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第8話:独占欲の行き先、湯煙の休息
昨夜の直哉様は、どこか切羽詰まった獣のようだった。
朝、鏡の前に立つと、白い首筋に咲いた紅い痕が、嫌でも昨夜の熱を思い出させる。
(……あんなに強く抱きしめられて。直哉様、よっぽど不安だったのかしら)
私が困ったように首元を隠していると、背後から音もなく現れた直哉様が、私の腰をガッシリと抱き寄せた。
「……なんや、不満か。俺がつけた痕、気に入らへんのか」
「そ、そういうわけでは……。ただ、これでは使用人の方々に、また『ふふっ』と笑われてしまいます」
「笑わせとけ。自分は俺のもんやって、家中(いえじゅう)に分からせんと気が済まへんねん」
直哉様は私の肩に顎を乗せ、満足げに鼻を鳴らす。
その瞳には、昨夜の刺々しさは消え、どこか甘えたような色が混じっていた。
「……おい、紬。今日から一日休みや。……温泉、行くぞ」
「えっ、温泉ですか? 急にどうされたのですか」
「……自分が、他の男に鼻の下伸ばされて疲れとる思てな。……俺が直々に、癒したるわ」
自分の嫉妬で私を振り回した自覚があるのかないのか。
直哉様は有無を言わさぬ勢いで、私を車に押し込んだ。
目的地は、山奥にある禪院家御用達の隠れ宿。
静かな離れに通され、二人きりになると、直哉様は早速「……おい、紬。こっち来い」と、畳の上で自分の膝を叩いた。
「直哉様、まだお昼ですよ?」
「ええから来い。……自分、癒してやる言うたやろ」
毒づきながらも、私が膝枕をすると、直哉様はふぅ、と深い溜息をついて目を閉じた。
私の黄金色の髪を指で弄りながら、彼はポツリと独りごちる。
「……自分、あんな奴らに笑いかけんな。……俺だけ見とればええねん。……命令や」
「ふふ、はい。……直哉様、大好きですよ」
私が優しく髪を撫でると、直哉様は耳まで赤くして「……分かっとるわ、アホ」と毒づいた。
けれど、繋がれた手は決して離そうとしない。
その日の夕食後。
直毘人様が「餞別や」と持たせてくれた、例の少し度数の高いお酒が並ぶ。
私は昨日の失敗を思い出し、少し身構えたけれど。
「……今日は、俺が見とってやる。……一口だけ、飲んでみぃ」
直哉様の少し意地悪な微笑みに誘われ、私はまた、運命の一口を口にしてしまうのだった。
(……あぁ、また体が、熱くなってきました……)
湯上がりの火照りか、お酒のせいか。
黄金色の瞳を潤ませる私を見て、直哉様の理性が再び、音を立てて崩れようとしていた。
🔚