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Aでもなく Bでもない
ほんのり太中
織太は意識してないです。原作(notアニメ)ぐらい。
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海に面したベンチの前──『人は、父親が死んだら泣くものだよ』
外交官の家の前──『そうだね、其の通りだ』
偶然通った場所──『一寸傷付いた……』
ぼんやりと散歩した港──『強くなったね』
この声は、物心ついた時には存在していた。
行った覚えのない言葉が、自分の声で、頭の中に響く。
最初は、死のうとしても、死にきれないストレスからくる幻聴かと思ったが。
少々訳が違うらしかった。
気まぐれに通った場所からでさえも聞こえてくるこれは、不可解で仕方がない。
私──太宰治の酸化した世界を、その世界たらしめる不愉快かつ一番の要因。
──嗚呼、まただ。
頭を刺す様な一瞬の痛みの後、自分の声が響く。
『失うわけにはいかない』
『君は僕の犬なのだから』
『生きるなんて行為に、何か意味があると、本気で思っているの?』
(!?)
何が、何が起こった?
そんなことを考える間にも、沢山の声が響く。
こんな風に複数の自分の声が一度に聞こえることなど、これまでは無かった。
そして、何よりの違和感は……
『ねえ、 』
『一寸、 』
抜け落ちた部分があること。
これまでも何度かあったが、こんなにも落丁が多いのは初めてだった。
何かの人の名前。
それは分かる。
たかが名前。されど名前。
其の空の名前は、私の心を惹きつけるには十分すぎるものだった。
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空の名前を知ってから数週間。
私はまだ、その正体を掴む事ができていなかった。
基本的にはどんなものも少し調べれば分かるものだが、今回は難しいらしい。
ため息を吐きつつ本のページを捲る。
私が読んでいるのは、ある小説だった。
作者は、新進気鋭の若手作家。
ある元暗殺者を取り巻く周囲と、その死を描いたものだ。
デビューしたてだというのに、本屋大賞を獲得した作品でもある。
この本は、少々不思議な構成をしていた。
中には、二つの章が存在する。
出てくるのは同じ人々。
ただし、立ち位置がまるっきり違う。年齢も違う。
まるで、一つの世界のパラレルワールドを描いている様な作品だった。
そして、何故か──
私は、この話を知っている、と思うのだ。
読んだ事がある、とかそんな易しいものではない。
経験した、と思ってしまうのだ。
この本を読み始めて、そしてあの日、一度に大量の声を聞いてから。
私はひどく鮮明で、記憶に残ってしまう夢を見る様になった。
出てくるのはいつも、同じ人々。
私たちがいるのは、いつも同じ場所。
年齢は様々。
最初のうちは訝しみながらも、興味深く感じていた。
けれど、流石に混乱する。
ある時、自分の中で消えていったと感じた温度が、翌日には息をして笑っている。
幼かった人物が、次の夜には壮年になっている。
何より──
夢で死んだはずの自分が、息をしている事。
死ぬシチュエーションは様々だった。
幼い頃に、黒い組織に捕まって死亡。
誰かに、ナイフで胸を突かれて死亡。(自分も相手に刺していたが。)
水の中、静かに沈んでいって死亡。
死亡、死亡、死亡、死亡。
幾つもの死に気が狂いそうになりながらも。
自分の死を見た世界は、死を見たその時から、その世界を見ることは無くなっていって。
気づけば、残りの世界は二つになっていた。
そして、それは何の因果か。
今、ページをめくっている本の世界二つにそっくりな世界だった。
名前が一致しているわけでもない。
だが、その《《世界》》が、そっくりだった。
この不可思議な事象を、究明してくれる人物はいないものか。
──いや、いる。
この、作者。
彼に、聞いてみれば良い。
笑われるかもしれない。けれど、何も行動しないよりかはマシだった。
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それからまた数週間。
家のポストを覗くと、茶封筒が一つ入っていた。
もしや、と高鳴る胸を押さえながら、宛名のところを見る。
『太宰治様 織田作之助』
あの作者からの返事だった。
私は急いで家の中に入ると、震える手で封筒の口に刃を沿わせる。
畳まれた便箋を開く動作でさえもがもどかしい。
やっとのことで開くことのできた便箋には、規則正しい文字が綴られていた。
『拝啓
金木犀が香る季節となりました。
この度は、お手紙有り難うございました。
私の書いた小説が、誰かの心を動かしたとは。小説家冥利に尽きます。
そして、お手紙の中で告白なさった事柄に関してですが。
私は実のところ、とても驚きました。
まさか、同じ様なことを経験している方がいらっしゃるとは思いませんでしたから。
太宰様は、自分の言った覚えのない言葉が聞こえる、と仰られましたが、私は他人の声が聞こえます。
私にとっては、主に文を書いている時に聞こえてくるものです。
手紙の中で、こんなことを書いても良いものか、と思いますが、実は、私の恥ずかしい初作や、それに連なる話の登場人物たちはその《《声》》の持ち主たちをモデルとしています。
太宰様が、共感を私の初作に得られたのならば、私と太宰様が知る声達は、同じ世界のものなのかもしれません。
しかし、私に分かるのはそれ迄です。
偶然というものは、時に未来を見据えた様なものがあるのですね。
そうこうしているうちにも、また《《声》》が聞こえてきました。
私が生来口下手な性故に、こんなにも短い手紙となり申し訳ありません。
太宰様の今後のご多幸をお祈り申し上げます。 敬具
令和◯◯年◯月◯日 織田作之助
太宰治様』
「……ッ」
心が震えた。
笑わずに、真剣に返してくれたということもだが、何よりもこうやって手紙のやり取りをする事ができた、ということに《《私は》》歓喜していた。
何故こんなことに喜ぶのか、気を抜くと泣いてしまいそうになるのか。
またわからない事が増えてしまった。
嗚呼、また聞こえる。
とうとう家の中でも聞こえる様になったらしい。
『悔しいことに、薄く切って醤油で食べると、ものすごく美味しい』
『君をここに招いたのは──』
全て同じ人物に話しかけているらしい。
『さようなら、──』
『今はそれだけが──少し、悔しい』
この日、私は初めてそれらの世界に出てくる人物の名前を知った。
そして、この日の夢を境に、見聞きする世界は残り一つになった。
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その日から、私は見聞きする世界の人物たちの名前を知る事ができる様になった。
そして、少しずつ容姿も結びつく様になった。
あの作者が、私の友人であり、最初に知った名前の持ち主であることには心底驚かされた。
けれど、まだ名前のわからない人物が一人いる。
私が最初に気がついた、声の落丁部分の名前の持ち主だった。
薄暮の色の揺れる髪に、昊の色の瞳。
私よりもかなり背が小さくて、粗野で、けれどもどこか優雅な。
『 』『 !』『 ……』『 』『ッ !』
『太宰』『手前ッ……』『太宰!』『ケッ 言ってろ!』『太宰……ッ…』
歩くたびに聞こえてくる。
君は誰?
何処にいる?
君は、私の何だったの?
夜な夜な見る夢はまだ続いている。
聞こえる声も増えている。
あの世界の私は、この世界の私と同じ様に、まだ死んでいない。
死んでいないのなら、まだチャンスは潰えていないという事だ。
(いっそのこと、織田作の様に現実で知る事ができたら、早いかもしれないのだけれど)
落丁に気づかせられてから、私に自殺する気を起こさせない不思議な君は、何者?
落丁が埋められたら、私のこの空虚な気持ちも満ち足りるのか?
応えてくれる人は、まだいない。
end……?
・
眠り姫です
私に問いたい。
短編とは。
力尽きました。
多分この後、コンビニだかキャンパスだかで(入れたら終わらなくなるので入れてませんが、大学生くらいです多分)会って色々あるんだと思います。私は脳が若干腐ってるので、あれですが……。
ほんのり太中と言ったのは、双黒として読むにはだざむの執着が強いかな、と。
タイトルについてですが、これは「太宰を拾った日」のsideA、sideBから持ってきました。
Aでも、Bでも無い、異能の存在しない現代社会、ということで。
side何 何だろ sideX ということにしといてください笑
(2025/9/15あとがき加筆)
ビーストでだざむが「織田作が小説を書いているのはこの世界だけだ」とか何ちゃら言っていましたが、私は、それは「織田作と太宰の道が濃く交わる可能性を秘めた上で」という条件があるように思います。この世界では、小説家といちファンという関係が、友人になることはない。そういう設定で呼んでください。
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からのありがとうを!