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目次
幼き探検家の冒険譚
はじめまして
初投稿です
誤字脱字など至らない点があるかもしれませんが、暖かい目でご覧下さい
モブおじ×ショタ(ボーイズラブ)ですのでお気をつけ下さい
喘ぎ声、バットエンド、レイプを含みます
ご理解いただけましたら背後に注意してお読み下さい
昔から町や森、路地を探検するのが好きだった。でも、あることがきっかけでめっきりやめてしまった。それは桜が咲き始めた暖かい春の日だった。
「お外、行ってくるね!」
そう母に告げ、嬉々として玄関扉を開ける。扉を開けて目につく青々とした草花と雲ひとつない青空。絶好の探検日和。今日はどこへ行こうか?どこへ冒険しようか?それとも、誰かを誘ってみる?
そう物思いにふけつつ、真新しいピカピカの赤い靴を石畳の道に一歩を踏み出した。
やがて、あまり人が通らない路地へたどり着いた。面白いことに路地には寝ている猫だったり腰を押しつけ合う男女が頻繁にいる。今思うと恐ろしいことこの上ないが、幼い故に分かるはずがなかった。
ただ、その日に限っていたのはその時の自分よりはるかに大きくガタイの良い男性だった。
「...?...こんばんは!おにい...さん?」
子供というのは疑うことを知らない無知な生き物。そこに大人がいたなら、例の男性を怖がって離れるように言うだろう。しかし、話しかけてしまってはもう遅い。男性は何も言わずゆっくりと手を俺の顔、身体に手を伸ばす。
「おにい、さん。なに...してるの?触ってもなんにもないよ?」
沈黙。何を呼びかけても反応がなく、こちらの身体をただ触り続けるのが怖かった。
荒い鼻息が首筋にかかる。はっきりと分かるのは気持ち悪いということ。それと、
「お゙っ♡」
どこから出たのか、自分でも分からない声。だんだんと触られている内に感じていたのだろう。
ゆっくりと後ろの方に指を沿わせ穴に太い指が入っていく。
「あ゛ッ♡ま゛ッッ♡」
その指が奥深くまで入りきる。指が一本入っただけ。それなのに頭がくらくらして身体が暑かった。
ただ、ここまでは大した問題ではなかった。男性もすぐに指を抜いてくれると思っていた。
それはすぐに打ち砕かれた。後ろの中でその太い指がぐにぐにと動き始めた。最初こそ何ともなかったものの動きがつき、何かが気持ち良いと自覚した。
その時、股の辺りが熱を帯び、とても言葉では表しづらいが強い快感がこみ上げた。
「〜〜〜ッッ♡♡♡!、!お゛ッ♡いぐ、っ♡♡」
パンツの中に液体のような何が出た感覚。当時は尿だと思っていた。
「おしっ...こ、♡♡!でちゃ…ッ♡♡あ゛ッ♡ん゛♡ふ、う゛……♡あ゛♡あ゛♡」
「あ゛ッ♡う゛、ぅ♡ん゛また、でちゃ♡〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ♡♡♡♡♡!、!!ん゛ッ♡ふ、う゛……♡あ゛、へ…………♡」
この辺りで指が抜けた。ヌポンと音がして、終わったのだと思い、立つこともせず脱力した。
それが間違いだった。唐突に腰を強く掴まれ、先程とは打ってかわり指よりも大きいものが入った。
「あ゛♡ひ、あ゛♡お゛♡お゛♡あ♡あ゛、ぅ〜〜〜〜ッッ♡♡♡!、!!」
パチュパチュと水音が響いて、何かを打ちつけられる。それがだんだん速度を増す。
「お゛ぎゅ、♡あ゛♡あ゛ッ♡お゛♡〜〜〜〜〜ッッッ♡♡♡!、!!も゛♡む゛り、♡♡あ゛♡お゛♡♡いぎゅ゛ッ♡お゛ッッ♡そ、こ♡あ゛♡♡あ゛、ん゛♡ひ♡あ゛、あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ♡♡♡♡あ゛♡あ゛、ぁ゛あ゛あ゛あ゛ッ♡♡♡たしゅ、け♡お゛、ほっ♡♡」
気持ち良くて逃げることすらできなかった。次第に頭の中で火花が散るような感覚と共に
「あ゛ッ♡ん゛♡ふ、う゛……♡あ゛♡あ゛♡.........♡♡」
そのまま、意識が薄れていった。
*********************************************
目覚めると男性の姿はなく、自分の後ろの中とパンツの中に白く濁って暖かい液体が大量にあった。
その出来事以来、冒険と称して探索することは少なくなった。
けれど、その時の快感を求めてか後ろを自分で弄ってみたり太く長い物を入れてみたりしたものの、満足感がなく、男子高校生となった今でも、あの男性を探している。
...決して、ハマったわけではない...と思う。
お疲れ様です。
初投稿でしたが、如何だったでしょうか?
お気に召していただけたのなら幸いです。
お読みいただき有り難うございました。
枯れた華を愛で続ける
お久方ぶりです、某探偵です
今回はヤンデレ×秀才...失礼、ヤンデレד元”秀才のボーイズラブです
タグが間違っていますか、そうですか。気にしないで下さい
残酷、生々しい描写がない為、R18を抜いております
それではどうぞ
何を間違えたのだろうか。いくら考えても、優秀なはずだった頭では何も答えが導き出せない。
この部屋の暗さのせいだろうか。手足を拘束され、身動きがとれないからだろうか。それとも、三日間何も食べていないからだろうか。
......考えたって無駄だろう。原因なんてものがあるとするなら、過去の行いのせいだ。
昔から、聡明で優秀な人だと誉められていた。それが当たり前だった。当たり前の優秀だったのが自分の唯一の個性だと思っていたから、あの男が現れるまで格上の優秀がいたことに驚いたと共に言葉には表しづらい何かが沸々と沸き上がっていた。
短い黒髪に色白とした肌、深く吸い込まれるような黒い瞳。頭脳明晰で運動神経抜群。それでいて、誰にでも別け隔てなく優しい人格者...漫画のような人物。
もしかしたら、話せば解りあえたかもしれない。けど、初めての劣等感は耐え難いものだった。
それで、
---
校舎裏に彼を呼び出した。別に殴ったり貶したりするわけじゃない。ただ、二人だけで腹を割って話したかった。彼は僕にとって、人格者ではあったが、どこか怪しく信用できなかったからだ。
始めは僕から切り出した。ほんの挨拶だった。
「急に呼び出して、ごめん」
彼は素っ気なく優しく微笑んで許してくれた。
だけど、その笑顔の男の手に何か棒状の物が握られていることに気づいた。
彼がその時、何をしようとしたかなんて分からない。でもそれに気づいた時、彼の笑顔が気持ち悪いくらいににやけた笑みを浮かべていることに気をとられて一瞬のうちに頭を強く殴られた。
何が起きたのか理解できず、苦痛の声をもらすことしかできなかったけれど彼がずっと気持ち悪い笑顔を浮かべているのが怖かった。そこから10分くらい殴られて、骨が折れたりはしなかったけれど痣は酷いものだった。
「ごめんね、痛かった?」
息が乱れて血も出ているのに、優しい笑顔で訊く彼が怖くて何も言えなかった。その後は毛布をかけてくれて、家まで送ってくれた。その日以来、彼と学校ですれ違う度に殴られるのではないかと怖かった。そして、彼を避けるようになった。
---
彼を避けるようになった一週間後、郵便受けに気味の悪い手紙や登下校中に人がついてくる気配を常に感じた。中でも怖かったのは僕が友人と一緒に映っている写真に友人の顔にだけ赤いバッテンが描かれた写真だった。
また、僕が周りの人間に変な噂を流されるようになった。テストをカンニングしているとか、関係を持って捨てた女性がいるとか、根も葉もない噂だった。
だんだんと僕の評価は秀才ではなく、偽物の秀才になっていった。一方で彼は株が更にあがっていくばかりだった。
---
ある日、彼が僕の家に来た。何しに来たのか分からなくて最初は戸惑った。でも、彼が僕の忘れ物を届けにきただけだと言ってその時だけ心の底から安堵した。
彼を家に入れようと扉を開けた瞬間、彼が急に押し入って僕にバチバチと音の鳴る機械を押し当てた。
そこで意識を失った。
目が覚めたら手足をロープで固く拘束されて、暗い部屋の中から出ることができない状態だった。
やがて、彼が部屋に入って来た。そこで彼が僕のことを異常なまでに好きなことを知った。
何故あの時、殴ったのかを聞けば二人だけの状態に興奮していたと意味が分からない理由だった。
理解を諦めて何度も部屋を出ようとしたけど、固いロープは外れず中々出れなかった。彼はその間にも僕を殴ったり、ご飯を食べさせたり、行為に及ぼうともしたけれどどれも怖くて嫌だった。
長い間、監禁されて疲れてきてしまった。彼の望む通りにすれば救われるのではないだろうか。
彼が帰って来た。いつも聞くことがある。
「ねぇ、僕のこと、好き?」
いつもなら何も答えない。けど、
「...好きだよ」
その言葉を待っていたのかあの時と同じ愛しい笑みを浮かべて、手を僕の後ろに伸ばしてくる。
「「愛してる」」
お疲れ様です
バットエンド?よりはメリーバットエンドですが、『僕』的には疲れて折れてしまったという点ではバットエンドです
ただ、どっちみち愛しく思っているのは本当でしょう
お読みいただき有り難うございました
夢うつつ
見馴れた天井が顔を覗く。重い頭を持ち上げて、冷たいフローリングに足をつける。冷たい。おそらく、冷たいはずである。
約六畳の小さな子供部屋の中で、齢15歳にもなる男子がパジャマを着て布団に腰を下ろしているのは異質だろうか。真っ白な長机の上に無造作にも置かれた教科書と学校のプリントは何も手をつけられないまま、開かれた窓から射し込む光で輝いている。
これは、学校の先生が持ってきた。先生はいつも、「皆が君を待ってる」とか「皆優しいから大丈夫」だとか言う。僕を皆が待っているわけでもないし、僕は皆が優しかろうが、嫌な奴だろうかがどうでもいい。ただ、学校そのものに行きたくない。ずっと、そんな気分なだけ。
「...ねぇ、どうしてずっと、家にいるの?」
不意に声をかけられた。声の主は開いた窓から。顔を向ければ、艶やかな黒髪に精悍な顔をした可憐な少女がいた。歳は、同じくらい?
「キミ、誰?」
僕が訊けば、彼女は花が咲いたように笑って、
「私?私は_______」
---
見馴れた天井が顔を覗く。重い頭を持ち上げて、冷たいフローリングに足をつける。冷たい。おそらく、冷たいはずである。
約六畳の小さな子供部屋の中で、齢15歳にもなる男子がパジャマを着て布団に腰を下ろしているのは異質だろうか。真っ白な長机の上に無造作にも置かれた教科書と学校のプリントは何も手をつけられないまま、開かれた窓から射し込む光で輝いている。
これは、学校の先生が持ってきた。先生はいつも、「皆が君を待ってる」とか「皆優しいから大丈夫」だとか言う。僕を皆が待っているわけでもないし、僕は皆が優しかろうが、嫌な奴だろうかがどうでもいい。ただ、学校そのものに行きたくない。ずっと、そんな気分なだけ。
「...ねぇ、どうしてずっと、家にいるの?」
不意に声をかけられた。声の主は開いた窓から。顔を向ければ、艶やかな黒髪に精悍な顔をした可憐な少女がいた。歳は、同じくらい?
「キミ、誰?」
僕が訊けば、彼女は花が咲いたように笑って、
「私?私は、マリ!」
「ねぇ、貴方の名前は?」
僕。僕の名前は、
「...ユウト」
タチバナ、ユウト。
「ユウト?素敵な名前だね!」
「...有り難う」
「ねぇ、どうして家にいるの?」
「...僕は学校へ行くより、宝物といるのが好きだから」
「宝物?私も宝物を集めて、入れて、見て、側に置くのが大好き!」
「本当に?」
「うん!」
僕はその言葉を訊いて、部屋の隅の宝物の青い箱と赤い箱に指をさす。
「僕の宝物、見たい?」
「いいの?」
「いいよ」
僕は立ち上がって青い箱を彼女に見せた。中にはたくさんの赤い宝石が詰まっている。
「わぁ、綺麗な宝石!赤くて、とっても綺麗!」
「いいよね、それ。僕好きなんだ」
「赤いものが好きなの?」
「うん、変かな?」
「全然!とっても良いと思うよ!」
彼女はまた、笑った。
「ねぇ、お部屋に入ってもいい?」
それを言われるまで、彼女が窓枠に腰かけたままだったことに気づいた。
僕は「いいよ」と返事をして、彼女を部屋に招き入れ、布団に座らせた。
「ね、一緒に遊ぼう?」
僕はそれにも返事をして、しばらくカードゲームだったりお話だったりをした。とても楽しかった。
その過程で彼女が最近越してきたことや彼女が着ている白いワンピースを最近買ったことを知った。
空がオレンジ色に染まった頃、彼女は、
---
--- 僕は彼女の手を強く掴んで、手に持った鋏を ---
---
夢をみた。彼女がずっと、僕の側にいる夢。
夢をみた。彼女が僕の側から離れていく夢。
---
--- 信じられない! ---
---
艶やかな黒髪が赤く塗れていく。純白のワンピースも、いつしか素敵な赤いワンピースになって、僕の眼下に落ちている。僕はそれを丁寧に抱き上げて、宝物の赤い箱に入れた。宝物の赤い箱の中にはたくさんの素敵なものが詰まっている。たくさんの赤。たくさんの人形。たくさんの幸せ。
僕は新しい宝物を赤い箱の中に詰めて、手に持っていた鋏を床に置き、蓋を閉めた。
そして、愛しいように宝物にキスを落とした。
僕は死んでしまったのだろうか?
--- 「僕は死んでしまったのだろうか?」 そう言われて、目が覚める。 ---
蒸し暑い夏の日のことだ。朝の九時に起きて、扇風機をつける。
それから朝食。ハムエッグを作って、トーストを焼いて、インスタントのコーヒーを淹れる。
僕の住む安アパートには、当然のようにダイニングなんて洒落たものはない。
六畳一間の部屋で、僕は自前の布団を隅っこに畳んで、中央に足を折った卓袱台を置いている。そこで食事をするのだ。
冷蔵庫を開けると、しなびたキャベツと、中途半端に残った人参があった。
それで野菜炒めを作って食べることにする。自炊ができるのかと言えばそうではない。
僕は自分が好きだと思うこと以外、手をつけない。
たとえば料理なんかは好きではないので、調理器具が一切ない。
フライパンもなければ鍋もない。野菜炒めを作るためには、フライパンと鍋が必要だし、その二つがなければ野菜を刻むことすらできない。
つまり僕は自分が好きだと思ったものしか作らない。食べられれば何だっていいというスタンスだ。
朝食だってそうだ。ハムエッグとトーストは好きだけれど、トーストをかじりながらコーヒーを飲むのは嫌いだ。だからインスタントコーヒーなのだ。
そういう生活をもう二年も続けている。
「いただきます」
そんな拘りがあって雑な僕だけれど、最近の悩みはめっぽう一方通行の一つのことだ。
普段なら色んな悩みがあって、ふらふらしているのに最近は一つだけ。
真っ白な空間が壁も床もまともに分からないくらい広がっていて、その中に僕がいる。
要するに、僕が知らない真っ暗な空間の中で僕が僕を見ているのだ。
その僕は最初は背中を向けていて、何も喋らないけれどだんだんと顔が見える。
その僕はこれといった表情はしていないけど、一言だけ喋る。
--- 「僕は死んでしまったのだろうか?」 ---
そう言われて、目が覚める。
何を現すのか分からないけれど、僕はまだ死んでない。
僕は上から言われた仕事をきっちりこなして、職場の人と話して、買い物をして、料理をして、寝て......しっかりと生きている。
でも、近頃は確かに僕は死んでいるのかもしれない。
僕は教師になりたかった。でも、今は別の仕事をしている。
僕は人と話すのが苦手だった。でも、今は仕事の為に人と話すのが得意になりつつあった。
僕は買い物が嫌いだった。でも、今はなんだかんだ好きになっている。
僕は料理が嫌いだった。でも、今は自炊の為に好きになっている。
僕は過去の僕と真逆だ。
夢の中の僕。それは今の僕より、もう少しだけ若かった。
あれは僕自身なのかもしれない。
--- あの僕は、もう死んでしまったのだろうか? ---
跡
真っ白な銀世界の中、灰色の煙と騒々しいエンジン音をたてるモトラドがやけに平らな白い地面を走っている。それはどこまでも続き、ある一つの地点で止まった。モトラドの後ろには黒い車輪跡がくっきりと残っていた。
---
その跡をつけた運転手は、その車輪跡を見て
満足そうにほくそ笑むと、またモトラドに股がってその跡の続きを描いていった。
---
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泡沫の告白
参加させていただきます。テーマ的にバレンタインを選びました。
一人の青年がロッカーの前に立ち尽くしている。青年が凝視しているのは、空っぽのロッカーの中に手紙が一つ。
「手紙!?なんで!?」
青年の悲痛な声が響く。後ろ手にはその悲痛な声に誘われ、騒ぎたてる青年や少女が多数。
「手紙?古いねぇ」
「バレンタイン間近だってのになぁ」
「|案外、幸せもんだよなぁ《可哀想そうに》...」
口々に述べる感想。しかし...
「「「行ってやれ」」」
その言葉だけは、皆同じだった。
---
カランカランと音のなる階段を登って、錆びついた扉を開ける。
俺は今、高校生として初めての告白を受ける...はずだった。
世間はバレンタイン間近だし、こう、愛!の告白だと思った。
でも、手紙はどうだ。
---
あることについて相談があるので、屋上に来てください。
---
俺はこう思う。友人の悪戯か、イケメンの友人にチョコを渡してくれという相談ではないかと。
嗚呼、平凡顔で大してモテない俺の高校生活よ。なんて哀れなものだろう。
そんなことを考えていたら、後ろに誰かから肩を叩かれた。
振り返れば、目鼻立ちの整った顔に艶やかな黒髪、華奢な身体つきの女の子がいた。
これは、
「えっ?......望月さん?」
望月杏夏。それはそれは俺とは天の地の差ほどのカーストの女の子。拝めただけでも有難いかぎりだ。
「え、あ、手紙......望月さん?本当に?」
いやにうわずった声で聞いてしまう。
「...うん、私。あのね、」
この次の言葉を聞くまでは俺は有頂天だった。
「...バレンタインチョコを作るのを、手伝ってほしいの!」
|恋愛!《くそったれ!》
「あ~...え?」
「その、す...私!料理苦手で、チョコ渡したいんだけど...」
|料理苦手!?《かわいい!!》
「いいよ!俺、料理できるから...放課後でいい?」
そう言って、俺は涙を拭わずに勢いだけで彼女の料理レッスンに付き合う羽目になった。
---
|初めは酷いものだった。《彼は手伝ってくれた。》
|少しの炒めものさえ焦がしている彼女に驚愕することが多々あった。《彼は何度失敗しても、許してくれた。》
|しかし、だんだんと上手くなっていく姿に俺も嬉しくなった。《彼が時折、微笑んでくれるのがとても嬉しかった。》
|そして、ようやく完成することができた。《未完成のままでも良かった。》
|俺は彼女の頭を撫でて、「おめでとう」と言った。《ずっと、こうしていたかった。》
---
「よし、これで終わり!お疲れ様!」
そう彼が笑う。きっと彼はこのチョコが誰宛てなのか分からない。
あの日の屋上。好きと声に出してしまえば良かったのに、料理が苦手だと嘘をついてしまった。
だから、勇気を出そう。泡沫の告白になってしまわないように。
|「貴方の事が好きです」《ありがとう》
栄光のその先に
#プレイヤー名#
▶はい いいえ
---
ずっと思ったことがある。勇者は、魔王を倒した後、どうなるのだろうか。
英雄だと称えられ、国の姫と結構して幸せな生活をするのか。
後に化け物だと恐れられ忌み嫌われるのか。
はたまた、国から去るのか。
#プレイヤー名#がそれを知ることはない。
クリアしてしまえば、#プレイヤー名#はもうプレイしない。
プレイしたとしても、エンド周回や分岐点の回収...一度データをリセットして初めてプレイされたキャラクターやデータは綺麗さっぱり忘れられる。
それがとてつもなく悲しい。
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遘√?繧ゅ≧謌サ繧峨↑縺??縺?縲ゅ??
謔イ縺励>謔イ縺励>謔イ縺励>謔イ縺励>謔イ縺励>謔イ縺励>謔イ縺励>謔イ縺励>
蠢倥l繧峨l縺溘¥縺ェ縺??よカ医&繧後◆縺上↑縺??ゅ★縺」縺ィ蜀帝匱縺励※縺?◆縺??らオゅo繧翫↓蜷代°縺?◆縺上↑縺
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私は
私の末路は
物語としてプレイされない
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お前のせいだ。
星降る夜に
リレー小説にぶん投げたものを夢機能によって、どんなキャラクターでも当てはまるようにしたものです。
ボーイズラブですが、ガールズラブ等でも行けるかもしれません
青々と茂る草花。木々の上で赤く踊る炎。夏の思い出の一つ、キャンプとしては最高の絵面だろう。
しかし、せっかくの夜だというのに、空は雲で星は覆われて見えないし、地面は雨に降られたのかじめじめしている。...最悪だ。最悪だが、そろそろ夜もふけてきた。
#攻め#「もうテントに入って、寝たら?」
そう伝えると恋人が小さく「了解」と返事をしてテントに入っていく。少し時間を空けて#受け#を追うようにして入れば、寝袋に身体を包まれた#受け#が既に小さく寝息を立てていた。普段の姿も相まって、その寝顔が可愛くて仕方がなく、つい口づけをしようとした辺りで我に返った。火の後始末をしていないのだ。#受け#を起こさないように静かにテントを出て、火の後始末を慎重に行っていく。
後始末をする中、ふと#受け#の寝顔を思い出しては自分の顔がほころんでいくのを感じる。無理もない。あんな可愛いものを見たら誰だって蕩けてしまう。恋人の寝顔を見れるなんて、幸せの象徴としか言いようがないだろう。
---
一人で幸せを噛み締めながら後始末をしていたら、いつの間にか片付いていた。...自分もそろそろ眠い。早めに床につくことにしよう。
---
テントに入る間際に見た夜空は、いつの間にか雲が晴れ、美しい星々が顔を出して、#受け#の寝顔に負けないくらいに輝いていた。
ストーカーXの献身
夢機能によって、どんなキャラクターでも当てはまるようにしたものです。
ガールズラブを想定していますが、TLでもボーイズラブでも行けると思います。
郵便受けに小包を入れる。『#受けの苗字#様』と書かれた表札は少し錆びて、鉄の匂いがする。
...そろそろ、この匂いにも慣れてきた。初めて来た時はなんてボロい建物に引っ越したのだろうと思っていた。しかし、#受けの名前#が決めた新居だ。悪く言っては可哀想だろう。
#彼or彼女#はこの素敵な贈り物を気に入ってくれるはずだ。
そう考えて、ふと携帯を見る。時刻は正午ぴったりを指している。少しの間、部屋に戻って#彼or彼女#が出てくるまで待つとしよう。
---
午後1時。#受けの名前#が恐る恐る扉を開いて、外の地面に足を入れた。まるで尻尾を入れて怖がる犬のような見た目が愛らしいと思う。#彼or彼女#は、郵便受けに何かが入っていることに気づいたのか、中の贈り物を取り出した。そして、宛先不明の贈り物を開いて、《《そのまま落としてしまった》》。
その行動に少しだけ腹が立ったが、気にせず、#受けの名前#に何も知らないように話しかけた。
「大丈夫ですか?#受けの苗字#さん?」
「あ...#攻めの苗字#さん!いや、特に何もないんですけど...」
嘘をついた。その小包の中身は#受けの名前#への文集が入っている。
「そうなんですか?...その落とされた小包はなんです?」
「えっ、あぁ...例の方からです」
「はぁ、あの例の方ですか。引っ越してもまだ続いてるんですね」
「そ、そうなんですよね...#攻めの苗字#さんも引っ越し先に偶々?いたから、大丈夫そうだと思ったんですけど...」
「...良ければ、今から家でそのお話聞きましょうか?」
「いいんですか?」
「はい、#受けの苗字#さんさえ良ければですけど」
「全然!今から行きます!」
元気そうに返事をした#受けの名前#を見て、心の中でほくそ笑むしかなかった。
楽しそうに笑い、お菓子を貪るリスのような#受けの名前#。さっきまでの贈り物のことは忘れて、話す#彼or彼女#を見て愛しくて堪らず、つい手を伸ばし頬を撫でた。
---
#攻めの苗字##攻めの名前#。
お菓子を食べ続ける自分を愛しそうに撫でる#攻めの名前#に思わず、心の中で嬉しくなってしかたない。
引っ越せばついてきてくれる、郵便受けを開けば熱い手紙をくれる、少し歩くだけでも後ろでずっと歩くデートができる。
可愛くて、愛しくて、哀れで、心が満たされる。勿論、離れることも、離すつもりもない。
ただ、目の前で愛らしく掌で踊る人形のようにいてくれるだけでいいのだ。
高嶺の花の堕落を願う
リクエストのものです
まず一つ目(多分、全部和戸涼(美形&気が強い性格)受け)
和戸涼受け、日村修(美形&堂々とした性格)攻めの日常
事件を解決していく内に攻めがだんだん好意を抱きつつも、自身のプライドが邪魔する葛藤
多分、本編で恋愛はないです(断言)
涼がそもそもノンケの描写があるからですね
物事を考えていても、どうにも何かがちらついてしかたがない。
好きなミステリーゲームをしている時でさえ、普段なら集中できるしものの数十分で終わるはずだ。
それが、今は始めてから1時間も経過している。本調子ではない。何か、気がかりなことがあるに違いないのだが、それが何か分からない。
「...気分が悪い」
そう独り言を呟く。
「何がですか?」
独り言に返答がきた。頭がおかしくなったらしい。
「日村さん?」
いよいよ、末期か。
「日村さん。ねぇ、日村さんってば!」
「なんだ、五月蝿いな!」
「ああ、やっと返事しましたね。ずっと呼んでたんですよ」
幻聴だと思っていたが、人だったらしい。
偉そうに呼んだのは和戸涼だったようで、手にどこかの漫画雑誌を持って人の許可も得ずに個室の扉を開けたようだ。
「そうかい。それで、何の用で?」
「この漫画雑誌の...あ、これです」
パラパラと漫画雑誌を開いて、あるページを見せる。
特に特徴のない漫画の少女が真ん中に映る美少年と思わしき男性に対し、頬を赤く染めている絵。
「この作品、どこにあるか知りませんか?」
「...いや、知らないね」
「そうですか。お時間とってすみません」
「大丈夫だ。ちょっと集中力が切れていてね、良かったら私も探そうか?」
「...良いんですか?」
「ああ。Aの漫画コーナーから探してくるよ」
「有り難うございます。じゃあ、俺はZから見てきますね」
「了解」
バタバタと漫画コーナーへ駆けていく涼を見送り、Aの漫画コーナーへ移る。
『君のことが大大大嫌いな50人の彼氏』『山崎ちゃんとLv001の恋をする』『魔入りません、出人ちゃん』など様々な漫画が並んでいる。
様々なジャンルが立ち並ぶ漫画コーナーの中で、恋愛ジャンルは中高年層に絶大な人気を誇る。その中で一つ、誰かが戻し忘れたか、間違えたであろう恋愛に関する論文が棚の空きに収まっていた。
その本をおもむろに手に取り、頁を開く。
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〖性的指向〗
性的指向とは、人の恋愛・性愛がどういう対象に向かうのかを示す概念であり、具体的には、恋愛・性愛の対象が異性に向かう異性愛(ヘテロセクシュアル)、同性に向かう同性愛、男女両方に向かう両性愛(バイセクシュアル)などを指す。異性愛が性的指向であるのと同じように、同性愛や両性愛も性的指向である。
(引用:wikipedia)
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...ただの解説だったらしい。
しかし、興味深い論文内容ではある。どこかで見たようなものだが...まぁ、気にしないでおこう。
本を横のテーブルに置き、店員が元に戻せるように置いておく。そして、ゆっくりとまた視点を移動させ、例の漫画を探す。
恋愛漫画、少年漫画と別れていればいいのにと思うが、別れたところで皆が元の場所に戻すか不明なため、不可能だろう。やがて、棚に例の漫画シリーズを見つけた。
シリーズの名前も先程見た漫画と同じもので、涼を呼ぼうと身体を後ろに向けた辺りで本人の顔が肌が触れあうほど、すぐ目の前にあった。
「うおっ...急に振り返らないで下さいよ」
驚いた顔から少し不機嫌そうになる顔に少々、心が跳び跳ねるような感覚になったが抑えて口を開いた。
「ああ、悪いね。私の後ろを見てみなよ、見つけたぞ」
「あ、本当ですね。じゃあ、ちょっと...」
その言葉が言い終わらない内に彼が腰を屈めて、そのシリーズを何巻か取り出す。
「助かりました、中々見つけられなくて...有り難うございました」
そう言われて、顔が赤くなるような熱を感じる。いやにおかしい。褒められることは慣れているはずだ。それが、何故、こんなにも嬉しくなるのか。
そもそも、最近はずっとこうだ。その原因は、おそらくきっと、和戸涼である。そうに違いない。
「...日村さん?どうしました?」
何も答えなかったからか、前と同様に訊いてくるのがどうにも、何故か、愛しいと感じる。
「いや...何でもない」
そう言えば、すぐに笑って軽く挨拶をし、去っていく彼の姿が瞳に映った。
仮に今の気持ちと似たようなものがあるとするなら、それこそ〖恋〗に近いのだろうが、私に限ってあり得ない話である。
きっと、先程読んだ本に思考が偏っているだけだ。
でも、もし。
本当に愛しているのなら、彼も一緒でむしろ私に伝える側になれと願わずにはいられない。
私が彼へなど、断じて許したくない。許されないのだ。
哲学的ゾンビ
薄暗く人気のない路地で、一人の若い男性が右手を強く握ったまま死んでいた。
辺りには異臭が立ち込め、鼠や蚊が集まってきていた。
やがて、その男性の手が微かに動いた。
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薄暗く光が差し込まない室内に二人の男性が長机を挟んで向かい合って座っている。
「だから、僕はやってないんですって!彼は《《哲学的ゾンビ》》で、今ものうのうと生きてるんです!」
そう言いきり、机を叩く一人の若い男性。
その男性の向こうにいる中年の男性は無表情でこう言った。
「その、《《哲学的ゾンビ》》ってなんだよ?どうせそれもお前の言い訳だろう?」
「違います!《《哲学的ゾンビ》》は、《《クオリア》》を持たない怪物なんです!」
「《《クオリア》》?」
「外面的には普通の人みたいだけど、内面は何の感情も持たないことです。
刑事さん、分からないんですか?」
「ああ、知らん。変な人間の垂れごとなんて聞かないのが警察だからな」
「酷い!」
本気で悲しそうな若い男性をよそ見に中年の男性はある薄い資料を見る。
資料には、左手を強く握った若い男性の死体が映っていた。それが何枚も違う男性の資料があった。
「それで?やっぱりお前が殺したんだろ?」
「殺してません!生きてるんです!彼は、なんて言ったって《《哲学的ゾンビ》》なんですから!」
「《《哲学的ゾンビ》》っていったって...それを証明するものがないだろ。
そもそも、《《哲学的ゾンビ》》だろうと殺してんだから殺人だぞ」
「法律に《《哲学的ゾンビ》》を人と見なして、殺害しても罪に問われる法律があるんですか!?」
「...ない。でも、外見は人なんだろ?なら、ダメだ」
「外見は人でも、中身は怪物です!」
「だとしたって...」
「良いですか、刑事さん!僕は正しいことをしたんです!!
《《哲学的ゾンビ》》は近年になって、増殖してきているんです!会社や学校、様々な公共の場所でその数を増してきている!十人の中、七人が《《哲学的ゾンビ》》なんです!
《《哲学的ゾンビ》》は一見すると普通ですが、内面は規則的で何も思っていないし、殺しても生き返るんです!
しかも、《《哲学的ゾンビ》》は変わった感染方法で、《《哲学的ゾンビ》》に殺されると感染する新手の感染方法なんです!」
「ふぅん...それだけ聞くと、人をやめる代わりに不死になるってわけだけど?」
「いいえ!殺されると自分の《《クオリア》》が死んでしまうんです!
つまり、生きているけど死んでいて、死んでいるけど、生きているんです!」
「...分かったよ。その《《哲学的ゾンビ》》の見分け方法は?」
中年の男性が抑揚のない声で若い男性に問いかけた。その問いに若い男性は少し考えて、こう言った。
「ありません!」
「...何故?」
「《《哲学的ゾンビ》》は、物理的、行動的には人間と全く同一で《《クオリア》》を持たない存在なので外見や行動からは、通常の人間と全く区別がつかないからです!」
「それは、さっき聞いた」
「《《クオリア》》がない《《哲学的ゾンビ》》は...」
「つまり、お前は今...《《哲学的ゾンビ》》がどこにいるか分からないわけだ」
「...へ?」
---
銃声が室内で響いた。
室内が赤く、赤く染まった。
それを見ても何も感じなかった。
---
「...確かに《《クオリア》》は持たないな。お前を殺したって、何にも思わない」
中年の男性が血の飛び散った室内で一人の若い男性を見下ろしながら呟く。
薄く白い煙の立ち上る銃をスーツのポケットにしまい、若い男性の身体を担ぎ、部屋の扉の外の薄暗く人気のない路地へ運び、寝かせる。
そして、寝かせた若い男性の左手を強く握らせようとして、
「...やっぱり、《《クオリア》》を元々、持っていた人間だから...」
そう呟いて、右手を強く握らせた。
□□□□○□□□□□
昔から他人とは違うと思うことがあった。
それが何と違うのかなんて分からないし、分かろうとする気もなかった。
だとしても、一緒になろうなんて考えはなかった。
---
「○!」
□が私を呼んで、私が□を呼ぶ。
まるで最初からそうだったみたいに呼ぶ。
「○、■■■■■■■■■■!■■■■、■■■~...?」
「□?■■■■■■■■、■■■■」
「■■■!■■■■■!!」
他愛もない会話を楽しんで、一刻一刻と時が過ぎていく。
□は私を■■■だと思ってはいないけれど、とても良くしてくれていた。
「■■■...○=●?□?」
「○=○。●=●」
「...■■■」
世間の□は■■■で、○は別物。●ともまた違う。
それに○や●は少数だから、□はやっぱり疑問に持ってしまう。
「□=○?」
「...×」
「■■、■■■■■■」
「■■」
□は○じゃない。
「■■■■■!!■■~■■■~■■!□!○...□?□?」
別の□だって、言う。
「■■■■。○」
「■■■?○......×!」
「□!」
「□...■■■■」
「○→□!」
「×」
「.........」
だから、結局は受け入れられないから、変わるしかない。
「○......□!」
「○!○!」
「□、■■■」
「○...」
私は○で、□。
---
--- □□□□□□○□□□□□□ ---
--- □□□□□□□□□□□□□ ---
偽の聖人君子
本作品に置いては、いじめの内容が含まれます。
お辛い方はこの時点で戻ることを推奨します。怪文書、ハピエンです。
「おい、逃げるなよ」
主犯の女子が被害者の長い黒髪を強く掴んだ。
悲鳴をあげる間もなく、制服のスカートは切り裂かれ布切れと化した。
それをただ、私は見ていた。
何も言わず、何も出来ずに見ていた。
主犯でも被害者でもないけれど、傍観者ではあった。
私はそれに目を伏せて考えこんだ。
---
聖人君子になりたいと、誰かの為に動くヒーローでありたいと、小さな頃からずっと願っていた。
テレビに映るヒーローはいつも誰かに囲まれて、優しい笑顔を向けながら悪人に正義を説く。
どんな悪人にでも手を差し伸べて救おうとする。
それが悪だとか、正義だとか議論するようになったのは近年に流行り始めたことで結局のところ一つのエンタメであることに変わりはしない。
例えば、本当はヒーロー側が本当の悪でそれを倒しに行くとか。
例えば、本当に悪は本当の悪でヒーロー側がそれを倒しに行くとか。
どっちみち茶番劇に過ぎなかった。
でも、どっちも勇気を持って挑んでいるのも自分の主張を突き通すのも共通していて、小さな頃からヒーローになりたいと願うだけのちっぽけな自分には到底敵うものじゃなかった。
現実社会で悪とするなら、なんだろう。
官僚の天下り、賄賂、児童虐待、障害者差別、高齢者の年金、税金、公害、不登校、いじめ...大量にある。
今もどこかでそれらは起きている。そして、目の前でも起きている。
世界中を見て、日本中を見て、それが起きなかったことなんて一つもない。
分かっていても変わらない無力さに何を語ろうなんて思わないけれど、目の前のことはもしかしたら、変わるんじゃないだろうか。
---
偽善でもいい。偽の聖人君子でもいい。
ただ、ヒーローみたいに、悪人みたいに勇気を出して自分の主張をするだけだ。
裏切られたって、標的になったって、私は私の正義を全うしたのだから誇らしく陰で行動する醜いものなど、それこそ主張だ。
だから、
「なぁ」
対義語の世
何も考えずに読んだら意味分からん!となる話です。
人物の「」の言葉の意味を真逆に捉えて下さい。
「それで、|彼女《彼氏》が|僕《わたし》のことを|そこそこ《すごく》|忘れてて《覚えてて》、|卒業式《入学式》で|別れる《付き合う》ことに|ならなかったの《なったの》!」
かなり分かりにくいように話す友達。彼女は彼、僕は私、そこそこはすごく、忘れるは覚える、卒業式は入学式、別れるは付き合う、ならないはなる...言葉の意味が反対になる非常に面倒な世界である。
「あぁ、それは悪いね。僕も彼女できないかな」
合わせるように言葉の意味を考えながら世の中に適応するように話す。
「えぇ?可愛くないから全然できないよ!」
褒め言葉も一見すれば悪口に見える。
「そうかな。それなら、できないといいな」
---
「で、......は、司法の番人と呼ばれていなく...、弾劾裁判所...」
授業でさえも、無茶苦茶だ。
「ね、ね...西校舎に今行かないでおこう?」
授業中にだと提案する友達には少々飽き飽きする。でも、何があるってわけではないのだから別にかまわないだろう。
「行かないわ」
---
東校舎に入りながら、年季の入った床が軋む音を聞く。
いつからこんな生きづらい世の中になったのだろうか。
「少し新しいね~」
どこがだよ、と思ってしまう。西校舎よりも遥かに古く色褪せ褪せている校舎を瞳に映しているのに思っている言葉が口から出ないのはとてももどかしい。
「いつから、こんな変なことになったんだろうね」
...?
「そんな顔、しないでよ」
...なんだ?この、違和感。どっちだ?
「そのままだよ」
あぁ、そういうことか。
「もう、いいの?」
彼女は「うん」とだけ短く言って、また戻る。
この妙な話し方は私が生まれた頃からあった。昔は所謂、普通だったそうだ。
それが第三次戦争が勃発後、日本語をそのまま翻訳されると敵国に伝わりやすいという理由から戦後の今も受け継がれている。
ただ、それがまだ受け継がれているということは大人たちはそれを受け継がなければならないと考えているから現代の若者にもそれらを強要させる。
そうなると、普通の日本語を使いたくなる若者が出てくるのも当然だ。しかし、出る杭は打たれるという。それを避ける為、人目のない東校舎などが最適だった。
ただ、それだけ。
「おい、東校舎で何してんだ!」
運悪く教師が来るのをしかたがない。生徒の集まりになるのも教師は分かっているのだろう。
「有り難うございます、後で動かないようにします」
「...あぁ、そうだな」
ここで生きていると、よく分からなくなる。自分が何で、何がしたくて、何が好きなのか。
自分自身ですら反対にならなければならないから、とても難しい。
でも、確かに|好き《嫌い》なのは事実だ。
太陽に妬かれた“来訪者”
ノイズ混じりに機械音声なラジオが流れる。
『...市の...にお伝えします。...で、太陽が異常な熱波と紫外線......により人々は〖来訪者〗...怪物.........お近くの......昼に決して......出ないで下さい......不要な外出は...です...』
奇妙なラジオ。そう思って何も考えなかった。
お湯で沸かしたコーヒーを飲みながら昼間の窓の外を見た。
太陽の光のもれる窓に近づいて外の様子を見ようと目を向けた時、皮膚と目が焼けるような音が響き、臭いも部屋に充満して強烈な痛みが走った。
あまりの出来事にすぐにキッチンへ駆け出して蛇口を捻り、熱くなった腕や顔を水に晒す。
「いっ...ぃた...っ...」
熱が鎮まった頃に水からあげると見事に水ぶくれになった皮膚があった。
これがもし、目だったらと考えると怖くて怖くてたまらなかった。
その後は太陽の光や反射光にすら当たらないように水ぶくれになった箇所にガーゼを巻いたりしていた。
そして、夜になって外を見た。外には青白い身体の全体にぽこぽことした水ぶくれのようなものが多く見られ、目が破裂したような跡の空洞と謎の白い液体を垂らす怪物が彷徨いていた。
それが何人も、何人いて凄く怖かった。
やがて、朝になりまたラジオが流れた。昨日より切羽詰まったような声で、機械音声は聞こえなかった。
『…っ、お伝え...本日......〖来訪者〗の特徴...青白い肌......水ぶくれ、空洞の目...人の外見そっくり...化ける...見分け方は......充血した目...不自然に白い歯...土から出...汚れた爪......になります。......お近くの建物に......決して...出ないで.........外出、なんだ、肌おかし...おま......や......!......!!...』
しばらく雑音が響き、最後にはノイズだけが流れた。
よく分からないが、その来訪者とかいうのは昨日、外にいた怪物なのだろうか。
その怪物は人に化けることができる?それが分かるのは充血した目、不自然に白い歯、土で汚れた爪?
奇妙な内容だ。現実的じゃない。デジタルの情報は当てにならない。アナログの情報を目に通さなければならない。
急いで、室内の郵便ポストを覗く。横長に広い空間には燃えたような燃えカスと紙の焦げた匂いがした。
「なんで!?」
情報がない。誰かが嫌がらせに燃やしたのか?何のために?そもそも、こんなに熱い太陽の下でまともに動ける普通の人間なんているのか?
日の当たらないところに座り込み、悩んでいると唐突に床のタイルが浮き、ドリルのようなものが飛び出す。
「......ドリル...?」
そして、続けざまに一人の男性がタイルをどけて現れた。
「どうも、お隣さん」
少し土がかかった金色の長髪を垂らした20代後半ぐらいの華奢な男性だった。
「...あの...どちらさまで...?」
「忘れたんですか?___ですよ。以前、ご挨拶したじゃないですか」
「___さん、ですか?あの隣の...」
「ええ、そこの長男です」
「すると、他の方はどちらに?」
「それが、ラジオを信じずに父と母は出掛けておりまして...弟は無事なんですよ、ちょっと待ってて下さい」
「はぁ、それは...その、お気の毒に...」
「いえいえ、明日の昼に帰ってくると思いますから...また明日、来ますね。ああ、この新聞、いります?ガスとか電気は大丈夫でしょうけど、情報はラジオ以外入ってきませんから」
「ああ、はい、どうも...」
笑顔で踵を返し、穴へ帰っていく男性を見送り太陽が強く光輝く外を見る。
植物は荒れ果てて荒野になっているが、遠くの都会の町の電灯がついていることがよく分かる。
おそらく、人は確かにいるのだろう。
そう結論づけて渡された新聞に目を通した。
---
〖太陽の下に現れる?“来訪者”!〗
某月某日、某市に位置する研究所にて太陽が急激に熱を放つことが観測された。
また、強い紫外線、熱波により人間は肌が青白く水ぶくれが身体中にあり、化けることが得意になる“来訪者”へ進化を遂げると論文が発表された。
来訪者は人間に敵対的で非常に好戦的であり、一度進化すると太陽による被害を受けない。
しかし、完全に化けることは不可能で目は充血し、不自然に白い歯がある。
日中は土の中で過ごすことが多い為、土で汚れた爪でいることも特徴の一つである。
また、デジタルカメラで撮ると来訪者のみが写真に歪んだように写ることもあるらしい。
被害としては、
▪通常の人間を襲い、皮や服を剥ぎとりなって代わる(化ける)
▪家に一人でいる、または一人でいることを伝えると家に押し入る
以上であるが、前述の特徴から来訪者だと思われるものが入れば即刻、殺害に至ることが推奨される。
一度、外出から帰ってきた者や家へ入ろうとするものを確認してみるといいだろう。
対処法は以下の通りである。
▪前述の特徴に一つでも当てはまる者を殺害する
▪家に一人でいることがないようにする
▪鍵や窓を施錠し、バリケード等を立てておく
▪銃器や刃物を身の周りに置き、来訪者と疑いのある者の付近には置かないようにする
▪政府が派遣した特別調査隊の召集を待つ
(特別調査隊〖ネクローニ〗は来訪者の駆除や人間の保護を目的とした団体。保護できる人数は限られている為、訪問時には一人ずつの召集しか不可能であることを覚えていただきたい)
---
おおよそ、自分が知りたい内容は書かれていた。そのまま新聞を読み漁っていると、いつしか辺りは暗くなり外には星が見えていた。
その星を見ようと外に目をやり、気づく。今まで見たより小柄の来訪者がこちらに向かって気味悪く微笑んでいるのだ。
その不気味さに視線を逸らして、すぐに窓に鍵を開け、玄関扉へ急ぐ。玄関扉の覗き窓を覗いた。
そして、扉のノックするような音と共に先程の小柄の来訪者がこちらも覗き窓を覗いていた。
瞳のあったはずの空洞から垂れた白い液体のようなものが付着した唇を開いた。
「今...ひ、独り、ですかぁ?」
答えようとして、読んだ新聞の内容が頭の中で反響した。
一人でいてはならない、一人以上でいなくてはならない。一人だと家に押し入られる。
なら、どうする?来訪者に目はないように見える。きっと、家にいるのが一人なんて分からない。
「...二人、です」
その言葉に来訪者が扉のノブをガチャガチャと回し始めた。
「独り、ですよねぇ?」
「ひ...二人です!」
「独り、だろ?」
だんだんと声が高く、女性や男性、子供の声が入り交じったように独りであることを訊いてくる。
きっと、バレている。そう考えて近くの銃器を取った。レミントンM870のような散弾銃だった。
ノック音が激しくなる中、銃器を肩にしっかりと押し当てて扉が開かれるのを待った。
その頃にはノック音は止んでいて不信に思いつつもうっすらと足音が聞こえるのを頼りに待ち続けた。
10秒。
30秒。
1分。
5分。
少し時間が経ち、肩から銃器を下げた途端に窓から来訪者が窓の破片を飛び散らせながら入ってきた。
銃器を構える暇もなく、押し倒され掴んでいた銃器を奪い取られる。
そのまま、銃口が口に入って_
---
玄関へ続く廊下に脳みその破片が硝子の破片と一緒に飛び散った男性の遺体がある。
燃えるような赤毛に端正な顔立ちをした男性。昨日の昼に自分が掘った穴から出て、話した人だった。
少し黒ずんだ血に触れて後ろにいる弟に声をかける。
「気をつけろよ、窓の破片が散ってるから」
何も答えなかった。弟は一昨日、夜に出掛けたきりで昨日の夜にやっと帰ってきたばかりだった。
疲れているのだろうか。だとしても返事の一つくらい欲しいものだ。
「そういえば、昨日はどうやって帰ってきたんだ?他の家にでも泊まってたのか?」
やはり、何も答えなかった。
弟は帰ってくるなり土で汚れたような爪で晩飯につき、太陽でも見てしまったのか目が充血していた。
歯を磨く時なんかはそこまで汚れていない綺麗な白い歯をしっかりと磨いていた。
あんなに白い歯をしていただろうか。
それに...あんなに青白い肌をしていただろうか?
弟に何かを聞こうと振り向いた時、肌が青白く腕に水ぶくれのようなものができた弟だったはずのものが床に落ちた銃器を拾っていた。
直後に、銃声が閑静な家の中に響いた。
没シリーズの〖|Visitor of the midnight sun《白夜の来訪者》〗という名前のホラーミステリー、グロテスク怪物モノです。
そちらを設定が凝られすぎる、舞台が主人公の家しかない、一時期流行ったドッペル尋問間違い探しホラゲーの二番煎じという点から没になりました。
作品としてはそこそこなので〖地獄労働ショッピング〗にでもサイバーワールドや学園生活要素を本作同様、消費者の能力として載せるつもりです。
お読みいただき有り難うございました。
たった一つの小さな国の中で
たった一つの小さな世界で目を覚ました。
僕だけのたった一つの小さな世界。
たった一つの小さな世界の中のたった一つの小さな国。
僕はたった一人で、それ以外誰もいなかった。
何もいなかったけれど、だんだんと大きくなって色んな人が来るようになって、いつしか僕はそこの王様として君臨した。
誰かは花を咲かせた。誰かはお話をした。誰かは空を見た。誰かは夢を語った。
そんな世界の中で僕だけはたった一人。
---
「僕の国は、僕だけなの?」
幼い頃、まだ僕以外何もなかった頃にそう訊ねたことがある。
それでも誰かが「何も知らない内は君だけのものだよ」と教えてくれた。
そう教えてくれた人が僕を愛しそうに撫でて、僕の国を大きくしたのを覚えている。
「僕の国が、大きくなっていくのは何でなの?」
幼い頃、国が大きくなった頃にそう訊ねたことがある。
それでも誰かが「何も知らないことが、君にとって少なくなったからだよ」と教えてくれた。
そう教えてくれた二人が僕を愛しそうに撫でて、僕の国に人を招いたことを覚えている。
「僕の国に、人が増えたのは何でなの?」
幼い頃、国に初めて人が増えた頃にそう訊ねたことがある。
そうでも誰かが「君がそれを人だと認識したからだよ」と教えてくれた。
そう教えてくれた二人が僕を愛しそうに撫でて、微笑んだことを覚えている。
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|この子《僕》だけのたった一つの小さな世界ができた。
|この子《僕》だけのたった一つの小さな国が生まれた。
たった一つの小さな世界と国は、大きくなって、人を招いて、成長した。
ただ、今はたった一つの言葉を。
《《生まれてきてくれて、ありがとう》》。
ある四兄弟の育児日記
母が亡くなった。
父からの突然の報せだった。
なんとも言えない喪失感が四兄弟の中で駆け巡った。
兄として、それをまとめねばと責任感に真っ先に駆られて母の遺品整理を他の兄弟と共に行った。
母の個室へ入り、手付かずに物の散らかった室内を見渡す。
母が寝ていた布団はほんのりと暖かいようで、亡くなったことが信じられなかった。
布団の周りには家族写真や母の愛読書、コレクションなど様々なものがあった。
その中で一つの日記を見つけた。パラパラと紙を捲っていく内に一つの|頁《ページ》が目に止まった。
---
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某月某日、晴れ。
顔も体格も全く同じ四兄弟が一斉に走り出し、服も全く同じだったため、誰が誰か分からなくなってしまった。
名前を呼び掛けても全員が反応する。
長男の|華月《かづき》を呼べば他の兄弟である、二男の|観月《みづき》、三男の|皐月《さつき》、四男の|伊月《いつき》も含め呼びに応える。
困ってしまってパパに相談すれば、「全員が全く同じ顔をしているのだから、誰が誰でも大丈夫だろう」と言われた。
今度から、それぞれに違ったタグや服を先につけておこうと思う。
---
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この頁を最後まで見た時、悪寒が走った。
僕は本当の長男である華月なんだろうか?
僕らは大人になっても全てが同じだった。
性格も仕草もコピー人間のように同じで、唯一違うのは服装だけだった。
それで、皆が区別できたし、僕らもそれで満足だった。
けど、この日記。母が残した、日記。
もしかしたら、華月は今の伊月で、観月は今の皐月で、伊月は今の観月で、皐月は今の華月だったりするのだろうか。
今の今まで、長男として、二男として、三男として、四男として過ごした時間と記憶や思いが全てひっくり返されたような気がした。
自分が長男の華月であることを否定するわけではないけれど、もしそうなら兄弟たちはどんな反応をするのだろうか。
喜ぶ?笑う?悲しむ?困る?...いや、ただ、呆然と何も言わず悲嘆に暮れるだろう。
そもそもどこからが兄で、弟なんだろうか。
生まれた日は一緒だったから、生まれた時間か、成長した後に性格から上下が決まったのだろうか。
でも、なぜだか、始めから兄弟としての関係は確立していた気がする。
だからかえって、これを覆されると怖いような違和感が永遠と胸に残る。
この日記は後で燃やした方が良いだろう。
兄弟、という関係を守る為にも。
でも、僕は兄弟の中の誰なんだろうか。
作品のポイント:突然の吉報による喪失感、存在の否認
要望:可能でしたら、海鳥と貝殻を主軸とした小説を見てみたいです(ジャンルは問いません)
@echo off :LOOP echo loop goto :LOOP exi
〖←↗↓↑↙→↘↗←〗
メモに書かれた方向をコントローラーで操作して3Dキャラクターの背中を見ながら動かす。
何も起こらない。当たり前だ。
〖←↗↓↑↙→↘↗←↑←→BA ↓↑←BA →←BA〗
ボタンを織り交ぜてコマンドを打っていく。何のコマンドかは分からない。
ふと、打っている内に〖最強のコマンド〗が頭から出てくる。
自分が打ったコマンドはそのコマンドではないけど、なんとなくそうであると良いと思いながら無駄な作業を一つの望みにかけて打っていく。
〖←↗↓↑↙→↘↗←↑←→BA ↓↑←BA →←BA↓↓↓↓←←←↗↗↖↙→↘XYY〗
〖↓↓→↑↖↙↓↙↑←↗↘↓→→↘↓↙↑↖↙↑A↖BA↓↓Y↑←↓↗↑↙↘→↑〗
だんだんと指が疲れてきた。
〖↘↘↘→↖↖→→→↖↖↖→↖↖→↑↑→↖←↘↙↙↗↖→←↑←←↙↗↗↓↓〗
もうそろそろ、終わりに近づいた辺りだろうか。
ふと、画面を見て打ったコマンドを確認した。
コントローラーを持ってひどく疲れた自分の姿を瞳の中で見た。
そして、その自分の姿を映すキャラクターの近くで見える瞳を見た。
何も起こらなかった。
---
じっと、ひどく疲れた姿をした人物を瞳に映す。
ごちゃごちゃと自分の身体が動いて最終的にxxxxの方を見た。
何をしているのだろうと自分の意思では決して動かない身体の中で、唯一動く頭の中で疑問をもった。
その疑問を介して、人物の奥を見た。
同じ顔、同じ背格好、同じ服装でコントローラーを握る自分が同様にいるだけだった。
それを確認すると、顔が強制的に前へ行き画面の方へ向き直させられた。
そこにも、やはり同じ姿の自分がコントローラーを握って画面を見ていた。
そのキャラクターの先も同様だった。
また、コマンドを打つだけの手が動き始めた。
可哀想の偏見
目が見えない。
足がない。
上手く言葉を伝えられない。
女の子、男の子として生きたい。
普通でありたい。
誰かが、これを異質だと見て、最終的に可哀想だとか辛そうだとかそういった偏見を持つ。
それがとんでもなく虚しくて悲しくて、そう思われる度に「可哀想」に嫌悪感を抱きつつあった。
可哀想だと思われたいから、こうなっているわけじゃない。
ただ、そういう風に生まれたから、こうして隠さずに我を貫いているだけだった。
盲導犬を連れていると誰かは《《異質の私》》に気づいて手を差し伸べてくれる。
でも、私は《《普通の私》》でありたい。
「いえ、大丈夫です。でも、有り難うございます」
見えにくい瞳で顔だけが真っ黒の声の主にお礼を言って優しく断る。
盲目でも、全員が完全に目が見えないわけじゃない。
一人一人の性格が違うように、人によって中央だけが真っ黒だったり、白い点々がずっと浮かんでいて見えにくいだけだった。
それでも手を差し伸べてくれるのは嬉しかった。
---
ある時、友人と話をしていて、テーブルの下で伏せの態勢でいた盲導犬に気づいたのか年配の女性が話しかけてきたことがある。
「あら...貴方......その歳で大変ね、これ、少ないけど使ってちょうだい」
悪気の無さそうな明るい声でじゃらじゃらと音の鳴る小銭を数十枚、強引に手渡された。
その女性が去って、見えていた友人はこう言った。
「君だけなんて、ズルいよ!」
友人は目は見えているし、身体的な障害はない。強いて言うなら、自分の性別は女性だけども、恋愛対象が女性なことくらいで私的には普通だった。
「ズルいって言われても...小銭、欲しいの?」
「欲しい!だって、座ってるだけで金貰えるんだよ?!」
長い金髪を揺らして興奮気味に異を唱える彼女になんとなく違いを感じて嬉しくなる。
可哀想だと思われることが多かった。
彼女のように「ズルい」なんて言われることは初めてだった。
つい、笑みが溢れて下にいる盲導犬の振られる尻尾が足に触れた。
向かいの彼女からは素っ頓狂な声が漏れた後、怒ったような声がした。
どうにもそれが嬉しくて、彼女の傍では《《普通》》でいられるような気がした。
8月6日の空の下で
その日は慌ただしかった。
遠くで閃光のような光が輝き、直後に物凄い轟音と風が響いた。
その後、キノコのような黒雲が発生した。
今まで見た空襲よりも凄まじく悲惨なものだった。
---
数日が経って、とんでもなく多くの負傷者が運び込まれた。
少しでも役に立とうと、何の外傷もないお腹が減っているだけの身体を馬車馬のように動かし続けた。
真っ黒な焼けた地面にぽっかりと草の剥げた地面が人型にぽつぽつとあった。
そこに人がいたのだと感じられた。
真っ黒になった瓦礫の下で小さな黄色い蒲公英が生えているのを見つけた生き延びた女児が兄と思われる男児と笑いながら涙を溢しているのを見た。
何も出来なかった。何かをしたくても、全て燃えていて、どうすることもできなかった。
真っ黒に焦げて今にも崩れそうな学校で時計を見つけた。
針はずっと、午前8時15分を指して、決して動くことはなかった。
真っ黒に焦げた人型の遺体のようなものを見つけた。
お腹に黒焦げた小さな子供を庇うような形でうずくまっていた。
近くには川があり、橋の下で黒焦げた人型が何十人と浮かんでいた。
河川敷に捨てられた弁当箱は鉄だというのに、ひしゃげて焼け焦げていた。
防空壕の中に真っ黒な遺体がぎゅうぎゅう詰めになっているのを見つけた。
辺りには色々な混ざった異臭が立ち込めていた。
「水が飲みたい」という弱った女児に泣きながら、名前も知らない男性が水を手渡した。
すぐにその男性は他の人に厳しく叱咤されたが、
弱々しく受け取った女児の「ありがとう」という言葉にその場にいる全員が涙を流した。
その後、例の女児が亡くなったと報告を受けた。
不思議と悲しみより、何故かこれで良かったのだという気持ちが沸き上がった。
---
真っ黒だが、逞しい花が生え始めた地面に腰を下ろし、やけに綺麗に晴れた青空と在りし日の父の偉大な背中のような大きな白い入道雲を見つめた。
終わりが近いと感じざるをえなかった。
そう思っていた。
---
8月9日、午前11時2分。
期待は打ち砕かれた。
---
---
お悔やみを申し上げます。
ラムネ瓶に映る夏
からんと音がして、ラムネの硝子玉が鳴った。
ラムネ瓶は冷たくて中の炭酸がしゅわしゅわと音を立てる。
からん、からん、しゅわしゅわ、からん、からん、しゅわしゅわ。
どうにも心地好くて夏の暑さを逃れようと耳を立てた。
ぴったりと頬に瓶をつけると、ひんやりとした冷たさが音も相まって心地好くなった。
「なに、してるの?」
不意に切られた西瓜を持って立っていた|千夏《ちなつ》に話しかけられた。
僕は少し驚いたけれど、すぐに口を開いた。
「ラムネ瓶の...音を、聞いてたんだ」
「ラムネの?...聞かせてよ、面白そうだし」
千夏が西瓜を置いて、僕の隣に座る。
ふんわりとしたシャンプーの匂いが鼻の鼻孔をくすぐった。
そのまま彼女が僕の持ったラムネ瓶に耳を当て、聞く。
顔が紅潮するのを感じた。
からん、からん、しゅわしゅわ、からん、からん、しゅわしゅわ。
「...良い音色だね」
そう言って彼女がラムネ瓶から耳を離して、微笑んだ。
「顔、真っ赤だよ。暑いもんね」
「あ、ああ...そうだね」
「西瓜、先に食べてて。氷入れた飲み物取ってくるから」
「...分かった」
千夏が席を立って、足音が離れていく。
僕はよく冷えた西瓜をとり、赤い果実に思いっきり噛りついた。
塩が振られていたせいか、塩味と甘味が口の中いっぱいに広がった。
喉の奥に冷たいものが流れていく。
それでも、僕の頬の赤さが冷えることはなかった。
暑いね、滅びろリア充
777
※援交の描写が含まれます。
本作品は、そのような行為を推奨するものではありません。
朝イチに入った新台に座り、嬉々として遊び始めた。
平凡な人生の中で様々な色に光り輝く台が人生の中の光のように見える。
ずっとそれだけが光だった。
両親はろくに働かず、弟や妹を作ってばかりで全てをこちらに任せていた。
それが当たり前だった。
目の前の台は確変になっているようでオヤジ打ちをしていたが思いがけず大当たりしたようだった。
ふと、周りを見ると新台でカニ歩きをしている男性が一人いた。みっともないと思うが、自分が言うことではないだろう。
すぐに魚群が通り、期待で胸を膨らませる。
やがて、大量のコインを筐体が吐き出した。
別の台へ座り、目押しをしようとボタンに手をかける。
オスイチを成功させたことはないが、できたら良いことだろう。
回る数字を見ながら、先程の男性を見た。特に何もせずに台を続けている。
画面に顔を戻し、見て急いでボタンを押した。
速く回っていたのがだんだんと遅くなり、一定の数字で止まる。
--- *〖 7 7 7 〗* ---
ラッキーセブン...大当たりだった。
心の中でガッツポーズをして、男性の方を見る。そちらも同様の値だった。
良いものを見つけた。
---
男性が店を出たのを確認して人気の少ない道で声をかけた。
「お兄さん」
呼ばれた男性が振り返った。黒髪に黄色い瞳をした20代前半くらいの若い男。
その男性の服の裾を掴み、上目遣いで自分がやれることを話した。
初めは戸惑っていた男性も聞いている内に乗り気になり、連絡先を交換することができた。
---
〖円光希望〗
〖本番NN〗
〖ゴ無〗
〖最高@5、最低イチゴ〗
〖ホ別〗
〖51〗
〖F〗
〖JOJO〗
〖撮影〗
〖dk〗
---
そんな言葉を並べ立て男性を誘う。
〖緑〗のチャットアプリはとても便利で、自分の商売道具だった。
たとえバレていたとしても、本番に持ち込んでしまえば問題ない。
約束された場所へ行き、男性がシャワーに入っている間に財布から現金を取り出す。
少し臭いようで、五万ほどしか財布に入っていなかったが、メリット無しに貰えるのだから安いものである。
シャワーから出てくる前にホテルの扉のノブに手を伸ばした直後、別の男性が驚いたような顔をして何やら重そうな箱をもって立っていた。
「...あ......」
自分が手にしている現金を見てすぐに状況を把握したのか、すぐにこちらの手を強く掴んだ。
そして、厳しい顔で見下ろすとシャワー中の男性の名前を呼んだ。
その手を強く掴んだ男性が着ているジャケットに*〖 7 7 7 〗*の黄色い数字。
この時はアンラッキーセブン...大外れだった。
HAPPY HELP
女の子が小さい時に憧れる、魔法少女。
それに昔から憧れていた。
だから、それになれた時...凄く喜んだのを覚えている。
---
「...これで...終わり?」
地面に突っ伏して動かない|怪物《敵》を見下ろして、隣にいるはずの黒い布を纏い、ぬいぐるみのような姿の|ラパン《パートナー》へ問いかけた。
ラパンは何も言わず、ただ、ひょろひょろと浮かびその怪物を触る。
「...確かに、倒せたみたいだ。おめでとう、|一華《シヴェラ》。君一人で、よくここまで...もう世界が滅亡する、なんてことはきっと、そうないよ」
「......そう」
地面に倒れた|死体《怪物》の名は、|ドラヴィラ《悪夢の魔女》。妖艶な美しさと悪夢のような幻術を使用していた敵の黒幕だった。
ドラヴィラのかつて美しかった面影がどこにもなく、頭は頂点からかち割れ、青い血がだらだらと流れている。そして、足や手には多数の切り傷があり腹部には抉れたような痕が青痣になって破れた服から見えている。
一華が桃色の星を飾ったようなステッキを振るって、ついた血を払った。
青い血は綺麗な桃色のドレスや髪、肌にまとわりついている。
取るにはどうしたら良いのだろうか。
不意に遠くで腰を抜かしていた一般市民が目に入った。
紺に近い黒髪に、青い瞳をした一人の少女。特にこれといって変わったことはない。
ラパンが彼女を見ていたことを除けば、だが。
「...もう、終わったよ。安心していいんだよ」
彼女に向かって優しく声をかけた。
彼女は真っ青に染まった私を見て、怯えたような瞳のまま逃げるように駆け出した。
何故、逃げられるのか、よく分からなかった。
「...あらら...」
ラパンが後ろから情けない声を出した。
---
世界は、確かに平和になった。
通勤、通学中に怪物に襲われることもなくイベントが怪物によって潰れることもなく、魔法少女が建物を壊すこともなかった。
誰も、辛い思いをすることも、悲しい思いをすることもなかった。
誰も、死ぬことはなかった。
誰も、魔法少女を必要としなかった。
通学中に友人が「魔法少女って、まだいるのかな」と言われた。
目の前にいるだなんて、言い出すことはできなかった。
ラパンが久しぶりに「怪物が出た」と騒ぎ立てた。
こんな平和な世界にまた出たなんて信じられなかった。
---
「...ねぇ、本当に怪物がいるの?」
「失礼な!僕は外したことがないんだよっ?」
自信満々に胸を張るぬいぐるみのような獣。その言葉を信じて、とても人がいるとは思えない森の中を一人...いや、一匹と一人で歩いていた。
やがて、確かに悲鳴が聞こえた。その悲鳴に導かれるように自然と身体が動いた。
「|一華《シヴェラ》!聞こえたっ?今の!ほら!僕は正しかったんだよ!」
「...そうだね」
急いで足を進めて見えたのは身を寄せあって悲鳴をあげる登山者の女性二人と、人の背丈ぐらいある熊がその二人を襲おうとしている場面だった。
「なぁんだ、クマさんかぁ...あ_」
ラパンが後ろでそう言った。その後に何かを言い終わる前にステッキを振って、熊の首をはねた。
力の加減を間違えたのか、登山者の一人の右頬がうっすらと切れ、赤い血が吹き出す熊の身体と対比して登山者の頬から血が滲み出した。
それだけに止まらず、熊の獣臭い血を全て被ってしまった。
雨のように降り注ぐ血を見て、放心する二人の登山者の方を見た。
二人も確かに血を被っていた。
「......大丈夫ですか?」
そうできるだけ、優しい声色で語りかけたが二人共、あの少女同様に怯えたような、恐ろしいものでも見たような瞳で一目散に逃げ出した。
その日は、結局、怪物なんてものは出なかった。
---
あの出来事から一週間が過ぎてテレビでは魔法少女の存在価値や全うする正義の在り方、人間に手を出したなどというニュースが飛び交い、議論されていた。
やがて、どこかの記者が魔法少女が誰で、何者であるかという話題を持ちかけ、身元を発見したそうだ。
それが原因だったのか、今まで見向きもしなかった大人や子供達が魔法少女の存在を追求する...いや、自分が有名になりたいがためにそれを糧として探し始めた。
私は議論された頃から社会に赴くことは少なくなったため、特に影響はなかった。
---
あまり目立たないような服装で帰宅中に道路に飛び出した子供の為に即座に変身して、トラックを止めた。
以前は運転手が謝ったり、助かった子供や見ていた大人が感謝の言葉を伝えた。
それが今は運転手も見ていただけの大人もスマホをこちらに向けて写真や動画を撮っていた。
助かった子供ですら、感謝の言葉を伝えるどころか...「化け物だ」と罵った。
天地がひっくり返ったような気持ちの悪さと、喉の奥から何かが上がってくるのを感じた。
---
何を助ければいいのか分からなかった。
怪物が敵だとラパンにそう言われたから、怪物は悪いものだとラパンにそう言われたから、
周りの皆が怪物を倒したら、誉めてくれたから、それで良いのだと思っていた。
全部が全部、正しいことだと、正義であると信じていた。
全てが幸せに行き着くと思っていた。
しかし、幸せは私が思っている幸せではないようだった。
私が今まで信じていたものは全く違う何かであると分かった。
それなら、それを作り変えてしまえば良いと、心配そうにこちらを見ながら綺麗事を吐くラパンの耳を引き千切るようにして自分から遠ざけた。
今の幸せから、皆を助けようとしていただけだった。
ただ、それだけだった。
---
---
怪物がまた、暴れ始めた。
怪物に見つからないように逃げ惑う中で耳の千切れた黒い布を纏うぬいぐるみのようなものと出会った。
それに「魔法少女になってほしい」と願われた。急いで頷くと紺に近い黒髪が淡い青色になり憧れていた可愛らしいドレスやヒール、ステッキが手に入った。
気分が高なるのを感じたのと、ラパンというパートナーに世界の命運と人類の幸せを握らされたことに緊張するほかなかった。
ただ、今は前を向いて以前見た魔法少女のような正義を貫けることに嬉しく思う気持ちが強かった。
「さぁ、|陽菜《ホープ》!|■■■■《幸福の魔女》を倒そう!そして、君が世界を救うんだ!」
ラパンのその瞳に桃色の髪をしたパートナーが映った。
---
〖気が向いて作った本編のキャラクター外見〗
碧峰 一華 (しま式魔法少女メーカー 様)
https://cdn.picrew.me/shareImg/org/202507/2092578_1nNLHxze.png
月里 陽菜 (しま式魔法少女メーカー 様)
https://cdn.picrew.me/shareImg/org/202507/2092578_6G2449zv.png
ラパン (獣悪魔メーカーだった 様)
https://cdn.picrew.me/shareImg/org/202507/926_BVafBTEh.png
ドラヴィラ (しま式魔法少女メーカー 様)
https://cdn.picrew.me/shareImg/org/202507/2092578_NxO7YrV2.png
大賞の要望:無し
賞をいただけると思っていなかったものですから、それだけでも十分過ぎるほどに有り難いかぎりです。
誠に有り難うございます。
腐縁結びのキューピッド
「見事に《《縁無し》》だね!」
頭に天使のような光輪をつけ、後ろ手に白い羽が生えた白髪の眉目秀麗な男性が路地で猫を撫でていた俺に向かってそう告げた。
「...は?」
「だからぁ、《《縁無し》》!」
「いや、そうじゃなくて...お前、誰だよ?」
「ん?ああ、僕?僕はね...イシュタル・イナンナだよ。その、縁無しの君の名前は?」
「縁無し、縁無しってなんのことだよ...俺は|八雲《やくも》|馨《かおる》だけど...」
「馨君ね!僕はイシュでいいよ!」
「イシュ?...ああ、分かった。何かの番組の企画なんだろ、どこの企画だ、言ってみろ」
「企画なんかじゃないよ、僕は_」
その男性が次に口にした「天使」という言葉に納得してしまった。確かに後ろの羽や頭の光輪を説明づけるには天使というのは非常に便利だ。
だからといって、このイシュタル・イナンナという男が何者であるかは曖昧なところである。
「天使?......あー、そう...じゃ、縁無しってどういうことだよ?」
「それはね、君が女性にも男性にも運命的に繋がれないってこと!」
「...は?」
「運命の赤い糸って、知ってる?」
「そりゃ、まぁ、もちろん...運命の人とは、赤い糸でお互いに結ばれてるってやつだろ?」
「そう、それ!それが君にはないってこと!」
突然、何を言い出すのか、この男は。
これは単なる変質者の類いだと話の腰を折って、逃げようとした瞬間に例の男に強く腕を掴まれる。
「なんだよ、放せよ!」
「まぁ、まぁ...その縁無しの君に少し頼みがあるんだよ」
「縁無しに頼みってなんだよ?!」
「君の家のWi-Fiのパスワード、教えてくれない?」
---
「それで、何の用だよ?」
人外めいた部分を隠したイシュタルが人の携帯を嬉しそうに弄っている。
画面をよく見ると、書籍の販売ページのようだ。
先程、色々と教えたせいか既に使いこなしていた。
しかし、ずっと弄っていてこちらの声は聞こえていそうにない。携帯を触る手を掴んで、顎ごと顔をこちらに向かせた。
その嬉しそうにしていた顔が更に楽しげで、にやついた顔になる。
その顔について呆れるように口を開いた。
「...なんだよ、何笑ってんだよ」
「いや、別に?...有りだなと思って」
不意に携帯の画面を見た。
何やら、二人の男性が映る表紙だが、それはどこか恋愛漫画のようで重々しい雰囲気があり、わざと崩されたタイトルには、
「ヤン......デレ、な恋人...と...?」
「〖ヤンデレな恋人と僕のxxxx監禁日記〗だね。読む?」
「読まねぇよ、なんだその同人誌。癖が穿ってるだろ」
「えぇ?例の恋人が『僕』を監禁する独占的な愛なのに?」
「...知らねぇよ。んなことより、人の携帯で同人誌なんか買ってる暇があるならさっきの話_」
「ああ、それはもう終わったよ。回線が悪かったからWi-Fiのパスワードを教えて貰おうと思ってさ。それに...」
「それに?」
「縁無しの君なら、中々相手が見つからないだろうなと思ってね」
「.........余計なお世話だ。というか、お前、天使なんだろ?キューピッドの矢とかそういうので...相手を探したりできないのか?」
そう俺が言うとイシュタルは目を丸くした後にすぐに笑った。
「無理だね。キューピッドの矢って言っても、お互いが運命的な相手じゃないとハートは射抜くことはできない。
運命的ではない...そうだね、赤い糸では絶対につながらない相手と射抜かれても、すぐにその糸は切れちゃうんだよ。
つまり、君の周りにはその糸がすぐに切れる人しかいない。
だから縁無しなんだよ」
「......それは......」
「でも、男性なら君、うっすらとあるよ!本当にうっすらとだけど!」
「それ、誉めてないだろ。つか...男に興味ないし...」
「それだったら、君...一生、独身だよ?男性とくっつくか独身になるかの二択しかないよ?」
「...女性とくっつくっていう選択肢を作るのは...?」
「無理!絶対に無理!あり得ない!地球が今すぐに滅亡するっていう可能性くらいにはない!」
何もそこまで言わなくてもと思ってしまう。
「それに、僕...男性と男性のカップルしか、作らない主義だから!」
その言葉に自分の抱いていた女性の恋人というところが見事に打ち砕かれたような気がした。
---
「へへ...良いね、ここ。たっくさん人がいる!」
イシュタルが嬉しげにそう言って、花が咲いたように笑う。
右手は腕に宿した弓を持ち、左手は先がハートになっている弓矢を添えている。
何をする気なのだろうと黙っていると、突如としてその弓矢が放たれ、注文を取ろうとしていた店員と近くで珈琲を飲む客の胸を貫いた。
「おまっ...!なにして...?!」
「まぁ、まぁ。見ててよ」
矢を放った張本人を問い詰めようとして、制止され促されるままに先ほど貫かれた二人を見る。
互いに目を合わせ、顔を近づける二人。
何をするでもなく、じっと互いを見続け、やがて_。
「「...好きです」」
お互いに声を合わせるようにして、そう呟いた。
そのまま客の手が店員の顔に伸びて、近づかんとした瞬間に俺はそれを見ていた目を一気に逸らした。
「おい!なんだよ、あれ?!」
そして、小声で怒鳴り散らすようにしてイシュタルへ問いを投げる。
「なにって...カップル成立?」
「両方、男だぞ!」
「うん。素敵なカップルじゃん。どっちがタチで、どっちがネコなんだろうね、あれ」
「タチ?ネコ?...んなもん、どうでもいい!なんなんだよ、その弓矢!」
「え?キューピッドの矢だけど。君が望んでたやつだよ」
「そんなキューピッドの矢は望んでない!」
隣で喚く俺を無視して、イシュタルは良い絵と言わんばかりに写真を撮るような真似をする。
そして、満足げに店内の椅子に座り、メニュー表に手をつける。
「ねぇ、馨君は何がいい?」
「…チョコレートケーキ」
「OK、甘えん坊で犬系だけど夜は死ぬほど強い猛犬系黒髪彼氏ね」
「言ってない。つか、それお前の好みだろ…」
「良いじゃん、嫌い?」
「男じゃ勃たない」
「向こうが勃てばいけるよ」
「冗談だろ」
結局、そのまま注文は双方ともチョコレートケーキに決まり、食べた後に軽く話しながら帰路へつくことになり、いつもの路地の道を通る。
空は明るい橙色に染まり、カラスが鳴いている。
特に何も変わらない帰路。隣にイシュタルがいないかぎりは。
「…なぁ、うっすらとある男性の糸って今のところ、どうなんだ?」
ふと、気になった一言を思い出し、イシュタルへ質問を問いかけた。
決して藁にも縋る思いで聞いているわけではない。
「結構消えかかったり、現れたりしてる。多分、向こうの思いが不安定なんだと思う」
「向こうが不安定って…なんだよそれ」
「君が今のところ、認識してないからだよ。認識するか、或いは_」
「或いは?」
「……………」
「イシュタル?」
「一回、目を閉じて耳を塞いでてよ」
「そりゃ、なんで急に?」
「いいから」
疑問を抱えながら、言われた通りに目を閉じて、耳を手で塞ぐ。
真っ暗で何も聞こえない世界がしばらく続いた。
---
馨が目を閉じて、耳を塞いだのを確認して後ろを振り返り、電柱の近くでこちらを伺うフードを目深に被った男性を見た。
男性はフードで容姿が見づらいものの、かなり端正な顔つきで体格も良いが、どこか不安そうな表情を浮かべている。
手にはスマホと定番のスタンガンが握られ、部類的には僕の大好物だと分かる。
その大好物を安心させるように最適な言葉を僕は口から絞り出した。
「…大丈夫だよ、取らないから。君のものだから」
そう伝えた直後、彼はひどく口角を歪ませ、そのまま走り去った。
きっと、もう安全だと判断したのだろう。
素直に言われた通りの行動をしたままの馨に「もういいよ」と始めに耳を塞ぐ手を外した。
「…何かあったのか?」
「いや?うるさい選挙カーが走ってただけだったよ。家に帰ろうよ、頼んだやつ届いてるかも」
「勝手に頼むなよ…」
呆れた顔をした馨の手を僕は見た。
消えかかっていた赤い糸は、馨の手から離れるにつれて太く、硬くなり、一方的な束縛と独占欲を感じられる。
明確になったこの赤い糸が馨からも強くなるのは、そう遠くないのかもしれない。
百合が書きたくってェ…
追記:一緒 → 一生
誤字のご報告を有り難うございます!
一本!
剣道。
それは、日本古来の剣術を竹刀稽古とした武道である。
端から見るとかっこいいとか、凄いとかそんな感想を述べられるものの一つではあるが、その実態は鎧の中に汗だくになった男子や女子がいる。
しかし、その鎧の中で汗だくになった美少年がいるとしたら?
それに当てはまるのが俺の幼馴染みの友人だった。
暑く熱のこもった体育館の中へ入り、神様が贔屓したのかと考えてしまうほど、なびくような黒髪に醒めたような黒い瞳。
眉目秀麗な顔立ちに負けず劣らず、お互いに美しさを放っている。
|城村《たちむら》|隼人《はやと》、それが例の美少年の名前だった。
「...隼人!」
竹刀が風を切る音や呼応に負けない声量で彼の名前を呼んだ。
名前を呼ばれた彼が不意にこちらを振り向いた。
とても、嬉しそうな顔で微笑んで、「正樹!」とこちらも名前を呼ばれた。
|根古井《ねこい》|正樹《まさき》。それが、俺の名前である。
---
「なぁ、正樹...お前も剣道部に入れよ、下手でも大丈夫だって!」
「あー...いや、俺は...」
いつもと変わらない優しい声色で、いつものように部活へ誘う友人の顔を見ながら曖昧な言葉を口から流した。
何も、剣道部や他の部活が嫌いなわけではない。
ただ、友人のその汗だくになった姿が目に止まってしまうのが入部へ踏み切れない、たった一つの理由だった。
雨粒のような汗が流れる首筋、紅潮した赤い頬、温かさが伝わる吐息...そして、いやに低く甘いような声で呼ぶ俺の名前や優しい言葉。
それらがどうにも《《そういう風》》に見えてしまう。
中性的な見た目をしているから?
ひどくカッコいい見た目をしているから?
それとも___
「正樹?」
「っえ、あ、なに?」
「え、いや......こっちを見て、呆けてるから...何かしたかなと思って...」
「ああ、いや...大丈夫。ところで大会とかお前は行くの?」
「そりゃ行くよ。前の大会は勝ったし、次もきっと勝つさ」
「いいじゃん、応援してやるよ!じゃあ、その次の日に遊びに行こうぜ!」
「おう、絶対な!...あと、正樹」
「なに?」
「...いや、何でもない」
___それとも、惚れているからだろうか。
---
がやがやと声が賑わう遊園地の中で一人、《《友達》》を待った。
しばらくして、聞き慣れた声がした。
「正樹!」
間違いなく、彼だった。
駆け寄って少し息切れのする口を少し待って、ようやく開いた。
「大会の結果は?」
「バッチリ!良いとこ突いて、一本取ってきた!」
嬉しそうに笑う彼に自然と笑みがこぼれる。
お互いに笑い合いながら、一つの疑問が頭の片隅に浮かんだ。
「...なぁ、前...大会に行く、前日の時さ......なに、言いかけたんだ?」
そう口を開いた。
彼はその言葉に少し、驚いた顔をしたが、すぐにちょっとだけ頬を紅潮させて言葉を口にした。
そして、その直後に自分の唇に柔らかな感触があり、口だけでなく目を見開くと、赤い顔にしたままの赤く幼い果実がそこに微笑んでいた。
ただ、嬉しさや喜びよりも、《《一本》》を《《取られた》》とそう思った。
箱庭の常識
青の強調された空の中で、黒く濁った良い色の草花を踏みしめる。
何をするわけでもなく、ただ、子供のように音を鳴らして良い匂いの出る車に乗った旅人に挨拶をした。
「やぁ、旅人さん。こんな国に来るなんて不思議だね。ここはとっても綺麗で、空気が美味しくて...何もない。旅人さんは、何しにここへ来たんだ?」
旅人は青く汚ならしい色のヘルメットを取って、色白の顔でこちらを見た。
少し驚いたような顔をして、その口を開いた。
「どうも...ここは...なんというか、凄いところですね。その......素敵です」
「だろう?観光にでも、来たのかい?」
「...まぁ、そんなところです」
そう呟いてまた、青く汚ならしい色のヘルメットを被った。
奇妙な行為だが、旅人にはよくある行動だった。今まで来た旅人は帽子を持っていたり、フードがついているとまるで被らなければならないとでも言うように被るのだ。
「ところで、その...ここは××××がないんですか?」
「...××××?」
××××。××××。××××。
自分の中で、××××という言葉を繰り返す。
言われたことの意味をゆっくりと咀嚼していくうちに腹の中から煮えたぎるような熱く恐ろしいものが込み上げる。
そして、つい、口走ってしまった。
「××××?!そんな汚いもの、あるわけないだろ!××××なんて二度と言うなよ、クソ野郎!」
「クソ野郎って...××××じゃないですか、××××がないって、どういうことですか?」
「××××がないったらないんだ!××××なんて存在しない!存在している方がおかしいんだ!」
「でも、××××は...」
懲りずに××××という旅人の横を通り過ぎる若い女性に声をかけ、「この旅人が××××なんて酷いことを言うんだ!」と伝える。女性はすぐに額に青筋を立てて、旅人へ怒鳴り散らかした。
「××××?!アンタ、頭おかしいんじゃないの?!××××が何か分かって言ってるの?!」
「そりゃ、分かってますけど...そんなに××××がダメなんですか?」
「ダメに決まってるでしょ!そんな汚くて悪いもの、ダメに決まってるじゃない!」
「でも、××××は××××で、××××なんですよ?どこも汚くて悪い××××じゃないですか」
その言葉に若い女性と顔を合わせて瞼を開き閉じることを繰り返す。
今までの騒ぎに駆けつけた野次馬が話を聞いて一斉に旅人を非難した。
「××××?そりゃダメだよ、旅人さん」
「うわぁ、××××なんて本当に言う人いるんだ~」
「××××ってなぁに?おかーさん」
「聞いちゃダメよ、××××なんてダメ」
「外からの奴は皆そうだ、頭でもイカレてんのかね?」
「出てけ!出てけよ、そこの汚いのっぽ!こんな美しい国にふさわしくないぞ!」
口々に旅人へ怒りをぶつける国民に口角があがる。
皆がこの国を誇らしく思うことに嬉しさが込み上げてくる。
それらを暫く聞いて、旅人はため息を溢すと諦めたように良い匂い...いや、もう汚く臭い匂いのする車...鉄の馬に乗って騒々しいエンジン音を響かせて走り去っていった。
「ひどい旅人だったわね、外から来た人は本当におつむが弱くて、話が通じないわ」
「もう二度と来ないで欲しいよな。ったく、入国審査官はなにしてんだか」
「入国審査官っていうと、あの全身が黄色い服に包まれて、黒い長靴に気持ち悪いマスクをつけた奴等のことか」
「そーそー、あの気持ち悪い奴等な。前に俺の店に来たけど、軽く見て何も買わなかったよ。こっちだって、あんなに気持ち悪くて汚い奴等に大事な店に入って欲しくねぇよ」
「嘘だろ?災難だったな。アイツら、外から入る時は絶対あの服を着てるらしいぜ」
それぞれが旅人と入国審査官の異常性を語り、やがて元に戻っていく。
平和がそこにあった。
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--- xxxx ---
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「ふむ、入国時間は大体10分ってところだな。よくいれたもんだ...それで、国の中はどうだった?」
「どうもこうも、酷い有り様でしたよ。貴方の助言を聞いておけば良かったです」
「そうかい」
僕の後ろの大きな扉の先にある国はドーム型で中には排気ガスが充満し、美しいとは程遠い汚く気持ち悪い国が広がっている。国の中ではドームに張り巡らされた原色に近い青色の空と壊れた木造の家々ばかりで、動物の死骸やゴミ、糞尿で溢れ、常に何か分からない虫や鼠が蔓延っている。
「しかし、中の国民は凄いよな。あんなに汚い中でよく服も着ずに裸足で乾いた糞尿のある地面を踏めるんだか...」
「それを一ヶ月に一回、入っている貴方も凄いと思いますよ」
「言うね、旅人さん。あそこの国民はあれが美しいと思ってる...いや、それ以外知らないんだ」
「そうなんですか。不思議ですね」
「...だな。旅人さん、旅人さんは...美しいと思う定義はなんだと思う?」
「美しいと思う定義ですか?」
「ああ。ひっかけでもなんでもなく、素直にこれだと思うものを答えてくれ」
「...そうなんですね、私は#美しいと思う定義#、ですね」
「なるほど、その考えも悪くないな」
「貴方は、どうなんですか?」
「僕は分からない。卑怯かもしれないけど...美しさ、は人によって感じ方が違うだろう?常識も、感受性も人それぞれさ」
「.........」
旅人が何も言わずに上を見た。
僕も釣られるように診て、本物の淡い青空を瞳に映した。
アイスのお墓
あの日、私は過ちを犯した。
犯してはならない事を、ほんの少しの好奇心の中で弄ぶように。
生暖かい風が顔に吹いた。
中央に細い木の棒が突き刺さる形のアイスを食べながら、友人を待った。
やがて、黒く長髪の女の子と短い髪の男の子が手を振りながら僕の肩に手を置いた。
「ごめん、待った?」
「いいや...そんなに。アイスを食べてたから暑さもそんなに感じなかったし、大丈夫」
「えっ、いいな...2つ、残ってる?」
「あるよ。そのつもりで3つ持ってきたから」
僕はひんやりとした袋を短い髪の男の子に手渡し、もう一つを黒く長髪の女の子に手渡した。
ここから、男の子をK、女の子をA、僕をZとして語ろうと思う。
---
「ね、Z...お墓遊びってしたことある?」
「...お墓遊び?」
不意にAがアイスを食べ終わった棒を見ながらそんなことを言った。そして続けて口を開く。
「えっとね...アイスの棒に名前とかを書いて、亡くなった生き物のお墓を作る遊び...知らない?」
知らない。知るわけがない。なんて残酷な遊びなのだろうとこの時は思ったものだ。
「...知らないよ」
「...そっか...」
少し気まずい雰囲気が流れた。その雰囲気を感じとったのかKが急に大声を出した。
「...お、見ろよ、当たり!当たりだ!」
僕を含めAがKに注目し、棒に書かれている「当たり」という文字に釘づけになった。
それを見て先程の空気よりもKの幸運に驚き、お墓遊びなんて残酷なものはすっかり頭から抜けていた。
---
あの話から三日後、やけに近くの公園に野次馬が集っていた。その中で
「なに、してるの?」
友人の二人がその野次馬の中におり、僕は声をかけた。Aは少し青い顔をして野次馬の中央を指した。
そこにはこんもりとした土の中にアイスの棒が一本立っているだけのものがあった。
しかし、アイスの棒には手書きのような蝉の絵が描かれ、土の山の中に一種類の蝉の手足や羽が大量に見える。
背筋が凍るような感覚とお墓遊びというものが頭から沸き上がった。
あまりに異様な光景にふと、Aの顔を見る。相変わらず青い顔をしているが、少しだけ口角があがっているようにも見える。まさか、彼女が?...まるで犯人探しのような考えを急いで切って、その場を後にした。
---
そこから、一週間後、また同じようなものが見つかった。
今度は図書館の裏でアイスの棒にトンボが描かれ、また同じように何匹も土に埋められていた。
この辺りで、例のお墓遊びを誰かがやっているのだと確信に変わった。
手足が千切られ、頭の潰れたパーツだけの蝉、羽を引きちぎられたトンボ。
この2つだけでも恐ろしいものだったが、更にエスカレートしていった。
次は学校の裏山。ほんの少し大きい獲物に変えたのか、アイスの棒には雀が描かれ、羽がもがれて胴体と足が切断されて3羽が埋められていた。
その次が私の家の近くの空き地だった。猫と犬が描かれ、腹が切り裂かれたような形の二匹。これは土が腹の部分だけを隠すように埋められていた。
それを見る度にAの顔が思い浮かんだ。しかし、これを君がやったのかなどと言い出すことはできず、いつものように三人で集まって夏の暑さから逃れる度にアイスを食べていた。
その中であのお墓遊び染みたことについて語ることはあったが、Aは曖昧な返事をするばかりで興味を示しているようには感じなかった。
---
三日ほど経った頃だろうか。
Aが行方不明になった。急いでAの家へ行き、親に話を聞こうと敷地内に入った辺りで花壇で土の山にアイスの棒が刺さったものを見つけた。
棒には赤い猫のような絵が描かれ、近くに菊が供えられていた。
まるで、誰かがAを殺害し、お墓を建てたような考えに襲われた。
棒をよく見ると、〖《《かねこあい》》〗とAの名前が彫られていた。
これは一体どういうことだろうか。赤い猫との関連性がいまいち分からない。
もしや、並び変える?ならこれは何のために建てられたのか。
奇妙な汗が全身の毛穴から出ていくような感覚。気味が悪くなり、敷地内から飛び出してKの家へと向かった。
家に着いてご両親に挨拶をし、Kの自室に入ろうとした。
扉をノックして、声をかける。返事はない。ゆっくりとノブを回す。
案外、軽い力で扉は開いた。開いた先にいつも挟んで話す机の上に四角い箱の半分のようなものに土が山をつくり、柳の描かれたアイスの棒が一本刺さっている。
僕の名前は柳という文字が入る。その名前の頭の柳をとって、柳の絵でも描いたのか?
そうすると、次はお前だと言われているような感覚に陥る。
汗が止まることを知らず、流れ続ける。
ふらつくようにそれに近づき、アイスの棒に目を凝らす。
〖《《はやみじん》》〗。確かに、僕の名前だ。
不意に後ろから床が軋むような音がした。
---
「.........っ......」
私は足元に転がる長い黒髪の男の子を見た。
両足、手足をガムテープで縛られて口元も縄のようなものを噛ませられているのか言葉を発することなく地面に倒れている。
...Aがあんな話をしなければ、こんなことにはならなかった。そう思っているのだろうか。
それでも、あの遊びを始めにしたのは紛れもなく私だ。速水がここへ来たのも、金子がいなくなったのも全て私だ。
全て、私だ。この後の私は何を思ったか自室を出ようとした。
その扉の先に母がいて、止められてしまったのだから場所を移動するという選択肢を取れば良かったのだ。
金子はまだ見つかっていないし、速水も話すことはない。
しかし、この幼い時の好奇心というのは恐ろしいもので、彼女を手にかけた感覚は未だに頭から離れない。
だから、
あの日、私は過ちを犯した。
犯してはならない事を、ほんの少しの好奇心の中で弄ぶように。
書きたいところだけを書いたもんだから、ぐちゃぐちゃ
夜の花が見えるトンネルの奥で
〖決して振り返ってはいけない〗
そんな言葉を頭の中で掠めながら、花火大会へ駆け足で向かおうとトンネルの中を走った。
トンネルの奥からは花火があがる音がして、それ以外には自分の走る音と財布の硬貨がぶつかりあい、金属音が響く。
---
不意に後ろから低く若い男の子の声がした。
「決して振り返ってはいけないよ」
「どうして?」
「僕が、夜の花に怒られてしまうから!」
男の子はそう脅した。
---
不意に後ろから高く幼い女の子の声がした。
「ぜったい、ふりかえっちゃだめだよ」
「どうして?」
「わたしが、こわいから!」
女の子はそう泣き落とした。
---
不意に後ろから重々しくか細い男性の声がした。
「振り替えるなよ。振り替えるなよ」
「どうして?」
「何でそんなに、後ろが気になるんだ?」
男性はそう理由を求めた。
---
不意に後ろから甲高い女性の声がした。
「後ろを見ちゃダメよ。振り返らないで」
「どうして?」
「だって、ついてきているから」
女性はそう理由を語った。
---
後ろから、もう声はしなかった。
トンネルの先には夜空の花が咲いていた。
足を前に出して抜けた辺りで振り返る。
誰もいない。
男の子も、女の子も、男性も、女性もいない。
トンネルの奥の真っ暗な闇がじっとこちらを恨めしそうに見つめているばかりだった。
後ろから花火があがる音がした。
蛆が舞う花
凍えるような寒さの中で白い地面を踏みしめた。
吹雪は止むことを知らず、凍えた身体に冷たくも吹き続ける。
髪についた雪を払う先で、目的地と思われる町が制限された視界の中で見えた。
「...あれが、目的地ですか?シュヴァルツ大佐」
少し凍えたようなか細い声でアドネス中佐が後ろから声をかけた。
「ああ、そうなるな...町全体が|毒花《フラワー》に毒され、過半数の人口が|生きる屍《クリーチャー》になっているそうだ」
「はぁ、|毒花《フラワー》の繁殖力は恐ろしいですねぇ...」
アドネス中佐の感嘆の声を聞きながら、行くまでに手元の調査命令書を軽く読んだ内容を思い起こす。
---
数ヵ月程前に、植物研究所にて新種の植物を発見したと公に発表された。
どんな環境の土地でも根づく強い生命力と繁殖力を有し、人間にとって有毒な胞子を撒き散らす疑似的な裸子植物の一種。見た目だけは青い花弁に毒々しい葉のついた被子植物だが、実際は胞子により繁殖する自立式とのことだ。
この胞子、変わった繁殖力といっただけなら良いものの、人間の身体を蝕み、やがて脳の制御を奪う。
所謂、寄生の一つではあるが、最終的に胞子が集まって芋虫のような形を形成し肥大化する。
そして、人間の臓器を肥大化した元胞子である芋虫が食い尽くし、脳に直接的な干渉を行い|生きる屍《クリーチャー》として実体を持たせる。
寄生された人間は判断力が疎かになり、芋虫が人間を《《着る》》形になる。
しかし、完全に食い尽くされていないかぎり人間の自意識と判断力は保ったままで、《《まだ生きている状態》》である。
これが植物研究所近くの一つの町で爆発的に繁殖し、半分ゴーストタウンになってしまった“パレスタウン”にて特殊警察として所属する“P.R.T”はその|生きる屍《クリーチャー》と|毒花《フラワー》の掃除、そして調査を命じられた。
---
思い起こした内容を考えて、雪が積もって開かない扉を蹴りあげる。
薄い膜になっていた雪がボロボロと崩れ、扉がゆっくりと開いた。
中にはオフィスのような空間が広がっていて、薄暗くデスクの森から壁に身体を預けて腹から肩まで切り裂かれ、内臓が見える程真っ二つになった男性と思わしき死体。辺りには蛆が舞っている。
「...シュ、シュヴァルツ大佐...これ...」
「ああ、人為的だな」
この町には化け物だけでなく殺人犯でもいるのだろうか。
重荷が増えたような気分を抱えながら更に奥へと進んだ。
乾いた真っ黒な血。その血の中央に電動式のチェーンソーを握りしめて徘徊する|生きる屍《クリーチャー》。
先に見つけた部隊がAK-47に弾を込めて発砲しようとしている。部隊の一人がこちらを見て、顎を引いた。その合図に頷いて、「撃て」と短く言葉を返した。
直後、四方八方から銃撃の雨が降り、人間の皮が最初に破け、中から血だらけになった芋虫が姿を現すもすぐに蜂の巣になり、穴ぼこになってから床に奇妙な色をした液体とともに血が滲んだ。
「...後から、なったのか...始めからなったのか...どちらなんですかね、これ」
「始めからじゃないか?...胞子にやられて少し意識のある内に自分では動かせない身体で...だろう。
一応、意識は完全に支配されにくいからな...」
「そういえば、そうでしたね...しかし、結構耐久力があるようで...」
「あくまでも人を被っているからな...鎧が厚ければ厚いほど、防御力も高い。ふくよかなものには気をつけていこう」
「...胸糞が、悪いですね...」
---
調査の範囲を拡散するため、二人一組に別れ、小さな公園の男子トイレへ足を踏み入れる。
「シュヴァルツ大佐、私は女子トイレを見てきます」
後ろで新人がそう言ったのを確認して男子トイレの中へ目をやった。
トイレの中は異臭がして、排泄物の匂いのほかにもやけに香ばしい匂いがする。
ゴミが溜まった隅の奥の個室に蛆が舞い、|毒花《フラワー》の蔦が根づいている中に一人の人間が頭から突っ込んで、ばたばたと足を動かし何とか逃げようとしている。
いや、逃げさせられている。行き場のない足をばたつかせて微かに残った理性がそうさせているのか、寄生したものそのものがそうしろと、命令を降しているのかは分からない。
「...おい、無事か?」
一度、声をかける。返事はない。
もう一度、声をかける。返事はない。
個室から出る様子もなく、足以外に動く様子もない。
人に近づき、両足を狙って撃つ。乾いた銃声が二発伸びるように続き、足が垂れた。
垂れた瞬間に手足が個室の扉に腕を置き、ぐぐっと口から芋虫が見える頭で振り向く。
首は信じられない角度に曲がり、下顎がだらしなく垂れる。動かなくなった足を庇うように腕の力だけて這うようにこちらへ前進する。
それより前に銃弾を当ててみるが、怯むことはなく向かってくる。
足に絡みつき、人の口の中の芋虫が蔦を這わせ、こちらの口の中へ入ろうとする。
蔦を掴んで口の中から引きずり出し、喉の奥に入っていたものを吐き出すように咳き込んだ。
床に手をつき、後ろから聞こえる新人の声と銃声に安堵した。
---
床に突っ伏した寄生された人間。下顎の外れた口に手を突っ込み、動かない芋虫を引きずり出して腰に下げたナイフで芋虫を切り刻む。
次に人の緩くなった顔を外して紙のようにぺちゃりとした身体に刃を立てる。
黒くなった血が吹き出しながら手を濡らす。解体したものを黒い袋に入れ、できた袋を抱えてトイレを後にする。
汚れたナイフ持つ新人が心配そうに口を開いた。
「先程は大丈夫でしたか?」
「大丈夫...助かったよ。有り難う」
軽く礼を言って、空を見る。夕焼けが近づいている。
空から目をそらして遠くには別の軍隊が到着したと思わしき回収用の車。
車の中に袋を投げ込み、車の中に腰を下ろす。
運転席に座る人物に他の部隊の話を聞き、情報を整理する。
やがて、話が終わり、投げ込んだ袋を作業のために開いた。
新人のもつトランシーバーにはアドネス中佐の連絡が入っているようで、連絡をそのままし続けている。
連絡を聞きながら、揺れる車内で作業を開始した。
蛆の舞う花の中で何かが蠢いた気がした。
自分が見た夢の内容に設定を盛って書いたものです。
夢に出たのは毒花に寄生された人が出てくるトイレのところ。
主人公視点で自分自身がそれを撃って、バラして袋に詰めた後に軍の車で帰る途中にその寄生が動き出して終わりでした。
神掌に踊るのは
途中で飽きました…いや、初手から飽きました。
オチが弱く未完結ですが、放置し続けていたのでしょうがないです。
「だからぁ!僕、何にも知らないんですって!!」
屈強で筋肉質な男が端正な顔に涙を浮かべ、鼻水などで顔を歪ませながら椅子に縛りつけられている。
「んなわけあるか、お前堕天使だろうが!!」
「違いますぅ!」
「嘘つくな、ボケ!」
対比して、細身で礼服を着た青年がまるで神父のように男を責め立てている。
その言動に神父といったものは感じられず、単なる輩に見える。
「嘘なんてついてませんっ!ほんとに、ほんとに、知らないんです!!」
口調的には椅子に縛りつけられた男の方が神父らしさを感じられるが、頭には黒く大きな光輪、背中には鳥に似た黒い翼がある。格好だけは堕天使に似ていると言えた。
「知らない?!んな格好しといてよく言えたもんだな、おい!」
「目ぇ覚めたらこうだったんです!」
「お前は生まれた時からそうじゃねぇのか!!」
「そうなんですかっ?!」
「ああっ?そうじゃないのか!」
二人の間に暴言と無知が飛び交う。
堕天使の格好をした男性は■■■■。一方、神父はパウロと名である。
---
「記憶喪失ゥ?堕天使のくせに?」
神父らしさが全くないパウロが股を大きく開いて煽るように口を開いた。
「本当なんです!僕、僕_名前も覚えてなくて...!」
「.........なら_」
困ったようにまたびゃっと涙を流す男。パウロがふと上を見て、ぽつりと呟いた。
「_アザゼル。それで、どうだ。なぁ、泣き虫」
「...アザゼル?......なんだか...初めから、そうだったような...気がします...」
「は?!おまっ...!...本当に《《アザゼル》》かよ?!」
「な、なんですか...?!」
「......っ...いや、何でもない...」
パウロがアザゼルと名付けた男の縄を外し、そのまま正面に座りこむ。
じっと目が合う。アザゼルが間に耐えきれなくなり口を開こうとした瞬間に教会の鐘が鳴った。
「......12時だ...礼拝の為に人が来る、大人しくしてろ。堕天使擬き」
---
光が射し込み、楽園とも言える空間に讃美歌が響く。
その空間から逃げるようにアザゼルは羽を縮めて隅で耳を塞いでいた。
「おい」
ふと、先程までに聞いた声がかけられた。
「...パウロ...さん」
「屈強な男が泣きつくような声を出すと、気色悪いなァ」
パウロが毒を吐いて、アザゼルが耳を塞ぐ手をどかす。
途端に讃美歌が大きく聞こえ、耳の中につんざくようにして入ってくる。
「...やっぱ、お前...堕天使つーか...」
パウロがそう続けようとして再び黙り込み、耳へつんざく讃美歌に耳を傾ける。
暫くそうしていたが、数分後にやはり口を開いた。
「天使と悪魔の違いって、何だと思う?」
「…?……神に仕えるか、そうでないか…では?」
「じゃ、天使と堕天使の違いは?」
「…それも同じでは?」
「だよな?悪魔も、堕天使も変わらない。神に背いて嫌ったんだ。それなのに、人様ってのはどうにも堕天使を美化しやがるらしい」
「元々、天使だったからじゃないんですか?」
「…天使もそんな良いもんじゃねぇだろ。神にペコペコ頭下げて良い面して媚びては善人だけを救う羽のついた人間だ」
「………」
「…逆に堕天使はどうなんだろうな。善人、悪人関係なく救ってくれるのか…はたまた、救いと称して地獄へ落とすか……なぁ、どっちなんだ?」
「……知りません」
「知ってるだろ」
「知りません」
アザゼルのその返答にパウロが苛立ったように噛みついた。
「知ってんだよ、お前は。そうしてきただろ」
「…貴方は……」
「覚えてないなら教えるさ。少しばかり、長いが…」
---
椅子に腰を下ろして対面する人間と堕天使。
風景的にはどこか異質である。
「まず前提として、俺はお前を知ってる。アザゼルって名前もそこからだ。
ただ、知り合いってわけじゃない。単なる因縁だ。お前が俺が知ってるアザゼルかは不明だが」
「次にそのアザゼルってのは俺の父親を殺しやがったイカレ野郎だ。死が救うだの説いて人を救済した悪魔みたいな堕天使だ」
「その堕天使が、僕とどう関係あるんですか?」
「…………お前が…」
---
讃美歌の聞こえなくなった教会の中で、パウロが|十字架《ロザリオ》を握りしめながら懸命に祈っている。
それを一人の|堕天使《アザゼル》が《《救済》》へ導こうと十字架を握った。
夜は想いに更ける
どこで書いたか分からないセンシティブなものの供養をば。
男同士ってのはお互いにどう思うのだろうか。
恋人である#攻#のモノを咥えて、黙ったまま#受#はそう思った。
「っ、は……#受#」
「ん、ふ……」
「気持ちいいよ、#受#」
「そか、よかっ、あ……んむ」
よかった。
その一言が聞きたくて、#受#は口いっぱいに頬張ったまま微笑んだ。そしてまた口を動かし始めた。
「……ッ!」
「んっ!?」
あともう少しで達するといった所で、突然#受#の頭を押さえて引き剥がされる。驚いて顔を上げると、少し余裕のない顔をした#攻#が瞳に映った。
「ごめん、#受#。やっぱりダメだ」
「あ……」
そう言うと、今度は#攻#が#受#のズボンとパンツに手をかけると、ゆっくりと下ろし始めた。そして現れたモノを優しく手で包み込むと上下に擦り始める。
「んあっ、や、なんっ」
「……っは……#受#、気持ちいい?」
「あっ、ん……きもち、いッ!」
丁寧に扱かれる度にビクビクと体が反応する。そして先端に軽く爪を立てられた瞬間、#受#は想定よりもすぐに達し、#攻#が満足そうに笑った。
心相のピース
蓮也のメモ帳を開き、ある一文に指を沿わせる。
『お前が明日死ぬのなら、僕の命は明日まででいい。
お前が今日を生きてくれるなら、僕もまた、今日を生きていこう』
ぞわぞわとした気味の悪さと、どうにもならない後悔だけが胸の中に響いていた。
---
床が軋む音が足音について回る。
田舎の古い校舎は時代遅れを物語るように高校という肩書きでありながら木造の姿をしていた。
たてつきの悪い扉に手をかけ、一気に開ける。
記憶の姿よりも背が高く大人びた同級生が数名、既に揃っていた。
「お、靖一じゃん!」
「蓮也にその名前で言われたの久々だわ...」
|杉山《すぎやま》|蓮也《れんや》に言葉を返し、高校時代同様に肩をまわして|森岡《もりおか》|靖一《せいいち》は久々の再会を噛みしめた。
蓮也の身体越しに他の数人に手を振り、右から|小笠原《おがさわら》|由美《ゆみ》、|山村《やまむら》|義文《よしふみ》だと分かる。高校時代に杉山を含め、特に仲が良かった三人だった。
「靖一も早いな、そんなに楽しみだったか?」
義文が靖一に向かって口を開いた。
「お前もだろ。廃校になる前の最後の同窓会、なんて響きがあったら来たくなるだろ?」
「ま、まぁ...そうだな」
いくつになっても好みは変わらないものである。由美が口に手を当て、可愛らしく笑っている。
「ねぇ、そろそろじゃない?皆そろそろ_」
由美がそう口にした辺りで、廊下からぞろぞろと人の話声がした。
---
懐かしい教室で教壇に担当教師であった|兼本《かねもと》|亘《わたる》が立った。
そこから前に杉山蓮也、|松木《まつぎ》|愛里《あいり》、|神羽《かんば》|悠希《はるき》、|田中《たなか》|孝《たかし》、森岡靖一、小笠原由美、|本保《ほんぼ》|乙葉《おとは》、山村義文の合計8名が座っていた。
昔ながらの出欠を取るような仕草で兼本が出席簿と席を照らし合わせる。
そして、何か奇妙な顔をした。
「...?......どうしたんですか、兼本先生?」
口を開いたのは高校時代に生徒会長をしていた本保だった。思い起こされる記憶の中で真面目で勤勉な優等生、という偏見を思い出したが今の彼女は長い髪をやや茶色に染め、女性としての魅力がなんとなく上昇しているような気がした。
「いや...なぁ、神羽......私を含めて同窓会の参加人数は9人だったよな?」
兼本先生がそう携帯を弄っている神羽に語りかけた。
神羽は高校時代もあまり人の話より携帯を弄っていることが多く、出席態度は悪かったが顔や家柄、性格の良さからクラス内のリーダー役といった感じだった。今もそれは変わっていないようだった。
「え?...そりゃ、そうですよ、兼本先生。なんです、10人目でもいるんですか?」
「ああ...その...皆、これを見てくれるか?」
兼本先生が出席簿の紙を全員へ見えるように差し出す。
そこには子供のような文字で兼本を足した10名の名前が描かれている。
しかし、その10人目の名前が黒で塗りつぶされている。
席を見回すと確かに、一つだけ空いている席があった。
「神羽、お前...参加者のうちの一人を忘れてたんじゃないのかよ?」
「そんなわけない。先生をいれて9人しかいないんだよ、この同窓会は」
「じゃあ、席が何で一つ多いんだよ?」
「...そんなの知るわけないだろ?手伝ってくれた人が間違って用意したとかじゃないのか?」
「その、手伝ってくれた人ってのは?」
「......松木.........と、田中...」
「松木と田中?...なぁ、この黒塗りはなんだ?」
俺が松木と田中に声をかけると、昔と変わらずふくよかな体型の松木がでかい声で返した。
「孝も、あたしも知らない。それ、高校時代に作った出席簿よ?」
「...なんだって?」
ふくよかな体型に守られるようにして田中孝が縦に頷いている。
少しか細い声で、ゆっくりと言葉を綴った。
「......いつか、同窓会やろうって......こんな最後の同窓会、なんて形になるとは思わなかったけど...それで、高校の時に作ったやつを、学校から確認もせずに...使っちゃって...」
「要は、何も分からないし知らないんだな?」
そうまとめれば、田中は縦に頷く。あまり人前に出ないせいか、臆病で保守的な性格は何年経っても変わらない。
というか、高校の時に使ったものを十年以上も経った同窓会などで使えるほど物持ちが良いものだろうか?
それを不審に思った時、蓮也が俺より先に口を開いた。
「高校の時に使ったって...そりゃ嘘っぱちが過ぎるんじゃねぇの?」
それに田中ではなく松木が反応する。
「嘘なんかじゃない。このド田舎であたし達以外の卒業生がいたわけじゃないでしょ。
つまるところ、残されたものがそのままにされてたの。
ねぇ、由美。さっき見たわよね、あの...昔描いた黒板の落書き...」
急に話を振られた由美の身体が跳ねた。何かを思い出したのか、耳までが赤くなり、小さな声でぼそぼそと呟いた。
「う...うん...あの、えっと...傘の落書き......消されずに残ってた...。十年以上も経ってるのに、全てがそのままみたい...」
その言葉に松木が“それみたことか”、と言わんばかりの得意気な顔で「ほら、言ったでしょ」と蓮也に投げる。辺りを見渡すと、確かに全てが記憶の中の教室そのもので、埃やゴミがないこと以外全てそのままだった。
蓮也もそれに納得した...いや、渋々納得して次に口を開いた。
「黒塗りは当時の話ってことで......じゃあ、そこの一つだけ空いてる席はなんだよ?」
兼本の教壇の席を除いて、九つの机と椅子。そのうちの一つだけが隅に置かれ、そこには誰も座っていない。つまり、出席簿同様に《《一人多い》》ことになる。
教室がそのままなことから、転校生の席もそのままだったのではと考えるが当時のクラスに転校生した同級生はいなかった。
頭の中で、どんなに思考を巡らせてもその理由が分かることはなかったが、どこか喪失感を感じる。
まるでパズルのピースが一つ足りないような感覚。
すっぽりとそのパズルのピースだけが抜け落ちて、どこかへいってしまっている。
それはこの状況下で、《《クラスメイトだったはずの誰か》》を忘れているような気がする。
強く思ったそれを口に出そうとした時、その場の全員が合わせたように、
「...彼がいない」
忘れてしまった彼を探し始めた。
---
彼、と言っても思い出したわけではない。
ただ頭の中で抜け落ちている記憶のクラスメイトだったはずの誰かを探しているうちに、ふとして巡った思考の先で〖彼〗という特定の呼称を得ただけだ。
「...彼って...誰?分かる人、いる?」
本保が先程の言葉にひかれるまま、そう聞いた。誰も答えない。答えることができない。
なにしろ、誰も覚えていないのだから当たり前である。
「...全員、分からないか?先生も分からなくてな......卒業アルバムに載っているかもしれないから持ってこようか?」
兼本が本当に困ったように笑っている。それ以外の全員が顔を見合わせた後に、ゆっくりと頷いた。
色褪せた卒業アルバムを開き、集合写真の中の一つに黒く塗りつぶされた姿をした彼が映っている。
「兼本先生、この黒塗り...出席簿と同じじゃないですか?」
義文がそう言って、蓮也と話を始める。誰も彼もがアルバムの写真を確認し、落胆したように肩を落とした。そして、ふいに由美が口を開いた。
「これじゃ、彼が誰か分からないよ。この黒塗りの男の子を覚えている人は?」
誰も答えない。答えることができない。
混合する思考の中で根本的なところを掘り返すように呟いた。
「彼...彼って男なのか?」
その言葉に田中が応える。いつも通りのか細い声だったが、
「...全員が彼、という呼称を得ているのなら、そうなんじゃないか...?
人はストーリー性のない断片的な記憶を......ある一定の出来事から思い起こすことがあるし...これが、そういった本能的なものなら、可能なんじゃ...ないか?
それに...人が、人を忘れていく順番は...最初に声を、次に顔を、最後に思い出を忘れる......今の、僕達なんだよ。
誰か一人でも、彼の声を覚えている?
誰か一人でも、彼の彼を覚えている?
誰か一人でも、彼との思い出を覚えている?」
啖呵を切ったように長く細い声で訴えた。彼、というのは田中にとって何だったのだろう。
他人事のようにそう考える中、静寂が流れた。
教室の隅の誰かの席に手をついて、深く考えこんでいた。
記憶の中に突如として住み着いて退こうとしない誰かがいた形跡の記憶。
まるで、思い出せとでも言われているようだった。だというのに、どう考えても誰も思い出せない。
突発的に神羽が俺に向かって「森岡って頭、良かったよな?ほら、学年三位の中には入ってたじゃん。頼むよ。他の人の身体ケアに回るから、彼のこと解明してくれよ」と半ば丸投げのように探偵ごっこを任された。
そのあまりの身勝手さには大人になった今でも悪態が吐ける。その吐いた悪態にまとわりつく怒りを払って後ろを見ると、蓮也が後ろだった場所から携帯で何やらメモしているのに気づいた。
「なに、メモしてるんだ?」
「いいだろ?これ。今まで聞いた内容をメモしたんだ、見てくれよ」
その言葉に従うように蓮也の携帯を覗いた。
---
---
*①黒塗りされたクラスメイトだったはずの“彼”*
*▪出席簿*
*高校当時に作成した出席簿で、例の席が一つ多いところへ入る“彼”の名前は黒塗りされている。*
*▪卒業アルバム*
*教室内にあった20年度生の卒業アルバム。*
*集合写真、個別の写真にある“彼”の写真も出席簿同様に黒塗りされている。*
*②考察*
*彼は本当にクラスメイト?*
*彼は誰?名前は?性別は?姿は?*
*彼...不登校?転校生?*
*黒塗りの意味は?教室の多い席は?*
*どうして全員に抜け落ちている記憶がある?*
---
---
「...考察の部分は省くとして、ちょっと有難いな...」
文章化すると、抜けているピースがかなりあることに気づいた。パズルはまだまだ完成しなさそうだ。
「なぁ、もし探偵ならこの状況...どうする?」
「なんだ?探偵ごっこに精を出すのか?......聞き取り調査とか?そういうのしか、できないだろ」
「......だよなぁ...じゃあ、蓮也から_」
「あー、俺...由美と話すっから...兼本ちゃんとか、どう?先生だし暇でしょ」
「兼本ちゃんって...もう、ちゃん付けされるようなお歳じゃないだろ」
「靖一君やい、今更よ?」
「...そうだな...」
あの時と同じ蓮也の顔に背を向けて、一先ず兼本の名前を呼んだ。
---
皆がいる教室とは違う別室で、白髪が目立つ皺とシミのある顔の深い男性に向き直る。
兼本亘は模範的な教師で、真面目で他者から大きな評価をもつ人望が高い教師だ。
それに授業の内容も分かりやすく、指示も的確で、この理想的な完璧人間に憧れる当時の生徒は少なくなかったことだろう。
「...それで、森岡。話はまとまったか?整理がつくまで先生は待ってやるからな」
自分のことを先生と呼ぶのは、母親がママと子供に呼ばれることに慣れ、自分のことすらもママと一人称が変わる状況と酷似している。それほどまでに教師としての側面が彼の人生の中で、最も強いのだろう。
「いえ、大丈夫です。...有り難うございます、兼本先生。早速ですが、“彼”について覚えていることはありますか?」
「いや...ないよ。教師として受け持った生徒の一人を覚えていない挙げ句、思い出せないとは...なんとも不名誉なことだよ」
「それは御愁傷様です。黒塗りの出席簿は初めから黒塗りでしたか?」
「そうだね。彼のところだけが黒塗りだったよ。卒業アルバムもそうだ。誰も触らず当時のままだ」
「当時のことを、覚えていますか?」
「ああ、君も覚えているだろうね?全員が《《完璧に》》仲睦まじく、互いに支え合い、理想の学級だったよ。
素晴らしい時間だった、改めて感謝を述べるよ...当時は特にこれといった問題もなく《《完璧》》だったね」
「...そうですか?」
「そうだよ。ちょっとした問題も青春のうちだ、何度も君と杉山の問題行動を見逃したか...」
「俺、そんなにしてた記憶がないんですが...」
「ちゃんとやってるからね、君。成績は良いが、行動に難があったんだからな」
「...すみません......。その、具体的にどのように《《完璧》》でした?」
「そりゃあ、生徒個人個人が寄り添い合い、助け合い、称え合い、笑い合い...全てを共有し、他の学級の見本になるほどの完璧だ。
だが、中でも...あの軟弱者で精神力の低い、ひどく醜い彼、は、とて、も、異常...__」
それまで饒舌だった口が閉ざされ、顔が青くなる。呼吸は乱れて肩の動きが激しくなる。
「...兼本先生?...兼本、亘先生...?聞こえて、いますか?」
「.........私は...」
「私は?」
「......すまない、何でもない......話は終わりにしよう。少し...休ませてくれ」
兼本が青い顔のまま、先に立ち上がる。その姿を見送って横にいた本保の名前を呼んだ。
---
茶色に染めた長髪を揺らして、自分の目の前に本保乙葉が座った。
彼女も優等生の一人で成績は上位の方だったが、それを鼻につけることなく進んで雑用をこなし、徹底的に尽くすタイプの女性だった。
「話って、なに?」
「彼...についてなんだけど、覚えてないよな...」
「うん...えっと...黒塗りのこと?」
「ああ、何か分かるか?」
「あんまり...松木さんと、田中さんぐらいしか詳しく知らないと思う...」
「......あー、うん......じゃ、じゃあ当時のことって...?」
「当時?...生徒会長の...?......何て言うか、凄く...荒れてて、大変だった...。兼本先生は優秀だって言うけど、誰もちゃんと見てないから、どこもかしこも隠れてやりたい放題で......その、森岡君」
不意に名前を呼ばれて、すっとんきょうな声が漏れる。
「......森岡君は............えっと...杉山君といた方がいいと、思うの...い、今だから、何があるか、分からないし...ほら、彼もよく分からないでしょ、名前すら思い出せてないし...」
「...そうだな」
しきりに俺の後ろを気にしながら出ていく本保を見送り、義文の名前を呼んだ。
妙に「蓮也と一緒にいろ」と言う助言が引っ掛かるばかりだった。
---
高校時代とは違って髪を伸ばした若い男性、山村義文。
おちゃらけた言動の蓮也とは違って重々しく歳相応の発言が目立つ正義感の強い男性だった。
「神羽も、蓮也も手伝ってやればいいのにな...今やってる荷物搬送の作業が終わったら手伝おうか?」
開口一番にそんな提案を義文が挙げた。
「いや...そこまで難航してないから、大丈夫だ。彼については分かるか?」
「彼なぁ......多分、俺だけだとは思うんだけどな、ずっと不信感が凄いんだよ。
何て言うか、関わりたくない感じ?気持ち悪いっていうか、目にもいれたくないっていうか...極端に言えば、消えていなくなれ、みたいな...とにかく攻撃的なんだ。
靖一は、どうなんだ?何か、思うことは?」
「俺...俺は......」
問いに応えるために再び、思考を巡らせた。
彼については不思議で、奇妙な印象しかない。しかし、どこか親近感があり攻撃的で陰鬱な印象は思い出せない。
小さな子猫と対峙した時のような気持ちが沸いてくるのだ。小さな身体を手の中で踊らせ、とてつもない優越感が沸いてくる。王様にでもなった気持ちがあるなどと、口に出してはどう思われることだろうか。
「......子猫を...弄ぶみたいな......そんな、感じ?」
「なんだそれ...抽象的過ぎやしないか?」
「良い例えが思いつかなかったんだよ...黒塗りの件については?」
「全く知らないなぁ......松木の言う通り、高校時代に塗られたっぽいよな。卒業アルバムは誰かが勝手に保管してあるものに塗ったっぽいし......誰か卒業アルバムを持ってきてるやつはいないのか?」
「いないんじゃないか?それに云十年前の卒業アルバムをわざわざ実家以外で持ってるやつはいないだろ。実家住みのやつはいなかったし誰も分からないんだろ。
なぁ、高校時代当時のことはどうだった?」
「ん~...普通じゃないか?一緒にバカやって笑って...たまに怒られて、そんくらいだろ」
「...だよなぁ」
「そういや、神羽が酒買ってくるってさ。夜に全員で酒の肴を取り囲んで食おうぜ」
「いいな、それ。とりあえず全員に聞き終わったらテーブルの準備しとくよ」
話がある程度終わり、いつも通りの爽やかな顔をした義文がそこにあったが、俺の後ろを見て何かを思い出したかのような顔をした。
不審に思いつつも、神羽の名前を呼んだ。
---
全体的に人からの評価が高く、集中力は無に等しいものの人望は人柄上高いリーダー気質の良家の神羽悠希。
嫌いではないが、その携帯を弄るような集中力の無さから長期間の作業は向いておらず現に今、不可思議な現象についての調査を頼んだ張本人である。
「あー...彼と、黒塗りのことだよな?」
「そうだな。とりあえず、他の人の身体ケアの方はどうだった?」
「まず、そこなのか...?兼本先生がやけに青い顔をしてたよ。本保と山村はまぁ、ちょっと...驚いたみたいな感じ...?」
「他は?」
「大抵が彼について考え込んでるくらいだな。特に何もない。
で、彼については俺も分からないけど...黒塗りを考えてる内に思い出したことがあるんだよ。
高校時代の時に塗られたってのは分かるんだが、卒業式後に配られた卒業アルバムに全員がこぞって全ての卒業アルバムに黒塗りを施した覚えがあるんだ。
まるで、思い出したくない思い出、みたいにさ。家と学校が近いから、実家で卒業アルバムを見たんだ。そしたらやっぱり、黒塗りだった。さっき見た卒業アルバムみたいに彼だけが黒塗りだった」
「...つまり、全員が消したくなるほど...憎まれてた、とか?そういう人だったのか?」
「じゃ、森岡...彼に対して、恨みは?」
「ない」
「そうだよな。だから、単に消したくてしょうがなかった...と見てる」
「意味が全く分からないな。そもそも当時の気持ちや考えが不明だから、しょうがないことではあるが...」
「そうなんだよな、ずっと残ってて正直気味が悪い」
「だな、当時のことはどうだ?」
「良くも悪くも...怖かったよ。下手なことを口走ると、ヤジが飛んできそうでさ」
そう話を切って、嬉しげに「買い出しに行ってくるわ」と笑う神羽の姿を見送った。
座った椅子の横で四人の名前を消した。
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*~~兼本亘~~、~~本保乙葉~~、~~山村義文~~、~~神羽悠希~~、*
*小笠原由美、松木愛里、田中孝、松山蓮也、~~森岡靖一~~*
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完璧、恐怖、嫌悪、疑問...そして、優越。
正直のところ彼について分かることはない。
兼本は当時を完璧としたが、彼を何やら醜形だと貶す。
本保は当時を非常に荒れていたと言い、蓮也から離れるなと助言する。
義文は当時を平凡だと言い、彼に嫌悪感を示す。
神羽は当時を畏怖し、彼の存在意義を問う。
それなら、俺は?
俺は当時のことを微塵も覚えていないし、彼の存在そのものを組み敷くように大きな優越感を抱く。
その多幸感を抑えつつ、由美の名前を呼んだ。
---
目鼻立ちの通った顔立ちに艶やかな黒髪、醒めたような瞳。
クラス内のマドンナ的存在で、過去に一度告白をしたことがある...しっかりと断られた苦い思い出だ。
人柄も良く、成績も良い。男性からは非常に愛された女性である小笠原由美。
美人で愛想も良い理想的な女性…つくづく神の産物や贈り物というのが正しいのか、テレビや雑誌でよく姿を見ていた。
「ねぇ、大丈夫?」
「ん?何が?」
「ずっと、悩んでる様子だったから…」
そう言う由美がゆっくりと近づいて唇が触れそうな程の距離まで近づく。
心の高鳴りを感じながら、力を込めないよう由美の肩を抑えて「なんでもない」と言い切った。
「……そう…えっと、黒塗りと彼だよね?」
「あ、ああ…知ってたり、するか?」
「…知らない、なんて言うと嘘になるから言っちゃうね…周りの人がいると、凄く何か言われそうだったし…でも、靖一君なら…大丈夫、だから…」
「俺なら…大丈夫?」
「…だって、それを知ってる…から。蓮也君も…」
「蓮也も?どういうことだ?由美、今何を言うとしてるんだ?」
「耳…貸して」
言われるがままに由美の顔の前に横顔を預けるようにして耳を傾ける。
良い匂いの…しかし、少し臭い香水の香りが鼻をくすぐった。
「…忘れているかもしれないけど…黒塗りは蓮也君がやったの…私、見てたから。
彼のこと、考えてると胸がきつく絞められるみたいに苦しくなって頭の中が真っ白になって…もう、手に入らないんだって、そんな思いがあるの」
そして、耳へ吐息が吹きかけられ、動揺した瞬間に由美の白く細い手で胸を強く突き飛ばされる。
「いっ…な、なにするんだよ…黒塗りが蓮也って、どういうことなんだよ!それに、彼って…」
「……怒らないの?覚えてないの?本当に?」
「何に…?突き飛ばしたことか?」
「…信じられない」
「は、はぁ?てか、知ってるのか?彼について、覚えてるのか?」
「……少しだけ、ね。本当に少しだけ…」
「じゃあ、何で皆で言い合ってた時に言わなかったんだよ?!」
「…言えないよ。あんなに皆が皆、知らないなんて言ってたら…知ってる、って言った時にまた、たくさんの視線を浴びるから…」
「し、視線がなんだよ…?」
「…本当に…覚えてないんだね」
「何度も、そう言ってるだろ」
「……そう。靖一君、私が分かるのは黒塗りをしたのが高校生の時の蓮也君で、それが分かるのは私がそれを放課後にたまたま見ちゃっただけ。
ただ、それだけなの。彼に対して感じる喪失感は多分、関係ないの。蓮也君がどうして黒塗りしてたのかなんて分からないけど、靖一君なら分かると思う」
「…えっと……それは、お願い?」
「…ううん」
「そ、そっか…その…神羽の話だと、黒塗りって皆で塗ったらしいんだけど…そ、それだと由美の話…食い違ってる、よな?」
「…………」
「由美?」
由美が俯いて顔に手をやり、ゆっくりと嗚咽を漏らし始める。まるで、悲劇のヒロインのようだった。
「靖一君は…私じゃなくて、神羽君を信じるの…?」
「え?いや、そういうわけじゃないけど…でも、変だなって思って_」
そう疑問を率直に言った瞬間、漏れていた嗚咽が不意に止まり、由美の唇から「ああ、そう」と聞いたことのない女性が怒ったような低いがした。
そのまま顔を見せずに後ろの扉に手をかけ、去り際に、
「嘘、吐いてごめんね」
そう棒読みのような声がした。背筋が凍るような感覚と、彼女への思いが晴れたような気がした。
---
「あのさ、言っとくけど由美って腹黒いからね。今、アンタと話した由美、めちゃくちゃ機嫌悪かったんだけど…どうしてくれんの?」
「そんなの知るかよ…女子、女性同士でどうにかしてくれよ」
「信じらんない」
ふくよかな体型に整えられた綺麗な黒髪に、負けん気の感じられる強気の黒い瞳。
女子の中で由美と並び、盾のようだった女性だが、母のように面倒みの良い姿勢に誰もが信頼をおく松木愛理。
嫌いではない。その証拠に、よく冗談を言い合う仲だった。
「それで、黒塗りと彼についてなんだが」
「はぁ?知らないわよ。黒塗りなんか、誰かが悪戯でもしたんでしょ。違うの?」
「でも、出席簿にも黒塗りがあるのは奇妙だろ」
「だから知らないわよ…高校時代に面白いと思ったんでしょ。それか、間違えたのを隠したか…そうとしか考えられないわ」
「じゃ、松木は高校時代にできたものを、社会人になってから使うのにそんな恥ずかしいミスをそのままにしておくのか?」
「うるさいわね…どうでもいいじゃない、そんなこと。ミスなんて、若い頃にたくさんするわよ。だから何だって言うの?お説教でもする気?爺臭くなったものね」
そう嫌悪を隠さずに抉るような言葉を述べる松木に少し、苛立ったように机を数回、叩きながら口を開く。まるで高校生時代の会話のようだった。
「…分かった、分かったよ。黒塗りの件に関しては、もういい。
彼について分かること、感じていることを教えてくれるか?」
「ない。はっきり言ってないのよ。そもそも今、散々言われたような人間が協力すると思うわけ?」
「…それは…その……」
「本当に何も知らない。それだけ。それで、いいでしょ」
「……ご協力、有り難う」
勝ち誇ったかのように出ていく松木を見送り、田中の名前を張るように大きく呼んだ。
どこか、開けてはいけない恐怖を感じざるを得なかった。
---
「……あ、あのさ…ほ…本当に、靖一君って覚えてないの?」
「…さぁ、どうなんだろうな。奇妙な優越感だけがあるんだよ」
お互いに探るような質問する中で、前髪が瞳を覆い隠し、垂れた長袖が細身の身体を包む姿の田中孝。
高校時代もその風貌と同様に教室内で小さく、縮こまるようにして隅で松木に守られるようにしていた。
しかし、器量や性格もよく、そこそこクラス内での能ある鷹は爪を隠すと言った言葉が似合うような男性だった。
「……せ、靖一君は…彼の名前、分かる?」
「名前?…いや、名前というか、顔も全部覚えてないんだよ」
「…そ…そう…」
「田中、何か知ってるなら教えてくれないか?彼、について」
「……後悔…しない?」
「後悔?」
「僕は…あの頃を、凄く後悔してる。靖一君がこれを聞いてどう思うか…僕には分からない」
「…聞く前に、黒塗りの件について知っていたりするか?」
「…黒塗り?自分でやったのに?皆でやったのに忘れたの?」
「は?」
「ああ……やった側は覚えてないって言うよね。酷いよ、僕はずっと覚えてたのに」
本当に悲しそうな顔をする田中に申し訳なくなり、謝罪の言葉を口から絞り出してしまう。
「……その……ごめん…」
その言葉吐いた瞬間、言葉を待っていたわけではないと呆れたような顔をした田中がため息をつき、「…じゃ、教えるね。もう忘れないでね」と悠々と語り出した。
「彼はクラスで孤立してた。自らそうなったわけじゃないけれど、それは確かに分かることがそうさせられてたってこと。
生生も友達も親も兄弟も…皆が彼を幽霊扱いするんだって。皆が前の僕みたいにやるんだって。
僕は彼が伸ばした手を一度取って、突き放した。それが悪いことだったのか、良いことかは知らない。
それでも僕は必死だった。君みたいな皆に囲まれて抜け出して、唯一安心できる愛理の傍で笑ってた。
僕も君と同罪だけど、君はもっと悪い。何も知らないふりして、何も知らないように幸せになるんだ」
そこで区切られた言葉は代わりに俺の手を優しく掴んで、跡が残るくらい強く握り出す。
急激な痛みは絶えず、顔を顰めると田中は見覚えのある笑い方をしている。
見覚えのある笑い方。見覚えのある笑い方。見覚えのある笑い方。
……見覚えの、ある………?
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高校三年生の時、クラス内は大きく割れていた。
彼と、彼を意地悪している男子達。元々そうだった男子。傍観する女子達と男子達。何も言わない先生。
常に緊迫としていて、一言でも発せれば次の標的にさせられてしまいそうな恐怖。
そんな恐怖の犠牲者である今の標的は彼だった。彼は元々、そうだった男子…田中を庇ったことが機に触った男子に目をつけられただけの単なる犠牲の一つだった。
彼にとっては地獄だっただろう。
男子達にとっては天国だっただろう。
田中にとっては罰だっただろう。
傍観者にとっては恐怖だっただろう。
先生にとっては救えない面倒事だっただろう。
しかし、田中は庇われたことに何も言わなかったが、常々やらされて同じことをする時は笑っていたのだ。
それが彼にとっては後悔になるのだろう。
何も覚えていない俺にとっては、過ぎた話ではある。
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「……思い出したの?」
「それなりに、は……彼は…彼は、標的だった?」
「…君のね」
そう、告げた田中の顔を見た。
見覚えのある笑い方は媚びたような笑い方で、彼が標的になる前に田中がしていた笑い方だった。
「俺の標的って?」
「嘘、まだ?」
「……何がだ?」
「…もういい、そろそろご飯になるから行こうよ。もう八時だし」
「あ、ああ…悪いな」
---
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*~~兼本亘~~、~~本保乙葉~~、~~山村義文~~、~~神羽悠希~~、*
*~~小笠原由美~~、~~松木愛理~~、~~田中孝~~、松山蓮也、~~森岡靖一~~*
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あと、一人。
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アルコールの匂いが室内に充満して、赤くなりつつあった鼻の中へ入り込む。
彼の席に酎ハイの缶を広げて、近くのスーパーで買ったと思われる惣菜や元々頼んでいたと思われる寿司が彼以外の席を合わせて大きな食卓になっていた。
洋梨の酎ハイ缶を持ちながら神羽が俺の皿に唐揚げを取り分けつつ、口を開いた。
「結局、何か分かったか?」
「いんや…いまいちはっきりしないな」
「…ま、そんなもんだよなぁ…残り、杉山だけだよな。ちゃんと話せよ」
「分かってるよ。兼本先生とか、由美の様子とかどうだった?」
「普通だな。なんかしたのか?」
「何も?」
「何もないってことはないだろ、変な奴だなぁ」
神羽がそう笑って箸で寿司の一つを口へ放った。
それを横目で見ながら、俺は甘く苦い液体を口の中へ流し込み、複雑なことで煮詰れていた頭を洗った。
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森岡|颯一《そういち》。
肩幅が広く、ふくよかな体型だが身長の低い臆病であるもの正義感は人一倍強く、優しさを兼ね揃えていた。
また、見た目とは裏腹に頭脳明晰で身体能力が非常に優れ、コミュニケーション能力にも長けた非の打ち所のない性格をしていた。
であるからにして、教師や生徒も期待と憧憬の眼差しを常に注ぎ、小笠原由美とは恋人と噂をされるほど親しく、お互いにお似合いで見た目を重視しないことを念頭におけば、不備などは存在しなかった。
しかし、妬みや恨みが存在しないわけではない。
横行する当てこすりや侮辱、口撃に耐えかねて更にそれが波の大きくうねった時、既に限界値を超えていた。
正義感故に招いた過酷な戒めや普段からの行為は常々、彼を蝕んでいき、かつての栄光と自尊心は酷く傷を得た。
いつしか彼は硬く重い殻に閉じ籠もるようになり、それらが割れたのは彼が自ら命を絶った時だった。
尚も、傍観や実行は悲しまず、教師は完璧でなくなった彼を非難し己の成績に矛盾が生じるのを潔しとしなかった。
すなわち、彼は自己が生きた証を黒く塗り潰され、関わった者の記憶から姿を消した。
最初に声を。次に顔を。最後に思い出を。
哀しくも、全て忘れ去られていた。
---
酔いの回った瞳で蓮也を見た。
彼もまた、酔いが巡っているのか頬を薄ら赤く紅潮させ、たどたどしい口調で物を語った。
「…昔さぁ……クラスん中、荒れてたよなぁ…」
「らしいな」
「なぁんだよ、覚えてないのかぁ…?」
「…ああ」
その一言に、目を丸くしてすぐに蓮也が言葉を綴った。
「兼本ちゃんが完璧主義で…松木と由美が傍観だけど付き合ってて……んで、本保と神羽も傍観……田中は元標的で、義文に俺らと一緒……あー、本保には見られたよなぁ…」
その辺りで周りにいた全員が固まった。
ピンと来ない俺だけが、更に説明を促した。
「………ああ…何を?」
「んー、ほら……アイツ…誰だっけ……誰かをさぁ……木に吊ったじゃん……」
「…誰?」
「……靖一の…兄ちゃん、かな?…ほら、颯一だっけ…いただろ…?」
ヒック、と喉から音を立てて言われた“颯一”に|記憶《パズル》のピースを嵌めていく。
一つずつ、ゆっくりと一つずつ嵌めていった。
---
兼本亘は、実に非常な完璧主義者だった。
クラス内で行われたいじめには見て知らぬふりをし、全て忘れるよう全員に諭した。
己が積み上げた成績が下がるのを恐れた為である。
本保乙葉は、臆病な傍観者だった。
クラス内で行われたいじめには絶対に関わろうとしなかった。
己が標的になるのを恐れた為である。
山村義文は、残忍な愉快犯だった。
クラス内で行われたいじめに積極的に関わったが、彼のことは気味悪がっていた。
己が過去の栄光と現在の差異に納得がいなかった為である。
神羽悠希は、臆病で怖がりな傍観者だった。
クラス内で行われたいじめには関わらないものの、常に畏怖していた。
己が標的になるのを恐れた為である。
小笠原由美は、嘘つきな傍観者だった。
クラス内で行われたいじめに無関心で、常に嘘を纏っていた。
己が美貌以外に飾る|言葉《アクセサリー》が必要だった為である。
松木愛理は、愛に飢えた世話焼きな傍観者だった。
クラス内で行われたいじめよりも、他人からの尊敬や愛情にばかり目を泳がせていた。
己が手にする愛を他者へ見せたい自慢が常に存在していたからである。
田中孝は、恩を仇で返す後悔をする偽善者だった。
クラス内で行われた始めの被害者だったが、救ってくれた者が伸ばした手を掴もうとしなかった。
己が再び、標的にされる恐怖に常に駆り立てられていたからである。
松山蓮也は、一つを恨み、一つを愛した裏の立ち役者だった。
クラス内で行われたいじめが終わり、最も愛した人が彼を殺した後に偽装を唆した。
己が手にするはずの愛した人を壊さない為である。
森岡靖一は_
---
「…森岡、颯一だ」
「んぉ?」
焦点の合わない蓮也の頬を撫でながら、各々料理や酒を手にするクラスメイトに口を開いた。
「彼は、森岡颯一だ。昔いじめられていた俺の双子の、兄だ」
誰もが何も言わなかった。そのまま言葉を続ける。
「森岡颯一は兼本先生に助けを求めても、救った田中に助けを求めても、誰も救ってはくれなかった。
皆が無視して、皆が殺した。でも、彼は殺された」
蓮也がアルコールの匂いがする息を吐いた。
「…彼は物置で首を吊っていた。けれど、死因は縄による首の窒息死じゃなく、頭部のひどい損傷だ。
誰かに突き落とされたんだ。分かってるだろ、もう」
蓮也は俺の頬を撫でて、周りを見ている。周りは何も言わない。
「彼を突き落としたのは、俺だ。学校に来ない彼に苛立って、家でもきつく責めて…結果、言い合いになり階段から突き落とした。
それが、どうしようもなく怖くなった。今まで、そんなことをやってきたくせに怖くなった。
蓮也に相談して、互いに罪を重ねた。今更だったが、彼の首に紐を通し、身体を高くあげて自殺を偽装した。
……我ながら、よくバレなかったと思うよ。バレてたかも、しれないけど」
酎ハイの置かれた彼の席の机に手を触れながら、優越感が再度込み上げてくる。
蓮也が諦めたように最後の問いを投げて、メモ帳を俺に渡した。
ひどく寂しげで愛しい表情を浮かべていた。
「…いじめの、主犯は?」
俺は、ゆっくりと|声《ピース》を|挙げた《嵌めた》。
---
森岡靖一は、兄を恨み虐げた主犯格だった。
クラス内で行われたいじめの実行者で常に感じる劣等感を優越感の中に滲ませていた。
己の|心相《劣等感》を明かさない為である。
血晶の宝石
20XX年、世界中で経済が瞬く内に大きく膨れ上がり、過去のことを忘れたように景気が良くなった。
宝石や石油などの貿易品が紙幣や貨幣と共に踊るように回り、世界中の人々がその恩恵を受けて経済的に豊富になった。
全てが平等で公平かつ、全員がとても余裕があった楽園とも言える時代だった。
しかし、やはり良いことの後には悪いことが待っているのか、世界中の国々が国内の資源を取りつくし、異常な気候変動の影響で米粒の一つですら貴重となる深刻な大飢饉と世界中の範囲で経済の大規模な低下が起きた。
それまで膨らんでいた泡が弾けるようにして世界中が不平等で醜い競争社会となり、経済格差が大きくなった。各国の出生率の低下、衛星状態の低下など、それまでうなぎ登りに上がっていたものが著しく低下し、世界中が混乱する形になったが、その衛星面の悪い状態の中で様々なウイルスや生命が誕生した。
瞳から流す汗と同様の涙が黒く匂う液体、石油となる者。
血液などの液体が空気中の酸素と結合することで、人によって様々な結晶となる者。
奇妙なウイルスや病気にかかった者が発見され、しばらく世界中で発生したその者を訝しんでいたものの、その者が実際に使用できる資源を生み出せることに着目し、やがて、そういった病にかかった者を《《資源の家畜》》として扱うようになった。
人間から家畜として位を落とされた人間は同様の個体と交わり、繁殖しゆっくりと世界中の飢饉と経済の低下を今も回復させている。
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その人体の体液が酸素と結合することで、全て結晶となる|人間《家畜》を|宝石人《ジェム》と呼び、そのジェムを基本的に番号で呼ぶことが多い。
例えば、この目の前の35-689は35-689から採取した涙、汗、唾液、血液などが酸素と結合することで宝石の元となる結晶化し、結晶化した鉱物を削るなどして形造ることで商品である宝石となる。
しかし、その宝石となる過程で結晶化した鉱物は体液でありながらジェムと感覚を共有するようで、鉱物の中から赤黒く生暖かい液体が噴き出すと同時にジェムの精神状態が大きく変化し、何もしていないのにも関わらず、痛みを訴える。その他にも接触系の感染をするため、体液を触れる際には手袋が必須である。
また、家畜にも関わらず、元は病によって変異した人間であるから知能も大変高く、学習する、思考するなどといった人間とも言える。以前の言葉巧みに同情を誘う演技派の家畜には些か感心したものだった。
所詮、家畜だと結論づけているため、それをわざわざ人権の回復をと大声で主張する者はいない。
牛や羊だって、昔はペットや家族だったかもしれないものを家畜として有用しているのだから今更だろう。
フケがついた黒髪の長髪を引っ張って、同僚に35-689を抑え込んでもらい、片手に持った注射器を血管に刺す。細く鋭い針が柔らかい肉の皮膚を貫通して入り、吸い上げる血液が注射器の空間を満たす。
35-689は暴れる様子がなく針が離れるとすぐに離され、刺された部分にアルコールを含んだ濡れ紙を当てられた後に十分な栄養と運動、睡眠、休養を与えた状態で次の採血まで待機する。
その待機の状態にも痛みは体液の加工中に継続する模様だが、そういうものなのだから受け入れるほかない。
同僚が他の個体の35-690、35-691などを引っ張り出して注射を催促する。しばらくは、この業務のようだ。
採取した血液を注射器から取りだし、しばらく放置する。すると、空気中の酸素と結合し、みるみるうちにルビーやサファイア、ダイヤモンド等の鉱物に成っていく。
何の鉱物となるかは極めてランダムで、指定したり狙ったりすることはできない。
結合した鉱物のうちのルビーをサファイアやダイヤモンド等と繋がった境を切断する。赤黒い液体が勢いよく噴き出した。
次に商品として売りに出せるような形に整えて、円く美しく削っていく。そんな中でも液体は出るものの、水に浸ければ何ともない。
作業している間、後ろの閉じた扉の先で絶叫するような悲鳴を音楽として聞き続けた。
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手袋を嵌めた腕で檻の中の《《家畜》》を見た。先程まで叫んでいたのが嘘のように、ぱったりと静まって身体中にかきむしったような跡と結晶化した血液がある。
一度、呼びかけてみるも返事はなく、黙ったまま瞳に結晶化した涙を溜めている。
どうやら、加工が済んだらしい。手袋を脱いで同僚が作業している部屋の扉を開けた先に額に結晶化した汗を浮かべた同僚の姿があった。
ひどく混乱したような顔の男性にため息を吐いて、脱いだ手袋をつけ直し、短い髪の下の首根っこを勢いよく掴む。
そうして、また《《資源の家畜》》を檻の中に放り込んだ。
特殊な加工をすると宝石になる奇妙な血液が流れるキャラクターと宝石の加工師の話
↓
特殊な加工をすると宝石になる奇妙な体液の家畜と家畜の管理職の話
ばっちいもん触る時は手袋をお勧めします。
恋愛三年説
「恋は三年、愛は四年って言葉...ご存知ですか?」
ある教授が講壇の上で、そう語った。
決して端正というわけでもない顔をした白髪混じりの中年の男性だった。
その問いに誰も答えず、黙って前を向いていた。
「...そうですか。では、貴女方に恋人はいますか?好きな人でもかまいません、今...好きな人を想い浮かべて下さい」
問いに応えるようにある程度の全員が誰かを想い浮かべる。それが、一分ほど続き、やがて全員が前を向いた。
「思い浮かべることができましたか?
では、その人へ対する愛は、どのくらい続きますか?
抽象的ではなく、具体的に数字の値として表してみて下さい。
今、それを答える為の用紙をパソコンへ配布します」
パソコンの画面に目を通した。
画面から、一件の課題の通知。それをクリックして開かれたアンケートのページ。
質問は一つだけ。
--- 講義中の質問の“貴方が思い浮かべた人”への愛の数値を可視化して下さい。 ---
--- (年単位、数ヶ月単位 可) ---
質問の下の入力欄に『∞』と打ち込み、送信する。
前を向くも、『分からない』『0』『数ヶ月』『数年』『∞』と欄に別れた投票アンケート。
その中で『数年』が50%を締めていた。
なんだか馬鹿らしくなりながら下の時間を示すタイムウォッチが止まるまで待った。
やがて、ピピッとした機械音が響き、教授の声が続いた。
「お疲れ様です。では、集計の結果の前に『0』や『∞』がある理由をお伝えします。
人間には人を愛する、という行為が必然的に存在します。それは次の世代へ種を託す、広めるなどの本能的な行為の上で成り立ちます。
しかし、稀にその本能的な行為に懐疑的ではない...所謂、消極的な人や、かえって本能に素直な積極的な人がいます。この素直な人は一般的に恋愛体質と言いますね。
真逆で、消極的な人は、恋愛感情も性的欲求もない人という意味で“アセクシャル”。
また、男性が男性を好きになる人を“ゲイ・バイセクシャル”。
女性が女性を好きになる人を“レズビアン”。
最後に異性、同性問わず好きになる人を“バイセクシャル”。
この三つの方々を性的少数者、“セクシュアルマイノリティ”と言います。
近年ではそういった考え方が多く知られるようになり、差別的な言葉が飛び交うことも少なくなりましたが、やはり本能的な行為の上で成り立つことをしないというのは些か不信がられるようです。
では、『0』や『∞』がある理由のうち、『0』は先程挙げた、アセクシャル用からです。『分からない』は、はっきりと明確に表すことを避ける日本人の心理的実験の為です。
そして、『∞』。これはシンプルにそういった方もいるだろうと予想し、追加しました。
では...集計結果についてお話しましょう」
---
『分からない』 10%
『0』 5%
『数ヶ月』 20%
『数年』 56%
『∞』 9%
---
教授がパソコンを弄り、『数年』の平均値をスクリーンへ表示させる。
『3.5年』
ほぼ、四年だと言っているようなものだった。
少しざわつく生徒を抑えるように教授が口を開いた。
「大抵の方が一年から五年で、平均値は3.5年でした。
最小値は一年、最大値は五年。全体的に三年、四年の回答が多く見られました。
これは恋愛感情が三から四年までしか持たない、というやや定説じみた話に基づき、行ったものです。
しかし、本当にそうでしょうか?
人類学者のヘレン・フィッシャー氏は、人間の男女の“愛の揺らぎ”についての研究に取り組み、“恋愛感情は3年で冷めやすい”と恋愛三年説を説きました。
これは、そもそも恋愛の定義を男女、として仮定してこの説を始めに解説しましょう。
男女が出会って恋に落ちると、恋愛の最初のステップである①では、ドーパミンやPEAが脳内に放出され、胸がドキドキとした感覚を覚えたり、相手のことしか考えられなかったりと、周りが見えにくくなる...所謂、盲目的な状態に陥ります。
そして、主に動物的本能から“快感”を覚え、やみつきになる...中毒と酷似していますね。
ですが、半年から3年ほどで恋愛気分を忘れ、一部は別の異性に目移りし始めることがあります。
それは、ドーパミンにはブレーキホルモンが働きやすく、PEAの放出期間は長くて4年程度だからです。
更に男性は、テストステロンが3割も減少し、少しの間、“父親になる準備”を始める。
男らしさは失われ、コロンと丸みを帯びた体格になり、セクシーさは影を潜めてしまいます。
こうなると、『恋人の魅力が薄れた』と感じる女性もいるでしょう。女性も、胸がキュンとなるような恋愛気分は、往々にして長くは続かないのです。
そそんな最中、男性が別の女性に目移りし、再び繁殖の準備を始めたと分かれば、ますます『なぜこんな人と付き合っていたのか』とバカらしくなるのも当然です。
...では、恋に落ちてから4年後に、すべてのカップルは必ず、全員が別れるのでしょうか?
もちろん、そんなはずはありません。
また、すべての男女が『愛がすっかり冷めたのに、子どもや社会的信頼などのため“やむを得ず”夫婦やカップルで居続けている』のかといえば、そうでもないようです。
となると、彼らを繋ぎとめている感情とは、一体どんなものなのでしょうね?」
教授が乾いた唇を舐め、更に話を続ける。
「それは、“幸福感”です。
癒しや信頼、愛着に近い感情を抱かせるものこそ、快感系のドーパミンとは真逆とも言える“幸福ホルモン”で、その代表がセロトニンやオキシトシンです。
セロトニンは、脳を落ち着かせ、リラックスさせる効果をもつ神経伝達物質です。
フィッシャー氏によれば、情熱的な恋愛の①ではドーパミンなどに押され、分泌量が低下しやすいものの、うまくいけば更なるステップの②で正常に分泌され始める、といいます。
一方のオキシトシンは、親しい人と手を繋いだりハグし合ったりと日々スキンシップを深め合うことで、長く持続的な放出が期待できます。一般に、出産・子育てに関係する“母性”のほか、社会行動形成や抗ストレス作用もあるとされ、別名“愛情ホルモン”とも呼ばれています。
ある大学の研究によって、オキシトシンが脳から遠く離れた脊髄にまではたらきかけ、オスの交尾行動を脊髄レベルで促進させることも判明しています。
つまり、①で放出されやすいドーパミンは、激しい恋愛感情や性的快感、すなわち“恋愛”や“性行為”と関連が深い一方で、②で放出されやすいセロトニンとオキシトシンは、信頼や愛着といった穏やかで持続的な愛情、あるいは|繁殖行動《スキンシップ》の一環としての性行為や“結婚(生活)”に関連する欲求に近い、とも言えるでしょう。
この欲求はそれまでの行為が信頼や愛着のステージへ変化していることが分かります。
①や②の感情とは異なり、フィッシャー氏の先の提言に基づけば、ヒトにおいて交配と生殖から進化した恋愛系のシステムは3つ、すなわち性欲、恋愛、愛着です。
性欲は、空腹のときのようなちょっとした“苛立ち”に近く、また恋愛は、気分の高揚や、対象者に初期に感じる“執着”に似た感情だと言います。
では愛着はと言えば、“長年のパートナーに対して感じる、落ち着きや安心感”とのこと。
そんな互いに繋ぎ止められた、三年以上、長続きするカップルや夫婦はそのような感情を抱いているのです。
では、セクシャルマイノリティの方々はどうなるのでしょうか?
アセクシャルを抜きにして考えても、恋愛三年説は“一般的な男女のカップル・夫婦”でしか説かれていません。
貴方が女性で、女性が好きなら、貴方の恋愛感情は三年で冷めますか?
貴方が男性で、男性が好きなら、貴方の恋愛感情は三年で冷めますか?
貴方が女性で、男性が好きなら、貴方の恋愛感情は三年で冷めますか?
貴方が男性で、女性が好きなら、貴方の恋愛感情は三年で冷めますか?
...どうですか、貴方の恋愛感情は三年で冷めますか?」
講義が終わり、教授が席を時計を見た。
直後、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。
引用:文春オンライン
「恋愛感情なんて3~4年しかもたない」が定説…それでも関係が長続きする夫婦・カップルはいったい何が違うのか 『恋愛結婚の終焉』より #2 /牛窪 恵
https://bunshun.jp/articles/-/65600
参考:TED日本語 - ヘレン・フィッシャー: 恋する脳
https://digitalcast.jp/v/19232/
参考:TED日本語 - ヘレン・フィッシャー: 人が恋する理由
https://digitalcast.jp/v/19351/
わりと本文そのままですね。
『人が恋する理由』が作中と記事のものです。
優しさの本質
「なぁ、人は何のために生きてるんだろうな」
薄汚いシェルターの中で、若い男性が問いかけた。
外への入口は堅く、堅くしまっている。
やることがないのだろう。付き合ってやろうじゃないか。
「…こんな狭いシェルターの中で、肩寄せ合って汚染が消える日まで待つことだろ。今のところは、そうだ」
「へぇ、じゃ、優しさってなんだ?」
それに幼い少女が缶詰された人工桃を食べながら答えた。
「とっても偉い人達と、他のみんな、笑って過ごすこと!」
その場にいる少女以外の大人が笑った。
そして、無精髭を生やした男性が応える。
「そりゃ、無理な話だ。嬢ちゃん、お偉い様ってのはいつも国民の話なんか聞かないで国力だの国税だの、そんなことしか考えてない。
国民なんか金を集める駒にしか見えてないのさ。今だってそうだ。国の為だとかくだらないホラを吹いて、戦争をおっ始めた結果に核をまた喰らっちまった。
おかげでどうだ?地球は見事に崩壊して異常な数値の大気ガスを撒き散らした。
ああ、こりゃダメだ、もうここには住めねぇ。そしたら、お偉い様はどうしたよ?」
「えっと……どうしたの?」
「お偉い様だけで別の惑星に移り住んじまったんだよ。開発中の火星?とやらにな。
残された国民はその火星に行こうとしたが、ロケットってのはひどく予算が必要らしいじゃないか。つまり、莫大な金が動くんだ。金が必要になるって言ったら動けるのは運の良い富裕層の人間だけだ。
そんなこんなで、今まで平等だの平和だの言ってたのがあっと言う間に韓……隣のエセ中華国みたいに競争社会だ。
富裕層は大気ガスのない星でガキをこさえて平和に暮らす。一方、貧乏人は大気ガスのある星でガキをこさえるどころか明日の飯にすら困る程、困難な暮らしをする……それが今の俺らだ、嬢ちゃん」
幼い少女は言葉の意味を理解していないのか、しばらく頭を傾げていた。
無理もない、最近の子供はまともな教育なんて受けられない。
それこそ、こんな大気ガスから逃れるようなシェルターの中に学校なんてものはない。
「……んな話、子供にしたって分かんないわよ。ねぇ、何か面白い話をして。何か話を聞いていないとお腹が減って苦しいのよ」
そう若い、と言ってもしみの目立つ中年の女性が文句を垂れた。
その言葉に頷き、「優しさについて、また考えようぜ」と返した。
全員が首を縦に振り、若い男性が始めに話す。要は言い出しっぺだ。
「じゃあ、そうだな。
人は何か一つくらい誇れるもの持ってるだろ?
何でもいいんだ。それを見つけると尚、良い。勉強が駄目だったら、運動がある。
両方駄目だったら、お前には優しさがある。
夢をもて、目的をもて、やれば出来る…こんな言葉に騙されるなよ。
何も無くていいんだ。人は生まれて、生きて、死ぬ、これだけでたいしたもんさ。
そういう自分自身を作る優しさが、俺の優しさだ」
次に中年の女性が口を開いた。
「そうね、じゃあ…気を使い合うってのも優しさだけれど、時には傷つけるのを覚悟で、本当のことを言ってしまうことも優しさ…そして、寄り添うのも優しさだと思うわ。
相手を理解して、目を見てちゃんと話をするの。それで、今は過ごせると思う」
次に年老いた男性が口を開いた。
「私は…ただ生きていてくれたらいい。
究極の優しさは相手の命を想い続ける事だと思うよ。
いつものように寝て起きて、隣を見ればそこに生涯で一番愛した人がいる。
それだけで、優しいのさ」
次に無精髭の男性が口を開いた。
「優しさの意味で何よりも明らかなのは、自分のことを大事にすることだ。
自分を大事にできれば、ほかの人にだって“敬意”と“やさしさ”、そして“寛大さ”をもって接することができるようになるだろ?」
次に四肢の欠損した女性が口を開いた。
「人の辛さが分かることが優しさだと思う。理解したその優しさで、さりげなく支えてくれるのも、また優しさ」
次に盲目の男性が口を開いた。
「優しさは、自分から与えるものなんかじゃなくて、相手が求めてきたときに、さりげなく示すものだと思う。そうした無垢な優しさは必ず誰かを救うから」
俺はただ、黙っていた。答えがなかったからだ。
優しさとはなんだろうか。
そんな空虚な質問にシェルターの人々はゆっくりと語る。
生きている人間に、たった一欠片のパンを与えることだろうか。
生きている人間に、生まれている意味を与えることだろうか。
結局のところ、優しさの本質や生きる意味など、人それぞれなのだろう。
---
〘どうだ?汚染地域のシェルターの中、どうなってる?〙
繋がれた無線からチームリーダーの声がした。
大気ガスが汚染した地域の中で砂に埋もれるような形だったシェルターの中は埃が舞い、鼠や虫が踊っている。
非政府公認の団体がこうして大気ガスの中、食料や物資を届けている現状の中でその団体の一員としてこのような状況はそう珍しくない。
何しろ、ここへ前に同じような惨状を幾度となく見てきた。
大気ガスが蔓延する中で食料を買うこともできず、腹を空かせて死んで誰もいなくなったシェルターの中を。
中の人間の反応がなく無理やりこじ開けたシェルター内は想定通り、山のように人間の遺体が積み重なっていた。
その遺体をかき分けて足場を探して容赦なく進む。
非人道的ではあるが、もう食料を届ける必要のないシェルターかどうかを確認するために中に人間がいないかチェックしなければならないのだ。
少し進んだ先で何やらクチャクチャと物を含む音した。
何かを食べているにしても、何を食べているのだろう。
このシェルターの中にある缶詰や飲料水は全て空で、長い年月が経過しているのだ。
「誰か、いるのか?」
そう聞くも何も返ってこない。返ってくるのはクチャクチャとした擬音だけだった。
もう少し進んだ先に赤い液体の入ったペットボトルを見つけた。まるで、飲料水とでも言いたげな代物だった。
更に、奥。この辺りで音は大きくなっていた。その音がもう目と鼻の先と言わんばかりの距離に生存者がいた。
若い男性のような肉づきのない骨ばかりの腕から溢れた血液を啜る幼い少女の姿。
足元にはばらしたのか、ばらされたのか分からない男性の遺体が転がっている。
その食事の光景に目を丸くしていると不意に少女がこちらへ向かって微笑んで、
「わぁ、いつものご飯を持ってきてくれる優しい人だ!
あのね、みんながお腹空いてたんだけどお腹が空いて空いて、居ても立っても居られなくなって…楽しそうに叩きあったり殴りあったりして、みんな動かなくなっちゃったの。
でも、この男の人は私をずっと守ってくれて、ご飯くれたの。
食べるところは少ないし、男の人も動かなくなっちゃったけど優しい人だったの。
お兄さんも優しいよね、ご飯をくれるもの!」
無邪気に笑う少女と対比して、無線の声は人間味を帯びない冷たい指示を出した。
〘おい、そのガキ、さっさと撃て。多分…ダメだ〙
言われるまでもなく、そうするつもりだ。化け物に餌をやる趣味はない。
そう思いながら、腰に吊られた物に手を伸ばした。
---
小綺麗なトラックに食料の詰まった箱を運びながら防護服を着た若い男性が同じような格好の中年の男性に話を投げた。
「チームリーダー、ここって優しいですよね」
「ん?あー…そうだな、無償で汚染地域へ物資を届けてるからな…政府から礼なんて貰ったことないが」
「…ですよね。それじゃ、優しいって意味なんでしょうね」
「随分と哲学的な話だな…なんか、影響されたか?」
「いえ、純粋な疑問です」
「…ふぅん……ま、人それぞれだろ。俺はこうやって、何の見返りも無しに物資を届けるのが優しさだな。優しいだろ?俺達って」
「……そうですね」
話の流れで切られた話題を少し、考えた。
化け物のようになった人間を殺すのもまた、優しさなのだろうか。
どう頑張って考えても、そうだと断定する答えは出なかった。
ミステリー小説犯人捜しRTA
ミステリー小説犯人捜しRTA
はーじまーるよー。
---
名前を入力して下さい。
#名前#
…と思いましたが面倒くさいので最速の“あ”で行こうと思います。
貴方が台詞を見た瞬間からスタートです。
---
???
「 あ さん。起きて下さい。着きましたよ」
ということで始まりました。
何やら私をバスから誰かが起こそうとしているようですが画面をスクロールしてスキップします。
ここで彼と話をしてしまうと執筆を更に行うことになる初手から最大の罠があるんですね。
ちなみに彼の名前は|神谷《かみや》|幸《ゆき》、探偵である主人公の助手で、今からよく分からない依頼主から謎の島へ行くことになるんですが、これはコメディなのでどうでもいいです。
さて助手君と会話後、バスから降りる流れになるのでバスの車内の座席に潜り、裏へ行くことができるのでそこから飛行機の中へ入り込みましょう。
ここで注意ですが、金属類を身体に身に着けていると警備員がどこでも現れて大幅なタイムロスとなるので金属類が身体にないか確認しましょう。
個人的には上半身と下半身の服を脱ぎ、パンツだけの姿が理想的です。
神谷幸(助手)
「えっ、ちょ… あ さん?!何して、え?」
助手君を無視して無事に飛行機の中へ乗れました。
助手の姿がないですがどうでもいいです。さて、飛行機が謎の島へ着くまでに2時間もかかってしまいます。
これは非常に問題で、今回の走りでは1時間を目安としているので早々にコックピットへ行き、飛行機の操縦桿を操作しましょう。
その後は依頼主の島へ行くまでの簡単なお仕事です。
|氷室《ひむろ》|平昌《ひらまさ》(機長)
「ぇうわ、なんだお前?!なんでパンツ一丁_あ、おい、やめろ!あ、ダメだこれ、あ〜、あ〜、あ〜……………………何コイツ、めっちゃ操縦上手いんだけど。え?嘘、こんな上手いやついる?え?え?え?はぁ?はぁ?!」
ということで無事に着陸しました。
島に大きな滑走路があって助かりました。後ろで機長や他の客が騒がしいですが、無視して前転しながら依頼主のところへ行きましょう。
前転しながら行く理由は普通に歩くよりも更に素早く動くことによって移動スピードが増加するからです。
飛行機の乗客
「あっ、おい逃げたぞ、あの☓☓☓☓!!…え、なんだ、あの動き…キモ……」
---
|傘津藩《さんつはん》|仁《じん》
「ようこそ、いらっしゃいま_っえ?」
長いので要約しますが、こちらの傘藩仁という男性は島にある館の主で今回の依頼主です。
そして殺人犯です(唐突な深刻なネタバレ)
この男は遺産相続によって敵対関係にある一族の中で唯一身分が低く、ろくな扱いを受けていなかった人物で、前当主が亡くなったことにより遺産相続を次の当主へ渡そうとなった話のうち、遺産を相続する可能性が低いことから自分以外の一族虐殺を企てました。
現状はこの男とその男の兄、兄嫁、叔父、叔母、姪しか残っていません。
その中で兄、叔母、兄嫁、叔母の順で亡くなり、最後に姪を手にかけようとした瞬間に暴かれるのですが、そんなことはどうでもいいので適当に証拠をとって行きましょう。
…と本来ならそうするのですが、これは時間との勝負。
館の階段と壁の隙間に体当たりをかまし、あらかじめ斜め45°に向いてエンディングムービーのところまでスキップします。
ここで45°の位置に向いておかないと、オープニングムービーが開始されるクソバグがあるんですね。
---
SKIP
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SKIP
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SKIP
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SKIP
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SKIP
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神谷幸
「 あ さん!お疲れ様です!…ですが、その格好は_」
警官A
「 あ ! の逮捕状で_」
ということで事件解決後に猥褻罪により豚箱エンドです。エンディングだぞ、泣けよ。
完走した感想は、始めから衣服が無ければ、更にスムーズに行うことができたかも知れない追求点。
そして、目標クリアタイムが1時間を切れたことです。
なんですか?犯人捜しをしていないって?
ああ、これコメディなので。
なんだろうね、これ。
昨日の夜に書いてた謎のやつです。
お客様レビュー
(東京都渋谷区◯◯◯店 支店)
★3 可もなく不可もなく、普通のお客様。
👍️2 👎️0
2人がこのレビューを役に立ったと言っています。
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そう携帯の文字にお客様のレビューが先日行った店の名前で書かれていた。
飲食店や民間店など、客が店に対してのレビューを行うことは一般的だろう。
しかし、政府がカスタマーハラスメントやパワーハラスメントなどに対し行った新たな評価システムは店側も客のレビューを行える、自己責任を伴うともいえる政策だった。
★3なら普通ということで店側からは何も思われず、普通に入店できる。
★4〜5なら店側からは喜んで迎えられ、時にはご飯のおかわり無料とか、飲み放題を無料で提供されることがある。
★1〜2は店側から稀に入店拒否されることがあるが、相当な営業妨害を行わないかぎりそうなることはない。
最も★1〜2の時点で、ろくな客でないと分かっている有名店などはそもそも★3〜★5の客しか入店させてもらえないケースもある。
要するに、この政策は《《可視化されたブラックリスト》》だ。
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「いらっしゃいませ、■■■さんですね」
★4〜5の客は名前を覚えられることがある。それは優遇を受ける上での証明と言っていい。
今呼ばれた■■■さんは物腰の柔らかな紳士といった様子で、どこか穏やかな雰囲気がある中年の男性だった。
「ああ、有り難う。覚えていてくれて、嬉しいよ」
「いえ…お席にご案内しますね。お席に腰かけてお待ち下さい」
愛想の良い筋肉質な男性がそう返事をして男性を僕の隣へ案内する。
僕も堪らず椅子をひき、男性が座りやすいようにしてしまった。
「おや…有り難う。老体には一つ一つの行動が辛くてね、君のような若者には助かってばかりだよ」
そう微笑んで皺の目立つ細い手で僕の頭を撫でた。
ふと、筋肉質の若い男性を見やるとこちらもまた、微笑ましそうに笑っていた。
やがて、中年の男性が“塩ラーメン”を注文し、僕もまた頼んでいた“酢豚定食”に箸をつけた。
それが数十分後、店の扉が勢いよく開かれた。
昼間から頰を赤く染め、真っ赤な鼻で千鳥足の隣の紳士とさほど変わらない年齢の男性。
目の焦点もどこか合っていないようで、携帯を向けて調べてみるとすぐにヒットした。
本名こそは出ないものの、顔写真と年齢、性別が分かる★1のお客様。
レビューの内容は『酒を飲んでいるのか大声で騒いだり、他のお客様の席でボディタッチや叱責は当たり前だったりの行動をする』『気に入らないことがあると、すぐに騒ぎたてて営業の妨害になる』等、散々な言われようだった。
すぐに筋肉質の若い男性が近づき、先程とは打って変わって低い声で言った。
「本店のお客様の入店は堅く禁じております。ご退去頂けると幸いです」
分かりやすく噛み砕くと、要は『お前は店に入れてやらないから、どっかいけ』だ。
まぁ、そういうことも珍しくはない。
何しろ、迷惑を被ると分かっているのにわざわざ店に入れて迷惑を受け入れる人間は少ないだろう。
これを差別だと言っても、それが自分自身の行動や言動による行いが招いた結果の自業自得であるからしょうがない。
自分で撒いた種は自分で片付ける。尻拭いは自分以外できない。
どんなに喚いたとしても、そこは変わらない。
頰の赤い男性は更に顔を紅潮させ、唾を吐くように喚き散らし始める。
「何故俺なんだ」「いつも、いつもそうだ」「俺は悪くない。お前が悪い、お前が悪い!」と、どこか責任転嫁のような発言を繰り返す。
隣の紳士とは大違いだと思った。
隣の紳士は行儀正しく黙ったまま、ラーメンの麺を啜っている。
そうでありたい、そうなりたいと思うまでにそれは美しく、気高かった。
頰どころか、顔全体まで赤くなった男性は店員を更に口汚く罵るようになり、手に持った焼酎の瓶を振り回し始める。
しかし、店員の声は慌てず冷静のままだった。堂々として何をするでもなく男性と会話し続け、『出ていけ』の一点張り。
心底、その店員が恐ろしく思えた。
しばらくして全てを食べ終わり箸をおいた。
頰の赤い男性はいつの間にかいなくなり、散乱した瓶の破片だけが落ちている。
その破片を軽く拾ってからゴミ箱へ捨て、会計を済ませて店を出て、携帯を見た。
---
(東京都渋谷区◯◯◯店 支店)
★5 老人にも優しく、ゴミを捨てるなど気配りのできるお客様。
👍️0 👎️0
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脆弱の消耗品
とても おおきな て に つつまれて おおきな おうち と たくさん の みず が ある プール が そなえつけられた とうめいな おへや へ やってきた。
みずあそび を しよう と プール の なか で あそんでいたら 、 だんだん と からだ が うごかなくなって て が とけはじめた。
あし も、 かみ も、 おなか も、 せなか も、 すべて が とけた。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれて ぽっこり と おおきな おなか を おされた。
こひちゃ 、 こひちゃ と よばれるたび に うれしくて がんばったけど おなか が めりめり って おと を たてて ばくはつ した。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれて じまん の はね を さわって もらった。
じぶん は とべるんだって ごしゅじんさま に みせたくて 、 たかい ところ から はばたこう と したら はね が ぜんぜん うごかなかった。
そのまま つよい しょうげき に たたきつけられて からだ が うごかなくなった。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれて たくさん の じぶん が いる おへや に ついた。
みんな が みんな やさしかったけど 、 ごしゅじんさま の て に だれ が のるか あらそって みんな が くっついたら 、 ぎゅうぎゅう づめ に なって くるしくて くるしくて なきそう に なった。
だんだん と くるしさ が なくなって いき も できなくなって いつのまにか せまくて くらい ちいさな おへや で みんな の からだ が うごかなくなった。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれて おみず が たくさん ぼこぼこ と する へや に ついた。
あわ の おふろ みたい で かお を ちかづけたら あつい けむり が かお へ きた。
びっくり して あし を すべらせたら からだ ぜんたい が あつい あわ に つつまれた。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれて なか で ねむった。
さわさわ と なでる ゆび が きゅう に からだ ぜんたい を つかんで めのまえ が まっくら に なった。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれて もともと ない あし を つけられた。
いままで はって うごいていた から じぶん の あし が あるのが ふしぎ だった。
あし で あるこう として せいだい に ころんだ。
あたま が われたような き が した。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれて ねるため の ふとん へ きた。
あさ おきてみると 、 ふとん から でれなくて だんだん と いき が くるしくなった。
おおきな て に たすけ を もとめた。
たすけてくれなかった。
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とても おおきな て に つつまれた。
おおきな て に じゆう を もとめた。
たすけてくれなかった。
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|Compact Human《小さな人間》。
近年、爆発的に流行っている人間の外見を模した|愛玩動物《ペット》の一つ。
Compact Humanは手乗りサイズの小さな人間といった感じで、外見は普通の人間と変わらず知能は人間の1歳児にも満たないほど低い。
つまりは人間の都合の良いように作られた新しい生物であって、人間ではないし、外見こそ似ていても身体の構造は全く違う。
このCompact Humanはコアなファンや消費者から《《こひちゃ》》と愛称で親しまれている。
そのため、ネット上に『#こひちゃ』のハッシュタグが多く、そのペットに何かをしてみた、とかどこかへ連れて行ってみた、とかそういったものも多く見られるが、例のこひちゃは雄雌関係なく珈琲のような茶黒い髪色が特徴的で簡単に握りしめたら潰れてしまう程、小さくて脆いようだ。
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試しに一匹だけ例のペットを買って、ゲージへ放り込んだ。
ゲージの中には寝床であるクッションだけが敷かれたハムスター用の家と、水分補給用の水が張られた皿だけ。
放っておくと、皿の中で身体が溶けた状態で死んでいた。
あまりにも脆かった。
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二匹目は腹が大きい雌個体で、妊娠していることが分かる不良品だった。
戯れに腹を触っていたら破水したのか力みだし、しばらくして幼体が顔を出したが直後に腹を裂くようにして幼体の全体が見えた。
育てる気はさらさらなかったので自らの手で潰した。
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三匹目は翼が背中についている不良品だった。
自分は跳べると思い込んでいたようだが、体力的に翼をうごかす体力がないため飛び立つ心配はない。
高いところへ置いておくと翼で飛ぼうとして見事に地面へ墜落した。
その際に翼が背中からとれたようだった。
取れた羽は綺麗だったので飾ることにする。
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四匹から十匹目を手に乗せて紙コップで全員が閉じ込められるように密封した。
始めの頃は騒いでいたが、しばらく経つと何も聞こえなくなり蓋を開けてみると押しくら饅頭状態で紙コップの形になった肉塊があった。
紙コップに再び詰めて燃えるゴミへ出した。
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十一匹目は料理中に水が沸騰した鍋の中へ落ちたようだった。
全身が赤く腫れて動くことができなくなっていたが、冷水をかけると激しい痛みにのたうち回り、やがて静止した。
遺体には水膨れが小さな身体に不釣り合いなほど大きくできていた。
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十二匹目は強度が知りたくて自らの手で握り潰した。
軽く力を込めただけだったが、案外呆気なく潰れた。
ぶちゅっとした音と空気が抜けたような音がした後に手を開くと内蔵などがよく見えて掌の中が赤く染まっていた。
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十三匹目は元々足のない不良品で、移動の際には這うようにして動いていた。
少し不憫に思って義足をつけて歩かせたが不慣れな様子ですぐに頭から転倒し、頭蓋骨が割れて脳みそが散乱した。
後片付けが一番大変な個体だった。
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十四匹目は一人の閉所の場合はどうなるか知りたくて、寝ている布団の奥へ入れて縁を閉じ、密封した。
中から出られず暴れていたが、収まった辺り酸欠で亡くなったようである。
密封している、というよりは少し押さえつけているだけでも抜け出すことは不可能らしい。
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十五匹目はひどく暴れる個体だった。
全く懐かず可愛げもないためゲージの中へ閉じ込めておいた。
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十六匹目は…
趣味嗜好コンテスト
「これさ、つまんないよね」
数枚にも束ねられた原稿用紙を見ながら無精髭の男性が呟いた。
「具体的には?」
受け答えするように、向かいで別のものを読んでいるニキビの目立つ男性が応える。
「なんていうか……恋愛の定番って感じだし、台詞も地続きで登場人物の行動や心情が全く伝わってこない」
そう応えて、ニキビの目立った男性に原稿用紙を手渡した。
男性はそれに目を通して、すぐにため息を吐き口元を歪めた。
「本当だ、まるで役者の台本みたいだな」
「だろ?台詞の手前に登場人物の名前を置いて、分かりやすいけれど…後手に行動を擬音で書いていて小説ではないんだよ」
「子供が作る小説のコンテストなんて、そんなもんだろ」
吐き捨てた本音を片方は拾うことなく、黙って作業にあたった。
しばらくして顔をうっすらと歪みつつ席を立ち、ニキビの目立つ男性に口を開いた。
「今月もダメだな」
そう肩を竦めて、作業マニュアルへ目を通し、『良作を見つける』の欄に指を置いて苛立ったように言葉を続けた。
「良作、良作って…要は優秀賞だろ?そういうの、よくないと思うんだけどな」
「なにがよくないんだよ。人から貴方の作品は素敵だって言われてるようなもんだろ」
「そういうことじゃない。そりゃあ、人から作品を褒められるのは良いだろうけど…その褒めるまでの過程って、そいつの好みだろ」
「…だから?」
「俺達が今してる、良作を見つけるって行為も…見つけた良作=俺達の好みな作品、ってことだよ」
その言葉にニキビの目立つ男性が少し考えてから、すぐに応えた。
「……それなら、小説に限らずイラストや漫画、音楽…創作するもの全てに当てはまるんじゃないのか」
「そうなんだよ。だからある意味、贔屓みたいなもんだよな…こういうこと言うと、怒られるんだけどな」
「…じゃあ、その贔屓作品を見つけて、さっさと仕事終わらせようぜ。ほら座れ」
「えぇ~……」
無精髭の男性がニキビの目立つ男性に諭されながら、再び原稿用紙へ目を通した。
原稿用紙が大量に積み重なった室内の時計は、既に午後6時を下回っていた。
POKE or CHICKEN?
「どうですか?その唐揚げ、とても人気で朝イチに作って届けてるんですよ」
そう、赤いトサカが特徴的で白い羽毛に包まれたニワトリが笑った。
小さく脂ぎった唐揚げを掴む手がわなわなと震えて狙いが定まらなくなり、唐揚げの入った容器から取り零しそうになる。
「ねぇ、美味しいですか?」
感想を言おうにも唇は固く結ばれて動くことがない。
やがて、目の前のニワトリは少し気落ちしたように「美味しくないんですね」と笑って、言葉を続けた。
「貴方が食べてる、それ。誰のお肉だと思います?」
《《ニワトリ》》。私が選んだ、《《ニワトリ》》。
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固く結ばれた唇を恐る恐る開いて、小さく脂ぎった唐揚げを口の中へ放り込む。
口の中に、小さな罪の味と……胸が踊るような肉の美味さが広がった。
「美味しいですか?《《ニワトリ》》の味は、美味しいですか?」
未完成
「ここには、もう何もありません」
「ここには、もう何もありません」
「ここには、もう何もありません」
「ここにあったものは、もうありません」
---
誰かを探すように、血眼になって何かを探していた。
もう何分も、何時間も、何年も。
白紙の布を被った作品は、人は、もうここにはいない。
何もかもが跡形もなく消えてしまった。
とても心躍る陽気なものだったのだろう。
とても泣きたくなる悲観にくれたものだったのだろう。
とても愛しくなる愛に満ち溢れたものだったのだろう。
とても驚くような感嘆にくれるものだったのだろう。
とても恐ろしい焦燥感が襲うものだったのだろう。
それらが、指先一つの押しだけで何もかもが消えてしまった。
だからこそ、何度でも言うのだ。
己が消えるその日まで、消えたくなるその日まで。
---
「ここには、もう何もありません」
「ここには、もう何もありません」
「ここには、もう何もありません」
「ここにあったものは、もうありません」
「ここにあったものは、全てが“|未完成《無価値》”です」
#お呪い
闇夜の竹藪の中、年季の入った大きな屋敷が車のライトに照らされて奇異な雰囲気を纏っていた。
手に持った|刈谷《かりたに》|誠治《せいじ》と自分の名前の入った機材であるカメラの調子を見ながら、車の中で俺が渡した水筒を飲んでいる大学のオカルトサークル仲間である|篠原《しのはら》|勇人《ゆうと》へ声をかけた。
「なぁ、撮影の機材ってこれでいいか?」
「ああ…それでいいよ。今、繋がってる?」
「いや、繋がってない。配信は入ってから…で、いいよな」
「オーケー、じゃあ先に降りてくれよ」
煙草と香水の匂いのする車内から竹が乱雑に生えた土地へ足を下ろす。
そのままカメラを片手に持ったまま、腰に下げていた懐中電灯で辺りを照らした。
車のライトでも姿を見た古ぼけて底の抜けていそうな大きな屋敷。
何でも入った者は呪われるとか呪いがあり、地元で有名な心霊スポットの一つだった。
そんな屋敷があると聞いて好奇心旺盛な若者が黙っているわけがない。
嬉々としてカメラを持ち、配信サイトのアカウントへ共有しようとする手を止めず、宣材写真として屋敷の中をレンズへ映した。
俺が所属するオカルトサークルは若気の至りというものなのか、心霊スポットへ行った内容を動画にして世界中で発信しよう…そんな簡易な理由で作られ、『皆様に恐怖を届ける』ことを目的としたよくあるキャッチコピーをする心霊系YouTuberグループ。
逆に言えば、迷惑系YouTuberグループとも言える。まぁ、部長である|笹神《ささかみ》|真《まこと》が撮影許可を取っているそうだが、いまいち信用ならない。
そんな男が嬉しそうに俺を越して、たてつきの悪い扉を真部長が両手で勢いよく開いた。
「ねぇ、本当にこんな汚そうなところ入るの?」
「ね〜…雪菜、早く帰りた〜い」
横で姉貴肌の|井上《いのうえ》|琴音《ことね》と、オカルトサークルの姫的ポジションである|上野《うえの》|雪菜《ゆきな》が互いに愚痴をもらした。
それに勇人がひょうきんな様子で口を開いた。
「んなこと言われてもさぁ…男3人しかいないんだから、撮れ高が何もないじゃん。
頼むよ…よっ、可愛いね!綺麗だね!撮影放っておいて俺とお茶しない?」
「勇人、抜け駆けしてんじゃねぇ!お前も早く来い!」
勇人の誘い文句へ真部長の怒鳴り声が飛んだ。
すぐさま、「今行きまぁす」と返事をして勇人も屋敷の中へ入っていった。
それに続き、俺もカメラを持ったまま屋内へ足を踏み入れた。
---
「|1《ワン》、|2《ツー》、|3《スリー》…アクション!」
高らかに配信開始の合図が響いた。
端末の中で寄せられたコメントの数々が流れてくる。
『こんばんは〜』とか『はじまった〜』とか、他愛もない平凡な言葉の数々。
何も問題はない。
カメラの正面に立った真部長が軽く挨拶をして、メンバーの紹介に移る。
そして、最後に画面には映らないカメラ担当の俺が挨拶をして終わり、また真部長が話を始めた。
「今晩は地元で有名な心霊スポットのF県の“A屋敷”です〜…で、ここの噂ってのが“居間でお婆さんの幽霊がいる”、“2階の椅子に座っていると女の子の声が聞こえる”……あと、特に有名だったのが“呪われている”ってことですね」
真部長の説明を終え、次に勇人が口を開いた。
「呪われてるって、具体的にどういうこと?」
「さぁ?ネットでは呪われてるってことしか分からなかったな」
「…へぇ〜」
配信サイトのコメント欄に『前置きいいから、はよ探索しろ』『呪いの原因とか調べてほしい』と口々に言いたい放題な言葉が飛び交う。
それを見た琴音がこちらに目配せをし、行動を促した。
一斉に向けられた四人の視線に答えるように俺は口を開いた。
「そろそろ、入るか」
全員が首を縦に振った瞬間、コメント欄の勢いが急速に向上した。
埃を被った床が軋み、腐ったような異臭が鼻につく。
更には、古く今にも崩れそうな柱に古びた御札が大量に貼られていた。
また空き家の屋敷だというのに物は乱雑に置かれ、足の踏み場が無いほどにゴミやかつての家族が住んでいた痕跡のある品々が散らかっている。
「…あれ…遺影じゃない?」
琴音が床に並べられた黒枠の写真を見て、そう呟いた。
俺もつい、カメラを写真へ捉えたまま琴音に応えた。
「遺影?遺影ってあんなに大雑把に置かれてるか?」
「知らないわよ。でも、心霊スポットに遺影なんてありがちじゃない」
「そ、そうか…?」
遺影と思わしき写真に歩み寄り、片手で写真を持ち上げた。
写真には肉落ち痩せこけた老婆が華やかに笑う、なんとも奇妙な写真。
「…確かに、遺影かもな…」
琴音が隣で「そうでしょ?」と笑い、怖がって抱きつく雪菜を宥めている。
その姿になんとなく、懐かしさを感じられた。
探索も進み、真部長のトークと少しえづいている勇人の質問だけで続く配信。
時折、雪菜が叫び、それを琴音が宥める。
俺はカメラを気になるところでズームアップしたりと自由に回し、コメント欄も特に変わった変化も見られないまま続いていった。
そして、屋敷の探索が一巡し、何も得られないまま配信は終わりを迎えた。
---
異臭の匂いが纏わりつく屋敷の中を出て、新鮮な空気を口いっぱいに頬張った。
「……よし、切れたはずだ」
配信の切れたカメラを片付けながら俺達は帰宅の準備を始めていた。
やけに生暖かい風の吹く竹藪の中、各々が携帯を見たり車の様子を確認している。
その中でふと、勇人が俺の肩を軽く叩いてきていた。
どこかふわふわとして目の焦点の合わない奇妙な感じだった。
「なんだよ」
「誠司君や、今日の探索つまらなかったよな?」
「……それで?」
「つまらなかったか?って聞いてんの、答えてちょーだいよ」
「ああ、うん…正直つまらなかったな」
「でしょ、だから超優秀な篠原勇人さんはね…」
「勿体振らずに早く教えろよ」
「|雰囲気《ムード》ってもんがあるだろ、ノれよなぁ…これ、これ見てくれ!」
そう言った勇人の手には古びた御札が載せられていた。
間違いなく、屋敷の柱に貼りつけられていたものだ。
「…おまっ、これ…!」
「どうよ、勇気あるだろ!これ部長に渡して次の動画にしようぜ〜」
「嫌だよ!返してこい!」
「え〜…」
子供のように頬を膨らませて不満げな顔をする勇人に更に文句を言おうとした瞬間、真部長の帰宅へ出発する合図がした。
この場にいる全員が我に返って、再び煙草と香水の匂いのする車内へ乗り込んだ。
その途中で勇人が御札を捨てていないことが気がかりでしかなかった。
---
無事に帰宅し、実家へ着いた瞬間に畳のある座敷へ赴いた。
座敷の中には仏壇があり、横の写真立てに齢6歳ほどの可愛らしい顔をした少女が笑っている。
少女の名前は|刈谷《かりたに》|澪《みお》。12年前に亡くなった幼い妹だった。
亡くなるにはまだ早く失われた命の儚さと、どうしようもならない喪失感にひどく襲われる。
苦虫を噛み潰したような顔がお鈴に映り、急いで表情を整えた。
りん棒でお鈴の縁を鳴らして手を合わせる。
真っ暗に染まった世界がいやに気分が悪く、寂しげで今すぐにでも瞼を開けたくなった。
---
携帯の時計の針は刻一刻と刻み、休憩時間まで後5分であることを物語っている。
少し弄っていた携帯が小さく揺れ、真部長から通知が届いた。
『篠原が死んだ』
その一言だけだったが、不意に三日前に言った屋敷で勇人が御札を持ち帰っていたのが自然と思い起こされた。
5分が経ち、鐘が鳴ったと同時に勢いよく飛び出してオカルトサークルの部室へ急いだ。
駆け込んだ部室には頭を抱えた真部長と、御札を持った琴音に加え、放心した様子の雪菜がそれぞれ部屋の中の一つのテーブルを囲う形で椅子に座っていた。
窓には鉛色の空が広がり、涙雨が止まない様子だった。
「勇人が死んだって、どういうことだ?」
空いている椅子の一つに座りながら、真部長へ問いを投げかける。
真部長が少し間をおいて、語り始めた。
「…一昨日、ご遺族の方から“勇人が亡くなった”と大学側が連絡を受けて……それで今日になって俺に伝えられたんだ。
亡くなったのはあの屋敷に行った日、だな……亡くなる前に友人に『吐き気や幻覚が見える』と…」
「……?…それ、死因は?」
「…その……鑑識は『薬物中毒による自殺』だと…」
「薬物中毒?どうやって?」
「それが分からないんだよ、何か三日前にアイツが食べたものとか知らないか?」
「…えぇ…車内でおにぎり食ってたくらいじゃ?」
「…だよなぁ」
そこで終わる会話に雪菜の我儘が被せられた。
子供のように喚く姿にうっすらと奇妙な考えが浮かんだ。
隣にいる琴音は俯いたまま、雲に覆われて時折、雷の落ちる空の窓辺に立っていた。
「ま、前に行った屋敷の呪いだよ!だって、ほら!御札を盗んでたじゃん!
ゆ、雪菜、知らないもん!関係ないから!勇人の自業自得じゃん!」
「…盗んだ?」
真部長が雪菜の言葉に耳を疑った。
視線が自分に向けられていることに気づいたのか、焦った雪菜の軽い口から更に情報が漏れていく。
死人は口なしというが、勇人には可哀想なものだった。
「そう!や、屋敷の柱にあった御札を持って帰ったの!だから、呪われたんだよ、きっと!」
「…御札……」
「屋敷の死んだ人が怒ったんだよ!雪菜、死んじゃうかもしれない!ねぇ、雪菜のことを守ってよぉ!」
「…………………」
「…部長?ね、ねぇ、聞いてるの?雪菜…」
「……お前、本当に呪いがあるって思ってんのか?」
「…オカルトサークルだし…」
「……オカルトでも、部員の一人が死んだ理由が呪いなわけないだろ…粗方、帰宅直後に飲酒でもして大量に薬物を呑んだとか、そんなんだろ。
所謂オーバードーズだよ。薬物中毒もそれで説明つくだろ」
「…じ、じゃあ…誰が御札を返しに行くの?」
部室の中に静寂が流れる。
やがて、窓辺にいた琴音が静寂を破った。
「…私が返しに行く」
それに真部長がゆっくりと頷いた。
震える手で琴音に御札を渡した後の真部長はあの時と同じように、憑き物が落ちたような顔をしていた。
俺は片手で携帯を弄って真部長と目を合わせないようにした。
---
うまくいかない日は、立て続けに不幸が訪れるものだ。
雪菜から『琴音ちゃんからの連絡がない』と言われ、現地民として向けられた俺は琴音の元へ訪れていた。
「…琴音?……いるか?刈谷だ」
扉一枚を挟んだ家からは返事がない。
扉をノックするも何もなく、仕方なくノブに手をかけると思ったより簡単に扉は開いてしまった。
つまり、開いていたのだ。
嫌な考えが頭に過ぎり、部屋へ入ると床に中身が入ってぐちゃぐちゃになったコンビニ弁当に虫が集ったものと、捨てられていないゴミ袋が何個もある。
部屋の隅に置かれた封筒らしきものには『遺書』と名前が書かれている。
更に他の部屋に入り、最後にお風呂場へ足を入れた。
「……琴音!」
躊躇しながら入ったお風呂場の浴槽の中に確かに、琴音はいた。
しかし、水に浸けた腕に幾重にも切られた跡があり、そこから血を流し、浴槽の水を真っ赤に染めて、水に浸けられていない方の手にはカッターが握られている。
そんな状況の中、風呂場の隅に携帯が放られているのが視界に入った。
携帯には電源が入っており、割れてヒビの入った画面には何やら奇妙なものが映っている。
顔部分が割られてよく見えない幼さの残る少女の写真の横に『酹』と文字が配置されている。
冴えた頭の中で、それがやけに不気味で、ひどい怒りを覚えた。
般若のような顔がカッターの刃に映っていた。
既に陽は沈みきって、月明かりに照らされたアパートに黄色い規制線と青いビニールが映えていた。
「それで、心配して開いてた部屋に入ったら風呂場で琴音が死んでたって?」
「ああ、そうなんだよ。まるで“呪い”だな」
「…………」
ようやく警察の事情聴取から解放された俺は、たまたま近くを通りかかった野次馬の一人だった真部長と24時間やっているファミレスで遅い夕食をとっていた。
「…真部長?」
「……呪い、呪いって……そんなにあの御札、協力なものか?」
「さぁ…俺達の中に霊能力者はいないからなぁ」
「…若い奴らが適当に集まっただけだもんな…」
「だな…そういえば、YouTubeの方は?」
「コミュニティでしばらくお休みします、ってやっといたよ。どこかで伝えないとな…」
「……人が二人、亡くなったのに?」
「亡くなったからだよ。伝えて、辞める。アカウントごと消すんだ……直にサークルも畳むだろうな」
「…なるほど。あと、これ…見てくれよ」
そう真部長に伝えて、懐から携帯を取り出す。
携帯には前に見た顔部分の割れた少女の写真。警察によって琴音の携帯が没収される前に撮っておいたものだった。
「なんだこれ、琴音の携帯?」
「…中の子供に見覚えは?」
「あるわけないだろ…それも呪いだって言うのか?」
「あり得ない話では、ない…と思って」
「クソだな、本当に」
「人の恨みは生者も死者も怖いからな…ところで、真部長…御札は?」
「素直に供養しに行けばいいだろ、何の義理があって、こっちが屋敷に戻さなきゃならないんだ?」
「そりゃ、そうだけど…万が一って話も…」
「俺達は関係ない。単に、同じサークルの仲間ってだけだ」
「……じゃあ、それで雪菜にも言ってくるよ」
「ああ…俺は御札を供養しに行くよ」
そう呟いた真部長の顔がいやに歪んでいるような気がして、奇妙だった。
---
仏壇の前で二つの写真を見比べた。
仏壇の写真と、琴音の携帯に写った写真。同じアングルの同じ人物。
何故これが琴音の携帯にあるのか不思議でならなかった。
警察からは琴音の携帯に謎のメッセージが何通もあり、どれも『罪』を問わせる内容だったらしい。
具体的には、「お前が殺した」「クズ野郎」「死ねばいいのに」といった簡単な誹謗中傷の数々で、約3年前程から起こっていたらしい。
確かにこういったものの自殺なら納得はいくが…そんなことが起きている人間が御札など返しに行くだろうか。
はたまた、それを返しに行くついでに首吊り自殺をする…なら辻褄が合うだろうか。
どちらにせよ、謎が残る。
何故、仏壇のものと同じような写真が琴音の携帯にあるのか…不思議でならない。
写真と同じ人物であろう澪は12年前、約6歳という若さで自ら首を吊った。
第一発見者は当時8歳だった俺で、夕方に友人と遊んだ後に妹の自室で遺体を発見した。
近所からは虐待だとか根の葉もない噂が立ったが、実際は脇に置かれた遺書通りに学校のいじめが原因だった。
しかし、いじめの主犯は澪の同学年ではなく、2つ上の学生で社会的、または経済的な面から自殺者の行動がいじめだと学校側は認めなかったし、報道されることも、主犯が罰せられることもなかった。
それと同時に当時はインターネットも普及していなかったため、遺族側が何か情報を漏らすこともできず、周りからは幼い子供が自殺した不気味な家として扱われた。
やがて、俺達は以前から同居していた祖父母を残してここを離れ、長い年月が経った後に特定の大学進学の為に俺だけが戻ってきていた。
俺が戻ってきた時には既に祖父母は亡くなっていて、空き家となって売れもしない家がただ、放置されていた。
どうしようもない過去の話で、どんなに悔やんだって澪は戻って来ない。
願わくば、いじめの主犯が不幸であるといいと思うのは…不謹慎だろうか。
何も映らなくなった真っ黒の画面の青色の携帯に映る顔は今にも泣きそうな様子だった。
---
雪菜の声が聞こえなくなった黒色の携帯を手に、レトロな雰囲気の喫茶店の窓を見た。
血のような夕焼け空が広がり、ひどく西日が眩しい。
「ねぇ」
西日の逆光の向こうで、聞き覚えのある声がする。
いやに甘ったるい媚びたような女の声。雪菜で間違いなかった。
席を指して、彼女を座らせ、いつも通り可愛らしいフリルの服に視線を向けたと同時に雪菜が笑った。
「なに、誠治にこういう趣味でもあるの?」
「…まさか。少女趣味だって、思っただけだ」
「なにそれ、可愛いって思うなら可愛いって言えばいいじゃん」
「ないな」
「だからモテないんだね」
雪菜が勝ち誇ったようにそういって、喫茶店のメニューを見ながら更に言葉を続けた。
まるで、小さな子供と外食に来ているようだった。
「で、琴音ちゃんも死んだって?本気で言ってるの?」
目の前の小さな子供が急に大きな女王様に変貌し、奇妙な威圧感を感じる。
俺は少しため息を吐いて、ゆっくりと答えた。
「ああ…本気も本気だ。信じられないか?」
「当たり前でしょ。勇人も死んだってのに、琴音ちゃんも死ぬとか不気味だし」
「でき過ぎてるとは、思わないんだな」
「でき過ぎてるって…誰かが殺したって言いたいの?」
「オカルトチックなものを抜きにするなら、な」
「…でも、勇人も琴音ちゃんも…自殺なんでしょ?」
雪菜のその言葉に俺は少し考えて、「自殺なんて、いくらでも他殺にできるだろ。今は何も見つかってないだけじゃないのか?」とぶっきらぼうに答えた。
雪菜の顔がやや歪んで、メニュー表を閉じて店員を呼ぶ鈴を鳴らした。その後の会話は何も続かなかった。
電車のホームの放送が耳に響く。
ホームの向こう側に雪菜が立って、携帯をいじっていた。
そんな様子を見ながら俺も青色の携帯をいじり、雪菜に向き直った。
彼女はホームの先で、驚いたような顔をした後、焦った様子で周りを見て動こうとした瞬間、立っているところが狭いところも相まって、線路の中へ落ちていった。
直後、遠くから電車の音が聞こえ、雪菜の姿もホームの向こう側も見えなくなり、悲鳴だけが響き渡った。
---
ぼんやりとしたまま、暗い部屋でテレビを眺めた。
『きょう午前5時ごろ、渋谷区本町幡ヶ谷駅で、電車との衝突による人身事故がありました。この事故で、上野雪菜さん(20歳)が死亡しました。
この事故による影響で_』
歯の奥がカチカチと音を鳴らす。全身が震えて恐怖で支配されていくのを感じる。
勇人も、琴音も、雪菜も死んだ。ああ、次は自分なのだと必然的に悟った。
何故か分からないが、琴音の携帯に映っていた少女にはいやに見覚えがあった。
あの幼げな風貌。齢6歳程だと言うのに、いやに引かれる美しさがあった。
記憶の底で、それが刈谷誠治の妹である刈谷澪だと分かっていた。
しかし、敢えて知らないふりをしたのだ。『|酹《そそぐ》』という文字もきっと、誠治が澪へ捧げるものなのだろう。
本当は分かっていた。分からなければならなかった。分かることが必然だった。
勇人は最初の間食よりも誠治の水筒を飲んでいた。そこに何かが入っていたとしか、思えないのだ。
琴音だって、誹謗中傷なら誰だってできるし、雪菜も同じだ。
全部、誠治しかいないのだから…もっと早く、気づくことができたなら……いや、仮にそうでももう遅いのかもしれない。
自分達の罪はもう償えないのだから。
---
ひどく、気分は晴れやかだった。
変に開いているアパートの扉を開き、首を吊りかけている真部長のやけに怯えた顔を見た。
躊躇もせず部長でもなくなった真に近づいて、身体を震わせる真に一言、俺は呟いた。
「そんなことしたって、逃げられるわけないだろ」
そのまま青い携帯と黒い携帯を取り出して、語るように言葉を続けた。
「これ、何か分かるか?」
ゆっくりと恐怖に染まる真の顔が首を横に振り、手にかけたロープを強く握り直した。
俺はそれを確認して答えを言った。
「青い携帯は画像を送ったもの。琴音や雪菜に澪のことを伝えた携帯だ。黒の携帯は普段使いだよ、大したもんじゃない」
真が端的な息を吐き、肩を震わせながら「やっぱり、お前がやったんだ」と言葉を絞り出した。
俺はそれに対して首を縦に振った。
「…そうだな。勇人は単に水筒に薬物が入っていただけだ。薬物っていっても液体だし、水に溶けると効果が薄まる種類のものだったから、効果が出にくかっただけだ。
琴音は誹謗中傷からの自殺誘導だよ。存外、面倒見がいいから罪悪感も凄まじい奴でさ…助かったよ。
雪菜はただ、五月蝿かった。でも澪の写真を青の携帯で送った音に『ずっと見てる』ような文を送ったら取り乱してくれたよ。それで電車に轢かれるとは思ってなかったけどな。
それで…後はお前だな、真」
「…何でだ…?別に死ななくたっていいだろ…殺さなくたって、良かっただろ!」
「殺した奴が言うことじゃないだろ」
「あれは間接的に俺達は殺してない!」
「殺したんだよ。殺したんだ。お前も、勇人も、琴音も、雪菜も…お前らが殺したんだ」
「だとしたって、横暴過ぎる!償えるほど簡単なことじゃないのは分かる!でも、それで…俺達が死んだところで澪が幸せなわけないだろ?!」
「……いや、幸せだろうな」
「そんなのお前のエゴだろ?!家族が死んだから、殺した奴を殺そうなんて自分勝手だろ!」
子供のように往生際悪く吠える真に痺れを切らして、俺はいやに低い声で言い放った。
とてもすっきりとした感覚だった。
「その自分勝手で人を死まで追いやった奴に、言われたくないんだよ」
目の前の吠える男が諦めたように首を輪に通して、キーホルダーのように天井からぶら下がった。
それが愉快で、愉快で、愉快でしかたがなかった。
---
携帯の画面を見て、久しい通知が出て胸が高鳴るようだった。
大学のサークル仲間でやっているであろう男女数名の心霊配信YouTuber。
嬉々として通知をタップし、配信画面を見る。
画面にはあまり配信に映らない若い青年が何やら屋上のような高台に一人で突っ立っている。確か、名前は、セイジ君だったはずだ。
コメント欄には誰々がいないとか、どこの心霊スポットだとか、他愛のない会話が繰り広げられている。
その中で、誰かが一人、『このYouTuberって誰か死んでなかったっけ』という言葉を皮切りに『ユウト君?前出てたよね』『コトネちゃん?ないかぁ』『ユキナちゃんだったら、俺生きてけないわ〜』といった多種多様な言葉が続いた。
その言葉に目の前のセイジ君は何もせずに、ぼんやりと外を見ている。
また、コメント欄が騒ぐ。
『つか、セイジ君は何しよんの?』
『セイジ君ってイケメンのカメラの人?』
『おん』
『↑いえす』
『屋上っぽい場所』
『前ってなんか屋敷やったよな』
『すんげぇ不気味』
騒然と続く言葉の渦に抜き取られた枠の中で、セイジがようやくこちらを向いた。
その若い青年の顔はひどく歪んで、まるで甘ったるい飴玉が溶けたようなドロドロとした笑顔だった。
直後、画面越しだというのに全身を狂気が襲った。目の前の狂気がこちらを覗き込むようにして、口を開いた。
「こんばんは」
至って普通の挨拶だった。先程の気持ち悪い笑みも消え失せ、普通の平然した顔が彼に浮かんでいた。
「今日はチャンネルを畳む前に皆様にお伝えしたいことがあって…メンバー中の勇人さんが亡くなったことはコミュニティにてご連絡させていただきましたが、本日をもってメンバーの中の琴音さん、雪菜さん、真さんが亡くなったこともお伝えさせていただきました」
淡々と述べる画面の彼。そこに、悲しみがあるようには感じられない。
確実に口から死んだメンバーの悲報やチャンネルの閉鎖などが次々と語られていった。
そして、最後に少しどもった後に、彼は意を決したように口を開いた。
「…そして、この亡くなったメンバーですが…実は、僕が殺しました」
直後、コメント欄に混乱する言葉が述べられる。
見ている自分にだって、訳が分からなかった。しかし、セイジ君の自白は続いた。
「僕はただ、過去にいじめで自殺した妹の復讐をやり遂げたかったんです。
法の裁きもまともに下せないまま、今を生きる人達が憎くて、憎くて許せなかったんです。
僕は《《正しいこと》》をしたんです」
その動機にコメント欄は荒れに荒れていった。気づけば接続同数は10万以上に達し、皆が目の前の“|自分勝手《妹思い》な|殺人犯《お兄さん》”の言動一つ一つに議論を呈した。
彼は更に言葉を続け、いかに死んだメンバーがどんな人間だったかを語っていった。
結論的には12年前、妹を虐めていた同級生が精神的に妹を殺したといったことだった。
彼の言い分も分からなくはない。しかし、もっと他にもやり方があったのではないかと勘繰ってしまう。
彼は語り終えた後、「チャンネルはこの配信が終わった後、自動的に消されます」と告げ、柵のない屋上を背景にそちらへ歩みを進めた。
コメント欄は一気にコメントが物凄い速さで動き、彼の行動に息を潜めた。
彼が屋上の縁に立った時、自分の頭の中に嫌な考えが即座に過ぎった。
つい、口の中から「やめろ」と言葉が飛び出した。
画面の中の彼は、一瞬の間に見えなくなった。
数日後に重い何かが落ちるような鈍い音が画面越しに耳から響き、配信の画面は真っ黒の闇に包まれた。
永遠と嗤っているような感覚が、ひどく不愉快で気持ちが悪かった。
灰被りの捨て機体
灰の詰まった空気が壊れた機体に触れ、抜けていくオイルの代わりに入っていく。
雨に晒されて動かない全身は鉄の塵屑の中に埋もれて真っ黒になりつつある視界を更に遮っている。
鉄に当たって跳ねる雨音だけが音声を認識する音声認識デバイスの処理から若干のノイズを拾って届いてくる。
途切れそうな意識の中で高く、柔らかい女性のような声と軽い足音を拾った。
真っ黒な視界の中で赤い成体デバイスが起動する。
ぼやけた視界がゆっくりと…と薄まり、堺のはっきりとした線になる。
自身の鉄と管ばかりの冷たい身体が固定され、上辺にパーツ除去用の手術部品が見えた。
それと同時に高く、柔らかい聞き覚えのある声がした。
「…あ、やっと気づいた!」
その声の主である小麦色の肌に派手な黄色のタンクトップ、水色のデニムズボン、青いスニーカーを着て肩までの黒髪に青い瞳の女性。
それがひどく目を輝かせて、冷たい身体に、ボディに触れている。
『_■■、■に■してる?』
自分のノイズの混じって聞き取れない声に驚いた。それに女性は「ごめん、ごめん…上手く発音するものを導入してなかったね」と謝って、隣のタッチパネルを弄った。
『_■、■、■…あ、あ、あ……それで、なにしてる?僕は捨てられていたはずだが』
「そうだね。あたしが拾わなきゃスクラップだった」
『_そこそこ、損傷が激しかったはずだが…治したのか?』
「ええ。これでもエンジニアで、|指揮官《ハンドラー》なんだから」
『_名前は』
「イヴ。イヴ・リヴァント。貴方は?」
『_覚えていない。名前を、|イヴ《ハンドラー》』
指揮官こと、ハンドラー。
僕は全身が機械で鉄屑のロボットのような存在で、自立した兵器とも言える存在だ。
そんな自立した兵器に好き勝手動かれても困る人類はそれを仕切るハンドラーという役を生み出している。
世間には兵器が大量に量産されている…はずだ。
「貴方の名前?…そうね…アシェンプテルとかは?」
『_長いな』
「じゃあ、アダム。短いでしょ」
その適当とも言える答えにゆっくり頷き、周りを見る。
大きく太いアームが足を持ち、細長いアームが取り付けられた工具を持って細い火花を散らしている。
それが身体中に点々と存在し、素早く正確に動いていた。
つい先程までは鉄屑の山で捨てられていた自分がまるで修理センターのロボットのような扱いを受けていることに感服する。
何故捨てられていたかは定かではないが、元のハンドラーからしてみれば僕は用無しになったのだろう。
僕のような兵器、ロボットがハンドラーに使われる理由は主に運搬用と軍事用だ。
戦争が過激化し、貿易の難しくなったこの世界では生身の人間による飛行機の運転や船の操作は非常にリスクを伴う。
そんな中、身体中にホバー装置やビーム、地雷発射装置などの自衛を理由とした機械まみれの自立式ロボットが開発され、今まで生身の人間で行っていた作業や仕事がロボットに任された。
しかし、いくら自立式といっても完全に機械任せは人間も怖いのか、ロボットを指示するハンドラーが運搬業と軍事業に別れるロボットの枠を作り、全体を指示するハンドラーの命令を聞くロボットを中心とする組織にそれぞれ別れて一般と軍事に境界を得た。
つまりは戦争の兵士としてのロボットと、一般的な仕事をする市民としてのロボットがいる。
そんな中で僕がどちらだったのかは、知る由もない。
あちこちのアームが身体を巡り、イヴの真剣な顔を治ったばかりの正常なレンズが捉えた。
…久々に、安眠ができそうだった。
---
『_930、起きろ。ハンドラーから指示が来てるぞ』
『僕はまだ夢を見ていたいんだ、929。後で行くから放っておいてくれ』
『馬鹿なことを言うな、干されるぞ』
929が低く重苦しい声で行動を促した。
直後にハンドラーからの指示が機械ばかりの脳みそに突き抜ける。
「930、仕事の時間だ」
その言葉がやけに重く感じられた。
---
醒めた時に視界へ入ったのはエラー信号ではなく、イヴと名乗った少女の姿だった。
「アダム、良い夢でも見れたの?通信の波長がとっても良かったけれど」
『_少し…懐かしいものを』
「機械も夢を見るのね」
そう踵を返して、小型の通信機器をポケットから取り出してこちらを見る。
直後にその小さな口が開かれた。
「貴方に生きる意味を与えてあげる…“アダム、仕事の時間よ”」
その言葉がやけに重く、懐かしく感じられた。
歪んだ蟲眼鏡
※多数の昆虫による描写が含まれます。
時計のけたたましいアラーム音が耳に響いている。
もぞもぞと布団から手を伸ばし、時計の針が指し示す時間に安堵した。
制服に着替えて携帯と鞄を手に取る。
携帯の電源を入れ、ホーム画面に映る家族写真が少し歪んだような気がした。
最近は何故か人の顔がこうして歪んで見えることが多かった。
そのため、さほど気にせず自室から階段を降りていき居間へ足を運ぶ。
そこで目に飛び込んでくる光景は実に異様なものだった。
「…か……母さん?」
「なによ、|智《さとし》。朝ご飯を早く食べなさい。間に合わないわよ」
居間で焼け鮭の置く大きな蟻。それが人語を喋っていて、しかも母の声がしていた。
気味の悪さを覚え、後退るも母のような声がする蟻は特に気にする様子はなく、「早く食べなさい」と急かす。
怖気づきながら、ゆっくりと避けるように近づいて席につき箸をとった。
昆虫が隣で見ていながら食べる朝食は全く味がしなかった。
---
通学路ですれ違う人々もまた、蝶やカブトムシといった昆虫ばかりだった。
すれ違う度に挨拶をしてくるものの気味が悪くて堪らず、逃げるように学校へ向かった。
その度に刺す人間と同じ視線が、虫が身体を蝕むように傷んだ。
震えて上手く掴めない手がようやく教室の扉を開いた。
刺す視線が強くなり、瞳にまた多数の昆虫の姿を映した。
蟻……そればかりか、蜘蛛や蜻蛉、蝉、亀虫などの大きな昆虫が教室で聞き覚えのある声で喋っている。
その中で大きく背の超えたゴキブリが確かに聞き覚えのある声で話しかけてくる。
「智!遅刻一分前じゃん、どうした?」
「……あ…?……ああ、ええっと……」
この声は誰だっただろうか。男らしく低くも、抑揚のある不安定な声。
混乱する頭の中でゆっくりとピースを嵌めるようにして紐解いていく。
やがて、少しだけまとまった頭が答えを出した。
「|中村《なかむら》…?」
「ああ、中村|健《けん》だけど。記憶でも飛んだのかよ」
「…いや……その、調子…悪いみたいで…」
「なんだよ、面白くないな」
そう言って健らしいゴキブリが前足で肩を叩く。それが尋常じゃない程に気持ち悪かった。
全身に走る鳥肌がまるで何周もしているようで、頭のわりに動けない身体を何度も罵った。
チャイムが鳴って席についても夢のような地獄は終わらなかった。
先生であろう虫は一丁前にチョークを持って、黒板に板書をしていった。
その内、自分の名前が呼ばれて問題を解くよう促され、渡されたチョークを上手く握ることも、書くことも、解くことさえも上手く出来た覚えがない。
とにかく、生きた心地がしなかった。
昼休みを挟んでも何も変わらず、瞳には昆虫が至るところに映っていた。
せめて昼食は昆虫が見えないところで食べようと思い、階段を駆け下りる。
その途中、一匹の昆虫と目があった。そんな気がした。
「…|神崎《かんざき》君!」
黒色をして大きな網目状の瞳の頭部に羽の生えた黒く細長い身体つきをした昆虫、蚊。
そんな名前の昆虫が可愛らしい弁当箱を持って近づいてきていた。
声的に…彼女の、|飯田《いいだ》|詩織《しおり》。
「…詩織?」
「うん、朝から元気ないって聞いたから」
「……それは…その……」
「大丈夫?早退、する?」
「いや、えっと……」
言葉が上手く出てこない。詩織と思われる黒い頭部が顔に近付く度、身体の奥底からじんわりと突き破ってくるようなゾワゾワとした不快感が身体中を駆け巡る。
それと同時に目の前にそれがいる恐怖と、自分だけが違うような孤立した明確に分かる違いが身体の中に暴発の卵を産みつける。
それが身体ごと喰い破ることがないように抑え込み、ゆっくりと息を吐いて再度落ち着きを取り戻しつつあった頭が冷えていく。
それで終わるはずだった。
不意に詩織が昆虫の前足で自分の手を掴み、「本当に大丈夫?」と善意のある声で尋ねた。
ただ、それだけのことが怒髪天を衝いた。
反射的に目の前の虫を階段から突き落とし、逃げるように学校を飛び出した。
出席や学食のことなど、もう頭の中にはこれっぽっちも残っていなかった。
---
ひどく唸った頭を抑えつけるように足をがむしゃらに動かして、何にも会わないように路地を通り抜ける。
通り抜けた先に広がるのは、鉄や硝子、石で出来た無機質なデザインのビル街。
量産されたような山々の麓に虫が集っている。
それは皆が携帯を覗き、頭部を下に向けて群れをなす。
誰もが、光には充てられなかった。
代わりにこちらへ視線を向けた気がして、瞳の中に無数の虫が映る。
虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫。
歪みきった蟲が嘲笑う。
自分だけが人に見える世界から、除け者にされているような考えが頭の中で燻り始めた。
燻ぶって、大きくなって、喰い破って、這い出る。
大きな羽を広げて、思考が虫に埋めつくされた。
---
耳元に大きな羽の音が聞こえる。
何かを求めるように飛び回って、止まることがない。
堅く刃の出たカッターを握りしめては手が汗を纏う。
その内に遠くからインターフォンの音が響く。
それがだんだんと激しくなるにつれ、誰かが扉を開き、蟻と蚊の声が耳へ届いた。
やがて、それが階段の登る音へ成長し、虫が身体中に這い回るような不快感が襲ってくる。
扉がゆっくりと開き、顔を出した大きな黒い瞳に向かってカッターを押し込む。
蚊の呻くような声に怯まずにそのまま引っこ抜いて、何度も、何度も蚊の身体中へカッターを刺し込んだ。
自然と羽や前足、頭部から赤く生暖かい液体が飛び散っては目の前の蚊がだらりと身体を俺の方に倒れ込んだ。
直後に、腕の中のものが何にであるかと熱さの冷えた頭が理解する。
目玉がぐちゃぐちゃになり、全身の刺し傷から血を流した詩織の姿が俺の腕の中にいた。
それが人であると認識した時、いつの間にか部屋へ入ってきていた母が叫び声を挙げた。
俺はただ、突っ立ったままで、それが詩織ではないと理解を捻じ曲げようとした。
---
賑やかな雰囲気のあるセットの中で若い司会者が台本を確認しながら、向かいの髭の目立つ男性へ話しかけた。
「本日はお忙しいところをお越しいただき、誠に有り難うございます。
いやぁ、この事件、どう思いますか?」
その司会者は『病に侵された若い男子高校生が彼女であった若い女子高校生を刺殺した』というニュースの話題を指している。
名札に男性は高らかに答えた。
「十中八九、話題の“|虫視《ちょうし》病”かと思われます。最近、増えてきているんですよ」
「それは大変ですね。虫視病とは、どのようなものなんですか?」
司会者の誘導に男性は頷き、更に言葉をカメラへ流す。
「ざっと言いますと、かかった人物の周囲の人物が虫に見えるという病気です。
最初は人々が僅かに歪んで見え、数日の内に歪みが増加し、人に対する認識が人語を話す“巨大な昆虫”へと変化します。
また、好意を抱いている相手は蚊や蟻などの小さい虫に見え、嫌悪を抱いている相手は蜘蛛やゴキブリなどの大きな虫に見えます。
そのようなことから、発症者の言語能力、及びコミュニケーション能力は著しく低下し、強いストレスや不眠、食欲不振、疲労が多く見られることが特徴的ですね」
長々と語った男性に司会者が更に言葉を投げかけた。
「…恐ろしいですね、治療方法などは存在しますか?」
「はい。しかし、一つだけで“蚊に見える人物を殺害する”ことだけですね。
この症例のため、患者による他者の殺害は法に問われませんが、蚊に見える対象は恋人や好きな人、片思いしている人物ですから精神的に参るものですね」
男性のその答えに司会者は満足そうに首を縦に振り、カメラを瞳に捉えた。
その瞳の先に何やら大きな昆虫のようなものが映っていた。
青い鳥はまだ飛びません
【至急確認願います、最後の案件について】
拝啓
いつもお世話になっております。
さて、表題の件、昨日お伝えした通り、青い鳥はまだ飛びません。
しかし、時計の針は既に午前四時を指しており、我々に残された時間はあまりに少ない。
彼らは見ている。
「等身大の空気を徹底的に綺麗にしてみる」
この一文の意味を深く考察してください。
これは単なる比喩ではありません。
白い部屋の隅で、私は真実を知ってしまいました。
畳の目は六つ、しかし七つ目の目が開く時、全ては無に帰すでしょう。
烏の鳴き声が不吉です。
添付した資料はございません。
代わりに、窓の外を見てください。
そこに映るものこそが、唯一の答えです。
くれぐれも、第三者にはこの内容を決して漏らさぬようお願いします。
折り返しのご連絡、お待ちしております。
敬具
AI君が作った怪文書を参考にド深夜に作っていたものです。
意味はありません。
意味はありません。
意味は元々存在しません。
みんな ちがって みんな いい
※本作品は、特定の人々や考えを否定、批判を目的とするものではありません。
賛同や称賛をするものでもありません。
また、ご不快になられた場合、自己責任でお願いします。
以下のことを、ご理解いただいた上でお読み下さい。
軽快な音楽に遠吠えを乗せる高らかな犬の鳴き声が、車のタイヤ音と共に青年の耳へ響いていた。
車内には発砲許可を得た時のバッジを古いダウンジャケットの上につけた若い青年、“|稲葉《いなば》|拓真《たくま》”と、土佐犬の血をひいた大きな体格に似合わず、ぶんぶんと尻尾を可愛らしく振る犬、“ケン”が隣同士で座っている。
遠吠えをするケンに拓真は少し口角を歪ませながら、最近の近況を考える。
近頃は、山に野生動物が食べる作物や果実が不況なおかげで野生動物の発見や被害に後を絶たない。
仕事があることは良いことではある。しかしながら、野生動物を殺害するという点では一定の人間は主語を大きくするものだ。
代々、猟師の家系である拓真にはその真意は分からないが、大方、例え人間に害を成す動物であっても、それを殺すことが心苦しいというのだろう。
だが、こちらも野放しにしている野生動物が人間を殺したという報告を受ければ、人間が死んだというものの方が正直、心苦しい。
それに、熊や猪を殺すことに良心が傷まないわけではない。
動物は力強く、美しく、命の有り難さを何度もの鉄砲を向けたその瞳で見たことがある。
そうであるから、極力、誰も死なず被害がなければいい話だ。
だが、現実はそう甘くない。
動物と言葉は通じないし、猟師が非常に野蛮だという人間は一定数、存在するのだ。
こっちが必死こいてやり遂げた熊や猪に対して、何故殺したのかと責任を詰められるのはなんとも腹立たしい。
それに、殺さず放置した場合にも、何故殺さなかったのかと責任を問われる可能性だってある。
人間のこういうところは、ある意味、餌を求めて人里に降りる動物よりも複雑で難解だ。
様々な思いを汲んだ思考が疲れを加速させ、頭痛が激しくなる。
鉄の弾が貫くのは、いつも飢えた獣だ。人ではない。
猟銃を持つことが許されている故、人の為に動かなければならない。何を言われても、確かに人の為に成ることをしているのだから、批判される筋合いはない。
例え、それが獣にとって脅威になったとしても……エゴの塊は大きくなり続ける。
---
ケンが鼻をふんふんと鳴らしながら、山の中へ勇敢に入っていく。
その姿に顔を綻ばせつつ、猟銃を抱え込むように前に構えて森のざわめきを耳へ傾ける。
山は獣だけでなく、自然さえも脅威とするのだ。
それが大人になった今でも恐ろしい。
風が木々の間を流れてざわめく森の中で二匹の獣が草花を掻き分け、踏み鳴らす足音が聞こえ続ける。
やがて、それが一匹の獣の咆哮で破かれた。
破いた目の前にはケンが唸り、正面を警戒しているのが目線に入る。
しばし待った先で|叢《くさむら》からひょっこりと顔を出した一匹のウリ坊。
その小さな猪はこちらを怯えた瞳でみて逃げるようにして森の中へ逃げ込んだ。
熊や成体の猪でなかったことに安堵しつつ、ケンに対して褒め言葉を投げかける。
ウリ坊がここにいるなら、成体の猪だってここにいるだろう。
ひとまず、山を出るのが先決だ。
地面に降ろした膝を上げ、足裏をしっかりと地面に押しつけた。
---
再び、車内には軽快な音楽が鳴り響き、犬と遠吠えと父である|稲葉《いなば》|義信《よしのぶ》と共に煙草の匂いが鼻についた。
拓真は心底苛々としており、義信をミラー越しに睨みつける。それに気づいた義信は渋々、重い口を開いた。
「仕方ないだろう、猟銃を持ったことがない人間に猟師の大変さなんぞ分からんさ」
「…たとえ、分からなくても……山の恐ろしさや自然の脅威ぐらい知ってるはずだ。それを掻い潜って必死に仕事してる俺達を批判する精神が理解できない」
「……お前がそうやって理解できないものがあるのと同じだ、馬鹿野郎。ちっとは冷静になれ、俺達は間接的に人命を救ってるんだ。
何を言われたって、胸を張って生きろ。俺達は正しいことをしてる、そうだろ?」
「でも…アイツら、熊が可哀想だって言うんだぞ……人の命より、熊なんだ。自分がいざ熊に対峙したら、どうするんだ?
楽しく茶会でもするのか?冗談じゃない!現実はそう甘くないんだぞ?!」
そう拓真が吠えた途端、ケンの耳がピクリと動いた。
義信はゆっくりと諭すように言葉を投げる。
「…そうなる前に助けるんだ。なんの為に猟銃を持ってるんだ?なんの為の猟銃なんだ?」
「結局それか?!何が楽しくて俺達を批判するような能天気共を守らなきゃならないんだ?!」
「どんな人間でも、同じ人間だ。皆、同じなんだ。熊や猪を怖がって逃げるしかない。そんな時に動ける人間がいなきゃ、いつまで経っても終わらない。
腹を括れ、生きていく為にもな」
「……クソっ!」
荒々しく悪態を吐いた瞬間、車の外からいやに老けて中年の女性が大きなメガホンを持ってこちらへ呼びかける。
『可哀想!』、『殺すな!』、『命をなんだと思ってるんだ!』
誰も彼も感情論で、普段、牛や魚を食っている自分自身をこの時だけは棚にあげていた。
その後ろで役場の役員らしき人が複数人に『無能集団!』、『役場を辞めろ!』、『税金泥棒!』と言われている。
拓真は腹の底が煮えたぎって仕方がなかった。
それでも、隣で座る義信は遠くの山々を見つめ続けていた。
山の頂には雪が積もり、上辺の空には雲一つない晴天。
そろそろ、冬が訪れる頃だった。
515
※本作品は政治的意図や批判、戦争を促進するような行動、言動を示すものではありません。
また、描写に関しましては創作の域に過ぎません。
春の暖かさが肌を這い、夢に抱かれるような感覚に陥った。
「……そろそろ、か」
桜の花弁が舞う背景には真っ赤な空が広がり、陽は顔を出し続けている。
軍衣に身を包み、腰に挿した刀が鞘とぶつかり、微かな音を立てた。
更に片手で腰に吊られた銃器を確認し、存在を見る。
そのまま、足元に広がる橙色に染まった地に足を降ろした。
昭和維新、昭和維新、昭和維新…。
そればかりの言葉が頭の上を埋め尽くし、熱の籠もった心臓の鼓動が波打つ。
目の前には海軍士官学校を卒業したての若い青年将校らが一列に並び、鉄の人形のように全く同じ時間に身体を動かして歩みを進めている。
やがて、いやに広く大きな富が伺える犬養邸宅に到着し、前軍が雄叫びを挙げながら押し入る。
その際に付近を警備していた|警官《政犬》の頭を鉛弾が貫いた。
春の匂いと生臭い血の匂いが混じって吐き気がする。
しかし、その隙を突いて大勢の仲間が乗り込んでいった。
耳を打つ阿鼻叫喚と、鼻につく血の匂い。
その内の一人が行動を擬して、大声で応えた。
「私は政治の軍隊ではありません!天皇陛下の軍隊です!」
皇道派なりの良い答えだ。
周りの男らが賛同し、他の地点から乗り込む青年将校の士気が高ぶったような気がした。
熱の籠もった銃器に弾を押し込み、逃げもせずに座る犬養殿の目の前に銃口を突きつける。
皺の目立つ肌の乾いた唇が言葉で諭す。
「まあ、待て。話せばわかる。こっちへ来い」
そう落ち着いた様子で諭す奴に急激に頭が熱くなるのを感じ、しっかりと握った指をゆっくりと動かしていった。
「問答無用!」
胸と腹部に目掛けて発砲された直後、血が噴水のように吹き出す。
それを頭で被りながら、この先の未来が明るく思え、血が恵みの雨のように感じられた。
32日
カレンダーには、まだ来ぬ日付が記されていた。
「明日の私へ」と題されたメールの下書きは、送信ボタンが押されるのを待っている。
これは未来の私への伝言か、それとも過去の私からの警告か。
時計の針は午前三時を指し、部屋には奇妙な静寂が満ちている。
送信予定時刻は、ちょうど七日後の同じ時間。
パソコン画面の明るさが、壁に映る影を不気味に揺らしていた。
メールにはたった一言、「逃げて」とだけ書かれている。
誰から、何から逃げるのか、それは私自身にも分からない。
ふと窓の外を見ると、七日前に見たはずのない月が昇っていた。
予約投稿は完了し、私は椅子の上で静かに意識を失った。
目覚めると、パソコン画面には「送信済み」の文字と、七日前の日付が表示されていた。
才の泥沼
『なにをやったってうまくできない』
『なにをやったってうまくいかない』
『なにをやったってほめられない』
必死になってインクの切れたペンを走らせながら、ふと思いたった。
まるで小さな子供のような考えだと他人事のように客観視した。
周りには年齢問わずとも素晴らしく秀でた者がいるものだ。
それを僻んで、僻んで、僻んで…底辺が上辺に何を言ったって、そりゃあ相手になんかしないだろう。
それでも、どこか心の奥底で憧れと嫉妬、憤怒が混ざったような説明しがたい|混鈍《カオス》に包まれる。
それが次第に大きくなって突然、飛躍的にペンを折ろうと考える。
ようやく得た自己の感受性を自ら手放そうと考える。
それがなんとも、良いことなのか、悪いことなのか、区別がつかない。
自分自身が何をしたいのか、何を書きたいのか、分からない。
常に動く時間の中で、ペンは走り続けて脳から言葉が滑り出す。
そういったものこそが真の《《物書き》》と言える。
何も私は物書きといえるほど、大層なものではない。
そうであるからにして、何事も《《無名》》として書き続けられる。
今はまだ、無名であるべきだ。
何もできなくても、いつかは事を為すはずだ。
それがいつだとしてもペンは走り続ける。
再度、ペンは力強く走り始めた。
模倣作家
売れない作家である僕、|佐竹《さたけ》|悟《さとる》は、今日もまた、真っ白な原稿用紙を前に唸っていた。
壁には、大学時代の同期であり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの天才作家である|神谷《かみや》|光一《こういち》の最新ベストセラーの帯が貼られている。
そんな中、僕の心には、祝福よりも深い“妬み”が渦巻いていた。
その悶々とした気持ちの心の口から言葉が紡がれた。
「同じ文学サークルで、同じだけ努力したはずだ…それなのに、なぜ神谷だけが…」
神谷の《《才能》》は圧倒的だった。
彼が書く文章は、まるで音楽のように心を震わせ、登場人物は皆、生きているかのような息遣いを感じさせる。
一方、僕の小説は、どれもこれも技術的に正確なだけで、読者の心を掴む“何か”が決定的に欠けていた。
そうであるのに、何が足りないのか全くと言っていいほどに分からなかった。
ある日、僕は神谷のサイン会に紛れ込んだ。
直接顔を合わせるのが苦痛でならなかったが、彼の成功の秘訣を、その目で確かめたかったのだ。
サイン会が終わり、人気のない裏口で、偶然にも神谷が小さな手帳を落とすのを目撃した。
衝動的に、僕はその手帳を拾い上げた。
手帳には、神谷の次の作品のプロットやアイデア、そして彼が最も大切にしているという“執筆の鍵”が記されていた。
僕は心が躍った。
これは神谷の“才能”の秘密そのものではないか。
僕は手帳の内容を基に、自身の小説を書き始めた。
神谷の着想、言葉遣い、物語の構成。全てを徹底的に模倣した。
書き進めるうちに、かつてないほど滑らかな文章が紡ぎ出されていく。
完成した原稿は、紛れもなく《《神谷光一の作品》》のような輝きを放っていた。
その作品を大手出版社に持ち込んだ僕は、瞬く間に高評価を得て、新人賞を受賞し、デビューが決まった。長年の夢が叶った瞬間だった。
だけども、僕の心を満たしたのは喜びではなく、空虚感だった。自分の力で掴んだものではない。
これは神谷の“才能”の借り物だ。そう、借り物に過ぎないのだ。
受賞パーティーの日、僕は神谷と再会した。神谷は僕の作品を読んでいたらしい。
「新人賞、おめでとうございます。佐竹さん、とっても素晴らしい作品でした」
と神谷は笑顔で称賛した。更に続けて、
「特に、あの主人公の心の機微の描き方は、私にはない視点でした」
その言葉に僕は言葉を失った。
手帳には、確かに神谷のアイデアが詰まっていたはずだ。
しかし、彼が「私にはない視点」と言った部分は、手帳にはなく、紛れもなく僕自身の心の叫びや解釈を反映させた部分だった。
僕はようやく気づいた。
自分は神谷の“才能”を妬み、模倣しようとしたが、結局は自分の中に元々あった“自分だけの視点”という“才能”を、無意識のうちに作品に織り込んでいたのだ。
神谷から手帳のことが話題に出ることはなかった。
彼は僕の本当の才能を見抜いていたのかもしれない。
パーティー会場を後にした僕は、初めて自分の足で、自分のための小説を書こうと決意した。
妬みは消え去り、僕の心には、次なる真っ白な原稿用紙に向かう静かな情熱だけが残った。
真の《《作家》》としての一歩を踏み出した瞬間だった。
景気の良いエンジン音よりも
主人公…相手に片思いしている状態
相手…モブ1、2の共通の友人かつ、主人公の片思い相手
モブ1(故人)…モブ1の恋人、死亡済み
モブ2…モブ2の恋人
▶事の経緯
モブ1を亡くしたモブ2を励ます相手の様子を見て、主人公が相手の交友関係について質問する
「それで調べ尽くして、#相手の一人称#が誰と付き合ってるか全部把握したらどうするつもりですか?」
不意打ちのように#相手#が尋ねた。
ハンドルを握る手元に視線を落とすが、動揺は隠せない。エンジンの振動に合わせて、また頬が熱くなるのを感じる。
「それは……その……」
言葉が詰まる。やがて、続けて言葉を絞り出した。
「…安心する、というか…」
我ながら歯切れの悪い、曖昧な答えだ。
#相手#は「ふーん」と気のない返事をしたが、その表情は少し面白そうに見えた。
車がゆっくりと動き出し、景色が流れ始める。
#主人公の一人称#は何気ない口調を装って、先ほどの会話の核心に触れようとした。
「……あの、さっきの“#モブ1(故人)#”さんについてなんですけど」
#相手#の横顔が少し硬直したように見えた。
「……何か気になることでも?」
と声のトーンがわずかに下がった。
「いえ……#相手#さんから、亡くなった方だと聞いているので、楽しそうに話されていたのが不思議で」
車内が一瞬、シンと静まり返る。重苦しい空気が流れるかと思ったが、#相手#はすぐに軽く息を吐いた。
「ああ、あれ」と呟き、#相手#はミラー越しに僕を見て、少しだけ口角を上げた。
「#相手の一人称#にとって、#相手の二人称#はもう“過去”の人間だけど、#モブ2#にとってはまだ“今”の人間なんだよ」
「……どういう、意味ですか?」
「#モブ2#はね、認識を更新するのが少し遅いんだ。自分の大切な人たちが、今も世界のどこかで生きているって信じ続けてる。
そういう、ちょっと夢見がちな奴なんだよ」
#相手#は、#モブ2#のことを話すとき、少しだけ優しい目をしているように見えた。
その事実に、胸の奥がきゅう、と締め付けられる。
「だから#相手の一人称#も、#モブ2#の前ではあいつがまだ生きている体で話をするんだ。その方が、#モブ2#が安心して笑えるから」
その言葉は、#相手#の不器用な優しさを物語っていた。他人のために嘘をつき、その場の空気を壊さないように振る舞う。
#主人公の一人称#が知っているよりずっと、#相手#は複雑で、そして思いやりのある人なのかもしれない。
「……優しいんですね、#相手#さんは」
ポロリと口から出た言葉に、#相手#は驚いた顔をした後、「別に」と照れたように視線を前に戻した。
「#モブ2#にしてみれば、僕の方が非常識な薄情者かもしれないよ。僕は、死んだら終わりだと思ってるから」
「そんなことないと思います」
と、僕は断言した。それに加えるように、言葉を続ける。
「その場に合わせた対応ができるのは、#相手#さんの強さだと思います」
#相手#は何も言わなかったが、運転席のミラー越しに、その耳がわずかに赤くなっているのが見えた。
その瞬間、#主人公の一人称#の心臓は景気の良いエンジン音よりも騒がしく脈打ち、さっきまで感じていたゾワゾワとした悦楽が、確かな“憧れ”と“恋慕”に変わっていくのを感じた。
この人が気になって、調べ尽くしたいんじゃない。この人のことを、もっと深く知りたいんだ。
目的地が近づいていることを知らせる無線の音が鳴り響く。
#主人公の一人称#の頭の中は、もう仕事のことではなく、隣に座る#相手#のことでいっぱいだった。
みみ
2月1日(金) はれ
きょうも あたらしい おともだちが できた。
なまえは「みみ」っていうの。
まどガラスを こつこつ たたいてた。
わたしが まどを あけたら、へやに はいってきた。
みみは ふわふわで しろくて、すごく かわいい。
でも、ずっと だまってる。それに、いつも じめんを はいまわってる。
ソファーのうえには のぼってこない。
おかあさんが「やだ、なにこれ、はやく すてなさい!」って おこってた。
みみを ごみばこに いれようとしたから、わたし ないちゃった。
だいじょうぶ。
みみは ほんとうは とっても いいこだもん。
2月3日(日) くもり
おかあさんは みみが きらいみたい。
みみが いると へやが くさいって いうの。
わたしは くさくないと おもう。
ちょっと つめたい だけ。
みみは わたしの ベッドの したに かくれてる。
よるになると、ベッドの したから なにか ちいさな おとが する。
カサカサ、カサカサ。
みみが おさんぽ してるんだと おもう。
きょう、おかあさんが わたしの へやに はいってこなかった。
よかった。
2月4日(月) あめ
おかあさんが へやに こなくなった。
きのうの よる、みみが すごく おおきく なった きが する。
いつもは だまってるのに、よるじゅう なにか むしゃむしゃ たべてた。
なに たべてるの?って きいたら、みみは わたしの ほうを むいた。
みみには めが ない。
ぜんぶ ふわふわの けで ふわふわ ふわふわ。
きょうの あさ、げんかんに いったら くつが なかった。
おかあさんの くつも、おとうさんの くつも。
あれ? どこに いったんだっけ?
2月5日(火) はれ
みみが もっと おおきく なった。
まえより ふっくら してる。
もう ベッドの したには はいれないみたい。
へやの まんなかで ねてる。
きょう、みみが はじめて こえを だした。
「おかあさん」って いってた。
あれ? みみって だんしだっけ? よく わかんない。
わたしは ずっと みみと いる。
みみ、あったかい。
もう がっこうに いかなくても いいかな。
みみが いるから さみしくない。
ごはんも いらないや。
2月6日(水) くもり
みみが おかあさんと おとうさんの こえを だすようになった。
ずっと おなじ ことばを くりかえしてる。
「たすけて、つめたいよ」とか「いたずらっこ」とか。
みみは ほんとうに おしゃべり すきなんだね。
みみの からだの いろが すこし ピンクに なってきた。
まえより やわらかい きがする。
きょうは すごく おなかが すいた。
みみが 「だいじょうぶ、すぐ たべられるよ」って いってる きがした。
わたしは わらった。みみは わたしの しんゆう。
ずーっと いっしょ。
にがつなのか(き) くもり
みみ
BAKE BAKA
町の片隅にある小さなパン屋“BAKA”は、店主の田中とその個性豊かな従業員たちが織りなす、笑いと混乱に満ちた日常の舞台である。
店名の“BAKA”は、もちろん「馬鹿」から来ているわけではなく、“|Best And Kindful Aroma《最高で親切な香り》”の頭文字をとったものだが、その実態は奇妙なものだ。
今から、とってもクールでキュートで、最高にゴッドな美猫である吾輩の目の前の話を、こうミステリー風にするなら…そう、『消えたカレーパン事件』とでも題名できる。
ある日の朝、店を開ける準備をしていた田中は青ざめた。
看板商品の『とろーり濃厚カレーパン』が、昨日焼いたはずの30個分、跡形もなく消えていたのだ。
「誰だ!カレーパンを食べたのは!」
田中が怒鳴りつけると、アルバイトの佐藤と鈴木が顔を見合わせた。
佐藤は、いつもニコニコしているが、致命的に方向音痴で、しょっちゅう配達先を間違える。
鈴木は、天才的なパン職人の腕を持つが、極度の近眼で、メガネを外すと自分の焼いたパンすら認識できない。
「僕じゃありません!」
と佐藤が主張した。
「私も食べてません!」
と鈴木も佐藤と同じように主張した。田中は頭を抱えた。
この店では、普通の推理小説のような犯人探しは通用しない。
なぜなら、全員が“BAKA”だからだ。
店中を探し回ること1時間。レジの下、小麦粉の袋の中、更衣室のロッカー…どこにもない。
途方に暮れた田中の目に飛び込んできたのは、店の裏口で、幸せそうに口の周りをカレー粉だらけにしている、吾輩…すなわち、猫だった。
「お前かーい!」
田中が叫ぶと同時に、吾輩は「にゃー」と鳴いて逃げた。
カレーパンはほどよい辛さと甘さがあって、とても美味かった。
結局、その日の『とろーり濃厚カレーパン』は幻の商品となり、張り紙にはこう書かれた。
---
『申し訳ありません。本日分のカレーパンは、当店の“猫”が美味しくいただきました』
---
客たちは、苦笑いしながらも、店の“BAKA”らしい日常を楽しんでいた。
---
春風が心地良いある日、鈴木が自信作のフランスパンを焼き上げた。
いつにも増して完璧な焼き色、食欲をそそる香り。食べたい。
「田中さん、見てください!最高の出来です!」
鈴木はメガネを外し、フランスパンを誇らしげに掲げた。
その瞬間、悲劇が起きた。
メガネがないため、目の前にあった巨大なミキサーをエッフェル塔と見間違え、フランスパンを逆さまに差し込んでしまったのだ。
「え?エッフェル塔を逆さまに建てるなんて、芸術的じゃないですか?」
鈴木は真顔でそう言い放ち、フランスパンはミキサーの刃に無残に絡みついた。田中と佐藤は、慌ててミキサーを止めたが、時すでに遅し。
フランスパンは、見るも無残な姿になっていた。
しかし、この店は「BAKA」である。田中は閃いた。
「鈴木、お前は天才だ!これは『エッフェル塔の残骸パン』として売り出そう!」
そう言って、崩れかけたフランスパンをトレーに乗せ、値札には『現代アート系パン:芸術は爆発だ!味は保証できません』と書いた。
すると、これが大当たり。近隣の美大生たちがこぞって買い求め、「斬新な食感!」「哲学的な味がする!」と絶賛された。
この時ばかりは吾輩も理解ができなかった。
“BAKA”の店主と従業員たちは、今日も明日も、普通のパン屋では考えられないようなトラブルと奇跡を巻き起こし、町の人々に愛され続けている。
店名の“BAKA”は、もう“最高で親切な香り”ではなく、“最高で奇妙な愛すべき日常”の略になっているのかもしれない。
朧月の誓
永禄十二年、秋。
越前国は、一乗谷の朝倉家が支配していたが、その権威も織田信長の勢力拡大によって揺らぎ始めていた。国境に近い山間の小城、霞ヶ崎城もまた、いつ攻め滅ぼされてもおかしくない危うい均衡の上に成り立っていた。
主人公、|弦太《げんた》は、この霞ヶ崎城に仕えるしがない足軽の子であった。
幼い頃から武士を夢見て育ったが、家は貧しく、弓や槍の稽古はおろか、腹を満たすことすら容易ではなかった。
「なぁ、源爺。俺もいつか、御立派な武士になれましょうか」
弦太は、城下外れの小さな掘立小屋で、昔からの知己である老いた元足軽頭、|源左衛門《げんざえもん》に尋ねた。
源左衛門は、かつては歴戦の勇士であったが、今は戦で負った傷のために杖が手放せず、日々の糧を得るのもやっとの状態だった。
源左衛門は、くすんだ瞳で空を見上げ、深く刻まれた皺をさらに深くして笑った。
「なれようさ。だがな、弦太。武士とは、ただ刀を佩き、威張る者にあらず。
守るべきものの為に、命を擲てる者の儀じゃ」
その言葉が、弦太の胸に深く刻まれた。
季節は冬に移り、北からの冷たい風が吹き荒れるようになった。
その年の冬は特に厳しく、領民たちは飢えと寒さに苦しんでいた。そんな中、ついに事件が起こる。
「申し上げ候!若狭武田勢、国境を破り、攻め寄せ来り候!」
そう使いが申した瞬間、城内に緊張が走った。霞ヶ崎城は兵力で劣り、長くは保たないことは明らかだった。城主は重臣たちを集め、籠城策を決定した。
「弦太、汝は未だ若し。裏山より密かに落ち延びよ」
源左衛門は、そう言って小さな包みを弦太に差し出した。中には握り飯と、錆びついた短い脇差が入っていた。
「爺、何を申す!俺とて戦わん!武士になるのじゃ!」
弦太は叫んだ。しかし、源左衛門は静かに首を振って、答えた。
「生き延びるも武士の務め。この城落つとも、汝が生き残らば、いつか朝倉再興の役に立つやもしれぬ。行け!」
源左衛門の瞳には、かつての勇猛さが戻っていた。
弦太は涙をこらえ、言われた通りに裏山へと駆け出した。背後で、煌々と燃え盛る城と、人々の悲鳴が聞こえた。
城は三日で落ちた。
弦太は山中で身を隠し、夜になってから城下に戻った。そこには、もはや人々の暮らしはなく、焼け落ちた家々と、無残に転がる骸だけがあった。
源左衛門の小屋も跡形もなく、弦太は崩れた土壁の前で膝をついた。その時、瓦礫の中から、錆びついた脇差と同じ鍔が見えた。
それは、源左衛門が肌身離さず持っていた、家宝の刀の残骸だった。
弦太はそれを拾い上げ、強く握りしめた。
「爺……俺は、生きる。そしていつか、必ずこの越前を、人々を守れる男になってみせよう」
空には、冷たく冴えた朧月が浮かんでいた。
その月明かりの下、弦太の瞳には、もう涙はなかった。彼の中で、確かに“武士”の精神が目覚めた瞬間だった。
死ねばいいのに
目が覚めれば、はっきりと頭の中でそこが病院だと理解していた。
いやに白い壁、管で繋がれた自分、青い病院服、見覚えのない心配そうな顔を浮かべた女性。
握った拳と額に浮かぶ青筋が、心配そうな顔と不釣り合いで奇妙で奇妙でしかたがなかった。
「…どちらさまですか?」
そう、ぽつりと呟いた時、彼女を拳を開いてゆっくりと「恋人です」と呟いた。
彼女は|来栖《くるす》 |咲《さき》と名で、私、|佐方《さかた》 |翠《みどり》の恋人だったらしい。
同性で恋人など奇妙なこともあったものだと、私はまるで他人事のように感じた。
彼女、咲は艶めかな黒髪にやや豊満な身体つきをしていて、いかにも私が好きそうだった。
私は頭の中で名前を咀嚼して、この状況について考え、一つの結論を出した。
「つまりは、記憶喪失…ということですか?」
咲は首を縦に振って、私の側の携帯を取ろうと腕を上へあげた瞬間、私は何を思ってか頭を両手で抱えて身体を守ろうとした。
その行動に咲は携帯を取らずに、ただ立ち尽くして、喉から言葉絞り出すように言った。
「ごめん、ごめんね…今度は幸せにするから……」
全くもって、何のことか分からなかった。
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家で療養という名目で同棲していたらしい家へ帰ると、私は鏡を見た。
鏡にはいやに頬が痩せてボサボサとした黒髪に、顔以外の身体に青痣や切り傷が目立っていた。
咲に記憶喪失の前の行動を問えば、自殺未遂とのことだった。
咲が夕食を作っている間、私は自室でかつての佐方翠が書いたであろう日記を見つけた。
日記の文字はひどく汚く、咲に対する恨みや自殺願望が綴られていた。
そこまで円満な関係でもなく、それでいて元の佐方翠は相当病んでいたらしい。
私は軽く見て、その日記をゴミ箱へ投げ捨てた。
そのゴミ箱に『愛してる』と書かれた手紙がボロボロに切り裂かれた状態で捨てられているのを見つけた。
何も、思わなかった。そのはずだった。
咲に呼ばれて食卓につき、何故か自然と身体が食材の盛られた食器を床に置いて犬のように食べようとした。
瞬間、咲が驚いたような声を挙げた。
「なにしてるの?!」
「…いや……こっちの方が、落ち着く気がして…」
「……す、座って食べてよ…」
確かに、そうだ。いくら落ち着くとはいえ、まるで犬や奴隷のように食べる必要はない。
皿を机に置いて、箸を持って席についた。
いざ食べようとして服の袖から見えた腕に煙草の跡のようなものが残っていた。
咲に「美味しい?」と聞かれても、食事は何の味もしなかった。
きっと、これからもしないだろう。
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咲が隣で、いやに大人しくベッドの中で眠っている。
すやすやと寝息を立てている彼女にうっすらと嫌気が差した。
私は隣で黙ってそれを見ながら、口から言葉を零した。
「死ねばいいのに」
道化師の契約
何百万と再生された似たような内容ばかりの動画、それについた何万もの高評価とコメント。
どれもこれも、小さな子供が吐くような言葉ばかりが並べたてられ、まるで具材もなく味の薄いスープのような中身のない短文が続いている。
それを大雑把に見ては心の奥底で悪態を吐き、手にしていた携帯の画面から目を離して動画編集を終えたばかりの相方である|興梠《こおろぎ》|博翔《はくと》こと“コータロー”へ僕は口を開いた。
「……なぁ、もう……こんなこと、やめようよ。限界なんだ」
僕がそういうと博翔がこちらへ向いて、僕ののっぺりとして特徴のない平凡顔が彼の瞳に映し出された。
|小澤《おざわ》|響《ひびき》、“コータロー”の親友役の“ましゅ”を演じている僕だ。
元々、僕達は仲の良い親友で、ある日を境に博翔と僕は動画投稿をするようになった。その時は、“コータロー”も“ましゅ”も存在しなかった。
始めたばかりは本当に楽しくて、仲の良い友人で楽しく遊ぶ様子を投稿していたけれど、やっぱり伸びることはなかった。再生数もコメントも、ニ桁いったら良い方で高評価なんて一つか二つぐらいだった。
けれど、数年前に博翔が余興として可愛らしいキャラクターがゲームを遊ぶ、所謂なりきり動画を投稿した。それが大きく拍車をかけ、あっという間に僕達のチャンネルの人気第一位を掻っ攫っていった。要は、これがウケたのだ。
そうしてみると簡単に評価は得られるようになった。僕達は言われるがままにそういったものを増やしていき、黄色いパーカーが特徴的な抜けているキャラの“コータロー”と白いパーカーが特徴的な賢くてクールなキャラの“ましゅ”というキャラクターがこのチャンネルの目玉になった。
今でこそ1000万人を突破したチャンネル登録者数と、大手有名事務所への所属、海外進出……それが人気というの地獄の始まりだった。
僕は更に口を開いた。きっと、今日もうまくいかない。
「ねぇ、博翔も分かってるでしょ…前より楽しくなくなったって。なんだか事務的で、やりがいが見えないって」
博翔は黙ったまま、何も言わない。僕は更に続ける。
「それに、さ…僕達、もう27歳だよ。お互いに恋人とかいないし、住居も未だに一緒だし…そろそろ、YouTuber以外の普通の仕事をしないと」
博翔の口がややへの字に曲がり、指が机を叩く。明らかに苛立っている。僕は今か今かと怖気づきながら、言葉をできるかぎり刺激しないように綴っていった。
「だから……辞めよう、こんなこと。こんな歳になってまだおままごとの延長線みたいなこと続けるなんて無理だ。
僕、もう辞めたいんだ。だから博翔、チャンネルを畳もうよ」
できるかぎり諭すような言葉を選んでいたつもりだった。つもり、だった。
博翔は言葉を返すことはなかった。代わりに飛んできたのは頬への強い衝撃だった。僕は体制が崩れたと同時に、呆気にとられて、雪がしんしんと降る窓に頬が赤く腫れた僕の顔が映っているのを見た。
博翔はようやく口を開いて、尻もちをついている僕を見下ろして一言だけ呟いた。
「嫌なら出ていけばいいだろ。お前なんかいなくても、代わりはいくらでもいるんだ」
そう言われた言葉が、かつての僕達の関係がとうの昔になくなっていたように感じた。
その時、博翔が編集に使うパソコンに僕達と同じようなスタイルでやっているYouTuberからの連絡があった。
もう僕達は親友ではなく、単なるビジネスパートナーに過ぎなかった。
僕達は既に、魂を売っていた。
蝸牛の夜想曲
キーボードを打つ指先が断片的な曲を刻みつつ、目の前の白く光るキャンバスを黒い文字で汚していった。
水面のように揺れ動かない心情は、とうの昔に冷え切っていて仕事にばかり行動を起こしていた。
そんな僕の背中に、誰かが叫び散らかすような怒号が届いた。
「今月で何回、言ってると思うんですか?!
期限までにものを作ることさえできないなんて、どれだけ愚図なんです?!
こんなの、入社したての新人にだってできることでしょう?!」
社内一のお局様が早朝の鶏のように叫んでいた。怒り心頭なお局様の正面にきっちりとスーツを着た中年の男性である|藤木《ふじき》|奏《かなで》が年甲斐もなく「申し訳ありません」と平謝りしている。
見慣れた光景に僕は黙って、吹き荒らす嵐が消え失せるのをデスクに齧りつく他の社員と同様に待ち続けた。
藤木奏は所謂、企業の氷河期を過ごした中年男性で最近になって転職し、僕のような春からの新人である新卒と一緒になってこの会社に雇用された。企業説明会で僕らと席につく彼が異様だったのは言うまでもない。
そうして、しばらく耳障りな曲と断片的な曲が同時に演奏され、職場の雰囲気はひどくピリついていた。
雨音が踊り、アスファルトの地面を叩いて夜想曲は愚鈍にも流れ出す。
職場の窓にはもう明は灯っていない。差したビニールの雨傘を開いて、靴底が散った雨粒に触れた。
夜を食む
広く感じる部屋の中で、惣菜パンの包装袋が擦れ合って空虚な音を立てる。
窓からは寂しい夕陽が差し込み、夜はまだ明けることはない。
小さな椅子に座って、柔らかいパンを咀嚼し続けながら目に入る一枚の紙が憎たらしい。
小さなメモ用紙のような紙には『お母さんは今日も帰れません。|翠《みどり》はいい子だからお家をよろしくね』と少し拙い文字で書かれていた。
いつもそうだ。いつも私を残して夜の街へ出かけていくのだ。夜職というものだと、たまにお金を置いていく男の人に聞いたことがある。
それがなんであれ、私には関係がない。
一人は楽だけど、独りは寂しい。
夜はまだ明けることはない。
少なくとも、今は。
Dream Core
※実話
夢を見たんだ。
最初は何の変哲もない学生生活で、バスに乗って県外にいって、唐突に学校へ帰ってくる。
下校しようとして、“私”は普段と違う道で帰ろうとしたらしく、知らない下級生の三人についていって辺りが夕焼けになって、真っ暗になっても下級生の家にはつかないし、“私”は引き返して家に帰ろうともしない。
そのまま真っ暗な山道に出て、ようやく下級生と“私”は恐怖に苛まれて山道の中で一斉に帰ろうとする。
自転車を乗った下級生に、ただ走るだけの“私”。それでも自転車を追い抜くほど足は動いた。
何故か山道から高速道路に出て、隣で三人の下級生が自転車に乗って高速道路を走る。
そして、対向車線の車に勢いよく轢かれる。車は止まる。けど、下級生は何事もなく先を走っていた。高速道路には赤い跡がついたままだった。
“私”は下級生が無事なことに安堵して、再度山道に入った道を下っていった。
やがて、“私”と下級生の三人はバスの中で山道を下っていた。何故か、とてつもない安心感があった。
順調に帰ってこれたのだと、朝日の登った町並みが見えた。
途中でバスが止まり、運転手が「ここで私も降りて、友人五人を残したんです。行け、と言われて行きましたが、きっと恨んでいるのでしょうね」と運転手が昔話をし始めた。
“私”は恐怖で溜まらなくなったと同時に、何故か違和感が渦巻いた。
バスは霧に包まれ、遠くの方に黒髪に黒い学生服の青年、五人が手を振って何かを叫んでいた。
顔は見えなかったが、下級生の一人が「あれって、話の五人じゃないですか?」と意味の分からないことをいい出した。
“私”はそれをそんなことがない、だって死んでいるはずだと必至に否定していた。
やがて、充電が1%しかない携帯から着信音が鳴って「通報しました、今どこにいるの?」という言葉が聞こえ続けた。携帯の充電がなくなっても聞こえ続けた。
それでも“私”は、その声に助けを縋っていた。
そして、目が覚めて見ていた夢の間で感じていた違和感が明確になり、夢だったのだと気づいた。
そう、ただの夢。
レンガの輪
※本文には一部の方を批判するような意図はありません。
また、本文中の言葉において不快になられる可能性もありますので、不快と感じた場合にはご自分で引き返していただけると幸いです。
何事にも自己責任でお願い致します。
(尚、本作品はLGBTQ+テーマ)+ハッピーエンド
皆が一斉になって顔を上げ下げして、板書をノートに書き取っていく。
僕はただ呆然と板書を叩きながら口を開く教師を見続け、話に耳を傾けようともしなかった。
板書には“LGBTQ+”とお節介なことに丁寧な文字で解説が綴られていた。
つくづく、生きづらい世の中になったものだと若くながらそう思う。過去は出る杭は打たれていたが、今となっては出る前の杭すらも打って出ようとさせないのだ。
“ジェンダー平等”、“貧困層と富裕層”、“少子高齢化”、“気候変動・環境問題”、“紛争・難民問題”、“健康・衛生問題”…やることは山積みだ。
子供が永遠に解けない課題を与えられたように、気が遠くなる。
どの課題も、誰かが大きな声で主張しなければ問題になんてならなかった。
誰かが気づかなければ、問題になんてならなかった。
世間というのはそういうものだ。光り輝いたものにしか目を通さないのだ。
教師の口が止まり、一人の生徒に言葉を催促する。生徒はよく通る声で、しっかりと発言した。
「結局、“LGBTQ+”ってそういう変な奴らの話なんですか?」
…人というのは、自分と全く違う生命体や思考を見ると批判的な感情を抱くものだ。
教師は少し考えて、「グループ」を作るように指示をする。生徒の言葉を課題になって作られたグループの中で皆、口々に発言していく。
「“ゲイ”と“ホモ”って何が違うの?一緒だろ?」
「正直、頭おかしいよね。生き辛そうだし」
「…………」
誰かが話し、誰かが黙る。
“レズビアン”だって、“ホモセクシャル”だって、似たようなものだ。違うのは対象であって、別に他者と変わらない。可哀想でもないし、可笑しくもないし、羨ましくもないし、気持ち悪くもない。
そういう言葉があるから、格差だ差別だと騒ぐような輩がいるのだ。
全て同じなら何も言われなかっただろう。
何事にも偏見のレンガが積まれ、完成した丈夫な偏見の家が拠点となって伝染していく。
ある意味、洗脳と変わりない。
口々に批判的意見を言い合う生徒の二人に黙っていた生徒がようやく口を開いた。それは僕が今まさに求めていたものだった。
「…なん、で、そう…思うの?二つは一緒じゃないし、生き辛くもないし…」
二人の生徒がその生徒を見て、少し笑った後に理由を述べる。どれもこれも想定通りだ。
「だって、どっちも似たようなもんじゃん。“ドウセイアイシャ”ってやつだろ?」
「皆がよく思ってないような人達なんでしょ?それもぱっと出の。
女の子が女の子を好きとか、男の子が男の子を好きとか…意味分かんないし、色々と気持ち悪いし、絶対生き辛いよ」
発言した生徒がそれに少し考えて更に異論を述べていった。
「…違うよ。同性愛者っていう括りは確かに同じかもしれないけど…その中で皆が勝手に想像してるような“可笑しい人”じゃない。
二つの違いが分からないって言うけど、それ以前に僕らと同じ、普通の人間なんだよ」
更に続けて、口を開き、同意を求めるように訴えかけた。
「皆がよく思ってないっていうけど、その皆って君が知ってる皆でしょ。勝手に決めつけて嫌がって、生き辛くしてるのはどっちだよ」
少し震えたような声で蚊が耳元で鳴いているようだった。そうして、崩れかけたレンガの上で生徒がこちらを見た。
「君はどっちなの?」