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命に嫌われている 書いてみた
『死にたいなんて生きろよ』『諦めないで生きろよ』
そんな正論だらけの世界に嫌気が差した。
実際、みんな誰が生きてもどうでもよくて、他人を嫌うことだって偽物で
それでも『周りが死んだら悲しい』って言う自分のエゴなんだから。
それでも『平和に生きよう』って言ってる奴の頭の中はきっと素敵なお花畑が広がっているんだろう。
画面の先では『誰かの心』が死んで、それを見た観客がネタを作り上げ、歌い上げる。
その刺激的な情報に騙された少年は誰かを傷つけに走る。
その負のループを僕たちはいつまでも続けている。
僕らは命に嫌われている。
価値観やエゴだって知らず知らずのうちに誰かに押し付けて過ごして。
いつもどこかで誰かの心を、命を殺すかもしれない歌を迷いもせずに簡単に電波に流す。
軽々しく死にたいだとか、命の本当の重さを知らない僕たちは命に嫌われている。
生きる意味を見出せず、『生きる意味』を探しながら息をする。
この暗い辛い感情を『悲しい』『寂しい』で言い表すのはおかしい気がした。
そんな意地を抱え込んで1人悲しくベッドで眠る。
時は必ず過ぎていって、少年の僕らもいつかは青年へと成長していく。
年老いて枯れ葉のように1人寂しく朽ちていく。
時は誰にも公平に過ぎていく。
自分の命なんかどうでもよくて、それでも誰かが死んだら『悲しい』っていう矛盾を抱えて
生きていくなんて馬鹿げてるよな。
『正しいものは正しくいなさい』『死にたくないなら生きていなさい』
当たり前のことが難しいことだってある。それを僕たちは知らずに指摘し続ける。
悲しくなっても。それでもいいなら、エゴを持って1人で笑っておけよ。
結局幸福の意味もわからず、産まれた環境、ステータスだけ憎んで
未来なんか見もせず過去を恨む。
ドラマで見るような『本当の別れ』を『さようなら』を愛している僕らは知らない。
幸福も別れも愛情も友情も全ては薄っぺらい信用とエゴでできている。
自分に都合のいいものだけを選んでそれ以外は捨てるだけ。
その作業に慣れすぎている僕らは命のことをよく知らない。
それでも周りが死ぬのは悲しいから知りもしない『命』について語ってる。
指摘を受けて書き直しました!
ご不快にしてしまったら申し訳ありません!