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    凄腕魔法少女
    
    
        リハビリ
    
    
    「だーかーらー!あなたはもう一般人なんですよ!?」
 室内に先輩魔法少女の怒号が響く。
 その中心では――――白いパーカーの少女がコーヒーをたしなんでいた。
「別にいいじゃん。戦えるんだから」
「戦いたいならアーマーヒーロー課に行ってください!ここは魔法少女課ですよ!」
 彼女は「へいへい」と言った顔でコーヒーを飲み干す。
 口を拭うと、先輩魔法少女のほっぺたをつまんだ。
「え、ちょ、何を?」
「魔法少女サーチピースちゃんに提案です。そんなにアーマーヒーロー課に行ってほしいなら、異動辞令を出したらどうですか?」
「えっ……」
 オフィスが静まり返る。そりゃそうだろう。
 あの先輩魔法少女は立場上はここの総責任者だ。しかし……『あの人』に辞令なんて出せないらしい。
「ま、まぁまぁピースっち!一旦落ち着こ!」
 別の少女が間に割り込む。
 瞬間、『あの人』は卑劣なにやけをした。
「絶対!今月中には上に掛け合いますからね!」
「できるものならね。ピースちゃん」
 歯を食いしばって、先輩魔法少女はその場から退場する。
 あの人のK.O.勝ちだ。
 ただ……自分は、まだあの人の凄さがわかりなかった。
「……あの、ピースさん」
「ダーケストナイフ……何か用?」
 私のもう一つの名前――――『魔法少女ダーケストナイフ』。
 そう呼ばれるのに慣れていなかったため、私の反応は遅れてしまう。
「えっ……あ、すいません。ピースさん」
「ピースでいいわよ。で、なんか用?」
 私は思い切って聞いてみた。もちろん、本人に聞こえないよう小声で、だ。
「あの……『あの人』って、そんなにすごいんですか?」
「え?」
 数秒の沈黙。それを破ったのは、先輩だった。
「すごいっていうか……単純に無茶苦茶すぎるというか」
「無茶苦茶……どういうことです?ピースさん」
「私がこの目で見た限りでも、6階から悪魔ごと飛び降りて倒したり、大ジャンプしながら狙撃したり……」
 話しぶりを見ると、『あの人』の武勇伝はまだまだありそうだ。
 私はそれとなく話を切り上げ、その場を去った。
◇◇◇
「レベル3悪魔出現!魔法少女課、またはミュータント課の人員は出動願います!」
 私はアナウンスと共に、長い廊下を走り抜ける。
 魔法少女になって三か月、私は目立った戦績を上げられていない。
 レベル3は新人の壁――――先輩から耳にタコができる程聞かされた言葉がリフレインする。
 ここで悪魔を倒す!それだけが、私にできる行動だ!
「ちょっと待ちなさい!」
「……あなたはっ!?」
 目の隙間に映る少女――――どう見ても、今朝先輩と揉めていた『あの人』だった。
「魔法少女……いや、アーマーヒーロー『MIDTALE』さん……どうしてここに?」
「どうしてって、招集がかかったからよ」
 私は半分イラついてしまう。
 私が出撃することはオフィスのモニターに表示されるはずだ。
 つまり、わかってて私の邪魔をしに来たことになる。
「……なんですか?もう行きますよ?」
「まぁまぁ、私も連れてってよ。ダーケストナイフさん」
「……へ?」
 一瞬行動ができなくなる。まさかこの人、その姿で戦場へ?
「……何考えてるんです?パーカー姿で戦うなんて」
「あれ知らない?私のアーマーはこれだってこと」
 そう言うと、彼女はパーカーの袖を引っ張った。
「……そうですか」
 これは私のヤマだ。この人に譲るわけにはいかない。
 私は無言で走り去った。何か言われた気がしたが、全て無視した。
◇◇◇
 高度1500フィート……1000……今だ!
「魔法少女ダーケストナイフ、ニーサンゴーゴー、現着しました!」
 私は付近を見回し、一般人がいないことを確認する。
 おとぎ話の鬼のような見た目、紫の体、ビル一個ほど大きさの悪魔だ。
 犠牲者もいない、そして悪魔はデカい肉体を惜しげもなく晒してくれている。
 チャンスは今だ、今しかない!
「『セコンド・スラッシュ』!」
 上空からの一閃!
 瞬間、辺りが煙に包まれる。
「……やったっ?!」
 煙をかわし、私は再び上空へ行こうとする。
 その時だった。
「グ……ギァァァァ!」
「嘘っ!?」
 私はなんとかその拳をかわす。
 しかし……その拳は、ブラフだった。
「ギア!」
「なにっ!?」
 相手の足が私の体にぶち当たる!
 なんとかバランスを、バランスを取らないとっ!
「いやぁぁぁ!?」
「ギャアアアアア!」
 完全にノーマークだった。
 その拳が、私に襲い掛かる!
「あぁぁぁぁ!」
 レベル3は新人の壁――――その言葉が、今度は走馬灯としてリフレインした。
「ギアッ?」
「……え?」
 瞬間、悪魔の拳は止まる。
「一体……何が」
「まだまだね。ダーケストナイフさん」
 その声に、私は聞き覚えがあった。
「MIDTALE……さん?」
「アギ?」
 白いパーカー、そして、その手には大きな銃。
 アーマーヒーロー『MIDTALE』が、目の前にいた。
「アガガガァ!」
「賢くないわね。その攻撃はっ!」
 瞬間、彼女は体を捻る!
 そして――――彼女は煙と同時に、どこかへ消えた。
「ギギャ?」
「えっ……どこへ?」
 悪魔が右往左往する内、またしても聞こえる彼女の声。
「ここよ、悪魔さん!」
「ギア?!」
 ビルの屋上だった。
 彼女はビルの屋上から、その銃で狙いを定めた!
「さぁ、終わりよっ!」
「……危ないっ!」
 悪魔の拳が、ビルの屋上に向かって突っ切る!
 しかし……彼女は、その程度のことではひるまなかった。
「はあっ!」
「……えぇぇぇ!?」
 彼女は……天空に、自らの体を投げ出した。
「はあっ!」
 大きな発砲音――――そして、激しい閃光。
「ギィィィィアァァァ!」
「……うそっ!?」
 悪魔の体が崩壊していく。
 そして、彼女はふわりと地面に着地した。
 その様子を、私は黙って見ることしかできなかった。
◇◇◇
「……あの、なんで私と一緒に行こうとしたんですか?」
 近くの海岸。私達は歩きながら、言葉を交わしていた。
「そりゃだって、あなたが私の凄さをわかってないんだもん」
「そ……そうですか」
 とりあえず、これで一つ目の疑問は解消された。
 後は――――二つ目だ。
「あの、なんでアーマーヒーロー課に行かないんですか?」
「え……そうねぇ」
 数秒後、彼女は口を開いた。
「あんまり血とかが苦手だから……かな?」
「え?」
「ほら、アーマーヒーロー課は人工生命体とかも相手にしなきゃいけないじゃん」
 彼女は笑いながら話している。
「だからさ、血が出ない悪魔が一番いいのよね~」
「へ、へぇ……」
 私はジュースを一口飲んだ。
 喉を液体が通り過ぎる度に、この人への好奇心が高まっていった。