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幕間「誰そ彼の夢」
Ameri.zip
この物語はフィクションです。また、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
--- 「ん■■■■~。■はい■■どさ。■■■■る■ら■■■よ」 ---
--- 忘れている。 ---
--- 「へへ…■■■■、■■の、おれだ■の■いびと。泣■■■で、■…■」 ---
--- 忘れてしまっている。 ---
--- 「かぁ■■い…■■、ちょ■■■■、…お■■み」 ---
--- でも、わからない ---
--- 「お■■■気がな■と、こ■■もな■か■子■うん■よ!」 ---
--- 忘れたくない ---
--- 「260■前から■きでし■!■と、■き合って■■さい!」 ---
--- オレの大切、隠したのはだれ? ---
---
太陽に包まれているようだ。まだぼんやりしている頭を働かせようと、無理やり起き上がる。気持ちいい微睡みと、ぬくいブランケットが、オレをもっと眠らせようと誘惑してきた…が、なんとか起こした理性で抗った。 偉い、オレの理性。
「ん"…う"ぅ~、くぅ………ぅん…」
伸びをすると、呻き声に似ていなくもない、微妙な声が出る。妙に寂しい感じがして、思わず腕を噛みそうになった。変わりに、少し大きめのため息が出てしまう。
(起きたくないな~…やだな、仕事やだ、まだ寝てたい。子供の頃みたいに、もっと…)
そう考えて、ふとその先を思い浮かべる。オレの望んでいる"子供時代"は、全て誰かの見様見真似でできた虚像だ。自分のもんじゃない。オレが子供の頃は…
「…変なの。昔のなにが良いのさ、オレは」
嫌なことを思い出してしまい、折角のご機嫌が崩れそうになる。日向ぼっこした時とおんなじ心地よさに、まだ浸っていたかったのに、だ。
とにかく思考を別の方向に持っていくため、跳ね上がるように起きて部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。
「うっし、切り替え切り替え。さぁて仕事…の、前に朝飯だな!」
ドアを開けると、いい匂いがした。この季節にこの香り、多分冷や汁と…だし巻き玉子だ!やったぁ!!
気分良く階段を掛け降りた。下に降りるにつれて香りは強くなり、何かがじゅうじゅうと焼ける音もしている。
「おはよ零くん!!!!!」
「シイさん、おはようございます。朝から元気そうで何よりです」
キッチンに向かうと、案の定零くんが卵を巻いているところだった。オレが駆け寄ると、くるっとこっちを振り向いて微笑みかけてくれる。その笑顔の、可愛さたるや!!
(零くん今日もかわい~なぁ。来たばっかりの頃は捕まったウサギぽかったから、懐いてくれて安心~)
さほど笑っていない気配と"朝から元気そうで何より"という言葉から、明らかに嫌味を言われている感じはするが…直接うるさいと言わないのが零くんの可愛いところだ。いや、それよりも今大事なのは…
「ね、零くん!今日ってもしかして…!」
「冷や汁とだし巻き玉子です」
「だ、よ、ね~っ?!!!零くん最近オレの好きなもんばっか作ってくれるよね~っ!!も~かわいい~!!!」
零くんの愛おしさといじらしさに、思わず抱きつく。と、零くんの身長が案外低く、空振りしてしまった。なんか、虚しい…?
「はいはい、そう言うことにしておきますね。できたのでお皿、運んでください」
「りょ!」
卵が冷めないうちにと、はやる気持ちを抑えて食器を人数分取り出す。そうしてテーブルにお皿を並べていると、零くんが小さく「あ」と声をあげた。
「零くん?」
「__フーゾさん…__」
「なんだって?」
うまく聞き取れなくて、もう一回と聞き直す。が、何でもないと躱されてしまった。なんだったんだろう、気になる…
「まだ寝ぼけていたんですか?食器が一つ多いですよ。片しときますね」
「あえ?…あ、ほんとだ。みっつある…」
思った以上にぼんやりしていたのだろうか。良くみると、確かに三つ皿がある。ご丁寧に、全部の個皿が三つだ。これではまるで、《《うちに三人いる》》ようではないか。
零くんがそのうちの一つずつを拾っていく。何もおかしくない、普通の行為。それなのに、なんだか不思議な感じがする。それだけじゃなく、先ほどの寂しさも顔を出してきてしまう。
--- 「■イ、あい■て■」 ---
無意識に、呻き声が出る。
「シイさん?シイさん、ちょっと」
「…んあ?あれ、零くん?」
ゆさ、と揺すられて意識が浮上した。目の前には心配そうな零くんがいる。
「本当に寝ぼけてるんじゃないですか…?今日、お仕事止めときます?」
「ん~ん、もうダイジョブ!なんかボーっとしてただけ!」
「そうですか…?なら、良いんですが」
伸びをして、辺りを見回した。状況がなかなか把握できていなかったが、どうやらオレはもう朝御飯を食べ終わってしまっていたらしい。…本当に、ぼーっとしすぎた。味まで記憶に無いなんて…勿体ないことしたなぁ
「…ずいぶんのんびりしてらっしゃるようですけど、時間大丈夫なんですか?」
「え?…あっ、ヤバ!あんがと零くん!!」
時計を見ると、約束の時間まであと30分しかなかった。ここから待ち合わせ場所まで15分くらいだから、さっさと準備をすれば間に合うだろう。
「僕もう出ちゃうので、戸締まりしっかりしてくださいね」
「はぁ~い、零くん頑張ってね!」
「ん」
ちょっと照れくさそうに零くんが目をそらした。その様子に心が暖まって、自然と口角が上がっているのが分かる。玄関まで零くんを見送ってから、オレも支度をしに自室へ上がった。
ドアを開ける。薄暗い部屋にかかった、いつもの上着を取った。
「…あ、匂い」
洗濯して、ヒトには分からなくなった、ほんの少しの鉄の匂い。いやな記憶を呼び起こす、あかいろの香りだ。嗅げばたちまち心が冷えきってゆく。
ドアを開ける。いつものブーツを履いて、今日は少し気合いの入る、朱色のタッセルピアスを付けた。オレ好みの色を身に纏って、少しでも自分のご機嫌をとってやるのだ。
「…行ってきます」
---
--- 「ご■■ね、シ■」 ---
--- 行かないで ---
--- 「■■してる」 ---
--- おいてかないで ---
--- 「だから、わす■て」 ---
--- ひとりにしないで ---
--- 「おまえのためなんだ」 ---
---
バッと飛び起きる。最悪の寝起きだった。慌てて辺りを見渡すと、どうやらオレの自室らしい。
(…そうか)
思考が状況把握から回想に切り替わる。オレはあのあと、しっかり仕事を終えて、帰って、零くんと飯を食って寝たようだ。だが、そこまでの記憶がぼんやりとしている。認知症…じゃ、ないことを願いたい、切に!!!
「いや、それよりも…あの夢は…?」
そう、先ほどの夢。あれは何なのだろうか?確かに男の声で…"おまえのためなんだ"とかなんだとか…
(あるとすれば、|昔の因縁野郎《ゴミカス施設長》か…ああいや、|前の父親《アホ浮気男》かも。さすがに師匠…は、ないな。あんなふうに押し付けがましい言葉、師匠は言わないな。うん、解釈違い)
一応可能性を挙げてはみるが、やはりそんなことを言われた記憶はない。…277年も生きてたらわすれているのかもしれないが。
それに、声も違った気がする。今までの誰よりも、あの声は切なげで、まるで…
「恋人への言葉、みたいな………」
切なげで、心配さが滲んでいて、でも、どうしようもない愛おしさからくる甘さで、くらくらするような、そんな声だった。庇護欲や支配欲とは到底無縁そうな、そして
「…オレにも無縁だろうな、あんなのは」
先ほどの"仕事"を思い出す。暗い影の中で、血で彩られながら罪を犯す職業。時に体をさらけ出して、時に敵も味方も、自分さえも騙す。
そんな仕事をしている人間にあんな台詞を吐くだなんて、それこそ同業者かイカれ野郎か、軍人くらいしかいない。そして、そんな奴とは寝たこともない。つまり、あれはオレの願望だろう。だいぶオレの好みな気配がするし。
「…いいなぁ、夢の中のオレ。こっちじゃそんなん、言って貰えないよ」
はぁ、と息を吐く。もともと男が好きだから恋愛はハードルが高いし、見た目と性格のせいでなかなか長続きもしない。
オレにもあんな彼氏いたら良いのにな~と思いながら、ベッドに逆戻りする。
いま眠れば、夢の中の彼に会えるだろうかなんて、期待を持ちながら。
◆To be continued…?
「…良かったのか?■■■。おぬし、あんなに■■と…」
「もう良いんです、師匠。俺は…もう、■■とは会えないんだから」
「…おぬしがそう言うのであれば、我は咎めぬが…」
「…一つだけ、頼みごとをしても良いでしょうか」
「なんじゃ?我にできることであれば、なんでもしてみせようぞ」
「もし、もしも■■が…………たら、知らないフリしてくれませんか?」
「っ…構わぬ、が…おぬしは、」
「気にしないでください。…きっと、俺のことを忘れて楽しくやってくれるはずですよ」
「…そうか。…ようし、分かったぞ!師匠にどーんと任せておくのじゃ!!」
「頼りにしてますよ、リー師匠」