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現代人
僕はこの街に、馴染めなかった。朝の駅前、無表情にスマホを握る大人たちは、まるで同じリズムの機械仕掛けだった。誰もが「効率」という名の振り子に揺られて、感情を切り詰めていた。僕はその中で、自分がはみ出しているのを感じた。誰も僕を見ていない。誰も僕に微笑まない。ただ、嘘で固めたの言葉だけが、画面の向こうで光っていた。
「誰かに認められたい」
独り言のように呟いても、誰も聞いてくれない。ネットの世界は便利だ。でも、便利なものほど、僕の孤独を際立たせる。コメント欄に残るのは、無責任な拍手や、機械的な「いいね」だけ。人の心が、指先の冷たさに変わっていくのを、僕は見ていた。
ある日、路地裏の小さなカフェで、彼女に出会った。赤いマフラーを首に巻いた彼女は、笑うと目尻に小さな皺ができた。名前も知らないけれど、僕はその笑顔に、奇妙な安心を覚えた。
「ここって、なんだか、変だよね」
彼女の声は柔らかく、でもどこか尖っていた。僕の胸に、小さなざわめきが走る。
「僕もそう思う」
僕は頷く。言葉にならない違和感が、二人の間を静かに揺れていた。
街は相変わらず無感情だ。電車は無機質な音を立てて走り、人々は互いに視線を合わせない。誰も彼もが、社会という装置の歯車になろうと必死で、でもその心の奥には空洞がある。まるで共食いのように、互いの感情を削り合って生きている。僕たちは同族嫌悪の中で、笑い、怒り、泣く。けれど本当の心は、どこかに置き去りだ。
「君は、誰かに認められたいんだね」
彼女の言葉は、僕の胸の奥に刺さった。まるで見透かされているみたいで、心臓が痛くなる。
「僕はどうすればいいのか、わからない」
「好きなものを、かき鳴らせばいいじゃない」
その瞬間、僕の中で何かが弾けた。
僕は|ギター《想い》を抱え、部屋の中|弦《言葉》を弾いた。世界が狂っていても、自分だけの音を鳴らすことなら、できるかもしれない。空気が震えるたび、僕は自分がここにいることを、誰かに知ってほしいという叫びを感じる。ネットでも、街の雑踏でも、誰も僕を知らなくても、音だけは正直だった。僕は彼女に手紙を書いた。短い文章に、僕の孤独と、かすかな希望を託した。
「僕はまだ、ここにいます。誰にも気づかれなくても、僕は僕を生きています」
春のある日、街角で彼女に再会した。彼女は笑った。
「あなた、変わったね」
「自分の好きなものを、表現できるようになった」
僕の言葉は、震えながらも確かだった。
彼女は風のように、静かに僕の隣を歩く。
「見て、咲いてる」
ふと指差す先には、小さな花壇にひっそり咲く花があった。彼女の笑顔は、花のように柔らかく、でも力強い。そして僕は思う。
「僕は、僕の音を運ぶ風になろう」
その夜、街の光の中で、僕は|ギター《想い》を抱え、声を上げた。誰も聞いていなくても、誰も褒めてくれなくても、僕は叫んだ。世界のチューニングが合わなくても、僕の好きな音を、僕自身で鳴らすことができるのだと。無感情な大人社会も、嘘で固めた言葉も、カニバリズムのような無意味な争いも、僕にはもう関係ない。僕には、僕の「好き」がある。僕の音がある。そして、ほんの少しの勇気で、誰かに届くかもしれない。
ある人は花になり、ある人は風になった。
社会は無力な大人として、そこに立っている。