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『必殺技の名前が長すぎて、詠唱中に相手のドラゴンが寝た』
グルルルルル……ッ!!」
地響きのような咆哮が、荒野に轟く。
全長50メートル。紅蓮の鱗に身を包んだ伝説の魔獣『煉獄竜(れんごくりゅう)ボルバザード』が、巨大な顎(あぎ)を開けて今まさに炎を吐き出そうとしていた。
その前に立ち塞がるのは、人類最強の大魔導士、アルベール。
彼は静かに杖を構え、不敵な笑みを浮かべた。
「フッ、焼き蜥蜴(とかげ)め。我が一撃で塵に還るがいい。……いざ、至高の神聖破壊魔術――」
バチバチとアルベールの周囲に凄まじい魔力のスパークが散る。ドラゴンもそれを察知し、身構えた。ここまでは100点満点の、歴史に残る英雄譚の1ページだった。
アルベールが、必殺技の名前を叫び始める。
「――『天地崩壊・森羅万象を統べる漆黒の劫火にして因果の果てに輝く暁の明星、忘却の彼方より来たりし奈落の理を穿つ絶対不変の終焉……』」
ドラゴンの目が、わずかに点になった。
(……ん? まだ名前の途中か?)と言いたげに、口に溜めていた炎のエネルギーを一度ゴクンと飲み込む。
「『……混沌より生まれし黎明の涙、虚空を裂く審判の雷霆、深淵の底で嗤う冥王の溜息、万物を拒絶する氷結の檻……』」
1分が経過した。
ドラゴンは、構えていた前脚の重心を少し後ろに下げた。どうやら、まだ攻撃が来そうにないからだ。
「『……悠久の時を刻む黄金の歯車、天界を追放されし堕天使の祈り、血脈に流れる熱き怨嗟の咆哮、星をも噛み砕く神殺しの牙……』」
3分が経過した。
アルベールは一切噛むことなく、凄まじい早口で技名を叫び続けている。魔力はどんどん膨れ上がっているが、いかんせん発動のトリガーである「名前」が長すぎる。
ドラゴンは、フンスと鼻息をひとつ漏らすと、その場にどっかりと腰を下ろした。
退屈になってきたのだ。
「『……光を喰らう影の抱擁、時空の歪みに咲く狂気の徒花、七つの大罪を裁く断頭台の囁き、森羅万象を滅却する終末の凱歌……』」
7分が経過した。
ドラゴンの太い尻尾が、退屈そうに左右へパタパタと地面を叩いている。もはや敵を警戒する様子はなく、アルベールの早口言葉の独演会を眺めるオーディエンスと化していた。
「『……静寂を切り裂く悲鳴の輪舞曲(ロンド)、銀河を揺るがす超新星の爆沈、神々の黄昏(ラグナロク)に響く弔鐘、理(ことわり)を覆す反逆の烙印……』」
12分が経過した。
ドラゴンは大きなあくびをした。顎が外れそうなほどのあくびだ。そして、長い首を自分の体に巻き付け、丸くなり始めた。荒野の風が、少し冷たくなってきたのもある。
「『……泡沫(うたかた)の夢に沈む奈落の王冠、終焉の荒野を駆ける白銀の戦馬、万象の根源たる虚無の吐息、全知全能を否定する絶望の、絶望の……えーっと、絶望の、何だっけ』」
「グルル……?」
ドラゴンが、うっすらと片目を開けた。
(おい、セリフ詰まってんぞ)と言いたげな視線がアルベールに突き刺さる。
「あ、思い出した!『絶望の断罪者(ジャッジメント)』!!」
アルベールが叫ぶと、再び魔力が激しく渦巻き始めた。ドラゴンは「あ、また始まるのね」と理解し、再び重い瞼(まぶた)を閉じた。
「『……百花繚乱の如く散り急ぐ魂の凱歌、天をも焦がす、焦がす、焦がす……焦がす……』」
20分が経過した。
戦場には、アルベールのカサカサに乾いた早口と、ドラゴンの「ズピーーー……ズピーーー……」というリズミカルな寝息だけが響いていた。
「『……グランド・エンド・エクスプロージョンーーーーーーッッッ!!!』」
ついに、全5000文字に及ぶ必殺技の詠唱が完了した。
アルベールの杖の先から、国家を3回くらい滅ぼせるレベルの、直視できないほどの超巨大な光線が放たれる。
しかし。
「ズピーーー……グガァ……」
ドラゴンは、完全に爆睡していた。
お腹を上に向けて、完全に野生を忘れた無防備なポーズで熟睡している。
「……あ」
アルベールは、放つ寸前で光線の軌道を上空へとズラした。
さすがの人類最強も、すやすやと気持ちよさそうに眠っている生き物を、背後から全力で吹き飛ばすほどの鬼畜にはなれなかった。
ドガアアアアアアアン!!!
遥か上空で、世界の終わりみたいな大爆発が起こる。夜空が一瞬、真昼のように明るくなった。
「ふぃ〜……、終わった……。喉カラカラだわ……」
アルベールは杖を杖代わりにして、その場にへたり込んだ。
必殺技を放った反動ではなく、20分間ノンストップで早口言葉を続けたことによる、圧倒的な酸欠と水分不足である。
ふと横を見ると、爆発の凄まじい衝撃音にも気づかず、ドラゴンはまだ「スー……スー……」と寝息を立てていた。
「おい、起きろ。戦いは終わりだ……。次は、もっと名前の短い魔法を用意してくるからな……」
アルベールは水筒の水を一気に飲み干すと、眠るドラゴンの頭にそっと毛布(魔法で出したやつ)をかけてやり、トボトボと帰路につくのだった。
(おわり)