公開中
海の夜明けと未来の切符
一人、防波堤の上で座って海を眺める。
まだ海は鈍く、暗い色に染まっている。
遠くの方で太陽が少し顔を出す。
鈍く、暗い色だった海を少しずつ茜色に変えていく。
まるで私を嘲笑うかの様に。
何度も見てきた光景。
家に帰るのが嫌で何度も何度も足を運んだ。
毎日見てきた光景も今日で最後だ。
私は靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ、素足で防波堤の上に立った。
靴の横にはロックを解除したスマホを置いてある。
開いたらすぐに遺書が見える様にしといた。
最後に、仲が良かった友達に『ありがとう』とだけ送り、海を見つめる。
飛び降りようとしとその時、後ろから
「それでいいの?」
と声をかけられた。
驚いて後ろを見ると女性が一人立っていた。
その顔は何故か少し嬉しそうな、でも、悲しそうなそんな顔をしていた。
「自殺を止めたいの?」
と聞くと、彼女は
「いいや。確認してるだけさ。君はここで死んでもいいのかと。」
とだけ答えた。
「もういいの。家では人として扱われないし、学校ならイジメられる。生きてる意味ってあるの?こんな人生に価値ってあるの!?」
そう言いながら左腕の手首を見せた。
何本も深く入った傷。この跡は一生消えることはない。
と、いう自分の口調は自分でも驚く程強い口調だった。
それでも彼女は動じる事なく
「いや、生きている意味はない。死んだって世界からしたら些細な事でしかない。たった一人消えただけなら誰も気に留めない。」
と言った。
「じゃあ、」
じゃあもういいじゃんと言おうとするのを遮って彼女は話を続けた。
「だが今は価値はないかもしれないが、未来なら価値があるかもしれない。そんなのわからないって思うだろう。私もそうだった。生きる意味もわからず、ただただ息を吸うだけの人生だった。でも、ゴミみたいな経験を活かして精神科医になって、生きる意味を持てた。」
そう言ったが、私は頑なに話を聞きたくなかった。これ以上話を聞いていると決心が揺らぐ様な気がしたから。
「そんなの運が良かっただけじゃん」
そう言うと、
「そうだね、私は運が良かった。運はいつ回ってくるかそんなのはわからない。だから私は確認しているのさ。『本当に今でいいんだね?』と。私の経験から話をしている。私は生きる意味を持てた。だから君にも確認している。」
その言葉は私の凍りついた心を溶かす暖かなお湯の様に、固く閉められた錠を開ける鍵のように私の心の中に入って行った。
「どうすれば救われる?生きる意味を持てる?」
その時、私は自分が泣いていることに気づいた。
震えて、泣きじゃくって裏返った声で言葉を放った。
「私はもう、こんな思いを子供にしてほしくない。だから私は心の先生になって辛い思いをしている子を救いたい。でも、もし、耐えれなくなったらどうしたらいいの?こんなゴミな私は誰かを救えるのかな?」
泣きながらそう言うと彼女は
「君が、君だけが持っているものがあるさ。それを磨いて培っていけばいい。」
そう言った。
そして彼女と私は海を見た。
海の色は一面茜色に染まっていた。
まるで、私の心を褒め称え、これからの未来に対する希望を表す様だった。
家も、学校は何も変わらない。でも私は自分の意思で自分のために生きようと思う。
そう思えたのは生まれて初めてのことだった。
気がつくと彼女は消えていた。別れの挨拶も感謝の言葉も紡ぐ|暇《いとま》もないまま。
時が経ち、私は精神科医になった。
今日は面接の為、メンタルクリニックに訪れていた。
「面接にきました|明槻《あかつき》海です。」
と社交辞令の挨拶を交わすと受付員は
「お待ちしておりました。今院長をお呼びしますのでお待ちください。」とこちらも社交辞令で返してきた。
座ったと同時に院長が現れた。
彼女だった。あの時の女性だった。
「初めましてじゃないよね?でも、名前は知らないから教えてあげよう。私の名前は茜未来です。」
二人は一緒に笑った。
これからは二人で傷ついた人の夜明けを手伝って、切符をあげる番だ。
海の夜明けと未来の切符
<終>
久しぶりの小説だー