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図書館劇場。
穹斐うろ
チクタク、チクタク。街の真ん中にそびえ立つ時計塔の秒針が今日も|忙しく《せわしく》動いています。チクタク、チクタク。少しずつ、少しずつ針が真上に向かっていきます。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。やがて日付の変更を告げる鐘の音が街中に響き渡っていきます。現在時刻は午前零時。住民たちは寝静まっている頃でしょう。ほとんどの建物の明かりが消えつつある街の中、他のどこよりも煌々とした明かりが着いている建物が一箇所だけありました。それがあるこはこの街のはずれ。隣街との境目のような場所にある小さな図書館。そんな小さなこの図書館には、不思議な建物があるそうです。その建物の名前は図書館劇場、名前の通り図書館にあるこじんまりとした劇場です。
「昼の|現《うつつ》には現れず、夜の夢には現れる」
この図書館劇場には、そんなちょっぴり奇妙な噂があります。それも勿論、図書館劇場は昼間には全く現れず、夢の中で行ったと言い張る者がとても多いからなのだとか。真偽も、そこでできることも全く分かりきっていないのに、最近の街中での噂は図書館劇場のことで持ち切りです。
そんなちょっぴりおかしな図書館の入口に、人影が一つありました。艶のある黒髪は太もも辺りまで伸びており、宝石のようにきらきらと輝く瞳は眼前にある図書館の奥の方を見据えているようです。リボンの飾られた可愛らしいベレー帽とお姫様のようなふわりとしたシルエットのお洋服を身に纏う少女の姿は、正しくお人形さんのよう!
少しでも力加減を間違えてしまえば折れてしまいそうなその華奢な腕で重厚感のある図書館の扉を軽々しく開いて、少女は中へと入っていきました。
少女が見据えていた図書館の奥へと足を進めると、本棚達はそこへの道を示すかのように広がっていきます。しかしそんな面白そうな本棚達に興味を示す様子は全く持ってなく、すたすた、すたすたと足早に館内を進んでいきます。
一番奥まで来たその時、少女が足を止めました。そこはまるで、よくある家の中の部屋と部屋の境目のような場所で、周りには本棚が一つもないようです。少女の前には黒い木目調の質素な扉が一つ。そして手元には館内の電灯の明かりを受けて黒い宝石がキラキラと輝く鍵が一つ。鍵穴へと鍵を差し込むと、カチャリと軽やかな音を立てて錠が解かれました。
扉の向こうに待っていたのは噂のあった劇場で、客席は規則正しく決まった間隔で並んでいます。そんな規則的に並んだ客席の合間にある通路を通って舞台上へと向かって行きます。歩みを進める度に髪や服がひらひらと揺れていています。舞台上に上がっては振り向いて、客席の様子を見て満足そうに頷いて、舞台袖へと消えていってしまいました。少女の居なくなった客席には観客の姿は未だなく、客席達は観客が座ってくれることを待ちわびているようにも見えました。
舞台袖から奥へ奥へと進んでいくと、淡い月明かりに包まれた本棚達が幾つか並んでいる部屋に辿り着きました。部屋の中には多種多様な本がありますが、どれもおとぎ話ばかり。そんな本棚の中でも一番多いジャンルは童話なようです。そんな本の森を進みながら、少女は今日使う作品を吟味しています。窓から射し込む月明かりに照らされながら本を選ぶ少女の瞳は入口に立っていた時よりもキラキラと輝いており、生き生きとしています。二周目に入ると今日の作品が決まったのか、迷いなく作品に手を伸ばしていきます。選んだ本達を両手で抱え込むように丁寧そうに持ちながら踵を返し、舞台袖へと進んでいきます。
舞台袖の書見台に今日の本を置き準備を終えた少女は、客席に見えないように幕のそばから客席を眺めています。客席には既に本日の観客が入ってきており、席がちらほらと埋まってきております。一つ、また一つと客席が段々と埋まっていきます。どうやら、本日もこの図書館劇場は大盛況なようです。
最後の観客が足を踏み入れると同時に光を遮るためか、ギィィ、とちょっぴり大きな音を立てながら扉が閉ざされました。観客達が席に着いて少しすると、月光で作られた天然のスポットライトが舞台中央を照らしています。そのスポットライトの中には、お人形さんのようなあの少女が立っていました。
「――皆様、本日はようこそお越しくださいました。ここは『図書館劇場』。街のはずれにある変哲もない小さな劇場で御座います」
月光のスポットライトの下、オヒメサマのように丁寧なお辞儀をしてお客様にご挨拶をする。顔を上げるとちらほらと拍手の音が聞こえてきて、思わず笑みが零れてしまう。
「当劇場では、皆様の知る『平和』な世界のその先をご覧いただくことが出来る場所となっております」
――「平和」な世界のその先。この言葉に引っかかるお客様は少なくない。今日もまた、一部のお客様には引っかかったようで、ほんの少し騒々しさが広がってしまう。そうなってしまっては先に進めない。なので、やむを得ず咳払いを一つする。
「ご来場につき、皆様にはいくつか注意点が御座います」
パチン。軽やかに指を鳴らすと、スポットライトが静かに消えていく。
――一つ。何が起きても、どんな結末になっても「決して」騒いだりなさらずに静かにご覧いただくこと。
――二つ。本日ご覧になったことは、外では絶対に話さぬようお願いいたします。
真っ暗な空間に、自分の声だけがほんのりと広がっていく。自分の姿も、観客の姿も認識出来ないまま話し切る。
パチン。また軽やかに指を鳴らすと、今度は少しずつスポットライトが灯っていく。
「――また、この場所は秘密の空間。大勢の方がご来場してしまっては此方としても対応に困ってしまいます。ですので皆様、二つ目の注意事項に関しては必ずご協力のほどよろしくお願いいたしますね」
少女が本を呼ぼうとして、固まってしまいました。何かを忘れていることに気づいたのです。少し考える素振りをして、口を開く。
「それと……申し遅れてしまいましたが、私はこの場所で案内人をさせて頂いております。以後お見知り置きを」
初めの時のように丁寧なお辞儀をしては、また微笑む。先程の気の緩んだ笑みと言うよりかは、花のような柔らかな笑みである。
「先程申し上げました注意点をしっかりと守り、『お気をつけて』お楽しみくださいませ」
一度話すのを止め、大きく息を吸い、吐く。
「それでは――」
――只今より「図書館劇場」、開演です。