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〖聞き上手〗
「やぁ、おはよう」
「おはようございま......じゃなくて!」 (結衣)
曲がりくねった木々の森で女性の声が木霊する。
その声を聞いてか森の木々は太く青々とした葉が生えた枝で耳を塞ぐような真似をした。
「凄いですね、まるで人みたい」 (リリ)
感心するような声で言えば、薄汚ならしい猫も誇るかのように紹介する。
「凄いだろう?...彼等は他と違って聞き上手なんだ!植物ってのはお喋りで、自分は根を張って動くことも、動こうともしないくせ、水をくれだの我が儘でありゃしない!
でも、この〖木聞〗は何にも言わずに黙って人の愚痴だろうと自慢話だろうと聞き続けて、栄養にしちまうのさ!いやぁ、僕ならこれをあの子憎たらしい〖女王様〗に差し上げるね!
...ここだけの話、カエルの合唱隊の練習場付近の居酒屋で、あの女王様は話が長くて、心臓が止まるのが先か話が終わるのが先かで賭けができるからやってるそうだよ」
「あ~...私には貴方の話も長いように感じましたよ?」 (結衣)
「気のせいじゃないか?〖アリス〗、君は僕の話を聞いて心臓なんか止まっちゃいないだろうね?」
「止まるわけないじゃないですか」 (結衣)
「だろう?だから、僕の話は......」
「そんなことより、どちら様なんです?人が寝てる上を踏むだなんて...」 (リリ)
「なにさ、年上のくせに...。ま、いいよ、僕は寛大だからね。
僕は〖チャシャ猫〗。こちら側のチャシャ猫。でも、あれだなぁ。あちら側の〖チャシャ猫〗と一緒の名前だなんて!」
チャシャ猫と名乗った猫は尻尾を少し揺らした後、ふと言葉の続きを話す。
「うん、僕は...“ダイナ”だ。やぁ、よろしく。〖アリス〗の友人君」
「空才リリです。友人君って名前じゃない。そして、こちらは足立結衣。アリスじゃない」 (リリ)
「細かいね...じゃ、僕も“ダイナ”だ。いいだろう?」
「...分かりました」 (リリ)
それを聞いてチャシャ猫、“ダイナ”は満足そうに尻尾を立てる。
そして、周囲を見渡して言う。
「ところで、賭けに乗ってみるってのは好きかい?」
一度、ダイナの後ろに白兎が通った。
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跳び跳ねキノコの小道を進んだ先、カエルのゲコゲコという声が聞こえてくる。
それは決して、人の耳には美しい歌声とは程遠く聞こえる。
やがて、そのカエルの声の出所が露になった。
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に誘われて!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|女王様だって褒め称える!木聞だって口を開く!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に心打たれて《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|国中が涙を流す、我等の歌声!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等、カエルの合唱隊!我等、カエルの合唱隊!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
様々な色や形状のカエル達が綺麗に並んでゲコゲコと叫ぶ異様な光景。
その光景に口を挟まないものがいるだろうか。
「なんだ、これは?」 (光流)
「さ、さぁ......ゲコゲコって言ってるだけよね?」 (凪)
例のチャシャ猫はいない。だが、カエルはいる。
呆然と立ち尽くす二人の前に団体の中で一際大きいカエルが歓喜に満ち溢れた声で叫んだ。
「|我等、カエルの合唱《ゲコゲコ、ゲコゲ》...〖アリス〗!〖アリス〗だ!皆、〖アリス〗のお出ましだ!」
その瞬間、他のカエル達も歌うのをやめ、一斉に喋る。
「〖アリス〗!念願の〖アリス〗だ!」
「やっと、皆の歌を聞いてくれるのが帰ってきたな!」
「〖アリス〗よ!隣のは誰?」
「分からないよ、帽子屋に似てるけど!」
「帽子屋はもっとへんちくりんだぞ!」
「馬鹿言え、きっとあの時の〖アリス〗が言ってた好きな人だよ!」
「なわけなイーね!友達じゃなイ?でも、なんか...不思議ネ!」
「おぅい、皆、歌え!我等の美声を...」
「うるっさい!!!!!!!」
そのカエル達を制したのはその中で歌わず指揮をとっていたカエル。
そして、決壊したように、
「黙れ!黙って歌え!練習しろ!女王様に発表するまで、後3日しかないんだ!
ただでさえ、一人が休んでるってのにお前たちはお喋りか!
〖アリス〗がどうした!今は歌だ!女王様に気に入って貰えなかったら、今度こそ、み~んな首を跳ねられちまう!いいのか、晒し首だぞ!?
そら、分かったらさっさと歌え、出来損ないカエル共!!!」
罵声が続く。流石に堪えたのか再び、カエル達が歌い出した。
「また、ゲコゲコ?これは一体何なの?」 (凪)
「分からない。もう少し進んでみる?」 (光流)
「...そうね」 (凪)
その異様な光景を後にして、またキノコの小道を進む。やがて、道の先に一軒の家があった。
その家の近くで掃除をする先ほどより一番小さいであろうカエルがいた。
「ねぇ...貴方は、歌わないのね」 (凪)
「歌?歌ですか?」
「いえ...」 (凪)
「僕ら、さっきまでカエルの合唱を聞いてたんだよ。あれが何か知らない?」 (光流)
「ああ、それなら...この国で一番、一番、歌の下手くそな合唱隊ですよ」
「下手くそ、なの?」 (凪)
「ああ、〖アリス〗達にはゲコゲコとしか聞こえませんよね。実は、私もです」
カエルはふと、目を地面に落としてやがて顔をあげ、決心したように言った。
「...私の聴覚と歌声は人間と同じです。それが、他のカエル達には異質だと聞こえるらしいんです」
「それが、何の関係が?」 (光流)
「それが原因です。ちょっと話があれですから家の中で話しましょうか」
そう言って、二人を家へ招いた。