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再起
モルズが退室した後。
「お前が所属していた部隊の戦力を教えろ」
組合長の問いに、レイは少し話しづらそうに口を開いた。
「所属する魔獣はおよそ百。部隊内で実力に大きく差がありますが、最も弱いものでも血狼ほどはあります」
「ふむ。……こちら側になったとはいえ、昔の仲間のことを話すのは嫌か?」
レイの話しづらそうな様子を見て、組合長が聞いた。
「ええ、まあ」
「例えば、だが。ここでお前が我々にとって有益なことを証明すれば、私の口添えである程度自由に行動できるようにすることは可能かもしれない」
レイは目を見開いた。
「……それは。今まで通り働くことも可能、という理解でよろしいですか?」
「さあな」
組合長は言葉を濁した。立場上、確約するわけにはいかなかったのだろう。
レイは口を開き、情報の開示を再開した。主に部隊の戦力について。
特に脅威なのが一番と二番だ。
一番は、千の魔獣と同等の殲滅力を持つ。
二番は、一番には劣るが今も成長を続ける化け物だ。
その他、部隊には唯一無二の力を持つモノがいる。
思考誘導の力。特別に強いモノ、使い方が異様に上手いモノがいる。その強さは、埒外の強さの一番と二番の行動を縛ることができるほど。並の人間ならひとたまりもない。
「待て」
レイがそこまで話したところで、組合長が話を止めた。
「その、思考誘導の力というのはなんだ? 誰でも使えるのか?」
少し早口で問われたレイは、言葉を選びながら答えた。相手に与える印象によっては、レイがせっかく今の尋問で築いた信用が失墜してしまう。
「感情を増幅する力と言い換えても良いでしょう。得意不得意はありますが、基本的にみんな使えます」
組合長はピンと来ていない様子だ。
それを見て、レイは説明に具体例を交えた。
「例えば、ある者に心酔している人がいるとします。この場合、どれだけ思考誘導の力を使おうと、その人がある者を裏切ることはありません。真逆の思考にすることはできないのです」
あくまでも、思考誘導は僅かな感情の火種を業火に引き上げる力に過ぎない。呼称により勘違いされやすいが、人の思考を自らの望むままに操る力ではないのだ。
「ふむ。あくまで感情を増幅するだけで、人の思考の根本は変えられないと?」
レイがうなずくと、
「厄介な力だが、まだ対処する術はありそうだ。今、お前が使っていないという保証は?」
もし、今レイがその能力を使っていたとしたら。組合長は、知らず知らずの内に人間にとって不利になる判断を取っていたのかもしれない。
その点をはっきりさせておかなければならなかった。
「ありません」
レイは、そう言い切ってしまった。ただ自分の立場を不利なものにするだけなのに。
「しかし、まあ、私は核が傷ついているので」
そう言って、弁明を始めた。
「あれはかなり力を消費する能力です。今の私では使うことなんてできませんよ」
根拠となる事柄の正しさは、レイだけが知っている。適当なことを言われていても気づけないが、それではこの場を設けた意味がなくなってしまう。
全てを疑ってかかるのは良いが、今はリスクを承知でレイの言葉を信じるべきだ。時間が無い。
「信じよう」
「ありがとうございます」
レイは、部隊内の戦力についての話を再開しようとする。
「えーと、どこまで話しましたっけ……」
脇道にそれた話をする間に、レイは自分がどこまで話したか忘れてしまったようだった。必死に思い出しにかかる。
「ああ、そうでした」
魔王側の内情が、レイの口からすらすら語られ始めた。
格別に長生きしているモノがいる。その経験に裏打ちされた対応力は、大きな脅威だ。
魔王への底抜けの忠誠心を持つ双子がいる。特にこれといった強さはないが、ある意味でその忠誠心が最大の脅威だ。
|一番や二番《バケモノ》を|凌《しの》ぐ速さで動くモノがいる。その速さを奇襲に使われれば厄介だ。
全ての能力が高水準でまとまったモノがいる。高い能力を活かす頭脳は、それだけで強力だ。
全てを語り、レイは一息ついた。
「情報提供、感謝する。最後に一つだけ」
組合長が右手の人差し指を立てて言った。
「魔王はクライシスをどうするつもりなんだ?」
直属の部隊にクライシスを襲わせた。街は壊滅状態になり、多くの住民や傭兵が死んだ。だが、一部の建造物は生き残り、生き残った人々が復興を始めようとしている。
魔王がクライシスを潰すつもりだったのなら、中途半端に破壊したのはなぜだ。
行動の表面だけ見ると人類の敵だが、その裏の思惑まで考え始めると、やること成すことが不可解に思えてくる。
「……すみません。私はずっと外界との接触をほぼ断っていたので、分かりかねます」
数秒考えた後、レイが申し訳なさそうに答えた。
「そうか」
元々、思考を整理するために放った問い。答えが返ってきたところで、それを全面的に取り入れて対策を立てることはない。
「あの……私にも一つ、聞きたいことができました」
「なんだ? 可能な限り答えよう」
素直に尋問に付き合ってくれたレイへの、ささやかな礼。組合長ばかりが利益を享受しているのも良くない。
「なぜ、モルズさんに伝えたいことを後回しにしてくれたんですか?」
ただ伝えるだけなら、尋問が始まる前に伝えさせれば良かった。それをしなかったということは、尋問の最初の部分、レイが魔獣だったことをモルズに知らせたかったことになる。
組合長にとって一切の利益がない行動だが、なぜかと問われれば。
「さあな」
組合長は、答えをはぐらかした。
答えは言わなかったが、レイの推測を認めた形だ。
「……ありがとうございます」
「答えない」という答えを得た以上、レイにはそれ以上質問を重ねることはできない。質問は一つという約束だったからだ。
「これで質問は終わりだ。監視の者を一名つけておく。その者の監視下でなら自由な行動を保証しよう」
想定されるものよりずっと軽い処遇に、レイの目が軽く見開かれる。
監視者が付くため怪しい行動はできないが、そもそもしなければ問題ない。
「入れ――グノン」
監視者となる人物を、組合長が部屋の中に呼び入れる。
その名前を聞いて、レイは軽く顔をしかめた。
「がはは! よろしくな、レイ!」
胸の辺りに包帯を巻いたけが人の姿で、グノンはいつもと同じように笑った。閉じられた部屋の中に、グノンの笑い声が響く。
レイは|煩《わずら》わしそうに片目を閉じた。
「時と場合を考えて発言してください。特に声の大きさ」
「すまん!」
レイの苦言に、全く改善する気配のないグノンの大声が答える。
レイはため息をつき、組合長に向き直った。
「見ての通り、グノンが監視者だ。レイと仲が良いし、適任だと思った」
グノンは、レイと並んで戦えるほどの戦闘力を有する。レイの足手まといになることもなかろう。
「これで、全て終わりだ。解散」
組合長の号令で、レイたちは退室した。
◆
「まずはスミスのところだな!」
監視者がレイの意見を無視して何かわめいている。引っ込んでいるべき存在が積極的に我を出すとは、これいかに。
というか。
「スミスさんのことを知っているんですか?」
レイは二人を引き合わせないよう、気を配っていた。相性が良すぎる。
「もちろん。あんなに腕の良い鍛冶師、知らないはずがない」
グノンは革袋を取り出し、その中身をレイに見せた。魔石がじゃらじゃら音を立てている。
スミスの秘密まで知っているとは、二人の関係は相当深い。
「そちらもご存知のようですね。良いでしょう」
スミスの武器のメンテナンスと、レイを取り巻く状況の変化の報告。
今行うべきは、それだけか。
なお、グノンは拳を使うため「武器」というのは言葉の綾である。
ちょうどモルズが工房を出た直後に、レイたちはスミスの工房に入った。