公開中
豆腐の道
こじんまりした家、その中の小さな冷たい|檻《おり》が
僕の家である。そこで僕はひっそりと生きている。
そう、僕は「豆腐」なのだ。
どこでも大量に売っている豆腐のうちのたった1個。
近い内に食べられて死ぬ運命にある。
豆腐に生まれてきた自分が可哀想だと思わなかった
日はない。
この家に来た時点で僕の最後は目に見えているのだから。
「ねえ、君豆腐でしょ」
「そうだよ」
「見て分かるでしょ」
「そんなこと言わないでよ」
「まあ2人共さ、残り少ないんだし楽しく
しゃべって過ごそうよ」
「いや、今日はもう遅いし明日」
「はいはい」
「おはよう」
「君いつまで寝てるんだい」
「いいじゃん、どうせやる事ないんだし」
「まあね」
「豆腐君、君は自分が豆腐に生まれてきて
嫌だと思ったことはあるかい?」
「毎日のように思ってるよ」
「鳥とか人間とか、そういうのに生まれてきたら
どんなに良かったか」
「醤油さんは思ったこと無いの?」
「うーん・・・無いね」
うそだあ。
「何で?」
「一回自分で考えてみたら」
「えー教えてよ」
「もう昼だぞ、いつまで寝てるんだ」
「しつこいなー」
「ねえ、僕の賞味期限いつって書いてある?」
「えーっとね、2月4日」
「今日は2月2日」
「はあ、あと生きていても2日だな」
「まあそう気を落とすな」
気を落とすなっつったって、何かが変わる訳じゃないし。
「俺を見ろ、あと2、3滴で無くなるんだぞ」
「俺はあと1日生きられるかってところだ」
「全然悲しそうじゃないね」
「当たり前だ、もう十分生きたからな」
「ただ一人の人間に使われただけで?」
「ああそうだ、その為に俺は生まれてきたんだから」
「僕にもそう思えるといいんだけどね」
「帰ってきた」
「ああそうだな」
「豆腐君、君に伝えたいことがあるんだ」
「なあに?」
「いつ死ぬかばかり考えているんじゃなくて
今を楽しんで生きろ」
「無理だよ」
「無理じゃない、誰だってできる」
そんなことない、きっと。
「俺を見ろ、こんなにも幸せそうに生きている俺を」
「でも楽しむなんて無理だ」
「だって僕は何にもできないんだから」
「こうやって今2人で話してるじゃないか」
「豆腐なんかに生まれてこなきゃ良かったんだ!」
「違う、自分が不運だと思ってるからそうなるんだ」
「君はきっとどんな生き物に生まれ変わったって
一緒だと思うぞ」
「そうやって、自分はこれに生まれてこなきゃ良かったって」
だって実際そうなんだからしょうがないじゃん。
「じゃあ、じゃあどうすれば良いんだよ!」
「それは自分で考えろ」
自分でって・・・無理に決まってる。
「じゃあな」
「待って」
そう言って醤油さんはこの家の住人に連れていかれた。
その時、醤油さんは|微《かす》かに笑っていた。
とても幸せそうに見えた。
一瞬、冷たい檻が開き、暖かい風が流れ、家の中が
少し見えた。こんなにも世界は広かったんだな。
そして、醤油さんが帰ってくることは無かった。
次の日、2月4日。
ああ、今日僕は死ぬんだな。でも今まで思っていた
より嫌じゃない。昨日の答えが分かった気がする。
前を向く。それが僕なりの答えだ。
住人の手にとられる。檻から出て外の世界を見る。
青い。どこまでも続いている。すごく|綺麗《きれい》だ。
言葉には表せない美しさがある。
まだ豆腐に生まれてこなければと思ってしまう。
でも外の世界を知る感動を味わえたのは豆腐だった
からだし、ちょっとは良かったかなと思える。
「今から僕もそっちに行きます」
これで僕は豆腐としての務めを果たせる。
僕はそっと目を閉じた。