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異形
醜き異形から、偉業を成し遂げられる者は居るのか?
あの子も自分も何処かが歪んでいる。
顔だったり、性格だったり。自身から見れば酷く醜いもの。
だが、他人からしてみればそうでもなかったりするものだ。
必要以上に着飾って醜くなってしまうこともしばしば。
歪みのない人間というのは、ある意味本当の人間なのかもしれない。
正常な欠陥のないもの。それが普通なのでは?
一つでも欠陥があれば皆は欠陥品と、ゴミ箱へ投げてしまう。
我々人間も欠陥品なのではないかと思う。
何処かが欠けていて、それをどうにか補う方法を知るために生きる。
自分の欠けた部分を知る行為こそ人生なのではないだろうか。
そうなのなら、ゴールはきっとずっと先。言い換えるなら死に最も近い場所。
それまでの道のりでの失敗はいくらでも許されるはず。
なのに、一度のミスで他の道を歩んでいる人間は罵声を浴びせる。
その人の人生に関わっているわけではないし、その人への影響なんてないのに。
他人の歩みを自分の学びにするのは良いことだ。
ただ、他人の歩みを決して馬鹿にしてはいけない。
その人にしか歩めない道を、人生を真っ向から否定していることになるからだ。
人生を否定されたら、その人が生きた意味さえ消えてしまう。
生まれた意味も、死んだ意味も、学んだことも全て消える。
そんなのあんまりだろう。
産み落とされた事実だけがそこに残るなんて、地獄以外の何者でもない。
我々が歩んだからここまで世界は見えているのに。
歪んだ思想と性格のせいで、世界が狭くなっていく。
生きながらえたい生存本能が、芽生えた自我のせいでかき消されていく。
生命体としての尊厳が侮辱されているのだ。
そんな矛盾ばかりの我々に出来ることはあるのだろうか。
歪んだ人間からは、歪んだ人間しか生まれない。
歪んだ人間からは、歪んだ教育しか受けられない。
そんな我々には、今更何が出来ようか?