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手。
「なんで手、挙げなかったの?」
そんな簡単な問いに私は駄作だったから、と短く答えた。
一時間前のこと。
掃除が終わり、椅子に座って終礼を待っているといつもと違う表情をした先生が教室に入ってきた。
いいのか悪いのかよくわからない顔をしている。
少しの沈黙後、ようやく先生が口を開いた。
「これ、落としたの誰ですか?」
先生の手には見覚えのあるルーズリーフがあった。
あ、私のだ。
それは私が授業中にこっそりと描いていた落書きだった。
「心当たりがある人は手を挙げてください。」
先生の変わらない表情に背筋が凍る。
だが想像とは裏腹に先生は続けて「すごく上手ですね」と言った。
少し驚いた後胸をそっと撫で下ろした。
怒っていなかったんだ。
周りの生徒も「うまー」などと言っていた。
でも私は手を挙げなかった。
終礼が終わった後、隣の席の子が「なんで手、挙げなかったの?あれ、あなたのでしょ?」と聞いてきた。
ばれていたのかと思いながら私は駄作だったから、と短く答えた。
「…でも、みんな上手って言ってたでしょ?」
私は「違う」と言い返したい気持ちを抑えて黙り込んだ。
みんなからしたら上手いかもしれない。
でもあれは私からしたらただの駄作。
そんなもので褒められても嬉しくない。
あれで手を挙げたらみんなから私はこのぐらいの絵を描く、このぐらいの上手さ、と思われてしまう。
本当はもっと上手いのに。
知るならそんな中途半端なものじゃなくて本当の実力を知ってほしい。
私はこういうのが嫌い。
だからあの時手を挙げなかったんだ。