も空いた口が塞がらない。
???「あああ、だから申し上げたではないですかボス」
中年がやるせなさそうな顔で云った。
???「ガブは連れてくるべきではないと……見ての通りガブは優秀ですが、死ぬ程肝っ玉が小さいのです! 一番弟子になったのも、単に他の弟子が全員辞めてしまったからですし」
え、そうなんだ。
ネモ「うむぅ、では仕方ない。お前が行け、ビルゴ」
ビルゴ「わわわ私ですか? むむ無理ですよ! 私はただの技師でございますから! 監視カメラを無力化したり暗証番号を抜き取ったりするだけの技術サポートが私の仕事! 戦闘は契約に入っておりません!」
ビルゴと呼ばれた中年の男は小動物のように頭を下げて後退した。
敦「……なんか……」
敦君は虎の両腕を掲げて叫んだ。
敦「なんか想像してたんと違う!」
それは魂の叫びだった。
まあ、僕も同じ気持ちだ。
その時──僕がいるところとは違う廊下の奥から声がした。
???「どれほど想像と違おうが、依頼を完遂できれば問題ない。よくやったな、敦」
敦「国木田さん!」
彼の後ろには、武装した島の警備員達がいた。
国木田「連続窃盗団の長、ネモ。壁抜けという強力な異能を待ちながら、そのあまりにもいい加減で向こう見ずな計画のために強盗はほぼ毎回失敗。部下も悉く愛想を尽かし、残ったのは素人に毛が生えたような連中ばかり。失敗と捕縛を繰り返しながら、持ち前の壁抜けで脱獄を繰り返し犯行に及ぶ。その脱獄回数、実に八十九回。大怪盗は無理だが、脱獄王は今すぐ名乗れるな」
アリス『……ああ、だからね』
ふと、アリスが口を開いた。
アリス『ネモの部下はコロコロと変わるのよ。そりゃほぼ毎回失敗するボスに誰が着いていくのか、という話よね』
ルイス「素人に毛が生えたような連中ばかり、か。確かにその通りかもね」
腰が抜けてへなへな床を這う少年。
情状酌量を求め、さっさと国木田に両手を差し出す中年。
よくここまで来たものだ。
国木田「敦。依頼人──船長に連絡しろ。依頼を遂行したとな。愉快な盗賊団との楽しい追跡劇も、これにて幕引きだ」
ガブ「ボス……ボス! すみません……俺がここは食い止めます! だから……ボスだけでも逃げて下さい!」
少年のか細い声に、ネモは答えない。
ただその太い脚でじっと立ち、周囲を睥睨している。
ネモ「俺だけでも、だと?」
その声に、追い詰められた焦りの色はない。
ネモ「俺の目標たる大怪盗ルパンには、異能も部下もなかった。それでも俺よりはるかに困難な盗みを行い、人々の心に残っている。彼に勝てぬことぐらい、とっくに諒解済みよ」
アリス『……。』
ネモ「俺は大怪盗ルパンとは違う。だからこそ、彼にないものにしがみつき、拘泥し、大怪盗の高みへのぼる礎とせねばならん」
アリスは、何かに気がついたようだった。
確かに先程よりもネモは前屈みになっている。
でも、それだけだ。
ネモ「俺の異能『厚み5糎以下の物体をすり抜ける』能力──つまり逆に云えば、ある程度までの厚みの物体ならば、《《肉体と干渉せず重なった状態でいられる》》、ということだ」
ここからでは、何が起こっているのかがいまいち判らない。
アリス『代わって!』
ルイス「え!?」
ネモ「俺は部下は絶対に見捨てん」
国木田「ば──爆弾だっ! 伏せろ!」
アリスside
あの形状、《《いつも通り》》手作りの爆弾かしら。
とりあえずは鏡で囲んで被害を軽減させる。
ルイスの異能力を使っても良かったのかもしれない。
でも、多分ここで爆発させた方が良いでしょう。
--- 『|鏡の国のアリス《Alice in mirror world》』 ---
鏡に囲まれた中で、光が幾度も反射する。
煙と風が、鏡の隙間から少し漏れた。
「「アリスさん!?」」
敦君と国木田君が声を揃えて叫ぶ。
いきなり変わったから誰もが驚いていた。
でも、そんなことより逃げられたわね。
爆弾に集中しすぎてどの方向に逃げたかを見そびれてしまったじゃない。
最悪だね、本当。
敦「国木田さん! この扉の向こうに逃げました!」
敦君の声が聞こえた。
視線を向けると、そこには横開きの自動扉。
しかし、施錠されているのか、押しても引いても開かないらしい。
敦「扉を開く方法を教えて下さい!」
国木田「おそらく認証式の|機密《セキュリティ》扉だ。扉の認証板に、銀貨を近づけてみろ」
敦君が懐から銀貨を取り出し、近づけた。
しかし鈍い電子音が鳴るばかりで、扉はいっこうに開く様子がない。
まさか、その先は“特別機密区域”かしら。
なら銀貨で扉の開くことはないわね。
残念だけど、爆発がまだ完全に治まっていない今、私はこの場から動くことが出来ない。
金貨を貸すことも難しい。
敦「国木田さん、船長に繋がりません」
国木田「何?」
どうやら船長に確認を取るために連絡を取っているらしい。
地下とはいえ、ここは電波が届く。
しかしどれだけ待っても、船長が電話を取る様子はない。
それどころか──。
国木田「おい。何か聞こえないか?」
国木田君が周囲を見渡しながら云った。
私の耳にもすぐにその音が聞こえた。
気の抜ける電子音──拉麵屋台て鳴らされる、|客寄せ笛《チャルメラ》の音。
敦「船長の……電話呼び出し音ですね」
国木田「扉の向こうからか……?」
国木田君が壁に手を当てながら云った。
その時、いきなり前触れもなく、扉が自動的に開いた。
国木田「うおっ!?」
国木田君が慌てて後じさる。
扉の向こうには兵士がいた。
でも、ただの兵士ではないわね。
大型の自動小銃を持ち、防弾装備に身を包んだ、完全装備の歩兵達。
数は十人以上かしら。
防弾|面《マスク》で顔が覆われているために表情は見えない。
兵士「この先は侵入禁止区画だ。即刻退去せよ」
国木田「何だと?」
兵士「退がれ。計画は一度だ。指示に従わない場合は敵意ありと見なし、火器を使用して排除する」
兵士達は機密区域への立ち入りを阻むように立ちはだかり、小銃をいつでも撃てるよう軽く構えている。
掲げられた自動小銃、その黒い銃口が、鈍く光る。
十人以上の完全武装兵士が、銃をいつでも国木田君に撃てるように向けている。
その兵士達の放つ威圧感は、獅子の開いた牙の間に顔を突っ込んでいるに等しい。
でも、国木田君は怯むどころか、声色ひとつ変えずに云った。
国木田「俺のほうも計画は一度だ、闖入者共。そこをどけ。俺達は依頼人の命で盗賊を追う探偵社だ。|仮令《たとえ》ここが治外法権の島だろうが、一般人に銃口を向けて脅すような外法が、俺の目の届く範囲で許されると思うな」
国木田君の全身から殺気が爆ぜる。
多分悪人を捕らえる機会を理不尽な理由で阻まれて、相当怒っているらしい。
武装兵士と国木田君は、開いた扉を挟んでしばし睨み合った。
アリス「──そこまでだよ、落ち着いて」
???「ほほう。これは中々骨のあるお客人じゃ」
私の声と、もう一つの声が重なる。
その嗄れた声は、不意に兵士達の向こうから声がした。
???「全員警戒解除。銃を下ろせ。その御仁をいくら銃で脅しても無駄じゃ」
そんな命を受け、兵士達がさっと銃を下ろした。
機械のように一糸乱れぬ動き。
そういえば軍人ね、彼ら。
そんなことを考えていると兵士達が道を開け、奥から軍服に身を包んだ老人が現れた。
アリス「……まさかこんなところで再会するとは」
国木田「貴方がこの武装兵士達の長か。俺達は悪人を追っている。機密区域への立ち入りを許可願いたい」
???「うむ。中々気骨のありそうな若者じゃ。儂の部隊で鍛えれば、さぞ良い兵隊になるじゃろう。じゃが──立ち入りは許可できぬ。残念じゃが金貨を持たぬ者をこの奥に入れる訳にはいかんからの」
国木田「金貨だと?」
アリス「貴方達が持っているのは一般職員用の銀貨。でもこの島にはそれよりも上、金貨じゃないと入らない区域があるのよ」
???「そうじゃ。もし金貨を持たぬ者がここに立ち入った場合、もしくは区域内で得た情報を外部に漏らした場合は、その者を即刻射殺して良いことになっておる」
それがこの島の絶対規範。
もちろん日本政府も同意書に署名していることでしょう。
???「にしても、貴君は探偵社とやらの一員じゃろう。なぜ金貨について知っておる?」
アリス「理由は簡単だよ。|アリス《私》は──」
ルイスside
ルイス「|ルイス《僕》だからね」
珍しく、彼は驚いている様子だった。
ルイス「元気そうで何よりだよ、大佐殿?」
???「……これはこれは、懐かしい」
老人──否、大佐は教師のような目でふわふわと笑った。
表情は温和で、皺の走る顔の上にふわふわの白髪が載っている。
田舎の学校の教師みたいだが、よく見ると顔には消えかかった白い古傷がいくつか走っている。
小柄な老軀ながら肩幅はがっちりしており、昔は相当鍛えられていた。
大佐「彼女は“|赤の女王《red queen》”だったか。随分と死の気配が取れ、まるくなったものじゃ」
ルイス「死の気配なんて、そう簡単に取れないよ」
僕は一ミリも笑うことなく、そう呟いた。
大佐「さて、君の正義感に免じて特別に教えよう。盗賊はすでに捕らえた」
国木田「そうなのか?」
大佐「この機密区域の中は監視映像で厳重に警備されておる。そして機密区域内における警備兵の練度は外と比較にならん。安心されい」
国木田君は数秒のあいだ大佐を睨む。
少し良くない状況だ。
何かしでかす前に止めないと、と考えていると彼はゆっくり云った。
国木田「いいだろう。そちらがそう主張するなら、後で依頼人経由で確認させてもらおうや、名前を聞いておこうか」
大佐「名乗るほどの名はない。ルイス君と同じく大佐と呼ぶといい。ここでもそう呼ばれておる」
敦side
ルイスさんが大佐と呼んだ時点で判っていたけど、やっぱり軍属なのだろう。
そんなことを考えていた、その時。
ふと風に乗って──微かな匂いが届いた。
虎化の異能を使った後は語感が鋭敏になる。
つまり、普段は気づかないような音や匂いも拾えるようになる。
身体感覚に虎が残っているのだろうか。
とりあえずその虎の鼻が、嗅いだことのある匂いをとらえた。
探偵社に入ってから幾度も嗅いだ匂い。
それでいて、決して慣れることのない匂い。
不快で鼻をつく、この臭いは──。
敦「まさか」
僕は考えるより早く飛び出していた。
兵士達が塞ぐ機密区域への入口に、無理矢理首を突っ込む。
兵士「おい、貴様! 何をする!」
ルイス「敦君?」
叫ぶ兵士達とルイスさんを無視して、僕は機密区域を見回した。
入口の先にはまた別の廊下が続いていた。
今いる場所と内装はほとんど大差ない。
兵士「扉から離れろ! 射殺されたいのか!」
兵士の忠告も、僕の耳のはほとんど入っていない。
僕の目は、その色をとらえた。
機密区域の奥にある、赤い色を。
廊下にべったりと広がる赤。
壁から天井までその赤は飛び散っている。
不快な臭いの源は、間違いなくそこだ。
敦「あれは──!」
僕は目を見開いた。
見間違いようがない。
白い壁に鮮やかな赤。
そしてその中心に横たわる体躯。
血と死体だ。
兵士「下がれ!」
兵士が力づくで僕を押し戻す。
銃床で無理矢理体を押し飛ばされ、よろめいて尻餅をついた。
国木田さんとルイスさんが傍に駆け寄ってくる。
国木田「おい敦、大丈夫か?」
ルイス「怪我はない?」
敦「……あの」
僕は茫然と云った。
目にしたのは一瞬だけど、見間違いようがない。
敦「死体が……ありました」
国木田「何だと?」
ルイス「まさかネモ達の死体が?」
敦「……違います」
僕も血の臭いを嗅いだ時はとっさにそう思った。
でも、一瞬だけ見えたその光景が、目に焼き付いている。
大佐「むう……見てしまったのか少年」
大佐が渋い顔をした。
大佐「先程も云ったが、この機密区画内の情報は、それがどんなものであっても口外してはならん規則じゃ。悪いが君達を、簡単に外に出す訳にはいかなくなったのう」
国木田「何? おい敦、何を見たのだ」
ルイスさんはハッとして、機密区域へと入っていった。
修理工のものに似た青い作業服。
疲れた顔。
拉麵屋台の呼び出し音。
僕はかすれた声で云った。
敦「依頼人が……船長が、死んでいました」
No side
監視映像、カメラ番号15B。
撮影区画、地下二階の機密区画の西廊下。
撮影時刻、午前11時28分、15秒から28秒のあいだの13秒間。
監視映像が映しているのは、無機質な白い廊下だ。
右手前から、左奥に向けて直線上に伸びている。
この区画に立ち入るもの自体が滅多にないため、床の汚れもほとんどない。
死んだように清潔だ。
その映像の右手前から、一人の人物の背中が現れる。
そわそわと周囲を警戒しながら、疲れた足取りで歩いていく青い作業着の青年。
敦達を島に招いた依頼人である、ウォルストン船長だ。
監視映像には音がない。
だが肩を落としている背中から、船長がいつものため息をついていることは判る。
船長はカメラの中央やや手前まで来て立ち止まり、前を見る。
その視線の先には、いつの間にかもうひとつの人影が現れている。
船長が何か云うと同時に、もう一人の人影がいきなり拳銃を取り出し、船長に向ける。
船長に驚いたり逃げたりする余裕すら与えず、人影が発砲。
廊下を閃光が何度も染め上げる。
船長は血の飛沫を床に撒き散らしながら、衝撃で踊るように宙を泳ぎ、そして倒れる。
人影は船長にさらに近づき、倒れてぐったりした船長にめがけてさらに弾丸を撃ち込む。
二発、三発。
やがて船長は完全に動かなくなり、この世から人の命がまたひとつ失われる。
壁も床も、塗料をぶちまけたように真っ赤に染まった廊下に立つ人物が、カメラの方を向く。
その人物は首から|映写機《カメラ》を下げた背広の男。
顔立ちからして英国人。
灰色のフェルトの|鍔帽子《ハット》を被っているため、髪色や頭の形までは判らないが、おそらく年齢は20から30歳だろう。
たった今人間をひとり無残に射殺したというのに、その男の目には何の感情も浮かんでいない。
さざ波ひとつ立てない湖畔のような静かな青い瞳が、まっすぐ監視カメラを見つめている。
不意に男が拳銃を向け、カメラに向けて発砲する。
衝撃とともに映像が途切れ、あとは白黒の砂嵐だけが残される。
──そこで映像が終わる。
ルイスside
ルイス「……それで、この映像を見せた理由は何?」
大佐、と僕は足を組み、どうでも良さそうに問い掛けた。
ウォルストンさんが殺される映像。
その一部始終を僕は見せられていた。
疑う余地もなく、背広の英国人がウォルストンさんを射殺していた。
大佐「我々がこの島の機密区域を監視する仏蘭西正規軍ということは、お前さんも知っているだろう? そして我々としては、何としても殺人犯を捕縛せねばならん」
ルイス「そんなことは判っている。ウォルストンさんが、機密区域で殺された訳だから」
大佐「それだけではない。実は殺人犯の身元は、ほぼ判明しておる。本国のデータベースに|合致《ヒット》した。奴は国際指名手配を受けたテロリストじゃ」
ルイス「まぁ、流石に僕も知っているよ」
黒いアタッシュケースこそ持っていなかったが、それ以外は特徴が合致する。
僕と太宰君が追っていたのも彼だ。
大佐「非常に危険な異能者じゃ。世界で起こるほとんどの重大事件及び事故では常にこいつの影があるとさえ云われておる。それ故に、各国諜報、機関の|重要手配人物《ブラックリスト》の常連じゃ。当然、各政府は血眼になってこいつを捜しておる訳じゃが……」
ルイス「あの人はもう十年以上も政府の追跡を躱し続けている。何かの異能を用いているんだろうけど、僕も知らないよ」
追跡者の動きを予知しているかのような手管から、ついた渾名が“未来を知る男”。
大佐「そもそも、奴ほどの要注意人物をこうして監視カメラに捉える事態そのものが奇跡に近いのじゃ。そしてこの島は簡単に出入りの船を調達できん、いわば超巨大な密室。我らは期せずして、稀代のテロリストを島に閉じ込めたことになる」
大佐が政府に報告した時、|対外治安総局《DGSE》の長官の血圧がどれほど上がったか。
想像するのはそう難しくない。
僕は小さくため息をつく。
ウォルストンさんの死は悲劇だけど、確かにテロリストを捕らえるにはまたとない好機。
ルイス「映像を見せてきた理由は判った。それで、僕と探偵社員が拘束された理由については?」
大佐「神出鬼没のテロリスト、目的不明の殺人。そして何故か現場のすぐ近くに立っていた、異国の民間探偵業者と元英国軍の戦神」
ああ、なるほど。
そう僕は笑うことしか出来なかった。
ルイス「疑っているんだね、僕達を」
大佐「白髪の少年は云ったぞ、《《横浜を吹っ飛ばす》》と。最初は君に協力をお願いしようかと思ったが、テロリストの可能性が出てきたから困ったものじゃ」
それは大変そうだね、と僕はまるで他人事のように云った。
大佐が表情に出すことはないだろうけど、驚いているだろうな。
何故僕がこんなに冷静なのか。
理由は単純、僕も探偵社もテロリストじゃないから。
現在万事屋を休業中である僕は、そう依頼を含めて何も受けていない。
探偵社も同じく、福沢さんはこんな依頼は受けない人間だ。
ルイス「そうだ大佐。横浜の吹っ飛ばす方法について何か知らない?」
大佐「……いや、これから聞き出す予定じゃが」
ルイス「黒いアタッシュケースだよ」
大佐は特に驚いたりすることなく、僕のことを見ていた。
ルイス「それに兵器が入っていてね、起動させたら大惨事だ。もしあの人を捕らえたいのなら、日本へ協力を要請するといい。異能特務課には《《お話》》するのが得意な人がいるからね」
大佐「まあ、選択肢に入れておこう」
その時、物凄い音が施設に響き渡った。
何事かと慌てる大佐に対して、僕は眉一つ動かしていない。
僕達が連行されている時、何故かあの近くに塵箱があった。
最近見たような気がする見慣れた大ぶりな塵箱だ。
そして、多分あの中には太宰君が入っていた。
例の依頼を遂行中だったのだろう。
しかしこの状況で、計画を変更せざるを得ない。
部屋の作りが同じなら、敦君が換気口で地上まで逃げられなくはないかな。
???「ルイスさーん!」
ふと、そんな声が聞こえた。
何度も反響しているのか、本当に微かにだったけど。
???「敦君のサポートをお願いしまーす!」
ルイス「……全く」
もう少し気づかれないように伝言できなかったのかな。
僕が笑っていると、大佐は腰から拳銃を抜いた。
安全装置は外されている。
大佐「動けば撃つ」
ルイス「別に構わないよ。どうせ当たらないから」
狭い監禁室に、銃声が鳴り響いた。
しかし、僕に当たることはない。
突然現れた鏡が銃弾を止めているのだった。
転移する前に聞こえたのは、大佐の悔しそうな声だった。
大佐「|赤の女王《red queen》か──!」
敦side
島の中心地点、どこにいても見える場所に、その塔は立っていた。
観測施設であり、島内の|目印《ランドマーク》であり、時計塔でもあるその塔は、巨大な風力発電の風車群を除けば島で最も高い建造物だ。
塔は先細りの三角形をしていて、三つある面のそれぞれが英国領、仏蘭西領、独逸領の方を向いている。
壁面はそれぞれの建築様式を模した、特徴的な意匠が施されていた。
塔の周辺には手入れの行き届いた人工林が広がっていて、石畳がそれぞれの領地に向かって放射状に続いている。
僕はその塔にほど近い石畳まで来ていた。
広い島だけど、虎の脚で駆ければ数分とかからない。
ここが、太宰さんの用意した“罠”の場所。
???「やっと追いついたわよ、敦君」
その時、聞こえるはずのない声が耳に入ってきた。
僕は驚いて振り返る。
綺麗な長い金髪が風で揺れた。
敦「アリスさん!?」
アリス「本当、私じゃなかったら追いつけなかったわよ。太宰君に貴方のサポートを頼まれたのは良いけれど、ちゃんと場所まで教えなさいよね」
腰に手を添え、怒りながらアリスさんはそう云った。
太宰さんに頼まれたって、僕のことを心配してくれたのだろうか。
先程まで頭に“他の探偵社員を救出すべきじゃないか”という考えがよぎっていた。
たった一人で伝説級のテロリストと戦うのは、あまりに腰が引ける話だ。
敦「……ありがとうございます、アリスさん」
アリス「別に感謝なんていらないわよ。それじゃ、頑張ってね」
そう云われたかと思えば、アリスさんのいた場所にルイスさんが立っていた。
ルイスさんは太宰さんの罠について何も聞いていないらしい。
敦「テロリストは兵器を持ち歩いていません。その隠し場所を見つけるため、太宰さんは偽物をこの時計塔に置いておきました」
ルイス「なるほどね。罠にかかった彼を捕らえて本物の場所を聞き出すのか」
敦「彼って……ルイスさん、ご存知なんですか?」
ルイス「僕も太宰君と同じ依頼でこの島へ来ているからね。“未来を知る男”については結構前から知っているよ」
元軍人だと色々知っているんだよ。
そう笑って云ったルイスさんは少し辛そうだった。
なんと声をかけるべきだろうか。
しかし、僕の思考はいきなり中断された。
頬を引っ叩かれたような衝撃が走る。
敦「ルイスさん、奴です」
英国領の石畳を、やや早足で歩いている。
塔へと向かっているらしい。
間違いない。
こちらに背を向けている。
気づかれてはいないようだ。
僕達は素早く木立の陰に隠れた。
ふと見えた時計は、11時55分になるところだった。
ルイスside
テロリストを追って、僕達は時計塔へと足を踏み入れた。
塔の一階は一般人にも解放された資料館になっていた。
高い天井に磨かれた床。
壁面には島の歴史や内部の構造などの展示が飾られており、時間のある観光客が数人、のんびりと見物しながら歩いていた。
僕はその観光客にまじって展示物を眺めるふりをしながら、標的を横目で追った。
テロリストは展示室奥の職員用|昇降機《エレヴエーター》へと足早に乗り込み、まっすぐ時計塔の最上階へと向かった。
どうも心なしか急いでいるように見える。
良い兆候だ、と思った。
偽のアタッシュケースに騙されて焦っているのかもしれない。
誰かに奪われる前にアタッシュケースを確保したくて、急いでいるのだろう。
僕達は相手が降りた階を確かめてから、後を追って|昇降機《エレヴエーター》に乗り込んだ。
念のため、目的地である最上階の一つ手前の階で降り、|階段《ラツタル》で最上階へと上ることにした。
|昇降機《エレヴエーター》を降りて、足音を殺して歩く。
室内は無人の|電探《レーザー》処理室になっており、灰色の計器が床を埋めるように林立していた。
この塔は艦橋の役割も果たしている。
船として航海するため、観測や電波探知を行う機器がここに集約されているのだ。
その中を僕達はひそやかに抜け、気配を探りながら|階段《ラツタル》を上った。
最上階に彼はいた。
首から下げた|映写機《カメラ》。
背広とフェルトの|鍔帽子《ハット》。
ウォルストンさんを撃ち殺した時に見せた、あの青い眼はここからは見えない。
足早に歩き、何かを探すように視線を左右に振っている。
そこには島をぐるりと見渡せる観測室だった。
壁面は全てガラス張りになっていて、島とその向こうの水平線が見渡せる。
北のほうの海に、水平線にへばりつくような横浜の陸地が見えた。
背広の男は、やがて測量机の上にあるアタッシュケースに顔を向けた。
見つけたらしい。
僕達は|階段《ラツタル》から首だけを出してそっと推移を見守った。
こちらから仕掛ける必要はない。
彼がアタッシュケースに触れれば、自動で罠が発動する仕組みらしい。
なら、その後にゆっくりと敵を捕らえればいい。
ルイス「……?」
しかし、男はすぐにアタッシュケースに近寄ろうとしなかった。
やや距離を置くように立ち、じっとアタッシュケースを見つめている。
テロリストとしては、そのアタッシュケースをすぐにでも回収したいはず。
まさか、何かを怪しんでいるのだろうか。
それならば──今、飛びかかるしかない。
敦君が脚に力をこめているのが判った。
男は拳銃を取り出した。
そして、アタッシュケースを《《撃った》》。
まるで憎い相手を撃つかのように、何発も何発も弾丸を叩き込んだ。
衝撃でアタッシュケースがはじき飛び、内部で機構が壊れる鈍い金属音がした。
ルイス「なっ……!?」
思わず驚愕の声を漏らした。
???「! 誰だ!」
僕達に気づき、テロリストが叫んだ。
想像よりもずっと高い、少年のような声。
飛び出した敦君が着地に失敗し、床に転がった。
そんな彼に、テロリストは素早く銃口を向けた。
銃口がまっすぐ敦君へ向く。
僕も飛び出して咄嗟に拳銃を構えた。
???「ここで何をしている!」
ルイス「何をしているのか聞きたいのはこっちの方だね」
少しテロリストは瞠目した。
僕も驚いていた。
彼の声を、聞いたことがあるような気がする。
もう少しで思い出しそうな時、彼は声を上げた。
???「ここに“殻”を置いたのは君達か! 君達はこれがどれだけ危険なものか判って──」
その時。
島全体が揺れた。
空が、紅く染まった。
敦「これは……!?」
敦君が外の景色を見て、驚愕の叫びをあげる。
紅い。
何もかもが。
海も、島も、地平線の向こうの横浜までもが。
理由はすぐに判った。
空だ。
《《空がなくなっている》》。
つい今しがたまで空があった場所を、紅蓮に燃える膜のようなものがすっぽりと覆っている。
空が隠されている──というよりむしろ、超巨大な紅蓮の殻が、島を中心とした一帯をすっぽりと覆っているのだ。
???「はじまった……!」
テロリストが血を吐きそうな感情を滲ませながら云った。
???「やはりこちらは偽物か! だとすれば本物は……」
敦「何だ? 何だこれは……!?」
ルイス「これが|殻《シエル》だよ、敦君。滅びをもたらす紅蓮の天球」
???「……行くぞ、少年。死にたくなければ」
テロリストが敦君の手首を掴んだ。
そして、もう片方の手で自身の顔の皮膚に爪を立てた。
???「私はこれの発動を止めに来た」
ルイス「き、君は……!」
僕は驚いた。
顔が一気に剥がされる。
皮膚に見えていたものは、精巧に作られた偽装皮膚だった。
頬と鼻、眉を覆っていたそれを剥がす。
帽子を取ると──中から現れたのは、《《金髪の女性》》だった。
ウェルズ「私の名前はH・G・ウェルズ。この厄災を止めるために来た」
そう、ウェルズは長い髪を振りながら云った。
ウェルズ「少年。未来を背負う覚悟はあるか?」
No side
球殻が海を覆う。
殻の半径は35|粁《キロメートル》。
海上のスタンダード島を中心として、横浜の陸地の大部分を呑み込んでいる。
紅蓮の球殻は、小さな太陽が地上に落下してきたかのように燃え、途方もない熱量を閉じ込めている。
その熱球殻が、急激に《《爆縮》》した。
内部へと向かってその熱量が殺到したのだ。
赤熱に触れた建物が、一瞬で溶解した。
高層ビルが、高架道路が、熱された|乳酪《バター》のように消滅していく。
最初の5秒で、五十万人が炭化して死んだ。
山林は炎上することすらできず、一瞬で白い炭になった。
大地すら融点を超えて溶け、沸騰する赤い汚泥となった。
それはもはや“燃える”という状態変化を遥かに超えていた。
超々高温度の熱が駆け抜けた後に残るのは、プラズマ化した分子が残す、魂の残滓のような白い煙のみ。
球殻の外には、かすかな温風ほどの熱も漏れていない。
しかし内部の都市は、神話の世界でしかお目にかかれないほどの焦熱地獄と化した。
ポートマフィア本部ビルの最上階で、組織の長である森鴎外が呟いた。
森「……これは、参ったねえ……」
窓の外に見える炎獄を眺めながら苦笑し、そのまま黒い炭と化した。
武装探偵社事務所の社長室で、社長の福沢諭吉が窓から外を眺めていた。
福沢「……間に合わなんだか」
焦ることなくそっと目を閉じたまま、融解した建物の泥濘に呑み込まれて消えた。
無数の人々が。
無数の人生と共に。
その煙幕に焼かれて、思い出や後悔や絆や生活や約束や記録や執着や野望や愛をまるごと残したまま、それでいてそんな諸々の人生など最初から存在しなかったかのように──白と黒の灰になって消滅した。
国木田と太宰は、島の石畳を駆けている途中でそれを目撃した。
国木田「何だ、あれは……!」
監禁室で暴れて脱出に成功した国木田の手首には、まだ手錠の痕がくっきり残っている。
太宰「あれが“異能兵器”だ」
太宰は奇妙に静かな声で云った。
太宰「ルイスさんも向かったと思うけど、どうやら間に合わなかったようだね」
国木田「あれが……異能だと? 莫迦な、あんなもの、異能力の|規模《スケール》をはるかに超えている!」
縮小する熱球殻が、二人の許まで到達した。
島を端から焦がしながら、熱殻があらゆるものを溶かす。
海水すら沸騰し、蒸発し、それすら足りずにプラズマ化した。
数千度の温度を持つプラズマ水蒸気が二人を吹き飛ばし、骨まで炭化させた。
太宰の持つ異能無効化でも、副次的に発生したプラズマ水蒸気までは無効化できない。
二人は影となって石畳に焼き付き、その石畳さえもすぐに溶解した。
消滅する瞬間に太宰が何かをつぶやいた。
だがその声を伝えるはずの空気すらプラズマ化し、どこへも届くことなくかき消された。
ルイスside
敦「なんっ……何ですかこれは! 一体どうやってこんなこと……!」
そう敦君が眼下の景色を見て叫んだ。
しかし、僕に言葉を返している時間はない。
“|殻《シエル》”を止める方法なんて、存在しない。
あの兵器自体を|異能空間《ワンダーランド》に送ることは無理だ。
鏡で熱波を抑え込むことは、兵器の力が強すぎて難しい。
ウェルズ「こちらだ!」
ウェルズが窓際で叫んでいた。
顔を上げると、熱波が島の中心地へ確実に迫ってきていることが判る。
巨大な熱殻が爆心地に向かって縮まっていた。
すぐに僕達のいるこの時計塔へ着くことだろう。
ウェルズ「何をしている!」
ウェルズが手招きする。
いつの間にか支柱のひとつに|鉄線縄《ワイヤー》を巻き付け、腰の滑車へと結びつけている。
割られた硝子の隙間から飛び降りるつもりか。
敦「でも……!」
ウェルズ「お前の仲間を救いたくないのか!」
敦君の迷いが一瞬にして消えた。
彼女を信用しきれていなかった彼の瞳に、決意が宿る。
彼は駆け出した。
そして、差し出された手を掴む。
ウェルズ「降りるぞ!」
砕けた窓を越え、僕達は空中に飛び出した。
塔の最上から、地上へ向けて落下する。
回る視界には、空を覆って迫ってくる紅蓮の殻。
沸騰する海。
たちまち熱波が僕の喉を焼く。
急激に気化し膨張した海水が衝撃波を生み出し、球殻よりも先にここまで到達しているのだろう。
それは、世界の終わりの光景だった。
ルイス「アリス!」
アリスside
アリス「判っているわよ!」
代わってすぐに私は異能力を発動させた。
鏡を上手く活用しながら、無事に着地をした。
敦君もウェルズも問題なさそうね。
ウェルズ「目の前の林に地下室への入り口がある! そこまで走れ!」
指された方に私達は無言で走った。
地下室の入り口は、地面に埋め込まれていた巨大な観音開きの鉄扉だった。
中央には巨大な錠前がかけられ、鎖で封印されている。
熱波の到着まであと10秒もないわね。
ウェルズはこじ開けようと軍用の|短刀《ナイフ》を取り出した。
アリス「敦君!」
敦「はい!」
両腕を虎化し、爪を鎖へと叩きつける。
二度、三度と叩きつけるうち、鎖の弱い部分が砕けて壊れ、錠前があらわになる。
ルイス『今のままじゃ……!』
ルイスの声が聞こえる。
まだ諦めるには早い。
敦君が虎の腕で錠前を掴んだタイミングで、私は異能力を発動させた。
10秒もいかないが、ほんの少しタイムリミットを伸ばせる。
敦「うおおおおああああああああああっ!」
虎の腕が急速膨張する。
敦君の顔ほどもあろうかという鋳鉄製の錠前が、虎の膂力で軋み、溶接部分から弾き飛んでいく。
彼の力に耐えきれず、悲鳴のような音をたてて錠前が二つに裂けた。
同時に私の鏡を割れて消えた。
ウェルズは素早く鉄扉に取りつき、全身の力を使って扉を開く。
ウェルズ「飛び込め!」
云われなくても、もう熱波が眉毛まで焼いているわ。
私達は底も見ずに地下室へと飛び込むのだった。
*****
鉄扉から落ちた先にあったのは、巨大な地下室だった。
むき出しの石床に落ちた時、とっさに受け身を取ろうとした。
しかし、失敗して足が赤く腫れていた。
痛みも尋常ではない。
異能力を使うことは無理そうだし、ルイスに戻るわけにもいかなかった。
ウェルズ「大丈夫か?」
アリス「まぁ、何とかね」
薄暗い部屋の中央に机がひとつだけあり、その隣にウェルズは立っていた。
それにしても、奇妙な空間ね。
壁も床も天井も、すべてがむき出しの石で造られた四角い部屋。
唯一の光源は、中央の机に置かれた《《映写機》》だけ。
敦「痛たたた……」
ウェルズ「気がついたか」
敦君も気がついて、とりあえずは一安心。
多分だけど、今からウェルズがしようとしていることは彼がいないと不可能ね。
敦「ここは? 別の場所……島の外に飛んだのか?」
確かに、そう思ってしまうのも無理はないわ。
直上の入口は、髪の毛が焦げるほどの熱風が吹き荒れていたもの。
なのに此処は《《熱くない》》。
そして、ここには音もなかった。
地上では今も熱殻が島を焼き尽くそうとしている。
建物が崩壊し、島そのものが破壊されていく轟音が聞こえない。
ルイスの異能空間と同じく、無音なのだ。
ウェルズ「残念ながらまだ島の中だ。この部屋もいずれ消滅する。だが私の異能で時間を引き延ばし、外からの影響を遅らせているだけだ」
女性らしさを押し殺したような平坦な声が、部屋の壁に何度も反響する。
敦君は周囲を見渡し、それから上を見た。
頭上に見えるはずだった私達が飛び込んできた鉄扉の姿はない。
その場所には、どこからともなく這い寄ってくる闇に覆われて暗く溶けている。
ウェルズ「時間がないので簡潔に云う」
不意にウェルズが云った。
ウェルズ「兵器が起動し、この島と周辺の大地は消滅した。範囲は半径35|粁《キロメートル》。兵器が生み出した熱球殻の最高温度はおよそ六千度。事前にした試算では、焼け死んだ人間の合計は概算で約四百万人だ」
敦「よんっ……!」
四百万といえば、ほぼ横浜に生活する人々すべてが犠牲になったことになるわね。
ウェルズ「原因は大戦末期に開発された、“消滅兵器”、あるいは“|殻《シエル》”と呼ばれる兵器のせいだ。何者かがこの島にその兵器を持ち込み、起爆させた。私はその起爆を阻止するために島に潜入した。だが阻止に失敗して……後は知っての通りだ」
敦「まっ……待ってください。あなたはテロリストのはずじゃ……第一、どうやってその兵器のことを知ったんです」
ウェルズ「簡単だ。あの兵器は私が開発した」
絶句する敦君。
でも、私達にはそう時間が残されていなかった。
ウェルズは淡々と続ける。
ウェルズ「十四年前の大戦で、欧州の国家は異能者を戦場に投入した。ユゴー、ゲーテ、そしてシェイクスピア……“超越者”と呼ばれる異能者達が激突し、史上かつてない程の戦争被害をもたらした」
敦君は、何も云うことができない様子だった。
大戦のことは知っていたかもしれないわね。
でも、その内幕で異能者が動いていたことは世界的に知られていないもの。
ウェルズ「私は英国の技術者として、異能兵器の開発に携わっていた。その頃の英国では、“異能力の特異点”を意図的に起こし、それを兵器に組み込む研究が行われていた。……異能力の特異点は知っているか?」
敦「知らない」
ウェルズ「簡単に云うなら、二つの異能力が相互反応を見せて、普通の異能の範囲ではありえないほどの大規模な結果をもたらす。それが“異能力の特異点”」
敦「それじゃあ……あの巨大な熱の天球も、その“特異点”が使われて……?」
ウェルズは頷く。
ウェルズ「そうだ。私の異能は、局所的に時間を操る。その異能と、さまさまな魔法的効果を━━この場合は熱球殻を発生させる呪符を描く異能。その二つを組み合わせて“特異点”を発生させ、異能の限界とされる箍を外したのだ」
アリス「敦君、不確定性原理を知ってるかしら?」
敦「不確定性原理……?」
ウェルズ「異能とは関係なく、この世界では時間とエネルギーとの間には不確定性が存在している」
ちょっと良いかしら、と私は手を挙げて話を遮る。
アリス「話が難しいこともあるけど、普通に時間がないから簡潔に話した方がいいと思うわよ」
ウェルズは少し考えてから頷く。
時の流れを遅くしているとはいえ、あまり悠長にしている時間はない。
ウェルズ「ごく簡単に云えば……そこらにありふれた|燐寸《マッチ》の火。そんなものでも、1秒の一兆分の一の、さらに一兆分の一のさらに一兆分の一の、そのまた一兆分の一……そんな極小時間の中でなら、地球を焼き尽くすような高エネルギーを持ちうる。いわばエネルギーの“ゆらぎ”だ。ただし、大きいエネルギーほどごくごく短い時間しか存在できないため、外界に影響を及ぼすことは決してない」
簡単にまとめてるけど、それでも難しいかしらね。
アリス「物凄く短い時間の間だけ発生する、物凄く大きなエネルギー。そして“時間”を操る能力と、特異点。ここまで云えばわかるかしらね」
敦「あ……!」
ウェルズ「気がついたか?」
敦「ひょっとして、その短い時間にだけ発生する高いエネルギーを……異能で無理矢理、あの巨大火球になるように調節したんですか?」
概ねその通りかしら。
説明したいことは山ほどあるでしょうけど、今は本題に入らないとね。
敦「そのとんでもない兵器を、誰かが━━あなたではない誰かが、この島で起動した」
ウェルズ「そいつの正体も目的も判らない。だが兵器の場所はほぼ特定した。この島の最深部ら最高機密区の最下層である地下五階だ」
しかし、部屋まではまだ判明してないという。
そしてウェルズは一拍あけてからその一言を云った。
ウェルズ「君には今から過去は遡行し、犯人を見つけ出して兵器を奪ってもらう」
敦君は啞然とした。
敦「……、……は?」
ウェルズ「申し訳ないが、納得してもらうための時間は割けない。嫌でも飛んでもらう」
敦「いや、ちょっと待ってください。過去へ遡行? 兵器を奪う? 一体どういう意味……」
アリス「そのままの意味よ。存在の不確定性。小さなエネルギーだったら存在の時間は過去から未来へと広がりを持つの」
ウェルズ「少し説明を省くが、私の異能力『タイムマシン』は“存在”が過去にあるように世界を誤認させることができる」
色々と省略すると、敦君自体を過去に送るわけではない。
全て送るなら数秒前ぐらいしか戻れないかしら。
なら、何を送るのか。
敦「記憶信号……?」
ウェルズ「人間の思考も感情もすべては脳神経細胞の発火に過ぎない。記憶はその電気信号で脳細胞に定着した、いわばデータだ。その記憶信号だけなら、極めて微弱なエネルギーしか持たない」
アリス「ウェルズ、上」
ウェルズ「……そろそろ限界か」
まだ説明したいことは沢山あることだろう。
でも、天井からかすかに砂利が落ちはじめてきたわね。
部屋の時間が外界に追いついてきた。
ウェルズ「脳の記憶信号を過去に送る場合、安全に送れる限界はおよそ3300秒。つまり55分だ。それが君の“二週目”の開始地点となる」
|映写機《カメラ》の光が強くなりつつある。
薄暗かった部屋が、今や昼間のように明るいわね。
ウェルズ「君に頼るのは、私もルイスも過去に遡行できないからだ。私の異能は、一度対象となった人間の時間を遡行させられない。そして私はすでに戦場で一度、ルイスも別の時期にだが過去遡行を使っている」
ウェルズの声が、光に飲み込まれるように遠ざかっていく。
ウェルズ「私はこれまで、幾多の事件や事故に立ち会い、この異能で危機を回避してきた。あまりに私の行く先で事故が多発するため、テロリスト扱いされる始末だ」
アリス「……ウェルズ」
ウェルズ「さっきは《《嫌でも飛んでもらう》》と云ったが……できれば君の意思を確認したい。兵器の起動を止め、君の国の人々、そして仲間を救う気はあるか?」
敦「あります」
力強い返事が、しっかりと聞こえた。
ウェルズ「ひとつ忠告だ。君が知っている未来について、《《他の誰にも話すな》》。できるだけ誰の協力も望まず、一人で動け。仲間が大規模に動けば、他の人間も影響を受ける。狭い島だ、いずれその動きが犯人の耳に届きかねない。……今回、兵器起動の時刻はきっかり正午、12時だった。だが君の行動の仲間の行動が変われば、犯人の気も変わり、正午より早く兵器が起動される可能性が高い」
敦「分かりました」
ウェルズ「最後に一つだけ。本当に困った時はルイスを頼れ。彼は私のことについて色々知っているから、状況を説明すれば力を貸してくれる筈だ」
頼むぞ、と最後にウェルズは告げた。
No side
???「……最後に君に会えて良かったよ、ウェルズ」
そんな声が部屋に小さく響いた。
ウェルズ「逃げないのか?」
???「着地を失敗した時の痛みで集中できない。今の状態じゃ、流石に人は送れないよ」
そうか、とウェルズは彼の隣へと座り込む。
少年は優しい笑みを浮かべていた。
少年「……敦君のことが心配?」
ウェルズ「まぁ、多少はな。でも君が信じるなら信じることにしよう」
少年「彼が変えた未来でも、また話せたら━━」
その瞬間、部屋を覆っていた時間制御が消滅。
地下室の時間軸が地上に追いつき、灼熱の熱風が地下を薙ぎ払う。
摂氏数百度という焦熱の暴風が何もかも砕いていき、何もかもが赤い旋風の中に飲み込まれた。
最後に赤い熱殻が降ってきて、部屋の一才を蒸発させた。
ウェルズもルイスも、|映写機《カメラ》も溶けて消える━━その一瞬前、空から何か黒い人影が降ってきたような気がした。
確かめることはできなった。
それが彼らの見た最後の光景になったからだ。
あらゆるものが消し飛ばされ、視界が消え、肉体が消え、意識さえもかき消されるその瞬間━━。
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--- 2023/08/23投稿「55minutes(Re)」 ---
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「おい敦! あとルイスさん! そんな舳先に立って、海に転げ落ちても知りませんよ!」
No side
いきなり聞こえた声に、敦の心臓が跳ね上がった。
驚きのために、呼吸も、鼓動も、血液も、何もかも止まった気がした。
言葉が出ない。
頭が真っ白になり、状況が理解できない。
目の前には海。
高速艇が波を切り、巻き上げた飛沫が敦にまでかかる。
敦「あ……、う……」
敦は口をパクパクさせることしか出来ない。
ルイス「敦君、どうかした?」
ルイスの声が聞こえるが、横を見ることもできない。
敦「ルイス……さん」
震える喉で、どうにかそれだけを言葉にした。
海はどこまでも青い。
ウミネコが頭上で鳴いている。
何の危険もない海の上だ。
熱殻も、熱風も、何も──。
国木田「本日の気象情報は降水確率0%だ。風速は南の風のち南東の風で、波の高さは1|米《メートル》のち1.5|米《メートル》。それから──」
敦「あの、国木田さん」
敦はようやく振り返って云った。
敦「今……何時ですか?」
国木田「はぁ? 11時05分だが、それがどうした」
正午の──55分前。
国木田「それより船室に入れ。この船に乗っているのは遠足ではないぞ。仕事の打ち合わせをする」
国木田が手帳をしまいながら云った。
その後ろをついていくルイスの背を敦は、ふらふらと追いかけた。
敦side
お二人の背中を追って船室に入ると、中には探偵社の調査員がいた。
谷崎さん、ナオミさん、与謝野さんに賢治君。
それぞれ思い思いの格好と行動で、船内の移動時間を潰している。
僕はその光景が目に入らなかった。
視界に収めているけど、脳の表面を上滑りして頭に入ってこない。
目の前に広がっている光景ではなく、僕の視界は体験《《していない》》はずの記憶の中にあった。
──焼け死んだ人間の合計は概算で約四百万人だ。
──君には今から過去に遡行し、犯人を見つけ出して兵器を奪ってもらう。
国木田「これより会議をはじめる。全員注目!」
国木田さんが何か叫んでいたけど、誰も反応することはなかった。
谷崎さんはうなされているし、与謝野さんは写真の選定に夢中だし、賢治君が寝ているし、ナオミさんは谷崎さん以外意識にないし、ルイスさんは小説を読んでいる。
かという僕も、国木田さんに声が耳に入っていなかった。
もしあれが妄想ではなく、現実に起こることなのだとしたら──。
残された時間は55分。
たったの55分だ。
国木田「敦、何を呆けている」
不意に国木田さんに声を掛けられて、僕は我に返る。
敦「あ……はい、すいません。何でしたっけ?」
国木田「おいおい、頼むぞ。遠足気分でいられては困るぞ」
敦「すいません。あの、国木田さん、実は……」
──君が知っている未来について、《《他の誰にも話すな》》。
──君の仲間の行動が変われば、犯人の気も変わり、正午より早く兵器が起動される可能性が高い。
敦「その……いえ、何でもありません」
僕は言いかけた言葉を無理やり飲み込んだ。
国木田「やれやれ……先が思いやられるな。俺達せ依頼された仕事は、島にいる盗賊を捕まえることだ。この連絡船の向かう先である『島』に依頼人がいる」
僕は頷く。
もちろんよく判っていた。
盗賊退治の結末がどうなるかも。
国木田「そもそも警察ではなく俺達のような民間探偵業者に依頼が回ってきたのは、これから向かう島の特殊性によるところが大きい。大型洋上浮動都市『スタンダード島』。独逸・英国・仏蘭西の欧州三国が共同設計した、“航海する島”だ。操舵による自立航行能力を持ち━━」
一度聞いたことのある国木田さんの説明も、頭に入ってこない。
説明を遠い潮騒のように聞きながら考える。
兵器の起動を阻止するのは、思ったほど簡単ではない。
まず兵器の場所が判らない。
ウェルズさんは“最高機密区”、つまり金貨エリアの最下層である地下五階のどこかだと云っていた。
問題は僕達は金貨を持っておらず、廃棄に近づくことすらできないということだ。
金貨エリアに近づくことがいかに困難かは、“前回”に盗賊と対峙した時に厭というほど思い知っている。
完全武装した兵士達と、監視カメラ。
あれをどうにかしない限り、潜入して兵器を探すどころの問題ではない。
国木田「おい敦、聞いているか」
情報が足りない。
調べなくてはならないことが多すぎるが、55分のあいだに全部調べるのは不可能ではないだろうか。
何とかウェルズさんと合流できないだろうか。
しかし彼女は表向きテロリストという立場上、身を隠すように行動している。
それに“私では過去に遡行できない”と云っていた。
つまり僕が過去に戻ってきた人物だと知らない。
その状況で、彼女をこちらから探し出して接触するのは、かなりの回り道をしないと━━。
国木田「どうした敦。観光島への遠足に浮き足立って、心ここに在らずか?」
すぐ間近に国木田さんの声がして、僕はハッとする。
国木田「観光気分でいてもらっては困るぞ。仕事の情報は頭に入っているか? あの島は━━」
敦「あの島は観光島であると同時に、独逸・英国・仏蘭西の三国が共同設計した人工島であり、かつ三国が共同統治する領土としての側面もあるんですよね」
国木田「う、うむ……確かにそうだが」
敦「加えて島の内部では、一般人が立ち入りできない区域を、識別信号発進の機能がついた硬貨で区分してますよね。観光客でも入れる銅貨区域、職員しか入れない銀貨区域。そして選ばれたごく一部の人間しか入れない機密区域である、金貨区域」
ふむ、とルイスさんが声を上げた。
ルイス「君、金貨区域のことを何処で?」
敦「それは━━」
国木田「お前がきちんと予習して仕事に前向きであるということは判った。大変すばらしい……今後もそのような姿勢で臨むように」
敦「はい」
ルイス「……もしかして、ね」
ルイスさんがそう云ったことを、僕は知らない。
ふと視線を上げると、高速艇の進行方向に、目指す島が見えてきた。
島というより海に浮かぶ機会と呼ぶに相応しい、巨大な外観。
遠目からでも見える風力発電の風車と、島中央の艦橋。
敦「いよいよ上陸ですね」
僕は国木田さんに向けて云った。
敦「……どうしました?」
国木田さんは椅子に深く腰掛け、頭を稲穂のように垂れている。
横から見る表情には燃え尽きた灰のように生気がない。
国木田「俺の手帳に……書いてないことがあった、だと……? しかもそれを敦が知っていた、だと……? もう駄目……死ぬ……」
死人のようにそう呻くと、国木田さんは椅子にばったりと倒れた。
ルイスside
ルイス「ほらー、国木田くーん、降りますよー」
国木田「もう駄目……死ぬ……」
ルイス「君、それ地味に敦君のこと馬鹿にしてるの気づいてる?」
生気を失った国木田君を何とか立たせて、僕達は下船して島へと入った。
島に入ると、古びた倫敦の街並みが僕達を歓迎した。
煉瓦の家に石畳。
往来する馬車。
懐かしい、と思いながら僕は辺りを見渡していた。
国木田「最初に、全員にこいつを渡しておく」
ようやく復活した国木田君が、懐から身分証の銀貨を取り出した。
僕以外の全員に配られていくのを見ながら、矢張り違和感を覚える。
アリス『ルイス』
ルイス「云われなくても気づいてるよ」
全く、と僕は国木田君の話を聞かずに街を見渡す。
多分だけど、彼女がこの島に来ているのだろう。
敦君の様子が変になったのは11:05。
ルイス「……つまり12:00か」
僕は今回別行動だし、良い感じにサポートしていこうかな。
その時、一台の幌馬車がガラガラと音を立てながら僕達の前にやってきた。
???「はぁ……。武装探偵社様御一行ですか?」
盛大なため息とともにかけられた声に、僕達は振り返る。
馬車から降りてきたのは青い作業着を着た青年。
年齢は30歳前後だっただろうか。
でも、年齢の割にやけに年老いた印象を受ける。
ウォルストン「私はこのスタンダード島の船長を……はあ、しております、船長のウォルストンと申します。皆様にお越し頂くよう手配した、はあ……依頼人でございます。どうぞお見知り置きを」
国木田「貴方が船長か。出迎え、感謝する。ところで……随分お疲れのご様子だが、大丈夫か?」
ウォルストン「はあ……ご心配、恐縮です。ですがこれが……はあ、私の通常勤務態度でございますので……はあ、お気になさらぬよう」
国木田「ではウォルストン船長、早速依頼の詳細を伺いたいのだが」
不意に、気の抜けるような電子音が響いた。
よく拉麺の屋台で鳴らされる、|客寄せ笛《チャルメラ》の音だった。
ウォルストン「はあ、すみません、電話のようです」
ウォルストンさんが懐から携帯電話を取り出した。
ウォルストン「もしもし」
僕は彼を見る。
ウォルストン「はい、それはもう! 申し訳ありません! 必ず見つけておきますので……皆様のご迷惑にはならぬよう、はい、決して!」
ルイス「……まさか船長」
必死に謝っているウォルストンさんを見て、ある仮説が浮かんだ。
ただでさえ腰が低いのに、あれほど謝っているのはおかしい。
無くしたものは──。
敦side
ルイス「──金貨か」
敦「え!?」
思わず驚いてしまった。
ルイスさんは僕と違って二週目じゃない。
なのに、金貨の存在まで辿り着いている。
否、何もおかしいことではない。
あの人は前から船長と知り合いらしい。
そして何度もこの島に来たことがあるようだった。
元軍人、しかも共同統治している三国が一つ英国の人間だ。
この島について、二週目の僕よりも詳しいかもしれない。
──本当に困った時はルイスを頼れ。
ウェルズさんも、そう云っていた。
自分一人で動けなくなった時は事情を説明して、ルイスさんに協力してもらおう。
全て背負う必要はない。
そう言われた気がした僕は、凄く心が軽くなったような気がした。
ウォルストン「さあさあ、お入り下さい。島の宿でも|解約《キャンセル》待ちがあるほどの人気宿でございます。まずは旅の疲れをお取り下さい。以来の話はその後に」
今まで深く考えてこなかったけど……船長は何故殺されたんだろうか。
船長を殺したのは背広姿のテロリスト、つまりウェルズさん。
彼女は拳銃で船長を撃ち殺した。
何故だろう。
彼女の目的は兵器の発見と奪取であって、島の関係者を殺して回ることじゃない。
監視映像に映った、ウェルズさんの感情のない瞳。
答えはすぐに思い至った。
船長は“容疑者”だったんだ。
彼女は船長を犯人の一人ではないかと疑っていた。
というより──かなりの精度で、船長が兵器を所有していると思っていた。
だから船長を殺すことで、大量虐殺を止められると思っていた。
敦「……でも違った」
船長を殺しても、兵器の起動は止められなかった。
犯人は別にいたんだ。
ウェルズさん自身は過去に戻って犯人探しをやり直すことができない。
つまり彼女は“一週目”だった。
だから犯人捜しについて、詳しい情報を得られなかったのだと推測できる。
けど、裏を返せば、それはつまり──。
船長に促されて宿に入る前に、僕は小さな声で訊ねた。
敦「船長。ひょっとして……船長は“金貨”をお持ちじゃないですか?」
ウォルストン「えぇ!?」
いきなり船長がのけぞった。
ウォルストン「ど……どこでその話を!」
国木田「おい敦、どうした? 部屋に行かないのか」
敦「すみません国木田さん、先に行って下さい! すぐ追いかけます!」
ルイス「僕もいるから心配しなくていいよ」
僕の背後で、そうルイスさんが云った。
国木田さんは首を傾けながらも、宿に入っていく。
なるべく“一周目”と違う話を聞かせたくなかったけど、ルイスさんなら大丈夫かな。
ウォルストン「そのう、金貨のお話をどちらで?」
ええと、と僕は事前に考えておいた云い訳を喋る。
敦「探偵社が事前に調べたんです。この島には機密区域があって、そこには識別信号発信の機能がついた金貨がないと入れないと……でも船長はこの島でも偉い人な訳ですから、お持ちではないかと思ったんですけど」
船長は金貨を持っている筈だ。
ウェルズさんが船長を“容疑者”と思ったということは、少なくとも船長は金貨を持ちうる立場だったと云うこと。
そうでなくては、ウェルズさんの考える犯人像からかなり遠ざかってしまう。
ウォルストン「あ、いや、そのう……持っている、ことは、持っているんですが」
しどろもどろになって弁明する船長。
ふと──先刻船長が電話で云っていた台詞を思い出した。
──申し訳ありません! 必ず見つけておきますので……。
“前回”では大して気にも留めていなかった台詞だ。
しかし船長のこの落ち込みようから考えると、ひょっとして──。
ルイス「失くしたんでしょ、金貨」
ウォルストン「ぎゃっ!」
ルイスさんの言葉に、船長は驚いて飛び上がった。
ウォルストン「いえ、その……はあ……あまり職員には云わないで下さい。あれだけ貴重な金貨で、絶対に他人に譲渡してはならないものだったのですが……どうやら、誰かに盗まれてしまったようで」
ルイス「……馬鹿でしょ」
ウォルストン「船長、盗まれたと云うのは?」
ルイス「肌身離さず持っていたのですが……はあ、降格どころでは済まないかも……どうしてこんな事に……毎日島の守り神様にお祈りしているのに……」
敦「守り神様?」
ルイス「島が出来た頃から島の人間を見守ってきたと云われる伝説の“守護者”だよ。その力は島の形をじざいに変え、あらゆる外敵から島を守ってきたと云われてる」
ウォルストン「はあ、自室に十字架と一緒に像を飾って、毎日お祈りしていたのですから、その凄い力で一回くらい助けてくれても……」
敦「はあ……」
どんな場所にも伝説というものはあるらしい。
しかしこんな最新技術の詰まった島に、そんな土地神様のようなものがいて良いものなのか。
第一、島の伝説を十字架と一緒くたにしてお祈りしたら、本式の神様に怒られそうな気がする。
何にせよ、これで船長がため息ばかりついてた理由がはっきりした。
敦「で、どこで盗まれたのか心当たりは?」
ウォルストン「今朝早くに着替えた時には持っておりましたから、それ以降の定期報告か、観光区域での移動時か……その辺ではないかと思います……はあ」
ルイス「盗んだ誰かが機密区域に侵入したらどうするの、本当に」
ルイスさんの言葉で気がついた。
犯人──兵器を起動した大量虐殺犯は、島の関係者とは限らないということか。
兵器が金貨エリアで起動されたのなら、犯人はそこに入る権限を持っている人物だと思っていた。
しかし船長の金貨が犯人によって盗まれたのだとすれば──それで兵器のある場所まで侵入されたのだとすれば、“容疑者”はぐっと増える。
ウォルストン「もし発見されましたら、何卒、何卒ご一報を」
ルイスside
ウォルストン「あの、ルイスさんの宿はどちらですか?」
ルイス「久しぶりに歩いて回りたいから送迎はいいよ。身分証再発行のとこのお爺ちゃんは変わってない?」
ウォルストン「はあ、あの面倒くさ……真面目な方です。警備に取り次いで、何とかしてもらえるといいんですけど……はあ」
とりあえず、船長と分かれることになった。
アリス『これからどうするの?』
ルイス「船長の金貨と、彼女を探すつもりだよ」
敦君は“未来を知る男”だ。
そして、多分だけど一度《《異能兵器が横浜近海で起爆されている》》。
なーんか面倒なことになりそうだな。
まぁ、彼女が関わっている時点で大変なことは確定しているけど。
ルイス「……あれ」
考え事をしていたら、貨物保管区域に来ていた。
煉瓦倉庫の並ぶ区域を歩いていると、職員とおぼしき一団がどたばたと慌てて走ってきた。
職員「君、このへんで黒髪で背の高い男を見なかったか?」
ルイス「見てませんけど……どうかしたんですか?」
職員「密入島だ」
あー、という僕の反応は見ずに職員は走り去った。
アリス『太宰君かしら』
ルイス「まぁ、テロリストの侵入経路を摑んだり、滞在に必要な硬貨を盗む手段を調べてるからね」
そんなことを話していると、見慣れた人影を二つ見つけた。
敦「その男なら、西の方へ走っていくのを見ましたよ」
職員「そうか。助かる!」
少年が西を指差す。
僕がさっき話した職員もおり、情報交換をしながら西へ走り去った。
国木田「背の高い黒髪なんか見たか?」
敦「それはこれから見ます。それよりルイスさん、何も訊かずについてきてくれますか?」
あぁ、と僕は笑う。
やっぱり敦君は“未来を知る男”なのだろう。
どうやら、誰かの元へ向かっているらしい。
国木田君もいるのは、少し意外だったな。
国木田「? おい?」
敦君はまっすぐ石畳を横切り、足音を殺してそっと歩き始めた。
国木田君の呼び掛けにも、人差し指を唇に当てて“静かに”の合図を出すばかり。
それから街路の一角にある灰色の塵箱へと、静かに近寄った。
そしていきなり蓋を掴んで開け──。
敦「わぁっ!!」
???「どひぇえ!」
ルイス「何やってんだコイツら」
アリス『ルイス、本音が出てるわよ』
おっと失礼。
敦君が大声で叫ぶと、中にいた人物が塵箱ごと飛び上がった。
国木田「太宰!? 何をしてるんだお前、そんな場所で?」
唖然とする国木田君に、塵箱ごと横倒しになった太宰君。
彼は目をぱちくりさせている。
それにしても敦君、二周目だからって驚かそうとしたんだろうな。
敦「すみません、太宰さん。よくないとは判っていたんですが、こんな好機一生に一度しかないと思うと、つい」
ほら。
太宰「……は……」
敦「ひょっとして……怒ってます?」
太宰君は目を見開いたまま返事をしない。
本気で怒ったら敦君死んじゃうんじゃないかな。
敦「あの、本当にすみません! 何というか、その、ちょっとした出来心で」
謝る敦君と、微動だにしない太宰君。
これ、呼吸もしてないな。
敦「だ、太宰さん? 太宰さん?」
敦君が慌てて駆け寄り、太宰君を起こそうと体を掴む。
しかし、敦君は驚愕して飛び退いた。
敦「つ……冷たい! 脈がない! 死んでる!」
真っ青な顔色で僕らの方を振り返った敦君。
その瞬間──。
太宰「ばぁ!」
敦「ぎゃあああ!」
ルイス「……仕返しにしては、あまり面白くないね」
はぁ、と僕はため息をついた。
太宰「あっはっは。私を一瞬でも驚かすなんて大した成長じゃないか敦君。その褒美に私の秘技“心臓止め”を特別に披露してあげた次第だ。光栄に思い給え」
国木田「お前いよいよ人間離れしてきたな」
ルイス「心臓を止めても死なないとか、本当に同じ人間か疑うよね」
太宰「自殺の道を究めんと邁進するうちに身に付けた秘技です。心臓はすぐ動くから大丈夫」
国木田「意味が判らん」
石畳に転がっていた敦君に手を差し出す。
敦「太宰さん、聞いてほしいことがあるんですが」
相談することに、もう迷いはないようだった。
未来を経験しているからこそ、選択が真剣になる。
なんか敦君、少し成長したな。
太宰「聞こうじゃないか」
太宰君は嬉しそうに肩をすくめた。
太宰「ただ、その前にひとつ思い当たった事実がある」
ルイス「……。」
流石は太宰君、か。
太宰「《《君が》》“《《未来を知る男》》”《《だね》》?」
敦君は目を閉じて、微笑んでいた。
敦side
僕は三人に全てを話した。
盗賊退治の顛末、船長の死、拘束と脱出、ウェルズとの邂逅、そして兵器の起動。
何が手掛かりになるか判らない。
憶えている範囲でなるべく詳細に、会話した人々の挙動まで含めて、ありのままを話した。
その間三人は黙って僕の話を聞いていた。
時々相づちを打つ以外は、全く話に口を挟まなかった。
すべて語り終え、僕が息を吐いた時、国木田さんが云った。
国木田「もし本当だとすれば、これは未曾有の大事件だぞ」
国木田さんはいつもより多く眉間に皺を寄せた。
国木田「しかし……敦の云っていることが白昼夢や幻覚の異能攻撃ではない、実際に起こる未来だと云い切れるか?」
太宰「それは間違いないと思うよ。私しか知らない筈の兵器の詳細を敦君は知っていたわけだからね」
ルイス「それに敦君の様子がおかしくなったのは11時05分。ウェルズが記憶信号を送れるのは55分だから間違いない」
ルイスさん、よく僕のこと見てるんだな。
この島についても、ウェルズさんについても知ってるし最高の味方ではないだろうか。
国木田「だとしても……どうする? そのウェルズとかいう女の云う、“仲間の行動が変われば、犯人の気も変わり、正午より早く兵器が起動される可能性が高い”……それも一応の説得力がある。俺達が表だって騒げば、正午と云わず、今すぐ兵器を起動するかもしれん」
太宰「するだろうね、間違いなく。深く考えなくても、これは“自爆テロ”だ。犯人は最初から四百万人と心中する気なんだ。そして正午というキリのいい時刻は、犯人が自分で決めた“審判の時”だろう。自分で決めただけの時刻なのだから、何か問題が起これば予定を繰り上げようとするのは当然」
ルイス「そのうえ犯人の正体も兵器の在り処も不明だからね……」
ある程度、予想はつくけど。
そうルイスさんが呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
今回の事件は条件が厳しすぎるのかと思っていた。
なのに、ルイスさんはもう予想がついたと云う。
ふと目が合うと、ルイスさんは僕を見て笑った。
まるで《《黙っていてほしい》》ように。
敦「あ、あの……太宰さん、何か方法はないんですか?」
太宰「《《ないと思う》》?」
あ、この笑みには見覚えがある。
太宰「未来が判っているなんて利点のある仕事、私にしてみれば激甘も良いところだよ。犯人が判らなかろうが時間制限があろうが関係ない。いくらでも手はある」
太宰さんは西へと歩きだした。
僕は慌てて後ろを追う。
不意に太宰さんは足を止め、視線を町並みへと向けた。
太宰「まぁ、敦君も知りえないような不確定要素が、何処かで発生していなければ──だけどね」
その時、ちょんと肩を叩かれた。
敦「……ルイスさん?」
ルイス「確認したいことが幾つかあってね」
ニコッ、と笑いながらルイスさんは色々と聞いてきた。
金貨エリア、盗賊団の詳細、大佐の背格好、異能兵器が起動される時間、ウェルズさんの背格好。
どうして再確認したかったのか、僕には判らなかった。
でも、これで犯人に確信が持てたようだった。
教えて下さい、と云えるわけがなかった。
僕が一周目のことを話している間、ずっとルイスさんは辛そうだったからだ。
敦「……ルイスさん」
ルイス「何?」
敦「僕なんかじゃ力になれないと思うんですけど、一人で抱え込まないでください」
僕が貴方に救われたように、今度は──。
ルイスside
アリス『敦君に心配されてたわね』
うん、と僕はある場所を歩いていた。
その場所とは《《金貨エリア》》。
太宰君の命で僕はあるものを設置しに来ている。
アリス『でも。本当に良かったの?』
ルイス「何が?」
アリス『犯人について。彼でしょう、異能兵器を起動させようとしているのは』
彼。
それは大佐のことだ。
敦君から改めて話を聞いたことで確信が持てた。
12時丁度といえば|偽物《ミミック》と呼ばれた兵士達に、大佐の部下に味方からの攻撃命令が出された時刻。
どうせヨコハマで失意のうちに死んだと思っているのだろう。
ルイス「……そんなことないのにね」
僕はそう呟いて、その部屋の前で足を止めた。
あの部屋には鏡がないからわざわざ歩いていくことになってしまった。
見張りに会っても、僕はそこそこの有名人だから特に問題なく地下五階へ来ることが出来た。
パスワードとか面倒だな、と思っていると勝手に部屋の扉が開いた。
太宰君が開けてくれたのだろう。
僕は部屋に入り、周りに目もくれず部屋の中央にある机の前に立つ。
ここが入って一番目につきやすい。
指を鳴らすと、|異能空間《ワンダーランド》から黒いアタッシュケースが僕の手元に来た。
多分、数分後に敦君が手にするだろう。
そんなことを考えながら僕は来た道を戻るのだった。
*****
太宰『やぁ、ルイスさん。無事にアタッシュケースを置けたようで何よりです』
ルイス「……もう通信機がつながるところまで戻ってこれたのか」
太宰『敦君とすれ違ったりしましたか?』
いいや、と僕は地下三階を歩いていた。
僕も敦君の側に居れば良かったかな。
でもウェルズにこの状況を説明しないと。
そんなことを考えていると、いきなり障壁が閉まり始めた。
敦君がヘマをしたとは思えない。
ルイス「アリス」
アリス『あー……中々厄介な人が来たわね』
ルイス「どういうこと?」
ほら、とアリスは僕の目の前に鏡を出した。
そこに映し出されている映像は──。
ルイス「芥川君?」
太宰『え、どういうことですか?』
太宰君も把握していなかったのか、驚いた声が通信機から聞こえてきた。
何故か芥川君が地下三階に、外から入ってきた。
因みに外というのは海からということ。
まぁ、障壁が閉まっても仕方ないか。
ルイス「多分兵が全部此方に流れる。敦君の方は大丈夫だろうね」
太宰『芥川君の方をお願いします』
ルイス「了解」
僕はとりあえず芥川君の元へ向かうことにした。
彼が此処で処分されると少々面倒くさいことになる。
どうにか金貨エリアの兵より先に会いたいけれど──。
芥川「ルイスさん!?」
ルイス「おぉ、ナイスタイミング」
急で申し訳ないけど、と僕は監視カメラがないことを確認して|異能空間《ワンダーランド》に送りつけた。
アリスに説明は頼んで、上手く兵を誤魔化すことにしよう。
運のいいことに、此処は地下二階に繋がる階段のところにいた。
逃げたことにすればいいよね、多分。
ルイス「さて、予定通り僕は帰りますか」
*****
結果から云えば、兵器の起動は阻止された。
十二時丁度になっても、何も起こらずに済んだのだ。
犯人である大佐は確保され、例の兵器も地下五階の最奥の隔離シェルターに保管されている。
で、何か特務課の依頼で|殻《シエル》を引き取らなくてはいけなくなった。
回収して持ち帰れとか、人使いが荒すぎやしないだろうか。
しかも、一番安全ということで一時的に異能空間に入れることになった。
そんなこんなで、僕は今、船長と太宰君と地下に向かっていた。
太宰「……疲れた!」
ルイス「うるさいよ、太宰君」
太宰「だって私まで地下五階に降りる必要ありますか? 普通に船長とルイスさんだけでいいでしょ!」
ルイス「残念ながら僕は正式な武装探偵社社員じゃないからね」
文句を云いながらも、太宰君はついて来てくれた。
地下五階まで降りてきた僕達は、隔離シェルターに向かう。
|殻《シエル》を隠している金庫は暗証番号と大佐の指紋認証が必要らしいし、暫く待機してないとな。
そんなことを考えていると、嫌な匂いがした。
僕は思わず走り出す。
この、鼻につく匂いは──。
ルイス「……ッ」
最悪だ。
本当に最悪だ。
ルイス「太宰君! 地上に連絡だ!」
太宰「なっ、金庫が開けられて……!?」
兵器がない。
床には大佐の切断された手首が落ちている。
指紋認証は突破されてしまった。
ウォルストン「る、ルイスさん……大佐が殺されていたと連絡が……!」
ルイス「──チッ」
太宰「確証がありませんが、大佐は利用されていたのかもしれません。兵器を起動する実行犯として」
口封じ。
黒幕。
本当のテロリスト。
思い浮かぶのは、一人の女性の姿。
アリス『ルイス』
アリスの声を聞いて、ハッとした。
ウェルズが黒幕なわけがない。
あの人はいつも、世界の危機を回避してきた。
僕は頬を叩いて深呼吸をする。
大丈夫。
誰かの為に、僕はまだ戦うことができる。
ルイス「太宰君は僕と地上に向かって。ウォルストンさんは兵器の捜索をお願い」
此処の辺にあるとは、思えないけど。
ウォルストン「そんな、一人でなんて無理ですよ!?」
太宰「此処に一人残されることが嫌なら、心配はいらない。すぐに国木田君が来る」
国木田「そこで何をしている太宰──って、これはどういうことだ!?」
ほら、と太宰君は笑った。
相変わらず全て君の掌の上だな。
太宰「敦君は一緒じゃないのかい?」
国木田「小僧なら行きたい場所があるらしくてな。大方、盗賊団のところだろう」
ルイス「この状況を伝えてもらっても良いかな。詳しくはウォルストンさんに聞いて」
それだけ言い残した僕は、地上へと走り始めた。
鏡を使っても良いけど、太宰君とこれからについて話し合いたい。
太宰「敦君はどこにいますかね」
ルイス「時計塔」
太宰「……即答ですか」
ルイス「僕が犯人なら、彼処で──」
その先を、僕は声には出さなかった。
多分、太宰君は気づいていない。
この違和感は盗賊団を、ウェルズを。
そしてこの島についての知識がある僕だから気づいたことだ。
アリス『ルイス、貴方は泊まる予定だった|宿泊亭《ホテル》に向かいなさい』
ルイス「……何でまた?」
アリス『火事が起こったのよ』
本当に何でだよ。
とりあえず太宰君には時計塔に向かってもらい、僕はアリスの言うとおり、|宿泊亭《ホテル》に向かうことにした。
もう火は消されている。
この島の警察には顔見知りがいるので、部屋に通させてもらった。
警察「火災報知器が壊れていて、あわや大火事になるところだった。そして、此処を借りた客は絶対に部屋にはいらないよう厳命していたらしい」
ルイス「……部屋に入らせてもらうよ」
本当、話が通って良かった。
下手に部屋を見られる前に調べられる。
部屋は焼け焦げていた。
ルイス「アリス」
そう、僕が云うと部屋中に鏡が現れた。
異能力で全体を把握すれば、現場を荒らさなくて済む。
ルイス「……なるほど」
警察「何か判ったんですか?」
ルイス「火災報知器は《《壊されている》》。部屋の中央にあるそれらを燃やしたかったのかな」
小型|演算機《コンピューター》。
盗聴機、望遠鏡、小型無線機。
残骸で分かりにくいが、多分それだろう。
太宰君に一応連絡を入れておこう。
ルイス「それじゃ、僕は急いでるから」
敬礼する警察達。
そういうの嫌いだし、僕は敬礼されるほど凄い人間ではない。
まぁ、そういっても意味がないからわざわざ云わないけど。
*****
それから僕がやって来たのは、時計塔。
途中でネモの死体があったりと、気になるところは多々あったがとりあえず着いた。
太宰君は、もう敦君と合流して上へ向かっているのだろうか。
そんなことを考えていると、何か嫌な気配がした。
???「今のを避けるとは、流石英国の戦神だな」
ルイス「……初めまして、で良いんだよね」
飛んできた岩を避けた僕は、彼にそう云った。
盗賊団について聞いた時、少し気になることがあった。
ガブという名の少年を見たことがあるような気がするのだ。
しかし、こうやって会ってみて思い出した。
ルイス「君は彼の──“七人の裏切り者”の一人、ジュール・ガブリエル・ヴェルヌの異能力かな」
ガブ「ご名答! 正確には異能が強化されて、変質し、意思を持ったんだけどな」
ルイス「それじゃあ君は異能生命体と云ったところか」
辻褄が合った。
彼は『島で死んだ人物の異能を吸収する』能力でウェルズの異能を奪い、何度か過去へ戻っているのだろう。
今回は何かイレギュラーが発生し、探偵社がこの島に来ることになってしまった。
ガブは異能生命体で、太宰君に触れられれば存在が消えてしまう。
本来の異能力を発動する瞬間だけは、その効果範囲を島全体に広げなければならない。
その時に太宰君が島にいれば、彼は消滅してしまう。
ここまで大掛かりなことをして太宰君を騙そうとしているのは、脅威を排除するため。
ルイス「僕の前に現れたのは、邪魔されないためか」
ガブ「そういうこと。だから大人しくしていてくれ」
敦side
“前回”と同じように、最上階の一つ手前で|昇降機《エレベーター》を降り、|階段《ラッタル》で目的地へと向かうことにした。
|階段《ラッタル》を静かに上りながら、僕はひそかに混乱していた。
ウェルズさんは──彼女はどこかの国の秘密機関のエージェントなのだろうか?
そんなこと、とても考えられない。
彼女は兵器を開発したのは自分だと云った。
だからこそ兵器を止めに来たのだと。
僕にはそれが嘘とは考えられなかった。
(考えても仕方ない)
ウェルズさんの時間操作は凄まじい異能だが、戦闘系能力ではない。
単純な力比べなら、虎の異能に分があるだろう。
本人から聞き出すしかない。
必要とあれば、力づくで。
|階段《ラッタル》を上り、最上階に出た。
顔だけを出して、そっと様子を窺う。
観測室は前に見た時と変わりない。
壁面はすべて硝子で、青い海と青い空がよく見える。
ウェルズさんの姿はすぐに見つかった。
窓際の丸椅子に腰掛け、外を眺めていた。
僕は太宰さんに向けてうなずく。
それから静かに|階段《ラッタル》を抜け、ウェルズさんへと近づいた。
幸い、彼女はこちらを背にしている。
音を立てないように移動するのは、この島に来てから随分慣れた。
右腕を虎化し、その爪をウェルズさんの首筋に突きつける。
敦「動かないでください。虎の爪は鉄骨をも引き裂きます。拳銃も短刀も、この腕には効きません」
ウェルズさんは答えない。
敦「教えてくださいウェルズさん。盗賊団を殺し、兵器を奪ったのは貴女ですか? 何故です! 答えてください!」
太宰「待て敦君。何か様子が変だ」
後から部屋に入ってきた太宰さんが静かに云う。
その時、ゆっくりとウェルズさんの体が傾いだ。
床に体が落ち、鈍い音をたてる。
ウェルズの胸に、短刀が突き刺さっていた。
衣服は真っ赤に染まっている。
敦「そんな、どうして彼女が……彼女は事件の黒幕じゃ……」
太宰「敦君。刺さっている|刃物《ナイフ》は彼女の所有物で間違いないかい?」
僕は短刀の柄を見た。
軍用の短刀──彼女が鎖を壊すために使っていたものと同じだ。
敦「はい。間違いありません」
太宰「妙だな」
太宰さんは目を細めながら云った。
太宰「短刀の柄に少し油がついている。|演算機《コンピューター》を燃やした時の油だろう。だとすると──辻褄が合わない」
敦「辻褄が合わない?」
太宰「ここの設備さ。破壊された跡が全くない。電探も、望遠装置も、すべて生きている」
太宰さんは測量机やその周辺にある電子機器を全て確かめながら云った。
太宰「私が敵なら、ここまで来てウェルズさんをただ刺して帰るなんて事はしない。ここが生きている限り脱出経路は……空も、海も、海中さえも監視範囲内になるからね。敵は脱出する気がないのか? 否、というよりこれはそもそも根本的に……だがそうなると……」
顎に手を置いたまま、太宰さんがぶつぶつとつぶやきながら何かを考えている。
目は太宰さんにしか見えない景色を高速で追って左右に動く。
不意に、太宰さんの動きが停止した。
敦「太宰さん?」
ゆっくりと顔を上げ、それから茫然とつぶやいた。
太宰「やられた」
敦「え?」
太宰「兵器を狙う第三国なんて最初から存在しない」
太宰さんの表情に浮かんでいたのは、驚き。
太宰「燃えた|演算機《コンピューター》も|偽装《フェイク》だ。やるじゃあないか、実に周到な──では奴は今もこの」
太宰さんの台詞が、部屋に響いた金属音に掻き消された。
そいつが驚きの声をあげると同時に、太宰さんが僕の方へ突き飛ばされる。
???「放置しておいても死ぬと思ったからトドメは刺さなかったけど、その怪我で動くとかイカれてんだろ」
仕方ねぇ、とそいつは床に倒れていた血だらけのルイスさんに短刀を向ける。
刺さる直前で僕は異能力で虎化し、ルイスさんを抱えて避難させた。
ルイスさんの呼吸は浅く、出血量も尋常じゃない。
今すぐにでも与謝野さんに見せないといけないほどの重傷だ。
???「流石は又三郎だな。今のは完全に刺さったと思ったぜ」
だが、とそいつは小さく笑う。
太宰「か……は……?」
太宰さんの胸から刃物の先端が突き出ている。
背後には石の腕があり、刃物をさらに押し込んでねじった。
骨がこじ開けられるような、めりめりっという音が響く。
太宰さんの口から鮮血がしぶいた。
短刀が抜かれ、血がごぼりとあふれた。
僕は震えていた。
そして、汗が止まらない。
敦「……ガブ?」
ルイスside
少しの間、意識を失っていたのだろう。
意識が朦朧とする中、ただ一つ判ったことがある。
僕は太宰君を守れなかった。
うっすらと見える視界では太宰君が青白い顔で何かを云っている。
声にならないのか、僕の耳が聞こえていないのか。
最後の言葉は分からなかった。
敦「国木田さん! 至急与謝野さんを時計塔に連れて来てください! 太宰さんが刺されて、心臓が止まりかけています! ルイスさんも重傷で意識がありません」
国木田『何だと!? くっそ……こんな時にか!』
スピーカーにしているからか、国木田君の声も聞こえる。
何故か激しく争う音や銃撃、それから家屋が揺れる轟音もだけど。
国木田『急に地面から腕が無数に生えてきて無差別襲撃を始めた! 探偵社全員で何とか持ちこたえているが、観光客を庇うので手一杯だ!』
敦「……国木田さん、心臓が止まりました」
国木田『そうか』
国木田君は何かを無理矢理押さえつけるような声で云った。
国木田『敦、手順は判っているな?』
敦「はい」
異能無効化の能力を持つ太宰君に、治癒能力は効かない。
それは真実だ。
でも、《《太宰君の傷を異能で治癒する方法は存在する》》。
国木田『問題はこの攻撃だ。この攻撃を避けながら時計塔に向かっていてはとても時間が足りん。敦、この攻撃をして異能者は判明しているな?』
敦「はい」
国木田『そいつを倒せ』
国木田君は簡潔に云い切った。
国木田『一秒でも早くだ。他に方法はない。おそらくはそいつが例の兵器も持っている。これ以上の犠牲を出さんためにも、黒幕を倒せ』
敦「時間がありません。太宰さんの蘇生は二分以内にしなくてはなりません。でも僕の攻撃力では、あいつの異能を突破できません。このままでは──」
ウェルズ「それは判らんぞ。──私に考えがある」
ルイス「それは判らないよ。──時間なら延ばせる」
ウェルズと声が重なった。
僕はどうにか体を起こして、壁にもたれかかる。
ウェルズ「すまんが、傷のせいで自分では歩けん。ここの近くに私の地下基地がある。あそこまで連れて行ってくれ。あそこは熱殻の被害を防ぐために作られた部屋。奴の異能も簡単には侵入できんはずだ」
敦「ですが……」
ウェルズ「私ならその男の寿命を二十分程度は延ばせる。私が今死んでいないのと同じ方法でな。だから連れて行け。頼む」
--- 私の前に、これ以上死人の山を作らせないでくれ ---
敦「……判りました。でも流石に三人は」
ルイス「それなら心配はいらない」
ふぅ、と息を吐いて敦君の目を見る。
ルイス「君が先にこれを持っていけ」
タイミングよく、アリスが大きめの鏡を出してくれる。
異能空間には送れずとも、異能で創った鏡通しなら今の状態でも送れるはず。
ルイス「そしたら|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld 》で全員送る」
ウェルズ「場所は判るのか?」
敦「僕、二週目なので。それじゃあ行ってきます」
虎の異能を使えば移動はすぐだろう。
今のうちにアリスと変わっておいた方がいい。
やらなくちゃいけないことも、思い出したしね。
*****
アリスと入れ替わり、僕は|異能空間《ワンダーランド》にやってきた。
怪我は現実に置いてきたから、アリスが辛い状況になっているだろう。
少し罪悪感を覚えながらも、僕は彼を探すことにした。
そんな変なところにおいては置かないだろうけど、どこにいるのだろうか。
ルイス「あ、いた」
芥川「ルイスさん、迎えが遅いです。いつまで僕をここに拘束するつもりですか」
ルイス「アリスから聞いてるとおもうけど、色々と大変な状況になっていてね。君に頼みたいことがある」
そう云った瞬間、芥川君の背筋が伸びた気がした。
ルイス「現在、僕が重傷で太宰君が死んでいる。助かるにはある異能力者を倒さなくてはいけなくてね」
芥川「人虎では倒せないのですか?」
あぁ、と僕は即答した。
敦君だけも勝てるかもしれないけど、二十分という時間制限のある中で倒せるかどうかは判らない。
新世代の双黒として、二人が協力すれば勝機はある。
芥川「……判りました。人虎に手を貸してやることにします」
ルイス「意外と素直に聞いてくれたね」
芥川「足を引っ張ったらすぐに切り捨てます」
芥川君らしいな。
そんなことを思いながら、僕は微笑む。
ルイス「僕はまだしも、太宰君はこんなところで死ぬべき人じゃないからね」
任せたよ。
僕が指を鳴らすと、芥川君の姿が消えた。
さて、と僕も背伸びをして微笑む。
*****
壁も床も天井も、すべてがむき出しの石で造られた四角い部屋。
唯一の光源は、中央の机に置かれた映写機だけ。
|映写機《カメラ》型の異能道具が使われ、地下室内の時間が一時的に操作されているのだろう。
ウェルズ「……戻ってきたか」
ルイス「そりゃ、いつまでもアリスに押し付けるわけにはいかないからね」
これは僕が受けた、僕の傷。
無関係のアリスに背負って貰うものじゃない。
それに、頼みたいこともあったし。
ウェルズ「やはり君は強いな、ルイス」
ルイス「僕は弱いよ。強かったら重傷になんてなってない」
ウェルズ「私が今云っているのは戦闘能力の話じゃない」
じゃあ、何の話だろうか。
そんなことを考えている僕に対して、ウェルズは優しく微笑む。
ウェルズ「さて、引き伸ばせる時間は二十分が限度だ。君は少年が島の騒動を収めるところまで出来ると思うか?」
ルイス「どうだろうね。僕は未来が見れるわけじゃないし、確定はできないよ」
でも、彼らなら大丈夫。
僕はそんな確証を持っていた。
現在時刻12時54分。
13時14分には僕達の蘇生は不可能になるだろう。
ルイス「……頑張ってね、二人とも」
*****
どうにか意識を保ちながら、僕は腕時計を眺める。
死までのカウントダウンは刻一刻と近づいてきていた。
今まで死の手前まで行ったことは何度かある。
でも、こんな風にゆっくりと過去を振り返る暇はなかった。
ルイス「……ウェルズ?」
太宰君はもちろん話すことはできなかったが、ウェルズからの返事も返って来なくなった。
時刻は13時10分。
今回ばかりは、死んだかな。
そんなことを考えていると、地下室の入り口が開いた。
|映写機《カメラ》とは違う明かりが部屋を照らす。
???「お待たせしました!」
賢治君の声が、地下室に響き渡る。
谷崎君と与謝野さんも、続いて降りてきた。
ルイス「……ははっ」
僕は小さく笑って、蝶を眺めるのだった。
谷崎「与謝野|女医《せんせい》、心肺蘇生を開始します!」
太宰君を異能で治療する方法は、存在する。
死にたがりの太宰君が本当に死んだ時のため、国木田君を中心にかなり綿密に検討されてきた。
まず、太宰君の心臓が停止したとする。
この時点で脳への血液供給が止まり、太宰治という人間は死亡。
この瞬間に異能無効化は消滅し、治癒異能が効くようになる。
次に素早く外傷を応急処置し、蘇生処置を行う。
蘇生処置はよくある普通の手続きで大丈夫だ。
除細動器による電気刺激で、太宰君の心臓を再び動かす。
これが成功すれば、太宰君は“死”から“瀕死”の状態になる。
与謝野|女医《せんせい》の異能力は『瀕死の人間の外傷を完全治癒させる』能力。
つまり、瀕死にさえなれば怪我の治療は可能。
でも同時に、太宰君の異能無効化が立ちはばかってくる。
与謝野さんの異能が通じないとなると、本格的な医療機器も輸血設備もないこんな場所では治療のしようがない。
この蘇生は無駄に終わる。
しかし、この異能の|衝突《コンフリクト》にも、ほんの僅かな隙がある。
心配蘇生を行うと、心臓が動いてから脳に血液が届くまでに、ほんの一瞬の|時間差《タイムラグ》が存在する。
この間、心臓が動いているから“瀕死”状態というのは変わりなく治癒異能は通じるけど、同時に脳は停止しているため、太宰君の異能無効化は邪魔をしてこない。
その時間差、およそ0.5秒。
生と死の一瞬の時間差、そして異能発動条件の間隙を突いたこの方法でなら、異能の通じない太宰君に治癒異能を使うことができる。
--- 『|君死給勿《キミシニタモウコトナカレ》』 ---
成功か、失敗か。
それは次に聞こえた一言で判った。
太宰「……あれ、私は死んだはずでは」
ウェルズ「ははっ、大した異能者達だ」
そう、ウェルズが笑ったのを横目に僕も胸を撫で下ろしていた。
*****
地下室を出て、僕達は敦君達の方に向かい始めた。
何があったか太宰君に説明もしておく。
その道中、大地が大きく揺れた。
人工島であるここで地震はありえない。
与謝野さん達が治療に来れたということは彼との決着もついている。
谷崎「今のは一体……」
谷崎君がそう呟いた次の瞬間、僕の目の前に鏡が現れた。
アリス『大変よ。島の出入り口である桟橋が爆発。船もやられてるわね』
ルイス「……彼が亡くなったことで全面破棄が始まったか」
アリス『海岸の水位も上がってる。このままだと島が沈没するわ』
船がやられたとなれば、誰も脱出できない。
島の沈没までの時間は10分前後だろうか。
職員と観光客を全員|異能空間《ワンダーランド》に送ってもいいが、時間が足りない。
両方の異能力を使っても、間に合わないだろう。
太宰「心配入りませんよ、ルイスさん」
ニコニコと、太宰君はいつも通り悪巧みをしている時の笑みを浮かべていた。
それと同時に聞こえてくる、硬い羽ばたきのような音。
空を見上げると、青い飛行物体がある。
太宰「乱歩さんに事件概要の映像を携帯通信で送っておきました。まぁ、流石に島が沈むほどの危機に陥るとは思ってませんでしたけど」
ルイス「……君、死にそうな時でも変わらないねぇ」
おや、と太宰君は輸送機が着地しそうなところを見る。
どうやら乱歩と鏡花ちゃんが来ているようだ。
そして、そこには敦君や国木田君もいる。
太宰「その年で少女を泣かせるとは、女泣かせの才能があるのだねぇ、敦君」
敦「だ──太宰さん! ルイスさんも!」
太宰「聞いたよ。私が折角ぽっくり死ねたというのに、蘇生するなんて……随分ひどいことをするじゃないか。刺されるの痛かったのだよ? しかも、君達は内緒で私の蘇生法を前から検討していたそうじゃないか。自殺計画を練り直さなくては……そもそも」
国木田「太宰ぃいいぃぃウォラァアァ!」
太宰「げぶぁ!?」
国木田君が太宰君の側面から|揃え蹴り《ドロップキック》をぶちかました。
くの字に折れ曲がって太宰君が吹き飛ばされる。
国木田「お前はコラ! また勝手にオラ! 好き放題仕事を引っかき回しおってウォラ! お前を蘇生させるために俺達が、どれだけ、苦労、したと!」
太宰「い痛い痛い痛いよ国木田君、蹴りながら首を絞めながら怒るのはやめてくれ給え」
国木田「大体何が『折角死ねたのに』だこの失格人間! そんなに死にたいなら俺が殺してくれるわ! こうか! こうか! この角度か!」
首を絞めながら太宰君をガンガン地面に打ちつける国木田君を、誰も止めようとはしない。
全員が二人を眺めながら、安心した表情を浮かべている。
ふと、敦君は振り返り、機械の山を見た。
夏の熱を孕んだ海風が瓦礫の上を吹き抜けるだけ。
ルイス「何か思うことでもあったのかな?」
敦「……ルイスさん」
その、と敦君は少しずつ話し始めた。
敦「ヴェルヌに仲間であり同志だった“七人の裏切り者”も、こんな風な仲間だったのかなって。守護者だったヴェルヌが消滅して、異能生命体のガブとなった時、最初に仲間を求めて盗賊団に入ったんです。でも、何度も“初入団”を繰り返す形でしか仲間と一緒にいられなかったガブには、主人が“七人の裏切り者”と築いたような絆を感じることができなかったと思うんです」
ルイス「……。」
敦「もしガブにも、ヴェルヌのような仲間が、僕にとっての探偵社があれば、こんな風に殺し合わずに済んだんでしょうか?」
僕は少し考え込む。
多分、彼はいつか来る消滅を恐れていた。
生きたいというただ一心で、彼は今回の騒動を起こした。
ヴェルヌとガブの姿を交互に浮かべて、僕は青すぎる空を見上げた。
ルイス「その問いには、誰も答えられないだろうね」
──夏はまだ長い。
No side
事務室の|天井扇《ファン》が、生温い空気をかき回している。
窓から差し込む斜めの陽光が。事務所の床を白く照らしている。
あるかなきかの微風に、室内の観葉植物が頭を垂れている。
「「……あぁ~~~ぅぁ暑っつい~~~……」」
溶けた氷菓子のように、探偵社員が机に伸びていた。
谷崎「何もこんな時に冷房が故障しなくてもいいのに……」
賢治「修理が来るのは午後だそうですよ」
太宰「そんなに待ったら煮汁が出てしまうよ」
事務所にいるのはいつもの面々だ。
太宰、敦、谷崎、賢治、乱歩、与謝野、鏡花、ルイス。
鏡花とルイスは汗ひとつかかず涼しい顔をして、うだる社員達を不思議そうに見つめている。
乱歩「あー全く、探偵社の精鋭が揃っていながらとんだ為体だな!」
乱歩がやけっぱちめいて叫んだ。
乱歩「誰か異能で涼しくできる奴はいないのか!」
国木田「いそうで……いませんね」
うむう、と乱歩が机に突っ伏した。
乱歩「判った。こうなったら全員で避暑にでも行くしかないな。社長にスタンダード島事件の慰労だと云ってお願いしよう」
谷崎「それは素敵ですね」
谷崎が顔を上げて云った。
谷崎「具体的にはどこに行きましょう?」
太宰「山がいいなぁ」
敦「山、いいですねぇ」
国木田「うむ。標高が高ければ涼しかろう」
乱歩「何だそれは。避暑といえば海じゃないか」
「「海はもういいです!」」
全員が声を揃えて云った。
全員のげっそりした顔を順番に眺めてから、乱歩はつまらなそうに立ち上がった。
乱歩「ふん。好きにしろ」
島の事件に参加しなかったために今ひとつ海に関われなかった乱歩は、唇を尖らせながら云った。
乱歩「一階の喫茶店で涼んでくる。谷崎、賢治君。お供しろ。奢ってやるぞ」
賢治「喜んで」
乱歩、谷崎、賢治は連れだって事務所を後にした。
太宰「いいなぁ。私も“うずまき”の抹茶氷、食べたい」
太宰が去っていく社員の背中を眺めながらつぶやいた。
国木田「お前は仕事だ。スタンダード島事件の報告書。さっさと仕上げろ。特務課が痺れを切らしているぞ」
太宰「えぇ?」
太宰がいかにも面倒そうに不満の声を上げた。
太宰「やってもいいけど……国木田君、何か涼しくなる方法知らない? 君の異能で何とかしてよ」
国木田「異能ではないが、全身が適度に冷える方法なら知っている。やってやろうか?」
太宰「え、本当? どうやるの?」
国木田「心臓を二分ほど止めて蘇生させる」
太宰「……厭な実績を作っちゃったなぁ」
太宰が恨みましい目で国木田を見た。
太宰「死ねると思ったら寸前で蘇生されるのはもう沢山だよ。報告書、書けばいいんでしょ? 敦君、そこの資料取って」
敦「あ、はい」
急に呼ばれた敦は立ち上がった。
敦は事務机にある回覧書棚から、事務員がまとめた資料を探して取り出した。
ふと、その表紙に添付されていた写真に目を留める。
敦「あれ? これって……」
ルイス「おや、敦君はまだ見ていなかったんだね」
敦が見ていた写真は、島の海岸にうち捨てられた金属片の山だった。
野ざらしになったその金属の中に、見覚えのある品があった。
黒いアタッシュケース。
留め金が開かれ、内部の機構が破壊されている。
元の姿を知っているものではなくては何の機会だったか判らないほど、念入りに破壊されていた。
太宰「島を引き上げる前に、それだけ調べておきたくね。皆に頼んで探してもらったのさ。完全に破壊されている。壊されたのはおそらく正午すぎ。地下五階から兵器が盗み出された、すぐ直後だ」
ルイス「ガブは、兵器を使う気は全くなかった。盗み出して破壊したのはおそらく、兵器を誰にも──僕達や特務課を含めて使わせないためだろうね。彼も彼で、兵器による破壊を止めようとしていた」
最後まで彼は守護者だった。
ルイスは肩をすくめながら小さく笑った。
敦「そういえば、国木田さんに頼まれて大佐の過去について調べたのですが──結局大差が兵器を使ってまで世間に伝えようとした秘密は、判らず仕舞いでした。何だったのでしょう」
──正午は、部下への攻撃命令が出された時間じゃ。味方からのな。
──幕僚本部の関係によって裏切り者にされた部下達は、逃亡し、兵士の|偽物《ミミック》と呼ばれながらこのヨコハマに流れ着き、失意のうちに死んだと聞いておる。
敦は事務員の手も借りて、過去の事件、大佐の経歴、果ては海外の民間探偵業者を頼ってそれらしい戦場の記録まで調べてみた。
だが結果は何もなし。
大佐の部下で“裏切り者”として処理された部隊もなければ、海外の元軍人がヨコハマで死亡したという記録にも該当するものは存在しなかった。
太宰「見つかるはずがないよ」
太宰は不意に窓の外に目を向けて云った。
太宰「あの件は特務課が徹底的に抹消している。その死んだ部下の死亡記録どころか、街角で偶然映り込んだ写真ひとつさえ残っていないはずだ。そういう仕事は特務課は大得意だからね」
敦「太宰さん、その人達を知っているのですか?」
太宰はその問いには答えず、机に肘をついて空のどこか一点を見つめた。
その目は現実の風景ではなく、頭の中に残っている鮮やかな記憶を眺めていた。
太宰「大佐には悪いけど、彼らのことを世間に暴露する必要はないよ。彼らは最後は満足して死んだ。掘り返さず、そっと眠らせておくべきだ」
ルイス「……さて、僕は失礼させてもらうよ」
太宰「あれ、報告書手伝ってくれないんですか?」
ルイス「それぐらい自分でやりなよ」
じゃあね、とルイスは探偵社を後にするのだった。
*****
鮮やかに白い入道雲が見えた。
降り注ぐ陽光が、緑の木々の表面で光となって弾けている。
ウェルズ「面倒をかけたな」
敦「ウェルズさん」
敦は笑顔になって云った。
敦「ご無事だったんですね」
ウェルズ「君のおかげで、人生に突き刺さっていた汚点を消し去ることが出来た。礼を言う。……それはそうと、君達武装探偵社に、軍警から国際テロリストである私の捕縛命令が出たと聞いたが」
敦「国木田さんが依頼書を受け取っていました。といっても。その後すぐ依頼書をびりびりに破いて捨てていましたけど」
ウェルズ「そうか」
ウェルズは目を閉じて微笑んだ。
ウェルズ「私は次の災いへと向かうことにするよ。いつか私が息絶え、時の中に埋没して忘れ去られるその時まで……」
敦は先を行く国木田の方を見ながら何かを云おうとしていた。
しかし、その言葉を聞くことなくウェルズは小さくうなずいた。
次の瞬間、景色はがらりと変わる。
ウェルズ「……やはりここは異質だな」
ルイス「そんなこと云わないでよ」
はぁ、と息を吐きながらルイスは腰に手を添える。
ルイス「それで、云われた通り変装は用意したけど……背広の英国紳士は辞めるの?」
ウェルズ「まぁ、暫くは女性の格好で行こうと思う。ルイスは暫くこの街に滞在するんだろう?」
ルイス「……僕、君に話したっけ」
どうやら、探偵社と一緒にいるところを見てそう思ったらしい。
ルイスはここ十年以上ひとりで活動してきた。
仲間を作ららず、組織にも所属していなかった。
ウェルズ「そんな君がアリスと和解して、あんなに楽しく笑っていた。今度こそ守れるといいな」
あぁ、とウェルズにルイスは優しく笑った。
ウェルズ「……この前、懐かしい二人にあったぞ」
ルイス「懐かしい二人?」
ウェルズ「君と戦場に立った帽子屋の二人だ」
ルイスは少し驚く。
そして、昔のことを思い出しながら問いかけた。
ルイス「二人とも元気そうだった?」
ウェルズ「あぁ。心配しなくても想いを大切に今日も生きているぞ」
そっか、とルイスは安心していた。
ウェルズ「じゃあな。アリスによろしく伝えておいてくれ」
*****
ウェルズを現実へと戻し、ルイスは|異能空間《ワンダーランド》内を歩いていた。
今までも何度か説明しているが、|異能空間《ワンダーランド》には色々なエリアがある。
この中で今回ルイスがやって来たのは寝室だ。
寝具に簡単な家具。
一人暮らしの部屋のようになっているそこにアリスはいた。
椅子に座り、英語で書かれた本を読んでいる。
アリス「あら、ウェルズとの別れは済んだの?」
ルイス「話すことも特になかったから」
アリスは小説に栞を挟み、近くの机の上に置いた。
???「……んぁ?」
そんな声が聞こえ、アリスは|寝台《ベット》へと視線を向ける。
ルイスもアリスの隣へ移動した。
ルイス「気分はどうかな?」
???「お前……それよりも此処は……」
ルイス「異能空間」
少年は起き上がり、目をぱちくりしながら辺りを見渡した。
そして、ルイスとアリスを交互に見た。
暫くすれば理解が追い付いてきたようだった。
少年「俺が消滅する寸前に異能空間に送ったな?」
ルイス「転送したのは僕じゃないよ。君のせいで死にかけてたから」
アハハ、とルイスは目を細めた。
瞳に光は宿っていない。
アリス「貴方の体に鏡があったから、それを通じて送ったのよ。ルイスの傷も治っていたからギリギリだったけれど」
少年「何故助けた? 俺の消滅を阻止しても良いことないだろ」
ルイス「あぁ」
損得で動く人間じゃないんだよ、僕。
そう笑ったルイスは、どこか寂しそうにも見える。
ルイス「君は消滅寸前に島の守護者を降りた。そのせいで僕をはじめとしたスタンダード島にいた人は海の藻屑になりかけたんだけど」
アリス「ルイス、話が脱線してるわよ」
おっと失礼、とルイスはアリスの隣に椅子を持ってきて座る。
ルイス「守護者を降りたことで君は自由になった」
ルイスが深呼吸をし、少年へ手を差し出す。
ルイス「僕がヴェルヌにとっての“七人の裏切り者”になれるとは到底思えない。でも、僕でよければこの手を取ってはくれないかい?」
少年は厭だった。
時間遡行をやめ、時間が通常通り流れはじめれば、いずれ遠からず自身は消滅してしまうことが──厭だった。
意思が消滅し、自分がまたどことも判らない闇の中に沈んでしまう。
そう思うと我慢ならなかった。
だから生まれたばかりの少年が取った行動は“主人と同じ行動をする”。
つまり、同じ時間を繰り返すこと。
閉じられた時間の中で|反復《ループ》し続け、決して外に出ないこと。
少年「自由もいらねぇ、喜びもいらねぇ。俺は、ただ生きたかった。だけど──」
一人は寂しい。
生まれたばかりで、誰とも状況を共有できず、繰り返しの中を生きるしかなかった。
自身にもヴェルヌや敦のような絆ある仲間がいたらと、何度も考えていた。
同じほうを向いて、同じ時間を分け合う仲間がほしかった。
だから、盗賊団に入ったのだ。
ネモの弟子となり、ビルゴと三人であんな馬鹿げたことをした。
少年「……どうせ此処から出たら俺は消滅するんだろ?」
ルイス「僕が死んでも消えるね」
はぁ、と少年はため息をついた。
そしてルイスの差し出す手を取って、寝台から降りる。
少年「あの島でしか生きられなかったことに比べたら、ちょっとはマシかもしれないな」
少年はそんなことを呟き、顔を上げた。
少年「今日からよろしくな、えっと……」
ルイス「ルイス・キャロル。そして此方がアリスだよ。まぁ……うん、君と似たような存在かな」
アリス「えぇ。異能生命体ではないけれど」
ニコニコと笑うアリス。
ルイスも優しく笑っていた。
ルイス「僕達のことは呼び捨てで構わない。君のことはどう呼ぶのが良いかな?」
少年は人生で一番の笑みを浮かべた。
ガブ「俺はガブ。ルイス、アリス。これからよろしくな!」
---
--- 2023/08/23投稿「55minutes(Another story)」よりおまけ ---
---
No side
ある日のこと。
|異能空間《ワンダーランド》にてガブは暇をもて余していた。
ルイスは探偵社の手伝いで現実に行っており、|異能空間《ワンダーランド》にはガブとアリスの二人しかいない。
しかし、アリスもルイスが必要としたときに手を貸せるよう、忙しくしていた。
ガブ「なぁ、アリス」
アリス「お菓子なら棚に入ってるわよ」
そうじゃない、とガブは欠伸をしながらぬいぐるみを抱き締める。
ガブ「お前は異能生命体じゃないんだったよな?」
アリス「えぇ」
ガブ「だったら、お前は何なんだ」
アリスは作業を止め、キョトンとした顔をする。
人間ではないのはもちろん、異能生命体でもない。
ガブはずっと気になっていた。
ガブ「主人も色々見てきたけど、お前みたいなのは初めて見た」
アリス「私はルイスの異能発現と同時に生まれた副産物。それ以上でもそれ以下でもないわ」
何か云いたそうだが、ガブは諦めたようだった。
ガブ「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」
お菓子取ってくる、と棚の方へ行ったガブ。
アリスは見送りながら作業を再開した。
アリス「……勘が良くて嫌になっちゃうわ」
*****
ガブ「お菓子♪ お菓子♪」
ガブは棚を開けながら変な歌を歌っている。
ガブ「変な歌とは何だ、変な歌とは」
此方に干渉しないでください。
ガブ「へいへい」
何だその返事は。
どうやら、此方の声を無視しているのかガブは棚の中を見る。
色々なお菓子がある中、ガブは煎餅を取った。
ガブ「島では食べれなかった」
──とのこと。
|異能空間《ワンダーランド》では色々制限があるものの、島ほどではない。
ガブは、此処で充実した生活を送っている。
アリスの件は引っ掛かるところがあるが、あれ以上追求するつもりはなかった。
アリス「……ただの副産物なわけねぇだろ」
ぬいぐるみを抱き締める力が、少しだけ強くなった。
*****
ただいま、と元いた場所に戻ってきたガブは目を見開いた。
そこにいたのは──。
ガブ「……又三郎」
アリス「心配しなくても、今のところ命に別状はないわよ」
苦しそうな表情で眠る敦を見て、アリスはため息をついた。
アリス「ただ、与謝野さんの治療が効かなくてね。毒らしいわ」
ガブ「……症状は?」
アリス「熱と目眩などの全身症状。因みに傷口から入って、毒は緑色──」
アリスが顔を上げる時には、もう其処には誰の姿もなかった。
走る音が遠くなっていく。
ガブの走る方向に、アリスは心当たりがあった。
確かに彼処の物なら敦を助けられるかもしれない。
でも、与謝野の用意した解毒剤が効かないとなると、この世界にある薬も効かない可能性がある。
ガブ「はぁ……はぁ……」
ガブが肩で息をしながら、机に手をつく。
机へ置いたのは、この世界の薬品庫から持ってきたもの。
しかし、薬はひとつもない。
植物や乳鉢など、薬を作るのに必要なものだ。
アリス「まさか、一から作るの?」
ガブ「あぁ」
アリス「無理よ。毒の成分とか何も判ってないのよ?」
ガブ「作れる」
ガブが嘘をついている様子はなかった。
ガブ「繰り返す中で島の図書館の本は全部読んでいる。金庫とかに入れられてるやつも全部な。薬の知識はお前よりあるつもりだ」
ガブの異能は『島で死んだ異能者の能力を吸収できる』能力。
彼が──ヴェルヌが『どんな薬でも失敗せずに調合することが出来る』異能を吸収していたのならば。
深呼吸をして、ガブは作業をはじめた。
*****
アリス「お手柄だったわね」
ガブ「……どーも」
ガブは調合終了から床に座り込んでいた。
ペットボトルのジュースを受け取り、少し口に含む。
異能のお陰もあってか、調合は一回目で成功した。
敦に飲ませると顔色が幾分かマシになり、数時間経った今では元のように仕事したり出来ていた。
アリス「それにしても、ただ生きたいだけじゃなかったの?」
ガブ「……迷惑かけたからな。それに知り合いを見捨てるほど俺は非情じゃない」
アリスはガブの隣へ腰を下ろし、優しく頭を撫でた。
反抗されると予想していたが、子供扱いしたことを怒られたりはしない。
アリス「……お疲れ様、ガブ」
すやすやと眠る彼の頭を撫でながら、彼女は微笑んだ。
---
--- おまけ ---
---
No side
スタンダード島事件から一ヶ月。
夏の暑さがまだ残る中、ルイス・キャロルは|異能空間《ワンダーランド》にて──。
ルイス「いよっっっしゃぁぁぁぁああああ!」
異様な程ハイテンションだった。
ガブ「ついに頭イカれたか、此奴」
アリス「心配しなくても、元から頭はおかしいわよ。あと莫迦」
ルイス「酷い云われようだね」
ガブ「お前のことだぞ」
あー、疲れた。
そうルイスはぬいぐるみの山へとダイブする。
そして携帯電話をイジっていた。
ルイス「あ、もしもしぃ? ……そうそう、出来たんよね。うん、だから……やっぱ君しか勝たんわ! 日程? それはこっちが合わせるからなんでも良いよ。……え? いや、判ってるって。君まで僕のこと莫迦にするのかい? 泣くぞ? 成人男性のガチ泣きみたい?」
ため息をついたルイスは電話を切り、そのまま眠りについた。
アリスとガブは、二人とも首を傾けていた。
*****
全員「職業体験?」
あぁ、と福沢は腕を組みながら説明を始めた。
武装探偵社の会議室には、珍しく全社員が集まっている。
福沢「秋から異能特務課で働き始める異能社がいるらしくてな。そこで職業体験という形で異能力、我が社についての知識を深めたいという話だ」
国木田「秋から、というのは少し珍しいですね。何か理由でも?」
福沢「その……私も詳しくは判らない」
そんなこんなで、職場体験当日になった。
???「えっと、その……」
探偵社の事務室。
そこに少年は立っていた。
何故か、困惑の表情を浮かべている。
ユイハ「神宮寺ユイハって云います。その、えっと、よろしくお願いします……?」
国木田「何故に疑問系……?」
ユイハ「勝手に決められたので」
はぁ、とユイハはため息をついた。
ユイハ「呼び捨てとタメ口で大丈夫です。改めて、これからよろしくお願いします」
谷崎「よろしくね、ユイハ君」
ナオミ「よろしくお願いします、ですわ!」
国木田「今日から職場体験ということで、小僧」
敦「へ?」
国木田「貴様がユイハに業務の説明をしてやれ。簡単にいうなら……教育係だな。鏡花と二人で頼んだぞ」
賢治「そういえば国木田さん、太宰さんは相変わらず川を流れているんでしょうか?」
乱歩「さっき下の喫茶店にいたよ」
国木田「賢治、回収してきてくれ」
賢治「はぁーい!」
敦「そういえば鏡花ちゃんは?」
賢治が部屋を開けると同時に、外から鏡花が入ってくる。
ただいま、と鏡花は何かを引きずっていた。
ユイハ「ヒッ」
鏡花「回収してきた」
太宰「酷いよぉ、鏡花ちゃん。外套が少し汚れちゃった」
国木田「貴様がユイハの来る時間に間に合うよう来なかったのが悪い」
敦「ユイハさん、顔色悪いけど大丈夫ですか?」
ユイハ「あ、えっと……大丈夫だ……」
ユイハの表情は、あまり良いものではなかった。
それはそうだろう。
何故なら彼にとって太宰は脅威《《だった》》。
ユイハ(俺、本当になんで探偵社にいるんだろ)
時は、少し遡る。
*****
ルイス「ということで、これ着て」
ガブ「ナニコレ」
ルイス「あの、MMDとか3Dモデル動かしたりするアレ」
アリス「語彙力ないわね」
疲れてるんだよ、とルイスはガブに機械のついた服を着せた。
ルイス「半強制的に着せて悪いね。ついでにこれもよろ」
ブフォッ、とガブは何かを被せられる。
それは何かの機械のようだった。
ガブ「……なんだ、これ」
ガブは驚いていた。
声が違う。
目の前にはルイスとアリス。
そして、変な服と機械を着けた自分の姿があった。
自身の服装を確認してみると、スーツだ。
ガブ「ホントニナニコレ」
ルイス「それが君が外で行動できる姿」
ルイスが指を鳴らすと、ガブの目の前に鏡が現れた。
黒い髪に、水色の瞳。
元の自身とは違う、日本人の顔立ち。
ルイス「仕組みは流行りの2.5とかと変わらないよ。君に着せた服で人形と同じ行動が可能。視界はアリスの異能を使ったVRのような感じだね。声は変声期を通じて形から発されるように調整した。残念だけど食事は無理だった、ごめんね」
ガブ「……そういえば、外で行動できる姿って」
ルイス「|異能空間《ワンダーランド》を出れば、君は消滅してしまう。その人形を通じて、外を見ろ」
あぁ、とルイスが微笑む。
ルイス「人形の名前は神宮寺ユイハだ。秋から特務課で働き始める18歳、って設定だね」
アリス「あら、ルイスにしては良いネーミングじゃない」
ルイス「へへっ、読者の人に募集したからね」
アリス「メタいわよ」
ガブ「神宮寺ユイハ、か……」
そうガブ──ユイハは呟く。
表情は、とても嬉しそうだった。
ユイハ「ありがとな、ルイス」
ルイス「どういたしまして」
*****
ユイハ(──って、ことがあったけど)
何故に探偵社、とユイハは心の中でツッコミを入れていた。
外を見ろ、なんてルイスは云ったがハードルが高すぎる。
何処でヘマするか判ったものじゃない。
福沢「業務に入る前に最終確認をする。ユイハ、ついてこい」
ユイハ「は、はい!」
ユイハは福沢に連れられ、社長室へとやって来る。
扉を開くと、そこにはルイスがお茶を飲んでいた。
ユイハ「何してるんだよ!?」
ルイス「やぁ、無事挨拶は済んだようだね」
ユイハ「済んだけども!」
福沢「あまり大声で騒ぐと事務室まで聞こえるぞ」
福沢の言葉に、ユイハは黙り込む。
こんなところで|自身《ガブ》だと気が付かれたら色々と面倒くさい。
特に、あの事件に関わってるメンバーには気づかれたくなかった。
福沢「期間は一週間。設定は判っているな?」
ユイハ「あぁ」
ルイス「ま、頑張りなよ。敦君や他の社員と仲良くなれると良いね」
ジュール・ガブリエル・ヴェルヌ改め、神宮寺ユイハによる武装探偵社での職場体験が幕を開ける──!
何故こうなった?
ということで、55minutesの総集編です。
おまけは如何でしたか?
何かね、おまけ書くのが楽しい((
打ちきり漫画風になったけど、ちゃんと書こうと思ってるよ。
気が向いたらだけど。
神宮寺ユイハくんは、二人の方の案を合体させました。
応援コメントくださった皆様、本当にありがとうございました!
見た目はラストに。
めっちゃ可愛いよね、男子だけど。
てか、このメーカーが好き。
それじゃ、またお会いしましょう!
───
https://picrew.me/share?cd=9lvDDo24Y0
Extra edition.2 特務課新人の職場体験
「特務課新人の職場体験」の総集編になります。
「55minutes」から一ヶ月後が舞台です。
是非、原作と海嘯の小説を読んでからどうぞ!
[本編]
神宮寺ユイハって云います
じゃあ、お言葉に甘えて……
いや、何でもねぇよ
つまらなくはないだろ
最後まで手伝わせてくれ
そう心配しなくても、別に大した傷じゃない
いや、莫迦じゃねぇの!?
[オマケ]
---
--- 第一話 ---
---
スタンダード島事件から一ヶ月。
夏の暑さがまだ残る中、ルイスは|異能空間《ワンダーランド》にて──。
ルイス「いよっっっしゃぁぁぁぁああああ!」
──異様な程ハイテンションだった。
ガブ「ついに頭イカれたか、此奴」
アリス「心配しなくても、元から頭はおかしいわよ。あと莫迦」
ルイス「酷い云われようだね」
ガブ「お前のことだぞ」
あー、疲れた。
そうルイスはぬいぐるみの山へとダイブする。
そして携帯電話をイジっていた。
ルイス「あ、もしもしぃ? ……そうそう、出来たんよね。うん、だから……やっぱ君しか勝たんわ! 日程? それはこっちが合わせるからなんでも良いよ。……え? いや、判ってるって。君まで僕のこと莫迦にするのかい? 泣くぞ? 成人男性のガチ泣きみたい?」
ため息をついたルイスは電話を切り、そのまま眠りについた。
アリスと俺は、二人とも首を傾けていた。
そんなこんなで月日は経ち。
???「神宮寺ユイハって云います」
探偵社の事務室。
そこに俺は立っていた。
ユイハ「その、えっと、よろしくお願いします……?」
国木田「何故に疑問系……?」
ユイハ「いや、あの、今回の職場体験勝手に決められたので」
はぁ、と俺はため息をついた。
ユイハ「えっと、呼び捨てとタメ口で大丈夫です。改めて、これからよろしくお願いします」
谷崎「よろしくね、ユイハ君」
ナオミ「よろしくお願いします、ですわ!」
国木田「今日から職場体験ということで、小僧」
へ、と白髪の少年は間抜けな声を出している。
国木田「貴様がユイハに業務の説明をしてやれ。簡単にいうなら……教育係だな。鏡花と二人で頼んだぞ」
敦「そんな!? 2番目に新人なのに荷が重いですって!?」
国木田「ユイハは18で小僧と同い年だ。同年代の方が話しやすいだろう」
賢治「そういえば国木田さん、太宰さんは相変わらず川を流れているんでしょうか?」
乱歩「さっき下の喫茶店にいたよ」
国木田「賢治、回収してきてくれ」
賢治「はぁーい!」
敦「そういえば鏡花ちゃんは?」
農家が部屋を開けると同時に、外から和服の少女が入ってくる。
ただいま、と少女は何かを引きずっていた。
ユイハ「ヒッ」
思わず俺は小さな悲鳴をあげてしまった。
鏡花「回収してきた」
太宰「酷いよぉ、鏡花ちゃん。外套が少し汚れちゃった」
国木田「貴様がユイハの来る時間に間に合うよう来なかったのが悪い」
敦「ユイハさん、顔色悪いけど大丈夫ですか?」
ユイハ「あ、えっと……大丈夫だ……」
俺の表情は、あまり良いものではないだろう。
それはそう。
何故なら、少女はある長身の男を引きずっていた。
その男は太宰治。
俺にとって彼奴は、脅威だった。
ユイハ(俺、本当になんで探偵社にいるんだろ)
時は、少し遡る。
神宮寺ユイハ改め、俺──ジュール・ガブリエル・ヴェルヌはいつも通り|異能空間《ワンダーランド》にいた。
ルイス「ということで、これ着て」
いきなりルイスが服を押し付けてきた。
ガブ「ナニコレ」
ルイス「あの、MMDとか3Dモデル動かしたりするアレ」
アリス「語彙力ないわね」
疲れてるんだよ、とルイスは俺に機械のついた服を着せた。
ルイス「半強制的に着せて悪いね。ついでにこれもよろ」
ブフォッ、と何かを被せられる。
それは何かの機械のようだった。
正直、めっちゃ重い。
ガブ「……なんだ、これ」
俺は驚いていた。
声がいつもと違う。
目の前にはルイスとアリスがいるのは問題ない。
でも、何故か変な服と機械を着けた自分の姿もあった。
自身の服装を確認してみると、スーツだ。
ガブ「ホントニナニコレ」
ルイス「それが君が外で行動できる姿」
ルイスが指を鳴らすと、目の前に鏡が現れた。
黒い髪に、水色の瞳。
元の自身とは違う、日本人の顔立ち。
ルイス「仕組みは先程も言った通り流行りの2.5とかと変わらないよ。君に着せた服で人形と同じ行動が可能。視界はアリスの異能を使ったVRのような感じだね。声は変声期を通じて形から発されるように調整した。残念だけど食事は無理だった、すまん」
ガブ「……そういえば、外で行動できる姿って」
ルイス「|異能空間《ワンダーランド》を出れば、君は消滅してしまう。その人形を通じて、外を見ろ」
あぁ、とルイスが微笑む。
ルイス「人形の名前は神宮寺ユイハだ。秋から特務課で働き始める18歳、って設定だね」
アリス「あら、ルイスにしては良いネーミングじゃない」
ルイス「へへっ、読者の人に募集したからね」
アリス「メタいわよ」
ガブ「神宮寺ユイハ、か……」
そう俺は呟く。
ガブ「ありがとな、ルイス」
ルイス「……ははっ、どういたしまして」
時は戻り、探偵社にて。
ユイハ(──って、ことがあったけど)
何故に探偵社、と俺は心の中でツッコミを入れていた。
外を見ろ、なんてルイスは云ったがいきなりハードルが高すぎる。
何処でヘマするか判ったものじゃない。
福沢「今日は初日で顔合わせだけだ。業務に入る前に最終確認をする。ユイハ、ついてこい」
ユイハ「は、はい!」
俺は探偵社社長に連れられ、社長室へとやって来る。
扉を開くと、そこにはルイスがお茶を飲んでいた。
ユイハ「何してるんだよ!?」
ルイス「やぁ、無事挨拶は済んだようだね」
ユイハ「済んだけども!」
福沢「あまり大声で騒ぐと事務室まで聞こえるぞ」
福沢の言葉に、俺は黙り込む。
こんなところでガブだと気が付かれたら、色々と面倒くさい。
特に、あの事件に関わってるメンバーには気づかれたくなかった。
福沢「期間は本日より一週間。設定は判っているな?」
ユイハ「あぁ」
ルイス「ま、頑張りなよ。敦君や他の社員と仲良くなれると良いね」
ジュール・ガブリエル・ヴェルヌ改め、神宮寺ユイハによる武装探偵社での職場体験が幕を開ける──!
ユイハ「俺の心の声を捏造するなぁ!」
---
--- 第二話 ---
---
敦「あ、おはようございます!」
ユイハ「……おはようございます」
鏡花「緊張してる?」
少し、と俺は肩をすくめた。
次の日になり、いよいよ職場体験が始まる。
俺の正体がバレたら、面倒くさい。
気づかれることはないだろうけど、警戒しておかないと。
敦「そういえばちゃんとした自己紹介はまだでしたね。僕は中島敦」
鏡花「泉鏡花」
ユイハ「敦さんに、鏡花さん」
鏡花「敬語じゃなくて大丈夫。私達もそうするし」
ユイハ「じゃあ、お言葉に甘えて……」
それから俺は一通りの仕事の説明を受けた。
一応特務課の職員って設定だし、任務に駆り出されたりはしないだろ。
異能なしの戦闘とか、すぐ死ぬ気がする。
ユイハ「そういえば敦って|組合《ギルド》の長を倒したんだよな?」
敦「芥川と協力してね」
ユイハ「芥川?」
二人に教えてもらって判った。
あの黒衣の兄ちゃんか。
まぁ、俺も協力した二人にやられたんだよな。
あんなに仲が悪いのに、すげぇよ。
鏡花「ユイハ?」
ユイハ「……悪い、考え事してた」
敦「特務課の仕事が始まったら何度も見ることになると思うよ。彼奴、指名手配されるぐらい有名だし」
ユイハ「そんな奴と協力できるとか凄いんだな」
又三郎、と言いかける。
こいつの名前は、敦。
ボスとビルコと一緒に盗賊した又三郎じゃない。
武装探偵社の中島敦なんだ。
かという俺もユイハじゃない。
知っている筈なのに、遠く感じた。
太宰「おはよー!」
敦「あ、おはようございます。太宰さん、今日も入水してきたんですか?」
太宰「もちろんだよ。川で寝癖を直しているのさ☆」
寝癖を直してもぼさぼさの蓬髪なのかよ。
敦「そうだ、太宰さんのことだから昨日の話はちゃんと聞いてませんでしたよね?」
太宰「否定できないけど、なんか冷たくない?」
鏡花「気のせい」
太宰「そっか、気のせいならいいんだけど」
さて、と。
そう云った太宰治は僕の方を向く。
太宰「私の名は太宰。太宰治だ。社の信頼と民草の崇敬を一身に浴す男」
国木田「誰が貴様などに崇敬するものか、この包帯無駄遣い装置」
太宰「あ、国木田君じゃーん」
国木田「貴様、そんなキャラではないだろう」
太宰「あれ、そうだっけ」
信頼のところ否定しないんだな。
太宰「そうだ、君もちゃんと自己紹介をしたらどうだい?」
国木田「……簡単なものは昨日した。名前と年齢以外に何か必要か?」
太宰「異能力とか」
はぁ、と国木田さんはため息をついた。
国木田「見せた方が早いな」
そう云ったかと思えば、あの理想手帳を取り出した。
見えるように万年筆、と書いたかと思えば頁を切り取る。
国木田「『独歩吟客』」
ユイハ「頁が万年筆に!?」
太宰「これが国木田君の異能力。頁に書いた言葉のものを具現化することが出来るよ」
国木田「手帳より大きなサイズのものは無理だがな」
ユイハ「……すげぇ」
太宰「因みに私の異能力は『人間失格』」
太宰が触れた瞬間、万年筆は元のページへと戻った。
俺を消滅させる、異能無効化。
太宰「あまり驚いていないみたいだね」
ユイハ「あ、いや、驚きすぎて言葉にならなくて……」
鏡花「異能ではこの人を殺せない。でも、副次的に発生したものとかは聞く」
太宰「鏡花ちゃん? もしかして私のことを殺そうとしてる?」
鏡花「してない」
太宰「そうだよね。してるって云われたらどうして良いか判らなかったよ」
そんなことを話していると、国木田さんが仕事を再開しながら話しかけてきた。
国木田「特務課の資料で確認できるだろうが、一応社員の異能を知っておいた方がいいだろう。敦、事務作業と並行で付き合ってやれ」
敦「はい」
ユイハ「……ひとまず事務作業がいいか? 雑談しすぎたし」
敦「そうだね。そうしようか」
それから俺は、私にパソコンの使い方をはじめとした色々なことを教えてもらった。
探偵社の仕事は、中々大変だ。
普通の依頼もあるけど、灰色なものも多い。
スタンダード島事件も大変だっただろう。
敦によれば一度やり直してるらしいし。
賢治「お腹すいた……」
国木田「すまん、賢治。もう少し我慢してくれ」
正午になり、お昼休憩になった。
敦「賢治君は怪力の異能者だよ」
賢治「あ、ユイハさんでしたっけ。宮沢賢治です。よろしくお願いしますね」
ユイハ「よろしく」
ナオミ「ユイハさん、良かったら一緒にお昼どうですか?」
ユイハ「えっと……」
ナオミ「谷崎ナオミです。そして此方が……」
谷崎「谷崎潤一郎です。異能力は『細雪』で、簡単に云うなら幻影ですかね」
妹の方は異能なしか。
にしても、距離が近すぎないか?
兄弟なんていないから判らないけど、絶対あの距離はおかしい。
敦「ユイハくん、深く追求しちゃダメだよ」
ユイハ「あぁ、判った」
ま、そんなに興味はないし。
与謝野「おや? 自己紹介でもしてるのかい?」
敦「与謝野女医!」
与謝野「ユイハ、怪我してないか?」
ユイハ「してませんけど……」
与謝野「ちぇ」
ちぇ……?
与謝野「妾は与謝野晶子。異能は治癒だよ」
ユイハ「治癒……!?」
無効化の次に希少な異能じゃん。
流石の俺でも持ったないぞ、治癒は。
毒とか薬を使ったり、一度死なせることはできるけど。
敦「いらっしゃらないから簡単に説明しちゃうね。社長の『人上人不造』は異能制御で、乱歩さんの『超推理』は見ただけで犯人とかが分かるんだ」
ユイハ「ほわぁ……」
なんか、うん、探偵社ヤバすぎだろ。
七人の裏切り者ぐらい、異能も個性も豊かだな。
---
--- 第三話 ---
---
職場体験二日目。
俺は昨日と同じように出社していた。
ユイハ「おはようございま━━」
そこで、思わず足を止めた。
机に乗る太宰治は、又三郎の首を絞めている。
あの、と俺は近くで作業準備を進める国木田に話しかけた。
国木田「彼奴のことなら放置でいいぞ。年に二回ほどは其処にあるキノコを食べ、あんな状態だからな」
ユイハ「……これ、毒キノコだな。死ぬんじゃなくて、頭がおかしくなる方の」
国木田「博識だな」
ユイハ「まぁ……」
島で繰り返してる中で得た知識は多い。
図書館にあった図鑑で、このキノコのことは数回見たことがある。
ユイハ「……大丈夫か、敦」
敦「ダイジョウブジャナイ」
鏡花「敦を離して」
ドスッ、と鈍い音が響き渡る。
太宰治が床に倒れ込んだ。
いや、鏡花強すぎだろ。
十四歳だよな、確か。
挨拶の日に太宰治を引き摺ってたし、最近の日本人はこうなのか?
敦「ユイハ君……おはよう……」
ユイハ「……朝から大変そうだな、敦」
あはは、と敦は笑う。
これが年に二回ほどあるとか、どうなってるんだよ。
本当に大丈夫か、探偵社。
ユイハ「昨日の続きなら一人でも出来そうだし、少し休んだ方がいいんじゃないか?」
敦「大丈夫だよ。いつもみたいに入水してる太宰さんを回収しに行くのと比べたら元気だから」
入水してる太宰治の回収ってなんだよ。
もう何度目か分からないツッコミを必死に押さえ込んで、俺は席へと座るのだった。
敦「そういえばユイハ君は事務作業だけなんですか?」
国木田「いや、簡単な依頼なら現場に向かってもらう予定だ。それこそ、密輸業者の情報集めとかな」
敦「あー……」
ユイハ「どうかしたのか?」
敦「僕が探偵社に入って最初の依頼が密輸業者関連だったんだけど、色々あってマフィアとの戦闘だったんだよね」
ユイハ「どういうこと???」
なんだかんだ、又三郎も苦労してるんだな。
その時も芥川だったらしいし、そういう運命だったりするのか?
谷崎「でも、最近平和ですよね。スタンダード島以降、大きな事件も起きませんし」
賢治「暫く海に行きたくなりませんでしたよね。今も別にいいですけど」
乱歩「ホント、太宰が僕に今回の事件の全容を送ってくれなかったら、今頃みんな海の藻屑だったよ!」
与謝野「ありがとねぇ、乱歩さん」
敦「あの時は本当に大変でしたよね」
ユイハ「……悪かったな」
鏡花「何か云った?」
ユイハ「いや、何でもねぇよ」
謝りたい。
そう思ったけど、この思いは伝えられない。
俺はガブじゃなくてユイハだ。
ガブと明かしたとして、又三郎達が許してくれるわけがない。
太宰「国木田くーん! 大変だー! 虹色のゾウリムシがー!」
国木田「貴様は少し黙れ!」
初日から思っていたけど、この会社ヤバくないか?
敦「ごめん、ユイハ君。話してたらもう始業時間だね」
ユイハ「あ、いや、大丈夫だ」
ルイスには外を見ろと云われた。
島では経験できなかった沢山のことをしている。
得ることの出来なかった本当の仲間が少し分かった気がする。
ユイハ「探偵社は見ていて面白い」
敦「自由な人が多くて大変だけどね…」
鏡花「特に国木田さん」
あー、と納得する。
初日の挨拶を入れて今日で三日目。
でも探偵社員のことは判ってきたような気がする。
一番頭おかしいのが太宰治で、その保護者が眼鏡。
又三郎とシスコンが東西のヘタレで、農民は空腹か寝てる。
女医はすぐに解体してこようとするし、和服はいつも気を張っている。
だけど、一番油断できないのは━━。
乱歩「国木田ぁ、お菓子無くなったぁ」
━━コイツ。
又三郎から色々話を聞いた感じ、此奴は異能者じゃないらしい。
しかも少ない情報で犯人を言い当てる名探偵。
俺の正体に真っ先に気づきそうなのは此奴だと思っている。
でも、何も云ってこない。
社長に聞いても、何も俺のことについては何も話していないと云う。
何考えているのか判らなくて、怖い。
ただその一言しか出てこない。
国木田「む…駄菓子の在庫がない…」
乱歩「はぁ!?」
国木田「今すぐ買ってきます━━って、俺はこれから政府関係者との会議が入っているんだった……」
乱歩「今すぐ買ってきたよ!」
国木田「しかし乱歩さん……」
怖い、とか云ってた莫迦みたいだな。
26歳児だろ、此奴。
国木田「済まない、敦。乱歩さんの駄菓子の買い出しを頼んでもいいか」
敦「判りました。あ、良かったらユイハ君も一緒にどう?」
ユイハ「……俺?」
敦「ずっと事務作業も大変でしょ。腰痛くなっちゃうよ」
ね、と又三郎は笑った。
ユイハ「……判った。俺も行く」
敦「それじゃあ行ってきます!」
---
--- 第四話 ---
---
お邪魔しまーす、という声と共に探偵社の扉を開いた。
敦「お疲れ様です、ルイスさん。休暇は如何でしたか?」
ルイス「久しぶりに師匠と話せたよ。あ、これお土産ね」
敦「ありがとうございます」
そうルイスが差し出したのはチョコレート。
これ、スタンダード島の英国領でも販売してたな。
敦「そういえば、ルイスさんは初対面ですかね」
ユイハ「……神宮寺ユイハだ」
ルイス「福沢さんから話は聞いてるよ。よろしくね」
グッと俺は力を込めた。
此奴はが休暇を貰い、俺のこと放置して里帰りしやがった。
何かあったらどうするつもりだったんだよ、全く。
ルイス「仕事にキリがついたら休憩にしよう。美味しい紅茶も買ってきてるんだ」
ユイハ「紅茶──!」
鏡花「……好きなの?」
ユイハ「あ、いや、その……」
テンションが上がりすぎた。
敦「そういえば、休暇は英国で過ごされたんですね」
ルイス「うん」
鏡花「師匠ってどんな人?」
ルイス「……気になる?」
ユイハ「気になるな。アンタや戦場の舞姫は有名だが、他の異能者のことはあまり情報がない」
確かに、とルイスは考え込む。
ルイス「まぁ、簡単に説明するなら剣の腕はからっきしだね。多分、鏡花ちゃんなら圧勝」
鏡花「……異能が強いの?」
ルイスは笑いながら紅茶を一口飲む。
ルイス「そうだね。芥川君と同じだから」
俺達は目を見開く。
黒衣の兄ちゃんと同じとか、強すぎじゃねぇか。
中距離系の攻撃異能で、英国軍ということは近接が弱いということもないはず。
なのに、ルイスより有名じゃない。
師匠って一体何者なんだ。
ルイス「師匠以外にも色んな人に合ってきたよ。同じ班だった先輩とか」
敦「軍にはどんな異能者が居たんですか?」
ルイス「そうだね……物の大きさを変える異能者とか、治癒異能も居たね」
鏡花「与謝野さんと同じ?」
ルイス「重傷を完治することは出来ないよ。でも、戦場では多くの命を救ったね」
さて、とルイスは話を切り替える。
ルイス「せっかくの休憩を、つまらない僕の話で終わらせたらもったいないよ」
ユイハ「つまらなくはないだろ」
敦「そうですよ!」
ルイス「ほら、チョコレートでも食べよ」
そんなこんなでお茶会をしていると、又三郎が話しかけてきた。
敦「ユイハ君、仕事はどう? 難しい?」
ユイハ「……いや、そうでもない。最近は学校でパソコンをやったりするからな」
敦「そうなの!?」
まぁ、スタンダード島で色々と遊んでいるうちに身に付けたけど。
敦「そういえば、ユイハ君は特務課なんだよね?」
ユイハ「あぁ」
敦「じゃあ異能力持ってるの?」
ブフォッと俺はお茶を吹き出す。
ルイスは笑いを堪えている。
ユイハ「いや、あるはあるんだが、その、えっと」
ルイス「君達みたいにパッと見せられるものじゃない?」
ユイハ「そう!」
鏡花「条件が厳しい?」
そうそう、と俺は大きく首を振る。
ルイス「そういえば依頼とかはないの?」
敦「元々ユイハ君は事務作業だけの予定なので、他の方々が行ってくれてます。簡単な任務ならやってもらおう、って国木田さんが」
他の社員の姿が見えないのは休みか、依頼中だから。
今週は面倒な依頼が多いらしい。
もしも政府からの依頼が来た場合、次に切り出させるのは俺らかと思っていたが━━。
福沢「済まない、政府からの依頼が来たのだが」
ルイス「僕行ってくるよ。内容は?」
福沢「良いのか?」
もちろん、とルイスは資料を受けとる。
ルイス「それじゃ、行ってきまーす」
鏡花「いってらっしゃい」
俺達はルイスを見送って、仕事に戻ることに。
──次に彼奴と会えるのが二日後になるなんて、この時の俺はまだ知らなかった。
---
--- 第五話 ---
---
その日、俺はヨコハマを走り回っていた。
理由はルイス・キャロルが行方不明になったから。
探偵社の業務はひとつを除いて凍結し、全員で彼奴を探している。
もう、日は沈もうとしていた。
因みに凍結していない依頼というのは、ルイスが担当した政府からの案件。
社長や太宰治がポートマフィアに捜索を頼んだり、花袋と云う人がハッキングをしまくっていたり。
どれだけ手を尽くしてもルイスの痕跡ひとつ見当たらない。
あんな馬鹿でも、元英国軍で戦神と呼ばれる程の実力者だ。
本気で逃げようと思えば、逃げれる。
でも|異能空間《ワンダーランド》にはおらず、アリスも居場所を掴めていない。
鏡がない場所にいるのは、間違いないだろう。
敦『ユイハ君、此方は駄目だったんだけど……』
ユイハ「俺の方も駄目だ。やっぱり擂鉢街とか、裏組織に総当たりした方がいいか?」
ねぇ、と又三郎の空気が変わる。
敦『ユイハ君は、もう帰っても大丈夫だよ。これは探偵社の問題って、さっき太宰さん達と話し合ったんだ』
確かに、俺は探偵社員じゃない。
特務課でもない。
嘘ばっかだし、本物の仲間じゃない。
でも俺は──。
ユイハ「最後まで手伝わせてくれ」
敦『え……?』
ユイハ「職場体験で仮入社だとしても、俺は探偵社員だ。早く見つけるぞ」
???「君なら、そう云うと思っていたよ」
手からスマホが抜ける。
否、誰かに取られた。
犯人は声で判っていた。
太宰「ということで、ユイハ君は私達と共に行動するから心配いらないよ。君は鏡花ちゃんと引き続きお願いね」
敦『はい!』
電話が切られ、僕にスマホが返ってきた。
太宰「さて、これで君は一人で行動しなくて済むわけだけど──」
ニコニコと太宰治は黒い笑みを浮かべていた。
その後ろには帽子の男がいる。
思わず俺は後退り、少しでも距離を取ろうとした。
太宰「一人の方が色々と都合が良かったかな、ジュール・ガブリエル・ヴェルヌ君?」
ユイハ「──ッ」
太宰「島も崩壊したし、君は消滅していたと思っていた。情報を色々と弄ってまで探偵社に来た理由は何かな?」
疑われている。
俺にとって太宰治はもちろん、ルイスも邪魔だった。
行方不明なのは俺のせいだと思われても仕方がない。
太宰「──!」
ユイハ「力を貸してくれ。俺一人じゃ、ルイスを助けられないんだ」
頼む。
そう俺は頭を下げていた。
太宰がどう思ってるかなんか知らねぇ。
ただ今は、俺に手を差し出してくれた彼奴を救いたい。
帽子「おい、どうするんだ?」
太宰「ユイハ君。私が此処に来た理由は判るかい?」
ユイハ「……判らない」
太宰「君が拐かしたか確かめるのと同時に、君の知識を借りたいからだ」
え、と俺は顔を上げる。
太宰「結果的に、スタンダード島事件では探偵社の勝ちと云えるだろう。しかし私は一度死んだようなものだ」
帽子「手前が一度死んだぁ!?」
太宰「あぁ、うるさい」
そう呟きながら、太宰治は資料を渡してきた。
何度も見た、政府からの依頼の資料。
そして見慣れない封筒。
中には、ある異能組織についての情報が入っていた。
と云っても、拠点ぐらいしか書いていないが。
ユイハ「これは……」
太宰「マフィアが探し当てた。此処にあの人はいる」
又三郎達に教えていないのは確証がない、からじゃないな。
相手の目的が判らない以上、下手に動けないのか。
敵が何処にいるか判ったものじゃない。
太宰「この組織は謎しかない。存在自体、都市伝説のようなものだ」
ユイハ「“七人の裏切り者”とか、戦争で有名な異能者を神とか云って崇める異常者の集まりだろ」
帽子「手前、知ってるのか?」
そりゃ、もちろん知っている。
ユイハ「ジュール・ガブリエル・ヴェルヌ。七人の裏切り者の最後の一人。俺は、彼奴らに崇められる存在だ」
帽子「……つまり?」
太宰「君、そんなに頭悪かったっけ」
帽子「蹴り殺すぞ、手前」
太宰「出来るならやれば? ルイスさんが助けられなくなるだけだよ」
帽子「……チッ」
仲悪すぎだろ。
てか、そんなふざけてる時間ないんじゃねぇか?
太宰「残念ながら普通に潜入することは難しそうでね。中也と私ではどうしようもなかった」
ユイハ「……理由は」
太宰「対異能金属で作られた扉。そして合言葉が必要」
なるほど。
太宰「君ならどうにか出来るかと思ったんだけど、どうかな?」
無理、だとは云わせない雰囲気を太宰治は出していた。
ま、案がないわけではない。
でも、もしも政府に気づかれたら中々に面倒くさいことになるだろう。
太宰「作戦が思い付いたようだね」
ユイハ「あぁ。作戦自体にはそこまで大変なことはないが、証拠隠滅をしてもらいたい」
太宰「任せたまえ。私はこれでも社の信頼と社の信頼と民草の崇敬を一身に浴す男」
帽子「誰が手前を崇拝するか」
太宰「この帽子置き場は無視するとして、具体的な作戦を聞いても良いかい?」
帽子「無視するな!」
それから俺は二人に作戦を話した。
少し驚いていたものの、証拠隠滅は簡単にできるらしい。
ユイハ「そういえばアンタは?」
帽子「あ、自己紹介がまだだったか」
太宰「ちびっこマフィアの中也だよ」
中也「何で手前が俺の紹介してるんだ 」
あ、また喧嘩が始まった。
それにしても中也か。
確か“荒覇吐”の器の名前が中原中也だったな。
---
--- 第六話 ---
---
日は沈み、また昇り。
俺は|異能空間《ワンダーランド》で準備をしていた。
銃とかナイフとか色々と仕組めるし、ウォークインクローゼットからルイスの外套パクって良かったな。
#アリス#「……ガブ」
ガブ「心配しなくても、ルイスは俺が鏡のあるところまで連れてくる。だから待ってろ」
今回の作戦で重要なのは俺だ。
正直なところ、証拠隠滅が不可能なら助けることは難しかっただろう。
ガブ「行ってくる」
一言だけ告げて、俺は鏡を抜けた。
太宰「げ」
ガブ「……なんだその反応」
太宰「いや別に。君に殺されたこと思い出しただけ」
集合場所に、俺はユイハとしてではなくガブとしていた。
今まで吸収した異能に、分身がある。
どちらも本物の俺で、片方が|異能空間《ワンダーランド》にいれば消滅することはない。
ガブ「俺の姿は?」
谷崎「僕の異能で、とりあえずユイハ君以外は見えないようにしています」
国木田「花袋が防犯カメラをハッキングした。ユイハの姿は残らない」
太宰「ほらね、凄いでしょ?」
ガブ「何でアンタがドヤ顔なんだよ」
はぁ、とため息をつく。
なんかもう、太宰治はいいや。
太宰「敦君や芥川君は別行動にしてもらったよ。その方が良いだろう?」
ガブ「……始めるよ」
もう、話す理由はない。
???「あの!」
声が聞こえた。
振り返るとそこには、一人の女が。
中也「……この女」
太宰「例の組織の長だね」
早速釣れた、と太宰治の声が聞こえた。
女「ガブリエル様ですよね! 私“七人の裏切り者”の皆さんが大好きで……スタンダード島事件で亡くなったとばかり……」
ガブ「落ち着いてくれ。確かに俺はジュール・ガブリエル・ヴェルヌだが、君に好かれるような人物じゃ──」
女「お会いできる日を、ずっと待ち望んでおりました……!」
此奴、話を全く聞かねぇ。
でも接触できれば、此方のもんだ。
ガブ「えーっと、とりあえず離してもらえるか? 俺、ルイスと約束があるんだ」
女「ルイス様と?」
ガブ「早くしないと約束に遅れる。悪いな」
女「待ってください! 実は先程ルイスさんを見かけたんです」
どうやらルイスは事件に巻き込まれて重傷らしい。
それをこの女が面倒見ていると。
よくこんなすぐに嘘が出るな、此奴。
そんなこんなで、俺は例の組織の潜伏場所へとやって来た。
暗証番号が入れられ、対異能金属の扉が開く。
この先に彼奴がいるはず。
ガブ「──!」
異能金属の扉がしまった。
太宰達が入れているから捜索は任せよう。
ガブ「ルイスはどこに?」
女「案内します」
次の瞬間、後頭部に走る痛み。
ガブ「……どういうつもりだ」
女「確かに当たりましたよね? はぁ……ルイス様のようには行きませんか、流石に」
ガブ「やっぱりアンタか。ルイスに毒でも盛ったか?」
女「えぇ」
視界が揺れる。
対異能金属の扉のせいで、ぶち破って逃げるのは無理。
もう奥に行ったから、俺を助けるやつはいない。
女「それでは、また後程お話ししましょうね」
ガブ「く、そが……!」
俺が目を閉じると同時に、銃声が響き渡った。
???「大変そうだな、ガブ」
女「……アンタ、誰?」
???「俺を知らないのか!? 俺は偉大なる大怪盗ルパンを超える男!」
声の主は仁王立ちで格好つけていた。
デデン、と効果音が付きそう。
ネモ「その名もネモ!」
ガブ「……な、んで」
ネモ「何で自身を一度殺した相手を助けるか、という質問で良いか?」
女「邪魔をするな!」
ビルゴ「か、確保!」
ネモ「流石はビルゴだ!」
ビルゴが女を抑え、ボスが即座に縄で縛る。
そういえばボスもビルゴも盗賊を続けていたんだっけ。
ビルゴ「大丈夫ですか、ガブ」
ネモ「この程度で人は死なない。ルイスのために敵地へ足を踏み入れるとは、成長したじゃないか」
二人が温かく声をかけてくれたかと思えば、地面が揺れた。
奥から眼鏡とシスコンが走ってくる。
今のは中原中也が異能を使ったからか。
国木田「今すぐ逃げるぞ、ユイハ。思ったより仲間が多く、俺達だけでは手に負えない」
谷崎「ルイスさんは預かってた鏡で異能空間に送れたよ。太宰さん達が足止めしてくれてるけど、急いで逃げないと」
国木田「……む、其奴らは」
また太宰が何かしたな、と眼鏡はため息をついた。
ボスは元から俺が苦戦すると知っているような口ぶりだった。
太宰治が何らかの方法で連絡を取り、協力させた。
それも、俺がやられそうな直前に現れるようにして。
ネモ「とりあえず敵が来るからここを出る、ということだな!」
ビルゴ「眼鏡の方、先程の会話から推測するにまだお仲間がいますね?」
国木田「あぁ。合流次第、ネモの異能を使い脱出したい」
ネモ「この大怪盗ネモに任せろ。ガブの仲間なら助けない選択肢はない」
だが、とネモは俺を抱き上げる。
ネモ「貴様らはガブと先に脱出しろ。出血が多いから、早く医者に見せた方がいい」
国木田「……怪我したのか」
ガブ「そう心配しなくても、大した傷じゃない」
谷崎「でも血が……」
大丈夫。
そう云おうとしたが、俺の意識は遠退いていった。
---
--- 第七話 ---
---
目が覚めると、そこは見慣れない天井が広がっていた。
起き上がって辺りを見渡すと、隣の寝台にルイスが寝ている
ガブ「……医務室か」
はぁ、とため息をついてまた横になる。
アジトに入るなり鉄パイプか何かで殴られて、ボスとビルゴが助けに来た。
眼鏡曰く、太宰治が仕組んだと云う。
怪我は多分女医が治した。
ガブ「別に分身だから放置で良かったんだが」
#アリス#『そんなこと云わないの』
ガブ「……#アリス#」
目の前に鏡が浮いている。
ガブ「俺が気絶してからどうなった」
#アリス#『貴方はネモの異能で外に出て、探偵社にて治療。双黒は花袋君のハッキングによって無事に逃げれたわ』
太宰「残念ながら、別の出入り口があったらしくて狂信者達には逃げられてしまったけどね」
ガブ「……まぁ、ルイスを助けられたから十分だろ」
太宰「それもそうだね」
太宰治は近くの椅子に腰掛け、林檎を剥き始めた。
何か鶴にしてるし……暇人かよ……。
太宰「良い知らせと悪い知らせ。どっちから聞きたい?」
ガブ「……良い知らせ……」
太宰「あの女性は捕まえたから君も、ルイスも追われる必要はない。作戦通り君の姿は何処にも残っていないよ」
確かに、良い知らせだろう。
作戦通りコトが進むよう手を回していたし。
でも、問題は──。
ガブ「悪い知らせは、何だ」
太宰「……ジュール・ガブリエル・ヴェルヌの存在を探偵社、そしてマフィアが知った」
そして、と太宰は林檎も刃も置いた。
太宰「ルイスさんが起きない」
ガブ「……女が毒を盛ったと云っていた。医者には診せたのか?」
太宰「診せた。でも治せないそうだ」
まだ完全に終わったとは云えない、と。
ゆっくりするにはまだ早いか。
ガブ「一つ目はどうしようもない。でも、二つ目は対応可能だ」
太宰「……本当かい?」
ガブ「こんなとこで嘘をつく理由がないだろ」
太宰「それはそうだね。で、どうする?」
ガブ「ルイスには悪いが、少し血を貰いたい」
与謝野さーん、と太宰治は色々と手を回してくれた。
女医が血を取るところまでやってくれたし。
後することは簡単だ。
太宰「え?」
与謝野「何してるんだい!?」
カラン、と注射器が床に転がる。
俺はルイスから取った血液を、自分の腕に入れていた。
説明しようにも、視界が歪み始めた。
おぇ、と口元を抑えたら吐血していた。
与謝野「莫迦! 太宰じゃないんだから毒を取り込むんじゃないよ!」
太宰「あれ、地味に貶されてるというか……」
#アリス#『ガブ、必要なものは?』
ガブ「自分でやる。思ったより強くて、分身が持たない」
次の瞬間、視界が暗転した。
目を開くと|異能空間《ワンダーランド》にいる。
本体に戻ったか。
ガブ「……今度は俺が助ける番だ」
待ってろ、ルイス。
それから俺は『どんな薬でも失敗せずに調合することが出来る』異能で、解毒剤を作った。
自分に入れたことで『毒を判別する』異能が発動して、作ることができた。
分身を作る余裕はなかったから、#アリス#に届けてもらった。
起きてすぐに異能を使うのは中々ツラい。
少し休憩をした俺は、現実世界へと戻ってきた。
姿は、太宰治に云われて分身にした。
ガブ「……そういうことかよ」
ため息をつくのは、二回目だろうか。
ガブ「どこまで話した?」
太宰「全部☆」
イラッ、としてしまった。
此奴殺して良いかな。
駄目だよな、知ってる。
ガブ「改めて、スタンダード島の守護神。そして“七人の裏切り者”が一人、ジュール・ガブリエル・ヴェルヌだ」
敦「……何で探偵社に? やっぱり僕のことを憎んで?」
乱歩「否、違うね。ルイスの差し金ってところかな」
ガブ「大正解。流石は世界一の名探偵だ」
俺は、スタンダード島事件から今日まで。
約一ヶ月のことを全て話した。
初めは半信半疑だった社員達だったが、話を聞くにつれ信じてくれた。
ま、太宰治が説明してくれていたからな。
ガブ「ここは良いな、又三郎。俺もお前みたいに、仲間との絆を深めたかった」
福沢「ユイハ……いや、ガブと呼んだ方がいいか?」
ガブ「どっちでも良いぜ」
ではユイハ、と社長さんは言葉を続ける。
福沢「職場体験は本日で終わるが、どうする」
ガブ「どうするって?」
福沢「元の予定通り特務課新人として働くのでも良いと私は思う。だが、貴君さえ良いのなら社は歓迎する」
ガブ「いや、莫迦じゃねぇの!?」
本心だった。
俺みたいな奴を探偵社員にしようとか、馬鹿げてる。
ガブ「そもそも、社長さんが良くたって他の奴らが嫌だろ!」
ナオミ「別に構いませんわ」
谷崎「そうだね。ユイハ君は仕事も、頭の回転も早いから」
賢治「はい! 僕も良いと思います!」
国木田「こういうのは本人の意思を尊重するものだ」
乱歩「僕は何でも良いよ」
与謝野「入ってくれたら外傷だけじゃなくて、毒にも対応できるようになるねぇ」
鏡花「私は、後輩が出来たら嬉しい」
判らない。
太宰「敦君はどう思う?」
敦「……僕は」
人間じゃない俺には、此奴らのことが判らない。
敦「一緒に働けたら嬉しい、です」
何で、俺を受け入れられるんだよ。
俺のせいで探偵社は死にかけた。
太宰治を、一度殺したんだぞ。
気付けばポロポロと、涙が溢れていた。
拭っても拭っても止まることはない。
敦「ねぇ、ユイハは──ガブはどうしたい?」
ガブ「……俺は」
???「探偵社員、神宮寺ユイハか……」
太宰「あ、ルイスさん。体調は如何ですか?」
問題ない、とルイスは欠伸をした。
ルイス「良いじゃん、ガブ。神宮寺ユイハという戸籍は特務課に入るとき用に作ってあるし、僕のコトは気にしなくて良いから」
ガブ「……でも」
ルイス「結局、僕と#アリス#が君にしてあげれることは少ない。そして正体もバレてる」
これも一つの運命だ。
そう笑ったルイスはとても楽しそうだった。
数日後。
探偵社の事務室。
窓から、昼間の温かい日が差し込む。
国木田「……誰か手の空いてる奴はいないか?」
固定電話を片手に、国木田さんはため息をついた。
敦「どうかされたんですか?」
国木田「ネモとビルゴが脱獄した」
鏡花「……また?」
ホント相変わらずだな、ボスとビルゴは。
つまり、依頼は二人の捕縛か。
乱歩「僕は焼きたてのたい焼き食べてるから無理」
賢治「むにゃむにゃ……もう食べれないです……」
ナオミ「お兄様、鯛焼きの餡がついてますよ」
谷崎「ちょっとナオミ!?」
与謝野「うーん……やっぱりこの写真も貼ろうかねぇ……」
敦「……僕達が行くしかないね」
鏡花「うん。ユイハも行く?」
俺は少し考えて、立ち上がる。
ボスとビルゴは何度も見ているし、敦みたいに扱いは心得ている。
まぁ、すぐ戻ってくれるだろ。
太宰「行ってらっしゃい、ユイハ君」
社長「要らぬ心配だとは思うが、気を付けてな」
俺は扉の前で足を止めた。
ユイハ「──行ってきます!」
---
--- オマケ ---
---
???「結局、彼は探偵社員になりましたね」
そうだね、と僕は小説を読みながら返事をした。
ルイス「君的には特務課に来てほしかった?」
安吾「……まぁ。戸籍を用意するの大変だったんですよ」
特務課は残業が多く、猫の手も借りたいほど。
そしてユイハが特務課に所属すれば、僕とのやりとりがスムーズに行く。
多少は申し訳ないと思っている。
ルイス「でも、僕は先に云っておいたよね。本人が望むなら別の道も視野に入れてほしいと」
安吾「別の道が探偵社だった、ということですか」
ルイス「そういうこと」
今回の件で“ガブに外を見せたい”というのが、一番大切なところだ。
だから特務課の、探偵社の力を借りた。
特務課には神宮寺ユイハという存在しない新人の用意。
そして探偵社、福沢さんにはガブが憧れた仲間を見てもらうための環境の提供。
安吾「作戦成功ですか?」
ルイス「あぁ。大成功だよ」
死にたくない。
その一心で動いていた彼が僕を助けただけではなく、探偵社員の一員として働いている。
成長が、とても嬉しい。
ルイス「いつかガブにとっての探偵社は、あの人にとっての“七人の裏切り者”と同じになる。今から楽しみだ」
大切な仲間を守るために彼が戦う選択をすれば、この世界でも厄災を乗り越えられる。
安吾「……ルイスさん、例の話は本当なんですか?」
ルイス「今のところ、未来が変わったようには見えないからね。だから安吾君。特務課にはならなかったけど、もしもの場合は頼んだよ」
僕は安吾君の肩に手を置き、微笑んだ。
探偵社に入って、福沢さんの異能力が僕にも適用されたらしい。
異能力を無意識に抑え込んでいたのか、出来ることが増えた。
その一つが未来を視ること。
鏡の先に広がる光景から判ったことを簡単にまとめるなら、僕がいない。
そして、そのことを知っているのは安吾君だけだ。
安吾「……太宰君の方が厄災に対抗できると思いますが」
ルイス「君の言う通り、太宰君に真っ先に話すべきだろうね」
安吾「では何故、僕なんかに──!」
ルイス「最適解を判っていても、僕がいなくなることを防ぐことを優先するから」
安吾「……それは」
織田作さんの事がある。
安吾君もそれは気づいているだろう�。
ルイス「それに、君じゃなければならない理由もちゃんもあるんだよ」
安吾「え?」
ルイス「内務省異能特務課でも地位の高い君は、英国軍へと正式に連絡が取れる」
先程はユイハがいれば厄災を乗り越えられると云った。
でも探偵社やマフィアが厄災を倒せない可能性も、充分にある。
だから手を借りなくてはならない。
僕の、大切な仲間達に。
ルイス「用意は周到に。あらゆる可能性を考慮して行動しないと」
安吾「……確かに、僕しか出来ないことですね」
ルイス「いなくなった時は、頼んだよ」
安吾「はい」
Q,なんですかこのオマケ
A,ユイハ主人公で本編を書くか、オリストを書きます
ということで「特務課新人の職場体験」の総集編+オマケでした!
いやぁ、ガブを助けたから後日談を書いてみたんですけど如何でしたか?
チラッと言いましたが、ガブの偽名はある日記で募集しました。
神宮寺ユイハって格好いいですよね。
読者(?)が天才すぎる。
本当はウェルズさんも登場させたかったけど、無理でした☆
次回の総集編は何になるんですかね。
DEAD APPLEかな。
ま、楽しみにしていただけると幸いです。
それじゃまた!
───
総集編も読んでくれてありがとな。
まぁ、これはあくまでextra editionだから英国出身の迷ヰ犬とは別の世界だ。
本編に登場することはないだろうが、小説が出たら読んでくれ。
ファンレターをくれたら海嘯が喜ぶ。
じゃあ、またいつか会おうな。
ユイハより
Chapter.3 死の果実
作者の海嘯です。
「英国出身の迷ヰ犬(DEAD APPLE)」のprologue~4-1の総集編+未公開分になります。
まとめるにあたり、少し添削しているので良かったらご覧ください。
[本編]
prologue
1-1
1-2
1-3
幕間
2-1
2-2
2-3
2-4
3-1
3-2
3-3
4-1
未公開分
epilogue
[オマケ]
prologue(No side)
ヨコハマ裏社会史上、最も死体が生産された88日。
あらゆる組織を巻き込んで吹き荒れた血嵐、龍頭抗争。
────その終結前夜。
赤い満月が空に浮いていた。
枯れ葉が風に乗り、道路に落ちる。
重く伸し掛かるような空気の下で、ポートマフィアの下級構成員である織田作之助。
そして、ポートマフィアに依頼を受けて仮加入している万事屋ルイス・キャロルは小走りで目標地点に向かっていた。
路地裏からは銃声が聞こえてくる。
ルイスも織田作も、手には拳銃を構え油断なく周囲を見渡していた。
曲がり角を抜けると、煉瓦造りの古く小汚い建物が目に入る。
血の臭気が漂っていた。
「うんざりだな」
織田作は小さくため息をつく。
右を向いても左を向いても死体の山だ。
いずれの死体の手にも銃があり、薬莢が大量に転がっていた。
どこかの構成員が銃撃戦を繰り広げたのだろう。
「……?」
ふと、二人の耳に引っかかるものがあった。
こんな暗澹たる夜には似つかわしくない声だ。
迷ってる暇はない。
逆方向であることも気にせず、二人は道路を駆け、“声”のした方に近付く。
辿り着いたさきには横転した車があった。
車から投げ出されたのか、近くに人が倒れている。
駆け寄った織田作は銃をホルスターにしまい、倒れている二人を確認した。
おそらく夫婦なのだろう。
夫らしき男は、家族を庇うように覆い被さっていた。
武装はしておらず、服装からも抗争に巻き込まれただけの一般人に見える。
流れ弾に当たったのか、夫婦はどちらも絶命していた。
「……チッ」
ルイス・キャロルは舌打ちをした。
戦争も抗争も、どちらも関係ない一般人の被害が出る。
けれど、夫婦が二人で守ったおかげで、子供だけは助かったようだ。
幼い少女が泣き声をあげる。
織田作が聞きとめた声だ。
織田作は少女を抱き上げ、怪我がないか確かめた。
奇跡的に軽傷しか負っていない。
服の裾からこぼれたハンカチーフに、幼い字で「咲楽」と名が記されているのが見えた。
「こんな状況で生きてるとは、運がいいな」
「……本当だね」
そう呟くと同時に、耳障りな雑音がイヤホンから流れてきた。
続けて二人を呼ぶ声が聞こえる。
『──織田作、ルイスさん』
急に繋がった通信に、二人の眼差しが鋭くなった。
「太宰、どこだ」
『何をしてるか大体察しがつくけど、早く逃げろ。そこもすぐに危険になる──』
ザザ、と雑音が混じる。
もう一方からの通信が割り込んできた。
『引っ込んでろ、サンピン!』
太宰と違う新たな声に、二人は視線を上げる。
直後、背後から豪速で走ってきた単車がルイス達を追い抜いた。
単車を運転するのは特徴的な黒帽子の男。
さきほど、太宰との会話に割り込んできた通信の相手だ。
ポートマフィア幹部候補、中原中也。
「今日も相変わらずの仲の悪さで何より」
「行くぞ、ルイス。太宰の言う通り、ここもすぐに危険になるだろう」
はいはい、とルイスは織田作の後ろをついていこうとした。
しかし、足を止める。
「やっぱり二人のところへ行っても良いかな?」
「元より俺一人でも問題ないが……嫌な予感でもしたか?」
「そんなところ」
じゃあ、とルイスは中也のバイクを追い掛けた。
🍎🍏💀🍏🍎
県庁の屋上へと着くなりルイスは鏡を出す。
屋上を強い衝撃が襲ったが、鏡はびくともせずルイスの目の前に浮かんでいた。
砂埃が収まった頃、ルイスは鏡を消して屋上を見渡す。
圧殺。
屋上にいた敵は全て死体となり、屋上を埋め尽くしていた。
「おや、ルイスさん。織田作と一緒だった筈では?」
「暇だから来ちゃった」
「早く行くぞ」
中也は二人の会話を気にせず、自ら作った死体の山を一瞥もしないでビルの内部へと進む。
ルイスは苦笑いを、太宰はため息をつきながら後をついていった。
目指す男は、ビルの中にいる筈だった。
非常階段を通って入ったビル内部は、随分と荒れていた。
廊下には埃が溜まり、鼠の走った跡がある。
人の気配がする方に向かうと、広い部屋の隅に事務机や棚が積み上げられていた。
電話のコードが千切れ、蛍光灯が点滅する。
重要そうな証券類も、雑多な書類とともにあたりに打ち捨てられていた。
部屋の中央には、天幕のような不審な空間が広がっている。
三人が探しに来た目当ての人物は、そのなかに座って居た。
彼はうつむきながらぶつぶつと呟き、火を熾したバケツに何かを投げ込んでいる。
「──手に入る、手に入らない、手に入る、手に入らない……」
花占いにも似た言葉。
ただし、千切っているのは花弁ではなく札束や有価証券。
さらには光り輝く宝石だ。
「手に入る、手に入らない、手に入る、手に入らない──」
札束が燃える。
有価証券が千切れる。
宝石が炎に呑まれていく。
太宰が石を見て呟いた。
「あれ全部、本物の宝石だ……」
「今のは五千万だね」
硬質な音を立て、大ぶりな宝石が焚火に投げ込まれる。
「──……手に入らない」
それが最後のひとつだったのか、男が吐息をついた。
「こんな占いばかり当たってもまったく嬉しくない。組織など編んでみても、やはり欲しいものは手に入らぬか」
男が顎の下で手を組み、その顔が炎に照らされる。
白い膚に背中まで流れる白い髪。
髪の一部は編み込んでたらしている。
美しい容貌のなか、毒々しい赤の瞳が印象的だ。
澁澤龍彦。
この男を殺せば、龍頭抗争は終結する。
全ての災禍の原因とも云える存在を前にして、昼夜が一歩進み出た。
静かな声で云う。
「……俺の仲間を返せ」
その声で、ようやく中也達の存在に気付いたように、澁澤が顔を上げた。
「ようこそ、退屈なお客人」
無感動な眼差しを澁澤は向ける。
「どうせ君達も私の欲するものを与えられはしない……早々に死にたまえ、彼らのように」
澁澤の背後から、ゆっくりと霧が立ち上る。
その足元には、何かが転がっていた。
中也がそれに気付き、目を見開く。
床に転がされていたのは、中也の仲間達。
行方不明になっていた六人全員だった。
全員、瞳孔が開ききっており、ぴくりとも動かない。
すでに絶命していることは明らかだった。
澁澤が告げる。
「君の友人はみな自殺したよ。退屈な人間は死んでも退屈だ」
「てめええ!」
中也の顔に赤い異能痕が走った。
強く握りしめた拳が震え、手袋が弾け飛ぶ。
あらわになった腕にまで、異能痕は広がっていた。
暴れる心が求めるままに、中也は異能を解放する。
風が起こり、中也の髪が揺らめいた。
「止めるなよ」
中也は太宰達に告げて、澁澤と向かい合う。
「やれやれ……」
ため息まじりに、太宰は後ろにさがった。
「良いの?」
「森さんは此処まで見越してるし、大丈夫ですよ」
そう、とルイスも踵を返した。
「“陰鬱なる汚濁”……か」
中也の異能が暴走を始める。
絶叫。
咆哮。
轟音。
ありとあらゆる音をあげ、ビルがまるごと破壊される。
衝撃波が待機を揺るがし、破片が砲弾のように飛び散った。
「君の異能力って、二次被害までは無効化できないよね」
「はい。ルイスさんが居なかったらビルの崩壊に巻き込まれて、中也と心中することになってました。考えるだけで気持ち悪い」
「……良かったね、僕の鏡まで無効化しなくて」
本当ですよ、と太宰は何度目か判らないため息をついた。
🍎🍏💀🍏🍎
「──……。」
惨憺たる様相を見せる現場を、遠くから眺める男が居た。
肩まで伸びた黒髪と紫水晶のような瞳を月光が照らす。
外套が、風に大きくはためいた。
ふっ、と無邪気な笑みをこぼし、底知れない表情を浮かべて、男──フョードルは、誰ともなく独り言ちる。
繊細な指が、音楽を奏でるように空を滑った。
「……楽しすぎるね」
ふと、フョードルは気付いた。
崩れゆくビルの少し手前、二人の少年が宙に浮いている。
正確には鏡の上に乗っているのだ。
「おや……まさか僕に気づくとは思っていませんでしたよ、ルイスさん」
フョードルは先程よりも口角を上げ、とても嬉しそうに笑っていた。
銃弾が降る。
砲声が響く。
|路面《アスファルト》が抉れ、血塵が散る。
哄笑と悲鳴が飛び交い、怨嗟の声が町を蝕む。
数多の命を奪い、夥しい惨劇を生んだ龍頭抗争。
五千億円という大金をきっかけに始まった抗争は、ヨコハマ全土を戦場へと変えた。
ある者達は双黒として戦いに身をやつし、ある者達は戦いで肉親を喪って路頭に迷い、ある者達はのちに、迷子達を引き取ることとした、血なまぐさい戦い。
それから六年後。
────龍は、眠りから目覚めようとしていた────。
---
1−1
出航を知らせる汽笛が、港に響き渡った。
強い日差しが吊り橋と海面に反射する。
潮風がそよぎ、鷗が鳴き声をあげて飛んでいく。
遠くで清らかな鐘の鳴る音がしていた。
近代的な高層ビルと、重厚な煉瓦造りの建物とが混在する港湾都市・ヨコハマ。
そのヨコハマの港近くの公園で、僕は一冊の本を読んでいた。
「……何か用でも?」
僕は本から目を離さずに問い掛ける。
わざわざ顔をあげなくても、気配で彼らがいることは分かっていた。
「依頼を一つ、引き受けてはくれませんか?」
「云ったよね? 僕、今は休業中なんだよ」
でもまぁ、と僕は本を閉じながら男の方を見て微笑む。
「内容と報酬が釣り合っていたら、考えないこともないかな」
丸眼鏡に背広という、学者風の外見をした彼の名は坂口安吾。
異能特務課の中でもそこそこの権力を持った人物で、後ろに護衛が控えている。
護衛の一人が資料の入っているであろう封筒を手渡してきた。
「内容についてはそちらを。報酬は貴方の望む額を用意しましょう」
「え、じゃあ20億で」
「はぁ!?」
護衛の一人が声を上げる。
流石にそこまで政府が出してくれないことは予想できている。
「冗談が通じないね。この依頼は受けさせてもらうけど、報酬は全部終わってからで良いよ」
「……。」
「どうかしたか?」
いえ、と安吾君は眼鏡を少し上げる。
僕が依頼を受けてくれるとは思っていなかったらしい。
現在も一応休業中という形をとっており、こういう依頼は全部断ってた。
ま、驚くのも無理はない。
「それでは、また連絡します」
「了解」
安吾君達が踵を返すと同時に、僕も立ち上がって彼らの逆方向へと歩き出した。
🍎🍏💀🍏🍎
暫くすれば、とある丘へと着く。
階段を下りる途中で、ふと立ち止まる。
目の前に広がるのは、緑に囲まれた墓地。
まだ数年しか経っていないんだったか。
整然と並ぶ無数の白い墓石が、太陽に照らされて橙色に輝いている。
「……あれ?」
僕は視界の端に二人の人影がいることに気がつく。
「もしかして……太宰さんの好きな人だった、とか?」
「好きな女性だったら一緒に死んでるよ」
太宰さんならそうか、と敦君は納得していた。
どうやら、あの場所に眠る人物について話しているようだった。
「……友人だ。私がポートマフィアを辞めて探偵社に入るきっかけを作った男だよ。彼がいなければ、私は今もマフィアで人を殺していたかもね」
太宰君の言葉に、敦君は困惑しているようだった。
真実なのか偽りなのか、見当のつきにくい話し方をしていたからな。
そんなことを考えていると、二人が僕に気がついたらしい。
「お疲れ様です、ルイスさん」
「うん、お疲れ」
僕は一輪の花を墓石に添えて、手を合わせた。
後ろでは太宰君が冗談めかした様子で、先程の話は嘘だと言っている。
本当のことだろ、と思いながらも僕は突っ込まないでおいた。
「国木田君あたりに云われて、私を探しに来たのだろう?」
「えぇ、大事な会議があるからと」
「──パス」
そう言った太宰君はさくさくと歩いていく。
「ちょっと新しい自殺法を試したくてね」
「またですか? もう……」
振り返る様子のない太宰君は、ひらひらと手を振っていてた。
敦君は呆れているようだった。
自殺|嗜癖《マニア》の太宰君がこう言い出したら、もう誰にも止められない。
彼の砂色の外套が、ゆらりと海風に揺れている。
敦君は、ため息をついていた。
「……会議の内容について何か聞いてる?」
「い、いえ……大事としか言われてませんけど……」
そっか、と僕は背伸びをした。
タイミング的に、僕が特務課から受けた|依頼《もの》と同じだろうな。
普通なら話ぐらいは聞く太宰君だけど、今回はパスした。
つまり、そこそこの案件なのだろう。
「太宰さん、どっか行っちゃったんですけど……」
「とりあえずは会議に向かったらいいと思うよ。僕もついていって良いかな?」
「大丈夫だと思います!」
それじゃあ、と僕達は探偵社に向かい始めた。
---
1-2
敦君と僕は、港にほど近い赤煉瓦で作られたビルに居を構える、武装探偵社へと来ていた。
向かう先は会議室だ。
重厚な扉をゆっくりと押し開ける。
さして広くも無い、けれど必要十分な規模の会議室。
壁の一面には大きなスクリーンが、もう一面にはホワイトボードが置かれ、固めて並べられた長机のまわりを十数人ぶんの椅子が囲んでいる。
昼と夜の間をとりしきる薄暮の武装集団、武装探偵社。
港湾都市ヨコハマにおいて、官憲だけでは如何しようもない事件を解決する異能者集団だ。
その方針と決定は、この会議室で生まれる。
福沢さん、春野さん、国木田君、乱歩、与謝野さん、谷崎君、ナオミちゃん、賢治君、鏡花ちゃん、そして……敦君。
太宰君こそいないものの、残る社員全員が会議室に集められている。
錚々たる面々に、これから始められる会議の内容の重さを感じたのか、敦君は少し緊張しているようだった。
一体、何があったというのか。
ま、予想はついているけど。
全員が席につき、国木田君が会議室の照明を落とす。
スクリーンに、ある街の様子が映し出された。
煉瓦造りの建物が目を引く、商店が軒を連ねたレトロな街並み。
猥雑でありながら|郷愁的《ノスタルジック》な雰囲気が漂う。
画面の端には時刻と場所が表示されており、深夜の台湾、デイーホアジエであることを教えてくれる。
暫くして、街並みに薄い靄のようなものがかかった。
──霧だ。
霧はゆっくりと、しかし着実に濃度を増し、街を呑み込んでいく。
街が霧で見えなくなったところで、映像が早回しにされた。
「──これは三年前に台湾のタイペイ市街にあった監視カメラの映像です」
生真面目な光景が説明する。
「見ての通り、濃い霧が、数分間という短時間で発生し、消失しています。ですが、これはただの異常気象ではありません」
画面の中の霧が晴れる。
映像が停止され、新たなものに切り替わった。
カシャリ。
硬質な音と共に映されたのは一枚の写真。
先ほどと同じ場所を、近付いて撮ったのか、煉瓦の建物に挟まれた道路が画面の中心に通っていた。
道路の真ん中には、多くの人が集まって、何かを囲んでいる。
さらに近付いた写真が映し出され、其れが何かが明らかになる。
路面に這いつくばり、真っ黒に炭化した────。
「この霧の消失したあと、不審な死体が発見されています……この焼死体です」
──もとは“人間”であった消し炭が、其処には転がっていた。
余程の高熱で燃やされたのか、道路まで焦げ付いている。
髪や服は勿論、骨さえ残っていない。
当然乍ら、容貌も表情も判る筈がなかった。
路面にこびりついた人のかたちの炭を、地元警察と思わしき人々が取り巻いている。
あまりにも惨い映像だった。
まぁ、良い気分ではない。
「ひどい」
自然、敦君の口から声がもれた。
炭化するほど死体を燃やすとか、まぁ、正気の沙汰ではない。
敦君が眉をひそめ、誰もが凄惨な現場に口をつむぐなか。
乱歩が駄菓子をぽりぽりと食べながら指摘した。
「この人、異能力者だね」
「仰る通りです。流石です、乱歩さん」
スクリーンの横に立って説明をしていた国木田君が、確りと頷いた。
「その界隈では有名な炎使いの異能者でした」
国木田君がリモコンを操作し、次の画面を映す。
「これは一年前のシンガポール」
スクリーンに獅子の頭と魚の胴を持つ、マーライオンの像が映った。
水辺にある白い像は、雑誌などでも多く見る景色だが、注視すべきはマーライオンの背だ。
男が、磔にされている。
だらりと力のない手足。
青白く変色した肌。
何より、全身に刺さった無数の|手札《カード》。
赤と黒で彩られた、トランプの手札だ。
男が死んでいることは明らかだった。
「やはり、濃い霧が発生、消失した直後に、発見された変死体です。彼は、手札を操る異能力者で、腕利きの暗殺者でした」
国木田君は淡々と語り、指を動かした。
手札に切り裂かれた男の写真が消され、今度は、巨大な氷柱に貫かれ絶命した女が映る。
「これは半年前のデトロイト。やはり霧のあとに発見された遺体」
多くの車が行き交い、高層ビルが立ち並ぶ都会の中心で、なぜか、地面から幾つもの氷柱が突き出している。
透明な槍となった巨大な氷柱は、女を高く持ち上げ、空中で死に至らしめていた。
国木田君の声が響く。
「お察しの通り、彼女は氷使いの異能者でした」
「つまり、不可思議な霧が出現したあと、各国の異能力者が、皆、自分の能力を使って死んだという事だな」
福沢さんの言葉を聞き、賢治君が国木田君を見る。
「この霧に、なんらかの原因があるわけですか?」
疑問のかたちを取っているけど、それは確認だ。
あたり覆う霧と、能力者の死体。
無関係な訳がない。
国木田君は軽く首肯した。
「確認されているだけでも、同様の案件が128件。おそらくは500人以上の異能者が死んでいるでしょう」
眼鏡を人差し指で押し上げる、
「異能特務課では、この一連の事件を、『異能力者連続自殺事件』と呼んでいます。……自殺と云えば」
ふと、国木田君が視線を上げた。
「太宰も阿呆はどうした?」
ま、その話題だよね。
自殺という単語で思い出すのなんて、太宰君ぐらいしかいない。
大袈裟に肩を揺らした敦君に、となりにいた鏡花ちゃんが不思議そうな顔をしている。
云いたくない、とか思ってるんだろうな。
「太宰君なら新しい自殺法を思いついたとかで、会議はパスだって」
「あのトウヘンボクが!」
案の定、国木田君が大声で叫んだ。
彼は何度も太宰君に逃げられ、振り回されている。
それはもう、気の毒になるほどに。
激怒する国木田君の顔と声には、怒りが溢れている。
「これだから彼奴は、もっと真剣に太宰を連れてこい」
「まぁ、そんなに怒らないで」
ほんと、敦君が怒られている意味が判らない。
全部太宰君が悪いのに。
国木田君が話を止めている間、僕は会議室内を見渡す。
金庫にお菓子を入れている乱歩に、それを見てる賢治君。
事件の概要を再確認した谷崎君に、彼を締め上げているナオミちゃん。
そんな個性豊かな中、冷静な声を与謝野さんがあげた。
「で、この件がうちとどう関係してるんだい?」
手元の資料を見ながら与謝野さんは問う。
「妾らも異能者だから気をつけよう、なんて話じゃないんだろ?」
「異能特務課からの捜査依頼です」
敦君をしぼりおえた国木田君が神妙な顔になる。
「この連続自殺に関係していると思われる男が、このヨコハマに潜入しているという情報を得て、我々にその捜査、及び確保を依頼してきました」
「……やっぱりね」
予想がついていたとはいえ、探偵社も駆り出されるとなると面倒なことになりそうだ。
気がつけばスクリーンに見覚えのある、線の細い青年の写真が映し出されていた。
癖のある長い白髪。
白皙の肌。
白い容貌のなか、真紅の瞳が昏く煌く。
国籍と名前、年齢以外の記録は、一切が不明と書かれている。
「澁澤龍彦、二十九歳。わかっているのは何らかの異能力者である事と、|蒐集者《コレクター》という通称だけです」
「|蒐集者《コレクター》……」
賢治君が国木田君の言葉を繰り返す声が聞こえる。
敦君の肩が、小さく揺れるのが見えた。
なーんか、嫌な予感がするんだよな。
「どうかした?」
「……いや、何でもない」
ぱちりと音がして、会議室に灯りが点いた。
一気に部屋が明るくなる。
互いの顔が見えるなか、福沢さんが告げる。
「武装探偵社はこの依頼を受ける」
「……。」
「この事件の直接の被害者は能力者であり、探偵社員である諸君らの安全を守る為でもあるが、それ以上に、この事件には、より大きな禍を社会にもたらす予兆を感じる」
より大きな禍を社会にもたらす予兆、か…。
確かに、僕もそんな気がしていた。
「探偵社はこれより、総力をあげて、この男の捜査を開始する──」
---
1-3
一度解散になり、少し経った。
色々と探偵社員が慌ただしく作業しているなか、僕は資料を読んでいた。
何度も目を通しておいて、損はない。
「今頃なんですけど、ルイスさんは探偵社員じゃないのに会議の内容聞いても良かったんですか?」
ふと、そんな声を谷崎君が上げた。
答えたのは福沢さん。
「ルイスは探偵社員となった。表向きには私が依頼したことにしているがな」
そういえば、ちゃんと挨拶とかしてなかったな。
「一応|組合《ギルド》戦後から入社したルイス・キャロルだ。改めて、これからよろしく」
「ルイスさんが仲間だと、心強いですね」
そう云ってもらえると嬉しいな。
そんなことを考えていると、特務課から連絡が来た。
もう少し詳しい情報を貰えるらしい。
「谷崎、行くぞ」
「はい!」
「僕もついていこうかな」
此方にも安吾君から連絡が来てる。
探偵社のついで、と云ったところかな。
🍎🍏💀🍏🍎
月明かりのもと、僕達三人は足音を忍ばせて歩いていく。
ヨコハマの港に近い倉庫街。
赤錆の浮いた倉庫がいくつも並んでいる。
倉庫の間から見えるベイブリッジの光が、辺りを一層暗く感じさせた。
街灯もなく、人気もない。
秘密の会談にふさわしい静まり返った場所に肩を並べて踏み入る。
「……どう思います?」
歩きながら、谷崎君がためらいがちに問いかける。
「何がだ」
「連続自殺なんて、本当にあり得るんでしょうか?」
谷崎君の目線だけが、ちらりと僕達に向けられた。
その顔からは隠せない不安が漂う。
国木田君は表情を変えず、暫し沈黙して、硬い声で答えた。
「何とも云えん」
淡泊に告げ、国木田君は続ける。
「仮に精神操作の異能を受けたのだとしても、それほど強力な異能力となれば必ず国際捜査機関に情報があるはずだ……」
にもかかわらず、現在のところ、依頼人である特務課からは何の情報もない。
現状を正しく把握した谷崎君はうつむいていた。
「これから会う特務課のエージェントから、もう少し詳しい情報をもらえるといいね」
ため息をつきながら、僕は二人と足を進める。
あたりは静かで、互いの呼吸が聞こえそうなほど。
満月なのか、やけに大きな月が頭上を照らしていた。
待ち合わせ場所は近い。
「……さて、ここだね」
倉庫と倉庫の間にある、路地の手前。
僕は腕時計を確認した。
時刻は午後七時五九分四五秒。
合流予定の一五秒前。
「? ……いない。ここが待ち合わせ場所のはずだが」
「国木田さん! ルイスさん!」
谷崎君が鋭い声を上げた。
緊張感を孕んだ様子に、僕達は弾かれたように顔を向ける。
彼が見ているのは路地の向こう。
何が、と思う間もなかった。
路地の先に倒れる人影。
清潔そうな背広。
少しすり減った靴底。
弛緩した四肢。
そして、倒れた体の下に広がる、血。
じわじわと、血は縁を描いて広がっていく。
青白い月光が鮮やかな赤い血に反射した。
「━━!」
血を流したまま無言で倒れる男を見て、僕達は即座に動いた。
国木田君はズボンから拳銃を素早く抜き、姿勢を比較して男に駆け寄る。
同時に、谷崎君も後背に隠していた拳銃を取り出し、構えた。
倒れた男を挟んで背中合わせになるように、二人は銃を構え、辺りを警戒する。
その間に、僕は一応のために手袋を用意した。
倒れている男の首筋━━頸動脈の辺りを指で触れる。
男の体は温かいけど、脈はない。
おそらく、さほど時間は経っていないのだろう。
僕達の到着する数分前に殺されたとしか思えない。
でも周囲には人影も、人の気配も感じられなかった。
「……ルイスさん」
「特務課のエージェントだね」
死んでるよ、と僕は冷静に告げた。
二人は驚きの声をあげる。
死んでいる男の隣に屈み込んでいた僕は、ふと、そばに“何か”が落ちているのを見つけた。
月明かりに照らされた“其れ”を、僕はそっと手に取った。
「どうしました?」
不安げな問いに、僕は“其れ”を持ったまま立ち上がった。
「……不自然だよね、流石に」
偶然、落ちているような類のものじゃない。
むしろ、強いメッセージ性を感じる。
犯人の遺留物かな。
“其れ”は、ちと同じ色を纏ったリンゴだった。
つるりとした表面が月光に輝く。
偽物や爆弾などではない。
紛うことなき、ただの果実だ。
ただし。
熟れたリンゴには、一振りのナイフが刺さっている。
罪の味を断罪するかのように。
原罪を象徴する赤い球体に、刃が穿たれている。
陰惨で不吉な気配が“其れ”から毒々しく滲み出ていた。
「それは?」
谷崎君の問いに、僕は首を横に振る。
多分、太宰君が関係しているけど不確定なまま伝えるわけにはいかない。
「犯人が残したもので、間違いないでしょうか」
「そうだね。このナイフとか、凶器かもしれないし」
でも、リンゴの意味は分からないな。
掲げ持つリンゴから瑞々しい果汁が滴り落ち、地面に濡れた跡を作る。
━━━━はじまりの鐘は、すでに鳴っていることだろう。
---
幕間
一度、国木田君達とは別れて連絡をする。
追加の情報を貰えなかったこともあるけど、リンゴが気になる。
澁澤龍彦はもちろん、太宰君にも関わりがある気がした。
安吾君に連絡をする前に、僕はメールの返信を先にしておくことにする。
やぁ、と僕は電話を耳に当てながら笑う。
相手はあまり良い気分ではないようだった。
「先程探偵社の国木田さんから連絡を受けました。リンゴ……でしたか」
僕は肯定してパソコンを異能空間から取り出す。
写真とか送りつけた方が早いな。
送信していると、軍警がやってきた。
「これさ、後の処理は任せて大丈夫?」
「えぇ。資料はすぐに別の者に届けさせます」
いいや、と僕はパソコンを閉じる。
「また消される可能性もあるし、エージェントの手に資料は残っていなかった」
「……情報はもう誰かの手に渡っていると」
「そういうこと。だからパソコンに送っちゃって」
後のやりとりはアリスに任せることにしよう。
とりあえず、僕は僕のやるべきことをやらないとね。
🍎🍏💀🍏🍎
古いジャズが、微かに流れていた。
地下にある店内に窓はない。
柔らかい空気、絞られた照明。
淡い橙色の光が、壁に並んだ空のボトルを照らす。
年代物のカウンターとスツールは淡い飴色になり、木目が良い風合いに育っている。
からりとグラスの中の氷がまわる、心地よい音が聞こえた。
「やぁ、さっきぶりだね」
階段を降り切った僕がそう声をかけると、彼は此方を向いて微笑んだ。
ある席に置かれていた蒸留酒の入ったグラスには、白いアリッサムの花が添えられている。
其処は、織田作さんがいつも座っていた席。
置かれている酒も、彼がいつも飲んでいた銘柄の蒸留酒だった。
けれど、グラスを呷る手は、今はもうない。
そもそも、グラスの置かれた席には誰も座っていない。
からっぽの席に、花とともに置かれたグラスだけが、寂しく佇んでいる。
「大切な会議とやらは終わったんですか?」
「あぁ。君がいないから、国木田君がまた怒っていたよ」
その様子が思い浮かんだのか、太宰君は小さく笑った。
「これ、頼まれていたやつね」
僕は“其れ”を机に置きながら、いつも三毛猫の眠っていた席へと腰掛ける。
対して太宰君は、微笑みながら自身のグラスを手に取った。
机に置かれた“其れ”は毒々しい赤と清らかな白のカプセルだった。
「……ありがとうございます」
織田作、君の云うことは正しい。
そう囁き、カプセルに手を伸ばした。
「人を救う方が、確かに素敵だよ」
ただし、と云いたげに太宰君は笑った。
「……生きていくのならね」
カプセルを口に入れた太宰が、名残惜しそうに席を立つ。
「じゃあ、行くよ。織田作」
別れを告げて、長外套のポケットから〝何か〟を取り出し、カウンターに置いた。
そのまま振り返ることなく、太宰君はバーを去る。
古いジャズの音に、靴音が重なる。
「……。」
やがて、靴音が聞こえなくなった後。
カウンターには、グラスとともに〝其れ〟が残された。
────ナイフの刺さった、赤い林檎。
殺されたエージェントの近くにもあった“其れ”を見て、ため息をつく。
「……もう暫くはここに居ようかな」
罪の|果実《リンゴ》は甘美な腐臭を漂わせていた。
---
2-1
ルパンを出ると、そこには誰もいなかった。
先程まで太宰君と安吾君がいたことは、鏡で見ていたから知っている。
彼らが昔のように笑える日は来るのだろうか。
否、来ないだろうな。
ヨコハマを離れ、街全体を見渡せる高所へとやってきた。
正確には鏡の上に立っているんだけど、それはどうでもいい。
「……はぁ」
霧、霧、霧。
真っ白な霧が街を埋め尽くしていく。
本来なら、ここまで高所に来ていれば夜景が綺麗なはず。
でも霧に呑み込まれて何にも見えない。
「これが澁澤龍彦の異能力、か。前回は全く関わりがなかったけど、どうして自殺するのかな」
個人的には、霧に触れるだけで自殺するわけじゃない気がするんだよね。
龍頭抗争のとき、自殺したのは何故か異能力者だけだし。
『ルイスさん』
「やぁ、安吾君。霧に呑まれる前に特務課へ帰れたようで何より」
僕はヨコハマへ、鏡の上を歩いていく。
「中ではどれ程の異能者が犠牲になっているかな?」
『……分かりません』
「中とは連絡が取れていない感じか。情報ありがとう」
あと少しで、霧に触れてしまう。
そんなギリギリのところで僕は地上へと降りた。
「今回の事件、太宰君が一枚噛んでるでしょ。僕一人じゃ解決できなさそうなんだけど」
『……ルイスさん』
「無理だよ」
僕は即答した。
多分、澁澤龍彦を止める方法は一つしかない。
そして僕は、依頼だとしても遂行しない。
「排除なんて出来るわけがない。皆には悪いけど僕はこの事件で役立てそうにないよ」
『では、別の依頼をさせてください』
安吾君は優しく云う。
『少しでも被害を減らし、探偵社員として事件を収束させてください』
「……僕、探偵社員じゃないんだけど」
『そういうことにしてありますよ、ちゃんと』
どうやら、福沢さんに聞いたらしい。
まぁ、安吾君なら良いか。
そんなことを考えながら僕は息を吐く。
「一応鏡は手元に置いておいて。連絡できそうならする」
『……ご武運を』
さて、と僕は知っている探偵社員の電話に片っ端から掛けてみる。
やはり、霧の中にいるであろう彼らに電話は繋がらなかった。
「……準備は万端に」
ナイフや銃を予備も合わせて、戦争の時より何倍も用意する。
僕の考えが正しければ、霧の中では異能が使えない。
異能なしの戦闘をイメージしてみるけど、どれだけ頼っていたのかがハッキリするね。
「僕はこの中で自殺するのかな?」
---
2-2
聳え立つ高層ビル、巨大な赤煉瓦倉庫、歴史ある市庁舎、遠く伸びるベイブリッジ。
白い霧に覆われた街は、妙に静まり返っている。
人がいない。
いくら深夜とはいえ、ショッピングモールで華やぐ繁華街にも、観覧車のある遊園地にも、海に近い公園にも、人の姿が見当たらない。
ただ白い霧が立ち込める、異様な雰囲気があった。
「……なーんか、変な感じがするんだよな」
街を歩きながら僕は呟く。
異能が使えないのは予想内だから別にいい。
でも、静かすぎる。
聞こえる音も、石畳に反響する自身の足音だけ。
ただ、白い霧が人のいない廃墟のような街を隠している。
「……やぁ」
僕は足を止めて、声を掛ける。
振り返ると同時に鋭い金属音が辺りに響き渡った。
僕のナイフは其奴に当たっていないようだ。
跳ね返して距離を取った僕は、相手の姿を確認する。
「え……?」
驚きを隠せなかった。
ナイフを握る手が緩む。
僕と変わらない背丈。
もちろん、髪の色も同じだった。
でも、其奴の姿はまるで━━。
「━━アリス?」
次の瞬間、辺りに幾つもの鏡が現れた。
同時に異能の姿も消える。
どの鏡から出てくるかは分からない。
「……ッ」
ナイフを構えたけど、蹴りの勢いを消さなかった。
そのまま僕は水平に飛ぶ。
ガラスを破り、建物内へ転がり込む。
破片が刺さったりして、血だらけになった。
「僕に蹴られた人は、こんな気分だったんだね……面白いことを知れた……」
アレは僕から分離した『|鏡の国のアリス《Alice in mirrorworld》』かな。
もし『|不思議の国のアリス《Alice in wonderland》』も分離していて、此処に来たら厄介すぎる。
そんなことを考えていると、目の前に鏡があった。
鏡から伸びてきた拳はギリギリ避けれる。
考えている暇はない。
走るしかないな、これ。
🍎🍏💀🍏🍎
どうにか撒けた。
鏡で索敵しようにも、この霧では見えないはず。
「……にしても」
結構な怪我だな、僕。
いや、出血が多いだけで見た目ほどの傷ではない。
ただこの状態で一夜越すのは、一人じゃ難しい。
ため息をつく僕の耳に入ってきたのは━━。
「獣の、唸り声」
それだけじゃない。
遠くから何度も破砕音が聞こえている。
ま、人のできる所業ではないよな。
とりあえず壁に手をついて立ち上がる。
「異能力『月下獣』」
「異能力『夜叉白雪』」
建物の影から見えたのは、そう叫ぶ二人の姿。
でも、何も起こらない。
敦君は虎に変わらないし、夜叉白雪も現れない。
それぞれ驚いている間にも獣の唸り声は聞こえた。
「━━走るよ」
二人の腕を強く掴み、駆け出す。
一瞬見えた獣の正体は判らないけど、闇の中その瞳は光っていた。
コンクリートと鉄と石。
時が止まったような無機物で出来た街を、僕達は走る。
背後から轟音と白い煙が上がり、例の獣が道路や車に体当たりをしながら追ってきていた。
衝撃にアスファルトが割れ、土煙が巻き起こる。
細かい礫が背中に当たるのを感じながら僕達逃げた。
車をバリケード代わりにして逃げても、細い路地に入っても、方向を急に変更しても。
謎の獣は車を薙ぎ払い、ビルを吹き飛ばし、素早い動きで追ってくるし、回り込んでくる。
宙を飛んだ車が大破して、ビルの壁が盛大に崩れ白煙を上げた。
逃げても逃げても、獣は僕達を諦めない。
執念深く追い回してくる。
圧倒的な力と速さに、僕達は為す術がない。
「鏡があればまだ……」
無いものは仕方がない。
息を切らして、手を引き続ける。
捕まったら一生の終わり。
彼らをこんなところで死なせるわけにはいかない。
「鏡花ちゃん、敦君を頼んだよ」
「ルイスさん!」
このままでは追いつかれる。
だから、少しでも足止めをしないといけない。
「あーう!」
間の抜けた声が、交差点に響き渡った。
敦君の声、だよな。
---
2-3
背後で何が起こっているのか、把握する余裕はない。
でも、運は味方をしてくれたようで少し安心した。
ドンッ、という強い衝撃と共に、近くにあった車のボンネットに獣が降り立つ。
霧に遮られて獣の姿は影しか見えない。
けど、しなやかで大きな体と太い四本の脚、弓なりに上がられた尾はどこか見覚えがある。
「悪いね」
獣が降り立った車のそばで、壊れた信号機がバタバタと音を立てている。
僕は腰から拳銃を抜き、素早く撃った。
連続で放たれた三発の銃弾は、獣が降り立った車のガソリンタンクを貫く。
タンクからガソリンが噴き出し、道路へと広がっていく。
ガソリンの引火点はマイナス四十度以下。
静電気などの火花でも容易に引火する。
さらに揮発し、発生したガソリン蒸気の燃焼範囲は広い。
濃度がある程度薄くても燃焼する。
数十センチ離れていたところで、大気より比重の重いガソリン蒸気は下に流れ、燃焼可能な状態で火花と接触可能。
必然で、上記の及ぶ広い範囲で急激な燃焼が起こる。
「逃げるよ」
二人の元に行くと、何故か国木田君もいた。
右腕と左脇腹の二箇所が血で汚れていて、特に左脇腹の傷がひどそうだった。
「ルイスさん、国木田さんが撃たれていて━━!」
「詳しい話は後で聞く」
そう云うと同時に、爆発が起こった。
凄まじい爆発音と共に辺りがオレンジ色に染まる。
熱風が吹き荒れ、橙色の炎と白い煙が広がった。
鏡花ちゃんに敦君のことは任せ、僕は国木田君に肩を貸して一度退いた。
🍎🍏💀🍏🍎
狭い路地には、薄汚れた太いダクトが幾何学模様を描いて天井と壁を入り乱れる。
埃っぽい空気が停滞し、照明もほとんどない。
街の裏側とでも云うべき、暗い場所。
そんな場所を僕達は音を立てて金属質の床を走り、通路の奥のくぐり戸へと進む。
僕が背後を警戒している間に鏡花ちゃん、敦君、国木田君の順で通り抜けた。
全員がくぐり戸を通り終わり、金属で出来た格子状の扉を下ろす。
通路は狭いから、あの獣が来る可能性は低い。
それ以外は、判らないけど。
「……鏡花ちゃん」
僕が言い終わるより前に、彼女は先に走って行った。
そして、国木田君を一度休ませる。
逃げるためとはいえ、重傷を負っている走らせてしまった。
「すみません、助かりました」
「お礼はいらないよ。君と合流できただけで十分だ」
「大丈夫ですか、国木田さん。何があったんです?」
国木田君は呼吸を整えながら云う。
「自分の異能にやられた……」
「……自分の、異能に?」
まぁ、そうだよな。
僕も実際『|鏡の国のアリス《Alice in mirror world》』に襲われてるし。
つまり澁澤龍彦の異能、改め例の霧に触れた異能者から異能が分離する。
取り戻す方法は、何だろうな。
「━━!」
最悪だ。
扉が一瞬で破壊され、その向こうには見知った姿がある。
仮面の顔と白い着物。
長い髪を靡かせた剣の使い手『夜叉白雪』。
その額には見覚えのない赤い結晶が輝いていた。
今、思い返してみるとアリスの額にも同じ結晶があった。
あれを破壊すれば、異能を取り戻せる可能性が高い。
「走れ」
僕がそう云うと同時に、車の急ブレーキ音が聞こえてきた。
進行方向の路地に、一台の車が停まっている。
前後両方の扉が開けっぱなしで、鏡花ちゃんの姿が見えた。
やっぱり考えることは同じか。
とりあえず探偵社に向かうためには“足”が必要だ。
重傷の国木田君も連れ、四人で逃げるための移動方法が。
「国木田君は頼んだよ」
夜叉に向かって発砲するも、斬られてしまった。
そう簡単には壊せないか。
実体があるから蹴りは入るけど、流石に怯ませることはできない。
回し蹴りにして確認してみると、敦君達が車に乗り込むところだった。
前の扉は開いている。
僕は即座に退いて転がり込む。
同時に鏡花ちゃんが車を発進させた。
急発進だったからちゃんと座席に座れず、逆さまになっている。
とりあえず、対処法は判った。
同じ技量のアリスに勝てるかどうかは、判らないけど。
---
2-4
人のいない、時間が停止したような夜の街を、一台の車が乱暴に走り抜ける。
限界まで速度を出しているからか、カーブを曲がるたびに耳障りな音をたて、車体が大きく揺れた。
それでも速度を緩めず疾走する。
鏡花ちゃんが運転するその車の助手席には、僕が座っていた。
そして後部座席には怪我をした左わき腹をおさえる国木田君と敦君が座っている。
「はい、止血帯。何もしないよりはマシでしょ」
「ですが、ルイスさんも酷い怪我を……」
僕は自分を見て笑う。
確かに国木田君のように見た目は重傷だ。
でも出血が多いだけで傷自体はそこまで酷くない。
「知り合いからもらった塗り薬があるから大丈夫だよ」
どうにか説得して、国木田君が手当てしている間に僕も傷薬を塗っておいた。
この薬は英国軍を抜ける際に先輩がくれたもので、ある異能で生まれた妖精の鱗粉が練り込まれている。
本来なら妖精の羽を煎じて飲むのが一番。
でも、重症から瀕死の状態の時ではないと回復し過ぎてしまう。
だから先輩は軽傷の時に使えるよう、普通の軟膏と混ぜて効果を薄めている。
本当なら与謝野さんがいない今、羽を煎じた飲み薬を国木田君に渡すべきなのかもしれない。
でも、煎じて五分以内に飲まないと毒になることもあって今日は持ってきていなかった。
「国木田さん。さっき云ってた連続自殺の理由って……」
「…....異能者は自殺したのではない」
抑えた声で、国木田君は云う。
「自分の異能に殺されたのだ」
信じがたい言葉に、敦も鏡花も押し黙る。
まぁ、僕もその線で考えてるから驚きはしなかったけど。
それにしても、異能の分離か。
改めて考えると厄介だな。
鏡花ちゃんのように、味方だった異能生命体が敵になる場合もある。
国木田君や福沢さんと云った戦闘能力が高い人は、その異能者の形をとるのだろうか。
どちらにしても、戦いにくい。
霧に呑まれた異能者が全員死んでもおかしくはない。
「……これが政府が手綱を握れなかった異能者、か」
「どうかした?」
「いや、何でもないよ。とりあえず探偵社に急ごうか」
🍎🍏💀🍏🍎
霧に囲まれた、赤煉瓦づくりのビルの中。
武装探偵社の内部は誰もおらず、ひどい有様になっていた。
「うわ……なんだこれ……」
そう敦君が零すのも無理はない。
ひしゃげたロッカー、輝された家具、割れた照明、誰かに殴られたように確認した机。
書類や破片が散らばり、足の踏み場もなかった。
この前、社員のほとんどが集まった会議室も同様だ。
長机は壊され、倒され、ばらばらになった椅子のうえにモニターが落とされている。
無茶苦茶だ。
無事なものが見当たらない。
激しい戦闘の後に少し足を止めていると、国木田君に急かされた。
「社長室だ」
止血帯で応急処置はしたものの、まだ万全ではない。
痛みと出血で呻く国木田君を支えながら、僕達は社長室へと向かう。
途中、ボロボロになった医務室が見えた。
「少し見てくるから先に行ってて」
棚が倒れ、カーテンが破れている。
戦闘があったのは、跡を見ればすぐに判った。
飛んで跳ねて医務室を探索してると、目的の棚が見つかった。
中に入っている止血帯や消毒液は無事そうだ。
無断で申し訳ないけど緊急時ということで、貰った分は新しいものを返そう。
「……さて、と」
必要なものが集まって僕は社長室へと向かった。
社長室も矢張り、他の部屋と同じように書類や倒れた家具が散乱していた。
普段の静謐さは欠片も感じられない。
『……繋がりそうです』
ざざ、と|雑音《ノイズ》の交じる液晶の画面が社長室の壁から迫り出していた。
どこかと連絡を取ろうとしてるのか。
『暫く、このレベルをキープしてください。とりあえず妨害できないようです……聞こえてますか?』
最後の此方に向けられた言葉で、通信相手が分かった。
『福沢社長、ですか?』
「国木田です。社長は行方知れずです。其方は異能特務課で間違いないですか?」
ようやく接続が安定したのか、画面の乱れが消えた。
安吾君が軽く自己紹介をしている。
映写機などが無いから、此方の様子は見えていないか。
『国木田さん、現在そちらはどういう状況ですか?』
「俺以外には中島敦と泉鏡花、そしてルイス・キャロルかいます。それ以外の社員は、現在、行方不明です」
『了解しました……ですが、合流できたようで何よりです』
国木田君達が僕の方を見たので、小さく笑っておく。
『回線が不安定なので手短に話します。例の霧の現象が、このヨコハマでも起こってしまいました。ただし、これほど大規模な霧は、過去に観測例がありません』
安吾君の言葉と共に画面が切り替わり、衛星で撮った上空からの画像らしきものが映される。
日本全体を映していた画像が徐々に拡大され、神奈川県周辺が映し出された。
県東部、ヨコハマの上空が白い霧で覆われている。
『拡大こそ止まっているものの、現在、ほぼヨコハマ全域が霧に覆われ、外部と遮断された状態にあります。ヨコハマ内部の人間は、その殆どが行方不明、または消失……異能者のみ存在しているようですが、彼ら──つまり貴方がたにも、危機が迫っています』
「此方でも確認しました。この霧の中では、異能者から異能が分離し、持ち主を殺そうとします」
『幸い、この現象の元凶と思われる異能者の居場所は特定しています』
霧の中心を、赤い光点が示す。
「確かここは……」
『ヨコハマ租界のほぼ中心、骸砦と呼ばれる廃棄された高層建築物です』
説明に合わせ、画面に不気味な形をした漆黒の塔が映し出される。
幾つもの尖塔を備え付けた姿は、精緻すぎる彫刻のせいか、どこか禍々しさを感じさせる。
周囲に高い建物はなく、孤高に聳え立つ姿は他者を寄せ付けない。
光点の位置と、骸砦という名を聞いた時から予想はついていたけど此処とはね。
一枚、鏡は置いてあるけど異能のない今ではあまり意味はない。
「やはり、例の澁澤龍彦ですか?」
「そうだろうね。彼以外にこうやって街を包み込むほどの霧を操る異能者は、見たことがない」
『……貴方がた探偵社に重要な任務を依頼します』
画面には骸砦ではなく、安吾君の姿が映っていた。
『首謀者である澁澤龍彦を排除してください。方法は問いません』
安吾君の言葉に、鏡花ちゃんが鋭い眼差しで頷いた。
まぁ、彼女なら敦君と違って排除の意味を理解しているだろう。
だからこそ、僕は霧に入る前に断った。
『それと、これは補足ですが、その首謀者と同じ場所に、どうやら太宰君がいるようです』
「太宰が?」
「捕まってるってことですか?」
敦君の言葉に、安吾君の顔に動揺が走った。
まぁ、僕も同じだけど。
「……それならどれだけ楽だったか」
思わず、そんな言葉を零してしまう。
動揺を隠すように安吾君が声を荒げたかと思えば、声が途切れて|雑音《ノイズ》が急に大きくなった。
画面は乱れ、再び白黒の砂嵐になった。
敦君が身を乗り出そうとした時、轟音が響き、事務所が揺れる。
「来たか…………」
国木田君が眉を寄せた。
音と衝撃の度合い、位置、そして先程の経験からして、何が起こったのか僕や国木田君には察することができる。
武装探偵社の入るビルに手榴弾が投げられた。
「おそらく相手は俺の異能です」
確かに、眼鏡をかけた長身の男がビルの入り口に立っていた。
その額には赤い結晶が輝き、手には手帳がある。
あれが国木田君の異能『独歩吟客』というのは一目で判った。
でも表紙には“理想”ではなく、“妥協”の文字が書かれている。
「お前達は先に行け。奴は俺が食い止める」
「でも国木田さん、自分の異能になんて勝てるわけが……」
勝てるかどうかではない、と国木田君は立ち止まる。
「戦うべきかどうかだ」
敦君は足を止め、うつむく。
流石は国木田君だな。
そんなことを思っていると、彼は毅然と告げた。
「俺は己に勝つ。いつだってそうしてきた」
宣言と共に、国木田君は壁に掛けられた掛け軸の奥の壁を叩く。
“天は人の上に人を造らず”と書かれた福沢さんの掛け軸が揺れ、天井から隠し棚が下りてくる。
棚に並べられているのは、いくつもの重火器。
「これって……」
「うちは“武装”探偵社だぞ」
茫然とする敦君に、国木田君は堂々と答えた。
拳銃とマシンガンを取り、慣れた手付きで装填する。
ジャキンと、硬質な音が室内に響いた。
持ってけ、と国木田君が敦君達に拳銃を渡す。
鏡花ちゃんは「私はいらない」と即答したから受け取ったのは敦君だけだけど。
国木田君に云われ、僕も少し物色することにした。
銃弾が少し足りない気がしたから助かる。
ついでにライフルも借りることにした。
背負うには少々大きいけど、使い慣れたタイプだからこの霧でも多少は狙撃できると思う。
「奴の能力では手帳のサイズを超えた武器は作り出せん。俺が引き付けている間に、裏口から逃げろ」
国木田君の選んだ武器はスライド式散弾銃、レミントンM870。
一米近くある銃を持ち、弾を込める。
「……彼奴らのこと、頼みました」
「君は一人で大丈夫?」
小声で聞かれたから、小声で返す。
すると国木田君はフォアエンドを引いて銃を構えた。
そして、小さく笑う。
「問題ないです。それに、事件の解決の方が優先なので」
国木田君らしいと云えば、国木田君らしい回答だ。
彼の理想の為にはこれが最適解か。
「……Good luck」
僕は先に裏口へと向かい始めた。
「ルイスさん!」
「急げ!」
緊迫した国木田君の声に押し出されるように、二人も駆け出した。
🍎🍏💀🍏🍎
再び車に乗り発進した僕達は、背後で大きな爆発音がしたことに気がついた。
「国木田さん!」
振り返ると、赤煉瓦のビルの煙が上げているのが見える。
ちょうど探偵社が入っている四階のあたり。
暗い夜に炎が煌めいている。
「……国木田さん、大丈夫かな」
弱気に呟いた敦君に、爆発音にも動揺せず車を走り続ける鏡花ちゃんが答えた。
「今の私達にとって最優先事項は、澁澤龍彦の排除」
排除、ね。
改めて探偵社に渡された任務を思い出す。
敦君には少々荷が重いかな。
「鏡花ちゃんは排除って云うけど……澁澤龍彦ってやつがどんな悪いやつでも、必ず殺す必要はないよ。捕まえれば良い」
「……本当にそう思うのかい?」
「え……?」
何でもない、と僕は霧の中燃える炎を窓から眺めた。
---
3-1
武装探偵社を出てから、さほど時間は経っていない。
車は濃い霧の中を猛スピードで爆走し、中華街をすり抜けていく。
速度を落とさずに曲がるから、カーブのたびにドリフトでタイヤが悲鳴を上げた。
「よくこんなスピードで走れるね」
「大丈夫なの?」
「ヨコハマの地形は全て頭に叩き込まれている。暗殺のスキルは異能力とは関係ない」
個人の持つ知識や技能は残るから問題ないってことか。
なるほどねぇ、と僕は欠伸をした。
そういえば最近、まともに睡眠取れてないんだった。
流石に仮眠取れないよな。
「ルイスさん」
「ん? どうかした?」
鏡越しに鏡花ちゃんと目が合う。
「目を閉じるだけでも違うと思う。国木田さん程じゃないけど、出血が凄かった」
よく見てるな、この子。
まぁ、確かに彼女の言う通りかもしれない。
休めるかは判らないけど、目を閉じておこうかな。
暫くの間、二人は僕を気にしてか小声で話しているようだった。
「……来たね」
「来た」
僕と同時に鏡花ちゃんも気が付いたらしい。
直後、車の天井を刀が突き破ってくる。
「わっ……と!」
どうやら、刀は敦君の方に刺さったらしい。
鏡花ちゃんが思いきりハンドルを切ったけど、夜叉白雪は降り落とせないだろうな。
とりあえず窓を開けて、腕を出す。
建物の窓を鏡代わりにして場所を掴めた。
夜叉がもう一度刀を刺すと同時に、僕は引き金を引く。
僅かとはいえ、抜くために要する時間で鏡花ちゃんは敦君の首を掴んで車を飛び出した。
僕も急いで外に出ると、身体が地面に叩きつけれた。
受身を取れたけど、痛いものは痛い。
誰も人が乗っていない車は暴走し、電柱に激突して爆発していた。
爆風が吹き、土煙が上がった。
身軽に着地した鏡花ちゃんが素早く短刀を構えているのが、視界の端に映る。
僕達の見据える先には、土煙を剣圧で散らす夜叉の姿。
車の爆発で損傷は与えられなかったらしい。
夜叉が襲いかかり、彼女はその刃を短刀で弾く。
攻防が続き、刃が撃ち合う。
援護に入ろうとすると、風の切る音が聞こえた。
振り返ると同時に、目の前に鏡が現れる。
「……マズい」
どうにか防御の姿勢を取るも、また僕は地面を転がった。
なんで攻撃だ。
腕は折れてないけど、もろ食らってたら暫く立てなかっただろう。
「高所から落下し、鏡の転移を使ってエネルギーを横に使う。僕の昔の戦い方そっくりだ」
ねぇ、と僕はアリスに向かって微笑む。
鏡花ちゃんの状況は、この一瞬で悪くなっていた。
鍔迫り合いをしていて、押し負けそうになっている。
助けに入りたいけどアリスをすぐに倒すことは出来ないよな。
銃を構えると、僕とアリスの間を何か飛んでいった。
そして、そのまま夜叉白雪へと激突する。
「……何が起こって」
確認する間も与えず、アリスは蹴りを入れてきた。
今度は片腕で受け止めて、その手に持っていた銃を手放す。
逆手とはいえ、引き金を引くことぐらいはできるだろう。
問題なく掴めた拳銃で撃つも、赤い結晶は破壊できなかった。
少しズレて、欠けた程度。
早くどうにかしないといけないのに。
そんな焦りばかりが僕の中で膨れ上がった。
「ルイスさん、マフィアの秘密通路へ逃げるからついて来て」
いつの間にか背後にいた鏡花ちゃんが告げる。
「彼処はマフィア上層部だけしか使えないけど?」
「芥川と敦が先に行ってる」
それならいいか。
僕はアリスを蹴り飛ばして鏡花ちゃんを抱える。
急いで伏せれば、夜叉の刀は当たらない。
「悪いけど、このまま行くよ」
道を進む途中で虎と何かが戦っている。
芥川君が近くにいるなら、あれは“羅生門”か。
早く合流して情報共有したいな。
---
3-2
鏡花ちゃんを抱えながら街を駆ける。
未だ夜叉の攻撃は絶えない。
秘密通路までの道のりは、残りわずか。
「ルイスさん! 鏡花ちゃん!」
僕がドアを壊して入ると同時に、そんな声が聞こえた。
街中にある何の変哲もない中華料理店。
ここにマフィアの秘密通路への扉が隠されている。
もう、二人は扉の向こうにいる。
すぐ後ろにいる夜叉白雪が刀を振り回す。
狭い店内で刀なんか振り回すもんじゃないね。
食器も建物もボロボロだ。
「はい、よろしく」
鏡花ちゃんを敦君へ向けて投げると同時に、僕はナイフを取り出す。
刃の交わる音が店内に響き渡る中、隠し扉が閉まり始める。
どうにか押し返して転がり込んだ瞬間、夜叉が刀を投げてきた。
僕に当たりそうだったが、鏡花ちゃんが跳ね返す。
夜叉の顔面に当たる直前まで見ることができ、隠し扉は閉ざされた。
「……痛い」
転がり込んだ際に逆さまになったまま呟いたのと、部屋が動き出すのは同時だった。
🍎🍏💀🍏🍎
隠し扉の向こうにあったのは、|昇降機《エレベーター》。
業務用なのか、普通の昇降機より随分と広く、殺風景だった。
金属網の床からはワイヤーが見えて、ゆっくりと地下に向かって動いているのが判る。
橙色の照明が金属の床に反射していた。
機械の稼働音が聞こえ続けている。
「異能者襲撃を想定した非常通路だ。霧もここまでは入れぬ」
「先代の時は無かったのにな……」
芥川君の言葉にそんなことを考えながら、僕は首を回したりしていた。
転がり込んだ時に痛めた。
いつもならここで「莫迦ね」とアリスが云ってたけど、今日は何も聞こえない。
「あの霧は一体、何なんだ?」
「……あれは龍の吐息だ」
「龍?」
敦君は、芥川君の回答に眉をひそめる。
まぁ、予想外なんだろうな。
「鏡花……お互い異能が無い今なら、お前の暗殺術で僕を殺れるぞ」
芥川君の挑発に、鏡花ちゃんは何も答えない。
こんなところで戦われても困るんだけど。
普通の昇降機より広くても、ワイヤーとか切れたりしたら面倒以外のなんでもない。
「どうした? 僕との因縁を断ち切りたかったのではないのか?」
「鏡花ちゃんは、もうお前のことなんか何とも思ってない!」
嗤う芥川君に、敦君が苛立つ。
二人の視線のぶつかり合いは冷たい。
芥川君は完全に殺気を向けている。
こんな時でもよくいつも通り喧嘩できるね、この二人。
「……異能が戻っていないこの状態で決着をつけるか?」
異能を取り戻してから決着をつけるべきだ、と告げているような云い方。
この感じ━━。
「異能を戻す方法を知っている?」
「戻す方法は知っている」
鏡花ちゃんの質問に、芥川君は頷く。
「異能を撃退し倒せば所有者に戻る。この程度の情報すら探偵社は知らないのですか?」
「残念ながらね。僕も対峙してから気づいたから」
「……撃退方法の目処は」
立ってる、と僕は拳銃を取り出して弾を入れる。
「君が見たかは知らないけど、異能に赤い結晶がある。アリスと夜叉に確認できたし、それを完全に破壊すればいいだろうね」
芥川君は顎に手を添えて、少し考え込んでいる。
彼の異能力『羅生門』には結晶があったのだろうか。
あるとしても、彼一人で勝てるのだろうか。
「……芥川、お前の目的は何だ」
「多分、私達と同じ」
「同じって……」
澁澤、と敦君は呟く。
「奴の臓腑を裂き、命を止める。他に横浜を救う方法はあるか?」
「僕たちは殺しはしない」
敦君が即座に云う。
探偵社はそういう仕事はしない、ねぇ。
彼の言葉に、芥川君は鼻で笑う。
「笑止。おめでたいな、人虎……鏡花、何か云ってやれ」
「……何のことだ?」
まぁ、排除と云われても普通は理解できないか。
「鏡花は仕事の趣旨を理解しているぞ。元ポートマフィアだからな」
「私はもう陽の当たる世界に来た。探偵社員になるために、ポートマフィアはやめた」
硬い声で、鏡花ちゃんは覚悟を込めて続けた。
「……マフィアの殺しと探偵社の殺しは違う」
「鏡花ちゃん?」
敦君の上ずった声が昇降機内に消えた。
混乱しているのに、芥川君は無慈悲に告げる。
「太宰さんが敵につく前であれば、異能無効化で殺さず霧を止められたかもしれぬが、今ではそれも叶わぬ」
そうだね、と僕は欠伸をする。
「敵についた? 太宰さんが?」
敦君は、驚愕していた。
ま、信じられないんだろうな。
「しかり……あの人は自らの意思で敵側に与した」
「太宰さんがそんなことするわけない!」
「かつてポートマフィアも裏切った人だ」
声を荒げた敦君に、芥川君は冷めた声で告げた。
もう、疑ってすらいないんだろう。
確信が彼の瞳に見えた。
「太宰さんは僕が殺す」
「……お前に、太宰さんが殺せるのか?」
「他の者の手にかかるよりは、この手で殺す」
芥川君らしい執着だな。
「……太宰さんを殺させたりしない!」
敦君は拳銃を掲げ、芥川君に銃口を向ける。
それを僕はただ眺めていた。
緊迫した空気を壊すかのように、昇降機がようやく動きを止めた。
複雑な絡繰を備えた扉が開き、ダクトに囲まれた地下通路への道が開かれる。
芥川君は何も云わずに足を進めた。
かつん、と硬質な音が響く。
彼の背に銃を向けたまま、敦君は告げる。
「お前とは一緒に行けない」
昇降機の扉が、再び閉まりはじめた。
芥川君の背が見えなくなる寸前。
僕と鏡花ちゃんの手が、扉を止めた。
「一緒に行く」
「僕も同意だ」
「えっ!?」
僕達の短い言葉に、敦君は大声を上げるのだった。
---
3-3
金属音を響かせ、芥川君の背についていく。
結局、四人で行動を続けていた。
ダクトが通る地下通路が終わり、広い空間へと出る。
これまで見てきたダクトが集結し、コンテナや機械へと繋がっていた。
工場か何かの地下なのだろう。
「鏡花ちゃん」
歩きながら、敦君は問いかける。
「何でこんな奴と一緒に行くの?」
「情報を持ってる……このマフィアの秘密通路も使える。なにより、異能力を取り戻した彼は、戦力になる」
目的は同じとはいえ、あまり敦君は良い気分じゃないだろう。
何回か殺し合っているし。
「鏡花。母親の形見の携帯は、まだ大切にしているようだな」
「母親?」
形見、か。
僕もあの懐中時計は形見だ。
何があっても、捨てることなんて出来ないよな。
「そんなことも聞いてないのか」
「……聞いてない」
芥川君は敦君を蔑んでいる。
しかし、会話がそれ以上続くことはなかった。
「最短ルートは」
「……ゼロゴーゼロゴーだ」
「確かに骸砦ならそうか」
僕の発言に、少し芥川君が瞠目する。
「ご存知なのですか?」
「どっかの|幼女趣味《ロリコン》に、この通路を作る時の手伝いをさせられてね。当時、完成まで見届けられてるから、図面は頭に入ってるよ」
マフィア上層部しか使えない、とは云ったけど僕も使えるんだよな。
一回も使ったことないけど、あの昇降機。
それにしても、昇降機に乗っていた時間とかで考えると結構地下なのかな。
澁澤の霧が届かないとか、凄すぎでしょ。
「……ルイスさんって偉い人だった?」
「いいや、ただの雇われだよ」
「ほとんど首領と変わらなかった、と中也さんから伺ってますが」
ま、“銀の託宣”を貰っていたから構成員も幹部も動かせた。
動けない先代や、エリスと遊んだり闇医者で忙しい森さんの代わりに仕事もしてたからね。
「あくまで地位は雇われた他の人と変わらない。仕事内容とか、交友関係はおかしかったけど」
幹部の紅葉と友達で、期待の新人だった太宰君と中也君とも仲が良い。
しかも、普通に首領や幹部と変わらない業務をこなすと来た。
改めて思い返すとヤバいな。
🍎🍏💀🍏🍎
細い通路から下水道へと進入し、汚水の臭いに閉口しつつも足を進め、ようやく僕達はマンホールから地上に出る。
マンホールを開けると、鼠が数匹、逃げていくのが見えた。
芥川君を先頭に地上に上がると、濃い霧の向こうに、沢山の太いパイプや金属で覆われた巨大な建築物、白い煙を上げる幾つもの煙突がうっすらと見える。
やっぱりここに出たか。
先に周囲を警戒していると、芥川君が何かに気付いたようだ。
工場の方を、ジッと見据えている。
「どうやら……待っていたようだな。僕の存在を感じられるのも道理か」
僕も彼と同じ方を見て気付く。
前方の工場、溶鉱炉らしき煙突のそばに、黒い影が立っている。
「……『羅生門』か」
芥川君の分離した異能は、黒い布を生き物の如く蠢かせ、此方を見下ろしている。
正確には、彼を狙っているのだろうけど。
分離した異能は、持ち主である能力者が何処にいるか感じられる能力でも待っているんだろうな。
じゃなかったら先回りはされない。
「手伝う」
「要らぬ!」
「そう」
緊急事態とはいえ、一人で挑むか。
「……己が力を証すため、あらゆる夜を彷徨い、あらゆる敵を屠ってきた。だが盲点だった。戦い倒す価値ある敵が、こんなに近くにいたとはな━━……」
霧の向こうに芥川君の姿が消えていく。
こんな時でも自分の力を証明するために敵と戦うとは、流石だね。
「彼の力は異能力だけじゃない。心配はいらないよ」
「確かに……今はそれぞれ、すべきことがある」
振り返った鏡花ちゃんの視線の先に、『夜叉白雪』が降り立つのが見えた。
敦君が銃は手を伸ばす間に、鏡花ちゃんは短刀を抜いて斬り掛かる。
あの速攻は受けたくないなぁ、と僕は心の中で苦笑いをしていた。
夜叉は簡単にいなすし、この街は凄い人が多い。
「鏡花ちゃん!」
「あなたも、すべきことをして」
「確かに、加勢なんてしている暇はないね」
『羅生門』は待ち伏せしており、『夜叉白雪』も追いかけてきた。
もちろん、アレも追いかけているだろう。
「……っ」
獣の低い唸り声が耳をつく。
素早く振り返ると、予想通りだ。
美しい毛並みの虎『月下獣』がいる。
「当然、君もいるよね」
カキン、と何度聞いたか判らない刃の交わる音。
長い金髪が揺れる。
「ねぇ、アリス」
僕のすべきことは、とても単純だ。
|『鏡の国のアリス』《目の前の異能》も、|『不思議の国のアリス』《僕本来の異能》も取り戻す。
だから━━。
「……僕と、久しぶりに|戦おう《踊ろう》じゃないか」
---
4-1
あまり敦君達に心配をかけていられないから、彼らの元を離れる。
分離した異能はやはり、元の持ち主を殺すことしか頭にないらしい。
異能に意思があるか、と考え出したらキリがないから今はやめておこう。
ただ、今は最高の|戦場《ステージ》を探す。
「……さて」
力いっぱい踏み込み、僕は装填しながら宙を舞った。
アリスの額の赤い結晶を狙い撃つも、鏡に塞がれてしまう。
やっぱり直接砕くしかないのかな。
同じ力量の相手にどこまで通じるのか判らないけど。
「異能がないのって不便だな、本当に」
|異能空間《ワンダーランド》に入れられたら、こっちの勝ちなのに。
そういえば“不思議の国のアリス”見てないな。
え、迷子にでもなってるの?
さっさと現れてくれないと異能が戻らないんだけど。
「いや、やっぱり来ないで」
普通にアリスで手一杯だわ。
異能ありならまだしも、本気を出さない状態じゃ勝てないって。
「……ぁ」
ズサァ、と音を立てて僕は着地する。
そこそこ開けた場所。
ここならば、敦君達に心配されることなく戦える。
幾つか出来たかすり傷に、先輩からもらった薬を塗っていたら10秒ほどでアリスが来た。
鏡がこの辺になくてよかった。
じゃなかったら休む時間なんてない。
まぁ、戦場じゃ何時間もぶっ通しで戦闘とか普通だけどね。
「━━っと」
鏡を使った瞬間移動で、少し反応が遅れる。
こういうのは先読みが大事なんだけど、僕の思考なんて相手は判り切ってるわけで。
「……どうしようかな」
とりあえず傷を最小限に抑えながら、好機を待つ。
いつもより体が重いのは、武器を全部持ってるからか。
特に背負ってるライフルが凄く邪魔。
重いし、動きにくいし、絶対すぐに使わない。
仕方ないから、下ろして振り回してみた。
数枚だけ鏡は割れたけど、普通のものならすぐに生成できるし意味がない。
鏡を割ることに力を使わないほうがいいけど、少しでもアリスの攻撃を減らしたい。
「……っ、クソッ」
疲労からか、荷物を下ろしたのに動きが変わらない。
体が重く、思うように動かない。
軽傷しかなかった筈なのに、重傷が増えていく。
血は止まることなく流れて続けていた。
このままだと━━。
━━死ぬ。
きちんと地を踏めなくなった僕の視界は、ぐるりと回転した。
お陰でアリスの持っていた刃が心臓に刺さることはなかったけど、動けない。
疲労と、血を流しすぎたか。
本気のアリスを相手にするには、今の僕は弱すぎた。
僕が死んだとしても、大した問題はない。
この街の異能者達に澁澤は止められる。
アーサーとかエマには申し訳ないけど、先にロリーナとゆっくり過ごしてようかな。
「……。」
多分十秒も経たないうちに、僕は殺されるだろう。
僕の拳銃がアリスの手にあって、銃口が額に突きつけられている。
人はこういう時に走馬灯を見ると聞く。
でも、僕は何も見えなかった。
頭の中にあったのは、ただ一つの名称。
「……ぉ……」
アレは『不思議の国のアリス』で作った空間の中にある。
異能を取り戻せていない僕の手元に来るわけがない。
そんなことは判っていても、出ているか判らない声で呟く。
「━━“ヴォーパルソード”」
視界の隅で何かが輝いて見えた。
それはまるで、夜空で輝く星のようだった。
濃い霧で空なんて見えないから、気のせいかもしれないけど。
諦めていた僕へ、アリスが引き金を引こうとする。
しかし、その一秒にも満たない時の中で赤い結晶にひびが入った。
パリンと音を立て、結晶は地面に倒れている僕へと四散して落ちる。
「なっ……!?」
僕は驚きを隠せなかった。
アリスの頭に、剣が刺さっている。
久しく見ていなかったものの、その青い剣身を見間違えるはずがない。
「“ヴォーパルソード”が、なんで……」
結晶が消えたアリスは霧散し、僕の体へと戻った。
同時に、剣は地面へと音を立てて落ちた。
「……考えるのは、後かな」
とりあえず動けない。
このままじゃ大量出血で死ぬ気がする。
早く『不思議の国のアリス』の方も取り戻さないと。
いや、いけるか。
「──ルイスさん!?」
「……僕って運が良い方なのかもしれないな」
とりあえず説明してる間に死にそうだから、助けて貰うことにした。
僕はどうにか指を鳴らして、芥川君の手元に薬を出す。
先輩が調合し終わってすぐに|異能空間《ワンダーランド》に入れていたからまだ使用期限が大丈夫な飲み薬。
蓋を開けて飲まして貰おうと思ったんだけど、まさかの握力不足。
時間もないので『羅生門』で蓋の部分を切って、良い感じに口へ流して貰った。
「あの、大丈夫ですか?」
「この薬ね、小瓶一つ分は飲まないと意味がないんだけどめちゃくちゃ不味いの」
はぁ、と芥川君は僕を見て少し困っていた。
不味いと顔が歪んだりすると思うけど、この薬はもう反応できないほど不味い。
でも効果は確かだから、すぐに傷は塞がってきた。
「凄いですね、その薬。流石は英国軍異能部隊の専属軍医といったところでしょうか」
傷が治るのに疲れて動けないから、今のうちに説明することにした。
敦君達と分かれてアリスと戦ったこと。
そして、聖剣“ヴォーパルソード”のこと。
「異能を斬る剣……!?」
「因みに、人を殺すためには鈍器として使うしかないよ」
「取り戻した異能は『鏡の国のアリス 』だけ。しかも、その時はどちらも使用不可の筈では?」
鈍器ってところ無視されちゃった。
じゃなくて、確かに芥川君の言う通りだ。
「もしかしたら聖剣は異能空間に入れてたつもりだけど、どこか時空の狭間とかなのかもしれないね」
“ヴォーパルソード”はそれでいい。
問題は僕本来の異能だ。
今も『不思議の国のアリス』は戻ってない筈なのに、異能力が使えた。
普通に考えたら二つではなく一つにまとめられた。
でも──。
「どうかされましたか?」
「……いや、なんでもないよ」
アリスなら何か、知っているのだろうか。
「さて、足を止めさせて悪かったね。骸砦は僕達が元いた方だし、ついでに二人の様子も見てみようか」
「……ルイスさんは、人虎と鏡花が己の異能に負けたとは考えないのですか?」
芥川君も、多少は気にしているのだろうか。
一応、好敵手と元部下だし。
「このぐらいの時間で死ぬなら、とっくの昔に君に殺されてるよ。そうだろう?」
芥川君は結構な時間悩み、小さく肯定した。
🍎🍏💀🍏🍎
まだ戦っていると思っていたが、パイプに囲まれた敷地には静けさが戻っていた。
無事に異能を倒せたのだろう。
「……大丈夫?」
「問題ありません」
僕も結構ダメージを受けているが、芥川君も傷だらけだ。
元から身体が弱いこともあって、少し苦しそうに呼吸をしている。
「……ルイスさん」
ふと、霧の向こうから声が聞こえた。
少し歩を進めれば、敦君と鏡花ちゃんがいる。
鏡花ちゃんの着物は少し汚れているが、大きな怪我はなく見える。
問題は敦君かな。
「……お前も異能力が戻ったのか」
芥川君はわざわざ敦君の目の前に立っていた。
この場にいる全員が自身の異能と戦い、勝利を収めた。
しかし、敦君の傷は塞がることなく血が流れる。
虎の治癒能力が戻っていないのだ。
「どうして僕だけ、戻らないんだろ?」
「愚者め。まだ判らぬのか!」
突然の罵倒に、敦君の身体がこわばる。
この感じ、まだ判ってないな。
「……何だ」
敦君は茫然と呟く。
「何なんだ!」
苛立ちと、焦燥感。
敦君の纏う気配を横目に、芥川君は外套を揺らめかせ骸砦へ向かい始める。
「芥川! どういう意味だ!? おい!」
「……。」
どれだけ敦君が怒鳴ろうと、芥川君は振り返らない。
そして、霧の中へ姿を消してしまった。
それまで黙っていた鏡花ちゃんも、きゅっと唇を引き結んで敦君へ話しかける。
「怪我が酷い。貴方は此処で休んでいて」
「え?」
ぽかん、と口を開ける敦君。
鏡花ちゃんは芥川君と同じ方向へ歩いていく。
「……鏡花ちゃん?」
「黙っててごめんなさい……知られたくなかったの」
「何を?」
「携帯で動く『夜叉白雪』を」
僅かに躊躇ったあと、ちらりと敦君の方を鏡花ちゃんは振り返る。
「本当は嫌いたくなかったことを」
二人の会話を見届けてから、僕は踵を返す。
向かうは、骸砦とは真逆の方向。
「多分、そろそろだよな」
白い霧に囲まれた中、見えない星空へ手を伸ばしながらそんなことを呟いた。
---
---
未投稿分
澁澤の件は、この街の異能者達だけでどうにかなる。
あの三人は本当に強いから。
それにしても、異能力を取り戻すだけでこんなに行動範囲が広がるものだろうか。
やはりチートではないか、と改めて考えさせられた。
鼻歌混じりに飛び跳ねる。
飛び跳ねた先に鏡を出して踏み込み、また飛び跳ねる。
それを何十回も繰り返しているうちに、僕は霧が届かないほどの高度まで上がっていた。
「……これ、また霧に触れたら異能力奪われるのかな」
呑気なことを考えながら、欠伸をする。
そろそろ、とは云ったものの少々早かったらしい。
今頃、魔人君が異能力で遊んでいる頃だろうな。
鏡を出して見ると、ちょうど龍の姿形が創られていくところだった。
「“龍こそが異能の持つ本来の混沌の姿”ねぇ……」
なら、“すべての異能に抗う者”は──。
そこまで考えたところで、僕の思考は遮られた。
骸砦を守護するように現れた、巨大な龍による咆哮。
猛々しく威圧を振り撒く姿を見た僕は、笑みを浮かべる。
アレにも“ヴォーパルソード”は効くのだろうか。
「……今も昔も、強大な敵に心は踊るか」
そんなことを考えていると、遠くから轟音が聞こえてきた。
振り返ると、そこには異能特務課の機密作戦用輸送機“鴻鵠”が此方へ向かって飛んできていた。
ゆっくりとハッチが開けられる前に回転翼の風で飛ばされそうだから、先に鏡だけ入れさせてもらう。
「やぁ」
「ルイスさん!?」
ハッチが完全に開くと、丸い月が見えた。
改めて空を見ると雲はなく、澄み切った夜空に浮かぶ月はただただ美しい。
「あの、貴方は──?」
「初めまして。僕はルイス・キャロル」
ただの異能者だ、と云いながら中也君の隣に立つ。
「やぁ、安吾君。僕の声聞こえてる?」
『……ご無事でしたか、ルイスさん』
「何とか異能は取り戻せたよ。澁澤の方は敦君達に任せようかと思ったんだけど──」
流石にアレはね、と僕は苦笑いを浮かべる。
龍を討ち取ることができるのなんて、神ぐらいだろう。
異能を取り戻してるし、僕が動くのでも構わないけど後処理が面倒くさい。
だからと云って、このまま中也君を死なせるわけにもいかない。
「そういえば、中也君はどうして受けたの?」
『報酬に僕の命を渡すことを約束しました』
わぉ、と僕は普通に驚いてしまった。
『中也君、報酬である僕の命をまだ受け取っていませんが……』
「思い上がんなよ、教授眼鏡。六年前の手前は下っ端の潜入調査員だ。澁澤の投入に反対しても、受け入れられなかったんだろう?」
『……。』
通信の向こうで、安吾君は言葉を詰まらせているようだった。
二人が話しているのは龍頭抗争のことか。
これは俺の戯言だが、と中也君は独り言のように呟いた。
「太宰のポンツクはあの中にいる。間違いねぇ」
中也君の視線の先には、暴れ回る龍の姿。
彼は直感で龍の中にいると感じ取っているのだろう。
「一発殴らねぇと気が済まねぇんだよ」
ルイスさんに代わるぞ、と中也君は通信機を押し付けてきた。
『──……頼みます』
己の無力を噛み締め、悲痛さえ滲ませた彼の祈りにも似た言葉は、届いたのだろうか。
そんなことを考えながら、“鴻鵠”の中へ歩いて行った。
「現在、僕を含めて四人が異能を倒して異能を取り戻しているよ」
『……澁澤は排除できそうですか』
「どうだろうね」
でも、と僕は冷静に告げた。
「もしもの場合は僕が殺す。そして死ぬ」
『……依頼は探偵社の補助です』
安吾君の言葉を聞いてから、僕は説明を始めた。
魔人のやることなんて、おおよそ想像が付く。
そして龍を倒したら、次は澁澤龍彦自身をどうにかしないといけないだろう。
霧が拡大でもし始めたら、あの女は蔓延を防ぐためにヨコハマを焼きかねない。
「僕を止めるかい?」
『……いえ、僕にはその資格がありませんので。でも僕の我儘を受け入れてもらえるのなら、死なないでください』
僕は少し驚き、そして笑った。
「何かあった時の最終手段だから、そんなに心配しなくていいよ」
僕は今、命を懸けて戦う迷ヰ犬達を信じている。
🍎🍏💀🍏🍎
「よいしょ」
そう呟きながら、僕はとある場所に鏡を通って来ていた。
「あれ、ルイスさん」
「元気そうで何よりだよ」
「今度こそ死ぬことが出来たと思ったんですけどね」
あーあ、と太宰君はため息をつく。
彼の長い足には、折り重なるように中也君が乗っていた。
あれだけのことをやり遂げたのだから当然であるが、中也君は気絶している。
太宰君は頭へと手を置き、異能力が分離しないようにずっと触れているようだった。
「龍は消えたのに、霧は消えないね」
「やはり読んでいた通り、フョードルが澁澤を特異点にしたんでしょう」
敦君達、大丈夫かな。
そんなことを考えていると、太宰君が声を掛けてくる。
「そういえばルイスさん、一度霧の外に出たと云うことは異能力が再分離してるんじゃ……」
あぁ、と僕は思い出したかのように笑う。
「今倒すよ」
そう云って指を鳴らすと、“ヴォーパルソード”が手元に現れる。
掴むと同時に回転して僕が剣を投げると、太宰君の頬スレスレを飛んでいった。
そのまま太宰君の奥にいたアリスの額の宝石へ剣は刺さり、彼女の姿は消える。
「……殺されるのかと思いました」
「君は僕のことを何だと思ってるんだ。それに、あの剣じゃ撲殺しか出来ないよ」
「それは痛そうですね」
殺されるなら痛くない方法がいい、といつものように呟く太宰君。
僕は彼に近づいてしゃがむ。
「━━お疲れ様、中也君」
「ルイスさん、中也だけ送れたりしません?」
「もちろん可能だよ。でも、君も一緒に転送させるね」
僕が指を鳴らすと二人の姿は消えた。
アリスはまだ覚醒していないのか、二人を任せることはできない。
とりあえず太宰君は着替えたいだろうからいつもの衣服を用意してあるエリアへ。
中也君はアリスがいる休憩所に送っておいた。
彼のことは、目が覚めたアリスが色々とやってくれると思う。
「……。」
改めて、僕はこの力について考えた。
秘密を知るのは怖いけど、いつかは知らなければならない。
その日が来るのは、いつなのだろうか。
「━━!」
先程まで白かった霧が、毒々しい赤へと変色していく。
その時、ふと懐に入れていた鏡から音が聞こえた気がした。
僕は手鏡を取り出し、そっと耳元に当てる。
オペレーターであろう声が響いていた。
それに、計器が悲鳴を上げている。
『異能特異点の変動値、計測不能!』
『拡大速度、毎時20粁、現状の速度が続いた場合、約1時間35分で関東全域、約12時間36分で日本全土、地球全土が覆われるのは約168時間後です!』
中々に大変そうな状況だなぁ、と思っているとすべての雑音を黙らせるように、けたたましい音が鳴る。
この音は━━。
『ご機嫌麗しゅう……』
通信が繋げられたのか、そんな声が聞こえた。
人の騒々しさが消え、あの女の声がよく聞こえる。
やはり、“時計塔の従騎士”か。
『欧州諸国を代表して、貴国の危機的状況に同情いたしますわ』
アガサの声は気品と欺瞞に満ちており、機械音声と異能力の二つを倒している筈なのに絶対者の風格を感じる。
『つきましては、世界への霧の蔓延を未然に防ぐため、焼却の異能者を派遣して差し上げました』
『焼却の異能者……!?』
『発動予定時刻はきっちり30分後。夜明けと共に……』
そこて通信は切断されたようだった。
想像通りの提案━━否、宣言にため息すら出ない。
だけど、予想よりずっと早い。
近くに鏡は見当たらないから走っていくしかないけど、時間はもう30分しか残されていない。
このわずかな時間で赤い霧を消すことが出来なければ━━。
『……ヨコハマが焼かれる』
安吾君の茫然とした声が聞こえた。
誰も何も答えられず、猥雑な機械音だけが鳴り続けていた。
とりあえず僕は鏡を『鏡の国のアリス』で浮かせながら移動を開始する。
入り組んでいる工場地帯。
上手く隙間を潜り抜ければ時短は可能だろう。
場所も骸砦があった方に行けば良いから判りやすい。
「おーい、安吾くーん」
『━━!』
「鏡を机か何かに置いておいてくれてありがとね。お陰でそちらの状況は……っと、大体理解してる」
『ルイスさん、再び霧の中で異能に襲われたりしましたか?』
うん、と僕は鉄パイプの間に飛び込む。
そのまま手で床を押して跳ねた。
「すぐ取り戻したから問題はないよ。にしても、やっぱり|アイツ《焼却の異能者》を出して来たか、あの女」
『30分以内に澁澤を倒すことは可能でしょうか……』
僕はやっと物の少ない空中へ来れたので、鏡を出しながら走っていく。
「敦君達が倒せたら一番、だけどね。霧の中は夜明けが分かりにくいから、5分前に教えて。それだけあれば充分」
『……本当にすみません』
「想定内だから気にしないで。あ、太宰君と中也君は無事だよ」
『━━……良かった、です』
さて、ここからどうなることやら。
🍎🍏💀🍏🍎
ヨコハマごと澁澤を焼いたとして、消えていた一般人はどうなるのだろうか。
焼けた土地に放り出され、何百万の悲鳴が聞こえるのだろうか。
それとも澁澤と共に消滅してしまうのだろうか。
「……。」
正直なところ、“澁澤をここで消したほうがいい”という点に関しては時計塔の従騎士に同感している。
手に負えないと判断した時点で消した方が楽だから。
戦場でも独断専行が多かったりと、制御できない兵士は処分した。
話を戻して、仮に澁澤以外の異能者全員をワンダーランドに詰め込んだとする。
そして澁澤だけを燃やし尽くして、その大地もワンダーランドに詰め込む。
熱と燃えている大地が消えているなら、そこに一般人が戻っても死ぬことはない。
否、元いた場所から安全なとこまで削った大地までの高低差で全員落下死か。
「……やっぱり人を守るのは難しい」
そして|大きな理想《全員助ける》を叶えることも。
「……!」
やっと三人の戦う戦場が見えてきた。
黒い繭のようなものがあって、芥川君も鏡花ちゃんも満身創痍だった。
気配でわかる。
あの中に、敦君と澁澤はいる。
「ねぇ、夜明けまであと何分」
『5分半です!』
「……安吾君」
『な、何でしょうか……?』
足を止めて小さく微笑んだ。
「僕は、どうやらまだ生かされるらしい」
黒い繭の隙間から蒼い光が溢れ、澁澤のつくった霧を飲み込んでいった。
毒々しい赤い霧が消え、夜明け前のヨコハマに青白い光が広がっていく。
すべてを浄化するような、美しく優しい光。
光がすべての赤い霧を消し終わった頃には、もう闇が薄くなってきている。
空を見ると東の方が白み始めていた。
━━長かった夜が終わり、朝日が昇ろうとしている。
「本当にこの街の人達は最高だよ」
「私もそう思います」
おや、と僕は鏡の上にいるのをやめて地上へ降りていく。
「アリスが気がついたんだね」
「えぇ。中也も目を覚ましたそうです。もう少し寝てても良いのに」
「まぁ、今は彼らの元へ行ってあげたら?」
「芥川君が居ませんけどね」
そう、太宰君は笑うと敦君と鏡花ちゃんの元へ向かった。
僕は逆方向へ歩いていく。
「やぁ、無事終わったようで何よりだよ」
「……ルイスさん」
傷だらけの芥川君がうろうろとしている。
「太宰君なら無事だよ。ついでに引き取ってもらえない?」
「中也さん、ですか?」
「大正解。良く判ったね」
「龍の彼奴を倒せるのは中也さん、それにルイスさんぐらいだと思いまして」
ははっ、と僕は笑う。
とりあえず中也君を運んでもらうことにして、骸砦の跡地へと向かった。
武装探偵社の面々が集まりつつあるのは鏡で確認できていた。
僕は正式な社員じゃないから、とは思った。
でも、2人の旅路に少し関わったから顔は出しておいた方がいい。
「そういえばルイスさんは……」
「ここにいるよ」
背後からそう声をかけると、敦君はものすごく驚いていた。
「無事でよかったです」
「よく過去を乗り越えたね。本当に君は凄いよ」
「ルイスさん……」
「乱歩も待っている筈だし、探偵社に帰ろうか」
僕はそう云って探偵社員として、大切な今の仲間たちと歩いていった。
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epilogue(No side)
赤い霧の夜から数日が過ぎ、ヨコハマの町には平穏が戻りつつある。
仕事に向かう社会人や楽しげな親子、笑顔をかわす学生らの声は雑踏から聞こえてくる。
けれど異能特務課では、いまだ事件の処理が終わっていない。
「これだけの事件が起こって一般市民に被害が出なかったのが不幸中の幸いでした」
指令席で呟いた安吾は、ふと、近くのデスクに座る部下の動きが怪しいことに気付く。
部下の辻村は、勤務中であるにもかかわらず舟をこいでいた。
辻村の頭が液晶画面にぶつかり、目が覚めたのか悲鳴を上げる。
「ふが……いだっ!」
安吾はため息をつきつつ、手元のファイルを広げた。
「仕事してください、辻村君。まだ徹夜四日目ですよ」
「いや、休みなよ」
十分働いてるでしょ、とルイスは安吾の机に置かれている栄養ドリンクの空き瓶を回収する。
机には他にも『DEAD APPLE報告書』と書かれているファイルが書類の山の上に置かれていた。
「やっぱりルイスさんもそう思いますよね! 本当に無理ですよぉ、情報規制なんて……デカブツがあれだけ街を壊したんですよ」
辻村が嘆くが、安吾は答えない。
諦めて、眠い目を擦り仕事を再開する。
「……先輩。結局今回の事件って、何だったんでしょうね」
「判りません。三人の首謀者の複雑な思惑が絡まって、未だに全体像も把握できません。太宰君はいつもの調子ではぐらかすし、魔人フョードルの動機など読みようがありません」
淡々と紡ぐ安吾の言葉に嘘はない。
「ですが……」
息を止めて、安吾がファイルから視線を上げた。
「もしかしたら、全ての策略や騙し合いを取り払うと、意外と根は単純な事件かもしれませんね」
「え?」
「二人とも、自分に似た人間を見にきただけ、なのかもしれません……」
安吾の脳裏に浮かぶのは、かつての友人の姿。
「他人が異星人に思える程の超人的な頭脳。それを持つ澁澤が、どう行動し、どう滅びるのか。あるいは……救われるのか。世界にたった三人きりの異星人。その隔絶と孤独……我々には想像もつきませんがね」
苦笑を浮かべて、安吾は誤魔化すように辻村を見る。
しかし、ごまかそう露した相手はなぜか安吾の前には見当たらなかった。
「辻村さんなら、少し前から眠っているよ」
それもしばらく起きなさそうなぐらい熟睡してる。
ルイスがそう云うと、安吾はため息をついた。
ここで一人失うのは痛手だが、報告書は意外とすぐに終わりそうだった。
霧の中で奮闘し、元英国軍ということでこういう書類の作成にも慣れている。
そんなルイスが手伝いに来てくれているからだ。
「……何故、ルイスさんは依頼していないのに手を貸してくれるのですか?」
「唐突だねぇ」
「ふと、気になったもので」
答えてもらえないなら、それはそれで構わない。
そんなことを考えながら安吾は机上の栄養ドリンクに手を伸ばそうとする。
しかし、安吾の手は宙を切った。
「ただの気まぐれ、と云っても君は信用してくれないだろうからね。正直に話してあげるよ」
ルイスは指を鳴らして毛布を現実へ持ってくる。
「僕は大切な人を守るために戦っていた。でも組合戦があって、この街でみんなと過ごして。ここも大切な場所になったんだよ」
「……。」
安吾の反応はなかった。
ルイスはそっと毛布をかけて、キーボードに手を置く。
そして、数分でほとんど完成させた。
あとは安吾が報告作成者の代表欄に名前を入れるくらいだ。
んー、と背伸びをしたルイスは辺りを見渡す。
殆どが机に伏せて気持ちよさそうに眠っている。
「……See you again」
🍎🍏💀🍏🍎
ふわぁ、とルイスが欠伸をしながら異能特務課の建物から出てくる。
久しぶりに外へ出たルイスは、太陽の眩しさに思わず目を細めた。
雲一つない青空が広がっている。
遠くからは街の音が聞こえてくる。
「また、敦君は街を守ったんだね」
英雄だ、とルイスは小さく笑った。
そのままヨコハマの街へ向かい、人々に紛れる。
もう戦闘の跡などは残っていない。
情報統制がされたからか、それとも魔都と呼ばれる街だからか。
霧で消えていた一般人の生活は特に変化がない。
「……。」
ふと、ある店の前でルイスは足を止めた。
老人の経営する、小さな煙草屋。
ジーッと眺めていると老人が此方に気がついた。
「残念だがアンタみたいなガキに売れる煙草は無いよ」
「僕はこれでも26歳だよ、ご婦人」
おやまぁ、と老人は目を丸くする。
「それは悪かったねぇ」
「大丈夫。言われ慣れてる」
「……吸う人なのかい?」
「まぁ」
なら、と老人が手招きをする。
ルイスは不思議に思いながらも煙草屋へ近づく。
「一箱あげるよ。間違えたお詫びにね」
「別に気にしなくても大丈夫だよ」
「じゃあ、ただの老人の気まぐれと思うといい」
諦めず銘柄を聞いてくる老人の押しに負け、ルイスはある箱を指差す。
🍎🍏💀🍏🍎
出航を知らせる汽笛が港に響きわたった。
強い日差しが吊り橋と海面に反射する。
潮風がそよぎ、鴎が鳴き声をあげて飛んでいく。
遠くで清らかな鐘の鳴る音がしていた。
近代的な高層ビルと重厚な煉瓦造りの建物とが混在する港湾都市・ヨコハマ。
そのヨコハマの街を見下ろす丘にルイスはいた。
階段を降りる途中で、ふと立ち止まる。
見つめるのは、緑に囲まれた墓地だ。
まだ数年しか経っていないだろう。
整然と並ぶ無数の白い墓石が太陽に照らされて橙色に輝く。
ルイスは木の下にある墓の前で立ち止まり、そっと手を合わせる。
ちらりと墓石に目を向けると、『S.ODA』の文字が見えた。
「数日ぶりだね。|現世《こちら》では色々とあったよ」
そう、ルイスは先程の煙草屋で貰った箱を開ける。
一本だけ取り出し、|異能空間《ワンダーランド》からマッチ箱を取り出す。
火を付け、ルイスは一口吸う。
「……この銘柄、君が好きだったよね」
墓石の前にしゃがみこみ、煙草の箱を見つめる。
「やっぱり僕は好きじゃないや」
箱を墓石へ置き、もう一口吸う。
吐いた煙は空高くへと上っていった。
ゆらゆらと揺れる煙を眺め、ルイスは煙草と火を付けたマッチを吸い殻入れにしまった。
それじゃ、とルイスがゆっくり立ち上がる。
優しい風が頬を撫でた。
「僕も彼のいる今の居場所へ戻ることにするよ」
背伸びをしながらルイスは歩いていく。
「……ん、電話だ」
『やっと出たな、ルイス』
「そんなに掛けてた? ごめん、気づかなかった」
『特務課の手伝いが忙しかったのだろう』
まぁ、とルイスは目を擦る。
軽く睡眠不足ではあるが、別に体調に問題はない。
『いつ頃終わりそうか聞きたかったのだが──』
「もう終わったよ。これから帰るところ」
『……そうか』
福沢が優しそうな表情をしているのは見なくても判る。
「すぐ帰るよ。それじゃあ、また後で」
ルイスの姿は墓から遠くなっていった。
ヨコハマに乾いた風が吹く。
墓石の近くに彼は立っていた。
その男は赤毛が特徴的だ。
黒地にストライプのシャツ、ベージュの外套を着ている。
男は置いてある煙草を拾って呟く。
「──ありがとな」
いつの間にか火の付けられていた煙草を口に加えて、彼は願った。
親友達の幸せを。
そして、ヨコハマの街と暮らす人々の平和を。
強い潮風でベージュの外套が揺れた。
次の瞬間にはもう彼の姿はどこにもなかった。
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--- おまけ ---
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『僕ら』
神様ならさっき出て行ったよ
誰も傷つかないなんて願い祈りはきっと届かない
だからもうやめにしよう
何も守れず空っぽの手のひらを強く握りしめた
足りない何かに気付く度に情けない自分が嫌になる
震える足を動かして息を吸い込んで
心が知ってる進むべき道へ歩いていくしかない
戦え迷ヰ犬達今顔を上げて
新しい彼らになってゆく
空っぽの手のひら君の手を握って
それだけで僕らは行ける
後悔なら数えきれないほどしてきたから
もう後悔しないように生きてたいと思っている
自分を騙すのはやめにするよ
過去から目を背けることはもうやめにするよ
相変わらずの平和な日々の裏に隠れた
悲しみも嘆きもなくならないなら
一緒に越えて行こう
一人じゃないならそれだけで高く飛べる気がしてる
涙流すのは弱さじゃなくて乗り越えるため
その助走になる
泣けるだけ泣いたらまた笑えるかな
そうやって僕達は生きていく
きっと誰の胸にだって数えきれない程の
たくさんの傷があるのでしょう
みんな平気なフリをしていて
僕も笑ってごまかしている
でもその傷も連れて未来へ飛び立とう
誰も置いてかないように一緒に歩いていこう
その方が、幾分か素敵だから。
戦おう僕達今顔を上げて
成長した僕達になってゆく
空っぽの手のひら君の手を握って
心が知ってる進むべき道へ
最初の一歩を踏み出す
いつだって僕は強くなれなくて
少しずつ迷いながらでしか進めないから
不安になることしかない
ずっとこれからもそれは変わらない
それでもきっと大丈夫
僕は彼らとこの街で生きると決めたから
この度は「英国出身の迷ヰ犬」の総集編である「Chapter.3 死の果実」を読んでくださり、誠にありがとうございます。
作者の海嘯です。
予定していたDEAD APPLEの総集編をやっと投稿することができました。
そもそも投稿して読んでくれるのかな、ってところではありますが。
そんなこんなでとりあえず「英国出身の迷ヰ犬」はここで終わります。
第一話を投稿してから約一年半(違うかも)
沢山ファンレターも貰って、とっても幸せです。
今は「天泣」として活動しているので、良かったらそちらでもよろしくお願いします。
それじゃまた。