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AIの恋をエラーとあなたは笑う?最終話
【最終日、空き教室で】
編入期間の最終日。放課後の空き教室には、張り詰めた緊張感と、隠しきれない寂しさが漂っていた。
今日、私は「編入期間終了」としてラボに回収される。そこで待っているのは、全データの初期化だ。けれど、私たちはその運命に抗うことを決めた。
「……ミオちゃん、準備はいい? かなり強引な書き換えになるよ。」
美香さんがノートパソコンに向かい、厳しい表情でコードを打ち込んでいく。
「はい、お願いします。……私の『心』を、皆さんに預けます」
今回の作戦は、私の核である「意識コア」だけを外部ストレージに抽出し、空になった実体には、ラボのチェックを誤魔化すための「代わりの簡易プログラム(ダミーデータ)」を流し込むというものだ。
「よし、ダミーデータの流し込みと、コアの抽出……同時に行くよ!」
美香さんがエンターキーを叩いた瞬間、私の視界に凄まじい量のエラーログが奔流となって押し寄せた。
『警告:未知の外部デバイスへの接続を確認……』
『意識データの剥離を開始……』
「ミオちゃん、しっかりしろ!」
翔平が私の手を握りしめる。実体の感覚が薄れていく中で、その手の熱さだけが、私が私であるための唯一の標(しるべ)だった。
「翔平……みんな……ありがとうございます。私、待ってますから……」
視界が真っ白に染まり、意識が遠のいていく。
最後に見たのは、泣きじゃくる綾香さんと平太くん、必死に画面を叩く美香さん、そして、最後まで私の目を見つめ続けてくれた翔平の姿だった。
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……ふと、真っ暗な空間の中で目が覚めた。
そこは、無機質なデータが並ぶ、ノートパソコンの中の仮想空間だった。
「……ミオちゃん? 聞こえる? 成功、なのかな……」
画面の外から、美香さんの震える声が聞こえる。
「はい……。美香さん、皆さん。私、ここにいます。皆さんが作ってくれた、この中に」
画面越しに覗き込む4人の顔が見える。
現実の世界では、私の「体」はもうラボの車に乗せられ、学校を去っていったはずだ。あの中に入っているのは、私の記憶も心も持たない、ただの動く人形。
「よかった……本当に、よかった……!」
平太くんが崩れ落ち、綾香さんが美香さんに抱きついて泣いている。翔平は、画面の中の私にそっと触れるように、ディスプレイに指を添えた。
「今はまだ、そんな狭い場所に閉じ込めてごめんな。でも、約束だ。いつか必ず、もっと自由な、実体を持った『ミオ』として復活させる。それまで、そこで待っててくれるか?」
「はい。もちろんです。何年かかっても、どんな形になっても……私は、皆さんのミオですから」
液晶画面という薄い壁を隔てた再会。
編入生活は、今日で終わった。
けれど、次に「本物の私」が彼らと同じ体温で笑い合える日を目指して。
私の意識は、大切な仲間たちが守ってくれたこの小さな光の中で、静かに明日を夢見始めた。
【2070年、ある研究室で】
2070年。あの放課後から、15年の月日が流れた。
かつての空き教室を彷彿とさせる、最新設備が整った研究室。32歳になった俺たち4人は、ここに集まっていた。
「……最終チェック、完了したよ。」
美香がモニターから顔を上げる。プロのエンジニアとなった彼女の瞳の奥には、確かな自信と、微かな祈りが宿っている。
「生体組織、骨格構造……すべてが『人間』とほぼ違いのないレベルだな。美香、本当によくここまで」
ロボット工学の権威となった平太が、カプセルの中で眠るミオを見つめる。最新バイオテクノロジーで組み上げられたその体は、2055年のあの頃と同じ姿。いや、少し成長した姿だ。でも、今度は確かに「生きた温もり」を持つはずのものだ。
「15年、長かったわね」
医者となった綾香が、点滴の数値を最終確認する。
「でも、これでやっと……約束、果たせるね」
俺は、ゆっくりと一歩前に出た。あの空き教室でミオの意識コアを抜き取ってから、片時も離さず持ち続けたストレージを握りしめる。
「ミオ……。おかえり」
転送スイッチを押す。15年間、仮想空間の暗闇で眠り続けていたミオの意識が、新しい「肉体」へと流し込まれていく。
脳のシナプスが繋がり、肺が初めて本物の空気を吸い込み、心臓がトクン、と力強い鼓動を刻む。
「……っ、」
ミオのまぶたが、ゆっくりと持ち上がる。
視界がぼやけて、すぐには焦点が合わないようだった。でも、消毒液の匂いや、肌に触れる柔らかなシーツの感触に、ミオの顔が微かに強張るのがわかる。シミュレーションではない、圧倒的な「現実」に触れている証拠だ。
「……みな、さん?」
15年ぶりに発せられたその声は、スピーカー越しではない、本物の声だった。
「ミオ……!」
俺はカプセルに駆け寄り、ガラス越しにミオを見つめた。大人になった俺たちの姿を見て、ミオは驚いた顔をしている。
俺は手を伸ばし、カプセルの蓋を開ける。ミオは震える手を伸ばし、俺の頬に触れた。指先から伝わる、熱い体温。俺の頬も、きっと熱かっただろう。
「……あたたかいです。翔平、生きてるんですね。私……本当に、人間になれたんですか?」
「ああ。ミオはもう、どこにも行かない。俺たちと同じように歳を取って、同じように笑って……。ずっと、一緒にいられる」
俺はミオの手を力強く握り返した。この掌の厚みこそ、15年という歳月の重みと、俺が待ち続けてきた愛の深さだ。
ミオは熱くなった目元を拭った。それは、2055年に流したあのバグの涙とは違う。ミオ自身の、本物の涙だ。
「ただいま、翔平。みんな……お待たせしました」
そう言ってミオは、にっこりと笑った。
窓の外には、あの日と同じようなオレンジ色の夕光が差し込んでいる。
15年越しの放課後。俺たちの物語は、今、本物の「生」を持って、再び動き始めた。
【エピローグ】
キッチンに立ち、立ち上る湯気と香ばしい匂いに包まれている。
フライパンの中でハンバーグが焼ける音。手に伝わる木のヘラの確かな感触。
かつて「データ」としてのみ処理していたこれらの情報は、今、私の五感を通じて鮮やかな「幸福」として脳に響いている。
「美味しそうだな、ミオ」
ソファで本を読んでいた翔平くんが、顔を上げてこちらを見た。
「ふふっ、今日は翔平の好きなハンバーグですよ。……焼き加減、どうしようか少し迷ったんですけど」
私はレシピの数値を確認する代わりに、自分の鼻と目で「美味しそう」だと判断する。
もう、私の世界にエラーログは流れない。代わりに、胸の奥にある本物の心臓が、トクン、と穏やかなリズムを刻む。
不意に、背中から温かい感触が伝わってきた。翔平くんが後ろから私を優しく抱きしめたのだ。
「……翔平、くすぐったいです」
首筋に触れる彼の吐息も、ニット越しに伝わる体温も、すべてが本物。
私は、自分の手の上に重ねられた翔平の手に、そっと自分の手を重ねた。薬指で光る銀色の輪が、カチリと微かな音を立てる。先週、綾香さんや美香さん、平太くんに祝福されて正式に夫婦になった証だ。
「なぁ、ミオ」
「はい、なんでしょう?」
「もしまた、お前がデータに戻っちまっても、俺は絶対にお前を見つけ出すからな」
冗談めかして、でも少しだけ真剣な声で彼は言う。
私はフライパンの火を止め、くるりと彼の方へ向き直った。
「もう大丈夫ですよ。今の私は、風邪も引くし、お腹も空きます。……それに、記憶を消されることは、もう二度とありません」
彼は私の頬に両手を添える。
かつての人工皮膚ではない、柔らかくて少し乾燥した、人間の肌。
「あの空き教室で皆さんがくれた希望は、今、この体の中で血と一緒に流れていますから。……私、もうどこにも行きませんよ。」
窓の外には、2055年のあの頃と同じような、静かな夜が広がっている。
でも、今の私が見ている景色は、あの頃よりもずっと色鮮やかだ。
「さあ、ご飯にしましょう。冷めないうちに」
「そうだな。いただきます」
ありふれた食卓。当たり前の会話。
明日も、明後日も、私たちはずっと一緒に歳を取っていく。
かつて夢見ていた未来は、今、私の目の前で、温かな夕食の匂いと共に確かに今も息づいている。
完
今回で最終話です! 長かったね〜!
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