公開中
第9話:教頭の失脚と、勝利の甘い罠
ゼノス教頭が「長期療養」という名目で学園から姿を消して、三日が過ぎた。
表向きは体調不良だが、裏ではイゾルデが握った「横領の証拠」を突きつけられ、学園理事会への辞表を書かされたのだ。
「……ふぅ。これでようやく、準備室の鍵を心置きなくかけられるわね」
放課後の静かな廊下。イゾルデは誰にも聞こえない声で呟き、隣を歩くソーレに視線を送った。
「おいおい、そんな物騒なこと廊下で言うなよ。……でも、確かに。見張り役(ライル)も優秀だしな」
二人がいつもの準備室に入ろうとした、その時。
「あ、先生方! お疲れ様です!」
物陰からひょいと顔を出したのは、すっかり「隠密」が板についたライルだった。
「周囲の警戒、完了してます! ゼノス派だった教師たちも、今はイゾルデ先生の氷のような視線に怯えて近寄ってきませんよ!」
「……よくやったわ、ライル君。……でも、これからは『見張り』だけじゃなくて、勉強の方も疎かにしないでね。これ、今回の報酬よ」
イゾルデが差し出したのは、金貨ではなく、彼女が自ら調合した『集中力を高める魔導薬』だった。
「わあ、ありがとうございます! ……じゃあ僕、図書室で勉強してきます!」
ライルが元気に走り去るのを見届け、ソーレがニヤリと笑って準備室の扉を閉め、鍵をかけた。
「……さて。邪魔者はいなくなったな。……生存確認(これ)、始めようぜ」
ソーレがイゾルデの腰を引き寄せ、壁際へと追い詰める。
だが、今夜のイゾルデはいつもと少し様子が違った。
「……待って、ソーレ。今日は私から……『そうれ(これ)』させて」
イゾルデが、自分からソーレの白いローブの襟を掴み、背伸びをして彼の唇を塞いだ。
驚きに目を見開くソーレ。身体強化魔法の使い手である彼でさえ、彼女の不意打ちには反応が遅れる。
熱い、けれどどこか切ないキス。
しばらくして唇を離すと、イゾルデは彼の胸に顔を埋めたまま、小さな声で漏らした。
「……怖かったのよ。ゼノスが、私たちの『子供がいないこと』まで弱みにしようとしていたのを知って……」
夜会の際、ゼノスが持っていた資料の片隅に書かれていた『不妊の疑い』という文字。イゾルデはそれを、見逃してはいなかった。
「……あんな奴の言うこと、気にするな。……俺たちは、二人でいるだけで最強なんだろ?」
ソーレが彼女の背中を、大きな手で包み込むように撫でる。
「……ええ。わかってるわ。……でも、ソーレが、そうれ(あれ)……『お前だけでいい』って、もう一度、私の耳元で言ってくれないと……氷が溶けきっちゃう」
イゾルデの、震えるダジャレ。
ソーレは彼女の髪を優しく掬い上げ、耳元で、蕩けるような甘い声で囁いた。
「……当たり前だろ。世界中の誰よりも、俺はお前が欲しい。……子供なんていなくても、俺たちの愛は、毎日『生存確認』して、更新していけばいいんだ」
その言葉が、イゾルデの最後の不安を溶かした。
「……っ、ん……ソーレ……愛してるわ。……帰るまで待てない。ここで……もっと私を、熱くして……」
準備室の温度が、魔法の灯りとともに急上昇していく。
だが、そんな幸せな二人の背後で、ゼノスを操っていた「真の黒幕」――王都の闇を司る『影の評議会』が、動き出そうとしていた。
🔚