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真也と魔王が結ばれる「おしまい」について
「うぅ……ぐすっ……」
木綿は泣きながら無理矢理に笑顔を作る。真也は眠る様に息絶えた。その顔はとても満足で安らかだった。
それは木綿に対する最高のプレゼントだ。先立つことはどんな言葉で飾っても残酷な仕打ちだ。しかし愛する人の心の中に生き、愛する人の想いと共に人生の苦楽を体験し、そしてあの世で再び巡り合う。これこそが美しい愛というものだ。
「真也くん……真也くーん!!」
木綿は涙を流しながら何度も真也の名を呼んだ。しかし真也は答えなかった。
木綿は、悲しみに暮れながらも、真也の願い通り前を向いて生きることを決意した。
真也の死を乗り越え、新たな人生を歩み始めた彼女だったが、その人生は順風満帆とは程遠いものだった。
木綿は、真也の死後、親戚の家に引き取られたが、その環境は劣悪で虐待を受けていた。
しかし、木綿は挫けず、真也との約束を守る為、笑顔を保ち続けた。その芯の強さが周囲の人々に伝わり、やがてわだかまりを解消した。木綿に辛く当たっていた親族の一人が土下座して謝ったのだ。
「すまなかった。真也君を失った悲しみを無意識のうちに君に転嫁していた。よくよく考えてみればそれって単なる八つ当たりじゃないか。人間として恥ずべきことだ。許してほしい。そして罪滅ぼしと言ってはなんだが木綿、君を養子に迎えたい。真也の分まで君を可愛がりたい」
「そんな……おじさん……」
「これは私の贖罪だ。受け入れてくれないか?」
「はい……よろしくお願いします」
こうして木綿は正式に家族の一員となった。
そして88歳で旅立った。木綿は遺影の中で真也と一緒にいつまでもいつまでも微笑んでいる。
おわり。『おしまい』
ふむ、なかなか面白い話であった。いやはや、まさかこのような結末を迎えるとは思わなんだが。
「ど、どうでしょうか?」
真也は不安げに問うてくる。まぁ当然の反応であろう。
「中々興味深い話ではあったぞ?しかし、我としてはもう少しこう、ハッピーエンド的な展開を期待していたのだがな」
「ハッピーエンドですか? 確かに、最後は少し悲しい終わり方かもしれませんね」
「そうではない。我は、その、あれだ。つまり……真也と木綿が結ばれる的な……」
「へ?」
真也は素頓狂な声を上げる。
「ま、魔王様?」
「いや、なんでもない。気にするでない」
「は、はあ。それで、この物語がどうしたんですか?」
「う、うむ。この物語は、真也の世界では有名なのか?」
「えっと、有名かどうかはわかりませんが、昔読んだ本に書いてありましたね」
「そ、そうか! ならば良いのだ。
ちなみにこの本は他にも何か書かれていないだろうか?例えば続編とか」
「すみません、わからないです」
「そうか……」
魔王は肩を落とす。
「あの、どうしてこの話を書こうと思ったのですか?」
「う、それはだな、我が暇つぶしに読んでいたら、その、感動してしまってだな。ま、まあ、そういうことだ。ところで、この話は実話なのか?」
「いえ、違います。作り話でした」
「そ、そうであるか。しかし、この世界のどこかにこの話が真実だと信じる者がいてもおかしくはない。その者にとっては現実となるのだからな」
「そうですね。そういえば、僕が小さい頃、祖父が同じようなことを言っておりました。人はいつ死ぬか分からないから、その瞬間まで懸命に生きるべきだと。それが真也の生き方なのだと」
「ほほう。真也の祖父は立派な人物のようだな」
「はい、僕の自慢の祖父です」
真也は誇らしげに答える。
「真也よ、お前の祖父の名はなんというのだ? もしよければ教えてはくれぬか? 我は今一度、その者と会ってみたい」
「そうですか、残念ながら祖父は亡くなりました」
「な!? 真也よ!それは誠であるか!?」
「はい……。もう随分前のことですが」
真也は、異世界に来る直前に亡くなったことを伝えるべきか悩んだが、伝えることにした。
「そ、そんな……」
魔王の顔色は青ざめており、目には涙を溜めている。それほどまでに、彼の言葉は魔王にとって衝撃的だったらしい。
「ま、魔王様!大丈夫ですか!」
真也は慌てて魔王のそばへと駆け寄る。
「うむ……真也よ。辛いことを思い出させてしまったな。申し訳ない」
「いえ、いいんですよ。それより、元気を出してください。僕はもう平気なので」
真也はそう言うが、魔王の表情は暗いままだ。
「真也、お主は強いな」
「そうでもないですよ。ただ、慣れただけです」
「慣れた? 何にだ?」
「死に慣れたと言った方が適切でしょうね」
真也の言葉に、魔王は目を丸くする。
「どういう意味だ?」
「祖父は老衰でした。80歳を超えてもなお、元気に過ごしていました。でも、ある日突然倒れてそのまま帰らぬ人となりました」
「そうか……それは辛いな」
「はい。でも、祖父の遺言があったからこそ、今の自分があると思っています」
「遺言か」
「はい。祖父の最後の言葉を今でも覚えています。
『人生は一瞬だ。だから自分の生きた証を残せ。後悔のないように生きろ。死んだ後なんて考えるんじゃねえ。生きろ。生きて生き抜け』
祖父は亡くなる直前、ベッドの上でこの言葉を僕に伝えました」
「なるほど……良き言葉だ。真也よ、その者の魂は今もお前を見守り続けているはずだ」
「はい!僕もそう思います!」
「うむ、きっとそうだとも」
魔王は力強く断定すると、真也の頭を撫でた。
「ちょ、ちょっと! いきなり何をするんですか!」
「ははは! よいではないか! 減るものでもあるまい!」
「減ります! 僕のSAN値がゴリゴリ削られていきます!」
真也は抵抗するが、魔王の手を振り払うことはできなかった。
「真也よ、もっと我に甘えるがよい」
「結構です」
「照れるな」
「照れてません」
「ふふ、可愛い奴よのう」
「むぅ……魔王様なんか大嫌いです!」
「はははは!」
魔王の笑い声が部屋中に響き渡る。真也は頬を膨らませながらも、どこか楽しそうな笑みを浮かべていた。
その後、二人は夕食の時間になるまで、他愛もない会話を続けた。
「真也、今日の夜は我と食事でもしないか?」
「え、魔王様とですか?」
「嫌か?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが……」
「なら決まりだ。今日は何を食べたい?」
「えっと……じゃあ、カレーライスで」
「わかった。では18時に玉座の間に来るが良い。待ってるぞ?」
「はい、分かりました。それではまた……」
こうして、真也の1日は終わった。
翌朝、真也はいつも通り朝早くに起きた。しかし、いつもと違うことが一つだけある。それは……
「おはようございます。魔王様」
「うむ、よく眠れたか?」
「はい! おかげさまでぐっすりです」
「それは良かった。さあ、朝食の準備ができた。冷める前に食べるとしよう」
魔王の態度である。真也に敬語を使わせないどころか、魔王自身がタメ口で話すようになったのだ。これには真也も困惑した。しかし、真也の戸惑いとは裏腹に、魔王はどんどん距離感を詰めてきた。そしてついに真也は諦め、今では魔王が砕けた口調で話しかけてきても何も言わなくなった。