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4-4 作戦決行
日が沈み、空が鮮やかな青に染まる時間さえ過ぎ去って、星々が輝き出した頃、俺は行動を開始した。
フードを目深に被って、目を引く白い髪を覆い隠す。
周囲の確認はバッチリ、いざという時のための逃走経路は確保した。
通行人に紛れて塔に近づき、外壁に触れる。内部の様子は分からない。壁の厚さも分からない。
現在の座標から、転移先のおよその座標を計算する。そうして、当てずっぽうの転移を発動。
いつもの転移とはなんら違うところはなく、転移自体はスムーズに発動した。後は、壁に埋まったり、人に見つかったりしなければ良いが。
煉瓦を積んで作られた壁と、明るく照らし出された空間。直前とは視界ががらりと変わって、俺に転移が成功したことを確信させる。
視界も開けて、空気もしっかり吸える。壁に埋まったなんてことはない。一発で成功するとは、なんて運が良い。
他に目につくのは、突然現れた俺に驚いて腰を抜かす警備兵ぐら、い、で――。
「ぁ」
訂正する。俺は運が悪い。警備兵の目の前に転移するなんて。これでもう、誰にも知られずに盗み出すことはできなくなった。
警備兵が腰に手をやるよりも、声を出すよりも速く、俺は警備兵の首筋を打って昏倒させる。
とりあえず、連絡を取られることは防げた。しかし、警備兵を倒したことがバレるのは時間の問題だ。
俺は螺旋階段を二段飛ばしで駆け上がり、俺が目的とするものが保管されている場所を知っていそうな人間を探す。
――いた。白衣を身にまとい、研究資料らしき本を運ぶ姿は、到底戦闘要員には見えない。
俺は白衣の男の背後に忍び寄り、口を塞いで静かに声をかけた。
「動くな。薬品保管庫があるな? 案内しろ」
男が驚いて手に持っている本を落とす音が、塔の中で反響して大きく聞こえた。
男は抵抗する素振りを見せたが、口を押さえる手に少し力を込めると、すぐに大人しくなった。目に思案の色が過ぎり、両手を上げる。
男が地面を見て、俺になにか訴えかけてきた。
「……拾いたいのか?」
男はゆっくりうなずく。
「拾え。ただし、声は出すな」
俺が口から手を離すと、男はゆっくりしゃがんだ。
俺に背を向けて、荷物を拾っている。丁寧に整理しているのか、やけに長い。
俺は声をかけようとして、
「――――っ!」
何らかの筆記具だろう、先の尖った棒のようなものを男が握り、俺の目に向けて突き出した。
俺が男に近づいた瞬間を狙ったか。
俺は男の手首を強く打って筆記具を放させた後、首筋を打って男を気絶させた。
「ひぅっ」
か細い女の声を聞いて、階段の上に視線を向ける。
女はその場にぺたりと座り込んだ。
こいつに案内してもらおう。
女の口が小刻みに動いているな。
女に近づくにつれて、女の口から発せられる声が鮮明に聞こえるようになる。
「ぁぁ、ぁ、殺さないで……殺さないで、ください」
「殺さないさ。薬品の保管庫に案内してもらうまでは、絶対」
俺は彼女に歩み寄って、できるだけ優しい声で言った。
「ぅ、ぅう」
首を縦にぶんぶん振って、俺の意思に反することはないと主張する。声を上げられたら面倒だが、どうせ保管庫に行くには階段を上る必要がある。
「不要な声を出したら殺す」
少し殺気を込めて、強く念を押しておけば大丈夫だろう。
彼女はまた、涙目で首を縦にぶんぶん振った。
「こっち、です」
彼女が踏み出した方向は、俺が進もうとした方向と真逆だった。すなわち、下。
「大事なものを保管するなら上では?」
「薬品は温度や湿度の変化が大敵なの、で」
そういうものか。
俺が入ったのは地上からで、ほとんど階段を上っていないから、一番下に到達するのはすぐだろう。元の場所に戻るのはもっと早い。
「ふぇっ」
俺が制圧した警備兵でも見たか、彼女が小さく声を漏らして後ずさった。
危ないな。階段から転がり落ちでもしたら大惨事だ。
「しばらく起き上がらない」
そう言うと、彼女はもっと怯えた表情を見せた。
急に動き出すことはないと、そう伝えて安心させようとしたのだが。逆効果だったか。
「もうすぐ、です」
彼女は足を動かす速さを少しだけ上げ、階段を下りた。
よほど早く俺から解放されたいようだ。
厳重に閉ざされた扉を通り過ぎ、地下への階段を踏む。
地上へ繋がる扉のそばを通らなければ、そこが地下だとは分からないほど、階段は地上と地下を滑らかに繋いでいた。
光を取り入れることができないためか、地上より照明が多い気がする。
「ここ、です、よ」
彼女が木製の温かみのある扉を開け、俺を押し出して中に入れた。
保管庫なら扉はもっと大きいのではないか、保管庫を置くにしては予想される部屋の面積が小さすぎるのではないか、そういう疑問を全部飲み込んで、俺は扉の中を見る。
――人間がいた。ここの警備兵と同じ制服を着て、椅子に座ってくつろいで――まではいないが、体を休ませている人間が。
彼女の手によって、半開きだった扉が静かに閉められる。
「皆さん、後は頼みました!」
女のくぐもった声がした。扉の向こうからだ。
扉の向こうから――罠にかけられたか。
部屋の中の人間の目が、一斉に俺に向けられた。
剣に手をかけ、引き抜く音があちらこちらでする。
これで「盗む」と言うには無理があるか。目立ちたくないが、仕方ない。
――魔法を使って水を集め、床を濡らす。
濡らした床は滑りやすいが、これで滑るほど相手も間抜けではない。
俺の行動を戦闘開始の合図と見たか、警備兵が一斉に動き出した。
俺は一歩で距離を詰め、目の前にいた相手の足を払った。更に、床は滑りやすくなっている。警備兵が倒れる重い音に、他の警備兵が少しだけ気を取られた。
その隙に、他の警備兵の足も払う。少し音がばらけて、仲良く一緒に倒れた。
戦闘開始数秒で蹴散らされた仲間を見て、立っている半分ほどが怯えた顔を見せる。
「落ち着け! ドアは開いてない、まだ中にいる!」
警備兵の集団を立て直そうとする者もいるが、効果は薄い。
「は、はや――」
俺はもう一度踏み込み、警備兵の足を刈り取った。
これは狩りだ。恐慌する獲物を狩っていくだけの。
俺は風になって、室内の警備兵を全て無力化した。
これだけ固まっていたのだ。塔の中の警備兵はかなり減ったに違いない。
俺は部屋の外に出た。
「ぇ……」
先ほど、俺を警備兵のもとへ案内した女は、まだ扉の外にいたようで、腰を抜かして俺を見ている。だが、その目が逸らされることはなく、俺を睨みつけ、打開策を探しているようだった。
危険だな。このまま放置しておくと、肝心なところで背中を刺されかねない。
俺は女の意識を奪い、近くに人間がいないことを確認する。
壁にもたれて、世界を読んだ。
塔の中の情報が一気に流れ込んでくる。
どこに何があるのか。誰がいるのか。魔法が使われたのか。
あまりの情報量の多さに、意識が侵食されかけた。魔法を使うときとは勝手が違う。情報量が比べ物にならない。
「見つ、けた」
やたらと多くの種類の物質がある場所を発見。薬品の保管庫だと確信した。
場所は――ここから遠くないな。
情報が詰め込まれていて頭が重い。転移するのも億劫だと、俺は階段を一気に駆け上がった。
「……ここが」
部屋の中は暗く、外と比べれば一回り寒い。
必要な物質に限定して、転移魔法をかける。
「足りないな」
足りない分は、空気や地面から取り出すとしよう。邪術で作り出すには、まだ理解が足りていない。複製するだけなら容易だが。
術式を一つ一つ組み、一気に魔力を注ぐ。
魔力がごっそり抜ける感覚と共に、転移魔法は発動した。
俺もこのまま転移で帰る――としたいが、塔への侵入者が魔法――特に転移魔法が使えるということは隠しておきたい。侵入する時や警備兵を気絶させる時に使ったが、使う回数は少ないほど良い。
一度外に出て人気のない路地に移動した後、転移で帰ろう。
俺は階段から身を投げて地面に着地し、出入り口へ向かった。
塔の中のほとんどの人間が意識を失っているからできることだ。騒ぎになって警備を呼ばれると困る。
出入り口は分厚い金属の扉で隔てられ、鎖で開かないようになっていたが、そんなのは関係ない。
ぐっと力を込めると、扉は耳障りな金属音を立てて開いた。僅かな隙間を開け、俺はその隙間から身を躍らせる。
幸い、扉は人通りの少ない路地につながっていたようで、人の気配はしない。
そして扉を閉める――そうしようと振り返って、
「うわあっ!」
視界が塞がれるほどの大荷物を持った男とぶつかった。ぶつかった衝撃で荷物が地面に散らばる。
「ってぇ……」
尻餅をついた相手が立ち上がり、俺と目が合う。
金色の髪に青い瞳。日中、俺を見ていた男だ。
俺は内心の動揺を押し隠して、
「すまない」
一言謝って、金髪の男が落とした荷物を拾った。
「いや、こちらこそ。前見てねぇ俺も悪い」
拾い集めた荷物を男に渡し、立ち去ろうとする。
金髪の男は荷物を受け取って、俺の耳元で囁いた。
「ここの衛兵は優秀だからなあ。逃げるなら、早く遠くに逃げるのをおすすめするぜ」
「っ……」
一体何を見たのか。塔の中の俺の行動を見ていたとでも?
固まる俺に金髪の男は言葉を重ね、
「じゃあな。もっかい言うけど、すまねぇ」
右手を上げて、夜の街へ消えていった。
ぐっと力を込めて、扉を閉める。これで後は逃げるだけだ。
表の通りに出るのは……リスクが高いか。目撃者をいたずらに増やすことになる。
となると、そこまで詳しくもない街の裏路地を駆け抜けて現場から距離を取らなければならないわけだ。ある程度離れれば転移を使って帰れば良いから、同じところをぐるぐる回るヘマさえしなければ大丈夫だ。
屋根に飛び移る――のは目立ちすぎる。ちまちま路地裏を走ろうか。
俺は路地裏を走って十分な距離を取った後、転移を使って地下室へ戻った。
次回予告。
あの時、彼は何を考えていて、あの後裏で何をしたのか。
彼の超常的な能力の一端が、明かされる。
次回、幕間四 「勘だ」