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譚狸隊軍露日
軍人さんが一列に何人も連なって、ロボットみたいに同じ歩き方をしている。
お腹を空かせてその近くをうずくまっていると、不意に将校の一人に見つかった。
その男性が私の尻尾を持って「腹が減ってるのか。そら、喰え」と懐から握り飯を差し出した。
その握り飯のなんと美味いことか。稼ぎに行っても戦争ばかりで物は少なく、米などの穀物は全て政府が押収している。満足に贅沢もできないのだ。
その中で、こんな握り飯にありつけるなどなんて幸せなことだろうか。
「...おぅい、なに狸に飯なんか...おお、美味そうに食ってるな」
「だろ?戦争続きで動物もまともに食事にありつけてないんだろう、可哀想なことだ」
「全くだ。...この狸が私達に化けてでもくれるといいんだがな」
「なんだ、そりゃ...お前はこの狸が妖怪とでも_」
「xxxx!xxxx!船が出ます!」
「おい、急げ!」
握り飯を食べていた最中、船が出ることを告げられ二人の将校が急ぐ。
その内の一人のポケットに入るようにして小豆に化けるとそのままついていくことができた。
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口の周りに米粒をつけながら、甲板で情報を収集する。
まず、これは露西亜へ行く艦船で増援の為に駆けつけたそうだ。
それが分かればやることは一つ。動物は恩義に素直である。
「おい、貴様!甲板でなに油を売っているんだ!」
「申し訳ありません!」
男の声色でそう言って、すぐに近くで召集をかけていた軍人さんの近くへ急いで立つ。
何やらラジオを聞いているようでアンテナを調整する人の手が揺れる。
やがて、しっかりとした電波を受信したのか、ノイズ混じりの声が聞こえた。
「...す、1905年9月1日...が、......して......天皇陛下......」
何を言っているかは定かではないが、人間のことだからあのテンノウヘイカとやらを称えているのだろう。盲目的な宗教の、洗脳のようだと常々思う。
ふと、周りを見るとラジオに向かって全員が綺麗にお辞儀をして中には涙を流しているものもいた。
誰もが、その偶像を信じきっていた。
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「何故貴様は___!」
ラジオを聞き終わった後にガタイの良い一人の男性に頬を殴られた。
驚いたが、周りを見ると姿勢を崩すことのなく一列に真っ直ぐに前を向いて並ぶ。
やはり、ロボットのようだと思うほかなかった。
そこから鞭のようなもので何度か叱咤を受けたが、誰も助けようとはしなかった。
それが当たり前であるから、完璧に化ける為にその光景をとくと瞳に焼きつけた。
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ごとん、ごとん、ごとん。ごとん、ごとん、ごとん。
鉄道の車両に揺られながら、時折ぽっぽーと鳩のような音がした。
鉄道など|鉄道員《ぽっぽや》のおじちゃんや黒い煙を吐く怪物としか知らなかったから中が異世界のような豪華で鉄の塊だとは知らなかった。
「なんだ、お前...初めて汽車に乗ったような顔をして......その顔、引き締めろよ」
「ああ、分かってる...」
笑いながら、背中をぽんと叩かれる。周りは先程のが嘘のように楽しそうに笑い、言葉を交わす同期の風景。どれも中高年の青年ばかりで、それがずっと続けばいいと密かに願った。
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人が焼けたような匂いがする。血の匂いも、火薬の匂いも、全てが地獄のような景色を表すように物語っていた。
悲鳴は聞こえない。聞こえるのはボルトアクション式小銃の三十年式小銃の銃弾と肉が潰れるような音だけだった。
袋に入った小銃と弾薬120発あまりのものとガスマスク、水筒、|手榴弾《パイナップル》、鉄帽と擬装用網、軍服上下、予備の靴一足、そして配給鉄剤が4袋と米6キロの中で手榴弾を取り出して、安全ピンを外して味方軍の後方から迫る敵軍を散らした。
宙に瞳に光のない欧米人の生首やもげた手足、日本人と色の変わらない赤い血が踊るように舞った。
その光景をいやに惹かれて見ていると近くで死体を何やらぐちゃぐちゃと手足や胴体に切り分け、喰おうとしている同僚が目に止まった。
「そこ!何してる?!」
誰かが顔をあげ、その同僚へ怒号を投げた。すぐに後ろから頭へ何かが暴れるような音がしたかと思うと地に倒れたような音がした。
その瞬間に物凄い轟音と火薬の匂いが充満した。そこに遺体を欠損させている同僚の姿はなく、周りにぶつぶつとした肉塊が広がっていた。
美しいというよりは、気味の悪さとこの世のものではない恐怖が背中に走った。
すぐに銃弾がこちらに向かって飛んだが、痛みよりも痒さが増した。
遠くで撃つ欧米人の顔が強張って、近くの同僚が黙っていた。
何をするでもなく、全員が私を見た。
ただ、私を見た。
化け物でも見たような顔で、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔だった。
黙ってもう一つの手榴弾を欧米人へ投げた。
すぐに再戦が始まった。
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仲間とじゃれあうのも、
仲間と戦うのも、好きではあった。
ただ、一時の物事を忘れようとして鱗粉のように火薬を舞わせ、花のように黒い雲を咲かせて、音を響かせる。
それがどうにも、一刻一刻と時を刻む上で、ある程度の常識を保つ一つの手段でしかないのだろうと、恩義を返した後でも深々と重い浸る。
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また、崩壊したこの場所で、
かつての同僚のような者とお互いに信じるものが違うのを信じて、
同じことを繰り返すのは人ではない私が理解しがたいせいか、
それとも、それが人の性とでも言うのか分からないが、
確かにそれは《《己の正義》》なのだろうか。