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第二話
といった昨日の出来事を思い出しながら、ドサッ、と机に鞄を置く。
そう、20歳とはいえど私はまだ大学生。
大学生がお酒なんて飲んでいいのだろうかと思ったが、まぁ気づかれなければいいだろう。そう、気づかれなければ。
そして、残念ながら私には大学に友達がいない。
欲しくない訳では無いが、いつの間にかグループが作られ、いつの間にかぽつんと取り残されていた。
今更友達など作れるはずもなく、結局今まで独りだ。
だから一緒に飲みに行けるような人も居なかったのだ。やけ酒、というものなのだろうか。
ミンミン、という声が耳をつんざく。
「あの……」
「はい、なんでしょう、か……」
一瞬、時が止まった気がした。
見覚えのある姿。あの整った顔立ち。
……彼だ。
「やっぱり昨日の方ですよね?人違いだったらどうしようかと…俺のこと覚えてます?」
「お、覚えてます!まさかこんな所で会えるなんて……」
この講義に来たということは同い年だろう。
とはいえ大人びている。いや、成人しているから大人なのだが、それにしても大人びているというか。
名前くらいは言っておいたほうがいいのだろうか。
「あ、私山北 潮といいます。見ての通り20歳、大学生……です」
「俺は|蒼葉《あおば》 |蓮《れん》、20歳大学生……というか、同い年なんだし気楽に行きましょうよ」
「じ、じゃあ……よろしく、ね?蓮……くん」
「うん、よろしく、潮」
そう言った彼……改め蓮くんは、にかっと笑った。
心做しか、後光が差しているように見える。
「話せるのは講義の合間だったけど楽しかったね」
講義が終わり、鞄に荷物を入れていた時だった。
外はまだ明るい。
「うん、楽しかった……けど」
「……けど?」
「えっと……お、女の子の視線がちょっと痛かった、かな」
そう、今日一日女の子からの視線がずっと突き刺さっていた。
やはりこの見た目だ。女の子からも相当モテるのだろう。
そう思ったが、彼は何も気にしていないようであっけらかんとしていた。
「そうかな?俺はそこまで気にならなかったけど……」
……モテる男というのは、そういうものなのかもしれない。
「それじゃあね」
彼とは家の方向が正反対みたいで、大学でお別れだ。
まぁ、また明日には会うのだろうが。
「うん、またね……」
……寂しいな。
昨日会ったばかりなのについそんなことを思ってしまう。
初めての友達、だからだろうか。
いっその事、蓮くんの全てを知れたらいいのに……。
そうすれば……、
「……そう、すれば……?」
「どうしたの?」
「あっ、ううん、なんでもない!それじゃあね……!」
「えっ、潮!?」
彼の返事もろくに聞かず、走り出した。
……嘘だ、嘘だ嘘だ、うそだ!!!
たしかに私は恋をしたかった。でもこんな、こんな……
狂った恋なんかしたくない。
「ここ、どこ……?」
あてもなく走ったからか、家とは全く違った方向に来ていたみたいだ。
見たことの無い道、建物。
いつの間にか暗くなっていて、先もよく分からない。
「いや、こういう時のためのスマホが……」
スマホを取り出して電源ボタンを押す。
「……点かない」
こういう時に限って電池切れだ。いつもは外出用に持ってきているはずの充電器も今日は無い。
荷物が多くて入り切らなかったのだ。
「もう、こんなの漫画だけで十分だって、助けてくれる人もいないのに……」
この状態で歩くのは危険だ。とはいえ、どうしたらいいのだろうか。
「……だれかっ、助けてください……!!!」
なんて叫んではみるが、誰にも届くはずがない。
ああ、せめてスマホさえ使えれば……
私はこのまま、ここで死ぬのか。
「…………お、……しお」
「……えっ?」
どこからか、声が聞こえる。
いや、そんなはずない、こんな所見つかるはずが……
「潮!どこだ、どこにいるんだ!?」
「……うそ、でしょ?」
聞き覚えのある声。
……蓮くんだ。
理解した瞬間、体からどっと力が抜ける。
ドサッ、と膝から崩れ落ちた。
「……潮!」
「蓮、くん、何でここに……」
「何で、って……急に走っていったからどうしても心配で」
……嬉しい。こんな私のために、ここまでしてくれたんだ。
昨日会って今日少し仲良くなっただけの私に。
ああ、彼はなんて優しいんだろう。
「とにかく、もう夜だし帰ろう」
「……あの、良かったら家まで送ってほしい」
「……え」
「本当ごめんね……でも、怖くって」
蓮くんは少し考えていたが、私の方をちらっと見て静かに頷いた。
「……分かった、行くよ」
「あ、ありがとう!」