公開中
転生林檎
「この林檎は素晴らしいのさ」
裏の市場で、わたし・|佐藤廻《さとうめぐり》は、青林檎を手にした。怪しい売人からは買うなと、散々子供の頃言われてきた。でも、この青林檎は魅力がある。妖しくて奇麗なオーラが漂っている。人の不幸は甘い蜜というような、甘い香りがする。
平凡な自分が嫌だった。なんでもないただの生活が嫌だった。そんなわたしにとって、その林檎は魅力的過ぎた。
「賢くなりたがっている人は、みんな買っているんだ。一端の人間に生まれ変われる『転生林檎』っていうのさ」
それほど高くない値段だったので、わたしは買った。
家に帰って、すぐに一口齧ってみた。シャリッというが響いて、意識が遠のいた。
---
「今回、今人気の表現者である|左藤巡《さとうめぐり》さんにお話を伺いました!」
わたしは、左藤巡に転生した。
繊細な色使いとタッチ、鮮やかな色使いが人気となった。
「自分には特別な才能がある。他は凡人だ」
ニュースのアナウンサーにそう言って、わたしはまた、バケツで筆をじゃぶじゃぶと洗い、パレットの絵の具を筆先につけた。
『あんな言い方ないよね』『自分の才能に酔ってるんだよ、きっと』
あのインタビューで、わたしはたちまち炎上した。ファンも次第に離れていった。
あぁ、またダメなんだ。
転生しよう。
青い転生林檎を一口齧った。
---
世紀の大発明をした発明家とは、わたし・|左東芽梨《さとうめぐり》のことだ。
世界が平和になり、誰もが平等、戦争も争いも、病気もない笑顔あふれる世界。そんな世界を、誰が嘲笑おうと本気で願った。
そして、実験を繰り返して、危険物質だって使って、発明をした。
「この機械を使わせてくれないか」
政府からそう言われ、わたしは承諾した。「平和のためなら、好きに使っていい」
暫く経ったある日、ニュースで戦場の姿が報じられた。残酷な血の雨が、止むことなく冷徹に降っていた。
機械は兵器利用された。
あぁ、またダメなんだ。
転生しよう。
青い転生林檎を一口齧った。
---
「|砂東恵璃《さとうめぐり》様!」
両手を組み、わたしは民衆にほほ笑んだ。
わたしは救世主になった。無償の愛を分け与え、富権力関係なく愛した。老人も幼児も頭を下げ、わたしに感謝した。
「皆さんはわたしに、平等に愛されています。1番も2番も関係ないのです」
そう言って、わたしは帰った。家には知らない人がいた。多分、わたしを愛する人だろう。
「どうしたのですか?」
「これが砂東恵璃様…もっとお近づきになりたいです!」
「…わかりました、特別です」
そう言うと、彼女はわたしの方に近づいてきた。
一瞬でナイフを出し、わたしの胸に突き刺す。視界がぼやける。嗚呼、わたしは純粋すぎたんだ。
落ちている転生林檎が目に入った。最期の力を振り絞り、わたしは転生林檎を手にした。
あぁ、またダメなんだ。
転生しよう。
青い転生林檎を一口齧った。
---
その時代を代表する革命家、とわたしは呼ばれた。
変な綺麗事を嫌った。正直者が馬鹿を見る世界なんて大嫌いだった。ルールや決まりを疑って、必死に戦った。
そして、幾らかの力を手に入れた。
「|砂糖盟理《さとうめぐり》、次はどうするんだ」
「世界征服をおこなう」
全ては、世界を平和にするために。
わたしは戦った。たとえどんなに批難されようとも、たとえどんなに相手が強かろうと。世の中を生まれ変わらせるために、わたしは死に物狂いで戦った。
そして、わたしはついに、世の中を支配することに成功した。
平和になった。そう思い込んでいた。
ただ、力に溺れた。
平和ごと燃やし、笑顔は絶やされた。綺麗事で溢れていた。
あぁ、またダメなんだ。
転生しよう。
青い転生林檎を一口齧った。
---
SNSをチェックすると、わたしを支持する声が多数上がっていた。わたしは有名な冒険者になった。
「|沙糖三栗《さとうめぐり》さん、頑張ってください!」
理想を求めて旅立つ冒険家、とわたしは応援された。無謀な挑戦でも貫く姿勢が、人々を感動させた。
今日は一歩落ちたら即死の崖を、わたしはのぼっていた。その上にある綺麗な景色を求めて。
もうあと残り10mほどだった。もうすぐ、景色を見ることができる。リスナーの声を頭に浮かべ、己の体を奮わせる。
あ、という声もなく、わたしの頼りにした石は崩れ、そのまま一気に姿勢が崩れ、身体は宙に浮いた。
最後に転生しなきゃ。
わたしはリュックの中の転生林檎を取り出した。
あぁ、またダメなんだ。
転生しよう。
青い転生林檎を一口齧った。
---
|沙藤廻里《さとうめぐり》、という名前の、なんでもないただの一般人になった。
今まで、数多の人生を経験してきた。表現者、発明家、救世主、革命家、冒険者に、それから___
山積みになった、用無しの人生の上に立つ。今度こそやり直さなきゃ。
今度こそ、望む人生にしなきゃ。
あぁ、またダメなんだ。また?次で終わるの?
転生しよう。
最後の望みを賭けて、わたしは青い転生林檎を一口齧った。
---
机の上に置きっぱなしの履歴書には、|佐藤廻《さとうめぐり》とあった。
少し悲しい気がした。平凡な自分に戻ってきてしまった。もう少しやりようがあったんじゃないかと、後悔する。
でも、ホッとする気持ちがあるのも否めなかった。
素面に戻り、わたしは転生林檎を握った。何度見たことか、形容し難い青林檎。魅力的なオーラは、微塵も感じない。
自分の人生を歩むために。
わたしは青い転生林檎を、ゴミ箱に放った。