公開中
凍
喘いで、藻掻いて、喘いで、藻掻いて……その先にあったのは瓶の蓋が緩みきった音だった。
いつかは外に出ていたはずなのに、いつかは忘れてしまった工場の金属音と、むさ苦しい汗の臭い、脳裏にこびりついた血が鮮明に蘇っていた。指は解体する人の身体を今も覚えていて、自然と真っ黒な水がまだ冷めておらず、生暖かく人肌のようだった。
細く硬い身体の中の掌には“|磯谷《いそや》|千夏《ちなつ》”と描かれた名札がくしゃくしゃになって転がっている。窓に広がる群青がとても不自然で、薄気味悪い真上の漆黒が私の未来を案じているようだった。
お先真っ暗で一寸先は闇ばかり。きっと、どちらも真っ逆さま。
氷上の上に立つように歩いた廊下の先で6つ目の蜘蛛のような人が手招きしている。もう金で追われる心配はないのだ。
親が子供を迎えに来たように伸ばした手を掴んで、黄色い瞳の中に灰色の長髪と醒めた青い瞳が映る。
まるで、残照の珊瑚礁のような色味を帯びた極彩色が描かれているようで天人の迎えに見えた。
脳裏にこびりついていた臭いは和らぎ、焼けたステーキのような星の匂いが散っている。氷はいつしか溶けて、水を得た魚のように踊り舞い続ける。
いい居場所だ。磯の香りは夏を抜けて、冬を越し、春へやってくる。
花が芽吹くまで、生きていられるだろうか。生きていたいと、思うのだ。