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こんなはずじゃなかったんだ。
トイレに行こうとランドセルをおろすと、トイレの前で数人群がっていた。知っている子も、同じ委員会の子も、同じく中学受験をする子も。クラスは違えど、たいせつな友達だ。
「ねぇ、」
とかける声は、「それで、ルミナルがさぁ〜」という声にもみくちゃにされた。
ルミナル?小耳に挟んでみると、たぶんアニメのキャラではなく活動者らしい。YouTubeをやっているのか、ティックトックなのか、インスタグラムなのか、見当がつかない。
1番手前の個室に入る。15分ぐらいかけたら、あの子らはいなくなるだろうか。音姫のボタンをいつもより少し強めに押す。排泄音も、この感情も悟られたくない。ジャー、という音はトイレの中のものしか流さず、わたしの感情は流さない。
いつもなら友達と帰るが、最近は風邪が流行っている。わたしはひとりで帰っていた。
ルミナル、か…
あんなに距離がちかくて、あんなに共通点が多かったと思っていた友達。知らない話題で盛り上がられるのは辛い。わたしも見てみようか。
ルミナル。ゲーム実況者だろうか。コスメを紹介するタイプのとか?料理系かもしれないし、アニメチャンネルかもしれない。
ため息をつきたくてもつけず、そのまま信号のない横断歩道を渡る。左から車が迫ってきた。「うわっ」とか「ひっ」とかいう悲鳴も出せず、そのまま頭を下げながら急ぎ足で渡る。
ここでもし死んだら、みんな悲しんでくれるのだろうか。中学受験のことしか頭にない両親も、いつも殴ってくる弟も。
このことを言わずに、そのまま家に帰る。1回ぐらい、友達の家に寄って遊んで帰ってみたかった。友達の家は遠い。距離も、そのぶん遠い気がする。
もう嫌だ、とこぼしたい愚痴は母に聞かれるから、ごくんと唾と一緒に飲み込む。むせ返りそうになる。
スマホを開いて、『ルミナル』と打ち込む。イラストを描くタイプのYouTubeチャンネルだ。インスタグラムもやっているらしい。『インスタやってます!』という文言とともにリンクが貼られていた。インスタ。そうだ、誰も正式名称でなんて呼ばない。インスタ、と呼ぶのだ。また距離感を感じた。
ちょうど動画が1時間前にアップされていた。確かにイラストはうまい。わたしは中身のないおだてるだけのコメントを投稿した。あっという間に他のコメントに100も200も高評価がついて、返信がついて、そのままわたしのコメントは海に沈んでいった。