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Episode【01】
入団式から、1週間。
訓練を終えたロミオは、重厚なつくりの廊下を歩いていた。
(なんで僕が司令室なんかに…)
稽古場から帰る途中、司令室からのアナウンスでロミオの名前が呼ばれ、至急第2司令室へ来るようにとのことだった。何かしでかしたかと不安になりながら、普通来ることのない3階へと足を運んでいる。
「ここ、か…」
厳重な鉄の扉の前に立つ。横にある認証カメラに腕章をかざすと、ピピッと音がした。
『戦闘部隊員番号604番ロミオ・アズリエル、入室を許可する』
司令の声がして、ドアが横にスライドしながら開かれる。「失礼します」と腕を後ろに回した敬礼姿勢で中へ入る。
「やぁ、いらっしゃい」
大きな会議用テーブルを囲む椅子に腰かけていたのは、戦闘部隊長のノアだった。意外な人物に内心驚くが表情には出さず一礼し、壁についているモニターを眺めているレイチェルの方を見た。
「質問をしても?」
「どうぞ」
「何故、僕のような新人が呼ばれたんですか?何もやましいことはありませんが」
レイチェルは少し笑い、「呼んだのはワタシではない」とロミオを見ずに答えた。
「では…」
「そ、俺が呼んだの」
ひらひらと手を振るノアは、笑顔だった。何か問題を起こした訳ではないと悟り密かに安堵する。ロミオはノアに向き直り、「要件は何でしょうか」と聞く。
「君、武器は?」
「…リボルバーと、銃です」
「ふーん…」
(なんでそんな質問を…?)
ロミオは少し困惑しながらノアを見つめる。何か考えるような仕草をした後、ノアが再度聞いた。
「じゃあさ、何か守りたいもの、ある?」
「え…」
守りたいものと聞いてロミオの中に真っ先に浮かんだのは、義弟のアリアの笑顔だった。「…あります」と俯きがちに答える。
そんなロミオを見て、ノアが「うん、決まりだね」と立ち上がった。ロミオが何か言いかけたが隙を与えず、一瞬でテーブルを飛び越えてロミオの前に降り立つ。
「では今から、君の初任務へ行くとしようか」
「……は」
なんでそうなる、と言いたげなロミオの腕を掴み、ノアが司令室をあとにする。訳がわからないまま連れていかれたロミオを見送り、一人になったレイチェルは呆れて溜息をついた。
「…で、任務というのは?」
移動用の輸送車に揺られながら、ロミオは隣に座るノアに聞いた。外を眺めていたノアは、ロミオの方を振り返る。
「さっき偵察部隊から入った情報で、リドアニア南部のガドル地区でフォステリーが捕獲されてる。君にはその駆除にあたってもらいたいんだ。でもⅡクラスの個体だから、簡単でしょ?」
「簡単って…」
初任務でⅡクラスは鬼畜すぎないかと言わんばかりのロミオの目に、ノアはふっと微笑む。何か試すような、挑発的な笑み。
「…あ、ついたみたい」
ノアが外を見る。つられて同じ方向を見ると、まだ原型を保っているビルがぽつりと建っていた。ロミオが車から降りると、待っていた見張り役のリーガとノアが何やら話し込んでいる。暫くして話し終えたノアがこちらに歩いてきた。
「相手はこのビルのどこかにいる。知能がないからビルから逃走する心配は多分ないけど、もし逃走したら無線で伝えて。説明は以上、それじゃね~」
「は?ちょっと、待っ…」
あまりに簡潔な説明に引き留めようとしたものの、既にそこにノアの姿はなかった。取り残されたロミオが茫然としていると、リーガがロミオの肩を叩いた。
「頑張れよ新人。あの隊長は大変だからな」
「で、ですね…」
リーガの言葉に頷き、頑張れよと見送られてロミオはビルの中へと入っていった。
—————————
「んッ…」
鼻をつくような腐卵臭に顔をしかめる。一階のエントランスを捜索しても何もなく、警戒しながら階段を上がる。
二階の廊下に片足をつく。カツッ、と音がした。
―瞬間、目の前に現れたのは、白い|なにか《・・・》だった。
「っ」
目の前に鎌が振りかざされる。間一髪で後ろに飛び退き、壁を蹴って一階に繋がる階段に身を隠す。相手をうかがうと、人型のような、形の定まらない目が一つの個体だった。大きな鎌を持っていて、ゆらゆらと揺れるように辺りを見回している。瓦礫の隙間から銃を向け、背後から三発打ち込んだ。
「ギャア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!」
よほど痛かったのか、甲高い悲鳴を上げてそれが暴れる。その傷口から、ドス黒いコアが見えた。狙いを定め、引き金に手をかける。
しかし、引き金を引くより早く、周囲の瓦礫が吹き飛んだ。目の前に鎌が現れる。
(マズ…ッ)
頭に鈍痛が走る。血が飛び散り、壁に血の跡をつくった。受け身をとれず床に叩きつけられる。
「いった…」
痛みを押し殺して立ち上がる。階段から降りてきたそれを睨みながら、床に転がった銃を拾う。
(どうする?相手は鎌だ。この狭さでは遠距離の僕が圧倒的不利—)
ズキズキと痛む頭で必死に考える。今にも突進してきそうなそれを視界から外さないようにして、ゆっくりと後ずさった。どうにかして背後を取らなければ。
不意に、天井に亀裂が入っていることに気付く。一番亀裂が大きな場所は、丁度僕とそれの間にあった。
(これなら…)
バンッと天井に向かって引き金を引く。銃弾は亀裂に直撃し、一気に天井が崩れ落ちた。
砂埃で視界が遮られているうちに、積みあがった瓦礫から二階へと飛び移る。顔を覗かせると、それは砂埃と瓦礫の中で僕を探しているようだった。見つからないよう、息を殺して狙いを定める。
(—そこ)
音を立てて発砲された弾丸は、息をつく間もなくそれの背中を打ち抜いた。それが痙攣し、鎌を取り落とす。
「ア”、ア”、」
パンッと破裂音が聞こえ、それの胴体に大きな風穴が開く。やがてそれは崩れていき、塵となって消えた。先程までの緊張感が嘘のように静寂が漂う。
「たお、せた…」
一気に力が抜け、はーっと大きく息を吐く。倒した。倒せたんだ。そう思うと、どこか嬉しかった。
「お疲れ様。上出来だったよ」
ビルを出ると、隊長が笑みを浮かべて待っていた。上出来の基準はどこなのかは知らないが、「ありがとうございます」感謝を述べておく。
「…あの、なんで隊長はついてきたんですか?ただ見守るだけなら、別の隊員でも―」
「外部には言ってないんだけど、この部隊では入ってきた新人の中で最も優れている者だけ、初任務に隊長を同行させることになってるんだ。理由は…ま、あとでいっか」
「えぇ…」
隊長がはぐらかす。怪我のせいで頭が回らず、まあいいかと深く考えずに銃をしまった、その時だった。
「あら、もう倒してしまったの?結構強かったつもりなんだけれど」
甘ったるい、女の声がした。
「っ!」
僕が振り返るより先に、隊長が女に切りかかっていた。瞬発速度に驚くと同時に、衝撃が広がる。
ザシュッと肉が切られる音が響き、女の肩から血が噴き出す。女は素早く距離を取り、隊長も僕の前に立ち塞がった。女の切られたはずの傷が瞬く間に治っていく。
「なんで…リーガさんは、」
「リーガ?…ああ、あの見張りのことかしら。そんなのもう殺しちゃったわよ。弱いんだもん」
反射的にリーガさんが居た筈の西を振り返る。そこには、さっき励ましてくれた筈の人の、血に染まった死体が転がっていた。あ、と掠れた声が漏れる。
「…お前、なに?人間、じゃないよな」
隊長が、普段とは違う低い声で女に問いかける。女は笑っていた。
「何って、クレマチスに決まってるじゃない。新人ちゃんが入ったって聞いたから、様子を見に来たの。―でも、思ったより厄介そうね」
「っ」
女の真っ赤な瞳と目が合い、思わず身構える。隊長は表情を一切変えず、僕の前から動かない。
暫く膠着状態が続き、それに飽きたのか、女は戦闘態勢を解いた。
「ま、今日は様子見だもの、ここで睨み合ってもしょうがないわ。今回は見逃してあげる」
そう言って、早く行けと言わんばかりに僕らから目をそらした。だがそんな言葉信じられるはずもなく、僕はその場から動かなかった。しかし、隊長は剣を背負い直し、踵を返して「行こう」と僕に言った。
「で、でも」
「今は君が怪我してるからね。それに、その時はまだ今じゃない。帰ろう、ロミオ」
「……はい」
仕方なく、でも警戒心は解かずに車に乗り込む。後から乗り込んできた隊長は、リーガさんの死体を抱えていた。久々の身近な死に心臓がぎゅっとなる。扉が閉まり、車が発進する。その間に、女は姿を消していた。
「…一人の初任務だけに隊長がついていくのは、こういうことを防ぐためなんだ」
「え」
しんとした車内に、静かな隊長の声が響く。
「昔、ある優秀な新人の初任務に、0クラス級と思われる個体が奇襲を仕掛けて、その新人と応援に駆け付けた隊員13人が殺されたんだ。ただでさえ人材不足のこの組織にとって優秀な人材は貴重だから、襲われても守れるように隊長が同行するの」
「でも、どうして敵はそんなことが分かるんですか?他の隊員は…」
「奴らは感知能力が高くて、強いやつと弱いやつを見分けることができるんだ。それでこの時期になると活発に動き出して、強いやつを殺していくってわけ」
面倒くさいよね、と溜息をつく横顔は、どこか悲しげ雰囲気を纏っていた。そうですね、と返して俯く。
—この世界の残酷さが、今一度分かった気がした。