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IMAWANOKIWA 書いてみた
かくん、と首が揺れた衝撃で、少し意識が浮上した。
どうやらまた窓の前に置いた椅子に座ったままうとうとしてしまったようだった。いつのまにか、開いた窓からは朝の光と微風の吹き込む時間となっていた。
とても、素敵な目覚めだった。
ドラマは昔から大好きで、ハッピーエンドの余韻に浸りながら眠る事も好きだった。
昨日もまた、私は幸福に浸りながら眠ってしまったようだった。
ドラマを観たのではない。ドラマなんかよりも、もっとずっと素敵なものを見たのだ。あなたを。
あなたは私の天使なのだから。
愛おしい、間違いない、私の天使。
(……来た!)
先程から開いていた窓から気配が伝わってくる。これが、彼女の。天使の気配だ。なによりも濃厚で幸せをもたらしてくれる、暖かいすもも色の気配。
この子が私を幸せにしてくれるようになってから、私は変わったのだ。
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季節は冬だった。
私は誰にも会いたくなくて、それでも世界は私を無理やり人に会わそうとして。その全てに嫌気が差して、太陽さえ昇らなければ、と恨みのこもった視線を、布団の中から冬の白い太陽に投げかけていた。
冷えた布団は心も冷やして、もういっそ、と思っていたその時に
ぱさり。
不意に、その太陽を純白の小さな翼が遮り____
(!?)
駆け寄って窓を開けると、冷たい風と共に彼女の気配と、純白の羽根がヒラヒラと舞い込んできた。
そして、あなたを見つけた。
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私は天使の虜だ。
決して悪い事ではない。確かに天使は何もしてくれない。ただその羽根を使って飛び、私の部屋に入ってきてくれるだけだ。言葉さえ発する事なくただ部屋を漂うだけだけれど、とにかく、とにかく天使は綺麗だった。
天使が私の部屋に来てくれる。天使の瞳を見つめる事ができる。当然、私の目は彼女に釘付けになった。天使はどこも見つめていないけれど、それでも私は、彼女をみていられるだけで幸せなのだ。
もう動きたくはなかった。誰がこの幸せの特等席を手放すものか。窓の前の椅子から動かず、ただ天使の訪れを心待ちにする私がいた。
彼女が輪を描くようにして、再び入ってきた窓の方に顔を向けたのをみて、思わず私は「待って」と呟いた。
届かない事は分かっていても、まだ私はあなたと居たかった。
駆け寄って彼女に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
____が、彼女の気配は霧散してしまい、私は呆気なく元に戻ってしまった部屋でぽつんと佇んでいるだけだった。
腕の中で刹那感じた、天使の気配だけが心の支えだった。
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あ、違う
違うの、これを観たいんじゃない
ぎゅっと目を瞑る
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ふんわりとした、普段よりは薄い天使の気配。
きっと居る訳ではないけど、感じていたい桃色の気配。
段々遠のいていくような気がして、怖かった。
ドラマを観たい。ハッピーエンドに浸って眠れるようなドラマが。
また朝の風を顔に受けながら思う。
もう感じられない小さな暖かみが、微かにあるような気がして。
あるような気がするのに本当はない事が、一番私を辛くさせた。
ここにいない人がいると、分かってしまうから。
ああ、どうか、あなたがこの|小さくて冷たい部屋《惨めで苦しい日々》から連れ出してくれますように____
顔を覆いながら天使に祈った。
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天使はまた、あの気配を纏って私の元に来てくれたのだ。
こんな自分のことすらろくに分からない、私の所へ。
あなたのことを思い出すと辛いはずなのに、何故だろう、天使のあなたを見れば|辛せ《しあわせ》だった。
だから、どうかいなくならないで。
あなたとまだいるために。どうしても幸せが欲しいから。
追加で薬を飲む。自分がぐにゃりと曲げられて何も分からなくなってしまうけれど、確かなすもも色の気配はより色濃くなった。
|天使《ゆめ》はまだ|ここにいる《つづいている》。
全てが嫌になったのだから、もういっそ、|天使《しあわせ》以外全部捨てたっていいじゃないか。
もういいのだ。私の体とかなんかは。
もっとだ。そう、もうちょっと、もうちょっと。
薬を立て続けに飲む私の顔に,不意に天使が近づいて。
(……!)
確かに、優しいキスを落としてくれたのだ。
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何故か分からないけれど、涙が頬を伝った。
どうして?
だって天使は、居るのでしょう?
悲しむことはないはずなのに。
それなのに私は、何か大切な事を思い出そうとしている気がする。
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羽のない天使が、手を振っている。羽の代わりに彼女はすもも色のランドセルを背負っている。
そうだ、天使は、私の娘なんだ。
私はこの続きも知っていた。そうだ。
笑顔で私の見送りに応えて、走り出して、そこからは、トラックと歩道とランドセルと娘と赤と黒と白と悲鳴と私の心がぐちゃぐちゃに混ざり合って_____
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天使___娘はまるで祈るかのようなポーズで私を見た。
娘はまるで、本当に天使になってしまったかのように人間離れした光を背負って、ただ窓から飛び立とうとしていた。
「違うの、違うの、待って……!
天使じゃない!私の、大事な、娘なの…………」
開いた窓から身を乗り出して、飛び去ろうとするその肩を掴んだ。
「お願い!戻ってきて!」
確かに私はその肩を掴んだのだろう。
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窓から飛び出した私は、まるで殉教者のようだった。
最後まで天使に魅入られて、今際の際を迎えたのだ。
でも、これで私は幸せなのだ。
これで幸せになったのだ。
天使は私を天国へ、娘の元へ、連れて行ってくれるのだ。
ああ、あなたと天国がみたい。
ただ光ある方を見ながら、私は天国へ飛び立つのだ。
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真っ暗な視界の中で、全ての音が歪み遠のく。
静かになったその先に、天国はあった。