公開中
〖鏡逢わせの不思議の国〗
ただ、待つしかない大人達が割れた鏡に顔を映した。
お互いがひどく疲れたような顔で下の方にひょっこりと顔を出した痩せた猫と対比して、似つかわしくなかった。
「遅く...ないですか?」 (凪)
ひどく疲れた顔の一つが動いたと同時に他の顔も動いた。
「確かに、そうですよね...今、何分経ちました?」 (リリ)
「体感でいい?...30分くらいだけど」 (光流)
光流の回答にイトが驚いたように口を挟む。
「体感って...数えてたんですか?」 (イト)
「ある程度ね。...職業柄だよ、職業柄」 (光流)
イトが職業について更に深いところへいく前にダイナが前方に待っていたものに声をかける。
柔らかい肉球で地面を蹴って、お互いの身体を確認するようにぐるぐると回っては尻尾を立てる。
それを結衣とミチルが見ていたが、桐山だけが残されていた四人に顔を向けた。
「すみません、お待たせしました」
「何か分かりました?」 (リリ)
「ええ...ただ、ちょっと複雑で...」
「複雑?」 (リリ)
桐山が説明しようとして、チャシャ猫に遮られ、言葉を続けた。
「鏡の破片を拾った順に嵌めて、その度に女王からの言葉を返答するだけさ。
彼女は愛されなきゃいけない。くれぐれも否定しないように気をつけてくれ」
そう伝えるだけ伝え、ダイナの横に座って二人の〖アリス〗を見た。
〖アリス〗が鏡を見た。同じ髪色と瞳が映っていた。その同じ部分が鏡の中でゆっくりと溶けていき、様々な色をつけるように目まぐるしく変わっていった。
やがて、それが止まり、映る二人の姿が見知らぬ人の姿へ変化する。一人は白髪に赤い大きなリボンに黒いドレスを着た慈愛に満ちた少女の姿。もう一人は顔の部分が鏡になり、鏡逢わせしているように中が永遠と続いている。
気味の悪い光景に少し、結衣が後退りした。
中に映る少女だけが口を開いた。
「私は私。貴女は貴女。それは変わらない。鏡は真実しか映さない。あるべき姿しか映さない。
夢は嘘を吐いた。叶うはずもない夢を語って、夢を侮り、夢を騙した。貴女の夢は?私の夢は?
私は誰?貴女は誰?...貴女は〖アリス〗?愛しい、愛しい、私の〖アリス〗?」
誰も紡がれた異様にすぐに反応できなかった。チャシャ猫ですら、反応しようとしなかった。
やがて、凪が「はい」と肯定の言葉を口にした。
「ああ、〖アリス〗。此方へおいで、小さく愛しい姿のままで、此方へおいで。瞼を開けば、そこはもう不思議の国。
飛び込んでらっしゃい、愛しい母の胸へ、腕の中へ」
「母...?...いえ、その......」 (凪)
たじろぐ凪の後ろにいるダイナが助け船を出すように、尻尾を揺らして「嘘つきな聖母様は愛を語るのだけは上手いね、愛されたことはないくせに」と呟いたその言葉が鏡にも通じたのか、だんだんと慈愛に満ちた表情が恐ろしい形相へ変貌し、先程言った言葉と正反対の言葉を繰り返した。
「ああ、`【アリス】`。彼方へ消えて、小さく醜い姿のままで、彼方へ失せて。瞼を閉じれば、そこには何もない。
飛び降りてらっしゃい、暗い闇の怪物の口の中へ、地獄の中へ」
続けて、憎悪の籠った言葉が決壊したように流れ出した。そこに嘘はなかった。
「憎々しい。ひどく、憎々しい。あんなに長い時間をかけて鳥を旅立たせたというのに、恩義の一つもないの?どうして貴女だけが微笑むの?私が微笑んでいるはずだった、私こそが〖アリス〗だった。
ねぇ、どうして?!子供でも、大人でも、関係ない!私こそが、愛されるべきだった!私が、私が、私が!周りから認められるべきだった!愛されるべきだった!
私だけが、愛されるべきだった!!」
凪が応えようとして、それまで鏡の破片を嵌めていた結衣が手をあげて静止した。
こちらもやはり、〖アリス〗が言葉を紡ぐ。鏡の中と反対に、慈愛に満ちた表情で。
「...貴方は...とても、愛されていると思います。
少なくとも...私は......貴方を救おうと、思いましたから」 (結衣)
鏡の中の少女は老けた顔で、子供のように咽び泣いて、ただうわ言のように「愛されたい」と破片が全て埋まるまで綴っていた。
---
嵌まった破片はしっかりとした鏡になった。鏡の中には誰も映っておらず、隅に『But this is my dream! I’ll decide how it goes from here. I make the path!』と誰かが書きなぐったような文字で紙が貼りつけられていた。
桐山が紙を剥がして床に放り捨て、結衣と凪を見た。正確には、`【アリス】`を見た。
二匹の猫は疲れたように座って結衣と凪、リリ、光流、イト、ミチル、桐山がしっかりと手を握った姿を見た。
「...これは、夢?」 (光流)
光流の言葉にチャシャ猫が応えた。
「鏡は真実だけを対比して映す。夢か否かは逢わせれば自ずと答えは出るだろうね」
「...つまり?......終わり?」 (光流)
「まぁ、そうだね。終り方が呆気ないって思うだろ?残念だったね、これは夢だよ。想いの強すぎた少女の、夢」
「夢?...現実じゃないのか?」 (ミチル)
「なんだ?...こんな、ろくでもないことが現実だって言いたいのか?本気か?」
「...でも、流石に_」 (イト)
「良いんだよ、これで。君達はめでたいことにハッピーエンドを迎えられる。僕らにとっては一時的な気休めだけどね」
「ダイナやチャシャ猫にとっては、どうなんですか?」 (リリ)
「ほんの、休憩だよ。また、鏡が割られるまでのね」
「止める方法はないのか?」 (ミチル)
「ない。そもそも、このサイクルが止まると、俺達は何者にもなれない。存在意義を見失って、壊れた玩具みたいに、動けない。だから、これも一種のハッピーエンドだ」
そう言い切った猫に誰も何も言わなかった。〖アリス〗も、異物も、何も言わなかった。
全員が繋がって、最後に女王という鏡を通して背中を見送った。
後ろで三月兎が跳ねるような足音がした。
鏡の割れるような音を聞きながら、残された二匹の猫が瞼を閉じた。
さようなら。そして、はじめまして。〖アリス〗。
---
......夢、だったのか。それとも、現実だったのか。いくら考えても答えは出ない。
ただ、何故かある言葉が脳裏に焼きついている。
『鏡は真実だけを対比して映す。夢か否かは逢わせれば自ずと答えは出るだろうね』
その理解しがたい言葉を頭の中で反響させながら、互いの友人達を見た。
夢から醒めたように、瞼を擦っていた。
---
腹を強く踏みつけられるような感覚の苦しさに思わず瞼を開いた。
声の枯れた、たどたどしい声で自分を見下ろした長い黒髪の女性を瞳に映した。
「......先輩...僕、変な夢を見たって言ったら、どうします?」
「デスクの残業続きで、寝惚けてるんですか?変なこと言わないで下さい、その腰に吊ってる銃器を戻しなさい。何に使ったんですか」
「腰?...いや、そんなはずは......だって、資料見てただけで...」
「いいから、戻して下さい」
上司のような、相棒のような刑事の女性に言われるまま、腰に吊られた銃器を持って壁に立て掛けようとして、弾が一つないことに気づく。
どこで撃ったのか分からないが、報告書のことが頭に過り、少し憂鬱な気分になった。
「早くして下さい、行方不明の人達が発見されたことや、例の連続殺人鬼の情報が入ってるんです。貴方も手伝って下さい」
後ろで文句を垂れた相棒に急かされるように、手を動かす作業を速めた。
部屋の中には一筋の光が射していた。
**あとがき**
本編は終わりましたが、もう少しだけ番外編として続きます。
お付き合い下さい。
〖細かい設定〗
▪白兎
夢から醒める鏡の破片、現在は各地に散らばっている
夢である偽物が多い
鏡逢わせすると夢を暴ける
破壊すると鏡の破片になる
▪偽夢
偽物の白兎
鏡へ導くもう一つの案内役だが、女王へ嵌めても砂のようにバラバラになる
見分け方法は本物の白兎と鏡逢わせすると暴く、もしくは破壊することで区別ができる
▪鏡の女王
元の世界へ醒めることのできる鏡
現在は三月兎により割れてしまっているが鏡の破片を戻すと帰ることができる
尚、【アリス】が他の者と手を取り鏡へ入るとと帰ることができるが、〖アリス〗だと永遠に始めから鏡の破片集めを繰り返すことになる
アリスがあまりに帰れないと選んだ人を呼びこんでしまう
▪〖アリス〗
鏡の破片に唯一触れられ、鏡を元に戻すことができる
本人のバラバラになっている為、2つであるアリスを一つに戻さなければならない
女王が割られてしまったため、呼びこまれてしまった
▪`【アリス】`
2つの〖アリス〗が一つに戻った状態(手を繋ぐなど)
このアリスは女王から元の世界へ醒めることができる
これは共通しているところが2つなければならない
▪アリスの友人
〖アリス〗がループする間に呼び込まれてしまった現実世界の友人
白兎には触れない
▪不思議の国
女王を出入口とする不思議の国
女王が割られなければ鏡の破片探しとして人を招くことはないが、勝手に人を招くことがある
〖英文 訳〗
But this is my dream! I’ll decide how it goes from here. I make the path!
→これは私の夢なの!これからどうするかは私が決めるわ。私が道を作るのよ!