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異世界から帰ってきた木綿
「どうしたの?」
沈黙に耐えられなくなった木綿が再び問いかける。すると真也は、ぽつりと言葉を漏らした。
「いや、ごめん」
「何謝ってるの?」
「いや、なんか、不安にさせちゃったかなって」
「そんな事ないよ。私は真也が無事に戻って来てくれればそれで良いの。
それよりほら、真也が元の世界に帰る前に、この世界の事、たくさん知っておこうね」
「ありがとう。
あ、そうだ。あとひとつだけ質問しても良いかな?」
真也の言葉に、木綿は首を傾げる。
そんな木綿の様子に苦笑しながらも真也は尋ねた。
「あのさ……俺たちの関係って、結局なんだったんだろうね」
「……友達でいいじゃん」
「でも、なんか恋人とか夫婦みたいな言い方もされてたし……」
真也の言葉に、木綿は呆れたような顔をする。
「私も真也も高校生なのに結婚できる訳無いじゃない……。
あ、真也もしかして子供欲しいの?それなら頑張ってみるけど……」
木綿の言葉に真也は慌てる。
「ち、違う!そういう意味じゃなくて!」
そんな真也の様子を見つめながら木綿は小さくつぶやく。
「……バカ」
木綿は思う。
異世界から戻ってきた後も、真也は変わらなかった。
異世界での事をまるで昨日のことのように話す彼を見ながら、木綿もまた、異世界の思い出を懐かしんでいた。
そして、その度に思い知ることになる。
真也と自分は住む世界が違うのだと。
異世界から帰ってきた真也は、まるで憑き物が落ちたかのように変わった。
それは、周りの人々も同様であり、まるで異世界での出来事を無かったことのように振舞っていた。
真也はそれを気にしているようだったが、木綿にとっては好都合だった。
真也が異世界のことを話題に出すたびに、木綿は心がざわつくのを感じていたからだ。
その気持ちが何なのか、彼女はまだ知らない。
異世界から帰ってきた真也は、まるで別人のようになった。
それは、周りの人間も同じであり、異世界での出来事をまるで昨日の事のように語る彼らに対して、周りの人々は奇異なものを見る目を向けていた。
真也はそれを気にしているようだったが、木綿には都合が良かった。
真也が異世界の話を口にするたび、木綿の心は騒ついた。
その気持ちが一体何なのか、木綿はまだ知らない。
木綿は思う。この世界で、自分だけは真也との絆を信じようと。
そして、この世界で生きることを心に決めた。
たとえそれが、どんな結末を迎えるとしても。
この世界で、木綿は真也の隣にいることを決めたのだから。
木綿の決意は固かった。
それは、異世界から帰った後、木綿が真也の家に居候することになったときから変わらないものだった。
しかし、真也が異世界から帰ってきた日から数日が経ったある日、その決心は揺らぐことになる。
それは、真也が異世界から帰ってきた日に見た夢のせいだった。
その夢は、真也が異世界へ迷い込んだ時の記憶だ。
それは、真也が異世界で多くの人を救った記憶。そして、多くの人を救ったにも関わらず命を落とした記憶。
真也はその光景を思い出し、涙を流す。それは悲痛な表情を浮かべた真也の両親が爆死していく場面だった。その夢を見た日、木綿はどうしても真也に話しかけられなかった。
異世界から帰ってきた日、真也は泣いていた。しかし、それは悲しいからではないと木綿は知っている。
なぜなら、その頬は濡れていなかったのだから。
それでも、真也が涙を流したのは確かだ。
その事実が、真也がこの世界に戻ることに何の後悔も無いということを示していた。
そのことが、木綿にとってショックだったのだ。
そして、それと同時に彼女は気づいてしまった。
この世界において、自分は真也の側にいるべきではないと。
それでも、真也は木綿に優しかった。
「木綿がいて助かってるよ」
「木綿は本当に凄いなぁ」
真也はいつもそう言って、木綿を褒めた。
それでも、その言葉を聞くたびに、木綿は自分がここに居ていいのかと自問した。
それでも、真也は優しい言葉をかけ続けてくれた。
「俺、この世界に戻れてよかったよ」
「やっぱり、こっちの世界でも木綿は頼りになるな」
「ありがとう、木綿」
真也は、その言葉通り、元の世界に戻ってきてから毎日を楽しそうに過ごしていた。
その笑顔を見るたびに、木綿は心が締め付けられる。
「……どうして」
その言葉は、誰に向けられたものか。
「どうして、そんなに幸せそうなの?」
真也は、元の世界に戻りたいと言っていた。
それはつまり、元の世界での生活が幸せだったことを意味する。
木綿にはその事が理解できなかった。
この世界では、木綿と真也はただのクラスメイトだ。
この世界では、木綿と真也は友人でしかない。
この世界では、真也と木綿が結ばれることはない。
この世界では、真也は幸せになれない。
木綿は、そのことを確信していた。
だからこそ、彼女は決断しなければならないと思った。
真也が幸せになるために、自分の存在が必要であるならば、彼女はそれを許容できるかもしれない。
しかし、彼女の考えでは真也がこの世界で幸せになれるとは思えなかった。
それどころか、真也はこの世界からいなくなった方が幸せなのではないかとすら思っていた。
そして、彼女が出した結論は、真也から離れることだった。
それこそが、真也の幸せにつながると信じて。
そして彼女は、その日の夜、真也に告げる。
自分の想いを。
そして、自分の正体を。
木綿は、自分の想いを真也にぶつけた。
異世界から帰ってきた真也を見て、木綿は自分の感情を抑えきれなくなっていた。
木綿は、真也のことが好きだ。
その好きという言葉には様々な意味があるだろうが、彼女にとっての真也への好意を表現する一番簡単な方法はこの言葉だった。
真也を愛している。
木綿には、真也がこの世界のどこにいても見つけ出せるという自信があったし、例え他の女性と結ばれても彼の側で支え続ける覚悟があった。
それは、真也を愛するが故の行動だった。
だが同時に木綿は恐れていたのだ。
真也が自分の側からいなくなるということを。その恐怖に負けないように、木綿は真也に告白をした。
そして、その結果がどうなるかなんて、わかりきっていたはずなのだ。
木綿のその行動は、真也を傷つけるだけの行為でしかなかった。
それでも、真也は木綿を受け入れてくれた。それは、木綿にとって嬉しい誤算だった。
この世界の真也は、木綿の知る真也ではなかった。
しかし、木綿の愛した真也でもあったのだ。
木綿は、自分の行いが間違っていなかったと確信した。
そして、真也がこの世界にいる限り、自分の愛する真也を守り抜くことを誓う。
そして、木綿は気づく。
この世界で、木綿は真也の役に立てるのだと。
この世界であれば、木綿は真也の盾となり剣となることができるのだ。その事実は、木綿の心を軽くした。
この世界なら、自分の居場所がある。
木綿はそう信じた。
そして、その想いは木綿を暴走させた。
真也は、異世界から帰ってきた次の日、学校を休んだ。
その翌日も、さらにそのまた翌日にも登校しなかった。
それは、木綿の不安を煽った。
真也は、自分のしたことを後悔しているのではないか。
そんな不安が、木綿の心に渦巻く。