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名前を呼ばれた側
ベッド越しの淡い紫炎の星屑のような肌は柔く、煌めく星を数々に宿した長髪はからっとしていない。六つの黄色い瞳は見透かしていて、銀色の三日月の髪飾りと金色の星型ネックレスは賢威のようだった。
母なる宇宙というのは、どこからが母体なのであろうか。そんなことを、見下ろす“没”に考える時点で負けている。負けを、認めさせられている。
「……どこから、入った?」
「嗚呼、嫌だな!人を害虫のように言わないでもらいたい!」
黒のインナーに薄く透けた淡い紫炎のコートが肌に触れ、白の長ズボンが触れた肌の手がなぞる。最下部までついた手は青い炎を纏ったパンプスに突っ込み、温かみが感じられていた。
「その手つき、創主か?」
「さぁ、どうだろうな」
「……厭らしいな」
手が足先をなぞって太腿、腹、胸、首と行き、留まりを覚えた手が“没”の首に跡を残す。ぐぐっと締まりつつある手が少し力を抜き始めたと同時に、口の中が手で操るようにして舌が巻かれた。
「こんにちは、|オロム《🛸》。お元気でした?」
「ああ……そうだね。こんにちは、|ころも《🍤》」
巻かれた舌から痛みがひいて、嗚咽が喉からせり上がる。嫌気は今も停滞している。
「で、どこから入ったのか、だったね」
オロムが足を曲げてもいない自分のベッド横に座り、手跡がついたままの首を擦りつつ言葉を続ける。
「遠い遠い、泥沼よりも深く深くにある淵の底に、綺麗な扉を見つけたんだ。黒くアンティーク調の年季の入った扉で、様々な色が混じったような色の煙が吹き出る扉だよ」
「……また、ろくでもないものから……」
「いいだろう?捨てたはずのものが、のし上がってきたんだから……君の言う好みの|台本《シナリオ》だよ」
「……本当に、ろくでもない!」
「そりゃあ、いい!君が子なら、僕は孤だからね!」
一泡吹かせてやった、とでも言いたいのだろう。それがシナリオだとは言わないが、この“没”はちゃんと理解しているはずだ。
「本当に?」
「言わないでくれよ、不採用のひとときの拠り所だ」
「じゃあ、帰れよ」
その言葉を言った瞬間に、目の前の“没”は笑ったと同時に、一枚の紙をひらひらと弄ぶ。
「これ、何か分かるかい?」
「……帰れ!」
「手厳しいな。まぁ、一先ず立ってよ」
命令。命令ではない。お願いだ。効く必要のないお願いだ。それでも、燻った、燻ぶられて動かされたままの好奇心は自然にお願いに沿って身体を動かす。
「いいね、君が僕の話を聞くとは思ってなかった」
「……語りが強制されているだけです」
ベッドの中で曲げた足が地面につき、“没”の隣に身体が座り込む。今にも腐りそうな匂いがなんとも気持ち悪く、頭の中の相変わらず離別した脳が嫌悪と歓喜を呼んでいる。隣に座っていた者は、紙をきっちりと広げて丁寧にそこに書かれたものを咀嚼するように読み上げていった。
「……シュ、リ、ン、プ……シュリンプ・シュリンプ2世……これ、随分と面白いね」
「面白い?没のくせに、不採用そのもののくせに、捨てたものを嘲笑するのか?」
「怒らないで。仮面が脱げてるよ、君が僕を底だと思ってるのは分かる。今の言葉は《《言わされたもの》》じゃなかったから」
「お前が要らないものだから、ゴミがゴミ箱から出てきたら苛立つだろ。投げたゴミ「上手くゴミ箱に入らなかったみたいに」
「極端だな、君は……まぁ、本来の君は口調が荒いから……」
唇が勝手に「その通りです」と答える。別に、反論したかったわけじゃない。感情が仮面を脱がして突っ走っただけだ。それだけだ。私はお前と違うのだ。
「その通り、ね……いやぁ、珍しいものが見れるね。それで紙のは何?」
そのまま唇は動きを自由にできないまま、言葉を垂れ流す。嗚呼、いくら脱げているといっても捨てやしないでくれ。捨てないでくれ。見捨てないでくれ。選んだのは私で、私は選ばれたのだから。
「名前を決める時に、お遊びで追加したものです」
「へぇ……それ、本当になってたらどうしたの?」
「貴方なら、どうします?」
「盛大に笑うよ」
「……それは、何よりです」
“没”が、オロムが、嗤う。世界の死体のくせに、嗤う資格もないくせに、何もできないくせに!
「ねぇ、シュリンプ・シュリンプ2世……今は、どう思う?」
「とても五月蝿いですね」
きちっとした唇に縫われた糸が外れて、ようやく言葉が自由になる。放った言葉は、やはりろくでもないものでしかなかった。
ベッドはまだ柔く、堅苦しいままだ。