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同一
「あなたはワタシの良心なんです」
だから、そう付け加えるように彼の透きとおる朗らかな声で形の整った薄い唇が僅かに開いた。彼の目、彼の肩、彼の指先を無意識に目で追い続けてしまう自分がいる。ふと、視界に大きな陰が落ちた。彼の顔が視界いっぱいにぐっと近づいてくる。音もなくここまで近付かれる程今の私は冷静さを欠いていたようだ。
眉目秀麗とはよく言ったもので、人々は彼を見て息を呑み、その後必ず目を逸らした。だが、その人が寄りつかないような美麗な姿であっても、彼が生まれてから現在に至るまでの"行い"には美しさも気品も何もかもが欠けていて、彼のその天にものぼるほどの美しい姿を目にした者には後に地獄をみるという話があり、それをこの世界には知らない者がいない程だった。
その彼の"お気に入り"の部下である私は今夜、彼の最重要優先事項である命令を成し遂げる事が出来なかった。私は彼のお気に入りだというだけで世界の大抵の事は好きにしてこられた。時には沢山の国の政に携わる事もあれば王室との"濃い"繋がりを得る事もあった。だが、それは彼の金鳥の傘下にあってのこそであった。要するに私に実質的な価値などなく、その全てにおいて彼という存在が何においても重要だという事だ。
現在の私にはその価値以前の話だが
そんな私の気を知る由もなく、彼はまたつらつらと話を続けた。
「ですが、それもあくまでワタシという存在前提の話の事です」
それは痛いほどに私の身に染みている事実だ。
「"ワタシの良心"……ワタシはとても気に入っていました」
ああ、終わるのか
「あなたはワタシの手足なんかよりもずっと価値のある存在でした。」
絶望もある。彼には最初から慈悲や慈愛の心なんか無かったろうに、馬鹿らしい。今までその口を開いたときには人や社会を破滅させる様な事だけだったというのに。
「ワタシの様な外道に、いつしかあなたはあなた自身の痛みの様に親身に寄り添ってくれた事がありましたね」
「………あなた無しではワタシはこの世界で生き残る事は到底出来なかったでしょう」
「あなただけはなくしたくなかった」
彼は同じ組織にいる人間を捨てる時、いつも言っていた言葉があった。
「この言葉は本心です」
その言葉が嘘である事を私は知っていた。
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この世に起きた事象を無かった事にする。容易な事とはとても言えない。が、物質的で決定的な証拠もあがらないような後始末の仕方はこの世には何億通りもある。
ただ、それが人の死体となるとその難易度は急激に高くなる。だが、彼と彼の組織の力によれば、不可能や難題といった煩わしい壁は皆無であった。
だから今、こうして私は大きな新品のブルーシート一枚の中央に姿勢を固定する形で手足を縛りつけられている。ビジネスホテルの一室で、だ。
大概こういったシチュエーションでは廃屋やホテルの高級スイートが相場なんだろうが、まあ彼の事だ。どこで殺しを行おうとも、それが事実には絶対にならないのだろう。
今になってようやく頭がまわってきている。もうすぐ死ぬというのに、変に意識がはっきりしては余計に痛みが増すだろうな。
「それでは、ワタシはこれで失礼します………」
「大事な部下の死目には出来れば居合わせたくはないのでね」
今更何をほざくのか。冷静さを取り戻すにつれ、彼への怒りがじわじわと込み上げてくる。
私はもう死ぬというのに、何を考えているのだろうか。
「そうかもう、死ぬのか」
「…………あなたとの最後がこんな風になってしまっては、あなたの家族には到底顔向けができない。」
「ワタシを許さずともあなたには天からのお導きがきっとある事でしょう……………」
ドアの蝶番が軋む音と共に、彼の姿がこの部屋から消えた。
どうせ死ぬなら
ならば最後に
「………私はあなたの唯一の存在にはならないのでしょうか」
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彼が去って、私1人となった一室には私の呼吸音とブルーシートのガサガサとなる音があるだけだった。辺りを見渡すとシンプルな白いベッド、ソファに棚といったありふれたホテルの部屋の造りに侘しさを感じた。これが私の死に際に見る最後の景色なのかと思うと、こみあげてくるものがあった。しばらくすると部屋には黒いスーツを着た男1人が大きなスーツケースにジュラルミンケースを持ってやってきた。後に様々な装いをした男女がぞろぞろとやってきた。あの人の企みかは判断がつかないが彼らにはどうやら、今回の命令が恐らく今までで最も大きな仕事だと刷り込ませている様だ。確かに凄まじい緊張感と畏怖の感情が彼らを支配していた。
「___ふぅ」
やるしかない
死にたくはないし、彼の目にまだとまっていたい
だから、やるしかないんだ。
「………あなた方の中に彼の唯一の部下になることを望んでる方はいらっしゃいますか?」
彼のような大きな権力はない私の手段は、いつも自分を餌にする事だった。
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生き残った、生き残った。私はあの男から唯一逃げ切れた。唯一、唯一だ。
あのホテルから無事に抜け出してからの記憶が曖昧になっているが、それはもうどうだっていいんだ。いきのびた。ああ、私はいつも死にたくないが為に逃げている。でも私は彼の、
ああ、虚しいな
「私まだこだわってるんだ、あはは」
まだ地に足がつかないような思いがあった。
こんなのあの史上最悪の一族から追放処分にあったきりだ。
高揚感が全身の毛穴から噴き出ていく様だった。
この時までは
「跋真サキさんでいらっしゃいますか」
「跋真家の当主様がお呼びにございます」
黒塗りの外車が突如、目の前に現れた。
あの家の車だった。
そこからはもう、彼の唯一としては生きることができなかった。
「最後ぐらいは逃げずにおわってほしかったというのに」
「あなたを失くすくらいなら、殺した方がマシでした」
ビジネスホテルの駐車場にて、眉目の麗しい男が呟き、その場を後にして姿を消した。