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クライシス防衛戦──開戦
魔王の再侵攻が迫る中、クライシスの復興は慌ただしく進められた。
初めに行われたのは、生存者の確認だった。その中から、戦える者をより分ける。
次に、戦力の再編。戦える者をいくつかの部隊に分け、組織だった戦いができるようにした。
建物の復興よりも、内部の復興の方が大切だ。そんな組合長の考えの下、戦力の再編は速やかに行われた。建物の復興は後回しだ。
現在、傭兵たちは傭兵組合の建物の近くで寝泊まりしている者が多い。何かトラブルがあった場合すぐに相談できるし、仲間も多いからだ。
モルズのように廃墟で寝泊まりする者は少数派だった。
大きな被害を受けたクライシスの人の出入りは大幅に減少した。入ってくる者は皆無。この危険な地にはいられないと言って、出ていく者が一定数いた。
当然、再編された傭兵組合では、見知った顔が多くなる。見知った顔しかいない、というべきか。
ただ。一人、誰とも顔を合わせたことのない傭兵がいた。街の住民から傭兵になった者でも、同じ街で暮らしている以上多少の面識はあるというのに。
あちこちに跳ね回る元気な茶髪がトレードマークの少女。短弓を一人前に操り、魔獣を一射で仕留める。
まるで英雄譚の登場人物のような少女に、クライシスで暮らす者の注目が一気に集まった。
あの日、モルズが出会った少女である。
名を、ユニア。
◆
ユニアは弓を構え、静かに深呼吸した。何本もの矢を一度につがえ、一気に放つ。
放たれた矢は、一つも無駄になることなく、全てが魔獣に突き立つ。
街近くの魔獣の掃討において、ユニアは十人分の働きをしていた。
廃墟が建ち並ぶ街。街の近くにも出没する魔獣。日常になりつつある光景。
日常になったと思った時がいちばん危険で、非日常が潜んでいても気づけない。
「だれ? お前」
故に、ユニアはそこまでの危機感を持たず、その存在に接した。
「怪しい者ではありませんよ」
男だ。うさんくさい笑みを顔に貼り付け、敵意がないことを示そうとしているのか両手を挙げている。
「助太刀しに来ました」
そう言って、腰に差した剣を見やる。
男の体はひょろっとしていて、荒事に向いていなさそうだ。いかにも頼りない。
「そう。《《本当に》》助太刀しに来てくれたなら、傭兵組合を訪ねると良い」
ユニアは、弓を構えながら続けた。
「敵なら、容赦はしない」
|牽制《けんせい》のつもりだった。
男は眉の色一つ変えずに答えた。
「まさか。そんなわけありませんよ。それでは」
軽く目で礼をしながら、その場を後にした。
「危なかった。バレたかと思いましたよ」
男が、自分にしか聞こえない言葉を|呟《つぶや》く。
男の肉体が、その意思に合わせ変化する。
ひょろりとした体は、しなやかな筋肉がついた体へ。
平凡な見た目はそのまま変わらず、うさんくさい笑みもそのまま。
しかし、どこか危険な雰囲気をまとうようになっていた。
「やっぱり」
ユニアの声と共に、必中の精度を誇る一矢が放たれる。
それをつかみ取り、《《三番》》は後ろを振り返った。
「お前、魔獣だな?」
『気づかれてしまいましたか』
肯定の言葉を返すと同時に、戦闘態勢になる。正直、戦闘が得意なタイプではない。が、今は戦う以外の選択肢がない。
『始末するしかありませんね』
「殺す」
同じ思いの丈を、全く違う言葉で表す。
二人の言葉が重なり、戦いの火蓋が切られた。
『私も、戦うのは不本意なんです。苦手ですし』
三番が言葉を並べ立てるが、ユニアは一切反応しない。そうして時間を稼ぎ、三番は《《その言葉》》を口にした。
『なので、やめませんか?』
「は? なにを――」
ユニアは攻撃を再開しようとしたが、その意思に反して体の動きが止まる。いや「意思に反して」ではない。「意思を捻じ曲げられて」の方が正確だ。
――思考誘導は、思考を操作する力ではない。だが、一つ例外がある。それが三番だ。
三番の思考誘導は、対象の意思を捻じ曲げることができる。
『私のことも、誰にも話さないでくださいね?』
三番が笑顔でそう言い、ユニアの反抗しようとする意思が失せる。
「――させません!」
三番の言葉に、駆けつけたレイが待ったをかけた。
同じく駆けつけたグノンが三番に殴りかかり、三番は吹き飛ばされる。
その隙に、レイはユニアに掛けられた思考誘導の解除を試みた。
「一緒に戦いましょう」
ユニアの戦意を|煽《あお》る。
三番の思考誘導が邪魔をするが、レイの思考誘導がそれに割り込みをかけている。塗り替えるのは不可能だが、相殺して軽減することはできる。
「援護は任せて」
前衛のグノン、基本何でもありな中衛のレイ、遠くから牽制する後衛のユニア。
偶然一緒になっただけの間柄だが、なかなかにバランスの良い構成。
『ん? 裏切り者ですか。あなたも含めて、全員始末しなければ』
何でもないことのように言い切った三番。戦わずして勝つ力を持つ彼が、今までほとんど見せなかった「本気」を|揮《ふる》う。
◆
『……やりますか』
無事にクライシスの街に侵入した六番が、気怠げな様子で言った。
人が多く集まっている場所――中央広場の方に体を向け、移動を開始しようとする。
「待て」
そんな六番を、組合長の鋭い声が制止した。
ゆっくり振り向く六番に、組合長が長剣の切っ先を向けた。
「お前は、私が倒す」
『できるものなら、ね』
組合長の宣言を、軽い挑発で受け流す。
直後、六番は触手を展開し、組合長は長剣で切り込んだ。
組合長は、明らかに自身だけでは届かないような場所にも長剣を届かせる。そうして、六番が展開した触手を全て斬ってしまった。
六番は新たな触手を生やし、構える。
全てが平均的に優秀な六番と、人の域を超えた剣技を操る組合長。
勝敗の見え切った戦いが始まった。
◆
「お前、は」
モルズと同じ顔、同じ姿で現れた存在。唯一違うのは、短剣の有無。偽物は持っていて、本物は持っていない。
様々な感情に塗りつぶされて機能不全に|陥《おちい》る思考をよそに、体は反射で動いた。
鯉口を切り、抜刀する。
『久しぶり』
悪意をたっぷり込めた声で、七番が挨拶した。
そこに、モルズに対する警戒心は感じられない。それは、相手にとってモルズが取るに足らない存在だということだ。
数歩で距離を詰め、最高速度で刀を振る。
決めるつもりの一撃だったが、七番にあっさり防がれた。
とはいえ、想定内。
モルズは一旦後ろに下がる――と見せかけて、更に距離を詰める。
七番の間合いから、モルズの間合いへ。
刀と触手がぶつかり、空気を震わせる。びりびりと震える大気は、弱者の侵入を拒んだ。
モルズと七番。二人の戦いは激化する――。